第63回人権擁護大会シンポジウム  第1分科会基調報告書 精神障害のある人の 尊厳の確立をめざして 〜地域生活の実現と弁護士の役割〜 日本弁護士連合会 第63回人権擁護大会シンポジウム第1分科会実行委員会 2021年10月14日(木) 岡山シンフォニーホール プロローグ プロローグ  ある精神科入院経歴者は「入院期間中は魂が抜けたような感じでした」とインタビュー で答えた。「魂が抜けたような感じ」とはいったいどのような感じなのだろう。  「事業所で入院したほうがいいと言われ,しぶしぶ入院した。入院初日に抵抗したら, 保護室に2〜3週間入れられた。5点拘束をされ,そのあいだはオムツをはかせられた。 保護室から出ても自由はなかった」と語る。  他の人たちの話も集めた。  注射で意識もうろうの状態で抑制されて身体拘束が始まる。身体拘束の多くは連続 10 日間,長い時は 3週間にも及ぶ患者がいる。男女を問わず,身体拘束のときに,自分で用 足しができるのに,尿道カテーテルを留置した上にオムツをはかされる。排尿だけではな く排便すら抑圧される。女性患者の排便のときに男性看護師が立ち会うことがある。排便 が滞れば浣腸される。給食給水は四肢拘束のまま与えられる。身体拘束室だけではなく, 病棟,病室,大部屋,保護室,個別隔離室を含め 24時間監視カメラで撮影される。保護 室では排便の様子,身体拘束室ではオムツ替えの様子も撮影される。大部屋ではカーテン なしのままで天井から監視カメラ。着替えや用足しさえも映し出される。プライバシーは 保障されない。入浴は週1回脱衣着替えを含めて 15分。ここでも女性患者でも男性看護 師が見張り続ける。多剤大量の投薬で座位を保てずトイレにも行けなくなる。退院後,入 院の時に溜まった怒りが噴出し死にたくなり,自暴自棄になって自分をコントロールでき なくなる。閉じ込められること,拘束されることを連想するだけで強い恐怖が襲ってくる。 映画などでこのような場面が出てくると恐怖に震え,自制がきかず泣き出してしまう。  などである。  「入院期間中は魂が抜けたような感じでした。」  それは自分が自分ではない感じ。あるいは自分のなかに自分が存在しない感じ。とてつ もない自己喪失感,生きる実感そのものの喪失。  「魂が抜けた」と表現する,その人が受けた被害の深さを体験しないでは測ることはで きそうもない。他者として共感することも困難だ。  人権擁護活動は被害に始まり被害に終わる,という。人権被害の悲惨さを知り,広がり を知り,大きさを知ることから始まり,その実態を踏まえて,被害からの回復と被害を繰 り返させないことを達成せずには終われない。  第1分科会実行委員会(以下「本実行委員会」という。)ではまず,広汎な被害の質と 量を深く知ること,そのために精神科入院経歴者へのアンケート調査及びインタビューを 実施した。入院経歴者 5400人にアンケート調査票を配布し,1105人から回答を得た。そ のうち 399人からインタビューの承諾回答を得た。しかし,新型コロナ感染予防対策の影 響によって,インタビューできたのは 196人にとどまった。自らの被害を語っていただく に足りる場を用意するには多くの困難があった。ほとんどの事例で面談インタビューを実 施できず,電話インタビュー。聴取回数はほとんど1回,短時間にとどまった。にもかか わらず,この被害実態調査の成果は計り知れないものとなった。そこで語られた一片を冒 頭に紹介した。 ― i― プロローグ  本実行委員会は「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」と題して,第 63回人 権擁護大会での決議案を提案した。この基調報告書は,同大会決議案及び大会シンポジウ ム第1分科会の資料となるものである。  2001年5月 11日,熊本地裁で「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟判決が言い渡され た。「らい予防法」は憲法に違反しており,厚生労働大臣は 1960年以降,国会議員は 1965年以降,同法を廃止しなかったことが病歴者に対する不法行為にあたるとして,法 的賠償責任に基づく一律の賠償を認めた。国はこれを受け入れて確定させた。2019年6 月 28日,同じく熊本地裁で家族による「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟判決が言い 渡された。1996年に「らい予防法」を廃止した国は,この法律と政策によって作出・助 長・維持してきた差別偏見を解消することを怠ったとして,家族にも固有の人生被害を認 め,先の国の責任に加えて,文部科学大臣,法務大臣の法的責任をも認めた。  公衆衛生行政における「ハンセン病」と「精神病」は,法制度も行政の進展も共通した 歴史と背景を持つ。その上隔離政策,優生政策を一にする。「ハンセン氏病=癩病と精神 病をめぐる一連の衛生行政の進展に共通していることは,その動機においては富国強兵・ 国家の体面,といった国家権力の側からの事情が先行しており,施行については警察行政 に基礎を求めたことである。……社会の迫害により自暴自棄になった少数の患者があった としても,療養所長に入所者に対する懲戒検束権を与え,各療養所に悪質患者を収容する 監房を設置するにいたっては,医学の敗北と言わざるを得ない。また,精神病患者にして も,巣鴨病院に入院するのに二名以上の親族の連署をしたうえで,所轄警察署・郡区役所 をへて入院申込をするという規則も,同じような意味をもつものである。そして,実際の 医療としては隔離・監禁が中心で,患者の人権の犠牲のうえに立つ対策に終始した。」1と される。  精神障害のある人の尊厳を確立するためにはまず,ハンセン病問題の教訓に学ぶことが 大切である。隔離政策は人生の発展可能性を奪い人生被害を与えること。その上,対象と なる疾患・障害について,誤った社会認識を植えつけ差別偏見の社会構造を作出・助長・ 維持すること。この二つの教訓から学ばなければならない。  加えて,2014年に批准した障害者権利条約の早期完全実施を目指す必要がある。この 条約は,現行の精神保健福祉法が定める,精神障害のある人だけを対象とし精神障害を理 由とする強制入院制度を許容しない。  その上,法政策の抜本的転換にあたっては,400万人を超える精神障害のある人たち全 てに,患者の人権を基本に据えた医療法による最善の医療を等しく提供することを国に保 障させなければならない。  この3つの視点を定めて,本実行委員会は,一つの実証として,精神科入院経歴者への アンケート調査及びインタビューを実施し分析した。さらにロードマップの妥当性を検討 するために,先進的取組を行う諸外国への海外視察,有意義な実践経験を持つ国内の団 体・個人による勉強会を数次にわたり実施した。  2020年1月から1年以上時間を費した取組だが不十分な点は多くある。今後も精神科 入院経歴者,病歴者及びその家族,また関係専門職,そして潜在的に同じ障害と疾病を持 つ市民の意見を収集しながら,精神障害のある人の尊厳の確立に向けて,法制度の抜本的 な転換と改革の道をたゆむことなく進めていかなければならない。 ― ii― プロローグ 1 川上武『現代日本医療史』(勁草書房,1965年) ― iii― 凡例 凡 例 1【障害者権利条約】 正式名称:障害者の権利に関する条約(2006年 12月 13日採択,2008年5月3日発 効,2007年9月 28日日本署名,2014年1月 20日批准,同年2月 19日国内で効力発 生) 2【障害者基本法】 正式名称:「障害者基本法」(昭和 45年法律第 84号) 3【障害者差別解消法】 正式名称:「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(平成 25年法律第 65 号) 4【障害者総合支援法】 正式名称:「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(平成 17 年法律第 123号) 5【障害者雇用促進法】 正式名称:「障害者の雇用の促進等に関する法律」(昭和 35年法律第 123号) 6【精神保健福祉法】 正式名称:「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(昭和 25年法律第 123号) 7【医療観察法】 正式名称:「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する 法律」(平成 15年法律第 110号) 8【障害者虐待防止法】 正式名称:「障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(平成 23年法律第 79号) 9【91年国連原則】 正式名称:「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原 則」(1991年 12月採択) 10【自由権規約】 正式名称:市民的及び政治的権利に関する国際規約(1966年 12月 16日採択,1976年 3月 23日発効) 11【社会権規約】 正式名称:社会的及び文化的権利に関する国際規約(1966年 12月 16日採択,1976年 1月 23日発効) ― iv― 目次 目 次 プロローグ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・@ 第1章/日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 第 1 人間の尊厳と自由の侵害・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 第 2 患者隔離収容と人生被害・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第 3 病気や障害があってもなお・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第 4 地域精神科医療というもの・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 第 5 精神科医療・福祉の目標・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 第2節 精神科入院患者の人権状況・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 第 1 精神科への入院経験を有する方々への実態アンケート・インタビュー調査の結果 から・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 第 2 日本型精神科医療の特徴と問題点・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39 第 3 療養環境の悪さ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51 第 4 認知症高齢者のための精神科病院の施設代用化・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53 第 5 精神科特例・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55 第 6 精神科病院での虐待とハラスメント・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56 第 7 有効な権利擁護の仕組みの不存在・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58 第 1 宇都宮病院事件・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58 第 2 大和川病院事件・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60 第 3 ロボトミー手術(前頭葉切除術)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63 第 4 その他の人権侵害の歴史・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64 第 5 日常的な虐待・ハラスメント・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 65 第4節 差別的な法制度と医療制度・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 第 1 強制入院制度,行動制限制度の差別性・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 第 2 他の医療には認められない低水準の人員配置を認める「特例」・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 第 3 差別的な制度とその運用を支えるもの・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 72 第5節 日本弁護士連合会の実践・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77 第 1 日本弁護士連合会の取組・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77 第 2 日弁連法律援助事業「精神障害者に対する法律援助」・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 ― v― 目次 第 3 日弁連会長声明・意見書の発出・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 第2章/精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 第1節 精神障害のある人の人権の捉え方に関する問題点・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87 第2節 従来的の考え方(手続保障による統制)の限界・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88 第3節 精神障害のある人の人権保障のパラダイムシフト・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90 第 1 生物医学主義に基づく医学モデルから人間の尊厳に基づく人権モデルへの転換 ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90 第 2 精神科医療の特殊化からユニバーサル化への転換・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91 第 3 社会的排除から社会的包容への転換〜脱施設化と多様性を尊重した地域社会での 生活と人生を支えること〜・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93 第4節 精神保健福祉における家族依存からの脱却・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 第 1 法制度上家族の担う役割の負担が重いこと・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 第 2 家族の抱える苦悩・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95 第 3 家族依存からの脱却・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 96 第3章/あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 第1節 精神科医療における強制入院制度の廃止に向けて・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101 第 1 憲法及び障害者権利条約の要請と人権モデルに基づく医療福祉の未来像・ ・・・・・・ 101 第 2 強制入院の廃止に向けた段階的縮減の諸方策・ ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 112 第2節 精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセントの保障に向けて ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 127 第 1 精神科医療におけるあらゆる強制の廃止・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 127 第 2 インフォームド・コンセントと緊急法理・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 132 第 3 インフォームド・コンセントの形骸化を避ける権利擁護システム・ ・・・・・・・・・・・・・・・ 133 第3節 安心して利用できる医療福祉 ・ ・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135 第 1 はじめに・ ・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135 第 2 当事者の意思を反映した医療福祉・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135 第 3 対話中心医療の実践(オープンダイアローグ)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 141 第4 ピア・サポート・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 157 第5 当事者研究・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163 第4節 生活の場所は地域に・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 168 ― vi― 目次 第 1 総論・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 168 第2 地域サービス・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 170 第3 家族の過重な負担の解消に向けて・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 177 第4 入院している人が地域で生活するために・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 179 第5 偏見解消と地域包摂・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 188 第5節 尊厳被害の検証と尊厳回復に向けて・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 192 第 1 精神障害のある人が被ってきた尊厳被害とその回復の必要性・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 192 第2 「ハンセン病問題」の教訓・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 192 第3 尊厳回復の法制度創設へ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 193 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて)・ ・・・・・・・・・・・・・・ 194 第 1 はじめに(現行の退院請求・処遇改善請求制度の概説)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 194 第 2 人権救済機関としての精神医療審査会の現状と課題・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 196 第 3 あるべき精神医療審査会の姿・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 213 第 4 代理人制度の拡充を目指して・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220 第 5 国内人権機関と個人通報制度・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 226 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 227 第 1 短期的工程(2025年まで)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 229 第 2 中期的工程(2030年まで)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 231 第3 短期的工程から中期的工程にかけて継続的に〜地域医療・福祉・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 233 第4 最終段階(2035年まで)・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 234 エピローグ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 240 巻末資料 1 アンケート・インタビューまとめ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245T 書式@〜D・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245U 集計結果・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 254V 分析結果・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 259W 別表・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 268 2 海外視察報告・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 309T ベルギー・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 309U イギリス・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 321V アメリカ・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 336W ペルー・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 343※本基調報告書は,本実行委員会の意見にとどまり,日弁連の意見ではない点も含まれております。 ― vii― 第1章 日本の精神科医療の現状 〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害 第1章 日本の精神科医療の現状    〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害 第1 人間の尊厳と自由の侵害  精神科病院の閉鎖病棟に足を踏み入れたことがあるだろうか。  病院スタッフは真新しい病棟を清潔な白い上下衣を着て腰に鍵束を下げて歩く。の ぞき窓のついたスチール製の頑丈なドアの前で立ち止まると錠を解き,身体を差し入 れてすぐにまた閉じる。  ここでは食堂兼娯楽兼談話コーナーの向こうに廊下がのびる。左右に分けた4つか ら6つ部屋が並ぶ。ひとつの部屋には4人のベッドあるいは寝床。  全て廊下から 24時間お見通しの生活空間である。  病棟を施錠され監視されて自由に出入りすることはできず,戸外散歩は監視付きで もままならない。  歩行機能に異常があると思われる姿勢で廊下を練り歩く人。動かずにテレビを見て いるようで見ていないように見える人。  閉鎖病棟の奥に「保護室」がある。ほとんどの視界を遮断し,白い壁とマットと便 器だけの電子光に満たされた部屋。  人は二重にも三重にも錠の下りた狭い部屋の片隅でじっとうずくまり,あるいは怒 り,泣き叫び,またあるいは間断なく看護師を呼び続ける。  自由のほとんど全てを押さえ込まれた人たちは,かけがえのない人生の取り戻すこ とのできない時間を刻々と奪われることを悔みながら,深い悲しみと共に耐え忍ぶ。  あらゆるところにモニターを設置し,スタッフが人の動静の全てを観察し管理す る。閉じられたその人の人生の全てを。  1990年代後半から建て替えられた病棟は,新しさと清潔感を備えたが,精神科病 棟特有の閉鎖性も患者管理も強化した。心を病んだとされる人の心を癒す環境には程 遠い。  精神科医療に携わる人たちは,精神科医療の現状を変えようとしながら,日々の業 務に力を尽くしていることだろう。どこまでも献身的に。閉鎖病棟で年中当たり前の こととして,繰り返し,隔離と監視のベッドに寄り添っている。  社会から隔絶された特別な精神科病院の閉鎖病棟,隔離部屋のベッド,そして身体 拘束。ここは人の身体だけではなく誇りや命を傷つける。  ここに入れられた人は,隔離と監視に鳥肌を立てて驚愕し,期限を定めない排除と 拘束に絶望するだろう。それを治療ではなく耐え難い罰として受け止める。  やがて長期に及ぶ病棟での生活は,生来持ち合わせていた社会適応能力さえ根こそ ぎ立ち枯れさせてしまう。  その上,社会,地域で得られるはずのありとあらゆる人生機会を奪われ,家族と共 に激しい偏見と差別に苛まれる。 ― 3― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  この人々はなぜ,自ら選びもしない病院で,望まない医療スタッフの納得できない 治療を,24時間閉鎖され監視され,抗えば身体拘束される中での生活を,耐え忍び 続けなければならないのか。  精神病,精神障害は,医療及び福祉等の適切な支援によって対応できるようになっ たと言われて半世紀以上が経過した。地域社会の中で,その人の生活を支えることが できるようにもなったはずだ。 第2 患者隔離収容と人生被害  2001年5月 11日に確定した「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟(以下「ハンセ ン病国賠訴訟」という。)判決は,「らい予防法」とこれに基づく患者隔離政策は,憲 法 13条に違反し,1960年以降の歴代の厚生大臣,1965年以降の国会議員の全ては, 不法行為責任を負うとした。  判決は,患者隔離政策が患者の人生そのものを侵害するとして,次のように述べ る。  「隔離規定によってもたらされる人権の制限は,居住・移転の自由という枠内で的 確に把握し得るものではない。ハンセン病患者の隔離は,通常極めて長期間にわたる が,たとえ数年程度で終わる場合であっても,当該患者の人生に決定的に重大な影響 を与える。ある者は学業の中断を余儀なくされ,ある者は職を失い,あるいは思い描 いていた職業に就く機会を奪われ,ある者は,結婚し,家庭を築き,子供を産み育て る機会を失い,あるいは家族との触れ合いの中で人生を送ることを著しく制限され る。その影響の現れ方は,その患者ごとに様々であるが,いずれにしても,人として 当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性が大きく損なわれるのであ り,その人権の制約は,人としての社会生活全般にわたるものである。このような人 権制限の実態は,単に居住・移転の自由の制限ということで正当に評価し尽くせず, より広く憲法 13条に根拠を有する人格権そのものに対するものととらえるのが相当 である。」2  隔離規定は「患者の隔離というほかに比類のないような極めて重大な自由の制限を 課するもの」であり「少数者であるハンセン病患者の犠牲の下に,多数者である一般 国民の利益を擁護しようとするものであり,その適否を多数決原理にゆだねることに は,もともと少数者の人権保障を脅かしかねない危険性が内在されている」とも判示 した 3。  さらに社会的な差別偏見について,患者に対する「強制収容の徹底・強化により大 きく変わった。」「山間へき地の患者までもしらみつぶしに探索しての強制収容が繰り 返され,また,これに伴い,患者の自宅などが予防着を着用した保健所職員により徹 底的に消毒されるなどしたことが,ハンセン病が強烈な伝染力を持つ恐ろしい病気で あるとの恐怖心をあおり,ハンセン病患者が地域社会に脅威をもたらす危険な存在で ありことごとく隔離しなければならないという新たな偏見を多くの国民に植え付け, これがハンセン病患者及びその家族に対する差別を助長した。」「このようなハンセン 病政策によって生み出された差別・偏見は,それ以前にあったものとは明らかに性格 を異にするもので,ここに,今日まで続くハンセン病患者に対する差別・偏見の原点 ― 4― 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害 があるといっても過言ではない。」4  「このような法律が存在する以上,人々が,ハンセン病を強烈な伝染病であると誤 解し,ハンセン病患者と接触を持ちたくないと考えるのは無理からぬところであり, 法律が存在し続けたことの意味は重大である。この点について,厚生大臣は,平成8 年の廃止法の提案理由の説明の中で,『旧来の疾病像を反映したらい予防法が現に存 在し続けたことが,結果としてハンセン病患者,その家族の方々の尊厳を傷付け,多 くの苦しみを与えてきたこと』等について,『誠に遺憾とするところであり,行政と しても陳謝の念と深い反省の意を表する』と述べており,衆参両厚生委員会も,廃止 法の審議の際の附帯決議において,『「らい予防法」の見直しが遅れ,放置されてきた こと等により,長年にわたりハンセン病患者・家族の方々の尊厳を傷つけ,多くの痛 みと苦しみを与えてきたことについて,本案の議決に際し,深く遺憾の意を表すると ころである。』としているのである。」5。  判決は,患者隔離を許容し推進する法律と政策が,患者を地域生活から隔絶した施 設に強制的に収容することによって,患者の人生におけるあらゆる機会を奪うととも に,病気に対する差別偏見を作出し,助長し,強固に維持させることによって,患者 及びその家族の人生と尊厳を著しく損なうことを明らかにしたのである。  ハンセン病と精神科疾患は,確かに異なる。しかし,問題は,患者隔離にかかる法 律と政策がもたらす負因である。  それぞれの患者隔離法政策を一様に比較することはできない。  しかし,それらの地域社会からの排除・放擲と地域社会での差別偏見の構築は,被 害と加害の実相において同質である。  ハンセン病療養所は,比較的広くゆったりとした施設であり,施設内に限ってでは あるが自由な行動が許された。特別な事例を除けば,監禁室への隔離や身体拘束はな かった。  これに対して,精神科病院及び精神病床を有する一般病院を含む精神科医療施設 は,公民営のそれぞれにおいて施設格差はあるものの,閉鎖病棟内に隔離し,病室か ら退出する自由を制限する。入院当初に,積極的に保護室を使用する例も少なくな い。個人の生活空間は確保されず,ときには身体拘束を受けるほか,プライバシー保 護や外出外泊において,精神科医療施設の方がより制約的である。  患者隔離の期間は,数十年を超える事例の割合こそ異なるかもしれないが,数年の 隔離でも人生被害をもたらすに十分であるし,精神科医療施設では,1年以上の入院 による地域からの隔離が半数以上を占めている。  施設運営を国立として,不十分ながらもシステム上は責任を持ち続けたハンセン病 施設と比べて,民間に丸投げした精神科医療施設では,強制医療や虐待事例が後を絶 たず,優生手術については,少なくとも 1980年に入るまでは法的な強要を,その後 は事実上強いてきた。しかし,これらはいまだに公的な検証を経ていない。  ハンセン病における患者隔離と精神疾患における患者隔離は,同じように患者隔離 を許容する法律と政策が,大量かつ長期に及ぶ患者隔離を推進してきたことによっ て,差別偏見を作出・助長してきた。  精神科医療施設への患者隔離は,ハンセン病療養所への患者隔離と同様に,等しく ― 5― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 患者及びその家族の人生及び尊厳を著しく損なうものである。 第3 病気や障害があってもなお  2004年9月3日,福岡県精神障害者連絡会及び精神障害者九州ネットワークは,8項目からなる「精神障害者人権宣言」を採択した。  内容は,以下のとおりである。  1 私たち精神障害者は,精神障害者であるまえにひとりの人間である。  2  私たち精神障害者は,精神科病院を含む全ての医療機関から,充分なインフォ ームド・コンセントに基づいた適切な治療を受ける権利がある。  3  私たち精神障害者は,生涯にわたり安心して地域で暮らせるよう,老後にいた るまでの地域生活に必要かつ充分な社会保障を受ける権利がある。  4  私たち精神障害者にも,自分の個性と能力を生かした仕事を選ぶ自由と権利が 等しく保障されなければならない。合理性,妥当性なく,これが妨げられること があってはならない。  5  私たち精神障害者への人権擁護及び平等な医療と福祉の実現のため,精神保健 福祉法の改正作業には,複数の精神障害者の対等な立場での参加が認められるべ きである。  6  私たち精神障害者に対して行われているいかなる人権侵害も,憲法にうたわれ ている基本的人権の尊重にてらして改善されなければならない。  7  医療,社会福祉,また一般的な社会生活における私たち精神障害者に対する一 切の差別は,法律によって禁止されなければならない。  8  私たち精神障害者は,自己決定と自己責任に基づいて発言し,行動する自立し た市民である。  日本の精神科医療における患者隔離の数は,「人口比でも絶対比でも世界最大」の まま推移している。精神障害のある人は全国で 419.3万人とされ 6,精神病床数約 32.7万床,このうち約9割が公的病院以外の病床である 7。民間精神科病院では,90%台の病床利用率を確保しないと経営は困難であるとする 8。  閉鎖病棟は増え続け,全体の 72%にまで及んでいる 9。半数以上の入院患者が1日 24時間出入口を施錠した閉鎖病棟に隔離され,その他の病棟においても少なからず 自由の制限が行われる。  この圧倒的な閉塞的空間の中で,入院期間が1年以上に及ぶ人が約 62%,5年以 上が約 31%,20年以上が約8%にものぼる 10。退院しても多くの人が再入院を強い られる。地域で社会生活を送るための環境整備が,遅々として進まないからだ。  病院不祥事が相次ぎ,身体拘束による急性肺血栓塞栓症死ケースは続発して久しい 11。  これにいわゆる精神科特例が拍車をかける。  「精神科特例」とは,1958年精神科病院拡張整備に伴い医療スタッフの不足を理由 に厚生省事務次官通知によって定めたものであるが,精神病床については,概略「患 者の数を精神病にあっては3をもって序した数が 16またはその端数を増すごとに 1」,看護師及び准看護師は概略「患者の数が6またはその端数を増すごとに1」と ― 6― 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害 【精神病床への入院期間内訳】 ........ 62.0% 1........ 9.6% 1........ 3........ 10.1% 3........ 6........ 8.0% 6........ 1...... 10.3% 1...... 5...... 31.1% 5...... 10...... 13.2% 10...... 20...... 9.9% 20...... 7.8% 出典:精神保健福祉資料(令和2年度)を基に本実行委員会において作成 定め,一般病床と比較して,一律に,医師は3分の1,看護師,准看護師は3分の2 でよいとする特例である。現在は大学病院及び 100床以上の総合病院で廃止されたも のの,その他の大部分の精神病床において維持されている。現場での実態は,さらに 下回っており,2014年の医療施設調査によれば,100床当たりの職員数で比較する と,医師は 23.5%,看護師・准看護師は 52.6%,薬剤師は 36.4%,職員総数で 47.7% とされる。患者1人1日当りの平均診療収入は,2015年社会医療診療行為別統計に よれば,一般病院の29.6%にとどまり,3分の1以下と報告される 12。国の精神科医 療体制整備への長期にわたる著しい格差は,合理的に説明し尽くすことは困難であ り,精神障害のある人の命と尊厳の価値を貶める差別である。  加えて,一般診療科での精神障害のある人に対する診療拒否は常態化している。こ れは,精神障害のある人に対する強制入院及び身体拘束等の行動制限を許容する法律 だけではなく,精神障害のある人への一般病室での入院治療を禁止してきた旧医療法 施行規則 10条3号等を含む,精神障害のある人に対する患者隔離制度全体が構築し た医療上の差別である。なお,同規則は,2016年に改正されたものの,現在でも精 神障害のある人を一般病室に入室させて入院治療を実施する医療機関は希少であっ て,事実上の差別が継続している。  このように,精神障害のある人々は,精神科医療では,錠のついた閉鎖病棟で3分 の1以下の医師,2分の1以下の看護師・准看護師にしか診てもらえず,一般診療科 を自由に受けることすら拒まれる。手術や手術の術後管理を,手薄で環境の整わない 精神科病棟で強いられる精神科入院患者のなんと多いことか。  このような精神科医療は,隔離と低劣な医療を柱とする法と政策によってもたらさ ― 7― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 れ,法と政策とともにこれを長い間積み重ねてきた政策実態によって,社会に「精神 障害者は地域社会に脅威をもたらす危険な存在であり,ことごとく隔離しなければな らない」という誤った差別偏見を作出・助長・維持させてきた。  先のハンセン病判決から 20年が経過したが,今も国は,精神障害のある人々を精 神科病院に隔離収容することにより,期限なき隔離状態に置き,人としての社会生活 全般にわたる制約を課し,人として当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発 展可能性を大きく損ない続け,精神障害のある人への差別偏見を作出・助長し,さら に強固に維持して,精神障害のある人と家族の人生と尊厳を著しく奪い続けている。  いうまでもなく,憲法も障害者権利条約も,病気や障害があってもなお,全ての人が等しく,地域において平穏に生活する権利を保障している。 病気や障害を理由として,この権利を制約し,差別を認める余地は,もうどこにもない。 第4 地域精神科医療というもの  1960年代には「地域精神科医療」が標榜された。欧米だけの話ではなく,日本で のことだ。  1965年の精神衛生法の改正は,「社会保障と公衆衛生の進んだ国では,地域精神衛 生の考えが当然なこととして計画され,発展しつつある」「今日の精神衛生法改正に よって,地域精神衛生がようやく公衆衛生の中で芽を吹こう(,) としている」,この改正 が「地域精神衛生」の第一歩であり,「一日も早く精神障害者の医療と福祉を,より 完備した地域精神衛生活動によって確保したい」との位置付けをもっていた 13。  ここにいう「地域精神衛生」活動とは,「精神障害について,できるだけ施設収容 をやめて地域社会の中におけるケアが強調され,特にリハビリテーションのための新 しい開放的外来的施設を地域社会に建設し拡充していく計画」(イングランド・ウェ ールズ:1959年地域精神科医療政策に転換,以下同じ。),「精神科医療については, 短期入院の後,入院治療を行なわない外来またはリハビリテーションの施設で地域社 会において治療を続ける方式」(フランス:1960年),「従来の巨大州立病院へのつめ こみ主義に対してきびしい反省がなされ,できるだけリハビリテーションを中心にし たコミュニティーケアーに移行すべき」(アメリカ:1963年)など,外国の潮流を学 び習った地域精神科医療そのものであった 14。  日本でも,1965年改正法において,患者を社会から排除するのではなく,地域に あるがままで,有効な治療,支援を提供する方向への転換が指向されたはずだった。  世界におけるこのような地域精神科医療の考え方は,各国において「規模の大きな 精神科病院を廃止し,その代わりに総合病院の小規模の開放病棟をもって代替させ」 ながら,人口 10万人当たりの精神病床数を著しく減少させるとともに,精神科医療 の質の向上と一般医療との統合,社会にある「精神障害のある人」に対する拒否的態 度の克服に努めたとされる 15。  しかし,日本は,その後もかえって,大規模の精神科病院を増大させ,精神病床を も増やし,稀少な総合病院における精神病床は他の診療科と分けて区別されたまま, いずれにせよ開放病棟をもって代替させることもなかった。 ― 8― 第1節 強制入院,長期入院,身体拘束による尊厳と自由の侵害  精神科医療の一般医療レベルへの質の向上は果たされず,一般医療との統合はもと より,不合理な差別医療こそを定着させてきた。この 60年間,全く逆の道をたどっ たのである。  地域精神科医療という考え方は,1960年代から日本にも存在し,政策として位置 付けられようとした。  なぜ,現実のものとなし得なかったのか。逆に患者隔離を拡大することになったの か。問い,解決し,克服していかなければならない。 第5 精神科医療・福祉の目標  1950年代にはクロールプロマジンに代表される精神病薬による薬物療法が定着し, 精神・心理療法も進化して,精神疾患・精神障害は地域における開放的な医療・福祉 支援によって対応可能となったとされて,60年以上が経過した。  いつまで患者隔離を続けるのか。鉄門扉に錠のかかる閉鎖病棟に頼らずには,ある べき精神科医療はなし得ないと言うのか。施錠をした病棟の中でなされる行為が医療 と言えるのか。低劣な医療水準の中で,閉鎖病棟のベッドに寄り添い続けることが果 たして医療・看護の名にふさわしいのか。精神科医療・看護もまた,法と政策と閉鎖 病棟によって,他の医療・看護と隔離されてしまってはいないか。閉鎖病棟の中では 「患者個々人の人間的な能力の回復」ではなく「患者を病院や社会に順応させるこ と」を優先してはいないか。  精神科医療は,閉鎖病棟による患者隔離を脱することなしには,医療・福祉の「地 域化」も「統合」もなし得ないだろう。  精神科医療の特別な患者隔離,強制収容,強制的治療を廃止すべきである。  誰でも自らの意思能力を一時的にあるいは半永久的に喪失し,減弱させることがあ る。そのときに緊急に医療を先行させる必要を認める場合があろう。このことに必要 性と合理性があり得ることを否定しない。  しかし,それは精神科医療に特有なことではない。むしろ,一般医療と共通する課 題として,等しく取り扱うべき問題である。  精神科医療にインフォームド・コンセントの法理を確立し,他の専門診療科と同水 準の医療の質を保ち,統合した医療を実現しさえすればよいはずである。  精神科医療は,その専門性のほかに何らの特別なものはない。  精神科医療は,何よりも現在の閉鎖病棟における患者隔離を全廃するとともに,他 科と同等の水準へと質を高めるようにしなければならない。  この 60年の不作為を是認・黙認してはならない。  これ以上,患者隔離の法政策を続けてはならない。 ― 9― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 第2節 精神科入院患者の人権状況 第1 精神科への入院経験を有する方々への実態アンケート・インタビュー調査の結果 から 1 アンケート調査及びこれに付随するインタビューの目的・方法 (1)アンケート調査の目的  日本の精神科医療にかかる法政策のあるべき姿を議論するためには,それがも たらす医療利益だけではなく,負の側面としての隔離被害の実態を探る必要があ る。  これまで,精神科病院の不祥事として,数多くの人権侵害事例が報告されてき たにもかかわらず,日本は,これらを含む隔離被害に関する公的検証をしたこと がない。  さらに,長期にわたる患者隔離収容政策において,常態的に存在し得ると推測 される人間の尊厳及び自由の制約,また人生被害について,まとまった実態調査 を実施していない。  本実行委員会は,シンポジウム第1分科会開催に当たり,精神科医療施設への 入院経験を持つ多くの当事者の声を聞くために,アンケート調査を実施した。さ らに,アンケート調査に伴い,弁護士からのインタビューに答えてもよいと答え た回答者に対し,さらに詳しい実態を聞くために,インタビューを実施した。  なお,今回のアンケート調査の対象者は,精神科医療施設を既に退院した人 で,退院後の期間経過によって当時を振り返ることができる力のある人である。 現在も閉鎖処遇の中で苦しんでいる人や,傷ついた体験から回復できておらず言 語化できない人の意見は,十分には反映できていない点を特に指摘しておきた い。 (2)アンケート調査等の実施方法  精神科医療施設に入院した経験のある患者を調査対象とし,全国の患者会,家 族会等の調査の協力を承諾いただいた団体を通じて,希望される対象者にアンケ ート用紙(巻末資料1.T@)を配布し,郵送にて回収した。  アンケート用紙と共に配布したインタビュー調査の協力お願い文書(巻末資料 1.TA)に承諾の回答があった対象者には,別途連絡し,インタビューの目的 等についての説明文(巻末資料1.TB)に同意いただけた方にインタビューを 実施した(同意書・同意撤回書:巻末資料1.TC及びD)。 2 アンケート調査及びこれに付随するインタビューの集計及び分析結果の概要  アンケート調査の集計結果及びその分析結果の詳細は,巻末資料1.Uの「集計 結果」,同資料1.Vの「分析結果」及び同資料1.Wの「別表@〜I」のとおりで ある。その概要を以下に紹介する。以下で引用する「別表」とは,同資料1.Wの 別表のことである。 (1)アンケート調査に対する回答状況と回答者の属性 @ アンケート調査は,2020年6月 12日から同年7月 31日と,さらに追加で ― 10― 第2節 精神科入院患者の人権状況 同年 11月 12日から同年 12月 25日に実施した。  この期間中に,378の団体・個人の協力の下にアンケート調査票 5388枚を 配布し,1105件の有効回答を得た(回答率20.5%)。  また,合計 399人からインタビュー承諾の回答書を受領し,その後の連絡等 を経て 196人にインタビューを実施した。 A 回答者の年齢は,40代,50代を中心に,10代から 80代以上まで広く分布 している。居住地も,1県を除く全国の都道府県に及んでいる。 B 医師から言われている病名(設問 14)は,重複回答で,統合失調症が最も 多く(63%),躁鬱病及びうつ病がこれに続き(各 14%),発達障害も7%あ った。主病名についても同じ順番だった(上記順番に 65%,11%,6%,5%)。 C 病名をオープンにしているかどうか(設問 15)について,70%が「してい る」と回答したが,23%が「していない」と回答した。  病名オープンの有無について,回答者の年代との相関関係を分析した。オー プンにしていない率は,20代では 40%と高く,50代から低下傾向を見せ,60 代以上は20%程度と低くなっている結果が得られた。  主病名との相関関係も分析した。オープンにしていない率は,統合失調症が 若干高く,知的障害・精神遅滞が明らかに高い結果が得られた。逆に,うつ病 ではオープンにしている率が明らかに高く,てんかん,神経症,アルコール依 存症,薬物依存症では100%オープンにしている結果が得られた。 D 病気を知ってからの年数(設問 16)について,10年から 30年を中心に,1 年未満から 66年以上まで広く分布している。 (2)設問2(入院中の悲しい・つらい・悔しいなどの体験の有無を選択)  設問1で入院の有無を尋ね,「ある」と回答した 1040人のうち,841人(80.9%)が,入院中に,悲しい・つらい・悔しいなどの体験をしたことが「ある」 と回答した(以下,「悲しい・つらい・悔しいなどの体験」を「悲しい等の体 験」という。)。 (3)設問3(入院中の悲しい等の体験の内容を選択) @ 設問2で「ある」と回答した 841人に,それはどのような体験だったかを重 複回答で〇を付けてもらったところ,多い順に,外出制限(47%),保護室 (46%),薬の副作用(43%),入院の長期化(42%),プライバシー侵害(32%),面会・通信制限(32%),暴言(31%),侮辱(29%),身体拘束(29%), 無視(21%),暴力(15%),性被害(7%)と続いた。  これらの体験のうち,もっとも悲しい等の体験に◎を付けてもらったとこ ろ,◎を付けた 513人のうち,多い順に,保護室(17%),入院の長期化(13%),身体拘束(12%),薬の副作用(8%),外出制限(8%),プライバシー 侵害(6%),侮辱(6%),暴言(5%)と続いた。  また,体験内容ごとに,〇を付けた人数と◎を付けた人数との比率を比べる と,不妊手術が 100%であり,回答件数は2人と少なかったものの被害の深刻 さが表れた。その他,電気ショック(25%),身体拘束(25%),保護室(22 ― 11― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 %)も高い数値を示した。 A 体験内容の選択肢に収まらない「その他」の体験内容を別表@から紹介す る。  「入院そのものをしたくなかった」(別表@.31)  「表現できません」(別表@.55)  「入院させられたこと自体」(別表@.104)  「精神病棟に入院することそれ自体」(別表@.138) B 体験内容ごとに,生々しい具体例の一部については別表F〜Hの各抜粋にお いて,選択肢の順ごとにまとめて掲載している(なお,「15 その他」は,後記 .記載の 28個の分析項目の分類を掲載した後の一番下にまとめている)。ま た,別表@及びBの各抜粋においても,選択肢の順ごとにまとめて掲載してい る。  その内,特に紹介したいものについて,項を改めて後記3にまとめる。 (4)設問4(もっとも悲しい等の体験をした年齢)  もっとも悲しい等の体験をしたときの年齢は,20代前半をピークになだらか に全年代に及んで分布している。 (5)設問5(悲しい等の体験をした入院形態を選択)  悲しい等の体験をしたと回答した人の入院形態は,任意入院が 35%,医療保 護入院が29%,措置入院が12%であった。  アンケート回答者が入院した入院形態の比率は不明なので,一概には断定でき ないが,630調査(精神保健福祉資料)等による入院者数の比率は措置入院が1%未満であることと比較すると,措置入院において悲しい等の体験をした率が高 いと推測される。また,任意入院であっても悲しい等の体験をしている点は,特 に留意すべき結果である。  アンケート調査から,日本の任意入院制度の実態を表す具体例の一部を紹介す る。なお,照会するアンケート調査の回答については次の点に留意されたい(以 下,同様)。  ※全て原文のままであるため,誤字・脱字等が散見される。  ※●●は,書かれていた文字が判読できなかった箇所である。  ※ ■■は,個人の特定に関わる固有名詞,年齢,家族関係,入院回数,正確な 入院期間,一部の診断名等である。  「いきなり閉鎖病棟へ入れられて,ものすごくショックをうけました。(死ぬほ ど苦しく,つらかったです)・閉鎖病棟と言うところは,一歩入ると,ガチャン とカギをかけられて,そこから外には出られない所です。窓には,鉄ごうしがつ いていて,トイレはカギがかからないし,薬を飲むのをイヤがるとムリやり口に 押し込んで飲まされます。…(中略)…私は,形態的には『任意入院』ですが, 医師に『入院したくない』と言ったのにムリやり『入院しなさい』と言われて, 『任意入院の同意書』に名前を書かされました。」(別表F.32:15その他)  「任意入院という形であり乍ら,何故か閉鎖病棟への入院でした。私自身,何 の為の入院なのかよく分かりませんでした。しかし大人しくしていなければ,長 ― 12― 第2節 精神科入院患者の人権状況 期入院の可能性も否定できず,HPの職員の半ば言いなりでした。加えて, Dr.は私にとっての不本意な薬を処方し(■■),私はその投薬に反対したもの の通じず,おそらく無意味な入院でした。」(別表F.241:3医師の説明不足【イ ンフォームド・コンセント】)  「任意入院と言われて,自由に退院できると言われながら,実際は自分の意志 では退院できない。任意入院の時の説明は実情に全く合わない。任意入院の言い 回しを改善していただきたい。」(別表F.106:11外出制限)  「自分の状況がまるで分からないまま入院させられた。初めての入院時,入院 することに了解するサインを拒んだら,『もっと不利な状況になります』とワー カーから言われ,サインした。“自由入院”ということだったが,結果,自分の 意志では退院出来ず,面会や通信を制限された。何の説明もなく薬が増えたり替 わったりした。倒れたこともあった。保護室が空いておらず,勉強部屋(面会な どにも使う)に入れられ,カギをかけられた。放置状態だった。書き切れません …」(別表G.290:9保護室) (6)設問6(悲しい等の体験によってどのように感じたかを選択) @ 悲しい等の体験により,回答者がそれをどのように感じたかを,嫌悪感・恐 怖心・喪失感・絶望感・トラウマという観点に分け,それぞれ「1とても当て はまる」「2少し当てはまる」「3あまり当てはまらない」「4全く当てはまら ない」の4つの選択肢に〇を付けてもらった。  悲しい等の体験をしたと回答した上記 841人のうち,嫌悪感に当てはまる (1又は2)と回答した率が 68%と最も多く,恐怖心・喪失感・絶望感に当て はまると回答した率もいずれも 60%を越えた。そして,50%がトラウマとし て残っていると回答した。また,嫌悪感・恐怖心・喪失感・絶望感に当てはま るとした回答のうち,「1とても当てはまる」と回答した率はいずれも 70%近 くであった。トラウマに「1とても当てはまる」と回答した率は 59%であっ た。 A また,嫌悪感・恐怖心・喪失感・絶望感・トラウマという観点に収まらない 「その他」の感情について,別表Bから紹介する。  「人を信じられなくなった」(別表B.26,35,39,108)  「死にたくなった」(別表B.14,15,82)  「人としての尊厳を奪われた」(別表B.45,49)  「人権を侵害された」(別表B.60,81)  「嫌な思いが強くて言葉にできない」(別表B.18)  「人生のどん底に落ちた感覚」(別表B.19)  「愚かさを感じた。思い出したくもない。」(別表B.51)  「思い出すと情けなく涙が止まらなくなる」(別表B.52)  「生きる目的がなくなった」(別表B.88)  「自そん心が,日々なくなっていき,いつしか気にならなくなった。」(別表 B.90)  「私の人生は,もう終わった…と感じた」(別表B.94) ― 13― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 B 問4のもっとも悲しい等の体験をしたときの年代との相関関係  まず,当てはまる(1又は2)と回答した率は,全般に 10歳代から 20歳代 が高く,30歳代も若干高い傾向だったのが,40歳代から若干低い傾向とな り,60歳代以上では明らかに低くなっている結果が得られた。但し,10歳代 で嫌悪感についてだけ,当てはまると回答した率が若干低い結果となり,60 歳代以上でトラウマについてだけ,当てはまると回答した率が若干高い結果と なったのは興味深い。  次に,当てはまると回答したうち「1 とても当てはまる」と回答した率 は,嫌悪感・恐怖心・喪失感・絶望感・トラウマのそれぞれで,年代による高 低が区々となった。その中で,明らかな差異を示したものとして,10歳代の トラウマについて「1 とても当てはまる」と回答した率が明らかに高かっ た。また,60歳代以上は,上記のとおり,全般に当てはまると回答した率は 明らかに低くなっている中で,恐怖心,喪失感,絶望感について「1 とても 当てはまる」と回答した率が明らかに高かった。 C 後記問8の入院期間の合計との相関関係  まず,当てはまる(1又は2)と回答した率は,全般に入院期間が1か月未 満の場合が明らかに低く,1か月以上6か月未満も若干低かった。6か月以上 12か月未満では若干低いものと若干高いものに分かれ,1年以上になると全 般に若干高い傾向が見られる。ただし,5年以上 10年未満のみ,全般に若干 低い傾向となったのは不思議である。  次に,「1 とても当てはまる」と回答した率は,全般に1か月以上から2 年未満で低くなり,2年以上で高くなる結果が得られた。これに対し,1か月 未満では,嫌悪感・恐怖心・絶望感に「1 とても当てはまる」と回答した率 が高く,トラウマについては低い結果になったのは興味深い。 (7)設問7(悲しい等の体験の具体的内容を自由記載)  悲しい等の体験の具体的な内容を自由記載で尋ねた結果については,後記.に おいて,他の自由記載の設問及びインタビュー内容と併せて紹介する。 (8)設問8(入院期間の合計を選択) @ 設問1で入院した経験があると回答した 1040人のうち,入院期間の合計 は,1か月以上6か月未満が 26%と最も多く,これに6か月以上 12か月未満 を加えると 38%を占める。しかし,2年以上5年未満が 16%あり,5年以上 10年未満が8%,10年以上も6%と,5年以上の合計が15%もあった。 A 主病名との相関関係  統合失調症,躁鬱病,うつ病及び発達障害以外は,各主病名の合計件数自体 が 10人未満なので,入院期間の合計の分布における相関関係を見ることは適 当でない。  これに対し,統合失調症は,1年以上から 10年未満の率が若干高い傾向が 見られる。逆に躁鬱病及びうつ病は,1か月以上から 12か月未満の率が高 く,1年以上から 10年未満の率が低い傾向が見られる。  発達障害は,1か月以上6か月未満が60%を占め,他の入院期間は少なく, ― 14― 第2節 精神科入院患者の人権状況 他の疾患との違いが表れた。 (9)設問9(入院について納得できなかったことの有無を選択) @ 設問1で入院した経験があると回答した 1040人のうち,納得できなかった ことが「ある」と回答した人が42%に及んだ。 A 設問8の入院期間の合計との相関関係  1か月未満では,「ある」と回答した率が明らかに低かった。1か月以上6 か月未満では数値上の差異は僅少であったが,6か月以上 12か月未満でも 「ある」と回答した率が低かった。これに対し,1年以上ではこれが逆転して 「ある」と回答した率が高くなった。特に,10年以上では明らかに「ある」と 回答した率が高くなっている。 B 主病名との相関関係  統合失調症,躁鬱病,うつ病及び発達障害以外は,各主病名の合計件数自体 が 10人未満なので,納得できなかったことの有無との相関関係を見ることは 適当でない。ただし,神経症では全員が納得できないと回答している点,及 び,アルコール依存症では納得できなかったことの有無が逆転して「ない」と 回答した率の方が高くなっている点は指摘してよいと思われる。  これに対し,統合失調症では,「ある」と回答した率が若干低い傾向が見ら れた。また,躁鬱病では,「ある」と回答した率が明らかに高くなったのに対 し,うつ病では,「ある」と回答した率が明らかに低くなる逆の結果が得られ た。発達障害でも,「ある」と回答した率が明らかに高くなっている。 (10)設問10(設問9で「ある」と回答した人の不満内容を自由記載)  設問9で納得できなかったことが「ある」と回答した人に不満だった点を自由 記載で尋ねた結果については,後記.において,他の自由記載の設問及びインタ ビュー内容と併せて紹介する。 (11)設問11(経験した病棟を選択)  設問1で入院した経験があると回答した 1040人のうち,経験した病棟に〇を 付けてもらったところ,重複回答で,閉鎖病棟が 66%,開放病棟が 49%であっ た。  そのうち,最も入院期間が長かったものに◎を付けてもらったところ,閉鎖病 棟が57%,開放病棟が41%であった。 (12)設問12(受けたことのある処遇を選択) @ 設問1で入院した経験があると回答した 1040人のうち,受けたことのある 処遇に〇を付けてもらったところ,重複回答で,多い順に,閉鎖病棟 60%, 外出制限 54%,保護室 48%,面会制限 32%,通信制限 29%,身体拘束 26% であった。  そのうち,複数回経験した処遇に◎を付けてもらったところ,重複回答で, 多い順に,閉鎖病棟30%,保護室21%,外出制限17%,通信制限10%,面会 制限8%,身体拘束8%と,一部順序が入れ替わった。 A 選択肢に収まらない「その他」の処遇内容を別表Dから紹介する。  複数回答があったのは,食べ物や持ち物の制限が9件,喫煙の制限が5件, ― 15― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 金銭管理が4件,新聞・書籍の制限が2件,ベルトや紐の制限が2件であっ た。  また,単独回答ではあったが,「弁護士との相談制限,というか禁止 審査 会への連絡禁止」「何でも医者の許可が必要」「副作用を見過ごされたり,拒否 した薬や落ちた薬を飲まされた。」「モニター観察」「実際にはされなかったが 保護室に入った時『面会なし』という脅しの暴言をうけた。」などがあった。 (13)設問13(設問 12で受けた制約について医師からの説明の有無を選択)  設問 12の制約を受けた際,医師からの理由の説明の有無について,「受けた」 が41%,「受けていない」が42%,「分からない」が16%であった。  「受けた」という回答において,誰から受けたかについて尋ねたところ,「精神 保健指定医から」が 23%,「医師から」が 47%,「どちらか分からない」が 17% であった。 (14)〜(16)設問14〜16については,上記(1)B〜Dに記載済みである。 (17)設問17(体験した精神科医療についての意見を自由記載)  体験した精神科医療についての意見を自由記載で尋ねた結果については,次項 において,他の自由記載の設問及びインタビュー内容と併せて紹介する。 (18)アンケート自由記載欄(設問7,設問10,設問17)及びインタビュー内容に ついて @ 設問7,10,17の自由記載欄及びインタビュー内容を分析する方法として, 強制入院,地域生活の充実,手続的保障,療養環境及びその他の5つの視点か ら合計 28の分析項目を設定し,どの項目の内容が含まれているかを分析した。 なお,アンケート自由記載欄の分析の結果,治療内容や投薬内容に関するものがその他の項目として多く記載されていることが判明したため,インタビュ ー内容の分析においては,治療内容及び投薬内容を分析項目として追加した。 A 設問7(悲しい等の体験の具体的内容)に関する自由記載の分析結果  高い数値を示したのは,高い順に「1強制入院,強制医療によって自己決定 が奪われた」(27%)「4閉鎖病棟,隔離室による自由が奪われた」(27%) 「18病院職員による虐待(,) ,イジメ,暴力,非人道的な扱い」(24%),「3医師 の説明不足【インフォームド・コンセント】」(14%),「20病院職員のサービスの質が低い」(10%)であった。 問7は悲しい等の体験の具体的内容という設問であり,設問内容と関連性の 高い強制入院及び療養環境の視点からの分析項目が高い数値を示した。 B 設問10(入院に納得できなかった点)に関する自由記載の分析結果  高い数値を示したのは,高い順に「1強制入院,強制医療によって自己決定 が奪われた」(26%)「3医師の説明不足【インフォームド・コンセント】」 (20%),「4閉鎖病棟,(,) 隔離室による自由が奪われた」(15%),「2長期入院に よる影響を受けた」(9%)であった。  問 10は入院に納得できなかった点の具体的内容という設問であり,設問内 容と関連性の高い強制入院の視点からの分析項目が高い数値を示したのは問7 と同様であったが,療養環境の視点からの分析項目はそれほど高い数値は見ら ― 16― 第2節 精神科入院患者の人権状況 れなかった。また,強制入院の視点からの分析項目の順番が変化している。 C 設問 17(体験した精神科医療についての意見)に関する自由記載の分析結果  高い数値を示したのは,高い順に「3医師の説明不足【インフォームド・コ ンセント】」(20%)「1強制入院,強制医療によって自己決定が奪われた」 (15%)「28肯定的な(,) 意見,コメント」(14%),「20病院職員のサービスの質が低い」((,) 11%)「18病院職員による虐待,イジメ,暴力,非人道的な扱い」 (9%)「4閉鎖病(,) 棟,隔離室による自由が奪われた」(8%),「5精神障害, 精神疾患(,) による差別,偏見を感じた」(7%)であった。  問 17は体験した精神科医療についての自由記載という設問であり,問7と 同様に,設問内容と関連性の高い強制入院及び療養環境の各視点からの分析項 目が高い数値を示した。また,強制入院の視点からの分析項目の順番も,「3 医師の説明不足【インフォームド・コンセント】」が最も高い数値を示し,ま た,「5精神障害,精神疾患による差別,偏見を感じた」が比較的高い数値を 示した。  また,問7及び問 10においては見られなかった「28肯定的な意見,コメン ト」が高い数値を示した。 D インタビュー内容の分析結果  高い数値を示したのは,高い順に「4閉鎖病棟,隔離室による自由が奪われ た」(51%)「3医師の説明不足【インフォームド・コンセント】」(43%)「18 病院職員による虐待,イジメ,暴力,非人道的な扱い」(35%)「30投薬内容 (副作用を含む)」(31%)「1強制入院,強制医療によって自己決定が奪われ た」(22%)「20病院職員のサービスの質が低い」(22%)「22病院内のルール が不合理」(22%)「28肯定的な意見,コメント」(22%)「5精神障害,精神 疾患による差別,偏見を感じた」(19%)「29治療内容」(18%)「25孤独感」 (18%)「21病院施設の設備,機器(清潔感を含む。)が不十分」(17%)であ った。  これらの順番自体には,それほど大きな意味を認めることができない。イン タビューを実施した弁護士が上記問7,問 10,問 17の自由記載欄の内容を中 心に,当該対象者のアンケート結果からインタビューの質問を自由に設定する ことで,それに関連した回答がなされたに過ぎないからである。むしろ,そう した弁護士の関心に対し,インタビュー対象者側にもこれに答える豊富な体験 を有していたという点にこそ意味があると思われる。 E アンケートの自由記載欄からの紹介  28個の分析項目ごとの具体例の一部については別表F〜Hの各抜粋におい て,選択肢の順ごとにまとめて掲載している(ただし,問3の 14個の選択肢 の具体例を先行して掲載し,「15 その他」は最後にまとめている)。その内, 特に紹介したいものについて,項を改めて後記4にまとめる。 3 アンケートの自由記載欄からの紹介(問3の 14個の選択肢の具体例)  既に述べたとおり,本項及び次項で紹介するアンケート調査の回答についても次 ― 17― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 の点に留意されたい。  ※全て原文のままであるため,誤字・脱字等が散見される。  ※●●は,書かれていた文字が判読できなかった箇所である。  ※ ■■は,個人の特定に関わる固有名詞,年齢,家族関係,入院回数,正確な入 院期間,一部の診断名等である。 (1)1 プライバシー侵害  プライバシー侵害に関しては,入浴の監視(異性が行うことも多々ある),医 療者による手紙の閲覧が,数多く挙げられていた。  具体的なエピソードとしては次のような内容が挙げられる。  「他の入院患者とのプライベートな事柄についてナースステーションで相談。 直後にスタッフが廊下で世間話のように,私の相談内容についておしゃべりして いた。看護師には,助手には席をはずしてほしいと訴えたが聞き入れられず。決 果的に,助手に話を漏らされた。この件については,私の妄想の一言で片付けら れた。ちなみにこの病院は,2・3年後に廃院となりました。」(別表F.200)  「がんばっている看護師に手紙を書いていたら別の看護師にガサ入れされた。  居室に監視カメラがついており,排便,排尿の際もその居室に便器があるた め,陰部を見られる。しかも異性の看護師もそれ(俺の陰部)を見ることができ ることが設計上推測される。」(別表F.285)  「プライバシーが保護されなくて当り前という世界  病室入口のろう下の所に,名前を掲示しないで欲しいと伝えても,『不特定多 数の人が見る訳じゃないから』との説明で,掲示され続けた。  もっとひどいのは,入院ではなく,デイケア。デイケアの食堂の掲示板に,デ イケアに登録している全患者のフルネームが男女別・五十音順で一覧で貼り出さ れていた。」(別表G.284)  「入院中に,便秘になり,医師が『かんちょうをする』指示を出した。すると 看護師さんがポータブルトイレを持って来てろうかに置き『先生の指示だから, ここで出しなさい』と言われた。そう言った看護師さんは男性でした。その男性 看護師さんの目の前で,排便させられました。すごく,はずかしかったです。」 (別表H.36)  (2)2 暴言  暴言に関しては,全体として,看護師・看護助手といった医療関係者からの暴 言の指摘が,患者同士の暴言の指摘を大きく上回っていた。エピソードの具体例 は次のようなものである。  「看護士に『あなたはここにいる他の患者のように入院するの,今までの生活 をあきらめなさい。』と言われた。入院生活がいつまで続くか■■は無事に卒業 できるか今後の生活に不安を覚える事だったので,非常に●いと感じた ●時に 相談をしたが,苦笑いして,ごまかされたのも悲しかった。」(別表F.18)  「食事が少なく感じたので増やしてほしいと言ったら『ここは病院なんです よ。定食屋じゃないんですよ。』と言われた。患者にたいして,常に高あつ的な たいどだった 馬鹿にしたような,口のきき方だった。家ちくのようなあつかい ― 18― 第2節 精神科入院患者の人権状況 だった。」(別表F.79)  「看護士が,『ばか』『しね』『■■』などと,大きな声で食事の前に患者に向か って言っているのを聞いて,すごく嫌な気分になった。自分自身も精神的に食欲 がなくなった時,看護士に『■■なら食べられるかもしれない』と言ったら『こ こはホテルじゃない,そんなわがまま通るわけないでしょ』と言われました。ど うすれば何か食べられるか,絶食状態から元に戻れるか考えた末のことだったの で,大変きずつきました。」(別表F.120)  「閉さ病棟にいた■さんはとても大きな声をひんぱんに出す人だった。まだ若 いのだが,長い間入院生活をおくっているらしく,とても気のどくだとまわりの みんなも思っていた。だからみんながテレビをみていてその方が大きな声をだし たとしてもみんながまんしていた。しかしある日昼間■■のテレビ中継がはじま ったときその病棟のかんごしたち(かんご師長含む)がイスにすわってテレビを みていた時に■さんが大声でさけんだ。信じられないことに師長が激怒して, 『うるせー』と叫んだ。」(別表F.133)  「入院した直後,ベッドに寝ていて,幻覚のような夢と現実の間のような所に 意識があった。看護師が話しかけてきたが,上手く答えられなかったら,その女 性が『あー,パーになっちゃたか』と言った。その声も聞こえていて,とてもシ ョックを受けた。」(別表F.396)  「私自身に対して,ではなかったのですが,他の患者さんで,自分で身のまわ りの事ができない人が,毎日スタッフにどなられていて,そのスタッフのイライ ラが,周りの患者に対しても,出て,とてもツラい毎日だった。どなるスタッフ が夜勤の日がホントにツラくてたまらなかった。まだ電気も点いていない早朝か らどなっているので,その大きな声で起きてしまっていた。どなるスタッフが, 数名いたが,そのスタッフが休みの日はホッとした。」(別表F.484)  「■年■月■日の日記  転院して,『トイレに行きたい』って言ったら,『ダメ!』だと叫ばれた『オム ツしてますから,しちゃって下さい』だって。」(別表H.448)  「新人看護師の上から目線の物言い。それをかばう担当看護師(この担当は話 を聞くのを嫌がって逃げ回っており,私は院内で話を聞いてもらえませんでし た)。……役職についている看護師,年配者程,横柄な人が多く,医師の診断の ように物を言う人もいました。細々と書いてしまいましたが,精神的苦痛が強 く,未だに怒り等が止まなくなる時があります。普段,他人様に対してこんな態 度を取るでしょうか ?日常と,院内がかけ離れすぎ,医療と一般社会とのズレを 強く感じます。」(別表F.499) (3)3 暴力  暴力に関しては,プライバシー侵害や暴言が医療者によるエピソードが多かっ たのと比べると,「患者同士の喧嘩が怖い」といった患者同士の暴力を指摘する ものも医療者と同程度にみられた。  もっとも,詳細なエピソードとなると,医療者からの暴力が目立ち,患者同士 のけんかについては,詳細にまでは触れられていなかった(医療者からの暴力 ― 19― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 は,アンケート回答者が被害者となるが,患者同士の喧嘩については,アンケー ト回答者は傍観者という立場であり詳細を知らないということではないかと推察 される)。  「入院中,薬を看護師から貰った時,妄想で薬を上に投げてしまいました。す ると,看護師さんが僕のえり首をつかみ,柔道の技で,床に投げられ,心臓の上 に体重をのせてきました。私は息ができなくなり,死ぬかと思いました。……そ の看護師さんが怖くて仕方がなくなりました。」(別表F.268)  「最初に入院した,■■の病院で,そううつ病と判断され,入院させられこわ かったので,私があばれたら,看護師さんが頭をおさえつけてコンクリートに, 3回か4回かひたいをコンクリートに頭をおさえつけてガツンガツンされまし た。きょうふとショックでしばらく泣きました。」(別表H.112) (4)4 侮辱  精神障害に対するあからさまな差別発言・侮辱発言を明確に指摘したものはな く,ここでは人として扱われなかったエピソードを「侮辱」として分類してい る。  端的に,「人としての尊厳を奪われた」「人権を侵害された」「人間扱いされな かった」「人格否定された」というような,人として扱ってもらえなかったこと を指摘していた発言は多く,他の分類に入れたものの中にも同趣旨のコメントは 散見される。  侮辱に分類されたものの具体的エピソードは次のとおりである。  「看護士さんはやさしい方もいましたが,中には拘束中の食事の時にいつも他 の人の時は拘束を外して食事なのに拘束を外してもらえず,手の届かない所に食 事を置いて去ってしまったり,わざとだと分かる嫌がらせをしてニヤニヤする人 もいて,とても悲しかったです。」(別表F.119)  「看護士というより,看守みたいな人がいる。こちらが年下の看護師に敬語で 話しても,向こうはタメロなのが普通 患者を罵倒する看護師が多い。病院の利 益のため,生活保護,デイケア通いを安易に進める。医療保護入院の場合,病院 の利益のため,3か月の入院になる。病院なのに罰がある。(隔離室や入院を長 びかせる)どんなに良くなっても自分の意思で退院できない。そのため,スタッ フともめると『退院させない』と脅し文句を言われる。不満を言うと薬を盛られ ておとなしくさせられる。現実的に受けている被害についても,被害妄想にされ る。自分の本来の性格まで病気にされ,違う事を説明すると,病識がないと言わ れる。病院や看護師の非は絶対認めない。対等の存在とは思われない。具体的に も書きたかったのですが,ここには書き切れない程,エピソードがあります。」 (別表F.482)  「両親が面会に来た時のスタッフの態度が 180度違う。私自身1人の時は威圧 的態度で接しているが,親が来た時は大変ていねいに優しく接して看護師の2面 性が大変嫌であった。」(別表H.315) (5)5 性的被害  性的被害については,以下に挙げるように患者同士によるものが多かった。も ― 20― 第2節 精神科入院患者の人権状況 っとも,プライバシー侵害に分類した,入浴監視の異性スタッフの存在は,性的 被害の側面も持ち合わせている。  「入院中のねている間に入院患者に性的イタズラをされた,その人を見るとじ んましんが出るようになった。」(別表F.42)  「・精子入りのサラダを食べさせられました。・お風呂に入るとき頭を洗ってあ げると言われ断ったのに『……』と言われ,全裸を見られました。・夜,寝る 時,見回りの人が部屋に入ってきて,朝起きるとトイレに大便と虫の死骸が落ち ていました。・性行為をしている人を見ました。」(別表F.217)  「看護助手(男性)より『やってやりてぇ』などの性的嫌がらせを含む暴言を くり返し吐かれ,思いっきり病棟の看護師長(女性)に相談したところ,『…… 「したい」盛りでしょ。被害妄想だ。欲求不満なんだからそんな妄想……』と言 われて,事実をもみ消された。」(別表F.370)  「同じ病棟のある男性に度々せクハラを受け,ある時,私のお尻を触ったの で,……批難した。夕食の時に怒り心頭に発し,……やろうとしたら,女性の看 護師さんたちに制止された。自分や自分の娘が被害にあっていたなら,きつく注 意するであろうに,しょせん他人事なのかと納得がいかなかった。別の病棟に移 してほしかった。私は……言葉で抗議したが,うやむやにされた。」(別表G .372) (6)6 無視  呼んでも来てくれないというもの以外にも,「対話を求めているのに対応して くれない」というものについても,広く「無視」として分類した。  「トイレに行きたいと家族が伝えたが無視されもらしたら家族に文句を言われ た。」(別表@.125)  「1人部屋で,水もくれなくて,水せんトイレの水をのんでいた。さけんで も,相手にしてくれなかった。こうそくをされた。何回も,しつよう以上に,注 しゃをされた」(別表F.439)  「1回目は,1ヶ月半で最初にお尻に突然の注射で話し相手もなく,2回 目 も保護室で■日間,誰も話してくれず無視の状態で,トイレットペーパーも頼ん で使いさしのを1ケだけもらえた,監視カメラが付いている部屋だと途中で知 り,プライバシーも何もないことに怒りを覚えた。」(別表G.120)  「まず,話をきいてくれない。Dr,Ns,OT,PSW etc,最初のカンファレン スで,きちんと自分の症状を伝えたいし,話をきいての専門職なのに,話をきい てもらえない。治療するって入ったのに薬の変更もなく 2Weekいた。収入が少 ない精神障害者にとって,入院は大変なこと,それも身寄りがいなければなおさ らのこと。ゴミみたいにあつかわずに1人に人として接してほしいと思っていま す。あと治療が必要で入院したのに,全く治療してない,保証人がいないと退院 できないと言われ身よりのない私にはとてもしんどかった。」(別表H.202)  「暴れていると見える行動をしていても,入院するのにその説明をわかるよ  うにゆっくりと穏やかに診察してくれれば,聞く耳を持っていると思う。・今の 主治医になる前は,病名をつけられていたが,納得がいかずにいたので,いろい ― 21― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 ろと聞きたいと思い,その医者に質問すると,質問を書いてきた紙を取り上げら れて質問出来なくされてしまった。その1件があってから,その医者を医者を信 じることが出来ずにいた。」(別表H.214)  「薬を出すだけの担当医に何人も出会ってきたが,精神疾患は『人間のここ ろ』の傷の病であるので,無機質な薬,無機質な医師の診察では何一つ改善は見 込めない。医師と患者の適切な距離を保ちつつ,『人間対人間』の対話的な治療 の試みが必要であると,医療関係者も患者及び患者関係者も多方認識がなければ 病気からの回復は困難であると思う。」(別表H.215)  「実はつい最近まで,■か月近くの間,開放病棟にいた。やはりそこも,『慣れ あい』の関係性が根強くあり,任意入院で入った私には,まるで場ちがいのよう な気持ちがした。  また,毎朝の検温も,Nsが各病室に来るのではなく,逆に患者が詰所前まで 集合し,順番を争うように測る毎日。とりわけ,『きょうは調子どう?』の一言 もない日が多く,朝から消灯まで,一言もNsさんとコミュニケーションがとれ ない。とても孤独でつらかった。」(別表H.385) (7)7 面会・通信制限  外に出られないことや電話をかけられないことの辛さに加えて,「娘たちに会 えないつらさ」「子ども達に会えなかったのが辛かった」「小さい子供とはなれば なれになったこと」等,家族に会えなかった辛さを訴えるものや,親の葬儀に出 られなかったことを指摘するものが複数あった。  また,具体的なエピソードとしては,人権擁護機関への接触ができないことを 詳細に書いてあるものがいくつかあった。  「患者本人より家族の都合や意思が尊重され,本人の意向はあってないような もので,とても悲しく思います。退院してから制度に疑問に思う部分や,入院時 の説明や書類にはあったけれど,閉鎖病棟内に電話が置いてなかった事,人権団 体や弁護士に電話をしたいと言ってもNSにダメといわれたことなど,おかしな 部分が多くあったように思います。私は精神科でのできごとがトラウマになって おり,いまだに辛いです。私のような思いをする人が少しでも減ってほしいと願 っています。」(別表H.133)  「人権擁護の市の電話番号掲示や,『弁護士との電話は制限ありません』等,病 院から通知されても,そもそも,入院時の所持品チェックで,お金は病棟管理, 携帯 tel持込禁止……公衆電話が設置されていても,入院患者は,電話を実際に はかけられません。(フリーダイヤルなら大丈夫かも)  保護室から出してもらえないから,公衆電話の存在もわからない……。制度が あっても実際には,ほとんど機能しません。」(別表H.420) (8)8 身体拘束  身体拘束については,詳細にエピソードを書かれている方が多かった。個々の エピソードについては巻末資料1.W別表を参照していただきたい。総じて,身 体拘束は人間的な扱いではなかったことを訴え,身体拘束の体験がトラウマにな っており,治療そのものへの拒否感・恐怖感を払しょくできずにいることが明ら ― 22― 第2節 精神科入院患者の人権状況 かとなっている。  「両手足を拘束され,身動きがとれず,ナースコールもなかったため看護師を 呼ぶことすらできなかった。背中のかゆみにひたすら耐えた。拘束されることへ の,やりきれなさを感じた。」(別表B.74)  「身体拘束は大変な心のキズになりました。今でもトラウマになっています。 拘束終了後個室に移った時も食事の時間には食事を食べさせてもらえず辛かった です。」(別表F.87)  「入院するとは思っていなくて,拒否してなかなか病院に入ろうとせずに拒否 したり,入院の紙を破いたりしてしまった。それで暴れていると見られたのか病 院の医者と面談したときに嫌だと手を振り払ったら,左手を■に,右手を■に押 さえられ,7〜8人の男性の看護士らしき人達に囲まれ,足をバタつかせたら暴 れていると見られ入院施設の中に連れていかれた。そしてベットに寝たときはも う抵抗はしなかった。そのあと眠ってしまったが起きたときには着ていたものを 全部脱いでいて入院着のようなものを着ていて,拘束されていた。そしてトイレ に行けなので尿道に管を入れてオムツをはいた状態だった。それから6日間ほど 身体拘束されたままだった。その状態で家族(■■・■)と面会した。動けない のですごく嫌だったし,男性達に囲まれて連れて行かれたときは恐怖さえ感じお きあがることも出来ず情けなく絶望した。オムツをはかされている状態は屈辱さ れていると感じた。」(別表F.193)  「■回目の入院で,病棟に入ってまたとじこめられると思い,外に逃げた為, 保ゴ室に入れられ,内で大声を出し,あばれていた為なのか,はだかで全身を拘 束させられた。長期間ではなかった気はするが,目をさましたらはだかでベッド の上に四肢拘束されていた。何故こんなことになっているのか。自分自身でもわ からない。風呂に入れる為,はだかのまま連れていった記おくあり。はずかしさ のあまり,思い出すのもつらい。」(別表F.231) (9)9 保護室  保護室についても,身体拘束と同様に,人として扱われていないと感じたこと や,トラウマ化したことが多数指摘されていた。また,衛生面の劣悪さ(ゴキブ リが出る),トイレも含めて監視されていること(トイレの水を自由に流せない こと),水がもらえないことについて言及しているものもあった。  「変な表現ですみませんが,箱に入れられているような感じがした」(別表B .117)  「・保護室は動物の折の中みたいに,冷たい床に敷かれた布団と床に直接置か れた水の入ったコップがあるだけの部屋で『水が欲しい』といっても貰えない  家族が差し入れてくれた果物も与えてもらえず腐らせて家族に返される。とても 人間に対しての扱いではない屈辱的な環境 ・唯一,話を聞いてくれ,対応して くださる主治医に来てもらえるよう頼んでも週末から週明けまでの間は主治医に 連絡さえとってもらえない ・担当ワーカーの治療方針による個人の意思を無視 した一方的な指導『貴方のためだから言うとおりにやれ』家族への連絡用携帯電 話も没収され何処にも訴えることすらできない状態 ・意識がない状態で再入院 ― 23― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 し,■■の朝,保護室の中だと分かった時の恐怖と屈辱は今でもトラウマとな り,『もう二度と入院はしたくない!!』と思っております。」(別表F.142)  「独房で,トイレまで監視され,その割に排泄物は流さず,食事も,独房の下 の方に開いた小窓から差し出されるというブタ以下の扱いを受けました。」(別表 F.192)  「隔離室に入った時の体験として,のどが乾いた時でも,全く話しを聞き入れ てもらえず尿を飲んでしまった事。又,便の処理もしてもらえず何時間も居た事 など今でも時々思い出して辛くなる事がある。とくに,のどが乾いても,水を飲 ませてもらえなかった時,自分の『タン』を出して,また,飲み込んでを繰り返 した体験はとても辛く,苦しくて,今でも,のどが乾くと,隔離室の時を思い出 して,しんどくなる。」(別表F.283)  「保護室はひどいものだった,排せつ物は何回呼んでも,なかなか始末してく れなかった。二度と入院したくないと思った。この病院へ入院させた家族を恨ん でいる,土下座させてやる。」(別表H.191)  「入院時はかなり困乱していたが,人間に対してする事なのか,考えてしまい ます。閉じこめられて自由に動けない経験は,ペットショップの動物などを見る と時折フラッシュバックします。一度病院の通路を通ることがあり(裏側です), 保護室の拘束されている人の監視カメラのライブを見かけました。とても恐ろし かったです。入院時,私は自分のことを説明できる状態ではなかったですが,入 院させるために身内が嘘を言ったと後で聞かせられました。(自殺しようとした と言ったそうです。)身内にとって私が都合の悪い存在になったら,また入院さ せたれるのではないかと怖くなる時があります。」(別表H.228)  「今でも朝起きる時に,目を開ける時,虚ろな意識の中で,『今,目を開けた ら,保護室ではないか』と絶望が襲ったり,目を開けたら,手足が縛られて,身 動がとれないのではないかと,不安がおしよせたりします。ある意味,力づくの 精神医療は,トラウマになっています。一方で,死にたい気持ちがあった私に, 心をよせて下さって,親身に話を聞いてくださったり,心を鬼にして,危ない状 鏡から遠ざけて下さったり,認知行動療法などエビデンスのある,療法を通じて 私の状態を改善して下さった看護師さん,お医者さんがいたのも,精神医療の現 場です。エビデンスのある療法,そして,患者も同等の人間として受けとめてく れる,対話のある血の通った医療が今後なされていくといいと思います。」(別表 H.324) (10)10 入院の長期化  短期入院だと言われて入院したのに長期化したと指摘するものや,家族の許可 が出ないことや,身元保証人がいないと退院できないことを指摘するものがいく つかあった。また,入院の長期化が怖いので,言いたいことが言えなかったとい う指摘もあった。  「自分の年が■になっていて,仕事もなく,つらくて,かなしかった。時々に 自殺を考えるように今は,なっている」(別表F.103)  「入院が長期化してくると,自分が何故ここにいるのか,社会との隔絶感を痛 ― 24― 第2節 精神科入院患者の人権状況 切に感じ,以前のように戻れるのか不安になってくる。」(別表F.105)  「■の許可がないから退院できなかった。■年■ヶ月入院してた。」(別表F .214)  「入院中に離婚の話をしていたが,当事は元■が金銭管理をしており,キーパ ーソンとなっていた為,主治医や担当 MSWは■の話しか聞いてくれず,入院が 長引き,結局お金も使いこまれていた。」(別表F.323)  「■年■月■日 受診し,入院  ■年■月■日 現在入院中(保護室・かぎ付き)  あまりにも長いので心も体も弱ってしまわないかと心配である。」(別表F .356)  「■代から■代にかけての長期入院で周囲も入院が 10年以上続いている方が沢 山いて,自分が退院出来るのか,生きてきちんと若いうちに出られるのか分から ず,退院したいという意思や入院が続く理由の説明を求めたら『焦っていて体調 が悪い』とみなされるおそれがあり言えませんでした。」(別表F.487)  「インホームドコンセントがまったくかった。毎日,退院したいという思いで 最長■年間まちつづけた。つらかった。」(別表H.237)  「入院するにしても,何か明らかな目的を持った入院ならば,つらさも半減す ると思います。」(別表H.321) (11)11 外出制限  外出・外泊ができないことの辛さに加え,閉塞感・拘束感を訴えるものが複  数あった。  「出入り口の二重扉で施錠されて片方の錠しか開けてもらえず拘束感が強い。 窓も硬化ガラスで開けることができない。」(別表F.434)  「外出や外泊で病院に帰ってくると,異空間(閉ざされた空間)に戻ってしま ったというような寂しい感じを毎回,感じました」(別表H.180)  「入院中に■■が亡くなり,通夜等に参加したいと訴えたが認められず,自殺 企図をし,保護室に1週間入れられた」(別表F.213)  「入院中,■■の出産に立ち会えず,何とかして産婦人科まで行こうとした。 結果一晩身体拘束をされた」(別表F.264) (12)12 電気ショック  悲しい等の体験,納得できない体験として端的に電気ショックを指摘するもの が多く,具体的に電気ショックを受けた際のエピソードを述べたものはなかっ た。説明なく電気ショックを受けたことや,記憶が失われた,ないし保持できな いことを指摘するものがあった。  「何かあれば薬で押さえつけ,知らぬ間に電気ショックをされた」(別表F .324)  「でんきショックりょうほうで入院にいたるまでのきおくが1年ぐらいけされ てつまりり思いだせなくなっていることがつらかった。」(別表F.406)  「入院中,問題を起こして電気ショックを受けた。問題を起こしたからしかた ないと思うが,電気ショックはきつかった。」(別表H.91) ― 25― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 (13)13 不妊手術  不妊手術を体験したと回答した方2名からのエピソードの記載はなかったが, 中絶手術に関するエピソードがあった。  「妊娠中に入院になった。親の同意のもとかわからないけど中絶手術を受け た。自分は同意したつもりはなかった。」(別表F.159) (14)14 薬の副作用  薬の副作用に関しては,症状そのものの辛さに加えて,医師とコミュニケーシ ョンが取れないこと,インフォームド・コンセントの不足を多くの方が指摘して いた。  「■回目の入院時に,最初の入院時処方が自分には大量処方に思われ(薬の具 体的説明は無い),飲むのを拒否したが,押しきられて,服用。薬の副作用で, 排尿困難になり薬でもダメで注射して排尿,それがつらかった。結局,大量処方 が見直されて,この副作用は無くなった。精神科でもしっかりしたインフォーム ドコンセントが実施される事を望みます。」(別表F.92)  「おとなしくしているにもかかわらず,主治医から何の説明もなく薬をものす ごく増やされた,その時はどうもなかったが,退院してから減薬するのに苦労し て今だに元にもどっていない。」(別表F.130)  「入院していた病院で,薬の副作用が出ても薬を変更したり減らしたりしても らえず,量がふえていき,処遇も悪くなっていき,不満でした。入院中にセカン ドオピニオンが決まり,セカンドオピニオン先では『血液検査の結果,異状が出 ているのでくすりを減らすように』と『状態がおちついているので入院の必要が ない』と言われ,本当に必要な医療だったのか疑問。」(別表G.88)  「薬の副作用で余計に身体が動かなくなり,むくみもあったことが心配で,ド クターに何度も訴えたが受けとめてもらうことができなかった。」(別表G.239) 4 アンケートの自由記載欄からの紹介(28個の分析項目の具体例)  28項目から特徴的な記載を以下にいくつかピックアップする。なお,字数の関 係から記載の一部を抜き出しているものがある。 (1)1 強制入院,強制医療によって自己決定が奪われた  入院意思や治療意思の確認がないまま,強制入院・強制医療となったという声 が多く記載されていた。  「病院へ行くなりいきなり入院になった。」(別表F.13)  「診察室に入ったら,車椅子に乗せられ,病棟まで,運ばれ,ドア,錠を閉め られ囲まれて無理やり,入院の同意書にサインをさせられた。」(別表F.107)  「熱中症の症状で救急車を呼んで,一般の病院に運ばれたか精神科の受信歴が あるので,精神科に運ばれ,任意入院のサインを強制させられ,尻に注射,保護 室へ,その後勝手に医療保護入院に切り替えられ,保護室で何も持ちこむことが できず通信の自由も許されず,突然の隔離で外部への連絡も許されずに仕事も信 用も友人もすべて失なった。」(別表F.313)  「6〜7人の看護師さんに両うでを抱えられ,無理矢理保護室に運ばれ,皆の 前で下着をぬがされおしりに注射を打たれた。突然のことで恐怖を感じた。」(別 ― 26― 第2節 精神科入院患者の人権状況 表F.170)  「急に役所の人などが来て,とにかく病院に行くぞと言われつれて行かれた。 自分の意志がなかった。家に帰りたいと言ったけれど,無理やり入院させられ た。これは,現実ではないと思うくらいに,こわくつらかった。」(別表G.275)  また,病院での生活を収容所に例える記載も複数あった。  「強制収容所と言う様なものは,自分自身を自分自身で無くしてしまうので, 辛抱強さと粘りが要るなあと思った。今,生きていてよかったなあと思う事もあ る。人とは違う経験として,それをこれから役立てたい。全ての人に平等の権利 を与えて下さい。」(別表H.50)  「医療ではなかった思っています。収容所のような場所でした。人間が人間を 閉じこめることができるという世の中はこわい」(別表H.411) (2)2 長期入院により影響を受けた  長期入院によって社会と隔絶されたことで深い傷を負ったという記載があっ た。  「多分,当事,社会と隔絶する為に入院という治療方針だったと思う。偏見も ひどかったし,入院していた人たちも隔離されたりしてた。入院していると,不 当な扱いもあたり前になってしまう。社会と隔絶されるということは,治療目的 の社会からのストレスを軽減させたかもしれないけど(私はそう思えないけど) 偏見や新しい常識とか,病院でしか通じない常識とかまんえいしてた。一時的入 院,最低限の入院は必要かもしれないけど,長期にわたっては必要ないと思う。」 (別表H.287)  入院時に伝えられていた入院期間より長期に入院させられたことを訴えるもの も複数あった。  「決められた期間(Dr.からの説明)よりも長く入院させられた」(別表G .273)  「任意入院で3ヶ月と Drに云われたけど1年以上退院させてもらえなかった」 (別表G−304) (3)3 医師の説明不足【インフォームド・コンセント】  治療内容や,処方されている薬についての説明(効能はもちろん副作用につい て)がないという訴えが複数あった。  「具体的な説明が無いまま,入院していた。薬も何を何のために飲んでいるの か全く説明が無かった。退院時のサポート等も無く,不安しかなかった。」(別表 F.309)  「具体的な説明なしの,症状に合わない薬の使用。(『風邪薬です』といって抗 うつ剤を出すといったような)(別表F.450)  「治療内容(薬の内容や何のための投薬なのか,など)を可能な限り患者に伝 えてほしい。治療の内容に納得できない場合,患者と話し合ったり患者の意見に 耳を傾けてほしい」(別表H.17)  医師に退院の希望を口にすることさえ,退院ができなくなることを懸念してで きなかったという意見もあった。 ― 27― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  「長期化の理由を尋ねたり,退院の希望を口に出せなかった点です。口に出せ ば警戒されて自由度が下がり退院が伸びると誰もが思っていた空気があったの で,詳しい説明や伝えやすい空気感は欲しかったです。年配で長期化し,生活能 力がなくなっている患者さんの事を何とか対処してあげて欲しかったと思いま す。心理検査の結果を聞いてもはぐらかされた点も,患者としてはきちんと知り たかったです。」(別表G.370) (4)4 閉鎖病棟,隔離室による自由が奪われた  閉鎖病棟での,自由のない生活状況でつらい思いをしたことを訴える意見が複 数あった。  「閉鎖病棟で散歩にも行けず,院内も買店すら自由に行けず,日光にも当たれ ない,運動不足になる,廊下を繰り返し歩くしかない,どこにも行けないのに, タバコの本数も制限される。つらく,くやしい想いをした。開放病棟の時も,外 出・散歩禁止と言われたこともあった。閉じ込っているとうつが余計にひどくな る。病棟内でトラブルがあった時に逃げ場所がない。一人になりたくても,なれ ない。ぼんやりと過ごせない」(別表F.129)  「長期間の隔離,水も十分に与えられず何も持ちこめなく,セカンドオピニオ ンインフォームドコンセプトも認めず,通信の自由もなく,外出も認めず,薬漬 け,暴言,おどし,退院の見込みも話さない。いじめ。」(別表G.233)  「保護室からなかなか出してもらえなかったし,出られないようにすぐ入り口 を閉めたり,トイレを流すのさえ自分でやらせてもらえなかった。」(別表G .297) (5)5 精神障害,精神疾患による差別,偏見を感じた  精神障害に対する医療者からの偏見を感じたという意見も多く記載されてい た。  「患者として,一人の人間としてのケアが基本的になかった。」(別表G.182)  「入院している私を『人』である前に患者として見ている」(別表G.27)  「内科と同じ取り扱いにして欲しい。精神科は特別に違う病気のような関わり をされてしまう。」(別表H.282)  「私が入院体験があるのは今から■十年以上も前のことで,私の病気は当時精 神分裂症を言われ,医学的にも原因不明,不治の病とされていて,当時医療の側 にも,精神的な病に対する一生直らない病気として偏見が強くありました。当時 の治療は,閉鎖病棟の中へ患者を閉じ込め,強いクスリによって精神を鈍麻す る,それしか医学的な治療はなかったです。私は■歳から■歳までの間に■年間 ■回の入院体験がありますが,閉鎖病棟に入院中に看護側から,人格を認められ ない,真面な人間でないとして招かれてそれがトラウマとなり,それから復活す るまで歳月を必要としました。」(別表F.164)  「精神を患っているからと意見や苦情を無視するのはどうかと思う。この様な 機関は閉鎖的で不都合な事を隠す風習がある気がする。医師よりも看護士等の身 近な職員が環境を悪くしている気がした。」(別表H.453) (6)6 精神科病院,入院による差別,偏見を感じた ― 28― 第2節 精神科入院患者の人権状況  「人生終わったなと(通院,入院)した時に思った。・一生レッテル(負の)は られた。もうにげられない一生ついてまわる。・本人だけでなく家族も巻き込む 家族もへんけんの目でみられる。」(別表F.331)  「精神医療についてネガティブなイメージや経験が自分だけのものではないと 気づいた時,非常におどろきました。そして,その問題が長い期間言われていた のに改善のきざしずらないことに,暗澹たる気持ちりになります。当事者が真に 受けててよかったと思えるような医療に期待したいが,あきらめています」(別 表H.19) (7)7 家族の無理解  家族主導の入院により,本人が大きなトラウマや家族への不信感を持つように なったという記載が複数あった。  「10人ほどの知人友人を集めて無りやり私を精神病院につれていった。■■が ■にオーバーな話しを相談し■は精神医に相談し・こんなひどいことはない。そ れを口じゃまっとうそうなことを言っていた連中がやったのだから・私は■■や ■を今も信じられない・私を精神患者あつかいにすれば彼等には解決するのだろ うが私には一生納得出来な」(別表F.325)  「家族にだまされて本人は入院したくないのに無理やりで注射されていこうし て気が狂いそうでした。」(別表G .5)  「入院して■年後,主治医は外泊や退院を即したが,■■は外泊や退院を拒 否。以て■年半目に自身で就職先を決め,病院より身の廻り品を持って,就職先 の寮へ入った。この様な退院の仕方を以て出たのは,小生,只一人だど!!」 (別表G.78)  「医師,看護師さんはとても良くしてくれました。■■が1人ぐらしとなり自 由が良いため,私の事は退院できる時がきても引き取らず,おこずかいも少な く,面会も入院して退院までに■回しか来なかった。子供は■人いたが成人して おり,仕事のためアパートぐらしだった。」(別表G.371) (8)8 病院職員による退院支援が不十分  「まだおちついてないからと退院させてくれなかったり大家さんと話し合いが 必要と退院できなかった 逆に他の人の物をとったとすぐに出て行かされたこと もある」(別表G.163)  「私は退院出来たので,ある意味良い経験になりましたが訳も分からず出られ ないのは苦しく,自分が出られても残された人達が気にかかります。患者側に言 語化能力が無く理解力が無い様に見えても,症状が酷く出た状態でも意外と中身 はものすごく周りを見て理解しています。なのでもっと説明がいただきたいで す。拘束は急場の安全を保障する為,退院出来ないのはまだその力が無いから, 等一見説明は受けていますが,あまりに長期だと根拠が全く分からないので,あ らゆる対処にもっと詳しい説明が欲しいです。検査をする理由と結果も,患者が 求めた時は教えていただきたいです,長期の入院で意欲を失わないように生活す るのは大変厳しいので,病院ごとの差(入ったら出られない,入院は長くても1 年)をなくし,もしまだ入院が続いている年配の方がいらっしゃれば,何かの形 ― 29― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 で地域に戻してあげて欲しいです。」(別表H.521) (9)9 地域資源(医療サービスが不十分)  「薬を出すことで安心している様子,それ以外の社会参加や家族関係への相談 など医療以外の社会資源(ヒト,モノ,情報資産)の充実がないと精神科医療, 薬局関係者のための生活手段ベースのための制度になっている。・厚労省の不作 為を強く感じています」(別表H.40) (10)10 福祉サービスが不十分  「社会的入院と長期入院をどうにかできないのでしょうか。入院治療を受ける 必要のない人が『生活』のために入院していることが,精神障害の『治療』をふ くざつにしています。」(別表H.377) (11)11 住居確保サービスが不十分  「医療監察法上のプログラムで,一番長くかかるものを,自分だけ二度もやら されて入院がのびた。・入院した時点で,■,■年かけて退院させると言われ た。・グループホームの空き待ちだけに■年以上かかった。■年以上待つ事が分 かった時点で,グループホームの変更又はアパートでの一人暮らしを希望した が,認められなかった」(別表G.363) (12)12 所得保障(障害年金や生活保護等)が不十分  「精神科というデリケートな診療科なのに,生活保護だとセカンドオピニオン もうけられないのはおかしいと思う。」(別表H.134)  「うつ病の原因は,人生の転機にある。その中に,仕事も含まれる。仕事上の 多忙も一つである。タイムカードの改竄も●くから行なわれてきた。タイムカー ドの保存が3年間であろうと,労働者は証明できない。原因である労働時間の実 態調査と,精神障害者がもらう,年金の積み増しを,お願いする。」(別表H .410) (13)13 雇用サービスが不十分  「会社で働いていたのに,1回の入院ですむと思って,社会複きをしていたの に,何度も入院させられる事は,変に感じた。薬がなかったら,もっと長く働け たのに。仕事をやめさせられてしまった。ボランティアとデイケアで生活するし かなかった。」(別表G.336) (14)14 地域の相談・支援等の体制(行政,警察を含む。)が不十分  「施設収容型の入院は一日も早く転院されるべきだ オープンダイアローグ的 活源を確立し 地域移行を強くして,地域の中で活源するアクトリーチのシステ ムを確立すべき そのために一番かわらなければならないのは入院施設をもつ病 院だ。そこが地域医療のキーステーションとなり要となって新しい地域移行の拠 点となる新しい精神医療システムを構築すべき」(別表H.71) (15)16 入院中の方の立場に立った代弁者の不存在又は不十分  「本人の病状によっては,Dr,の話が理解できなくて当然だと思うので,代理 人を立てる権利を与えてほしかった。」(別表H.26)  「精神医療はまだ理かいが無くかんじゃは弱い。立場で有り医者のかってなは んだんと不当なあつかいが当前と言う患者は一方的に弱い立場に有ると思いま ― 30― 第2節 精神科入院患者の人権状況 す。」(別表H.409) (16)18 病院職員による虐待,イジメ,暴力,非人道的な扱い  「任意入院を翌日に控えていた夜に,絶望を越える程に辛い状態になり,自ら 『入院は明日だ』とがまんしたが,たえられず……仕方なく泣きながら入院予定 だった病院へ自分で急救車を呼んで行った。呼吸も出来ず,パニック状態で病院 へ到着すると,■■精神科医に『何故……わざわざ急救車まで使って来たのか理 解できない,説明しろ』と求められた。このことで自分は判断を誤り,多方面に 迷惑をかけた。病院へ助けを求めることは間違っていたのだと絶望以上に奈落へ 落され,その後入院中に食事も会話も,体を動かすこともできなくなる程にその 医師に追いつめられた。医者に殺されると感じた。」(別表F.194)  「自分でトイレに行けるのに最初はおむつをつけられました。保護室を出た後 は個室にかぎをかけられ,おまるにトイレをするようにさせられました。看護士 やほじょスタッフにトイレ(おまる)を変えてほしいと頼んでもほとんど無視さ れました。悪しゅうがひどかったです。看護士とほじょスタッフに就労関係の者 なので,今までどうして入院にいたったかと聞かれ,私がまじめに答えると看護 士とほじょスタッフが手をたたいて笑い合っていました。」(別表F.386)  「精神病棟だったので,何を言っても妄想扱いされたり,患者という弱い立場 なので,看護師に歯向かえない点。歯向かえば,最悪。保護室行きで拘束される ので,看護師の顔色をうかがわなければならない。又,患者の問でも,上下関係 のようなものがあり,いじめも存在する。しかし,それについては看護師は気づ かないというありさま。それを医者に訴えても,また妄想扱いされる。四面楚歌 状態。」(別表G.302) (17)20 病院職員のサービスの質が低い  「昔の精神医療なので,看護師の質が悪かった。患者さんに対して上から見下 して発言する様なスタッフが多かった。」(別表F.299)  「入浴など,些細なことで看護師に怒鳴られた。入院中に主治医の診察がめっ たになく,いつ退院出来るのか見当がつかなかった。」(別表G.115) (18)21 病院施設の設備,機器(清潔感を含む。)が不十分  「病院内で洗たくする場所がなく,外出して自身でコインランドリーなどを利 用しないと洗たくできなかったので,誰かがつきそわないと洗たくしに行けない ことがつらかった。……1ヶ月間近く,カバンで持って行った。3着ほでの服を 洗たくすることもできずに着ることになりました。」(別表F.390)  「個室がない。運動施設がない。全員入院者はトイレ用のビニールサンダルを はかされていた。ナースの中には名札をつけていない者がいた。私物をなくすこ とが多く,しっかり管理できるような環境ではなかった。(洗たくものを共同の もの干しに干すと,なくなる etc)病名の告知もなかった。退院プランがなく, リハビリに何があるのかや家族会の存在なども知らされていなかった。作業とし て菓子箱を折った工賃は現金でもらえずに,お菓子として誕生月のパーティー代 に使われてしまった。」(別表G.28)  「食事について 質素な献立てが多く,朝は,おかゆかご飲,ふりかけに,少 ― 31― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 しばかりの漬物 ?のようなと,具無しのみそ汁。昼は,スタンダードの献立てで したが,ハンバーグや,フライ,等。夏は■■(量が多すぎて(盛り付けが乱 雑)その後のデザートに■■が出ましたが,ほおばっても食べにくい大きさにカ ットしている■■でした。)夜も同様の質。もう少し食事に気を配っていただき たい。」(別表H.556) (19)22 病院内のルールが不合理  「閉鎖病棟ではコップを持つのが禁止で,水分摂取に制限があり,1日3食に お茶,1杯と3時にお茶1杯だけで,入院患者さんは,のどが乾いたのどが乾い たと言っていた。・トイレがこわれていて,ポータブルトイレで対応していた が,ひどい匂いがした。・開放病棟で,1日お通じが出ないと,液体の下剤を多 量に飲ませるので,おなかが下っている人が多くいて,ひどい匂いがした。」(別 表F.413)  「閉鎖病棟でのルールがきびしすぎたこと。食事やおやつの時間が決まってい て,好きな時間に自由に食べられなかったこと。」(別表G.144)  「あげるときりがありませんが,薬をならんで,口の中にいれて飲むことが続 いていること」(別表G.271)  「ある低度,規制をしたり規則を決めるのも分かるが,皆人は,だれでも,同 じというわけでなく,それぞれ違うことを病院側も分かった上での規則でない と,いけないと思う。それから同じ病棟にいる,病人を差別してないこと。」(別 表H.560) (20)23 他の入院者とのトラブル  「男女一緒の病棟になって,男性があばれているのを見てこわくなった。」(別 表F.207)  「しょっちゅう物をとられた,(他の入院患者)・処遇の悪さ,・看護師,医師の 態度」(別表G.82)  「開放病棟に入院していたのですが,入院中のストレス(人間関係,叫び声, 泣き声など)が辛く,(虐待による PTSDでフラッシュバックがおき,とても辛 いのです)退院したいと言っても,明確な理由を主治医,ナースさんが提示せず に,駄目と言って入院させたこと。」(別表G.219) (21)24 精神疾患,精神障害の症状  「入院しても症状がまったく良くならなかったこと。」(別表G.332)  「患者に合った入院生活・体制が必要。」(別表H.467) (22)25 孤独感  「集団生活になじめず,3ヶ月の入院でいつも孤独であった。周囲すべてが敵 のように思え,背後で肉親がもしいなかったら一生入院しなければならない恐れ を感じていた。その中で,外部との通信こそが息抜きであった。」(別表F.127)  「つまらなくて,日にちだけが遅く感じた。人としゃべることができなくて, 一人で過ごしていた。」(別表F.304)  「こどくをかんじた  ほごしつにはいるのにあたっては先生からせつめいをうけて ― 32― 第2節 精神科入院患者の人権状況  ほかのかんじゃといっしょのへやではむずかしいということで   なっとくしてはいっはいたが」(別表F.364) (23)28 肯定的な意見,コメント  「実は,初めは,精神科に入院したら,もう,私の人生はおしまいだとまで思 いつめました。しかし,今ふり返ると,現在はひとり暮らしで作業所に通えるよ うになるまでになれたのも,厳しくまたやさしかった入院生活があったからだ と,年月がたっても思い続けております。たしかに入院の場合,きちんとルール を守らないと大勢でやっていけないのでそういう意味ではつらい,悲しいと感じ たりもしたのですが,主治医の判断でもし入院を勧められたりしたら,社会へ回 復して戻るために入院することを考えた方がよいと思います。」(別表F.468)  「入院までの経過はよく覚えていません。対応してもらった主治医は1人を除 いて真剣に向き会っていただいたことを感謝しています。入院することは自分に とって,休息にもなっていることをわかっていましたので,悪かったとは思いま せん。むしろ状態の悪い時に助けてもらったと今では思います。」(別表H.131)  「医師として提供できる医療をいつくかあげ選択させてもらえた 5分診療が 多い中 いつも患者の話にじっくり耳を傾けてくれるので 当たり前ではないと 感じる 本来は当たり前であってほしいですが。」(別表H.195)  「入院していた時は本当につらかったですが退院後にケアしてくれている方や 職業訓練でおせわになっている職員さんには今の自分にまで回復させていただけ たので心から感謝しています。過去つらかった経験もあまり思い出す事はなくか りました,ありがとうございます(自分をふくめて精神障害者は見た目がきょど うふしんですがとてもこわい精神状態で人と接しているのだからもっと理解して ほしいと思います。障害者同士理解し合って悩みを乗りこえる事が多いと思いま す でも医りょうにたずさわってくれている方にも力になってほしいと願ってい ます。)」(別表H.475) 5 インタビュー結果からの紹介(1)インタビューにおいては,「閉鎖病棟,隔離室による自由が奪われた」ことを 悲しい体験として述べる方が最も多かった。インタビューならではの生々しい体 験が語られた。 @ 年配の方からは 30年以上前の保護室の様子として,「古いタイプの全面コンクリー作りで,窓もなにもない部屋。むき出しの便器と布団だけがおいてあった。明かりは天井に電球ひとつしかないところ」(別表I.17)「入院するとき は,意識がない状態で,気付くと病院にいて,拘束されている。(,) お腹に束帯ま かれている。とってくれるようお願いしても,なかなか取ってくれず1ヶ月く らい続く。その間,食事,入浴,排泄の時以外ずっと。最初は,食事を配ると きにも声かけがあるが,何度も入院していると配膳も黙ってになってきて,何 がされるのか,何が進んでいるのか分からない。ここから一生出られないので はないかという恐怖感がある」(別表I.69)「トイレを流す時間が決まってい て,すぐに流してもらえず,臭いがきつかった(,) 」(別表I.78),「保護室内は毛 布が1枚置かれていたのみで,トイレは水で流せず,手も洗えませんでした。 ― 33― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 壁はコンクリートでした」(別表I.82)。「喉が渇いたら,そのたびに看護師を 呼ばないといけないが,呼んでも来ない,お茶がほしいと言ったら,紙コップ を持って来られ,トイレの中にあるタンクの水を汲んで飲めと言われた」(別 表I.92)など悲惨な状況が語られた。保護室の状況を牢屋,刑務所,独房, 収容所などと語る人も少なくなかった(別表I.34,62,79,92,134) A そのような保護室(隔離室)に入るについても,「入院の時は親に食事に行 こうと誘われてついて行ったら,病院に連れて行かれた。入院に抵抗したの で,押さえ込まれてそのまま保護室に入れられた」(別表I.17)「看護師に 取り囲まれて病棟に連れて行かれました,話も聞いてもらえずに囲ま(,) れて…… すぐに病室に連れて行かれました。閉鎖病棟でした」(別表I.44),「定期通 院のつもりで病院に行ったのに,■が入院させるように頼んでいたようで,眠 剤を打たれたのか,気がついたら病棟のベドの上だった,尿の袋をつけられた り,太い血管注射を■日間撃たれたりした」(別表I.72),など,本人の意思 を度外視し,不意打ちのように閉鎖病棟に入院させられたという回答が見られ た。 B 保護室を出ても,「部屋も 20畳ぐらいの中で雑魚寝で。いろいろな人がい た。陰部を出して喜んでいる人もいれば,きっちりした人まで。いろいろな人 がそこに押し込まれた。(50年まえ(S ■))待遇等が不満で,看護師などに 屁理屈をいうと,身体を抑えられ,抵抗すると,暴れているとみなされ,抑え 込まれた(別表I.49)。「(昭和 40年代)開放病棟は畳部屋の大部屋に 10人 くらいで雑魚寝で,閉鎖病棟も畳に6人くらいで雑魚寝でした。閉鎖病棟のト イレは扉の下がなく,鍵もかからない状態でした。病院の中は汚かったです。 古古米など飼料用のもので飯を炊いていました。米が黒っぽかったです。がち がちで固かったです。味噌でも醤油でも最低のものだったと,厨房で働いてい た人に後で聞きました。特に朝食と夕飯が酷かったです。閉鎖病棟のときは, 風呂が週2回で,お湯は深さは 30cmくらしかなく,垢でドロドロでした」 (別表I.103)。「病棟から出られるのはお風呂の時だけ。お風呂の時は,縄・ ロープのようなもので,4〜5人,腰のところにロープを巻いて,次の人に繋 いで,と繋がれてお風呂まで移動していました。お風呂場までの移動だけじゃ なくて,脱衣後もロープはついたままでした」(別表I.44)。「病棟の廊下に ベットが置かれ,そこに胴体と手と足をそれぞれくくられて身動きができない ようにされ,オムツをはかされて,そこで一週間ほど置かれた。廊下なので, 看護師や他の患者も通るところに晒し者のようにされている」(別表I.80)。  以上のように,身体拘束の状況も,単なる拘束に留まらず,「人間扱いされ ていない」「動物のような扱い」と比喩される状況だった。 C そして,それは決して過去のことではない。  「保護室は地獄だった。時計もカレンダーもない,窓もないし,裸電球はあ るが電気はついていない,真っ暗だった。朝なのか夜なのかも分からない,歯 磨きも1回もできなかったしお風呂も一度も入れなかった,小窓からおにぎり 2つ入れられるのでそれを食べていた。食べると薬とコップに入った水が入れ ― 34― 第2節 精神科入院患者の人権状況 られてくる。暗くて,何の薬かも分からない,ただ生きているだけ,餌と薬を 与えられていると思った。」(平成 18年のこと,別表I.86)。設備はよくなっ たところもある。しかし,「PICUという急性期の患者のための集中治療室に 入れられました。保護室のようなところ綺麗ですが,プライバシーも何もない 閉じ込めです。部屋の壁の一面が透明で便器を含め,通路から中が丸見えでし た。トイレットペーパの補充が遅れた時もあり,そばにあった靴下で拭かざる を得なかったこともありました」(別表I.71)。「保護室に入れられたことがあ る(約■日間)。『そう状態やから』とのこと。隔離室はきれいではあったが,トイレの水も流せない。薬の大量投与,副作用で体を動かすことが困難に(トイレットペーパーを拭くこともできない)」(別表I.39)。 常に職員の監視下におかれることについては,トイレや着替え,入浴等にもプライバシーがなく,女性の患者に対しても男性看護師・職員が対応して苦痛であったとの供述が複数見られた。外部との連絡も携帯は取り上げられ,公衆電話も許可が必要であったりした。 (2)次に多かったのは,病院職員による虐待,イジメ,非人道的な扱いであった。 @ 「看護師は『おまえ』『おい,首絞め』『お前が退院できたら坊主になって やる』などと暴言を吐い(,) ただけでなく,本(,) 人にあだ名をつけた。」(別表I .10)「少しでも『外出したい』といった希望を言うと,看護師から『退院長引くぞ(,) 』とか,『保護室に入れられるぞ』とか『長期入院の病棟に行くか』と 言われる」(別表I.133)「閉鎖病棟で自由がなかった,全てにわたって,自分で選び決めることが許され(,) なかった。指示され,命ぜられ,決まりのとおり にさせられた。抵抗したら保護室に入れられ,謝ったらだされた。」