精神障害のある人の尊厳を確立していくための精神保健福祉法改正案(短期工程)の提言 2024年(令和6年)2月16日 日本弁護士連合会 提言の趣旨  国に対し、精神障害のある人の強制入院廃止へ向けた短期工程として、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)を、別紙の「精神保健福祉法改正法案」のとおり改正することを提言する。 提言の理由  当連合会は、第63回人権擁護大会において採択した「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」(以下「本決議」という。)において、精神保健福祉法上の強制入院制度の廃止に向けた段階的措置の概要を示した。本決議においては、強制入院制度を廃止するまでの三段階のロードマップの概要を提案している(以下、「短期工程」「中期工程」「最終段階」という。)。そして2023年2月16日、ロードマップの最終段階を2035年に、中期工程を2030年に設定した上で、2025年までに実現すべき短期工程を具体化する意見書として、「精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書〜強制入院廃止に向けた短期工程の提言〜」を発出した(以下「短期工程意見書」という。)。中期工程においては、強制入院が認められる医療機関を国公立系病院に限定するとともに、強制入院の費用は全て公費負担とすることとし、最終段階においては、精神障害のある人だけを対象とし、緊急法理を超えて、本人の意思に基づかない入院を許す精神保健福祉法による強制入院制度を廃止し、インフォームド・コンセント法理を始め一般医療と同等の質及び水準の医療を提供する法制度を確立するとともに、これらの制度を担保するために、パリ原則にのっとった政府から独立した国内人権機関の創設を目指すものである。  短期工程における第一の柱は、精神保健福祉法の強制入院の要件を、少なくとも1991年の国連「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則16が定める非自発的入院の要件(即時性、切迫性、入院に代替し得る手段の不存在等)を満たすように厳格化し、さらに入院期間の上限を設けるように改正すること、第二の柱は、精神医療審査会の抜本的改革と入院者の手続的権利の保障によって適正手続を確保し、不当な強制入院を抑制していくこと、第三の柱は、不必要な入院を回避するとともに、現在入院している人が地域生活に戻り、平穏に生活するために必要となる地域の社会資源を充実させることである。令和4年改正(令和6年4月1日施行)では、措置入院者の退院による地域における生活への移行を促進するための措置(第二十九条の六、七)が定められ、医療保護入院の期間が最大6か月以内と定められるなどしたが、この期間は更新可能であり、また措置入院については依然として期間の定めがない。  本提言では、短期工程を着実に推し進めるために、上記第一の柱である入院要件厳格化と、第二の柱である適正手続の保障について、具体的な法案の提言を行う。  2022年10月に国連障害者権利条約に基づいて障害者権利委員会から日本に出された総括所見においては、障害者の非自発的入院による自由の剥奪を認める全ての法規定を廃止すること等、精神医療福祉に関する多数の強い勧告を受けたところであり(パラグラフ32(a)(b)(c)、34(a)(b)(c)、42(b)等)、また2023年2月に出された国連人権理事会による普遍的定期的審査第4回日本政府・結果文書においても、精神障害者の地域生活の促進等の勧告を受けたところである(パラグラフ158.246、158.254、158.264等)。  このように、最終段階において、精神保健福祉法は廃止されるべきものであるから、あくまで、強制入院廃止及び精神保健福祉法廃止に至るまでの暫定措置として、今回の短期工程の法案を提言する。また今後は、入院している人々が平穏な地域生活を実現するための方策(必要な地域資源の整備)について、具体的な内容を検討して、できるだけ早期に提言していく所存である。  以下では、短期工程意見書の意見の趣旨1及び2に沿って、法案と現行法を提示した上で、法案の新たな部分に波線を引き、現行法の削除した部分に下線を引いて示すこととして趣旨説明を行う。 別紙 精神保健福祉法改正法案 第1 入院制度(実体要件)の改正について  1 任意入院 (任意入院) 第二十条  第二十九条第一項、第三十三条第一項による場合を除き、何人も精神障害者本人の自由な意思に基づかない限り、その者を入院させることはできない。 ※現行法 第二十条  精神科病院の管理者は、精神障害者を入院させる場合においては、本人の同意に基づいて入院が行われるように努めなければならない。 趣旨説明  障害又は疾患に関わらず、全ての人は、インフォームド・コンセント及び自己決定権が守られ、その自由な意思に基づいて、医療及び保護の提供を受ける権利があることを踏まえ、任意入院の要件を改正すべきである。  任意入院の基本的要件は、入院について本人が同意していることであるが(現行精神保健福祉法20条)、この「同意」は患者の自由な意思に基づくことは求められておらず、入院を拒むことができるが積極的に拒んでいない状態も含まれると解されている。「任意入院」という名目で、実際には、入院者本人の望まない入院が促進され、事実上、入院者は強制入院と同様の状況下に置かれている場合がある。これは大きな問題である。任意入院の要件は、患者一人一人の機能特性を補足しこれに相応したインフォームド・コンセントを尽くした上で、医療的措置を受けるか否かが当該入院者の自由意思に委ねられるという一般原則に則り定めなければならない。そこで、任意入院の要件は、積極的に入院を拒んでいない状態の場合には、説明を理解し、決定し、表現し得るように、さらに支援を尽くすこととし、あくまでも入院者本人の自由な意思に基づくものであることを法に明記すべきである1。   第二十一条 1 精神障害者が本人の自由な意思に基づき入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第三十八条の四から第三十八条の四の五までの規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を告げるとともに、書面で知らせ、当該精神障害者から本人の自由な意思に基づき入院する旨を記載した書面を受けなければならない。 ※現行法 第二十一条 1 精神障害者が自ら入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせ、当該精神障害者から自ら入院する旨を記載した書面を受けなければならない。 趣旨説明  前条同様、任意入院の要件は、積極的に入院を拒んでいない状態では足りず、入院者本人の自由な意思に基づくべきものであることを法に明記すべきである。 第二十一条 2 精神科病院の管理者は、本人の自由な意思に基づき入院した精神障害者(以下 「任意入院者」という。)から退院の申出があつた場合においては、その者を速やかに退院させなければならない。 ※現行法 第二十一条 2 精神科病院の管理者は、自ら入院した精神障害者(以下「任意入院者」という。)から退院の申出があつた場合においては、その者を退院させなければならない。 趣旨説明  前条同様、任意入院の要件は、積極的に入院を拒んでいない状態では足りず、入院者本人の自由な意思に基づくべきものであることを法に明記すべきである。  また、次項のとおり退院制限制度は廃止するので、申出があれば即時に退院させるべきことを念のため明記すべきである。   (任意入院における退院制限) 第二十一条3項〜7項 削除 ※現行法 第二十一条 3 前項に規定する場合において、精神科病院の管理者は、指定医による診察の結果、当該任意入院者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると認めたときは、同項の規定にかかわらず、七十二時間を限り、その者を退院させないことができる。 4 前項に規定する場合において、精神科病院(厚生労働省令で定める基準に適合すると都道府県知事が認めるものに限る。)の管理者は、緊急その他やむを得ない理由があるときは、指定医に代えて指定医以外の医師(医師法(昭和二十三年法律第二百一号)第十六条の六第一項の規定による登録を受けていることその他厚生労働省令で定める基準に該当する者に限る。以下「特定医師」という。)に任意入院者の診察を行わせることができる。この場合において、診察の結果、当該任意入院者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると認めたときは、前二項の規定にかかわらず、十二時間を限り、その者を退院させないことができる。 5 第十九条の四の二の規定は、前項の規定により診察を行つた場合について準用する。この場合において、同条中「指定医は、前条第一項」とあるのは「第二十一条第四項に規定する特定医師は、同項」と、「当該指定医」とあるのは「当該特定医師」と読み替えるものとする。 6 精神科病院の管理者は、第四項後段の規定による措置を採つたときは、遅滞なく、厚生労働省令で定めるところにより、当該措置に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。 7 精神科病院の管理者は、第三項又は第四項後段の規定による措置を採る場合においては、当該任意入院者に対し、当該措置を採る旨及びその理由、第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。 趣旨説明  退院制限は、措置入院及び医療保護入院と同様、強制入院の性質を有するものであり、任意入院制度の本来のあるべき姿を法自らねじ曲げている。入院者本人の自由な意思に基づくことを実質的に担保するため、退院制限制度は廃止するべきである。 第三十六条 1 精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。ただし、任意入院者については、その行動を制限することは許されず、例外を認めない。 ※現行法 第三十六条 1 精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。 趣旨説明  任意入院が入院者本人の自由な意思に基づくものであることを踏まえ、行動制限の対象者から任意入院中の者を除くことで、その者に対する行動制限等は禁止されるべきことを明記すべきである2。