日弁連委員会ニュース 3月号 人権を守る 日弁連人権ニュース 編集責任:日弁連人権擁護委員会 2024.3.1 第99号 障害を理由とする不妊手術等の不当な働きかけを防止するために 〜旧優生保護法改正後もなお残る差別について意見書を公表〜  日弁連は、昨年11月14日付けで「旧優生保護法改正後における障害を理由とする不妊手術及び人工妊娠中絶の不当な働きかけを防止する措置を求める意見書」を取りまとめ、厚生労働大臣及びこども家庭庁長官宛てに提出しました。  これまで、日弁連は、2017年2月に旧優生保護法の問題に焦点を当てた意見書を公表したことをはじめとして、同問題に関する複数の意見書及び会長声明を公表してきたほか、22年の人権擁護大会では、「旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議」を採択しました。  これらの意見書等は、旧優生保護法下における優生手術等の被害回復を主題としてきましたが、本意見書は、旧優生保護法改正後もなお残っている差別の解消を主題とするものです。 取りまとめに至る経緯  22年12月、北海道檜山郡江差町にある社会福祉法人が運営するグループホームにおいて、結婚や同棲を希望する知的障害のある入居者十数名が不妊処置を受けていたとの事案が報道されました。その後、北海道が同法人に対して監査を行った結果、不妊処置を強制されたと感じている利用者が一部いたことが明らかとなり、意思決定支援への配慮が不十分であった等として、同法人に対し、運営改善の指導がなされました。  日弁連は、前記事案が報道される以前から、旧優生保護法に関連する様々な調査を行い、障害のある当事者や障害者団体関係者から、旧優生保護法が改正された後も、障害のある人に対して、周囲から、障害を理由として不妊手術や人工妊娠中絶が不当に働きかけられている事案があるとの訴えが複数あることを把握していました。  そこで、全国的に同種事案が相当数存在する可能性が高いと考え、障害のある人への不妊手術及び人工妊娠中絶の不当な働きかけを防止し、障害のある人を含む全ての人が、自由な意思によって、子をもうけ育てるか否か、いつ・何人もうけるかを決定することができる社会を実現するために、本意見書を公表しました。 旧優生保護法改正後も根強く残る影響  旧優生保護法は、1948年に制定され、96年に母体保護法へと改正された法律です。旧優生保護法は、優生思想に基づき、障害がある人等に対して、審査によって強制的に、優生手術(不妊手術)及び人工妊娠中絶を実施することができると規定していました。同法が憲法で保障された個人の尊厳、自己決定権(憲法第13条)、セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康・権利)及び平等権(憲法第14条第1項)等を侵害する違憲の法律であったことは、今や自明の事実となっています。  旧優生保護法は、制定から改正までの48年間に、優生思想を国策として社会に広めました。福祉や医療の現場に留まらず、教育現場においても、優生思想が正しい考え方であると子どもたちに教育されました。  国は、旧優生保護法を母体保護法へと改正し、優生思想に基づいて規定されていた優生手術等の条項を削除しましたが、同法によって生じた被害の補償をすることも、社会に広まった差別意識を解消するための措置をとることも何ら行いませんでした。  2018年1月以降、優生手術等に関する国賠訴訟が全国各地で提起され、現在もなお訴訟は続いています。  19年4月にようやく、被害者への補償法として、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」が成立しましたが、障害のある人に対する差別は今もなお社会に深く根付いています。 不当な働きかけ自体をなくすために  障害のある人に対して、その人に障害があることを理由に、不妊手術や人工妊娠中絶を受けるよう強要や勧奨等の不当な働きかけを行うことは、何ら正当な理由のない取扱いであり、このような働きかけを行うこと自体が障害のある人に対する差別です。  旧優生保護法が改正された後も、同法の影響は根強く残っており、障害のある人は周囲からの差別によって不当な圧力を受け続けているため、不妊手術や人工妊娠中絶を受けるよう不当な働きかけを受けた場合に、これを拒むことは困難です。特に、このような不当な働きかけが、福祉サービス等の支援の提供と関連付けて行われた場合には、障害のある人は、これを拒めば支援の提供を受けられなくなるのではというおそれから、働きかけを拒むことは事実上極めて困難です。  