(別表I .17)「看護師が食事のことを『えさ』と言っているのを耳にしたことがあ る」(別(,) 表I.36),「医師や看護師による暴言(共用スペースを歩いていると) 『部屋に引きこもれ』『周りの邪魔』『歯磨き長い』『このくそアマ』など」(別 表I.61),「薬によってインポテンツになりました。看護室でそのことを訴え ると『あんたたちにそんなもの必要なんですか』と3回ほど言われた」(別表 I.103),「一か月間,毎日怒鳴って怒られ続けて,ストレスあった。」(別表I .112)。 A 患者に対する非人間的な扱いとして印象的だったのは「用事があって呼んで も来ない」「看護師さんや先生の態度が人間として扱ってもらっていない(例 えば,保護室に入ってベルを鳴らしても対応してもらえない)」(別表I .137),ひいてはナースコールがないという訴えだった。ある患者さんは「整 形外科では用事があるときに,自分から看護師を呼びに行ったら,ナースコー ルを押すよう言われた。精神科にはナースコールはなかった。看護師のほうか ら来てくれるというので驚いた」(別表I.135)。「ナースコールはないので, 何かお願いしたい場合,叫んで頼むしかない。−おむつは当てられず,しか し,トイレに行かせてもらえないことが続き,何度か,もらさざるを得なかっ た(その時,看護師から『仕事増やした!』と文句を言われた。」(別表I .136)と述べている。 ― 35― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 B そのような扱いを受けた時の心情も吐露された。  「寂しさもあって,未来に展望が持てない感じになった……閉鎖病棟では, 外出制限と通信制限,道具も何も持ち込めないので,日中なにしていいかわか らないという状況になっていた。……ナースステーションには鍵がかかってい るが,早足で,看護師にナースステーションに駆け込まれて鍵をかけられた時 には,こわいんだろうなというふうに思ったし,厄介に思われているんだろう なと受け止めていて,辛かった。正気ではない場合もあるのだろうと理屈では 理解していても,感情はそうは行かない。詳しいことは覚えていないが,人間 としての尊厳を損なわれていると感じるのも事実。患者はすり減っている状態 であるので,自己肯定感がなくなり,より絶望を感じやすい。」(別表I .124)。「保護室にいると,みじめで,社会から切り離された気分で,孤独で, 悔しい気持ちになる。保護室は,人から自尊心を奪うものだ。自分が社会から 必要とされていない気持ちになり,悲しく,とても悔しい」(別表I.49)。「閉 鎖病棟入院中,看護の側から人格を認められない,まともな人間でないと扱わ れ,それがトラウマとなり,それから脱却するまで歳月を必要としました。患 者は閉鎖病棟に入れてままで,廃人の状態になっていました。収容所と化して いました。何を言っても相手にされませんでした。まともに相手をしてもらえ ませんでした。病院の中で,看護師さんに医者に無視されました。」(別表I .62)。「オムツをつけられて身体拘束を受けたことは,今でもたまに思い出し て辛くなったりする。身体拘束されたまま,スプーンでご飯を食べさせられた のは屈辱的であった」(別表I.130)。 (3)医師の説明不足に関する声も多かった。 医師の説明不足に対する指摘では,「薬の効能や副作用については一切説明が なかった」(別表I.114),「何の説明もなく,保護室に入れられた。理由も入っ ている期間も分からず怖かった」(別表I.21)「入院時にいきなり保護室で全身 の拘束された,おしっこの管も入れられた,拘束(,) の理由の説明はない」(別表I .32)。  主治医とほとんど話ができていない,聞いてもらえない,病名さえ告げられな い人もいた。「担当の先生がとても威圧的で,上からものを言ってくる感じであ った。診察時も毎回同じ質問で,かつ抽象的な質問ばかりで,具体的なことにつ いて何も聞いてくれなかった。一番嫌だったのが,入院時に病名の告知をしても らえなかったことである。最後まで病名が分からず,ずっと不安であった」(別 表I.127)。 6 アンケート調査及びインタビューからの総括  精神障害のある人の中には,数十年もの長期にわたり入院を強いられたまま地域 での生活を経験することなく精神科病院で人生を終える人,思春期の真っただ中に おいて精神科病院での入院を経験し,希望も出口も見えない状況に絶望して自死を 選ぶ人,地域にあっても入院中に受けた侮辱,暴言,暴力,隔離,身体拘束等によ るトラウマ,貧困,孤立,失望の連続と様々な生き辛さにあえぐ日々を送らざるを 得ない人が少なくない。 ― 36― 第2節 精神科入院患者の人権状況  精神障害を理由として強制入院を許容する現行の法制度は,精神障害のある人た ちが持つ生き辛さを固定化し増強し,生き辛さに尊厳被害を重ねるものである。  本アンケート及びインタビューによる実態調査は,その一部を実証するものに過 ぎない。人は自らの尊厳被害については口をつぐむ。人格,名誉を踏みにじられ, 入院中も地域にあっても差別と偏見に晒される,そのような被害を自らは語ろうと しない。語ることによって,おさめたかのように感じた心の傷が口を開けては血を 流し始める,とそう先取りして語ることができない。語ることのできる人は限ら れ,語ることを可能にする状況はさらに限られ,語られる内容は,より辛くない体 験にとどまる。  本アンケートは,アンケート票を精神科病院入院経歴者約 5400人に送付し,1100人を超える方から回答を得た。このアンケート回答が回答者一人一人におい て自らの苛酷な入院経験を振り返るという辛い作業を伴うものであったことを,私 たちは忘れてはならない。  その上,およそ 200名の方に個別のインタビューに応じていただいた。新型コロ ナ感染症対策の影響で,十分な聴き取りを実施できなかったことが残念でたまらな い。本来であれば,その一人ひとりの被害に寄り添い,より時間をかけ,機会を重 ねて,被害に共感し,被害を理解し,被害をより深く掘り下げなければならなかっ た。  回答者の約 80%の人が,入院において,悲しい・辛い・悔しい体験をしたとい う。それは,外出制限であり,保護室隔離であり,薬の副作用であり,入院の長期 化であり,プライバシーの侵害であり,面会通信制限であり,暴言であり,侮辱で あり,身体拘束であり,無視であり,暴力であり,性被害であり,回答数は少なか ったが不妊手術,電気ショックなどであった。このような悲しい体験は 20代前半 からなだらかに全年代に及び,2000年以前の被害体験の記憶もあれば,最近の被 害体験でもまた語られる。  以下,その一部を紹介する。  18歳のころ自分から同意して公立病院に医療保護入院をした現在 26歳男性は, 「看護師は患者にひな鳥にえさを与えるみたいに薬を無理やり口にいれる。地面に 落とした薬もそのまま飲ませる。退院したいというと職員に取り囲まれて,体格の いい看護師に保護室に連行された。鎮静剤を打たれたくなかったらおとなしく捕ま れと言われた。信頼を構築できないなどと言っていたが,構築する努力は病院から はしてこない。薬の副作用も首がかたむいたまま動けなくなる状態になるまで病院 は気づかなかった。欲しいと言えばほしいだけ睡眠導入剤をどんどん与えていた点 も危険だ。週一回だけ医者の診察があるが,頼まないと来てくれないくらいで,医 療提供がまともにされていない。病院は私がなぜ精神科医療を受けることになった のかという経緯にもまるで興味をもたなかった。面会も電話も禁止して手紙のみの やり取りだけに制限された。退院請求をしたが,職員が受け取ってこんなの通らな いと言って封殺した。家族にはお子様は頭がおかしくなっているからご両親もお子 さんの言う事を聞かないようにしてくださいと説明していた。結局,4月に入院し て7月に外泊の形で家族が強引に退院させる形でやっと病院を逃れ出ることができ ― 37― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 た。家族は私が退院したときには表情もなくなっており,体が震えてしまって,ス プーンですくったゼリーが飲めないレベルに衰弱していた様子だったと言う。医療 者だから信じなくちゃいけないと思ってしまったが,そうではなかったと悔いた。」 と語る。  また,現在他の病院に通院中の 29歳女性は,約2か月間の医療保護入院につい て「入院後1週間ほど身体拘束を受けた。寄りそいを求めたのに拘束が与えられ た。錯乱状態ではあったが自殺しようとかはなく自傷他害はなかった。胴体,手, 足にバンドをそれぞれつけられた。食事も手を拘束したまま看護師が食べさせる。 歯磨きも排泄も。おむつは常時付けさせられた。自分でできるのに尿道に管をつけ られ,痛かった。拘束により飲み物がとれなかった。エコノミー症候群になっても 責任とりませんという書面に同意させられた。部屋にボタンがあったが,手を拘束 されていたので足で押したら注意された。本当に具合が悪くなっても連絡できなか った。身体拘束は個室隔離だったが,具合の悪いおばあちゃんを同室にされたこと があり,救急車が呼ばれて連れていかれた。体調がすごく悪い人と同じ部屋にされ て不安になり怖くて泣いた。至る所に監視カメラがあり,着替えるところもおむつ の交換もカメラに見られてしまった。男性看護師二人に排泄やおむつ交換で部屋の トイレに連れて行かれた。恥ずかしがらないでと言われたけど恥ずかしかった。人 間として扱ってほしい。弁護士の電話番号が書いてある公衆電話があったが,電話 は通じない,相手にしてもらえないという噂だったので1度も電話しなかった。大 部屋に移っても狭い部屋に6から8人ベッドで,天井に監視カメラがあり,カーテ ンも仕切りもなくプライバシィーはなかった。下着をつけない状態で病院から借り たゆかたみたいなのをきてラウンジに出るのが恥ずかしかった。入院して,自分は 普通の人間と違うのかなと思った。人としての尊厳が失われたと思う。人間として 扱われていないと思った。」と語る。  1960年代後半にはじめて入院させられたという 72歳男性は「閉鎖病棟での生活 が始まった。酷い待遇だった。ただ,薬を投与されるだけの治療だった。薬の副作 用が辛く,体全体に鉛を入れられたような感覚になった。部屋も 20畳くらいの中 で雑魚寝。陰部を出して喜んでいる人もいれば,きっちりした人まで,いろいろな 人がそこに押し込まれていた。待遇が不満で看護師などに理屈を言うと,身体を押 さえられ,これに抵抗すると暴れていると見なされ,押さえ込まれた。そして院長 先生がにやっと笑いながら注射を打ち,気がつくと保護室にいた。その後何度か入 院したが,母によれば保護室では動物園の熊のように床面を這いずり回っていたそ うだ。医師は保護室が必要だと言うが,それではなんの解決にもならない。知人は 保護室で死んだ。トイレットペーパーをのどに詰めて。保護室でのつらさに耐えか ねてのことだろうと思う。亡くなった知人の思いを想像すると,今でも胸が張り裂 けそうな気持ちになる。保護室にいると,惨めで,社会から切り離された気分で, 孤独で,悔しい気持ちになる。保護室は人から自尊心を奪うものだ。自分が社会か ら必要とされていないという気持ちになり,悲しく,とても悔しい。社会福祉専門 学校に通い,卒業して結婚した。福祉施設につとめたりした。たとえ精神疾患があ っても,若い人には仕事についてほしい。結婚して,子どもも作ってほしい。普通 ― 38― 第2節 精神科入院患者の人権状況 の人と同じ生活をしてほしい。私は以前あきらめているところがあった。自分には 子どもはなく,これまで何世代もつながってきたいのちや血の連鎖が途切れ,寂し い。」と語る。  全てを紹介できないことが残念である。これらの被害は,単に有効適切な医療を 強制されたという被害ではない。その人の尊厳も主体性も自己評価すらも奪い,絶 望をも強いた。その人の,地域生活における同一性も連続性も損ない,人生を根底 から破壊するに足りる被害である。  強制入院によって期待できる精神科医療がもたらす利益とはなにか。医療によっ て得られることが期待できる病状回復等の利益があるとしても,自発的に受け入れ る治療効果に勝るものはない。強制入院による医療に期待できる利益は乏しく,強 制入院によってもたらされる尊厳被害を補うものではない。  本調査報告は,強制入院を手段とした精神科医療政策がもたらしてきた尊厳被害 の実態をより広汎により深く検証して,社会的な課題としてこの問題の解決を図る 必要性を示す結果となったものである。 第2 日本型精神科医療の特徴と問題点  2020年3月,兵庫県神戸市にある精神科病院で入院患者に対する度重なる虐待が 発覚した。監禁,準強制わいせつ,暴力行為で刑事訴追可能な6人の病院職員が罪に 問われ,それぞれ懲役4年から1年6か月の有罪判決が確定した。虐待をしながらそ の様子を撮影したスマートフォンには,おぞましい患者虐待の動画が,虐待をする職 員らの笑い蔑む声とともに保存されていた(2020年 10月 12日 11時 58分朝日新聞 デジタル)。2021年4月,神戸市は,同病院職員を対象として行ったアンケート調査 結果を報告した。職員の半数近くが虐待を認識しており,違法な隔離は全病棟で 10 年以上前頃から常態化していた,とする 16。また,公的な調査統計は公示されていな いが,精神科病院関係者によれば,2021年2月下旬時点において,新型コロナウィ スル感染症クラスターを発生させた精神科病院数は 100施設を数えたとされる 17。報 道・病院報を集計した民間調査 18では,同月上旬時点において,精神科病院 69施設 でクラスターを発生させ,感染確認患者は 2681人,死亡患者 45人,職員ら 739人, 感染者合計 3420人にのぼり,69施設のうちの4割が 40名以上,9施設が 100名以 上,3施設が 200名以上ともなったとし,入院患者の感染率は,国内感染率のおよそ 4倍,その死亡率は 4.5倍という高率を示したという。  これらは精神科病院のうち特に質の悪い施設だけにみられること,というわけでは ない。  報道によれば,京都府立洛南病院において,2020年 12月上旬,看護師による入院 患者への暴力行為及び虚偽報告事件が発生した。看護師はベッドに座った患者の足を 複数回蹴り,襟首をつかんで前後に数回揺さぶった,ベッドに数十秒押さえつけたな どといった暴行をした上,主治医に「患者に殴られそうになった」と虚偽の報告を し,患者の個室に鍵をかける閉鎖処遇を1日間続けたという(京都新聞 2020年 12月 17日付け)。  この事件を受けて,地元の京都精神保健福祉士協会は声明を出した。「公立病院と ― 39― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 して精神科救急を始め,依存症,認知症等幅広く精神科医療を担うなど,京都府にお ける精神科医療の中心的な存在である洛南病院にてこのような行為がおこったことに ついて,私たちは,精神障害のある方々の社会的復権と福祉に寄与する職能団体とし て,事態を重く受け止めるとともに大変残念な思いを抱いております。」「今回の件以 外にも全国的に見渡せば,精神科医療における暴力等を含む人権侵害は毎年続いてい ます。職員個人が起こしたことの責任が問われることは当然ですが,こうしたことが 起こりえる精神科医療の構造的な課題を解決することが重要だと考えます。」  これらは決してあってはならないことである。  精神科病院における入院患者への度重なる暴力,虐待,侮辱,陵虐等は,法と政策 に基づく患者強制隔離政策の実施方を,精神科医療施設に丸投げし,重大事件が発覚 しても確かな事件検証と実効的な再発防止を行わない日本の精神科患者隔離行政の問 題であることは明らかである。  このような精神科病院における悪しき人権状況及び低劣な入院環境の実情が生じさ せた事件・事故は,こうした問題を知る者であれば誰もが容易に予見しえたところで ある。  精神障害のある人たちが強いられている,こうした精神科医療の実情は,どのよう な法政策及び社会構造の誤りに由来するのか,以下に述べる。 1 入院患者の実態−膨大な人数と期間  2016〜2018年推計によれば,国の障害者総数は 964.7万人で人口の 7.6%に相当 する。このうち精神障害のある人は 419.3万人,同3.3%である。  2016年の精神保健福祉資料によれば,精神病床数は約 33.1万床。その内訳は, 公的病院約 2.7万床,民間指定病院約 23.5万床,民間非指定病院約 6.8万床で,約 9割は公的病院ではない民間病床である。入院患者数は,それぞれ順に約 1.9万 人,約 20.9万人,約 5.9万人合計約 28.6万人である。 【精神病床と入院患者の内訳(2016年)】 ................................................................................................................................................................................................................................ 出典:精神保健福祉資料(平成 28年度)を基に,本実行委員会において作成。 ― 40― 第2節 精神科入院患者の人権状況 【病院別・患者の入院期間(2016年)】 ............................................................................ .......................................................................................................................................................................................... 出典:精神保健福祉資料(平成 28年度)を基に,本実行委員会において作成。 【入院期間別・退院後の行き先(2017年)】 .. .... .... .... ...... ...... .............. ............ .............. .................... ............ .................. ............ .......... ............ ........ ........ ........ ........ ...... ...... ........................ ............ ...................... ※ 100人単位で四捨五入しているため,全項目合算値と総数が一致しない(100%にならない)。 出典:患者調査(平成 29年度)を基に,本実行委員会において作成。 【精神病床の平均在院日数】 ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ ※精神病床の定義は各国により異なる。 出典:OECD Health Data(2019年又は直近年)を基に,本実行委員会において作成。 ― 41 ― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  患者の入院期間は,全病院では1年未満37.5%,1年以上5年未満28.9%,5年 以上 33.7%である(なお,2020年精神保健福祉資料によれば,それぞれ 38%, 31.1%,30.9%である。)。公的病院よりも民間病院の方が長期にわたる。公的病院 では1年未満の入院患者は68.8%。民間指定病院同36.0%,民間非指定病院32.9% である。同5年以上はそれぞれ順に,14.9%,35.5%,32.9%である。例えば大学 病院では,94.8%の患者が1年以内に退院し,5年以上の入院患者は 0.8%にとど まる。  2017年厚生労働省による患者調査によれば,精神病床からの退院患者3万 3200 人の退院後の行き先は,入院期間1年未満であれば「家庭」に戻る人が半数以上を 占めるが,同1年以上5年未満は8割以上,5年以上は9割以上の人が「家庭」に 戻ることができない。「家庭」に戻れない人は,他の病院・診療所への入院,介護 老人保健施設などへの施設入所,その他死亡退院等に分類されている。  国の精神病床数は,人口比でも総数でも OECD加盟国中最大と言われ,人口比 での入院患者数は他の国々の数倍にまで及ぶ。また,入院1回の入院期間は, OECD加盟国の平均が 29日前後とされるのに対して,日本の平均在院日数は約 266日である 19。  このことが意味するところは何か。日本では罹患する精神病が世界に類を見ない ほどに難治かつ困難,慢性かつ重症か。それとも,日本の精神科医療は,世界の中 で段違いに有効ではなく,低劣か。  いずれもそうではない。精神の疾患も医療も日本だけに特別なことはない。そこ にあるのは,社会防衛目的及び社会における差別偏見圧力の強さ,患者隔離収容に 関する強制権限の法定状況,そして地域生活に必要な社会資源の未整備によるもの である。  精神衛生法から精神保健福祉法まで続く,長きにわたる精神障害のある人に対す る患者隔離収容法とこれに基づく日本型の患者隔離政策。この法と政策こそが膨大 な人数の入院患者を生み出し,限りのない長期入院を許し,地域に精神障害のある 人への偏見・差別をはびこらせ,その人々が地域で生活するために必要な環境を欠 落させたまま,社会構造化させたのである。 2 強制隔離条項の存在と欠陥−期限の定めのない強制隔離制度  精神保健福祉法は,精神障害のある人に対して,任意入院(法 20条),措置ない し緊急措置入院(法 29条,同条の2),医療保護入院(法 33条),応急入院(法 33条の7)の4つの入院形態を定めている。  このうち,措置及び緊急措置ないし医療保護,応急の各入院にあっては,本人の 同意を必要としない強制入院を許容する。措置及び緊急措置入院では「入院させな ければ自傷他害のおそれのある精神障害者」を,医療保護入院では「入院を必要と する精神障害者で,自傷他害のおそれはないが,任意入院を行う状態にない者」 を,応急入院では「入院を必要とする精神障害者で,任意入院を行う状態にはな く,急速を要し,家族等の同意が得られない者」を,それぞれ対象とし,精神障害 のある人に対する特別の強制入院条項を定めている。  しかも法による強制入院でありながら,措置入院,医療保護入院に,期間の上限 ― 42― 第2節 精神科入院患者の人権状況 を定めていない。定期病状報告による審査が予定されているとしても,これは期間 の上限を画するものではない。加えて後に述べるとおり,同審査はいずれも書面審 査とし,短時間に膨大な数を処理しなければならず,その目的を達成できない不十 分なシステムとなっている。  応急入院では,強制権限行使における時間的上限として 72時間という縛りを定 めている。しかし実際は,その起算時点を客観的に同定し得る方策がとられていな い。すなわち,施設において,医療保護入院への転換手続きを了した時刻から遡 り,応急入院の開始時刻を自由な幅をもって決めうる実情にある。そのため 72時 間以内という上限を順守させるシステムにはない。  つまり,応急入院での期間制限は,他の強制入院形態への変更手続に必要な時間 的猶予を与えるだけものになっており,応急入院だけで終わらせるためのものでは ない。現に,72時間だけの強制入院で強制入院を終わらせるためにこの入院手続 を利用するケースは皆無といってよい。  この実情は,任意入院を医療保護入院へと入院形態を変更するときも同様であ る。精神保健福祉法 21条3項は任意入院患者の退院制限について,指定医による 診断があれば 72時間,特定医師の診断で 12時間の限度で退院制限できると定め る。しかし,実際には,家族等の同意を得て,医療保護入院へと入院形態の切替え を了した上で,退院制限の起算時刻を決めている。  このような悪しき便法を慣用して,スムーズな強制入院への移行と,滞らせない 入院継続を行っている。  患者がいつの時点で,入院診察を拒んだか,退院意思を表明したか。当の病院関 係者が自由な幅で記載したものが残るだけである。医療記録にたまたまメモが残 り,あるいは内部告発を得るなど,極めて稀有な事情がなければ,患者が入院診察 を拒否し,退院を求めた時刻が 72時間前であったか否か,明らかにすることはで きない。  このように応急入院における入院強制及び任意入院における退院制限では,その 始期を事実上病院が任意に定めることができ,客観的に定める方策がとられておら ず,かつ,期限の遵守を監督し,是正し,検証し,回復する方途すらも設けられて いない。  精神科病院では,入院患者にその意思表明を客観化する方策をその他においても 与えていない。法による強制権限が行使され続けている最中であるにもかかわら ず,患者の意思表明を適時・適切に把握させて応えさせ回復させる機会を全て奪っ ている。  応急入院も任意入院も,期限の定めのない強制入院へと導く入院手続となってい る。これらもまた無期限の患者隔離政策の一環として機能しているのである。  このような精神障害のある人に対する期限の定めのない強制入院制度の許容は, 精神障害のある人に対する死ぬまでの強制隔離,すなわち終生隔離を法的に許容す ることである。現に,精神障害のある人として,患者として,長期入院の末に病院 内で死亡した人,死ぬまで隔離された人は少なくない。  その上,法と政策は,精神障害のある人に対して,期限を定めない強制隔離権限 ― 43― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 の行使を民間病院に任せている。それは全体の9割にも及ぶ。他面,強制隔離権限 を行使する民間病院を監督し,是正するための公権的介入システムは未整備であ る。  本来,憲法や国連の人権規約を引くまでもなく,人身の自由を制限する場合に は,全て,事前のあるいは例外的には事後の速やかな,司法的な観点,すなわち独 立した第三者による審査等の適正手続が要請される。精神保健福祉法はこの適正手 続を備えていない。指定医という精神科医の医療的判断だけで,患者に対する期限 を定めない強制隔離を可能としている。  行政監査として,厚生労働省は,地方自治体に対して,毎年「精神保健福祉法関 係行政事務指導監査」及び「精神科病院実地検証」(地方自治体が精神科病院に対 して実施した実地指導等を検証する事業)を行っているとするが,「事務指導監 査」であり,行政内部の検証として,手続書類の不備や遅延を中心に指導するにと どまっている。  法は,精神医療審査会をもって,この司法的チェック,適正執行,維持,監査, 検証,再発防止などの機能を担わせようと考えたのかもしれない。しかし,制度を 立上げて 30数年を経るが,現行の精神医療審査会は,その実質が医療的諮問調整 機関ではあっても,いまだに司法的チェックを果たす機関とはなり得ていない。も ちろん,監査,検証,再発防止のための有効なシステムでもない。その権限も資金 もスタッフも備えていない。  このように強制隔離の権限行使について司法的チェック,適正執行,維持,監 査,検証,再発防止のための有効なシステムはないと言わざるを得ない。  国は,精神障害のある人に対して,その9割を民間へ権限委託して,強制隔離権 限を行使させているとともに,強制隔離条項を定める法として持つべき適正手続を 欠くことを含め,全ての責任を負うべき立場にある。 3 隔離・拘束による被害と受けとめ  まず入院経験を持つ当事者の話を聞こう。  「保護室では水さえくれなかったですから。あの経験は忘れられませんね。喉が 渇いて,トイレが1日3回か5回かしか流されない。それでおやつで買った牛乳パ ックでウンチした後に流れる水をすくって飲んだ経験があります。/僕も看護師を いくら呼んでも来なくてトイレの水を飲んでましたね。だから檻から出てきた時に 『自分は悪いことをしたんだな』と思ったんです。精神病っていうのは悪いことな んだって。ずっと頭に残った」(『精神科医療は誰のため?−ユーザーと精神科医と の「対話」20』。以下「対話」という。・徳山氏/山梨氏)。  「権利擁護の統計調査から言うと,強制入院の方が隔離拘束を受ける確率が非常 に高い。それから特に拘束を受けた本人はあきらめがすごく強い。保護室みたいな 隔離のほうがまだ怒りが残るんですけど,縛られるっていうのは絶対的に力を奪わ れるから,これは強烈です。本当に,思ったより。4割近い人が,拘束されたりし ても,仕方ないってあきらめる。でも当たり前で頭にきたってしょうがないからあ きらめるしかない。法律の枠の中に入れられちゃったら何も言えない。僕も親に連 れていかれて医療保護入院で入院させられた。注射で気絶させられて,気が付いた ― 44― 第2節 精神科入院患者の人権状況 ら保護室っていうことが2回くらいありました。自分には道理がないから治療する 気もないし,自分から入院したわけじゃないから暴れるし,挙句の果てに縛られ て。強制的にやられるって言うのは,やっぱりずっと残る。納得して入院している わけじゃなかったから,作業療法みたいなところで作業していた時に退院したいか らわざと,歯車に指を突っ込んで,落とした指を拾って,縫ってもらって,それで 強制退院ということもあった。/僕の場合は診療5分,ハイ入院。で暴れたから看 護師が取り押さえて静脈注射です。3分の1も入らないうちに意識がなくなって, 朝起きたら閉鎖病棟でした。薬を飲まなかったら屈強な看護士に口をこじ開けられ てのまされました。食事も食べなかったら強引にのどに詰め込まれました。怒りを 覚えました。」(対話・山梨氏/徳山氏)。  「全国患者調査では,病状がいっぱいでていたけど強制入院を肯定的にとらえる のは 10%くらいで,ほとんど否定的。患者調査していて思うのは,精神科病院の “得意領域”とでもいうような,プライバシーの侵害とか人権侵害とかがなんで起 こっているかっていうと,大きな問題はやっぱり隔離ですね。これがなくならない 限りは不祥事は終わらない。アンケート調査では,隔離病棟ではなく精神科病院全 体として,入院したらもう隔離とみんな捉えている。閉鎖病棟のなかに保護室って いう隔離室がある。そこまで必要性があるのか。隔離でできる治療って限られてい ると思う。/僕が一番初めに入院したときはいきなり注射でこん睡状態。それで 『出してくれ』ってドアを叩くとカルテには『暴力的』って書かれる。それから 『徘徊』ってあるでしょ,狭い空間の中に押し込められたら廊下を歩くくらいしか ないですよ。それを徘徊って診断するんです。隔離された空間の中で症状は生まれ るっていう可能性,僕は絶対あると思います」(対話・山梨氏/徳山氏)。  「統計の話でいうと,隔離拘束された方たちは,それが原因で再発している。だ から治療のためにしたのかもしれないけど,やっぱり強制的なものは次(の入院) にまた結びつく。自分が納得して了承してというのとは大きな差がでる。縛られる っていうのは,絶対的に嫌な経験。僕はベッド抑制でしたけど,縛られるとおしっ こもできない。片手で尿瓶に入れるわけですね。それが何日も続く。時には導尿も される。終わっても,すごく嫌な体験,人間として。普通に用を足していてそれを 思い出すとすごくいたたまれなくなるんです。落ち込んでいくんです。どんどんど んどん。結局入院です。また看護師に風呂の中へ何回も頭を突っ込まれて溺れそう になって,それ以来風呂が嫌いになった。その時の風呂の匂いを覚えているんで す。それに近い匂いがすると,風呂場の中に入りたくない。無理やり入れば入れる けど気持ちよくないんです。/過鎮静の嫌な経験,ものすごく嫌な思い出として残 っています。治療としてではなく,鎮静のための大量の薬をやられたことに,怒り を覚えます」(対話・山梨氏/徳山氏)。  「男の看護師に殴られる姿を見たことも嫌な思い出として残っている。/動けな い,言うことを聞かない老人をおもちゃみたいにして,局部をマジックで真っ黒に 塗ったのも見ました。/自殺予防のための入院とかいうけど,精神病院の中での自 殺者を結構な数知っています。昨日まで笑っていた人が隣の総合病院の屋上から飛 び降りて亡くなったとか,テレビに頭を突っ込んでとか。一番多かったのは飛び降 ― 45― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 りですけど」(対話・徳山氏/山梨氏)。  精神科医は次のように語る。  「本来拘束は決してあってはならないと思います。ましてや過剰な行動制限がな されないような相互監視システムがなく,精神病院の情報公開が進まない中での拘 束は認めない。どんな場合であってもしてはいけないと精神保健福祉法に書き込む 必要があります」(対話・伊藤氏)。  「医師である僕らが予測してたよりも,やっぱり外傷体験は大きいっていうこと ですね。修復するとか言っても実際には難しい。」(対話・伊藤氏)  「精神病院の隔離構造の問題と並んで見逃せないのは,医療法のなかに,一般病 棟のなかには精神病患者を入れないというのが残っている。医療法も精神保健福祉 法も精神疾患を特別な存在としてあつかう差別法そのものだ。その中に隔離と拘束 が許されている」(対話・伊藤氏)。  「人手がないから物理的な構造に頼りたくなる。精神科に入院することはもう完 全に隔離されることと同じと受け取られている。」(対話・野中氏)。 4 隔離医療の質と病院間格差  日本の精神障害のある人に対する法と政策は,隔離拘束を強制しながら,医療及 び看護等の基準について,一般病床と比較し低劣でよいとしている。  当事者,家族だけではなく,精神科医療福祉にかかわる多くの人々は,久しくこ のことを差別であると指摘し,完全撤廃を求め続けている。  いわゆる「精神科特例」である。  「精神科特例」とは,精神科病院設置促進につき医療スタッフ不足を懸念して,1958年に発出された厚生省事務次官通知である。精神科従業員の定員に関する特 例として,入院患者に対し,医師数は一般病床の3分の1,看護師・准看護師は3 分の2で基準を満たすとしている。60年以上経過した現在でも,大学病院及び 100 床以上の総合病院以外で特例は維持されている。  この「精神科特例」のもと,現実には,臨床現場において,医師は4分の1,看 護師・准看護師は2分の1,患者1人1日当りの平均診療収入は3分の1以下に低 減されているとされる 21。  国が 60年間以上続ける「精神科特例」は,精神科医療と一般医療との格差を生 んできた。   強制隔離制度における病院間格差の存在は,強制隔離制度の正当性を損なうもの である。国は,このように医療体制の基準を下げ続けたことで,診療科間格差も病 院間格差も底抜けにしてしまった。  病院間格差は,強制入院患者を詰込み退院させない精神科病院を生み,隔離・拘 束患者を増大させ,度重なる患者虐待を含む病院不祥事を発生させ,大量持続的精 神薬服用による後遺障害を多発させ,拘束中患者の急死及び隔離患者の虐待死をも 見逃してきた。  また,先に述べたように民間精神科病院では 90%台の病床利用率を確保しない と経営困難であるとされる 22。  その結果,精神障害のある人を精神科病院に閉じ込め,社会・地域に,精神障害 ― 46― 第2節 精神科入院患者の人権状況 のある人に対する差別偏見を作出,助長して,精神障害のある人及び家族が地域で 平穏に生きることを困難にし,人生被害を強いることが当たり前という社会構造を 作った。  このような精神障害のある人に対する国の医療体制整備は,合理的に説明するこ とは困難であり,精神障害のある人の命と尊厳を貶める差別制度である。  ある精神科医は「日本ではやろうと思えば素晴らしいことができる。でもやらな いところはなんにもやっていなくてもいい。だからどこの地域に住んでいるかが大 事になる。ダルクのそばにいる人は助かる。ダルクがないところの人は助からな い。自立生活支援センターがあるところは助かる,ないところはなんにもできな い。よい精神科医がいるとちゃんとできる,でもその精神科医が退職しちゃうと終 わり。世界のトップまでやれるが,それが普通には享受できない特別なこと」とい う。  これは日本の精神科医療・福祉の歪みが個別の医療・福祉の実践にあるのではな く,差別と格差を許す法と政策にあることを端的に指摘したものだ。  奇特な専門家やスタッフ,類い稀な能力と環境を持つ当事者や家族らが,関係者 のチャリティー(篤志)を得ながら,国の「精神科特例」という差別制度を乗り越 えた実践と経験。この成果が全ての人の幸となるように,抜本的に法律を変え政策 を転換し,新たな社会システム構築し,精神科医療の拠点を地域に据えて再整備す ることこそが,本当の公共政策である。 5 強制隔離政策における「潜脱」「任意」という強制  ここでは,国が,法定手続の「潜脱」や「任意」という偽装によって,強制隔離 政策を実行させていることを指摘する。 (1)強制移送手続の「潜脱」  公式の調査結果は公表されないが,応急ないし医療保護入院に際して,強制移 送手続の「潜脱」が横行している。弁護士の人権活動において,その事例を少な からず経験する。  地方自治体が関与しながら,法定手続を履践せず,公的機関による支援・黙認 の下で,民間業者に強制的な患者移送を行わせている 23。 精神保健福祉法は,同 34条及び「精神障害者の移送に関する事務処理基準について」によって,強制的な移送手続を法定する。 医療保護入院のための強制的な患者移送については,都道府県知事の全面的な権限と責任において,相談体制を築き,相談受付を経て事前調査を実施し,指定 医に診察させ,強制入院の必要性判断を得た上で行うこととしている。  移送の経過については,全過程における法的正当性を確保させるため,「事前 調査票」「移送の記録」「移送に関する診察記録票」等を作成させて,移送及び そのための(,) 住居への立ち入(,) り,身体拘束などの行動制限などを含めて,記録・保 存し,検証に備えるべきことを定める。  しかし,実態は,自治体が担当保健師に職務として相談に関与させ,担当保健 師は,家族に対して,強制的な患者移送を提案し,これを支援し,さらには警察 官の立ち会いを求めて,民間業者を使い強制的に患者移送を行って,医療保護入 ― 47― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 院をさせる。そうしながら,法定基準を守らず,公式記録を残さないという「潜 脱」を敢行している。 (2)「任意入院」名目の強制入院  「任意入院」という形態にあっては,入院そのものが任意であるにもかかわら ず,患者は,入院を強要され,閉鎖病棟に収容され,隔離・身体拘束・退院制限 を受ける。  弁護士として入院患者の権利擁護活動を行えば,入院を拒めず,自由に退院で きない多くの「任意入院」患者にであう。  自分が任意入院なのか,強制入院なのかさえ知らされていない患者も多い。無 理強いされて「任意入院」を承諾させられたというケースにもよくあう。  「どうせ強制入院されるのなら,任意入院のほうがましだ。」「退院したいと申 し出ても,まだ早いと認めてくれない。」「どうしても退院したいとしつこく言え ば,家族の承諾を取り付けて,医療保護入院への入院形態変更手続を行うと言わ れた。」そんな声を聞く。  それを可能にするのは,法が,「任意入院」患者に対する閉鎖病棟収容,保護 室隔離,身体拘束を許容する(法 37条)からだ。  「任意入院」患者は,外から鍵のかかる閉鎖病棟に入れられ,保護室へのさら なる隔離を強制され,身体拘束その他の制限を強いられる。その数は,決して少 数ではない。  任意入院患者の5割以上が閉鎖病棟での処遇を受けている。  特定時点において,任意入院患者 14万 1818人のうち 3040人が隔離あるいは 拘束の指示を受け,このうち 104人が隔離及び拘束の指示を受けている 24。年間 を通じた数は,膨大な数にのぼるだろう。  退院もまた制限を受ける(法 21条3項)。多くの「任意入院」患者は,退院を 希望しても,容易に認められない。  まず聞き入れられない。やむなく退院要求を繰り返せば,医療保護入院への変 更手続をとることを告げられる。それでも退院要求を続けると,入院を継続させ たまま医療保護入院への形態変更を受ける。強制入院を継続し,その後任意入院 へ形態変更されても,退院を希望しなくなる。  このような場合において「任意入院」は強制入院,長期入院の入口でしかな い。加えて,任意入院患者は「任意入院」であっても,自由に医療機関を選び変 更することすらできないことを意味する。  任意入院患者の多くは,このようにして強制入院と同質の隔離被害を受けてい る。入院による心的外傷体験を受け,権利救済を受けることもできず,尊厳や名 誉は損なわれたまま,人生の大部分を隔離の中で過ごさなければならない。  「任意」という強制は,地域においても存在する。地域生活の環境整備が不十 分なため,症状が出ると入院以外の選択肢がなく入院を強いられる。一般診療科 での医療差別を受ける。  その上,差別偏見による,疾病・障害を理由とした入院強要,退院制限,地域 生活環境不整備による入院強要,退院制限圧力が蔓延している。 ― 48― 第2節 精神科入院患者の人権状況  地域から精神科病院への入院という排除や隔離の圧力を常時受ける。家族はこ の社会的圧力に従わざるを得ない状況に置かれ,患者は家族を思い入院を強いら れる。地域にあって,病や障害を得たまま他者と交流し,生活の拠点を地域に置 き,地域に根差すことが困難な状況がある。    精神障害のある人たちに対する地域からの排除と隔離を強いる,この社会的圧 力構造を形成したのは,長きにわたる国の強制隔離政策である。  国は,精神障害のある人に対して,出口のない隔離と差別偏見の社会構造が孤 立と絶望を強い,その人生の同一性・連続性・一貫性を奪い,あらゆる人生機会 を奪い,取り返すことのできない人生被害を与え続けている。 6 同意なきロボトミー手術,優生手術等の放置  国は,精神障害のある人に対して,強制隔離政策の下で,未曾有の同意なきロボ トミー手術,優生手術を行わせてきた。 (1)同意なきロボトミー手術  精神科病院の強制入院を利用して行われた同意なきロボトミー(前頭葉切除 術)について,概要以下の報告がある。  1975年ロボトミー手術の廃止を宣言した日本精神神経学会は,ロボトミー実 態調査を行った。  1951年都立松沢病院で行われた 21歳の男性に対するロボトミー手術のカルテ に,その実際が示されている。「手術前,手術台上にて,“どれ位切るんですか, かんべんして下さいよ,脳味噌取るんでしょ,どれ位とるんですか,止めて下さ いよ,馬鹿になるんでしょ,殺されてしまうんじゃないですか,殺さないで下さ い,お願いします,家へ帰らせて下さい,先生,大丈夫ですか,本当に大丈夫で しょうか,死なないですか,先生,先生,本当に死なないでしょうか,先生,先 生,先生…”といった調子で執拗に常同的な訴えを繰り返す。優雅さ(Grazie) が全然ない。」  この患者は手術9日目に死亡した 25。  そのほか 1948年から 1951年までの3年間に実施したことが確認できたロボト ミー手術は約 1000件。その施設及び件数を集約したものは次のとおりである。  都立松沢病院 80余人 26,松山精神病院 400人 27,三重県立高茶屋病院 230人, 国府台病院 57人,京都府立洛南病院 39人 28,武蔵野病院,武蔵療養所,桜ヶ丘 保養院,北全病院などで実施され 29,また,千葉県内の国立2病院 43人 30,宮 城県立名取病院 96人 31である。同学会によれば,いずれも,効果は否定的で, 「人体実験」としてあるいは患者に対する「抑圧管理の手段として」なされた, としている 32。 (2)国民優生法に基づく同意なき優生手術  また国は,1940年5月1日国民優生法を制定し,精神病をその対象に入れ, 個人の意思を問わず,精神障害のある人に対する優生手術を行ってきた。1948 年制定の旧優生保護法は,これを踏襲し,統合失調症,躁うつ病,てんかんを 「遺伝性精神病」として,実際に遺伝性が認められないにもかかわらず優生手術 の対象としてきた。それだけではなく,精神病薬には催奇性があるとして,妊 ― 49― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 娠,出産制限を行い,その副作用によって,不妊症にもしてきた。 (3)未だ公式の調査・検証もなし  しかし,国は,これらについて,公式に調査・検証をせず,国の精神障害者医 療政策をめぐるこれらの負の遺産を解消し,再発防止を実効的に行おうとしな い。  今も現実に,強制隔離政策の下で,多くの患者から,十分なインフォームド・ コンセントを欠いた電気ショック療法を強いられたとの訴えを聞くが,国は有効 な抑止策を講じない。 7 公的資金の投入先を強制隔離施設から地域へ  国は,強制入院制度をとりながら,患者及び家族に,医療費ほか入院中の多くの 関連費用の自己負担を求めている。これは患者,家族の経済的破綻を招き,長期入 院者にあっては,生活保護費を充当することになる。  入院及びその関連費用の全額を直接に公費から支出しないので,公費支出管理が 曖昧となる。入院治療の効果が見込めない無駄な強制入院,治療効果なく入院が長 期化しても,生活保護費を還流させて公費を支出し続ける。結局,国は,治療効果 が見込めず人生被害だけを負わせる長期入院継続を経済的に下支えしている。この ことが,日本の精神科入院患者を増大させ続けた原因のひとつである。  本来,強制入院の費用は全て公費負担とし,この公費支出について,国は直接に 費用対効果を厳しくチェックし,適法性,必要性,妥当性がいささかでも明白でな い場合は,強制入院について,財源の面から抑制するべきである。  全ての人は,地域において平穏に生活する権利を有する。それは,どのような障 害があろうが,疾病があろうが,地域にあって,適切な医療及び支援を受ける権利 があるということである。精神障害のある人にも等しく生まれながらに保障される べき権利である。  400万人 33の精神障害のある人がいるのなら,精神障害を持ちながらも地域で生 きていくために必要な 400万人分の「仲間と居場所」を確保し,30万人の入院患 者を地域移行させるなら,地域に 30万人分の住処を含む「仲間と居場所」を新た に整備しなければならない。  国は,かつて 10年間で入院患者7万人を地域移行させるという目標を立てた (平成 16年9月厚生労働省精神保健福祉対策本部「精神保健医療福祉の改革ビジョ ン」)。すなわち,@平均残存率(1年未満群)24%以下、A退院率(1年以上群) 29%以上を掲げ,この目標の達成により,10年間で約7万床相当の精神病床数の 減少が促されるとした。しかし,精神病床数(入院患者数)は平成 14年の 35.6万 床(33.2万人)から平成 26年に 33.8万床(29.6万人)へと微減したにとどまる。 34  地域に7万人分の住環境を築かなかったからだ。にもかかわらず国は,失敗を繰 り返さないための検証も総括もしない。  これでは脱施設,地域化も実効性はなく,見せかけに終わるだろう。  国は,法律も政策も予算配分もシステム構築も拠点も,いまだに隔離収容の方に 腰を据えたままだ。これは反公共政策そのものである。  公的資金の投入先を強制隔離施設から地域へと移行させる必要がある。 ― 50― 第2節 精神科入院患者の人権状況 8 日本の精神科医療における不確実性とリスク並びに権利擁護等システムの欠落  医療は不確実である。精神科医療は,その中でも,検査データ,画像等の客観的 なエビデンスに基づく鑑別ないし確定診断ができない。その上,日本では,精神科 における医療スタンダードの作成・普及・検証等がほとんど進んでいない。  強制入院を用いることによる安易な医療提供ないし強要に終始しており,その当 然の帰結として,どのような医療効果が認められるか,認められないか,これらを 分かつ条件は何か,検証も実証もされない。  また強制入院の必要性を論じる際に提示される,自殺率,再入院率,長期の治療 遵守,リカバリー(回復)などを含めて,強制入院の効果そのものは何ら実証され ない。  確かなものは,期限の定めのない強制入院が,否応なく人生被害をもたらすこと である。とりわけ,長期にわたる場合,入院中の虐待あるいはこれに準じる取扱い を受けた場合,入院のための強制措置,保護室隔離,身体拘束,閉鎖病棟での処遇 等,全ての過程で,人生被害を発生させるリスクに満ちている。  この現実を前提として,精神障害のある人の尊厳確保のために,どのような法制 度を持ち,適時適切な支援をいかになすべきかが問われる。  不確実な医療,客観的なデータを欠く医療,スタンダード未確立の医療,そのな かで,診察,診断,治療,説明の妥当性をいかに確保するか。  精神障害のある患者にも等しくインフォームド・コンセントの権利を保障し,医 療における自己決定権を確立する。  そのための患者支援システムを構築し,どのような法政策と権利擁護のための支 援制度をもって,治療の必要性,妥当性を十分説明し,複数の選択肢を提供し,自 らにふさわしい最善の治療選択を可能とするか。  これまで国は,精神障害のある人への権利保障を法制化せず,権利を実質的に保 障するための支援システムを欠いたまま,精神障害のある人に対する強制隔離政策 を続けてきた。精神障害者問題の本質はここにある。 第3 療養環境の悪さ 1 民間病院の経営  日本の精神科医療の特徴として,諸外国と比べて経営母体が民間病院であること が多いことが上げられる。精神科医療の経営母体は,民間病院が圧倒的に多く,病 床数の約9割 35を占める。  これは,戦後の混乱期,国には,本来,公的医療機関が担うべき強制入院制度に 対し予算を割く余裕がなく,窮余の策として,民間病院を設立させることにより精 神科医療を充足させようとの政策をとったことに起因する。  民間病院である以上,病院内の環境は,病院経営者のコスト意識の影響を色濃く 受けることとなる。精神科病院の収入である医療費は,診療報酬という形で,全国 一律の基準が定められていることに加え,精神科の場合は,長期入院患者には生活 保護を受給している者が多いという問題もある。その結果,民間医療機関側では, 「最低限の診療報酬収入でも経営を成り立たせたい」という経営動機が生じる。 ― 51― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  そのため,精神科病院側には,病院内の環境について,多額の費用をかけて環境 を良好に保つ努力をしない方が,病院として利益を出しやすく,その結果,病院内 の環境改善が図られにくいという構造が生まれやすい。こうして民間の精神科病院 を中心に,患者を長期入院させることによって経営の安定化を図り,病院内の環境 改善に予算を向けない精神科病院が多数存在することになった。  しかしながら,精神科病院を利用する,又は強制的に入院をさせられている患者 から見た場合,最低限の療養環境しかない医療機関の利用を強制されることにな る。また精神科病院は,本来入院治療の場でなければならないが,治療の場という だけでなく,現状ではそこで長期間に渡り生活をする場所ともなってしまっている ため,病院経営の都合が,療養環境・生活環境の悪化に直結する実情も無視しえな い問題である。 2 衛生環境  古くからある精神科病院には,設備,什器,寝具なども古いままとされていると ころもある。また,病状や抗精神病薬の作用などから失禁,失便をしてしまう患者 もあり,病棟自体が強い尿臭,便臭がするような状態となっているところもある。  そして,入院患者はそのような空間の中で,食事を摂るなどの日常生活を送るこ とを強いられている。  病院内に酷い臭気があれば,一般の病院であれば,患者が来なくなり経営状態が 悪化するため,医療機関の経営者の側にも,医療機関内の環境改善をするための動 機付けが存在するが,精神科病院,特に強制入院の場面では,患者自身が医療機関 を選ぶことができないので,劣悪な環境のままの医療機関であっても経営継続でき てしまう。  他方,意思に反して強制的に入院させられる措置入院や医療保護入院の対象とな った患者から見た場合,どの精神科病院に入院させられるかを選ぶ機会は保障され ておらず,入院先はその時期の空き病床の有無などの事情により左右される偶然の 結果である。そのため,運が悪いと劣悪な療養環境の中での長期間の生活を強いら れることになる。 3 空間構成  前述のとおり,日本のほとんどを占める民間精神科病院には,保険診療報酬で経 営を安定化させたいという経営動機が存在する。  そのため,精神科病院では,個室対応されているところは少なく,多床室,保護 室,共用空間で構成されているところが多く存在する。多床室では,一般の診療科 の多床室とも異なり,自殺対策や火災対策の観点から,各個人のスペースにカーテ ンによる区分も存在しない病院もある。そのような病院では,部屋の中にただベッ ドが複数配置され,自身のプライバシーを確保できる場所は,所持品を入れるロッ カーだけということもある。  本来,人間的な治療・療養の環境を考える場合,個室環境は,プライバシーの確 保によって,他者との距離の調節,自由の確保の場で あって,必要不可欠な環境で あるはずである。しかしながら,病院経営上の事情に基づいて,人間に必要不可欠 な環境が失われ,隔離的な対応となるか,集団生活を強制される場となっており, ― 52― 第2節 精神科入院患者の人権状況 個人の治療・療養の場として機能していない精神科病院が多数存在することになっ ている。 4 監視される患者  民間病院の経営の都合は,最小限の人員で病棟を経営したいという動機付けにも つながっていく。また,近年の地域移行の推進と精神科病院の空床の発生は,入院 病床自体のスリム化を指向することにつながっている。  そして,精神科病院の人手不足,マンパワーのスリム化の中では,最小限の人員 での病床経営をすることを追求する結果,患者個人個人の実情に応じたきめ細かい 治療ではなく,多数の患者を少数のスタッフで管理する病棟運営を指向することに なる。  その結果,精神科病院の入院患者は,集団生活の中で管理への適応を求められ, 病院スタッフから生活指導として,監視され,管理される生活となりがちである。  患者を管理し,監視する病院においては,本来であれば疾病を治療し社会復帰を 促進するはずの入院が,かえって,入院患者から社会性を奪い,精神科病院の中で なければ生活できない人間に作り変えてしまうという結果につながっていく。  こうして精神科病院への入院が長引く場合,患者に生活障害を生み出し,かえっ て社会不適応を促進させるという,本末転倒の結果につながる。  このように精神科病院が,最低限のコストで病棟運営をしたいという病院側の意 向が色濃く反映してしまう状況となっている。現状の精神科病院は,治療の場所と しても,生活の場所としても十分機能しておらず,隔離収容し管理する場として機 能していることは大きな問題である。 第4 認知症高齢者のための精神科病院の施設代用化 1 国の社会復帰方針と病院側の病床削減計画  精神科病院への入院は,精神疾患を治療し,社会復帰を促進することが目的であ るべきにもかかわらず,日本の精神科医療においては,長らく政策的に「入院医療 中心主義」「低医療費政策」が採られてきたことは前述のとおりである。  そのような中,2004年,厚生労働省は「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を 発表し,「入院医療中心主義」からの脱却を打ち出した。すなわち,同ビジョンに おいては,基本方針として,「『入院医療中心から地域生活中心へ』という精神保健 医療福祉施策の基本的な方策を推し進めていくため,当事者・当事者家族も含めた 国民各層が 精神疾患や精神障害者について正しい理解を深めるよう意識の変革に取 り組むとともに,地域間格差の解消を図りつつ,立ち後れた精神保健医療福祉体系 の再編と基盤強化を今後 10年間で 進める。」とされた。  公益財団法人日本精神科病院協会(以下「日精協」という。)も,2010年,「今 後の精神保健医療福祉のあり方に関する基本方向」として取り纏め,同方針の中で は「入院中心の医療から,地域医療・地域ケアへ」との基本方針を掲げ,地域移行 を進めることを明らかにした。  このような政策転換があったものの,精神科医療が大きく進展したとはいい難い 状況である。 ― 53― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  確かに,診療報酬によるコントロールを背景に,精神科病院における平均在院日 数が少しずつ減少し,1年以内に退院する者が増えてはいる 36。しかし,国が率先 して病床を大幅削減する計画を打ち出すことはなかった。そのため,1年以上の長 期入院者が減少しているとはいえない状況にあり 37,とりわけ,65歳以上の高齢 者の割合が増加している。  この問題の背景には,精神科病院が,認知症高齢者の引受先として機能している という現象が存在することは見逃せない。日本全体の人口も減少しており,既存病 床維持を前提とするならば,精神病床に空きが生じることは必至である。民間病院 にとって,病床を空床のままにするのでは経営上の死活問題となる。他方で,以下 で述べるように,核家族化等を背景に,現役世代が親族である認知症高齢者を支え ることが困難であること,高齢者施設への入所が待機状態であること,症状が重く 高齢者施設では抱えきれないような認知症高齢者もいること等から,需要と供給が マッチする形で,入院者の中の認知症高齢者の割合が増え,しかもそうした人たち の入院が長期化している。  病床を大幅に削減することを打ち出さなければ,民間病院は経営のために病床を 維持する。国の方針は民間に自主的改革を求めるようなものであり,実効性を見込 むことはできない。 2 高齢者施設代用化  こうした国の社会復帰方針に加え,日本の少子高齢化の影響を精神科医療の現場 も受けている。  この 50年間で,日本の総人口は,約 9000万人から1億 2700万人に増加すると ともに,平均余命の伸長を受け,65歳以上の高齢人口は,約6%から約 25%と大 幅に増大した。  他方で,合計特殊出生率は,2.13(1970年)から1.34(2020年)と減少してお り,日本社会の「少子高齢化」が進行したことは,周知のとおりである。  このような,少子高齢化の結果は,日本の精神科医療にも疾病構造の変化として 影響を与えている。  例えば,精神科病院に入院している人のうち,主診断名が統合失調症である人は 減少傾向にあるが,他方で,アルツハイマー型認知症の人の数は上昇しており,と りわけ高齢者の割合が高い。また新規入院については,1年以内の短期に退院でき る人が増えつつあるものの,認知症高齢者については長期化傾向が指摘される 38。  また,高齢社会の進行は,認知症のために,介護・介助困難な高齢者や,福祉施 設に入所待ちの高齢者,在宅介護が難しくなった単身高齢者など,社会内に引受 先・行き場のない認知症高齢者が増加することにもつながった。  さらに,急激な高齢化の進行は,福祉施設や介護事業者の人手不足,介護技術の 未熟さによるトラブルを生むことになり,その結果,福祉施設等の現場において, 精神障害に対する知識・対処方法を習得していない職員によりトラブルとなるケー スも増えている。さらに,民間企業である事業者においては,効率的な経営のた め,対応困難な入所者を敬遠することも起きている。  そのような場合に,精神疾患を有していたり,「問題行動」が見られる認知症高 ― 54― 第2節 精神科入院患者の人権状況 齢者について,高齢者福祉施設側が安易に「対応困難」と評価することにより, 「福祉」ではなく「医療」の問題であると判断されてしまうことがある。そして, 前述の精神科病院の空床問題や経営安定の問題と結びつくことにより,精神科病院 が認知症高齢者の受入先とされる事例が増えているのである。  高齢者の認知症については,精神科医療により症状の改善が進むことや寛解する ものとは言い難く,むしろ進行性の疾病であるため,必然的に社会復帰を目指した 治療にはなりにくいという傾向が生じることになる。精神科病院への入院,治療に よって病状の改善が見られないのも当然であり,退院を図るとしても「問題行動」 のある認知症高齢者として,受け皿となる施設が見つけにくい。そして,退院後の 受入先,帰住先がないことから,病院側の退院に向けた支援も行われにくくなって おり,退院後の社会資源が見つからないことによる「社会的入院」となっている。  さらに,認知症高齢者の家族にとっても,老人ホーム等の高齢者福祉施設に入所 しようとしても,中々施設が見つからないケースや,老人ホームを利用する場合と 比べて,精神科病院に入院している方が金銭負担が少なくて済むケースもあり,精 神科病院からの退院に消極的になりやすい場合もある。  このような社会的な事情の結果,本来,精神科病院を利用すべきではない認知症 高齢者の収容の場となっているケースが目立つようになっている。  本来,福祉施設等での介護が想定される場面であるにもかかわらず,安易に医療 保護入院と判断されているのであれば,精神医療審査会の定期病状報告書の審査な どで問題とされなければならないが,多くの精神医療審査会ではこれを問題としな い状況となっている。  なお,福祉施設であれば,「問題行動」があったとしても,最小限度の例外的な 場面を除いて,身体拘束等を行えば高齢者虐待と判断される行為であり,許容され ていない。しかしながら,医療機関では,介護施設における「身体拘束3要件」の ような規制はなく,身体拘束等が,安易に行われやすくなっているという問題があ り,本来地域又は福祉施設で生活するべき認知症高齢者を,精神科病院で受け入れ ることは,本人の身上保護の面においても大きな問題があるものである。 第5 精神科特例 1 精神科特例とは  精神科特例とは,前述のとおり,精神科病院では,医師,看護師・准看護師の配 置基準について,医師の数は他科の3分の1,看護師等は3分の2で 足りると大幅 に緩和するもので,1958年に当時の厚生省から出された通知により医療法の特例 として認められたものである。これにより,少ないマンパワー,コストにより,民 間の精神科病院が運営していくことが可能となったものである。他方で,少人数で の病棟運営は,民間精神科病院に管理的な病棟運営をすることを進めさせる結果と なっている。  1950年,精神衛生法が施行され,私宅監置が禁止されることになったが,入院 が必要な患者の数に対応する病床がなかったため,入院先となる精神科病院が必要 となった。 ― 55― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  当初,国は,国公立の精神科病院の新設を検討したが,終戦直後の時代状況で は,国公立の精神科病院を新設することは財政上困難であった。  そこで ,民間の精神科病院の新設を進めることとして,医療金融公庫からの低利 融資制度を設け,精神科病院の新設を促すとともに,また精神科病院の人手不足対 策として,精神科特例として人員配置基準を緩和することなどを医療法の特例とし て規定した。  その結果,精神科病院の新設が急増し,精神科病院の約9割が民間病院となっ た。また精神科病院では少ない職員数で ,患者を長期入院させて,病床をほぼ満床 に維持することで ,経営を安定化させるという状況が生じることとなった。  その後,医療環境,社会情勢の大きな変化の中,精神科特例は,少しの変化はあ りつつも 60年以上も存続している。 2 精神科特例の問題点  精神科特例によって,多くの精神科病院で,一般病院より少ない人員で,多数の 入院患者を受け入れ,病床を満床にすることで,精神科病院の経営を安定化させる 状況が生じることとなった。  看護師を始めとした医療スタッフのマンパワー不足は,近年問題となっている が,精神科特例の結果,少人数での病棟運営をしなくてはならず,スタッフ側の心 身を疲弊させているとの指摘も存在する。  また,前述のように,人員が少なくなるため,病院経営の都合による管理優先の 病院経営が指向されることとなり,病院の都合により入院患者に対し,隔離・拘束 がなされたり,劣悪な病棟環境で経営したりする精神科病院が存在するようになっ た。  また,少人数での管理型の病院経営は,病院の中でのスタッフと入院患者との上 下関係,権力関係を生みやすくし,精神科病院スタッフが入院患者に対し,暴行を 行う事件等が多発する背景にもなっている。 第6 精神科病院での虐待とハラスメント  精神科病院における人間関係は,虐待やハラスメントを生みやすい構造となってい る。  強制入院制度や閉鎖病棟や退院制限等の制度・権限を背景にした管理型の病棟運営 を指向する医師・スタッフといった医療関係者と,精神障害のある人との間には,指 導する側とされる側,管理する側とされる側といった,強固な権力関係が存在する。  医療関係者側には,入退院の判断,隔離・身体拘束の判断,通信制限,外出制限な ど,簡単に基本的な人権を制限することを許容する権限が与えられており,しかも精 神科病院の中には,これらの自由の制約を,病院の管理に従わない場合のペナルティ として運用する医療機関も存在している。そのような精神科病院での管理は,もはや 精神障害のある人に対する虐待又はパワーハラスメントと言える。  他方で,患者側には,医療関係者の不当な権限行使,自由に対する干渉について争 う手段が存在していない。医療スタッフ側と患者側の間に,上下,強弱といった権力 関係を固着化させやすい構造となっている。 ― 56― 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害  このような上下・強弱関係の下,患者は,医療関係者に管理され,病棟での生活に 適応を求められる対象となっていく。患者は,精神科病院の入院中に医師の診断や病 院スタッフの言動に対し,拒否をすることができない。そして,医師らの指導に従う ことができないと,病状が良好ではないことの一つの判断根拠とさえされてしまうこ とがあり,ある種の従属を強いられることになる。  このような支配の関係は,医療行為や隔離・拘束等に限らず,精神科病院内の細部 に及んでおり,物品の管理や入浴時の異性介助等,精神疾患の治療と直接の関係のな い事項にまで及んでおり,精神科病院内での生活全般が医療機関スタッフからの管理 の対象となっていることに加え,入院患者のプライバシーも十分守られていない。  このような精神科病院での医療関係者との強固な権力関係の結果,生活の全てにお いて管理され,管理に従わなければ,虐待やハラスメントを受けざるを得ない関係が 生じている。 第7 有効な権利擁護の仕組みの不存在  日本の精神科医療の問題として,強制的に入院させられている患者の人権を擁護す る実効性のある仕組みが存在していないことが指摘できる。  現在,日本の精神科医療においては,医療の必要性や自傷他害の危険性といった医 療者側の主観的判断に依拠した理由によって,強制入院,隔離・身体拘束,面会制 限,通信制限等の人権制約が比較的安易に行われているのが現状である。  患者の立場からすれば,一方的に権利制限を受けることを意味するが,入院中の患 者が,人権侵害を伴う不当な対応を拒否することはできず,十分な対抗手段を持って いないのである。  この点につき,現行法においても一定の制度は存在している。  措置入院や医療保護入院の場合,病院管理者から都道府県・政令市に対し,医療保 護入院者の入院届(精神保健福祉法 33条7項)や,定期病状報告書(同法 38条の 2,38条の3)等が提出されており,当該報告書を精神医療審査会が審査をするこ とにより,無用な強制入院が行われないよう審査をする制度がある(精神医療審査会 は,同法の昭和 62年改正により設けられた,入院の必要性や処遇の必要性を判断す る行政機関)。  しかしながら,精神医療審査会における定期病状報告書の審査は,医療機関から提 出される書面に対する書面審査であり,患者の意見は審査会には提出されない。医療 機関が書面の形式的な審査で違法な強制入院と判断されるような報告書を提出するこ とは通常なく,精神医療審査会の委員が書面審査により,不適切な強制入院を判別す るのはほぼ不可能であり,実質的に機能しているとは言い難い。なお,ある県では, 定期病状報告書から医療保護入院が不適切と判断された件数は 10年間連続で0件と 報告されている。  また,強制入院に対する退院請求・処遇改善請求の制度も存在しているが,精神疾 患を有する患者が,独力で退院請求等を行うことは容易ではなく,弁護士代理人を付 して請求を行うことも可能であるが,弁護士代理人が付された退院請求等の件数は多 くなく,この制度も実質的な権利擁護手段として十分機能しているとはいい難い。 ― 57― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  このように,本人の同意なく強制的に医療機関に入院させられているにもかかわら ず,「代弁者」「擁護者」と呼べるような立場の人物から実質的な支援を受ける制度が 存在していない。  この代弁者不在の問題に対し,本人の権利擁護のための仕組みとして,入院した人 は,自分の気持ちを代弁し,病院などに伝える役割をする「代弁者」(アドヴォケー ター)を選任することがで きる仕組みを創設するべきであるという提案がなされてい るものの,2013年の精神保健福祉法改正の作業の中では,ど のような者が 「代弁者」 となることができるのか,またその「代弁者」がどのような役割を果たすことになる のかが不明確であるとして,制度化は見送られたままである。 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害 第1 宇都宮病院事件 1 宇都宮病院事件の概要  宇都宮病院事件とは,1983年に栃木県宇都宮市にある報徳会宇都宮病院で,看 護師らによるリンチにより入院患者2名が死亡した事件である。事件発覚は,事件 1年後に,事件当時の入院患者たちが退院し,朝日新聞社に通報したことによる。  1984年4月,食事の内容に不満を漏らした入院患者が看護職員により 20分にわ たり金属パイプで乱打され死亡し,また,同年 12月にも,見舞いに来た知人に病 院の現状を訴えた別の入院患者が職員らにより暴行され,翌日に死亡した。  院長らは,この二例をいずれも「病死」として処理し,「暴行の事実はなかっ た」と完全否定したが,二例とも,数十名の在院者の面前で,白昼堂々犯行がなさ れたこと,二体のうち一体が発掘されて,暴行の事実が確認されたことから,暴行 を行った看護師ら及び院長が起訴され,全員に実刑判決が下された。 2 人権蹂躙の実態 (1)1984年3月 14日,朝日,毎日,読売の三大紙が上記の集団リンチ事件を一斉 に朝刊で報道したことで世間の注目を集めた。このことが契機となり,次々と閉 鎖病棟の内実が明らかとなった。無資格者による投薬,注射,点滴,膀胱洗浄な どの治療行為,レントゲン,心電図,脳波等々の検査行為が当然のように行われ ていた。この無資格者には,単に看護助手等専門資格を有しない者だけではな く,入院患者たる無資格者も含まれていた。また,作業療法と称して,精神病患 者には,配膳,箱折,除草,事務の手伝い,カルテの整理等の軽作業を,アルコ ール中毒患者,薬物中毒患者等には,大工仕事,農作業,院内の土木工事,自動 車小屋の建築,炊事,クリーニング等種々の仕事を課していた。また,そのうち 大学卒の患者には,回診の際のテープの翻訳,脳波・心電図等の各検査等の知的 な作業をそれぞれ課していた。さらには,病棟職員に対して,勝手に患者の入院 を断ったものは解雇する,患者を紹介した者には謝金を出すなどと周知し,1982 年9月頃には,許可病床数 700台のまま無許可病棟に収容するなどして収容患者 数を 900名台に乗せ,さらに入院患者を増やすことが院内で奨励されていた。加 えて,患者の生存中に標本番号を付した上で死後にその脳を無資格者の手で取り ― 58― 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害 出し,死亡患者の臓器を研究・学会発表の目的で東大等の医療機関へ有償提供す るなどしていた。 (2)雇用看護者数についても虚偽の報告を行い,少なくとも 2400万円の看護料を 県当局から不正に取得していた 39。判決 49の認定した事実によれば,病院の経費 を抑えるため,無資格者に看護業務を行わせることが常態化しており,1980年 秋頃には入院患者数 820名前後でこれに対する看護職員の法定必要数が約 135名 前後であるところ,資格者 27名前後,無資格者 35名前後で,いわゆる法定充足 率 50%弱であったものが,同年末頃以降資格者は 60名前後を低迷し,この間無 資格者が次第に増加して 1981年末頃からは資格者とほぼ同数となり,法定充足 率も 40%以下に低下した。さらに,入院患者数が 980名に達した 1983年11月 には法定資格者必要数 163名のところ,資格者は 63名で,法定充足率 38.7%, 100名の不足という状況であった。 (3)事件に端を発した調査を経て,1984年4月4日,参議院社会労働委員会にお いて,厚生省公衆衛生局長大池真澄氏は,次のように証言した。宇都宮病院で は,1981年に 58名,1982年に 79名,1983年に 74名,1984年に 11名,つま り,4年間に合計 222名の入院患者が死亡していた。病院医師の死亡診断書によ れば,そのうち 19名が不自然死であり,宇都宮警察は8名だけの不自然死を確 認した。しかし,これは老齢化による死亡期待値よりもはるかに高い数値であっ た 41。 (4)宇都宮病院事件を国際問題とした戸塚悦郎弁護士らは,当時宇都宮病院に収容 されている患者の釈放を求めて,東京高等裁判所に人身保護請求を行った。しか し,患者の対面調査ができないために却下されている 42。弁護士が申し立てた法 的手続によっても面会が実現できない状況について,何人かの国会議員は「病院 の医師が決めるべきことだ」と答えたという。これに対して,戸塚弁護士は「日 本国憲法のもとでは,拘禁された者は弁護士に面会する権利がある」と主張し た。 3 精神科病院の閉鎖性ゆえに明るみに出なかった事実  宇都宮病院における悲惨な人権侵害は,長い間密室内で闇から闇に葬られてき た。この原因は,第一に精神科病院の物理的閉鎖性と第二に精神科病院における通 信及び面会の自由,弁護人依頼権のはく奪という人権制約による外部社会からの遮 断という二重の密室性である。現在も,精神科病院において,自傷他害のおそれを 理由とした保護室又は閉鎖病棟への拘禁は常態化しており,宇都宮病院がとりわけ 特殊であったということではない。 4 宇都宮病院同様の精神科病院は全国にまだまだある  宇都宮病院事件はセンセーショナルに取り上げられ,国際社会からの非難を招 き,精神衛生法改正への契機となった。これに対して,日本政府は宇都宮病院事件 のケースは極めて例外的なもので,日本の精神科病院が全て同じ状況であるとは言 えないと,国連小委員会で述べている。しかしながら,後述のとおり,宇都宮病院 事件以降も,現在に至るまで閉鎖病棟における虐待等の人権侵害は絶えることがな い。当時としても宇都宮病院事件が殊更に特殊であったということはできない。昭 ― 59― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 和 59年度日本精神神経学会評議員会が,「報徳会宇都宮病院を医療機関として認め るべきではないと判断する」と決議したにもかかわらず,現在も事業は継続され, 精神科医療の一端を担っていることは,裏返せば,それだけの人権侵害を起こして もなお,その存在を精神科医療界が,さらには社会が許容してきたことの証左であ る。日本政府は,宇都宮病院事件を契機に精神衛生法の改正を行い,任意入院制度 を設置し,精神科病院内に公衆電話が設置されるようになり,入院者の異議申立て の声を反映させるための精神医療審査会が都道府県に設置されたが,閉鎖病院の密 室性を解消することはできないまま,今度は大和川病院事件が発覚した。 第2 大和川病院事件 1 事件の概要  大和川病院事件とは,1993年2月,大阪府柏原市の精神科病院「大和川病院」 で,入院患者の Iさんが暴行を受けた結果,死亡した事件,あるいは,この事件を きっかけに,以下のように様々な問題が発覚・発生した一連の事件である。  大和川病院の実質的経営者である安田基隆氏は,同系列病院として,安田病院, 大阪円生病院を経営していたが,大和川病院を含むこれらの病院(以下「安田系3 病院」という。)において,医師・看護者の数を大幅に水増しし,診療報酬を不正 に受給していたこと,看護婦免許証原本を病院に預けさせる等して看護婦 42の退 職の自由を制約していたこと,看護婦その他の職員に対して様々な言いがかりをつ けて罰金として給料から天引きしていたこと,無資格者が医療行為を行っていたこ と等が明らかになっていった。1997年 10月,大阪府は安田系3病院の開設許可を 取り消し,病院は廃院となった。また,1998年4月には,安田氏について,約5 億 8900万円の診療報酬の詐欺等により有罪判決が下された(その後安田氏は控訴 したが棄却され,上告中に同人が死亡したことにより公訴棄却となった)。  なお,大和川病院では,上記 Iさんの事件の前にも,入院患者が院内で暴行を受 けて死亡した事件が3件あったが,これらについては,大阪府の調査や処分は行わ れていたものの,病院の医療実態はほとんど改善されないまま,上記事件を迎える に至っていた。また,Iさんの事件以降も,大阪医療人権センターや弁護士らが求 め続けていたにもかかわらず,行政が安田系3病院への同時立入調査等の本格的な 調査を行ったのは,Iさんの事件から4年が経過した 1997年3月のことであった。 2 Iさんの死亡事件 44 (1)Iさん死亡事件の概要  Iさんは,1993年2月2日,大和川病院に入院した。入院時,Iさんには特に 内科的疾患や外傷等はなかった。それから2週間と経たない2月 15日,Iさん は,「重度の肺炎」ということで転院となった。  しかし,転院時,Iさんには,両眼球結膜出血,両眼窩部・顔面・右耳介前 部・頬部・下顎部の皮下出血,左脇窩から側胸・側腹部にかけてや右側胸部の皮 下出血,頭蓋骨亀裂骨折,左第七ないし第一〇肋骨骨折,肺挫傷等といった,全 身に暴行を受けた形跡があった。また,転院時に Iさんは,刺激に全く反応しな い状態であり,肺膿瘍を形成するほど重度の肺炎となっていたほか,脱水症状, ― 60― 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害 腎不全等も生じており,ほとんど危篤状態であった。  転院先で治療を受けたものの,2月 21日,Iさんは亡くなった。転院先医師 の通報により,事件が発覚した。  遺族が起こした損害賠償請求訴訟の判決によると,Iさんの死因は,次のよう なものであった。Iさんは,「殴る,蹴る,踏みつける等の暴行を受けて,肋骨 骨折,胸膜挫傷を生じ,これがきっかけとなって黄色ブドウ球菌に感染し,さら に,多数の他為による外傷が血液循環の悪化と抵抗力の低下をもたらして菌の増 殖を助長したことにより,肺全体に炎症が及ぶ大葉性肺炎及び多数の肺膿瘍を生 じさせ,強い呼吸困難を招来し,死亡した」。  そして Iさんは病院内の他の入院患者等から複数の機会に暴行を受けたが,病 院が暴行を防止すべき注意義務を怠り,Iさんに対する適切な処置や転院処置も 怠ったとして,病院の過失が認められている。 (2)Iさん死亡事件以前の事件  大和川病院では,1963年の設立以後,Iさん死亡事件までに,院内の暴行等に より患者が死亡した事件が他に3件あった。1969年4月には,看護助手が入院 患者をバットで殴って死亡させる事件が起こり,看護助手3名が傷害致死罪で有 罪となった。1969年7月には,入院患者2名が,看護人を補助する「患者世話 係」に選ばれていた入院患者1名を殺害する事件が起こり,この入院患者2名が 殺人罪で有罪となった。1979年8月には,看護助手3名が,入院患者が布団の 中でタバコを吸っていたという規則違反を理由に,入院患者に殴る蹴るの暴行を 加え,翌日容体が急変して死亡するに至るという事件が起こっていた。 3 大和川病院及び安田系3病院における医療・看護体制 (1)人員配置の状況 45  大和川病院は,524床の病床数を有しており,常時 500人前後の患者が入院し ていた。しかし,Iさんの事件の当時,常勤の医師は,院長を含めて2,3人し かおらず,その専門は産婦人科や内科であって,いずれも精神保健福祉法上の指 定医の資格を有していなかった。また,看護職員は合計 30名程度しかおらず, 看護婦の資格や経験のない職員が多数含まれていた。数少ない看護婦資格のある 者は,レセプト作成等の業務に従事させられていたことから,入院患者の看護等 のほとんどは,無資格の看護職員に委ねられていた。  そして,安田系3病院においては,これを隠ぺいするため,看護婦等の配置名 簿等について内容虚偽の書類を提出したり,医療監視対策として,退職した看護 婦の氏名や免許証のコピーを無断で利用して看護婦数を水増ししたり,勤務日数 を大幅に水増ししてタイムカード,勤務表,病棟管理日誌などを偽造するといっ たことを行っていた。医療監視の当日は,安田系3病院の調査時間のずれを利用 して,病院間を相互に移動して別人に成りすましたり,無資格者に看護婦の格好 をさせたり,違う名前の名札を付けさせたりしていた。1997年に大阪府が安田 系3病院に同時立入検査に入った結果,安田系3病院合計で,医師は病院報告数 78に対して在職が確認できたもの 33,看護職員は病院報告数 345に対して在職 が確認できたもの 102という結果であり,医師 11,看護職員 157が架空と確定 ― 61― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 された(架空と確定できなかったものは「調査不能」とされているが,名簿記載 の住所に居住が確認できなかった等であり,限りなく「架空」に近い)。医師・ 看護婦の数は医療法の定める基準の半分から3分の2不足している状態であっ た。  安田系3病院に勤務していたある看護補助者は,次のように語っている。「私 は,円生病院や安田病院は,病院じゃないと思います。患者の収容所です。」46 (2)大和川病院の運営の特徴 47  安田系3病院の実質的経営者である安田基隆氏は,新聞のインタビューに,次 のように答えたとされる。「患者に上下はない。受け入れを拒否される患者をど こか面倒を見ないといけない。そうした意味で社会的貢献をしている。」  大和川病院は,家族の要望を重視した管理体制をつくり,保護責任に困る家族 に患者の長期入院を保障し,入院要請があれば 24時間いつでも引き受け,薬物 依存,人格障害,単身者,生活破綻者,他院でトラブルを起こした患者などを拒 否せず,閉鎖処遇と威嚇によって患者を管理し,社会復帰はさせないが,管理困 難な患者は速やかに退院させ,患者が退院を望まなければいつまでも入院させる という方針を貫いていた。こうして,他の病院では断られる患者も引き受けてく れる病院という評価が定着していった。  しかし,大和川病院の病床の大半を占めたのは,病状や本人の特性上処遇が困 難というわけではなく,社会的要因から大和川病院に入院させられ,そのまま入 院が長期化していた患者であった。 4 弁護士面会の妨害 48(1)病院による面会妨害  Iさんの事件についての第一報がなされた後,大和川病院の入院患者から面会 の依頼が寄せられるようになり,大阪精神医療人権センターのスタッフや弁護士 による面会が実施された。  同センターのメンバーは,当初は入院患者との面会ができていた。しかし,1993年4月 19日の夜,突然病院職員から,「今日,本部から,『明日以降,人権 センターからの電話や面会は一切受けるな』と指示があった。私たちの給与が減 らされるので,病院にきても面会は受け付けられませんから,そのつもりで。」 と伝えられ,以後,弁護士が面会に赴いても閉鎖病棟の扉は明けてもらえず,本 人が面会を拒絶しているとして本人の署名のあるメモ書きが職員から手渡されて 面会が制限された。 (2)面会妨害に対する損害賠償請求訴訟  1994年7月,このようにして面会を拒絶された里見弁護士をはじめとする弁 護士8名が原告となり,病院側に対し,違法な面会妨害行為により被った精神的 苦痛の賠償を求める損害賠償請求訴訟を提起した。  これに対し,大阪地判 1998年2月 27日・判タ 1002号 267頁は,次のように 述べて,病院側に慰謝料の支払いを命じた。@患者の依頼により患者の代理人と なろうとする弁護士との面会を制限できない旨の法令の規定は,単に患者に対し て弁護士と面会を妨げられないとの権利を保障しただけではなく,弁護士に対し ― 62― 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害 ても患者と面会する権利を保障したものである,A精神科病院は,弁護士が患者 からの正規に依頼を受けていないとの疑いがある場合でも面会を拒絶できない, B患者が弁護士と面会する意思がないと表明した場合でも,それが患者の真意に 基づくものであるか否かを確認するために弁護士が患者と面会することを認める べきである,C患者の依頼により患者の代理人となろうとする弁護士とは,弁護 士が直接依頼を受けた場合に限らず,患者が家族・友人・公的機関・私的団体等 を通じて依頼した場合も含む。病院側は,この判決に対して控訴したが,別件の 和解と同時に取り下げたため,この一審判決が確定した。 第3 ロボトミー手術(前頭葉切除術)  精神疾患に対する脳外科手術は,1935年ポルトガルの Monizにはじまり,アメリ カの Freemanと Wartsによる術式の変更以来欧米において普及し,向精神薬が治療 の主役となる 1950年代中頃まで多数の精神病者に対して行われた。  日本では,1939年精神外科手術が初めて行われ,第二次大戦後,アメリカ医学の 影響により,ロボトミー手術を中心とする精神外科手術は急速に全国に普及した。そ の後,精神外科手術はアメリカで下火になったのと呼応するように,1950年代中頃 から衰退し始め,1960年代初頭以降は,精神外科に関する報告はほとんど見られな くなっている。  精神外科手術に関する議論は,1971年の日本精神神経学会において行われたロボ トミー手術に対する告発を契機として再び活発になった。この告発案件については, 次のように記録される。以下は第1章第2節第2でも述べたが,再記する。  1951年都立松沢病院で行われた 21歳の男性に対するロボトミー手術のカルテには 「手術前,手術台上にて,“どれ位切るんですか,かんべんして下さいよ,脳味噌取る んでしょ,どれ位とるんですか,止めて下さいよ,馬鹿になるんでしょ,殺されてし まうんじゃないですか,殺さないで下さい,お願いします,家へ帰らせて下さい,先 生,大丈夫ですか,本当に大丈夫でしょうか,死なないですか,先生,先生,本当に 死なないでしょうか,先生,先生,先生…”といった調子で執拗に常同的な訴えを繰 り返す。優雅さ(Grazie)が全然ない」と記載され,この患者は手術9日目に死亡し たという 49。  この告発を受けて,日本精神神経学会は実態調査を行った。また 1974年の同学会 の評議員会で,翌 1975年の同学会総会で,精神外科手術の廃絶を決議した 50。  実態調査の結果,1948年から 1951年までの3年間に実施したことが確認できたロ ボトミー手術は,約 1000件で,いずれも精神科病院での強制入院を利用して行われ たことが記録される。その施設及び件数を集約すれば以下のとおり。  都立松沢病院 80余人 51,松山精神病院 400人 52,三重県立高茶屋病院 230人,国 府台病院 57人,京都府立洛南病院 39人 53,武蔵野病院,武蔵療養所,桜ヶ丘保養 院,北全病院などで実施され 54,また千葉県内の国立2病院 43人 55,宮城県立名取 病院96人 56である。  他方,1947年の日本神経学会第 44回総会においては,1946年時点で桜ヶ丘保養院 において数か月で 42件の実施がされたことも報告されている 57。実施件数は 5000件 ― 63― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 を超えるとの指摘もある 58。このように,私立,公立,国立を問わず,ロボトミー手 術は実施されたが,その正確な実数・被害は明らかにされないままとなっている。  同学会によれば,いずれも,効果は否定的で,「人体実験」としてあるいは患者に 対する「抑圧管理の手段として」なされた,と総括している 32。  ロボトミー手術に関する代表的な判決には,札幌地裁 1978年9月 26日判決(判例 時報 914号 85頁.1986年3月控訴審で和解成立)がある。この判決では,精神障害 者であっても「患者本人において自己の状態,当該医療行為の意義,内容,及びそれ に伴う危険性の程度につき認識し得る程度の能力」を具備しているなら,手術につき 個別の同意を要するとし,病院側に賠償責任を認めた 59。そのほか,愛知県,秋田 県,青森県でも被害者による提訴がなされている。しかし,膨大な数の実施例がある ことは明らかであったにもかかわらず,国による全国的な調査・検証は行われず,術 後多くの被害者は,精神科病院の片隅でひっそりと人生を終えたとされる。ロボトミ ー手術に医学的根拠がないことは歴史的に明らかになったにもかかわらず,その検証 及び被害者に対する救済はなされることはないままに,外科手術によって脳を侵襲し 個人の人格を改変したという極限的な人権侵害が,闇に葬られている。  第4 その他の人権侵害の歴史 1 長期かつ多岐に渡る人権侵害  原昌平氏のまとめによれば,1954年から 2014年までの 60年間において,全国 の精神科医療機関で主要なものだけでも 177件もの虐待人権侵害事件が発生してい る(個別の医療過誤や患者同士の刑事事件は含まない) 60。これらのうち 1999年以 前の発生事案は 60件であるが,今日のように大きな社会問題となっていなかった ため,明るみに出なかった事案が多数存在すると思料される。  事件内容も,不正受給や無資格医療,個人情報の紛失から火災による患者の焼 死,患者に対する人体実験や使役労働,傷害やわいせつ行為に至るまで,多岐にわ たっている。 2 2010年以降の主な侵害事例  2010年代に入っても,全国の精神科病院での虐待・暴力事件がなお明るみに出 続けている。主な事例は次のとおりである。 @ 2012年1月には千葉市の石郷岡病院において,准看護師ら2名が 30代の男 性患者に対し,顔を踏み付けたり,首を押さえ付けたりすると暴力行為に及ぶ 出来事があり,患者は寝たきりに陥った。准看護師1名は罰金刑を宣告された が時効を理由に免訴となり,他の1名は無罪となった。 A 2012年3月には新潟県立精神医療センターにて,看護師ら8名が入院中の 30代男性患者に対し,10か所以上の骨折や全身打撲の傷害を負わせた可能性 のある事件が発生した。新潟県が告発を行い,被疑者不詳で書類送検がなされ ている一方,うち1名の看護師が自殺している。  なお同センターでは 2015年9月にも,両手の拘束を一時的に外された患者 から殴打を受けた男性看護師が患者を殴り返し,顔面を受傷させる出来事が起 きている。 ― 64― 第3節 精神科医療において繰り返されてきた人権侵害 B 2013年5月,群馬県の西毛病院で,職員が入院中の患者男性を殴り死亡さ せる事件が起きた。元職員は,懲役3年の実刑判決を受けた。 C 2013年6月頃から,東京都の松沢病院にて,看護師が少なくとも4名の入 院患者に対し,暴力や暴言に及ぶ出来事があり,同病院は謝罪の上,再発防止 を約した。 D 2013年9月,佐賀県の肥前精神医療センターで,50代の男性看護師が女性 入院患者の顔面を殴打したほか,肋骨骨折の重傷も負わせたとして逮捕され た。 E 2015年 12月,長野市の栗田病院の精神科医が,10代の女性入院患者に対 し,体を触るなどのわいせつ行為に及ぶ事件が発生した。同医師は懲役2年の 実刑判決を受けた。 F 2017年4月末から連続 10日間にわたり,神奈川県大和市の大和病院で身体 拘束を受けていたニュージーランド人青年が救急搬送されたが,心臓発作で死 亡した。 G 2018年3月,山形県酒田市の山容病院で,男性看護師が暴れた患者を押さ え付けた際に,「殺すぞ」などと発言し,右腕の骨を折る大けがを負わせた。 H 2019年5月,府立大阪精神医療センターにおいて,男性看護師が男性患者 の顔を平手打ちしたり,足を蹴りつけたりする事件が起きた。ビデオカメラ映 像から事件が発覚した。 I 2020年3月,兵庫錦秀会神出病院で,看護師ら6名が入院患者らに放水を 行い,キスを強要し,ベッドに監禁するなどしたとして,準強制わいせつや監 禁容疑で逮捕された。同年中に全員が有罪となり,うち3名が実刑判決を受け たほか,神戸市が精神保健福祉法に基づく改善命令を発した。  しかし同病院では 2021年5月にも,看護師による暴行事件が起きた。 J 2020年 12月,京都府立洛南病院において,看護師が入院患者の足を蹴りつ けたり,押さえ付けたりする事例が起きている。 3 本シンポジウムに向けたアンケート結果から  前述した本実行委員会が,2020年6〜7月に実施した精神科病院入院経歴者に 対するアンケート調査でも,1040名の入院経験者のうち 841名が入院中の被害体 験を訴えた。  それら被害の内訳は,プライバシー侵害が 278名(33.0%),暴力が 132名(15.7%),性被害が 63名(7.5%)などである。 4 小括  以上のとおり,精神科病院の入院患者に対する虐待や人権侵害の事例は,今日で も全国的に発生しつづけており,精神科病院において人権侵害がなくなったなどと は到底言えない。 第5 日常的な虐待・ハラスメント  以上の具体例に示した通り,精神科病棟における人権侵害事件は,顕在化,事件化 した陰惨な暴力事案だけでも後を絶たず,収束の見込みもない。 ― 65― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  このようなあからさまで,かつ違法な暴力事案の他にも,合法的な体を装った虐 待・ハラスメントも同様に後を絶たない。もしくは病棟内の日常性に埋没しがちであ るが,非常に不合理で陰険な抑圧も数えればきりがないほどである。このことは,前 述の当事者からのアンケート結果,インタビュー結果からも明らかである。  合法的な体を装った虐待・ハラスメントとしては,隔離や身体拘束を隠された懲罰 や見せしめの意図のもとに行うことなどが代表的である。病院の管理・抑圧体制に対 して反抗的であったり,自分の当然の権利を主張したりする入院者らの気力を削ぐた めに,懲らしめとして隔離・身体拘束等を使用するのである。患者たちは隔離室(保 護室などと呼ばれる)のことを「ガッチャン部屋」などと言って恐れる。「ガッチャ ン」とは,ガチャガチャと音のなる鍵がかかり,閉まるときに「ガチャ―ン」という 鈍く重い音を立てるその鋼鉄の扉のことをうまく言い表している。法律上は合法であ るかに見える隔離・身体拘束という制度も,閉鎖病棟という権力構造の下,このよう な抑圧の手段となり得るのである。  また閉鎖病棟では,患者の容態が悪いなどと言って,容易に電話や手紙などの通信 手段さえも奪うことができる。  さらに,日常性に埋没しがちな虐待・ハラスメントとして,例えば,おやつを与え ないとか,病棟スタッフが入院者のことを「くん」付けで呼んだり「ちゃん」付けで 呼んだりすることなどもある。入院者が病棟スタッフに逆らったり不服を言ったりな どすれば,看護師が「あんたはまたガッチャン部屋だよ!」などと言って恫喝するの である。  ある事案では,ほとんど医者の診察などないような状況で,入院者が「風邪をひい たからちょっと見てくれ。」と頼んだところ,医師が出てくるには出てきたが,にや にやと笑いながらわざとらしく首をかしげながら,血液を立て続けにシリンダー3本 も無意味に抜いていったという。これはつまり,「生意気に診察など要求すると,血 液を抜かれることになるのだ。」という陰険な恫喝である。一体,風邪を引いただけ なのに,風邪薬も与えられず,血液だけ抜き取られるなどという不合理があっていい ものだろうか。  このような中で最も人間として悲惨かつ侮辱的状況としては,精神科病棟のような 被抑圧的環境に長期間置かれると人間は,状況を共にする,例えば患者同士でもお互 いを傷つけ合うなどしてしまうことがある。医療者たちという圧倒的権威に抑圧され た入院者たちは,より弱い者である同じ入院者に攻撃を向けてしまうこともあるの だ。同じ入院者が医療者たちからいじめを受けていたり,入院者同士でいじめ合った りしていても,無関心を装ったり,抑圧者側に迎合して加勢したりする。このような 状況は,ナチスの収容所を描いたV・Eフランクルの『夜と霧』にも詳しく述べられ ているところである。  抑圧的・権力的閉鎖空間である精神科病棟は,このような倒錯状況を生じさせ,し かもそこにいる人間の感性を麻痺させてしまうのである。  閉鎖的被抑圧空間では,日常的に虐待・ハラスメントが生じやすい環境になってい るのである。  少し考えてみればわかることだが,一旦入室するとそこから自分の意思では出られ ― 66― 第4節 差別的な法制度と医療制度 ない・いつ出られるかわからない状況など,精神障害のない人であればまず経験しな い。しかし,世の中から巧みに隠蔽された現実問題として,このような閉鎖空間が精 神科病棟には日々展開されている。それは,閉鎖病棟である限り,表面上の法形式が 強制入院であっても任意入院であっても変わりはしない。入院者が自分の意思で自由 に外部に出られない状況は同じである。そしてその閉鎖空間には,圧倒的社会的地位 と信用を誇る医師たちを筆頭に,専門的かつ秘儀的と言ってもいいような,一般人に は反論が容易ではない不思議な知識と権威で武装した医療者関係者たちが,支配者と して監視の目を巡らせている。その一方では,能力無き者,能力の減弱した者と言わ れる弱者たち,二級市民化された者たちが,被支配者として管理・監督されている。 しかもその閉鎖空間には外部の目,常識の目は決して届かないようになっている。こ のような片面的権力構造は,先に述べた宇都宮病院事件等の虐待事件にも共通した構 造的問題であるが,批判する者は日本にほとんどいない。  このような状況であってみれば,宇都宮病院事件等の凄惨な暴力事件をはじめ,陰 湿な虐待・ハラスメントが横行するのはある意味では当然とも言える。 第4節 差別的な法制度と医療制度 第1 強制入院制度,行動制限制度の差別性  ここでは精神保健福祉法(以下「法」という。)上の措置入院,医療保護入院及び 行動制限の差別性を考察する。加えて,適正手続の観点からもその差別性を考察す る。 1 措置入院  病人が病気を治療するために医療的措置を受けるか否かは,彼の自由意思に委ね られるのが一般原則である 61。  もっとも 1998年に制定された,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に 関する法律は,都道府県知事に対し患者を強制的に入院などさせる権限を定めてい るところではある。  しかし,これらの感染症等ではないにもかかわらず,精神科医療分野において, 法は,措置入院という都道府県知事の権限に基づく強制的入院を認めている。ここ に精神科医療における強制入院の大きな差別性が潜んでいる。  一般に措置入院は,主としてポリス・パワーの思想に基づいて認められる人権制 約と言われている 62。ポリス・パワー思想とは,強制権限の根拠をもって,精神障 害のある人の社会に与える脅威を除去することに求める思想を言う 63。近年では, 不確かな危険性に基づいて患者を拘禁することの人権侵害性に対する反省から,こ れをパレンス・パトリエ思想に基づくものと捉える行き方も有力になっている 64。 パレンス・パトリエ思想とは,精神障害のある人は自己の医療的利益を選択し決定 する能力を欠いているから,本人に代わって社会が選択・決定して医療を加える必 要があるという思想を言う 65。  実際には,措置入院は純粋に精神障害のある人のための制度というよりも,犯罪 や社会的迷惑の防止,近隣社会の安心という治安的な動機から運用される実態があ ― 67― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 る 66。他害行為のおそれは一般人にも認められることがあるのに,精神障害のある 人だけこのような事前抑制的な自由剥奪制度が設けられていることの偏頗性は明ら かである。前掲池原の示す例を挙げれば,精神障害のない人が復讐のためにバット を買っても傷害罪の予備罪にはならない。しかし,精神障害のある人が被害妄想か らある人に復讐しようと考えてバットを買えば措置入院によって自由を剥奪される ことがある。精神障害のある人にだけ事前抑制制度があることはあまりにも理由の ない差別であり,日本国憲法の保障する法の下の平等原則に反するし,障害者権利 条約 14条における障害を理由として自由を奪われることがない権利をも侵害する ものである。  以上から,措置入院制度の精神障害のある人への差別性と予防拘禁性は明らかで ある。 2 医療保護入院  法 33条における医療保護入院は,精神科病院管理者が,精神障害のある人を家 族等の同意のもと「医療及び保護のため入院の必要がある者」として,任意入院が できないことを要件に,強制的に入院させる手続である。この制度も精神障害のあ る人であることを要件としているので,その差別性が問題となる。  一般的に医療保護入院は,パレンス・パトリエ思想に基づいて正当化されると言 われている。つまり,精神障害のある人は自己の医療的利益を選択し決定する能力 を欠いているから,本人に代わって社会が選択・決定して医療を加える必要がある というのである。しかし,どうして精神障害のある人に自己の利益に関して判断能 力がないと確定できるのか疑問であるし,そのことがどうして強制的拘禁の根拠と なるのか,全く不明と言わざるを得ない。  第一に,人間の自己利益に関する判断能力に関する客観的指標は皆無であって, それはその時の医療者や周辺社会の価値観を投影したものに過ぎないかもしれな い。そのような不確定な基準でもって強制的な自由剥奪の根拠とすることは不可能 である。このことは,精神障害のある人の思考は不合理であって医療側の判断は常 に合理的だという,階層的・社会的ドグマに基づくとさえ言い得る。  第二に,仮に当該精神障害のある人に自己利益の判断能力がないとしても,その ことがどうして一私人であるに過ぎない医療者のみの判断による強制的拘禁の正当 化に帰結するのか。強制を根拠付けるためには,その強制を基礎付ける害悪及び利 益が明確に示される必要がある。強制的に入院させないことでその患者に看過しが たい害悪が生じ,強制入院することで他では得られないメリットがあるということ を明確に示して初めて,強制が許容されるはずである。そのような明確な要件の外 延の設定もない医療保護入院制度は,漠然かつあいまいな要件設定であって,反人 権性が甚だしい。  第三に,仮にそのような害悪と利益の考量を完璧に施すことが可能だとしても, 一般人にはそのようなパターナリスティックに自由を剥奪される制度は全くないと いうことに注目する必要がある。つまりその者が一般成人であって精神障害がなけ れば,どんなに愚行を重ねようが,犯罪実行行為に至らない限り,拘禁されること はないのである。この点でどうして当該精神障害のある人に抽象的に利益があると ― 68― 第4節 差別的な法制度と医療制度 いうだけで,強制的な予防拘禁に甘んじなければならないのか,その差別性は明ら かである。  強制医療を支持する言説の側は,この差別性を,「医療の必要性」や「医療を受 ける権利」というワードで弥縫し,中には憲法 25条の生存権にその強制の根拠を 求める言説さえある 67。しかしそもそも,必要だから強制するのだ,しかも医療か ら収益を得ている一私人の判断によって,という行き方は,あまりにも乱暴であっ て,反人権的である。医療の必要性があるというのであれば,徹底的に対話及び説 得に当たればいいのであって,そのための社会資源を割かないでおきながら,融通 無碍の強制権限を医療に与えてしまうことがいかに危険なことかを,我々は認識す べきである。ましてや,憲法上の生存権が強制を基礎付けるなどという考え方は, 個人の自己決定権を根源とする憲法学的にあり得ない議論である 68。 3 行動制限  法 36条は,精神科病院の管理者に対し,入院中の者につき,その医療又は保護 に欠くことのできない限度において,その行動について必要な制限を行うことがで きるとしている。同条及び法 37条を受けて昭和 63年4月8日厚生省告示第 130号 では,通信・面会の制限,患者の隔離及び身体拘束について規定している。ここで は,近年精神科病院の処遇で問題となっている,隔離・身体拘束について考察す る。特に,全国の精神科病院で身体拘束を受けている患者は,2018年6月 30日時 点で約1万 1300人に上り,その 10年前に比べて 1.4倍に増えているとされている (2019年9月1日読売新聞)。こういった面から,身体拘束を中心に考察を進める。  身体拘束は,最も制限の少ない方法により(最小限性),一時的に(一時性),他 に良い方法がない場合にやむを得ない処置として(補充性),ア.自殺企図又は自 傷行為が著しく切迫している場合(切迫性),イ.多動不穏が顕著である場合(現 在性),ウ.患者の生命まで危険が及ぶおそれがある場合(重大性)に限定して認 められるものである(1988年4月8日厚生省告示第 130号)。  しかし身体拘束は,肺血栓塞栓症いわゆるエコノミー症候群や誤嚥,心停止など を惹起するおそれもある非常に危険な行為である。読売新聞の各警察本部に対する 取材によれば,死亡前に拘束されていたケースのうち,司法解剖の結果などから, 拘束との「因果関係がある」か「因果関係が否定できない」と判断した事案につ き,該当は 2016年1月から 2018年 11月の約3年間で計 47人に上ったとのことで ある(前掲読売新聞記事)。これとて把握されているのは一部に過ぎないとみられ ている。  これだけの身体拘束実施数と身体拘束に基づくとみられる事故を惹起しているに もかかわらず,医療現場において身体拘束は漫然と,人手不足を理由に開始・継続 されている疑いがある。  名古屋高等裁判所金沢支部 2020年 12月 16日判決では,私立単科精神科病院に 医療保護入院した男性が身体拘束を受け,同身体拘束解除直後に,肺血栓塞栓症に よって死亡し,遺族が病院側に損害賠償請求したが,この事案では身体拘束開始の 要件非該当性が認められ,請求が認容された。(なお,この裁判は 2021年8月現 在,上告受理審に係属中である。)この他にも各地で身体拘束の開始あるいは継続 ― 69― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 が違法であったとして損害賠償を求める裁判が多数係属中である。  つまるところ,精神科病院では看護師等の医療スタッフが不足しており,一般的 な民間精神科病棟では,日中の勤務帯は 50人の患者を 10人の看護師らで業務して いるが,夜勤帯になると一挙に2名となる現状がある。こういう状況では人手不足 により,同僚に気遣いなどしてどうしても隔離・拘束を推進するしかなくなる。そ ういったことで隔離拘束を減らそうという意識が削がれているとのことである。杏 林大学の長谷川利夫教授が 2008年から 2009年にかけて,北信越地域の精神科病院 19か所に協力を依頼して行ったアンケート調査によれば,「職員が今より多ければ 隔離・身体拘束は現状より減らせると思う」が 61.3%の回答率ということであ る 69。  このように病院側の人員配置の希薄さという,当の精神障害のある人には何ら帰 責性のない要因でもって,長期間かつ危険極まりない身体拘束などの処遇を受けざ るを得ない現状は,精神障害のある人への差別そのものであると言い得る。 4 適正手続  法による強制入院には,看過できない適正手続違反がある。それは端的に,精神 障害のある人の人身拘束に対する司法的救済手続が無化されていることである。法 によれば,強制入院を強いられた精神障害のある人には,精神医療審査会への退院 請求及び処遇改善請求以外には事後的救済の手続は用意されていない。しかも,精 神医療審査会の合議体のメンバーは大半が医療者であるという,構成的に同僚審査 であって非常に偏頗なものになっている。精神医療審査会の審査には対審構造は予 定されておらず,弁護士の選任は必要的でなく,資料開示の請求権がなく,本人の 審査会審議への出席は保障されていない。さらには,審査には理由がほとんど付さ れていないに等しく,上訴の手続も予定されていない。これでは全くの暗黒裁判で あって,とても「準司法手続」などと言える代物ではない。  日本国憲法 34条の基礎となった英米法の原則である Habeas corpusルールによ れば,権力によって人身を拘束された者は,直ちに公平な裁判官の下でその拘束の 適法性の審査を受けることができなければならないが,現行の強制入院制度はこう いった法理的な基本原則を無化する,適正手続の保障のない恣意的なものとなって いる。 5 その他医療内容の差別性  患者を強制入院させることができるかどうかの問題と,患者にいかなる医療がで きるのかという問題は,別個の問題である。強制入院の可否と強制治療の可否の問 題は別の問題であり,世界各国ではこの問題に関し様々なバリエーションの制度モ デルが存在する 70。  入院同意と治療同意を別のものとする考え方は,アメリカの判例では,入院中の 精神病者に治療拒否権を認めたロジャース事件 71判決が有名である 72。アメリカに おいて現在では,この問題を審理した全ての裁判所が強制入院患者の治療拒否権を 承認しているといってもよい,とされている 73。  日本において法は強制入院を定めているが,強制入院中の患者に対する医療機関 の強制治療権限は定めていない。法は,強制力の発動について全く要件と手続を定 ― 70― 第4節 差別的な法制度と医療制度 めていないことから,医療機関側に強制力を行使する権限を認めた法律とは解し得 ない。さらに,入院決定には入院中の患者に対する強制治療の許可が含まれている と解することもできない。したがって,実定法上,治療を強制することを許容する 根拠法は存在しないので,患者が治療を拒否した場合にはその意思に反して治療を 強制することは許されない。  適正手続観点からは,もし仮に治療の強制が認められるのであれば,その手続に は,治療者から独立した第三者的立場の者が関与することが必須であるが,法で は,事前事後の第三者機関による審査はわずかにしか予定されていない。精神医療 審査会があるにはあるが,これは司法的な機関とは言い難い,なんの適正手続的保 障のないシステムである。  法におけるこのように不十分な人権擁護システムの下,精神障害のある人に対す る強制治療を許すことは適正手続に反して患者の人権を侵害するものである。治療 行為につき個別的に対象者の同意を必要とするのが当然である。  それにもかかわらず日本の精神科病院の現状では,強制的な投薬,電気ショック 療法などの患者の意思に反する強制的医療が当然のようにまかり通っている。この 状況は一般医療においてはあり得ない差別そのものであって,日本の恥ずべき人権 状況を端的に表している。 第2 他の医療には認められない低水準の人員配置を認める「特例」  病院の人員配置標準は医療法施行規則 19条に規定されているが,長い間,精神科 病院の基準は一般病院よりも少ない人員配置でよいとされてきた。第2節第5で詳述 した「精神科特例」である。  2000年の第4次医療法改正により特例は施行規則化されたが,実際の医師の配置 基準は特例があった当時と同じである。  この精神障害のある人を差別して薄い人員配置を許容する精神科特例は,実質安価 な報酬体系と相まって,精神障害のある人に対する医療を安価で質の伴わないものに 劣悪化させている。  2000年 12月 11日における公衆衛生審議会精神保健福祉部会議事録を見ると,政 府側は,1958年における精神科特例制定の際の議論においては「科学的に」十分に 討議されて特例が設置された旨弁明しているが,抽象的に科学的と言っているだけで あって,何らその差別の理由の内実は示されていない。常識的に考えれば,一般病棟 よりも精神科病棟の方が手数がかかると思われるが,そこをあえて手薄な人員配置を 許容しようということに科学的な理由があるようには思えない。突き詰めれば,精神 障害のある人に対するいわゆる「二級市民扱い」という差別意識がその根底にあるよ うにしか思えない。いずれにしろ,このような不合理な差別がいまだにまかり通って いるのが日本の精神科医療の実情である。  そしてこのことによって,安上がりで劣悪な人員配置を招来し,挙句の果てに医療 側は人員不足による業務効率化のために隔離・身体拘束せざるを得ないなどとのエク スキューズまでしている。このことは精神障害者差別が生んだ悲劇というほかない。 しかし,いまだに政府及び精神科医療側は,これらを改めようともしない。 ― 71― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 第3 差別的な制度とその運用を支えるもの 1 パターナリズム(法理学的・憲法学的議論)  近年,「精神障害者は何をするかわからない。危険極まりない人たちだ。だから 保安的に隔離しておくべきなのだ。」というむき出しの差別や偏見を声高に言う者 は減少している。その代わりに台頭してきたのが,「医療の必要性」を強調するパ ターナリズムに基礎付けられた論調である。  ここに言うパターナリズムとは,「本人の保護を目的として他者(公権力や私 人)が介入し本人の自由・権利を制約することが正当化されるとの考え方・原理」 をいう 74。また,パターナリスティックな介入とは,「公権力が本人の保護を目的 として,本人の自由権・自己決定権を制約すること」をいう 75。G・ドゥオーキン もパターナリスティックな介入として,精神疾患患者本人による自己加害を阻止す ることを目的として行われる民事拘禁措置を例示しているとのことである。  上記竹中氏の書籍によれば,基本的人権の制約の正当化原理としては,@他者加 害阻止原理(ないし内在的制約原理),A社会権実現等の非消極的目的から経済的 自由は制約しうるとの原理(ないし外在的制約原理),B自己加害阻止原理(ない し限定されたパターナリスティックな制約原理)を挙げることができ,精神障害の ある人の人身の制約は@もしくはBの原理によって正当化されうるか吟味されなけ ればならないとされている。そして,正当な保護目的が直ちに保護手段を正当化す るものではないと言っている 76。当然にその保護手段には必要最小限性という制約 が伴わなくてはならない。  上記の他者加害阻止原理は,J.S.ミル 77に言う,「他者危害原理」(harm to others principle)としても有名である。そこでは「文明社会のどの成員に対してに せよ,彼の意思に反して権力を行使しても正当とされるための唯一の目的は,他の 成員におよぶ危害の防止にある。」と言明されている。他者危害原理は近代リベラ リズムの基本原理の一つであり,裏から見れば自己決定原理でもあると言う 78。  一方,自己加害原理はジョン・ロールズによれば 79,「パターナリスティックな 介入は理性と意志に明らかな欠陥または欠如がある場合に限って正当化されるべき こと。(中略)パターナリスティックな原理は私たち自身の不合理さに対する防御 である。」とされている。  精神障害のある人の権利と強制入院の関係を「自由と健康」という二つの価値の 相克と捉え,「精神疾患それ自体最も甚だしい強制的マインド・コントロールであ り,最も激しい『人間の完全性への侵入』である」として,「精神障害者を治療の 鎖から解放することはその者にとって『権利の上に朽ち果てる』ことに他ならな い。」したがって人間の尊厳を保持するために「真の自由を探求すべきだ。」などと いう Thomas Gutheilという人の言説がある 80。つまり,「医療の必要性」に基づい て「医療を受ける権利」を保障することが真実人格の尊厳を守る途だとして,パタ ーナリズムに基づく医療的介入を肯定しようとするのである。このことは,精神障 害のある人に特化した予防拘禁がいかなる意味でも過少包摂であって,現代社会で は許容されないという近年の認識に導かれたものと推察される。つまり,ポリス・ パワー的原理に基づく精神障害のある人への予防拘禁が,許容されざる差別である ― 72― 第4節 差別的な法制度と医療制度 ということをオーソリティーの側寄りの論者も自覚し始めたことの証左であるとも 考えられる。  しかし,いかに精神障害のある人の自律権回復,尊厳の維持などの正当な目的を 掲げようとも,その正当な保護目的は直ちには保護手段の正当化を意味しない。  医療側は本人の尊厳,健康などという制約目的を掲げ,パターナリズムによって その介入が正当化されるという考えを基本思想としている。その点にこそ精神医学 の職責があり,科学としての栄光が存するとの信念である。これらのパターナリズ ムに彩られた強固な信念こそが,これまでの精神科医療における強制入院の正当化 を支えてきたものである。  このような,「いわゆる障害者の尊厳を阻害する要因である精神障害を改善させ るために自由の剥奪または制限を伴う医療を受けさせることは本人の利益である」 という説明は,一見すると合理性があるように見える。これはすなわち,強制入院 は社会防衛や治安のための制度ではなく,むしろ,不幸な精神障害のある人の治療 のための制度であるという説明である。そこにあるのは,社会は変えることはでき ず変える必要もない所与の存在であるから,その社会に適応できるように個人を変 えていくというアプローチである。  しかしそこには,障害のある人が社会から脱落していくのは多様性を無視して多 数派のみに適合した社会を作っているからだという視点が欠けている。社会を人間 の多様性に寛大で適合性の高いものに変えていく戦略が求められているのに,問題 を医療アクセスの問題にして矮小化,医療化し,精神障害のある人に対して刑罰に よっても課しえない自由の剥奪と制限を行うと同時に,社会側の問題の解決の途を 閉ざす行き方が採られている。つまりパターナリスティックな粉飾は,このような 問題をはらんでいるのである 81。 2 パーソン論あるいは近代合理主義的人間観・機械論的人間観  それでは,なぜこれまで精神障害のある人だけに特別な権利制約を課してもそれ を差別と考えてこなかったのか。そこにはそもそも「人間であること」や「人格で あること」に関する何か特別な観念があったのではないか。以下にそのような観点 から考察を加えることとする。つまり,人間観の問題である。  ある者が「人格」(生命権の主体)であるためには「自己意識があること」とい った条件が必要であり,そのような条件を満たさない存在者の死を引き起こすこと は許されるという議論は「パーソン論」あるいは「人格論」と呼ばれている 82。パ ーソン論は,人工妊娠中絶の正当化に関する議論をはじめ,重度障害新生児の治療 停止や安楽死,脳死状態の患者に対する延命治療の中止に関する議論など,生命倫 理に関する様々な議論の中で用いられてきた。パーソン論は,1970年代から 80年 代にかけて英米圏で議論の対象とされてきた。主な論者にトゥーリー,エンゲルハ ート,シンガーなどがいる。  バイオエシックスの分野,もしくは上記に見るとおり法理学,憲法学において は,パターナリズムに対しては批判的,限定的適用の論調が強いが,これらに対し て,パターナリズム批判に基づく自己決定権尊重の論理を逆手に取る形で「パーソ ン論」という奇妙な論理が登場したとも言える 83。つまり,個人の自己決定が尊重 ― 73― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 されなければならないのだから,自己決定能力のない人間はヒトであっても,「人 格(person)」とは言えないというのである。  パーソン論は,近代西洋哲学における「人格」概念を生命倫理に応用したもの で,近代西洋哲学では「人格」(person)とは自己意識と記憶の主体であり,権利 義務の主体であると考えられてきた。この人格概念は,基本的にジョン・ロックの 人格概念に由来する。カントも人格を「理性的で自律的な行為者」と規定した。そ れらのように,人格を「自己意識のある理性的存在者」と考え,そのような人格だ けを権利の主体として理解する発想がパーソン論の基礎となっている。  このような近代合理主義的人間観を基盤とするパーソン論は,そのような理性的 存在ではない幼児,重度の知的障害のある人,重度の精神障害のある人,重度認知 症患者などの権利主体性を容易に否定する帰結へと導かれることとなる。また,人 格ではないものはモノであるというような,極度に単純化された二分論に陥りがち である。ナチス時代のドイツでは,障害者の組織的殺害が行われたが,それを理論 的に正当化した思想は一見するとパーソン論にも似た主張が展開されていたのであ る。  しかし少々批判を抑えポジティブに捉え直してみると,もともとパーソン論は人 工妊娠中絶を希望する母親や,苦痛にさいなまれた重度障害新生児などの家族に対 する思いやりから生まれた理論だったともいえる。  それにしても,パーソン論が容易に障害者の権利主体性を否認するかのような論 旨に移行する危険性を持った思考形態だったということは確かである。その意味で は,パーソン論及びそれの基礎となる近代合理主義的人間観も,ともすれば功利主 義・能率主義と結びついて安易に多数者側,つまり「完全な意味での人格」にとっ て有益であるか否かによって人を選別し,精神障害のある人など経済効率不適合な 者たちを不要な「モノ」として切り捨てていく思想に流れがちであったのである。  