精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書〜強制入院廃止に向けた短期工程の提言〜 2023年(令和5年)2月16日 日本弁護士連合会   当連合会は、第63回人権擁護大会において採択した「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」(以下「本決議」という。)において、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)上の強制入院制度の廃止に向けた段階的措置の概要を示した。本意見書では、その第一段階(短期工程)として2025年までに実現すべき措置について具体的提言を行う。 第1 意見の趣旨 1 精神保健福祉法上の入院制度の改正について (1) 精神保健福祉法上の入院要件を次のように厳格化する法改正をすべきである。 @ 措置入院について、自傷他害のおそれの即時性又は切迫性を要件とし、法益権衡の観点から、他害行為については、軽微な法益の侵害行為を除外すべきである。 A 医療保護入院について、重篤な精神疾患があるため援助を尽くしても入院判断について自己決定を行える状態にないこと、入院しなければ、深刻な状態の悪化が起こる高度の蓋然性があり、症状の改善を期待できる適切な治療を受けられないこと、及び、入院より制限的でない他の代替手段が存在しないこと、を充足することを要件とし、家族等の同意という要件を廃止すべきである。 B 任意入院の際に求められる同意は、積極的に入院を拒んでいない状態では足りず、入院者本人の自由意思に基づくものでなければならない旨を明記すべきである。 (2) 任意入院について、入院者本人の自由意思に基づくべきものであることを法に明記し、退院制限の制度を廃止すべきである。また、閉鎖病棟での処遇及び行動制限(隔離、身体拘束)の禁止を明記すべきである。 (3) 措置入院及び医療保護入院の入院期間の上限を法定すべきである。 2 適正手続の保障について (1) 精神医療審査会について、委員構成の変更、事務局の行政部局からの独立、審査会の審査結果の拘束力等、審査会の独立性及び公正性確保のための抜本的改革を行うべきである。 (2) 精神科病院(精神科病院以外の病院での精神病室を含む。以下同じ。)の入院者の手続的権利の保障及び精神医療審査会の審査手続について、次のような抜本的改革を行い、その内容を、精神保健福祉法に明記すべきである。 @ 弁護士に依頼する権利の保障と国費による弁護士費用援助制度の創設 ア 入院者の退院請求・処遇改善請求(以下まとめて「退院請求等」という。)の手続における弁護士に依頼する権利の保障 イ 入院者に対する国費による弁護士費用援助制度の創設 ウ 都道府県知事(措置入院の場合)及び精神科病院管理者(医療保護入院の場合)の入院者に対する上記ア及びイの内容に関する告知義務の規定 エ 精神科病院管理者の入院者に対する上記ア及びイの内容に関する周知義務の規定 オ 精神医療審査会の入院者に対する上記ア及びイの内容に関する告知義務の規定 A 退院請求等の手続における入院者本人及びその代理人の記録の閲覧謄写権、証拠の提出権、聴聞への出席・関与と聴聞を受ける権利、聴聞への特定の者の出席を要求する権利の保障 B 入院届及び定期病状報告の書類審査を実質化するための措置(現地審査制度、合議体数の増加、定期病状報告の期間短縮等)の導入 C 精神医療審査会の審査結果の理由明記義務の規定 D 精神医療審査会の審査結果に対する入院者の不服申立権の保障 3 地域における社会資源の充実を図ることについて 精神障害のある人がインクルーシブな地域社会で平穏な生活を送るために必要な社会資源の在り方について、当事者の参画を踏まえた実態調査及び検証を行うとともに、入院医療に配分されてきた予算や人的資源を地域生活中心の医療と福祉に移行させ、地域における社会資源を質量ともに充実させるべきである。 4 人権侵害の実態等に関する検証・調査について 損なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度創設へ向けて、強制入院による人権侵害及び差別偏見の実態について、調査・検証を行うべきである。 第2 意見の理由 1 はじめに 当連合会は、第63回人権擁護大会において本決議を採択した。本決議はその提案理由において、強制入院の「完全廃止に向けた期限を明確に定めた上で、それに至る段階的な措置を具体的に定めるロードマップ(基本計画)を国及び各都道府県において策定し、これを実行していく法制度が必要である。その際、現に精神科医療を利用している権利当事者を含め、広く国民的な議論が必要であり、精神障害のある人及び当事者団体の主体的な参加を保障し、その意見を十分に踏まえたものでなければならない。」として、強制入院制度を廃止するまでの三段階のロードマップの概要を提案している(以下、「短期工程」「中期工程」「長期工程」という。)。本意見書は、このロードマップの最終段階を2035年に、第二段階を2030年に設定した上で、第一段階として2025年までに実現すべき短期工程を具体化するものである。 本決議提案理由は、短期工程として三本の柱を立てている。 第一の柱は、精神保健福祉法の強制入院の要件を、少なくとも1991年の国連「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則16が定める非自発的入院の要件(即時性、切迫性、入院に代替し得る手段の不存在等)を満たすように厳格化し、さらに入院期間の上限を設けるように改正することである。 第二の柱は、精神医療審査会(注1)の抜本的改革と入院者の手続的権利の保障によって適正手続を確保し、不当な強制入院を抑制していくことである。 第三の柱は、不必要な入院を回避するとともに、現在入院している人が地域生活に戻り、平穏に生活するために必要となる地域の社会資源を充実させることである。 