そこで、このような不当な働きかけを防止するため、国に対して、次の3つの措置を講じることを求めました。 求めた措置の内容 @ 国は、福祉施設を含む福祉関係機関及び医療機関において、障害のある人に対し、不妊手術及び人工妊娠中絶を受けるよう働きかけが行われているか否か並びに行われている場合にはその理由、実態及び背景事情について、すみやかに、全国的な調査を実施すべきです。 A 国は、障害を理由として不妊手術及び人工妊娠中絶の不当な働きかけを行わないよう、広く国民全体に対し、啓発活動を行うとともに、障害のある人の支援に関わる福祉関係者及び医療関係者に対しては、不当な働きかけを行ってはならないことを周知徹底すべきです。 B 国は、障害のある人が、周囲から、不当な働きかけを受けることなく、自らの自由な意思で子をもうけ育てるか否か、いつ・何人もうけるかを決定することができるようにするために、障害の特性に応じた包括的性教育の実施及び妊娠、出産、子育てについて社会の中で学ぶ機会の充実を図るとともに、生活支援及び子育て支援を充実させるべきです。 今後の取組  昨年11月、最高裁が旧優生保護法国賠訴訟の上告を受理し、大法廷での審理が決定され、本年5月29日に弁論が開かれることになりました。本年中に、最高裁判決が言い渡される見通しです。正義・公平の理念に基づき、除斥期間の適用を広く制限する判決となることを期待しています。  今後も、旧優生保護法に関する様々な動きに注目しつつ、同法の改正前・改正後を問わず、被害の全面回復及び差別の解消に向けた取組を続けていきます。 (人権擁護委員会 副委員長 松岡 優子) 「鶴見事件」 第3次再審請求棄却決定を受けて  昨年11月7日、横浜地裁第2刑事部(丹羽敏彦裁判長)は鶴見事件の第3次再審請求を棄却しました。 前触れなき棄却決定  昨年11月9日、主任弁護人事務所に横浜地裁から、再審請求棄却決定書が届きました。再三、証拠開示を求め、裁判所の動きを待っていた弁護団にとっては不意を打たれ、予期しない棄却決定でした。全部でわずか7頁、そのうち裁判所の判断は3頁半、しかも実質的判断については、敢えて括弧書きで「この点について、確定控訴審判決…において既に詳細な判断が示されており、その判断は揺らがない」とか、「この点については、第1次再審請求棄却決定…において的確に説示するとおりであり、当裁判所もこれに賛同する」などと言及する程度の内容であり、棄却決定という結論が不当であるだけでなく、その判断内容も極めて不誠実なものでした。  弁護団は、当然、11月13日に東京高裁に即時抗告を申し立てました。 改めて「鶴見事件」とは  1988年6月20日に横浜市鶴見区で発生した強盗殺人事件であり、被害者2名が殺害され、現金1200万円が奪われた事件です。犯人とされた橋和利さんは、金融業を営んでいた被害者の債務者であり、事件当日に融資の打ち合わせのために事務所に行ったところ、被害者2名は既に亡くなっていたのですが、現場にあった1200万円を持ち去って借金の返済に充ててしまったのです。  確定審判決は、和利さんが被害者から借り入れをするために事務所を訪問したこと、現場から1200万円を持ち去ったことなどの情況証拠を重視しました。そして、被害者の生存が確認されてから和利さんが現場を訪れるまでの約30分の間に真犯人が被害者らを殺害し、しかも1200万円を残したまま立ち去るということは現実的可能性が極めて乏しいなどと述べ、和利さんが犯人であると認定し、死刑判決を下しました。 真犯人の存在をうかがわせる新証拠  弁護団の調査の結果、事件の5日前に振り出された4000万円の小切手を被害者が受領し、事件後にその原本が消失していることが分かりました。残された書類からは、被害者が小切手の振出人に多額の債権を有していることも分かりました。また、被害者の遺体の周辺にのみ黄色ビニール片、黒色小片が落ちていたことが分かりました。真犯人に由来するものである可能性があります。  弁護団は、これらの事実を裏付ける新証拠に加え、犯行に使用された凶器に関する新証拠、和利さんの捜査段階での虚偽自白が無知の暴露であることを示す心理学鑑定などを新証拠として提出しました。これらの新証拠によって、現金1200万円ではなく小切手等の奪取を動機とする真犯人が存在しており、現場に1200万円が残されていたとしても不自然ではないこと、現場に和利さん以外の人物がいたことなど和利さんの犯人性に合理的疑いを抱かせる具体的可能性が示され、確定審の情況証拠に基づく犯人性の認定が誤っていることが明確になりました。