こうしたパーソン論に代表される近代合理主義的人間観それ自体が,精神障害者 差別を支えてきたことは否みがたい事実である。  もう一つ付け加えるとすれば,精神科医療,近代医療を支える生物科学主義の源 流となっている,デカルトやド・ラ・メトリ流の機械論的自然観・人間観も批判的 に検討されるべきであろう。人間を身体と精神に二分し,あたかも人間を精密機械 のように見立て,極めて客観的にのみ観察しようとするその徹底した科学主義は, 人間を総合的に感情や信念を持った社会的存在として見る目を損なってきたのでは ないだろうか。  我々は一旦,近代合理主義が所与の前提としてきた主体・客体,精神・肉体,自 己対世界という二分論を脇に置いて,哲学者西田幾多郎が『善の研究』に言うよう な主客未分化の自然な原初状況に立ち返り,近代西洋的主体概念を超えた,「人 格」把握の根本的パラダイム転換を図ることが求められているのではないだろう か。 3 社会学的考察 (1)医療化論  医療化とは,従来は医療的領域外にあった様々な現象が医療的現象として再定 ― 74― 第4節 差別的な法制度と医療制度 義される傾向を意味している 84。医療化論の代表的な問題構成の一つに,「逸脱 の医療化(medicalization of deviance)」と呼ばれるものがあり,これは従来逸 脱として道徳上規定されていたり,刑法上犯罪として定義されたりしていた社会 現象が医療化されることを意味し,定義は変わってもその現象によって喚起され る道徳的感情は変わらない 85。そして医学的パースペクティブに基づく問題現象 の発見と定義が他のパースペクティブによるものと比べて正当化されやすいとい う傾向が指摘される。例えば社会運動家による問題現象の提示は,その前提に何 らかの政治道徳的理念を示すので,制度化の道は険しい。これに対して,医療専 門職従事者による問題現象の発見と定義は,それが特定の政治的理念を前提とし ている場合であっても,知識・技術の独占と不可分に結びついており,その前提 を隠蔽し,外部からの干渉を拒絶しやすい構造になっている 86。  これらのことは,古くは第二次大戦後の優生手術によるおぞましい障害者の身 体への侵襲,近年のサイコパス概念の氾濫,軽症うつ病診断の濫用,ひきこもり に対する社会的差別などを考えるとわかりやすい。民族の優秀化,人口政策,社 会にとって邪魔であり経済的に不要とみなされた者たちの排除という政治的意図 を,巧みに医療的な装いをもって残虐かつ容赦なく執行していった優生保護政策 は,やっと近年になって問題化され集団的訴訟に発展しているところである。ま た,医療観察法の制定も,池田小学校事件による社会不安に乗じて,巧みに刑事 政策・保安政策を医療化したものと言えるであろう。  そして最も医療化に隠された政治的意図が成功しているのが,日本の精神科医 療であるといえないであろうか。つまり,経済効率的には不要かつ重荷であるよ うな人々,社会から迷惑がられているがそうかといって犯罪者でもないような 人々,マジョリティ社会側の問題性・不当性によって周縁化され貧困化された 人々を,巧みに医療的タームを用いて良心の呵責なく社会から排除し,不可視化 する政治的意図が,見事に日本の精神科医療において結実していると見ることが できないであろうか。このような政治的意図による医療化こそが,日本の精神障 害者差別を支えてきたものではなかろうか。 (2)専門職支配  医療社会学において,「専門職支配(professional dominance)」とは,医師に よる医師以外の人々,特に患者及び医師と連携する専門職への支配を意味す る 87。ヴェーバーの古典的定義によれば,「権力」とは「ある社会関係の内部で 抵抗を排してまで自己の意思を貫徹する全ての可能性」であり,「支配」とは 「ある内容の命令を下した場合,特定の人々の服従が得られる可能性」である。 つまりここでは医師と患者の関係において,前者の意思が貫徹する可能性が相対 的に高い状況を,つまり医師に相対的に権力が与えられている状況を「専門職支 配」という 88。  ここでエリオット・フリードソンの古典的名著,『医療と専門家支配』(恒星社 厚生閣,1992年,進藤雄三・宝月誠訳)を見ると,その4頁において,社会学 者は一定の状態に疾病概念を付与する行為がどのような社会的帰結をもたらすか を研究し,疾病がいかなる類の社会的概念であるかを研究すべきと言っている。 ― 75― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 そして社会学者の関心は,科学的に診断された疾病ラベルとそのラベル付与をめ ぐる行動を研究することにあるという(同書8頁)。フリードソンは専門職のこ とを,特殊な組織形態をとり,官吏が保有するのと類比可能な特殊な法的「権 力」をもち,保健医療ケアを提供する一群の職種において支配的な地位を占める 一職業として論ずるという(同書 71頁)。専門職と他の職種を分かつ指標の一つ は,専門職がその成員資格として,極めて秘儀的・科学的・抽象的知識を,専門 教育を通して修得することを要求する(同書 98頁)。そして,専門職が他の全て の相談職種と異なるのは,権威が抱える諸問題の一定部分を公的・制度的手段に よって解決する能力を持つという点であるという。そして,証拠による説得の必 要がない(同書 101頁)。知識の適用が患者の自由選択を制限するある権限によ って支えられている,というのが医療専門職の特徴であり,この権威は科学者の 権威よりも官吏の権限に類似するという(同書 117頁)。そしてフリードソン は,医療専門職支配における情報の不均衡にも触れ,患者は何が何やらわからな いままに医療専門職に支配される。このような状況をフリードソンは,フラン ツ・カフカの『城』の主人公の体験にもなぞらえる(同書 130頁)。そしてクラ イエントは徹底的に物象化され,健康という名のもとに重要な市民権を剥奪され ることを喝破している(同書 149頁)。  つまり,精神障害のある人の市民権を剥奪し,二級市民としての差別に陥れる その力の正体こそは,医療におけるこの専門家支配の構造なのである。この構造 自体が差別を支え続けてきたのである。  なお,日本の精神科病院ではこのような医療者専門職の独断を排除する仕組 み,すなわち適正手続保障として精神医療審査会の制度を導入しているところで はある。しかし,T・パーソンズが言うように,そのような委員会,審議会組織 に参加する者たちが旧来の法律家であるならばそのようなコントロールシステム は役に立たない。つまり,それが医療の世界を法律家や聖職者という他の「専門 職」に対して「横に開く」ことによって,共同で信託責任を遂行させるための装 置に他ならないのである 89。言ってみれば,医者という主犯格に,法律家その他 の共犯者がその独断を支えているであれば,それらは単なるアリバイのための装 置に過ぎないということである。真に必要なのは,専門職支配を「社会に対して 開く」ということ,具体的には,精神障害当事者による審査,国民一般に対する 可視化などの実現によって,専門家の権力構造を脱した真に民主的な精神科医療 統制システムが完成するのではなかろうか。 4 公共政策学的視点  公共政策学の分野では,政策共同体というワードが使用される。これは一定の政 策決定過程で生じる利害関係者の閉鎖的コミュニティーのことを言う。例えば「政 官業の癒着」という言葉は,当該領域の政策や制度に詳しい「政治家」,当該領域 を管轄する府省担当部局の「官僚」,当該領域で経済活動を行う企業や業界団体と いった「産業界」の三者による結びつきのことを言う。さらに,専門性の高い政策 領域では大学教員や研究所研究員といった「専門家」が加わることがある。  政策共同体構成メンバーは,それぞれの利益を守るために相互に協力し合う。業 ― 76― 第5節 日本弁護士連合会の実践 界団体や企業は,官僚,政治家,専門家に対して利益を供与する。官僚には退職後 の職を用意し,いわゆる「天下り」先となる。政治家に対しては選挙時に票を集 め,政治資金を提供して,政治活動を支える。専門家には研究資金を提供して研究 を支える。そして利益を与えられたアクターは業界のために活動する。官僚は厳し い規制を避けたり,監査を甘くしたりする。政治家は業界寄りの政策形成を官僚に 働き掛ける。専門家は業界に有利な分析結果を提示する。このように,相互に持ち つ持たれつの依存関係になるのである 90。  このような閉じられたサークルの中で,障害者不在のままに精神科医療業界に有 利な政策決定がなされ,医療の利益のみを図り,その反面で障害者の権利侵害が 綿々と続けられてきたという構造がある。この政策決定過程の歪みが,日本の精神 障害者差別を下支えしてきたと言える。 第5節 日本弁護士連合会の実践 第1 日本弁護士会連合会の取組 1 精神保健福祉チーム  日本弁護士会連合会(日弁連)には,委員会「日弁連高齢者・障害者権利支援セ ンター」が設置されており,委員会内の精神保健福祉チームが精神保健を巡る諸問 題の改善を目指し,取り組んでいる。  とりわけ精神科病院に入院中の精神障害のある人の人権擁護制度(退院支援等の 権利擁護活動を含む)を全国的に展開するための土台を構築するとともに,日本の 精神科医療の課題や目指すべき方向性を整理し,国の政策に対し効果的に意見を発 信していく活動を行うことが,主な取組課題である。 2 声明・意見書・シンポジウム等  そのために,精神保健福祉チーム(あるいは日弁連高齢者・障害者権利支援セン ター第二部会)が発案して,精神保健に関する日弁連会長声明や日弁連意見書の作 成を行っている。  また,精神保健に取り組む個別の弁護士の業務に役立つよう,弁護士向けの「精 神保健福祉マニュアル」の作成,弁護士向けの eラーニング研修「精神科病院から の退院請求・処遇改善請求の代理人活動の基礎」の作成を行った。  また,弁護士向けのシンポジウムを実施したり,精神医療審査会委員や退院請求 等代理人活動を行っている弁護士の経験交流会を,以下のとおり開催してきた。 (1)2012年1月 28日 シンポジウム  「精神保健福祉士と弁護士との連携をめざして〜精神障害者の権利擁護充実の ために〜」 (2)2013年9月 10日 シンポジウム・経験交流会  「精神障害者に対する法的支援プロジェクト・経験交流会」 (3)2016年1月 23日 シンポジウム  「精神保健福祉法改正に向けて『権利擁護者』について考える」 (4)2016年 12月3日 経験交流会 ― 77― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜  「退院・処遇改善請求手続における弁護士の活動〜退院請求代理人 /精神医療 審査会委員として」 (5)2017年3月 29日 情報交換会「精神保健当番弁護士制度」 (6)2018年7月 14日 経験交流会  「退院・処遇改善請求手続における代理人弁護士の活動と審査会委員弁護士の 役割〜充実した精神医療審査会の実現を目指して」 (7)2019年6月4日 シンポジウム  「ニッポンの身体拘束―それ,恣意的拘禁ではありませんか?」 (8)2019年8月 29日 情報交換会  「退院請求等代理人活動の各地の取組み」(全国精神保健支援担当者会議) (9)2020年 12月 24日 情報交換会「精神科への入院経験を有する方々への実態 アンケート調査」報告会 3 キャラバン・モデル事業  全国には 52の弁護士会があるが,精神科病院からの退院請求や処遇改善請求等 の相談・受任を行うための制度(精神保健当番弁護士制度,精神保健出張相談制度 等)がいまだなく,窓口がない弁護士会がある。また,制度があっても積極的な受 任がされていない弁護士会もある。  そこで,取組がまだ進んでいない弁護士会に,精神保健福祉チームから研修講師 を派遣する「退院請求代理人活動推進キャラバン」という研修を実施している。  また,精神科病院内での出張相談会(一般法律相談を含む)の実施等を目的とし た「精神障がい者に対する法的支援プロジェクト」のモデル事業を実施してきた。 4 人権擁護大会  これまで人権擁護大会で,精神保健や精神障害のある人の人権を主要なテーマと する決議ないし宣言が行われたのは,1984年の第 27回大阪大会における「精神病 院における人権保障に関する決議」が最後である。  人権擁護大会でのシンポジウムについては,1971年第 14回神戸大会において, 「精神病院と患者の人権」というテーマで開催され,「医療に伴う人権侵犯の絶滅に 関する件(宣言)」が採択されたときが最後である。  ただし,2001年第 44回人権擁護大会(奈良),2005年第 48回人権擁護大会(鳥 取),2014年第 57回人権擁護大会(函館),2015年第 58回人権擁護大会(千葉) においては,「障害者の権利」をテーマとして扱ってきた。  例えば,第 57回人権擁護大会(函館)においては,「障害者権利条約の完全実施 を求めて―自分らしく,ともに生きる」をテーマにシンポジウムを開催し,「障害 者権利条約の完全実施を求める宣言」が採択された。シンポジウムでは,精神障害 当事者や支援者も登壇した。 5 高齢者・障がい者権利擁護の集い  また,高齢者・障害者権利支援センターが実施している高齢者・障がい者権利擁 護の集いでは,2014年第 12回大会(山梨),2015年第 13回大会(山形)など,福 祉関係機関の連携や,精神障害のある人に対する法的支援の在り方がテーマとされ た。 ― 78― 第5節 日本弁護士連合会の実践 第2 日弁連法律援助事業「精神障害者に対する法律援助」  精神医療審査会に対して,精神科病院からの退院請求又は処遇改善請求を申し立て る際,資力要件等を満たす方については,日弁連法律援助事業(法テラス委託援助事 業)「精神障害者に対する法律援助」の代理援助を利用することができる。精神科病 院に入院中の方は,資力要件を満たす場合が多い。  この制度では,原則,日弁連が弁護士報酬を負担するので,患者本人の負担なく代 理人弁護士に依頼することができる。  また,受任に至らなくても,精神科病院からの退院請求又は処遇改善請求に関する 法律相談を精神科病院で行う際の出張相談についても,同様に日弁連法律援助事業 (法テラス委託援助事業)が利用でき,原則,日弁連から法律相談料が支払われる。  第3章第6節の第1で後述するとおり,本来は国費で代理人が選任されるべきであ るが,現状では日本ではそのような制度がないため,日弁連の各会員の会費を原資と して,日弁連法律援助制度がある。 第3 日弁連会長声明・意見書の発出 1 日弁連会長声明  この分野に関わる近年の日弁連会長声明としては,下記のものがある。 (1)精神障がいのある人の速やかな雇用義務化を求める会長声明(2013年4月 12 日) (2)精神保健福祉法改正に関する会長声明(2013年4月 26日) (3)精神科病院の病床を居住系施設に転換することに反対する会長声明(2014年 6月6日) (4)相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チームの中 間とりまとめに関する会長声明(2016年 11月 14日) (5)精神保健福祉法改正に関する会長声明(2017年4月 12日) (6)精神科病院における虐待に障害者虐待防止法の通報義務と必要な措置等を適用 することを求める会長声明(2020年4月 23日) 2 日弁連意見書  日弁連意見書としては,下記のものがある。 (1)精神医療の改善と医療観察法の見直しに関する意見書(2010年3月 18日) (2)精神保健福祉法の抜本的改正に向けた意見書(2012年 12月 20日) (3)良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針案に関す る意見書(2014年2月7日) (4)精神・知的障害に係る障害年金の認定の地域間格差の是正に関する意見書 (2015年7月 17日) (5)精神保健福祉法改正案に対する意見書(2017年 11月 15日) ― 79― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 2 解放出版社編『ハンセン病国賠訴訟判決:熊本地裁「第一次〜第四次」』(解放出版社,2001年, 初版)282頁 3 同284〜285頁 4 同254頁 5 同255頁 6 厚生労働省『患者調査』(平成 29年度) 7 厚生労働省『医療施設調査』(令和2年度) 8 日本医療労働組合連合会精神部会『精神科医療のあり方への提言』(2017年5月) 9『精神保健福祉資料』(令和2年度)。精神保健福祉資料とは,厚生労働省が全国の精神科病院, 精神科診療所等及び訪問看護ステーションを利用する患者の実態を把握し,精神保健福祉施策推 進のための資料を得ることを目的に,毎年6月 30日付けで実施しているもの。 10 『精神保健福祉資料』(令和2年度) 11 日本救急医学会 2002年報告 12 日本医療労働組合連合会『精神保健医療福祉の充実のために−精神保健医療福祉改革に関する基 本的な見解−』(2013年7月) 13大谷藤郎『大谷藤郎著作集 第三巻 精神保健福祉編上巻』(フランスベッドメディカルサービ ス,2000年)70.73頁 14大谷藤郎『大谷藤郎著作集 第三巻 精神保健福祉編上巻』(フランスベッドメディカルサービ ス,2000年)226.228頁 15 『精神神経学雑誌第 88巻 12号』(日本精神神経学会,1975年)(寺嶋正吾『精神病患者の人権』) 16 神戸市市民福祉調査委員会令和2年度第2回精神保健福祉専門分科会参考資料「第2回職員アン ケート調査の結果」(2021年4月 22日)(https://www.city.kobe.lg.jp/documents/37255/20210422kaigisiryo3.pdf(2021年9月3日参照)) 17全国精神医療審査会連絡協議会会長・松田ひろし氏の 2020年度全国精神医療審査会総会におけ る発言 18第5次「精神医療」編集委員会,近田真美子,岡崎伸郎編『精神医療 第5次創刊号』(2021 年)(有我譲慶氏調査報告「精神科病院における新型コロナ感染状況 2021年2月 10日時点報 道・病院報等より把握できたもの」) 19 OECD Health Data 2019年又は直近年 20NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会,伊藤哲寛,上田啓司,野中猛,八尋光秀『精神 科医療は誰のため?−ユーザーと精神科医との「対話」』(協同医書出版社,2015年) 21 日本医療労働組合連合会『精神保健医療福祉の充実のために−精神保健医療福祉改革に関する基 本的な見解−』(2013年7月) 22 日本医療労働組合連合会精神部会『精神科医療のあり方への提言』(2017年5月) 23 甲斐克則編『精神科医療と医事法 医療法講座第 10巻』(信山社出版,2020年) 24 『精神保健福祉資料』(令和元年度) 25 『精神医療Vol.3,NO1』(精神医療編集委員会編,岩崎学術出版,1973年)36頁 26 『精神医療Vol.3,NO1』(精神医療編集委員会編,岩崎学術出版,1973年)47頁 27 『精神神経学雑誌第 77巻8号』(日本精神神経学会,1975年)559頁 28 『精神神経学雑誌第 77巻8号』(日本精神神経学会,1975年)571頁 29 『精神神経学雑誌第 77巻8号』(日本精神神経学会,1975年)562頁 30 『精神神経学雑誌第 84巻6号』(日本精神神経学会,1982年)440頁 31 『精神神経学雑誌第 92巻4号』(日本精神神経学会,1990年)202頁 32 『精神神経学雑誌第 92巻4号』(日本精神神経学会,1990年)569頁 33 内閣府『障害者白書』(令和2年版) ― 80― 第5節 日本弁護士連合会の実践 34厚労省『これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書』(平成 29年2月8日) (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html(2021年9月7日参照) )) 35 『精神保健福祉資料』(令和2年度) 36厚生労働省『第1回精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会』参考資 料「精神医療福祉の現状」(2020年3月 18日)(https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/ 000607971.pdf(2021年9月3日参照)) 37 同上 38 同上 39 国際法律家委員会編(広田伊蘇夫他監訳)『精神障害患者の人権』(明石書店,1996年)34頁 40 東京高等裁判所 1987年1月 28日判決・判タ 647号 222頁 41 国際法律家委員会編(広田伊蘇夫他監訳)『精神障害患者の人権』(明石書店,1996年)32頁 42 戸塚悦郎・広田伊蘇夫共編『精神医療と人権T日本収容所列島』(亜紀書房,1984年) 43以下の大和川病院に関する一連の記述においては,事件当時の名称に合わせ,「看護婦」と記載 している。 44 大阪地判 1998年3月 20日・判タ 984号 208頁。なお,同判決に対し,病院側は控訴をしたが, その後控訴を取り下げたため,同判決が確定した。 45@大阪地判 2003年5月 30日・判例秘書判例番号L05850530(Iさん死亡事件後の 1996年12月 に大和川病院で発生した,画一的・多量の抗精神病薬の投与によって,入院患者が麻痺性イレウ スとなって便通が阻害され,腸内細菌が増殖し,小腸粘膜の損傷を通じて細菌が血液に入り込み 敗血症を起こしてショック状態を呈して死亡したという事件についての損害賠償請求事件)の認 定事実,及びA大阪精神医療人権センター編『精神病院は変わったか?』(2006年)(第3章  渡辺哲雄「大和川病院問題の経過」)(https://www.psy-jinken-osaka.org/archives/etic/4307/ (2021年8月6日参照)) 46大阪精神医療人権センター編『精神病院は変わったか?』(2006年)(山本深雪「ドキュメント 大和川病院事件への取り組み」)(https://www.psy-jinken-osaka.org/archives/etic/4310/(2021 年8月6日参照)) 47 大阪地判 1998年3月 20日判タ 984号 208頁,大阪精神医療人権センター編『精神病院は変わっ たか?』(2006年)渡辺哲雄「大和川病院問題の経過」(https://www.psy-jinken-osaka.org/ archives/etic/4307/(2021年8月6日参照)),大阪精神医療人権センター編『精神病院は変わ ったか?』(2006年)(山本深雪「ドキュメント 大和川病院事件への取り組み」)(https:// www.psy-jinken-osaka.org/archives/etic/4310/(2021年8月6日参照)) 48 大阪地判 1998年2月 27日・判タ 1002号 267頁,『病院・地域精神医学』42巻1号(日本病院・ 地域精神医学会,1999年)77頁(里見和夫「法律家の立場から―大阪・大和川病院事件が語る もの―」),大阪精神医療人権センター編『精神病院は変わったか?』(2006年)(山本深雪「ド キュメント 大和川病院事件への取り組み」)(https://www.psy-jinkenosaka.org/archives/ etic/4310/(2021年8月6日参照)) 49 精神医療編集委員会編「精神医療Vol.3,NO.1」(岩崎学術出版,1973年)36頁 50『精神神経学雑誌 92巻4号』(日本精神神経学会,1990年)201.202頁(坂本淳「精神外科被術精 神分裂病患者の長期予後に関する研究」) 51同47頁 52 『精神神経学雑誌第 77巻8号』(日本精神神経学会,1975年)559頁 53 同571頁 54 同562頁 55 『精神神経学雑誌 84巻6号』(日本精神神経学会,1982年)440頁 56 『精神神経学雑誌 92巻4号』(日本精神神経学会,1990年)202頁 ― 81 ― 第1章 日本の精神科医療の現状〜精神障害のある人の尊厳が損なわれ続けている〜 57日本精神神経学会百年史編集委員会編『日本精神神経学会百年史」(日本精神神経学会,2003 年)155頁 58 加藤敏ほか編『現代精神医学事典』(弘文堂,2011年)1091頁 59 『精神神経学雑誌 88巻 11号』(日本精神神経学会,1986年)897頁(高橋耕「法律家からみた医 の倫理−ロボトミー裁判の一事例を通して−」) 60原昌平「患者側から見た精神科の病院の人権状況〜2005年以降の入院経験者を対象とした大阪 府内での調査〜」(2017年1月 20日)31〜40頁 61 大谷實ほか編『精神医療と法』(弘文堂,1980年,初版)26頁(町野朔「精神医療における自由 と強制」) 62 平野龍一『精神医療と法』(有斐閣,1988年,初版)41頁 63 大谷實『医療行為と法』(弘文堂,1990年,新版)253頁 64 同上 65 同上 66 菊池馨実他『障害法』(成文堂,2015年,初版)223頁(池原毅和「障害と刑事司法」) 67法と精神医療学会編『法と精神医療第 32号』(成文堂,2017年)45頁以下(町野朔「精神障害 者の権利とは何か?」),大谷實『新版精神保健福祉法講義』(成文堂,2017年,第3版)45頁 (なお,町野は医療保護入院自体には肯定的というわけではない。) 68 竹中勲『憲法上の自己決定権』(成文堂,2010年,初版)164頁 69 長谷川利夫『精神科医療の隔離・身体拘束』(日本評論社,2013年)80頁 70『臨床精神薬理 14巻1号』(星和書店,2011年)3頁以下(藤井康男「抗精神病薬治療と医療倫 理」) 71 Rogers v Commissioner of Mental Health 1983 72 松下正明ほか編『精神医学と法 臨床精神医学講座 22巻』(中山書店,1997年)249頁(高柳功 他「精神科医療におけるインフォームド・コンセント」) 73『臨床精神薬理 14巻1号』(星和書店,2011年)50頁(横藤田誠「抗精神病薬強制投与に対する 法的対応:その国際的動向」) 74 竹中勲『憲法上の自己決定権』(成文堂,初版,2010年)86頁 75同86頁 76 同164頁 77 J.S.ミル(塩見公明,木村健康訳)『自由論』(岩波文庫,1971年) 78 酒匂一郎『法哲学講義』(成文堂,2019年,初版)129頁 79ジョン・ロールズ(川本隆史,福間聡,上島裕子訳)『正義論(改訂版)』(紀伊國屋書店,2010 年)336頁 80 横藤田誠『精神障害と人権』(法律文化社,2020年,初版)43頁 81徳田靖之他編『刑事法の歴史的価値とその交錯』(法律文化社,2016年,初版)866頁以下(池 原毅和「パターナリズムに粉飾された社会防衛と医療福祉動員体制の問題点」) 82 加藤尚武,加茂直樹編『生命倫理学を学ぶ人のために』(世界思想社,1998年,初版)97頁以下 (蔵田伸雄「パーソン論―概念の説明―」) 83進藤雄三,黒田浩一郎編『医療社会学を学ぶ人のために』(世界思想社,1999年,初版)181頁 (市野川容孝「医療倫理」) 84 同 122頁(佐藤哲彦「医療化と医療化論」) 85 同123頁 86 同126頁 87中川輝彦,黒田浩一郎編著『よくわかる医療社会学』(ミネルヴァ書房,2010年,初版)118頁 (中川輝彦「医療における専門職支配」) ― 82 ― 第5節 日本弁護士連合会の実践 88 同 119頁 89 同 183頁(田代志門「タルコット・パーソンズ」) 90 秋吉貴雄『入門 公共政策学』(中公新書,2017年)189頁 ― 83 ― 第2章 精神障害のある人の人権保障 〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 第1節 精神障害のある人の人権の捉え方に関する問題点 第2章 精神障害のある人の人権保障    〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 第1節 精神障害のある人の人権の捉え方に関する問題点  自由主義を基本原理とする日本国憲法制定(1946年)により,「国民は,すべての基本 的人権の享有を妨げられない」(憲法 11条)として,基本的人権が保障されている。  「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利 については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とす る」(13条)。佐藤教授によれば,同法の保障する個人の尊厳とは,「一人ひとりの人間 (個人)が,自由・自律という尊厳性を表象する『人格』主体,『権利』主体として,他者 と協同しつつ,それぞれのかけがえのない生の形成を目指す,いわば“自己の生の作者” として己の道を歩む,ということを最大限尊重しようという趣旨である」とされる 91。基 本的人権は不可侵のものではあるけれども,基本的人権も,他者の人権と衝突しうる場合 もあり,その人権の性質や環境によって調整される場合もあり得る。  そして,当然ながら,精神障害のある人にも人権享有主体性が認められ,「精神疾患 (等の障害)のある個人もない個人も,<自己の人生の作者である>」92。  もっとも,憲法学においては,例えば未成年者について,一定の自由制約が許容される 場合があり,そのことは,「成熟した判断を欠く行動の結果,長期的にみて未成年者自身 の目的達成諸能力を重大かつ永続的に弱化せしめる見込みのある場合に限って正当化され ると解すべき」と説明される 93。「長期的にみて」「目的達成諸能力を重大かつ永続的に弱 化せしめる見込み」のある場合に限定的に介入が許容されるというものであり,国家が後 見的に介入するパターナリスティックな制約の一類型と言われる。  精神障害のある人に対する強制入院制度や身体拘束も,未成年における自由制約を参考 にしつつ,「パターナリスティックな制約」として説明されることがある。また,強制入 院の正当化根拠について,アメリカの国家権限の観点を参照して「ポリス・パワー」「パ レンス・パトリエ」が分析手法として用いられることもある。もちろん「パレンス・パト リエ」のような後見的な考えに基づき,国が政策的に本人のためという目的で強制を課す としても,真にやむを得ない場合というような極めて例外的な場合にしか正当化しえな い。もっとも,「国家権限の性質の違いを前面に出して人権制約の是非を考察する方法が 一般的とは言えないこと,日本国憲法が保障する人権の制約が許容されるかを解釈する場 面で,正当化根拠としての国家権限の分析のみでは十分な解釈的基盤とはならない」ので あり,これらを正当化根拠とすることには限界も考えられる 94。  ここで重要なことは,こうした解釈論は,個人の価値観に基づき議論するのではなく, 法解釈論と上位規範に基づく規範的な立法の在り方を論じなければならないことである。 法解釈には論理性や解釈の枠組みがあるのであり,憲法や国際条約・国際準則について正 当な法的解釈が裏付けにならなければならない。  そもそも,精神障害のある人について,その病気の存在を理由として,法制度として人 身の自由を奪うことに正当性が見いだされるのか。環境要因,成育歴,状態それぞれが人 ― 87― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 によって異なるのに,現行法は,「精神障害」の存在を理由に画一的に取り扱っており, 個別事情に目配せしておらず,結果的に何十年もの入院生活を強いうるものである。実際 に,それまでの生活と断絶させられて何十年もの入院を余儀なくされている人もいる。し かも,未成年における人権制約根拠とも異なり,要件も曖昧かつ漠然としている。  従前,医学モデル(次節で詳述)の障害観に基づき,障害や病は治すべきものであると いう考えがとられてきた。そのため,精神疾患も治療するべきものであり,病者は,病識 を獲得して治療義務に専念し,薬を飲み続けることが必要である,治療期間は終生であっ ても厭わない,精神疾患が治らない限り(例えば,妄想様症状を完全に消し去らない限 り)精神科病院から退院することは認められない,というような考え方がとられてきた。 こうした旧来の考え方の前提には精神疾患を生物医学主義的にとらえ,精神疾患の原因と 治療を生物医学だけから考えていく単純な還元主義があると指摘されている 95。本人が望 むかどうかにかかわらず,入院も治療も必須のものであるという考えに基づき,隔離収容 政策が用いられてきた。  しかし,精神疾患は環境要因によるところが少なくないし,精神科医療も完全なもので はない。悲しい出来事やいじめ,トラウマ体験等によって精神疾患が引き起こされること も多い。医療としての効果が完全であれば現状のように長期入院を生むことなどないはず であり,医療では抱えきれない限界があるからこそ,ある種行き場のない人を抱え続ける 場所として精神科病院が機能してしまっているのではなかろうか。副作用いかんや本人の 意向を問わず,生涯薬を飲み続け,夢や仕事を諦めて閉鎖的な病院生活を余儀なくされる こともやむなしという考えは,当事者の思いや尊厳を軽んじた不当な強制である。  障害者権利条約 17条は,障害のある人の心身がそのままの状態で尊重される権利を規 定している。障害があっても,その障害の存在そのものを人間の差異あるいは多様性の一 つとして尊重し(同条約3条 d),その障害とともに生活することもできるし,そのため に必要な支援こそが求められるべきであるということになる。同 12条は,平等な法的能 力を保障しており,精神障害の存在によって彼らの判断が否定されることはないし,治療 者の判断が彼らの考えを優越するものではない。  例えば,精神状態や人間関係に起因して自宅で生活することに困難が生じた場合であっ ても,警察か病院かという二者択一ではなく,安心して寝泊まりできる場所の確保や温か い食事によって改善できることは少なくない。障害者権利条約 19条bは「地域社会にお ける生活及び地域社会への包容を支援し,並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止する ために必要な在宅サービス,居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を 含む。)を障害者が利用する機会」を保障することを締約国の義務として定めている。充 実した社会資源に基づき生きづらさや生活障害を解消していくことで豊かで安定した地域 生活を送ることを保障することができるのである。 第2節 従来の考え方(手続保障による統制)の限界  精神障害のある人の強制入院制度の根本的な課題について考えてみる。  これまで,精神障害のある人が精神科病院へ隔離・収容されるという問題は,適正手続 アプローチによって判断すべきものである,すなわち,91年国連原則 16の自由制約の合 ― 88― 第2節 強制入院等をめぐる手続保障による統制という考え方の限界 理的必要最小限基準による適切な強制とその判定がデュープロセスによって実現できると いう考えが主流であったと言えよう 96。  国際人権の観点において,自由権規約9条による人身の自由の保障が,精神科医療の強 制入院に及ぶことは世界共通の理解である(自由権規約一般的意見8号,35号)。しかし 自由権規約9条は,「合法的な」あるいは「恣意的」でない拘禁は否定しない。障害の医 学モデルに基づけば,精神障害が重篤で医療が必要な人について,「判断能力がない場 合」や「治療によって改善しうるのに精神障害のために自傷他害の危険性がある場合」 は,たとえ本人の自由を剥奪したとしても,そのことに合法性・非恣意性を認めることに なり得る。これらの場合をパターナリズムやポリス・パワーの原理によって説明されるこ ともあるが,どのような説明によるにせよ,人権制約の目的の正当性は承認され,問題は その目的を達成するための合理的で必要最小限度の人権制約の限界をどのように確定し, 具体的事案で誤りなくその限界を判断することができるかということになる。  そのための合理的必要最小限度とは具体的にどのような内容かについては,これらの原 理からは明らかでなかったため,91年国連原則 16は,その部分を明確に要件化したもの ともいえる。  すなわち,自由権規約9条は,91年国連原則が定める実体的要件によって許容される 自由剥奪の限界を明確化し,その要件を適正手続によって判定するようにすることで強制 入院による人権侵害をなくしていく役割を果たしてきたものと言える。この考え方は一見 筋が通っており,医療者・法律家もこれに賛同してきた。  精神衛生法から精神保健法への改正は,これらの自由権規約の枠組みにできるだけ近づ けるようにしようとしたものであり,現行の精神保健福祉法もこの枠組みを引き継いでい る。一見良心的に見える医療者や行政官,法律家などがそれに向けて努力してきたという 流れである。  しかし,この枠組みの前提は,医学モデルから脱却しえない限界を併せ持っている。症 状の重篤さ,判断能力の欠如,自傷他害の原因などは,いずれも個人に求められ,だから こそ,治療名目での拘禁が是認される構造となっている。排除を是認することにもなる。 そこには,障害者権利条約 12条が述べるような法的能力の平等性の視点が完全に欠けて おり,自由剥奪に司法的なお墨付きが与えられるという意味において,精神障害のある当 事者には恐怖ともいえる危険性を孕んでいた。  冷静に考えると,症状の重篤化や治療の可能性,自傷他害の危険性などの要件は,いず れも客観的に存在する事実ではなく,犯罪事実のように適正手続によって認定することの できない要件である。適正手続で要件充足性を客観的に判断できると考えるのは,ある種 の偽善的誤解の呪縛であるとも言い得る。  これに対して,障害者権利条約は,スタートラインが異なる。「障害」を社会モデルへ 転換し,どんな障害の内容・程度であるかを問わず,自由保障を平等化する。適正手続下 における自由剥奪の許容を認める立場とは一線を画している。  どんなに「適正」と評価しうる手続を導入したからといって,最終的に強制入院制度を 認めるのであれば,自由を奪うことを前提とする制度を認めるということになる。その 「適正手続」における障害のある人の自由意思は,「法的判断能力を有しない」というレッ テルのもと,否定され,その自由制限が法的にお墨付きを与えられることになる 97。 ― 89― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜  「例外的であれ強制入院制度があれば,すべての精神障害のある人は入院や医療に同意 しなければ強制入院や強制治療の手続をする,という脅迫のもとで治療や入院に同意させ られている」ということになる 98。  欧米先進国を含め,91年国連原則が定められてから既に 30年経過しているにも関わら ず,「強制入院」を「必要最小限」で審査することには限界があった。人としての自由を 否定すること是としており,結局「最小限」を実現することさえできなかったからであ る。障害者権利条約や国連健康の権利に関する特別報告官報告は,この限界を実証的事実 と総括している。障害者権利条約は,こうした合理的最小限度基準と適正手続アプローチ を転換する形で,自由保障の平等性に基づくアプローチを提示している。誰一人,法的能 力を否定されないことを障害者権利条約 12条が明言しているのである。 第3節 精神障害のある人の人権保障のパラダイムシフト 第1 生物医学主義に基づく医学モデルから人間の尊厳に基づく人権モデルへの転換  「障害」概念の古典的理解は,障害のある人が日常生活や社会生活にさまざまな困 難を被るのは,その心身の機能が損傷されているためであるから,その困難を軽減す るためには心身の機能の損傷を治療しあるいは矯正することが必要になるという考え 方(医学モデル)に基づいていた。これに対して,障害者権利条約は障害を発展的概 念として定義を確定することを留保しつつ(同条約前文 e),「障害者には,長期的な 身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々な障壁との相互作用によ り他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るもの を有する者を含む」(同条約1条)として,社会参加の困難化の原因を機能障害に求 めず,社会との関係に求める社会モデルに立つことを明らかにしている。そして,障 害者基本法2条1号及び障害者差別解消法2条1号は,いずれも同様に社会モデルの 観点から障害者の定義を定めている。これらの法が定める社会モデルに基づけば,日 常生活や社会生活あるいは社会参加の困難を解消するためには機能障害を持つ人に不 寛容な社会の在り方を変えることが求められ,逆に障害のある人の心身はそのままの 状態で尊重されることが求められる(同条約 17条)。  しかし,医学モデルに基づいていた医療福祉制度の下では,身体的損傷を負った身 体障害のある人はいつまでもリハビリ訓練を受け続けさせられ,知的障害や精神障害 のある人は「理性的な考えができない」「判断能力を欠く」として,一般社会から排 除・隔離されやすい存在であった。集団で一括りとされ,人里はなれた入所施設で一 生を終えた者も少なくない。身体障害に比べても,精神障害については生物医学的な 観点のみから理解しようとする考え方が現在でも根強く残っており,健康の権利に関 する特別報告官は,精神障害を生物医学に一元化して理解する考え方(生物医学還元 主義)が強制医療や薬物療法の偏重をもたらしていることを警告している 99。  世界中を見渡しても,精神障害のある人たちは,隔離収容施策の対象とされ,一生 「治療」名目の収容を受け続けてきた。欧米ではそうした人権制約に疑問が呈され,1960年代以降は病院ではなく地域で生活するために必要な支援が求められ,病床は 大幅に削減されていったが,日本では欧米で脱施設化が始まった時期から精神病床が ― 90― 第3節 精神障害のある人の人権保障のパラダイムシフト 増え続け,現在も高止まりしたまま病床数もほとんど減っていない。  1981年国連障害者年を大きな契機として,障害の社会モデルが提唱されるように なり,2006年に国連で採択された障害者権利条約においては,他の者との平等を基 礎に,障害者には他の者と平等に地域生活を営む権利が保障された。「障害の社会モ デル」の捉え方は論者により異なるが,「一般に,障害者の不利や排除等の『障害問 題』(problem of disability)の原因と責任を社会の側に帰属させる。このモデルは, 『障害問題』の原因と責任を障害者個人に還元させる『障害の医学モデル』(medical model of disability)と対立し,障害を社会的構築物(a social construct)として観念 する」100。「社会モデルは,個人の特徴から不利益が生ずるという一方向的な見方(医 学モデル)を否定して,個人の特徴と社会のあり方との相互作用で不利益が発生する という見方を導入することで,医学モデルでは不変的要素とされていた社会のあり方 を可変的要素とした。これにより,社会的要因への視座が新たに拓かれるからこそ, 社会モデルでは当該要因がことに注目されるのである」101。  すなわち,生きづらさをもたらしているのは社会であり,障害ゆえに不足する部分 については,必要な支援やサービスを利用する,そうした合理的配慮が得られるなら ば他の者と同様に社会の一員として生活できるという社会モデルの考え方である。  WHOは 2001年に新しい国際生活機能分類(ICF)を採択した。当初はこの分類も 医学モデルに準拠していたが,社会モデルの考え方が,バリアフリーや保護雇用など の政策を各国に推進させる原動力となり,障害を機能障害と環境因子との相互作用か ら生じる多次元の実体と捉える傾向になってきた。多くの先進諸国では ICFへの移 行を果たしているが,日本では専門家による議論は行われているものの,移行への動 きは鈍感である 102。 第2 精神科医療の特殊化からユニバーサル化への転換 1 精神科医療の特殊化からの脱却の必要性  精神科医療は,精神病者監護法(1900年)の私宅監置制度の始まりから,拘禁 という他の医療には見られない特殊な自由剥奪制度を前提として行われてきた。戦 後の日本国憲法下で 1950年に制定された精神衛生法は,私宅監置制度を廃止した ものの,精神病者監護法の監護義務者を保護義務者に改め,拘禁先を私宅から病院 へと改めただけで,家族の同意による拘禁という本質を変えることはなかった。ま た,措置入院制度を定め強制入院制度の二本柱を制度化した。精神衛生法には強制 入院以外の入院や通院に関する規定は定められず,1965年改正において通院医療 費の公費負担制度を加えたものの,法制度の中心は強制入院に置かれていた。同法 は 1987年に精神保健法に改正され,その後も改正が繰り返されてきたが,医療保 護入院と措置入院という強制入院制度の二本柱はそのまま維持されている。そし て,現在でも入院者の約3分の2は強制入院者であり,医療費予算の 75%は入院 医療に費やされている。こうした強制入院を主軸とする医療の在り方は他の医療に は見られない精神科医療の極端な特殊性である。  また,一般の疾患であれば急性期を過ぎれば退院して社会生活の中でその病気と 付き合っていくことが通常であるのに,精神科医療の場合は,対象となる患者を危 ― 91― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 険視し,完全に治るまで長期間収容し,通信制限等により外界との接点も遮断する というような政策がとられてきた。精神疾患が完全に治ることは困難であるならば 終生収容されることも厭わないという発想であった。50年以上入院する精神疾患 の患者数が 2017年6月末時点で少なくとも 1773人に達していたことが報告されて いるように 103,人生の殆どを閉鎖病棟の中で過ごしてきた人が全国にたくさんい る。  しかも,従来型の精神科医療では,医療従事者が対象となる患者を,「治療」の 客体としてのみ捉えてきた。患者の心に向き合うような治療ではなく,大量収容と 投薬中心の施策のなかで患者は孤独と不安感を増進していき,家族との繋がりが疎 遠な者はますます病院収容から抜けられない事態になっている。病院というよりも 収容所という側面が否めず,長期の大量の入院者が大幅に解消されていく術はなか った。  しかし,WHOも,「精神の健康なくして身体的健康はない」と提唱しているよ うに,精神的健康は身体的健康の源でもある。患者の心・身体に響く,心を癒す, 温かい精神科医療でなければならない。精神科医療は,他の医療と比較して特殊な ものではなく,本来必要な心の健康を回復するためのツールでならなければならな い。精神科医療における強制入院がトラウマを生じさせ,精神科医療に対する嫌悪 や不信を増大させるなど,さまざまな弊害を生み出すことが指摘されていることは 既に述べたとおりである。ハンセン病を特殊な疾患としてらい予防法に基づいて患 者を社会から隔離してきたことが,その対象とされた人々に回復しがたい人生被害 をもたらしたことを,私たちはハンセン病国賠訴訟から学んでいる。ハンセン病や 精神障害を特殊化して他の一般の医療から切り離した特殊な法制度の対象とするの ではなく,「他の者に提供されるものと同一の範囲,質及び水準の」(障害者権利条 約25条),強制と排除を受けることのない医療にしていくことが重要である。 2 パラダイムシフトの必要性  91年国連原則のタイトルが,精神障害のある人(persons with mental disability)とせずに,「精神疾患のある人」(persons with mental illness)と記載 したように,世界的に見ても,精神障害のある人は障害という観点よりも疾病とい う観点から政策の対象とされてきた。日本においても精神障害のある人は長い間も っぱら医療の対象とされ,心身障害者対策基本法(1970年)が,1993年に障害者 基本法に改正された際に,精神障害のある人もようやく障害者の定義に含められる ことになった。こうした歴史的背景からも,精神障害は,医療とのかかわりが濃厚 であり,そのために医学モデルに傾斜してしまう危険性を常に伴っている。また, 身体の障害と社会的障壁の関係は物理的な「事物」の障壁(障害者差別解消法2条 2号)のレベルで認識しやすく,社会モデルとして理解しやすいが,精神の障害と 社会的障壁の関係は「制度,慣行,観念」による障壁(同条項)のために認識され にくく,むしろ疾患そのものが様々な困難のもとになっているとして医学モデルに 逆戻りした発想に陥りがちである。そのため,精神障害のある人について,障害の 「医学モデル」から「社会モデル」へのパラダイムシフトの実現は容易ではない。 あくまでも医療の対象者と看做され続ける以上,「医学モデル」から脱却すること ― 92― 第3節 精神障害のある人の人権保障のパラダイムシフト ができていないのである。  しかし,障害概念の問い直しは,私たちや社会に対して改めて精神障害のある人 にとってのその「障害」を見つめ直すことを迫ってくる。精神障害のある人に対し て,グループホームやアパートは確保されているのか,働く上での合理的配慮は実 施されているのか,その人にとって分かりやすい治療の説明がなされているか,先 に問われるべき社会的障壁の存在及び除去を,改めて問い直す必要がある。  障害者権利条約を批准した日本において,精神障害のある人も他の者との平等を 基礎として権利が保障されるのである。障害のある人は,地域生活の権利(19条) が具体的に保障されなければならず,意に反する医療を強いられる対象ではない。 精神障害のある人についても,従来型の医療・障害観から大きく転換しなければな らない。 3 社会の中で精神的健康を獲得していくこと  精神障害のある人にとって,病気の発症は,仕事上のストレス,家庭内トラブ ル,貧困,いじめ,学校生活,近隣との関係等,通常は社会の中で起きたことに起 因する。精神的不調に際して服薬が必要な場合もあるだろうし,ときに入院という 方法が有効な場合もあるかもしれないが,そうした治療によってできることは限ら れている。社会生活力の回復,その人の内面の取り戻しこそが必要であり,社会的 生活の中で健康を獲得していく過程が不可欠である。そのためにも,まずは地域に 出て,地域生活の中で精神的健康の回復を目指していくことが重要であるというべ きである。 第3 社会的排除から社会的包容への転換〜脱施設化と多様性を尊重した地域社会での 生活と人生を支えること〜 1 社会的排除制度が生んだ現象  精神障害のある人が隔離収容政策の対象とされ,長期間にわたって閉鎖的な病院 に収容されるという政策が長年採り続けられた結果,地域社会は,精神障害のある 人を差別し,排除し,収容政策の対象として取り扱われるべき存在とみなしてき た。そうした思想が国策によって根深く浸透してしまったのである。地域社会の中 で例えば幻覚や妄想などの一見マジョリティの発想にそぐわない言動に出会うと, (隔離収容施設が多数あることを背景に)そのような言動を示す精神障害のある人 を理解できず,ときには毛嫌いしたり疎ましく思ったりして,社会的に排除してき た。それが精神科病院への収容を期待し,隔離収容施設のニーズを更に高めてしま うという悪循環に陥ってきた。 2 人生的な理解と,社会的包摂(インクルージョン)  しかし,一人一人が違う世界観をもち,異なる価値観や言葉を発するのは当然の ことであり,そのことが社会の多様性を醸成する。誰もが暮らしやすい豊かな社会 とは,誰一人排除せず,精神的な病も含めて病気や障害に直面したときも安心して 生活できる社会であるはずである。精神障害のある人が地域社会に包摂されて地域 の中で互いに尊重し合いながら暮らすことが必要であり,そのことを実現するため には,隔離収容施設は無用である。隔離収容によって豊かな社会を実現することは ― 93― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 できず,むしろ,排除や差別を生み出す根源にほかならない。 第4節 精神保健福祉における家族依存からの脱却 第1 法制度上家族の担う役割の負担が重いこと  日本で精神科医療が初めて法制度化された精神病者監護法(1900年)は,精神病 者を社会にとって危険な存在であるという考えのもと,それまで自宅で事実上行われ ていた監禁(座敷牢)を「私宅監置」と呼んで合法化した。同法は,家族に精神障害 のある人の監禁(監督)責任を負わせるという「監護義務者」制度をつくり,警察を して,監護義務者たる家族が監禁責任を果たしているかを監視させた。日本の精神障 害者法制は,治安維持目的にルーツを持っていたのである。  その後,精神衛生法(1950年)によって私宅監置は禁止されたが,家族は「保護 義務者」として,精神障害のある人を入院させ,治療を受けさせ,危険なことをさせ ないように監督し,さらには主治医の指示に従い,措置入院者を引き取る義務など の,様々な義務を負うに至った 104。「保護義務者」は精神保健福祉法において「保護 者」と名称を変えたものの,家族の監督・保護責任は異ならず,終生その精神障害の ある人を保護しなければならない義務を負わされてきた。  2013年の精神保健福祉法改正によって保護者制度は廃止されたものの,その後に おいても,家族等は,医療保護入院の「同意」を行う立場として強制入院手続に関与 しなければならない状態が続いている。  2017年に,大阪府寝屋川市において,両親が統合失調症の娘を 10年以上にわたり 自宅内のプレハブの小部屋に監視カメラや二重扉を設置して監禁して衰弱死させた事 件が発覚した。また,2018年に兵庫県三田市で,精神障害のある長男が,親によっ て 20年以上にわたり一畳ほどの檻の中に閉じ込められ,腰は「く」の字に曲がり, 目はほぼ失明の状態となった状態で発見された。これらは,親に課された法律上の義 務を背景に,座敷牢がいまだに事実上存在していたことを物語るものと言える。2019 年には元農水事務次官を務めた父親が自宅で引きこもる長男(発達障害の診断を受け ていた)を殺害した事件も起き,加害者に同情する声も少なくなかった。  このように家族は,法制度上,精神障害のある人を監督・保護するなど,社会側の 要請に応えるべき義務者として位置付けられてきた。家族会の調査においても,「本 人の病状が悪化した時に本人がいつ問題を起こすかという恐怖心が強くなった」とい う回答割合が 64.8%に上るなど 105,病状を前に,「迷惑をかけてはいけない」「迷惑 をかけるかもしれない」という恐怖の中に追いやられてきたのである。  2013年法改正によって保護者制度が廃止された後も,家族依存の社会的意識は変 わらぬ状況にある。改正当時,家族会が,法律に(医療保護入院につき)家族等の同 意を明記することは他科においてはなく,精神科についてのみ明記するのは差別であ ると主張したが,いまだに制度化は実現していない 106。家族の孤立を防ぐためにも, 可及的速やかに,法制度においても,実態においても,家族依存体制から脱却しなけ ればならない。 ― 94― 第4節 精神保健福祉における家族依存からの脱却 第2 家族の抱える苦悩  精神障害のある人の家族は,精神障害のある人の精神的な不調という事実それ自体 により傷ついている。そのことを受け止められない人も少なくない。  そして,社会からの差別偏見の対象にも晒されてきた。家族会の調査によれば, 「家族として理不尽な思い(偏見や差別も含む)を経験した人」が 30%を超えてい た。しかも,その事実を本人に伝えられなかったという人が 80%近くで,その理由 は「本人の体調が悪くなるから」「苦しめるだけ」などとされる。理不尽な体験をし ながら,精神障害のある人や誰にも言えずに,孤立している様子が窺われる 106。  夫に「うちの家系にはそういう人はいない」と言われた,夫や義父母に「なぜこん なことになった,母親であるあなたは責任をとれるのか」と言われた,実母に障害名 を電話で伝えると「当事者は二度とこの家には来るな,犯罪者を家の家系から出す な」と言われた,親族から「秋葉原事件のようなことを起こさないか」「近くの病院 には恥ずかしいからかからないでくれ」と言われた,など,理解者であるべき親族か らも偏見に満ちた差別的な発言を受けたと報告されている。娘の交際相手の親から 「精神障害者の家系のものをこちらの家族に迎えることはできない」と言われて結婚 話が破断になった,近所の人から「きちがい」「うつるから一緒に遊ばないで」と言 われた,内科医から「精神障害者は二度と来ないでくれ」と受診拒否された,保健所 の保健師から「そんな育て方をしているから発病した」と言われたなど,いわれなき 理不尽な思いを経験し,さらに傷ついている事例は後を絶たない。  このようなことは,社会側の無知による悲劇である。当事者にとっても,家族にと っても,社会にとっても生産的ではなく,市民や社会が,正しい知識と理解を身に付 けることが必要である。例えば,当事者の存在を家族としてよりオープンにしやすい 雰囲気が醸成されること,そのためには,義務教育課程において精神障害の理解を促 す授業を増やすこと,当事者への福祉サービスを充実させること,家族へのケアを育 む行政からの支援を充実させることなどが必要とされている 108。  このように,家族は精神障害のある人の存在と,社会側の無知によって,付随的に 傷つき体験をしながら生活している。このような差別偏見のもとでは,家族がその精 神障害のある人の支援者としての役割を担うことに物理的・心理的負担があるのも当 然である。弁護士や福祉関係者が退院支援に取り組もうとしても,家族から「一生病 院に入れておいてほしい」「退院させないでくれ。私たちの生活が脅かされる」と強 く反発されることも屡々である。法制度や政策によって,家族側に物理的・心理的負 担を負わせてきたからにほかならない。  そうでありながら,法制度は,監督・保護などと名称を変えながらも,120年以上 にわたり家族に監視・監督等の義務を負わせてきた。  一方で,家族という単位も,歴史的にも地域的にも形態や機能に変化を生じてきて いる。1950年代には平均世帯人数が 5.00人であったのが,2019年には 2.39人に減少 しており,少子化傾向や単身世帯が増加している。家族の実態や価値観が多様化した 今日の日本では,むしろ家族は「社会によって支えられる単位」という様相を強くし ているともされる 109。「家族がその規模と機能を縮小する形で大きな変化を遂げつつ ある中,家族が関係する現行の法規や制度については,実態に即し,特により個人に ― 95― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 焦点を当てた形となるよう修正を要する」ようになってきたといえる。  「家族」と一言にいっても,精神障害のある当事者と家族の関係は一様ではなく, 家族の形態,病状(病期)によっても異なるものである。そして,精神の病を抱える ことは,関係性や生活歴による影響はあるにしても,その当事者や家族が個人として 処理しうる問題ではないということである。家族自身も,働き,社会活動を行い,家 庭を築くなど,人として当然の権利が実質的に保障されなければならない。法制度と しても,事実上の責任の所在としても,家族の負担はできる限り除去しなければなら ない。  そして,家族も様々であり,精神障害のある人のためのサポート役を担える人もい れば,それができない人もいる。福祉サービスを利用したことがない事例も少なくな く,退院後も「家族まかせ」で,「家族ありき」でなければ退院できない状況が現に 続いている。退院支援においては,状況が整えば家族がともに暮らす場合はあるとし ても,家庭への復帰が原則的形態として位置付けられている現行運用を改め,福祉的 サポートがまずは最優先とされるべきである。  さらに,精神障害のある人は,福祉サービスを利用していない割合が多いという点 も課題である。その理由としてはサービス利用についての本人の抵抗感が明らかとな ってより,「ヘルパーへの不安,緊張など本人自身の個別的心理的理由が第一ではな いか」との指摘もある(大阪府と大阪市における合同調査) 110。情報不足という点に 関して,「サービスの紹介段階からの支援」を求めている人は少なくなく,公的機関 に相談してもらちが明かなかったという失望も背景にあるようである 111。家族側の 負担軽減に向けた充実した施策の提供及び積極的支援が必要である。  そのため,福祉や医療のサービスを,本人や家族にとって利用しやすいものにする ため,改善に向けて課題を調査検討しなければならない。家族会の調査によれば,相 談窓口の整備,本人・家族の元に届けられる多職種チームによる訪問型支援・治療サ ービスの充実,ピア活動支援や家族会支援が必要であるとされる 112。家族依存の課 題やそうした解消の必要性は謳われているが,具体的にどのような制度を構築するか については,当事者や家族の意向聴取が不可欠である。  また,現にある制度を前提としても,その制度が精神科病院の職員に情報共有され ていない可能性や,病院という組織内で完結しやすく地域支援従事者等との連携が十 分図られていないことも課題である。そこで,入院先病院の退院後生活環境相談員を 中心として,福祉サービスの情報提供や実際の利用導入に向けた支援を積極的に行う べく,現場の病院職員や地域援助事業者等が積極的に関わることができるように,国 が方針を提示した上で,経済的保障(報酬の整備等)をつけるなど,運用を改めるべ きである。 第3 家族依存からの脱却  精神障害のある人のみならず,精神障害のある人の家族も,支援から置き去りにさ れ,孤立の中,苦悩してきた歴史がある。  これは,家族の人権の問題であると同時に,精神障害のある人の人権の問題でもあ る。誰もが精神疾患を患う可能性やその家族になる可能性があることを考えれば,社 ― 96― 第4節 精神保健福祉における家族依存からの脱却 会全体の問題でもある。  しかし,家族への支援が乏しい中,社会が家族に大きな負担を求め,また,精神障 害のある人が,家族に頼らずに地域で生きていこうと思っても,差別偏見や支援の不 足により,家族に頼らざるを得ない現状がある。差別偏見と社会資源の乏しさから, 家族は自分たちが精神障害のある人の生活の全責任を取らなければならないと思い込 まされ,精神障害のある人は家族にしか頼れないと考えてしまう。その結果,「家族 を負担から解放すると同時に,精神障害のある人が家族に依存せずに,地域で自分ら しく生活していく」という選択肢を見えなくしてしまう。家族会の調査においても, 「かなり重度の患者が,障害者総合支援法のサービスを充分に利用することなく,地 域での生活を送っていることが推定された。その結果,家族が本人の世話などで日ご ろからかなり疲弊していること,さらには家族自身が高齢化し,親亡き後など支援す る家族がいなくなってしまった後への不安が強いこと」が報告されるなど,制度活用 の不十分さと家族の孤立が浮き彫りになっている 112。  逆に,精神障害のある人を地域が支える体制が十分に整備されれば,家族は解放さ れ,精神障害のある人も生き生きと暮らしていくことができる可能性は十分ある。  今後の精神保健福祉施策においては,家族依存からの脱却が図られるよう,十分に 諸制度が整えられなければならない。これにより,家族の尊厳と精神障害のある人の 尊厳が,共に確立されていかなければならない。 ― 97― 第2章 精神障害のある人の人権保障〜尊厳と自律の確保はいかにあるべきか〜 91 佐藤幸治『日本国憲法論 第2版』(成文堂,2020年)139頁 92 竹中勲『憲法上の自己決定権』(成文堂,2010年)162頁 93 同上156頁 94『同志社法学 第 414号(72巻4号)』(2020年)1523頁(横藤田誠「精神障害者の強制入院制 度と憲法学」)。むしろ「ミスリーディング(誤導である)」との指摘もある(前掲91・163頁)。 95 健康の権利に関する特別報告官報告 para.8, 19, 25 96国連『精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則』(1991年 12 月採択) 97 健康の権利に関する特別報告官は,国連原則などによるセーフガードは日常の実践では役に立た ず(para.32),危険性や医療の必要性などの要件も主観的なもので広汎な解釈の余地を残し,恣 意性を排除できなかったことが指摘されているとしている(para.64) 98東俊裕監修,DPI日本会議編『障害者の権利条約でこうかわるQ&A』(解放出版社,2007年) 59頁(山本眞里氏執筆部分) 99 健康の権利に関する特別報告官報告 para.8, 18,19, 25 100 長瀬修ほか編『障害者の権利条約と日本 概要と展望』(生活書院,2012年,増補改訂)22頁 (川島聡・東俊裕執筆部分) 101 松井亮輔ほか編『概説 障害者権利条約』(法律文化社,2010年)2頁(川島聡執筆部分) 102 国立社会保障・人口問題研究所『季刊社会保障研究第 44巻第2号(2008年)138-149頁(勝又 幸子「国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ−国際比較研究と費用統計比較からの考察 −」) 103 毎日新聞 2018年8月 20日報道 104 公益社団法人日本精神保健福祉士協会機関誌『精神保健福祉』461(通巻 101号),2015年 17 頁(良田かおり「保護者制度廃止と医療保護入院手続きについて」) 105 同19頁 106 内閣府・第 31回障害者政策委員会『資料5 障害者基本計画(第4次)の検討を見据えた今後 の障害者施策の課題について』(2016年 12月 12日)(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/ seisaku_iinkai/k_31/pdf/s-5.pdf(2021年7月 15日参照)) 107 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会『精神障害当事者の家族に対する差別や偏見に関する実 態把握全国調査報告書』(2020年)(https://seishinhoken.jp/researches/5428236b0ea2d8c4d06228c7b8e110d09305606e(2021年7月 15日参照)) 108 同 109公益社団法人日本精神保健福祉士協会機関誌『精神保健福祉』第 43巻第1号(通巻 101号), 2012年 5頁(白石正巳「精神障害者家族とその支援」) 110 日本精神障害者リハビリテーション学会『精神障害とリハビリテーション第 13巻第2号』(金剛 出版,2009年)67頁(殿村壽敏・田中千枝子「精神障害者ホームヘルプサービスを利用しない 家族に関する研究」) 111 同 112 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会『みんなねっと精神科医療への提言』(2021年6月 21日) (https://seishinhoken.jp/files/view/articles_files/src/c222422bf6a05eebe93708f1daf5d816.pdf(2021年8月6日参照)) 113 公益社団法人全国精神保健福祉会連合会『平成 29年度精神障がい者の自立した地域生活の推進 と家族が安心して生活できるための効果的な家族支援等のあり方に関する全国調査』3頁 (https://seishinhoken.jp/files/view/articles_files/src/620a77e96e1dc411880b70839a27cc81.pdf(2021年7月 15日参照)) ― 98― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳 を確保するシステムに向けて(提言) 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 第3章  あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシス テムに向けて(提言) 第1節 精神科医療における強制入院制度の廃止に向けて 第1 憲法及び障害者権利条約の要請と人権モデルに基づく医療福祉の未来像 1 精神科医療に対する様々な人権からのアプローチと複合的人権保障 (1)精神科医療に対する様々な人権からのアプローチ @ 身体の自由と適正手続のアプローチ  自由権規約 1149条1項は「すべての者は,身体の自由及び安全についての 権利を有する。何人も,恣意的に逮捕され又は抑留されない。何人も,法律で 定める理由及び手続によらない限り,その自由を奪われない」と定めて,身体 の自由の保障と恣意的拘禁の禁止,身体の自由を奪う場合には適正手続が保障 されることを定めている。また,同条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪 われた者は,裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定するこ と及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるよう に,裁判所において手続をとる権利を有する」として,抑留の合法性の審査を 裁判所が行うべきことを定めている。自由権規約委員会は自由権規約9条につ いて「第1項が,刑事事件においてであれ,又はその他の場合,たとえば,精 神病,放浪,麻薬中毒,教育目的,出入国管理等においてであれ,あらゆる自 由の剥奪に適用されるものであることを指摘」し,また,「特に第4項に定め られた重要な保障たる,抑留の合法性について裁判所により確認してもらう権 利は逮捕又は抑留によりその自由を奪われたすべての者に適用される。」とし て(一般的意見8(16),1982年7月 27日採択 115),同条が保障する身体の自 由は,精神科医療における強制入院にも適用があることを明らかにしている。  91年国連原則 11616.1は,自由権規約9条を精神科医療に適用した場合の, 「合法性」の要件ついて,a.精神疾患のために,即時の又は切迫した自己若し くは他の人への危害が及ぶ可能性が大きいこと,あるいは,b.精神疾患が重篤 であり,判断力が阻害されている場合,その者を入院させず,又は入院を継続 させなければ,深刻な状態の悪化が起こる見込みがあり,最小規制の代替原則 に従って,精神保健施設に入院させることによってのみ得られる適切な治療が 妨げられること,が必要であるとしている。また,その審査を行う「審査機関 は司法的又はその他の独立した公正な機関で,国内法によって設置され,国内 法によって定められた手続きによって機能する」機関でなければならないと定 め(同原則 17),患者はその手続において弁護人選任権が保障され,資力がな い場合は無償で弁護人を利用できるものと定めている(同原則18)。  91年国連原則 16.1aは精神保健福祉法の措置入院(同法 29条)に相当し, 同 bは医療保護入院(同法 33条)に相当する場合であるが,精神保健福祉法 の規定は 91年国連原則の規定よりも広汎であり,自由権規約委員会及び拷問 ― 101― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 等禁止条約委員会は,日本政府に対して広汎な規定を改めるように勧告をして いる 117。  また,入院中の者又は家族等からの退院請求(精神保健福祉法 38条の4) を審査する精神医療審査会(同法 12条から 15条)は,「司法的又はその他の 独立した公正な機関」とは認めがたい点も指摘されている。  こうした自由権規約及びその解釈根拠になる 91年国連原則の定めは,刑事 手続における身体の自由の保障と類似した実体的及び手続的保障を強制入院に よる身体の自由の保障にも適用することとしている。自由権規約及び 91年国 連原則の定めを憲法 31条の実体的及び手続的デュープロセスの内容として読 み込むことも可能であろう。  しかし,刑事手続における身体の自由の保障と強制入院における身体の自由 の保障には異なる面があり,それが強制入院における人権保障を弛緩させてし まう危険性に留意する必要がある。  第一に,被疑者に対する逮捕・勾留という自由剥奪は,逃亡や罪証隠滅を防 ぐ手段であり,また,刑罰における身体の自由の剥奪は懲らしめの手段である のに対して,強制入院における身体の自由の剥奪は,精神保健福祉法の目的 (同法1条)に照らせば,「医療及び保護」のための治療の場を確保する手段で あるから,前者においては対象者に利益はないが後者においては利益があると する見解がありえる。しかし,入院治療が常に患者に利益をもたらすという前 提は精神科における入院医療の実態を無視した立論である。強制入院が患者に トラウマや苦痛,人間としての尊厳を傷つける体験をもたらしていることは, 本実行委員会が行ったアンケート調査において報告されている。また,国連の 障害者権利委員会や到達可能な最高水準の健康の権利に関する特別報告官もさ まざまな弊害を指摘している 118。さらに,抗精神病薬には死に至る危険性の ある副作用も含めてさまざまな副作用があり,抗精神病薬の作用は対症療法的 効果にとどまり,その効果も個体差があり,単純に精神科の「治療」が患者の 利益であると評価することはできない。また,そもそも患者にとって利益であ るかどうかは患者自身が判断すべきことであり,医学的価値観を押しつけるこ とは許されない。したがって,強制入院による自由剥奪は対象者に利益性があ るから刑事手続におけるよりも実体的及び手続的要件を弛緩させてもよいとい うことにはならない。  もっとも,第二に,刑事手続においては客観的な過去の犯罪事実を審判対象 とするが,強制入院においては「自傷他害のおそれ」あるいは「医療保護の必 要性」などが審判対象となる。健康の権利に関する特別報告官報告書は「強制 の使用の正当化は一般的に『医療的必要性』と『危険性』を根拠としている。 これらの主観的原則は学術調査によって支持されていない。そしてこれらの適 用は広汎な解釈に陥りやすく,恣意的であることが問題であるとする法的審査 が増え続けている」(para.64)としている。すなわち,強制入院の許否の判断 を適正手続に委ねても「おそれ」や「必要性」という主観的評価を前提にする 要件は客観的事実の認定とは異なり,判断者の主観に依拠せざるをえないため ― 102― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて に恣意性を排除することが困難であるという問題がある。 A 自己決定権アプローチ  自己決定権アプローチは,治療の諾否及び選択は患者の自己決定権に基づい て行われなければならないとするアプローチである。自己決定権は憲法 13条 で保障されていると解され,障害者権利条約3条 aは明文で保障している。ま た,91年国連原則 11は同原則が例外として認めている場合を除いてはインフ ォームド・コンセントなしにはいかなる治療も行われてはならないと定めてい る。  精神科への強制入院は,治療の場を提供する手段であるとしても,対象者に 深刻なトラウマを生じさせ,社会生活を断絶させ,差別と偏見,社会的排除を 負わせる可能性のある措置であり,そこで行われる治療は多くの副作用を伴 い,治療が奏効するかどうかも不確実である。入院と院内での治療の継続は対 象者の心身の状態と生活及び人生を大きく左右する措置である。したがって, 入院と治療の選択は,患者の人生にとってのリスクとベネフィット(利点)を 含めて何よりもその影響を受ける主体である患者自身の自己決定に委ねなけれ ばならない。自己決定権アプローチは,生活や人生における治療以外の諸価値 も含めて治療のリスクとベネフィットを患者本人が勘案し,治療の不確実なリ スクとベネフィットを患者が十分に理解した上でその選択ができるように説明 し,患者の選択に応じた最善の医療を提供する義務を医療者に負わせるアプロ ーチである。この面では,身体の自由の保障からのアプローチに比べて自己決 定権アプローチは医療の実態に即した理論と言うことができる。  しかし,自己決定権アプローチにも留意すべき点がある。第一に,自己決定 権の保障には,従来,自己決定能力が不十分な者については保護的な観点から 自己決定権を制約するという例外が伴っていた。91年国連原則もインフォー ムド・コンセントを行うだけの判断能力を欠いている場合に一定の条件に基づ いてインフォームド・コンセントなしに強制入院と治療を行うことを許容して いる(同原則 11.6,16.1b)。医療保護入院も入院について判断能力がない (任意入院が成立しない)場合に強制入院を許容する道を開いている(精神保 健福祉法 33条)。  これに対して障害者権利条約 12条は法的能力の平等性を定め,判断能力の 欠如と代諾を許容する上記 91年国連原則を修正している。同条項に関する一 般的意見1号が指摘しているように,判断能力は客観的で科学的な自然現象の ようなものではなく,社会的で政治的な背景に左右される観念であり,しか も,その判定は強制入院を実行する側の精神科医の知見に依拠して判断される という問題がある(para.14)。さらに,その判定は精神障害のある人だけを標 的にして差別的に行われ,しかも,人間の内面を正確に把握できるという誤っ た前提に立脚している(para.15)。こうしたことから障害者権利条約は,法的 能力の普遍的で平等な保障を求めている。障害者権利条約 25条dは「他の者 と同一の質の医療(たとえば,事情を知らされた上での自由な同意を基礎とし た医療)を障害者に提供する」と定めて,精神障害を含めた障害のある人に対 ― 103― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) する医療が例外なくインフォームド・コンセントに基づいて行われなければな らないことを定めている。障害者権利条約 14条は身体の自由の観点から強制 入院の廃止を求めているが,同条約 12条は法的能力の平等性の観点から判断 能力の欠如を理由とする医療保護入院の廃止を求めていることになる。  自己決定権アプローチに法的能力の平等性を加えることによって,判断能力 という一見,客観的,科学的に判定できるかに見えながら,実はその限界が曖 昧で社会的・政治的価値観に左右されてしまう要件に基づいて自由剥奪の可否 を決することを回避することはできる。  しかし,第二に留意すべき点として,自己決定権を保障しても,自己決定の 前提になる個人の価値観が社会の多数者が抱く価値観や国家の介入によってコ ントロールされた価値観になってしまっているとしたら,その価値観に基づく 決定は自己決定であるように見えて実はあらかじめ植え付けられコントロール された価値観に基づくものとなり,社会の多数の者が抱く国家が望む価値観に 従った決定になるだけに終わってしまう。障害のある人の分野では,障害のな い心身が正常な心身の状態であるとする心身規範が社会の主流の価値観として 長く定着し,障害のある心身は治療され矯正されるべき逸脱した心身の状態で あるとされてきた。こうした社会の中で育ち教育された人々は,その心身規範 にコントロールされ,障害のある自己の心身を否定的にとらえ,治療や矯正を 望む自己決定へと誘導されてしまうことが考えられる。すなわち,障害の分野 の治療とリハビリテーションにおいては単純に自己決定権を保障するだけで は,真に主体的で自由な自己決定を保障することにはならないと考えられる。 そこで障害者権利条約 17条は,障害のある心身がそのままの状態で尊重され る(Integrity)権利を保障し,障害のない人々が多数を占める社会で形成され てきた心身規範に対して障害のある心身も人間の差異と多様性(同条約3条 d)の一つとして,そのままの状態で尊重されなければならないことを明らか にしている。インテグリティの保障は障害のある人が自己の心身の状態を否定 的に捉えることなく,自由に自己決定ができるようにするための前提を支える 人権として重要である。  第三に留意すべき点は,インフォームド・コンセントの原理はともすると患 者が同意さえすればどのような医療を行うことも許されるかのように拡張的に 理解され,むしろ医療者の免責の法理とされてしまう危険性もはらんでいる点 である。この点に関して 91年国連原則 11は,インフォームド・コンセントに ついて「患者の自由意思により,脅迫又は不当な誘導なしに得られた同意」で あることを要する旨定めている。専門家である医療者と患者のコミュニケーシ ョンにおいては,医療者側の価値観や意向に患者が巻き込まれていく危険性が あるので,それを防ぐためには患者の立場に立ってその意思形成を支える権利 擁護者(アドヴォケート)を配置することが求められる。また,インフォーム ド・コンセントの前提として提案される治療は社会的相当性が認められる治療 行為であることが当然の前提になるので,医術的正統性と医学的適応性を満た したものであることを要し,かつ,「最も制限の少ない環境下」(the Least ― 104― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて Restrictive Environment)で「最も制限が少ない,あるいは最も侵襲的でな い治療」(the Least Restrictive or Intrusive Alternative)であること(原則 9.1)などの基準を満たしたものでなければならない。憲法の人権論で論じ られるLRA基準及びそれと同様に表現すればLRE基準,LIA基準などを 満たす治療行為でなければならない。  自己決定権アプローチは,法的能力の平等性(障害者権利条約 12条)及び インテグリティの保障(同条約 17条),さらに,91年国連原則が定める最も 制限の少ない環境の原則,最も制限が少なく・最も侵襲的でない治療の原則な どの医療行為それ自体としての準則(原則9.1)を具備させることによって, 医療保護入院の廃止を求める人権規範を構成している。しかし,これらの人権 規範に基づいても,自傷他害の危険性を理由とする強制入院については,生じ る危険性の重大性や可能性との比較衡量によって自己決定権の制約を認める余 地を残し,その比較衡量から恣意性を排除することができない点では限界があ る。 B 平等権アプローチ  平等権アプローチは,障害のある人とそれ以外の人の自由保障の平等化を求 めるアプローチである。他人に危害を加えようと考えてバットを用意している 人や DVや虐待を繰り返している人などでは,加害の準備行為や日常化した暴 力行為などから他害の危険性がある状態が精神障害のない人にも認められる。 しかし,精神障害のない人の場合は,刑法上の予備罪に該当するような場合で なければ,単に危険性があるだけの状態で逮捕・勾留されることはない。これ に対して精神保健福祉法によれば,そうした他害行為の危険性が精神障害によ るものであることが認められれば措置入院にされる可能性がある。したがっ て,措置入院制度は同じように他害の危険性のある人について,精神障害のあ る人の場合には自由剥奪を認め,そうでない人の場合には自由剥奪を認めない という不平等な取扱いをしていることになる。  もっとも,精神障害がある場合には治療によって他害の危険性をなくしてい くことができ,その治療は本人にとっても利益であるので,精神障害のない人 の場合と区別する合理性があるとする見解もありうる。しかし,精神障害のな い人についても,怒りのマネージメントや認知行動療法によって暴力行為を抑 制する方法はあり,自由を剥奪することで他害行為に対する警告と規範意識の 覚醒をもたらす効果も考えられ,それらの効果は本人にとって利益であるとい うこともできる。したがって,この点で精神障害のある人とない人の自由剥奪 を区別する合理性は認めがたい。自傷行為の危険性がある場合についても,心 理療法などによる介入の可能性を考えると,同様に精神障害の有無によって自 由剥奪に区別を設ける合理性はないと考えられる。そうすると,自由保障の平 等性の観点からは,措置入院が要件とする「自身を傷つけ又は他人に危害を及 ぼすおそれ」(精神保健福祉法 29条1項)がある場合には,精神障害の有無に かかわらず自由を剥奪するという制度に普遍(ユニバーサル)化するか,逆 に,精神障害のある人についても自傷他害の危険性を理由にした自由剥奪を許 ― 105― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) さないとする制度に普遍(ユニバーサル)化するか,いずれかによって平等化 を図るべきことになる。しかし,自傷他害の危険性が認められれば誰でも自由 を剥奪されるという広汎な自由剥奪制度は健全な自由社会の制度としては受け 入れることはできないであろう。そうであるとすると,精神障害のある人につ いても同様に自由を保障すべきであり,措置入院のような特殊な差別的制度は 許されないことになる。障害者権利条約 14条1項 bが「自由の.奪が障害の 存在によって正当化されないこと」としたのは,措置入院のように障害のある 人の自由のみを剥奪してきた制度の偏頗性を明らかにし,自由保障の平等化の 観点から特有の自由剥奪制度を廃止すべきことを求めているものである。  医療保護入院についても同様であり,判断能力の欠如という状態は,交通事 故による受傷や脳梗塞などの疾患によって意識喪失に陥っている場合にも生じ るが,自由剥奪を認めるのは精神障害のある人に対してだけであるという不平 等がある。したがって,判断能力が欠如しているとされる場合についても制度 の平等化,普遍(ユニバーサル)化が求められる。この場合には,むしろ患者 の権利を定める医療法の中で法的能力の平等性(障害者権利条約 12条)を前 提にしてインフォームド・コンセントを尽くすことを医療の基本とし,緊急に 救命措置が必要な場合のようにインフォームド・コンセントを尽くす時間的な 暇がない場合については,民法及び刑法の緊急避難等の規定を医療分野に適用 した場合の要件のあり方を全ての医療分野に共通する要件として規定していく べきものと考えられる。  さらに,障害者権利条約 19条1項 aは,「障害者が,他の者との平等を基礎 として,居住地を選択し,及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有する こと並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと」と定めている。病 院が生活の場と化している入院は強制入院でなくてもこの規定によって許され ないことになる。外務省訳では「義務を負わない」と訳出しているが,原文は are not obliged to live in a particular living arrangementと規定されており, 法的義務によらなくても事実上そこでの生活を余儀なくされる場合を含んでい る。また,living arrangementは病院などの物理的な生活の場を意味している だけではなく,通常の社会生活とは異なる他律的な規則などに基づく特殊な生 活のあり方を含むものと解されている。例えばグループホームなどであっても 自由度の乏しい生活の在り方であるときはノーマルでない(particular)生活 のあり方(living arrangement)を強いられているものとしてこの規定に反す るものと解されている(障害者権利員会一般的意見5号para.24)。障害者権利 条約 19条は,自由保障が平等化され,様々な障害を持つ多様な人々が地域社 会でほかの人たちと同じように地域生活を享受するための権利とそのための支 援の在り方までを保障している。 (2)複合的人権保障  ハンセン病国賠訴訟判決は,患者隔離政策がもたらす被害は個別的な人権では 評価しつくせない人生被害であることを認め,社会からの隔離により「人として 当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性が大きく損なわれるの ― 106― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて であり,その人権の制約は,人としての社会生活全般にわたるものである。この ような人権制限の実態は,単に居住・移転の自由の制限ということで正当に評価 し尽くせず,より広く憲法 13条に根拠を有する人格権そのものに対するものと とらえるのが相当である。」119と判示している。同様に,精神科病院への入院と いう精神障害のある人に対する社会的隔離による人権侵害の実態は,本来,個別 的な身体の自由,自己決定権,平等権の侵害だけでは評価し尽くせない被害であ り,上記の3つのアプローチは,いずれも他を排斥するものではなく複合して被 収容者である患者の人権の回復を図るものでなければならない。さらに,社会的 隔離がもたらす人生被害は,第二次世界大戦下の強制収容所とホロコースト,人 体実験における医学技術の濫用がもたらした個別人権の保障では対応できないよ うな悲惨な歴史的経験を省みて法的に改めて重要視されるに至った「人間の尊 厳」(世界人権宣言前文,1条,ドイツ連邦共和国(ボン)基本法1条,日本国 憲法 13条,障害者権利条約1条,3条a,憲法 13条)の侵害をもたらす。  精神科病院への強制入院がもたらす被害は,上記の3つのアプローチを複合し た上でさらに対象とされた「人間の尊厳」を侵害する措置であることを踏まえ て,精神障害のある人の尊厳を回復し確立するものでなければならない。 2 医療福祉の未来像 (1)障害の社会モデルと障害のある人の権利  障害者権利条約は障害が発展的概念であるとしながら(同条約前文 e)も「障 害者には,長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々 な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に 参加することを妨げ得るものを有する者を含む」(同条約1条)として,「障害」 は機能障害と社会的障壁の相互作用によって社会参加が妨げられる状態であるこ とを明らかにしている。そして,機能障害は人間の多様性の一つとして尊重され なければならないので(同条約3条d,17条),障害者の社会参加のためには社 会的障壁の除去が求められることを示している。障害者基本法2条及び障害者差 別解消法2条は,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の 心身の機能の障害」を「障害」として,障害すなわち機能障害と社会的障壁によ り継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものを障害者 と定義しており,同様に社会モデルに基づいて障害者を定義している。  機能障害のある人が日常生活又は社会生活に制限を受け,社会参加が困難にな るのは,社会がそれを妨げる社会的障壁を構築しているためであるから,障害の ある人にはその除去を求める権利が認められる。こうして障害の社会モデルは, 障害のある人が日常生活又は社会生活において受ける制限や社会的排除に対して 博愛や慈善あるいは共同連帯などの理念に基づくのではなく,権利に基づいて社 会的障壁の除去を求めることを基礎付けている。  強制入院制度は精神障害のある人を社会から隔離して排除し,さらに,精神障 害のある人は判断能力がなく自傷他害の危険性のある人たちであるという差別と 偏見を醸成し,社会的排除を強化する機能を果たしている。強制入院制度は,そ の対象となる者の人身の自由,自己決定権,平等権,ひいては人間の尊厳を損な ― 107― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) う制度的な社会的障壁であり,現実に様々な深刻な人生被害を与えている事実 を,本基調報告書第1章第2節第1で明らかにしてきた。  精神障害のある人々は,この社会的障壁としての強制入院制度の除去を求める 権利の主体として認められなければならない。 (2)人権モデルに基づく医療福祉の未来像  障害のある人のための医療福祉の在り方について,障害者権利条約は従来の社 会モデルをさらに発展させた人権モデルに基づく医療福祉の在り方を示してい る 120。  すなわち,従来の社会モデルは,障害のある人の日常生活又は社会生活におけ る制約を全て社会的障壁の問題に還元し,社会的障壁が除去されれば全てが解決 されるかのような誤解を与える可能性があった。たしかにジェンダーや人種に対 する差別では,社会的障壁が除去されれば,平等化が実現できると考えられる。 しかし,障害のある人の場合,社会的障壁によって生み出されるものではない機 能障害に基づく心身の苦痛や平均余命の相対的な短さなどの不安が伴うことは否 定できない。そうした側面について機能障害に特有に必要とされる医療福祉的な サービスが必要になる。単純な社会モデルはこの側面に対して十分に応えること ができない。そして,過去の経験からすれば,障害のある人に特有に必要とされ る医療福祉は,障害者施設での生活や特別支援教育,福祉的就労,そして,精神 科の強制入院や長期入院,いわゆる精神科特例による差別的に疎略化された医療 サービスなど,一般市民に提供されるものとは別枠の特殊なサービス体系として 制度化され,その制度自体が障害のある人と他の人との人生を分離する作用を持 ってきた(the separate parallel tracks)。人権モデルは,社会モデルが見落とし た機能障害が固有に必要とする医療福祉があることにも光を当て,さらに,その 必要な医療福祉の提供の在り方が,人の人生を制度的に分離してしまうことがな いように包容化(インクルージョン)することを要請するモデルである。  従来の医療福祉による介入をそのまま許してしまえば,障害のある人の心身は 逸脱した心身の状態として治療され矯正されるべき客体とされ,他の人とは別枠 の特殊な医療福祉の路線に従った人生を歩まされることになってしまう。そこ で,人権モデルは機能障害を持つ人を他の人と異なる特殊な医療福祉の枠組みの 中に閉じ込めるのではなく,ユニバーサルな医療福祉サービスの中で他の人と同 様に主体的に必要なサービスを選択し享受できることを保障するものである。  平等権アプローチは,自由保障の平等性の観点から障害に特化した強制入院制 度を廃止することを求めている。しかし,それだけにとどまらず,障害のある人 が求めることができる医療は,他の者に提供されるのと同一の範囲,質及び水準 の医療でなければならない(障害者権利条約 25条 a)。したがって,精神障害の ある人に対してもインフォームド・コンセントは例外なく行われなければならず (同条d),精神科医療に限って医師,看護師数を減員することは認められない。  精神障害のある人は,多様な人たちが住む地域社会の中のどこで誰と生活する かを決める権利が保障され,その「生活及び地域社会への包容を支援し,並びに 地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス,居住サービ ― 108― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて スその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)」と「一般住民向けの地 域社会サービス及び施設」も利用できるものでなければならない(障害者権利条 約19条)。  多様性が尊重された包容化された地域社会の中で,生活の場と所得が保障さ れ,就労,文化的活動などの社会参加の機会が十分に保障され,孤立化を防ぐ地 域社会支援サービスが十分に確保されることによって,精神的なクライシスに陥 ることのない安定した社会生活を支えていくことができると考えられる。 (3)今回の人権擁護大会決議案が追求する未来像 @ 目指すべきゴール  精神障害のある人の尊厳の確立が図られた未来の姿,換言すれば今回の人権 擁護大会に提案する決議案が求めるゴールはどのような社会であろうか。  第一に,精神科医療は他の医療と別枠の特殊な医療とはされず,患者の権利 を中心とした医療法の中に包摂されることになる。これと並行して特殊な差別 的枠組みとしての精神保健福祉法は廃止される。それに代わって平等な医療法 に基づいて精神科医療も「他の者に提供されるものと同一の範囲,質及び水準 の無償の又は負担しやすい費用」で提供されるべきものとなる(障害者権利条 約25条a)。したがって,いわゆる精神科特例による医師,看護師数の差別は 許されないことになる。また,「同一の質の医療」にはインフォームド・コン セントが行われることが含まれるので(同条約 d),精神科においても例外な くインフォームド・コンセントが履践されなければならない。患者の権利を中 心とした医療法には,民法及び刑法が定める緊急避難等の規定を医療分野に適 用する場合の要件として明確化した非自発的入院及び治療の要件が疾患や障害 の差別なく定められる。精神障害についても他の疾患と同様に緊急法理が認め る場合にのみ非自発的な医療介入が許容されることになるが,生命あるいは重 大な健康の危難が現在していること,治療によって守られる利益とそれによっ て失われる利益が権衡していること,他に可能な方法がないこと,治療行為に は医術的正統性と医学的適応性が認められ社会的相当性が確保されていること などを基本として,明確かつ厳格な要件に従った場合でなければならないこと になる。また,非自発的な医療が提供される場合も含めて提供される医療の最 低限度の基準として,患者の生活する地域社会の可能な限り近傍で(同条約 25条c),より制限の少ない環境(LRE基準)で,より制限が少なく(LRA 基準),より侵襲性の少ない(LIA基準)治療方法を選択すべきことなど(91 年国連原則9)が定められている必要がある。  第二に,医療分野における患者の権利保障として,精神保健福祉法に基づく 精神医療審査会はなくなるが,パリ原則 121に基づく国内人権機関あるいは患 者の権利を中心とした医療法が定める独立公正な審査機関が設置され,あらゆ る診療科の患者についてインフォームド・コンセントや非自発的医療介入の適 否を判断する組織になる。非自発的医療介入の場合は医療者と患者の権力関係 は顕在化するが,それ以外の自発的な医療の場面でも,医療者と患者の間には 権力的関係(構造的な力量の不均衡に基づいて患者をコントロールできる関 ― 109― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 係)が生じてしまう。  それは,患者と医療者の間における傷病と治療についての情報と知識の格 差,医療者の専門性と権威性,一個人の患者と法人組織あるいは集団としての 医療機関・医療スタッフとの力量の差,傷病による心身の衰弱と社会的立場の 脆弱化とは対照的な医療者側の安定した健康状態と社会的地位から生まれるも のであり,また,医療者にとっては一患者に医療を提供できなくても痛痒はな いが患者は医療の提供を受けられないと直ちに健康上の問題を生じかねず,他 の医療機関を新たに受診することの大きな負担を負うといった医療提供関係に おける相手方に対する依存度の違いなどから生まれるものである。  したがって,この分野で弁護士が,患者の権利を擁護する者として活動し, 必要な場合には国内人権機関等に権利救済の手続を代理人として行うことがで きるようにしておくことが重要である。  以上のような改革によって,精神科医療のみにおける特殊で差別的な自由剥 奪制度を中心とした精神障害のある人に対する隔離収容制度は解消され,精神 障害のある人も他の人々と平等な医療保障を受けることができるようになる。  しかし,さらに精神障害のある人が地域で安心して自分らしい人生を築いて いけるようにするためには,経済的基盤や生活基盤,日常生活の支援,就労と 社会参加の場などの充実した保障が必要である。こうした分野は主として障害 福祉サービスとして提供されることになる。経済的基盤としての所得の保障に は生活保護法及び国民年金法,厚生年金保険法などによる障害年金制度が関わ り,生活基盤としての住居の確保,日常生活の支援,就労や社会参加の場の確 保などは障害者総合支援法が関わることになる。また,障害者差別解消法に基 づいて差別の解消と合理的配慮の提供を求め,障害者雇用促進法による雇用場 面での差別の禁止と合理的配慮の提供を行うことで福祉的就労よりもむしろ一 般就労の領域が拡張され,障害のある人も多くが一般企業で職業を得て生計を 立て社会参加を拡げていく社会になっていくことが必要である。障害者雇用促 進法は積極的差別是正措置(アファーマティヴ・アクション)として精神障害 のある人を法定雇用率に含めているが,一般企業への就労の機会をさらに拡大 していくことが求められる。精神科医療は他の医療と同様に,こうした地域生 活を支えるインフラの一つにとどまり,誰でも陥ることのある精神的な失調や 危機のときに,差別や偏見,強制的な措置を受けることを怖れることなく,安 心し信頼して医療を受けることができる地域資源の一つとして役割を果たすこ とになる。 A 目指すべきゴールへの工程  精神科医療は,精神病者監護法(1990年)の私宅監置制度から始まり,精 神衛生法(1950年)の措置入院及び同意入院(現在の医療保護入院)を中心 とした強制入院法へと引き継がれ,その後,精神衛生センターの設置,通院医 療公費負担制度の導入などによる地域精神科医療を指向する法改正(1965 年),強制入院に加えて任意入院を認めるなどの法改正(精神保健法 1987年) などが行われてはきたが,その後も改正を繰り返してきた現行の精神保健福祉 ― 110― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 法は,法制度として歴史的に強制入院制度を骨格として定められており,現実 においても入院者の約半数は強制入院させられている者である。障害者権利条 約が法的能力と自由保障の平等性(同条約 12条,14条)を要請し,国連の複 数の人権機関が強制入院による人権被害をなくすことを求め,本実行委員会が 行った入院経歴者へのアンケート調査からも明らかになった,強制入院がもた らす被害をなくしていくためには,何よりも現行精神保健福祉法までに引き継 がれてきた強制入院制度を廃止することが,精神障害のある人の尊厳を確立す る地平を拓くための要になる。そして強制入院制度を廃止していくためには, 国連の健康の権利に関する特別報告官報告書が要請しているように,具体的な 工程を考案して,その工程を踏んでいく必要がある。その工程は定期的に検証 しつつ必要な修正をしながら着実に進めていく必要があるが,現時点で考えら れるブループリントはどのようなものとなるであろうか。 a 短期的工程  強制入院を廃止していくには,基本的な方向性として強制入院への入り口 を狭めて出口を拡大することで,廃止の前段階として現状の肥大化した強制 入院制度を縮減してくことが必要である。これと並行して地域へ戻る元入院 患者の人たちが安心して生活できる条件を整えることが必要である。また, 強制入院制度に依存してきた今までの日本の精神科医療を大きく転換してい くためには,精神障害のある人に対する患者隔離の法制度がもたらした構造 的な人権侵害,それにより社会構造となった根深い差別偏見の実態について 調査・検証し,損なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度を創設する ことが必要である。  強制入院を縮減していくためには,第1に,現行の精神保健福祉法が定め る強制入院の要件を少なくとも 91年国連原則 16.1が求める要件にまで厳 格化する必要がある。それによって日本の精神保健福祉法はようやく 1990 年代の国際的な人権水準を満たすことになり,強制入院の入り口が狭められ ることによって,強制入院者の減少をもたらすこともできることになる。  また,現行の精神医療審査会の問題点を改め,独立公正な審査機関として 適正手続を保障し,弁護士が国選代理人として入院患者の権利擁護にあたる システムを確立し,不適切な入院から早期に開放する道を開くことで強制入 院の出口を拡張し,強制入院の対象者を減少させることができる。  これらの制度改革は単なる政策的な要請ではなく,憲法及び自由権規約並 びに障害者権利条約に基づく人権保障のための最低限度の要請であり,強制 入院の廃止に向けた工程の第一段階で早期に実現することが求められる。  以上の強制入院の入り口の厳格化と出口になる退院可能性の拡大と並行し て,精神障害のある人の地域生活を支える所得補償,生活の場の保障,日常 生活の支援,雇用の機会の確保と雇用環境の調整など地域生活を継続するた めの相談・支援等,必要かつ実効的な障害福祉サービス体制の開発も進めて いかなければならない。従来の入院医療に傾斜した予算及び人員は,地域生 活の充実化のために用いられなければならない。 ― 111― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) b 中期的工程  ここまでの段階において相当程度縮減された強制入院対象者について,次 の段階では,強制入院者を受け入れることが許容される医療機関を国公立系 の公的医療機関に限定するとともに,許容される入院期間を後述するように 最長 23日間に限定することによって,さらに,強制入院の枠組みを縮減し ていくことが考えられる。  人の自由を強制的に剥奪する権限を私人に許容すべきではなく,同時に人 を強制的に収容する施設は医療施設であっても公的な責任を持つ機関が担わ なければならない。また,医療の必要性があるからといって自由の剥奪を無 期限に認めることは,刑事手続で,実体的真実の発見の必要性があるからと いって無期限に勾留を認めてよいことにはならないのと同様に許されない。 こうした改革によって,強制入院への入り口を縮小するとともに公的責任を 明確化して人権保障を充実化させ,出口を拡大することで曖昧な医療の必要 性などの理由によって入院が長期化することをなくしていく。  同時に,この段階では,精神障害のある人が地域で安心してその人らしい 生活を続けていくための医療福祉サービスは十分に発展し,利用できるサー ビスの種類も量も十分な状態になっていることが求められる。 c 最終段階  以上のような強制入院廃止の準備的な工程を踏むことで,強制入院者数が 大幅に縮減され,地域での生活を支える予算や人材の確保も満たされていくこ とで,特殊で差別的な法的枠組みであった精神保健福祉法を廃止することが 十分に可能な段階を迎える。そして,精神障害のある人も患者の権利を中心と した医療法に基づいて,差別のない同質の医療を受けられるようになり,精神 保健福祉法は廃止され,上述の目指すべきゴールへの道が開かれることになる。 第2 強制入院の廃止に向けた段階的縮減の諸方策  第1で述べたとおり強制入院制度を廃止するためには具体的な工程を考案して,そ の工程を踏んでいく必要がある。そこでここでは具体的な工程を短期的工程(下記 1,2),中期的工程(同3,4),最終段階の順に概観する。 1 入院要件の厳格化 (1)91年国連原則が示す「非自発的入院」の要件  本節第1の1(1)@において述べたとおり,91年国連原則 16.1は,自由権 規約9条を精神科医療に適用した場合の,強制入院の「合法性」の要件につい て,a.精神疾患のために,即時の又は切迫した自己若しくは他の人への危害が及 ぶ可能性が大きいこと,あるいは,b.精神疾患が重篤であり,判断力が阻害され ている場合,その者を入院させず,又は入院を継続させなければ,深刻な状態の 悪化が起こる見込みがあり,最小規制の代替原則に従って,精神保健施設に入院 させることによってのみ得られる適切な治療が妨げられること,が必要であると している。  すなわち,91年国連原則が定める強制入院の第1の類型は,自傷他害の即時 ― 112― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 性又は切迫性を要求することにより,要件を厳格なものとしている。  また,91年国連原則が定める強制入院の第2の類型は,@精神疾患が重篤で あること,A 判断能力が阻害されていること,B 入院によらなければ深刻な状 態の悪化が起こる見込みがあること,C入院治療より制限の少ない代替手段が ないことという4要件を要求することにより厳格性を担保しようとしている。も っとも,A「判断能力が阻害」されていること,という要件については,その 後,障害者権利条約 12条2項が「障害者が生活のあらゆる側面において他の者 との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。」と明言し,判断能力 の欠如と代諾を許容する 91年国連原則を修正したことに鑑みれば(本節第1,1(1)A参照),現状においては文言としてそぐわない。そして,同条約 12条 3項が「障害者がその法的能力の行使にあたって必要とする支援を利用すること ができるようにするための適当な措置を取る」べきことを規定していることに鑑 み,対象者への法的能力行使の支援が尽くされている状態にあることを,(A) に代わる要件とすべきである。  (なお,障害者権利条約 14条は身体の自由の観点から強制入院の廃止を求めて いることは本節第1,1(1)Aにおいて述べたとおりであるが,障害者権利条 約の要請に従って強制入院を完全廃止に至らせるまでの段階的縮減の中間段階と して強制入院の要件を厳格化する上でも,可能な限り同条約の要請を取り入れる べきである。) (2)現行の精神保健福祉法 @ 措置入院の要件  現行の精神保健福祉法は,措置入院の実体要件として,ア精神障害者であ ること,イ 自傷他害のおそれのあること,ウ 医療及び保護のために入院の必 要があること,を定める(法 29条1項)。  措置入院は,91年国連原則が定める第1の類型に相当するものと考えられ るが,イ自傷他害のおそれに係る即時性又は切迫性は要件となっていない。 なお,かかる実体要件の判定については,「精神保健及び精神障害者福祉に関 する法律第二十八条の二の規定に基づき厚生労働大臣の定める基準」(1988年 4月8日厚生労働省告示 125号)が存在するが,当該基準においても,自傷他 害のおそれの即時性又は切迫性は要件として示されていない。さらに,厚生労 働省が 2018年3月に発出した「措置入院の運用に関するガイドライン」にお いても,即時性又は切迫性は要件として示されていない。  このように,現行法は,措置入院に係る自傷他害のおそれについて,91年 国連原則が要請する即時性又は切迫性の要件を明示しておらず,人権制約の正 当化事由を欠くものと考えざるを得ない。  また,例えば,上記告示によると,他害行為を広く刑罰法令違反として,軽 微な法益の侵害行為も含むこととしているが,人身の自由保障の重要性からす ると,軽微な法益侵害で強制入院が可能になるとすることは,憲法上の要請で ある比例原則,法益権衡に反するものである。 A 医療保護入院の要件 ― 113― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  現行の精神保健福祉法は,医療保護入院の実体要件として,ア精神障害者 であること,イ 医療及び保護のため入院の必要があること,ウ 精神障害のた めに任意入院が行われる状態にないこと,を定める(法 33条1項1号)。  医療保護入院は,91年国連原則が定める第2の類型に相当するものと考え られるが,精神保健福祉法の文言上の要件は,91年国連原則の上記(1)のよ うな厳格な要件と比較して極めて緩い要件である。  第1に,91年国連原則は,精神疾患が重篤であることを求めるのに対し, 医療保護入院では精神疾患の症状の程度について全く言及されていない。  第2に,91年国連原則は,この類型の入院の必要性について,入院によら なければ深刻な状態の悪化が認められる見込みがあることをあげるが,医療保 護入院では,医療及び保護のための入院の必要があるとするのみで,入院をさ せたい者の恣意的な判断を許しやすいものとなっている。  第3に,91年国連原則は,入院治療より制限の少ない代替手段がないこと という補充性の要件を定めるが,医療保護入院にはこの要件がない。91年国 連原則の第1の強制入院の類型のように他者の法益との権衡という枠組み(限 界)を観念できない第2の類型においては,人身の自由の制約の限界をより一 層明確に画すべきことに鑑みると,第1の類型に比べ,より一層の厳格な正当 化事由が要求されると考えるべきである。そして,この補充性要件は,かかる 厳格な正当化事由の重要な構成要素と考えるべきである。  このように,医療保護入院の実体要件は,91年国連原則が要請する厳格な 要件の多くを欠く。  なお,現行法では手続的な要件として「家族等の同意」が必要とされるが, 患者の強制入院に家族が関与するという歴史的経緯は,国連原則に依拠した国 際標準を目指す段階では意義を失っており,この段階では「家族等の同意」は 要件から外されていることが前提である。 B 任意入院の要件  任意入院の基本的要件は入院について本人が同意していることであるが(精 神保健福祉法 20条),この要件は非強制という状態での入院を促進することに中心的な意義があるとされている。そのため任意入院は患者の自由で自発的な 意思に基づくことまでは求められず,入院を拒むことができるにもかかわらず 「積極的に拒んでいない状態」でもよいとされている。  また,任意入院者から退院の申し出があった場合は原則として退院させなけ ればならないが(同法 21条2項)「指定医による診察の結果,当該任意入院 者の医療及び保護のために入院を継続(,) する必要がある」と認められるときは, 72時間に限り退院させないことができ(同条3項),指定医ではない「特定医 師」の診察による場合にも 12時間退院させないことができるとされている (同条4項)。  任意入院における退院制限規定は強制入院としての性質を持ち,また,入院 を「積極的に拒んでいない状態」には,本人の意思や意向が事実上制圧され, 本人の意思に基づかない,あるいは,本人の真意には反する強制の契機が含ま ― 114― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて れる可能性がある。  措置入院及び医療保護入院の要件を 91年国連原則の水準を満たすように厳 格化する一方で,任意入院については退院制限という強制的な制度を温存さ せ,また,本人の意思に基づかない,あるいは,その真意に反する入院が行わ れることを許容する現行制度をそのまま認めることはできない。  従って,強制入院の要件の厳格化と並行して任意入院は本人の自由で自発的 な意思に基づく入院(一般診療科と同様の自由入院)でなければならないもの とし,退院制限制度は廃止しなければならない。また,自由で自発的な意思に 基づく入院である以上,閉鎖病棟での処遇は許されず,行動制限(同法 36 条)を行うことも許されないものとしなければならない。 C 小括  以上のように,措置入院も医療保護入院も,91年国連原則が要請する厳格 な要件には程遠い,極めて緩い実体要件のもとで実施されており,このこと も,日本の強制入院者数が高止まりしている要因である。 (3)他国の状況  他国においては,91年国連原則に沿う強制入院の実体要件を規定する例が見 られる。例えば,補充性の要件について,英国では,「治療のための入院」の要 件として,精神障害に罹患しており治療のための入院が適切,適切な治療が存在 する,自身の健康又は安全,若しくは他者の保護のために,入院環境下でないと 受けられない治療が必要であることが定められている。フィンランドでは,「非 任意治療」の要件は,@)精神疾患であること,A)治療をしなければ重症化す る,ないし本人又は他者への害の危険があること,B)他の方法では不十分であ ることと定められている。オランダでは,強制入院に当たる「仮命令」の要件 は,精神疾患が対象者自身にとっての危険に該当し,危険を精神科病院以外の者 又は施設の介入によって回避できないことと定められている 122。 (4)提言 @ 措置入院の要件についての見直し  措置入院の要件をより厳格に法定するよう法改正すべきである。具体的に は,自傷他害のおそれの即時性又は切迫性を要件とし,法益権衡の観点から, 他害行為については,軽微な法益の侵害行為は除外すべきである。 A 医療保護入院の要件についての見直し  医療保護入院の要件をより厳格に法定するよう法改正すべきである。具体的 には,強制によらない全ての支援を尽くしていること,現に重篤な精神疾患が あり,入院治療によれば症状が改善することが高度の蓋然性をもって認められ ること,入院治療より制限的でない他の代替手段が存在しないこと,の全てを 充足することを要件とすべきである。 B 任意入院の要件等についての見直し  任意入院の同意は,積極的に入院を拒んでいない状態では足りず,患者本人 の自由で自発的な意思に基づくものとすべきである。退院制限の制度は廃止 し,閉鎖病棟での処遇を禁止するとともに行動制限は認められないものとすべ ― 115― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) きである。 2 有効な権利擁護システムと弁護士の活動による強制入院の抑制  2020年6月 30日午前0時時点の措置入院と医療保護入院による入院者数は合計 で約 13万人に及んでいる 123。強制入院制度の廃止に向けた取組を進めるととも に,現に存在しているこれらの人々の自由を取り戻し,その尊厳を速やかに回復す るためには強制入院を抑制することが必要であり,短期的に対応可能な権利擁護シ ステムの整備を早急に進めることが喫緊の課題である。 (1)精神医療審査会  権利擁護システムの一つと位置付けられ得るものとして,精神保健福祉法に規 定される精神医療審査会(以下「審査会」という。)の制度がある。しかしなが ら現在の審査会が権利擁護システムとして有効に機能しているかといえば,そう ではない。  審査機関が備えるべき最低限の基準を示す 91年国連原則 17.1は,審査機関 は司法的又はその他の独立した公正な機関(準司法機関)であるべきことを求め ているが,審査会は制度上も運用上も準司法機関たるべき実体を有しているとは 言えない。  このことは審査会の書面審査における著しい形骸化と,退院等請求審査におけ る申立件数の少なさ及び認容率の低さに端的に示されている。その原因として審 査会の独立性が十分でないこと,審査手続において当事者の適正手続上の権利保 障が十分でないことなどをはじめとしていくつかの原因が指摘されているところ であるが,それらの原因と具体的な対応策についての詳細は第6節第1ないし第 3を参照されたい。 (2)代理人制度の充実  前記 91年国連原則 18.1は,患者(「メンタルヘルスケアを受けている人」を 意味し,精神保健施設に入所させられている全ての人を含む)は弁護人を選任 し,指名する権利を有しており,患者がそのようなサービスを受けられない場合 には,無償で弁護人を利用することができると定めている。  人身の自由が制約されている入院者が審査会の退院・処遇改善請求申立により 不当な強制入院からの開放を求めようとするときに,弁護人の存在は不可欠であ る。  統計によれば強制入院の入院者の中で退院請求手続をとる者は 2.5%にも満た ない状況であり,申立自体が少ない上,その申立に代理人が選任されているのは 10%以下というのが現状である。代理人選任の割合が少ない原因は必ずしも一つ ではないが,上記 91年国連原則が規定するような無償の代理人制度が設けられ ていないことも大きな原因の一つであると考えられる。  この問題については日弁連でも独自の取組を進めているところであるが,抜本 的な充実を図るためには国費の導入が不可欠である。詳細は第6節第4を参照さ れたい。 (3)国内人権機関の創設  国内人権機関とは,人権保障と促進のために設置される国家機関であり,当該 ― 116― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 国に居住する者であれば国籍に関わらず侵害された人権の回復を求めることがで きる政府から独立した公的機関である。  1993年の国連総会においていわゆるパリ原則が決議され,世界では 120を超 える国で設置されているが,日本ではいまだに設置されていない。パリ原則では 国内人権機関には4つの機能(人権救済機能,政策提言機能,人権教育機能,国 際協力機能)が付与されるべきとされており,パリ原則にのっとった国内人権機 関が設置されれば,個別事案の事後的救済という司法の限界を超えた人権侵害の 構造的解決やその抜本的解決を図ることが期待できる。  不当な処遇あるいは長期入院を余儀なくされている強制入院者の処遇の改善や 退院の個別事案の解決において審査会が十分に機能していない部分を補う役割を 果たすことも期待される。 (4)個人通報制度の導入  人権侵害は実質的には人権を侵害するものであってもその国の法令には依拠し て行われることが少なくないという歴史的事実を教訓とし,国際社会は国内にお ける人権問題を各国の自律に委ねるのではなく,国際的に人権保障を確保するシ ステムの構築が必要であるとの認識に立ち,国連では現在まで 20を超える国際 人権条約が採択されている。  個人通報制度とは,そのような国際人権条約で保障された権利を侵害された者 が,国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に,各 人権条約機関に直接救済の申立ができる手続である。  日本が批准している国際人権条約のうち,個人通報制度を定めるものは8つあ る(本条約に附帯する選択議定書に定められているものが5つ,本条約の中に定 めているものが3つ)が,日本はいずれも導入していない。