本決議は、さらに、精神障害のある人に対する患者隔離の法制度がもたらした構造的な人権侵害、それにより社会構造となった根深い差別偏見の実態について、調査・検証し、損なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度の創設を求めている。本意見書においては、上記の三本の柱の実行と並行し、このような調査・検証のための準備作業に着手する必要があることにも言及する。   2 入院要件の厳格化(第一の柱)  (1) インフォームド・コンセント法理と国連原則 @ 精神科医療におけるインフォームド・コンセント法理の軽視 インフォームド・コンセント法理(医療者が治療を行うには、当該患者の病状、治療の必要性、実施予定の治療内容及びこれに付随する危険性、他に選択可能な方法がある場合にはそれとの利害得失等について、患者に理解できる方法で説明して納得を得るべき法的義務があり、これを欠く医療行為は、患者の権利を違法に侵害するという法理)は患者の人格的権利として、また、医療者の法的義務として確立されたものであるが、精神保健福祉法においても、精神科医療の現場においても、これが軽視されてきた。すなわち、精神保健福祉法上の入院制度は、あたかも精神障害のある人は判断能力が欠如している(又はその傾向がある)ことが所与の前提であるかのような考えのもとで構築されており、運用においても同様の考えがはびこっている。 しかし、このような考えが差別的であることは言うまでもない。また、仮に、第三者から見て、本人の判断能力の大部分が失われていると判断されるにしても、残された能力によって合理性ある判断が可能であれば、援助者が本人との対話を繰り返す等の方法により本人の意思決定を援助し、インフォームド・コンセント法理の思想の中核にある個人の尊厳を確保し、医療を提供することは可能である。したがって、精神科医療において、インフォームド・コンセント法理を軽視してよい理由はない。 なお、自由権規約委員会は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)の日本における実施状況に関する総括所見(2022年11月3日公表)の中で、「すべての障害者の自由意思によるインフォームド・コンセントの権利を保護するために、法的支援及びその他すべての必要な支援を含むセーフガードを確保すること」(パラグラフ25(c))(注2)を勧告している。 A 国連原則の水準にすら届いていない日本の精神科医療 国連原則は、自由権規約9条及び10条が自由を剥奪されているいかなる者にも適用されること(自由権規約委員会一般的意見8(16)、21(44))を前提にして、これらの条項の解釈根拠となる関係文書(条約法に関するウィーン条約31条)としてその規範内容を明確化したものである。 1991年に国連原則が策定された後、2006年に障害者の権利に関する条約(以下「障害者権利条約」という。)が採択され、同条約14条の身体の自由保障の平等性の観点から、精神障害を理由とする自由剥奪制度である強制入院は差別的な制度であるから正当化されないこととなり、同12条の法的能力の平等性の観点から、精神障害による判断能力の欠如を理由とする強制入院を許されないこととなる。そのため、強制入院を例外的にせよ許容する余地を残す国連原則にあえて依拠することは遅きに失すると感じられるかもしれない。 (自由権規約の同各条項は身体の自由及び安全の権利に関する規定であることから、障害者権利条約が要請する自由保障の平等化の視点は明確でなく(注3)、国連原則は身体の自由に関して人権制約理論に従って合理的必要最小限度を明確化する要件を定めることにとどまっている。) しかし、後述するとおり、精神保健福祉法が定める強制入院の要件は、いずれも国連原則の要件すら満たしていない(注4)。すなわち、精神保健福祉法は、30年以上前に世界が達成すべきものとした身体の自由保障の最低水準すら満たしていないのであって、強制入院の廃止に至るロードマップの短期工程として、速やかに、少なくとも、30年余り前の世界水準を満たすことが求められる。 日本における精神科病床数はOECD諸国の平均値の約4倍と報告されており(注5)、強制入院の要件を旧来の世界水準にまで厳格化することによって、精神科病院の入院者を4分の1程度まで減少させることが期待できる。これに加えて、入院期間の上限を法定することで自由剥奪制度として他に類を見ない精神保健福祉法による無期限の自由剥奪を抑制することが可能となり(注6)、これにより入院滞留者を減少させることができると考えられる。 (2) 現行制度の問題点 @ 措置入院 ア 措置入院の概要 措置入院は、「精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある」との診察を受けた場合、都道府県知事が当該対象者を強制的に入院させることができる制度である。 措置入院は、通報を端緒とすることが多く、純粋に精神障害のある人のための制度というより、犯罪や社会に対する迷惑の防止、近隣社会の安心という治安維持的な動機から運用される実態がある。自傷他害のおそれは、精神障害の有無に関係なく生じるものであるにもかかわらず、精神障害のある人だけ、このような事前抑制的な自由剥奪の制度が設けられていることは、極めて差別的である。 例えば、2017年7月、統合失調症の診断名で通院治療をしていた男性が、飲食店でコーラ1本を盗もうとして(窃盗未遂)、店員に見つかり、措置入院となるという事件が起こったが(2018年4月、国連の恣意的拘禁作業部会はこの措置入院は恣意的拘禁に当たり違法であると判断した)、精神障害のない人が同種事件を起こしても、司法審査を経ずにただちに期間の定めなく自由を剥奪されることは考えられないことに鑑みれば、差別的な入院制度であることは明らかである。 