任意入院は、患者の自由な意思決定に基づいて、入院及び治療を受ける制度であって、入院中に行動を制限する等の強制権限の行使を受けることがないことを保障してはじめて、医療従事者は患者との信頼関係を結び深めることができる。医療従事者には、症状の急激な変化への対応も含めて、入院開始のときから、適切な医療的支援を重ねておくことが求められる。 第三十七条  厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。ただし、任意入院者については、開放処遇(本人の求めに応じ、夜間を除いて病院の出入りが自由に可能な処遇をいう)の制限及び行動制限(隔離、身体的拘束を含む)ができる旨を定めることはできない。 ※現行法 第三十七条  厚生労働大臣は、前条に定めるもののほか、精神科病院に入院中の者の処遇について必要な基準を定めることができる。 趣旨説明  任意入院が入院者本人の自由な意思に基づくものであるということを踏まえ、閉鎖病棟での処遇及び行動制限は禁止されるべきことも明記すべきである。  精神保健福祉法と併せて、昭和63年4月8日厚生省告示第130号「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準」を次のとおり改正し、開放処遇の制限については撤廃する 。 第一 基本理念  入院患者の処遇は、患者の個人としての尊厳を尊重し、その人権に配慮しつつ、適切な精神医療の確保及び社会復帰の促進に資するものでなければならないものとする。また、処遇に当たって、患者の自由の制限が必要とされる場合においても、その旨を患者にできる限り説明して制限を行うよう努めるとともに、その制限は患者の症状に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならないものとする。  なお、この基準による患者の自由の制限は、任意入院者については適用しない。 (第五 任意入院者の開放処遇の制限について) 削除 ※現行告示 第一 基本理念  入院患者の処遇は、患者の個人としての尊厳を尊重し、その人権に配慮しつつ、適切な精神医療の確保及び社会復帰の促進に資するものでなければならないものとする。また、処遇に当たって、患者の自由の制限が必要とされる場合においても、その旨を患者にできる限り説明して制限を行うよう努めるとともに、その制限は患者の症状に応じて最も制限の少ない方法により行われなければならないものとする。 第五 任意入院者の開放処遇の制限について 一 基本的な考え方 (一)任意入院者は、原則として、開放的な環境での処遇(本人の求めに応じ、夜間 を除いて病院の出入りが自由に可能な処遇をいう。以下「開放処遇」という。)を受けるものとする。 (二) 任意入院者は開放処遇を受けることを、文書により、当該任意入院者に伝えるものとする。 (三) 任意入院者の開放処遇の制限は、当該任意入院者の症状からみて、その開放処遇を制限しなければその医療又は保護を図ることが著しく困難であると医師が判断する場合にのみ行われるものであって、制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあってはならないものとする。 (四) 任意入院者の開放処遇の制限は、医師の判断によって始められるが、その後おおむね七十二時間以内に、精神保健指定医は、当該任意入院者の診察を行うものとする。また、精神保健指定医は、必要に応じて、積極的に診察を行うよう努めるものとする。 (五) なお、任意入院者本人の意思により開放処遇が制限される環境に入院させることもあり得るが、この場合には開放処遇の制限に当たらないものとする。この場合においては、本人の意思による開放処遇の制限である旨の書面を得なければならないものとする。 二 対象となる任意入院者に関する事項  開放処遇の制限の対象となる任意入院者は、主として次のような場合に該当すると認められる任意入院者とする。 ア 他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動が患者の病状の経過や予後に悪く影響する場合 イ 自殺企図又は自傷行為のおそれがある場合 ウ ア又はイのほか、当該任意入院者の病状からみて、開放処遇を継続することが困難な場合 三 遵守事項 (一) 任意入院者の開放処遇の制限を行うに当たっては、当該任意入院者に対して開放処遇の制限を行う理由を文書で知らせるよう努めるとともに、開放処遇の制限を行った旨及びその理由並びに開放処遇の制限を始めた日時を診療録に記載するものとする。 (二) 任意入院者の開放処遇の制限が漫然と行われることがないように、任意入院者の処遇状況及び処遇方針について、病院内における周知に努めるものとする。  また、平成12年3月30日精障第22号厚生省大臣官房障害保健福祉部精神保健福祉課長通知「精神科病院に入院する時の告知等に係る書面及び入退院の届出等について」に規定する各書式も、上記の趣旨に従い改訂すべきである。    2 措置入院 (申請等に基づき行われる指定医の診察等) 第二十七条 2 都道府県知事は、入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれがあることが明確である者については、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出がない場合においても、その指定する指定医をして診察をさせることができる。   ※現行法 第二十七条  2 都道府県知事は、入院させなければ精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあることが明らかである者については、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出がない場合においても、その指定する指定医をして診察をさせることができる。 趣旨説明  診察を受けることになる者の要件を、後記二十九条で提言する措置入院の要件と整合させた。 (診察の通知) 第二十八条 1 都道府県知事は、前条第一項により診察をさせるに当たつて現に本人の保護の任 に当たつている者又は現に本人もしくはその法定代理人、保佐人、補助人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹から本人のために委任を受けた弁護士がある場合には、あらかじめ、診察の日時及び場所をその者に通知しなければならない。 2 後見人又は保佐人、補助人、親権を行う者、配偶者、本人もしくはその法定代理人、保佐人、補助人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹から本人のために委任を受けた弁護士、又は本人のために代理人になろうとする弁護士、その他現に本人の保護の任に当たつている者は、前条第一項の診察に立ち会うことができる。 ※現行法 第二十八条 1 都道府県知事は、前条第一項により診察をさせるに当つて現に本人の保護の任に当つている者がある場合には、あらかじめ、診察の日時及び場所をその者に通知しなければならない。 2 後見人又は保佐人、親権を行う者、配偶者その他現に本人の保護の任に当たつている者は、前条第一項の診察に立ち会うことができる。 趣旨説明  措置入院は国家による拘禁作用でもあるにもかかわらず、弁護士がその手続に立ち会えないことは、適正手続保障(憲法31条)に反する。自由のはく奪を伴う被拘禁者への法的な援助は、緊急性及び実効性の観点から「代理人になろうとする者」としての立場において提供できるものとする必要がある。したがって、本人などから委任を受けた弁護士が措置診察に立ち会う権限を明記し、入院手続の適正を確保することとした。また代理人選任権者として補助人を含めたことから、立会いができる者の例示にも補助人を含めた。 (判定の基準) 第二十八条の二 第二十七条第一項又は第二項の規定により診察をした指定医は、厚生労働大臣の定める基準に従い、当該診察をした者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれが明確であるかどうかの判定を行わなければならない。 ※現行法 第二十八条の二 第二十七条第一項又は第二項の規定により診察をした指定医は、厚生労働大臣の定める基準に従い、当該診察をした者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあるかどうかの判定を行わなければならない。 趣旨説明  後記第二十九条 参照    (都道府県知事による入院措置) 第二十九条 1 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれが明確であると認めたときは、代理人を選任できる旨を告げた上、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。 ※現行法 第二十九条 1 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。 趣旨説明  国連原則の16には、「その精神病のために、自己又は他人への即時の又は差し迫った危害の大きな可能性があること。」とあり、その水準に合わせる必要がある3。ここでは「差し迫った」おそれが「明確」であることを要件としたが、これは、「明らか」という文言より一段と厳格な「明確」という文言を要件として使用することにしたものである。  また、例えば、2017年7月、統合失調症の診断名で通院治療をしていた 男性が、飲食店でコーラ1本を盗もうとして(窃盗未遂)、店員に見つかり、措置入院となるという事件が起こったが(2018年4月、国連の 恣意的拘禁作業部会はこの措置入院は恣意的拘禁に当たり違法である と判断した)、一般国民がコーラ1本を万引きしたからと言って、いきなり長期拘禁されるというのは明らかに法益権衡を欠く。このような軽微な法益侵害によって措置入院になることを防止するためには、単なる「おそれ」ではなく「相当程度の害」を及ぼすことを要件とすべきであり、この文言によってできる限り軽微なケースを排除するものである。何が相当程度かは罪種等によって外延を画しがたいものがあり、今後の運用の集積によって確定すべきとした。また、国は、精神保健指定医が、患者の人権を守りつつ患者本人にとって適切な医療を提供し社会復帰を促すとの本来の役割を果たすことができるように、教育の機会提供等をより徹底すべきである。   (都道府県知事による入院措置) 第二十九条 2 前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれが明確であると認めることについて、各指定医の各別の診察の結果が一致した場合でなければならない。 ※現行法 第二十九条 2 前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには、その指定する二人以上の指定医の診察を経て、その者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて、各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない。 趣旨説明  現行法のとおり、措置診察は二人以上の指定医によるべきであるが、「同一の被診察者に対して複数の指定医が同時に診察するいわゆる対診行為」(四訂 精神保健福祉法詳解268頁)であってはならない。各指定医が、それぞれ別に診察し、互いに影響を受けることなく、要件該当性が判断されなければならない。強制入院の要件として、指定医二人以上の診察を要求した法の趣旨は、二人以上の指定医が別個に判断した結果が一致することを求め、強制入院を正当化するに足る慎重な判断を期待したことにあると考えられるからである4。 (都道府県知事による入院措置) 第二十九条 5 第一項の入院の期間は、三十日を超えることができない。(新設) 趣旨説明  これまでの強制入院では、入院期間の制限はされていなかったため、治療上の入院の必要がないにもかかわらず、家族の意向等でいつまでも退院できない社会的入院が問題となっており、中には数十年もの入院期間となっている事案も多い。精神保健福祉法の令和4年改正により、医療保護入院については期間が設けられることとなったものの(令和6年4月1日施行)、更新可能な期間であるため、更新を繰り返すことを防ぐことができず、長期入院の実態を抜本的に変えることは期待できない。措置入院については期間制限はない。そのため、措置入院及び医療保護入院について、完全廃止までの中間的措置として、入院期間に上限を設けることとし、更新できない期間を設定することとした。  日本を除くOECD諸国の平均在院日数は29.7日(2021年)とされていること(なお、この在院期間は、任意入院に相当する在院期間も含まれている。)、改正法で定める厳格な要件の下での強制入院として、患者を保護するための期間としては30日の期間でも十分であること、患者の人権保障の観点から長期の強制入院が許されるべきではなく、その後も入院治療が必要と考えられる場合については、患者の意思決定に基づいた任意入院等により治療が実施されるべきことから、急性期対応のために必要な期間として30日を上限とした。 (緊急措置入院) 第二十九条の二 削除 ※現行法 第二十九条の二  1 都道府県知事は、前条第一項の要件に該当すると認められる精神障害者又はその疑いのある者について、急速を要し、第二十七条、第二十八条及び前条の規定による手続を採ることができない場合において、その指定する指定医をして診察をさせた結果、その者が精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人を害するおそれが著しいと認めたときは、その者を前条第一項に規定する精神科病院又は指定病院に入院させることができる。 2 都道府県知事は、前項の規定による入院措置を採つたときは、速やかに、その者につき、前条第一項の規定による入院措置を採るかどうかを決定しなければならない。 3 第一項の規定による入院の期間は、七十二時間を超えることができない。 4 第二十七条第四項及び第五項並びに第二十八条の二の規定は第一項の規定による診察について、前条第三項の規定は第一項の規定による入院措置を採る場合について、同条第四項の規定は第一項の規定により入院する者の入院について準用する。 趣旨説明  緊急措置入院は、措置入院の手続が実施できない場合に、措置入院で定めている手続(申請等に基づく指定医の診察、当該職員の立会、家族等に対する診察日等の通知、2人以上の指定医の診察)を省略することを認める制度である。措置入院(28条及び29条)の改正案の提案理由記載のとおり、措置入院の要件は、国連原則16に相当するものにしなければならない。短期工程意見書では述べていない部分であるが、措置入院の要件を厳格化することとの関係から、緊急措置入院は、国連原則16に反する以上、廃止すべきである。   第二十九条の二の二  1 都道府県知事は、第二十九条第一項の規定による入院措置を採ろうとする精神障害者を、当該入院措置に係る病院に移送しなければならない。 ※現行法 第二十九条の二の二  1 都道府県知事は、第二十九条第一項又は前条第一項の規定による入院措置を採ろうとする精神障害者を、当該入院措置に係る病院に移送しなければならない。 第二十九条の三 削除 ※現行法 第二十九条の三 第二十九条第一項に規定する精神科病院又は指定病院の管理者は、第二十九条の二第一項の規定により入院した者について、都道府県知事から、第二十九条第一項の規定による入院措置を採らない旨の通知を受けたとき、又は第二十九条の二第三項の期間内に第二十九条第一項の規定による入院措置を採る旨の通知がないときは、直ちに、その者を退院させなければならない。 (入院措置の解除) 第二十九条の四 1 都道府県知事は、第二十九条第一項の規定により入院した者(以下「措置入院者」という。)が、入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれがないと認められるに至つたときは、直ちに、その者を退院させなければならない。この場合においては、都道府県知事は、あらかじめ、その者を入院させている精神科病院又は指定病院の管理者の意見を聞くものとする。 2 前項の場合において都道府県知事がその者を退院させるには、その者が入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれがないと認められることについて、その指定する指定医による診察の結果又は次条の規定による診察の結果に基づく場合でなければならない。 ※現行法 第二十九条の四 1 都道府県知事は、第二十九条第一項の規定により入院した者(以下「措置入院者」という。)が、入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがないと認められるに至つたときは、直ちに、その者を退院させなければならない。この場合においては、都道府県知事は、あらかじめ、その者を入院させている同項に規定する精神科病院又は指定病院の管理者の意見を聞くものとする。 2 前項の場合において都道府県知事がその者を退院させるには、その者が入院を継続しなくてもその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがないと認められることについて、その指定する指定医による診察の結果又は次条の規定による診察の結果に基づく場合でなければならない。 趣旨説明  措置入院を解除する要件を、厳格化された入院要件の文言に合わせた。 (入院措置の場合の診療方針及び医療に要する費用の額) 第二十九条の八 第二十九条第一項の規定により入院する者について国等の設置した精神科病院又は指定病院が行う医療に関する診療方針及びその医療に要する費用の額の算定方法は、健康保険の診療方針及び療養に要する費用の額の算定方法の例による。 ※現行法(入院措置の場合の診療方針及び医療に要する費用の額) 第二十九条の八 第二十九条第一項及び第二十九条の二第一項の規定により入院する者について国等の設置した精神科病院又は指定病院が行う医療に関する診療方針及びその医療に要する費用の額の算定方法は、健康保険の診療方針及び療養に要する費用の額の算定方法の例による。 (社会保険診療報酬支払基金への事務の委託) 第二十九条の九 都道府県は、第二十九条第一項の規定により入院する者について国等の設置した精神科病院又は指定病院が行つた医療が前条に規定する診療方針に適合するかどうかについての審査及びその医療に要する費用の額の算定並びに国等又は指定病院の設置者に対する診療報酬の支払に関する事務を社会保険診療報酬支払基金に委託することができる。 ※現行法 第二十九条の九 都道府県は、第二十九条第一項及び第二十九条の二第一項の規定により入院する者について国等の設置した精神科病院又は指定病院が行つた医療が前条に規定する診療方針に適合するかどうかについての審査及びその医療に要する費用の額の算定並びに国等又は指定病院の設置者に対する診療報酬の支払に関する事務を社会保険診療報酬支払基金に委託することができる。 (費用の負担) 第三十条  1 第二十九条第一項の規定により都道府県知事が入院させた精神障害者の入院に要する費用は、都道府県が負担する。 ※現行法 第三十条  1 第二十九条第一項及び第二十九条の二第一項の規定により都道府県知事が入院させた精神障害者の入院に要する費用は、都道府県が負担する。   (費用の徴収) 第三十一条  1 都道府県知事は、第二十九条第一項の規定により入院させた精神障害者又はその扶養義務者が入院に要する費用を負担することができると認めたときは、その費用の全部又は一部を徴収することができる。 ※現行法 第三十一条  1 都道府県知事は、第二十九条第一項及び第二十九条の二第一項の規定により入院させた精神障害者又はその扶養義務者が入院に要する費用を負担することができると認めたときは、その費用の全部又は一部を徴収することができる。 趣旨説明  第二十九条の二の二、第二十九条の三、第二十九条の六、第二十九条の七、第三十条、第三十一条については、第二十九条の二の条文が削除になるのに伴い、当該条文引用箇所ないし条文を削除した形式的処理。   3 医療保護入院 (医療保護入院) 第三十三条 1 精神科病院の管理者は、次に掲げる者について、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる。 一 二人以上の指定医による診察の結果、精神障害者であり、重篤な精神疾患があるため援助を尽くしても入院判断について自己決定を行える状態になく、入院しなければ、深刻な状態の悪化が起こる高度の蓋然性があり、症状の改善を期待できる適切な治療を受けることができない者であって、入院より制限的でない他の代替手段が存在しないと判定されたもの 二 (略) 2 前項の入院期間は、三十日を超えることができない。 3 精神科病院の管理者は、第一項の規定による入院措置を採つたときは、十日以内に、その者の症状その他厚生労働省令で定める事項を、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならない。 (現行法2項から8項を削除し、2項を新設し、現行法9項を3項とする) ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十三条 1 精神科病院の管理者は、次に掲げる者について、その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくても、六月以内で厚生労働省令で定める期間の範囲内の期間を定め、その者を入院させることができる。 一 指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたもの 二 第三十四条第一項の規定により移送された者 2 精神科病院の管理者は、前項第一号に掲げる者について、その家族等がない場合又はその家族等の全員がその意思を表示することができず、若しくは同項の規定による同意若しくは不同意の意思表示を行わない場合において、その者の居住地(居住地がないか、又は明らかでないときは、その者の現在地。第四十五条第一項を除き、以下同じ。)を管轄する市町村長(特別区の長を含む。以下同じ。)の同意があるときは、本人の同意がなくても、六月以内で厚生労働省令で定める期間の範囲内の期間を定め、その者を入院させることができる。第三十四条第二項の規定により移送された者について、その者の居住地を管轄する市町村長の同意があるときも、同様とする。 3 前二項に規定する場合において、精神科病院(厚生労働省令で定める基準に適合すると都道府県知事が認めるものに限る。)の管理者は、緊急その他やむを得ない理由があるときは、指定医に代えて特定医師に診察を行わせることができる。この場合において、診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたときは、前二項の規定にかかわらず、本人の同意がなくても、十二時間を限り、その者を入院させることができる。 4 第十九条の四の二の規定は、前項の規定により診察を行つた場合について準用する。この場合において、同条中「指定医は、前条第一項」とあるのは「第二十一条第四項に規定する特定医師は、第三十三条第三項」と、「当該指定医」とあるのは「当該特定医師」と読み替えるものとする。 5 精神科病院の管理者は、第三項後段の規定による入院措置を採つたときは、遅滞なく、厚生労働省令で定めるところにより、当該入院措置に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。 6 精神科病院の管理者は、第一項又は第二項の規定により入院した者(以下「医療保護入院者」という。)であつて次の各号のいずれにも該当する者について、厚生労働省令で定めるところによりその家族等のうちいずれかの者(同項の場合にあつては、その者の居住地を管轄する市町村長)の同意があるときは、本人の同意がなくても、六月以内で厚生労働省令で定める期間の範囲内の期間を定め、これらの規定による入院の期間(この項の規定により入院の期間が更新されたときは、その更新後の入院の期間)を更新することができる。 一 指定医による診察の結果、なお第一項第一号に掲げる者に該当すること。 二 厚生労働省令で定める者により構成される委員会において当該医療保護入院者の退院による地域における生活への移行を促進するための措置について審議が行われたこと。 7 第二項に規定する市町村長は、同項又は前項の規定に基づく事務に関し、関係行政機関又は関係地方公共団体に対し、必要な事項を照会することができる。 8 精神科病院の管理者は、厚生労働省令で定めるところにより、医療保護入院者の家族等に第六項の規定によるその同意に関し必要な事項を通知しなければならない。この場合において、厚生労働省令で定める日までにその家族等のいずれの者からも同項の規定による入院の期間の更新について不同意の意思表示を受けなかつたときは、同項の規定による家族等の同意を得たものとみなすことができる。ただし、当該同意の趣旨に照らし適当でない場合として厚生労働省令で定める場合においては、この限りでない。 9 精神科病院の管理者は、第一項、第二項若しくは第三項後段の規定による入院措置を採つたとき、又は第六項の規定による入院の期間を更新したときは、十日以内に、その者の症状その他厚生労働省令で定める事項を当該入院又は当該入院の期間の更新について同意をした者の同意書を添え(前項の規定により家族等の同意を得たものとみなした場合にあっては、その旨を示し)、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならない。 趣旨説明  これまで、医療保護入院は、精神科病院の管理者が、「精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者」を、任意入院が行われる状態にないことを要件として、「家族等」の同意のもとで入院させる制度として運用されてきた。  しかし、当該対象者の判断能力が不十分であるとしても、一私人に過ぎないたった一人の医師の診察に基づき、病院管理者に自由剥奪の権限が付与される根拠は明らかでない。実際、本人の判断能力や入院の必要性について慎重な判断がされないまま、「家族等」の同意があることを拠りどころとして安易に入院させることが横行していた。  そこで、強制入院である医療保護入院について、国連原則の水準に合わせ、安易な入院を制限する観点から入院の実体要件を明確かつ厳格にし、また、家族等の同意を撤廃し、二人以上の指定医の診断の合致を要することとした。 (1) 医療保護入院の実体要件  これまで医療保護入院の実体要件として、(ア)精神障害者であること、(イ)医療及び保護のため入院の必要があること、(ウ)精神障害のために任意入院が行われる状態にないこと、を定めていた。措置入院については、告示により、一応、実体要件の判定基準が示されているのに対し、医療保護入院については、そのような実体要件の判定基準は示されておらず、不明確であった。  また、これまでの医療保護入院は、国連原則が定める「b 精神疾患が重篤で あり、判断力が阻害されている場合、その者を入院させず、又は入院を継続させなければ、深刻な状態の悪化が起こる見込みがあり、最小規制の代替原則に従って、精神保健施設に入院させることによってのみ得られる適切な治療が妨げられること」に相当する入院形態(以下「b類型」という。)であると考えられるが、国連原則の求める厳格な実体要件と比較して極めて緩い規定となっていた。  すなわち、第一に、国連原則は、精神疾患が重篤であり判断力が阻害されていることを求めるのに対し、これまでは、重篤な疾患による判断能力の減弱という限定がされていなかった。またインフォームド・コンセント法理に鑑み、安易に、疾患が重篤であって判断能力が欠如しているとの断定がされてはならず、まずは、援助者による意思決定の援助が尽くされ、それでもなお自己決定が行えない場合に限ることを要件とした。  第二に、国連原則は、「入院によらなければ深刻な状態の悪化が認められる見込みがあること」を求めるが、これまでの要件においては、医療及び保護のために必要であることが挙げられるのみで、入院しなければ深刻な状態の悪化が生じる高度の蓋然性があるのか、入院しなければ症状の改善を期待できる適切な治療が妨げられるのか、という点について検討することは求められていなかった。  第三に、国連原則は、入院治療より制限の少ない代替手段がないことという補充性の要件を定めるが、これまでこの要件もなかった。  医療保護入院においては、措置入院における他の法益との権衡を観念できないため、人権制約の限界がより一層明確に画されるべきであり、医療保護入院では措置入院より一層の厳格な正当化事由が要求されるべきであることから、補充性の要件を規定することとした。 (2) 家族等の同意の撤廃これまで医療保護入院では、手続要件として「家族等の同意」を規定していたが、そもそも強制入院を正当化する要件として、家族の同意を要件とすることに合理性はなく、また、国連原則が求める要件にも当てはまらないことから、要件としては撤廃することとした。 (3) 期間制限  第二十九条の趣旨説明で記載した通り、患者の人権保障の観点から長期の強制入院が許されるべきではなく、入院期間は30日を上限とすべきである。この期間制限は強制権限行使の期限であって、入院治療の期限ではない。医療従事者は、この期間内に入院患者との信頼関係を形成し、必要であれば任意入院への速やかな移行を行うこととなる。  なお前記のとおり、精神保健福祉法の令和4年改正により、医療保護入院の入院期間が定められることとなった(令和6年4月1日施行)。入院時から半年間は3ヶ月の更新、それ以降は6ヶ月の更新となる(令和5年11月27日発出にかかる厚生労働省令第百四十四号第十五条の六)。しかし更新可能な期間である以上、漫然と更新が繰り返されることが容易に予想され、不当な長期入院という実態を抜本的に変えていく実効性は乏しいものと評価せざるを得ない。   第三十三条の二  1 精神科病院の管理者は、前条第一項の規定により入院した者(以下、「医療保護入院者」という。)が、入院を継続しなくても、援助を尽くせば入院判断について自己決定を行える状態となった場合、深刻な状態の悪化が起こる高度の蓋然性がない場合、または適切な治療を受けるために入院以外の代替手段があると認められるに至ったときは、直ちにその者を退院させなくてはならない。 2 精神科病院の管理者は、医療保護入院者を退院させたときは、十日以内に、その旨及び厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならない。 ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十三条の二 精神科病院の管理者は、医療保護入院者を退院させたときは、十日以内に、その旨及び厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならない。 趣旨説明  医療保護入院の要件を厳格化することに伴い、医療保護入院の要件は、入院時の入院要件であるだけでなく、入院継続をするための要件でもあることを明らかにし、当該要件を欠くことになった場合には直ちに退院をさせなくてはならないことを規定したもの。  第1項の新設に伴い、従前の第1項を第2項に繰り下げをした。   (応急入院) 第三十三条の六、第三十三条の七、第三十四条第三項 削除 ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十三条の六  1 厚生労働大臣の定める基準に適合するものとして都道府県知事が指定する精神科病院の管理者は、医療及び保護の依頼があつた者について、急速を要し、その家族等の同意を得ることができない場合において、その者が、次に該当する者であるときは、本人の同意がなくても、七十二時間を限り、その者を入院させることができる。 