個人通報制度に基づ いてなされる条約機関からの勧告に強制力はないが,勧告がなされることがあり うるということになれば,司法判断や審査会の判断においても条約の趣旨がより 尊重されることが期待でき,あるいは勧告が世論を喚起し,その後の法改正に結 びつくことも期待されるところである。 (5)上記のような権利擁護システムは,それが有効に機能すれば強制入院者の抑制に一定の役割を果たすことが期待され,その整備はその気になれば相対的には短期的に対応することが可能である。多くの強制入院者が現に大きな人権侵害を受けている現状に鑑みるならば強制入院制度の廃止への取組と併行して早急に整備されることが求められている。個人通報制度と国内人権機関については第6節第5を参照されたい。 3 入院期間の限定 (1)自由権規約,91年国連原則及び障害者権利条約から導かれる期間制限の要請  自由権規約9条の解釈指針である一般的意見 35号によると,強制入院は同条 が想定する自由の剥奪に該当することが前提とされており(para.5)「障がいの 存在それ自体をもって自由の剥奪が正当化されてはならず,むしろ,い(,) かなる自 由の剥奪も,本人を重大な害から保護し又は他人に対する傷害を防止する目的に 照らして必要性及び比例性(proportionate)がなければならない。自由の剥奪 ― 117― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) は,最後の解決手段として最も短い適当な期間のみ適用されなければならず,ま た,法律で定めた適当な手続的及び実体的保護手段を伴わなければならない。手 続は,本人の見解を尊重することを確保し,またいかなる代理人も本人の希望及 び利益を真に代理及び弁護することを確保すべきである。」と明言されている (para.19)。  自由権規約のこのような基本的原則は,91年国連原則 16.2(「非自発的入院 又は退院制限は,当初は,審査機関による非自発的入院又は退院制限に関する審 査を待つ間の,観察及び予備的な治療を行うための,国内法の定める短い期間に 限られる。」)によって,より明確に具体化されている。  障害者権利条約も,「締約国は,障害者に対し,他の者との平等を基礎とし て,」「(a)身体の自由及び安全についての権利を享有すること」「(b)不法に又 は恣意的に自由を奪われないこと」を確保することとして(14条1項),強制入 院の廃止を求めており,期間に限定のない強制入院など,なおさら許されない。 (2)現行の精神保健福祉法  精神保健福祉法において,本人の意思によらない強制入院(措置入院,緊急措 置入院,医療保護入院及び応急入院)のうち,緊急措置入院については入院期間 を 72時間に限るものとし(法 29条の2第3項),応急入院については入院期間 を 72時間(特定医師が診察する場合は 12時間)に限るものとされているが(法 33条の7第1項,2項),措置入院及び医療保護入院については入院期間の上限 が法定されていない。  強制入院の圧倒的多数を占める措置入院及び医療保護入院の入院期間の上限が 法定されていないことは,多くの入院者が長年にわたる強制入院を強いられてき た大きな一因である。  厚生労働省は,2014年,「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確 保するための指針」(2014年3月7日厚生労働省告示 65号)において,「入院期 間が長期化した場合,精神障害者の社会復帰が難しくなる傾向があることを踏ま え,入院期間が一年未満で退院できるよう,精神障害者の退院に向けた取組を行 いつつ,必要な医療を提供するための体制を確保する。」との指針を示したが, かかる指針には何らの法的拘束力もないことから,退院を促進する方法としての 実効性は極めて弱い。  また,医療保護入院については,2014年の精神保健福祉法改正に伴い,精神 科病院の管理者に医療保護入院者の退院促進に関する措置を講ずる義務が課され ることとなり,その義務内容は@退院後生活環境相談員の配置,A地域援助事業 者の紹介及び地域援助事業者による相談援助,B医療保護入院者退院支援委員会 の開催であるが,これまで長期入院の解消の効果はあがっていない。124  日本のこのような現状は,自由権規約,91年国連原則及び障害者権利条約に 明らかに違反する。 (3)他国の状況  英国は,評価のための入院について最長 28日間,治療のための入院について 最長6か月間(当初)と定める。フィンランドは,4日以内の観察のための入院 ― 118― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて を置いた上で非任意入院について最長3か月間(当初)の期間制限を設ける。そ の他の国々においても,期間のバリエーションはあるものの,期間制限を設ける 国が多数である。  なお,OECD(経済協力開発機構)加盟国(日本を除く)の 2019年時点にお ける精神病床の平均在院日数は 29.5日であった。 (4)提言  強制入院の完全廃止に至るまでの中間的措置として,精神保健福祉法を改正 し,措置入院及び医療保護入院の期間上限を,最長でも 23日とするよう法定す べきである。また,措置入院と医療保護入院は,全件につき,入院後 72時間以 内に精神医療審査会の審査を経なければならないこととし,そこで入院継続可と されなければそれ以後の入院継続は認められないこととすべきである。  この点,同じく身体の自由の制限である刑事手続における身体拘束では捜査段 階における身体拘束期間は逮捕・勾留を通じて最長 23日であること,逮捕後3 日以内に勾留質問という形で司法審査の機会があることが参考にされるべきであ る。犯罪捜査のために罪証隠滅あるいは逃亡を防止するという社会的必要性があ る刑事手続の場合ですら最長 23日間に限られているところ,そのような根拠の 伴わない精神科病院への入院については,最長でもこれと同じ日数とすべきであ る。  23日の間に自傷他害のおそれのある激しい幻覚妄想などの急性症状は収まる のであって,仮に 23日を過ぎても入院が必要なことがあったとしても,これを 強制するまでの必要性はなく,任意入院で足る状態にはなるはずである。むし ろ,23日間もの間治療的働きかけをしても医師・患者間の信頼関係が構築でき ず,患者から入院について同意を得られないような医療機関に強制入院を継続す ると,患者が得られる治療の利益よりも被る損失の方が上回る危険性が増大する のであり,それを回避する必要がある。現状においても,入院患者(任意入院を 含む)の約半数(2012年時点で 42%)は1か月未満で退院していることからす れば,地域における支援体制がより拡充されれば,強制入院期間の上限を 23日 としても弊害はなく,十分可能である。 4 強制入院の判断権限及び受入れは国公立病院に限ること (1)現在の日本の制度の概要と経過的措置の方向性  現在,日本においては,民間病院での強制入院が可能となっており,強制入院 の実体要件を充たすかどうかは,専ら精神保健指定医(民間病院に所属する者で あることが多い)によって判断され,入院中の者に対する行動制限は,(一定の 場合は精神保健指定医の判断に基づき)精神科病院の管理者が行うことが可能と なっている。そして,入院中の医療費については,措置入院及び緊急措置入院の 場合は,全額公費負担が原則とされているものの(精神保健福祉法 30条),入院 した者又はその扶養義務者が一定以上の所得を有する場合にはそれらの者から費 用徴収が可能となっており(同法 31条),医療保護入院及び応急入院の場合は, 入院した者(又はその扶養義務者)が負担することとなっている。  しかし,以下に述べるとおり,こうした制度には問題があり,強制入院制度の ― 119― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 廃止に至るまでの間,強制入院の受入れ許容病院は国公立病院に限定し,強制入 院や行動制限に関する判断を私人に担わせることがないようにするべきであり, 入院中の費用は全額公費をもって負担するべきである。 (2)拷問禁止委員会の批判  上述のとおり,強制入院の実体要件に該当するかどうかについては,専ら精神 保健指定医が判断しており,私立病院における民間の医師も精神保健指定医とし て当該判断をする権限を有しているが,この点に関し,拷問禁止委員会は,第1 回政府報告審査において,次のように述べて批判している。  「委員会は,私立病院における民間の精神保健指定医が,精神障害者に対する 拘束指示を出すに当たっての役割を担っていること,並びに,拘束指示,民間精 神医療施設の運営,及び拷問又は不当な取扱いに当たる行為に関する患者からの 不服申立てについて司法による監督が不十分であることを懸念する。」125  拷問禁止委員会は,このように批判した上で,「締約国は,公立及び私立の精 神医療施設における拘束手続に対する司法による効果的かつ徹底した監督を確保 するための全ての必要な措置をとるべきである。」126と述べて,現在の日本の強 制入院制度に潜む問題点を指摘し,改善を求めている。 (3)強制入院受入れ許容病院は国公立病院に限定されるべきであること @ 私立病院中心という状況が特異であること  日本における精神科病院は病床数,病院数共に私立病院が8割〜9割以上を 占めており,国公立病院に比べ,圧倒的に私立病院が多い状況にある(なお, 統計資料によって「公立」の区分が若干異なるが,少なく考えても8割を下回 ることはない。)127。  しかし,歴史的に見ると,本来は国公立病院を中心とした精神科医療を予定 していたにもかかわらず,例外的な形であったはずの私立病院における強制入 院が急増したことで,このような状況が生まれたのであって,このような私立 病院を中心とした入院は世界的に見ても特異な状況である。  もともと,東京帝国大学教授・精神科医の呉秀三が,私宅監置の廃止と官立 精神科病院の設立を提言したことを受け,1919年に「精神病院法」が制定さ れ,その中では,私立病院は代用精神科病院と位置付けられていた。しかし, 同法は道府県に精神科病院の建設を義務付けなかったため,主として国の財政 難のため,第2次世界大戦終結時までに設立された公立病院はわずか5府県に 過ぎなかった。  その後,1950年に制定された精神衛生法において,精神科病院の設置が都 道府県に義務付けられ,知事は都道府県が設置する精神科病院に代わる施設と して「指定病院」を指定するという制度が採用された(この指定病院制度は, 現行精神保健福祉法にも引き継がれている)。ところが,その後も国公立病院 の拡大は進まず,むしろ,1954年には,非営利法人による精神科病院の設置 に国庫補助が行われる規定が設けられ,医療金融公庫から低利長期の融資によ り病院設置を容易にする政策と相まって,私立精神科病院の設立ブームが生じ ることとなった。1958年のいわゆる精神科特例により,精神科病院の職員配 ― 120― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 置基準が一般病院より緩和されたこと,1961年に措置入院費の国庫負担率が 2分の1から 10分の8に引き上げられ措置入院患者が急増したことによっ て,この傾向は 1970年代まで支え続けられ,私立病院が病院数・病床数共に 国公立病院を圧倒的に上回る状況が形成されていった。  このような,私立病院が精神科医療の中心を担うという状況は,世界的に見 ても特異である。伝統的に医療サービスを主として公的病院が担ってきた欧州 はもちろん,アメリカにおいても,歴史的に精神障害のある人のケア,プログ ラム運営の責任は主として州政府が担っていた。強制権限を正当化する根拠 は,ポリス・パワー(警察力)思想又はパレンス・パトリエ(国親)思想に求 められるところ,これらはいずれも国家(州政府)の権限作用であって,私人 が担うことは考えられない。したがって,これら先進各国においては,伝統的 に国公立病院が精神科医療の中心的担い手であり,近時,脱施設化の推進によ り国公立病院の病床が削減され,相対的に私立病院の存在感は増しているもの の,日本ほど病院数・病床数共に私立病院が圧倒的に上回る状況にある国はな い。 A 強制入院受入れ許容病院を国公立病院に限定すべきであること  本基調報告書においてこれまで見てきたとおり,強制入院は,現に多数の人 権侵害を生じさせてきた。これを根本的に解決するためには,強制入院という 制度そのものを廃止するよりほかないが,廃止に至るまでの間,やむなく入院 を続ける患者に対して,決して人権侵害が生じないようにしなければならない のは言うまでもない。  人身の自由という基本的人権を制約し,構成要件上は逮捕監禁罪を構成する 行為を実施する主体は,その行為が正当化できる適法なものであることを説明 する責任が求められる。  その責任を果たし,人権侵害を抑制する主体として,私立病院は,果たして 適切であろうか。  他に同様に人身の自由を制約する施設としては,例えば,留置施設,刑事施 設,入国者収容所等があるが,これらはいずれも,原則として国又は地方自治 体がその責任を負っている。これらの施設において,運営主体の9割以上が民 間の団体であるといった状況が生じることは将来的にも考え難く,適切でもな いであろう。こうした人身の自由を制約する施設においては,人権侵害を防止 するため,その任に当たる公務員に対する厳格かつ統一的な統制が求められ る。すなわち,人権侵害の発生を防止するための統一的な諸規則が制定され, 公務員は当該諸規則に違反すれば懲戒処分による制裁が行われることが予定さ れているとともに,職権濫用等について刑事的にも重い制裁が準備されること で廉潔性が確保され,個々の公務員が全体の奉仕者という位置付けを有し,場 合によっては民主的統制を通じてその責任者の交代が行われることが想定され ている。  私立病院はどうであろうか。理念も経営状況も最高責任者も異なる病院間 で,人権侵害防止に向けた意欲も規律も具体的な取組も異なるのは当然であ ― 121― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) る。人権侵害防止のために設けられた病院内の諸規律に違反した場合におけ る,当該職員に対する内部的制裁は,同じようなケースでも,個々の病院によ ってまちまちであろうし,国又は地方自治体が規律違反の有無や内部的制裁の 当否について監督を及ぼすことも基本的にできない。個々の職員の基本的な立 ち位置は,公共に奉仕する者という位置付けではなく,原則として所属する法 人等の利益を最大化することが求められる(このような立場からは,経営の観 点から強制入院を抑制する動機が乏しくなるといえ,患者と利益相反の関係が 生じ得ると言ってもよいであろう)。当然,責任者の交代などの民主的統制が 及ぶ余地はない。このような性質を有する私立病院が,強制入院の担い手とな るのは本当に適当であろうか。  現に,人権侵害を防止する主体として私立病院が不適当な事象はこれまでも 生じている。例えば,2017年,厚生労働省の研究班が,身体拘束や隔離が行 われた患者数が 10年間で約2倍に急増していることが分かったことを受け, その増加の原因を調べ,身体拘束や隔離の妥当性を検証するため,身体拘束や 隔離を始めた理由や期間,具体的な拘束方法などを調べる調査を行おうとし た。これに対し,私立精神科病院の団体は,法律上拘束とされないものも対象 に含んでいるとして,調査に協力しない方針を固めたため,厚労省側の調査が 頓挫するという事態が生じた。身体拘束や隔離の妥当性を検証することは,そ うした行為を行う主体の責任でもあるにもかかわらず,その責任が果たされて いるとはいえない。私立病院側の協力がなければ必要な調査すらできないとい う事態は,強制入院の運営主体の中心が私立病院となっていることによって生 じてしまったものと言える。  もちろん,国公立病院が担い手となれば,それだけで人権侵害がなくなるわ けではない。しかし,両者を比較した際に,担い手としてより適切なのは,私 立病院ではなく,国公立病院というべきである。精神保健福祉法は,2条で国 及び地方公共団体の義務を謳い,19条の7及び 19条の8で指定病院をあくま で例外と位置付けているのであって,国公立病院が強制入院の受入れ病院とし て責務を果たすことは,このような法律の趣旨にも合致するものである。  強制入院制度が廃止されるまでの間,指定病院といった例外を許容すること を速やかに廃止し,強制入院受入れ許容病院は国公立病院に限定されるべきで ある。 (4)強制入院や行動制限に関する判断を民間病院所属の医師に担わせることがない ようにするべきであること  同様に,強制入院や行動制限に関する判断を,民間病院に所属する精神保健指 定医が担うことができるという制度も,廃止されるべきである。  精神保健指定医は,所属する医療機関等における職務,すなわち私人としての 職務と,公務員としての職務の両方を併せ持っており,例えば,医療保護入院又 は応急入院を必要とするかどうかの判定は私人としての職務であるが,措置入院 及び緊急措置入院を必要とするかどうかの判定は公務員としての職務とされてお り,入院中の患者に対して行動の制限を必要とするかどうかの判定は,私人とし ― 122― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて ての職務となっている(精神保健福祉法 19条の4)。  しかし,そもそも,強制入院である医療保護入院・応急入院や,行動制限とい った重大な人権制約行為を,私人が担うことができるということは,民間病院が 強制入院制度の担い手となっていることと同様の理由から,根本的に疑問があ る。また,医療機関等に所属してその意向に左右される地位にありながら,人権 侵害を防止すべき公務員としての職務を果たすことが,本当に可能なのかも疑問 である。例えば,強制入院や行動制限の現場においては,人権侵害行為,すなわ ち犯罪行為が発生する危険と常に隣り合わせにあるといえるところ,精神保健指 定医は職務につき犯罪があると思料する場合は公務員として告発義務を負ってい る(刑事訴訟法 239条2項)。場合によっては民間病院に所属する医師が,当該 病院を告発すべきことも考えられるが,そのようなことが現実的に可能であろう か。  強制入院受入れ許容病院を国公立病院に限定するのと併せて,民間病院に所属 する精神保健指定医が,強制入院や行動制限といった人権制約行為に関する判断 を担うことができるという制度も,同時に廃止されるべきである。 (5)強制入院受入れ許容病院を国公立病院に限定することは可能であること  精神保健福祉法は,「診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保 護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を 及ぼすおそれがあると認めたときは,その者を国等の設置した精神科病院又は指 定病院に入院させることができる」(同法 29条)と規定している。ここにいう 「指定病院」とは,「(国等…)以外の者が設置した精神科病院であつて厚生労働 大臣の定める基準に適合するものの全部または一部を,その設置者の同意を得 て,都道府県が設置する精神科病院に代わる施設」(同法 19条の8)のことを指 すことから,強制入院の受入れ許容病院として民間病院が指定できるとされてい る。  かかる指定病院制度については廃止した上で,新規の強制入院を受け入れる病 院については,国公立病院に限定するべきである。  これに対しては,国公立病院の数が著しく少ない現状では,患者の受入れがで きなくなってしまうのではないかという懸念が生じ得る。しかし,そもそも,従 来は,民間の精神保健指定医が過剰に強制入院を実施していた疑念がある。そし て,これに対しては,前述したとおり,審査基準(強制入院の実体要件)を国連 原則に準拠した厳格な基準に改正することで,審査会の独立性が確保されて,適 正手続が保障されることになり,なおかつ必要的代理人制度が整えられるなど入 院患者の手続保障も強化されることによって,従来よりも入院患者数は減少する と考えられる。同時に,後述するように,地域医療・地域福祉の拡充を推進する ことで,強制入院によらず,地域で暮らすことができるようになり,国公立病院 が受け入れなければならない患者数は著しく減少することが見込まれる。さら に,新規の強制入院患者に対して,後述のように入院期間を限定し,あくまで強 制入院はクライシス状態にある患者を一時的に受け入れるものとの位置付けがさ れれば,病床が長期間使用されているために新規患者を受け入れられないといっ ― 123― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) た事態を防ぐこともできると考えられる。  また,日本の精神科医療は他国に比べて,病院から地域へ医療を移行させる取 組が遅れている。病院における精神病床数が,OECD平均は 1000人当たり 0.66 床であるのに対し,日本は 2.61床と,OECD諸国で最も多い数値であることが, これを明らかにしている 128。かかる事情に鑑みると OECD平均の数値を目指 し,病床数を削減するべきである。そして病床数を削減すれば,自ずと入院者数 を限定せざるを得なくなり,著しく少ない国公立病院でも十分に賄えることとな ると考える。  このようにすれば,新規の強制入院を受け入れる病院を国公立病院に限定して いくことは可能である。 (6)強制入院の費用は全額公費負担とすべきであること  そもそも医療保護入院は患者本人による契約に基づくものではなく,患者に医 療の内容や医療機関の選択を許さない強制的な制度である以上,本人の意思に反 しており本人に医療費を負担させるべきではない。契約に基づかない強制入院で あることを明確に自覚し,強制入院にかかる費用は全額公費負担とすべきであ る。全額公費負担とすることによって,不必要な強制入院がされて不必要な医療 費がかかるという事態が生じることがないように国民からの監督機能が働くと考 えられる。その結果,精神医療審査会に対する監督が観念されることになるか ら,適正手続の保障の強化につながると考えられる。  現実には,患者本人が望まない強制入院であるにもかかわらず,本人が受け取 るべき年金が本人の入院費用として使われていたり,家賃収入等の本人の収入を 家族が管理して入院費用に充てていたりする場合が多い。これは,患者と同居す ることをよしとしない家族や,入院させることによって経済的利益のある病院 が,入院を望まない患者の収入を搾取している状況であるといえ,経済的虐待に 類似した状況が生まれている。また,患者の生活保護により入院費用がまかなわ れている場合には,適切な医療が行われ,適切な医療費の負担となっているかと いう点について,患者本人や,患者の家族による監督が働かず,不必要な強制入 院を見逃してしまうことにもつながる。  このような取扱いは,医療保護入院の法的性格を患者本人という第三者のため にする契約としての性質を有するとする説や,事務管理として捉えるとする説に より,正当化されているのが実情である。しかしながら,前者については,医療 保護入院が患者の同意なしに入院させる制度であって,患者自身の受益の意思表 示がそもそも得られない場面であって,この点で第三者のためにする契約として 構成するのは論理的に問題がある。また後者についても,本人の望んでいない治 療を受けさせる場面では,そもそも「望んでいない治療」を利得と評価し,立証 することはできないこと,また治療前には存在しなかった体調不良を引き起こす といったような副作用しかなく,一般人から見て本人に有益な治療が観念できな い場合において,本人に利益があったという立証をすることができないことか ら,本人が望まない入院の場合に,事務管理として構成することはできない。  そのため,前述したとおり,強制入院の性質に鑑み,契約に基づかない強制入 ― 124― 第1節 精神医療における強制入院制度の廃止に向けて 院であると構成するべきである。そして,全額公費負担とすることにより,相当 な費用がかかることが予想されるが,これは,患者の自由を制限する制度であっ て,かかる人権侵害を考慮すれば,その運用は,強制入院の実体的要件を満たす 患者に限定して行われるのであるから,必要最小限度のやむを得ない支出という べきである。国民の理解が得られないとの意見があるが,そもそも罪を犯した疑 いのある被疑者・被告人において国選弁護人選任権が認められ,適正手続が保障 されているのであるから,これに準じて,強制入院によって自由を制限する手続 に必要な制度を設けることについては当然に国民の理解は得られるはずであり, むしろ,得られるよう理解を求めるべきである。費用負担を理由に人権の保障を ないがしろにすることは本末転倒であって,許されてはならないことである。129 5 強制入院完全廃止 (1)精神保健福祉法の廃止  以上のとおりの経過を経て,現行の精神保健福祉法の強制条項は漸次,停止及 び制限し,法律自体も一部廃止から全面的に廃止することとし,医療法に等しく 包括させるべきである。 (2)医療行為という場面において精神疾患とその他の疾患とを区別すべきではない こと  精神保健福祉法は,精神疾患をその他の疾患と区別若しくは差別するものであ る。  何人も平等に自らの意思に基づいてインフォームド・コンセントのもと(障害 者権利条約 25条d),医療を受ける権利が認められるべきであり,精神疾患のみ 特別に区別若しくは差別して,その意思に基づかない入院や治療を認めること自 体,世界の流れに逆行するものである。 (3)自己決定権は最高裁で認められていること  そもそも治療を受けるか否か,そして治療を受ける場合にはいかなる治療を受 けるかという問題は,専ら本人の自己決定権に委ねられるべきであり,これは精 神疾患を有する者であっても何ら異ならない。  たとえ命にかかわる場面であっても医療行為を受けるか否かという意思決定を する権利が,自己決定権の一内容として尊重されるべきことは,2000年2月 29 日最高裁判決(エホバの証人輸血事件)が明確に判示している。 (4)精神保健福祉法の強制条項は本人の自己決定権を奪うものであること  精神保健福祉法の強制条項は,そういった本人の自己決定権を完全に奪うもの であり,国連による度重なる勧告にもかかわらず,本人の意思に基づかない強制 入院・強制治療と身体拘束という人権侵害が増加の一途をたどっているのであ る。 (5)国連による日本に対する勧告 @ 2013年,拷問禁止委員会は,日本の第二回定期報告を審査し,同年5月に 以下の総括所見を採択した。  「22.精神保健施設の『各運用基準』の根拠となる精神保健及び精神障害者 福祉に関する法律や,締結国〔日本〕代表団から提供された追加情報にも関わ ― 125― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) らず,委員会は,自らの意志に基づかずに,しばしば長期間にわたって精神保 健施設に入所している,心理社会的及び知的な精神障害のある者の数が多いこ とに引き続き懸念を有している。委員会は更に,頻繁な昼夜間単独室収容,拘 束及び強制的な医療行為及び非人道的で品位を傷つけるような取扱いに値する 行為に懸念を有している。精神医学的ヘルスケアに関する計画についての対話 を行った際に得られた情報を考慮し,委員会は,締結国が精神障害を持つ者を 入院させること以外の代替手段に対して注目を欠いていることにつき,引き続 き懸念を有している。最後に,委員会は,拘束的措置の過度な利用に対する効 果的で公平な調査がしばしば欠如していること,また,関連する統計データが 欠如していることに懸念を有する。拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位 を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約2条,11条,13条,16条(para.22)」 A 2014年7月,自由権規約委員会は,日本の第六回定期報告を審査し,以下 の総括所見を採択した。  「委員会は,多くの精神障害者が,非常に広範な条件で,また,権利侵害に 異議を申し立てるための実効的な救済措置なく,非自発的入院の対象となって いること,また,代替となるサービスがないために入院が不必要に延長される との報告があることを懸念する。自由権規約7条及び9条(para.17)」 (6)障害者権利条約の批准  2014年1月 20日,日本は国連障害者権利条約(以下「条約」という。)を批 准した。この条約は 2006年 12月に国連総会にて採択され,2008年5月に発効 したもので,障害に関するあらゆる差別を禁止するとともに必要な配慮の提供を 求めている。近隣の韓国や中国を含め,アジア,アフリカ,EU諸国など既に世 界各国が批准をしている中で,日本は 2007年9月に署名をしたものの批准に必 要な国内法の整備に時間がかかり,発効から5年以上もの月日が流れていた。  障害者権利条約 14条は身体の自由の観点から強制入院の廃止を求めている が,同条約 12条は法的能力の平等性の観点から判断能力の欠如を理由とする強 制入院の廃止を求めている。 (7)国連による年次報告  2018年9月 10日〜28日に開催された第 39回国連人権理事会において,メン タルヘルスと人権についてまとめた国連人権高等弁務官の年次報告が取り上げら れた。  その内容は,人権が保障されたケアこそ効果があり,人権を制限・略奪する強 制治療は有害であることが再三にわたって強調されていた。すなわち,強制入院 の完全否定である。以下は抜粋である。  「締結国は,全てのメンタルヘルスケアとサービスを含む,あらゆるヘルスケ アとサービスが自由とインフォームドコンセントに基づくことを確かにするとと もに,実際の機能障害や機能障害と考えられているものを修正することを目的と した強制入院や強制施設入所,身体拘束,精神科外科手術,強制投薬,その他強 制的な手段等の強制的な介入(第三者による同意や承認によるものも含む)を許 可するような法規定や方針が撤廃されることを確かにするべきである。締結国 ― 126― 第2節 精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセントの保障に向けて は,これらの実践が拷問あるいは残酷,非人道的,品位を傷つける治療や罰であ り,メンタルヘルスサービスの利用者やメンタルヘルスの問題を抱える人々,心 理社会的な障害を抱える人々に対する差別に等しいと認識し,見直すべきであ る」130(para.46) (8)日本の現状   上記のとおりの提言にもかかわらず,日本の現状はなお,2020年3月 18日付 け厚労省による「精神保健医療福祉の現状」によれば,「平成 29年精神病床患者 の退院後の行き先」をみると,総数3万 3200人のうち,7.2%に相当する 2390 人余りが,死亡退院なのである。  死亡退院ということは,「死ぬまで退院できなかった」ということになる。  また,日弁連の実施したアンケート結果から判明したことは,第1章第2節第 1において詳述したとおり,望まない長期入院,電気ショック,望まない多剤処 方という投薬等,精神科医療における人権侵害の惨憺たる現状を如実に物語って いた。  以上の状況から分かることは,いかに日本が障害者権利条約を批准し,日弁連 が「障害者権利条約の完全実施を求める」ことを宣言しようと,精神保健福祉法 の強制条項を存続させる限り,日本の精神科医療は,国際的な基準から著しくか け離れたレベルからいつまでも脱することができないということである。 (8)結論  以上のとおり国連の方針に沿った精神科医療に近づけるためにも,現行の精神 保健福祉法の強制入院の要件と手続を国際人権の水準を満たすように厳格化する ことで段階的にその対象を縮減し,最終的には全面的に廃止することとし,医療 法に等しく包括させるべきである。 第2節  精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセ ントの保障に向けて 第1 精神科医療におけるあらゆる強制の廃止 1 インフォームド・コンセント法理による強制の否定  インフォームド・コンセントは,医療における患者の尊厳と自己決定権を確保 し,患者にとって最善の医療を提供するための医療行為基準であり,法原則であ る。個々具体的な医療場面において,患者に対して正確で必要な情報を理解可能な 方法で提供し,患者の十分な理解を得た上で,患者の参加・同意・承諾・選択・決 定に基づく医療を実践すべきとの規範を内実する。当然のことながら,医療におい てなされ得るあらゆる形態の強制を全て排除するための概念でもある。これは憲法 13条,自由権規約6条,社会権規約 12条に基づく保障である 131。  かつて,インフォームド・コンセントは生命倫理,医療倫理として提唱された。 その後,遅くとも 1980年後半以降,患者の権利として認められるところとなり, 世界は法制化への流れを辿った。現在,法制化を遅滞させる国もあるが,日本でも 世界でも,患者の権利の重要な柱の一つとして確立したといってよい(第 35回人 ― 127― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 権擁護大会基調報告書「患者の権利」1992年)。  日本では,古くは医療同意原則を確認する判例に始まり,やがて,インフォーム ド・コンセントの概念を受け入れた判例が出現し,遅くとも 2000年以降におい て,インフォームド・コンセントは患者の人格権に基づく自己決定権とともに,患 者の権利として確立している。  インフォームド・コンセントの法理は,患者の人格的権利として,また医療者の 法的義務として,医療者が治療を行うには,当の患者の病状,治療の必要性,実施 予定の治療内容とこれに付随する危険性,他に選択可能な方法がある場合にはそれ との利害得失などについて,患者に理解できる方法で説明して納得を得るべき法的 義務があり,これを欠く医療行為は,患者の権利を違法に侵害すると説明される (最判 2001年 11月 27日他)。  なお,患者の自己決定権及びインフォームド・コンセントを含む患者の基本的権 利の法制化は,いまだ途上にあるが,医療行政においては,「診療情報の提供等に 関する指針の策定について」(2003年9月 12日付け厚生労働省医政局長通知医政 発 0912001号)によって,インフォームド・コンセントの遵守を求めている。  医療は不確実である。医療によって期待できる利益も,伴うリスクの回避も約束 しない。その上医療に関する情報は,高度に専門性があり,医療者が偏頗に独占し ている。医療者は実施しようとする検査ないし治療(以下併せて「治療」という。) についての医療情報を知り,あるいは知っていなければならないが,患者はあらか じめそれを知ることはできない。正しい情報の共有なくして,適正な同意も誤解の ない納得もない。医療者は治療を実施しようとするとき,当の患者に対して,個別 具体的に必要な医療情報を提供し,患者がそれを理解できるような方法を用いて説 明し,十分な理解の上で納得を得なければならない。  患者の自己決定権及びインフォームド・コンセントの法理は,当然,精神科医療 にも同等に妥当する。しかしながら,精神科医療の現場では,精神障害があること を理由として「病識がない」「判断能力がない」「不合理に治療を拒否する」など と,この法理に反した医療を行ってきた。  インフォームド・コンセントは,患者の人格権,自己決定権に由来するものとさ れる。したがって,その判断基準は医療者ではなく,患者側を主体とするものでな ければならない。だからこそ,患者の環境,状態,能力,機能特性等に応じて,患 者の理解可能な説明方法がとられなければならず,その上で患者の理解と判断を求 めることになる。医療者がもつ基準,環境,状態,能力,機能特性等を前提にして はならないし,医療者の「客観的合理性」をもって判断のよりどころとすることは 許されない。どこまでも,患者の現実,立場,状況,人生選択への指向性などを踏 まえて,他の診療科と同等に,患者の内在的な合理性が尊重されなければならな い。  患者の能力がたとえ 99%失われているとしても,残りの1%において内在的合 理性ある判断が可能であれば,ここにフォーカスを当て,能力を補完し,必要な援 助とともに,時間をかけた対話と多様な選択肢を示すことを繰り返して,その意思 決定を援助し,インフォームド・コンセントの思想の中核にある患者の尊厳を全う ― 128― 第2節 精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセントの保障に向けて すべきことが求められる。  インフォームド・コンセントは,医療における強制をどこまでも排除し,患者の 自己決定を充溢させようとする法原則である。 2 障害者権利条約による精神障害を理由とする差別的取扱い禁止  障害者権利条約は,これまでの障害概念を転換した。  それは,障害とは個人にみられる機能特性そのものではなく,個人の機能特性に 対応できない社会システムが個人との間につくる社会的障壁であり,障害問題の核 心は,個人ではなく,社会にあるという。  この根本原則の下で,障害とは,個人の機能特性と社会との間に生じる生きづら さを社会的障壁とし,社会が個人の機能特性に相応した補完制度や支援システムを 講ぜず,不十分なまま放置する不作為を社会において解決すべき課題であるとす る。  社会は,個人を,意思決定能力を含むあらゆる機能特性によって,差別してはな らず,個人が意思,選好に基づいて,その人らしくふさわしい,自律し,自立した 意思決定のための支援システムを構築しなければならないとする。  同条約 12条は,締約国に対して,個々人にあるあらゆる障害/機能特性にかか わらず,全ての場所における諸権利,あらゆる側面における法的能力を,すべから く平等に保障し,そのために必要な公的支援制度を整備するよう義務付けた。  これらの権利保障及び支援は,「その心身がそのままの状態で尊重される権利」 を保障するものとしてデザインしなければならず(同条約 17条),この義務は保健 サービスにおいても妥当するとし,「差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受 する権利を保障する」ために,社会的障壁の解消をし,個人が属する地域社会にお いて,平等に提供すべきこととした(同条約 25条)。  国は,これまで,精神障害のある人は,精神症状によって正常な意思決定ができ ないと考えてきた。そのため,保護が必要であるとし,また何をするかわからない として,医療と保護の名目,また,社会的な危険及び不安を除去する目的で,精神 障害のある人に対する隔離と強制を法制度化してきた。  精神障害のある人に対して,症状を理由として,医療における自己決定権を認め ず,インフォームド・コンセントを制約し,強制入院,隔離,身体拘束,実質的な 医療強制を法制度として認めてきた。  これらは,障害者権利条約が許容するところではない。  個人の意思決定能力を含む機能特性を理由として,強制,隔離,拘束を認め推進 する法制度は許されず,差別してはならず,代理意思決定を排し,本人の意思・選 好を踏まえた本人らしくふさわしい意思決定及び実行を支援することを制度化しな ければならない。 3 患者の権利法制定による強制の否定  日本における本格的な患者の権利確立運動は,1984年 10月 14日に始まる。こ の日,「与えられる医療から参加する医療へ」をスローガンとして「患者の権利宣 言(案)」が発表された(患者の権利宣言全国起草委員会)。医療の主人公は患者で あり,患者は医療の主体であるとした。 ― 129― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  この動きは世界の潮流に連動したものでもあった。第2次世界大戦後,医療にお ける専門家による専制,これがもたらした未曾有の人権侵害を反省し,まずは 1964年6月,人体実験に関するヘルシンキ宣言において,医療における個人の尊 重,自己決定権,情報共有,及び参加の保障等を定めた。同宣言は,医療者団体の 世界組織である世界医師会が,いわば自律的に,倫理原則として,医療者及び医療 職団体の責務として規定したものである。  1970年代に入り,患者側から医療における基本的人権保障のための権利要求と して,医療全般に及ぶ患者の権利の確立が叫ばれるに至り,1980年から 90年代に かけて,あらゆる場面における人権獲得要求,消費者運動の高揚などによって,世 界の多くの国において,患者の権利の法制化が進んだ(第 35回人権擁護大会基調 報告書「患者の権利」1992年)。  このような世界の流れを受けて,「患者の権利宣言(案)」運動は,1990年代に 入って,患者の権利の法制化運動へとつながった。患者・市民による,患者の自己 決定権,インフォームド・コンセント,法政策への参加権等の法制化を求めた患者 の権利法をつくる会を組織し,運動を展開してきた。  2001年5月,「らい予防法」違憲国家賠償訴訟判決を受けて,国は,ハンセン病 問題の検証を行った。2005年3月「ハンセン病問題に関する検証会議」は最終報 告書において,再発防止策の柱として,国に患者の権利を法制化するよう求めた。  現在では,患者の権利確立は医療の基本となるとして,医療基本法制定運動へと 発展し,法制化へ手が届くところまで,歩を進めている。  そこでは,医療における基本権として平等な医療を受ける権利を定め,疾病の種 類にかかわらず,等しく最善の医療を受ける権利,病気及び障害による差別を受け ない権利を保障する。権利各則として,自己決定権,インフォームド・コンセント 等の患者の基本権のほか,不当な拘束や虐待を受けない権利を保障する。また,国 らの義務として病気及び障害による差別を撤廃する義務を定め,患者の権利擁護シ ステムを置くこととしている。  これらの権利が,障害者権利条約の下に制定されれば,精神保健福祉法はその下 位法として,精神障害や精神症状を理由とする差別は許されず,精神障害のある人 を対象とした,精神科医療における強制を否定し,患者隔離の法政策は全面廃止と いう抜本的な変更を余儀なくされることになる。 4 「病識」による強制の否定  現行法制度は,精神障害のある人に対して,「病識の欠如」を要件として,強制 入院を許容する 132。  精神科医療における自己決定権及びインフォームド・コンセントの平等保障は, 「病識の欠如」を理由とした強制入院を否定する。  強制入院を経験した患者及び精神障害のある人の統計調査に携った当事者団体の 指摘に耳を傾けたい。  「僕は8回目の入院の自殺未遂をきっかけに,自分は病気だって気づいて受け入 れたが,まわりを見ると,妄想もあり幻聴もあり病識もなく,病識の有無を基準に 入退院を決めれば絶対に退院できないタイプだが,生活保護を受けて,一日使うお ― 130― 第2節 精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセントの保障に向けて 金決めて,身だしなみもきれいにして,いつもおかしいこと言っているけれど,ひ とり暮らしができている。地域生活に病識は関係ない」(「対話」精神科ユーザー徳 山大英の発言)133。  「精神障害者って 24時間 365日調子が悪いのが続いているわけじゃなくて,一時 的じゃないですか。調子が悪い時に,例えば薬を飲んだりあるいは環境を変えたり そういう風な対応が自分自身でできることが大切」(「対話」精神科ユーザーストロ ベリーママの発言)。  「入院させて治すのに 20年も 30年もかけるのはいかがなものか。病気の自分が あっていい。そこまで行くのに 30年かかった」(「対話」精神科ユーザー山梨宗治 の発言)。  この訴えに応じて,精神科医は次のようにコメントした。  「アルコール依存症者は一般的に自分が依存症だということを認めない。自分は 酒が強いから依存症にはならないとか,そういう人は強制入院させて一生懸命病気 の説明をしてやっても,それで飲めばしょうがない。だから強制入院はさせても意 味がない。その人の気づきがあって断酒するなら手伝うという形でしか成り立たな い。生きている中で何かに自分でふっと今まで考えもしなかったことを気づくこと で自分自身が変わっていける。僕としてはそれを「気づき」「病覚」という言葉で 表現する。入院治療の必要性として病識は関係ないと思う」(「対話」精神科医師上 田啓司の発言)。  「病識という言葉は非常にくせもの。どんな人も,自分が生きてきた連続性のな かで,なんだかいつもとは違うとか,このままじゃやっていけなくなりそうだとか わかっているのではないか。入院治療の基準として病識のあるなしを持ち出すべき ではない」(「対話」精神科医師伊藤哲寛の発言)。  本来医療は,患者に「病識」を可能なものとするところから始まる。「病識」の 欠如を理由に,「病識」なくしてインフォームド・コンセントも自己決定も成り立 たないと入院強制を肯定することは,インフォームド・コンセント法理の否定であ り,精神障害のある人への差別そのものである。 5 精神科医療における尊厳保障のための強制の否定  医療においてその意に反して強制を用いれば患者の尊厳は保てない。精神科医療 においても同じである。精神障害のある人だから,精神症状を呈しているから,医 療において何らかの強制措置を取り得るという法制度は,インフォームド・コンセ ント法理に反し,障害者権利条約を逸脱する,精神障害のある人に対する差別であ り,その人の人格,名誉,尊厳の全てを否定することである。  現行法及び政策は,精神障害のある人の精神症状を理由として,強制入院を許容 している。  この国の患者に対する強制隔離政策は,憲法 13条,自由権規約及び社会権規 約,障害者権利条約に違反するものである。  速やかに廃止されなければならない。 ― 131― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 第2 インフォームド・コンセントと緊急法理  患者の自己決定権を内実するインフォームド・コンセントは法理であり,人の生 命,尊厳,人格,名誉を守る基本的人権の一つである。  その例外として許容されるのは,代諾でも抽象的な推定的意思による決定でもな い。ましてやその人以外の合理的判断ではない。  日本における専断的治療禁止の原則から医療に関連する強制的措置の全面禁止まで を概観する。  1980年代においては,同意なき専断的治療の適法性については,主として刑事法 として,刑法 35条に準じる「正当行為」及び同法 37条に準じる「緊急行為」に基づ いて議論されてきた。とりわけ,前者を中心に,法令行為,正当業務行為,実質的違 法性阻却,優越利益の原理,目的説,社会的相当性の理論などによって基礎付けら れ,「治療行為は社会的に有益・不可欠なものであり,患者の生命・健康という法益 に対する大きな危険もそのために合法として容認される」などともされた。その後, 患者同意の有効性を担保するための説明義務,その説明対象(診断,治療,有効性, 危険性,療法選択等)が議論されてきた 134。  1990年代には,民事判例法理論を中心に,患者の権利の中核として,自己決定権, インフォームド・コンセント,最善の治療を受ける権利が議論され,それまでの「説 明と同意」の質の転換が行われ,患者の自律,意思,選好を最大限に生かすための医 師の説明義務の中身が具体的に整理された。  さらに,先行した自由権規約,91年国連原則,拷問等禁止条約等及び 2010年以 降,強制失踪条約,障害者権利条約等の国際人権法の進達により,「障害」を理由と して心身の自由を制約する強制入院,隔離及び身体拘束並びに差別的取扱いが全面的 に禁止された。  これらによって,精神障害のある人に対する精神障害を理由とする強制入院,隔 離,身体拘束等の医療に関連する強制措置はいずれも正当性を否定されることとなっ た。  精神障害によって意思決定能力が減弱している,あるいは精神症状によって事実認 識が不正確である等の障壁は,個別的で具体的な適切さを持つ多様な支援によって克 服し,その人の自律・意思・選考を得るべきとするのである。  唯一,全ての医療においても等しく適用される,刑法 37条に準じる緊急避難によ る違法性阻却,すなわち緊急法理による例外が認められるだけとなった。  意思決定に関する有効な事前指定がなく,緊急の事情下において,意思決定・表出 ができず,生命ないし健康あるいは尊厳を回復不可能な程度に喪失する事態が急迫す るとき,これを回避し,生命と健康を保ち,尊厳を保持し回復するために,必要不可 欠でやむを得ない緊急措置行為について許容され得る。  その基準は,一般医療に普遍的な基準として定立すべきであり,精神障害のある人 を対象とした特別な保護や枠組みを策定すべきではない。  その適法性は,あくまでも事後の個別検証に耐えうる場合だけが法的に許容される ことになる。 ― 132― 第2節 精神科医療における強制医療の廃止とインフォームド・コンセントの保障に向けて 第3 インフォームド・コンセントの形骸化を避ける権利擁護システム  意思決定能力が減弱している,あるいは事実認識に不正確な点が残る患者へのイン フォームド・コンセントをどのように貫徹するか。それは,人の個別性を前提とし て,個々人の機能特性や置かれた状況に相応する支援を提供するものとなる。国は, そのための支援システムを速やかに構築しなければならない。  意思決定支援システムは,事前指示書,オープンダイアローグ,ピア・サポート, コ・プロダクション等において展開される多様な活動の実績を積み重ね,検証,研究 等を経ながら準備・実践される必要がある。  その上で,そのうちの権利擁護システムとしては,権利擁護制度が持つべき普遍的 な構成要素として,いわゆる第三者性を持つ必要がある。  第三者性は,権限,組織,人事,財源の独立が確保されなければならない。権利擁 護制度は,医療行政の推進に対峙してこれを抑制する機能を持つべきことから,主た る医療政策から独立した権限を保有させる必要がある。組織の独立として事務局及び 委員の選任,加えて財源・予算に関して,いずれも医療政策全般をつかさどる部署か ら独立していなければならない。  その上で,精神に障害のある人を包摂できる有効なシステムにする必要がある。  例えば,薬物依存症からの回復を目的として活動するダルク(DARC:drug addiction rehabilitation center)では,強制も暴力も一切使用しない。メンバー(薬 物依存症者で薬物依存症からの回復を目指してダルクに集う人)は仲間とスタッフ (先行く仲間,薬物依存症者で回復の道を歩くもの)との対話を重ねる日々の生活の なかで,薬物を再使用した際にとるべき措置をあらかじめ話し合っておく。  薬物依存症者が薬物を再使用した際には,薬物による症状だけにとどまらず,多様 な精神症状を呈し,自らをコントロールできなくなることに対する準備が必要だから である。  薬物を再使用した時,仲間やスタッフが寄り添い,必要な時間をかけて,本人の意 思を確かめる。病院に行くか,このまま施設を出ていくか。本人の自律的選択を迫 る。決して本人の意思を無視し,命令し,身体を拘束し,あるいは無理に注射をし て,病院に収容する医療に丸投げすることはしない。  薬物の再摂取により,自己コントロールを失い,その上で,本人の決定回避をも許 さず,本人に自律的な判断を求め続ける。見当識を失い,まともな理解も判断もなし えないように見える時にも,かすかな理性を働かせているからだという。ぐるぐる巻 きにされ荷物のように扱われたこと,強制的に注射を打たれて保護室に入れられたこ と,侮辱的な,あるいは恫喝と受け取れる言動をされたこと等,いつまでも記憶に残 している。逆に,仲間が話を聞いてくれた,仲間が悲しんでくれた,仲間が叱ってく れた,仲間がしたいことを言い当ててくれた等も記憶に残している。前者は回復の障 害となり,後者は回復に向かう灯となる。  コミュニケーションにおける1%の可能性に対して働き掛けをする精神科医の医療 実践もある。  「99%自分を見失っている人であっても,1%が健全な状態を保っているわけだか ら,残りの1%に働きかけるわけですよね。その原則がないと,精神科の専門家とは ― 133― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 言えない。よくあるケースでね,幻聴や妄想でもう自分をコントロールできないとい う昏迷状態で『自分は病気じゃない,オレには神様がついているんだ』ということで 警察に連れて来られた場合,警察に保護されている今現在のストレスをどう回避する かという課題をめぐって協同することは可能です。/はじめの入院から7回くらい続 けて強制入院で,薬も飲まずに,基本的に医者を信頼してない時期がずっとありまし た。初めの入院の時はいきなり注射,隔離病棟です。その時のことは全部覚えていま す。野中先生は 99%錯乱してても1%はと言われた,その時何らかの言葉かけがあ ったら変わってたと思うんです。/理解しないことを,理解する力がないと思ったこ とはない。そうじゃなくてむしろ,今は本人にとってもっと重要なことっていうか, 別の大切なことに関心が向いているのかもしれない。こちらは一生懸命でも,例えば 幻聴や妄想でこちらに十分注意を向けられないのかもしれない。そういう洞察と配慮 がなければ,いくら一方的に説明しても無理です。どんなに混乱しているときでも一 方で現実をとらえる力が残っていますので,そこにどうやって働きかけるか。プロの 腕の見せ所です。医者の共感能力と技術がなければいくら時間があったってしょうが ない。だから状況の見極め,時間,そして医師の能力が決め手です。それを生かすこ とができる条件を,病院あるいは社会でいかに整えるか。否認,拒否,病識という言 葉であっさり関係を絶つやり方をどう乗り越えるか」(「対話」精神科医野中猛氏/精 神科ユーザー徳山氏/精神科医伊藤氏の発言)。  医学モデルに偏らない「患者からの学び」と「見立て」を重視する診療モデルもあ る。  「最初,今あなたが苦しんでいることとか,なぜこのような状態になっているかと いうことを少し一緒に考えて,それにとりあえずどう対処するかを考えましょうと。 その背景にはもしかしたら統合失調症という病気があるかも知れない,でも最初です から確実には分かりません。そこで眠れないとか,今苦しんでいるとか,そういうこ とに対する薬をとりあえずだしましょう。ただこの薬が効くかどうかは,人によって 全然違うし,副作用が強く出る場合もありますから,必ず報告してください。次の受 診日の前でもいいですから必ず電話1本入れてくださいと。こんな曖昧な状況から治 療が始まることを患者さんに伝えます。自分で経験できない限りは患者さんに聞いて 学ぶしかない。飲んでいる患者さんから情報をもらうしかない。/診断というのは医 学的な病名。見立てというのは暮らしのことも人生のことも家族関係も含めて診るこ と。普通の医師は診断して薬をどう選ぶかというメディカルモデル。もっと総合的に 診る見立てが必要」(「対話」精神科医伊藤氏/精神科医野中氏)。  精神障害のある人の自律・意思・選好は,地域生活において実践される。つまり, 自らが生活してきた地域に仲間と居場所を確保することが出発点となる。この人間関 係と環境を基盤として,精神障害,精神症状を示す患者の自律,意思,選考に侵すこ とのできない価値を見出す作業こそが支援の名に値する。  日本の人々の精神障害また精神症状は,世界に類を見ない特別に難治で治療困難な ものでは有り得ない。世界にありふれた,人類に共通した,普遍的な障害であり症状 に過ぎない。  患者の自律,意思,選考に他に代えることのできない価値と尊厳を認め,これを前 ― 134― 第3節 安心して利用できる医療福祉 提とした意思決定支援制度の構築とともに,第三者性を持った権利擁護システムこそ 求められるのである。 第3節 安心して利用できる医療福祉 第1 はじめに  従来の精神科医療は,本人に精神障害がある,正常な判断が困難との評価のもとに おいて,本人の苦悩や本人の望む生活を十分に聴取することもせずに閉鎖的な空間で ある精神科病院への隔離収容という形で実施されてきた。医療専門職の考えが正し く,それに反発する当事者の声は否定され,かき消されてきた。  隔離収容という方法は,本人の,不安定な精神症状の発現を物理的に押さえ付ける ことにより,一見,異常にも見受けられる言動を封じ込めることができ,周囲の者に 対して安堵をもたらす効果を持ちうる。そのため,私たちは,ある種「治療の効果」 「隔離収容が不可欠」と思い込んできた言える。  本来,治療の対象は本人であるから,その効果は本人にしか語ることができないも のである。  しかし,当事者側から,そうした強制的な手法について称賛・賛同する評価が総合 的に与えられたことはなく,精神科医療に改善を求める声が当事者や家族のみならず 医療従事者からも呈されてきた。人権を否定され,意思を尊重されなかったという悲 しい言葉が多くを占めてきた。本実行委員会が実施したアンケート調査やインタビュ ーにおいても,悔しかった,悲しかった,トラウマとなった,という声が多く聞か れ,精神科医療が個人の尊厳を確保するよう改革を求められていることは疑いない。  医療や福祉は,本来当事者が受け入れられる内容・過程で実施されなければならな い。いつまでたっても受け身で,一方通行とそれに対する反発の溝が深まれば深まる ほど,医療福祉の実効性は期待できない。自分の健康回復に主体的に取り組もうとす ること,そして精神科医療が安心して利用できることが,本来あるべき姿といえる。 安心して利用できる医療福祉とは,当事者の声を反映し,強制的手段に頼らないもの であり,精神的不調に悩み,苦しいときに丁寧に応対してくれる粘り強い支援であろ う。  そうした当事者の声を反映した医療福祉が,諸外国や日本においても現にいくつか 実践されている。制度的に実現を阻む要因があるのであれば,それを分析して解消し ていくことが必要である。  以下では,諸外国や日本で実践されつつあるいくつかの仕組みを紹介する。 第2 当事者の意思を反映した医療福祉 1 コ・プロダクション (1)コ・プロダクション(Co-production)とは  コ・プロダクションとは,公共的なサービス生産過程での自発的な専門家と利 用者の協働がサービスの量や質にポジティブな効果を与えることを意味するもの であり,初めて提唱したのは,アメリカの行政学者,ヴォンセント・オストロム ― 135― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) (Vicent Ostrom)である。V.Ostromは,1970年代に責任ある政府と民主的な管 理を両立させる新たな視点から,この用語を生み出した 135。  2008年以降,英国政府の戦略文書やシンクタンク報告書に出現し,サービス のユーザーは受け手ではなく,サービスを作り出す主体であるとの考え方から, サービスを提供する側とユーザーがサービスの内容を共に作り上げていくことを 表すものである。政策決定過程において有用であり,当初は公的・民間サービス を問わずに用いられていた。 (2)コ・プロダクション(共同で作り出す)モデルの汎用性  医療の場においてもこの考え方を用い,医療のユーザーが医療サービスの内容 にコミットし,提供する側と対等の立場で作り上げていく考え方が導入されてい る。従来,専門職と当事者は,治療する,治療される関係や支え,支えられる関 係において捉えられ,当事者には能力がなく,専門職は当事者に対し,能力をも って対応し,支配・被支配関係が前提となって仕組みが整えられてきた。それに より,被支配者は自身の身体的・精神的健康に関する事柄であるのに,自らが何 らかの決定を行う権利も与えられずにいた。  しかし,本来は当事者こそが自身の健康に関心がある立場であり,自身の心身 の健康について主体的に関わり合うことができるはずで,そのことが健康の回復 にも資するというべきである。そこで,その仕組みを対等性・相互性の関係にお いて捉え,それぞれの長所・持ち味を発揮し合う協働の取組を指す。そのことに より,新しい価値を創造し,より良い成果を効率的に高めることが出来ると考え られている。それがコ・プロダクションの考え方の基本にある。 (3)同モデルの価値観・観点とは  同モデルは,以下の4つの考え方に基づいて運用されている。 @権限を共有する A協力して設計する B協力して提供する C共同で評価する (4)英国においてコ・プロダクションにより達成されたと評価されているもの @ピア・サポート  精神疾患の経験者が精神保健専門家とともに精神保健サービスで働くために 採用され,訓練を受け,配置され,サービスを提供している。 A リカバリーカレッジ  英国以外にも存在するが,精神疾患の経験者,専門家,ケアラー及び市民が コ・プロダクションにより,リカバリー(回復)に有益な情報を主体的に学ぶ ためのカレッジを構築している。 B 急性期病棟における身体拘束の減少  最初から強制しないことを目的としたコ・プロダクションによって作成した プログラムでスタッフを訓練し,事故の発生やスタッフのストレスを軽減して いる。 (5)コ・プロダクションによる仕組み実践の成果として考えられること ― 136― 第3節 安心して利用できる医療福祉  既に取り入れられている英国における実践は,精神保健サービスの開発と供給 における根本的に新しい考え方を示している。それにより,サービスユーザー (当事者)が貴重な資源・能力を持っているという確信を得ることが出来るもの であり,サービスユーザー(当事者)はニーズのかたまりなどではないというこ とが示された。また,サービスユーザー(当事者)は効果的なサービスを創造す るための解決策の一端を担うことができることから,サービスユーザー(当事 者)の貢献を評価し,対等なパートナーとして仕事をしなければならないことが わかるし,パートナーシップを醸成することで社会関係資本をつくることにな り,それらがユーザー及び専門職やその周辺の人々のリカバリーを支えるものに なることが明らかになってきている。すなわち,コ・プロダクションの理念が具 体化された精神保健制度が作られることにより,当事者や専門職のリカバリーに つながること,それがひいては当事者が地域で生活することの実現につながって いくものである。 (6)現在の日本におけるコ・プロダクションを採用する仕組み @ ピア・サポート  後述するピア・サポートは,コ・プロダクションの大きな柱の一つと言え る。精神障害のために当事者であった人が医師などの精神保健専門家ととも に,精神科病院を含む精神保健サービスを提供する場で働き,同サービスを提 供する。入院者が地域で暮らすピア・サポーターの存在によってエンパワーメ ントされ,退院の意欲を持つなどの実践がなされている。 A リカバリーカレッジ(教育の共同創造)  精神障害の当事者であった人,精神保健専門家,ボランティア,その他様々 な人がリカバリーに必要な情報を学ぶための場を設定 【実践例】東京・美作・寝屋川などで取り組まれている(リカバリーカレッジ みまさか・寝屋川,その他,東京三鷹市 立川 名古屋 岡山 佐賀 安中な ど) B 精神科病院内でのプログラム作成(サービスの共同創造)  最初から強制しない(身体拘束しない)ことを目的とし,緊急時を含め当事 者にどう対応するかを定めたプログラムを作成する。 C 地域訪問治療チームの結成(サービスの共同創造)  後述する ACTサービスとも関連するが,地域の訪問医療チームに当事者が 関与している場合がある。当事者が主体的に地域で生活することを支援するた めの仕組みの構築をしている。 D オンブズマン制度  精神科病院の閉鎖性を問題として,入院経験者を含めた市民が,オンブズマ ンとしてその制度改善を求める活動がある。  大阪では,特定非営利活動法人大阪精神医療人権センターのボランティアス タッフが,精神科病院に定期的に訪問して当該病院の療養環境の適性をチェッ クし,大阪府・大阪市・堺市の運営する「環境療養検討協議会」において報告 を行い病院側からも意見が提示されるという仕組みがある。精神科病院の閉鎖 ― 137― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 性ゆえに病院内の療養環境は外部から見えにくいが,ベッド周りのプライバシ ーが保たれていない,トイレの汚臭がひどいなど,入院する場合にその療養環 境はまさに重要な部分である。全国を見渡せば,大阪以外に東京,神奈川,埼 玉,兵庫にも「精神医療人権センター」が存在するが,都道府県下全ての病院 に入り行政主導で「協議会」が実施されているのは大阪独自の取組であり,全 国にこうした取組が広がっていくことが必要である。 (7)日本での実践の課題 @ 従来,日本における精神保健制度においては,当事者を医療やサービスの受 け手としてしか捉えず,対等な関係性やパートナーシップの醸成など一切考え てこなかった。コ・プロダクションモデルを取り入れる意識醸成が歴史的に不 足している。そのため,リカバリーカレッジにおいても様々な活動や工夫がな されているが,対等性が保たれ,パートナーシップの醸成がなされているか客 観的に測る必要がある。やはり,これまで専門職は「助けてあげる側」として 教育・訓練を受け,かつ,その精神を育ててきていることに第一の要因がある ことから,経験者の有する経験や考えを尊重することから始める必要がある。 A 精神保健サービスを含む病院等の財政問題の解決を図る必要がある  参考となるのは,ベルギー プシ 107条である。これは患者が退院し地域に 戻る結果,入院病床が空床になった場合,地域での治療やケアに予算を使うの であれば,満床の場合と同様の予算措置をするというものである。このような 予算措置がコ・プロダクションの理念を取り入れる場合には必要である。なぜ なら,コ・プロダクションの理念として,市民の参加は単純に公的サービスの 代替やコスト削減の手法として捉えられているのではなく,持続可能なものに していくためには,そうした実践に対するの政府の積極的な資金援助を政策レ ベルで位置付けていく必要があるからである。 (8)小括  当事者こそが自身の健康に最も関心を持つ立場であり,実際に自身の健康に関 わることが回復にもつながっている。コ・プロダクションという当事者と医療従 事者との連携における共同創造は,当事者ならではの視点により,他者からの押 し付けではなく当事者自身が主体的に関わるという考え方であり,これまで一方 的で閉鎖的で人権課題の多かった精神科医療において,非常に有効と言える。 2 トラウマインフォームド・ケア (1)トラウマインフォームド・ケアとは  トラウマインフォームド・ケア(以下「TIC」という。)とは,支援者がトラ ウマが与える影響について熟知(imformed)した上で,トラウマを持った個人 に行う回復に向けての支援である。  TICは,米国で提唱された包括的な行動制限最小化の戦略の主要な概念であ る。トラウマインフォームド・アプローチは,精神障害のある人の多くがトラウ マを抱えていることから,隔離・身体拘束がトラウマの追体験とならないよう, 行動制限最小化を含む TICを行うことで,回復への可能な道筋をつけるための, トラウマに注目した介入・組織的アプローチである。 ― 138― 第3節 安心して利用できる医療福祉  具体的には,以下の内容を有する。  @  ストレングスモデル(病気や障害による「できないこと」に焦点を当てる のではなく,本人の長所や強み(=ストレングス)にアプローチして「でき ること」を大切にする支援)に基づいた医療サービスのアプローチで,  A  トラウマが個人に及ぼし得る影響を理解して取り入れ,スタッフと当事者 の双方に身体的・心理的・感情的な安全を確保し,当事者にコントロールと エンパワーメントを促す機会を与えるもので,  B  医療サービスによる再トラウマ体験を回避するための対策を講じ,サービ スの提供,評価には当事者の参加を重視する。 (2)アメリカにおける隔離・身体拘束最小化の組織的取組  米国保健福祉省薬物乱用・精神保健サービス局(Substance Abuse and Mental Health Services Administration, SAMHSA)の「トラウマと司法に関す る戦略構想ワーキンググループ」は,2014年に,「SAMHSAのトラウマ概念と トラウマインフォームドアプローチのための手引き」(SAMHSA’s Concept of Trauma and Guidance for a Trauma.Informed Approach)を公表した 136。  SAMHSAは,上記手引きにおいて,TICにいうトラウマ概念(3つの E)を 次のように定義している。 @ 個々のトラウマは,出来事(Event)や状況の組合せの結果として生じる。  通常,トラウマは,死傷事故や性暴力被害といった出来事を,直接体験する か目撃することによって生じるとされているが,そのような被害にあった場合 全てにトラウマが生じるわけではないことから,出来事と状況の組合せの結果 として捉えている。これは,あたかも,「障害」の社会モデルに基づく考え方 と酷似している。  そして,ここでは出来事に含まれる力の差(power differential)を重視す る。虐待や対人暴力,性暴力やパワハラなどの出来事はもとより,自然災害の 場合にも,自然 vs人間という力の差がある。再トラウマも,医療関係者と患 者の力の差によって生じる。  よって,このように力(power)に注目することがトラウマインフォーム ド・アプローチの基本となる。 A それは身体的又は感情的に有害であるか,又は生命を脅かすものとして体験 (Experience)される。  同じ出来事を体験した場合でも,トラウマになる人とそうでない人がある。 トラウマになる人が精神的・肉体的に弱いからではなく,精神的・肉体的に弱 っているタイミングのときに出来事を体験したと考えることが重要である。 B 個人の機能的及び精神的,身体的,社会的,感情的又はスピリチュアルな幸 福に,長期的な悪影響(Effect)を与える。  出来事を体験することによって,短期長期に様々な影響が現れる。長い時間 が経ってから現れる場合もある。  SAMHSAのガイダンスは,トラウマが及ぼす影響について次のものを一例 として挙げている。 ― 139― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  ・通常のストレスや日常生活の緊張に対処できない  ・人を信じられない  ・記憶・注意・思考の障害  ・行動や感情がコントロールできない  SAMHSAは,トラウマインフォームド・アプローチの主要原則として以下の6 つを挙げている。  @ 安全  安全な物理的環境と安心感を持てる関わりを提供することが不可欠である。  A 信頼性と透明性  運営と決定が透明であること。これによって利用者と家族に信頼されるこ と,スタッフと関係者全員の信頼関係を築くことが可能となる。  B ピア・サポート  SAMHSAのガイダンスでは,「ピア」はトラウマサバイバー(trauma survivor)と同じ意味とされている。  C 協働と相互性  癒やし(healing)は本人と医療関係者を含む全てのスタッフとの対等な関 係の中で生じる,というのがトラウマインフォームド・アプローチの理念であ る。対等な関係は意思決定をシェアすることである。また,放っておくと必ず 生まれる力関係の不均衡が生じないよう,常に気を配ることが重要である。  D エンパワーメント,意見表明と選択  一人ひとりの強さ(strength)と経験を理解し尊重することから支援は始ま る。本人も医療関係者も全ての関係者がトラウマ体験から回復する力を信じ, それを強めていくこと(エンパワーメント),それがトラウマインフォーム ド・アプローチの原理である。  意思表明と選択については,意思決定支援を尽くすことが不可欠である。  E 文化,歴史,ジェンダーの問題  錯乱状態にある精神障害者は言葉で説得しても無駄なので押さえ付けるしか ないなどといった,偏見や理解のなさが再トラウマを引き起こすことも少なく ない。トラウマインフォームド・アプローチではそれは差別偏見であると理解 し,差別されるマイノリティの側に立ち,その文化を尊重する。 (3)治療モデルからリカバリーモデルへ  医師の側からも,トラウマという概念枠組みを用いることで,精神科医療の利 用者の訴えやその抱える苦しみの本質を理解することが可能となる。  自傷,他害行為といった表面化している現象だけを見て,即,隔離や身体拘束 のみを行うのではなく,背景にあるトラウマの影響を丁寧に聴き取りアセスメン トすることが重要である。例えば,自傷行為があり措置入院となった者が,治療 を受け症状が改善したので,退院したところ,またすぐに自傷行為を繰り返す場 合など,医師側としては無力感を感じるかもしれない。しかし,自傷行為の原因 が過去の虐待によるトラウマに起因するものであったのだとしたら,いくら対症 療法で治療しても,効果がないことになりかねない。 ― 140― 第3節 安心して利用できる医療福祉  そのような場合に,利用者が過去のトラウマ体験を語ってくれればよいが,現 状の精神科医療の医師と患者という力の優劣のある関係性では,なかなか困難で ある。それを,TICの概念を取り入れ,治療に関する最大限の話し合いや方針 のすり合わせを試みることで回復への道筋が見えてくると思われる。  近年,リカバリー(recovery)ということばが盛んに使われるようになった が,リカバリーモデルとは,精神障害のある人が,それぞれ,自分が求める生き 方を主体的に追求すること,すなわち自分の人生は自分のものであり,自分でし か変えられないのであるから,精神科医療は,治療するのではく,利用者の主体 的なリカバリーを支援することが求められるというもので,障害者権利条約の趣 旨に沿う考え方である。  ストレングスモデルに基づき,協働と相互性を尊重し,当事者にコントロール とエンパワーメントを促す機会を与える一方,回復を阻害する再トラウマ化を防 止する TICは,リカバリーモデルを実現する一つの手法であると言える。 (4)日本における現状  日本精神科救急学会は,『精神科救急医療ガイドライン』の中で,「強制治療手 段を用いることの多い精神科救急医療現場では,治療自体がトラウマ /再トラウ マ体験になる危険性が高く,それは当事者のみならず治療スタッフにとっても同 様である。TICの概念を取り入れることで,当事者と医療者との治療関係や予 後の改善の効果が期待される。」としている。  実際,TICの概念を取り入れて,病院内で行動制限最小化に関する取組を始 める精神科医療機関も増えてきている。  しかし,精神科医療の利用者の多くが成育歴でトラウマを抱えており,隔離・ 身体拘束をはじめとする行動制限がトラウマの追体験となり,再トラウマ化とな る。強制入院下で行われる精神科入院医療の中では,そもそもトラウマインフォ ームド・アプローチは両立し得ないと思われる。  再トラウマ化を防ぐためには,強制を排除した地域の中での TICアプローチ が不可欠である。 第3 対話中心医療の実践(オープンダイアローグ) 1 オープンダイアローグとは何か (1)オープンダイアローグの起源  オープンダイアローグは,1980年代,フィンランドの西ラップランド地方に あるケロプダス病院においてヤーコ・セイックラ氏らによって始められた,精神 病症状などに伴う危機的状況における精神科医療のアプローチ(急性期精神病に 対する治療的介入)であり,危機的状況においても投薬や入院を最小限にし,本 人や家族たちとの対話を中心に対応することに特徴があると言われている(その 後,適応範囲は広げられている)。  手法としての対話は,患者,家族(必要であれば親戚や友人などの関係者全 員),専門家チームによるミーティングを基本の形としている。ミーティングで は,全員が車座になって座り,その場で自由に意見を交換することができる。ま ― 141― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) た,特徴的な部分として,依頼があってから 24時間以内にミーティングを行う こと,あらゆる事柄が必ず全員が揃った場で話し合われ決定されること,症状や 問題が落ち着くまで同じメンバーで毎日でもミーティングを行うことなどが挙げ られる。さらに専門家チームが患者や家族(のやり取り)について本人たちの目 の前で話し合いをすること(リフレクティング)も特徴的と言える。  なお,オープンダイアローグの要素について,ヤーコ・セイックラ氏らは,以 下の 12項目にまとめている。  1.ミーティングには2人以上のセラピストが参加する  2.家族とネットワークメンバーが参加する  3.開かれた質問をする  4.クライアントの発言に応える  5.今この瞬間を大切にする  6.複数の視点を引き出す  7.対話において関係性に注目する  8.問題発言や問題行動には淡々と対応しつつ,その意味には注意を払う  9.症状ではなく,クライアントの独自の言葉や物語を強調する  10.ミーティングにおいて専門家同士の会話(リフレクティング)を用いる  11.透明性を保つ  12.不確実性に耐える (2)理論的背景  オープンダイアローグとは,前項で述べたように,フィンランド西ラップラン ド地方(ケロプダス病院)で始められた,集団的対話に基づく精神療法の考え方 であるが,その理論的な基礎としてバフチン理論とヴィゴツキー理論が挙げられ ている。  ミハイル・バフチン氏は,ロシアの哲学者であり文芸批評家でもあった人物で ある。バフチン氏は「ドストエフスキーの詩学」において,ドストエフスキーと トルストイの文学の明確な差異を,ポリフォニー論によって示している。ポリフ ォニーとは,複数の異なる動きの声部(パート)が協和しあって進行する音楽を 意味するが,バフチン氏は,ドストエフスキーの文学においては,客観的に叙述 し得る単一的な真理は存在せず,各人の思想が否定されずに尊重される,各登場 人物は,作者ドストエフスキーと同じように,1人の人間として思想や信念を固 持する権利が与えられている,それはすなわち人格の尊重であると評価するので ある。同時にバフチン氏は,トルストイの小説においては,しばしばトルストイ の考えに登場人物が近づくことが真理への到達と同視されるとし,これをモノロ ーグな構成として批判している。また,レフ・セミョノヴィチ・ヴィゴツキー氏 は,ソ連(ベラルーシ出身)の心理学者であり,唯物弁証法を土台として全く新 しい心理学体系を構築し,当時支配的であった既存の心理学を鋭く批判した人物 で,発達心理学をはじめとする幅広い分野について数多くの実験的・理論的研究 を行っている。  この2人の理論を背景として,「精神療法の思想であるものが同時に哲学的そ ― 142― 第3節 安心して利用できる医療福祉 の他の対話の思想ともなるところに,このダイアローグのユニークさが認められ る。」とされている 137。すなわち,バフチン氏の対話主義と,ヴィゴツキー氏を 中心とする発達心理学―とくに発達の最近接領域や内言―が理論的背景として存 在すると言われている。 (3)日本でのオープンダイアローグ実践の歴史 @ 日本での取組  日本でオープンダイアローグが注目され始めたのは,近年のことである。  映画「オープンダイアローグ」が日本で上映されたのは 2013年であり, 2016年にオープンダイアローグ・ネットワークジャパンが立ち上げられてか ら,本格的に活動が始まったと言える。 A オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン  オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパンは 2016年に設立された団 体である。2016年7月9日に制定されたオープンダイアローグ・ネットワー ク・ジャパン規約によれば,同ネットワークはフィンランド西ラップランド地 方を中心に開発されてきたオープンダイアローグ・アプローチに関する情報提 供や研修を行い,日本における質の高いオープンダイアローグ・実践の普及に 貢献することを目的とし(3条),フィンランド及び他国のオープンダイアロ ーグに関する組織との連携やセミナー,講演会,トレーニングコースなどの実 施などを具体的な活動として行っている。 B ガイドライン  「精神看護」(医学書院)は,2018年3月,「オープンダイアローグ 対話実 践のガイドライン−第1版」を発行した。このガイドラインは,オープンダイ アローグ・ネットワーク・ジャパンが作成したものであり,同ガイドラインで は,オープンダイアローグの7つの原則として,以下の項目を提示している。 ・即時対応(Immediate help)  →必要に応じてただちに対応する ・社会的ネットワークの視点を持つ(A social networks perspective)  →クライアント,家族,つながりのある人々を皆,ミーティングに招く ・柔軟性と機動性(Flexibility and mobility)  →その時々のニーズに合わせて,どこででも,なんにでも,柔軟に対応する ・責任を持つこと(Responsibility)  →治療チームは必要な支援全体に責任を持って関わる ・心理的連続性(Psychological continuity)  → クライアントをよく知る同じ治療チームが,最初からずっと続けて対応す る ・不確実性に耐える(Tolerance of uncertainty)  →答えのない不確かな状況に耐える ・対話主義(Dialogism)  →対話を続けることを目的とし,多様な声に耳を傾け続ける  そして,オープンダイアローグの対話実践全体に関わる要素として,以下の ― 143― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 12点を挙げている。  オープンダイアローグの対話実践全体に関わる要素 ・本人のことは本人のいないところでは決めない(Being transparent) ・答えのない不確かな状況に耐える(Tolerance of uncertainty)  治療ミーティングの流れに関する要素 ・ 治療ミーティングを継続的に担当する2人(あるいはそれ以上)のスタッフ を選ぶ  (Two(or more)therapists in the meeting) ・ クライアント,家族,つながりのある人々を,最初から治療ミーティングに 招く  (Participation of family and network) ・治療ミーティングを「開かれた質問」からはじめる  (Using open.ended question) ・クライアントの語りのすべてに耳を傾け,応答する  (Responding to clients’ utterances) ・対話の場で今まさに起きていることに焦点を当てる  (Emphasizing the present moment) ・ さまざまな物の見かたを尊重し,多様な視点を引き出す(多声性:ポリフォ ニー)  (Eliciting multiple viewpoints) ・対話の場ではお互いの人間関係をめぐる反応や気持ちを大切に扱う  (Use of a relational focus the dialogue) ・ 一見問題に見える言動であっても,“病気”のせいにせず,困難な状況への “自然な”“意味のある”反応であるととらえて,対応する  (Responding to problem discourse or behavior as meaningful) ・症状を報告してもらうのではなく,クライアントの言葉や物語に耳を傾ける  (Emphasizing the clients’ own words and stories, not symptoms) ・ 治療ミーティングでは,スタッフ同士が,参加者たちの語りを聞いて心を動 かされたこと,浮かんできたイメージ,アイディアなどを,参加者の前で話 し合う時間を取る(リフレクティング)  (Conversation amongst professionals(reflections)) 2 オープンダイアローグに対する慎重な意見  オープンダイアローグに対しては,画期的な取組であるとの評価がなされる一 方,慎重に評価すべきとの意見も存している。  例えば,斎尾武郎氏は,「急性精神病に対するオープンダイアローグ・アプロー チ :有効性は確立したか?」において,「E.Fuller Torreyが,オープンダイアロー グにはアウトカム研究が乏しく,この治療法の本拠地である西ラップランド以外 で,まったく同様の実践がないことを批判している…」「イギリスやアメリカに は,オープンダイアローグ推進の拠点がいくつか存在する。だが,確かになぜこれ ほど古く使用実績のある治療法が,西ラップランド以外では広く実践されるに至っ ― 144― 第3節 安心して利用できる医療福祉 ていないのか,アウトカム研究に乏しいのかという疑問は残る。」「精神医療アドボ ケイトとして有名な Marvin Rossは Huffington Post Canadaのブログで警告を発 した。」等と述べた上で,「オープンダイアローグには十分なアウトカム研究がな く,いまだ実験段階の治療法である。世界的に標準とされる統合失調症に対する治 療法は薬物療法が中心だが,そのすべてが頑健なエビデンスに基づくものではな く,また必ずしも臨床精神薬理学的な原理・原則に忠実に行われてはいない。かと いって,それを理由にオープンダイアローグが現状のデファクトスタンダードとさ れる治療法よりも優れているとはいえないであろう。」「日本でも現在,オープンダ イアローグが大きな話題だが,広く全国で導入を進める前に,いまだ実験段階の治 療法として,慎重に研究を進めていく必要がある。」と結論付けている 138。139 3 医療関係者からのヒアリング@琵琶湖病院の取組  本実行委員会では,上記状況やオープンダイアローグに対して提示されている疑 問等を踏まえ,オープンダイアローグに取り組んでいる琵琶湖病院の村上純一医師 や山中一紗氏,同病院でオープンダイアローグを経験した患者及び家族らからもヒ アリングを行い,オープンダイアローグの内容の理解に努めた。その際のやり取り は以下のとおりである。  具体的には,まず,オープンダイアローグの理念的な部分,オープンダイアロー グを治療において取り入れようとした経緯,取り入れ時のスタッフ,患者,患者の 家族の反応等についてお尋ねし,さらにオープンダイアローグを進めるために克服 すべき点や実践上の難しさ,今後の課題について尋ねた。 (1)オープンダイアローグの理解と取組の経緯 @ 従来型の医療とオープンダイアローグの違いをどのように理解されています か。 応答:(村上医師)  私にとって従来型の医療は,生じている状況が主に当事者の内部から生じて おり(疾病中心の考え方),それを変えようとする考え方が土台になっている ように感じます。対して,オープンダイアローグでは,生じている状況は主に 当事者とその周囲の人や環境の間におけるものであり,そこには関わろうとす るわたしたち支援者も含まれるという考え方が土台になっていると思います。 なお,従来型の医療にも対話的側面はあると思いますし,オープンダイアロー グの実践で疾病中心の考え方が全く不要ということではないと思っています。 バランスが,従来よりもオープンダイアローグの方がより対話的であることを 重視しているという印象をもっています。  このほかにも,たくさんの対比的な特徴があると思いますので,表1に示し ます。  なお,私が最近重視しているのは,従来型の医療における対話性の要素を見 出すことです。そこに,チャンスがたくさん眠っているように感じます。 ― 145― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 表1 従来型の医療に特徴的 疾病中心に考える 制度中心に考える 予測や分析をする 考える 判断する 支援者の専門性を重視する 当事者を支援する(Aboutness) 当事者を変えていく 答えを出す 家族・当事者を支援する 何が問題か? 要素還元主義 線形性 カンファレンス  (山中氏) オープンダイアローグに特徴的 関係性中心に考える 人を中心に考える いま,ここに着目する 感じとる 判断を手放す 当事者やネットワークの経験に専門性を見出 し,重視する 当事者とともにある(Withness) 自分自身を含めて見つめ直していく 不確実さに耐える 家族・当事者に資源を見出す 何が生じているのか? 関係性の科学 複雑性 ミーティング  私は,専門職から当事者へ支援を提示する在り方から,当事者に経験者とし ての専門性があることを尊重し,語られないことは知り得ないということへの 謙虚さをより重視した在り方であると感じています。 A なぜオープンダイアローグの導入を考えられたのでしょうか 応答:(村上医師)  私がオープンダイアローグに強く惹かれたのは,従来型の医療では,私が上 手く精神科医として働けていないと感じたからだと思います。疾病中心に捉 え,当事者の言動は疾病のため病的であり治療を要するという考えのもと,当 事者の言動を是正して社会に適合させる必要があると思っていました。その背 景には,医学教育のモデルが疾病中心であったことと,医学生から研修医を経 て精神科病院で働く中では,社会そのもののありように視点が向く経験がなか ったことがあります。疾病中心モデルでは,当事者の意向に反しても保護や管 理をせざるを得ず,そのために強制力や権威を利用するのは当事者のため仕方 がないと信じてきました。さらに,精神科病院での勤務以外に社会経験がなか ったことから,精神科医がもつ権力性や権威性,精神科病院そのものが持つヒ エラルキー構造を十分理解していなかったように思います(ゴッフマン「アサ イラム」誠信書房)。その結果,危機的状況での強制入院,隔離や拘束を含め ― 146― 第3節 安心して利用できる医療福祉 た行動制限を安易に行い,多くの当事者の医療に関わることで心理的外傷が生 じました。さらに,社会に適合できる状況にないと入院が長期化し,入院の中 で症状が再生産されました。  2011年ころから,これらの出来事が徐々に自分の中の違和感を強めました。 地域で出会う当事者の方々が,病院にいたころとは別人のように主体的で,お 元気だったことが理由の一つです。在り方を根本的に見直し,どうすれば権 威,強制力,権力勾配に頼る方法を脱出できるか模索していたとき,2017年 にオープンダイアローグに出会いました。オープンダイアローグでは,意思決 定を民主的に行います。当事者,ご家族,支援者全ての声が安全に交わされ, 何が生じているのかをめぐって話し合うことができる方法として,とても良い のではないかと感じました。  導入を試み始めてから,自分の中に生じた変化,関係性に生じた変化,組織 文化に生じた変化,アウトカムとして生じた変化,様々なものがありました。 自分自身は,精神科医としてとても居心地の悪い思いをしていたということ や,自分の在り方が人との関係に大きく影響していること,話を聞いてもらう ことでとても安心できると感じた経験,人との繋がりがどれだけ大切なもの か,といったことに気づきました。今もその探求は続いています。関係性に も,大きな変化が生じました。何より,クライアントの皆さんと,少しずつ穏 やかで良い関係が生まれているように感じることが嬉しいですし,チームメン バーやそのほか様々な人間関係がより大切なものとして感じられるようになり ました。  ひとつ印象的なのは,統合失調症と診断されたのちに薬物治療によらず生活 されている方と実際にたくさんお出会いしたことが挙げられます。これまでの 取組で,そういった方と出会うことはほとんどありませんでした。実際に出会 い,そのプロセスを伺うと,従来統合失調症における神経遮断薬治療は長期に 行われることが常識であるというものの見方に大きくゆさぶりが生まれまし た。これらは全て直線的なものではなく,非常に複雑なプロセスだったように 思います。総じてこれらの変化は,私自身をこれまで経験したことのない世界 に連れて行ってくれており,とても面白いことだと感じています。  病院全体のプロセスに関して大きいと感じるのは,「オープンな場が生まれ たこと」です。従来,病院の中は「治療の場」,外は「社会」と,明確に仕切 られてきました。そうすることで,病院の中で行われていることは閉じたもの となり,当事者,関わる人それぞれが閉じた環の中で悩むような流れがあった ように思います。オープンダイアローグの実践は,その仕切りに自然な形で風 穴を開けました。もちろん,最初はその穴の存在は違和感や居心地の悪さにつ ながっていた部分はあると思います。しかし,時に虐待事件が生じるほどの闇 が生まれる可能性が,導入によって少しずつ軽くなっていると思います。今回 の企画も,その一つであり,とても感謝の念を抱きます。  結果として,病院においてどんな変化が生じたかというと,ここ数年で多く の方が地域移行・地域定着を果たされました。中には,何年も隔離されていた ― 147― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 方や,社会で生活することは難しいだろうと言われてきた方も含まれていま す。みなさん,地域に帰ると大幅に生活する力を取り戻される方が多いです。 もちろん,困難さを抱えている方もたくさんおられますので,支援も受けてお られます。このほか,病院全体に心理療法的な要素を大切にする風土が芽生え つつあるように感じます。薬物療法の減量,行動制限の緩和などもできていま す。 B 他のスタッフ/患者さん(当事者の方)の受け入れはどうでしたか 応答:(山中氏)  従来型のケースカンファレンスでは,事前に専門職間で情報共有と支援方針 や役割分担を整理した上で,当事者・家族へ提案する形をとることが多いと認 識しています。この点,オープンダイアローグでは,事前に結論を定めず,対 話を続けること自体を目的としながら,感情の共有や意味の創出を協働で行っ ていくため,何かを決めることや問題解消は副次的に生じることが多いと思い ます。必ずしもミーティングの場で決定すること自体を主眼としているわけで はないため,従来の在り方に慣れている方からはとまどいの声が聴かれること もありますし,ミーティングへの参加から遠のかれることもあります。お互い の考え方を話し合うことが重要であると感じます。  当事者からは,「これまで話すことができなかったことが話せた」と好意的 に受け入れられることが多い印象があります。声を発すること,聴かれること は,何かを決めること以前に重要であることを,改めて認識しています。特 に,長期入院中の方から,「これまで言ってはいけないと思って言えなかった が,退院したい」と涙ながらに打ち明けられたこともあり,聴かれるべき声 を,これまでいかに聴いてこられなかったかと痛感させられることがありま す。  深い感情や葛藤が話されることもあり,ともすれば参加者に傷つきが生じる おそれもあります。場の安全性をいかに保つかということが,とても大切だと 感じています。 C 患者さんの家族との関わりに影響はありますか 応答:(山中氏)  家族の声は,当事者の声以上に聴かれていないと感じることも多いです。  家族から,以前は孤立を感じていたが,ミーティングを通してスタッフとも 人同士として話せるようになり,点ではなく面で受け止められていると感じ て,安心できるようになった,とのコメントを頂くことがあります。また,当 事者と直接話すと感情的にぶつかってしまうが,第三者を交えることで核心的 なことが話せるというコメントを頂くこともあります。ミーティングの中で, 「そう思っていたのか」と新しい発見を共有する場面も多いです。  しかし時に,当事者の希望と家族の思いとの間に大きな差異があり,公平に 声を聴くことの難しさを感じることもあります。例えば「家に退院したい」と いう当事者に対して,「退院への不安が強い」と家族から伺うことも多いで す。「本人がいると話しにくい」と,家族から個別面談を希望されることもあ ― 148― 第3節 安心して利用できる医療福祉 ります。家族にとっては,当事者の希望やスタッフの提案を聴くことがプレッ シャーになる場合もあり,全ての参加者にとって安心できる場をいかにファシ リテートできるかということが重要であると感じています。 (2)オープンダイアローグを進める上での課題・懸念 @ カルチャーとして,医師やコメディカルや患者が皆対等な立場で平場で輪に なるということ自体が今の日本では難しいのではないでしょうか。多くの医師 たちにとっては,オープンダイアローグのベースにある対等性というカルチャ ーに対する抵抗感や拒否感があるようにも思うのですが,いかがでしょうか。 応答:(村上医師)  オープンダイアローグは,フィンランド,ノルウェー,アメリカなど,世界 各地における家族療法や科学哲学を背景に 30年以上前から積み重ねられつづ けてきたものであり,文化そのものである側面を感じます。したがって,その まま持ち込もうとしても,異文化としてアレルギー反応が生じてしまうのは必 然だと思います。精神科病院に身を置いて,オープンダイアローグに出会い, 病院の中でやりとりをしていると,文化間ギャップをまずは考慮したほうがい いと感じています。そのまま持ち込んでも,差異が大きすぎて,システムが壊 れかねません(グレゴリー・ベイトソン「精神の生態学」)。ギャップは,少な くとも2段階の構成をなしていると感じます。1段階目が,「心理療法中心主 義」と「生物学的療法中心主義」,2段階目が「医学モデル」と「社会モデ ル」です。私が一緒に働いているチームにおいて意識しているのは,ケロプダ ス病院の歴史やオープンダイアローグの歴史です。中でも,ニーズ適合型アプ ローチ(Alanen, Y. O., Lehtinen, K., Rakkolainen, V., & Aaltonen, J.(1991) . Need-adapted treatment of new schizophrenic patients: experiences andresults of the Turku Project. Acta psychiatrica Scandinavica, 83 .,)は,従 来型の精神医療から対話実践につながっていく転回プロセスのルーツとして, 私にとってとても重要なものです。精神科病院においては,まず「生物学的療 法中心主義」の場全体を「心理療法」の場として提案することが有意義だと考 えています。  私が実践の中で感じることとしては,まず精神医療に関わる人,当事者,ご 家族,支援者,地域の人それぞれが「話をきいてもらう経験」をすることが大 事ではないかと思います。現在,家族会や地域の支援者などでのローカルな勉 強会がさかんに行われていると思います。とても意味のあることではないかと 感じていますし,精神科医ももっとそういった機会に出会えるといいのではな いかと思います。私は精神科医としての,そして人としての悩みを,とても多 くの方に聴いていただきました。その経験こそが,まず必要なものであったと 強く感じています。 A 「問題解決者の鎧を脱いで一緒に悩む人になる」とのフレーズがありました が,多くの医師,専門職の共感,理解を得るためにはどうしたらよいでしょう か(解決できない,ということに抵抗感を持たれたりはしないでしょうか)。 応答:(山中氏) ― 149― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  一人一人が,自分の思いを深く話し,聴き切ってもらえる体験ができれば, 対話を重ねること自体の価値を理解できると思います。  また,ケアミーティングを経て,実際に変化の経験を共有することが,大き なインパクトになると感じています。専門職主導の在り方では,当事者のニー ズへの応答は,往々にして話す前に限界設定がなされることがあります。一方 で,事前に結論を決めず対話を重ねる在り方では,参加者各人やネットワーク のリソースが活性化され,定型的なサービスの枠組みをこえた方法が,結果的 に創出されることが多々あります。このことにより,より当事者の幸せに資す る方策が見つかる経験を共有できると,直線的な問題解決モデル以上に,困難 な問題に対しても有効であるという共通認識を得られるのではないかと思いま す。 (3)実践上の具体的な問題点 @ ガイドラインに記載されている「不確実性に耐える(を許容する)」という 言葉の意味についてお教えください。現場からは評価軸がない(見つけにく い)との悩みも出されているようですが,その対応についてお教えください。 応答:(村上医師)  「不確実性に耐える」という言葉は,私にとっても難しいと感じています。 オープンダイアローグ・ネットワークジャパンの対話実践のガイドラインによ れば,答えのない不確かな状況に耐えると書かれています。対話実践の基本要 素によると,以下のように紹介されています。  「不確かさに耐えるというのは,オープンダイアローグの七原則のうちのひ とつであり,対話実践の基本要素のひとつです。この不確かさに耐えること は,対話の核心にあるものです。したがってそれは,特定の要素でもあり,そ の他の要素を規定するものでもあるのです。オープンダイアローグには,危機 的状況に対する有機的な理解を参加者全員の意見(ポリフォニー)によって作 り出すという基礎的な方向性があります。この姿勢は,以下のような仮説に基 づいています。  私たちの経験がそうであるように,どんな危機的状況もそれに固有の特徴を 持っているという仮説です。危機的状況,診断,薬物治療の特性および治療の 構成をあわてて決定したり,性急に結論づけたりすることは避けられます。  さらに私たちは,危機に陥っている家族や個人に対して,具体的であらかじ め計画された治療的介入といった,既成の解決策を与えるようなこともしませ ん。危機的状況のなかで専門職が心に留めておくべき基本的な考えとは,家族 とその他の社会ネットワークのメンバーのあいだで安心感が増すように振る舞 うということです。  これと関連して,具体的な実践では,ミーティングの早い段階で参加者のそ れぞれと接点を持ち,そうすることで彼らの参加を認め,正当化することが大 切です。  そのような承認は[参加者の]不安を軽くし,つながりを強くさせ,その結 果,より多くの安心感をもたらします。ネットワークにとって,危機的状況の ― 150― 第3節 安心して利用できる医療福祉 なかで即時に何度でもチームとミーティングができるということは,何が人々 を脅かし,苦しめているのかに関する共通の理解へ向けた共同作業として,危 機の不確かさに耐えることの助けともなります。そのような共通の理解は,新 しい形の行為主体性を打ち立てることができるでしょう。  これと同様の姿勢で,対話ミーティングの出発点は,参加者全員の事態の捉 え方が重要で,かつ無条件に受け入れられることにあります。このことは,ク ライアントが行うべきことに加え,こう考え,こう感じるべきだ,という意見 をセラピストが伝えるのを控えることを意味します。  私たちはまた,話し手による発言の意味を彼ら自身よりも知っているとほの めかすようなこともしません。このような治療上の姿勢は,多くの専門職にと っての基本的な転換を形づくります。というのも,私たち[専門職]は,問題 を解釈し,当人や家族において変化を引き起こすことで症状を抑えるような介 入をするべきだ,という考えにあまりにも慣れてしまっているからです。」  「開かれた対話と未来」(Seikkula, Ankil)の第一章は,「クライアントとと もに不確実性のなかに飛び込もう」というタイトルで,このことを扱っていま す。  「あいまいさに耐えることは,医師にとってはしんどいことです。医師に限 らず専門家というものは,プランとプロセスに責任を負い,確実なコントロー ルを追求すべく訓練されてきたわけですから。」  これらを読んで,私が思い出すことは,参加者のいずれかの不安が共有され たときに,自分の中で生じる感覚です。事態がよくならないとき,責任を感じ ます。コントロールを望む声はしばしば聞かれます。対話をどこまで続けてい けるのか,できる限り信じたい気持ちと,もし何かあったらどうしようという 不安が自分の中に生まれます。その不安には,複数の人で話し合い続けるこ と,その不安を場に出してみること,間隔をおかずに会うということが重要な 気がします。また,チームメンバー同士で話し合うこともとても大事だと感じ ます。  (山中氏)  私は,「不確実性に耐える」ということを,例えば,当事者の意向に基づい て,入院や服薬に頼らずに,ネットワークで対話を重ねながら危機を乗り越え ていくときに思い起こすことがあります。その過程において,お互いや関係性 の間にあるリソースを信じられることが大切だと感じています。 A 評価軸を見つけにくいこと,不確実性を有することなどから,真面目にやろ うとすればするほど,現場の負担が大きくなり,「換骨奪胎」のようになる危 険性はないでしょうか。 応答:(村上医師)  私は,「仲間を増やすこと」「バウンダリー」「ほどほどさ」「セルフケア」が 大切だと,創始メンバーである Jaakkoさんやトレーナーの Miaさんと Kari さんからききました。私はついついワーカホリックになる傾向を自覚していま すが,自分と他者と双方にコンパッションを向け,自分の心配事をクライアン ― 151― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) トや同僚に話し,仕事においてはパーソナルな存在であってもプライベートな 内容は一線を引き,対話実践について原理主義的になりすぎないよう,「必要 十分な」ことができるといいと思いながら,オフにはセルフケアをするよう心 掛けたいと思っています。それが理想ですが,実際にはいくつかの部分で自分 自身に課題があるようだと気づいています。こういった部分も含めて,トレー ニングやピアラーニング,ネットワークづくりは大切だと感じています。ちな みにケロプダス病院に研修に行った際には,みなさん定時の 16時台で仕事が 終わっていました。  (山中氏)  評価軸を見つけにくいこと,変化に時間がかかることに対する負担が,現場 から聞かれることがあります。特に,当事者の近くで普段から声を聴いている スタッフからは,不確実性に耐えることの辛さをききますし,その辛さは私自 身も感じていることです。しかし,従来の問題解決モデルで解消されなかった ことについて,ケアミーティングの導入により大きな変化が生まれることを多 く経験します。それは,帰納的なプロセスであり,対話を重ねる過程自体が治 療的であると考えています。この価値を,参加者同士で共有することが重要で あると思います。 B オープンダイアローグを進めていくにあたって現場で注意すべき発言,特に リフレクティングにおいて注意すべき発言があるのでしょうか。 応答:(村上医師)  リフレクティング・プロセスを開発したチームのノルウェーの精神科医,ト ム・アンデルセン氏は,次のように述べています。  「僕たちのトレーニングプログラムでは,誰かの話を聞いたら,大抵僕は, まず聞いたことを要約するよう勧める。それからこんなふうに訊ねるかもしれ ない。『その人のために何を言ってあげることが最も大切だと感じましたか?』 (「会話・協働・ナラティブ」より)  個人的には,話し手への敬意,コンパッション,関心の姿勢が大切だと感じ ています。  (山中氏)  リフレクティングでは,聞くことと話すことを分けて内的対話のスペースが 生まれるように,きき手へ視線を向けずセラピスト同士で話す構造をとりま す。当事者の前で透明性を担保しながら,専門職としての考えも提示されま す。この時,当事者と協働の場であることを意識し,マナーを守ることが重要 だと思います。具体的には,当事者から話されたことに対して,批判的・解釈 的な立場を取らないことや,発言するときのスタンス(個人としてなのか,専 門職としてなのか等)を明言してから話すよう心掛けています。 (4)オープンダイアローグを日本で広めるため必要な点  オープンダイアローグを日本で広めていくためには何が必要でしょうか(人材 育成,診療報酬への組込みなどでしょうか。保険点数等医療制度上改革すべき事 項があるでしょうか)。 ― 152― 第3節 安心して利用できる医療福祉 応答:(村上医師)  Ankilと Seikklaは,学校における対話の実践の事例から,このように述べて います。  「対話性とは,『ちゃんと聞いてもらえた』という感覚に宿ります。相手を尊重 したやりとりこそが,参加者全員の心を深く動かすような統合力を発揮するので す。(中略)この学校は,潤沢な外部資源の恩恵に浴していたわけではありませ ん。違っていたのは,教師たちが自らの職務内容や,基本的な業務をどのように 認識し実践してきたのか,という点です。ペルティカリ教授によれば,彼らはお 互いに助け合いながら業務を記録し検討を重ねてきました。ここでの教訓は,対 話の実践は,大きな組織的な改造や想定外の資源を必要とするものではないとい うことです。最優先事項は『応答性や相互性を大切にしながら,異なる視点どう しのネットワークをつくる』,このことです。」(ヤーコ・セイックラ,トム・ア ーンキル著『開かれた対話と未来』(医学書院,2019年))  私自身は,何より人に話を聞いてもらう体験を重ねることで,自分自身の在り 方が大きく変わったように感じます。チームで,互いに話を聞くことがまずなに より大事ではないかと思います。私は,現在参加しているトレーニングコース で,対話は対話によってのみ学べるという表現に出会いました。もう一点,統合 失調症と診断された人との急性期の関わり方に関して,より当事者の経験から学 ぶプロセスが必要なのではないかと思います。  私たちは現在,通常の治療ミーティングに加えて,週に一度,スタッフ同士で のミーティングを 45分,ユニットにおられる当事者の方々とも一緒にみんなで 話し合うミーティングを 60分,自主勉強会を複数の場で実施しています。そこ では,それぞれの場で慎重に話し合いながら,それぞれの場に応じた価値観の交 換,会話,理論の勉強,実践経験の共有,相談を試みています。いずれも,最も 大事なのは,お互いが「自分のことば」で話す体験だと感じています。  診療報酬制度に関しては,わかりません。医師としては入院精神療法,通院精 神療法,在宅精神療法といった精神療法で算定しています。なお,それぞれ,回 数には制限があります。訪問看護であれば,クライシスにおいては最大週5回ま では訪問できるので,それが活用できるかもしれません。往診について,15km 以上離れた住所へ訪問できないことは壁だと感じています。  (山中氏)  複数のセラピストが対応することにより,リフレクティングが可能となり,1 対1で応じる以上に安全な形で人同士としてやりとりすることができます。現状 では,医療機関において複数で話を伺うことや,往診に他職種が同行することに ついては加算がありません。クライシスにおいて,連続的に60〜90分程のミー ティングを複数セラピストで実施することについて,算定できる枠組みが望まれ ると考えます。 4 医療関係者からのヒアリングA 伊藤順一郎医師からのヒアリング  また,本実行委員会では,オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパンの正 会員であり,自身の所属する医療機関の医師やコメディカルがオープンダイヤロー ― 153― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) グ・ネットワーク・ジャパン主催の研修を受講し,それらを踏まえた医療実践を行 っている伊藤順一郎医師からもお話を伺った。 (1)実践されていること  当院は精神科の在宅療養支援診療所である。生活の場で利用者と会うことを重 視しているので,臨床の場はアウトリーチ(訪問診療・訪問看護)が中心であり (臨床活動の約8割),それ以外には,外来をそれぞれの医師が週1回設けてい る。このような形態は日本では珍しいと思われる。また,診療は訪問する場合に も30〜70分滞在して行う。薬物療法は1つのツールに過ぎないと考えている。  当方の医療機関では,精神科医4名中3名,コメディカル(看護師)3名中1 名がオープンダイヤローグ・ネットワーク・ジャパンの研修を受けている。  私たちの臨床観では,発達障害や統合失調症においても,対人関係におけるト ラウマが,苦悩の原因として存すると考えている。症状と呼ばれるものは,その 苦悩の表れであり,医学的なケアのみならず,その人自身の自尊心を回復させる ケア,身体の緊張を緩めるケアなどが並行して行われることでよい効果が生じ得 るのである。私たちの関わりのプロセスの中で,患者さんに貢献できているとい う自尊心・自己効力感が回復し,患者さん自身の人生に意味があるという意識を 持てるようになることが,治療のプロセスにおいても重要なのである。 (2)オープンダイアローグによる治療効果  日本における効果測定研究はいまだ存在しないと思われる。自分たちの実感で しかないが,オープンダイアローグ的な対話を重ねることによって患者さんや御 家族自身が考え,自分たちの認識や感情を整理していくのだという経験をしてき た。表現が適切かどうかは分からないが,「対話の中で,周囲との関係が変わっ たり,自分を承認されたりする体験を重ねて,次第に苦悩が癒され,また,生き やすくなっていく」ということがあろうかと思われる。また,対話の中で家族関 係も変化し,患者さんを取り巻く生活環境も変わっていくことが,その人の生き づらさの軽減になるかと感じている。 (3)日本でオープンダイアローグは根付くか オープンダイヤローグ・ネットワーク・ジャパンがネット上で公開している「オープンダイアローグ対話実践のガイドライン」には,「オープンダイアローグ の3つの側面」として,以下のようなベン図が記載されている。   一つ目の円は「対話実践」であり,「協働」や「不確実性に耐えること」「対 話を目的とすること」,「オープンな意思決定」,等が記載されている。二つ目の(,) 円は「サービス提供システム」であり,「チームワーク」や「家族とネットワー クの重視」,「ニーズ適合・統合的治療」等が記載されている。三つ目の円は「世 界観」であり,「他者に耳を傾け,かかわり,応答する」,「現実を共に作り上げ る」「関係的・文脈的なアイデンティティ」等が記載されており,これら全ての 側面が満たされることがオープンダイアローグを実践していると言うためには必 要である。フィンランドのケロプダス病院では,これら3つの側面が揃っている と考えられる。  しかし,今の日本では,対話実践が行われていたとしても,サービス提供シス ― 154― 第3節 安心して利用できる医療福祉 出典:オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン (ODNJP)対話 実践のガイドライン,2018年 ※オープンダイヤローグ・ネットワーク・ジャパンより転載の許可を得ております。 テムや世界観が精神科医療の実践の中に存しているとは言えないのではないか。 伊藤氏自身は,そのなかで対話実践だけを行っても不十分ではないか,との問題 意識がある。日本の精神科医療には,オープンダイアローグの対話実践を支えて いる「サービス提供システム」や「世界観」が全く共有されていないからであ る。  例えば「サービス提供システム」で述べている「チームワーク」では,医師は チームメンバーの一員に過ぎない。日本では医師がヒエラルキーのトップに立っ ているので,柔軟にチームが機能するためには,その権力性に医師が気づき,権 力に頼ること自体を捨てなければならない。医師は薬物療法等の医療を実践する ものであって,その専門性からコミットするが,あくまでチームの一員であり, 権力に依拠して治療方針を決めるものではない,というのがケロプダス病院での 考え方である。しかし,日本ではカルテを作ることからその人に対する医療が始 ― 155― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) まり,そのカルテは医師が書くのであるから,全ての治療は医師がかかわらなけ れば始まらないのである。(精神科医が常時いなくても)チームが治療の責任を 持つというありようは,制度的に保障されていない。  次にオープンダイアローグの「世界観」を端的に言えば,患者の苦しんでいる こと,それ自体を現実だと捉え,その「現実」をめぐる対話を続け,治療チーム もその「現実」の一員となること,そして,その「現実」を生きやすいように工 夫していくための対話を重ねることが治療であるということになる。つまり,こ の世界観のもとでは,生物学的な精神医学観(疾患と捉える)によるアプローチ とは異なるアプローチが要求されるのであるが,この点も容易には受容されな い。  日本では,「誰もいないのに悪口をいう声が聞こえる」と言われると,医療 者,とりわけ精神科医はそれを生物学的にはどのように捉えられる「症状」かと いう理解をしようとし,診断はなにか,どういう治療法が考えられるかという考 え方をしがちである。しかし,オープンダイアローグでは「悪口をいう声が聞こ える」ということがその人にとっては現実の苦悩であるならば,その現実の内容 や,それを取り巻く背景を,共感をもって聞いていく(現実を共に作り上げる) ということが第一に求められる。オープンダイアローグの世界観によれば,不確 実性に耐えながら「対話を続けること」がかかわりの目的になり,多様な声に耳 を傾け続けるといった姿勢が維持されることが重要なのである。  これらの世界観を臨床の場に持ち込むためには,生物学的精神医学の知識をい ったんカッコにくくり,精神科医師を含むスタッフが心理学や家族療法のトレー ニングも積む必要がある。しかし,日本で精神科医の教育に心理学や家族療法は 必須とはされていない。  突き詰めて言えば,オープンダイアローグは,地域社会の中で,患者さんの他 者との関係性やリアルな生活を理解しなければ,十分な発達は望めない。入院と いう処遇で患者さんだけを地域社会から切り取って,そこに治療的な対処を考え ても,多様な声の聞こえる対話の場にはなりえない。ましてや,身体拘束や隔離 が当たり前のように行われる強制入院の場では,協働作業としての対話そのもの が成立しないであろう。結局,日本の主流である入院中心主義,強制入院制度を 問い直さなければ(それが温存されたままでは)オープンダイアローグは根付か ない,真の意味で発展しないと考える。 5 最後に  オープンダイアローグの取組はまだ始まって間もなく,今後どのように広まって いくのかについては予断を許さない。ただ,その背景には,これまで日本で行われ てきた精神科医療への反省や,人間に対する根本的理解にさかのぼる問題意識が含 まれており,本実行委員会としては,広く現場で取り入れられていくことが望まし いと考えている。  しかし,そのためには,伊藤順一郎医師が指摘する通り,現行の強制入院制度を 問い直すことが不可欠の前提であろうと思われる。  最後に,オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン企画の勉強会に参加し ― 156― 第3節 安心して利用できる医療福祉 た方の言葉を引用して,この項のまとめにしたい。  「病や障害が生じたとき,その事態に直面した関係者はお互いの共通言語を失 い,戸惑い,関係性が崩れかけます。そのとき,まず入院させたり薬物療法によっ て症状を取り除こうとしたりするのではなく,症状という形で本人が何を言おうと しているのかに耳を傾け,関係性を回復させることを最優先にするのがオープンダ イアローグなのだと思います。思えば人が一番苦しく絶望するのは,病気や障害が あろうとなかろうと,自分の声に耳を傾けてもらえず,つながりや関わりが失われ たときではないでしょうか。支援者が確実性を求める陰で,当事者・家族が不確実 性を背負わざるを得ないあり方から一刻も早く脱却し,開かれた対話によって関係 性の再構築を目指すあり方へと本気で変革していくことが必要であることを痛感し た,忘れられない講演会となりました。」140 141 142 143 144 第4 ピア・サポート 1 精神障害のある人のピア・サポートの実践について (1)定義  「ピア」は,元々は仲間や同輩を示す言葉であり,現在では同様の障害や病気 を経験している人=当事者という意味を含むようになっている。ピア・サポート は直訳すれば仲間同士の支え合いという意味になるところ,「ピア・サポート」 の定義は必ずしも確立していない。本書では,「障害のある人生に直面し,同じ 立場や課題を経験してきたことを活かして,仲間として支えること」という定 義 145を前提に,有償・無償,常勤・非常勤等の活動形態や活動内容を問わず, 広くその活動を指す言葉として用いる。  ピア・サポートの活動をする人の呼称は,ピア・スタッフ,ピア・カウンセラ ー等様々だが,本書では「ピア・サポーター」に統一した。なお,ピア・サポー トの対象自体は精神障害のある人に限らず,他の障害や疾病を持つ人,その家族 等多岐に及ぶが,本書では精神障害のある人を対象とした活動についてのみ取り 上げている。  精神障害のある人のピア・サポートの実践は,前記第2「コ・プロダクショ ン」における大きな柱の一つであり,その多様な活動形態によって様々な効果や 問題提起がなされている。そこで,日本におけるピア・サポートの実践について 以下,詳述する。 (2)起源や諸外国での実践例  ピア・サポートの起源は古いが,精神保健福祉に関わる分野では,アメリカで 1930年代に始まったアルコール依存症の人のセルフヘルプグループ「アルコホ ーリクス・アノニマス(略称AA)」や,同じくアメリカで 1970年代に広がった 脱施設化の運動が有名である。アメリカでは 2000年頃から多数の州が,精神保 健福祉分野のピア・サポーターの認定スペシャリストという資格を制度化してい る。