イ 措置入院の要件 精神保健福祉法は、措置入院の実体要件として、(ア)精神障害者であること、(イ)自傷他害のおそれのあること、(ウ)医療及び保護のために入院の必要があること、を定める(法29条1項)。 これらの実体要件の判定については、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第二十八条の二の規定に基づき厚生労働大臣の定める基準(1998年4月8日厚生労働省告示125号)が存在する。同告示は、「抑うつ状態」や「躁状態」等の「病状又は状態像」とそれらに対応する各「自傷行為又は他害行為のおそれの認定に関する事項」が記載された表を示し、当該表に示した病状又は状態像により、「自己の生命、身体を害する行為」、又は、「殺人、傷害、暴行、性的問題行動、侮辱、器物破損、強盗、恐喝、窃盗、詐欺、放火、弄火等他の者の生命、身体、貞操、名誉、財産等又は社会的法益等に害を及ぼす行為」(「原則として刑罰法令に触れる程度の行為」をいうと述べられている。)を引き起こすおそれがあるかどうかが判定の基準になると定める。 措置入院は、自由権規約9条を精神科医療に適用した場合の合法性の要件として国連原則16−1が定める「a 精神疾患のために、即時の又は切迫した自己もしくは他の人への危害が及ぶ可能性が大きいこと」に相当する入院形態(以下「a類型」という。)であると考えられるが、法も告示も、自傷他害のおそれがどの程度に切迫しているのかという点については全く言及しておらず、国連原則の水準に達していない。また、告示では、他害行為の範囲は極めて広汎であって、前記アの事例のようにコーラ1本の窃盗未遂という軽微な法益侵害のおそれがある場合でも強制入院が可能となってしまう。「原則として」刑罰法令に触れる程度の行為であって例外も認められ得るため、刑罰法令に触れない行為(例えば、「性的問題行動」等)であって、刑事手続における拘禁の対象にならない場合であっても、それを理由に自由の剥奪が認められてしまうのである。これは、憲法上の要請である比例原則及び法益権衡の原則に反する。 ウ 小括 したがって、措置入院において、自傷他害のおそれの即時性又は切迫性を要件とするとともに、比例原則及び法益権衡の原則の観点から、軽微な法益侵害は自傷他害のおそれに含まれない旨を明確にすべきである。 A 医療保護入院 ア 医療保護入院の概要 医療保護入院は、精神科病院の管理者が、「精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者」を、任意入院が行われる状態にないことを要件として、「家族等」の同意のもとで入院させる制度である。 医療保護入院は、精神障害のある人は自己の医療的利益を選択し決定する能力を欠いているから、本人に代わって社会が選択・決定して医療を施す必要があるというパターナリスティックな趣旨に基づき法定されているといわれる。 しかし、当該対象者の判断能力が不十分であるとしても、一私人に過ぎない医師の診察に基づき、一私人に過ぎない病院管理者に自由剥奪の権限が付与される根拠は明らかでないことから、医療保護入院の正当化根拠は極めて危ういものである。実際、本人の判断能力や入院の必要性について慎重な判断がされないまま、「家族等」の同意があることを拠りどころとして安易に入院させることが横行している。2021年6月30日時点で、入院者約26万人のうち、ほぼ半数の約13万人の入院形態が医療保護入院である(精神保健福祉資料(令和3年度))。また、新規の医療保護入院の届出件数は2016年度以降、年間約18万件超であり(厚生労働省「衛生行政報告例(平成28年度〜令和3年度)」)、毎年このような膨大な人数が医療保護入院の名のもとに強制的に入院させられているのである。 イ 医療保護入院の実体要件 精神保健福祉法は、医療保護入院の実体要件として、(ア)精神障害者であること、(イ)医療及び保護のため入院の必要があること、(ウ)精神障害のために任意入院が行われる状態にないこと、を定める(法33条1項1号)。措置入院については、前記@イのとおり、告示により、不当な内容であるものの、一応、実体要件の判定基準が示されているのに対し、医療保護入院については、そのような実体要件の判定基準は示されておらず、不明確である。 国連原則との関係でも、医療保護入院は国連原則が定める「b 精神疾患が重篤であり、判断力が阻害されている場合、その者を入院させず、又は入院を継続させなければ、深刻な状態の悪化が起こる見込みがあり、最小規制の代替原則に従って、精神保健施設に入院させることによってのみ得られる適切な治療が妨げられること」に相当する入院形態(以下「b類型」という。)であると考えられるが、国連原則の求める厳格な実体要件と比較して極めて緩い。 すなわち、第一に、国連原則は、精神疾患が重篤であり判断力が阻害されていることを求めるのに対し、医療保護入院の要件において、「任意入院が行われる状態にない」としか定められておらず、重篤な疾患による判断能力の減弱という限定がされていない。また医療保護入院による人権制約の正当化根拠が、入院者本人の判断能力欠如にあるのだとすれば、インフォームド・コンセント法理に鑑み、安易に、疾患が重篤であって判断能力が欠如しているとの断定がされてはならず、まずは、援助者による意思決定の援助が尽くされ、それでもなお自己決定が行えない場合に限り、医療保護入院が認められるとすべきである(注7)。 第二に、国連原則は、入院によらなければ深刻な状態の悪化が認められる見込みがあること(注8)を求めるが、医療保護入院の要件においては、医療及び保護のために必要であることが挙げられるのみで、入院しなければ深刻な状態の悪化が生じる高度の蓋然性があるのか、入院しなければ症状の改善を期待できる適切な治療が妨げられるのか、という点について検討することは求められていない。 第三に、国連原則は、入院治療より制限の少ない代替手段がないことという補充性の要件を定めるが、上記のとおり、医療保護入院にこの要件はない。 