それにもかかわらず、横浜地裁は、確定審判決の犯人性の認定が極めて強固であるとして、すべての新証拠について明白性を否定しました。「疑わしきは被告人の利益に」とする原則が再審請求にも妥当するとした最高裁判例に違反し、著しく正義に反しているのです。 証拠開示を認めなかった横浜地裁  弁護団は、新証拠に関連して、事務所に残されていた債務者に関する書類、現場に残されていた指紋、髪の毛など微物や黄色ビニール片に関する証拠の開示を求めていました。いずれも客観的証拠であり、証拠として存在することは明らかです。開示も容易なはずです。もし、現在の法体系のもとで同様の事件が発生していれば、類型証拠に該当して当然に開示される証拠です。しかし、不当にも検察官は証拠開示に応じず、裁判所も証拠開示を求めませんでした。証拠開示を認めてしまうと弁護団の主張がより説得力を持ってしまうことを恐れたとしか考えられません。  現弁護団にとって初めての棄却決定  現弁護団は、確定審の弁護人数名と第2次再審請求以降に加わった弁護人で構成されています。第2次再審請求は和利さんが亡くなったため、弁護団の主張について判断されることなく終了しました。そして、第3次再審請求は第2次再審請求と同じ主張、証拠です。現弁護団にとっては、今回の棄却決定は、初めての敗北といえます。しかし、「辛いときこそがチャンス」として、弁護団の士気は高く、活動は活発です。  和利さんの奥様で現在の請求人である橋京子さんは、まもなく90歳を迎えますが、和利さんの無罪を信じ、再審開始決定を勝ち取ることに強い意欲をお持ちです。  戦いはまだまだこれからです。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。 (鶴見事件弁護団 事務局長 久保内 浩嗣) シンポジウム 「生殖医療技術の法整備について考える」を開催  昨年12月7日、人権擁護委員会?殖医療法プロジェクトチーム(以下「当PT」といいます。)は、標題のシンポジウムを日弁連会館とオンライン配信の併用形式で開催しました。 生殖医療技術の法整備の現状  いわゆる「生殖補助医療特例法」の成立以来3年が経過しました。本来同法は、2年を目途に技術の利用範囲や規制のあり方などの法整備を行うものとし、超党派の議員連盟で主に第三者の関わる生殖医療技術について議論がなされていますが、未だ法案も示されていません。こうした現状に対して、法整備を促すとともに、生まれてきた子を含め、生殖医療技術に関わる者の安全と人権を保障した制度の実現に向け、医師、非配偶者間人工授精で出生した当事者、生命倫理の研究者を招き、法整備の課題を検討する標題のシンポジウムを開催しました。 シンポジウム概要  医師である吉村泰典・慶應義塾大学名誉教授は、生殖医療技術を用いてきた医師の立場から、これまでの技術の進展や議論の経過を振り返った上で、卵子凍結などが広がる現状にも触れ、多様化する生殖医療技術に応じ、生命倫理や法的諸問題に対応するとともに、利用者、提供者、生まれてくる子どもの権利の保障などを担うものとして、生命倫理審議会設置の必要性を指摘しました。また、吉村名誉教授は、医療行為実施の決定に立ち会えない、生まれてくる子の存在を生殖医療の特殊性として挙げ、国や社会が子の利益を代弁し、子の福祉を最優先する方向性が提示されるべきであることを結びとして述べました。  非配偶者間人工授精で出生した当事者である石塚幸子氏は、昨年11月に報道された議連の生殖補助医療の規律に関する立法「たたき台」改定案に対し、子どもの出自を知る権利が明示されず、精子等の提供者の意思によって情報開示の範囲が異なることなどの問題を指摘しました。次いで石塚氏は、自身の経験にも触れ、出生した子にとっての告知や提供者情報へのアクセスの重要性を述べ、「たたき台」への要望として、提供者を特定する情報開示を了承した人のみを提供者とすることを求め、提供者の保護は、提供者が親ではないことの明確化や、情報開示の際のケアの充実によるべきことを指摘しました。最後に石塚氏が、生まれた子の権利を制限せずに実施できないなら、第三者提供による生殖医療をやめるべきと述べた点は、生殖医療技術の根本を問う意見として印象に残りました。  建石真公子・法政大学法学部教授は、「生命倫理」の誕生から説き起こし、自律性、精神身体の完全性、脆弱性、尊厳などの概念と人権の関係について述べ、法整備にあたり、生命倫理の諸概念を具体的な意義をもって捉えることの重要性を論じました。