イギリスやフィンランド等の諸外国でもピア・サポートは実践されており, その活動のあり方は様々である。ピア・サポートが世界中で行われている背景に は,治療結果でなく障害の課題を受け入れ乗り越える過程や経験を重視する「リ ― 157― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) カバリー」の概念が広まり,当事者主体の実現が求められる流れがある。三田優 子氏(大阪府立大学,保健学・社会福祉学)からのヒアリングによれば,アメリ カ・ニューヨーク州には,「The Rose House」という精神障害当事者が運営する 休息の家があり,スタッフ・運営は全て精神障害のある当事者によって実施され ている。スタッフの条件は,「残業禁止,長期休暇を楽しめる人」ということで ある。宿泊利用者はゲストとして扱われる場所でゆっくり過ごし,精神的な不調 もそこで落ち着くことができるという。捉え The Rose Houseは「楽しいこと, 夢中になれることに出会うことは薬よりも重要」と考えており,音楽プレイルー ムや瞑想できるような温もりのある部屋が準備されているなど,快適な空間で営 まれている。 (3)日本での実践  日本の精神障害のある人のピア・サポートは 1970年代頃に当事者運営作業所 で始まったといわれ,その後,AAや断酒会等が全国へ広がり,各地で自然発生 的にピア・サポートが実践されてきた。同じ病気や悩みを持った当事者が,地域 でどのように暮らしているのかという実践例は,当事者の心に響く力を持ちう る。ともに,励まし合い,支え合うことで,病気の悪化を防いで地域で生活して いく方向を目指すこともできる。また,退院を諦めかけている入院者に対して, 退院意欲を喚起する役割も担うことができる。地域で暮らす権利を伝えるだけで なく,その権利の使い方を目の前に提示することで,退院意欲を持ち始めた入院 者に安心感をもたらし,また,地域資源の活用を知ることで家族に安心感をもた らすこともできる。  ピア・サポートは日本においても有効性が承認され,当事者活動の組織化とし ては,1993年に全国精神障害者団体連合会が設立され,2015年には日本メンタ ルヘルスピアサポート専門員研修機構が発足した。  国は,1996年の精神障害者地域生活支援事業実施要綱の中に「ピアカウンセ リングなど,当事者の経験等を生かした運営方策を試みる」という内容を盛り込 み(精神障害者地域生活支援事業の実施について(1996年5月 10日健医発第 573号) )),その後もピア・サポートの強化推進を掲げてきた。この事業は 2010 年度より精神障害者地域移行・地域定着支援事業に包摂され,2012年度以降は 障害者自立支援法(現障害者総合支援法)による個別給付の対象となった。ピ ア・サポーター養成については,2020年度の地域生活支援事業として障害者ピ アサポート研修事業が位置付けられたが 146,ピア・サポート事業自体の財政的 保障は十分になされているとは言い難い。  ピア・サポートの登録や資格認定については,国レベルでは制定されておら ず,都道府県や市町村レベルで独自に制度を設けているところがある。大阪府が 2000年頃から退院促進ピアサポーター事業やピアヘルパー養成講座を始めたこ とは,地方自治体による制度のさきがけの一つである。 (4)ピア・サポートの活動形態,効果及び課題  ピア・サポートの活動形態は多様である。まず,友人や同僚への傾聴のような 自然発生的な活動,当事者会で経験を語るような意図的な活動,仕事として行う ― 158― 第3節 安心して利用できる医療福祉 有償の活動がある。仕事としての活動については,地方公共団体等に登録して精 神科病院で患者たちと交流して地域移行支援に携わること,当事者会を含めた何 らかの集団プログラムに参加して患者たちをサポートすること,医療又は福祉機 関の他職種チームの一員になって患者をサポートすること,等の形態がある。有 償のピア・サポートの現在の財政基盤は大きく分けると,障害者総合支援法に基 づくサービス,医療機関や事業所等の独自予算,参加者の自己負担,に分類でき るとみられる。  ピア・サポートの効果としては,リカバリーストーリー(回復体験)を語るこ とで当事者のロールモデルになること,専門職と比べて早期に信頼関係を築きや すい立場から,傾聴や共感をして当事者をエンパワーメントしたり,当事者のニ ーズを把握して医療スタッフ等と向き合う際に代弁者となったりすること等が挙 げられる。そして,ピア・サポーターは活動を通して他者のリカバリーを促進す ると同時に,自身のリカバリーも促進することができる。  ピア・サポートの課題としては,当事者と支援者の板挟みになるリスク,職場 で孤立したり,逆にピア・サポーター固有のポジションを確立できなかったりし て役割を発揮できないリスク,仕事量と収入を含めた雇用環境の整備,全般に関 する財源の確保等が,挙げられる。 2 日本での実践例と効果や課題について (1)各地の活動  前記のとおりピア・サポートの活動形態は国内でも多様であり,仕事としての ピア・サポートについても様々な形態がある。そのうちごくわずかながら具体的 な活動事例を紹介しつつ,活動の効果と課題を具体的に指摘する。 (2)東京都での活動事例  東京都国分寺市にある精神障害のある人を支援する社会福祉法人はらからの家 福祉会は,ピア・サポーターによる支援を実践している団体の一つである。以 下,2017年に見学した際の活動状況を紹介する。同会ではピア・サポーターを 専門部門で雇用し,入院病棟のある複数の病院と連携して,定期的に病院へ出張 するなどして退院支援を行ってきた。ピア・サポーターは,入院の経験があり, 自分の体験談を語ることができ,チームとしての調和関係に配慮できる人,とい うことを考慮して採用されているとのことであった。ピア・サポーターは連携先 の病院の専門職やその他の支援者とも協働するが,その活動の振り返りや方針を 決める会議は,専門職や支援者は参加せずに行われていた。  あるピア・サポーターは,入院中の人の相談に乗る支援のなかで,他の人から 聞いた情報によって生じた不安について相談を受けた際,自分が入院していたと きに似たようなデマの噂が流れたことがあったため,経験に基づいて助言を行っ たと述べていた。たとえ専門職が同じ助言をしたとしても,体験をリアルに語れ るピア・サポーターほどの説得力を持たないことは容易に想像でき,ピア・サポ ーターが効果を発揮する場面である。  あるピア・サポーターは,活動の振り返りにおいて,病院やその他支援者と適 切な距離を保って独自の立場で活動することに留意していた。他方で,連携先病 ― 159― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 院からの評価の中には,職員の偏った見方や狭い視野に気付きを与えてくれたと いう感想があった。ピア・サポーターが効果的に活動するために,専門職もピ ア・サポーターの意義や効果について学び,その立場を尊重して適切に協働する ことが求められる。関係機関及び専門職の研修受講やピア・サポーターの立場を 守る仕組みづくりが必要である。 (3)高知市での活動事例  高知市では,指定研修を受講したピア・サポーターが市の名簿に登録し,不定 期に活動している。活動内容としては,病院を訪問して退院を目指している入院 中の人にリカバリーストーリーを話す,退院前後に相談に乗るなどがある。  あるピア・サポーターは,久しぶりに働けたことがとても嬉しかった,活動の 対価がきちんと得られて満足している,ピア・サポーターの仲間と話すことで自 分もリカバリーストーリーを人に話せるようになった,これからも続けたいし仲 間を増やしたい,と述べていた。ただ,自身も通院を続けており,体調がしんど くなることがあり,継続的に相談している専門職に相談しながら自身の状態もケ アしているとのことだった。ピア・サポーター自身が活動を通じてリカバリーを 促進できるのは有益であり,同時に,ピア・サポーターへの適切なケアも重要で ある。特に活動時間が長くなる場合や常勤として雇用されるような場合には,各 自の判断及び対応に任せるのではなく,雇用主等においてピア・サポーターのケ アを丁寧に行う必要がある。  また,前記ピア・サポーターは,活動して難しいと思った点として,入院して いる全ての人を地域移行させてあげたいが,一斉に退院というわけにもいかない 点や,退院した際の就職が容易でない点を挙げた。これらは容易に解決する課題 ではないが,就労支援や住居確保その他の様々な分野の支援者がより一層連携協 力していくことが必要である。そして,ピア・サポーターの活動を効果的に継続 拡大するためには,活動を理解して協働する専門職や支援者を増やすこと,ピ ア・サポーターの養成と質の確保のために定期的な研修を行うことが必要であ る。 (4)千葉県での活動事例  千葉県流山市のひだクリニックを母体とする株式会社 MARSは,精神障害の ある人が地域で生活できるよう,一人暮らし支援などの様々な事業に取り組んで おり,その一つに就労継続支援 B型事業所 TERRA(テララ)がある。このテ ララのサービス管理責任者である高橋美久氏は,精神障害当事者であり,千葉県 精神障害者ピアサポート専門員として,ピア・サポーターの活動を行っている。 なお,株式会社 MARSでは,高橋氏を含めた9名のピア・サポーター(精神障 害者ピアサポート専門員)が活動しており,それぞれの事業所に派遣されている という(千葉県では,精神障害者ピアサポート専門員養成研修を実施しており, この研修を修了した者を精神障害者ピアサポート専門員とし,精神障害のある人 の社会参加を支援する取組を行っている。)。  ひだクリニックは入院施設を持たないことから,高橋氏らピア・サポーターの 活動は直接的な退院促進ではないが,地域で仕事を持ち生活しながら,障害のあ ― 160― 第3節 安心して利用できる医療福祉 る人の地域生活を援助する一員として活躍している。  高橋氏によると,ピア・サポーターの重要な役割の一つとして,「情報」の提 供があるという。病気や服薬のことなどで,悩みや不安を抱いている精神科の患 者は少なくないはずであるが,同じ病気を抱えており,同じ薬を飲んだことのあ るピア・サポーターと話をして,実際の体験が聞けることで,医者や PSWには 聞けなかったことが聞けたり,得られなかった情報を得られたりすることが可能 となる。高橋氏は,「医師や PSWは実際に薬を飲むことはないが,私たちは実 際に飲んでいるので,その体験を話すことができ,それを聞いて,私も飲んでみ ようと思っていただける患者さんもいる。」と語る。利用者からは,自らも患者 であるピア・サポーターと話をすることで,これまでは解消されなかった細かな 悩みや小さな不安までもが解決できたという声が聞かれるという。実際に経験し たピア・サポーターだからこそ得られる情報があり,これを共有することで,患 者の不安を解消し,適切な医療行為に繋げることができる場合がある。  なお,上記のとおり,MARSで働くピア・サポーターも「患者」であるとい う一面を持っており,ピア・サポーターとして働くことで,やりがいや地域への 帰属意識を感じることができ,それがピア・サポーター自身の治療やリカバリー に役立つという効果もあるという。患者という面では,MARSのピア・サポー ターの中には,デイケアが合わずに,なかなかデイケアに行けなかった方も多い と高橋氏はいう。にもかかわらず,ピア・サポーターになって,今はデイケアを 勧める支援をしているのです,と高橋氏は苦笑いされた。自分も苦手なことだっ たからこそ,その良い面も悪い面も含めて,本人の立場に立った支援が可能とな るのであろう。  また,ピア・サポーターの重要な役割として,「欲望形成支援」ということが 言われている。実際に地域で一人暮らしをしているピア・サポーターの話を聞く ことで,「働きたい」や「地域で暮らしたい」という自分自身も気がつかなかっ た自らの欲望を発見するということがあり,このように,ピア・サポーターが自 らの経験を語り,必要な情報を提供することで,利用者が自らの欲求を発見する という支援の在り方である。かかる支援により,上記のように服薬等の適切な医 療行為に繋げることや退院・地域医療に繋げることが期待でき,本人をエンパワ ーメントして,リカバリーを促すという効果が期待できる。  利用者からは,ピア・サポーターの活動によって,不安なときにも支え合える 仲間がいること,同じ境遇を乗り越えた人がいることで,希望を持ち,がんばろ うという前向きな気持ちを抱くことができたなどと評価する声が多いという。 「仲間」がいるということで,エンパワーメントされ,地域への帰属意識も生ま れ,病気の回復や「リカバリー」に繋がっていると言えよう。  ピア・サポーターの活動における課題としては,全ての患者がピア・サポータ ーになれるわけでなく,自己の病識があり,体調管理やトラブルの自己対処な ど,ある程度のことが自分でできるようでないと,ピア・サポーターになること は難しいという点であると言う。それゆえ,医療とのバランスも大切であり,適 切な治療とピア・サポーターの活動は車輪の両軸であると言われていた。 ― 161― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  もっとも,ピア・サポーターになるための資質が明確に決まっているわけでは なく,色々なタイプのピア・サポーターが必要とされており,様々なタイプの方 に広く門戸を開くのと同時に,医療や福祉の専門職にも信頼されるピア・サポー ターであることが必要となってくるため,心理教育も含めた適切な研修実施が不 可欠であるという。  また,高橋氏の主治医がクリニックの院長であったが,クリニックの院長が上 司(雇用主)でピア・サポーターがその部下(従業員)という関係になることか ら,上司と部下が主治医と患者という関係にあると,治療もピア・サポーターの 活動もやりにくいということで,主治医を変えてもらったという話があった。ピ ア・サポーターが医師や病院から独立して活動しようとすると,思わぬところで 軋轢が生じることがあることも注意しなければいけない点である。  株式会社 MARSでは,地域との交流も積極的に行っている。  精神障害のある人に対する偏見や差別は,知らない,触れたことがないことに 起因するため,一緒に関わって一緒に活動する機会を積極的に設けることが地域 で暮らす人々の相互理解促進にもつながる。そういった考えに基づいて,株式会 社 MARSでは,民生委員などの地域の方に参加いただいて,定期的に利用者や ピア・サポーターらとの交流の機会を設けている。参加した市民の方からの評判 は良く,最初は抵抗があったが,知れば何も心配することがないことが分かっ た,もっと早く知っていれば良かったなどという声も聞かれるという。このよう に,精神障害のある人のことをよく知ってもらい,地域社会での理解を得て,少 しでも偏見をなくすことや,障害のある人も生活しやすい社会を作ることもピ ア・サポーターの大切な役割だという。  また,精神障害のある人が地域で当たり前に暮らすこと,一人で暮らすことに ついて考えたとき,親からの自立が問題となることがあるという。親との依存関 係が本人の自立を阻害している場合があり,仕事や生活を通した第三者との関わ りを持つことで,親との依存関係が次第に薄れていき,本人の視野が広がり,本 人の自立に繋がるし,親と本人のお互いにとっての安心に繋がるという。実際, 高橋氏も,当初は一人暮らしに消極的で,将来のことが不安になり,自殺まで考 えたこともあったというが,高橋氏が信頼している PSWの石井和子氏の助言も あって,思い切って一人暮らしに移行したところ,初めの頃こそ,親から毎日電 話が掛かってきたり,高橋氏も頻繁に家に帰ったりしていたものの,それがだん だんと疎遠になり,今は,実家に戻ることなんて考えられないという。家族も本 人も将来を悲観して身動きできない状態に至っていることが多いが,一人暮らし できないと決めこまないことが大切で,その点では,ピア・サポーターの存在が 同じ経験を持つ立場として良きモデルになると高橋氏はいう。医療や福祉の専門 家だけではできないことであり,実際,PSWの石井氏も「(精神障害者の就労支 援や生活支援の)仕事をしていく上で,ピア・サポーターがいないことなんて考 えられない」とピア・サポーターの重要性を強調する。専門職とピア・サポータ ーとが互いに役割分担しあい,当事者に関わり合うことが必要なのであろう。  そして,高橋氏は,支援する側と支援される側も一方通行ではなく,共に支え ― 162― 第3節 安心して利用できる医療福祉 合って,地域で暮らしていけるような環境をつくること,それが理想だと語って くれた。 3 今後の展望について  ピア・サポーターの活動は,各地で様々な形態で実践されており,枠組みは必ず しも確立されていない。地域によって状況は異なることから,必ずしも統一的な枠 組みを設定すべきではないが,ピア・サポーターが効果的に活動するために,国に は,引き続き事例収集及び研究並びに情報提供を進め,ピア・サポート事業が適切 に設計されるように必要な法令や財源の整備を行うことが求められる。また,ピ ア・サポーターの養成及び専門職等への広報啓発のための研修や,障害者総合支援 法に基づく給付で賄えないピア・サポーター活動については,国が財源を保障して 積極的に実施していくべきである。  日本におけるピア・サポートの在り方,効果,課題については,必ずしも実証が 十分ではないが,各地の実践からはピア・サポーターが当事者主体のリカバリーに 不可欠な存在となりつつあることが窺える。今後も,ピア・サポーターが適切に活 動できるように,国,関係機関及び専門職が当事者とともに取組を進めるべきであ る。147 148 第5 当事者研究 1 当事者研究とは (1)べてるの家について  当事者研究は,べてるの家で生まれた。べてるの家がある浦河町は,北海道日 高振興局管内の南部に位置し,札幌市から約 180q,帯広市から約 150qの地点 にある。2021年7月末現在,浦河町の人口は1万 1791人とされている 149。主要 な産業は軽種馬の生産や漁業であり,北海道の大半の地域が人口減少による過疎 化に悩んでいるが,浦河町もまた例外ではない。  べてるの家は,浦河赤十字病院(以下「浦河日赤」という。)に 1978年にソー シャルワーカーとして赴任した向谷地良生氏が,当事者とともに 1984年に設立 した精神障害等を抱えた当事者の地域活動拠点である。始まりは,浦河日赤を退 院した回復者2,3名が浦河教会の旧会堂の片隅で牧師夫人の協力の下,昆布作 業をしたことであったという 150。  べてるの家は,有限会社福祉ショップべてる,社会福祉法人浦河べてるの家, NPO法人セルフサポートセンター浦河などの活動があり,総体として「べてる」 と呼ばれている。べてるとは,そこで暮らす当事者達にとっては,生活共同体, 働く場としての共同体,ケアの共同体という3つの性格を有している 151。 (2)当事者研究の要素  当事者研究は,当事者自身が「自己病名」という自分の実感を基につけたオリ ジナルな「病名」を掲げ,起きてくる症状や人間関係を含む,様々な生活上の生 きづらさについて,当事者自らが,仲間とともに「研究活動」をはじめ,切実な 問題を解明・解消するという自助活動である。  浦河町で「当事者研究」が始まったのは,2001年2月のことであった。きっ ― 163― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) かけは,向谷地氏と,統合失調症を抱えながら爆発を繰り返すメンバー川崎寛氏 との出会いだった。入院していながら親に寿司の差し入れや新しいゲームソフト の購入を要求し,断られたことへの腹いせで病院の公衆電話を壊して落ち込む彼 に研究を持ち掛けたところ,川崎氏は目を輝かせて「やりたいです!」と言った という 152。  当事者研究には,決まった手順はなく,テーマや研究方法も基本的に自由であ るが,向谷地氏は,当事者研究に共通するエッセンスとして,以下の点を挙げ る。  @〈問題〉と人との,切り離し作業  A自己病名をつける  B苦労のパターン・プロセス・構造の解明  C自分の助け方や守り方の具体的な方法を考え,場面を作って練習する  C結果を検証する  向谷地氏は,当事者研究の意義について,統合失調症など精神障害をかかえた 当事者自身が,自らの抱える固有の生きづらさと向き合いながら,問い,人との つながりの中に,にもかかわらず生きようとする「生き方」そのものということ もできるとし,それが「自分自身で,共に」という当事者研究の理念に反映され ていると説く 153。  べてるの家における当事者研究は,共同研究である。  「見つめ直す」や「反省する」という語り方が私的な閉じた行為となるのに対 して,当事者研究における「研究」は,仲間たちに向かって語ることで,研究が 公共的で開かれた行為となることを明らかにした。当事者研究は多くの仲間に向 かって語ることによって「問題」それ自体を公共化する 154。  当事者研究は,過去の失敗や問題それ自体も研究材料とし,集合知の再生産に 利用する試みである。そこでは問題が個人に帰責されることはなく,問題の共同 研究を通じて,共同体の繋がりもまた強化され,拡がっていく。  また,当事者研究における共同研究は,当事者自身と専門家との共同と連携を 含むものである。当事者が持っている経験や知恵は,専門家のもっている知識や 経験と対等に扱われる。  べてるが掲げる理念である「苦労を取り戻す」は,病気によるスティグマのみ で治療対象とされ,保護・管理されてきた当事者に,誰しもが抱えるはずの生き ることについての当たり前の苦労を取り戻すものと言える。  当事者研究は,当事者の主体性を徹底して尊重するべてるの家の当事者活動の 屋台骨となっている。 2 当事者研究の拡がり  2004年に浦河町で初めて開催された当事者研究全国交流集会は,これまでに福 島,東京,大阪,名古屋等で開催されており,全国から参加者が集まって各地での 実践が報告されている。  当事者研究は,現在,精神障害領域を超えて,司法福祉領域,企業・組織運営, 当事者活動を含めた市民活動などの多様な領域に拡がりを見せている。 ― 164― 第3節 安心して利用できる医療福祉  当事者研究は精神障害のある当事者たちの間で始まったものだが,特定の障害に 限られるものではないし,また,マニュアルのようなものがあるわけでもない。さ らに言えば,当事者研究の実践は,障害のある人のみに開かれているものでもな い。誰かが「研究」的な態度で自らの苦悩や問題に向き合うとき,そこでは既に当 事者研究が始まっている。苦悩に向き合う誰もが当事者なのであり,当事者研究の 実践は,原理的には,それを必要とする人全てに対して開かれている 155。 3 浦河赤十字病院の病棟廃止と当事者研究 (1)浦河赤十字病院について  北海道浦河町にある浦河赤十字病院は,1939年に「日本赤十字社北海道支部 浦河療院」という名称のもと総病床数 42床で開設された。その後,1948年に 「浦河赤十字病院」(以下「浦河日赤」という。)と名称を変更し,1959年に鉄筋 コンクリート2階建て 50床(女子:20床,男子:30床)で精神科病棟がスター トした。さらに,数度の増床を経て,浦河日赤は,1989年には 130床(閉鎖病 棟 60床,開放病棟 70床)の精神病床を抱えていた。  浦河日赤は,2002年3月に開放病棟 70床を閉鎖し,患者を他の精神科病院に 転院させることなく,130床から閉鎖病棟 60床へと減床させた(以下「第一次 減床」という。)。  さらに,浦河日赤は 2013年8月,精神病床の廃止を正式に発表した。この発 表は,日高管内の関係行政機関,地域住民らの混乱と反対を招き,署名運動にま で発展した。しかし,病棟に残っていた最後の患者が 2014年9月末で退院した ことで,精神病床は実質上廃止の状態となった(以下「第二次減床」という。)。  浦河日赤における精神病床の廃止は,主に病院の経営上の判断や看護師の不足 から行われたということであり,そこには精神科医療の地域移行という理念があ ったわけではない。  しかし,それでいてなお,浦河日赤における精神病床の廃止は,完璧な形では なかったとしても,地域移行への一応のソフトランディングを果たしたように見 える。その要因は何であったのか。 (2)第一次減床期について ア 2002年,浦河日赤の第一次減床期では,病床削減に当たって患者を転院 させることはしなかった。元浦河日赤精神神経科部長,川村敏明医師は,第 一次減床期について,次のように語る 156。  「…これまで病床削減の場合,転院が一般的だった。ここでは発言する患 者,意見をもつ患者がいた。ローカルな地域で転院,つまり他の病院に行く ということは,地元を失うことになりかねない。それまでの当事者活動と矛 盾した形であってはいけない,というのが我々の与えられた課題だった。地 域活動なんて視野にない病院の幹部たちは患者を他の病院に移せると思って いた。そのとき私は「本人の望まない転院はさせない」と断言した。…地 域,とくに〈べてる〉が率先して反応してくれた。〈べてる〉が体験者とし て,その思いを伝えていた。毎週,入院患者向けの勉強会を開き,それを一 年間続けた。当事者活動を基本的に行っていた。例えば,病名,薬の名前, ― 165― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 相談ができるか,友だちができるか,SOSが出せるか,自分はどうしたい のか,自分のためにはどうするのか,など。患者は,他人任せでは暮らして いけない,ということを考えるようになったし,具体的に取り組んだ。退院 している人たちが生の声を伝えた。そのプロセスで,地域で暮らすかたちが 見えてきた。ベッド削減のために〈べてる〉の取組が資源として使えること がわかった。」 イ 第一次減床期において,べてるが果たした役割は,ピア・サポートから受 け皿となる共同住居の準備まで多岐にわたる。浦河日赤の病床削減に当たっ ては,べてるにおいても準備委員会が立ち上げられた。2002年にべてるの 家は法人化され,家事援助も含めた共同住居が十六カ所に増えた 157。  また,当時,当事者研究という名は付けられていなかったが,病名,薬の 名前,相談ができるか,友だちができるか,SOSが出せるか,自分はどう したいのか,自分のためにはどうするのかという地域移行に向けた当事者活 動は,後に当事者研究へと発展していくこととなる。  浦河という土壌で二十年以上にわたって育まれたべてるの家の当事者活動 は,浦河日赤の第一次減床期を支える社会資源として,不可欠な役割を果た した。  一方で,浦河日赤の精神病床を支える医療福祉の専門家スタッフもまた, 当事者主体の理念の下,地域移行後を見据えた支援計画を立てていった。  浦河日赤の精神科病棟とべてるの家の二人三脚と言える緊密な連携の下, 地域移行が実現していった。 (3)第二次減床期について  その後,浦河日赤は,2013年8月,主に経営上の問題や看護師の不足を理由 に閉鎖病棟を廃止することを正式に発表し,現場の医療福祉の専門家スタッフや 当事者たちも予期せぬ形で第二次減床が始まることとなる。  当時,浦河日赤のソーシャルワーカーであった高田大志氏は,この時期を次の ように語っている 158。  「現在,精神科病棟は 50床だが,入院患者は実質 40人。男性の看護師不足で “病棟力”がなくなった。重症患者はS病院へ行き,入退院の繰り返しもなくな った。病棟も穏やかで,長期入院患者か若手患者のどちらかに二極化している。 現在は,地域移行の第二期で『長期入院患者が地域でどう暮らすことができる か』を考えている。〈べてる〉に乗れない患者もいる。『これまで光を当てられて こなかった患者をどうするか』というときに来ている。」  第二次減床期の課題は,第一次減床期で残された長期入院患者の地域移行と直 面することであった。当事者自身が長期入院により社会性を失い,退院を拒む状 況にある中で,受け皿を用意するのみでは地域移行は果たされない 159。  浦河地域の社会的混乱を招き,反対運動まで生じた第二次減床であるが,川村 医師は,これを地域移行への好機と見て,2014年5月1日,浦河ひがし町診療 所を開設することとなる。  さらに,川村医師は,共同住居すみれハウスを共同出資で購入し,長期入院患 ― 166― 第3節 安心して利用できる医療福祉 者が地域で生活することの具体化を図っていく 160。  〈すみれハウス〉には 2014年9月,長期入院患者であった三人の女性が移り住 んだ。入退院を繰り返したり,食事は別々にとり,ごみ収集のルールを守れなか ったりなど問題は山積みであるという。診療所のスタッフは生活支援スタッフと ローテーションを組み,24時間の見守り体制を続けている。  〈すみれハウス〉はスタッフにとって,「精神医療はどうあるべきか」「当事者 が地域で暮らすための支援はどうあるべきか」という原点に立ち戻らせてくれる 場所であるという。高田氏は,次のように述べる。  「自分も病院の中にいて患者の限界を設定してしまっていた。『あの人は無理, あの人にはできない』と。それが反省点。患者の人権について本当の意味で改め て考え直した。自分の考えの狭さに愕然とした。〈べてる〉のソーシャルワーカ ーでさえ,患者の限界を設定していた。自分も含めて,こうした考えや態度が後 輩のソーシャルワーカーに伝わっていくと思うと恐ろしい 161。」  浦河日赤の精神病床が廃止され,浦河ひがし町診療所が開設された後,救急外 来の受診は激減したという。その要因には,訪問看護の充実,ナイトケアのはじ まり,医療依存度の低下が挙げられている 162。  どんなに長い期間を精神科病棟で過ごした長期入院患者であっても,入院前に は地域で過ごした時間があった。第二次減床期における地域移行は,生まれてか ら死ぬまで精神病床でしか生きられないなどという人がどこにもいないという当 然のことを思い起こさせる。 3 小括  浦河における精神病床廃止は,地域移行の理念から最終的な決定がされたもので はない。  アフターケアのないままの拙速な精神科病棟の廃止と地域移行は,1960年代か らのアメリカでの脱施設化政策の失敗が示すように行き場のない当事者を生み出 し,当事者に甚大な被害を与えかねない。  しかし,浦河日赤の専門家スタッフやべてるの家では,病棟廃止以前から一貫し て当事者主体を貫く視点をもって,当事者が地域で暮らすことを模索してきた。べ てるの家の当事者活動は,着実に浦河という土壌を耕し,当事者が地域で暮らすた めの種を蒔き,当事者主体の社会資源を育んできた。  また,精神科病棟廃止に伴って,川村医師は,浦河ひがし町診療所を開設し,当 事者が地域で暮らすための地域精神科医療の在り方をさらに探求していくこととな る。  精神科医療は当事者のためのものである。  浦河町での地域移行までの道のりは,地域で暮らすために必要な社会資源が何 か,そしてそれがないのであれば地域で作り上げていくという正に鍬を振るって田 を耕すような地道な,しかし着実な実践であった。  繰り返しになるが,当事者研究のキャッチフレーズは,「自分自身で,共に」で ある。これまで当事者は,精神科医療において長らく保護・管理の客体とされ,生 きる意欲や希望を剥奪されてきた。当事者研究に代表されるべてるの家の当事者活 ― 167― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 動は,当事者が主体性を回復し,地域で繋がり,共同体を形作っていく上で有益な ツールとして機能したと言える。 第4節 生活の場所は地域に 第1 総論  どんな重い障害があろうがなかろうが,人は地域で自分らしく生きる権利を等しく 保障されている。精神上の障害のために,自宅に引きこもったり,食事をとらなくな ったり,周囲が理解しがたい言動が引き起こされたとしても,そのことが直ちに地域 で暮らす権利を奪う根拠にはなり得ない。  閉鎖的な精神科病院への入院は,地域生活からの切り離しにほかならない。  障害者権利条約は 19条において,「全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をも って地域社会で生活する平等の権利を有する」として,以下を含めて「障害者が,こ の権利を完全に享受し,並びに地域社会に完全に包容され,及び参加することを容易 にするための効果的かつ適当な措置をとる」ことを国に対して求めている(外務省 訳)。  (a) 障害者が,他の者との平等を基礎として,居住地を選択し,及びどこで誰と生 活するかを選択する機会を有すること並びに特定の生活施設で生活する義務を 負わないこと。  (b) 地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し,並びに地域社会から の孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス,居住サービスその他 の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会を有 すること。  (c) 一般住民向けの地域社会サービス及び施設が,障害者にとって他の者との平等 を基礎として利用可能であり,かつ,障害者のニーズに対応していること。  19条(a)が保障するように,精神障害のある人にも,どこで誰と暮らすかを選択 する機会が保障されている。閉鎖的な精神科病院といった施設で生活する義務を精神 障害のある人に課すことはできない。  19条(b)が保障するように,国は,精神障害のある人が地域社会に包摂されるた めの支援をしなければならない。精神障害のある人は,居住・福祉サービスを利用す る機会を保障されていなければならない。  19条(c)が保障するように,一般市民向けのサービスもまた,精神障害のある人 に広く利用が保障されていなければならない。  そして,障害者権利条約 19条の一般的意見は,序論においてこう述べる。 ・ 障害のある人は歴史的に,生活のあらゆる分野における個人的な個別の選択とコ ントロールを否定されてきた。(中略)資源は,地域社会における障害のある人の自 立した生活の可能性を開くために投資されるのではなく,施設に投資される。この結 果,遺棄,家族への依存,施設収容,孤立と隔離が生じた。 ・ 障害のあるすべての人が,自己の人生を選択し,コントロールする自由をもっ て,自立した生活をし,地域社会に包容される平等の権利を認めている。その基礎と ― 168― 第4節 生活の場所は地域に なるのが,すべての人間は生まれながらにして尊厳と権利について平等であり,すべ ての生命は平等な価値を持つという,中核となる人権原則である。 ・ 19条では,障害のある人が権利主体であり,権利所有者であることが強調され ている。本条約の一般原則(3条),特に個人の固有の尊厳,自律及び自立(3条 (a)),並びに社会への完全かつ効果的な参加及び包容(3条(c))は,自立した生活 と地域社会への包容に対する権利の基礎をなす。 ・ 社会的排除は依存を永続させ,それゆえ,個人の自由を妨げるので,その代償は 高い。また,社会的排除はスティグマ,隔離及び差別を生み,障害のある人の疎外化 の連鎖を煽る定型化された否定的な観念に加えて,暴力,搾取,虐待へとつながる可 能性がある。自立した生活に対する権利(19条)の促進等を通じた,障害のある人 の社会的包容に向けた政策や具体的な行動計画は,権利の享有,持続可能な開発及び 貧困削減を確保するための費用効率の高い仕組みの典型である。  精神障害のある人は,歴史的にコントロールの対象とされ,社会的に排除されてき た。社会的排除はスティグマ,隔離及び差別を生み,障害のある人の疎外化の連鎖を 煽る定型化された否定的な観念に加えて,暴力,搾取,虐待へとつながってきた。  そうであるからこそ,「すべての人間は生まれながらにして尊厳と権利について平 等であり,すべての生命は平等な価値を持つ」ことを今一度見つめ直し,障害のある 人自身が,尊厳と自立のもとに,地域生活に包摂されて生きる権利当事者であること が徹底的に保障されなければならない。  そうした考え方は新たな概念ではなく,憲法 13条・14条においても既に保障され てきたことであるのに,人は,国は,閉鎖的な空間や制度を作って,増やして,精神 障害のある人を閉じ込め,社会から排除してきた。その歴史や事実を認識し,反省 し,積極的な対策を構築していかなければならない。  障害がないとされる人に保障されている事柄が,障害があるとされる人には保障さ れないはずはない。その人たちが地域社会を生きるために必要な事柄を,その人たち の視点において整理し直し,課題解消に向けて実効的施策を講じていく必要がある。  精神障害のある人が地域で暮らす場合,グループホームで複数人で暮らす形,障害 福祉サービス(ヘルパーサービス)を利用して一人暮らしをする形,親や兄弟姉妹・ 配偶者や子らといった家族とともに暮らす形などがある。その人の特性や環境に応じ た暮らしの場を検討する必要がある。医療関係者や家族の中には,その精神障害のあ る人が,病院に入院するきっかけとなったようなエピソードが脳裏に焼き付いている がために,「薬の飲み忘れ/拒否が心配される」「引きこもり状態になるかもしれな い」などの心配から,地域で生活すること自体に不安を抱える場合があることも事実 である。しかし,一人一人がかけがえのない人生の主人公であり,そうした心配によ って閉鎖的な病院という特定の生活様式を本人に強いるのではなく,どうすれば本人 が安心して暮らすことができるかを本人とともに検討していくことが必要である。  本節では,地域生活を実現するためのポイントとして,地域で暮らすための地域福 祉・医療の支援,その前提として家族等の負担を解消しなければならないこと,そし て,地域生活を実現するためには,厳然と存在する病床依存体制の抜本的改革が必要 であることを述べる。 ― 169― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  さらに,何よりも,精神障害のある人の地域生活実現を阻む高い壁となっている, 差別偏見について十分に認識して実効的施策を構築していくべきことを論じる。 第2 地域サービス 1 はじめに  「地域資源がない」「支え手がいない」というような言葉をよく耳にする。たしか に,入院中の精神障害のある人全員が直ちに地域で暮らすために必要な福祉や環境 には不足している部分は否めない。しかし,現行法下においても様々な地域福祉・ 医療サービスの制度はありながら,それが知られていない,利用されていない,予 算も十分ではないという問題性もある。  そこで現行制度を概観してさらに必要な支援について検討する。 2 障害者総合支援法上の福祉サービス 163 (1)在宅生活を支える福祉的支援  日常生活を支える福祉的支援については,障害者総合支援法上のサービスの活 用が可能である。  在宅生活に必要な家事援助(買い物,掃除,調理,入浴支援など)として,居 宅介護サービスの利用ができるし,重度障害の場合には,見守りを含めた長時間 介護サービスである重度訪問介護の利用も認められる。外出に同行してもらいた い場合には,移動支援や通院介助といった制度もある。精神障害により行動上著 しい困難を有すると言える場合には,外出時の支援である行動援護サービスが利 用でき,通院介助にも充てられる(入院中にも利用できる場合あり)。  これらは一人暮らしでも家族と同居でも利用可能であり(ただし,支給時間数 に影響あり),家族が抱え込まないための支援策としても有効と言える。  障害者総合支援法に基づく居住系サービスとしては,共同生活援助(グループ ホーム)がある。昨今では,全国的にもグループホームに入居する精神障害のあ る人が増加している。グループホーム利用者は 2016年時に約9万人に上ってお り(精神障害に限られない),精神科病院入院者の退院先として有効な社会資源 ― 170― 第4節 生活の場所は地域に と言える。  グループホームは一人暮らしには不安があるような精神障害のある人にとって 重要な生活の場所である。形態も様々で,戸建てやマンションタイプで2〜5人 で共同居住するタイプが一般的であるが,一人暮らしと異ならないようなワンル ームマンション型のグループホームという形態もあり,精神障害のある人のニー ズに合わせて利用可能である。  さらに,障害者総合支援法の 2016年改正時に,「自立生活援助」というサービ スが創設された。これは,障害者支援施設やグループホーム等から一人暮らしへ の移行を希望する知的障害や精神障害のある人などについて,本人の意思を尊重 した地域生活を支援するため,一定の期間にわたり,定期的な巡回訪問や随時の 対応を行う。障害者の理解力,生活力等を補う観点から,適時のタイミングで適 切な支援を行うサービスと言える。しかし,利用実績はほとんどない。 (2)ショートステイの利用  ふだんは一人暮らしや家族と同居している場合であっても,一定の日数はショ ートステイを利用している人もいる。宿泊を伴う形で福祉的施設(グループホー ム等)を利用することで,家族にとってはレスパイト(介護者の息抜き・負担軽 減)としての機能も果たしてくれる。  「入院か・家か」という二者択一ではなく,ショートステイを利用すること で,少しの期間でも家族と距離をあけてみたり,一人暮らしの人でも見守りのあ る場所で寝泊まりするということができる。場面や発想を転換することにもな り,有益な支援サービスと言える。 (3)日中活動の場  障害者総合支援法に基づく通所系サービスとして,就労支援(A型・B型,就 労移行支援),生活介護事業所,地域活動支援センター等が展開されている。就 労希望ではあるものの,能力や体調に心配がある場合には就労支援事業所 B型 を利用することで,日々の生活の立て直しができる。自分のスキルの確認の場に もなり,また,利用者や支援者とのコミュニケーションの場としても有効であ る。  就労支援事業所 A型は,雇用型であり,労働基準法が適用され,最低賃金が 保障される点で経済的資源にもなる。給料対価に見合った労働提供が要請される ため,利用するに当たっては体調が安定している必要があるが,精神障害のある 人にとっての,働く機会や収入獲得の大きな柱となっている。  一般企業への就職を目指す場合には,就職に必要な知識やスキルを身につける サポートを行う就労移行支援や,就職後のアフターフォローとしての就労定着支 援といった制度もある。  さらには,体調や状況が整わない等の理由により,就労には結びつかない場合 にも,障害者総合支援法に基づく生活介護事業所や地域活動支援センターの利用 ができ,支援者や仲間との交流の場にもなっている。 (4)障害福祉サービスの課題  障害者総合支援法の各種サービスは個別給付であるため,申請主義に伴う手続 ― 171― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 上のハードルがある。利用者は増えてはいるものの,まだまだ在宅生活を十分に 保障するには至っていない。以下,課題を述べる。  まず,申請主義に伴う手続上のハードルが伴い,それらの制度が,サービスを 必要とする人に広く共有されておらず,そうした援助制度があることすら知らな い人が少なくない。各種制度について,本人や家族へ積極的に情報提供すること が必要である。  次に,申請手続には複雑な書面作成や各種資料の提出が必要であるなど,手続 上の煩雑さも認められる。手続の簡略化や,手続に当たり行政が積極的に障害者 相談支援事業所等の紹介を行うなど,申請手続がスムーズに行われるように制度 構築すべきである。例えば,入院中の精神障害のある人について,当事者やその 家族に対するサービス利用意向聴取の義務化,基幹相談支援センターや社会福祉 協議会等の当該地域に地盤のある福祉機関の定期的訪問,申請援助を可能とする 地域の相談支援事業所の紹介義務化などが考えられる。  また,精神障害のある人に対する偏見などを背景に,担当を引き受けることを 事業所が敬遠する結果,サービス提供事業所が不足しているという課題もある。 事業所側に対し行政側から実情を広く伝え,偏見や誤解なくサービスがスムーズ に利用できるように働き掛けるとともに,サービス提供に困難を伴う場合には報 酬算定を増額する等により事業所が引受ける意欲を得られるような制度改革も必 要である。  さらには,入院中の精神障害のある人が障害者総合支援法上のサービスを利用 することができるにもかかわらず,情報不足や利用方法が分からない等の事情に よって利用に至っていないことも指摘される。例えば入院中の人が他科診療や余 暇のために外出する際に,同伴出来る者としては家族や病院職員等しか考えられ ず,家族の物理的負担や病院職員等の付添費用の負担が屡々指摘される。しか し,重度の障害があれば障害者総合支援法上の「行動援護サービス」が利用でき る場合もある。また市町村単位で実施される「移動支援サービス」は,入院中の 人も利用でき,家族や病院職員等の付添なしで喫茶店やレストランに行くこと や,映画鑑賞へ出かけることもできるし,退院後にデイケアへ通う際にも利用可 能である。しかし,そうしたことはほとんど知られておらず,利用実績も数える ほどである。  こうした障害者総合支援法の情報を,精神障害のある人,病院職員,家族等に 広く共有し,利用を促すことが重要である。また,全国的に利用がなされている かの調査や利用時の課題等の検証も必要である。  入院中からサービスを利用する機会を積極的に保障して,地域生活実現に向け て実効性ある支援をスタートするべきである。 (5)当事者中心サービスを展開する必要性  精神障害があり,入院体験があるような当事者の力はとても大きい。前節で触 れたピア・サポートの活動や,アメリカで実践されている当事者運営のレスパイ ト施設など,お手本となるような人から情報を得たり,支援を受けたりすること は,重い障害のある人にとっても,自立生活を実現するための大きなヒントにな ― 172― 第4節 生活の場所は地域に ると言える。  ここで参考になるのは「自立生活センター」の活動である。  1972年カリフォルニア州バークレーにおいて,障害者が運営し,障害者にサ ービスを提供する“自立生活センター”が設立された。自立生活センターが提供 するサービスを利用することにより,重度の障害があっても地域で自立して生活 することが可能となり,現代では日本を含む世界各国に自立生活センターが設立 されている。自立生活センターの特徴は,運営委員の過半数と事業実施責任者が 障害者であり,利用者のニーズが運営の基本となっていることである。能率や効 率を重視するこの社会の中で,ともすれば忘れられがちなハンディを持つ人たち の権利を組織の利益よりも優先させる方法として非常に優れているといえる。日 本でも,様々な障害福祉サービスを提供したり,基幹相談支援センターを担って いる自立生活センターも少なくない。いまや,障害福祉サービスにおいてなくて はならない存在となっている。  この動きは脳性麻痺等の身体障害のある人を中心にスタートしたものである が,精神障害のある人についても同様のことが言える。アメリカではクラブハウ スモデルのような,当事者運営型の事業所が展開されており,日本でも薬物依存 の当事者が運営するダルクの取組は目覚ましく,その効力も承認されている。リ カバリーカレッジ等の動きも見られるし,ピア・サポーターを職員として配置し ている事業所も少しずつ見られるようになっている。しかし,福祉予算が貧弱で あるため,まだまだ大きな展開には至っていない。そのために必要な予算を適切 に配置していくべきである。 3 現行の医療サービス (1)地域医療を支える仕組み  精神障害のある人にとって,距離の遠いところへ通院することが負担になるこ とはよくあり,可能な限り身近な地域で医療を受けられることが必要である。地 域で,精神科クリニックや訪問看護ステーションが運営されている。精神科クリ ニックによる訪問診療,往診や,訪問看護ステーションによる訪問看護を利用す ることで,その人の暮らす場所で精神科医療を受けることができる。訪問診療, 往診及び訪問看護は,精神障害のある人の自宅に医師や看護師が出向いて行うも のであり,体調が悪く診療所へ出向くことが困難である場合に医療スタッフが自 宅まで訪ねて来てくれる。訪問看護の実利用人数は 14万人を超えているよう に,本人にとってのニーズも十分考えられる 164。その人のペースに合わせた形 で精神科医療が実施されれば,病状が不安定になったとしても,可能な限り地域 生活を継続できることが期待される。  精神科ないし心療内科を標榜する医療機関は増加傾向にあり,地域住民を対象 とした精神科外来機能を有する医療機関は全国で約 4000に上る 165。地域間格差 はあるが,全国のどの地域でも,軒並み増加傾向といえる。  また,訪問看護ステーションの数も年々増加しており,2020年度は1万 1931 のステーション(精神科に限定されない)が登録されていた 166。精神科の訪問 看護を実施する訪問看護ステーションは,全国で 3843ステーションに上る 167。 ― 173― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 2019年6月時点で精神障害のある人に対する訪問看護を実施したステーション (実際に稼働している)のうち,緊急時対応を想定した 24時間体制対応の届出を しているところは全国 2823とされる 168。  訪問の形は,本人側のニーズのみならず,医療スタッフにとっても,当該精神 障害のある人の生活状況を確認できるものである。本人の体調の良不良等を知る 上でも非常に有効である。精神の病気は,科学的に有無を確認できるものではな く,行動や様子から全体的に観察することを要し,病状は日常生活に起因する面 が大きく,また,病気の回復度についても,日常生活の様子から確認することが できるため(例えばいつも清潔を保っている人の部屋が荒らされていると,精神 的に不安定になっていると見立てることができる),本人の自宅へ訪問すること は本人の心の動きや病状を知る上で非常に有効である。 (2)ACT169  注目されるのは,ACT(Assertive Community Treatment;包括型地域生 活支援プログラム;Programをつけて PACTとも呼ぶ)サービスである。  ACTは,重い精神障害をもった人も,地域で生活を維持できるよう,包括的 な訪問型支援を提供するケアマネジメントモデルのひとつであり,1970年代初 頭にアメリカで生まれてから多くの国に普及し,効果が実証されている 170。  特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構・コンボの紹介によれば,以下の紹 介がなされている。  「重い精神障害をもった人であっても,地域社会の中で自分らしい生活を実 現・維持できるよう包括的な訪問型支援を提供するケアマネジメントモデルのひ とつです。1970年代初頭にアメリカで生まれてから多くの国に普及し,効果が 実証されています。  特徴として以下のようなことが挙げられます。  看護師・精神保健福祉士・作業療法士・精神科医などからなる多職種チームア プローチであること。  利用者の生活の場へ赴くアウトリーチ(訪問)が支援活動の中心であること。  365日 24時間のサービスを実施すること。  スタッフ1人に対し担当する利用者を 10人以下とすること。  このような特徴は,医療・福祉・リハビリなど多岐にわたる支援を網羅する集 中的で包括的な,利用者のあり方に沿った地域生活を支えるために,欠くことの 出来ない要素です」  ACTの概要について,京都市内で ACTを展開する高木俊介氏の説明を引用 すると,「ACTとは,重度精神障害者に対して,多職種の専門家やピア・スタッ フから構成されるチームが,24時間体制で地域生活現場への訪問によって医療・ 福祉の包括的なサービスを提供する援助プログラムである。」「ACTは,1960 年代後半に,米国ウィスコンシン州マディソン市メンドータ州立(,) 病院における脱 施設化の試みから発展してきた。以後 30年以上に及ぶ調査研究から,入院期間 の減少や居住安定性の改善,サービスに対する満足度の向上などの効果が証明さ れ,現在までにアメリカでは 35の州に何らかの形で導入されている。さらに, ― 174― 第4節 生活の場所は地域に カナダ,英国,スウェーデン,オーストラリア,ニュージーランドなど多くの先 進諸国では,脱施設化を進めるための地域精神保健体制の重要な要素として ACTが導入されている」,「ACTとは,@多職種による多角的支援,Aチームに よる継続的支援,Bアウトリーチによる現場支援,C 24時間 365日の危機介入 支援という特性をもった重度精神障害者支援である。このような組織特性から, 対象者数と支援エリアの制限という枠組みがおのずから生まれる。これは従来の 日本の精神科医療・福祉にはなかったことである。このことによって,重度精神 障害者を対象としながらも,支援者が燃え尽きることなく密度の濃いかかわりを 行うことができる」171とされる。  2003年,厚生労働省は「精神保健福祉の改革に向けた今後の対策の方向」に おいて,「地域生活への移行及び地域生活を支える地域ケアを行う体制整備を進 める」として,その実践として「地域医療及び各種生活支援を含めた包括的地域 生活支援プログラム(ACT事業)のモデル事業の実施を検討」すると提示し, 日本で初の ACTは,国立精神神経センター・精神保健研究所と同センター国府 台病院が中心となって取り組まれた。ここで研究された ACTプログラムは 「ACT.J」と呼ばれ,この研究でも,入院日数が確実に減少するなどの成果が報 告されている 172。ACT研究事業によると,個別の訪問支援を通じて,IPS (Individual Placement and Support Employment Program/個別職業紹介と支 援)とよばれる就労支援プログラムや,家族に対するサポート(家族支援),利 用者同士の繋がりを促す支援(当事者活動支援)などが提供され 173,そうした サービスの研究と普及啓発活動,専門家・家族・当事者への研修,地域精神保健 ネットワークの構築,海外の活動との連携など,様々な活動にも実績があると報 告されている。  そして,重要なこととして,ACTの理念は,障害を中心とした問題解決型の 志向ではなく,健康に焦点を当てた能力志向であり,いわゆる「ストレングスモ デル」にあるとされる。従来,医療者はその対象者の「問題解決」を主眼として 病気や障害の克服・改善が中心であったが,ストレングスモデルは,その人の 夢・希望,潜在能力を最大限に尊重し,個人の強み(過去,現在,未来の全て) に焦点を当てるものである。新たな生活設計や具体化を図ろうとする人間として の権利と生活の回復である「リカバリー」を念頭に置き,その実現のために医療 福祉や福祉サービスなどが貢献する「リカバリーモデル」への転換の必要性と実 効性を提示している。ここが通常の在宅医療や訪問看護との大きな違いである。  つまり,ACTでは,単に服薬管理が目的ではなく,主眼は生活の回復にある と考えている。例えば,重度の統合失調症で外出困難な精神障害のある人に対し て,一緒に散歩に連れ出してみたり,アクティビティを一緒に経験したりしてい る。病気や病状に焦点を当てていれば,状態に応じた服薬管理をすることが医療 の中心になるかもしれないが,ストレングスモデルでは,その人の過去の経験や 今後の興味関心に焦点を当て,病状以外の様々な活動や体験を通じて,その人ら しさや自己実現を図ることができる。そのことで新たな側面が見え,回復にもつ ながっている 174。 ― 175― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  もっとも,このような支援は,人手と時間が掛かる。そのため,ACTでは 「スタッフ1人に対し担当する利用者を 10人以下とすること」が提唱されてお り 175,高木氏の ACT.Kでもスタッフ1人の受け持ち利用者数は 12.13人であ る 176。診療報酬が課題であり,現行の診療報酬では訪問は原則週に3回までと されており(1日複数回訪問をすれば赤字となる),重篤な精神疾患を地域で支 える体制とは言い難い。従来型のいわゆる「医療」とは視点を異にしながら,時 間や心をかけてその人に関わることが重要となる。散歩やアクティビティを行う には時間がかかるが,そうした訪問時間に対する手当も不十分である。  ACTの支援の有効性にもかかわらず,現在,ACTを展開する事業所は全国に 20ほどにとどまる。運営側にとっては,労は多くても益は少ない状態にあるた め,よほどの理念がなければ継続は困難と言えるからである。ニーズに応じた診 療報酬制度の改変が求められる。  精神障害のある人の地域生活を実現するためには,必要な福祉的支援及び ACTのように重い症状がある人に対しても丁寧にかかわる仕組みが飛躍的に増 加しなければならない。政策的に報酬体系の見直しをして地域生活実現に向けて 地域サービス事業者が支援しやすい仕組みに構造改革する必要がある。 (3)訪問診療・往診・ACT等の拡充の必要性  上記のとおり,現在も訪問診療や往診は,制度上は存在するが,引き受け手と なる医療機関が少ないのが実情である。病院や診療所に行って受診することに困 難を伴う精神障害のある人は少なくなく,そのことが,通院拒否や服薬拒否にも つながっているものであり,訪問診療や往診の幅が広がることは精神障害のある 人の地域生活実現において不可欠である。家族会に寄せられる相談においても, 引きこもる子どもに診察を受けさせたいと思っても,病院からは「本人を連れて きてください」と言われるだけで,保健センターも警察も何にも具体的な協力を してくれないというが,そのような事案は弁護士も良く耳にするものである。こ うした悩みが全国的にも多くあると考えられる。  このように,当事者の声に丁寧に耳を傾けられ,家族も安心できるような,訪 問型の診療がもっと広く深く展開されることが必要である。諸外国においても, 看護師・心理士・ケースワーカー・医師などが連携して,モバイルチームという 形で地域で暮らす精神障害のある人に関わっている。  さらに,いったんは医療に繋がっても,本人が精神科の治療や服薬に消極の思 いを抱いたり,いつまでも通い続けることに負担感を感じることも想定される。 体調が悪く通院が困難になることもある。通院先から足が遠のいたことを本人の 責任として捉えることは片面的であり,本人にとって利用しやすい医療・福祉サ ービスをまずは整える必要がある。ACTサービスもまだまだ数が少なく,ACT の理念をきちんと共有することを前提に,全国に広く深く展開していくことが必 要である。そして,訪問診療や往診,ACT等が全国的により豊かに展開できる ように,国や行政は,報酬単価の見直しや手続的な援護,担い手の育成等を行う べきであり,担当事業者からの意見を丁寧に聴取した上で制度化していく必要が ある。 ― 176― 第4節 生活の場所は地域に (4)デイケア・ナイトケア  精神科病院や診療所が運営する,「デイケアサービス」「ナイトケアサービス」 がある。これは医師の指示のもとに行われるリハビリテーションであり,看護師 や作業療法士といったスタッフが支援を行う。  利用者同士で SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)といった集団療法 やカラオケ,園芸療法や運動療法など,様々なプログラムがアレンジされてい る。昼食や夕食が提供されることもあり,利用者にとっては食事支援が受けられ る側面もある。  精神病床を有する病院におけるデイケア・ナイトケアについては,長期入院か らの退院の場面など,病院との関係性を当面継続する必要性がある場合に有効と いわれる場合もあるかもしれない。  もっとも,入院体験において消極の思いを感じていた人にとっては,退院後も その病院とのかかわりを継続することに抵抗感を抱くことも首肯される。デイケ ア・ナイトケアの利用が退院条件となるようなことは避けなければならない。 (5)経済的負担軽減措置  自立支援医療制度(障害者総合支援法 52ないし 69条)を利用することによ り,精神科の通院費,訪問診療費,訪問看護利用費が無償ないし低額で賄うこと ができる(所得制限あり)。入院の場合は,高額療養費制度により負担額上限が 設定される仕組みはあるが,費用負担が前提となっている。  2016年に実施された「きょうされん」による調査によれば,障害のある人の うち,相対的貧困とされる年収 122万円(いわゆる貧困線)以下の人が 81%を 上回り(国民一般では16%程度),年収 200万円以下の割合は98%超(国民一般 では 24%程度)であるなど,「障害のある人の貧困率は,国民一般のおよそ5 倍」と報告されている 177。  精神障害のある人の貧困率は高いといえる。そして,充実した所得保障がなけ れば,貧困に起因する精神不調も想定される。また同調査が親との同居生活の割 合が54.5%と報告しているように,経済的自立を妨げる貧困状態は,いつまでも 親依存から脱却できないことを意味する。  このような経済状態のなかで,精神障害のある人にとっての医療費の圧迫は深 刻である。精神の病のみならず,他科疾患を併有している人も少なくなく(他科 疾患には自立支援医療の適用が認められない。また,長期にわたる精神薬服用に 起因して内臓疾患の副作用を発症している場合もある。),医療費の減免措置を保 障することが必要である。 第3 家族の過重な負担の解消に向けて 1 地域生活の保障は家族にとっても重要であること  精神障害のある人の家族は,たいてい,何らかの形で本人をこれまで必死に支え てきたし,支えようと苦労してきた。それでも本人の精神状態が不安定な場合には 衝突したり,怖い思いをしたり,様々な経験を重ねてきている。行政が支援してく れないなど,行き場のない悲しみや苦悩も抱えてきている。 ― 177― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  そうでありながら,家族は,医療関係者や行政や近隣住民等から,本人を支える べき存在としての役割を期待され,また民法上の扶養義務や精神保健福祉法上の医 療保護入院の同意者としてなど,一定の法的義務も負わされてきた。「家族依存」 とも称されてきたように,精神障害のある人の地域生活は「家族なしには成り立ち えない」などの思い込みも存在する。退院後の受け入れに負担を感じている家族も 少なくない。  そうした家族たちは,孤独やトラウマ等により,本人の支援をすることを拒んで しまう事態もある。家族にとって必要なことは,支援であり,困った時の頼り先で ある。 2 本人も家族も安心できるような環境整備  家族が孤立しないように,理解し合える,そして相談し合える組織として,家族 会の活動がある。例えば,全国的な家族会組織である「公益社団法人全国精神保 健福祉会連合会(通称:みんなねっと)」は,全国約 1200の家族会,約3万人の家 族会員から構成されており,賛助会員も1万 1000人に上るという。「家族がたくさ んつながって気持ちをわかち合い,みんなが笑顔になり,元気になること」「国や 地方公共団体に働きかけて施策を良くし,家族や本人が地域の中で安心して暮らせ るようになること」を目的として活動している。診断名での線引きはないが,約8 割は統合失調症の診断名を受けている人の家族であり,その他には発達障害,難治 性鬱,人格障害等の人もいる。  精神障害のある人の家族は世界中にいるけれども,日本における家族会活動は, 世界で初めて組織化されたという。会員は,以前は親が多かったが,世代交代もあ り今は,兄弟姉妹,配偶者,パートナー等も増えてきている。  みんなねっとによると,大きな目標は,誰もが安心してかかれると思える精神科 医療の実現であるという。つまり,現状は誰もが安心できる精神科医療の状況では なく,本人の症状が安定しない場合に,病院への入院という形で病院に頼ったとし ても,病院内の療養環境が十分ではなく,人権が尊重されずに,本人が処遇に不満 を抱えてしまう場合が圧倒的に多いと言う。  家族側がやっとの思いで病院入院という形で支援を受けられたと考えたとして も,病院への入院によって逆に家族側に不満をぶつけられてしまうのであれば,本 人にとっても家族にとっても悪循環である。家族にとっても,精神科医療が,病気 の治療や人生の回復を目的とした治療であることは重要と言えよう。入院の場合に は,人員配置も手厚く,そして,傷ついた心を癒すような療養環境が必要である。 通院先では,本人の話も家族の話も丁寧に聞いたり,薬のことを丁寧に説明できる 体制や,心理療法やスタッフの充実も求められる。訪問型診療もさらに充実させ て,病院に通うことに課題を抱える人や家族の支援もできるような体制整備こそ必 要である。  さらに,精神障害や精神科医療についての正しい知識を政策的に実現していくこ とが必要である。現代も,日本では,精神疾患という病は,ある種,恥ずべきも の,タブーであるというようなレッテルを貼られ,精神疾患を発症したら人生がど ん底に陥ったかのような心理状態に至ってしまう人が少なくない。しかし,精神疾 ― 178― 第4節 生活の場所は地域に 患は回復にも至るし,付き合いながら仕事を継続することも困難ではない病気であ る。長期隔離収容によって生活力が低下したことによって困難がもたらされている 側面も否定できない。  そこで,学齢期から精神疾患の正しい知識に触れる機会を作り,精神疾患を発症 したとしてもそのことを一つの経験として生かしていくことができるように安心で きることが必要である。  そして,家族会の活動に対しては,継続的で安定した活動ができるように,経済 的資源が保障されるべきである。役割や義務ばかりを着せて支援をしないことで は,家族はますます孤立化してしまう。家族のサポートを行うことは,精神障害の ある人自身にとっても,精神科医療者にとっても必要不可欠である。 3 入院させる制度に家族を巻き添えにしてはならない  入院制度に家族等入院に同意しない精神障害のある人を強制的に入院させる場合 に「家族の同意」を求めるような制度(医療保護入院の同意要件)は直ちに廃止す べきである。同意した者と入院者との利益対立が生じうるのであり,本来支援者と なり得る立場であるのに,入院させる制度に家族を巻き込むことは,信頼関係を崩 壊しかねない。  現行の医療保護入院は,いったんは入院に同意した家族が退院を求めても(同意 を撤回しようとしても),退院が認められない(あくまで退院は病院の判断)仕組 みであり,いびつな構造にある。医療保護入院によって,本人と家族が対立関係の ような形になることは,どの立場の人にとっても有害である。 第4 入院している人が地域で生活するために 1 病床の大幅削減  日本の精神病床数は,約 32.7万床,精神病床入院患者数は,約 28.1万人(いず れも 2019年 10月1日時点)である。人口当たりの精神病床数は,諸外国において はここ数十年で病床削減・地域生活支援強化等の施策を通じて減少しているのに対 し,日本では,概ね横ばい状態であり,かつ,諸外国を大幅に上回っている(第1 章第2節第2の1で詳述)。  入院患者の地域移行を実効的に推し進めるためには,病床の大幅削減が不可欠で ある。医療者においては,病床が存在すれば病床を前提とした診療計画を立てるか ら,病床に頼ってしまう結果が不可避的に生じる。病床が多数存在する現状は,地 域ベースの発想を阻害しかねないため,医療者の発想転換を迫るためにも,病床大 幅削減が必要不可欠である。  そもそも,日本の医療政策においても「病床が多いと医療費が増える」との考え が支持されており,最近も,かかる考えの下で病床削減を推進する法改正が行われ た(良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等 の一部を改正する法律(令和3年法律第 49号))。  この考えの背景にあるのは,医療経済学でいう「医師需要誘発仮説」と呼ばれる もので,医師・患者間の圧倒的情報格差によって,患者のニーズを超えた,医療提 供者側の所得維持目的等による不必要な医療需要が作出されるとの考えである。要 ― 179― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) するに,過剰な病床は(空床や減床ではなく)過剰な入院患者を生み出すというこ とである。精神病の病態は概ね世界共通であり,日本の精神病床数及び平均在院日 数が国際的に異様に突出している理由は,医学的必要性ではなく社会的要因であ る。したがってまず,せめて OECD加盟国平均並みに精神病床数を削減すること が必要であるが,上記のとおり医療者による自然減は見込めないため,政府による 強い政策主導が必要不可欠である。  なお,世界保健機関(WHO)総会で採択された「メンタルヘルス・アクション プラン2013.2020」(2030年まで延長)においては,目的として「地域ベースの, 包括的で,統合され,反応性のあるメンタルヘルスサービスと社会的ケアサービス の提供」が掲げられ,その実現のために必要な行動として「サービスの再構築と適 用範囲の拡大」,具体的には,「優先されるべき状態への科学的根拠に基づく介入 (適切な方法で段階的ケアの原則を用いることを含む)の適用範囲の拡大と,短期 の入院治療,一般病院の外来治療,プライマリケア,包括的なメンタルヘルスセン ター,デイケアセンター,家族と暮らす精神障害を有する人々の支援,支援付き住 宅を含めた,つながりのある地域ベースのメンタルヘルスサービスのネットワーク の活用により,メンタルヘルスサービスケアの場所を長期入院の精神科病院から専 門分化していない保健医療の場へと組織的に転換する」こと,実施の選択肢として 「長期入院型精神科病院の閉鎖」などが提案されている。日本においても,これら を目的に据えて早急に実現していかなければならない。 2 精神科病院入院者の退院に関する国の取組について  国(厚生労働省)は,2004年(当時の入院患者数は約 32万 6000人)に「精神 保健医療福祉の改革ビジョン」を示し,「入院医療から地域生活中心へ」という基 本方針のもとで,「『受入条件が整えば退院可能な者約7万人』については,精神病 床の機能分化・地域生活支援体制の強化等,立ち遅れた精神保健医療福祉体系の再 編と基盤強化を全体的に進めることにより,併せて 10年後の解消を図る。」と宣言 した。「受入条件が整えば退院可能な者」,いわゆる社会的入院が多いのも日本の精 神科医療の大きな問題点であった。また,精神保健医療福祉体系の再編の達成目標 として,各都道府県の平均残存率(1年未満群)を 24%以下とし,各都道府県の 退院率1年以上群)を 29%以上とすることで,10年間で約7万床相当の病床数の 減少が促されるとした。  さらに,その5年後の 2009年には,「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」 (2009年)の中で,「現在の長期入院患者の問題は,入院医療中心であった我が国 の精神障害者施策の結果であり,行政,精神保健医療福祉の関係者は,その反省に 立つべき」とし,「統合失調症入院患者を 15万人に減少させ」「精神病床約7万床 の減少を促進」するとした。  しかしながら,2014年時点でも,受入条件が整えば退院可能な者は5万 3000人 いるとされ,社会的入院解消の達成率は約 24%である。病床数も 2004年35万 4937床から 2014年 33万 0694床に約2万床減少したに止まり,達成率は約35%で ある。2017年のデータにおいても,受入条件が整えば退院可能な者は約5万人, 病床数は 33万 1700床と報告されている。 ― 180― 第4節 生活の場所は地域に  このように,国は「入院医療から地域生活中心」という基本方針を掲げてはいる ものの,実態として,精神科病院の入院者数・病床数ともにほとんど減らすことが できておらず,依然として入院中心の精神科医療が行われていると言わざるを得な い。  とはいえ,現在ある制度を利用することにより,一人でも多くの入院者の退院を 実現することも重要であると考えられため,以下では 2018年度からスタートした 第7次医療計画と第5期障害福祉計画,及び障害者総合支援法に基づく地域移行・ 定着支援事業を中心に現状と課題について述べる。 3 第7次医療計画と第5期障害福祉計画  2018年度からスタートした第7次医療計画と第5期障害福祉計画は,「精神障害 にも対応した地域包括ケアシステム」の構築という掛け声の下に全国の地方自治体 を巻き込んだ取組を進めている。しかし,精神病床の削減と地域移行の観点からは 重大な問題を内包している。  上記計画においては,入院需要を3か月未満の入院を要する急性期,1年未満の 入院を要する回復期,1年以上の入院を要する慢性期(長期)に分け,それぞれの 目標を立てている。すなわち,長期については,地域生活への移行ができない重度 かつ慢性という概念を導入し,これに該当しない入院者を 2025年までに地域移行 させ,2025年度末までに半分の移行を目指すとしている。また,急性期と回復期 については,入院から3か月後の退院率を 69%,半年後の退院率を 84%,1年後 の退院率を90%としている。これらの退院率は,2015年における上位10%の都道 府県が達成している水準以上を目指して,2020年度末の目標を設定したものとさ れている。  しかし,こうした計画には以下の問題がある。 @ 重度かつ慢性に該当しない長期入院者が従来の受入条件が整えば退院可能な いわゆる社会的入院者に該当し,その数は認知症を除く長期入院者の30〜40%で4万 7000人〜6万 2000人と推計されている。これを 2025年までに地域 移行させるというのは,社会的入院の解消を改革ビジョンの目標時期より 11 年も先送りするものである。しかもその実現のための「政策」として「@地域 移行を促す基盤整備」と記載されているだけで,その内実は上記のように「結 果任せ」で具体的な方策がないに等しい。社会的入院の解消は,本来,入院医 療中心・地域生活中心の政策に関係なく,当然,社会復帰させるべき緊急の政 策課題であるのに,悠長かつ無責任すぎる。 A 社会的入院以外の長期入院者,すなわち重度かつ慢性とされる入院者につい ては,統合失調症の新治療薬の普及や認知症施策の推進で若干の入院需要の減 少を目指すだけで,基本的に退院促進の対象から外されている。これは,上述 のとおり改革ビジョンの入院医療中心から地域生活中心という政策において, 病院中心の仕組みを温存する聖域を作るに等しく,先進諸国における脱施設 化・地域移行の取組に照らし,到底是認できない。また,認知症を重度かつ慢 性とされる入院者に含めている点については,病床の機能分化によって精神病 床を削減すると言いながら,認知症を医療保護入院の対象として精神病床に入 ― 181― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 院させる問題点に目をつむり,精神病床の温存を許していることになり,政策 上の矛盾である。 B 急性期・回復期の入院需要予測については,現状を是認し,逆に若干の需要 の増加を許容している。これは,日本の年間の新規強制入院件数が欧米諸国に 比べて異常に多いという課題を看過するものである。こうした地域精神保健サ ービスの国際的水準,あるいは OECD諸国の平均入院期間が 10日から1か月 程度というデータ,「精神病床退院患者の退院後の行き先」に関する患者調査 において入院期間が3か月以上になると家庭に戻る率が56.8%に下がってしま うという調査結果等に照らせば,入院3か月時点の退院率 69%,入院後6か 月時点の退院率 84%という数値を抜本的に見直す必要がある。そもそも回復 期,慢性期の患者を入院させることを当然の前提とする計画そのものが入院医 療中心の考え方と言うべきである。急性期だからという理由でとりあえず入院 させ,また一度入院させると2,3か月は入院を継続させる運用を是正するた めの強力な施策が必要である。 C 上記のとおり,個々の目標が是認できない以上,全体としての入院需要も是 認できないのは当然である。すなわち,上記計画では,その最終年度である 2025年度末の入院需要は 20万 5000床〜22万 4000床と予測されているが,そ の人口当たり病床数はなお OECD諸国の平均の優に2倍以上の水準で,政策 目標として低すぎると言わざるを得ない。全国の地方自治体が多大の労力とコ ストを使って目標達成に努力しても,そもそも目標設定自体が,先進諸国が歩 んだ脱施設化・地域移行の取組に大きくもとっている以上,真の地域精神科医 療は実現されようがない。 4 障害者総合支援法に基づく地域移行・定着支援事業の実情 (1)2000年に大阪府が行った「退院促進支援事業」の成果を踏まえて,2003年か ら国の「精神障害者退院促進支援モデル事業」が始まり,2012年に障害者自立 支援法(現:障害者総合支援法)で,「地域相談支援」(「地域移行支援」「地域定 着支援」)として位置付けられた。これによって,それまで国や都道府県の補助 金によって委託運営されていた事業が,障害福祉サービスの一つとして個別給付 の対象となった。  地域移行支援とは,障害者支援施設,児童福祉施設又は療養介護を行う医療機 関に入院入所している障害者を対象とし,指定一般相談支援事業者が,対象者の 心身の状況やニーズを踏まえて地域移行支援計画を作成し,そこで策定された計 画に沿って,外出の同行・福祉サービスの体験利用・住居確保・関係機関との連 絡調整を行うものである。  地域定着支援とは,単身生活を送っている障害者や,同居している家族が障害 や疾病等を理由に緊急時の支援を困難とする障害のある人(地域移行支援を経て 退院した人も含む)を対象とし,地域定着支援台帳を作成して,常時の連絡体制 の確保を行うとともに,緊急時には訪問や電話相談等の必要な支援を行うもので ある。  精神科病院の入院患者が退院するための手段として,地域移行・定着支援事業 ― 182― 第4節 生活の場所は地域に は有意義なものであると考えられる。 (2)しかしながら,地域移行支援事業の利用件数は,全国的に見てもそれほど伸び ていない。月別の利用申請数は,2012年4月時点で全国では 216件,その後 2015年に 500件を超えてから利用者が大きく増加することなく,2019年4月時 点では 677件にとどまっている 178。2020年度は,新型コロナウィルスの感染拡 大の影響で利用者が大きく減少している。  地域移行・定着支援事業が進まない理由については,@病院の理解協力が得ら れないこと,A社会資源が不足していること(地域移行支援を担う相談支援事業 者が不足していること),B住居の確保が難しいこと,C家族の反対があるこ と,D本人の退院意欲が低下していること等が挙げられているが 179,これらは,長期入院者が退院できない理由と共通するものであると思われる。 (3)地域移行・定着支援事業をさらに進めるための取組について  地域移行・定着支援事業は,個別給付化によって,退院を希望する者は誰でも 利用することができるようになったとはいえ,申請を要件とするため,長期の入 院によって退院意欲を失った患者が利用することが難しいと言われている。  本実行委員会が行った勉強会において,大阪府立大学の三田優子教授は,「脱 施設化は,当事者の『怒り』『あきらめ』を『希望』へ変えるということであ り」「意思決定支援」ではなく「欲望形成支援」こそ必要であると指摘された。  長期(,) 間にわたって精神科病院に入院している患者にとって,病院から出ること はとても怖いことであり,自ら退院したいという意思を表明すること自体に困難 が生じるのは当然である。三田教授が指摘するように,患者が,安心して退院し たい,という気持ちを持てるような支援(欲望形成支援)が必要になる。そし て,「欲望形成支援」の方法としては,ピア・サポーターによる関わりが重要で ある(ピア・サポーターについては第3章第3節第4参照)。  また,患者が退院を表明しているかどうかにかかわらず,積極的に外部から入 院患者に退院支援の働き掛けをしていくことも必要と思われる。この点,西宮市 が行っている「精神障害者地域移行推進事業」では,1年以上の入院患者の面会 対象者リストを協力病院が作成し,行政と相談支援事業所が全ての対象者に面会 を行い,面会後には病院職員と今後の支援方針を話合いが行われる。これを踏ま えて,行政,相談支援事業所,病院職員が集まる地域移行推進会議で協議がなさ れ支援対象者を決定して支援をしていくというものである。また,病院内でプロ グラムを行って,入院患者の退院意欲喚起を行う取組も行われている(西宮市の 取組については本節第4の5参照)。 (4)本実行委員会が行った聞き取りや調査では,地域移行支援事業を担う相談支援 事業所のマンパワー不足の問題も指摘された。前述の事例で示したとおり,地域 移行支援の場合には,月2回以上の訪問が必要とされているが,月に6回以上訪 問しなければ報酬加算がない上,病院への訪問や外出支援の交通費等が支給され ないといった問題もある。そのため,熱心に取り組もうとすればするほど,事業 所の負担が大きくなり,事業所が取り組むことが困難となっている。この点,大 阪市では,事業者が精神科病院を訪問する際の交通費について,上限 2000円を ― 183― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 支給する事業がある(大阪市「地域移行支援利用交通費給付事業実施要綱」) が,このような制度を参考に相談支援事業所への支援がさらに拡充されるべきで ある。  地域移行支援サービス費については,2021年の報酬改定 180において,一定の 要件を満たすことで基本報酬の増額がなされたものの,相談支援事業所の負担を 考えると未だ十分とは言えない。地域移行・定着支援事業の担い手となる相談支 援事業所を増やすためには,障害福祉サービス報酬をさらに増やすことも必要で ある。  また,本実行委員会の聞き取りでは,病院や地域の相談員や支援者が,障害者 総合支援法に基づく地域移行・定着支援事業をよく知らないため利用されないと いう指摘もあった。今後は,この制度を医療福祉全体に周知していく必要がある と考えられる。 (5)地域移行・地域定着支援事業の利用の実例  本実行委員会の委員が保佐人をしている当事者が,15年以上精神科病院に入 院し病院から退院が難しいと言われていたが,地域移行・定着支援事業を利用し て約6か月で退院が実現し,現在も地域で一人暮らしをしているという例があ る。地域移行・定着支援事業の流れをイメージしてもらうため,以下,簡単にケ ースを紹介したい。なお,事案については多少変更を加えた上,本人の承諾を得 た上で掲載している。  本人は,統合失調症と診断されている 70代の男性であり,精神科病院に 15年 以上,医療保護入院していた。父親の申立てにより弁護士が保佐人となった。保 佐人選任後,間もなくして父親は死去した。本人は,入院当初より退院を強く希 望していた。しかし,主治医は,本人の症状からすると退院は無理との見解であ り,保佐人もそれ以上の支援ができなかった。しばらくして,病院の相談員か ら,本人の退院を支援するために地域移行支援事業を利用してはどうか,という 話が保佐人になされた。保佐人としても,本人の希望に沿う支援をしたいと考 え,地域移行支援事業を利用することに賛同した。保健福祉センターに申請し, 相談支援事業所との間で契約を締結して,6か月後の退院を目指すこととなっ た 181。  その後,相談員は1か月に3回〜4回の頻度で病院を訪問し 182,本人との信 頼関係をつくるとともに本人のニーズや強みを探っていった。本人と一緒に帰住 先に外出して自宅を掃除したり,帰住先付近のスーパーで買い物の練習をした り,バスに乗る練習をするなどして,退院後の生活のイメージや課題を整理して いった。保佐人は,本人が在宅で生活するための準備として,携帯電話の契約, 家財道具の購入,自宅の火災保険の契約,電気・水道等の契約等を行った。  帰住先は亡くなった父親が住んでいた家であったが,入院前に本人が起こした 事件を知る近隣住民から,本人が退院することへの反対や懸念の声が噴出した。 そこで,地域との話合いの場として地域ケア会議を開催し,そこには,主治医, 保佐人,行政職員,民生委員,地域包括支援センター等,多数の関係者が参加し て,本人の病状や今後の生活・支援体制や地域定着支援事業により,24時間の ― 184― 第4節 生活の場所は地域に 相談支援体制があることなどを説明した。その後,外出の際にも地域住民と関わ りが持てるようなり,一定程度の理解を得られることができた。退院1か月前に は,1泊2日の外泊体験を経て,183申請から約6か月後に退院が実現した。  退院後は,地域定着支援事業に切り替わり,相談員,往診医師,ヘルパー,訪 問看護師,保佐人が定期的に訪問して本人との関わりを持ちつつ,本人は一人暮 らしをしている。本人に困りごとが生じたときには,相談員が直ちに対応してい る。  上記ケースを通じて,相談支援事業所の手厚い退院支援に驚かされた。制度 上,月2回以上の面会をしなければ報酬がでない仕組みとなっているとはいえ, 相談員は,片道1時間程の距離にある精神科病院に月3〜4回は面会に赴き,時 には,本人を迎えに行って帰住先付近で一緒に買い物をしたり,銭湯に入るなど の熱心な支援がなされていた。この制度に基づかない一般的な退院支援では,こ れほどまでに手厚い支援はできなかったであろうし,退院に懸念を示していた地 域住民の理解を得ることも難しかったと思われる。また,退院後の生活を見据え た退院支援が行われたことにより(例えば,長期の入院により予想以上に本人の 体力が落ちていたため,買い物はヘルパーが行うことにしたこと等),退院後も 安定した生活を送ることができ,症状悪化によってすぐに再入院ということもな かった。  さらに,地域移行・定着支援事業を通じて,多くの関係者が何度もミーティン グをしたことにより,関係者間の結びつきも強くなり,「点」ではなく「面」で 本人と関わりができるようになった。そして何より,本人の長年の希望であった 退院が実現したことで,保佐人を含む支援者と本人との信頼関係も強固となっ た。保佐人は退院からしばらくして,本人や支援者らと牛丼を食べに行ったこと がとても良い思い出になっていると感慨を述べている。  このケースのように,弁護士が法定後見人をしているような場合に,本人の退 院を実現するために,地域移行・定着支援事業を利用することが考えられる。あ るいは,精神保健福祉法に基づく退院請求の代理人活動においても,この事業を 利用することで,本人の早期の退院がかなう事案もあり得ると考えられる。な お,この事業には,利用者の費用負担はない(ただし,外出の交通費等の実費は 本人負担となる)。  退院を希望する患者がおられた場合には,地域移行・定着支援事業を行ってい る相談支援事業所に相談することで,退院の糸口が見つかる可能性があるので, この制度を弁護士が知っておくことは有用である。 5 行政と協働する地域移行の仕組(西宮市の取組) (1)西宮市の取組  現在西宮市では,市の事業として,精神障害者地域移行推進事業(以下「推進 事業」という。)が特定非営利活動法人ハートフル(以下「ハートフル」とい う。)への委託により実施されている。  2003年に兵庫県が県内で試行的に精神障害者の地域移行支援事業を実施し, その後県内の圏域ごとで実施されるようになり,ハートフルも受託した。そし ― 185― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) て,ハートフルは圏域内にある特定の精神科病院と連携することとし,ピア・サ ポーターの養成も含めて事業を実施した。しかし,県による上記事業が 2012年 で終了したため,ハートフルは西宮市に対し,市の独自事業として実施するよう 要請したが,この時点では独自事業の実施には至らなかった。  しかし,ハートフルはその後も西宮市へ打診し,2014年には地域移行システ ム検討委員会が設置され,2015年4月に策定された障害福祉計画に精神障害者 の地域移行支援に取り組む旨記載された。そして,同年9月には西宮市の近隣に ある病院も参加して地域移行推進会議が開催され,市の独自事業としての事業開 始に向け具体的に取組が行われ,2016年4月より,推進事業が開始されること となった。 (2)具体的な対応の流れ  推進事業の目的は,障害者総合支援法における地域移行支援は,患者からの申 請があって初めて利用できる制度であるが,申請がなくても退院に向けた支援に つなげられるようにすることである。  そこで,推進事業では,精神科病院に入院中の患者に対し,ハートフル及び行 政職員が面談をして,障害者総合支援法に規定された地域移行支援を活用するな どして,地域移行に向けた支援を行っている。具体的な流れは以下のとおりであ る。  @  1年以上精神科病院に入院している市民のうち,面会対象者リストを作成 する。  A  全ての対象者に対し,初回は行政とハートフル職員が面会し(聞き取り調 査の実施),2回目以降はハートフル職員による面会(聞き取り調査)を行 う。  B  面会後に本人の情報を病院から取得して,今後の支援方針等を病院職員と 協議する。  C  Bをふまえ,行政とハートフル,基幹相談支援センター等の相談機関で構 成される「聞き取り報告会」で今後の対応を検討する。  D  Cの結果を,当該病院も参加する地域移行推進会議にて協議し,具体的な 支援方針の最終協議を行う。  @については,西宮市民が多数入院している近隣病院のうち,推進事業に協力 することになっている精神科病院(2021年6月末現在で3病院)の入院患者が 対象となる。  そして,推進事業開始から 2021年1月末までで,面会対象者リストに挙げら れた入院患者は 289名であり,このうち 142名が退院した。 (3)具体的事例  本推進事業により退院した方の事案を紹介する。  数十年にわたり精神科病院に入院していた方が推進事業の対象者に挙げられ, ハートフルと行政職員とで面談したところ,明確に退院の希望を述べられた。  そこで,入院先の病院と今後の支援について協議したが,主治医としてはすぐ に退院できる状態ではない,との見解であった。しかし,ハートフルとしては, ― 186― 第4節 生活の場所は地域に 精神症状はあるものの,本人に明確な退院の意思があり,ADLとしても退院可 能な状態にあることから,地域移行支援を活用して退院に向けた支援を行うこと で,主治医に対し本人が病院外での生活が可能であることを受け入れてもらえる ようになると考えた。  そして,地域移行支援として,病院外への外出同行をするなどして少しずつ病 院外での日常生活に必要な行動に慣れてもらうようにした。その後,ハートフル としては,本人の金銭管理について支援が必要であると考え,成年後見制度の利 用について本人も了解したため,専門職を紹介して本人申立てにより保佐開始の 審判を受け,保佐人も退院に向けた支援を行うこととなった。  その後,ハートフルの運営するグループホームの空きもでき,退院に向けた環 境が整ったこともあり,主治医も退院することに応じ,退院に至った。  推進事業により退院に向けた支援を開始してから退院に至るまで1年半を要し たが,現在もグループホームにて落ち着いて生活されている。 (4)課題  本推進事業を実施していく中で,現在ハートフルが感じている課題がいくつか 存在する。  まず,推進事業の対象者とする際に,病院の意向と齟齬が生じた場合,その後 の支援がうまく進まないことがある。困難な課題であるが,それぞれの立場の違 いを理解し,地域移行に向けた共通認識を持つことができるよう,丁寧に協議す る予定である。  また,協力3病院全ての対象者への面会となると,対応するハートフルのマン パワーの問題が生じている。対象者に選定されてもすぐに面談が実施できなかっ たり,その後の支援に時間を要するなどの問題が生じている。この点は,ハート フル以外の事業所でも推進事業での面会(聞き取り調査)が可能となる仕組みが 必要であると感じている。  そして,推進事業により退院に向けた支援が行われても,地域の受け入れ体制 が不十分であるため退院に至らない,という問題もある。グループホームの空き がなかったり,単身での住居が見つからないなど,社会資源の不足や地域の理解 不足など,多くの課題がある。また,後見制度を利用すべき事案や介護保険制度 の利用が必要になる事案においては,他の専門職や機関との連携が必要になる が,現時点では十分に行えているとは言えない。  この課題については,今後自立支援協議会などで協議し,さらなる啓発活動の 実施や専門職団体との連携を図っていくべきと考えている。 6 現在入院中の人について直ちに改善すべき事柄 (1)退院後生活環境相談員や退院支援委員会の見直し  現行の医療保護入院という制度については,退院後生活環境相談員や退院支援 委員会の見直しが急務である。  すなわち,現在の精神保健福祉法に基づく退院後生活環境相談員は,極めて少 ない数の入院病院職員が担当しており,制度上も限界がある。すなわち,入院病 院の職員は,その精神障害のある人の,入院前・退院後の状態を想定することが ― 187― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 立場上も困難であるし,実際に1人の相談員が抱える件数が多すぎて細やかな支 援を行うこともできない。現行制度においても,地域援助事業者の紹介が努力義 務とされているが,そのこと自体が退院後生活環境相談員に委ねられており,入 院者自身の意向が確実に反映される仕組みにはなっていない。地域生活に必要な 社会資源の情報や支援ルート確保について詳しい知識やネットワークを有する立 場の外部の地域支援事業者も,ともに退院後生活環境相談員として活動できるよ うに変更する必要がある。そうした支援者から地域生活の具体的な情報やイメー ジを共有することが期待できる。  退院支援委員会については入院者本人も参加せず形骸化している事例も少なく ないため,本人の参加を義務付けるとともに,地域支援事業者の参加も原則必須 とするべきである。 (2)金銭管理の適正化  現在は,病院職員が本人の障害年金や生活保護費が入金される預金口座を管理 して ATM機で出金して入院費を精算するようなことが当然のように実施されて いる。しかし,真に本人が同意している場合を除いて,本来,病院職員に金銭管 理権限などないはずである。2021年3月にも大阪府内の民間精神科病院で発覚 したように,病院職員が入院者の財産を着服する事件は後を絶たない。  そこで,例えば,1年以上の長期入院者の預金管理を病院が行うことは直ちに 廃止し,社会福祉協議会の権利擁護事業等へのアクセスを必須化すべきである。 また短期間の金銭管理であっても,管理の適正化及び明細の明確化の義務付けを 行うべきである。 (3)このようなことを行っていくことで,地域支援者が病院に入っていく,入院者 が地域支援者と連携する仕組みが広がっていくことが期待される。病院内の不可 思議なルールや硬直した施設文化を,少しでも変えていくことが必要である。直 ちに可能であり,そして粘り強く続ける必要のある事項と言えよう。 第5 偏見解消と地域包摂 1 「偏見」の存在を認識すべきこと (1)日本社会に根差す偏見が地域包摂を妨げる背景的要因となっていること  女性,外国人,性的少数者等に対する差別偏見については,社会問題として大 きく取り上げる報道や SNS上の炎上をよく目にする。平等の問題は健全な社会 においては常に重要な関心事であるが,精神障害のある人に対する偏見を問題視 する報道等は,あまり目にしない。それが日本社会の現状である。  精神障害のある人が地域社会で普通に暮らすための社会資源が不足し,精神障 害のある人についてのみ何十年もの長期入院(いわゆる社会的入院)という本来 あり得ない事象が当たり前のように発生する背景的・根源的要因は,日本社会に 深く根差す精神障害のある人に対する「偏見」の存在であろう。日本では,精神 科病院が郊外に集中するのはごく当たり前のことであり,精神障害のない市民の 生活圏に精神障害のある人の福祉施設が設置されようとすると反対運動(いわゆ る「施設コンフリクト」 184)が起きる。精神障害のある人が凄惨な殺人事件等を ― 188― 第4節 生活の場所は地域に 起こせば,報道機関はこぞって精神障害のある人を危険な存在として映し出す報 道を行うが,そのような報道姿勢に対しても,社会から批判の目が向けられるこ ともない。そして,そのような日本社会の現状に対して,精神障害のある人と無 縁の日本人はなんら疑問を持つことがない。また,精神障害のある人に対しての み許容されている強制入院制度や,社会的入院の実情が今なお当たり前のように 存在していることも,日本社会の偏見の根深さを物語っている。たとえ,社会的 入院により一般社会から隔絶された生活を送っている精神障害のある人がいて も,他の日本人はどこかで「精神障害者だから仕方がない」と考えている。いや むしろ,そのように自分とは異なる人生を強制されている人々がいることに対し て,疑問や意見すらも持たない者の方が圧倒的に多いのではないか。そのため, 仮に現状が認識されても,そのまま当たり前のように見過ごされ,精神障害のあ る人に対する不合理な制度に対して社会的な牽制機能が働くこともない。これ が,無意識の偏見の恐ろしさである。  精神障害のある人の充実した地域生活の実現を考える上でまずもって重要なこ とは,日本社会が精神障害のある人に対する偏見の存在を自覚することであり, その努力なくして,精神障害のある人が地域で暮らすための社会的資源の抜本的 拡充の実現は難しい。日本社会がその自覚をしない限り,精神障害のある人が地 域で普通に働き,家族を持ち,人間的な暮らしをするという当然の権利は,今後 も侵され続けるだろう。 (2)偏見を強化・拡大させた制度的背景  精神障害のある人に対する偏見の存在を正しく認識するためには,日本社会に 偏見が生まれ,それが強化・拡大された制度的背景を探ることは必要である。精 神障害がない人には当たり前であるはずの地域生活が,なぜ,精神障害のある人 からは,取り上げられなければならなかったのか。  第二次世界大戦以前,日本では,精神障害のある人に対する保護や治療が不十 分であり,私宅で監置せざるを得ない状況が存在した。第二次世界大戦後の社会 保障制度の整備に伴い,1950年,日本は,それまで存在していた精神病者監護 法及び精神病院法を廃止し,精神衛生法を制定するに至った。この精神衛生法の 発議に係る議員の発言内容には,日本社会に精神障害のある人一般を危険視する 重大な偏見が存在し,それを積極的に是として法制度を構築していった日本人の 思想が顕著に顕れている。  「第一に,この法案は,苟しくも正常な社会生活を破壊する危険のある精神障 害者全般をその対象としてつかむことといたしました。従来の狭義の精神病者だ けでなく,精神薄弱者及び精神病質者をも加えたのであります」「第二に,従来 の座敷牢による私宅監置の制度を廃止して,長期に亘って自由を拘束する必要の ある精神障害者は,精神病院又は精神病室に収容することを原則といたしまし た」(第7回参議院厚生委員会会議議事録第 25号)  上記発言は,「正常な社会生活を破壊する危険のある精神障害者全般」など と,個別的な事情や個性にかかわらず,精神障害がある人であることのみを根拠 に危険な存在と決めつけるという,差別意識に満ち溢れた衝撃的な内容である。 ― 189― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 精神障害のある人は危険な存在であり強制的にも収容すべきという発想である。 そしてその精神は,その後法律が変遷していく中でも,抜本的な改革は行われず に強制収容・無期限収容を是認する現行法にも承継されている。  すなわち,上記のような立法目的には重大な疑義があり,このように発議され た精神衛生法は,その法令名を精神保健福祉法に変えて,現在もなお存在し続け ている。このことからしても,日本社会に精神障害のある人一般を危険視する偏 見が強く根ざしていることを否定することはできない。現に,日本は世界最多の 精神病床数を維持し,精神障害のある人は当然のように地域社会から隔離されて おり,いわば,上記議員(ひいては国民)の思い描いた精神障害のある人に対す る隔離社会が,今なお続いている状況と言える。  一度社会に根を張った偏見は,決して自然に解消するものではない。社会に根 を張った偏見を取り除くには多くの努力と時間を要するが,そもそも,偏見の存 在を自覚しない社会にその険しい道は歩めない。偏見を生み出しそれを温めてき た日本は,その偏見の存在と自らの政策の誤りをまず認め,真摯にその問題と向 き合うべき人道的義務がある。 (3)国際的な非難から日本社会が自覚すべきこと  日本が偏見の存在を自覚しなかったことについて,その機会がなかったのかと いえば,そのようなことはない。日本は,WHO顧問クラーク博士によるクラー ク勧告(1968年5月 30日)や,国際連合の非政府機関である国際法律家委員会 調査団による調査及び勧告(1985年7月 31日)等を受けている。  これらの勧告では,日本の精神科医療制度においては長期院内治療が大部分を 占める一方で地域医療及びリハビリテーションが欠如していること,精神病床の 80%以上は直接的な行政コントロールは及ばない私立精神科病院のものであり, 病院経営等の経済的要因によって患者は極めて長期間にわたり在院する傾向にあ ること,多くの国家は,精神障害のある人を排除しつづける社会の傾向に対して 様々な手段で対処しているところ,その中でもリハビリテーション及び地域医療 に対する適切な手段の整備は重要であること,日本において諸改革を求める人々 の努力は,広範な反対,無関心,精神障害のある人に対する偏見,さらには無視 し得ない行政的怠慢によって阻害されてきたこと等の現状が指摘され,日本は, 精神障害のある人に対する地域医療及びリハビリテーションプログラムの発展, 促進のための必要な財源を提供することや,医療費の保険システムを近代的な精 神科医療手段及び精神障害のある人のニーズを考慮して修正すること,現在の長 期在院者のリハビリテーションを促進し,新入院者の不必要な長期在院を防ぐた めに,精神科病院の諸活動を注意深く監督しなければならないこと等の勧告を受 けている。  このように,日本は,国際的な批判を受けて真摯に隔離収容政策を見直す機会 は十分にあったのであるが,それができないままに今日を迎えている。日本は, 近代国家として,隔離収容政策が人権侵害であることを認め,改革を行ったベル ギー等の諸外国における改革からその具体的な方策を学び,早急に地域生活・地 域医療への転換等の実現を図らなければならない。 ― 190― 第4節 生活の場所は地域に 2 偏見を解消し,地域で生活できる社会にするには  精神障害のある人の充実した地域生活を可能とする社会を実現するためには,ま ず,日本社会に存在する偏見を自覚し,国際的な批判を真摯に受け止め,その偏見 を解消しなければならない。  この点,熊本地裁 2019年6月 28日判決 185(以下「ハンセン病家族訴訟判決」と いう。)では,厚生労働省,文部科学省,法務省等に対するハンセン病差別偏見の 除去義務が認められているところ,ハンセン病の強制隔離政策と精神障害のある人 に対する強制隔離政策とは事情や状況が同じではないにせよ,精神障害のある人に 対する差別的な法制度の整備と放置を続けてきた日本は,偏見除去のための啓発活 動等を積極的に行う高度の義務があると考えられる。  また,精神障害のある人が地域で生活し,普通に働き,自由に生きるための社会 的資源の充実化は,保護の対象としての支援だけでは不十分であり,個々の精神障 害のある人が社会から必要とされる一人の人間としてその能力や才能を発揮する環 境も不可欠である。その意味では,医療制度の整備や福祉施設の増設等のみではな く,雇用上の差別偏見の解消や,ピア・サポーター等の地域で精神障害のある人が 求められる職種の創出・充実化も重要と考えられる。広報等で啓発をするだけでな く,地域社会で精神障害のある人との協働の実体験を積ませることを通じて,精神 障害のある人が保護の対象ではなく,必要な存在として社会から求められる場が生 まれていけば,強制隔離政策の誤りを日本社会が実感することにもつながり,その ような側面から偏見解消を促進する道もあり得るだろう。 3 身近に精神障害のある人に触れる機会を政策的に展開する  日本では精神障害といえばタブー視され忌み嫌われやすい問題として捉えられが ちであるが,それは情報不足による誤解偏見である。精神疾患を発症した時に,当 事者,家族,周囲の者が誤解なく,これまでどおりの生活を継続できることが必要 である。ときに治療も受けながら,また状態に応じた合理的配慮も受けながら,社 会の中で包摂されて生活を維持できるようにするためには,正しい知識の共有と相 談したいときに相談できる先の確保が必須である。  精神障害に対する誤解や偏見を政策的に植え付けてきた日本であるからこそ,積 極的に正しい情報発信の拠点や相談機関を整備することが必要であり,人々が触れ やすく見えやすいように,そうしたセンター機能を有する拠点を,町の中心に設置 するべきである。精神疾患を発症しても,安心して,相談し,生活を維持する,そ のために必要な情報に適宜アクセスできる仕組みは,精神障害のある人が年々増加 して 419万人を超え,メンタルヘルスが社会問題化している日本において,また核 家族化等を背景に孤独を抱える人が増えている日本においては,あえて積極的に情 報発信と相談の場を設ける必要がある。  具体的には,町の中心に障害のある人もない人も集ってともにアクティビティな どを行えるような,また相談機能も有するような拠点が整備されるべきである。そ こにおいては,精神障害のある当事者が働き,実際に当事者体験を語り,アドバイ スを行う。こうした精神障害のある人に触れるセンター拠点設置は,精神障害のあ る人に対する差別偏見解消に向けた実効的施策と言えよう。 ― 191― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 第5節 尊厳被害の検証と尊厳回復に向けて 第1 精神障害のある人が被ってきた尊厳被害とその回復の必要性  精神衛生法から現行精神保健福祉法に続く,精神障害のある人だけを対象とした強 制入院制度を有する患者隔離法政策が生み出した被害実態の一片をここまで述べてき た。  強制入院による悲惨な人生被害であり,強制された非人道的な優生手術,ロボトミ ー手術であり,醜悪極まりない精神科スキャンダルの数々であり,これらによる精神 科医療施設入所 PTSDであり,法政策が地域に作出した差別偏見による平穏な社会 生活を阻害する被害であった。  本実行委員会はこれら被害と加害構造を,入院経験者に対するアンケート・インタ ビュー調査によって,さらには判例,文献,報道によって,あるいは,歴史的資料に よって,また 1998年以降展開したいわゆる「ハンセン病訴訟」を中心とした裁判資 料ならびに国が行った「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書」等によって確 認した。  甚大で未曽有のこれら人権侵害は,いずれも精神衛生法ないし精神保健福祉法の法 律と医療政策によるもの,すなわち,国が精神障害のある人の集団に対して,法律及 び医療政策を理由に強制隔離の対象としてきたことがもたらした個人の尊厳への侵害 であるから,国は責任を持って被害の総体と加害の社会的構造を検証し,その上で, 被害者全員の尊厳の回復及び再発防止等の措置を講じて,社会正義を回復しなければ ならない。 第2 「ハンセン病問題」の教訓  精神障害のある人の尊厳被害を検証し,回復し,再発防止策を定立するには,ハン セン病問題の教訓に学び,ハンセン病問題の解決を参考としなければならない。  ここで「ハンセン病問題」の解決への道のりについて,簡単に振り返る。  国は,1998年3月「らい予防法」を廃止し,2001年5月「らい予防法」違憲国家 賠償訴訟に敗訴し控訴できず確定させた。その上ハンセン病患者への隔離政策の誤り を認め,法的責任に基づいて,被害の賠償・補償,謝罪と名誉回復,再発防止と恒久 対策を行うことを約束し,総理大臣と厚生労働大臣は全国の地方紙を含む新聞主要 50紙に謝罪広告を掲載して謝罪し,2002年国の責任において「ハンセン病問題に関 する検証会議」を発足させて第三者による検証事業を行った。  この検証会議は,全国で被害実態調査を行い,被害の全面回復と是正すべき社会的 不正義を洗い出し,再発防止のための提言を行った 186。  この提言を受けて国は,2008年ハンセン病問題の解決の促進に関する法律 187を制 定したが,その前文は次のように記した。  「国の隔離政策により,ハンセン病の患者であった者等が地域社会において平穏に 生活することを妨げられ,身体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる人権 上の制限,差別等を受けたことについて,平成 13年6月,我々は悔悟と反省の念を ― 192― 第5節 尊厳被害の検証と尊厳回復に向けて 込めて深刻に受け止め,深くお詫びするとともに,『ハンセン病療養所入所者等に対 する補償金の支給等に関する法律』を制定し,その精神的苦痛の慰謝並びに名誉の回 復及び福祉の増進を図り,あわせて,死没者に対する追悼の意を表することとした。」 「しかしながら,国の隔離政策に起因してハンセン病の患者であった者等が受けた身 体及び財産に係る被害その他社会生活全般にわたる被害の回復には,未解決の問題が 多く残されている。とりわけ,ハンセン病の患者であった者等が,地域社会から孤立 することなく,良好かつ平穏な生活を営むことができるようにするための基盤整備は 喫緊の課題であり,適切な対策を講ずることが急がれており,また,ハンセン病の患 者であった者等に対する偏見と差別のない社会の実現に向けて,真摯に取り組んでい かなければならない。」と法律の目的を定めた。  さらに,同法律第1条(趣旨)は「ハンセン病問題」を「国によるハンセン病患者 に対する隔離政策に起因して生じた問題であって,ハンセン病の患者であった者等の 福祉の増進,名誉の回復等に関し現在もなお存在するもの」と定義した。  その上で,2011年厚生労働省の正門横に「らい予防法による被害者の名誉回復及 び追悼の碑」を設置し,以後毎年「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の 日」の式典を行い,再発防止のためのロードマップ会議を重ねて患者の権利基本法の 制定を決めた。  また,2016年最高裁判所及び最高検察庁は,ハンセン病を理由として刑事特別法 廷を設置運用したことが憲法の平等原則に違反することを認め,お詫びと再発防止を 約束した。  さらに,2019年家族による「らい予防法」違憲国家賠償訴訟判決を受けて,法務 省,文部科学省は厚生労働省の三省合同による検討会議を設置し,差別偏見を解消す るための検討を始めた。 第3 尊厳回復の法制度創設へ  ハンセン病と精神病とは異なる疾病であるが,戦前から公衆衛生上の強制権限行使 による患者隔離政策の対象疾患とされてきた。ハンセン病は感染症であり,精神病は そうではなく,治療法も違えば福祉のありようも違うが,本書冒頭で紹介したとお り,戦前以降「ハンセン氏病=癩病と精神病をめぐる一連の衛生行政の進展に共通し ていることは,その動機においては富国強兵・国家の対面,といった国家権力の側の 事情が先行しており,施行については警察行政に基礎を求めたことである。」とされ る 188。  その後,国は,基本的人権保障を定めた新憲法の下にありながら,これらの患者隔 離政策について,法的基盤をさらに強化して推進してきた。国は 1948年に精神衛生 法を,1953年に「らい予防法」を制定し,患者隔離政策の法的基盤を固め,1948年 に制定した優生保護法をこれに重ねて,患者隔離と優生手術を強制するための法的整 備を行い実施した。  このうち優生保護法と「らい予防法」は,1996年3月同時に廃止したが,精神衛 生法を引き継いだ精神保健福祉法は,廃止せず現在に及んでいる。  「らい予防法」については,前述したとおり国は,病歴者及び家族に未曽有の「人 ― 193― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 生被害」を与え,社会構造としての偏見差別を構築したことを認め,謝罪し検証し被 害の回復と再発防止を約束し,実行に移している。  精神障害のある人に対する法律と政策は,「らい予防法」と同じ加害構造をもっ て,同質の被害をもたらしてきた。いずれも,法律と医療政策をもって,期限のない 強制隔離政策の中で出口もなく歯止めもない強制施設の中で,優生手術やロボトミー 手術を強い,監禁室と同じ構造の隔離室での二重隔離と身体拘束を行い,差別偏見を 社会構造として作出した点を含めて,個人の尊厳に対する加害構造としても,また被 害の実態としても相似するものである。  先に紹介した国の「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書」は,「ハンセン 病及び精神疾患患者についての比較法制処遇史」において,その加害構造及び隔離被 害の相似性を指摘している(第 10p276〜281)。  本実行委員会において行った精神科病院への入院実態調査の結果も,「ハンセン病 問題」と同様の「精神障害問題」が存在することを裏付けた。  国は,精神疾患・障害のある人に対する患者隔離の法制度がもたらした,隔離被害 及び社会構造としての差別偏見の実態について,調査・検証するとともに,集団とし て侵害した尊厳と被害そして社会正義を回復させる法制度を創設する必要がある。 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) 第1 はじめに(現行の退院請求・処遇改善請求制度の概説)  本章ではこれまで,精神障害ある人の尊厳を確保するシステムとして,強制入院制 度の廃止,インフォームド・コンセントの保障,安心して利用できる医療福祉制度, 病床数削減と地域移行等を論じてきた。  本節では,現行法制度の下で精神科病院の入院者等に認められる権利救済の手段を 概説した上で,当該制度が抱える問題点,当該制度の不十分な利用実態等を考察し, あるべき権利擁護システムについて述べる。  以下にまず,現行の退院請求・処遇改善請求制度を概説する。 1 入院者等の権利  精神科病院に入院中の者又はその家族等(家族等がない場合又はその家族等の全 員がその意思を表示することができない場合には居住地の市町村長。以下「家族 等」という。)は,都道府県知事又は政令指定都市市長(以下「知事等」という。) に対して,以下のことを請求する権利がある(精神保健福祉法 38条の4)。これら 請求は,任意入院を含むいずれの入院形態の場合にも行使できる。 (1)退院請求  措置入院,緊急入院では退院させること,その他の入院では精神科病院の管理 者に対して退院させることを命じることを請求できる。なお,任意入院であって も退院請求が必要な場合があり得る 189。  退院を求める理由に特に制限はない。例えば,入院が不要な程度に病状が改善 されていることや入院手続に重大な違法性があることなどが理由として考えられ る。 ― 194― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) (2)処遇改善請求  精神科病院の管理者に対して,入院者に対する処遇の改善のために必要な措置 をとることを命じることを請求することができる。  処遇改善の対象は,通信・面会に関するもの,隔離・身体拘束に関するもの等 の行動制限だけでなく,精神障害のある人の人権保障の見地から看過できないも のを広く含み,閉鎖病棟から開放病棟への転棟,外出・外泊,所持品の制限,投 薬その他の治療上の問題点,作業療法を理由とした使役,職員や他の入院者によ るいじめ・暴力など多岐にわたる。 2 請求権者  退院・処遇改善請求を行うことができるのは,入院者本人と家族等である(法 38条の4)。弁護士は,入院者・家族等の代理人として請求を行うことが可能であ る。 3 請求の方法  知事等宛てに,入院者の住所・氏名・生年月日(請求人が入院者本人でない場合 はその者の住所・氏名・患者との続柄),請求の趣旨及び理由,請求年月日等を記 載して行うこととされる 190。退院請求と処遇改善を同時に行うことは差し支えな い。  なお,請求書の提出先は,精神保健福祉センターとされている(法6条2項3 号)。 4 精神医療審査会の審査 (1)精神医療審査会への通知等  知事等は,上記の請求を受けたときは,当該請求内容を精神医療審査会に通知 し,入院継続の必要性や処遇が適当かの審査を求める(法 38条の5第1項)。知 事等は,当該請求を受理した旨を請求者,当該患者,家族等及び病院管理者に通 知する。また,知事等は,審査会運営マニュアル等により,当該入院者に関する 資料として,請求受理後1年以内のものについて,措置入院時の診断書,医療保 護入院に関する届出,定期の報告,退院等の請求に関する資料等を合議体に提出 できるよう準備し,医療保護入院の同意が適正に行われているか,その届出が適 正に行われているかなどの手続的事項を事前にチェックするなどして審査の便宜 を図る。 (2)精神医療審査会による審査・通知  精神医療審査会は,知事等から上記審査を求められたときは,当該入院者につ き,その入院の必要があるか又はその処遇が適当であるかどうかに関して審査を 行い,その結果を知事等に通知しなければならない(法 38条の5第2項)。審査 に当たっては,原則として,請求者及び病院の管理者の意見を聴取しなければな らないとされる(法 38条の5第3項)。  審査会は,必要がある場合には,入院者の同意を得て委員が診察したり,入院 している病院の管理者その他関係者に報告を求めたり,出頭を命じて審問した り,カルテ等の記録の提出を命じることができる(法 38条の5第4項)。  具体的には,合議体の委員は,病院に出向くなどして当該入院者・請求者・病 ― 195― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 院管理者・家族等などに面接し意見聴取を行う(「現地意見聴取」と呼ばれる)。 また,各精神医療審査会運営マニュアルに基づいて請求者,病院管理者,若しく はこれらの代理人等は,合議体の審査の場に出席し意見を陳述することができ る。ただし,請求者が入院者本人の場合は合議体が必要がないと認めた場合には 制限されることがある。 (3)精神医療審査会の構成や審理方法等  精神医療審査会は,医療委員,法律家委員,保健福祉委員の3種類の資格者が おり,個別の審査案件は,委員5名の合議体により審査されることとなる。審査 にあたっては,請求者本人及び病院管理者から意見聴取をした上で審査されるこ とが原則とされ,退院等請求にかかる入院者の入院の必要性,又は処遇の適否を 審査し,審査結果を知事等に通知する。  なお,精神医療審査会に関する詳細(精神医療審査会が抱える諸問題含む)は 本節第2以下を参照されたい。 5 知事等による措置 (1)知事等は,通知を受けた審査結果に従い,請求に理由がある場合には,退院さ せ(措置入院・緊急措置入院の場合),又は精神科病院の管理者に対して退院を 命じ(その他の入院の場合),若しくは処遇改善に必要な措置を命じる(法 38条 の5第5項)。  また,知事等は,審査結果及びこれに基づきとった措置を請求者に通知する (法 38条の5第6項)。当該通知は,精神医療審査会運営マニュアル等におい て,請求を受理した時から概ね1か月以内に審査結果を通知するよう努めるもの とされている。 (2)なお,精神医療審査会による審査制度とは別に,厚生労働大臣又は知事等は, 入院中の者に対する処遇が精神保健福祉法の規定や基準に適合していないと認め られるときや,その他処遇が著しく適当でないと認めるときは,精神科病院の管 理者に対し,処遇改善のために必要な措置を講ずべき事項及び期限を示して,処 遇を確保するための改善計画を求め,若しくは提出された改善計画の変更を命 じ,又はその処遇改善のために必要な措置をとることを命じることができる(法 38条の7第1項)。  また,必要があると認めるときは,一定の手続を経て,精神科病院の管理者に 対し,その者の退院を命ずることもできる(法 38条の7第2項)。 第2 人権救済機関としての精神医療審査会の現状と課題 1 精神医療審査会制度の意義 (1)制度創設の背景  日本の精神医療審査会制度は,精神障害のある人の人権保障の強化を図った 1987年の精神衛生法から精神保健法への法改正で創設された。1984年に発覚し たいわゆる宇都宮病院事件を契機に,日本の精神科病院における深刻な人権侵害 状況が明らになり,国際調査団が来日した。特に精神科病院に強制的に入院させ られた患者が,人身の自由を奪われたにもかかわらず,その拘束が合法的かどう ― 196― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) かを遅滞なく審査してもらうことができない状況は,自由権規約9条4項に違反 すると強く非難された。こうした国内外の批判の高まりに応えて上記法改正が行 われ,その一環として精神医療審査会制度が創設された。 (2)本来的意義と法的性格  自由権規約9条4項は,「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は,裁判所 (court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑 留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように,裁判所におい て手続をとる権利を有する。」と規定する。