国連原則のa類型の入院形態においては、自己又は他者の法益との権衡という外延を設定することで人権制約に歯止めをかけることができるが、b類型の入院形態においては、他の法益との権衡を観念できないため、人権制約の限界がより一層明確に画されなくてはならない。この点に鑑みると、b類型は、a類型に比べ、より一層の厳格な正当化事由が要求されると考えるべきであって、補充性要件は、かかる厳格な正当化事由の重要な構成要素と考えるべきである。 ウ 「家族等の同意」 精神保健福祉法は、医療保護入院の手続要件として「家族等の同意」を規定するが、そもそも強制入院を正当化する要件として合理的なものではなく、また、国連原則が求める要件にも当てはまらず、撤廃すべきである。 エ 小括 したがって、医療保護入院の実体要件を、(ア)重篤な精神疾患があるため援助を尽くしても入院判断について自己決定を行える状態にないこと、(イ)入院しなければ、深刻な状態の悪化が起こる高度の蓋然性があり、症状の改善を期待できる適切な治療を受けることができないこと、及び(ウ)入院より制限的でない他の代替手段が存在しないこと、という事項を充足することへと厳格化すべきである。そして、「家族等の同意」という要件は、撤廃されるべきである。 B 任意入院 ア 任意入院の要件 任意入院の基本的要件は、入院について本人が同意していることであるが(精神保健福祉法20条)、この「同意」は患者の自由な意思に基づくことは求められておらず、入院を拒むことができるが積極的に拒んでいない状態も含まれると解されている。その立法趣旨として、非強制という状態での入院を促進することに中心的な意義があると説明されているように、「任意入院」という名目で、実際には、入院者本人の望まない入院が促進され、事実上、入院者は強制入院と同様の状況下に置かれている場合があることに注意が払われなければならない。 当連合会が本決議のために実施した被害実態アンケート(注9)においても、任意入院であるにもかかわらず、多くの人が、閉鎖病棟での生活を余儀なくされ、又は、身体拘束等の行動制限をされてきたことが明らかとなった。 イ 退院制限制度 任意入院の問題は、「同意」要件にとどまらない。 精神保健福祉法は、任意入院者から退院の申出があった場合には原則として退院させなければならないと定めながら(法21条1項)、「指定医による診察の結果、当該任意入院者の医療及び保護のため入院を継続する必要があると認めたときは」72時間に限り退院させないことができる(同条3項)、指定医ではない「特定医師」の診察による場合も12時間に限り退院させないことができる(同条4項)という退院制限制度を設けている。 かかる退院制限は、措置入院及び医療保護入院と同様、強制入院の性質を有するものであり、任意入院制度の本来のあるべき姿を法自らねじ曲げているといっても過言ではない。 ウ 小括 任意入院が、実質的には強制入院と同様の状況にあることは大きな問題であり、任意入院の要件は、医療的措置を受けるか否かは当該入院者の自由意思に委ねられるという一般原則に則り、厳格に定めなければならない。具体的には、任意入院の要件は、積極的に入院を拒んでいない状態では足りず、入院者本人の自由な意思に基づくべきものであることを法に明記すべきである。入院者本人の自由な意思に基づくことを実質的に担保するために、入院期間の限定や、定期的な意思確認の仕組み等を制度化することが考えられる。 また、退院制限制度は廃止すべきである。 さらに、任意入院が入院者本人の自由な意思に基づくものであるということを踏まえ、閉鎖病棟での処遇及び行動制限は禁止されるべきことも明記すべきである。 C 入院期間 精神保健福祉法は、緊急措置入院(法29条の2第3項)及び応急入院(法33条の7第1項、第2項)を除き、入院期間の上限を定めていない。 強制入院者の入院形態として圧倒的多数を占める措置入院及び医療保護入院の入院期間の上限が法定されていないことは、多くの入院者が長年にわたって入院を余儀なくされてきた大きな原因の一つであり、自由権規約及び国連原則に反することは明らかである。 したがって、精神保健福祉法において、措置入院及び医療保護入院の入院期間の上限を定める規定を速やかに新設すべきである。当該期間は更新や延長が許容されるものではなく、また、当該期間はあくまでも上限であって、より早期の退院が目指されるべきであることは言うまでもない。 他方で、その上限をどの程度の期間に設定するかという点については、なお議論を要するが、その期間の設定に当たっては、治療の必要性という観点に偏重することなく、人身の自由の制約が正当化される時間的限界という人権保障の観点から検討されなければならない。 3 入院者の適正手続保障(第二の柱) (1) はじめに 当連合会は第43回人権擁護大会における「政府から独立した調査権限のある人権機関の設置を求める宣言」の採択以降、国内人権機関の設立に向けた取組を進めてきた。本決議は、最終段階では現在の精神医療審査会を国内人権機関の地位に関する原則(1993年国連総会採択、以下「パリ原則」という。)に準拠した国内人権機関に普遍化することとし、そこに至る短期工程において、現行法上の人権保障制度としての精神医療審査会の抜本的改革と弁護士の代理人活動によって不当な強制入院を抑制していくことを提案理由で示している。 パリ原則は、障害者権利条約33条2項が同原則を考慮した国内人権機関を設置することを求めたことにより、とりわけ障害分野において人権機関を「維持し、強化し、指定し、又は、設置する」場合に規範的拘束力を備えることになる。 また、国連原則は、司法的又はその他の独立公正な審査機関や精神科病院入院者の弁護士選任権等の保障を求めている。「あらゆる形態の拘留又は拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則」 (注10)(1988年国連総会採択、以下「被拘禁者保護原則」という。)