一 指定医の診察の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたもの 二 第三十四条第三項の規定により移送された者 2 前項に規定する場合において、同項に規定する精神科病院の管理者は、緊急その他やむを得ない理由があるときは、指定医に代えて特定医師に同項の医療及び保護の依頼があつた者の診察を行わせることができる。この場合において、診察の結果、その者が、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたときは、同項の規定にかかわらず、本人の同意がなくても、十二時間を限り、その者を入院させることができる。 3 第十九条の四の二の規定は、前項の規定により診察を行つた場合について準用する。この場合において、同条中「指定医は、前条第一項」とあるのは「第二十一条第四項に規定する特定医師は、第三十三条の六第二項」と、「当該指定医」とあるのは「当該特定医師」と読み替えるものとする。 4 第一項に規定する精神科病院の管理者は、第二項後段の規定による入院措置を採つたときは、遅滞なく、厚生労働省令で定めるところにより、当該入院措置に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。 5 第一項に規定する精神科病院の管理者は、同項又は第二項後段の規定による入院措置を採つたときは、直ちに、当該措置を採つた理由その他厚生労働省令で定める事項を最寄りの保健所長を経て都道府県知事に届け出なければならない。 6 都道府県知事は、第一項の指定を受けた精神科病院が同項の基準に適合しなくなつたと認めたときは、その指定を取り消すことができる。 7 厚生労働大臣は、前項に規定する都道府県知事の権限に属する事務について、第一項の指定を受けた精神科病院に入院中の者の処遇を確保する緊急の必要があると認めるときは、都道府県知事に対し前項の事務を行うことを指示することができる。 第三十三条の七 第十九条の九第二項の規定は前条第六項の規定による処分をする場合について、第二十九条第三項の規定は精神科病院の管理者が前条第一項又は第二項後段の規定による入院措置を採る場合について準用する。この場合において、第二十九条第三項中「当該精神障害者及びその家族等であつて第二十八条第一項の規定による通知を受けたもの又は同条第二項の規定による立会いを行つたもの」とあるのは、「当該精神障害者」と読み替えるものとする。 (医療保護入院等のための移送) 第三十四条 3 都道府県知事は、急速を要し、その者の家族等の同意を得ることができない場合において、その指定する指定医の診察の結果、その者が精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条の七第一項の規定による入院をさせるため同項に規定する精神科病院に移送することができる。 趣旨説明  応急入院は、医療保護入院が「家族等の同意」を要件とすることを前提に、急速を要する場合に、「家族等の同意」を不要とする態様である。医療保護入院の要件である「家族等の同意」は、そもそも強制入院を正当化する要件として合理的なものではなく、また、国連原則が求める要件にも当てはまらない。前提となる医療保護入院から「家族等の同意」要件がなくなる以上、これを欠く場合の例外類型を置く必要はなく、応急入院の制度は全体として削除すべきである。 (医療保護入院等のための移送) 第三十四条 1 都道府県知事は、その指定する指定医2名による診察の結果、精神障害者であり、重篤な精神疾患があるため援助を尽くしても入院判断について自己決定を行える状態になく、入院しなければ、深刻な状態の悪化が起こる高度の蓋然性があり、症状の改善を期待できる適切な治療を受けることができない者であつて、入院より制限的でない他の代替手段が存在しないと判定されたものにつき、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第一項の規定による入院をさせるため、都道府県知事が特別に指定する精神科病院に移送することができる。 2・3 削除 4 第二十八条の規定は、前三項の規定による移送を行う場合について準用する。 ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十四条1 都道府県知事は、その指定する指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたものにつき、その家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第一項の規定による入院をさせるため第三十三条の七第一項に規定する精神科病院に移送することができる。 2 都道府県知事は、前項に規定する精神障害者の家族等がない場合又はその家族等の全員がその意思を表示することができず、若しくは同項の規定による同意若しくは不同意の意思表示を行わない場合において、その者の居住地を管轄する市町村長の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条第二項の規定による入院をさせるため第三十三条の六第一項に規定する精神科病院に移送することができる。 3 都道府県知事は、急速を要し、その者の家族等の同意を得ることができない場合において、その指定する指定医の診察の結果、その者が精神障害者であり、かつ、直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院が行われる状態にないと判定されたときは、本人の同意がなくてもその者を第三十三条の六第一項の規定による入院をさせるため同項に規定する精神科病院に移送することができる。 4 第二十九条の二の二第二項及び第三項の規定は前三項の規定による移送を行う場合について、第三十三条第七項の規定は第二項の規定による移送を行う場合について準用する。この場合において、同条第七項中「第二項」とあるのは、「第三十四条第二項」と、「同項又は前項」とあるのは「同項」と読み替えるものとする。 趣旨説明  医療保護入院の要件を厳格化したので、移送の際の要件も、現行法とは異なり、医療保護入院と同様にした。  第一項の「都道府県知事が特別に指定する精神科病院」は、従来の応急入院指定病院と同旨である。第四項については、移送制度は都道府県知事の権限による強制処分であるから、第28条と同じ趣旨が当てはまる。すなわち移送においても、適正手続保障(憲法31条)の要請から、本人などから委任を受けた弁護士が診察に立ち会う権限を明記し、入院手続の適正を確保すべきである。 第2 適正手続の保障について  1 精神医療審査会の独立性  (1) 委員任命の独立 (委員) 第十三条 1 精神医療審査会の委員は、精神障害者の医療に関し学識経験を有する者(第十八条第一項に規定する精神保健指定医である者に限る。)、精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者、及び法律に関し学識経験を有する者(弁護士会が推薦する者に限る。)、都道府県知事が任命する。 2 委員の任期は、任命された日から二年(委員の任期を二年を超え三年以下の期間で都道府県が条例で定める場合にあつては、当該条例で定める期間)とし、再任されることができる。 ※現行法 (委員) 第十三条 1 精神医療審査会の委員は、精神障害者の医療に関し学識経験を有する者(第十八条第一項に規定する精神保健指定医である者に限る。)、精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者及び法律に関し学識経験を有する者のうちから、都道府県知事が任命する。 2 委員の任期は、二年(委員の任期を二年を超え三年以下の期間で都道府県が条例で定める場合にあつては、当該条例で定める期間)とする。 趣旨説明  現行法において精神医療審査会の委員は、措置入院権限を発動する都道府県知事が任命することとされており、パリ原則が要請する任命及び解任手続を通じての独立性が満たされていない。他方、精神医療審査会は都道府県に置かれる以上、その委員の任命は都道府県知事が行うとせざるを得ない。都道府県知事による恣意的な委員の任命を防止し、精神医療審査会の独立性を強固にするためには、まず法律家委員は、弁護士会が推薦する者に限る旨規定すべきである。法律家委員として、裁判官、検察官、法学教授が選任されることがあるが、弁護士会の推薦にかからせることで、人権保障の実践に精通した法律家委員が任命されることを期待できる。また医療委員、福祉委員については、弁護士会のような強制加入の職種団体がないため、推薦主体を法律で明示しないが、恣意的な任命を防止するために、規則以下で、地域を代表しうる職種団体を推薦主体とすることを定めるべきである。  (2) 委員構成の公正 (審査の案件の取扱い) 第十四条 1 精神医療審査会は、その指名する委員五人をもつて構成する合議体で、審査の案件を取り扱う。 2 合議体を構成する委員は、次の各号に掲げる者とし、その員数は、当該各号に定める員数とする。 一 精神障害者の医療に関し学識経験を有する者 二 二 精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者 一 三 法律に関し学識経験を有する者 二 ※現行法 (審査の案件の取扱い) 第十四条 1 精神医療審査会は、その指名する委員五人をもつて構成する合議体で、審査の案件を取り扱う。 2 合議体を構成する委員は、次の各号に掲げる者とし、その員数は、当該各号に定める員数以上とする。 一 精神障害者の医療に関し学識経験を有する者 二 二 精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者 一 三 法律に関し学識経験を有する者 一 趣旨説明  現在、多くの精神医療審査会において、自ら強制入院を行う立場にある医療委員が過半数を占めており、公正を担保することができる状態にはない。精神医療審査会委員の公正を確保するためには、医療委員に偏らない構成とする必要がある。また、精神医療審査会における審査は、医療と法律に基づいてなされるものであるため、法律家委員と医療委員を同数の2名とすることによって、医療委員の意見に偏らない審査の実現を図ることが可能となる。  (3) 職権行使の独立 (職権行使の独立性) 第十四条の二 (新設) 精神医療審査会の委員は、独立してその職権を行う。 