日本の精神医療審査会が同規約条項 の裁判所(court)と言えるか,という問題がある。  一般に,courtは司法裁判所に限らず独立した第三者機関であれば足りる,と 解されている。1988年の国際法律家委員会第2次調査団の「結論及び勧告」も, 「このような裁判所は通常の裁判所である必要はなく,精神医療審査会に匹敵す る専門的なトライビューナル裁決機関であってもよいし,より正式にとらわれぬ 手続で運営されてもよい」と述べている。  なお,欧米では強制入院や行動制限の適否を審査する制度として二つの流れが ある。アメリカは司法機関である裁判所が審査するリーガルモデルである。イギ リスは精神科医療の専門家と一定の資格を有する非専門家とからなる一種の行政 委員会である精神保健審査会が審査するメディカルモデルである。日本はイギリ スの制度にならったと言われている。  よって,精神医療審査会(以下「審査会」という。)は,本来,精神障害のあ る人に対する不当な入院や処遇がないか独立した公正な第三者機関として審査す る準司法機関として導入されたというべきである。審査会の審査及びこれに対す る入院者の不服申立権は,事後的ではあるが,また純粋な司法機関ではないが, 人権を制約された精神障害のある人にとって不可欠の,適正手続の中核をなす権 利と言える。審査会は,後記の審査会運営マニュアルの基本理念において「精神 障害者の人権擁護の礎」と表現されている。現行制度上,入院中の精神障害のあ る人にとって最も重要な人権救済機関として創設されたものである。 (3)精神医療審査会の準司法機関としての実態  そこで重要なのが,審査会がその後 courtと評価するに足る準司法機関として の機能・役割を果たしてきたかである。  イギリスの精神保健審判は,法律家,精神科医,非専門家の三者から構成さ れ,法律家が議長を務めることや,全ての非自発的入院について,入院から 21 日以内に入院継続の妥当性を評価する聴聞会を入院先の病院で開催することが規 定され,またその審査結果に対して裁判所に提訴できるなど,準司法機関として の実質を備えている。日本の審査会も court足りうるためには,準司法機関とし ての機能・役割を果たすための人的構成,手続,運用が確保されているかが問わ れる。日本の審査会制度は,1987年の創設以降,行政からの独立性確保や機能 強化のための法改正が重ねられてきた。これは,立法者としても,審査会を court足りうる準司法機関と位置付けていることの表れと言える。  しかし,国連拷問禁止委員会は,2007年5月,日本政府に対する総括所見と ― 197― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) して,@民間の精神保健指定医による精神障害者の拘束への関与とA不服申立て に関する司法的監督の不備の2点について懸念を表明し,精神科医療施設におけ る拘束手続に対して司法による徹底したコントロールを確保すべきことを勧告し た。これに対し,日本政府は,2011年7月,精神保健福祉法に基づく制度を説 明した上で「現行法において十分に人権に配慮した手続が保障されている」と回 答した。しかし国連拷問禁止委員会は,2013年5月,第2回日本政府報告に対 する総括所見においても,「精神保健福祉法にもかかわらず」と明記した上で, 非自発的な強制医療が「非常に多数」かつ「非常に長期間」であることについて 懸念を表明し,「a非自発的治療と収容に対し効果的な司法的コントロールを確 立すること,及び,効果的な不服申立ての機構を確立すること,b外来及び地域 でのサービスを進め,収容されている患者数を減らすこと,c精神医療及び社会 的ケア施設を含む,自由の剥奪が行われるすべての場において,効果的な法的な セーフガードが守られること,d効果的な不服申立機構へのアクセスを強化する こと,e身体拘束と独居拘禁は避けられるべきであり,少なくとも,コントロー ルのための他のすべての代替手段が尽きた場合の最後の手段として,可能な限り 短い期間,厳しい医療的監督下において用いられ,こうした行為はすべて適切に 記録されること,fこうした拘束的な方法が過剰に使用され患者を傷つける結果 をもたらした場合には,効果的で公平な調査が行われること,g被害者に対して 救済と賠償が提供されること,h独立した監視機関がすべての精神医療施設に対 して定期的訪問を行うことを確保すること」の8項目にわたる詳細かつ具体的な 勧告をしている。a,c,d,eが審査会制度に関わる。  よって,審査会は,準司法機関としての機能・役割を十分に果たしてきたとは 到底言えない。論者によっては,これまでの法改正や厚生科学研究による活性化 のための提言等によって法制度上は問題が解消され,後は運用上の工夫によって 解決すべきであるとの見解もある。しかし,審査会の審査状況は後記3のとおり 入院者の人権救済機関として極めて不十分であり,これを運用上の問題とだけ評 価する見解はとても是認できない。国連拷問禁止委員会を始めとする厳しい国際 的評価を謙虚かつ真摯に受け止める必要がある。  以下,2において審査会制度の概要を,3において審査会の審査状況を述べた 上で,4において審査会が準司法機関としての機能・役割を十分に果たしてこな かった要因と考えられる制度上・手続上の問題点を明らかにする。 2 審査会制度の概要 (1)審査会の設置,事務局,業務内容  審査会は,都道府県及び政令指定都市(以下「都道府県等」という。)ごとに 設置される。  審査会の事務は,審査会の創設当初,都道府県等の精神保健の主管部局が行っ ていた。しかし,審査会の行政からの独立性を強化するために,2002年の法改 正で精神保健福祉センターが行うことになった。  審査会の業務内容は,@医療保護入院の入院届,措置入院及び医療保護入院の 各定期病状報告等に対する審査(以下「書類審査」という。)と,A入院者又は ― 198― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) その家族等から申し立てられた退院請求及び処遇改善請求に対する審査(以下 「退院等請求審査」という。)の二つに大きく分けられる。 (2)審査会の委員資格,合議体の委員構成等  審査会の委員には,医療委員,法律家委員,保健福祉委員の3種類の資格者が あり,都道府県知事及び政令指定都市市長(以下「知事等」という。)が任命 し,任期は2年である。  医療委員は精神保健指定医に限られる。法律家委員は裁判官,検察官,弁護 士,5年以上の法律学の大学教授又は准教授から任命される。保健福祉委員は, 従来,「その他の学識経験を有する」有識者委員であったが,2013年の法改正 で,退院支援の観点も加味した審査を期待して,「精神障害者の保健又は福祉に 関し学識経験を有する者」に変更された。  具体的な審査案件は,審査会が指名する5人の委員の合議体で審査される。こ の法律上の合議体のことを審査会と呼ぶことも多い。合議体の数は,1999年の 法改正で,15人以下としていた委員数の規定が削除されたことによって制限が なくなり,各都道府県等の審査業務量等に応じた裁量に委ねられている(2020 年度では最小1から最大8まで)。  合議体の5人の委員構成は,医療委員2人以上,法律家委員1人以上,保健福 祉委員1人以上と規定されている。 (3)審査会の運営等  審査会の運営について,法 15条は基本事項を政令に委ねている。  精神保健福祉法の施行令2条は,審査会及び合議体には長を置き,委員の互選 によること,合議体の開催要件は医療委員,法律家委員,保健福祉委員がそれぞ れ1人出席すること,議決要件は出席委員の過半数であること等を規定した上 で,その他の事項は審査会が定めると規定している。  しかし,厚労省が 2000年に精神医療審査会運営マニュアル(以下「審査会マ ニュアル」という。)を作成し,厚労大臣官房通知として全国の都道府県等に通 知しており,これに倣って定めている審査会が少なくない。 (4)合議体の審査手続 @ 書類審査の手続  書類審査の対象は,医療保護入院者の入院届と 12か月ごとの定期病状報 告,及び,措置入院者の6か月ごと(最初の半年間は3か月ごと)の定期病状 報告である。これらの報告書は,病院から最寄りの保健所長を経て知事等に提 出され,知事等は,全件,審査会の審査を求めなければならない。その他,一 定基準による任意入院者の病状報告も書類審査の対象になるとされており,知 事等が審査を求めるかどうかは任意となっている。  審査会は,各報告書の入院者についての入院の必要性を審査し,審査結果を 知事等に通知する。  審査の方法は,合議体が必要と認めるときに,入院者の意見聴取,医療委員 による診察,病院管理者その他関係者の意見聴取,診療録等の提出を求め,あ るいは出頭させて審問することができる。 ― 199― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) A 退院等請求審査の手続  退院等請求審査の対象は,入院者又は家族等から知事等に対する退院請求及 び処遇改善請求である。これらの請求があった場合,知事等は,全件,審査会 の審査を求めなければならない。  審査会は,退院等請求にかかる入院者の入院の必要性,又は処遇の適否を審 査し,審査結果を知事等に通知する。  審査の方法は,書類審査と違い,請求者及び病院管理者から意見聴取するこ とを原則とし,例外的に合議体が必要ないと特に認めたときは意見聴取を省略 できるとしている。その例として審査会マニュアルは,請求の受理から過去6 か月以内に意見聴取を行い重ねて意見聴取を行う必要が乏しいときを挙げてい る。また 2014年の審査会マニュアル改正で,退院等請求における意見聴取の 方法について,意見書の提出で済まさず,医療委員を少なくとも1名含む2名 以上の審査委員による面接(以下「現地意見聴取」という。)を原則とするこ ととされた。  その他の審査方法,すなわち,合議体が必要と認めるときにその他の者から 意見聴取をする等の手続は書類審査と同じである。 B 審査会マニュアルによる手続  以上の法律上の規定の下で,審査会マニュアルがさらに詳細に審査手続を規 定している。以下に重要な点を列挙する。  合議体の審査は非公開である。ただし,審査結果が報告された後は,精神障 害のある人の個人情報以外の合議体資料については公開が原則とされている。  審査期間は,退院等請求の受理から結果通知まで原則概ね1か月,やむを得 ない事情がある場合でも概ね3か月とされている。  代理人活動と関係する重要な点としては,請求者が患者である場合の弁護士 代理人には合議体での意見陳述権が認められ,そのために必要とする合議体資 料の開示請求権がある。 (5)審査会の審査結果  審査会が,書類審査又は退院請求の審査の結果,入院の必要性がないと認めた ときは,知事等は,「退院させ,又は病院管理者に退院させることを命じなけれ ばならない」。ここで「退院させ」とは,措置入院の場合に,知事等が自らの措 置権限に基づき退院させる趣旨である。これに対し,「退院させることを命じ る」とは,医療保護入院の場合に,強制入院させた病院管理者に対して退院命令 を出す趣旨である。  また,審査会が,処遇改善請求の審査の結果,処遇が不適当と認めたときは, 知事等は,「その者の処遇の改善のために必要な措置をとることを命じなければ ならない」。  よって,いずれの場合も,法律上,知事等は審査会の審査結果に拘束される規 定となっている。 3 審査会の審査状況と問題点  審査会が準司法機関としての機能・役割を果たしてこなかったと評価すべき一番 ― 200― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) の問題点は,書類審査における著しい形骸化と,退院等請求審査における申立件数 の少なさ及び認容率の低さである。 (1)書類審査の審査状況 @ 合議体数に比し圧倒的に多い審査件数と審査の著しい形骸化  衛生行政報告例によれば,2017年度の書類審査件数は全国合計 27万 6810 件で,1997年度 14万 7179件から 20年で倍増した。  精神保健福祉資料によれば,2017年度,全国 67の審査会の合計 219の合議 体の年間開催数は 1759回と報告されている。平均すると,合議体は1回の開 催で 207.2件の書類審査をしていることになる。  2000年度の書類審査件数は 18万 3327件で,全国 59の審査会の合計 158の 合議体の年間開催数のデータはないが,2017年度と同じく各合議体が年8回 開催されたとすると年間開催数は 1264回となり,合議体は1回の開催で 145.0 件の書類審査をしたことになる。  こうした膨大な審査案件に対応するため,事前に委員が分担して報告書の内 容を検討し,特に問題のあった報告書について合議体で審査し判断するという 方法がとられている。本来,書類審査の目的は,各報告書の入院者についての 入院の必要性であるが,実際には,各報告書における「現在の病状」「医療保 護の必要性」「今後の治療方針」欄等における記載不備を審査し,訂正の上再 提出させることに主眼が置かれている。2013年の法改正において,医療保護 入院の入院届に推定入院期間を記載した入院診療計画を添付させることとし, 推定入院期間を過ぎる入院継続は退院支援委員会の審議を要し,その審議記録 を定期病状報告に添付させるといった改正がなされた。しかし,書類審査が記 載の不備を訂正させるだけの運用に変わりなければ,退院促進につながらな い。  合議体は,上述したように,必要と認めるときに関係者の意見聴取等をする ことができるが,実際に意見聴取を行った例はほとんど聞かない。 A 入院の必要性が否定される案件が皆無に等しいこと  上記のような審査の著しい形骸化の結果,入院又は現在の入院形態が不適当 と判断された案件は,上記 2017年度の書類審査 27万 6810件のうち 12件 (0.004%)に過ぎない。  ちなみに,1992年の医療保護入院の定期病状報告による審査件数 10万 1533 件のうち,退院適当と判断されたのが1件(0.00098%)のみであった。こう した審査結果に対し,欧米研究者が「日本以外の国でこのようなことがあれ ば,押えきれない大騒動の原因となったであろう」と批判した。上記 2000年 度の書類審査でも,医療保護入院の定期病状報告による審査件数6万 8484件 のうち,退院適当が2件(0.0029%)のみであった(他の入院形態への移行適 当が 20件:0.029%)。こうした実態は現在も変わっていない。  退院請求の審査は,入院者からの申立てを待っての個別的な人権救済機能し か持ち得ない。2017年時点でも5万人いると言われる社会的入院の解消を初 めとする構造的に過剰な入院を減少させるには,審査件数の多い書類審査を実 ― 201― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 質的に審査する運用に変えて退院促進に結びつける必要がある。 B 著しい形骸化の要因と改善策  書類審査が,入院の必要性を審査する建前になっているにもかかわらず,上 記のように著しく形骸化している要因は,膨大な件数を処理する人員体制が整 備されていない点にある。書類審査件数の直近 10年の変化は次のとおりであ る。 書類審査件数の推移2008年度2017年度増減率 合計 229,195 276,81021% 医療保護入院届(件数) 138,727 190,22237%  内 同定期病状報告(件数) 87,063 84,840△ 3% 訳 措置入院定期病状報告(件数) 3,240 1,748△46% 任意入院定期病状報告(件数) 165 0△100% (参考)新規措置置入院者(人数) 5,524 7,01727% 出典:衛生行政報告例(平成 20年度・平成 29年度)を基に本実行委員会において作成 (2)退院等請求審査の審査状況 @ 申立件数の少なさ  衛生行政報告例によれば,2017年度の全国の退院等請求の審査件数は 3229 件で,1997年度 1018件から 20年で3倍に増加した。  これを請求件数ベースで見るとともに,直近 10年の変化として 2008年度と 比較すると次のとおりである。 2017年度の退院等請求件数(対 2008年度増減率) 合計(増減率) 退院請求(増減率) 処遇改善請求(増減率) 4,344 49% 3,735 45% 609 80% 医療保護入院(件数) 3,040 46% 522 100% 措置入院(件数) 676 46% 68 51%  内 任意入院(件数) 18 △22% 19 △37% その他(不明等)(件数) 訳 1 △67% 0 △100% 出典:衛生行政報告例(平成 20年度・平成 29年度)を基に本実行委員会において作成 ― 202― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) (参考) 2017年度の在院者数(対 2008年度増減率)と退院等請求件 退院請求 処遇改善請求 数の割合 全存院者(人数) 284,172 △ 9% 1.3% 0.2% 医療保護入院(人数) 130,360 4% 2.3% 0.4% 措置入院(人数) 1,621 △10% 41.7% 4.2% 任意入院(人数) 150,722 △18% 0.01% 0.01% 同年度の新規強制入院数(対 2008年度増減率)と上記請求件数の割合 退院請求 処遇改善請求 医療保護入院届(人数) 190,222 37% 1.6% 0.3% 新規措置入院届(人数) 7,017 27% 9.6% 0.97% 内 訳 出典:衛生行政報告例(平成 20年度・平成 29年度)及び精神保健福祉資料(同年度)を基に本 実行委員会において作成  医療保護入院からの退院請求件数の比率 2.3%は,国際水準に比べ異常に長 い入院期間に照らせば低すぎる。  ちなみに,2012年厚生科学研究「入院患者の権利擁護に関する研究」によ れば,イギリスでは,2011年の非自発的入院は 2057件であり,その内,1771 件86.1%に精神保健委員会の聴聞が行われた。  また,処遇改善請求件数の比率も,隔離・身体拘束が多く,任意入院の閉鎖 処遇が多い日本の現状において,やはり低すぎる。 A 認容率の低さ  退院等請求の審査結果の 2015年度から 2018年度の数値(審査請求件数でな く審査件数を母数とする)は次のとおりである。 退院等請求の審査結果の推移2015年度2016年度2017年度2018年度 退院請求 原形態継続 形態変更 91.7% 4.0% 92.4% 4.1% 77.4% 3.7% 91.8% 4.6% 退院勧告1.2%1.3%1.0%2.0% その他0.6%0.1%0.3%1.6% 取下・要件消失29.6%29.1%データなし28.3% 処遇改善請求 現状継続 改善勧告 その他 88.6% 0.7% 0.7% 91.5% 5.6% 0.5% 78.1% 5.3% データなし 88.0% 6.3% 5.7% 取下・要件消失32.0%32.0%データなし27.8% 出典:精神保健福祉資料(平成 27年度〜平成 30年度)を基に本実行委員会において作成 ※なお 2017年度の現形態継続と 2015年度の改善勧告は異常値と思われる。 ― 203― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  退院請求審査における形態変更と退院勧告の合計は概ね5%台で,処遇改善 請求審査における処遇改善も5%台であったのが,2018年度,前者は 6.6% に,後者は6.3%に増加し,今後の動向が注視される。  2001年度の厚生科学研究「人権擁護のための精神医療審査会の活性化に関 する研究」は,当時,退院請求が1%程度しか通らない状況について,「臨床 的に見て明らかに不当な非自発的入院が横行していないという現状を反映した 妥当な数字である。」と評した。しかし,2004年の厚労省の改革ビジョンが, 受入条件が整えば退院可能な者が約7万人いると指摘したことに照らすと,余 りに現状追認的な評価と言うべきである。  退院請求と処遇改善請求のいずれにおいても,取下げで終了した案件の中 に,退院や他の入院形態に移行できたり,処遇が改善されたりして取り下げら れた案件が含まれている。  なお,2018年度の退院請求の審査期間(請求の受理から結果通知までの日 数)は 33.6日,処遇改善請求の審査期間は 37.2日となっている。平均を大き く超える審査会は,運用の見直し又は合議体の増設等を検討する必要がある。 B 要因と改善策退院等請求の申立件数が少ない要因としては,まず退院等請求 権の権利告知が不十分な点を挙げられる。権利告知は,その旨を記載した「お 知らせ」という文書を入院者に交付することで告知したとされることが少なく ない。文書には,不明な点,納得のいかない点は病院の職員に申し出,それで もなお入院や処遇に納得のいかない場合には「退院や病院の処遇の改善を指示 するよう,知事等に請求することができます。」と記載されている。そのた め,病院職員との間の権力関係に支配されている入院者にとっては,病院の職 員にまず申し出る必要があると誤解し,権利として認識できなかったり,病院 関係者と同様に結果を期待できない手段と思い込んでしまったりする可能性が ある。また,強制入院の場合,「お知らせ」の文書は入院者の混乱した精神状 況の下で交付されるため,文書の内容を確認しないまま廃棄されることも考え られる。  さらに,入院者が退院等請求権を自分で行使することは容易でないことか ら,権利告知は,入院者の弁護士選任権の告知とともになすことが必要であ る。そして,入院者の弁護士選任権を実効あらしめるには,簡易迅速かつ費用 負担の心配をせずに弁護士にアクセスできる制度が不可欠であり,その情報提 供も権利告知とともになすことが効果的である。ところが,法律上,弁護士選 任権を明記した条項はなく,審査会マニュアルに,入院者に対する現地意見聴 取時に弁護士選任権を告知すべきことが規定されているのみである。しかし, 効果的な弁護士活動のためには,遅くとも退院等請求の申立ての段階で告知す る必要がある。  さらに告知の際,弁護士会等の援助制度についても情報提供すべきか否かと いう問題がある。基本的には,各審査会の運用に委ねられるべき事項である が,入院者の弁護士選任権を真に保障するためには,簡易迅速かつ費用負担の 心配のない弁護士相談制度について情報提供する配慮の必要性が高い。刑事当 ― 204― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) 番弁護士制度が全国的に普及した一つの要因は,裁判所が勾留質問の際に当番 弁護士制度を被勾留者に告知するようになったことである。審査会が本人申立 てをした入院者に,精神保健当番弁護士制度等の存在及び連絡先を告知すれ ば,大きな出動実績につながることが期待できる。  認容率が低い要因としては,後記4に記載する審査会の制度上・運用上の問 題点,中でも審査委員の構成が公正でないこと,当事者の権利保障が十分でな いこと,審査基準が広汎かつ明確性を欠くこと,審査方針が厳格性・積極性を 欠くこと等が重要である。 4 準司法機関としての制度上・運用上の問題点  以下に,審査会の制度上・手続上の問題点を,主として 91年国連原則と比較し て検討する。 (1)独立性が十分でないこと  91年国連原則17.1は,審査機関は司法的又はその他の独立した公正な機関で あるべきことを規定している。  審査会は,独立した審査が担保されており,一応,独立した第三者機関だとさ れている。その理由として,@委員の構成が行政の職員ではない外部の医師,法 律家,学識経験者とされていること,A措置入院及び医療保護入院の非自発的入 院者全ての定期病状報告を審査する仕組みになっていること,B審査会の審査結 果に基づいて知事等は退院命令等の必要な措置を採らなければならないことが挙 げられている。審査会マニュアルも,「精神医療審査会は,精神障害者の人権擁 護の礎として,委員の学識経験に基づき独立して,かつ積極的にその職務を行 う」と明記している。上記のとおり,事務局を精神保健センターに移行したこと で,独立性が強化されたとされる。  確かに,個々の審査案件が行政から圧力等を受けたという事例は聞かない。  しかし,上記Bの点について,措置入院の解除を除く現状を変更する審査結果 の場合に,知事等が直ちに命令を出さず,一旦審査会の審査結果の通知という形 式で病院管理者に任意に審査結果に沿った措置を促し,これに従わない場合に初 めて命令を出す運用が見受けられる。こうした運用の場合,通知と命令の期間を どの程度とするかについて,知事等の恣意的裁量を許すことになる。その期間が 長くなると,命令の前提となる入院者の症状等が変化したとして病院管理者が命 令に従わない口実に利用される弊害も生じる。よって,運用の改善が必要であ る。  また,事務局が精神保健福祉センターに移行されても,同センターの職員が都 道府県等の職員と定期的に人事異動が行われることによって,主管部局の外部組 織化してしまうおそれがある。審査会の運営上の問題について,対応を主管部局 に伺いを立て,その指示に従うようになる。例えば,後述のとおり,弁護士代理 人からの審査会資料の開示請求に対し,審査会事務局が主管部局の判断に従って 個人情報保護条例の規制の範囲内でしか資料開示を認めないのは,準司法機関と しての存立を自ら否定するに等しい運用である。よって,審査会の独立性を真に 確保するためには,事務局の更なる改革が必要である。 ― 205― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) (2)審査委員の構成が公正でないこと  合議体の5人の委員の構成について,従前は医療委員3人,法律家委員1人, 有識者委員1人であった。2005年改正は,医療委員を2人以上とし,5人目の 委員をどの資格者から構成するか,各審査会の裁量に委ねた。これは,医療委員 3人で過半数を構成すると,精神科医同士による同輩審査のために主治医の判断 を尊重あるいはやむを得ないと現状を追認する傾向が出るのではないか,そうい う危惧を制度的に払拭したものである。医療委員3人で常に過半数を取れる構成 よりも,医療委員を2人とし他の委員3人の内1人を医療の立場から説得して過 半数を獲得させる方がやはり公正であり,議論も活性化する。  しかしこの改正が活用された例は少なく,ほとんどの審査会が従前の医療委員 3人の構成のままになっている。2019年度厚生科学研究による全国の審査会に 対する「弁護士代理人による退院等請求活動に関する調査」(以下「弁護士代理 人調査」という。)によれば,医療委員の数に関する設問に対して回答のあった 60会中,合議体の一つについてでも導入した会は9会にとどまっている。逆に 導入に消極的な会は 60%に上っており,その理由としては,医療委員の負担の 増加(現地意見聴取は医療委員と他の委員のペアで実施するところ,従前は案件 の3分の1を分担していたのが2分の1を分担することになる)等が挙げられて いる。  加えて,合議体の委員構成は,審査会の指名によるが,実際的には知事等によ って任命された審査委員の中から指名するので,合議体の委員構成に対する知事 等の考え方に基づいて指名せざるを得ない。そのため,都道府県等の主管部局と 精神科病院等との精神保健行政上の関係性によって影響を受けることとなる。こ こに,審査会の独立性が十分でないこととも相俟って,審査会の公正さに対する 重大な疑義が拭えない現実がある。  よって,改正の趣旨に沿った運用の普及が必要である。  その他,法律家委員を弁護士,検察官,裁判官等のどの資格から選任するかに ついても,考慮すべき点がある。保健福祉委員についても同様である。 (3)全ての強制入院後の速やかな審査が確保されていないこと  91年国連原則16.2は,非自発的入院等の事実と理由が迅速かつ詳細に審査機 関に伝達されると規定する。  しかし,措置入院の場合,医療保護入院のような入院届の制度(入院から 10 日以内に入院届の提出を要する)がなく,3か月後の定期病状報告によって初め て審査に付されるに過ぎない。日本における3か月未満の退院率が 58%という 数値(措置入院に限っても認知症を除くと54%という報告がある)に照らせば, 措置入院者の半数以上が審査を受けずに退院していることになる。これでは,準 司法機関による事後的審査制度を設けた趣旨が没却されてしまう。人口当たりの 新規措置入院者数の割合が県別で 10倍以上の差があると指摘される地域間隔差 も是正しようがない。  よって,措置入院についても入院届制度を導入して審査会が入院の必要性を審 査する法改正が必要である。なお,2016年7月に発生したいわゆる相模原連続 ― 206― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) 殺傷事件を契機に法案が提出され廃案になった 2017年改正案にはこの改正点が 含まれ,この点に限っては積極評価できた。 (4)最初の強制入院の期間が限定されていないこと  91年国連原則 16.2は,「非自発的入院等は,当初は,審査機関による審査を 待つ間の,観察及び予備的な治療を行うための短い期間に限られる」と規定して いる。これを受けて 91年国連原則 17.2は「最初の審査は,入院等の決定後可 能な限り速やかに実施され,簡単かつ迅速な手続に従って行われる」と規定して いる。イギリスでは,当初の入院は,評価のための入院として最長 28日間に限 定されている。  しかし,日本の強制入院には当初の入院でも期間の限定はない。そして,措置 入院の場合は3か月間,審査を受けない状況がまかり通っている。 (5)審査手続において当事者の適正手続上の権利保障が十分でないこと  審査会の機能不全の要因の一つとして,審査手続において当事者の適正手続上 の権利保障が十分でないことが挙げられる。国選弁護人の制度が保障されず,手 続上の患者・弁護人の当事者としての権利も不十分で,その立証活動が審査会の 職権を促すことしかできない。その結果,当事者の適正手続上の権利保障が十分 でないだけでなく,審査手続に対する当事者関与による監視機能が働かず,手続 が惰性に陥っても是正されず,審理も活性化しない。  以下の審査手続全般にわたって,制度又は運用の改善が必要である。 @ 弁護人選任権の保障について  91年国連原則18.1は,患者は審査手続において弁護人を選任し,資力が不 十分な場合は無償で弁護人を利用できると規定する。精神保健福祉法の下で弁 護士との電話・面会交通が制限できないとされるのは,弁護人選任権を当然の 前提として認めていると解釈できるが,無償の国選弁護人の制度はない。こう した点については,項を改めて後述する。 A 証拠提出及び関係者に対する現地意見聴取請求の権利について  91年国連原則18.3〜6は,患者及び弁護人に対し,証言や書証等の証拠提 出権と聴聞手続への出席権を認めている。また,提出された資料等の謄写権と 特定の者に聴聞への出席を求める権利を原則的に認めている。例外として,患 者の健康に重大な害を及ぼし,又は他の人の安全に危険を及ぼすと判断される 場合には,患者本人の権利は制限されるが,弁護人の権利は制限されない。裁 判であれば,証拠の収集・提出権や記録の閲覧謄写権は,当事者として当然の 基本的権利である。  ところが,審査会においては,上記のとおり,合議体が必要性を認めない と,請求者でない患者や家族らに対する意見聴取は行われない。医療委員によ る診察,カルテ等の提出,審問等も行われない。これは,入院者や代理人弁護 士からすると,審査手続において証拠の収集・提出が権利として認められてい ないことを意味する。合議体が必要と認めて収集した結果を利用するか,その 職権発動を促すことしかできないのである。  確かに,上述した 2014年の審査会マニュアルの改正により,退院等請求の ― 207― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 審査手続においては,入院者・病院管理者・その他関係者に対する現地意見聴 取が行われる運用が進んだ。しかし,2020年度の精神保健福祉資料によれば, 2019年度の面談による意見聴取は未だ 73%にとどまっている。また,意見聴 取の例外として合議体が意見聴取の必要が乏しいと定型的に判断する事案にお いては,弁護士代理人が現地意見聴取を求めても退けられたり,その他関係者 である家族や PSWなどが意見聴取の対象から外されたりする事例がある。な お,過去6か月以内の意見聴取という基準は,入院期間が1年未満の入院者の 場合,1年内の退院率(3か月未満 58%,6か月未満 81%,1年未満 88%) や欧米の平均的入院期間の水準に照らせば,長すぎるという問題もある。  いずれにしても,証拠の収集・提出権等の権利が保障されない審査会手続 は,適正手続に反し,準司法機関としての審査会制度の重大な欠陥である。後 記B及びCの問題が派生する原因でもある。 B 合議体が審査の対象とした全ての資料の閲覧・謄写の権利について  上記のとおり,審査会マニュアルは,弁護士代理人に合議体資料の開示請求 権を認めている。ところが,上記の弁護士代理人調査によれば,合議体資料に 病院管理者や家族からの情報が含まれる場合,それらの情報に個人情報保護条 例の規制が及ぶので,それらの者の同意がなければ開示できないという運用を している審査会が多い。  しかし,審査会マニュアルが弁護士代理人に資料開示請求権を認めた趣旨 は,審査会を準司法機関として位置付け,代理人の資料開示請求権は,適正手 続上,当事者にとって当然の基本的権利であると認めたものである。開示請求 者が弁護士代理人に限定されているのは,守秘義務との関係でも問題がないと 承認されたものである。そもそも準司法機関に対して審査のために提出された 資料を弁護士代理人が開示請求することは,その情報本来の目的に適った利用 である。これを行政機関が保有する個人情報の第三者への提供と同一視して制 限するという解釈運用は是認できない。なお,弁護士代理人調査においても, 全て開示するという審査会が少数ながらあった。 C 現地意見聴取手続への出席・参加の権利について  審査会マニュアルは,審査会が入院者本人に対して現地意見聴取する場合の 代理人の立会権を明記している。ところが,本人以外の病院管理者や家族等に 対する意見聴取の場合の立会権については規定がないため,弁護士代理人調査 によれば,過半数の審査会が弁護士代理人の立会を認めず,立会を認める場合 も病院管理者や家族等の同意を条件とする審査会が多い。  しかし,91年国連原則の聴聞立会権の保障の観点からは,病院管理者や家 族等に対する意見聴取についても立会権を認めるべきである。審査会マニュア ルの解釈としても,弁護士代理人には審査会への意見陳述権が保障され,資料 開示請求権と聴聞立会権はこれを実効あらしめる不可欠の権利として同様に保 障されていると解すべきである。なお,弁護士代理人調査においても,立会を 無条件で認める審査会が少数ながらあった。  病院管理者や家族等から聴聞した資料も弁護士代理人からの資料開示請求の ― 208― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) 対象となり,やはり開示についての同意の問題が生じる。 D (関連)入院先病院の診療録に対する迅速な開示請求権について  審査会制度の問題ではないが,これに密接に関係する問題として,審査請求 の弁護士代理人の病院に対するカルテ開示請求権の確立も重要である。91年 国連原則では 19条に情報へのアクセスとして規定されている。  従前は,弁護士代理人が入院者の同意書を提示すれば比較的速やかに開示を 受けられた。ところが,厚労省が精神科を含む医療機関全般を対象とするカル テ開示に関するガイドラインを制定した結果,医療機関はカルテ開示の審査委 員会を作り,その判断に基づいて開示するようになった。その審査委員会は月 に1回か2回開催されるだけなので,弁護士代理人が入院者に面会に行ったつ いでにカルテを閲覧し,必要な部分を謄写申請するといった柔軟な運用ができ ず,閲覧謄写までに1月ほど要してしまう問題が生じている。また,ガイドラ インでは「第三者の利益を害するおそれがあるとき」や「患者本人の心身の状 況を著しく損なうおそれがあるとき」は開示を拒否できるとされている。しか し,91年国連原則 19は,そうした本人に開示されない場合にも弁護人等には 開示されるべきことを規定している。審査委員会が 91年国連原則への理解が ないまま不開示と判断する問題も生じかねない。 (6)本人の手続参加が不十分であること  審査会マニュアルは,請求者,病院管理者若しくはその代理人及び合議体が認 めたその他の者に,審査会の合議の場での意見陳述を認めている。しかし,請求 者が当該患者の場合,弁護士代理人には必ず意見陳述の機会を与えなければなら ないとしているのに対し,患者本人については,現地意見聴取により十分意見が 把握できており,合議体が意見聴取する必要がないと認めたときには意見聴取の 機会を与えなくてもよい規定となっている。  弁護士代理人調査の結果によれば,この規定に基づいて原則患者本人の意見陳 述を認めない審査会と,広く認める審査会がほぼ半数ずつに分かれた。 (7)審査基準・審査方針における問題 @ 審査基準(強制入院の実体要件)が広汎かつ明確性を欠くこと  以上,審査会が入院中の精神障害のある人の人権救済機関として十分に機能 するための,制度上及び手続上の問題について述べてきたが,審査の基準を 91年国連原則 16に照らした解釈によって厳格化・明確化することも,手続に 劣らず重要である。精神保健福祉法上の強制入院の実体要件そのものが広汎な 上に明確性を欠いているという問題があるからである。  詳しくは前記第1節第2の1の入院要件の厳格化において指摘されたとおり であり,措置入院の「自傷他害のおそれ」について,その即時性又は切迫性を 要件とし,他害行為について,軽微な法益侵害行為は除外すべきである。ま た,医療保護入院について,強制によらないで全ての支援を尽くしているこ と,現に重篤な精神疾患があり,入院治療によれば症状が改善することが高度 の蓋然性を持って認められること,入院治療より制限的でない他の代替手段が 存在しないこと,を要件とすべきである。 ― 209― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  審査会は,こうした要件厳格化の法改正を待つことなく,91年国連原則等 に照らしたあるべき解釈として,これらの要件を解釈上加えて判断する運用が 望まれる。  なお,医療保護入院の要件について,従来,保護者が入院の同意を撤回すれ ば入院を継続できないと解釈・運用されてきたにもかかわらず,厚労省は 2013年改正を契機に,医療保護入院における同意は入院させる時の要件であ って入院継続の要件ではないから,同意の撤回があっても入院を継続できると 説明するようになった。これは医療保護入院の同意の法的意義を変え,医療保 護入院という人権制約状態の終了を難しくする重大かつ不当な解釈の変更であ る。よって,審査会としては,従前の解釈・運用を維持し,審査の結果,医療 保護入院に同意した家族が同意を撤回した事実が認められたときは,医療保護 入院の継続を認めない運用が望まれる。 A 審査の積極性  さらに,審査会が入院中の精神障害のある人の人権救済機関としての役割を 真に果たすためには,審査基準を厳格化するだけでなく,審査方針としても, 審査基準に適合しない入院に対し,現状追認ではなく,退院促進に向けた審査 結果を積極的に出す姿勢が必要である。審査会マニュアルも「人権擁護の礎と して・・積極的にその職務を行う」と規定している。日本の精神科医療の最大 の問題は入院中心主義からの転換が遅れている点である。その根本原因が財源 を伴う実効性ある政策が実施されていない点にあるとしても,個々の入院者の 退院が促進されない点については,審査会が退院促進に向けた積極性に欠ける 点も要因になっていると考えられる。 B リーガルモデル・メディカルモデルとの関係  審査の厳格性ないし積極性に関し,上記1(2)で述べた審査会の法的性格 との関係で,日本の制度はメディカルモデルだから医療的裁量を広く認めるべ きだという見解があり得るが,以下の理由から是認できない。  確かに,精神科医療の法制について,主として精神障害のある人に対する医 療・保護等の処遇を判断する手続に関する理念型として,リーガルモデルが, 裁判所等の司法手続によって強制医療の要件を厳格に認定し判断する制度であ るのに対し,メディカルモデルは,法の介入をできるだけ排除してあくまでも 医療の一環として行政手続によって簡易迅速に判断する制度である。よって, メディカルモデルは,医師の裁量を広く認めようとする立場である。そして, 日本の強制入院制度は,一次的には医師のみの判断で強制入院を許す点で明ら かにメディカルモデルであり,審査会もメディカルモデルに近い制度である。  しかし,21世紀の今日,精神障害のある人ないしは入院者の人権を医療の 必要性という医師の裁量によって広範に制限する解釈は到底是認できない。リ ーガルモデルとメディカルモデルは,あくまでも理念型の対立であり,かつ, 主として強制入院の手続における理念型である。よって,強制入院の要件の認 定においては,措置入院はもちろんのこと,医療保護入院についても,医師の 裁量を制限し,医師自身による適正手続の理念に適った厳格な判断を要請すべ ― 210― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) きである。さらに審査会においては,医療委員だけでなく法律家委員及び保健 福祉委員の判断も踏まえた厳格かつ積極的な審査がなされるべきである。 (8)審査結果の理由記載が十分でないこと  審査会マニュアルにおいては,審査会が書類審査又は退院請求審査に対する審 査結果を知事等に通知する場合に,理由(書類審査の場合は理由の要旨)を付す ものと規定している。現状では,請求を棄却する理由として,単に病状によるな どと記載されているだけのものが少なくない。  しかし,強制入院を継続する場合はもちろんのこと,処遇を適当と認める場合 も含めて入院者に不利益な判断をする場合には,法律上の要件該当性について, 具体的事実に基づく十分な判断理由を記載すべきである。具体的な理由を記載す ることは,審査結果の正当性を明確にするだけでなく,入院者本人を納得させ, 退院に向けて何が必要なのかを説示することになる。後に再度の退院請求があっ た場合にも,その審査において退院の可否を判断する有意義な資料となり,全体 として退院促進に資することになる。後述の上級審査会の制度が創設された場合 は,審査の対象となる当初の審査会の判断理由を明確にすることが不可欠であ る。 (9)事案に則した柔軟な審査 @ 審査結果の通知のバリエーション  上記のとおり,書類審査又は退院請求審査の場合,法律上,審査会は入院の 必要性を審査し,その審査結果を知事等に通知し,知事等は通知された結果に 基づき,退院させ,又は病院管理者に退院を命じることとなっている。  しかし,審査会マニュアルは,審査結果を知事等に通知する内容として,さ らに詳しいバリエーションを設けている。すなわち,退院請求審査の場合,@ 引き続き現在の入院形態での入院が適当と認められること,A他の入院形態へ の移行が適当と認められること,B合議体が定める期間内に他の入院形態へ移 行することが適当と認められること,C入院の継続は適当でないこと,D合議 体が退院の請求を認めない場合であっても当該請求の処遇に関し適当でない事 項があるときは,その処遇内容が適当でないこと,と規定している。さらに書 類審査の場合,以上に対応する事項に加えて,E合議体が定める期間経過後に 当該患者の病状,処遇等について報告を求めることが適当であること,を規定 している。  また,処遇改善請求の場合,F処遇は適当と認めること,G処遇は適当でな いこと,及び合議体が求める処遇を行うべきこと,と規定している。  上記のA,B,D,Eの通知は,審査会が入院の可否という二者択一の判断 に止まらず,入院者の人権を保障するため,問題解決に必要な判断内容を類型 化したものと言える。 A 附帯意見  審査会マニュアルは,審査会が知事等に書類審査又は退院請求審査の結果を 通知する場合,上記の審査結果について,知事等,病院管理者,当該患者の治 療を担当する主治医に対する参考意見を述べることができると規定している。 ― 211― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 処遇改善請求審査の結果に対しても,知事等に対して参考意見を述べることが できると規定する。実務上,これを附帯意見と呼び,意見の相手方について は,退院請求審査の場合と処遇改善審査の場合の違いを意識することなく関係 者に対して意見を附し,また,規定に記載のない入院者本人や家族等に対して 意見を附す場合も少なくない。  意見の内容は,事案に応じて様々であるが,上記@の現形態入院適当の審査 結果での病院管理者に対する意見には,以下のような例がある。 ・一定期間を目途に他の入院形態への移行を検討することが望ましい。 ・早期に任意入院への移行又は退院を検討すること。 ・施設などの入所準備を進めること。 ・一定期間経過後に,患者の状態を審査会に報告すること。 ・転院の希望の実現のために援助すること。 ・様子を見ながら徐々に外出の頻度を増やすようにしてほしい。 ・今後の治療計画について主治医と患者でよく話し合ってほしい。  附帯意見は,直ちに法的効力を有するものではないが,病院の治療方針や退 院に向けた取組に対する一定の事実上の効果が期待できる。また,過去の審査 結果に附された病院管理者に対する意見に沿った取組がなされていなければ, 次の審査における判断材料となることも期待できる。このように附帯意見は, 入院の可否又は処遇の適否という二者択一の判断に止まらず,入院者の人権保 障のために有益な意見を附すことで,具体的な事案に即した処遇方針に資する ことを期待した制度と言える。 B バリエーション及び附帯意見の活用  審査会が,退院か入院継続かの二者択一の判断しかできない枠組みの下で は,即時退院の判断には躊躇する事案がある。そうした事案においても,上記 @のBのバリエーションンを選択して,例えば2か月以内に任意入院への移行 が適当という審査結果とし,附帯意見として,病院管理者及び主治医に対して その期間内に退院先の調整と家族に対する支援を促し,家族に対して本人との 関わり方について主治医とよく相談することを促し,本人に対して退院に向け た準備を主治医・家族等と相談することを促す意見を附すことで,入院者の円 滑かつ早期の退院が実現できる。  よって,審査会が審査結果のバリエーション及び附帯意見を活用して,事案 に則した積極的な人権保障機能を果たす運用が望まれる。 (10)司法統制が確保されていないこと及び不服申立制度がないこと  原則 17のFは,入院させ,又は退院制限をする決定に対して,上級裁判所に 訴える権利を認めている。しかし,日本の制度には,上級審査会というものはな い。そこで,審査会の審査結果に対してどのように不服申立てできるか,また司 法統制をどのように確保するかが問題となる。  まず,退院命令や処遇改善命令は病院管理者にとって不利益処分に該当する。 よって,行政不服審査法による審査請求や,行政手続法による取消訴訟ができる ことに争いはない。 ― 212― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて)  これに対し,現状を適当とする審査結果の場合,争いがある。知事等の請求者 に対するその旨の通知は,単なる事実行為であって行政処分ではない,よって不 服申立てはできないというのが厚労省の見解である。しかし,知事等からの通知 は,入院者らが退院請求権等を行使した審査請求事案について,これを却ける判 断を示した回答である。これを単なる事実行為とみる見解は是認できない。よっ て,行政不服審査法による審査請求や行政手続法による取消訴訟の対象として認 める運用が望まれる。  ただし,裁判所に対する不服申立ての道が開かれたとしても,裁判所がその司 法的救済に極めて消極的であるという問題がさらにある。裁判所が医師の裁量を 広く認め,人権救済の最後の砦としての役割が余り期待できない状況において は,形式的に裁判所への不服申立を認めても,ほとんど現状追認する結果にしか ならない。最判三小昭 46.5.25は旧精神衛生法当時の同意入院のケースで人身保 護請求を認めたが,医学的診断の当否を問題にできるのは「これが医学的判断に 関する事柄であることを考えるならば,担当医師がその資格を有しないとか,あ るいは第三者と通謀して,他の目的のために被拘束者を拘束しようとした等,右 診断が,医学的常識を逸脱した目的または方法によってされた」場合に限られる と判示した。この最高裁の消極的な姿勢は,その後の人身保護請求以外の取消訴 訟や国家賠償請求訴訟に強い影響を与えている。これに比べれば,審査会制度の 方が医療委員の診断等も踏まえて医療判断の合理性に踏み込んだ判断をすること ができ,より精神障害のある人の人権擁護の役割を果たし得ると評価できる。  よって,審査会の審査結果に対する簡易迅速な不服申立制度を検討することも 必要である。 第3 あるべき精神医療審査会の姿 1 強制入院廃止に向けた精神医療審査会改革の意義  精神医療審査会(以下「審査会」という。)は,強制入院の適否及び入院中の処 遇の適否を審査する機関であるから,強制入院が廃止になれば,その役割は大きく 縮小される。  しかし,後述のように,強制入院廃止は段階的に実現していくものであり,その 第一段階では,審査会の実効性を高め,精神科病院の入院者数の大幅減少に繋げる ことが必要である。そこで,現行の制度を改善して,不当あるいは過度な強制入院 に対する実効的な人権救済制度となるため,審査会が準司法機関として(少なくと も独立の第三者機関として)機能し,入院者の人権救済に役立つためには,どのよ うな組織・制度になればよいか。前記第2の3で述べた審査会の各問題点を,独立 性・中立性の確保,審査会制度の利用に関わる手続保障,厳格な審査基準・積極的 な審査方針,書類審査の抜本的改革に分け,あるべき組織・制度の具体的な姿,そ のために必要な法令の改正,法改正に至るまでの運用の在り方について,以下,検 討する。  2 独立性・中立性の確保 (1)権限の独立性の確認 ― 213― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  前述したとおり,措置入院の解除を除く現状を変更する審査結果の場合に,知 事等が直ちに命令を出さず,一旦審査会の審査結果の通知という形式で病院管理 者に任意に審査結果に沿った措置を促し,これに従わない場合に初めて命令を出 す運用は,審査会の独立性を損ねる運用として速やかに改める必要がある。  厚労省は,全ての知事等に対し,かかる運用を廃し,審査会から審査結果の通 知を受けたときは,速やかにこれに基づいた命令を出すように運用を統一すべき である。法文上も,知事等は審査会の審査結果に拘束される旨を規定している法 文に,このような運用を行うことを明確に付記する改正を行うべきである。 (2)事務局  前述のとおり,審査会の事務局を精神保健福祉センターに移行しただけでは, 審査会の独立性はなお不十分である。独立性を真に確保するためには,やはり, 法改正をして,選挙管理委員会や労働委員会と同様の行政委員会にすべきであ る。  短期的に行政委員会にすることが予算や人員確保の観点から難しい場合でも, 審査会の事務局が精神保健福祉センターの組織に埋没して都道府県の主管部局の 外部組織化してしまうことを防止する運用をすべきである。例えば,現在は,精 神保健福祉センターの長が事務局の長となっているが,事務局の長をセンター長 が担うのではなく,センター長とは同格の副センター長が担うこととし,これに 弁護士あるいは各地の人権擁護団体等から推薦された者等を起用する。これによ って,都道府県の主管部局から明確に独立した副センター長たる事務局長の指揮 命令の下で審査会事務を行う精神保健福祉センターの職員が審査会の独立性を意 識して事務を遂行することが期待される。 (3)5人の合議体委員の構成  前述のとおり,実際の審査にあたる合議体の5人の委員構成について,医療委 員3人,法律家委員1人,有識者委員1人であった規定を,医療委員2人以上と し,5人目の委員をどの資格者から構成するか,各審査会の裁量に委ねたにもか かわらず,現在なお,医療委員3人,法律家委員1人,保健福祉委員1人で構成 される審査会がほとんどである。医療委員が過半数を占める合議体の結論は医師 側の意見になりやすくなり,中立性の点から大きな問題である。  上記法改正の趣旨に沿って,医療委員を2人とする運用を速やかに普及させる 必要がある。速やかに普及されない場合には,医療委員を2人に限る,あるい は,3人とする場合は,その内の1人を診療所勤務の医師とする等の法改正も必 要というべきである。  なお,法律家委員について,検察官を委員とすることは,検察官が措置通報制 度の一翼を担い,精神障害のある人の隔離継続に重点を置くおそれがあることか ら不適切と考える。法律家委員は全て弁護士という審査会も少なくなく,他の審 査会においても,障害者の人権擁護活動に見識を有する弁護士からの採用をより 拡充する運用が望ましい。  また,2015年法改正に基づいて有識者委員から改正された保健福祉委員につ いては,広く精神保健福祉士が想定されたものであるが,特定の雇用関係にとら ― 214― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) われることなく,独立した社会復帰及び福祉の専門職としての意見が期待され る。その他,保健福祉関係の大学教授等からも選任されている現状に加え,ピ ア・サポーター等の実績のある当事者から選任する運用も望まれる。 (4)合議体の長  合議体の長は,合議の進行役・議長的立場であるが,医師経験が豊富な医療委 員が互選で選任されることが多い。確かに,合議の進行役を担うには精神科医療 に関する知識も必要であるが,審査会の目的からすれば,合議体の長を当然に医 療委員が担うという意識は改め,諸外国の制度と同様に,法律家委員が長を務め る合議体を普通に受容する審査委員の意識改革が必要である。 3 審査会制度の利用に関わる手続保障 (1)入院者の申立権の実質的保障のための様々な方策  前述したとおり,退院請求や処遇改善請求の申立権が実質的に保障されていな い点を改善するため,入院者に対する申立権の告知は,その内容を入院者が理解 できるように分かり易く説明される必要がある。現行の運用では,入院者には権 利内容が記載された一枚の文書を手渡すだけでよしとされているが,入院者が自 己の権利を知る手段として有効に機能しているか極めて疑問である。入院時の一 枚の紙だと容易に廃棄されてしまい,その後の継続的な告知の必要性からも問題 がある。  よって,現在手渡されている文書に加えて,その内容を分かり易く説明し,そ れを捨てずに持っていることが自分の利益になると感じられるカラフルな「入院 されたあなたへ」というような冊子を配布する運用の改善が必要ではないだろう か。その中に,退院請求や処遇改善請求の申立書の具体例を掲載することも考え てよい。  入院者に手渡される文書や冊子の内容として,不可欠なのは,弁護士選任権で ある。前記のとおり,現行法上,弁護士選任権を明記した条項はなく,審査会マ ニュアルに,現地意見聴取時に弁護士選任権を告知すべきことが規定されている のみである。よって,入院時に弁護士選任権を告知すべきことを法改正で明記す べきであるし,法改正前でもそのような運用がなされるべきである。また,審査 会マニュアルも,申立の際に弁護士代理人が付いていない申立てには,速やかに 弁護士選任権を告知すべきという内容に改正すべきである。これらの弁護士選任 権の実効性を確保するためには,弁護士会側の対応体制の整備も踏まえ,無料の 弁護士選任権の紹介とその連絡先も記載することが不可欠である。  こうした内容の冊子を各入院者に手渡すとともに,電話のある場所に退院請求 に関するチラシや弁護士会の連絡先などを掲示したり,共用スペースの掲示板付 近に冊子を備え付けたりすることで,継続的に権利告知を行うべきである。こう した運用の改善の取組は,直ちに行われなければならない。  さらに,諸外国の例にもあるように,入院者の権利に関する様々な資料が自由 かつ気軽に閲覧できる「入院者の権利コーナー」のような場所の確保を法改正に よって病院に義務付けることも提言したい。既に実施されている例もある定期的 な巡回法律相談を,そうした「権利コーナー」で行なうことで拡充したり,退院 ― 215― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 支援関係者も自由に利用したりすることで,入院者が気軽に立ち寄れる場所とな り,必要に応じて弁護士による支援につなげる場となることが有用と考える。 (2)審査手続における適正手続上の権利保障  前述したとおり,審査会の機能不全の要因の一つとして,審査手続において当 事者の適正手続上の権利保障が十分でなく,審査手続全般にわたって,制度又は 運用の改善が必要である。  第1に,審査手続における入院者及び弁護人の証拠収集・提出権を明確に規定 する法令又は審査会マニュアルの改正が必要である。改正までの経過的措置とし ても,各審査会は,一部の審査会が実施しているように,弁護士代理人からの現 地意見聴取等の職権発動要請を最大限に尊重する運用が望まれる。  第2に,合議体が審査の対象とした全ての資料について,弁護士代理人の閲 覧・謄写権を明確に規定する法令又は審査会マニュアルの改正が必要である。特 に,審査会が審査の対象として収集した資料が,個人情報保護法令上,単なる行 政が保有する情報として第三者への情報提供が規制されるという現在の運用は, 準司法手続としての審査会の独立性と相容れない。審査会資料を第三者提供の法 令上の例外とする個人情報保護法令の改正が強く求められる。  法改正までの経過的措置としても,各審査会は,一部の審査会が実施している ように,準司法機関としての立場から全面的に開示する運用が望まれる。仮に, そのような運用に法令解釈上の疑義があるというのであれば,少なくとも,弁護 士代理人から開示請求された資料については,審査会事務局が,当該資料に含ま れる病院管理者や家族の同意を取り付けるよう最大限努める運用が望まれる。  第3に,病院管理者や家族等に対する現地意見聴取についても,弁護士代理人 がその内容を把握する必要性が高いので,立会権が認められるべきである。よっ て,審査会マニュアルにその旨を明記する改正が必要である。改正までの経過的 措置としても,各審査会は,一部の審査会が実施しているように,無条件に立会 を認める運用が望まれる。少なくとも,審査会事務局が,弁護士代理人の立会に ついて病院管理者や家族等から同意を取り付けるよう最大限努め,同意が得られ なかった場合は,審査委員による意見聴取報告書(意見部分ではなく聴取内容部 分)を無条件で資料開示する運用が望まれる。  第4に,上記第1及び第2の問題と併せて,弁護士代理人が速やかに入院先病 院の診療録を閲覧・謄写できる規定を設ける法改正が必要である。改正までの経 過的措置としても,そのような運用が必要である。 (3)審査結果の具体的な理由記載  合議体の審査結果は知事に報告され,知事から請求者本人等に通知される。と ころが,現状の運用においては,請求を棄却する理由として,たとえば,「病状 による」としか記載されていないものが少なくない。  前述した審査の理由の記載の重要性に照らせば,請求を棄却する理由として, 法律上の各要件該当性について,具体的事実に基づく十分な判断理由を記載する 運用に改善される必要があり,その旨の審査会マニュアルの改正も有用である。 (4)司法統制の確保及び不服申立制度 ― 216― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて)  前述したとおり,現状を適当とする審査結果の場合,これを請求者本人に通知 する行為は,単なる事実行為であって行政処分ではないから,これに対する行政 不服審査法による審査請求や行政事件訴訟法による取消訴訟は認められないとい う解釈は是認できない。司法統制を確保するには,これらを認める運用が不可欠 であり,解釈上疑義がないようにその旨を精神保健福祉法にも明記すべきであ る。  また,審査請求者が審査結果に対して不服がある場合に,迅速な救済を保障す るためには,不服審査機関として,上級精神医療審査会制度の新設を検討する必 要がある。前述した審査会の独立性・中立性や手続保障の改革等によって,入院 者の人権救済機関としての実効性がなおも上がらなかったり,地域間格差が是正 されない場合の中長期的な課題となろう。 (5)本人の手続参加  現行の審査会マニュアルでは,請求者が患者本人で弁護士代理人が付いている 場合には,合議の場での患者本人の意見陳述を認めないことが「できる」との規 定となっている。しかし,障害者権利条約の理念から,患者本人にも合議の場で の意見陳述の機会を必ず与えるように,審査会マニュアルの改正が必要である。  また改正までの経過的措置としても,患者本人やその代理人から意見陳述の申 出があれば,これを認める運用をすべきである。その場合,患者本人の意見陳述 権を実質的に保障するためには,入院先病院から合議体の審査の場までの移動方 法・費用等が本人や代理人の負担にならない手当てが必要である。 4 厳格な審査基準・積極的な審査方針  前述のとおり,退院請求や処遇改善請求に対する認容率が極めて低いとの問題を 改善するためには,上記のような審査会の独立性・中立性の確保,委員構成の公正 性の確保,当事者の手続保障の確立の他に,前述したような広汎かつ明確性を欠く 審査基準について,国連原則に照らした厳格化及び人権救済機関としての積極的な 審査方針が重要である。  厳格かつ積極的な審査基準・審査方針の下で,従前の審査上の諸問題は,以下の ように考えるべきである。退院後の受け皿がないいわゆる社会的入院について,や むなく現状を追認する審査結果が出される場合があるが,医療保護入院の要件に照 らせば許されない。近年の「重度かつ慢性」という法律にない要件で長期入院を是 認することも許されない。症状回復のために入院治療が唯一不可欠であるか否かが 吟味されるべきである。既に日本でも手厚い社会内支援による医療・福祉のモデル や取組例がある以上,これを基準に,入院による医療・保護の必要性の有無が判断 されるべきである。また,疾患類型からいうと,認知症や知的障害など,医学的治 療による改善が望めない疾患を主病名とする入院者については,入院治療を要する 精神状態が現認される期間を超えて強制入院を継続すべきではない。アルコールや 薬物等の依存症,パーソナリティ障害,発達障害を主病名とする入院者について も,判断能力の減弱を伴う精神状態が現認される期間を超えて強制入院を継続すべ きではない。  なお,医療保護入院において,当該入院について同意した家族等がその同意を撤 ― 217― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 回した場合には,医療保護入院の要件に欠けるものとして退院させるべきである。  また,処遇改善請求の場合,行動の自由に対する制限は,医療・保護のための必 要最小限の原則が法律上明記されている。これが審査基準となり,当該行動制限が 必要最小限の原則に適っているか,厳格に判断しなければならない。恣意的な身体 拘束やいじめ・虐待,作業療法にかこつけた労働の強制等は論外であるし,病院の スタッフ不足を補うためや病院の管理のし易さのためになっていないか,その目的 や手段を十分に吟味する必要がある。外出・外泊,面会,電話,私物の所持,プラ イバシー等に対する制限も,より制限の程度が小さい他の代替手段がないかを厳格 にチェックし,もしより制限的でない手段があれば,その制限は過度なものとして 違法である。「これくらいは仕方ないだろう」などと安易に判断することは許され ない。医療内容についても,医療行為一般の適法要件,即ち,医学的適応性及び医 術的正当性の要件を充たすことが必要であり,さらに精神科医療における医療侵襲 の必要最小限の原則(91年国連原則9.1)にも適う必要があり,これらを審査基 準として審査すべきである。  こうした審査会の厳格で積極的な判断の積み重ねが,強制入院や行動制限等に対 する精神保健指定医の判断基準を厳格なものに改善する指標となり,不当な強制入 院の解消にも繋がる一定の効果が期待できる。しかし,指定医の判断基準の厳格化 をより積極的に進めて不当な強制入院の大幅な減少に繋げるためには,審査会の改 革と併せて,全国全ての指定医に対し,障害のある人の個人の尊厳,医療における 自己決定権とインフォームド・コンセント等の人権教育とともに,入院による投薬 治療中心の医療技術ではなく,ACTやオープンダイアローグ等の丁寧な対話を重 視し入院をできるだけ回避して地域で当事者を支援する医療技術を習得するための 研修を充実させ,強制入院の要件を厳格に運用すべきことを根本から学び直す研修 を実施すべきである。 5 書類審査の抜本的改革 (1)書類審査の改革の意義  前述のとおり,退院請求の審査は,入院者からの申立てを待っての個別的な人 権救済機能しか持ち得ない。強制入院廃止の段階的実現のため,社会的入院の解 消を初めとする構造的に過剰な入院を大幅に減少させるには,審査件数の多い書 類審査の抜本的改革が不可欠である。 (2)入院時の書類審査の抜本的改革  前述のとおり,審査会は,強制入院の必要性ないし適法性について事後的に審 査する建前になっているものの,それが書類審査という方法で行われ,その件数 が膨大であるために著しく形骸化している。膨大な案件数を実質的かつ効率的に 審査するためには,審査体制の根本的改革が必要である。  書類審査という方法を改め,審査を行う合議体を現行法上の審査委員5人の構 成から3人(医療委員,法律家委員,保健福祉委員各1人)の構成とし,現在よ りも格段に多い委員から,より多くの合議体数を確保して機動性を高める。その 上で,合議を入院先病院で開催し,入院者本人及び関係者からの意見聴取後,そ の場で直ちに結果を出す制度(以下「現地審査制度」という。)に根本的に改め ― 218― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) るべきである。このような現地審査制度を導入するには法改正が不可欠である。  現地審査制度を導入する場合,年間約 18万件に及ぶ新規の強制入院の全件を 直ちに3人の合議体で現地審査するのは困難なので,移行期間を設け,段階的に 現地審査の範囲を拡大してゆく必要がある。  第1段階として,現地審査制度を導入する法改正において,現行の書類審査を 審査委員3人による合議体で審査することに改める(審査委員5人による合議体 は,退院等請求についてより慎重に審査する制度として位置付ける)。また,措 置入院に医療保護入院届制度と同様の入院届制度を導入し,措置入院届について 全件現地審査する。医療保護入院届についても,記載された病状と診断名に疑義 がある,医療保護の必要性の記載に疑問がある等の問題のある医療保護入院届は 必ず現地審査するところから始める。  その後,審査委員の増員を継続的に進めながら,現地審査する医療保護入院届 の範囲を全件に至るまで段階的に拡大してゆくが,その具体的な計画は,新規の 医療保護入院件数の推移に即して検討することになる。上記の審査会審査の判断 基準の厳格化・積極化や指定医に対する研修によって,新規の強制入院件数は一 定の水準まで大幅に減少すると予想される。参考ないし目標とすべき先進諸国に おける新規の強制入院件数の水準に照らして是認し得る水準に下げ止まった段階 で,これを審査委員の更なる増員及び一部の常勤化等によって全件現地審査でき る体制を3年から5年程度かけて整備・構築する具体的な計画を立案する。 (2)定期病状報告書の審査について  定期病状報告書の審査の問題点については,前述の強制入院期間の限定(=定 期病状報告そのものが不要となる)や本節で述べている精神医療審査会改革への 提言が取り入れられるのであれば,発展的に解消される問題である。  しかしながら,定期病状報告書が入院後一定期間継続した場合に提出される書 類であることを踏まえると,定期病状報告書の審査は,入院時の審査と同等かそ れ以上に慎重になされるべきであり,問題が解消されていない現時点では,次善 の策として,以下のような制度の検討が必要である。 @ 形骸化に対する制度の検討  長期的には,定期病状報告書の審査の際は,全件現地審査を要する制度と し,参加(閲覧・謄写)や代理人選任についても退院請求の場合と同様の手続 保障・制度保障がある抜本的な制度改革が必要である。  また,そのような改革がなされるまでにおいても,現状退院請求案件以外で は(制限的にしか)開催されていない病院での調査(現地調査)について,少 なくとも入院の必要性に疑義のある案件については積極的に行われる運用がな されるべきである。  なお,現状,審査の対象となる定期病状報告書のみが審査会の閲覧(配布) 資料とされているが,現在の入院形態が適当か否かは過去の治療の経緯等を確 認しなければ判断することが困難であるため,審査に際しては当の審査対象者 に関する過去の記録(過去の定期病状報告書等)が当然に委員に閲覧され,参 照される運用とされるべきである。 ― 219― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) A 措置入院についての制度の検討  入院3か月後の定期病状報告によって初めて審査の対象とするのではなく, 医療保護入院のように入院後速やかに審査される形の制度(入院届制度の導入 など)が必要である。 B 医療保護入院者退院支援委員会の活性化  審査会の審査固有の問題ではないが,医療保護入院者退院支援委員会の多く が形骸化(本人不在での支援委員会の開催や,精神症状が重症であって,か つ,慢性的な症状を呈することを理由として 12か月以上支援委員会を開催し ない等)しており,定期病状報告の審査を充実したものとするには,支援委員 会の活性化が必要である。支援委員会への本人出席の機会の保障や支援委員会 の定期的な開催の義務化が検討されるべきである。 6 結論  以上のとおり,最終的にはその役割を失うとしても,強制入院廃止の段階的実現 のためには,今の審査会の運用と制度を抜本的かつ可及的速やかに改革して人権救 済機関としての実効性を高めることで,現に存在する精神障害のある人ないし入院 者の人権保障を確保するとともに,これによって強制入院の絶対数の大幅減少に繋 げることが不可欠である。 第4 代理人制度の拡充を目指して 1 代理人制度の必要性 (1)強制入院は,鍵のかかった閉鎖病棟で行われることが多い。人身の自由を制約 するという点では,刑事事件にも共通する。ただし,刑事事件では,一応,裁判 所の司法審査は行われており,厳格な期間の制限もある。  しかし,強制入院については,私人であることの方が多い,精神科病院の医師 によって,無期限で,人身の自由が制約されているのである。そのため,不当な 自由の制約からの解放のためには,弁護士による,精神医療審査会に対する退院 請求等の申立代理人活動が極めて重要である。  強制入院制度が存続する間は,強制入院中の権利保障を真に実効あらしめるた め,そして強制入院廃止に向けて段階的に強制入院者数を減少させるために,病 院から独立した代理人が入院者に選任され,権利擁護を行う必要がある。 (2)障害者権利条約が制定される前,91年国連原則 191は,精神障害のある人の権 利を詳細に規定し,精神保健における国際水準を示した。  最低限の基準として示された 91年国連原則 18.1は次のように,弁護人を選 任する権利を定めている。  「1.患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について,患者を代 理する弁護人を選任し,指名する権利を有する。もし,患者がこのようなサービ スを得られない場合には,患者がそれを支弁する資力が無い範囲において,無償 で弁護人を利用することができる。」  その後,2006年に障害者権利条約が採択され,日本も 2014年に批准した。障 害者権利条約 14条「身体の自由及び安全」では,「障害者が身体の自由及び安全 ― 220― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) についての権利を享有すること」,「不法に又は恣意的に自由を奪われないこと, いかなる自由の.奪も法律に従って行われること及びいかなる場合においても自 由の.奪が障害の存在によって正当化されないこと。」が定められている。 (3)自由権規約9条4項「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は,裁判所 (court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑 留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように,裁判所におい て手続をとる権利を有する」や,日本国憲法 34条「何人も,理由を直ちに告げ られ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁さ れない。又,何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず,要求があれば,その 理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければなら ない。」も,自由剥奪の際の厳格な法的手続や弁護人選任権を定めている。 (4)精神保健福祉法は,精神医療審査会や退院請求手続について定めている。  精神医療審査会運営マニュアル(厚労省通知)や各地の精神医療審査会運営要 綱,精神医療審査会運営規則でも患者の代理人弁護士の活動についての規定があ る。日本の制度上も,代理人弁護士の選任を行えることは前提となっている。 (5)しかし,日本の精神保健及び精神医療審査会の現状に関し,日本政府は,国連 拷問禁止委員会から,拷問等禁止条約の総括所見で,繰り返し勧告を受けてき た。これに対し,日本政府は,精神保健福祉法に基づく制度を説明した上で「現 行法において十分に人権に配慮した手続が保障されている」と回答する。  これに対し,例えば,2013年の国連拷問禁止委員会の総括所見では,「精神保 健福祉法にもかかわらず」と明記した上で,非自発的な強制医療が「非常に多 数」かつ「非常に長期間」であることについて懸念が表明され,「(a)非自発的 治療と収容に対し効果的な司法的コントロールを確立すること,及び,効果的な 不服申立ての機構を確立すること(c)精神医療及び社会的ケア施設を含む,自 由の剥奪が行われる全ての場において,効果的な法的なセーフガードが守られる こと(d)効果的な不服申立機構へのアクセスを強化すること」などが求められ た。  司法的コントロール確立のためには,患者への代理人弁護士の選任が不可欠で ある。 2 諸外国の強制入院患者の弁護人選任制度について (1)EU  強制入院の割合が低い,EU諸国では,強制入院手続に,医療から独立した代 理人(アドヴォケートカウンセラー,ソーシャルワーカー,弁護士等)の関与が 義務付けられている。  EU諸国では,2011年時点で,強制入院の割合は,平均 10%台であるが,過 去には強制入院の割合はもっと高かったものであり,代理人制度が強制入院の抑 制に繋がった可能性がある。 (2)アメリカ  アメリカは,精神科病院の平均入院期間が1週間前後と短い。アメリカは州に よって制度が異なるが,@強制入院の場合は,2週間ごとに医師と患者が法廷に ― 221― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 出向いて,裁判官が入院続行の必要性を判断していたり,A 72時間を超える 「長期強制入院」が要請されたときには,病院内又は法廷で聴聞会が実施され, 判事や司法関係者が立ち会い,本人が希望したときは陪審による裁判を受けるこ とができる,といった手続がある。 (3)イギリス  イギリスは,強制入院時の審査が「トライビューナル」(審判所)で行われて いる。トライビューナルでは,裁判官,精神科医,参与員の合議が行われ,最終 的には裁判官が決める。イギリスの裁判官は,弁護士経験を経て裁判官になる。  患者には,国費で弁護士を付ける権利があり,弁護士協会が認定した弁護士を 名簿から選ぶ。患者は弁護士と一緒に,トライビューナルに出廷することができ る。 (4)ベルギー  ベルギーでは,強制入院時の審査は,裁判所で行われる。ベルギーでも,裁判 官は,弁護士経験者である。  法廷には患者が出席し,弁護士が付き添う。法廷が開かれる日までに,患者が 弁護士に会う権利が保障されており,弁護士費用は国費負担である。 3 現状 (1)退院請求申立の割合  日本では,まず,精神医療審査会に対する退院・処遇改善請求申立手続を行う 入院者が少なすぎるという問題がある。これらの手続を行う入院者は,精神科病 院の入院者全体の 1.3%にすぎない。このうち,強制入院となっている者の退院 請求は,2.5%にも満たない。  これは,強制入院が適正な運用をされているから少ないのではなく,権利や手 続が患者に十分に知らされていないことや,権利行使することで不利益を恐れる こと,審査の認容率の低さによる審査制度への不信感などが原因であると考えら れる。  精神医療審査会は,医療保護入院の入院届の事後審査,措置入院と医療保護入 院の定期病状報告の審査も行っている。しかし,これらは書面のみによる形式的 な審査となって形骸化している実情にあり,入院や入院形態が不適当と判断され る例は,ほとんどない。例えば,2017年度の統計で 27万 6810件中,不承認と なったのは 12件(0.00004%)に過ぎない 192。  退院・処遇改善請求申立手続が行われた件以外,書面審査では,強制入院につ いての実質的な審査が行われることは,ほとんど期待できない。 (2)代理人選任の割合  このように,退院・処遇改善請求申立自体が少ない上,その申立に代理人弁護 士が選任されているのは10%以下と,さらに少数となる。  退院請求等の代理請求率は,2014年度の 2907件中 2.6%から徐々に増加して いるものの,2017年度においても 4344件中6.8%にとどまっている。  日弁連委託援助「精神障害者に対する法律援助」の代理援助の利用件数は,2009年度の 122件が,2018年度には,389件になり,約3倍に増加してはいる ― 222― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) が,上記代理請求率に照らせば,精神障害のある人に対する法律援助の利用はま だまだ不十分であると言わざるを得ない。  原因として考えらえるのは,@精神科病院内の患者に対し,弁護士に依頼でき ること及び,依頼する方法が十分に広報・告知されていないこと(弁護士会に精 神保健の出張相談制度がある場合でも,病院側が広報に協力しない地域もある), A弁護士会に,精神保健当番弁護士制度や出張相談制度(精神科病院からの退院 請求や処遇改善請求等の相談・受任を行う制度)がなく,窓口がない弁護士会が あることなど弁護士会側の体制の問題である。 (3)精神保健当番弁護士制度・精神保健出張相談がある弁護士会の数  2019年8月 29日に実施した,日弁連高齢者・障害者権利支援センターの情報 交換会「退院請求等代理人活動の各地の取組み」(全国精神保健支援担当者会 議)の時点で,全 52弁護士会のうち,精神保健当番弁護士制度・精神保健出張 相談がある弁護士会数は 25会,準備中が5会であった。 4 全国統一の機会付与の必要性 (1)日弁連委託援助「精神障害者に対する法律援助」の統計でも,利用件数の地域 差は非常に大きい。  代理援助件数と法律相談のみの件数の合計利用件数は,2018年度には,全国 で 1064件の利用があったが,一番多い福岡県が 440件と 41%を占めている他, 上位5弁護士会が 735件と 69%を占めている。一方で,利用件数が0件の弁護 士会が 14会,1件の弁護士会が9会もある。 (2)また,2013年から 2017年度の審査状況によれば,退院請求が認容・一部認容 (入院形態変更など)される割合は,全国では4%台に過ぎない。  さらに,地域差が大きく,一部,滋賀,大阪,福岡(2017年度はそれぞれ 29.2%,11.1%,9.2%)のように,比較的,認容率(一部認容を含む)が高い地 域がある一方で,ほとんどあるいは全く認容されていないという地域も多い。 2017年度は認容率0%が 19県あり,5年間認容率0%も5県あった。 (3)退院請求等に対する審査について,全国の精神医療審査会が人権救済手続とし て機能しているとは,到底,言えない。代理人弁護士制度も不十分である。  1979年に批准した,自由権規約9条4項において「逮捕又は抑留によって自 由を奪われた者は,裁判所(原文では court)がその抑留が合法的であるかどう かを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ず ることができるように,裁判所において手続をとる権利を有する」と規定されて いる。上記の実情及び国連拷問禁止委員会の日本政府に対する総括所見に照ら し,日本の精神医療審査会は,courtとしての機能を果たしているとは言えない。  精神障害のある人の権利擁護者として,精神医療審査会が事前の司法審査に代 わる準司法機関ないし courtとして機能するためには,全国の患者が等しく,代 理人弁護士を利用できるようになることも不可欠である。 (4)そのためには,諸外国のように,国費による無償の代理人弁護士の選任を保障 する制度を創設し,その制度活用を入院者及び病院関係者に十分に周知する必要 がある。 ― 223― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  国選代理人制度が実現するまでの間も,日弁連委託援助制度を利用した,精神 保健当番弁護士制度・精神保健出張相談制度を全国で展開していく必要がある。 (5)なお,2014年4月に施行された精神保健福祉法の法改正に向けた有識者検討 会議で,精神障害のある人が入院において自らの意思決定及び意思の表明を支援 する者(アドヴォケーター)を選択できる仕組みを導入すべきとされた。  そして,日本精神科病院協会は,案として,「アドボケーターガイドライン」 を作成した。「最善の利益」を考える者であり,担い手としては,相談支援専門 員,保健師,看護師,精神保健福祉士,社会福祉士,弁護士,ピア・サポーター 等が想定されている。  確かに,諸外国でもアドボケーター制度があるところがある。例えば,海外視 察を行ったイギリスでは,国費による弁護人選任制度に加え,独立した第三者の 代弁人制度があり,日常的な困り事などに対応しているが,その費用は地方自治 体が支払っている。患者の利益のために活動するために,病院からの独立が大前 提である。日本精神科病院協会のアドボケーターガイドラインでは,病院からの 独立が徹底されておらず,不十分である。  独立した第三者によるアドボケーター制度が実現すれば,権利擁護に資すると しても,それとは別に,患者の代理人としての弁護士の法的支援活動も必要であ る。 5 国選代理人制度の実現 (1)91年国連原則18.1に反して,日本では,現在,資力がない患者が国費で弁護 人を利用できる制度はない。  それゆえ,日弁連委託援助「精神障がい者に対する法律援助」で,弁護士会が 費用を負担して,資力がない患者が退院請求等の代理人を選任できる制度を用意 している。  しかし,本来,このような制度を整備して,精神障害のある人の権利を実質的 に保障すべきなのは国である。精神障害のある人に対する強制入院制度の枠組み がある日本においては,直ちに,国費による弁護士選任制度を創設すべきであ る。 (4)日弁連は,2010年の「精神医療の改善と医療観察法の見直しに関する意見書」 で,一般精神科医療においても強制入院患者への国費による弁護士援助制度の新 設を提言した。  そして,2012年の「精神保健福祉法の抜本的改正に向けた意見書」で,国費 による弁護士代弁者の選任を求めた。  また,2014年の「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保する ための指針案に関する意見書」でも,国費による弁護士代理人の選任を求めた。  もとより,精神医療審査会制度の創設前の 1984年の人権擁護大会における, 「精神病院における人権保障に関する決議」でも,「入院を強制される者が,いつ でも弁護士による援助を受けることができるような制度的方策を速やかに検討す る必要がある。その場合,経済的問題を抱えている者が少なくなく,また現実に は金銭の所持・管理権を奪われていることが多いことにかんがみ,法的扶助の制 ― 224― 第6節 精神科病院入院者の手続保障(権利擁護システムの整備に向けて) 度などを含めた財政的措置をも併せて検討されるべきである。」と決議されてい る。  このような働き掛けにも関わらず,入院中の精神障害のある人に対する国費に よる弁護士選任制度について,長年,国の動きはなかった。 (5)しかし,2017年の精神保健福祉法改正法案は,衆議院の解散で廃案となった ものの,これを先議可決した参議院では改正案が修正され,附則に,「法律の施 行後三年を目途として」「次に掲げる事項について特に検討が加えられるものと すること。」「非自発的入院者に係る法定代理人または弁護士の選任の機会の確 保」が明記された。  なお,廃案になった以降は,これに関する議論は進んでいない。 (6)日弁連は,国に対し,改めて,入院中の精神障害のある人に対する権利擁護者 として国費による弁護士選任制度の創設を改めて求める必要がある。  そして,制度の実現までの間においても,精神障害のある人の権利擁護者とし ての人権保障活動を拡充するべく,日弁連の精神障害のある人に対する法律援助 制度を広く患者に告知し,各地の弁護士会で退院請求等の代理人活動を普及・活 発化させる必要があり,日弁連においてもリーダーシップをとってこれを支援し ていく必要がある。 6 弁護士会の活動とその効果(モデル事業・キャラバン等) (1)退院請求代理人活動推進キャラバンの実施  精神保健当番弁護士制度や精神保健出張相談制度がなく,窓口がない弁護士会 がある。また,制度があっても積極受任されていない弁護士会もある。  そこで,2014年から,より多くの弁護士会において精神障害のある人に対す る権利擁護活動への取組を促すために,「精神保健福祉事業推進キャラバン」を 開始し,精神保健福祉チーム委員を全国の弁護士会に派遣して講義・意見交換等 を行ってきた。  さらに 2017年からは,「退院請求代理人活動推進キャラバン」と改称し,精神 医療審査会に対する退院請求及び処遇改善請求の申立代理人活動の推進に重点を 置いた活動としている。  キャラバンは,これまでに,23会(合同実施を含む)で実施された。 (2)精神障がい者に対する法的支援プロジェクトの実施  2010年から,精神障害のある人に対する法的支援を推進するために,「精神障 がい者に対する法的支援プロジェクト」を開始し,モデル弁護士会を選定して精 神科病院内で法律相談をする等のモデル事業を実施している。  モデル事業は,これまでに,22会(合同実施を含む)で実施された。 (3)キャラバン及びモデル事業の効果の検証  2015年時点で日弁連が各弁護士会宛に実施した,「精神障害者に対する相談窓 口アンケート」によれば,@退院請求や処遇改善請求のための当番制度・出張相 談制度を行っている会が 13会,A法律相談一般の精神科病院への出張相談制度 がある会が 23会であった。  さらに,2019年8月に実施した情報交換会「退院請求等代理人活動の各地の ― 225― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 取組み」のためのアンケートの時点では,@退院請求や処遇改善請求のための当 番制度・出張相談制度を行っている会が 25会,準備中の会が5会と明らかに増 加した。  その後,2019年8月以降の時点では,「制度なし」の回答であった2会が@当 番制度・出張相談制度を準備中とのことである。このため,全国で 52の弁護士 会のうち,少なくとも 32会では制度運用中又は準備中である。  @はキャラバン,Aはモデル事業の目的と重なる。キャラバン及びモデル事業 実施前と比較すると,@Aいずれも増加している。  退院請求や処遇改善請求に関しては,日弁連委託援助「精神障害者に対する法 律援助」の申込受理件数の統計も,活動の広がりの指標となる。  2010年には 418件であったが,2016年には 1024件,2017年は 1028件,2018 年は 1098件と顕著に増加した。  このように,当番制度・出張相談制度は着実に広がってきているものの,キャ ラバンやモデル事業を行った全ての弁護士会で開始されている,というわけでは ない。  退院請求や処遇改善請求のための当番制度・出張相談制度は全ての弁護士会に 設けられる必要がある。 第5 国内人権機関と個人通報制度  入院者の権利侵害を予防し,また侵害された場合に速やかに救済措置を求めること ができるようにするために手続保障は重要であり,国際人権分野においてはそれをよ り一層充実させるために通常の司法手続の他に制度を用意している。  その一つが,人権侵害からの救済及び人権保障を推進するための国家機関であり, 「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」(1993年国連総会採択)に基づくも のであることが必要となる国内人権機関である。  これに加えて,各人権条約において定められた権利を侵害されたと主張する個人な どが,国内で裁判などの救済手続を尽くしても権利が回復されない場合に,条約に基 づき設置された委員会に直接救済の申立てができる手続が個人通報制度である。通報 を受けた委員会は検討の上,「見解」を各締約国等に通知する。委員会の見解に法的 拘束力はないものの,個人通報制度は準司法的制度であり,締約国は見解へのフォロ ーアップを求められる。日本が批准している国際人権条約のうち,障害者権利条約を 含む,合計8条約に個人通報制度が付帯されているが,日本はいずれも導入していな い。  日弁連は 2019年の人権擁護大会において,「個人通報制度の導入と国内人権機関の 設置を求める決議」を採択し,そこで障害者権利条約をはじめ,国際人権条約につい て,個人通報制度を直ちに導入すること,加えて,以下を内容とする国内人権機関を 早急に設置することを求めた。 (1)委員及び事務局の任命及び解任手続等の人事権並びに予算等の財政につき,政 府の統制に置かれず,人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の 地位(パリ原則)に関する原則を満たすよう法律で定めること。 ― 226― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ (2)設置される国内人権機関については,次の機能が付与された機関であること。 @ 人権救済機能として,事実関係を調査する権限を有し(公的機関に対する調 査権限を含む。),調停,勧告等の救済措置を採ることができる機関であるこ と。 A 政策提言機能として,人権の保護及び促進の観点から,国や地方自治体の立 法機関・行政機関に対し,新たな立法についての意見や,現行法の改正及び行 政施策の策定や変更についての提言を行う等,人権保障を制度的に進める措置 を採ることができる機関であること。 B 人権教育機能として,学校や企業,裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設 職員等法の適用・法の執行に携わる者,弁護士等に対して,人権教育プログラ ムを行うことができる機関であること。 C 国際協力機能として,人権の保護及び促進を担う国際連合及び関連機関や, 他国の国内人権機関と協力することができる機関であること  さらに,障害者権利条約は 33条2項で,本条約の実施を促進し,保護し,監視す るための仕組みを設置することなどを求めており,その際には,パリ原則を考慮に入 れるべきこととしている。  日弁連では,本条約の国内実施のため,パリ原則に則った政府から独立した国内人 権機関の創設と本条約の選択議定書の批准による個人通報制度を実現すべきとする 「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」を 2014年に採択している。  国際人権の実現のために個人通報制度及び国内人権機関が求められるのは,本来で あれば人権を保障する義務を負う主体である国家がその責務を十分に果たさない場合 が往々にしてあり,かかる場合に,国際人権諸条約に従った政策の実施を担保するた めの仕組みの構築が必要不可欠だからである。  このことは精神障害のある人の人権にも当てはまる。現在の精神保健福祉法及び関 連法のもとでは,精神障害のある人の権利保障が確保されていないことはこれまで述 べてきたとおりである。したがって,既存の精神医療審査会についてあるべき姿を目 指すと同時に,個人通報制度を導入し,独立した国内人権機関を設置することで,個 人の権利救済手続をより重層的に強化するべきである。  障害者権利条約の選択議定書を批准することにより,司法的救済を尽くしてもな お,権利救済が図られない場合には,当事者は通報を通じ個別の権利実現を求めるこ とができる。また,パリ原則に従った国内人権機関が設立されることにより個別の事 案に対する調査の実施が考えられるほか,関連施策における障害者の権利保障の観点 からの妥当性について客観的に意見を述べるなど,まさに手続保障を通じ,権利保障 全体において重要な役割を果たすことが考えられる。 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ  精神保健福祉法上の強制入院制度を短期間で撤廃することが困難であるとしても,撤廃 に向け,現行の強制入院制度は,以下に示すロードマップに沿って,段階的に改められる ― 227― ................................ ................................................................................................................................................................................ 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) ― 228― 2021.. ( 2025.... ) ( 2030.... ) ( 2035.... ) ...................... .............................................. ................................................ .......... .................................... .......................................................................................................... .............................................................................. ....................................ACT...................................................................................................................................................... .................... ......................23.............................................................................................................................. ........................................ ............................ .................. .................... ..................................................(.......... ............ .............. ............................ .................... ........................ .............................. ................................................................................ ...................................... .......................................... ...................................... .................................................................................................................................................................................................................................................................. 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ べきである。 第1 短期的工程(2025年まで) 1 国選代理人制度の実現 (1)第3章第6節第4「代理人制度の拡充を目指して」で述べたとおり,国選代理 人制度の実現が必要である。  1979年に批准した自由権規約9条4項や,91年国連原則 18.1の弁護人選任 権を実現すべく,諸外国の手続保障の水準に近づけるべく,精神障害のある人に 対する強制入院制度の枠組みがある日本においては,直ちに,国費による弁護士 選任制度を創設しなければならない。  どれだけ遅くとも,2025年までにこれを実現すべきである。 (2)条約の批准から長い時間が経過してきたこと,日弁連も,強制入院患者への国 費による弁護士援助制度の新設を繰り返し求めてきたことから,これらは短期的 工程で行う必要がある。  退院を希望する全ての強制入院患者につき十分な代理人活動を行うには,日弁 連委託援助の予算では限界がある。91年国連原則18.1の「患者がそれを支弁す る資力が無い範囲において,無償で弁護人を利用することができる。」とは国費 での選任を意味する。 (3)全国の 52の弁護士会のうち,既に退院請求や処遇改善請求のための当番弁護 士制度・出張相談制度を行っている会が 25会,準備中の会が5会あり,弁護士 会側もその体制を整える準備は進んでいる。 2 精神医療審査会の抜本的改革 (1)審査会の独立性・中立性の確保(第6節第3の2)のための,@知事等が審査 会の審査結果に基づいて速やかに命令を出す運用に統一すること,A事務局の長 を精神保健福祉センターの副センター長とした上で弁護士等から人材を起用する こと,B合議体の医療委員を2人とする運用を普及させること,C医療委員以外 の合議体の長を受容する審査委員の意識改革は,審査会改革の根本であり,速や かに実現する必要がある。とは言え,審査委員をはじめとする関係者が審査会の 現状の問題点と改革の必要性・方向性について認識を共有するため,2,3年の 準備期間を要するであろう。  その運用・普及状況を見ながら,5年内を目途に,なお不十分な運用の是正に 必要な法改正を行う。特に事務局については,法改正において,法改正から5年 を目途に,選挙管理委員会や労働委員会と同様の行政委員会として整備する旨を 盛り込む。 (2)審査会制度の利用に関わる手続保障(第6節第3の3)のうち,D入院者の申 立権の実質的保障のための様々な方策(同3(1))については,上記の弁護士会 の当番弁護士制度・出張相談制度の体制整備と並行して,できるものから速やか に実現していく。特に,弁護士選任権の告知と病院に一定の設備を義務付ける 「入院者の権利コーナー」の設置は,上記5年内を目途とする法改正に明記する 必要がある。 ― 229― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言)  これに対し,E審査手続における適正手続上の権利保障等(同3(2)(5)) (3) については,審査会マニュアルの改正や,さらに法改正を要するものがあるの で,2,3年を準備期間に充て,5年内を目途に改正・整備する。改正・整備前 においても,一部の審査会では必要な手続保障を既に実施している現状があるの であるから,他の審査会においても弁護士委員が同様の運用を始めるよう働きか ける必要がある。  F司法統制の確保及び不服申立制度(同3(4))も法改正が必要である。現状 維持の審査結果について行政手続法による取消訴訟等の対象となることを明記す る改正は,上記5年内を目途とする法改正に盛り込む。これに対し,上級精神医 療審査会制度の新設は,短期的改革の成果を見た上での中長期的な立法課題とな る。 (3)G厳格な審査基準・積極的な審査方針(第6節第3の4)に関連して,強制入 院要件の厳格化の法改正が本ロードマップ上,短期的工程に措定されている。改 正前においても,弁護士委員は審査会の合議において,その姿勢を示していく必 要がある。  こうした制度・運用改革と併せて,H精神保健指定医の研修も重要である。フ ィンランドやベルギーの精神保健改革で実施された国主導の数年規模の研修等を 参考に,2,3年の準備期間を設け,その後5年をかけて全指定医に研修を受講 させる。 (4)書類審査の抜本的改革(第6節第3の5)として,入院時の書類審査改革のた めの,I現地審査制度の導入,その段階的実現に必要なJ書類審査する合議体の 審査委員を3人とする制度改革,K措置入院届制度の導入は,いずれも法改正が 不可欠である。上記の5年内を目途とする法改正より速やかな特例措置的な法改 正が望まれる。  定期病状報告書審査の改革も,上記IないしKの改革で実現される。問題のあ る定期病状報告書は必ず現地審査するところから始め,その後,現地審査する範 囲を全件に至るまで段階的に拡大してゆく。もとより,強制入院期間を限定する 法改正が本ロードマップ上,中期的工程に措定されており,実現すれば,定期病 状報告書制度そのものが不要となる。 3 91年国連原則に依拠した実体要件の明文化  現状,曖昧な要件のもとで入院の必要性が十分に吟味されることなく,安易な強 制入院が横行している状況を速やかに改善すべく,遅くとも,2025年までに,精 神保健福祉法を改正し,91年国連原則及び障害者権利条約の趣旨を踏まえ,措置 入院及び医療保護入院の要件を,次のとおり法定すべきである。 @ 措置入院の要件  自傷他害のおそれの即時性又は切迫性を要件とし,法益権衡の観点から,他 害行為については,軽微な法益の侵害行為は除外すべきである。 A 医療保護入院の要件  強制によらない全ての支援を尽くしていること,現に重篤な精神疾患があ り,入院治療によれば症状が改善することが高度の蓋然性をもって認められる ― 230― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ こと,入院治療より制限的でない他の代替手段が存在しないこと,の全てを充 足することを要件とすべきである。 B 任意入院の要件  任意入院の同意は,積極的に入院を拒んでいない状態では足りず,患者本人 の自由で自発的な意思に基づくものとすべきである。退院制限の制度は廃止 し,閉鎖病棟での処遇を禁止するとともに行動制限は認められないものとすべ きである。 4 検証と尊厳回復のための法制度創設  本章第6節で述べたとおり,強制入院による悲惨な人生被害からの回復措置は, 直ちに着手されるべき課題である。国は責任を持って被害の総体と加害の社会的構 造を検証し,その上で,被害者全員の尊厳の回復及び再発防止等の措置を講じて, 社会正義を回復しなければならない。  尊厳被害を検証し,回復し,再発防止策を定立するには,ハンセン病問題の教訓 から学ぶことで,早期の着手が可能であると言える。  よって検証と尊厳回復のための法制度創設は,短期的工程に位置付けられる。  国は,2025年までに,精神疾患・障害のある人に対する患者隔離の法制度がも たらした,隔離被害及び社会構造としての差別偏見の実態について,調査・検証す るとともに,集団として侵害した尊厳と被害そして社会正義を回復させる法制度を 創設する必要がある。 第2 中期的工程(2030年まで) 1 入院期間の限定  不要な長期入院が蔓延している現状はいち早く解消されるべきであるが,入院期 間の限定は,それだけでは長期入院の解消の根本的な解決にならず,精神医療審査 会による実質的な審査体制が整備されていることが前提条件となる。従って,精神 医療審査会が前記第1の2記載のとおり改革されることを前提に,遅くとも,2030 年までに,精神保健福祉法を改正し,措置入院及び医療保護入院の期間上限を,最 長でも 23日とするよう法定すべきである。23日間という上限を定める理由につい ては,本章第1節第2の3において述べたとおりである。  また,全件につき,入院後 72時間以内に,精神医療審査会の審査を経なければ ならないこととし,そこで入院継続可とされなければそれ以後の入院継続は認めら れないこととすべきである。 2 強制入院の受け入れを国公立系病院等に限定するとともに,強制入院の判断権限 者も国公立系病院等の医師に限定すること  まず,新規入院については,国公立病院に限定し,民間病院に新たに入院する患 者数をなくすことから始めるべきである。  そして,既に民間病院に入院している患者については,地域医療・地域福祉の拡 充の取組を促進し,民間病院から地域へ医療を移行させることによって,国公立病 院が受け入れなければならない患者数を減らすべきである。これにより,国公立系 病院等の数が著しく少ない現状でも,強制入院の受け入れを国公立系病院等に限定 ― 231― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) することが可能になる。  また,そもそも現時点で民間病院に強制入院されている患者の中には,第1章第 2節第2の5のとおり,法定手続を履践せず,強制移送されている患者もいる。こ のような,法定手続を潜脱した強制入院の患者を含めなければ,新規患者数は国公 立病院等の病床数の中で賄うことができるのであって,病床の不足という事態は生 じないであろう。  さらに,強制入院や行動制限に関する判断は,人権制約行為に関する判断である ことから,民間病院に所属する精神保健指定医が担うことができるという制度も廃 止し,当該判断を国公立系病院に所属する医師が行うようにすべきである。 3 患者の権利を中心にした医療法によるインフォームド・コンセントの徹底と唯一 の例外としての緊急法理の許容  現行の強制入院制度の廃止に向けて,段階的に入院要件の厳格化と抑制監視,入 院期間の制限,強制入院期間の国公立病院への限定等の措置をとることとなる。こ れは,インフォームド・コンセントを保障した医療提供機会を質的にも量的にも飛 躍的に拡張することにもなる。そうでなければ,結果として,医療を必要とする人 への医療提供を阻害することにもなり得るからである。  精神障害のある人の意思決定及び意思表明支援について,多くの研究が進められ ている。それは権利擁護,自己決定権と尊厳の確立のための支援として位置付けら れ,意思決定支援の技法にとどまらない。  それは当事者が主体として選好することをどこまでも支援するものでなければな らない。そのための環境整備,チーム支援,その人にとってのメリット・デメリッ トの正確な伝達のための適切な情報提供等について,その人が持つ機能特性に相応 した関係性を考慮した人的ネットワークを構築し,具体的なアプローチを準備する ことである。  このようなアプローチにおいては,評価,意見,合理性を持って介入することな く,その人が心にしまい込んだ夢,希望,好き嫌い,やってみたいこと,興味がわ くこと等を,対話によって膨らませ,その人にとって不足している情報・経験を補 足しながら,あくまでもその人の主体的選好を実現するものとしてインフォームド ・コンセントを実践することになる。  全てのケースにおいて,このレベルのインフォームド・コンセントが徹底される ことになるが,具体的なケースにおいて,全ての手段が尽きた場面を前提として, 例外的な事例が残存する可能性は残る。いずれにしても,最終段階においては,克 服されるべきものである。  このようなインフォームド・コンセント法理の唯一の例外となるものが緊急法理 であることは既に述べた。この緊急法理は,あくまでも患者の権利を中心とした医 療法によるものであって,「精神障害者」だけに適用されるものでも,「精神症状」 に対して特別の枠組みが適用される緊急法理でもない。精神障害あるいは精神症状 によって,生命・健康に取り返しのつかない重大な危険が迫り,緊急の医療的措置 がなければ,回避できない事態に限定されることになる。  例えば,切迫した自殺企図について,緊急の強制入院やインフォームド・コンセ ― 232― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ ントを欠いた医療的措置が必須であるかというとそうでもない。他の重大疾患に関 して,その主体的選好を実現するものとしての意思決定が適切になされない場合に ついて,緊急の精神科病院への強制入院やインフォームド・コンセントを欠いた医 療的措置が必須であるとも考えられないであろう。  このような場合は,前段において述べた,主体的選好を実現するものとしてのイ ンフォームド・コンセントの徹底による自己決定権及び尊厳の確立によって克服す べきことになるものである。 第3 短期的工程から中期的工程にかけて継続的に〜地域医療・福祉 1 地域社会資源や医療福祉充実に必要な予算の確保  今すぐ取り組むべきこととして,地域医療・福祉予算を確保すること,そのため の財源計画を立てることが不可欠である。  具体的には,病床に当てられてきた予算を地域へ転換すること,すなわち,病床 の段階的削減として,精神病床は,OECD諸国の人口比病床数を参考に削減する こと,具体的には,2025年までに段階的削減計画を打ち立てて実行し(病棟・病 院閉鎖に向けたアプローチを含む),2030年度までに最低でも 10万床に削減する。 平行して,その分の予算を地域医療・福祉へ転換する。  隔離収容施策のもとで精神科病院に依存した体制をとってきた日本では,これま で,精神科医療関係の予算の殆どが精神病床を保有する病院の入院医療に充てられ てきた。その方針を大転回しなければ,病床が前提とされた政策を変更できず,日 本はいつまでも国際社会から取り残され,人権侵害大国の汚名を継承し続けること になる。  精神障害のある人の地域生活を保障するためには,地域社会の資源及び地域医 療・福祉を充実させる必要がある。病院を中心に充てられてきた予算を抜本的に地 域へ移行させなければならない。場所,スタッフ,予算配置の抜本的改革が必要不 可欠である。 2 入院者が地域福祉へアクセスする体制整備  入院の利用よりも先に,福祉の利用を実効的に行う必要がある。  福祉サービスの利用は入院検討の前提と位置付けられるべきであり,障害者総合 支援法の情報を,精神障害のある人,病院職員,家族等に広く共有し,積極的に情 報提供し,利用を促す。  そして,2025年までに1年以上の入院者については,障害者手帳の取得,障害 年金の受給,障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスの利用についての意向調 査を義務付ける。希望の意向が確認された場合にその手続を支援する体制を整備し た上で,利用のための手続を支援する。 3 当事者運営型の事業展開を  ピア・サポートや自立生活センターの取組を参照して,当事者運営型の福祉事業 所を配置していくべきである。2030年までに全都道府県に当事者運営型のレスパ イト施設や地域事業所が設置されるよう,具体的な設置・運営支援や予算配置を行 うべきである。 ― 233― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 4 訪問診療・往診・ACT等の拡充  訪問診療・往診や,ACTサービスをさらに充実させる必要がある。具体的に は,2025年までに診療報酬の見直しを行い,同時に,全都道府県に ACTの理念を 共有した ACTサービス展開をバックアップする。オープンダイアログの実践に見 合うような診療報酬の見直しも必要である。  2030年までには地域で暮らす人の自宅から,都心部では5km以内,地方でも 20km以内に,拠点となるべき事業所(緊急時対応も可能)が設置され,実効的に 機能するよう,国・行政が設置・運営をバックアップすべきである。 5 オンブズマン制度や権利擁護活動の拡充  入院病棟の療養環境を改善するために,病院や行政とは独立した第三者が,病棟 を訪問して,病院に対する課題改善の提言をするというオンブズマン制度が地域に よっては存在するが,これを全国的に展開する必要がある。精神科病院は,閉鎖的 構造で虐待が起きやすい環境であることを自覚し,積極的に外部から見えるように 整える必要がある。外部の者が病院に入ることで,病棟全体の風通しもよくなるこ とは疑いない。  また,入院中の精神障害のある人が,地域で暮らすイメージや意思を持つため に,第三者が権利擁護者として関わる仕組みも必要である。これにより,退院後の 生活支援を含めた様々な情報提供や心のケアを行うことができる。入院中で孤独に さいなまれている人にも,外との関わりを広げて退院意欲を喚起することができる 可能性がある。 6 精神科医療を知る機会及び差別偏見解消や相談のためのセンター設立(町中に)  町の中心に相談・交流拠点を整備する。2030年までに少なくとも政令指定都市 の全てに拠点を整備する。これにより,その周囲の人たちが誤解や偏見を解消する ことを手助けするし,相互理解は,ともに暮らす社会に向けて互いに協力し合うた めの足掛かりとなることが期待できる。 第4 最終段階(2035年まで) 1 精神障害のある人に対する医療法・医療制度の抜本的改革 (1)精神科医療も患者の権利保障を中心とした医療法に包摂され,精神障害のある 人も他の者に提供されるのと同一の範囲,質及び水準の無償の又は負担しやすい 費用の医療をインフォームド・コンセントに基づいて受けることができるように なる。非自発的な医療介入は,同法に精神科医療に特化しない共通の要件とし て,緊急法理を医療分野に適用する場合の要件が定められる。したがって,精神 障害のある人だけを対象にした精神保健福祉法は廃止され,同法が定める強制入 院制度も廃止される。 (2)パリ原則に基づく国内人権機関が創設されており,精神障害のある人が医療に おいて人権侵害を受けた場合には,他の診療科の患者と同様に同機関に救済を求 めることができる。また,障害者権利条約をはじめ各種人権条約の選択議定書の 批准により国連への個人通報制度が利用できるようになっており,それによる救 済を求める道も開かれている。さらに,患者の権利を中心とした医療法に医療に ― 234― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ おける患者の権利侵害を救済するための独立公正な審査機関を創設する余地もあ る。これらの手続において弁護士は権利擁護者として,また,代理人として活動 することになる。 2 精神障害のある人の地域生活の実現 (1)精神障害のある人が地域で自分らしく安心して暮らすことができるよう,住居 確保,障害年金や生活保護等による所得保障の充実,雇用環境の整備,精神的不 調等が生じた場合に地域生活を継続するための相談・支援等,必要かつ実効的な 障害福祉サービス体制を確立され,精神障害のある人が入院することなく,ま た,家族に負担をかけることなく地域生活を送る条件が整っている。このために 生活保護法,国民年金法,厚生年金保険法などによる所得補償の充実,障害者総 合支援法に基づく障害福祉サービスの質及び量の拡充,障害者差別解消法による 差別の解消と合理的配慮の提供,障害者雇用促進法に雇用分野での差別の禁止と 合理的配慮の提供,さらに,積極的差別是正措置としての割り当て雇用制度によ る一般就労の機会の拡大が図られている。 (2)精神障害のある入院患者が不安なく退院して地域で暮らし,医療を受けること ができるようにピア・サポーター及び福祉専門職による支援が十分に受けられる ようになっており,精神科医療も地域生活を支えるインフラの一つとして,差別 や偏見,強制を受けることを怖れることなく,精神障害のある人が安心して信頼 を持って受診することができる医療機関になっている。 3 精神障害のある人の尊厳の回復及び精神障害のある人に対する差別偏見のない社 会の実現 (1)被害回復のための法制度によって,精神障害のある人に対する患者隔離の法制 度がもたらした構造的な人権侵害,それにより社会構造となった根深い差別偏見 によって損なわれた尊厳と被害の回復が図られており,再び同様の被害を起こす ことがないための法制度が確立されている。 (2)差別を解消しインクルーシブな社会を実現するため,市町村の中心部に交流・ 相談等の地域拠点を整備するなど誤った社会認識を是正する実効的な施策が行わ れている。 ― 235― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 114 1979年6月 21日批准 115 日本弁護士連合会仮訳(https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_ rights/liberty_general-comment.html)(2021年9月3日参照) 116 国連「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(1991年 12 月採択) 117 国連・拷問禁止委員会『委員会によって第 50回会期に採択された日本の第2回定期報告に関す る総括所見』para.22(2013年5月29日採択)(外務省仮約)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/ files/000020880.pdf)(2021年9月3日参照),自由権規約委員会『自由権規約に基づく日本の第 6回定期報告に関する総括所見』para.17(2014年7月 23日採択)(外務省仮約)(https://www. mofa.go.jp/mofaj/files/000054774.pdf)(2021年9月3日参照) 118 障害者権利条約 12条一般的意見para.38,到達可能な最高水準の健康の権利に関する特別報告官 報告書(以下「健康の権利に関する特別報告官報告書」)para.65 119 解放出版社編『ハンセン病国賠訴訟判決「第一次〜第四次」』(解放出版社,初版,2001年)282 頁 120 障害者権利員会一般的意見6号para.9,Theresia Degener, “A New Human Rights Model ofDisability”, Valentina Della Fina et al. ed. “The United Nations Convention on the Rights of Persons with Disabilities”2017 Springerなど 121 国連『国内人権機関の地位に関する原則』(1993年 12月採択) 122 厚生労働科学研究『精神障害者への対応への国際比較に関する研究』平成 23年度総括・分担研 究報告書13〜14頁 123 精神保健福祉資料(令和2年度) 124 第4期障害福祉計画では,2017年度における入院中の精神障害者の退院に関する目標値につい て,入院後1年時点の退院率を 91%(2017年6月末時点で 15万 4100人)とすることとしてい たが,2017年度の 630調査において1年以上の在院患者数が 17万 4472人とされていることか ら,目標値を達成できていないことが明らかである。 