も弁護士の援助を受ける権利等の保障を求めている。 精神医療審査会の独立性及び組織の公正性には従来から批判があり、その改革が求められてきた。また、いくつかの弁護士会では精神保健当番弁護士を制度化して退院請求等を実効性のあるものとする努力と成果を挙げている。しかし、身体の自由の剥奪を認める強制入院について弁護士を代理人として権利擁護を図るための代理人選任権保障の法制度はいまだに作られていない。 したがって、ロードマップの短期工程で、強制入院に関する手続保障として、30年余り前に国際的に求められていた水準を速やかに満たすことが求められる。それとともに手続保障が十全なものになれば、不当な入院を減少させることになり、強制入院の廃止に向けた段階的縮減の効果を得ることも期待できる。 (2) パリ原則及び国連原則等が要請する人権保障システム パリ原則は、国内人権機関について@権限と責任を通じての独立性、A財政上の自立を通じた独立性、B任命及び解任手続を通じての独立性、C準司法権限を持って拘束力のある決定をなしうることなどを求めている。 また、国連原則は、@審査機関は司法的又はその他の独立した公正な機関であること(原則17-1)、A弁護人を選任し指名する権利、支弁資力がない場合の弁護人の費用の保障(原則18-1)、B証拠の請求、提出権(原則18-3)、C記録の閲覧謄写権(原則18-4)、D聴聞への出席・関与と聴聞を受ける権利(原則18-5)、E聴聞への特定の者の出席要求権(原則18-6)、F審査結果についての理由記載義務(原則18-8)、G元患者を含む患者の上訴を含む不服申立権(原則17-7、同21)などを定めている。被拘禁者保護原則はこれに加えて@入院後速やかな弁護人選任権の告知(原則17-1)、A本人が選任しない場合の裁判官などによる弁護人の選任(原則17-2)について定めている。  これらの原則に基づいて、短期工程における入院者の適正手続保障に関する改革の内容は、第一に、精神医療審査会が、@権限と責任の独立、A財政の自主性と独立性、B委員の任免の独立を確保し、Cその決定に拘束力が付与されるものでなければならない。第二に、審査の手続においては、@弁護士に依頼する権利と支弁資力のない者への援助、これらの内容の告知が保障され、A医療記録等の閲覧謄写、証拠の提出、審査への出席・関与及び審査における関係者の聴取の機会が保障されること、B審査結果の理由を明らかにすること、C審査結果に対する不服申立てを可能にすることを骨格にしたものでなければならない。 2013年の国連拷問禁止委員会の総括所見では、司法的コントロールの確立、効果的な不服申立機構の確立、効果的な法的なセーフガードの順守、効果的な不服申立機構へのアクセスの強化などが日本に対して求められており、この分野における日本の後進性が国際的にも問題視されている。 強制入院は、憲法上最も基本的かつ重要な権利である人身の自由の制約であるから、同じ人身の自由の制約を伴う刑事手続についての憲法34条及び37条3項からも上記の改革は人権保障上必須の要請である。 (3) 精神医療審査会の独立性及び公正に関する抜本的改革 現行法下の精神医療審査会は、措置入院権限を発動する知事が、審査委員を選任することとされており(精神保健福祉法13条1項)、事務局も各都道府県の行政部局内に置かれている。こうした現状は、パリ原則が要請する@権限と責任を通じての独立性、A財政上の自立を通じた独立性、B任命及び解任手続を通じての独立性、のいずれの点も満たしていない。 また、多くの精神医療審査会においては委員の過半数を自ら経営又は勤務する医療機関において強制入院を行う立場にある医療委員が占めており、公正が担保されているとはいえない。 したがって、中期及び長期の工程においてこれらを根本的に改める必要がある。しかし、少なくとも短期工程において、措置入院の権限を発動する各都道府県知事(及び政令指定都市市長。以下、「都道府県知事」という場合、政令指定都市市長を含む。)の下に設置されており、パリ原則及び国連原則の要請に近付けていくためには、精神医療審査会の独立化への第一歩として事務局の人員、予算等の独立を確保し、都道府県から独立した独自の職員と事務所を持つことが必要である。 また、精神医療審査会委員の公正を確保するためには、審査委員の構成について、医療委員と法律家委員を同数にする等、自ら強制入院を行う立場にある医療者に偏しない構成を確保することが必要である。 さらに、都道府県知事は精神医療審査会の審査結果に基づいて退院命令等の必要な措置を採らなければならないとされているが(精神保健福祉法38条の5第5項)、実際には知事が直ちに命令を出さず、病院管理者に任意に審査結果に沿った措置を促し、これに従わない場合に初めて命令を出す運用が見受けられる。このような誤った運用を見逃さないためにも、審査会の独立した判断権限を保障すべく、現状を変更する審査結果の場合に、都道府県知事は審査結果に拘束され、審査結果の通知を受けて直ちにこれに基づいた命令を出すよう精神保健福祉法に明記すべきである。 (4) 入院者の手続的権利保障に関する抜本的改革 @ 弁護士に依頼する権利の保障と国費による弁護士費用援助制度の創設  弁護士に依頼する権利と支弁資力のない者への国費による弁護士費用援助は適正な審査手続の前提として必須である。手続保障を十全なものとするため、入院者本人が弁護士に依頼できない場合には、国が代理人を選任できる制度とすべきである。 これに加え、入院者に対し、弁護士に依頼する権利と費用援助制度の内容を知らせることが重要である。権利告知は人身の自由の制約が開始した時点である入院直後から行われるべきであるから、これらの告知を入院時における都道府県知事(措置入院の場合)及び精神科病院の管理者(医療保護入院の場合)の義務とすべきである。また、入院者の中には、薬物療法や病状の影響から弁護士に依頼する権利や費用援助制度の告知の意味を十分に認識できないこともありうる。