特に、幸福追求権が重視される日本の議論状況に対し、生命倫理が自己決定を制約する側面を持つこと、生殖医療技術において、自律性、尊厳、完全性が脅かされる存在(弱者)への配慮を求める「脆弱性」の視点が重要であることの指摘は、強く意識する必要があると感じました。  最後に私から、日弁連の提言を踏まえ、議連の「たたき台」改定案に対し、出生した子の権利の保障として、提供者の特定情報まで含めた開示制度や、親子関係の安定に資する手続規定の詳細な整備が必要であることのほか、認知制度を含めた親子法の議論の必要性などの意見を述べ、閉会となりました。 シンポジウムの成果と今後の取組  議連の「たたき台」改定案公表の際、同案が提供者の意思にかかわらず、提供者の身長、血液型、年齢を子に開示するとした点に対し、出自を知る権利に配慮したと評価する報道も散見されました。今回のシンポジウムは、子の出自を知る権利の保障のあり方を含め、改めて生殖医療技術の法整備の課題を示す機会となったと言えます。しかし、具体的な法整備が進む中、ここで示した課題を多くの国会議員に伝え、今後の法案に反映させる働き掛けが重要です。当PTでも取組を強めて参りますが、多くの会員に関心を持って頂き、ご協力頂ければ幸いです。 (人権擁護委員会生殖医療法プロジェクトチーム 座長 平原 興) 刑事施設の面会にも合理的配慮の提供を! 〜大阪拘置所における面会受付及び介助に関する人権救済申立事件〜(勧告)  日弁連は、大阪拘置所に収容中の死刑確定者である申立人が障がい者である同人の夫の面会等について同拘置所に介助等の配慮を求めた人権救済申立事件について、昨年10月2日付けで、大阪拘置所長に対し、勧告しました。 事案の概要  本件は、大阪拘置所に収容されている死刑確定者である申立人が、2019年7月、大阪拘置所に対し、申立人の夫が障がい者であるとして、申立人の夫が申立人との面会のために大阪拘置所に来た場合には、夫が必要とする全ての介助を行うよう願い出たのに対し、大阪拘置所長が、「願意取り計らわない」と申立人に告知したこと(以下「本件告知」といいます。)が、障がい者に対する人権侵害であるとして人権救済を申し立てた事件です。 勧告の内容  日弁連は、大阪拘置所長による本件告知が、『合理的配慮』の提供に不可欠である建設的対話を予め拒否したもので、合理的配慮の不提供に該当し、障がい者を差別するものとして、憲法第14条第1項、障がい者の権利に関する条約及び障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下、「差別解消法」といいます。)第7条第2項に反し許されない、とした上で、障がい者が被収容者との面会のために来訪した場合には、大阪拘置所において、当該来訪者の持つ障がいの特性や社会的障壁の除去が求められる具体的場面や具体的な状況を踏まえ、社会的障壁の除去のための手段及び方法について、当該来訪者又はその補助者との建設的対話による相互理解を通じて、必要かつ合理的な範囲で柔軟に対応するよう勧告しました。 「合理的配慮」の不提供は許されない  憲法第14条第1項の保障の下では、障がい者の日常生活等における社会的障壁を取り除くことは、障がい者に対する差別を禁ずる上で極めて重要です。そのため、日本は、07年には、障害者の権利に関する条約に署名し、13年6月には、差別解消法を制定(16年4月施行)、14年には、障害者の権利に関する条約を批准・発効させました。そして、差別解消法は、「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、…(中略)…当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と規定するとともに(第7条第2項)、同法に基づく「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」において、「必要かつ合理的な配慮」(合理的配慮)の提供にあたっては、双方の建設的対話による相互理解を通じた柔軟な対応が必要とされ、建設的対話を予め拒否する「合理的配慮」の不提供は許されないとしています。  大阪拘置所長による本件告知は、申立人の夫の具体的な状況を踏まえた建設的対話をあらかじめ拒否したものと言わざるを得ず、「合理的配慮」の不提供に該当します。大阪拘置所長が二度と同様の対応をすることがないよう、前記のとおり勧告しました。