125 国連・拷問禁止委員会『拷問の禁止に関する委員会の総括所見』(2007年5月)(外務省仮訳) 10頁(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/gomon/pdfs/kenkai.pdf(2021年8月6日参照)) 126 国連・拷問禁止委員会『拷問の禁止に関する委員会の総括所見」(2007年5月)(外務省仮訳) 10頁(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/gomon/pdfs/kenkai.pdf)(2021年8月6日参照) 127 精神保健福祉資料(令和2年度) 128 OECD(2021),Hospital beds(indicator).doi:10.1787/0191328e-en(Accessed on 05 September2021) 129 日弁連「精神保健福祉法の抜本的改正に向けた意見書」(2012年 12月 20日)(https://www. nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2012/121220_2.html)(2021年9月3日参照) 130 米田倫康『もう一度やり直したい 精神科医に心身を支配され自死した女性の叫び』(萬書房,2019年)195頁 131 日弁連『患者の権利の確立に関する宣言』(1992年 11月6日)(https://www.nichibenren.or.jp/ document/civil_liberties/year/1992/1992_3.html) 132 精神保健福祉法第 33条1項1号「第 20条の規定による入院が行われる状態にない」についての 厚労省解釈,精神保健福祉研究会『精神保健福祉法詳解』(中央法規出版,2016年,四訂) 133 NPO法人全国精神障害者ネットワーク協議会,伊藤哲寛,上田啓司,野中猛,八尋光秀「精神 医療は誰のため?―ユーザーと精神科医との『対話』」(協同医書出版,2015年) 134 町野朔『患者の自己決定権と法』(東京大学出版会,1986年) 135 『立命館経済学 第 66巻第3号』(2016年)307.319頁(小田巻友子「コ・プロダクションの社 会政策的位置づけ―NPMから NPGへ―」) ― 236― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ 136 大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンター,兵庫県こころのケアセンター翻訳『SAMHSA のトラウマ概念とトラウマインフォームドアプローチのための手引きー SAMHSAのトラウマと 司法に関する戦略構想』(2014年7月)(https://www.j-hits.org/_files/00107013/5samhsa.pdf) (2021年8月6日参照)。 137 『花園大学社会福祉学部研究紀要 第 28号』(2020年3月)(神谷栄司『オープンダイアローグ の理論的基礎−ヤクビンスキ−,バフチン,ヴィゴツキーからの照明−) 138 『臨床評価(Clin Eval)42 .』(臨床評価刊行会,2014年)(齊尾武郎(フジ虎ノ門健康増進セ ンター)「急性精神病に対するオープンダイアローグアプローチ:有効性は確立したか?」) 139 アウトカム研究とは,検査値の改善度,合併症の発生率,再発率や死亡率などの臨床上の成果 や,検査の説明が理解できた,食事や内服薬の説明が理解できた等の患者の QOLの改善度をア ウトカム(成果)として捉え,それらが医療行為によってどのように変化したかを調査,検証す るもの。 140 『オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)会報』(オープンダイアローグ・ ネットワーク・ジャパン(ODNJP)) 141 オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)作成委員会『オープンダイアロー グ 対話実践のガイドライン 第1版』(2018年) 142 『Japanese Journal of Beief Psychotherapy 2017, V ol26, No.2』,58〜60頁(飯田大輔『シンポジ ウム「日本におけるオープンダイアローグの実践可能性」「日本におけるオープンダイアローグ の実践可能性」』) 143 『精神看護 Vol.22 No.6』(医学書院,2019年)『特集 琵琶湖病院で始まっているオープンダイア ローグを取り入れた日常診療』 144 『最新精神医学 24巻5号』(世論時報社,2019年)(村上純一『精神科病院におけるオープンダ イアローグを志向した取り組み』) 145 岩崎香『障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究』 146 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域生活支援推進室『令和3年3月 31日付 け事務連絡「障害者ピアサポート研修事業に係る情報提供等について」』(https://www.mhlw. go.jp/content/000785953.pdf)(2021年9月3日参照) 147 相川章子『精神障がいピアサポーター―活動の実際と効果的な養成・育成プログラム』(中央法 規出版,2013年) 148 大島巌監修『ピアスタッフとして働くヒント−精神障がいのある人が輝いて働くことを応援する 本』(星和書店,2019年) 149 北海道浦河町ホームページ(https://www.town.urakawa.hokkaido.jp/)(2021年8月6日参照) 150 向谷地生良・浦河べてるの家『新・安心して絶望できる人生「当事者研究」という世界』(一麦 出版社,1版,2018年)4頁 151 べてるの家ホームページ『べてるの家とは』(https://urakawa.bethel-net.jp/aboutus)(2021年 9月3日参照) 152 浦河べてるの家『べてるの家の「当事者研究」』(医学書院,1版,2005年)3頁 153 向谷地生良・浦河べてるの家『新安心して絶望できる人生「当事者研究」という世界』(一麦出 版社,1版,2018年)48頁 154 野口裕二「ナラティブと共同性自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ−」(青土 社,1版,2018年)176頁 155 石原孝二編「当事者研究の研究」(医学書院,1版,2013年)67頁 156 『国立歴史民俗博物館研究報告第 205集』(国立歴史民俗博物館,2017年)60頁(浮ヶ谷幸代 『日本の精神医療における「病院収容化(施設化)」と「地域で暮らすこと(脱施設化)」』) 157 『精神医療 31号』65頁(向谷地良生『浦河赤十字病院における精神科病床の削減と“べてるの ― 237― 第3章 あるべき精神障害のある人の尊厳を確保するシステムに向けて(提言) 家”を中心とした地域生活支援体制の構築』」〜 158 前掲浮ヶ谷 66頁 159 高田氏は,第二次減床期は地域移行の成功例ではないとして,転院を余儀なくされた患者がいた ことの後悔の念を語る。『精神看護 18巻5号』(医学書院,2015年)498頁〜501頁(高田大志 『連載 精神科病床を休止。超長期入院の患者さんをどうやって地域へ?.―医療依存から離れ る覚悟』) 160 前掲浮ヶ谷 70頁 161 前掲浮ヶ谷 71頁 162 『日本赤十字看護学会誌 17.』(日本赤十字看護学会誌,2017年)100頁(高田大志・塚田千鶴 子『浦河における脱施設化プロセスと現在(第 17回日本赤十字看護学会学術集会;シンポジウ ム 障がい者の自立支援の現状と課題)』) 163 厚生労働省『サービスの体系』(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/taikei. html)(2021年8月8日参照) 164 厚生労働省『精神保健福祉資料』(令和元年度) 165 厚生労働省『精神保健福祉資料』(令和元年度) 166 一般社団法人全国訪問看護事業協会『訪問看護ステーション数調査』(2020年度)(https:// www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-research.pdf)(2021年4月 11日参照) 167 厚生労働省『精神保健福祉資料』(令和元年度) 168 厚生労働省『精神保健福祉資料』(令和元年度) 169 厚生労働省の HP掲載のパンフレット「ACTガイド」(特定非営利活動法人地域精神保健福祉 機構・コンボによる 2010年3月 30日作成のもの)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/ shougaihoken/cyousajigyou/jiritsushien_project/seika/research_09/dl/result/07-02b.pdf)(2021 年9月5日参照) 170 特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構・コンボ『ACT概要』(https://www.comhbo. net/?page_id=1379)(2021年9月5日参照) 171 『臨床精神医学 40.』(アークメディア,2011年)691.696頁(高木俊介『これからの精神科地 域ケアとACT((特集これからの精神科地域ケア−統合失調症を中心に)−(地域ケアの時代 の新たなサービス概念)』) 172 主任研究者伊藤順一郎『重度精神障害者に対する包括型地域生活支援プログラムの開発に関す る研究」「重度精神障害者に対する包括型地域生活支援プログラムの開発に関する研究分担研究 報告書「ACT-Jにおける再入院抑制効果に関する研究 ランダム化対照試験退院後1年間の分 析」 173 上記 169参照 174 『病院・地域精神医学 50.』(日本病院・地域精神医学会,2008年)51頁(高木俊介『新しい地 域精神医療・福祉への挑戦―ACT(包括的地域生活支援)を創る・続ける・広げるー』) 175 上記 170コンボのホームページを参照 176 『賃金と社会保障1735.1736』(旬報社,2019年)57頁(東奈央『日本における地域精神医療の 実践 ACT.K張り付き取材から』) 177 きょうされん『障害のある人の地域生活実態調査報告書』(2016年5月 17日)(https://www. kyosaren.or.jp/wp-content/themes/kyosaren/img/page/activity/x/x_1.pdf)(2021年7月 15日 参照)回答者に占める精神障害のある人の割合は約25%とされる。 178 古屋龍太・大島巌編『精神科病院と地域支援者をつなぐみんなの退院促進プログラム実施マニ ュアル&戦略ガイドライン』(ミネルヴァ書房,2021年,初版)21頁 179 古屋龍太『精神科病院脱施設化論』(批評社,2015年,初版)206頁 180 2021年度の障害福祉サービスの改定により,前年度に1人以上の地域移行があった事業所に対 ― 238― 第7節 私たちがめざす改革のロードマップ する報酬が新たに設定されるとともに,前年度に3人以上の地域移行実績を有する事業所につい て,報酬単価上がった。また,ピアサポート体制加算居住支援連携体制加算地域居住支援体制強 化推進加算等が新設された。 181 支給決定期間は6ヶ月以内とされているが,必要な場合にはさらに6ヶ月の更新ができる。 182 地域移行支援事業は,対象者と月2回以上面会することが報酬の条件となる。 183 体験宿泊には報酬の加算がされる。また,退院が実現した場合にも報酬の加算がある。 184 横藤田誠『精神障害と人権―社会のレジリエンスが試される』(法律文化社,2020年)168〜187 頁では,日本の「施設コンフリクト」(障がい者施設等の新設などにあたり,地域社会の強力な 反対運動に遭遇して頓挫したり,あるいはその存立の同意と引き換えに大きな譲歩を余儀なくさ れたりする施設と地域との間での紛争事態)の発生状況等について論じられている。同文献で言 及されている過去の調査(国立精神・神経センター精神保健研究所の 1978年〜1987年調査,毎 日新聞社の 1989年〜1998年調査,野村恭代氏の 2000年〜2010年調査)の結果等に照らして も,障害者施設のなかで特に精神障害者施設における施設コンフリクトの発生確率が高く,精神 障害者に対する差別・偏見がその大きな要因となっていることは明らかである。 185 『判例時報 2439号』(判例時報社,2020年)4頁 186 ハンセン病問題に関する検証会議『ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書』(2005年) 187 通称「ハンセン病問題基本法」平成 20年法律第 82号−その後,2019年家族をも固有の被害者 であり権利主体として追加する法改正を行った。 188 川上武『現代日本医療史』(勁草書房,1965年) 189 任意入院の場合,退院は原則として自由であることから,精神科病院管理者は,患者から退院申 出があった場合には原則として退院させなければならない(精神保健福祉法 21条2項)。 しかし,現実には,入院患者の病状等に照らし入院を継続して医療や保護を続ける必要があると か,退院後の通院が難しいこと,退院後の受入環境が整わないなどを理由として,退院が制限さ れるケースがある。そこで,任意入院患者は,入院を継続させられることに納得ができない場合 には退院請求を行うことが可能である。 なお,任意入院患者から退院の申出があった場合でも,病院管理者は,指定医が診察して医療及 び保護のための入院を継続する必要があると判断した場合,例外として 72時間の範囲内で退院 させないことができる(同法 21条3項。また,緊急の場合には指定医に代えて特定医師の診断 によって 12時間の範囲内で退院させないことができる。同条4項)。この制限時間を超えない間 に任意入院から医療保護入院へと切り替える手続がなされた場合には,結局は,患者自身の意思 で退院をすることはできず,強制入院中の患者として退院請求の方法によることとなる。 190 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行規則 22条 191 国連「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」 192 厚生労働省『衛生行政報告例』(令和元年度) ― 239― エピローグ エピローグ  この基調報告書を読まれて,どのようなことを考えられただろうか。精神障害のある人 の尊厳を確立すべきことには異論はないだろう。人権侵害の実態の調査・検証によりその 実態が明らかになれば,損なわれた尊厳と被害を回復させるための法制度を創設すること に強い抵抗感を感じる人も少ないだろう。精神障害のある人の地域生活を支えるための社 会資源を充実させることやそれによって入院者を地域に戻していくことにも大きな反対は ないだろう。精神医療審査会の独立性の強化や審査委員のバランスを医療側から非医療側 に傾けていくこと,適正手続化を進め弁護士が患者の代理人としてその権利を擁護するよ うにすることにも大方の了解は得られるだろう。国内人権機関の創設も,パリ原則を完全 に遵守したものにしていけるかは議論があるかもしれないが,一致した方向に進むことは できるだろう。そうした中で,多くの人の一致した理解やコンセンサスを得ることが最も 難しいと思われるのは,精神保健福祉法の強制入院制度の廃止ではないかと思われる。実 際に決議案を練り上げ基調報告書を作成していく中でも,最も多く意見が出されたのは, 強制入院制度の廃止であった。  この点について私たちは,「精神障害」という言葉に伴う治されるべき状態という否定 的な含意に対して,「精神科医療」という言葉に伴う正常な状態あるいはあるべき状態に 治すという肯定的な含意があることに,目を曇らされてきたのではないだろうか。精神障 害のある人が治療を受けられるようにしてあげることはよいことだと素朴に考えてしまう 人は少なくないのではないだろうか。したがって,強制入院制度も必要な場合があると。 しかし,この基調報告書でも取り上げているように,国連の障害者権利委員会の一般的意 見においても健康の権利に関する特別報告官報告においても,強制入院が,人権と対象者 の健康や社会生活に重大な損失をもたらすことが指摘されている。私たちが今回行った入 院経歴者へのアンケートとインタビュー調査からも,深刻な人権侵害の実態を垣間見るこ とができる。  世界保健機関(WHO)が今年(2021年)発表した「地域精神保健サービスガイダンス  本人中心の権利に基づく取り組みの促進」(Guidance on Community Mental Health Services Promoting Person-Centered and Rights-Based Approach193)も,「強制的な処置 は,利益をもたらすという証拠がなく,心身への危害と死にさえも至らせるという重要な 証拠があるにもかかわらず,世界中の国々に広がり増加している。強制を受けた者は,非 人間化(dehumanization),無力化(disempowerment),蔑み(disrespected),自分に影 響する問題の決定からの疎外(disengaged)を感じたと報告している。多くの人々は,状 態をより悪くさせ苦悩の体験を増大させていくトラウマ化あるいは再トラウマ化として強 制を経験する。強制を行うことは,精神保健スタッフの中で人と人の信用と信頼を掘り崩 し,結果としてケアと支援を探し求めることをしないようにさせてしまう。強制の活用 は,それを用いる専門家の良好な状態(well-being)にも悪い結果をもたらす。」(同書8 頁)と指摘している。その指摘は私たちのアンケートとインタビュー調査の結果とも一致 している。強制入院制度は入院をさせられる者にも入院をさせる医療者にも有害であり利 益がないというのが,国際的にも共通した認識になっている。 ― 240― エピローグ  国連の健康の権利に関する特別報告官報告が,同様の認識を前提にして強制入院制度の 廃止に向けたロードマップを作成して,それを実行していき強制入院制度の廃止を実現す べきことを求めていることはこの基調報告書でも述べたが,上記の WHOのガイダンス も,強制入院制度の廃止に向けて世界各国の優れた取組を 22も紹介し,廃止に向けた実 践の素材を提供し,進むべきアクション・ステップを提示している。  従来,精神保健福祉制度の改革の多くは精神科医や行政担当者を中心に進められてきた ためか,政策的な判断に基づく議論が多く,ともすると法律家であっても個人の価値観や 世界観から強制入院制度の当否を論じる議論が見られる。しかし,障害者権利条約は差別 的な自由剥奪の禁止(14条),法的能力の平等化(12条),精神障害のある心身がそのま まの状態で尊重されなければならないこと(17条),包容化された地域社会で生活する権 利(19条),例外のないインフォームド・コンセントの実施(25条)などを定めており, 強制入院制度を廃止すべきものとしている。障害者権利条約は 2014年以降,日本の国内 法として精神保健福祉法の上位規範になっている。したがって,強制入院制度の廃止は, 単なる政策的判断や個人の価値観に基づく議論ではなく,法に基づく人権の保護と実現の ための義務である。そして,その実現のための実践はすでに様々な国で行われ始めてい る。  精神病者監護法から 121年,精神衛生法から 71年,精神保健(福祉)法から 34年の長 きにわたる精神障害のある人に対する差別的な自由剥奪の制度を廃止することは,一朝一 夕には実現できないかもしれない。しかし,今後も強制入院制度による犠牲者を生み出し 続け,その深刻な人権侵害を座視し続けることは許されない。人権と保健に関する国際的 な専門機関は,強制の廃止へと舵を切ることを求めており,その求めに真剣に向き合って 様々な努力を積み重ねている人々と国々がある。今や議論すべき問題は,強制入院制度の 廃止の是非ではなく,どのようにして廃止していくかである。この基調報告がその道筋と 方法を提供するものとなることを期待している。 ― 241― エピローグ 193 WHO『Guidance on community mental health services: Promoting person-centred and rights- based approaches』(https://www.who.int/publications/i/item/9789240025707)(2021年9月2 日参照) ― 242― 1 11 アンケート アンケートアンケート・ ・・インタビューまとめ インタビューまとめインタビューまとめ 巻末資料巻末資料 T 書式@ ............................................................................ .......................................... ...................................... ........................ ................................ ................ I .... I .................................. ...................... ........................................................................................................................................................................................................I ................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................I ........................................................................................................................................................................................I ................ ............................ ........................................................................................................................................I ..........................................................................................................................................................................I ..........................................................................................................................................................................I ................................................................................................................................................................I ...................................................................................................... ....I ........................................................................I ......I ........I ......I ..........I ..I ..I I ....I .................................................................................................. ............I ........I ..I ........I ......I ....I ..........I ..........I ..........I ..I ..I ..I I ....I ..........I ........................................................................................ .............................. ..................................................................I ................I ..I ..I ..I ..I ..I ..I ..I ..I ......I ....I I ..I ....I ....I ....I ....I ....I ....I ............I ....I ........I ....I ......................I ......I ........I ....I ..I ..............I ..I ............I ..I ....I ..........I ..............I ............I ..I ....I ..I ..I ....I ..I ..I ..........I ..I ..I I I I ....I ..I ....I ....................................................................................I ― 245 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ ........................................................................1 ....I ..........................................................................I ....I ..I ....I ......I I ....I ..........................................................................................I ..I ..I ..I ..I ........I ..I ..I ..I ........I ........I ............I ..I ....I ..I ..I ....I ....I ..I ............I ..........I ............I I ....I ............................................................................................s ........I ..I ................I ..............I .............. ....I ..................I ..I ..............I ..I ..I ..I ..I ..I ............I ..I ..I ..I ..I ..I ..............I ..I ..I ..I ..I ..I ............I ..I ..I ..I ..I ..I ....................I ..I ..I ..I ..I ..I ..................I I ....I ..............................................................I I ....I ................................................................I ..............I I I I I I I I I I I I I I I I I I I ― 246 ― T 書式@ ........................................................................1 .................................. ..................................................................................................I ..........I ..I ..I ..I ..I ................I ....................I ..I ..I ..I ..I ..................I ......................I ..........I ................I ..........I I ......................................................................................................I ........................I ........................I ......................I ..I ..I ..I I ....................................................................................I I I I I I I I I ..................................................... .................................... ............... ................u ....................I ..I ..I ..I ..I ........I ........I ........................................I ..........I I ................................................................. .................................. ..........................................I ..I ..I ..I ..I ... 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........................................................................................................................................ .................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................. ................................................................................................ .............................. ................................................................................................ .................................................................................................................................................................................... ................................................................................................................................................................................................................................ ............................ .......... .................................. ........ .. .... .. ...... .......... .. ........ .................................. .......... .. ...... .. ............ .. ...... .. ........................ .......................... ................................ .................................... ............................................................ ― 249 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 個別インタビュー調査ご協力のお願い(説明文) 1.個別インタビューの目的 日本弁護士連合会は,2021年10月14日,15日に第63回人権擁 護大会を開催します。同大会のシンポジウム第1分科会として,「精神障害の ある人の尊厳の確立を目指して〜地域生活の実現と弁護士の役割〜」をテー マにシンポジウムを開催する予定です。シンポジウムでは,精神障害のある 人に対する人権侵害の根絶を目的として掲げ,精神障害があるかないかに関 わらず,すべての人の尊厳を保障する法制度の確立を求めたいと考えていま す。そのためには,実際に精神科医療を経験された方の声を直接お聞きし, その実態を社会に伝えることが重要だと考え,個別インタビューを実施する ことにしました。 個別インタビューでは,事前のアンケートで回答された入院中の体験につ いて,より具体的な内容をお聞きします。 2.インタビュー協力の任意性と撤回の自由 このインタビューにご協力いただくかどうかは,ご本人の自由意志に委ね られています。また,インタビューでは,お答えになりたくない点はお答え にならなくてもかまいませんし,インタビューの途中で同意を撤回すること も可能です。そのような場合でも不利益になることは一切ありません。 3.個人情報の保護 インタビューでお話しいただいた内容及びご提供いただいた個人情報は, 日本弁護士連合会のプライバシーポリシーに従い厳重に管理いたします。 なお,ご提供いただいた個人情報は,担当弁護士によるインタビュー調査 及びその連絡のために利用し,状況に応じ,インタビュー調査の内容につき, 再度お問い合わせ等の御連絡をさせていただくことがあります。 4.インタビュー結果の公表 インタビューでお話いただいた内容については,個人情報として厳重に管 理し,個人が特定できないよう集計・分析した上で,第63回人権擁護大会 シンポジウム及び同基調報告書において,公表することがあります。 ― 250― T 書式B 5.インタビュー結果の資料の取り扱い インタビューでお話しいただいた内容については,第63回人権擁護大会 シンポジウム及び同基調報告書の作成のためにのみ使用します。シンポジウ ム終了後,お話しいただいた内容を記載した書面及び同意書についてはシュ レッダーで粉砕します。 6.その他 このインタビューは日本弁護士連合会が実施するものです。ご意見・ご質 問については,インタビュー担当者に直接お問い合わせいただいてもかまい ませんし,下記までご連絡いただいてもかまいません。 記 【日本弁護士連合会 人権部 人権第二課】 住所 〒100−0013 東京都千代田区霞が関1−1−3 弁護士会館15階 人権第二課 FAX 03−3580−2896 メール seisin-survey@nichibenren.or.jp 以上 ― 251― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 同意書 日本弁護士連合会 会長荒 中 殿 私は,個別インタビューに当たり,説明文記載事項についてインタビ ュー担当者から説明を受け,これを理解しましたので,個別インタビュ ーに協力することにつき同意します。 以下の項目について説明を受け,理解しました(以下チェック.をして ください)。 □ 1.インタビューの目的について □ 2.インタビュー協力の任意性と撤回の自由について □ 3.個人情報の保護について □ 4.インタビュー結果の公表について □ 5.インタビュー結果の資料の取り扱いについて □ 6.その他について 20年 月 日 氏名 ― 252― T 書式CD 同意撤回書 日本弁護士連合会 会長荒 中 殿 私は、個別インタビューに当たり,説明文記載事項についてインタビ ュー担当者から説明を受け同意しましたが,本書をもって同意を撤回し ます(以下あてはまるものにチェック.をしてください)。 ..個別インタビューを受けることについての同意を撤回します。 ..個別インタビュー結果の公表について同意を撤回します。 20 年 月 日 氏名 ― 253― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ ....................................................................................................\ ...................................... ..........o ....a ....... ........a Y ......N ........a ..a ......N ........a ....a ........N ........a ....T ........N ........a ....a ........N ........a ....s ........N ........a ..a ......N ............V a ......N ....A ..s ......N ..£ ......a ......N ................................................ ....a ........N ................................................ ....s ........N 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880.............................. ................................................ ............1105..(100..) 0.6% 94.1%5.2% 1 ... 2 ..O ....v ...................................................... 0.5% ............1040..(100..) 80.9%15.0%3.7% 1 ... 2 ..O 3 ........O ....v .................................................................................................................... 0.0% 10.0% 20.0% 30.0% 40.0% 50.0% 60.0% ...................................................................................................... .................................................................................................................................................................................................................................................................................................................. ............................................................................................................................ ― 259 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ .................................................................... 0.0%5.0%10.0%15.0%20.0%25.0%30.0%35.0%40.0% 1.......... 2.......... 3.............. 4.............. 5.......... 6...... 7...................................................... ................................................................................................................................ ............................................................................................ .................................................................................................................................................................................................................. ..............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................T s ......................T s ......................T s ..........................................a ....................................................................................................................................................................................................................................a ......s ............................................................................a ..s ..............................................................................................................................................a 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....................................................................................................................................................a ..............................a ......s ....................T T a ....................................................................................................................................................T ..............................a a ..a ................s ........a ........................................................................................................................................................................................................s ........................a a a ............................................................................................................................................................................................................ ― 260 ― V 分析結果 " ..........................................................1 ..............................................................................................1 ............C ......................C ........................C Y T s a ..........£ Y T s a ..........£ Y T s a ..........£ ......... ..a a U a ..a ........N ....Y ..a ..Y a ....a ........N ..U ..a a a ..a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........° ..U a a s ..a ........N ..a ..a ..a ..a ....Y ........N ..a ..a ..a ..Y ..s ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..U a a s ..a ........N ..Y ..U ..a ..a ....Y ........N ..U ..a ..a a ..a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..s s a s ..a ........N ..a ..a ..a ..a ....Y ........N ..a ..s ..a a ..Y ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ..........l a a a a ..a ........N ..s ..U ..a ..a ....s ........N ..a ..a ..U ..a ..a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ...... ......O ..a ..a ..a ..a ..a ......N ....a ....a ....a ..a ....s ......N ....T ....Y ..T ..T ....s ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........X ..a ......N ........X ....a ......N ........X ....a ......N ..................C ..................C ....................C Y T s a ..........£ Y T s a ..........£ Y T s a ..........£ ......... ..a ..Y ..Y a ..a ........N ..a ..a ..Y a ....a ........N ..a ..a a s ..a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........° ..U ..U a ..a ..U ........N ..a ..a ..a ..Y ....a ........N ..T ..a a a ..a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..a ..a ..U ..Y ..U ........N ..a ..a ..s ..U ....Y ........N ..a ..a a a ..Y ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..a ..a a ..U ..a ........N ..T ..Y ..T ..U ....s ........N ..U ..T a a ..T ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ..........l ..a ..a ..Y ..s ..Y ........N ..U ..a ..a ..a ..a ........N ..a ..Y a a ..U ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ...... ....T ....T ..a ..a ....a ......N ....a ....a ..a ..T ....Y ......N ....a ..U ..s ..T ....a ......N ......O ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........X ....T ......N ........X ....a ......N ........X ..a ......N ............C ............C Y T s a ..........£ Y T s a ..........£ ......... ..a ..a a T ..a ........N a a U Y ..U ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........° ..a a a s ..a ........N a s Y Y ..U ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..Y ..a a s ..a ........N a Y Y Y a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ......... ..T ..Y a a ..s ........N a Y Y Y a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ..........l ..a ..a a a ..T ........N a Y U Y a ........N ........N ........N ......N ........N ........N ......N ...... ....T ..s ..U ..a ....a ......N ..a ..U s a ..a ......N ......O ........N ........N ......N ........N ........N ......N ........X ..a ......N ........X ..a ......N ― 261 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ ...................................................................................................... ...................................................................................................... ...................................................... ..........................................................................................................................................................................................................T ..................................................a ........................................................................a ............a ..........................a ............T ..................................................................................................................s ..........................T ................................................................................................................................................T ......................................................s ..........................................T ..........................................a ............................................................................................................T ............s 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....................................................................................T ............a ........................................s ..........................a ......................s ......................................s ................................T ............s ......................................................................................................T ..........................................s ........................................................................................a ................a .......... ― 262 ― V 分析結果 .................................................................................................................................. ........................................................................................................ ................................................................................................................ ............................................................................................................ ............................................................................................................................................ ― 263 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ .................................................................................................................... .......................................................................................................................... .............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................. ............................................................................................................................................ .......................................................... ............................................................................................................................a ............a ..........................................................T ..................................................................T ..........................................................................................s ....................s ......................................................................................T ....................T ..........................................s .......................................................................................... ― 264 ― V 分析結果 .................................................................................................................... .................................................................................................................. .................................................................................................................................................................................................................................... .... .......................................................................................................................................................................................................................................................... ........................................................................................................................................................a ................................................................a ............a ............s ............a ........................................................................................................................a ................................................................................................................................................................................................a ............................a ............................................................s ..........s ..............................................................................................................................................................................................................................................a ..................................................s ..........T ......................................................................s ........................a ........................................................T ..........T ..........a ..........a ........................................................................s ..........a ..................................................................T 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.................................................................................................................... 0.0%10.0%20.0%30.0%40.0%50.0%60.0% 1.............................................. 4...................................... 3.............................................. 5............................................ 2............................ 6.......................................... 7.............. 8................................ 14........................................................ 12.......................................... 9.................................... 10...................... 11.......................... 13...................... 16.................................................. 17.......................................... 15.............................. 18.................................................. 20.............................. 22........................ 21................................................ 19.......................... 26...... 24.......................... 23........................ 28........................ 25........ 27...................................... ................................................................................................................ 0.0%10.0%20.0%30.0%40.0%50.0%60.0% 1.............................................. 3.............................................. 4...................................... 2............................ 5............................................ 6.......................................... 7.............. 8................................ 12.......................................... 9.................................... 11.......................... 13...................... 10...................... 14........................................................ 16.................................................. 15.............................. 17.......................................... 18.................................................. 20.............................. 22........................ 21................................................ 19.......................... 26...... 27.......... 23........................ 25........ 24.......................... 28...................................................... ― 266 ― V 分析結果 ...................................................................... .................................................................................. 3.............................................. 1.............................................. 4...................................... 5............................................ 2............................ 6.......................................... 8................................ 9.................................... 14........................................................ 13...................... 7.............. 10...................... 11.......................... 12.......................................... 16.................................................. 17.......................................... 15.............................. 20.............................. 18.................................................. 22........................ 21................................................ 19.......................... 26...... 28........................ 24.......................... 27.......... 25........ 23...................................................... ................ 0.0%10.0%20.0%30.0%40.0%50.0%60.0% 4...................................... 3.............................................. 1.............................................. 5............................................ 2............................ 6.......................................... 8................................ 7.............. 9.................................... 14........................................................ 11.......................... 13...................... 10...................... 12.......................................... 16.................................................. 17.......................................... 15.............................. 18.................................................. 20.............................. 22........................ 21................................................ 19.......................... 30.......................... 26...... 28........................ 29.......... 25........ 23........................ 24.......................... 27.............................................. ............................................................................................................................................................................................................................ ............................................ ― 267 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ .............................................................................................................................. .......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... ............................................................................................................................................ ................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ ― 268 ― W 別表@AB ............................................................................ ............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ .......................................................................................................................... ............................................................................................................................................................................................................................................................ 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.......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... .................................................................................................................................................................................................................................. ― 269 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ .................................................................... .................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... .................................................. ............................................................................ .......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... ― 270 ― W 別表CDE ...................................................... .................... ....... ...... ....... ...... Y ................O ..Y ........U T ........................O ..T ....U s ....................O ..s ......A a ............O ..a ............S a ............O ..a ........... a ..............O ..a ........ a ................O ..a ..........8 a ............O ..a ......U a ............O ..a ........................ ..U ............O ..U ...................... ..Y ................................O ..Y .................... ..T ................O ..T .................. ..s ......................O ..s ....U ..a ............O ..a .................. ..a ................O ..a ........A ..a ............O ..a ............Y ..a ..................O ..a ...... ..a ........O ..a ...... ..a ..............O ..a .................... ..U ...... ..U ....S ..Y ........U ..Y ......n ..T ..............o ..T ................O ..s ....i ..s ......d ..a ............ ..a ...................... ..a ....../ ..a ......* ..a .. ..a ..............U ..a ........= ..a ..............L ..a ....d ..a ..............O ..a ........................................... ..a ....................................................O .... ..U ................................................u ..................................................t ................................................g ................................................e ..U ..................................................i ...................... ― 271 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ .......................................................................................................................... .......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................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― 272 ― W 別表F ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................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― 273 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ ............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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― 274 ― W 別表F ................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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― 276 ― W 別表F ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................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― 277 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ ............................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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― 278 ― W 別表F .............................................................................................................................. .................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... 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― 280 ― W 別表G 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― 281 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 282 ― W 別表H 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― 283 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 284 ― W 別表H 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― 285 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 286 ― W 別表H ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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― 287 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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.................................. ― 288 ― W 別表H .......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... 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― 289 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 290 ― W 別表H 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― 291 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 292 ― W 別表I .............................................................................................................................. ........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ 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― 295 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 296 ― W 別表I 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― 297 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 298 ― W 別表I .............................................................................................................................. .................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................... 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― 299 ― 巻末資料1 アンケート・インタビューまとめ 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― 300 ― W 別表I 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― 304 ― W 別表I 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― 305 ― 巻末資料 2 海外視察報告 2 海外視察報告 T ベルギー T ベルギー視察報告 第1 はじめに 1 参加者  橋智美(札幌),東奈央(大阪),小山操子(大阪),佐々木信夫(神奈川),佐 藤暁子(東京),末長宏章(札幌),細井大輔(大阪),小島啓(第二東京) 2 ベルギー視察を行うことの意義  ベルギーは OECD諸国の中では,人口比で日本に続き2番目に病床数の多い国 であるが,1990年以降の精神保健改革を経て,2005年には人口千人あたりの病床 数が 2.51床であったのが 2011年には 1.75床となっており,今も改革が継続してい る。  障害者権利条約との関係では,ベルギーも課題がある。  日本において,早急に精神病床を削減,不必要な長期入院を回避し,脱施設化を 模索するためには参考となる面がある。 3 ベルギー視察行程 (1)2019年 12月2日(1日目) @ メッレの精神科病院「psychiatrisch centrum caritas」での講義 A 精神科病院見学 (2)2019年 12月3日(2日目)  ブリュッセルでのテーブルパネルディスカッション  ・精神科医  ・精神障害当事者  ・法務局担当者  ・治安判事  ・心理療法士  ・弁護士 第2 メッレの精神科病院「psychiatrisch centrum caritas」での講義 1 講師について  クリスチャン・デコスタ氏  精神科医療改革に関わった元ベルギー保健省次官(弁護士資格有り)  病院関連法に着手し,患者の保護及び観察,措置入院について,法律を多数立案 して通した方。 2 ベルギーの精神科医療の問題点  2000年から 2010年,病床数が多すぎて,世界でもトップクラスであるという問 題があった。デコスタ氏が関わり始めたとき2万 6000床もの病床があったが,現 在は半減して1万 3000床である。  長期的な入院は,人生を精神科病院で送ることを意味し,今から 40年前に遡る と,精神科病院が患者の治療のみでなく,居住施設になっていた。中には 70年以 ― 309― 巻末資料2 海外視察報告 上入院した人もいたという。 3 ベルギーの精神科医療改革について (1)ベルギーの医療制度の特徴 @ 連邦の管轄と地方の管轄がある。  2014年から,外来や医療政策については,地方に管轄が移譲された。  社会保険や医療保険,病床数の設定や医師の免許制度,薬事法は連邦の管轄 である。措置入院も連邦の管轄である。 A ベルギーの病院は,非営利団体として設立されているものが多い。大半の医 師は,個人経営でオフィスを持っている。医師が治療して診療報酬を受け取 る。  患者には,病院や医師の選択の自由があるというのが特徴である。  「ゲートキーパー」と呼ばれるかかりつけ医が専門医に紹介する制度がヨー ロッパで広がっているが,ベルギーでは行われていない。 (2)コミュニティケアやモバイルチームへの転換 @ 2000年〜2010年,ベルギーの病床数が多すぎて,世界でもトップクラスで あるという問題があった。  長期的な入院というのは,要するに,その人たちは,人生を精神科病院で送 ることになる。病院という概念と異なる。精神科病院は,一時的に治療すると ころと考えなければならない。 A 病床削減の結果,長期入院患者はどこに行ったのかであるが,@ナーシング ホーム,Aシェルターハウス,Bコミュニティケア移行の3つのいずれかが通 常。外来ケアになったケースもある。  コミュニティケアは,患者の自宅,家族の住居,新たな住居(一人暮らし) で行われる。コミュニティケアについて,より多くの治療ができるようになっ た。  精神科ナーシングホーム,シェルターハウスの二種類を考案した。  精神科ナーシングホームは,患者が長期入所できる施設。救急治療の必要が ない患者が対象。  シェルターハウスは,保護ホームで,街中の小さな家で生活をする。  ナーシングホームは,病院の中ではなく,外に出たのがポイント。  ベルギーの医療は公的な医療保険で賄われており,病院にいるとほとんど国 が負担しており,患者の個人負担が少ない。病院からナーシングホームに移行 すると患者の個人負担は増える。  モバイルチームは,急性発作に対応して自宅で治療などを行うチーム。 B 病院が予算の一部を再投資できる。ある程度の裁量が設けられ,コミュニテ ィケアに回せるようにした。第3次改革(2010年)で予算をコミュニティケ アに回せるようになった。  精神科の病棟の予算を,コミュニティケア,モバイルチームの予算に振り分 けることができる。チームがどんな形で動いているかは,病院に裁量がある。 病院のスタッフがモバイルチームに参画している。 ― 310― T ベルギー  ベルギーでは,病床を1床削減するときに,ナーシングホームは1床増やす ことができる。また,病床を1床削減するときに,2人分のシェルターハウス を増やせる。  1991年からの改革で,ナーシングホームが新たに 4000床,シェルターハウ スが 3000床できた。 C 二種類の構造改革が行われた。法で決めた改革と,病院自体が自発的に行っ た改革。その結果,長期入院用の病床が転換した。  転換を促進する動機付けが重要。病床を削減することでコストがかかるの で,かかったコストに国が奨励金を出す。助成金を出しても,国は経費を削減 できている。  病床を削減したら,患者をより短い期間で集中治療しなければならず,病院 の収益はある程度維持される。  古い建屋(病棟)については,10人以上の大部屋などを改修し,快適にす るために助成金を出す。  入院期間の短縮についてもインセンティブを与える。助成金がある。  入院期間が短くなればなるほど集中する。このため,急性期の治療が増加。 D 患者の権利として,質の高い治療を受けることができること,自己選択性 (非常に重要),差別がないこと,医師もしくは病院の選択の自由,情報に対す る権利,治療ケアを拒否する権利もあることを認めた。  患者の権利の提唱は,当初は困難であった。医師は,「なぜ患者に権利を与 えるのか」という感覚だった。特に,治療ケアを拒否する権利については,医 師サイドからは非常に不評だった。  患者に必要な情報が与えられていれば,選択できるので,情報に対する権利 も重要である。医療記録,カルテの閲覧の自由。患者のみならず,患者が委任 した人も見られる。プライバシー,個人情報を含む。  クレーム(苦情)の自由も認めており,独立した機関のクレームセンターが ある。どんな苦情があったかについては,報告書の提出が義務付けられてお り,ウェブサイトで見ることができる。 (3)措置入院について @ 措置入院については,1990年の改革で法務省の管轄となり,現在,保健省 と法務省が共同で関与している。 A 措置入院の審査は地方裁判所の管轄。観察入院または強制入院は,弁護士の 援護を受けられる定めがある。 B 精神疾患ある患者による犯罪は,責任がないとみなし,治療を受けることが できる手続が定められている。  ベルギーは,EUの人権委員会から注意を受けている。拷問禁止委員会の指 摘はかなり厳しいものであった。  患者を刑務所ではなく,精神科に設けた特別病棟に入院させざるを得なかっ た。その人のケアの程度によって,上,中,下の三段階に分けられている。 4 精神科病院の院長の話 ― 311― 巻末資料2 海外視察報告 (1)病院の現状  病院では,500名がデイケア,200名が住居提供ケアを受けている。  40年前に遡ると,精神科病院が居住施設になっていた。70年以上入院した人 もいたが,今は退院した。  今は,この病院の入院期間は,平均3か月に低下した。  慢性だが安定している人は社会で暮らしていただくことにした。260床を削減 した。 (2)患者の地域への移行で重要なこと  病院サイドの自由裁量,規制緩和も重要である。  コミュニティケアはハードワークである。プレッシャーの多い社会で生きてい かなければならず,患者にとっても負担が大きい。家族にとっても,地域社会に とっても同様であり,隣近所の理解が重要。  仕事ができないケースや,スポーツチームへの加盟が難しかったり,患者が, 自分自身の存在意義を自問してしまうこともある。作業療法や,ボランティア作 業,レジャー支援,友人関係を作ることの支援を行う。  人は一人では生きていけない。 (3)モバイルチームやコミュニティケアについて @ ナーシングホームは,小型のコミュニティで患者が生活している。個室であ る。 A シェルターホームは 1985年に始まった。精神疾患でもかなり重症な人を対 象としていて,5人単位くらいで生活している。 B モバイルチームは,自宅で治療を行う。急性発作に対応するためのモバイル クライシスチームもある。リハビリと患者に対するレジャー,仕事の紹介を行 う。 C 在宅ケアと治療の効果は,入院患者の病院の回転が速くなったことである。 モバイルチームを強化し,病院における治療プログラムの集中化を行った。社 会内での生活に繋げられる。  モバイルチームは,病院とは違い,独立している。患者のフォローアップの チームといえる。過去は退院で中断していたが,モバイルチームに引き継ぐの が一番良い(治療の連続性)。病院が毎回見に行くのは無理である。 D 精神科医が収入減にならないように,病床が減っても何らかの収入が入るよ うに,という観点から金銭的なインセンティブの予算を組んだ。助成金が出て いる。  病床を減らす前にコミュニティケアの充実が先である。地域医療,福祉ケア の充実。モバイルケアは患者が生きていくためにいろいろな職業,地域の対応 が機能している状況で,ネットワークが機能する。ネットワークは最重要と言 ってもよいほど。利害関係者を包括的に巻き込む。 E 充実した包括的なケアで,自分の得意分野を生かし,自分の人生を自分で設 計できるようにする。患者に命令するのではなく,支援し,ある程度自由を与 えながら,通常の市民として生活できるようにする。非常に保護された病院と ― 312― T ベルギー いう環境とは異なる。 F 単に退院させるのではなく,代替策がなければ病院側は嫌がる。行政側は, どうやって病院を支援できるかという考えが必要。 (4)差別解消の意識改革について @ 社会の啓蒙,スティグマの除去については,日常的なところから始めた。  入院患者と社会が色々一緒に活動するのが重要。例えば,バイクツーリング を行った。 A テレビ局と共同で,治療についてのテレビ番組を作った。何がいい治療で, 何が悪い治療か。患者の中にはカメラを向けると暴れる人もいるので,そこは 許可しない。医長が承諾しないと撮影できない。人気があるチャンネルで行っ 写真 メッレの精神科病院「psychiatrisch centrum caritas」見学 写真 精神科病院の入り口 ― 313― 巻末資料2 海外視察報告 写真 院内の敷地の様子。教会や,学習の場もある。 写真 若い患者の学習にも利用されているスペース 写真 キッチン。患者が包丁を使って調理の練習をする。自立のための訓練。 ― 314― T ベルギー 写真 元々ある絵に繋げて,患者が絵を描いたもの。連続性を認識できるか。 写真 院内の患者がいるスペースに,ピアノやギターが置かれていた。 写真 院内を見学する際に説明を受けている様子 ― 315― 巻末資料2 海外視察報告 た。精神科病院というのは,単なる収容所ではない。特殊な存在にしない。 第3 ブリュッセルでのテーブルパネルディスカッション 1 1990年の法律(現在,法改正中)による強制入院制度の内容 (1)警察などによる通報後の手続  家族や近隣から警察に通報があった場合,警察が強制入院を判事に要請する。 その場合,医師の診断書(一般医でも可能)を添付して行う必要がある。最大 10日以内に,判事は本人に対面して,入院を確定させるか否かを決定する仕組 みを採用している。判事は 10日間のうちにどのようにして処置していくか,入 院が必要か,代替策があるかも検討する。強制入院が決定すると,入院から 40 日間が原則だが,その間,問題がなければ即座に退院をさせなければならない。  法廷では,患者が出席し,弁護士が付き添う。家族や保護者,患者と関係のあ る人が法廷に立つことができる。資産管理者がいれば同席する。さまざまな人の 話を聞く場である。その中でも弁護士の役割が重要と考えられており,弁護士も 要請がなされて以降 10日以内に本人に面会し,患者の話を聞き,権利を守り, 弁護士は患者が退院できるように弁護する。判事による最終判断がなされる。観 察入院となると最長 40日間,その期間の延長もありえる。入院期間についても 通常は最長2年間と決められているが,例外的な場合には入院期間の延長も行わ れる。入院の必要がなければいつでも解除される。 (2)判事の役割  判事は,法廷が開かれるまでに自宅に出向いて,本人に面談する。生活場所で の面談にリスクがある場合,警察に協力要請するか否か,警察に住居の近くに待 機してもらうかも考える。患者の緊張が高い場合,対面し,何を言っているか分 からない場合にもその記録を行う。自宅に出向けば,どういう環境で生活してい るか,薬が家にあるか,山積みになって服用していないかなどを確認することが できる。医師からも証言を得,家族の話も聞く。可能であれば家族と関係が成立 しているかを確認することも行う。法廷において判定を通知するし,関係者にも 通知する。その際,控訴の可能性も教示する。 (3)弁護士の役割  法廷には当事者,福祉サービス提供者も出席できる仕組みである。特に,弁護 士が法廷が開かれるまで本人に会えないのは問題であり,弁護士の役割は重要で あるので,法廷が開かれるまでに本人が弁護士に会う機会が保障されている。  弁護士の費用は,国費負担。若手が多いという現状がある。  弁護士と判事の関係は良好である。弁護士経験がある者が判事になっている。 弁護士経験が重要である。 (4)退院後の生活  病院から他施設に移るには,住所が特定していること,フォローアップがある こと,治療中の3つの条件が必要である。住所は病院でも,住居(施設系)でも よく,精神科チームの監視下で,施設に2週間以内にモバイルチームが訪れる場 合もある。精神ケア施設に入ることも可能で,そこを住所にすることも可能であ ― 316― T ベルギー る。フォローアップは精神科によるものもそうでないものもある。精神科医の治 療については,向精神薬の投与,デポ(注射剤。体内に投与後,作用が長時間持 続する。)もある。3つの要件が満たされない場合には強制入院になる,他施設 に入ってもまた問題を起こせば入院。 (5)実態  正確なものではないが,強制入院申請の6割が強制入院となり,その半数が 40日間の最後まで,2年間まで延長されるのは全体の 15%,再延長は3%であ る。 (6)課題  1990年法のもとで,モバイルチームの強制治療を拒否する,精神科病院に入 院しても治療を拒否する人を法的に強制入院させるのか,強制的に治療を受けさ せるのか?という問題がある。また,未成年者は成人以上に複雑であり,ベルギ ーのコンセンサスとして,小児精神科医の確たる診断は困難である。しかるべき 精神疾患が書かれているべきであるが,未成年者へは確定診断が困難であるた め,病状の解説のみである。家族が手をつけられない場合,入院させられるの か?という問題がある。急性で警察拘束,勾留,強度の鎮静を行う。 2 新たな法改正へ (1)問題意識  保護入院は増加しており,1日 15人,全患者の6%である。20%が強制入 院,毎日のように入院者がいる。地域差があると言われており,精神疾患による 地域の危険性も地域により異なる。患者に対するネガティブな点が強調され過ぎ ており,それがスティグマになる。強制入院を正当化する人は少ない。保安的な 意味合いが大きい。強制入院が増えているがエビデンスは少なく,寛容性が低下 し,都市化が進む。薬物乱用が増加しており,入院期間が短く,再入院,再治療 の率が高い。病院ではそういった患者を入院させるのに躊躇する。何を変えてい くべきか。 (2)理念とコンセプト  精神科治療の進歩を取りこんで,社会性を身につけ,リハビリを中心としたも のとする。精神疾患とは何かを明確化し,器質及び予後に関する事前処置の規定 をもうける。患者の寛容,周囲の寛容を促進する。重要なポイントは措置入院, 強制入院者を患者とし,保護する患者を減少させることである。  法令の名称を「精神疾患罹患患者に対する保護処置に対する法令」に変更する ことを考えている。精神疾患の定義はネガティブな定義であるが,ポジティブに とらえ,一定の疾患に限定しない,歴史的な変遷を踏まえた再定義をするべきで ある。法の適用に入らない疾患があるが(例えば,急性薬物中毒,パーソナリテ ィボーダー),組み入れたいものはディメンシア(認知症),器質性症候群,高次 脳機能障害である。  保護措置の要件は3つあり,罹患していること,自傷他害のあること,代替措 置のないことに,これに4番目の条件を付け足し,精神疾患の改善の可能性,状 況判断や自分の行動の制御に対する好影響があるかどうかも条件とする。結果を ― 317― 巻末資料2 海外視察報告 設定するのではなく,方法論,つまり,どういう方法により結果をもたらすかを 検討すべきである。 (3)手続として重要なのは@法廷,A治安判事  初期から弁護士の関与があり,実際に臨床を始める前に患者と面会し,医療観 察の期間をもうける。精神医学的に観察・検査・診断する期間をもうける。臨床 観察期間・保護のための措置と考えられる。報告書も1枚ではなく,詳細な診断 書を用意する。診断書には7つの項目をもうけ,@精神科の医師の診察が行われ た状況,A身体的状況,B家族構成,C社会的立場,D精神疾患の有無,E適切 な治療の拒否及び代替手段の欠如,F緊急性である。改善の可能性がなければな らない。  報告書が作成されるが,作成者は精神科医でなくても医師であれば良い。直接 関係者により提出されなければならず,患者の家族や利害関係者は外される。週 末で緊急性のある場合,警察がその代わりをつとめる。  精神科治療の進歩を取りこんで,社会性を身につけること,リハビリを中心と したものとする。また,精神疾患とは何かを明確化する必要があると考えてい る。器質及び予後に関する事前処置の規定をもうけ,患者の寛容・周囲の寛容を 促進していく。 3 いわゆる医療観察法  90年法に基づくものに,観察入院のほかに犯罪者の入院の法規がある。精神疾 患のある者が犯罪を犯したときに取られる措置として,刑事事件,しかるべき刑事 法廷が設けられる。裁判が行われ,心神喪失または精神疾患のために平常の状態で はないとなれば,囚監するわけではなく,精神科病院または閉鎖的な施設に入れる という仕組みである。2014年に改定され,2016年に施行された。改定以前はさま ざまな問題があり,EUの数多くの指摘を受けた。たとえば,自由に対する権利, 非人道的な法的手段に訴える自由,公正な法的手段に訴える権利の保障がないとの 指摘であった。旧法規では精神科病院への収監は社会から隔離して社会を守る方法 であった。新法は,ある人が犯罪を犯した場合,予審のときに調査が行われ,判断 能力がなく,原因が精神疾患である場合には精神科入院になるというもの。従来は 医療的背景があることは要件でなかった。新法では,弁護士が最初から最後まで関 与し,心理学の鑑定申請を行うことも可能であり,セカンドオピニオンを表出させ るため,精神科医をもう一人呼ぶことができる(患者の権利の強化)。  判決が出た後もどう対処していくかを検討することが重要で,時間軸について法 的枠組みがなかったため,10年間判事に会っていない場合もあったが,現行法の もとでは,再審査の申請もでき,知的障害でシステムを知らない人にも周知する仕 組みになった。新法のもとでは,判決で,次回いつ鑑定するといった判断までなさ れ,法廷で,再評価期間を短くし,長いのではないかとの話をすることができる。  再評価の期間は短い時もあれば長い時もあるが,超過した場合に,罰則がないの は問題である。たとえば,報告を出すべき医師が間に合わないとすれば,社会に出 すのはそれも問題ではある。 4 当事者の方(観察入院の経験のある人) ― 318― T ベルギー  入院の必要性の話,裁判官も弁護士も精神医学に関する知識を持ってほしいとの 内容 (1)2009年に,就職を予定していたが,現実からずれてしまった。症状がなかっ たため,薬を辞めてしまった。  すると有頂天になった。亢進し,試用期間中だったが,仕事でも会議に欠席, 大音量で音楽をかけるなどした。躁状態,せん妄や幻聴幻覚もあった。  支配妄想があり,監視されていると思っていた。同僚に対しても,被害妄想が あった。試用期間で解雇された。自分の周辺との関係を切っていき,家族への妄 想もあり関係を切った。自ら家を出て住所不定になった。家族はパニックになっ た。カフェのテラスで目撃されて,通報された。 (2)観察入院の手続が取られた。治安判事の決定事項の通達があった。  違法占拠で鍵をかけて閉じこもったところ,警察が入ってきた。怒りを感じ た。強制的に入ってきて,手錠をはめられる。抵抗し,逃げて階下に降りる。手 錠をかけられ連行される。留置場に入れられた。 (3)大きな不安と寂寥感があった。サンリック精神科病院の隔離室へ。床にはマッ トレスがあった。壁には保護装置があり,投薬を受け食事のために戸が開くとい う状況。翌日閉鎖病棟へ。閉鎖病棟で精神科医と面会した。家族とは会いたくな いと言った。このときに感情的な反応はなく,逆に説教されている感じがあっ た。  検査入院で,被害妄想,せん妄の診断がなされた。 (4)弁護士が任命された。  法廷に出廷した。公開法廷で,自分自身の弁護をした。退院させる決定がなさ れた。危害を与えないであろうということになった。  しかし,躁状態で,誰にも会いたくなく,ドバイへ渡航した。小さいときの知 り合いがいるからという理由だけだった。  ホテルに泊まり続けた。方向感覚がなく,電話もしなくなった。  ドバイで発作が起き,活動が活発であるからドバイの精神科病院へ強制入院と なった。 (5)認識不足により判事の判断が狂うこともある。自分では,あのとき,入院させ 写真 ブリュッセルでのテーブルパネルディスカッション終了後に撮影 ― 319― 巻末資料2 海外視察報告 てもらえばよかったかなとも思う。法律家(裁判官,弁護士)にも精神科医療の 知識を知ってほしい。 ― 320― U イギリス視察 U イギリス視察 第1 イギリスの現状 (1)人口  2020年6月推計人口は,67,081,234人(うちイングランド 56,550,138人)。65 歳以上人口は約 1250万人(高齢化率 18.6%)であり,平均年齢は 40.4歳,人口 増加は年 0.4%と鈍化傾向にある。 1 (2)法制度,文化 @  イギリスは3つの法域から構成される連合王国であり,a)イングランド及 びウェールズ,b)スコットランド,c)北アイルランドの各法域に適用され るのは,それぞれa)イングランド及びウェールズ法,b)スコットランド法, c)北アイルランド法となる。今回の視察先はイングランドであり,a)の法域 である。したがって,本報告書においては,特に断りがない限り,a)につい て記述する。  なお,イギリスはコモン・ローの国であるが,議会制定法が競合する場合は 制定法が優先する。 A 司法制度は,民事・家事手続と刑事手続は裁判所自体が別系統になっている ほか,行政不服申立ては二層構造の審判所(Tribunal)制度が設けられている。  審判所は分野毎に多数の室があり,第一層審判所において精神保健事件を審 理するのは「保健,教育及び社会ケア室(Health, Education and Social Care Chamber)」である。  審判所の審理を担当するのは,内閣構成員である大法官(司法省を所管する 閣僚職)から任命(第二層審判所裁判官は,大法官の推挙により女王が任命) を受けた「judge」(以下,「審判所裁判官」)であり,原処分庁から完全に独立 した存在ではないが,審判所自体は司法省に属しているため,原処分庁とは異 なる機関という意味の独立性はあるといえる。  審判所裁判官は,法曹を含む法的資格を有しない者も就くことができ,審判 員も含め,各分野の専門的知識経験に精通する者が合議体で審理に当たる。精 神保健事件の構成は,1名の審判所裁判官及び2名の審判員であり,審判員の うち1名は登録医(医師),もう1名は保健及び社会的養護に精通する者とさ れ,医療審判員が患者の診察をする(実務文書4項 2)。なお,合議が全員一 致に至らなかった場合は,審判所裁判官が決定票を有する。  第一層審判所の判断(decision)に対する不服申立ては,第一層審判所に対 して行った上で,法的問題についてのみ第二層審判所(精神保健事件について は「行政上の不服申立室(Administrative Appeals Chamber)」)が審理する。 さらに,第二層審判所の判断に不服がある場合は,控訴院に提訴して司法審査 を受けることができる(2007年審判所,裁判所及び執行法 13条)。  イングランドのトライビューナル(退院請求)の詳細については,第3を参 照していただきたい。 ― 321― 巻末資料2 海外視察報告 B  英国では,成人年齢は 18歳であり,未成年者のうち 16歳以上は医療行為に 単独で同意できるとされるが(1969年家族法改正法8条),意思決定過程に家 族も関与することがベスト・プラクティスとされる。一方,16歳未満の子ど もについても治療行為に関して十分な知性と能力(competence)がある場合 には親権者の同意なしで子どもが自らの治療に関する意思決定を行うことがで きる“Gillick rule”が確立しており,一定の自律権が認められている。親は権 利としてではなく「親責任」として子が同意能力を有しないと判断される場合 に限り同意する。 3つまり,子どもは同意の権利は有するものの拒否する権利 はない。  これに対し,精神科医療については,意思決定能力のある 16歳以上の未成 年者が入院に同意しない場合,親等が代諾することはできない(1983年精神 保健法 131条4項)。 C  医療制度として,NHS(政府が運営する国民健康保健サービス)があり, 一般税収を財源として原則無料で提供されている(処方薬等の自己負担になる ものもある)。NHS病院に受診するには,登録した GP(かかりつけ医)の紹 介を経由する。なお,独立系病院(民間病院など)も存するが高額のようであ る。 (3)統計 4 @ 入院者数  年間延べ 171,757人(2019年度(イングランド):主診断Fコード) A 平均在院日数  35.2日(2018年度(UK):主診断Fコード) B 在院患者数(被拘禁患者)  20,312人(2020年3月末日(イングランド)) 5 C 強制入院  年間延べ 50,893人(2019年度(イングランド)) 6 D 隔離・身体拘束(2019年度(イングランド)  制限的介入(restrictive interventions):131,338件(12,000人) 7  うち隔離(seclusion):11,594件(3,533人) 8  うち長期隔離(segregation):1,550件(331人)  うち身体拘束のうち機械的拘束:3,310件(492人) 9 第2 精神保健法(MHA)と意思決定能力法(MCA) (1)1983年精神保健法,2005年意思決定能力法の目的 @ 1983年精神保健法(Mental Health Act 1983(MHA)):  精神障害のある人の受入れ,ケア及び治療,財産管理その他関連事項を規定 することで,精神障害の評価と治療の枠組みを提供する。もっとも,財産管理 については MCAが規定することとなり削除された。 A 2005年意思決定能力法(Mental Capacity Act 2005(MCA)):  自分で特定の意思決定をする能力を欠いている成人につき代行決定を下すた ― 322― U イギリス視察 めの法的枠組みを提供する。 (2)成立経緯 @ 1983年精神保健法:  イギリスの精神障害のある人に関する法律は,近代においては危険な狂人の 隔離と貧困者に対する慈善事業であったが,1930年精神治療法(Mental Treatment Act 1930)により外来治療が推進され,1948年に創設された中央 政府による国民健康保健サービス(NHS)システムに精神科病院も組み入れ られた。  その後,抗精神病薬の登場などにより精神病の治療可能性への期待が高まる につれ,社会の偏見も変容し始め,1959年精神保健法(Mental Health Act 1959)の成立により,精神障害のある人に対する政策理念は保安から治療に転 換し,刑罰に代わる処遇として病院命令及び後見人命令も創設された。