したがって、入院者が入院中いつでも弁護士に依頼する権利や費用援助制度について認識し理解できるように入院者を支援し、入院者の見える場所に当該内容を記載した案内を掲示等で周知することを精神科病院の管理者(措置入院の場合を含む)に義務付けるべきである。 さらに、退院請求等の申立時に代理人が付いていない入院者に対しては、弁護士に依頼する権利についての認識や理解を確認し、当該権利や費用援助制度の説明を懇切に行うことを精神医療審査会に義務付けるべきである。 A 記録の閲覧謄写権、証拠の提出権、聴聞への出席・関与と聴聞を受ける権利及び聴聞への特定の者の出席要求権等の保障 精神保健福祉法は、退院請求等をした者及びその代理人の手続上の権利については一切規定していない。運用上も、請求者は審査資料の開示を受けられず(精神医療審査会運営マニュアル(注11)(以下「審査会マニュアル」という。)IV3(3)イにおいて弁護士である代理人への開示が認められるのみである。)、開示されても重要な部分(医師の見解等)にマスキングが施されていることがある。また、審査会マニュアルIV3(2)ウでは、請求者等は、「合議体の審査の場で意見を陳述することができる。」と記載されているが、「合議体が意見聴取をする必要がないと認めた場合にはこの限りでない。」とも記載されており、入院者本人の意見陳述の機会は保障されていない。 入院者に十分な防御の機会が付与されるためには、入院の必要性に関して精神医療審査会の判断の基礎となる資料(診療録、入院届、定期病状報告書、主治医意見書、家族の意見書等)を検討すること、並びに、病院管理者や家族等の関係者の意見を把握し必要に応じて質問する機会、及び、入院者にとって有利な資料を提出し、自らの意見を陳述する機会が保障されることが必要不可欠である。 そこで、精神医療審査会の判断の基礎となる全ての資料について、本人及び代理人の閲覧・謄写の権利(精神医療審査会での審査係属前においては入院先病院に対する診療録等の資料の閲覧・謄写の権利)を精神保健福祉法に明記すべきである。 また、精神医療審査会の判断の基礎となる病院管理者や家族等に対する意見聴取の内容について把握し必要に応じて質問することができるよう、本人及び代理人の当該意見聴取への出席・関与権を精神保健福祉法に明記すべきである。併せて、特定の者の意見聴取を求める権利も明記すべきである。 さらに、精神保健福祉法に、入院者本人の証拠提出権、意見聴取を受ける権利、及び、入院者本人の審査の合議の場における意見陳述の機会を保障する旨を明記すべきである。そして、入院者本人の意見陳述権を実質的に保障するためには、入院先病院から合議体の審査の場までの移動方法・費用等が本人や代理人の負担にならないような手当ても必要であり、そのための制度が併せて整備されるべきである。 B 書類審査の実質化 2017年度衛生行政報告例によれば、医療保護入院の入院届、並びに、措置入院及び医療保護入院の定期病状報告の書類審査件数は全国合計27万6810件であり、同年度精神保健福祉資料によれば、全国67の精神医療審査会の合計219の合議体の年間開催数は1759回とされている。そうすると、精神医療審査会の各合議体は、1回の開催で平均207.2件の書類審査をしていることになる。このような膨大な案件を処理するため、書類審査は、形式的な記載不備を審査することに主眼が置かれ、著しい形骸化を招いており例えば、2017年度精神保健福祉資料によれば、書類審査において入院又は現在の入院形態が不適当と判断された案件は27万6810件のうち12件(0.004%)に過ぎない。 国連原則同17−3は、「審査機関は、国内法で規定されている合理的な間隔をおいて、非自発的入院患者の事例を定期的に審査する」ことを求めているが、入院届や定期病状報告の審査が形骸化した現状はこの要請を満たすものではない。精神保健福祉法の趣旨としても、本来、入院届や定期病状報告の審査は入院者からの請求を待たずに不必要な入院が継続されないようにする制度であるが、現状の書類審査はその役割を果たしていない。 現状の問題点を改めるためには、(ア)入院の必要性をより実質的に審査できるようにする審査方式を導入すること、(イ)膨大な審査件数に対応できるようにすること、(ウ)定期病状報告の間隔を1年より短縮することが必要である。 (ア)に関しては、入院届及び定期病状報告の審査を入院先病院で開催し、入院者本人及び関係者からの意見聴取後、その場で直ちに結果を出す現地審査制度を導入することが必要である。そのためには精神医療審査会の合議体の数を増加させること、少人数(例えば3名)の審査委員による合議を可能にすること等の精神保健福祉法の改正も必要である。 (イ)に関しては、精神医療審査会の合議体の数を増加させるとともに、入院要件の厳格化によって強制入院者を減少させることが必要である。なお、前記2(1)Aにおいて述べたとおり、入院要件の厳格化により、強制入院者数は現状の4分の1程度に減少することが期待される。 (ウ)に関しては、定期病状報告の間隔を1年より短い期間(例えば3か月)に短縮すべきである。 C 審査結果理由の明記 精神保健福祉法は、都道府県知事は退院請求等の請求者に対し、精神医療審査会の審査結果及びこれに基づき採った措置を通知しなければならないと定める(法38条の5第6項)のみで、審査結果の理由を通知しなければならない旨は定めていない。これに対して審査会マニュアルIV5(3)において、「都道府県知事は、(中略)請求者に対し、審査結果及び理由の要旨を通知するよう努めるものとする。」としているが、請求を棄却する理由として、「病状による」という程度の抽象的な記載しかされていないものが少なくない。 理由の記載は国連原則18―8によって要請されており、精神医療審査会による審査過程の透明性の確保、判断の恣意性の排除のためにも理由を明記することは必須である。また、不服申立ての前提として精神医療審査会の判断理由を特定できる程度に具体的に示されることは当然の要請である。 