建設的対話が進められ、障がい者が、自分で付添人を用意しなくても、被収容者と面会できるよう柔軟な対応がなされることを期待します。 (人権擁護委員会3部会 委員 工藤 芳明) オンラインシンポジウム 障がい者の自立生活の推進のために「障害者の自立生活を阻むものは何か? 〜障害者の普通の暮らしを知ろう〜」を開催  昨年10月31日、日弁連人権擁護委員会障がいを理由とする差別禁止法制に関する特別部会は、標記シンポジウムをオンライン形式で開催し、約340名もの参加がありました。 シンポジウムの趣旨  2022年4月、地域での自立生活を求める重度障がい者に対して、インターネット上で「殺処分でいいやん」「マジで死んでほしい」「何が目的で生きてるのか意味が不明」等の投稿がされた件で、同年12月に東京地裁は相次いで「(障がいを持つ)原告の生存する意義を否定」する違法な発言等として、投稿者の発信者情報の開示をプロバイダーに命じる判決を下しました。この事案からは、障がい者の自立生活の実現が阻まれている要因の一つとして、市民の一部に障がい者に対する差別意識があることがうかがえます。  本シンポジウムでは、障がい者の自立生活の実現を推進するために、同年9月9日に日本に示された国連・障害者権利委員会の「総括所見」の内容を確認し、これを踏まえて障がい者の自立生活を実現するための課題及び対策について、議論を行いました。 基調報告  まず、田中恵美子・東京家政大学人文学部教育福祉学科教授が、「国連の日本への脱施設勧告の意義 地域に住み続けることは“わがまま”ではない!」とのテーマで基調報告を行いました。  基調報告では、障害者権利条約19条(自立した生活及び地域社会への包容)に関して総括所見の中で示された懸念事項・勧告事項を確認するとともに、障がい者の自立生活をさらに推し進めていくことが喫緊の課題として国連・障害者権利委員会から提示されたことを確認しました。  また、施設入所者数が増加しており、自立生活の実現が進まない現状を変えていくにはインクルーシブ教育の推進が重要であることの指摘がありました。 パネルディスカッション  引き続き、障がい者の自立生活を阻むものは何かをテーマの中心に、4人のパネリストによるパネルディスカッションが行われました。  殿村久子・CILくにたち援助為(エンジョイ)センター代表は、障がい当事者の立場から、自身が自立生活を始めた経緯や、重度障がい者がどのように生活を送っているかを報告した上で、自立生活を阻む要因として、自立生活の安心感の確保と自立生活のための情報取得の困難さがあげられると指摘しました。また、障がい者を抱える家族が面倒を見るのが当たり前だという考え方も阻害要因になっているとの指摘がありました。さらに、障がい者自身に対しても、自分のことは自分で決めて良いと教育することが重要だとの指摘もありました。  田中教授は、自身が障がい者と生活して介護を担ってきた経験に触れつつ、改めて、自立生活の推進のためには教育が重要である旨指摘しました。  上東麻子・毎日新聞記者は、障がい者ヘイトスピーチ事件やグループホーム建設反対運動等の取材を担当してきた新聞記者の立場から、自立生活を阻むものとして、障がい者への無理解・偏見や優生思想があるのではないかと指摘しました。また、自立生活の推進のためには、障害福祉サービスの報酬改定によって施設から地域へ、ビジネスモデルを変えることが必要である旨指摘しました。  下山順会員(群馬)は、まず、障害者総合支援法の重度訪問介護(重度障がい者に対して公費でヘルパー代を支給するサービス)の支給決定の仕組みについて説明や事例報告を行った上で、自立生活を阻む要因として、障害福祉サービスの利用が進んでいないこと、行政の無理解や地域間格差があること等を指摘しました。また、障がい者ヘイトスピーチ事件の代理人を担当した立場から、自立生活の阻害要因として障がい者に対する差別意識がある旨を指摘した上、他の障がい者の権利行使に対する萎縮効果を生まないためにも毅然とした対応が必要である旨指摘しました。 シンポジウムを経て  これまで、自立生活の推進の問題と障がい者差別の問題を結びつけて議論されることが少なかったものの、本シンポジウムを通じて、大いに関連する問題だと認識するに至りました。また、問題の根本解決を図っていくには、インクルーシブ教育の推進も重要であることを実感することができました。 アーカイブ映像の公開について  本シンポジウムのアーカイブ映像が公開されました。