趣旨説明  精神医療審査会の委員の職権の独立性は、精神医療審査会の独立の根源であり、重要な点であるので、明文化した。  (4) 事務局の独立 (事務局) 第十四条の三 (新設) 1 精神医療審査会の事務を処理させるため、精神医療審査会に事務局を置く。 2 事務局に事務局長を置く。 3 事務局長は精神保健福祉センターの副所長とし、法律に関し学識経験を有する者を充てることとする。 趣旨説明  1、2項は精神医療審査会に事務局を置くことにより行政権からの独立を確保するための規定である。3項は、事務局長に医療及び行政に対し中立な立場を保障することで確固たる地位を与え、事務局の独立性を確保するための規定である。  (5) 予算の独立 (国の補助) 第七条 国は、都道府県が前条の施設を設置したときは、政令の定めるところにより、その設置に要する経費については二分の一、その運営に要する経費については三分の一を補助する。ただし、精神医療審査会の事務の運営に関する経費については、第十四条の四第三項による。 ※現行法 (国の補助) 第七条 国は、都道府県が前条の施設を設置したときは、政令の定めるところにより、その設置に要する経費については二分の一、その運営に要する経費については三分の一を補助する。 趣旨説明  短期工程において、パリ原則及び国連原則の要請に近づけていくためには、精神医療審査会の独立化への一歩として予算等の独立を確保する必要があるところ、精神医療審査会の事務の運営に関する経費に関しては規定がなかったため、同費用についても国が補助をすることを明記した。 (予算) 第十四条の四 (新設) 1 精神医療審査会の運営に関する経費(事務の運営に関する経費を含む)は、独立して、都道府県の予算にこれを計上しなければならない。 2 前項の経費中には、予備金を設けることを要する。 3 第1項の経費については、政令の定めるところにより、国がその三分の二を補助する。 趣旨説明  職務の公正・独立のためには、予算の独立が必要である。  (6) 判断権限の独立 (判断権限の独立) 第三十八条の五の二 (新設)  都道府県知事による第38条の3第4項又は第38条の5第5項の規定による退院命令又は処遇改善命令は、精神医療審査会の審査結果の通知を受けた後直ちに命じなければならない。 趣旨説明   都道府県知事は精神医療審査会の審査結果に基づいて退院命令等の必要な措置を採らなければならないとされているが(精神保健福祉法38条の5第5項)、実際には知事が直ちに命令を出さず、病院管理者に任意に審査結果に沿った措置を促し、これに従わない場合に初めて命令を出す運用が見受けられる。このような誤った運用を見逃さないためにも、審査会の独立した判断権限を保障すべく、現状を変更する審査結果の場合に、都道府県知事は審査結果に拘束され、審査結果の通知を受けて直ちにこれに基づいた命令を出すよう精神保健福祉法に明記すべきである。  2 審査手続の適正  (1) 弁護士に依頼する権利の保障と国費による弁護士費用援助制度の創設 @ 入院者の退院請求・処遇改善請求の手続における弁護士に依頼する権利の保障 (弁護士に依頼する権利の保障) 第三十八条の四の二 (新設) 1 精神科病院に入院中の者は、前条の規定による請求に関し、何時でも代理人を選任することができる。 2 精神科病院に入院中の者の前条の規定による請求に関し、法定代理人、保佐人、補助人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、独立して代理人を選任することができる。 趣旨説明  精神科病院に入院中の者は、三十八条の四により退院請求・処遇改善請求を行うことができる。しかし通常、精神科病院に入院中の者は、法律的知識にうとく自らの権利を守るのに知識経験に乏しいから、適正な審査手続の前提として、医師や精神医療審査委員と対等に渡り合うのは難しい。そこで、法律専門家として退院等請求を行う者を代弁する役割を担う代理人を選任する権利を保障する必要がある。また、精神科病院に入院中の者が弁護士代理人を選任する必要性を認識していない場合もありうるため、その意思にかかわらず、その者の法定代理人、保佐人、補助人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹に対しても弁護士代理人を選任する権利を保障する必要がある5。 (代理人に選任される資格) 第三十八条の四の三 (新設)  本法律における代理人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない。 趣旨説明  退院等請求の代理人は、精神科病院の入院者の拘禁、身体拘束への対応、立ち会いのない面会、精神医療審査会の立ち会いや記録の閲覧謄写など広範な権限、重い責任を有することから、基本的人権たる人身の自由に対する手続保障を図る刑事訴訟法第31条1項と同じく、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士(弁護士法一条一項)の中からこれを選任しなければならないとした。 (面会交通権) 第三十八条の四の七 (新設)  精神科病院に入院中の者は、代理人又は代理人を選任することができる者の依頼により代理人となろうとする者と立会人なくして面会し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。 2 代理人と面会する場合は、精神科病院に入院中の者の身体を拘束してはならない。 趣旨説明  代理人選任の意思や退院等請求の意思の確認、退院等の請求の準備のための打ち合わせ等のため、精神科病院に入院中の者と代理人との相互の立会人のない面会、交通の自由を保障する必要がある。また、注意的に精神科病院に入院中の者の代理人との間の面会、交通の自由の保障を実質化するため、代理人の面会中の精神科病院の入院者に対しては、身体を拘束してはならない旨を規定した。  A 入院者に対する国費による弁護士費用援助制度の創設 (代理人選任の申出制度) 第三十八条の四の四 (新設) 1 第三十八の四の代理人を選任しようとする精神科病院に入院中の者は、弁護士会に対し、代理人の選任の申出をすることができる。 2 弁護士会は、前項の申出を受けた場合は、速やかに、所属する弁護士の中から代理人となろうとする者を紹介しなければならない。 3 弁護士会は、前項の代理人となろうとする者がないときは、当該申出をした者に対し、速やかに、その旨を通知しなければならない。同項の規定により紹介した弁護士が精神科病院に入院中の者がした代理人の選任の申込みを拒んだときも、同様とする。 趣旨説明   代理人を選任しようとする精神科病院に入院中の者に対し、弁護士会に対して私選代理人の選任を申し出ることができるものとした。国選代理人制度(第三十八条の四の五)が私選代理人を原則としこれを補完するものであるとして、国選代理人選任の要件に「貧困その他の事由」を要求する(第三十八条の四の五 新設)。そのため、入院者の私選代理人依頼権を実効的に保障すべく、私選代理人の選任の申出を受けた弁護士会に紹介義務(二項)を負わせた。特に精神科病院に入院中の者が申し出た場合、本制度により私選代理人を選任できないことが国選代理人請求の要件となることがあることから、その請求に支障が生じないように迅速な対応が必要となるため、刑事当番弁護士制度における刑事訴訟法第31条の2第2項と同じく、「速やかに」紹介する義務を負わせた。  また、この「その他の事由」(第三十八条の四の五 新設)には、精神科病院に入院中の者が自ら私選代理人を依頼するための措置をとろうとしたが選任に至らなかった場合が含まれることから弁護士会に不在通知(三項前段)及び不受任通知(同項後段)の通知義務を負わせ、国選代理人の選任の請求権を保障した。 (国選代理人) 第三十八条の四の五 (新設) 1 精神科病院に入院中の者が貧困その他の事由により代理人を選任することができないときは、精神医療審査会は、その請求により、請求者のため弁護士のなかから代理人を附しなければならない。ただし、請求者以外の者が選任した代理人がある場合は、この限りでない。 趣旨説明   すべての退院等請求をしようとする精神科病院に入院中の者が弁護士資格を有する代理人を選任できるわけではなく、人権保障の見地から貧困や私選弁護人を依頼するための措置をとろうとしたが選任に至らなかった(参照 第三十八条の四の四 新設)などの事由により、自ら代理人を選任することができないときは、その者の請求をまって、退院等請求を受理した精神医療審査会が請求者のために弁護士資格を有する代理人を付することとした。   (公費(国費)負担) 第三十八条の四の五 (新設) 2 前項の規定により選任された代理人は、旅費、日当、宿泊料及び報酬を精神医療審査会に請求することができる。 趣旨説明  人権保障の見地から貧困その他の事由により、自ら代理人を選任することができないことを理由として精神医療審査会によって選任された代理人の旅費、日当、宿泊料、報酬を退院等請求に対して審査を行う精神医療審査会に請求することができるとした。ただし、精神科病院に入院中の者に対する適正手続等人権保障の見地から全国一律に実施されるべきものであるから、請求先として「精神医療審査会」を明記し、国費による精神医療審査会の運営に関する経費の補助を含む公費(国費)による代理人費用の負担を定めた(参照 第十四条の四 新設)。なお、この規定は、貧困や私選弁護人を依頼するための措置をとろうとしたが選任に至らなかった(参照 第三十八条の四の五第1項 新設)などの事由により、自ら代理人を選任することができないときに適用されるものであるが、実際の運用につき、刑事国選弁護人と同じく、総合法律支援法に基づき、求めに応じて日本司法支援センターが指名通知を行い、代理人への報酬等も当該代理人と日本司法支援センターの間に適用される契約約款に基づき支払われることになることも想定される。   B 都道府県知事(措置入院の場合)及び精神科病院管理者(医療保護入院の場合)の入院者に対する告知義務の規定 (任意入院) 第二十一条 1 精神障害者が本人の自由な意思に基づき入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第三十八条の四から第三十八条の四の五までの規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を告げるとともに、書面で知らせ、当該精神障害者から本人の自由な意思に基づき入院する旨を記載した書面を受けなければならない。 ※現行法 第二十一条 1 精神障害者が自ら入院する場合においては、精神科病院の管理者は、その入院に際し、当該精神障害者に対して第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせ、当該精神障害者から自ら入院する旨を記載した書面を受けなければならない。 (都道府県知事による措置入院) 第二十九条 1 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に相当程度の害を及ぼす差し迫ったおそれが明確であると認めたときは、代理人を選任できる旨を告げた上、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。 2 (略) 3 都道府県知事は、第一項の規定による入院措置を採る場合においては、当該精神障害者及びその家族等であつて第二十八条第一項の規定による通知を受けた者又は同条第二項の規定による立会いを行つたものに対し、当該入院措置を採る旨及びその理由、第三十八条の四から第三十八条の四の五までの規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を告げるとともに、書面で知らせなければならない。 4 (略) ※現行法 第二十九条 1 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。 3 都道府県知事は、第一項の規定による入院措置を採る場合においては、当該精神障害者及びその家族等であつて第二十八条第一項の規定による通知を受けた者又は同条第二項の規定による立会いを行つたものに対し、当該入院措置を採る旨及びその理由、第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。 第三十三条の三 1 精神科病院の管理者は、第三十三条第一項の規定による入院措置を採る場合については、当該精神障害者に対し、当該入院措置を採る旨及びその理由、第三十八条の四から第三十八条の四の五までの規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を告げた上、書面で知らせなければならない。 2 削除 ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十三条の三 1 精神科病院の管理者は、第三十三条第一項、第二項若しくは第三項後段の規定による入院措置を採る場合又は同条第六項の規定による入院の期間の更新をする場合においては、当該精神障害者及びその家族等であつて同条第一項又は第六項の規定による同意をしたものに対し、当該入院措置を採る旨又は当該入院の期間の更新をする旨及びその理由、第三十八条の四の規定による退院等の請求に関することその他厚生労働省令で定める事項を書面で知らせなければならない。ただし、当該精神障害者については、当該入院措置を採つた日又は当該入院の期間の更新をした日から四週間を経過する日までの間であつて、その症状に照らし、その者の医療及び保護を図る上で支障があると認められる間においては、この限りでない。 2 精神科病院の管理者は、前項ただし書の規定により同項本文に規定する事項を書面で知らせなかつたときは、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働省令で定める事項を診療録に記載しなければならない。 趣旨説明  拘禁される精神障害者にとって、弁護士代理人選任権という極めて重要な権利行使を実質化させるべく、人身の自由の制約が開始した時点である入院直後から退院等請求のための代理人選任権等の告知及び書面による通知が行われるべきであるから、拘禁主体である都道府県知事及び精神科病院の管理者に告知義務を課した。  人権保障の見地から告知の運用は厳格になされるべきであり、延期は認めるべきではない。  C 精神科病院管理者の入院者に対する周知義務の規定 (精神科病院管理者の周知義務) 第三十八条の八 (新設)  精神科病院の管理者は、第三十八条の四(退院等の請求)、第三十八条の四の二(弁護士に依頼する権利の保障)、第三十八条の四の四(代理人選任の申出制度)、第三十八条の四の五(国選代理人)、第三十八条の四の七(面会交通権)に規定する権利を、常時、各精神科病院の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、精神科病院に入院している者に周知しなければならない。 趣旨説明  入院者の中には、薬物治療や病状の影響から弁護士に依頼する権利や国選代理人制度の告知の意味を十分に認識できないこともありうる。そこで、入院者が入院中いつでも弁護士に依頼する権利や国選代理人制度について認識し理解できるように入院者を支援し、入院者の見える場所に当該内容を記載した案内を掲示等で周知することを精神科病院の管理者に義務づける必要がある。  D 精神医療審査会の入院者に対する告知義務の規定 (精神医療審査会の告知義務) 第三十八条の四の六 (新設)  請求者に代理人がいないときは、精神医療審査会は、代理人を選任できる旨及び貧困その他の事由により代理人を選任することができないときは代理人の選任を請求することができる旨を告知しなければならない。 趣旨説明  退院等請求を行う請求者の代理人選任権に関する手続保障をより十分なものにするため、精神医療審査会は、代理人がいない請求者に対し、代理人選任権及び国選代理人制度を告知する必要がある。 (2) 記録閲覧・謄写、証拠提出権、聴聞を受ける権利、出席要求権 (記録の閲覧・謄写) 第三十八条の四の八 (新設)  退院等請求者(入院者以外の退院等請求者を除く)及び代理人は、精神医療審査会に対し、退院等の請求に関する審査書その他退院等請求手続に関し同会に提出された一切の書類及び同会で作成された一切の書類を閲覧し、且つ謄写することができる。なお、書類には電磁的方法により記録されている情報を含み、当該情報の謄写については、当該情報の内容を紙面に表示されたものを謄写するものとする。 第三十八条の四の九 (新設)  退院等請求者(入院者以外の退院等請求者を除く)及び代理人は、退院等請求者が現に入院している医療機関に対し、診療録その他退院請求等手続に必要な当該患者に関する一切の書類を閲覧し、且つ謄写することができる。なお、書類には電磁的方法により記録されている情報を含み、当該情報の謄写については、当該情報の内容を紙面に表示されたものを謄写するものとする。 趣旨説明  入院者が自分の権利を十分に守るためには、入院の必要性に関して精神医療審査会の判断材料となる診療録その他自分に関するすべての資料をまず検討することが不可欠である。そして、そうした資料は、精神医療審査会のみならず医療機関にもある。  そのため、精神医療審査会の判断材料となりうるすべての資料について、患者本人及び代理人弁護士が閲覧・謄写する権利を明文化した。  もっとも、入院者本人以外の退院等請求者に入院者に関する情報をすべて開示することは、入院者本人のプライバシー保護の観点から適切ではないと考え、「(入院者以外の他院等請求者を除く)」とした。   (聴聞を受ける権利、出席要求権、証拠提出権、費用負担) 第三十八条の四の十 (新設) 1 退院等請求者及び代理人は、精神医療審査会の委員の意見聴取の際及び精神医療審査会の合議体の審議の際に出席して質問し意見を述べ、意見書及び証拠資料を提出することができる。 2 退院等請求者は、代理人以外にも必要な情報を提供できると考えられる者について、精神医療審査会に対し、その必要性を疎明の上同会の合議体の審議の際に出席させ、陳述させることを求めることができる。 3 第1項で述べられた意見並びに提出された資料等及び前項の出席者の陳述について、精神医療審査会は検討の対象としなければならない。 4 退院等請求者及び第2項に基づき出席する者は、旅費及び宿泊費を請求することができる。 趣旨説明  入院者が自分の権利を十分に守るためには、病院管理者や家族等の関係者の意見を把握し、必要に応じて質問する機会、及び、入院者にとって有利な証拠資料を提出し、自らの意見を直接あるいは代理人を通じて陳述する機会や特定の者の意見を求める権利が保障されなければならない。  もっとも、形式的に証拠資料提出や意見陳述、特定の者の意見を求める機会が与えられても、それらが精神医療審査会で検討されなければ意味がない。  そのため、こうした権利を明記するとともに、精神医療審査会に検討の対象とすべき義務も明記した。  さらに、意見陳述権や特定の者の意見を求める権利を実質的に保障するため、つまり、費用負担ができないために精神医療審査会に出席あるいは出席依頼ができないことのないよう、移動等の費用についても精神医療審査会の負担とすべきことを明記した。  (3) 審査の実質化 (審査の案件の取扱い) 第十四条 (新設) 3 精神医療審査会は、その審査事務を遅滞なく処理できるよう十分な数の合議体を設けなければならない。 (定期の報告等) 第三十八条の二 削除 ※現行法(令和6年4月1日施行法) 第三十八条の二 措置入院者を入院させている第二十九条第1項に規定する精神科病院又は指定病院の管理者は、措置入院者の症状その他厚生労働省令で定める事項(以下この項において「報告事項」という。)を、厚生労働省令で定めるところにより、定期に、最寄りの保健所長を経て都道府県知事に報告しなければならない。この場合においては、報告事項のうち厚生労働省令で定める事項については、指定医による診察の結果に基づくものでなければならない。 2 都道府県知事は、条例で定めるところにより、精神科病院の管理者(第三十八条の七第一項、第二項若しくは第四項又は第四十条の六第一項若しくは第三項の規定による命令を受けた者であつて、当該命令を受けた日から起算して厚生労働省令で定める期間を経過しないものその他これに準ずる者として厚生労働省令で定めるものに限る。)に対し、当該精神科病院に入院中の任意入院者(厚生労働省令で定める基準に該当する者に限る。)の症状その他厚生労働省令で定める事項について報告を求めることができる。 趣旨説明  第29条5項及び第33条2項の新設により措置入院及び医療保護入院の期間は三十日を超えることができないと規定することから、従来の定期病状報告は不要となるため、条文を削除する(なお、これにともなって同条文に関連する現行規則19条及び20条も削除となる)。 (入院届に対する審査) 第三十八条の三 1 都道府県知事は、第三十三条第七項の規定による届出(同条第一項又は第二項の規定による入院措置に係るものに限る。)があつたときは、当該届出に係る入院中の者の症状その他厚生労働省令で定める事項を精神医療審査会に通知し、当該入院中の者についてその入院の必要があるかどうかに関し審査を求めなければならない。 