D 審査結果に対する不服申立権の保障 現行制度は国連原則17−7に反して精神医療審査会による審査に対する不服申立制度を設けていない。厚生労働省は、退院請求等に対する審査結果の通知は、都道府県知事による請求者に対する単なる事実行為としての通知であって行政処分ではなく、そのため、請求者は当該通知に対する行政不服審査法上の不服申立てをできないとの見解を示している。 しかし、退院請求等は人身の自由に対する制約を解くことを求める手続であるから、その請求を棄却して人身の自由の制約の継続を容認すること(期間を区切った入院を相当とする判断や入院形態の変更を相当とする判断等の一部認容的な判断も含む。)は国連原則17−7が上訴を保障すべきものとする「退院制限をする決定」に該当する不利益処分になる。また、逆に病院に対して退院命令や処遇改善命令が出された場合は、病院管理者にとって不利益処分に該当することから、行政不服審査法による審査請求や行政事件訴訟法による取消訴訟ができるとされていることとも不均衡である。 英国の制度では、日本の精神医療審査会に相当する第一層審判所(Health、Education and Social Care Chamber)の判断(decision)に対して、第一層審判所に不服申立てを行ったうえで、法的問題についてのみ第二層審判所が審理する。そして、第二層審判所の判断に不服がある場合には、控訴院に提起して司法審査を受けることができることになっている。 こうした制度も参照しつつ退院請求等に対して、人身の自由制約の継続を容認する審査結果が出された場合は、審査請求及び取消訴訟が提起できることを精神保健福祉法において明記すべきである。   4 地域の社会資源の充実(第三の柱) 精神障害があることを理由に疎外されることなくインクルーシブな地域社会の中で他の者と平等に平穏に暮らす権利は、個人の尊厳と人格の自由な発展に欠くことのできないものであり、憲法13条により保障される。障害者権利条約も、障害のある人が、他の者との平等を基礎として、居住地を選択し、特定の施設で生活する義務を負わないことを保障し、かつ、国に対して地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービス等の地域社会支援サービスを利用する機会の保障を定めている(同条約19条)。したがって、精神障害のある人が地域で平穏に生活を送るための社会資源の充実化は、憲法13条及び障害者権利条約19条から当然に導き出される要請である。 2022年9月に発出された障害者権利委員会の総括所見も、障害者の施設収容にかかる予算を地域生活を送るための支援へと配分すべきであること、精神科病院における無期限の入院をやめ、インフォームド・コンセントを確保し、地域生活を送るために必要な支援を保障するよう強く求めている(総括所見42項(a)及び(b))。 地域生活の保障のためには、まずもって、精神病床を削減し(具体的には前記2(1)Aで述べた点に照らし、精神病床数が現状の4分の1程度に減少することを目指すべきである。)、入院治療に配分されていた予算や人的資源を地域に移行し、地域での支援を実践する医療従事者や福祉関係者の活動を活性化させ、居住や就業の場を確保するに足りる規模の予算や人的資源を準備することが欠かせない。 この点、厚生労働省は、2018年からの第7次医療計画及び第5期障害福祉計画として「精神障害にも対応した地域包括システムの構築」のための数値目標を示しているが、その内容は、OECD諸国の人口当たりの平均病床数の2倍以上の水準を目指すに過ぎないなど、病床削減の政策目標としてあまりに低すぎる。2022年6月まで開かれていた厚労省の「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」においても、これを改めようとする動きは全く見られないばかりか、精神病床における入院者数は2002年の32.1万人から2020年の27.4万人へと18年間で15パーセント程度しか減少していないにもかかわらず「近年、精神病床における入院患者数は減少傾向にある」などという評価をしており、正確な分析の視点が欠けているといわざるをえない。 地域で平穏に生活を送るための社会資源の充実化については、社会資源のあり方が精神障害のある一人ひとりの必要を適切に満たすものとなっているか、また、資源の供給が十分なものになっているかをロードマップの最終段階に至るまで継続的に随時検証し、その結果を反映させながら資源の質量を改善していくことが必要である。社会資源の開発は医療の視点だけではなく、常に生活支援に基盤を置くことが重要であり、本決議提案理由は@居住場所の確保、A生活の支援、B働く機会の保障、C所得の保障、Dピアサポーターを主軸にした地域移行実現の仕組み、E家族依存からの脱却などを柱としている。 2025年までに前記2(入院要件の厳格化)及び3(入院者の適正手続保障)の提言内容が達成されれば、その5年後である2030年までには、現在の入院者約27万人のうち多くが地域で生活を送ることになるのであり、それら膨大な人数のもと入院者が地域で平穏に生活できるに足りる地域資源を準備しておかねばならない。 そこで、国は、上記@〜Eの各課題について、何よりもまずユーザーである精神障害のある人からの聴き取りを、次いでサービス提供者、福祉行政実施機関等からの聴き取りなどを行って実態調査を進め、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」が定める福祉サービスの在り方(サービスの内容、申請のしやすさ等)が精神障害のある各個人に真に適合し、その尊厳を守る役割を果しえているかどうか、地域生活中心の医療さらには対話重視の医療(投薬や入院を最小限とする医療)を支える診療報酬体系の在り方、また、国内外の実践的な試みと対比して改革すべき点の存否、内容を検証していくべきである。 