次のURL https://www.nichibenren.or.jp/event/year/2023/231031.html 及び左記の二次元コードより本年10月31日まで配信されておりますので、当日に視聴ができなかった方は是非ご視聴いただければと存じます。 (人権擁護委員会障がいを理由とする差別禁止法制に関する特別部会 特別委嘱委員 幡野 博基) 技能実習制度の看板の付け替えにさせないために 〜「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議の最終報告書に対する会長声明」発出〜  外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議の下に2022年11月22日に設置された「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」(以下「有識者会議」といいます。)は、昨年11月30日に最終報告書を取りまとめました。これに対し、翌月7日、標題の会長声明が発出されました。 転籍の自由の確保  技能実習制度の見直しにおける大きな論点の1つが、外国人労働者の転籍(職場移転)の自由の確保です。技能実習制度は、人材育成を通じた国際貢献という名目上の目的を根拠に原則として転籍を認めてこなかったため、技能実習生は問題のある職場であっても我慢を強いられ、そのことが人権侵害を引き起こすという構造的問題を抱えています。この点の抜本的な改正が、今回の見直しの成否を分ける試金石の一つであるといえます。 これまでの会長声明  本人の意向による転籍について、日弁連は、有識者会議の昨年4月19日付け「中間報告書案」に対しては、同月26日付けの会長声明で、技能実習制度廃止後の新制度では転籍を原則として自由とし制限を設けるべきでないことを求めました。また、有識者会議の同年10月18日付け「最終報告書たたき台」に対しては、同月26日付けの会長声明で、就労が1年を超える者について転籍が可能であるとした点は労働者としての当然の権利を一定程度保障するものとして評価する一方、転籍にその他の要件を付すべきではないとしました。 今回の会長声明  しかし、最終報告書は提言部分の4項「新たな制度における転籍の在り方」において、就労開始後1年経過すれば本人の意思による転籍を認めることとした一方で、10項の「その他(新たな制度に向けて)」では、「(転籍の要件である同一の受入れ機関での就労期間について)当分の間、受入れ対象分野によっては1年を超える期間を設定することを認めるなど、必要な経過措置を設けることを検討する。」としています。このように「経過措置」にもかかわらず、その終期や条件を示さず「当分の間」と記載するだけでは、1年を超える転籍制限が恒久的かつ無限定に容認され、原則と例外が逆転し、新制度が技能実習制度の「看板の付け替え」に留まってしまうおそれがあります。そこで、今回の会長声明ではこの点を批判しています。  最終報告書は、経過措置を設ける理由について、10項において「人材流出が生じないかという懸念があり、地方や中小零細企業等への配慮の観点からも、急激な変化を緩和するための措置を検討する必要がある。」としています。しかし、今回の会長声明では、@同一の業務区分内でのみ転籍が許容されている中でそのような人材流出が起きる可能性は実証されていない、A職場への定着は、単に賃金の問題のみならず、職場の就業環境・育成環境の改善、地域における共生のための諸施策の充実などの取組によって図られるべきものである、Bこのような理由で憲法で保障された人権である転職の自由を正面から制限することは、およそ正当化できないとして、批判しています。 最終報告書取りまとめ後の動向  その後、本年2月9日には、関係閣僚会議において、最終報告書を踏まえた政府の対応方針が決定されました。この対応方針においても、本人の意向による転籍は、同一の機関において就労した期間が一定の期間(当分の間、各分野の業務内容等を踏まえ、分野ごとに1年〜2年の範囲内で設定)を超えていることを要件としています。そして、今年の通常国会では政府が関連法案の提出を予定していると報道されています。 外国人労働者のための新制度の構築を  転籍の点以外でも、最終報告書では、監理団体の人的・財政的な面での受入れ機関からの独立性の確保の仕組み、海外からの送出しの場面で労働者が多額の手数料を徴収されることを根絶するための方策が不十分であり、家族帯同も認められていません。いまこそ、真に外国人労働者の人権保障に適った新制度を構築する法律案が策定され提出されるよう、引き続き取組が必要です。 (人権擁護委員会外国人労働者受入れ問題プロジェクトチーム 座長 井 信也) 最高裁判決に従い水俣病患者と認定するよう改めよ 〜「水俣病認定審査業務に関する環境省の審査基準の改定並びに不知火海沿岸及び阿賀野川流域の全住民を対象とした健康調査を求める意見書」〜  日弁連は、昨年12月14日付けで標題の意見書を取りまとめ、同月18日付けで、環境大臣、衆議院議長及び参議院議長宛てに提出しました。 2つの最高裁判決  水俣病問題については、2つの最高裁判決によって、国のとってきた政策が誤りであったことが確定しています。  1つは2004年10月15日関西水俣病訴訟最高裁判決(以下「2 004年判決」といいます。)です。水俣病が発見され、健康被害が生じているのに、適切な規制権限を行使しなかったとして、国家賠償責任が認められたものです。もう1つは、2013年4月16日水俣病認定義務付け訴訟最高裁判決(以下「2013年判決」といいます。)です。国が定めていた水俣病の認定基準が不十分であり、より広く、水俣病患者として認めるべきことを明らかにしたものです。筆者なりにまとめると、前者の2004年判決によって過去の公害防止のための行政施策が適切になされていなかったことにつき国の法的責任を断じ、後者の2013年判決によって現在の公害被害者救済のための施策が不十分であることが断罪されたものといえます。 2013年判決によって認定されるべき患者  水俣病認定基準は、かつては複数の症候(症状)がなければ水俣病患者として認定されないことになっていました。これに対して、2013年判決は、複数の症候がなく、感覚障害の1症状だけでも、水俣病患者と認定すべきことを命じました。感覚障害は、有機水銀中毒の典型症状です。感覚障害だけでも水俣病患者と認定されると改められるのであれば、水俣病患者との認定数が大幅に増加することになるはずです。 2013年判決後の認定状況  環境省は、2013年判決を受け、14年に感覚障害だけでも水俣病として認定される基準を設けたとして通知を発しました。  では、その新通知による実際の認定状況がどのようになったのかというと、左記の一覧表の通りです。17年度の新潟県だけ突出して認定数が増えていますが、同年11月29日東京高裁判決によって認められた患者が9人にのぼったというだけのことです。行政が設置した認定審査会では、ほとんど水俣病患者とは認めない運用が継続していることがお分かりいただけると思います。  認めない理由を分析してみると、新通知による基準を厳格に捉えて、有機水銀による影響を否定したり、他の疾病の可能性を指摘したりしていました。要するにかつての基準では、複数症候の存在を厳格に求めることで水俣病患者と認めない運用をとっていたのに対して、新通知では別の理屈を付けて認めない運用とするようになっただけなのです。 今回の意見書について  新通知による運用実態は、最高裁判決によって水俣病患者と認定すべき被害者につき、別の口実であいかわらず切り捨てているという点で大いに問題です。三権分立をとっているのに、司法の判断を全くもって軽視しているといわざるを得ません。また、水俣病の発生・拡大に法的責任を負っている国が患者切り捨ての施策をとり続けることを容認すれば、加害者による責任逃れをみすみす許すことになりかねません。  日弁連では、14年の新通知の発出後から、新通知の問題点について指摘をしてきましたが、2013年判決から10年経過し、判決後の運用状況を確認して、やはり被害者が適切に水俣病患者とは認められていない状況がより一層明らかになったとして、今回の意見書を発したものです。水俣病問題はまだまだ終わっていません。多くの会員の方にも関心を持ち続けていただきたいと思っています。 (人権擁護委員会水俣病問題検討 プロジェクトチーム 副座長 松尾 康利) 編集後記  本号の編集作業は昨年12月から始まりました。題字「人権を守る」横のイラスト選定作業中の本年1月1日に、能登半島で大地震が起こりました。被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。▼イラストは石川県珠洲市の市花であるツバキにしました。珠洲市の各所にはヤブツバキが群生し、ツバキが珠洲市の市花になっています。3月に見頃を迎え、「徳保の千本椿」という名所もあります。▼復興を遂げ、ツバキを見に能登半島に行けるようになることを願っております。 (人権ニュース編集委員会 委員 小西 憲臣)