2 (略) 3 精神医療審査会は、前項の審査を当該審査に係る者の入院先病院で実施し、必要があると認めるときは、当該審査に係る入院中の者に対して意見を求め、又はその者が入院している精神科病院の管理者その他関係者に対して報告若しくは意見を求め、診療録その他の帳簿書類の提出を命じ、若しくは出頭を命じて審問することができ、その場で直ちに審査結果を出すものとする。この審査にあたっては、第一四条第二項各号の委員から各一名、計三名の審査委員による合議とする。 4 (以下略) ※現行法(令和6年4月1日施行法) (入院措置時及び定期の入院の必要性に関する審査) 第三十八条の三 1 都道府県知事は、第二十九条第一項の規定による入院措置を採つたとき、又は第三十三条第九項の規定による届出(同条第一項若しくは第二項の規定による入院措置又は同条第六項の規定による入院の期間の更新に係るものに限る。)若しくは同条第一項の規定による報告があつたときは、当該入院措置又は届出若しくは報告に係る入院中の者の症状その他厚生労働省で定める事項を精神医療審査会に通知し、当該入院中の者についてその入院の必要があるかどうかに関し審査を求めなければならない。 2 (略) 3 精神医療審査会は、前項の審査をするに当たつて必要があると認めるときは、当該審査に係る入院中の者に対して意見を求め、若しくはその者の同意を得て委員(指定医である者に限る。第三十八条の五第四項において同じ。)に診察させ、又はその者が入院している精神科病院の管理者その他関係者に対して報告若しくは意見を求め、診療録その他の帳簿書類の提出を命じ、若しくは出頭を命じて審問することができる。 趣旨説明  形骸化している書類審査を実質化するためには、精神医療審査会の体制を整備する必要がある。そのためには、精神医療審査会内で、3名体制での現地審査制度を創設すべきである。かかる3名が現地で入院者本人や関係者から意見を聞いた上で判断をすることで審査の実質化が図られる。  上記を前提に、精神医療審査会の合議体の数は現状では不足することから、増加が求められるところ、各地の実情に合わせて「遅滞なく処理できるような十分な数の合議体の数」を確保する必要が生じる。   (4) 審査の判断基準 (退院等の請求による入院の必要性等に関する審査) 第三十八条の五 (1項、3項、4項、6項は略) 2 精神医療審査会は、前項の規定により審査を求められたときは、当該審査に係る者について、その入院が措置入院にあっては第二十九条、医療保護入院にあっては第三十三条の要件を満たしているかどうか、又はその処遇が適当であるかどうかに関し審査を行い、その結果及び具体的理由を都道府県知事に通知しなければならない。 5 都道府県知事は、第二項の規定により通知された精神医療審査会の審査の結果に基づき、その入院が措置入院にあっては第二十九条、医療保護入院にあっては第三十三条の要件を満たしていないと認められた者を退院させ、又は当該精神科病院の管理者に対しその者を退院させることを命じ若しくはその者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じなければならない。     ※現行法 第三十八条の五 2 精神医療審査会は、前項の規定により審査を求められたときは、当該審査に係る者について、その入院の必要があるかどうか、又はその処遇が適当であるかどうかに関し審査を行い、その結果を都道府県知事に通知しなければならない。 5 都道府県知事は、第二項の規定により通知された精神医療審査会の審査の結果に基づき、その入院が必要でないと認められた者を退院させ、又は当該精神科病院の管理者に対しその者を退院させることを命じ若しくはその者の処遇の改善のために必要な措置を採ることを命じなければならない。 趣旨説明  措置入院及び医療保護入院の要件を厳格化したことに伴い、退院請求がなされた際は、これらの厳格な要件を満たしていない場合は退院を命じるべきことを明らかにした。    (5) 審査結果の理由明記義務 (退院等の請求による入院の必要性等に関する審査) 第三十八条の五 1項及び3項から5項は略 2 精神医療審査会は、前項の規定により審査を求められたときは、当該審査に係る者について、その入院が措置入院にあっては第二十九条、医療保護入院にあっては第三十三条の要件を満たしているかどうか、又はその処遇が適当であるかどうかに関し審査を行い、その結果及び具体的理由を都道府県知事に通知しなければならない。 6 都道府県知事は、前条の規定による請求をした者に対し、当該請求に係る精神医療審査会の審査の結果、当該結果に至った具体的理由及び審査結果に基づき採つた措置を通知しなければならない。 ※現行法(令和6年4月1日施行法) (退院等の請求による入院の必要性等に関する審査) 第三十八条の五 2 精神医療審査会は、前項の規定により審査を求められたときは、当該審査に係る者について、その入院の必要があるかどうか、又はその処遇が適当であるかどうかに関し審査を行い、その結果を都道府県知事に通知しなければならない。 6 都道府県知事は、前条の規定による請求をした者に対し、当該請求に係る精神医療審査会の審査の結果及びこれに基づき採つた措置を通知しなければならない。 趣旨説明  精神医療審査会による審査過程の透明性の確保、判断の恣意性の排除のためにも理由を明記することは必須である。そこで、結果通知に関し、従前の「結果」「措置」に加え、「理由」を加えた。また、この「理由」について、従前の運用上は、医療審査会運営マニュアル上に理由の記載が求められているにもかかわらず、定型の短文かつ結果と同旨のもの(「病状による」等)がみられることから、法文上に「具体的」との文言を加えた。この「具体的」については、法律上の入院要件に照らした具体的事実に基づくものでなければならないところ、この点は、法律レベルで規定せず、規則、もしくは法律に基づく医療審査会運営マニュアル上に記載されるべきものとして、法文上には、「具体的」と記載するにとどめた。  (6) 不服申立権の保障 (不服申立) 第三十八条の五の三 (新設)  法三十八条の五第六項による通知を受けた者は、その通知内容に不服のある場合、都道府県知事に対し、行政不服審査法に基づく審査請求、または行政事件訴訟法に基づき提訴することができる。 趣旨説明   国連原則17−7に基づき、人権保障の観点から、審査結果に対する不服申立権を保障する必要がある。退院請求・処遇改善請求の結果が「現状維持」の場合でも処分性があるというべきであるが、この点は争いがあるところ、不服申立てができることを明らかにするために、「通知内容に不服のある場合」とした。   そして、退院請求・処遇改善請求の結果については、不服申立手続について現在何ら定めがないことから、不服申立として、審査請求又は訴訟提起を行うことができることを明記した。 1 本人が入院を望んでいてもうまく自分の意思を表現できない等のために「自由な意思」が認められないとされ、入院を拒まれ医療を受ける権利が侵害されるのではないかとの指摘もあるが、それを基礎付ける立法事実はない。むしろ、大量の入院者を抱え続けている日本においては、不当な誘導や威迫等に影響されない患者の自由な意思(国連原則11)に基づく判断が守られることが重要である。世界保健機関(WHO)と国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の共著として刊行された「精神保健と人権及び立法のガイダンスと実践」(2023年10月)は、「強制が精神医療へのアクセスを促進するという証拠はなく、逆に、それは人が支援を求めることを挫く可能性がある。」と指摘している。 2 症状の悪化等により行動制限が必要になる場合には、医療保護入院(33条)、措置入院(29条)等の入院要件を満たすのであれば、これらの入院形態に変更した上で行動制限をすることは考え得る。また、医療又は保護上の危機が現在し、危機を避ける利益が行動制限により失われる利益と権衡しており、他に取り得る方法がなく、社会的相当性のある措置であれば、緊急避難として当該行動制限は許容されるので、任意入院者に対して行動制限規定の適用を除外しても任意入院者の不利益や医療を受ける権利の制限につながることにはならない。 3 なお、日本精神神経学会精神保健福祉法特別委員会による「精神保健福祉法改正に関する委員会見解」(2016年3月29日)にも、措置入院の要件を「自傷他害の差し迫ったおそれ」に変更する旨謳われている。 4 岡田靖雄『精神医学の知と技 吹き来る風に 精神科の臨床・社会・歴史』中山書店(2011年)157頁に、「国権による入院強制のための診察であるからには、二重チェックでなくてはならず、談合的診察であってはならない。」とあるとおりである。 5 海外では、強制入院に対する法的規制は司法(裁判所)型あるいは準司法(精神医療審査会)型によって行われているようである。いずれにおいても、その手続において当人の弁護士選任権を認めている。貧困などの事情を想定した上で、すべての人に弁護士選任権を実効的に保障する法制度を備えているかについて、世界の実態調査がなされているとはいえないが、ベルギー及びイギリスについては、日弁連の視察報告がある(2021年第63回人権擁護大会シンポジウム第1分科会基調報告書「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして」(ベルギー309頁以下、イギリス321頁以下))。ベルギーは司法型で国選弁護人として、イギリスは審査請求代理人として、いずれも全件に国・公費で弁護士をつける制度である。いずれにせよ1991年国連原則以降は、司法型であれ準司法型であれ、資力を欠く場合でも弁護士による法的援助サービスを利用できる制度を義務付けた(原則18)。なお、(財)法律扶助協会による1992年12月時点の古い調査であるが、準司法型であるイギリスは、公費による弁護士派遣制度(グリーンスキーム・フォーム)を整備し連邦国内(ニュージーランド、オーストラリア他)に広げたとされる。またスウェーデンにおいても整備したとの回答を得た(1992年度及び1993年度厚生科学研究「精神障害者の法的手続の扶助に関する研究報告」(「精神障害者と法律援助」(財)法律扶助協会1994年刊)。 --------------- ------------------------------------------------------------ --------------- ------------------------------------------------------------ 6