5 尊厳と被害を回復させるための法制度創設に向けた調査・検証 本決議第4項は「精神障害のある人に対する患者隔離の法制度がもたらした構造的な人権侵害、それにより社会構造となった根深い差別偏見の実態について、調査・検証し、損なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度を創設」することを求めている。 本決議のために行った被害実態アンケート調査によれば強制入院を受けた者の約80%が辛い、悔しいなどの体験をしており、嫌悪感、恐怖心、喪失感、絶望感を抱き、トラウマを残していると回答した者が5割から7割近くに及んでいる。強制が心的外傷を負わせトラウマや精神医療嫌悪を残すことは障害者権利委員会の一般的意見、到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利に関する特別報告官報告、世界保健機関も指摘している(注12)。 本決議提案理由でも述べているように「国は、強制入院制度による人権侵害の存在と過ちを認めて、ハンセン病問題と同様に、第三者機関による調査・検証を実施し、誤った法制度による人権侵害の社会構造性と共に、加害と被害の実相を解明すべきである。そして、国は損なわれた尊厳と被害の回復及び再発防止のための法制度を創設し、地方自治体と共に、隔離被害の回復を速やかに実現する必要がある」。 このために、当連合会は、ロードマップの短期工程における前記3つの柱の実行と並行して、@個別被害の集積と分析のための強制入院経験者に対する予備調査、A社会的差別実態に関する予備調査(精神障害への差別偏見にかかるユーザー、家族・友人等、医療福祉関係者、法曹関係者など多様な主体に対するアンケート)、B上記調査の実施要項の作成を行う。 これらの調査により、被害者は、社会全体の被害の大きさ、深さ及び共通性を、加害者は被害の甚大さ及び加害の社会構造を、それぞれ理解し表現することを可能にし、強制入院を存続させることの大規模で深刻な人権被害の実態を明らかにすることによって、強制入院制度を定める精神保健福祉法の廃止法(被害回復を含む)の立法事実を掘り起こしていく。 当連合会のかかる実態調査と並行して、厚生労働省及び国会においても、精神保健福祉法上の入院制度による人権侵害の実態について、速やかに調査・検証を行うべきである。 これらの調査・検証は、精神障害のある人の尊厳及び被害を回復する法制度を構築するための、重要な一歩となる。 以上 注1 精神医療審査会とは、病院管理者からの措置入院及び医療保護入院に係る定期病状報告(精神保健福祉法38条の2第1項、第2項)、病院管理者からの医療保護入院届(同33条7項)並びに退院請求及び処遇改善請求(同38条の4)の審査を行う機関であり、都道府県及び政令指定都市に置かれている(同12条) 注2 当連合会暫定訳 注3 もっとも、国連の恣意的拘禁に関する作業部会は、「自由はく奪が、出生、国籍、民族、社会的出自、言語、宗教、経済状態、政治的又はその他の意見、ジェンダー、性的指向、障害又はその他の状態に基づく差別であって、それが人権の平等性を無視する目的を有するか結果を生じる可能性がある差別であることから国際法に反する場合」を自由権規約が禁止する恣意的拘禁の一類型としている(OHCHR | About arbitrary detention)。 注4 2014年、国連自由権規約委員会は、日本に対する総括所見において、「多くの精神障害者が、非常に広汎な要件で、また、権利侵害に異議を申し立てるための実効的な救済措置なく、非自発的入院の対象となっていること、また、代替となるサービスがないために入院が不必要に延長されるとの報告があることを懸念する」と指摘している。 注5 OECD.Stat(https://stats.oecd.org/) 注6 2013年、国連拷問禁止委員会は、日本に対する総括所見において「自らの意志に基づかずに、しばしば長期間にわたって精神保健施設に入所している心理社会的及び知的な精神障害のある者の数が多いことに引き続き懸念を有している」と指摘している。 注7 当連合会は、意思決定支援に関する総合的な法制度の整備を求めており、この点については、2015年10月2日発出の「総合的な意思決定支援に関する制度整備を求める宣言」を参照されたい。 注8 一般的には「見込みがあること」と訳されているが、原文は“failure to admit or retain that person is likely to lead to a serious deterioration in his or her condition”であり、“is likely to”は実現可能性が高い場合に使用される用語であるため、単なる見込みでは足りず高度の蓋然性が必要となると解すべきである。 注9 アンケートの結果については、当連合会第63回人権擁護大会シンポジウム第1分科会基調報告書「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして〜地域生活の実現と弁護士の役割〜」巻末資料245頁以下を参照。 注10 自由権規約委員会の同規約10条に関する一般的意見21(44)は、被拘禁者保護原則が精神科病院における拘禁(自由剥奪)にも適用されることを確認している。 注11 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第12条に規定する精神医療審査会 について」(平成12年3月28日障第209号厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知)別添 注12 障害者権利委員会一般的意見1号(2014年)、到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利に関する特別報告官報告書(2017年)、世界保健機構の提唱するQuality Rightsの解説文書(2019年)