こうし て,イギリスの精神科医療は,それまでの精神科病院中心から地域中心へと移 行が進められ,精神科病院の閉鎖と精神病床の削減も進められた。  さらに,1960年代から国際的潮流と並んでイギリスにおいても人権運動が 高まり,精神科医療や医療のパターナリズムに対する不信の増大と相まって, 精神保健法の見直しが検討され,1983年精神保健法の制定に至った。改正の主な要点としては,医療制度,水準の向上,治療,開放処遇への変化,患者の権利の保護拡大等が挙げられる。A 2005年意思決定能力法: 1989年,イギリス・ローソサエティ(the Law Society)が,意思決定を行 うことに困難を抱える人たちの人権を保障すべく,「意思決定の確保」「エン パワーメント」及び「搾取からの保護」の理念に貫かれた,包括的かつ統(,) 一的 な,そして,より日常生活に即した柔軟な法制度の必要性を提唱したことを契 機に,調査と審議を経て制定された。この法律は,それまでに培われてきた実 践やコモン・ロー上の原理を制定法上明確にしたものに過ぎないが,財産管理 のみならず身上保護や医療においても,意思決定に困難を抱える人たちの決定 に他者が関与する際の法的枠組みを与えるものであると同時に,自己決定支援 を最大限に尽くしながら必要最小限の代行決定を行おうとする点に特徴があ る。10(3)強制入院の要件  日本の医療観察法に相当する司法入院は割愛し,民事編の強制入院(2条から 5条まで)11を概説する。 @ 評価のための入院(2条(セクション2) 最長 28日間): ア 患者について,次の(a)及び(b)を満たしていること(2条2項) (a) 少なくとも一定の限られた期間,評価(又は評価とその後の治療)のた めに患者を病院内に拘禁することを正当化する性質(nature)又は程度 (degree)の精神障害を患っていること 12 (b)患者の健康若しくは安全のため又は他者の保護のために拘禁すべきこ と ― 323― 巻末資料2 海外視察報告 イ 病院管理者宛ての入院申請  2名の登録医による医学的勧告(所定の書式により,上記ア(a)及び (b)に該当する旨の記載があるもの)に基づく申請(2条3項)13,14, 15 ウ 患者が入院に同意できない又は同意しないこと A 治療のための入院(3条(セクション3) 最長6か月で更新可(初回は6 か月,その後は1年ごと)) ア 患者について,次の(a)から(d)までを満たしていること(3条2項) (a) 入院治療を受けるのに適した性質(nature)又は程度(degree)の精神 障害を患っていること 12 (c) 患者の健康若しくは安全のため又は他者の保護のため,患者がそのよう な治療を受けることが必要であり,本条に基づいて拘禁されなければそ のような治療を受けることができないこと 16 (d) 当該病院で適切な医学的治療が利用可能であること 17 イ 病院管理者宛ての入院申請 (a) 2名の登録医による医学的勧告(所定の書式により,上記ア(a)から (d)までに該当する旨の記載があるもの)に基づく申請(3条3項)13,14(b)最も近い親族(nearest relative)が反対していないこと(11条4項) ウ 患者が入院に同意できない又は同意しないこと B 救急入院(4条(セクション4) 最長 72時間) ア 患者について,次の(a)及び(b)を満たしていること (a) 少なくとも一定の限られた期間,評価(又は評価とその後の治療)のた めに患者を病院内に拘禁することを正当化する性質(nature)又は程度 (degree)の精神障害を患っていること 12 (b) 患者の健康若しくは安全のため又は他者の保護のために拘禁すべきこ と イ 患者を2条に基づいて入院・拘禁することが緊急に必要であり,同条に基 づく申請に関する本法本編の規定に従うことは望ましくない遅延を伴うこと (4条2項) ウ 病院管理者宛ての入院申請  1名の可能であれば患者と面識のある開業医による医学的勧告(所定の書 式により,上記ア(a)及び(b)に該当する旨の記載があるもの)に基づ く申請(4条3項)18 C 入院患者の非同意入院(5条(セクション5) 最長 72時間)  患者の治療を担当する登録医又は認定臨床家による,2条又は3条に基づい て当該患者の入院を申請すべきであるという旨の書面による病院管理者宛ての 報告書の提出(5条2項)。19,20 補足:  COVID-19への対応の一環として,例外的に1名の登録医のみの勧告で強制 入院(セクション化)ができるように精神保健法を改正する 2020年コロナウ イルス法が施行されている(同法附則8)。 ― 324― U イギリス視察 (4)自由剥奪セーフガード(Deprivation of Liberty Safeguards: DoLS)  「自由剥奪セーフガード(DoLS)」は,自らの受けるべき治療又はケアについ て意思決定能力を欠く者を適法に自由剥奪,すなわち病院又はケアホームに収容 するための手続であり,地方自治体の認許又は保護裁判所命令を経る必要があ る。これは,精神科病院への入院に抵抗する者には 1983年精神保健法に基づき 一定の手続的保障を伴う強制入院が実施されるのに対し,抵抗しない者には同法 に基づかない入院措置がとられていたことが欧州人権条約違反であるとした欧州 人権裁判所判決を契機に,2005年意思決定能力法を改正(2007年精神保健法に よる)して導入されたものである。  もっとも,入院や治療に異議を唱えない意思決定能力を欠く患者を任意入院さ せてはならないとされ,要件も共通するため,精神保健法と意思決定能力法は重 なり合う場合がある。意思決定能力の回復が見込まれる場合や有効な事前拒否が ある場合は精神保健法によるべきとされるが,手続が煩雑であるとか対象者の範 囲が不明確である等の批判があったため,改正され(2019年意思決定能力法), 2022年4月からは「自由保護セーフガード(Liberty Protection Safeguards: LPS)」が施行予定である(年齢や場所を拡げ手続簡略化などもされたが,自由 剥奪の要件はほぼ同様)。なお,後述の精神保健法改正案では,振分基準を単純 化し,原則として LPSによるべきことが提案されている。 (5)イギリスにおける精神保健法改正の議論 21  2017年の独立審査により精神保健法に対する改善勧告がなされ,現在,精神 保健法は改正作業中である。そこでは,@拘禁期間を短縮し絶対的に必要な場合 にのみ拘禁すること,A拘禁された人が受けるケアや治療は本人の健康に焦点を 当てたものであること,B自らの治療に関する選択肢と自律性の拡大などが目指 され,拘禁基準について治療上の利益や制限の最小化がより厳しく求められた り,より頻繁に退院審査や異議の機会を得られるようにすること,審判所や独立 精神保健代弁人(Independent Mental Health Advocate(IMHA))の権限の強 化,また,親族の関与は時代遅れであるとして最も近い親族(nearest relative) を「指名された人(nominated person)」に置き換え権限拡張することなども提 案されている。 (6)日本との比較検討 22,日本における実践  イギリスの強制入院(民事)は,裁判所の関与はなく,2名の医師による勧告 を必要とするところは,日本の措置入院にも類似するが,申請を行えるのは原則 として認定精神保健専門職(ソーシャルワーカー等)であり二重三重のチェック を経る。一方,入院の必要性を定める法律の文言は,イギリスにおいても漠然と しており大差ないものの,一定の範囲で治療への同意やセカンド・オピニオンを 要求していたり,実践のよりどころとすべき行為準則において患者の権利や自律 性等へのきめ細かな配慮がなされている等の種々のセーフガードがあるなど,医 師の専横は生じにくい(なお,退院させる権限を有する責任臨床家は,医師以外 の職種も含む)。また,拘禁期限と更新手続,審判所への付託強制などの拘禁を 最小限とし早期退院を促す仕組みも張り巡らされている。家族の役割は,入院へ ― 325― 巻末資料2 海外視察報告 の異議申立てや退院請求に期待されており患者家族間の葛藤は生じにくいように 思われる。  退院請求の審査については,審判所裁判官が最終決定権を有しており,また, 司法審査への道があるなど,日本の仕組みとは大きく異なるほか,制度を案内す るリーフレット 23においては患者の手続参加や弁護士の利用を当然視している (患者が望む場合)。日本も見習うべきである。 第3 Mental Health Review Tribunal(精神保健審査制度) (1)審査制度の内容  イギリスでは,精神保健法 Part V,65条以下 24で審査制度について定められ ている。これは,強制入院及び強制通院命令(community treatment order), 病院から条件を付された退院(conditional discharge)の条件が,法律上の要件 を充足しているかを本審査制度によって判断するものである。本人,あるいは法 定代理人もしくは最も近い親族(nearest relative,ただし必ずしも親戚には限 定されない)が申し立てることができる。  申立期間は,入院前の評価(アセスメント)の場合(セクション2)は 14日 以内,入院の場合(セクション3)は6か月以内とされている。これを徒過する と申立てをすることができないが,例えば,アセスメントによって入院決定がさ れた場合には,その決定について申立てをすることはできる。また,例えば,聴 聞後,3年間を過ぎたとき,あるいは強制入院後の最初の6か月間に聴聞が実施 されなかった場合には,自動的に当該事案は審査される。  申立書は,ダウンロード 25して記入して郵送するか,メールで送ることがで きる。また,疑問点については,電話かメールで尋ねることができる。申立書の 主な記入事項は以下のとおりである。 *申立対象 *患者の氏名及び生年月日 *ケアコーディネーターと病院の詳細 *セクション・命令の日付 *もしいれば,最も近い親族の連絡先 *もしいれば,弁護士の詳細 *通訳の要否 ― 326― ― ― U イギリス視察 327 .. .. .. ― 328 ― 巻末資料2 海外視察報告 .. .. .. U イギリス視察 【申立書フォーム】  申立てが受理されると申立人に連絡が来るが,もし,申立書に弁護士の情報が 記載されていない場合には,法定代理人を依頼することができる権利に関する情 報が提供される。  審査の期日は,アセスメントの場合には7日以内に,入院の場合は8週間以内 に実施される。入院前のアセスメントの場合には,当事者が反対しない限り,事 前審査(pre-hearing)が実施される。  審査では,病院の主治医及び本人の治療を担当するソーシャルワーカーと看護 師チームが報告書を提出することを求められる。  本人が希望しない場合,出席する必要はなく,また,法定代理人や関係者が同 席できる。審査は,非公式に病院内で実施される。合議体は,職業裁判官,独立 精神科医,特に専門家ではないが,一定の条件を満たすメンバー(lay member)によってなる。裁判官,患者,そして医師,看護師,ソーシャルワー カーの対審制である。  期日では,当事者と病院による証拠提出や意見陳述がされる。また,もし事前 審査がされていたらその報告書,また法定代理人が独立精神科医の報告書を提出 する場合はそれらも審査される。  1回の審査は平均して2時間から3時間だが,複雑なケースの場合は1日以上 かかることもある。退院の可否は,通常は聴聞の最後に決定され,7日以内に書 ― 329― 巻末資料2 海外視察報告 面で理由が通知される。審査では,病院からの解放・退院を命じる,他の病院へ の移送を勧める,主治医に対し地域での治療を求める,地域での生活に向けた準 備ができているか判断するために,一定期間,病院から出ることを勧告すること ができる。また,合議体による判断ではあるが,裁判官の判断が優先する。  申立が棄却され,適切な法律が適用されなかった,あるいは,法の解釈が誤っ ていた場合,適切な手続が行われなかった場合,決定を基礎付ける証拠がないあ るいは不十分である場合には,控訴も可能である。  現在は,治療方法は審査対象から除外されているが,現行法のレビュー(見直 し)プロセスの中では,これも審査の対象にすべきとの提言がされている。  なお,新型コロナウイルス感染拡大の影響により,電話やビデオによる審査が 実施されている。 (2)強制入院における手続と弁護士の役割  患者と病院との間の力関係を考慮して,患者の声・意見が適切に聞かれ,反映 されるようにすることが重要であり,司法扶助も適用される。 (3)代理人としての活動について  ―現地視察:精神保健分野を取り扱う弁護士とのディスカッション  2019年 12月5日 Doughty Street Chambersにて  出席者:東・小山・高橋・佐々木・末長・細井・佐藤 【精神保健分野に取り組むイギリスの弁護士らと】 ・ 地域生活の資源がなければ,強制入院に関する条件を厳しくしたとしても機能 しない。 ・ イギリス・ローソサエティ(弁護士会)によって認められた,精神保健分野に 有する弁護士の一覧表がある。 ・ リスクや安全性が強調されるようになり,訴えが認められる件数が少なくなっ てきた。人々の行動・態度を変容する必要がある。 ・ 過去 10年間,自宅での治療チーム,アウトリーチチームが地域でのケアを担 ってきたが,これが削減されているのが問題。 ― 330― U イギリス視察 ・ 精神保健法でも,精神疾患の種類によっても様々であるニーズを,支援では適 切に反映する必要がある。 ・ 精神保健法は,意思能力にかかわらず,精神障害のある人を差別している。そ もそも,精神障害やリスクは曖昧であり,なぜ,精神障害のある人に特化した 固有の法律が必要なのか。障害者権利条約に従って,自主性が担保され,エン パワーする法律であることが必要。 4 市民社会の取組について ―現地視察:マインド(Mind)による実践〜より良いメンタルヘルスのため〜  2019年 12月6日 出席者:東・小山・高橋・佐々木・末長・細井・佐藤 【Mindの事務局の入っている建物】 (1)マインド(Mind)とは  マインドは,精神障害のある当事者のためにアドバイスやサポートを提供して いるイングランドで登録された慈善団体(a registered charity)である。  マインドの活動内容は,主に以下のとおりである。 @  精神保健に関する情報の提供とサポート A  ローカルマインド(地方支部。イングランドとウェールズには約 125のロー カルマインドのネットワークが存在し,専門的なサポートやケアを提供してい る。) B キャンペーンの実施  * マインドは,精神科に入院している方々の問題だけではなく,幅広く精神障 害や精神保健福祉に関連するテーマを取り扱っている。 (2)マインドによるキャンペーン  マインドは精神障害や精神疾患に対する差別や偏見をなくし,社会が変わって いくためのキャンペーンを積極的に行っている。  特に,マインドは,「Rethink Mental Illness」という NGOとともに,メンタ ルヘルスの問題を経験している人々が直面するスティグマと差別を終わらせるた めのイギリスで最も挑戦的なキャンペーンである「Time to Change(変わるべ ― 331― 巻末資料2 海外視察報告 き時)」のパートナーとなっている。  これは,スティグマや差別が人間の生活を奪い,人間関係,仕事,教育,希 望,そして他の人が当たり前と思っている普通の生活を送る機会を否定してしま うものであって,決して許されないという考えが根底にある。  このようなキャンペーンによって,広く知られていない精神障害のある人が抱 える問題について,多くの人たちに知ってもらう機会になるとともに,政治的に も重要な議題となることを可能とする。  マインドへの視察に際して,マインドの複数の常勤弁護士からレクチャーを受 けたが,そのレクチャーに際して,マインドが関与しているキャンペーンプログ ラムでは,5年間で3億ポンドの予算が確保されているという説明もあり,その 規模や予算の大きさについては,日本でも目指す必要性があると感じた。 (3)マインドの経済的基盤  マインドのウェブサイトによれば,2018年のマインドの収益は,4250万ポン ド(1ポンドを 150円で換算した場合,約 64億円)であり,一般の人々,企業 等幅広い資金提供者が存在することによって経済的基盤を確保している。この収 益源によって,マインドが高い独立性を確保することが可能となっている。  特に,マインドでは,常勤の弁護士を複数名,雇用しており,その組織力や資 金力は日本でも学ぶことが多く,精神障害や精神疾患に対する差別や偏見をなく し,精神障害のある人の自由や権利を守っていくためには必要な組織となる。  また,資金の使途や目的について,ウェブサイト等でも詳細に公表し,厳格な 説明責任を果たし,第三者による信頼の確保に努めている。この信頼の確保がマ インドの管理や運営にとっては必要不可欠である。 (4)日本との比較  日本でも,精神医療人権センターという非営利組織(例えば,大阪,兵庫,神 奈川,埼玉,東京等)が各地域にあるものの,マインドと財源規模を比較する と,大きな差がある。  もっとも,最近では,社会に対して大きな関心を集めるため,大阪や神奈川の 精神医療人権センターがクラウドファンディングによる資金調達に挑戦する等新 しい動きもある。  財政的基盤や人的基盤との関係では,まだまだ十分とはいえないものの,マイ ンドのような非営利組織が日本でも,精神障害のある人の自由や権利を確保し, 社会を変えていくための原動力になっていくことが期待される。  特に,キャンペーン活動は,弁護士だけでなく,立場にかかわらず,多くの人 を巻き込んでいくことが必要となっており,そのような組織的な基盤の確立が日 本でも必要である。 ― 332― U イギリス視察 【Mindにて,まず日本の現状説明を行う。日本の病床数と入院期間についてはいずれの訪問先でも非常に驚か れた。】 ― 333― 巻末資料2 海外視察報告 1 イギリス統計局「Population estimates for the UK, England and Wales, Scotland and Northrn Ireland: mid-2020(2021年6月25日)」https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/ populationandmigration/populationestimates/bulletins/annualmidyearpopulationestimates/ mid2020(2021年9月5日参照) 2 審判所司法部が審判員の詳細等を実務文書(Practice Statement)によって定めている。 https://www.judiciary.uk/wp-content/uploads/2015/12/hesc-amended-practice-statement.pdf 3控訴院は最近,16歳以上の Gillick capacityを欠く子の自由剥奪に対し親が同意できる旨を判示 した。[2017]EWCA Civ 1695 4 NHSデジタル(Mental Health Act Statics, Annual Figure及び Mental Health Bulletin)並びに OECDヘルス・データ(Health Care Utilisation)による。 5前年同日は 21,196人でありパンデミックで退院を急いだとされる。なお,入院拘禁のうち 31.8%は司法患者(日本の医療観察法入院に相当)である。 6不完全なデータであるとの断りがある(プロセス変更前の 2015年度は年間延べ 63,622人)。な お,このうち第3編(パートV)による入院(日本の医療観察法入院に相当)は 221人である。 7 日本と比べると非常に広範囲の処遇を全て報告・集計している。 8 隔離(isolation)のうち,seclusionは即時的な暴力の管理であり1人でいるのに対し, segregationは長期的な暴力の脅威の管理でありスタッフが接触し治療的介入を受け続けるとい う違いがある。時間制限はないが,隔離の使用は定期的多角的に見直され(準則は詳細かつ多岐 にわたるため省略),他の制限的介入と同様,厳密に必要と考えられる場合にのみ使用されるべ きであるとされる。なお,seclusionは 15分毎に,segregationは1時間毎に患者の様子を記録 することとされている。また,任意入院患者に対する隔離は許されず,隔離が必要な場合は強制 入院手続をとるべきとされる。 9 機械的拘束は,他の形態の制限を安全に行うことができない場合にのみ,例外的に使用されるべ きであるとされ,15分ごとに看護師の診察を受けるものとされる。そして,機械的拘束の開始 から少なくとも1時間後に,医師による医学的レビューを受け,その後,少なくとも4時間ごと に医師による継続的な医学的レビューを受けるべきとされている。 10菅富美枝『イギリス成年後見制度にみる自立支援の法理』(ミネルヴァ書房,2010年),新井誠 ほか編『成年後見法制の展望』(日本評論社 2011年)88頁以下 11精神保健法の各条はセクション(section)と呼ばれるため,強制入院はセクション化 (sectioned,sectioning)と呼ばれている。なお,これらのほかに治安判事の令状又は警察官(令 状なし)により病院に移送して保護(原則 24時間内)する強制入院もある(135条,136条)。 12「精神障害」は 2007年改正において拡大され,精神に関する何らかの障害(any disorder or disability of the mind)とされる(1条2項)。パーソナリティ障害は含まれるが,知的障害とア ルコール又は薬物の依存症は原則として該当しない(1条 2A項,3項)。 13 医学的勧告に先立ち,医師2名(精神保健法認定医(通常は精神科医)及び登録医(医師登録し た医師))及び認定精神保健専門職(AMHP)1名のチームによる評価がなされる。 14申請権者は,14日内に患者と個人的に面会したことのある AMHP又は最も近い親族(nearest relative)で(11条1項,5項),通常は AMHPが行う。 15 治療のための入院申請(3条)と異なり,最も近い親族が反対しても申請可能。 16 医学的勧告において,患者に対処する他の方法が利用可能か否か,利用可能な場合にはなぜそれ が適切でないかを明記しなければならない(3条3項 b号)。 17 2007年改正により治療可能性は削除された。適切な医学的治療とは,精神障害の性質と程度そ の他の全ての状況を考慮して,その人の場合に適切な医学的治療を指す(3条4項)。 18申請権者は,24時間内に患者と個人的に面会したことのある AMHP又は最も近い親族で(11 条1項,5項,4条5項),通常は AMHPが行う。 ― 334― U イギリス視察 19 担当医は,報告書提出の代理を務める者を1名だけ指名できる(5条3項)。 20 緊急の場合,報告書作提出のための担当医の臨席が現実的でない旨の看護師による記録時から, 6時間又は担当医の到着までの間,入院を強制できる(5条3項)。 21イギリス保健省「Reforming the Mental Health Act」(2021年8月 24日更新)https://www. gov.uk/government/consultations/reforming-the-mental-health-act/reforming-the-mental-healthact( 2021年9月5日参照) 22 五十嵐禎人ほか編『精神保健医療制度に関する法制度の国際比較調査研究』(2016年) 23イギリス王立裁判所・審判所サービス「How you can ask a mental health tribunal for a decision」(2019年3月 11日)及び「Mental Health Tribunal hearing guide」(2020年7月 22 日)https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_ data/file/784885/mht-easyread-eng.pdf https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_ data/file/902971/mht-hearingguide-easyread.pdf(いずれも 2021年9月5日参照) 24イギリス公文書館「Mental Health Act 1983」https://www.legislation.gov.uk/ukpga/1983/20/ contents: 該当箇所の改正部分についてはイギリス公文書館「Mental Health Act 2007」https:// www.legislation.gov.uk/ukpga/2007/12/part/1/chapter/5 25 イギリス王立裁判所・審判所サービス「Application to First-tier Tribunal (MentalHealth):(第 一層審判所(精神保健)」https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/ uploads/attachment_data/file/748558/t110-eng.pdf(2021年9月5日参照) ― 335 ― 巻末資料2 海外視察報告 V アメリカ視察  はじめにアメリカの精神保健について概観し,次に視察報告を行う。  【視察概要】   @ 2020年2月 17日 ニューヨーク州立ロックランド精神医療センター   A 2020年2月 18日 ブルックリンメンタルヘルス裁判所   B 2020年2月 18日 レッド・フック地域司法センター   C 2020年2月 20日 フォートローダーデール ブロワード郡裁判所 第1 アメリカ精神保健の基礎情報  アメリカ合衆国においては,精神保健の仕組みについても,裁判所システムについ ても,それぞれの州法が根拠条文となっているため,全土での一元的な説明は困難で ある。もっとも,アメリカにおける精神障害者政策もヨーロッパと同様に,医療的側 面ではなく隔離収容施策からはじまり,19世紀から収容施設が建設されはじめた。 20世紀には精神科病院は巨大な収容所になり,1955年には全国の州立精神科病院総 床数は 56万床に達したと言われている 1。大規模収容施設(精神科病院)における 人権蹂躙状況を憂い,1963年には当時のケネディ大統領が「精神病及び精神薄弱に 関する大統領教書」を発表し,連邦政府の財政援助と予算計上の勧告を行った。この ケネディ教書により,それまでの入院中心施策から地域移行を図ることが求められ た。このケネディ教書後のアメリカの脱施設化状況について,日本では「退院患者が 増えたが,ホームレスや入退院の繰り返しなどで,結果的には問題だった」と紹介さ れたり,日本で地域移行が進まない抗弁として「アメリカの二の舞になるな」という ような説明のされ方をすることが多い。しかし,ケネディ教書では,精神障害者が社 会の一員として復帰できるように,連邦政府・州・市民が連携しながら政策を発展し ていくことが望まれていたのであり,連邦法である地域保健法(Mental Retardation and Community Mental Health Centers Construction Act of 1963)の制定に伴い, 地域精神保健の発展が謳われ,全国に包括的な地域精神保健センター(CMHC,24 時間営業)が設立された。当初は人口7.5〜20万人に対して1ヶ所ずつの割合で全国 に 1500ヶ所設置する計画がなされたが,ベトナム戦争で軍事費が膨らんだために地 域精神保健予算が大幅に削減され,地域資源の充実を伴わずに病床削減を推し進めた 結果,ホームレスも増え,短期間で病院へ舞い戻るといった現象が起きた 2。  1977年にはカーター大統領が「精神衛生調査委員会」(The Commission on Mental and Health)を発足させ,1963年以降の状況を調査し,「CMHCの整備,増 設と共にそれ以外の多様な精神保健サービスが計画と具体化,地域の現状に見合う創 意と工夫に富んだ活動と政府の資金援助,そのための連邦,州,地方自治体の具体的 施策が必要」と報告した。1980年には「精神保健法(Mental Health Systems Act)」が成立したが,地域保健サービスは各州独自の対策に委ねられた側面が強く, 地球格差が生じた。  その後,1990年に連邦法である障害者差別禁止法:ADA法(Americans with ― 336― V アメリカ視察 Disabilities Act,1990)が成立した。ADA法制定後も連邦裁判所は「利益あるいはサ ービス配分に関する政府の決定を覆すことに対する躊躇」から,医療や福祉には好意 的ではなく,ADA法を根拠とした裁判で原告側が勝訴することは困難であった。そ の中で,1999年にオルムステッド判決(Olmsted, 1999)では,精神科病棟に隔離さ れていた原告が,症状安定後も3年以上施設処遇されたことの問題が問われた。判決 は,不必要な施設処遇は「差別」であるとし,かかる差別は,自宅・地域におけるサ ービス提供のための追加的費用が,州の提供するサービス全体の本質的変更を必要と するほどに,州の精神福祉予算に対する不合理な要求となる場合という「極めて限ら れた状況」に限定してのみ許容されるとした。州に対して積極的に「脱施設化」を進 める義務を負わせたとの評価もなされている 3。  このように,アメリカでは差別禁止という法的アプローチにおいて,州の積極的施 策義務が問われ,その結果脱施設が法的に推進されてきた側面がある。  またアメリカは,クラブハウスモデルという当事者運営型のサービス提供組織や, NAMI(the National Alliance on Mental Illness全米精神障害者家族会連合会)とい う全米に展開される家族会組織も発展しており,世界的にも精神障害のある人の支援 の仕組みにおいてリーダーシップをとってきた注目すべき国でもある。 第2 アメリカ視察訪問 (1)ニューヨーク州立ロックランド精神医療センター(Rockland Psychiatric Center)  入院施設のある病院であり,マンハッタンから北へ約 27kmの場所に位置して いる。18歳以上の精神病者に対して入院治療,救急診察,ACTサービス,居住 系サービス等を展開しており,ニューヨーク大学とも連携している。ニューヨー ク州で精神的不穏になった患者等が運ばれてくる可能性もある。病棟内は明るい 雰囲気であり,パソコン等のあるアクティビティルーム,図書室,チャペルが設 置されるなど日本の病院と比較しても,病棟内の設備が充実している印象であ る。入院中はアクティビティ等を通じて穏やかに過ごすこと,食事が食堂で提供 されること,隔離拘束が実施されうるとしてもそれは最小限であり,厳格なマニ ュアル(物理的拘束は自傷他害の危険性がある場合にのみ実施されうるものであ ― 337― 巻末資料2 海外視察報告 り,他の代替手段をすべて尽くし他に採りうるより制限的でない方法がないと言 える場合にのみなしうる。また上限は 15分である)のもとにおいてなされるも のであることが確認された。 【コラム】  1940年代後半,ロックランド州立病院の6人の患者が病院の「クラブルー ム」で出会い,自身のストーリーを共有したり,話し合ったり,社会的活動に 参加する自助グループを結成した。病院退院後も,彼らは会合を設け,ともに 互いを支え合い,社会共同体を維持できると信じた。そして回復が精神障害の ある人に対する社会の認識を徐々に変え,より広い理解と偏見解消につながる ことを望み,10名で自助グループ「WANA(We Are Not Alone:私たちは 一人ではない)」を結成し,精神障害のある人の社会的孤立の改善に取り組む こととした。WANAは,1948年,支援者のサポートを借りてニューヨーク市 に建物を購入し,居住,生きがい,仕事等の支援を提供する施設を運営するよ うになった。建物の中の庭園を飾る噴水(ファウンテン)は希望と若返りを表 しており,「ファウンテンハウス」という名前がつけられた。クラブハウスモ デルは,世界6大陸の 30か国以上で運営され,アメリカでは約 40州で 300以 上のクラブハウスが運営されている 4。  クラブハウスは,従来の専門家によるケアや訓練とは異なり,職員がマネジ メントサービスを提供して自助の力を養い,当事者相互の支援活動を培うシス テムである 5。 (2)ブルックリンメンタルヘルス裁判所(Brooklyn Mental Health Court)  メンタルヘルス裁判所とは,精神疾患をもつ人が起こした刑事事件について事 件の背景にある問題(病気や貧困,住宅がない等)にフォーカスを当てる福祉と の共同の裁判所である。アクティビティへの参加や,必要に応じて通院等の治療 につなげ,服役を回避するという効果ももたらしている。  ブルックリンメンタルヘルス裁判所は,2002年に設立された裁判所である。 ニューヨーク州裁判所,ニューヨーク市衛生局,法律扶助団体等と連携して運営 されている。それ以前は,精神障害の問題による犯罪について,被告人は,病院 入院か刑務所へ行くのが通常であったが,同裁判所は,精神疾患があり刑事事件 を起こしてしまった人を,地域で受け入れ,プログラムへ参加させることとして いる。対象となる人々は定期的に裁判所を訪問してプログラムの進行状況を報告 することになっており,プログラムを完了すると,懲役刑を回避することができ るという仕組みである。成功率は70%超,2019年には利用者が 1000人を超えた と報告されている。  訪問時は,デミック裁判官が法廷で被告人にやさしく語り掛ける様子を傍聴し た。プログラムを順調に受けられない人もいたが,彼らを目の前に,フラットに 話しかけており,彼らのモチベーションアップ効果をもたらしているように感じ られた。同裁判を担当する弁護士も,デミック裁判官の熱心なかかわりを評価し ていた。メンタルヘルスケアを受けたくない人も少なくないとのことである。彼 らには拒絶する権利があり,任意で選べることが重要ということであった。自主 ― 338― V アメリカ視察 的にかかわることが重要視されているように思われる。  また,福祉職が法廷に在席し,本人が法廷に来て,精神疾患が犯罪行為に何ら かの役割を果たしたと認識するのであれば,福祉職からプログラム提案を受ける ことができる。この裁判所のビルの中には,ドラッグコート(薬物裁判所)等の 他の専門法廷のほか,ソーシャルワーカー事務所も設置されており,裁判所が福 祉連携の要としての役割を担っている様子が感じられた。 (3)レッド・フック地域司法センター(Red Hook Community Justice Center)  レッド・フック地域司法センターとは,ブルックリン南西部に位置しており, 地域の中心部において運営されている,刑事裁判所や福祉支援者の事務所を備え た複合施設である。施設は改装されたカトリック学校が利用されている。  ヒアリングによれば,ニューヨーク・マンハッタン地区では,1970−80年代 は治安が良くなかった,1992年 12月には小学校の校長(地域のリーダーのよう な方)が殺されるなどの問題が起き,地域として,この地域を何とかしようとい う雰囲気ができていったとのことであった。1994年に設置が決められ,2000年 から運営されている。裁判所の位置としても,意図的に地域の中で実施するとい うことを意識しているという。  貧困により家がないという問題,アクティビティを利用可能性,希望など,刑 事事件・家族問題・家等の枠組みの中で優先事項を整理し,課題改善のコーディ ネートを受ける。面談して,評価して,本人にとって利用できると思えるような 解決案を提案することとしている。制裁を課すというよりも本人とともに(伴 走)解決策を考えるものであり,また本人が納得して合意できるプランでなけれ ばならないとされる。  法廷の様子を傍聴したところ,法廷に福祉職が常駐し,本人の意思に応じて直 ちにプログラム策定等の支援につなげることができるようになっていた。このセ ンターにもソーシャルワーカー事務所が設置されており,司法と福祉が実際に連 携する関係にあるといえる。  精神疾患がある人が,家族や近隣とのトラブルを抱えている場合も少なくな い。そうした場合には,裁判所のサポートはあるけれども,裁判所のシステムの 前に,自分たちで解決するよう働きかけがある(自信につながる)ということで ある。 (4)フォートローダーデール ブロワード郡メンタルヘルス裁判所(Broward County Mental Health Court)  ジンジャー・ラーナー・レン(Ginger Lerner-Wren)裁判官や福祉関係者と のセッション  ジンジャー裁判官は,1997年に精神疾患のある人のためのメンタルヘルス裁 判所を開拓した人の一人である。このような裁判所は人権戦略と位置づけられ, 尊厳と修復的司法の目標を優先し,軽犯罪や非暴力的犯罪で起訴された精神障害 のある人が刑務所へ送られる代替手段として地域社会に基づくケアに転用されよ うとしている。ジンジャー裁判官は治療法学と問題解決の専門家である。  傍聴においては,拘束中の被告人について,今後のケアを優先したいかどうか ― 339― 巻末資料2 海外視察報告 前列右から 2番目の方がジンジャー裁判官 を問う場面があったり,また,地域でケアを受けている最中の人がケースマネー ジャーとともに定期的に報告にきているという姿が見られた。21歳の女性ホー ムレスが,親もホームレスで貧困が連鎖して薬物依存に至っている事案,両親か らの暴力といった身体的精神的虐待を負っている事案など,根深い問題を感じさ せられるものもあった。ジンジャー裁判官はそうした人々に,「あなた一人のせ いじゃない。プログラムを受ける権利がある。」と熱心に語りかけていた。  もちろん,ニューヨーク州と同様にメンタルヘルス裁判所と通常の刑事裁判所 の選択は自由である(本人に選択権がある)。  ジンジャー裁判官は,地域の福祉ネットワークの交流にも力を入れている。私 たちが訪問した際には,大学教授,精神科医,心理士,家族会(NAMI),ナー シングホーム運営者,ホームレスシェルターの人など,様々な方々を招いてくれ ていた。こうしたセッションを定期的に実施しているという。ジンジャー裁判官 が主体となって,司法機関とこうした福祉機関との相互交流が積極的に行われて ― 340― V アメリカ視察 いることは,当事者にとっても裁判所にとっても,福祉利用の具体的イメージ化 に与するものと思われる。  ホームレスシェルター(Broward Outreach Centers)では,単身者や家族型 などそれぞれの形態に合わせたベッドを提供し,食事,アクティビティ,心理カ ウンセリング等の機会が得られるような設備が整っていた。 (5)まとめ  今回の訪問ではスケジュールの都合から民事の「精神保健」サービスや当事者 主体のグループホーム(ファウンテンハウス)を見学することは叶わなかった が,裁判所を中心とした精神保健サービスにまつわる支援の在り方を確認するこ とができた。  アメリカでは,オルムステッド判決以来,「精神科病院の入院者は減ったが, ホームレス化した/刑務所行きが増えた」と称され,たしかにその一面はあった だろうけれども,その反省の時期を経て,地域保健サービスへの予算配置,裁判 所主体での福祉との連携を充実させており,ホームレス化や刑務所収容を防ぐ仕 組みが整えられていた。特に福祉関係者,医療関係者,司法が互いに連携しての 取組が,非常に柔軟になされていた。 ― 341― 巻末資料2 海外視察報告 1『社会関係研究 17巻1号』(2011年)73―108頁(宇野木康子「精神障害者をめぐる制度と政策 (二)―日本とアメリカの就労支援の視座から―」) 2 上記参照。 3 植木淳『障害のある人の権利と法』(日本評論社,2011年)103−106頁 4 クラブハウス国際開発センターのパンフレットより。 https://clubhouse-intl.org/wp-content/uploads/2020/09/CI_GatefoldBrochure-Digital_FINALWeb_ 09-08-20.pdf(2021年7月 11日参照) 5『精神保健福祉 44.』(2013年)403―406頁(内山澄子「『生活のしづらさ』という言葉との出 会いと,今の私の考えていること」) ― 342― W ペルー視察 W ペルー視察 はじめに  我々日弁連人権大会準備委員会海外視察チームは,2020年2月 17日にアメリカ合衆 国,ニューヨーク市視察を始めとして,2月 20日にはフロリダ視察を実施,その足で池 原委員及び佐々木委員(本報告書筆者)はペルーへ向かった。途中,杉浦ひとみ弁護士と 合流し,2月 24日からペルーの古都であるクスコ市から視察を開始した。  視察先にペルーを選定した理由は,ここでは世界で先んじて障害者権利条約の基準に合 致した民事法及び精神保健法制の改革を実施し,輝かしい実績・実践があると聞いたから である。  クスコ市においては,ペルー成年後見制度廃止の立役者である家庭裁判所のエドウィ ン・べハール判事との面談を実施し,同国の成年後見制度改革の経緯をヒアリングした。  次に,ペルーの首都であるリマ市に移動し,2月 26日,弁護士や障害者活動家から構 成される権利擁護団体 SODISのレクチャーに参加した。  翌日2月 27日には,障害者支援や法改正に関わるカトリカ大学の法律クリニック弁護 士グループ所属,パウラ・カミーノさんのヒアリングを実施した。  同日午後には,障害当事者団体 ALAMOの創設者であるエレナさんと当事者スタッフ であるダニエルさんのヒアリングを実施できた。  翌2月 28日には,憲法上の障害者擁護団体であるオンブズマン組織の LADEFENSORIA PUEBLOのヒアリングを行った。この団体もペルーの成年後見制度の法 改革に深くかかわった経緯があり,精神障害者支援を重点的に実施しているからである。  その他,2月 28日午後には,ペルーダウン症協会のヒアリングも実施することができ た。  今回のペルー調査では,世界で最も先進的な法制度を支える思想や政治的,法的過程の ダイナミズムの一端を知ることができた。 第1 クスコ家庭裁判所訪問  日時 2020年2月 24日 14:50〜16:00  場所 クスコ家庭裁判所  訪問先 エドウィン・ベハール判事 池 原 日本には後見と強制入院があるが,障害者権利条約を受けて当事者団体,障害者支 援関係の弁護士などはそれを廃止せよと言っている。しかし,その意見は多数意見には なっていない。政府も変えようとはしていない。ペルーが後見制度を廃止して意思決定 支援の新法を作ったことに興味がある。 エドウィン 私のことは,エドウィンと呼んでほしい。 池 原 エドウィンは廃止法において活躍したと聞いている。話を聞きたい。 エドウィン 私の名はベハールという。家裁判事だ。2012年からクスコ市でやってきた。    私は視覚障害者だ。私が裁判所に入る前から,障害者権利条約の適用範囲に興味があ ― 343― 巻末資料2 海外視察報告 った。条約の課題は,障害者の法的能力の完全な尊重だ。私はそれに関心を持ってい た。民法や治療のカテゴリーを飛び越えて障害者の権利を考えている。私の裁判官とし ての経験から,知的障害者,精神障害者の事例に多く接してきた。統合失調症の人達の 医療支援,年金などの受給においてだ。彼らは往々にして障害をオープンにしたくない と言っていた。これらのことから,私はペルーの状況が権利条約と反対だと気が付い た。私は,2015年,条約に基づいて判決を下した。障害者に禁治産の宣言をする必要 はないということ,障害年金を取得するのに後見を必須にするのは違法と考えた。判決 は,人権分野からは受け入れられたが,アカデミア(学会)など学術系の人達は強く抵 抗した。 池 原 障害を言わないと年金などが受けられなかったということか? エ ドウィン 年金の受給は義務ではないが,国が,年金を取得するためには INTERDICCION(インテルディクシオン:禁止,禁治産)として宣言していた。この 判決によって,後見制度の廃止によって,障害者が自分で意思決定できるようになっ た。ペルーでは従前,支援がなかったので,新しい制度を作った。様々な多職種のチー ムを作った。考え方は,障害者を一人で放置せず,本人,家族,などに情報を提供する こと。それらを知ったうえで意思決定できること。本人の望む方向に進ませること。障 害者に代わるのではなく,尊重して,支援を受けられるようにする。伝統的やり方の代 わりとして判決を出した。後見ではなくて支援者を任命すること。これは国全体の物議 をかもしだした。立法変更のムーヴメントができた。障害者グループでは,民法を変え て後見をやめるために国会に多くの提案をした。2015年から 2018年まで,多くの団体 や裁判所が,支援制度の提案を多く出した。2018年9月に,大統領が,民法を変える 意思決定をした。法律の草案が出され,議論がなされた結果だ。立法を変えるのは,政 府だけではなく,障害者の組合などで,皆で長い時間をかけて法案を作成した。カトリ ックの教会なども参加した。今般,変革は達成したが,裁判所や弁護士がこの新しい変 化を理解するのが難しかった。考え方を変えるのは難しい。どうやって実行するのかわ からないといったことなどがあった。多くの研修が必要となった。加えて,この法律の 変化のための細則も必要だった。まだ改善段階にある。まだやることがある。裁判官と して,理解してもらうために多くの研修をやらねばならない。 佐々木 判決文は見られるか? エドウィン もらったアドレスに送る。 池原 どんな職種の者たちが支援のためのカンファで情報提供するのか? エ ドウィン ソーシャルワーカー,心理士,教育者,家族らが支援について教えていく。 障害者本人が家族を嫌がるときは,他人が付く。しかし,信頼する者がいないときに は,客観的に支援できる人物を選ぶ。多職種チームが支援を行う。チームはすべてのケ ースを網羅できないが,障害者本人が本当に必要な支援を行う。  例 :統合失調症の人が,自分の資産を売りたいとき,チームの誰かに支援してほしいと 要請がある。それ以外のことは家族にやってもらう。中度から重度の知的障害者の例 では,チームが適切に十分時間をかけて情報提供した。 佐々木 民法を変えたのか? エ ドウィン 民法 384号法を 2018年9月4日に変えた。この民法の変革は,立法議決は ― 344― W ペルー視察 大統領が行った。議会では変更を行うための十分な議席が得られなかった。 池 原 日本では,精神障害,知的障害の人が銀行口座を作ろうとすると,「後見人を連れ てこい。」とか,高齢者が施設入所契約で,「後見が必要だ。」などと言われる。契約の 相手が後見を求めてくる場合が多いのだ。 エ ドウィン ペルーでも同じだ。法改正前は,クラドール(curador:保佐人,財産管理 人)だ。矛盾した判決で,後見人を任命してから契約をさせていた。    384号法では,公的機関へ後見人を連れていく必要はなくなっている。本人に支援人 を求める権利がある。障害者本人が意思表明不可能であれば,裁判所が家族又は第三者 に委託することが可能だ。しかし,支援,保護を任命することは障害者の意思や能力を 尊重,保障することだ。裁判官はすべての努力をして障害者の意思を把握する必要があ る。家族が来て本人に能力がないと言う,それだけではだめだ。裁判所は検証し,本人 と面談して調べる。これはメディカルなものではない。私たちは度々のように,コミュ ニケーションができるか,状況を把握できているかなどを検証する。多くのケースで家 族は支援を求めるが,本人が意思決定を認められていなかった。私は家庭も訪問し,本 人は表情や頭の動きなどで考えを示すことができたのだ。「誰を信頼するか?」を彼ら に確認している。本人が誰を支援者として望むか?が問題で,家族が誰を望むか?では ない。障害者の意思を尊重し,支援者の権限の濫用を防ぐのが重要だ。3か月,半年, 1年かけて,フォローアップの審問をして,支援が機能しているか,状況を確認する。 池 原 公証人や裁判所が任命する支援者は,本人の意思決定を支援する人で,本人に代わ って決める者ではないのか? エ ドウィン その通り。問題の一つは,障害者のための新制度なのに,銀行などが後見人 を求めることだ。支援者が代わって意思決定すると銀行などは捉えている。国のやるべ きことは,「サポートであって,代行者ではない。」ということを認識させることだ。法 を変えることも重要だが,より重要なのは,人の考え方を変えることだ。 池 原 強制入院について聞く。日本では精神保健福祉法があって,自傷他害の場合の入院 が一つ目だ。二つ目として,病識や判断力がない場合の強制入院がある。事前にペルー の法文は読んでみたが,精神障害のための特別法はないという理解でいいか? エ ドウィン その通り。精神保健法はあるが,一般的なものであって,障害に特化してい ない。    ここ数年で内容はよくなっている。後見人は,センターへの入院をさせることができ たが,今ではそれは不可能だ。自由意思が前提だ。クライシスでは,生命の危険や自傷 の危険の場合があるが,入院は短期間である。長期入院の例はある。今模索しているの は,病院から出ても多くは家に帰れないので,保護施設や養護施設を作ろうとしてい る。患者たちが過ごすことができるようにだ。    私が国に反対することは,予算が少ないことだ。精神障害の患者への多くの予算が必 要だ。薬物治療だけではなく,多くの必要なサービスの資源がない。 佐 々木 精神病院というカテゴリーの病院はペルーにあるのか?それがあるとして,それ らは公立か?プライベートか? エ ドウィン 精神病センターという病院はある。リマにある。国全体は 24の地方 (REGION)に分かれるが,地方のすべてに1か所あるかというとそういうわけではな ― 345― 巻末資料2 海外視察報告 い。    クスコでは,市経営の精神病院がある。国は責任を持たない。市が経営する。NPO ではない。患者は有料で治療を受ける。 池原 強制入院は,クライシスの場合だけか?病気が重篤な場合にはどうするのか? エドウィン 重症で治療が必要な時は,同意によって入院させる。 池原 それは他の疾患とも共通か? エドウィン 特に精神疾患に限定されている。 佐々木 法令名をご教示願いたい。 エ ドウィン 29973号法(ley general de la persona con discapacidad)だ。障害者一般法 だ。後で法文は送る(ホームページからも閲覧可能)。 第2 リマ市 SODIS訪問   日時 2020年2月 26日 9:00〜13:00  場所 SODIS Sociedad y Discapacidad(社会と障害)  弁護士や障害者活動家から構成される権利擁護団体  住所 Calle Porta 130,Ofic.809 Miraflores,Lima-Peru  面談先:パメラ・スミス・カストロ(Pamela Smith Castro)理事長(Directora Ejecutiva)  マリヴェロ・マストロ(Marivero del Mastro) 弁護士  アンドレア・パラ(Andrea Parra)コロンビアの弁護士  ブレンダ・ロシオ・ヴァルディーヴァ(Brenda del rocio Valdiva)Quiroz心理士 パメラ 私は理事会のメンバーだ。アンドレアは 10時くらいに来る。 池 原 我々はペルーの後見制度廃止を調べに来た。日本では後見制度がいまだにあって, 代行決定が行われている。障害者権利条約では,後見制度の廃止を求めている。日本で はいまだに廃止されていない。ペルーが最も先進と聞いているので,いろいろ聞きた い。 マ リヴェロ 2008年にペルーは障害者権利条約を批准した。2021年に障害者一般法がで きた。この法は,条約の内容をそのまま書いている。障害者の法的能力を認めている。 すべての権利を認めている。 池 原 日本では,条約を批准すると国内効力があるが,イギリスではそうではない。ペル ーではどうか? マ リヴェロ 条約は一般法よりも上位だ。しかし実情では,法律化が必要だ。実務家は国 内法を尊重する。条約も国連も法整備を急ぐ必要があった。一般法ができると細則もで きる。同時に国の機関にどういう義務があるか定めることができる。ペルーでは条約の 効力があるが,政治的に一般法ができた。そのうえ,障害者一般法は,判断能力を認め るだけでなく,国会の中に委員会を作ることも認め,民事法の改正も進めた。その法の 中で委員会設置が義務化され,2014年,民事法改正委員会(CEDIS)メンバーは,ア カデミア(研究者),ユーザー,裁判官,その他関係者などとなった。 池原 民法改正前に,一般法で能力を認めたのか? マ リヴェロ そうだ。障害者一般法(Ley general de las personas discapacidad)は,条 ― 346― W ペルー視察 約の 12条に従ったものだ。    この法は,障害者の能力を認めたが,民法では Interdiccion(禁治産)があった。そ れで委員会を作ったのだ。そして,オンブズマンもこの委員会に参加し,委員会が民法 法案を作った。後見人の廃止も,代わりに支援制度を提案し,国会に提出した。一部の 味方をしてくれる議員とともに提出した。法案が提出されると国会の委員会(ジャステ ィス,インクルージョン等)の中で議論して精査した。出来上がったものには支援シス テムは入っていなかった。市民やアカデミア(研究者)からはこのプロジェクトを止め る動きが出てきた。次の国会で SODISの法案を基に,支援システムやセーフガードを 含めたものに仕上げた。それで,法務省と裁判所と作業を進めた。国会議員たちが法案 を提出したのだが,ペルーの国会の動きは遅い。それで,大統領は自分への権限の一部 譲渡を求め,これが認められ,法務省内で扱うこととなり,SODIS案を基に取り入れ られ,法務省から新法案を提出した。戦略も変わり,関係者も動くようになって,改革 となった。2018年9月4日,国会ではなく大統領が法律を発出した。1384号法 (DL1384)という。大統領が発出してから1か月で国会が賛成か反対を示さなければな らないが,国会は異議がなかった。というよりは,国会は何も意思表明しなかった。    成年後見制度は廃止するのだが,例えば,従前の民法では認知症のことも書いてあっ たので,そういう記載を取り除いた。まだ後見は残っているが,それはアルコール中 毒,薬物中毒のものが残っている。これは問題があり,廃止の意見があったが,大統領 にはその権限は与えられていなかった。法では,支援システム,セーフガードの2つの 細則も作られ,承認されている。細則の一つは,移行期に関するものだ。司法権が作っ たものだ。既に後見が決まっているケースなどに関するものだ。二つ目は,支援システ ムとセーフガードの細則だ。二つ目の細則は国家戦略として定められた。そしてこれを 執行する機関は,女性・弱者省(CONCEJo NATIONAL DE INTEGRACION DE  PCD)にある。この法が実行されるために我々は活動している。どの機関にどの義 務があるか特定することが重要だ。 アンドレア・パラ来場。 池 原 我々は精神障害者の後見制度について聞きたい。ペルーが先進と聞いている。どう いう経緯で法ができたのか知りたい。障害者権利条約は,後見制度を廃止すべしと言っ ているが,日本では理解が進んでいない。例えば,「理想的だが現実的ではない。」とい うように。日本の後見制度は,民法に3つの類型が示されている。手術の際の同意権は 後見人にはない。最近では後見人等に医療同意権を与えようという動きが強い。なくす 方向ではなく,よく使う方向で進んでいる。 ア ンドレア 条約についての日本での扱いはどうか? 池原 2014年に批准した。憲法より低いが法律より上位だ。 ア ンドレア コロンビアでは,内戦が 60年間続いた。2018年に一つのゲリラ組織と合意 ができた。内戦のせいで,障害を負う人がいた。障害者運動はこのことに影響を受けて いる。例えば,地雷で被害を受けた人は別に活動するなどしているが,その中で地雷被 害,内戦被害などの政策があり,その中で障害を受けた人が優先して補償を受け,それ とは別に障害者運動がある。視力・聴力のものが多い。精神障害の人は忘れられてい ― 347― 巻末資料2 海外視察報告 る。心理社会的障害の人はもっと忘れられている。コロンビアでは,多くの人が施設に 預けられている。1万人以上が子供保護システムの下にある。    コロンビアの法構造では,人権の闘いは一度も勝利したことがない。最高裁判所は, 最高裁と,行政の審議会と,憲法解釈の最高裁判所と,3つに分かれている。91年に 憲法が改正され,基本権の保護システムができた。誰でも裁判所に行って憲法違反を申 立てられる,トゥテーラ(Tutela)という仕組みができた。判決は 15日以内に出る。 Habeas Corpus(ヘイビアス・コーパス)は国家による逮捕に適用だが,トゥテーラは すべての権利に及ぶ。憲法改正では,誰でも憲法違反を訴えることができるようになっ た。ペルーでは,弁護士の団体だけがこのような訴えができることになっている。  ナショナルシステムは,ペルーのコナディス(CONADIS)に似た審議会がある 1。  大統領,すべての省庁,一般社会人,当事者,障害者家族も入っている。    コロンビアは,2011年に権利条約を批准した。憲法と同等の位置だ。皮肉だが,戦 争のせいで人権の水準は高い。2013年に 1618号法が制定され,これは障害者の枠組み 法だ。条約を採り入れて,国の機関を定めたものだ。その内の法 21条では,国の3つ の機関に法の改正を命じている。我々一般社会は,これらが実現されるように活動して いる。しかし,我々はこの法では後見制度が変えられないと分かっていた。それでこの 法の 21条として,法制度を変えていくべしという条項を入れた。1616号法(2013年)。 サルー・コミュニタリア salud comunitariaというが,あまり適用されていない。    我々市民としては,シャドウレポート提出の際に各障害者団体とつながりを作ってい った。    コロンビアでは,人権保護活動が強い。国の犯罪,先住民問題,女性の問題,などの 強いグループがある。シャドウレポートを 20年出し続けているが,障害者分野ではい まだなかった。それで,大学や人権団体,いろいろな人とともに2年間条約理解のため の勉強をした。2013年にシャドウレポートを提出した。ジュネーブに行き,そこで後 見について語っている。    強制不妊については,1857年の民法からである。人を能力者・無能力者で分けた。 そこには全体的無能力といっていた。耳の聞こえない人,ギャンブラーも含まれてい た。それと,薬物中毒者,サイコパスも含まれていた。女性,先住民,奴隷も無能力だ った。1906年法(1306号法)で,後見制度を改定した。これは民間の参加なくつくら れた。無能力を完全無能力と相対的無能力とに分けた。皮肉にも条約と同じ言葉を使っ ている。この法律を憲法違反だとアクションすることを考えた。しかし,憲法違反だと いうと,昔の民事法に戻る可能性もあった。それで,同時進行戦略をとった。当方がシ ャドウレポートを出し,国連が勧告を出してくれた。コロンビアでは,勧告は解釈基準 となる。コロンビアの意識としては,国連の勧告は正しい解釈だというものだ。    作戦は,係争,調査,法への働きかけだった。例として,人身保護では強制不妊につ いて憲法的係争を起こす。人身保護のレビューもできる。例として,障害のある子の手 術を病院が拒否した時,病院へのトゥテーラを起こしたが,判事は憲法裁判所にあげ た。私は法律事務所を持っていたが,アミーカス・クリアエ(amicus:法廷の友と呼 ばれている制度)として法廷に行った。    もう一つには,心理社会的障害の青年がカオス状態で大学を辞めさせられ,親は後見 ― 348― W ペルー視察 を付けた。親がトゥテーラを起こし,学費返還を要求した。アミーカスとして参加し, 後見はダメだということとその廃止の判決が出た。    もう一つ,ある女性につき,その母親が後見人になりたがった。従前は父に DVがあ った。その女性の権利を主張した。   いろいろな判決を出すことで,スタンダードが形成されてきた。 池原 憲法裁判所は後見制度が憲法に反すると判断したのか? アンドレア そうではない。条約の中の権利を認めたのだ。 池原 それは先例として拘束性はあるのか? ア ンドレア トゥテーラに関してしか効力はない。しかし,スタンダードが作られてい く。法律上は精神障害という単語を使うが,活動的には心理社会的障害を使う。メンタ ルというと医療モデルになるが,必要なのは社会モデルだ。 杉浦 憲法裁判所には解釈権限があると言ったが,先ほどの事例ではどうだったか? ア ンドレア 人身保護の場合にはどんな判事にも提出できるが,憲法裁判所にすべて送 る。憲法に関する重要なケースを選ぶ。すべての判決は憲法裁判所に行くが,その中か ら選ぶ。従前ではすべての能力を失っていたので,トゥテーラを出せなかった。第三者 が手伝うことはできたが,実際には国に対し何も抵抗できなかった。例として,叔父が 甥に後見を付け,兄弟が相続を有利にしようとするとか,夫婦でも妻を搾取するとか, そういうケースは民事で扱っていたが,従前までは後見人をやめさせるのは困難だっ た。もう一つは強制不妊の問題で話題性は高いが,子供を学校へ入学させるために不妊 手術を受けさせることを医師がアドヴァイスしていたことがある。どうやって不妊手術 するか,我々にアドヴァイスを求めてきたのだ。後見をつけないと年金をもらえないと 思い込んでいた。    それで作戦として,2019年に法が変わったが,コロンビアでは憲法裁判所でアミー カスを使う。コロンビアでは,アミーカスはよく使われる。文書を提出する。一部の国 では限定されているが,誰でも提出できるようになっている。もちろん憲法裁判所は, アカデミア(研究者)の人を尊重する。しかし,抵抗する側の提出も可能だ。例えば, 中絶の係争の多くにアミーカスが提出され,裁判所はすべてを読まなければならない。 我々はそのシステムを利用して,多くの意見を出した。障害者側,大学側として出し た。    ペルーでは,アミーカスは限られている。中米もそうだ。だから作戦が必要なのだ。 リプロダクティブライツ(性と生殖に関する権利)の組織は大きいから,全国にいる。 知的障害者と心理社会的障害者団体と合同の団体を作った。一つのプロジェクトを作っ た。    そして一つの報告書を作った。一般の人に知ってもらうために。コロンビアでは年間 500人がやられている。後見人が認めているからだ。このプロジェクトで,「プロファ ミリア」という組織を作って,女性の意思を尊重するようにしている。そのおかげで, 保健省は 1304号省令を出した。後見をつけられている人も,承認を受けなければなら ないこととなった。    例えば,貧困の心理社会的障害の青年で,祖父が施設に入れたがっていた。その際に アミーカスを使った。2011年に,内戦被害者補償法,補償ユニットができた。被害者 ― 349― 巻末資料2 海外視察報告 が障害を持っている場合,金銭を受け取るために後見をつける必要があった。それで, 後見をつけさせないようにユニットと活動した。2004年に憲法裁判所は 500万人が内 戦で強制移住させられていると判断した。アフロコロンビアン,子供,女性,障害者, 先住民。アウト(AUTO)は,判例法内の命令。2014年のアウト 073は,強制移住さ せられた障害者についてのものだ。補償金を受け取るときに後見の必要はない旨のもの だ。    2011年内戦被害者補償法では,被害者ユニットを作り補償金を渡すことになってい た。しかし,被害者が精神又は知的障害の場合,補償金受領のために後見人を要すると されていた。われわれは被害者ユニットと協働して,後見を要しないようにした。2004 年憲法裁判所の判決で,強制移住の事例についての判決が出された。その判決の中で, 女性,先住民,アフロコロンビア人,子供,障害者などについて書いている。アウト 073(判決内命令)によって強制移住された者の法的権限を守ることとされ,補償金を 渡すためには後見を要しないとした。    1996年法及び 2013年法 21条により関係法の改正が求められていたが,関係法の改 正には抵抗があると考えていた。誰がその改正の動きを支援するのかなどの課題があっ た。支援者の選択の仕方も課題だった。そこで,米国の財団のオープンソサイエティー のファンドを得て障害者に必要な支援ニーズを特定するプロジェクトを行った。    64人の知的障害者と調べた。例えば,貧困で医師の管理下にあり,ずっと閉じ込め られていた人は裁判所にものを言うことができない。障害者が何を欲するのか決める支 援が必要で,これは国がやるべきだ。アルゼンチンでは,オンブズマンがやるが,コロ ンビアではどこかに権限を与えるのには抵抗がある。実は,2013年につくられた,大 統領の側近の障害者に関する顧問という役職があり,パブロ・ラサールが就任してい る。我々は彼に後見制度を変える必要があることを説明した。彼はいろいろな人を集め ることができた。オンブズマン,法務省,検察,司法精神,福祉,保健省。司法精神分 野では,判事が後見の場合に司法精神から報告を求めていたからだ。    我々は裏で法案を作っていた。ラサールは議員に働きかけた。それから,グリーン政 党の一人,アンヘリカル・ロサノを味方に付けた。その間に法文を作った。その時には ラサールとロサノは国会の有力なメンバーだった。コロンビアでは,法律成立のために は,下院の人権委員会と総会,上院の人権委員会と総会,の4回の議決が必要だ。最 初,下院の委員長が反対だった。    我々はどの政党もばらばらだと気が付いた。委員長が反対だったので,委員長が変わ った後に,アンヘリカル・ロサノが委員になっていた。知的障害の人が国会で説明して いるビデオがある。    我々には時間が限られていた。2019年6月 20日までにやらないと,2年の経過でプ ロジェクトが終わってしまう。6月 19日に法案がやっと通った。大統領も1か月かか った。多くの法案はすぐに通るが,本件は珍しかった。反対者が多いことは分かった。 8月 26日に大統領がサインした。    その後,家裁の判事が騒ぎ始めた。司法省に味方がいることは大切だった。法では1 年間,裁判所と公証人と和解センターの者たちを訓練する期間がある。 ― 350― W ペルー視察    法は,後見制度を完全廃止した。@現在,誰も後見を申請できない。A進行中の人 は,裁判官が中止して,保護措置を採る。Bすでに後見人がついている人は制度が続く が,裁判所がレビューするまで(36か月)のものになる。ペルーでは 8000人,コロン ビアでは数万人単位だ。私はボゴタに住んでいるが,裁判官は 34人いる。各裁判官が 1500件から 3000件の後見を扱っている。非常に多い。ペルーではあまり利用されてい ない。 池 原 日本では約 20万人だ。おおむね年間に3万 5000件の申立てがある。全国で裁判官 は総数でも 2700人程度しかいない。 ア ンドレア 支援の評価制度の細則を作るように法は定めている。ペルーでは支援の細則 や法文は短いが,コロンビアでは法が細かい。一ついい点は,憲法裁判所判事が肯定的 だったことだ。しかし,多くの裁判官や弁護士,家族は,重度の障害者が保護されない のではないか,と主張した。彼らには障害者に能力があることを理解できない。既に憲 法違反の4件の申立てが出ている。カトリカ大学などがアミーカスを提出している。 我々のグループは弁護士だが,積極的だ。我々は,司法省を通じて裁判官を教育してい る。    政治的な反対というのではなくて,反対する人たちは,今まで障害で金を儲けていた 人たちだ。施設や,家族から金をもらっている人たちだ。    裁判所は,仕事が増えるのを嫌がる。ローマ時代からの法のセキュリティーを懸念し ている。    政治的に声をあげている人もいるようだが,どういう人たちか突き止められていな い。学生が提案を出してきているが,@重度の人の保護がなくなる。A軽い障害の人達 のためのものだ,というものだ。 池原 後見をなくすだけではなくて,支援システムを作ったのではないのか? ア ンドレア いや,実はそうではない。支援を付けるためにはオプションがある。@本人 が決めるもの。A和解センターか公証人の下での合意。B支援を与えるプロセスという 新設されたもの。一人で裁判所に行くことになるが,意思のわからないときは第三者が 要請できる。裁判官はその時には本人に会わなければならない。支援は具体的・個別的 であって,期間は最長5年だ。例えば,本人が裁判所に行って申立てるときには「報告 書」が必要で,それを受け入れるかを判断する。1306号法は廃止された。緊急の場合 に精神科病院に入れる規定を廃止した。危険性のある障害者というカテゴリーもなくな った。 池原 強制入院はなくなったということか? ア ンドレア 緊急では入院させられなくなったが,他では残っている。今でもそれをやっ ている。 池原 緊急とは何か? アンドレア 医師が解釈するが,しかし誰にでもいろいろ解釈できるものだ。 池 原 日本では,@自傷他害のおそれ,A入院の必要性を理解できない者,だ。クライシ スとは@と同じか? アンドレア @に似ている。法では2か月だった。しかし何度でも延長できた。    支援を評価するサービスでは,オンブズマンや民間のワーカーでも,家族構成や支援 ― 351― 巻末資料2 海外視察報告 ネットワーク,本人の意向などを聴き取って支援評価報告書を作成でき,公証人の認証 を得ることができる。裁判所は,報告書を求めるときもそうでないときもある。本人に は報告書を受け入れない自由もある。そのために細則がある。報告書が本人の意思と異 なれば支援は始まらない。    従前の後見では一人で判断していた。今の制度では,兄弟に任せたり,一方で親に他 のことを任せたりというように,分掌する。 池原 金銭のことを兄弟が決めるとなるとまずくないか? ア ンドレア いや,本人が決めるが,アドヴァイスを受ける。例えば,一定の金額を超え ると兄弟の同意がいるというように。 池原 公証人が支援を決めるのと,兄弟が単純に決めるのと,どう違うか? アンドレア 第三者が支援者になるためには合意が必要だ。 池原 例えば,兄弟が銀行に行って口座を開くことができるなどするのか? ア ンドレア 銀行には支援者を認め確かめる義務がある。法律上は誰にでも口座は作れる が,みんな障害者との付き合い方が分からず,過保護になりがちだ。例えば,字の読め ない人にはそういうことはないのに,精神障害者だとそうなる。いまだに医師の証明書 を求める。 池原 重度の人が切り捨てられるという意見に対する反論はどういうものか? ア ンドレア 法では,障害者であっても支援の程度があることは言っている。考えている のは,重要なことは支援の程度であって,障害の程度ではないということだ。    例えば,知的障害者でも自分の意思は表せる。契約のすべてを理解する必要はない。 支援者が解釈できる。支援者が本人に説明できる。どんな組織でも本人を調整する義務 がある。契約書を分かり易くするなどだ。   法が実現した時,国連からコロンビアに祝福をもらった。   法文,判決を送る。ウェビナールも送る。 ア ンドレア 実名を出して例を出すことが必要だ。家族もすべてが反対するわけではない ので,そういった家族の意思も出す必要がある。ペルーでは投票が義務になっている が,後見が付くと投票もできないことを言ったら,よく効いた。    8か国で能力変更が行われている。コロンビア,ペルーは廃止した。アルゼンチンは はっきりしない。ブラジルは一部,チリは法案を出している。メキシコでは最高裁で重 要な決定が出ている。メキシコシティーで進んでいる。    ラテン・アメリカでは,支援グループがたくさんある。SODISのアルベルトさんな どだ。いろんな国で会っている。コロンビアのケースでみなアミーカスだ。    コロンビアでは憲法裁判所はよく使われる。トゥテーラももう一つの途だ。多くの判 決がある。ほかの分野の憲法違反判決も多い。    憲法裁判所は9人の判事のうち,3人が大統領指名,3人が最高裁から,3人は国会 が選出する。1991年にできたものだが,最初のうちは中立的だったが,ここ5年で政 治的になってきた。 ブ レンダ 2年前から支援している。このプロジェクトは終わるが,初めから終始やって きた。いろいろ実例を持っている。 ― 352― W ペルー視察 マリヴェロ 改正法は大統領発令の法律だ。 杉浦 どういう時に大統領が発令できるか? パ メラ 国会の方から大統領に権限を付与する。どんなテーマであってもよい。本件で大 統領に与えられた権限には,他の分野のものもあった。現大統領は国民に選ばれたわけ ではなくて,前大統領が罷免されてその地位に着いた。デスカーラ氏という。どちらか というと中道だ。    立法当時は政治的危機にはあった。キーパーソンがその状況を利用した。法務省内に も協力者がいた。 池原 日本には精神保健福祉法があるが,ペルーにはあるか? パ メラ 2019年5月に精神保健法(Ley Salud Mental)が成立した。緊急の場合の強制 入院を認めている。細則で要件を定義される予定だ。保健省が定める。従前は一般医療 法の一部であった。新法(1384号法)は,障害が要因となっていないが,精神保健法 では緊急入院を認めている。従前の一般医療法では,「代理人が入院を決定できる。」と なっていた。代理人とは後見人などだ。後見人などによる緊急入院はもともとあった。 ただ今回は,細則で定義が出る。医師が緊急事態を決定する。まだ医師の数は決まって いない。精神保健法に関しては,3つの法案があった。特にドメスティックバイオレン スの解消を目指した。メンタルが解決すると暴力が改善すると思われ始めたのだ。    最後のドラフトで我々は,緊急の場合の要件が不適切で強制入院をなくすことになら ないことを議員に訴えた。国会で成立してしまった後,大統領が署名するまでの間にも 意見を出し,変更を求めた。民事の裁判官に入院権限を与える点について懸念があり, それが実現されると障害者の能力の否定につながると考えた。そして我々は新民法に残 っているケース(アルコールと薬物)だけに限定するように主張した。   精神保健法は,生物医学的なアプローチだが,我々は社会モデルを目指している。   新精神保健法では,アプローチを変えたかった。 パ メラ 1384号法の後,民事の判事は強制入院を決められないこととなったが,精神保 健法の一条項が,判事に再び権限を与えかねないと読めたからだ。法には明記されてい ないが,未成年者の犯罪に関し,判事に権限を与えるように見えた。    前の法律は,民事の判事に権限を与えていた。しかし,前の法と比較すると,未成年 に限定するように見えた。これは我々の解釈であって,判事の権限をはっきりさせたい と思った。新法では,例外的に緊急の場合だけ入院が認められる。  新法では,医師の会議が入院期間を決める。    刑事法の場合では,医師が施設から出てもいいと言っているのにかかわらず,判事が 出さないこともある。医師の会議の方がより適切と言えるのではないか。    1997年 SODIS設立。当初から障害者の権利を守るプロジェクトをやっている。23年 間だ。力を入れているのは,政治・法律面での働きかけだ。例えば,障害者権利条約批 准への提案,集中的に障害者法の制定に注力した。    創立者は,ハビエルという障害者で,すでに亡くなっている。もともと政治に近い人 物であった。必要な制度改革に関わっていた。SODISは,民事法の改正の委員会メン バーでもあった。自立生活にも力を入れている。SODISは,インクルージブ教育,交 通アクセス問題,司法アクセスなどのすべての分野のエントランスになっている。教育 ― 353― 巻末資料2 海外視察報告 研修でのエンパワーメント,障害と人権の組織強化ラウンドテーブルのメンバーでもあ る。この会議は 19の組織で成り立っている。我々はあらゆる分野でいろいろな組織と 連携を図っている。 ブ レンダ 我々は,長い間活動してきたが,3年前から直接地域や家族と連携し始めた。 権利保障のために,支援の調整をする。メンタルヘルスに関しては,人権の連盟の一員 でもあった。目的は,障害者のために何がいいのか?有効なオピニオンを出すためだ。    財源は国際協力基金だ。財源は主として2つある。オープン・ソサイエティー,ウェ ルス・スプリング。バンク・インフォメーションセンターからも少し。インターアメリ カンファンデーション。ドイツからもあった。 池原 新しい支援システムで支援活動はしているのか? パ メラ 昨年は,研修プログラムを実施した。家裁の支援チーム,公証人,家族,新しい 役割を与えられた関係者全員だ。個人の相談にも乗っていた。今年は戦略を作成してい る。細則で戦略を作成すると規定されている。判事の評価もしたい。いろいろと組織を 集めたい。我々は政府といろいろな調整をしようとしている。 池原 支援の具体例は? パ メラ 法的重要性ある意思決定の支援だ。インフォーマル,フォーマルな支援について 書いてある。フォーマルなものでは,重要な決定,複雑な場合の決定をする。フォーマ ルな支援者の決定は,裁判所と公証人ができることになっている。例えば,新しい口座 が欲しいとき,医療の決断が必要な時などだ。 池原 フォーマルな支援を求めることができるのは本人だけか? パメラ 本人が意思表示できないときは第三者でも可能だ。理想は近しい人だが。 池原 本人が嫌だと言った場合には? パメラ その時は任命しない。本人意思が原則だ。 池原 具体的に支援はどの様にやるのか? パ メラ 法的に重要な場合だ。障害者が自分の権利を実行するときだ。就職,行政手続を 始めるときなど。例としては,手術を受けるかどうかの決定など。情報を提供する。多 くの場合医師のそれは不十分だ。医師と親しくないときも多い。    複雑というのは,人によって状況が違う。しかし,すべての場合,本人のニーズにつ ながる。最終的に本人の決断による。    2種類の支援がある。代理人になる場合とならない場合だ。    例えば,ジレンマとして,代理権を持っていないとインフォーマルなところで働くし かない。なぜなら正規ならば登記され,裁判官や役所は支援者がいれば,どんな時も要 求してくる。それがバリアにもなる。    後見との違いは,@支援者を本人が選ぶということだ。A支援者は本人の意思に完全 に従って動く。後見と違って主観的要望が重要だ。    公証人と判事がレビューできる。セーフガードとなっている。公証人または判事が誰 を支援者にするか決める。報告を求めるなどする。 佐々木 集団的意思決定という形はとらないのか? パ メラ 内容は本人が決める。意思表出できないときは,判事が内容を決める。本人の歴 史・嗜好に基づいて。判事が判断するけれども,例えば兄弟が本人を施設に入れたよう ― 354― W ペルー視察 な経緯があれば支援者から外す。    意思を表明しないということは,口頭で言えないということではない。意思把握のた めのすべての努力をするべきだ。 池 原 コロンビアでは,報告書の提出などが求められているそうだが,ペルーにはないの か? パ メラ 我々の改革は理想的シナリオに基づいているのかもしれない。本人がすでに自分 の要求を解っているような,理想的状態を前提にしている。また,支援ネットワークが すでにあるというような事態も想定している。 佐 々木 改正前の法では,支援者の申立費用や報酬などは本人負担だったということか? パメラ プロセスの費用か?ランニングコストか? ブ レンダ 従前の法では全く支払いはなかった。費用は一応支払いは想定していたが,本 人の財産を後見人が管理していたので,管理人がそこから支出し,問題になることはな かった。判事は,保護措置,不動産の売却などに相談に乗ったが,財産の蕩尽を止める ことはできなかった。    新制度では,支援者は全く金銭を受けない。家族が負担したり,国からの支援だけだ ったりする人がいる。支援はボランタリーだ。 ブレンダ 任意に選んで支援するからだ。普通は家族がやることになる。 パ メラ 搾取の可能性はあるが,セーフガードがある。一つには,不動産などを売却する 場合には判事に伝える必要がある。 第3 リマ市 パウラ・カミーノ(PAULA CAMINO)氏インタビュー   日時 2020年2月 27日 10:00〜12:00   場所 ホテル DEL PILAR 8階食堂  パウラ・カミーノ:カトリカ大学の法律クリニックの弁護士グループ所属  大学のコースの一つで障害者の援助,法律相談,法制度制定,代理,家族からの相 談などをやっていて法改正に関わった。 池原 法改正にどのようにかかわったか? パ ウラ 2012年ペルーで障害者一般法ができた。全障害をカバーしているのでそれを基 にすべての障害者の権利を認める方向へ向かう。後見制度は民法にあったので,この法 律だけでは後見制度は廃止できなかった。そこで,民事法レビューの委員会がつくられ た。我々の団体もそのメンバーだった。大学の法学部の代表も加わった。2013年から 14年に委員会は,法案を出したが,政治的な理由でダメになった。2018年に法案を提 出し,受け入れられた。障害者団体と相談したうえで合意した案としたのが DL1384号 法。法改正には普通は法学部の関係者を入れることが多いが,障害者法では当事者に相 談すべきだということもあった。大学として障害者団体にも関係していた。障害に焦点 を当てているのはカトリカ大学だけ。他大学は法律相談室で一般的なだけ。他の大学で も少しはできているが,表現の自由など,少数者の人権など。同時に,条約の場合と同 じく,障害者との相談が必要だった。我々は障害者の会議に参加しているが,多くの団 ― 355― 巻末資料2 海外視察報告 体が合同すると力がある。そして法改正の会議などに呼ばれて,それで,会議の内容も すべて把握しようとすることになる。    障害者問題を扱う大学の学部があるのは,カトリカ大学だけだ。多くの大学は,法律 相談室で扱っていて,障害に特化していない。多くの大学のクリニックのテーマは,言 論の自由とか少数民族の問題などだ。    弁護士団体は,改正問題では参加したと思うが,後で確認する。    法の中で委員会構成メンバーが定められている。法制定の後に細則が承認された。現 在,民事法の改正が求められていて,我々の改正も骨抜きにされかねない。現民法は,  1984年のものだ。    1384号法は,法として出されたが,その中で民法の後見を廃止した。しかし,民法 自体の改正では,後見に替えて,アシスタント制度を導入する可能性がある。それは後 見制度の名前を変えただけのものだ。アシスタントがいろいろと判断する。例えば,ア シスタントは物品を購入し,入院の判断などをすることができる。    1384号法の支援制度では,支援者は判断などできなかった。2018年9月に民法が変 わって,後見廃止となったが,再び民法を改正しようということだ。1384号法の改革 では多くの抵抗があったからだ。今,その為の法案が出されていて,コメントが募集さ れている。コメントでは「良い後見」を望む意見が出ているかどうかは分からないが, 法案ではアシスタント制度が出ている。たぶんアシスタント制度支持も出現してくると 思う。 池 原 1384号法では,支援者に関して本人が申請することとなっていると思うが,他人 が支援者を申請しても,本人が嫌ならダメだということでいいか? パ ウラ 部分的には正しい。アポヨ(APOYO)からアシステンテ(ASISTENTE=介助 者)へ変更になる。アシステンテは通常生活介助者のことをいう。新法案ではアシステ ンテになっている。 池原 アポヨは,決定権限がないが,アシステンテはその反対ということか? パウラ そうだ。今言った内容の通りだ。法案のドラフトは後に送る。   アシステンテの権原は裁判所が決める。問題はその限度がないことだ。現在のアポヨの 決定は不可能だが。 池原 先ほど言った,「部分的には正しい。」ということの意味は? パ ウラ 正しいのは,本人の申請の時だ。このモデルの考えはあくまでも,本人が決め る,ということだ。第三者の申請の場合には,厳しく例外が決められている。もし第三 者が支援者を欲しいときは申請できるが,それは本人が全く意思表明できないときだけ である。そのような申請があったら,裁判官は最大の努力をする必要がある。例えば, 医師などのチームの支援を得て,本人意思を確認する必要がある。それで確認できなけ れば支援者を付けることを考えることになる。    いつどういう時に支援者を付けるかというと,権利主張の必要があるときだけだ。例 えば,年金をもらうとか,取引の必要のある時などだ。法の意図は,本人意思の尊重で あって,第三者の代行は例外ということだ。裁判官は,何ができて何ができないかを明 確に決め,セーフガードもつける。通常,近親者が支援者になる。その他の例外は,こ れまでの本人の人生をよく知っている人物だ。 ― 356― W ペルー視察 池 原 クスコのエドウィン判事は,「実際に本人に会うと,その意思がわかることが多 い。」と言っていた。 パ ウラ 2つのポイントがある。1つは,本人に会いに行く必要があるということ。2つ 目は,本人の意思を知る必要があるということ。例えば,本人が法廷に来られなけれ ば,裁判官が行くことになる。エドウィン判事は誠実で,支援者を選任した初めての裁 判官だ。しかし,そういう裁判官は少数だ。    我々は,大学のクリニックなどに要請してもっと裁判官を育てるように言っている。 裁判官の啓蒙は難しい。裁判官にとってサインするだけなら簡単なことだからだ。ペル ーの判事は,ケースが多すぎて外出が難しいのだろうが,少しずつ進歩はしている。    法案では,第三者の申請も可能で申請がオープンになっているので,それによってア システンテ(介助者)が選ばれると自己決定権が制約される方向にもどってしまう可能 性がある。1384号法では後見を排除して支援を定めた。民法を改正して後見廃止した。 しかし,法案が出ており,法案にアシステンテの提案がある。アスシステンテは,介助 者のような者だが自己決定侵害の危険性がある。判事がアシステンテの権限を決められ る。その限界がない。これに対して後見に代わるアポヨ(支援者)では,本人が決める ことが原則で第三者の申請も制限されている。 池原 日本では後見促進だが,ペルーでも揺り戻しがあるということか? パウラ そうだ。逆に日本ではどうしてそのようなことになっているのか? 佐々木 社会保障の内面化と国家予算削減が目的だと推測する。 パ ウラ ペルーでは記録不備が問題だ。制度の採用数調査をオンブズマンが求めている。 後見制度から支援制度へ変更できることを通知しなければならないが,裁判所が誰に送 ればいいのかわからない。前判事が誰に後見を付けたかわからない状態だ。紙ベースの 記録保存はほとんど機能していない。1987年の判決のペーパーを我々が持っていても 1384号法では後見を排除して支援を定めた。民法を改正して後見廃止した。しかし, 法案が出ており,コメントを求めている。法案にアシスタントの提案がある。  アポヨは決断支援,条約に従ったもの,自己決定侵害の危険性はない。    アスシステンテは,介助者,自己決定侵害の危険性がある。判事がアシステンテの権 限を決められる。その限界がない。    アポヨについて,本人が決めることが原則,第三者申請は例外なので,いろいろなル ールが決められている。オリジナルは裁判所のどこにあるかわからない。そして裁判所 は,レニェックという身分認証局に,後見を受けて既に死亡している者のリストを求め ている。レニェックには被後見人リストと死亡者のリストがあると思う。それなので裁 判所は頼んでいるのだ。    ペルーのほとんどの障害者には後見人がついている。精神障害者と知的障害者だけの ことだが。なぜなら,社会保険を得るためには判決が必要だからだ。後見が付くと,職 業に就くことができない。 池 原 エドウィン判事は,社会保険のために後見人を付けなければいけないということは 違憲だという判決を出したと聞いている。 パ ウラ ペルーの憲法では,人権条約は国内法となる。条約は一般法よりもレベルは高 い。そこで,エドウィン判事は,民法は条約に反すると言ったのだ。 ― 357― 巻末資料2 海外視察報告  ペルーでは,アポヨをどう使うか,まだ決まっていないという問題があった。 池原 精神障害者の強制入院について聞く。    これまで聞いてきたのは,2019年5月に精神保健法ができた。それ以前は,後見人 が入院させることができ,加えて,緊急状態でも入院させることができた。 パ ウラ その通りだが,ただし,緊急状態は法に書いてあったが守られていなかった。例 えば,法では一定期間後にレビューが必要だと書いてあったが,そもそもその人の入院 期間の記録もない。    入院させられるのは見た目に明らかにおかしい人で,市民が警察に連れていくので, 誰も気にも留めず,管理もしなかった。そういう人たちは自分では病院から出られない ので,一生病院にいる人もいる。2018年のデータだが,600人がそのような人だという ものがある。入院させられて記録もないような人だ。    家族が負担に思って精神病院に入れてしまうこともよくある。退院を促進しようとい う動きもあるが,高齢者であったりしてなかなか難しい。医師が面会者を決めることが できて,会えないこともある。弁護士でもダメだ。精神科病院は特にそうだ。 池 原 精神保健法で,後見人による入院は廃止され,緊急時の入院だけ残ったということ か? パ ウラ そうだ。緊急時は最大 48時間だ。保健省は努力はしている。48時間は延長可能 だ。ただし,医師の報告書が必要だ。 佐々木 ペルーの医療費制度はどうか? パ ウラ 公費負担だが,最低のものだ。精神病院では苦情が多く,薬の質も悪く,ジェネ リックが使われている。障害者は薬が悪く寝ている状態だ。多くの人が抵抗する。    もう一つの問題は,十分な病床がないことだ。ユーザーが自分で薬を買いに行かなけ ればならない。 池原 脱施設化はどういう状況か? パ ウラ そういう動きがあったので,法改正となった。最近 100か所に精神保健センター ができた。外来でやれる。そこには心理士と医師がいる。安くて誰でも受けられる。 池原 緊急事態の要件はどうなっているのか? パウラ この法の細則はまだ明確ではない。ドラフトはあるので送る。  @基本は医師の命令が必要だ。加えてAクライシスの状況が必要だ。   ペルーでは,現時点では,アシスタント制度は存在せず,病院を出たら問題は起こる。 社会への包摂は難しい。同時進行の必要がある。出てからどうするかの問題だ。   自由入院は存在する。退院したいときは医師に治療を受けたくないと言えばいい。障害 者一般法にある。 池原 強制入院からの退院を申請すると,医師が審査すべきなのか? パウラ 緊急の場合は,48時間以内では医師が決める。 佐々木 延長は医師が決めるのか? パ ウラ 48時間超過で自動退院だが,外来治療になる。それでダメなら再入院となる。  精神保健法では2つの形がある。   病院の入院と施設の入院だ。病院も施設も病院を指している。   まだルールははっきりしない。法文は送る。 ― 358― W ペルー視察 池原 入院者の権利擁護の制度や団体はあるか? パウラ 細則で決められる。患者の権利基本法もある。    精神保健法の中では,もっと述べられている。同意の尊重,強制投薬禁止のことなど だ。従前は,電気ショックや強制投薬があった。    精神保健法の中では情報提供,同意要件,強制医療の禁止などの定めがある。権利擁 護組織はないが,保健省のなかに苦情受付機関がある。「あなたの健康」という部署。 オンブズマンの検査もある。虐待防止メカニズムもある。拷問禁止条約に基づくもの。 訴えに基づき立ち入り調査できる。 第4 アラモ協会(Asociacion ALAMO)訪問   日時 2020年2月 27日 16:00〜18:30   場所 ホテル DEL PILAR   訪問先 障害当事者団体・アラモ協会   ダニエル・リヴェラ(DANIEL RIVERA) 当事者スタッフ   エレナ・チャル 創始者 池 原 ペルーで後見制度廃止を学ぶために来た。日本ではそれが残っていて,むしろ積極 的に使う方向だ。それで,我々は,条約に従って後見制度をなくす方向にしたいと思っ ている。そのためにペルーで後見制度廃止に至った経緯や方法を学びたい。それから関 連して,精神障害者の強制入院についても問題があると思っている。この点でも新しい 法律ができているとのことで,それも聞きたい。   最初に,ダニエルさんの団体について歴史・活動を教えてほしい。 ダ ニエル アラモは 1999年につくられた。実際にはその4年前には活動していた。これ から来るエレナ・チャルは,息子がいて当時 15歳くらいだったが,息子にクライシス が起きて彼女たちはいろいろ支援を探した。当時まだ彼女の夫も生きていて余裕はあっ た。いろんな国,アルゼンチンなどいって,できるだけの治療を探した。ペルーに帰国 すると,最終的なオプションとして,友人が精神病院を紹介した。ラコルラ病院とい う,貧しい人の入る病院だ。 エレナ 今日の会議のアジェンダは? 池 原 @成年後見制度廃止の法律がどのようにつくられたか? A精神障害者の強制入院 制度の変化。特に今朝はカトリカ大学の弁護士の話を聞いた。当事者団体としてどうか かわったか,どう考えているかを聞いた。 ダ ニエル 1999年に正式設立の前から,エレナがいろいろ探したがラコルラ病院にたど り着いた。医師は,治療には家族の参加が必要という進んだ考えの人だった。障害者数 人とその家族で 10人くらいのグループで対応していた。心理士の先生もいた。人権や 他のテーマに関心を持った。そのようにしたら情報と支援を提供できるように思い始め た。 エ レナ メンタルヘルスプロモーションという名前だ。ペルーにある団体。プロモーショ ンも何もない団体。保健省と教育省があるが,私は一つの省が責任者だと思う。教育と メンタルヘルスは一緒であるべきだ。一緒に遊ぶのではなく,計画をもって進むという ― 359― 巻末資料2 海外視察報告 ことだ。ペルーでは,保健省の人と集まると,コーヒー飲んだりするなどして,社交的 な集まりになってしまう。保健省がこの国の医療を担当しているが,私たちが長い間若 い人たちと活動してきたので,保健省の心理職の人たちのこともわかるようになってい る。そこで気が付いたのは,残念ながら,教育省のほうは精神保健には興味がないこ と。だから,廃止の前から私たちの大きな目標は,精神保健の状況を改善することだっ た。我々は常にそれを維持してきた。 池原 教育省は,精神保健知識を一般の人たちに増やすべきということか? エ レナ そうだ。しかし,縦型で発信だけするのではなくて,私が思うに,教育省と保健 省が別の計画を持つのではなく,一緒にやるべきで,一つの計画を作るべきだ。アラモ は,ユーザーと家族の団体だ。しかし,アラモが生まれたのは,ユーザーのためだ。最 初も2年目も,ユーザーを中心にしてきた。家族が来ていろいろな相談を持ち掛けてき た。「子供が言うことを聞かない」とか。幸いに誰かと衝突するなどの大きな問題はな い。2〜3年,教育省と保健省がバラバラだということを確認した。教育省の人達も仕 事はするけれど,出世を目標にしているうえに,目立ちたがり屋も多い。やはり,家族 が何とかしないといけないと思った。家族が来たときは,子供がカルロスという場合に は,「カルロスと言っても応えてもらえないことも多いが,子供にしつけを教えてくだ さい」などと頼まれる。子供が夜中に大音量で音楽を聞くとか。我々は,医者でない が,障害者との関係を重視している。周囲と関係が良いとうまく行く。最終的にはユー ザーと家族になっていった。ただ,数年前から,親もまったく変わらないということが わかった。「子供をアラモに入れたらすぐに就職意欲が出る」とか,役所の人もすぐそ ういう誤解をする。障害者が病院に入院して退院するとして,そうするとお母さんは退 院するとすごく喜ぶ。医者は,あなたはよくなったので明日から仕事を探しなさいとい う。しかし,自分に職もないし,帰れば家族の期待で困るのだ。「家族に何と言おう か?」兄弟も,「入院したからすべてが回復している」と勘違いしている。もちろん, 若い人が半年水泳に集中すればうまくいくだろうが,病気は長くかかるものだ。ペルー には貧困の問題もある。たぶん国民の 60%が貧困だといっても間違いない。そういう 世界では,障害を持っている子供だけでなく,たくさんの兄弟もいて,面倒を見なければならない。そういう状況が長く続くと,経済的に破綻して,治療をやめさせることになる。アラモでは最初にオリエンテーションを行い,自分のアイデンティティーを確認させる。「自分はテレザの息子だ」と言ったりする。医者の前では「自分はこういう病 気を持った若者だ」という。我々は,医者ではないので気が付いた。例えば,いろんな 家族がいる。学ぶのは2割で残りは何も学ばない。多くの家庭では,「もう退院しただ ろう」「寝てばかりいるな」。親は子供たちをきちんと見て分析して観察しない。例え ば,思春(,) 期の子供と,「これから何をしたいのか?」という話し合いもしないわけだ。 例えば,1000人を対象にしたら1割だけに改善がみられるということがあった。よく 観察すると,家庭に起因するということだった。去年から,ユーザーだけのための組織 にもどすためにいろいろな調整をしている。    1997年に登記したが,1994年から活動をしていた。今の大きな問題は保健省だが, 彼らと会議をすると,大臣とか局長とか,彼らが何を言うかというと,「子供たちが何 もできないと分かっているんじゃないですか?限界じゃないですか?」と聞く。家族の ― 360― W ペルー視察 中でも障害のある子は重要視されない。我々はその会議で,保健省・教育省両方の代表 が来て会議もするが,教育省から言われるのは,「結果が確認できないから投資できな い」ということだ。それが口実だ。教育省がそういうことを言うから,経済財政省はも っと聞かない。実は毎年 10月にその次の年の予算を作る。それぞれの省庁の予算をそ の時に決める。教育,労働,保健など。我々は毎年働きかける。その予算だが,財政省 は9割がた国防に回す。我々国民には疑問がある。共和国になってから何が起こってい るかというと,隣国との紛争が続いている。以前はスペイン国王の時代だった。国防省 が本当は何をしているのか見えない。例えばテロの時代があったが,若い人たちは, 「国防省はなにをしているのか?」と言っていた。国防省と海軍,陸軍とは違い,軍隊 はきちんと活動している。 池原 成年後見のお話が聞きたい。 エレナ アラモは若い人が再度市民権を取り戻すために闘った。タフな戦いだった。 池 原 2012年に民法改正の委員会を作ったと聞いている。委員会にはアラモは参加した のか? エ レナ もちろん。カトリカではクリニックの人達が参加し,アラモも参加した。当時私 はアラモの会長だった。みんなに学んでほしかったので,会議に全員参加できることを 全員にメールを送って知らせていた。2回だけ,アラモのユーザー家族が行った。なぜ 参加しないかというと,仕事がないとか時間がないとか,精神保健に関心がないとかと いうことだ。しかし,いいこともあった。委員会の会議では,我々の方が経験とデータ を持っていたので,我々の意見が重要視された。アラモはどうしているのか?と聞かれ た。しかし,アラモは弁護士でも教育者でもないので,言っても内容を聞いてもらえな いこともあった。 池原 後見はどういう方向に向かうべきか? エ レナ 我々の要望は廃止ではなくて,廃止の話は後から出てきた話だ。ユーザーとして は,いろいろ説明したり,要求したりした。ハイレベルな政府要人たちに,こういう障 害者がいることを認識してほしかった。委員会の会議があったおかげで,精神科医など のいろんな専門家と集まるようになった。 池 原 日本には親の会があって,80歳代の親が 50歳代の子を支えている。親亡き後が心 配になる。それで「成年後見人がいると何とかなるんじゃないか」と思う人がいる。ペ ルーではどうか? エ レナ それは間違いで,それがベストではない。親としては「自分が死んだら」と常に 心配だが,親が今まで何をしていたかによって子の将来がわかれる。例えば,18歳か ら 50歳,そこで親が高齢になる。親は,どこかが施設が受け入れているだろうと思 う。50歳になっても仕事をしないで依存していることも多い。少ないが麻薬に走る人 もいる。今までよい育て方をしていなかったので,「どういう収穫があるのか?」と思 う。読み書き学んで歴史や知識を学んで,小学校を終わったら,各科目から少しずつ学 んで終わる。そんな弱い小学校から中学校にあがる。今や教育もビジネスだ。予備校な ど。18歳から 50歳の間に毎日の生活さえ身に付けさせなければ。    実は成年後見制度廃止の法律はできたが,何も役に立っていない。一部の後見人が付 いていた人たち,彼らは就職できる力もないし,進学もできない。親が亡くなるとどう ― 361― 巻末資料2 海外視察報告 なるのか?3人兄弟であっても,障害がある人には相続もさせない。民事法の改定前ま では,裁判所は保健所と一緒に,精神障害がある人はお金の使い方もわからないという ことで,後見人を付けた。その人のために考えたようだが。しかしそれではだめだ。既 に家族内で差別されているのであれば。例えば古着を着させられるとか。問題児には何 もしてあげない。親はかわいそうだというが,それは親のせいだ。そういう状況になっ てはじめて政府に要求するようになる。職を与えろとか。しかし,労働省は,精神保健 のことを心配する。私が思うに,後見人を付けるのではなく,何でもいいから子供に生 計を立てる技術を与えるべきだったのだ。しかし,閉じこもって何年間も何もしない人 になるのだ。それが適切だと思う親が多かったのだ。法律で廃止されたということは, 書類上は完全だ。なぜなら,国連では,障害をテーマにする委員会が,常に監督してい て,3年ごとに文書が出る。ペルー教育が改善されたとか,良い点は褒められる。しか し,それは紙の上のことだ。実際には,障害者教育のプログラムを持つ大学が閉鎖され るなどしている。身体障害者が通える大学が,閉鎖された。学校でも障害者を受け入れ ないところも増えている。国立大は常にインクルージブ教育を目指しているが。 池原 強制入院のことを教えてください。 パ ウラ 今私は 82歳だ。人生の半分を障害のある人のために頑張った。実は学校はチリ だった。常に成績は良かった。トップを争った。そして中学5年から教育の問題がわか っていた。若いころから絵画などを楽しんだ。    今もアラモの仕事をしている。メンバーは今 1200人いる。登録は 1200人だが,毎年 12人を訓練する。会員を 1200人持っているということではなくて,今までアテンドし たのが 1200人ということ。この人たちの連絡先はもちろん持っている。一つの学習機 関のようなものだが,2〜3年かけて卒業する。一つのグループを受け入れて,養成し て卒業させる。毎年最大 12人。普通は 10人。 池 原 日本の精神障害者家族には,病気の状態が悪くて家庭で困った行動が多いとき,や むを得ず入院させたいという人たちも多い。 パウラ もちろんそうでしょう。 池 原 日本には強制入院制度があるが,廃止すると家族として困るから廃止しないでほし いという意見がある。ペルーでは入院の要件が最近狭まったと思うが,アラモはどう考 えるか? パ ウラ この場合子供を入院させると,便利な人がいなくなるので困るという。掃除と か。いつも子供たちは狂っているわけではない。アラモに通っていれば,自分の権利を 理解できる。アラモは,強制入院に関しては,人間をロボットにしてしまうもので,大 反対だ。解決は薬ではない。薬はペルーにあるとしても,いいものではない。薬は外国 から輸入している。インド・パキスタンから輸入している。人を生きたまま埋めてしま うのと同じだ。教育の問題もある。教育を受けていない人たちでもある。例えば,国連 は精神保健のことを重視するが,2016年まずメキシコ,インド,その他の国,特にイ ンドの一流弁護士が集まって,なぜ一流かというと精神保健関連法の改善が得意な弁護 士たちだったからだ。彼らは現地調査も行った。気が付いたのは,子供が3人といって も一人は天井に隠してあるとか,そういう事情があったので,研究者,心理学者,医療 者もペルーでも精神保健を進めようということになった。たぶん 1960年代だと思う ― 362― W ペルー視察 が,弁護士たちが精神障害のある子どもたちを重視しようということになった。だか ら,精神保健にとっていい時期だった。よいプロもいた。そういうプロは政府に圧力を かけた。精神科病院を作ったので,先駆者だと思う。ペルーでは大きい病院が夢だった ので,それは実現した。フンベルト・ロトンド(Humberto Rotondo 1915〜1985)と いう院長だったが,いい人だった。エルミリオ・ヴァルデイザン(HERMILIO  VALDIZAN)病院の院長だ。    チチカカ湖のある州でも精神保健のことで闘っている。リマでは大きな精神科病院が できたが金持ちが土地を譲って作られた。たぶん家族に病者がいたんだろう。バルコレ ラ。土地も家族が提供したものだ。ヴァルディザン病院には素晴らしい医者がいた。な ぜかというと,初めて社会的システムを推進したから。薬を中心ではなく社会環境を中 心に治療を始めたからだ。今でもヴァルディザン病院は評判だ。ヒューマニストで人権 重視だ。 池原 1960年代にはイタリアにはバサーリアがいた。 エ レナ そうだ。バサーリア派だ。イタリアは戦後左派の国であって,権利を主張でき た。それで精神科医のグループが活躍した。カトリックの聖人の多くもトリエステ出身 だ。 ダ ニエル 私がアラモに着いたのは 2003年。母から聞いたのは,「あそこに行きなさい, あなたのためだから」といわれた。私の家族は薬さえ飲めば治ると思っていた。勉強も しない,仕事もしない,それらはみんな私の問題だと考えていた。私は最初何も考えず にアラモに行っていた。母は,アラモは精神科病院のようなものだと思っていた。当時 私もエレナを知っていた。タイに旅行する計画があって,障害者と一緒にいろんな国の 人と交流ができた。一回そういう経験をしたが忘れてしまった。その後4〜5年,その まま体重が増えたり,仕事をしなかったりなどした。また外国に行く機会があって,4〜5人外国へ行けることになった。2009年ウガンダで開催された会議だ。タイの時は, 総会があった。サバイバーネットの総会だった。エレナはそれに招待されていた。そこ で私は沢山の外国の障害者を知った。権利条約に関わっていた人たちだ。しばらく離れ たが。私は会計士として卒業する勉強をした。そこで自分が,普通の人と一緒におなじ ように仕事ができないことが分かった。早起きするなどできない。自分の生活の管理も できない。その時にまたエレナのことを思いだした。その時に初めて自分の意思でアラ モに参加することにした。なぜ自分が働けないのか?良い生徒ではなかったが,初めて 生活の整理を覚え,母と関係改善し,父とも関係改善,体重も 40キロも減ったし,早 起きもできるようになった。そのころ 34歳だった。今,40歳だ。そこでエレナと民事 法改正のメンバーとなった。それでこのテーマの勉強をした。いろんな会議に行った。 その後,アルゼンチンでの研究に応募した。カンファレンスにも参加し,興味を持って 勉強し始めた。エレナは,「他人はサンプルにならない。自分で経験しなければ。」とい う。それは今になって分かった。この仕事は一生やりたい。若いときは何もしなかった が。今私はエレナの秘書だ。 エ レナ 彼の母は最初からクレームの多い人だった。お母さんと話すときは慎重にした。 そういう特徴の人は気が強い人だ。今では第二の家族だ。一緒に食事をしたりする。と てもいい家族だ。なぜダニエルがタイに行くことができたかというと,ウガンダにも行 ― 363― 巻末資料2 海外視察報告 けた。いつも研修の枠を2人にしてくれと言って,ダニエルを指定している。必ずダニ エルを加える。ウガンダは4人になった。そうすると他のお母さんと問題になる。みん な誰がダニエルを管理するのか心配する。母たちは心配するのではなく,偏見を持って いる。心配するなら教育するだろう。一人の母は,私の責任を問うた。その母は,「精 神科医じゃないのになぜ薬を減らしてほしいと要求するのか?」と言った。通常の精神 科医は薬を多く出す。大人しくなるので,家族にとってはいいことに思ってしまう。  小さいグループだが,アラモはいいグループだ。    病院をなくしてしまうことには反対した。自分たちが要求したのは,23歳の男の子 がトレーニングもとても進んで,突然悪くなることもあった。薬をやめてしまって。そ うなってしまうと自分たちにはどうにもできない。子供が二人いて,お母さんはさじを 投げてしまう。せっかくトレーニングが進んでも結局病院に戻ってしまう。病院に入る と抑うつも進んで別人になって帰ってくる。自分たちは 15日入院することは必要だと 思っている。15日間の民間のクリニックのようなところが必要だ。親は病院に行かせ たがるけれど,病院に行くと台無しになる。民間クリニックに 15日行けば大丈夫だろ う。無理に入院させるのではなく,クリニックは家族的な雰囲気だから。しかし,他の クリニックでは,一旦入ると出られないところもある。監視されている状態だ。そんな ところでも病院にはお金を払って,月に 5000ドルだ。    アレハンブラに家に戻ってきた方がいいよと言った。コールセンターで働いていたか らそれをやめる必要はないと言って。だから入院にはあんまり意味がない。アレハンブ ラには2人の兄弟がいて,入院させるというので,そうやって入院を止めた。    相談にくる 10パーセントの人は訓練して,その内 10人のうち1人がよく回復すると いうくらいの,難しい仕事だ。よい薬を見つけるのも難しい。貧困の問題もあるし。    別の兄弟で,兄は国立の大学に行き,そうした状況で 60%の障害者は医者にもかか れない。なぜかというと,医者に行くための交通費さえないからだ。兄弟がいるとする と,近所の人に金を払って面倒見てもらって病院に行かなければならない。一方が大学 に行けるとしても,お金がかかって,大学を辞めなければならない。    家に行って縛りつけられているような例もある。それは 60%の治療も受けられない 人たちだ。  アラモだけが持っているデータがある。保健所は調査さえしない。 第5 人民擁護官(LA DEFENSORIA DEL PUEBLO,オンブズマン事務所)訪問   日時 2020年2月 28日 AM9:00〜12:00   場所 Jr.Ucayali 394-398,Lima1-Peru   訪問先:    マレーナ・パトリシア・ピネダ・エンジェルス(Malena Patricia Pineda Angeles)  チーフ。    グラシエラ・ルーシー・オローチェ・メルマ(Graciela Lucy Oroche Merma)   ルイス・ロハン   マリア・イザベル・レオン・エステバン(Maria Isabel Leon Esteban)   セサ・トーレス ― 364― W ペルー視察   ロサ   コミッショナー 組織弁護士 オリエンテーション・相談に乗る マレーナ・エンジェルス   障害者の保護と権利のプロモーション。   組織,人民擁護官で憲法上のものであって,行政の一部だが自治権がある。    機能の一つ目は,行政の実行を監視することだ。二つ目は,市民の権利の保護(行政 に対するものであって,原則民間に対するものではない。)。公共サービス,電気水道な どを管理監督する。    機能を果たすために女性の権利,子供,障害者などの各部門に分かれる。そして人権 と障害者を扱う分野がある。社会的紛争を担当する部署もある。行政問題の部門,憲法 問題の部門もある。    そして,障害者と人権はアコンティアに属している。アクセス問題,精神保健,雇 用,いろいろ必要あれば対応している。この頃は精神保健に集中している。司法アクセ スもそうだ。その調査は報告書が出される。  例:学校に行って,実際に障害者がどのように受け入れられているのか?    このオンブズマン(人民擁護官)は,全国に支部がある。各8人から 10人のスタッ フがいる。我々は常にいろんな分野の組織と調整行う。障害者権利条約に基づいて,29973号法,障害者一般法,この法の中で条約がペルーで守られることを任されている のが我々だ。障害者権利条約 33条に基づく組織だ。    従前追加的予算はなかったが去年初めてついた。2012〜19年は自前の予算でやった。 予算が出たので力になってきた。地方の職員の数を増やした。5つの州で条約を守って いるか見る人を増員できた。昨年 10州から少し減る予定だ。ここ数か月で人数を増や せるかもしれない。    現在このチームも 10人でやっている。リマだけで 10人だ。去年からこの予算で増額 されたので,教育と精神保健を増やした。    公立学校のスーパーバイズを行う。アクセス性を確認したり,障害者のための機材が あるか,教材があるかどうかなどを確認したり,地方の教育省の幹部のインタビューや 教頭などのインタビューなどをする。条約がどのように守られているかを見る。包摂教 育など,報告書で提言を行った。教育省や地方に対し,予算提言などする。教育予算の 0.68パーセントが包摂教育にあてられている。しかし,0.68の0.2%のみ基礎教育分だ。    ペルーの障害者は,中度・軽度と重度に分かれる。重度はスペシャルであり,その他 はレギュラーだ。条約ではすべて包摂せよとされているが,0.2%のみ初等教育にあて られる。重度は基礎教育でも特別になり,一般の生徒と交流なく孤立的だ。重度は完全 に違う学校に通う。限られた予算で特別な学校に力を入れている。教育の面では予算は 重要だったが,もうひとつはアクセスが重要だ。アクセスについては学校の 0.7%だけ 設備が整っていることがわかった。   2018年の報告書,精神保健の本を差し上げる。    法律整備は進んでいるが,しかし実際には未だに特別な医療があり,病院への入院が ある。昔のモデルから変わっていない。リマでは,3つの病院があるが,長い間 70年 ― 365― 巻末資料2 海外視察報告 以上入院の人もいる。現在の法律などを利用してオープンなところに出さなければなら ないが実現できていない。それがいま肝心な問題だ。現在の精神保健法の提言を出して 受け入れられた。既に法改正は済んだ。去年5月の改正で,一部の点で我々の意見は反 映されている。麻薬・アルコール依存の人達は,家族が申請して,医者の会議が承認す れば,強制入院可能となっていたが,それが提言によってやめられた。   もう一つには民法がある。民事法では依存症の人の意思が尊重されていない。   日本からの訪問の目標はなにか? 池原 成年後見廃止と,精神病院の強制入院の限定というペルーの改革に興味がある。    こちらの機関があなた方の言った通りであるとすれば,権利条約の人権機関としての 役割に興味がある。日本ではむしろ後見制度推進であって,入院は OECD平均の約4 倍であり,条約の要請する人権機関はない。  したがってペルー改革には敬意を持っている。 セサ 日本は条約を批准しているか? 池原 そうだ。 杉浦 私は被後見人の選挙権に関する裁判をやった。 セサ 選挙権をすべて奪われるのか? 杉 浦 全ての障害者ではないが,成年後見開始となると奪われていた。しかし,法律を変 えた。 セ サ 我々は全国に出先があるが,すべてのブランチがいまリマに来ている。マレーナさ んも呼ばれた。    成年後見制度は,複雑なテーマだった。民法改正があったにもかかわらず,いまだに 議論があるし,新制度への移行は難しい。いまだにそのシステムが 2018年9月まで残 っていた。現在,民法でも残っているが,限られた人についてだ。管理ができない,薬 物依存の人,アルコール依存,お金を浪費する人,のみ後見制度が残っている。本人の 権利を禁止する制度が残っている。障害者証書を持っているとアポヨを指定できる。    どのようにこの改革にたどり着いたかというと,条約ができた時,国内機関で確認さ れ,2012年までは特に改正はなかった。基本法以外は変更がなかった。条約 12条は基 本法にそのまま組み込まれた。民法その他の法律の変更はなかった。2018年まではそ のまま後見人制度は継続していた。オンブズマン(人民擁護官)としてはいろんな司法 の方面で裁判があるときは介入し,報告書を提出し,アミーカスで条約の確認をした。 障害者の法的能力が認められるように,基本プロセスがあった。国内法の適合を意識し 始めた。それらのケースは個別事案だったが,それらの裁判があって 2013年ころか ら,国会の中でもいろんなイニシャチブが始まって,法案の提出があった。民法の条約 適合性などだ。いくつかの国会でのイニシャチブがあった。我々も,共同して変更を求 めた。後見人廃止も求めていた。そうして議員との集まりを持ち,作業部会にも参加 し,国会議員の顧問の下に作業を行った。我々からも,法案に対して報告・意見を出し た。関係省庁にも意見を出して,支持を求めた。しかし,一部議員からは疑問が出て, かなり時間がかかった。いつも聞かれていたのは,自分の意思が言えない人はどうなる のか?意識不明の時,重篤な精神障害,そういう人たちを守るべきだ,と言われた。国 会でも紛糾して,時間がかかった。国会では作業部会ができて後退した意見があった。 ― 366― W ペルー視察 しかし,政権が代わったタイミングで,一旦扱う法案が破棄されるが,司法省が3つの 作業グループ,民法,民訴,憲法のグループを作った。憲法手続検証とは,ヘイビアス コーパス,人身保障,つまり憲法保障を扱うものだ。    我々はいろんな会議に参加したが,司法省に条約を説明し,法規を条約に合わせるべ きこと,後見廃止の必要性を説明などした。行政の委員会は,議会と違って学術的だっ た。特にリマでは著名な人たちだった。しかし,司法レヴェルでは,個人ケースでは裁 判に時間がかかって,なかなか結論が出なかった。    しかし,大統領が国会に立法権限譲渡を求めた。その中で司法省は 1384号法を出し た。この法は民法の改正法だ。障害を持つ人の法的能力を求める法という名前だ。その ための細則がある。この法律が民法を変えた。公証人法と民訴法も変えた。その立法で は,行政権が法律を出す際に参考にされたのは我々の活動だ。国際的にもこの法は歓迎 された。我々としても重要と思う。法的能力を認めさせるために。我々は,注意点も示 した。完全に条約 12条に適応するには,まだ課題がある。依存症問題だ。また障害者 が支援者を任命するために障害者証書が必要な点が問題だ。 池原 障害者証書とはなにか? セ サ 障害者証書とは,権限を持つ医者がいる保健省の病院,サルーの医者,軍の医者, 警察の医者,その病院に行ってテスト・診断を受け,障害者証書を受ける。まずはどう いう機能に欠けるかを見て,程度を分類する。現行法の問題は,支援者を任命するのに その証明書が必要なこと。全体の障害者の 10パーセントしか証書を持っていない。つ まり,それが支援を得るためのバリアになった。    法規改正のプロセスでは,作戦を考えた。3つの関係,つまり司法関係,法律関係, 行政関係だ。司法では具体的ケースで報告書を提出した。市民が苦情を寄せてきた場 合,裁判に持っていきたければ報告書を作って共闘した。そのおかげでよいインパクト ができた。条約に適合させるという動きもあったので,判事は条約を守った。国会の議 論の際に,判事は条約を守ろうとしているといえた。市民社会の組織と調整が必要だっ たのは,プロモーション,能力とは何か?ということなどだ。    司法や司法省職員,検察官,議員に対し,教育を行った。地方にも行った。各地域で 判事の集まりがあれば参加した。条約を守るべき,能力を認めるべきと説明した。条約 は憲法と同じレヴェルだ。民法が改正されていなくても,適用すべきは条約だというこ とだ。判事にはインパクトが強かった。憲法と同じ力がある。ペルーでは司法権から改 革が始まったともいえる。1384号法が出たとき,どうやって実施するかを考えた。例 えば,弱者にアテンドするためのプロトコルを作っていたが,33か所の判事にプロト コルを承認させた。支援制度への移行のための規則を作った。判事は実施のために規則 を必要とするのだ。 ル イス まだ法的能力で結論が出ていない判決があったが,一部は結論が出ていた。実は 民法を改正した法律に,規則化しようと書いてあった。だから,いろんな裁判では後見 人が決定していても,アポヨに移行するにはどうしたらいいか書いてあった。判決が出 ていない場合にも新システム移行の方法も書いてあった。 セサ 我々はプロトコルを作って実施させようとした。 グ ラシエラ 2018年のプロトコルだ。最初のコンタクト,プロセスの最中だ。プロトコ ― 367― 巻末資料2 海外視察報告 ルは実際にあるが,適用されていないことが問題だった。民法は 2018年に変わった が,プロセスの実施には課題が多い。なぜかというと,判事は,支援者と,後見人のプ ロセスの違いが分かっていない。    その状況を見て,戦略を立て,判事の研修,能力強化を企てた。システムの違いを説 明した。障害者がプロセスにどうやって参加できるのか,権利があることを説明した。  最近では刑事的問題も取り上げている。 マ リア ペルーでは通常法律変更が先んじて,実践の変更はそれに続く。一部の判事は条 約を優先し,メディアに取り上げられたが,それは数人だった。しかし民法は変更にな った。今は,全国レヴェルの活動が必要だ。ポジティブな面は能力が認められていると ころ。しかし,依存症問題や,権利を守られていない人が多いこと。精神保健法の明文 では強制入院がないが,入院させられる。 セ サ 司法省では現在,民法改正案を出している。それが承認されないことを希望してい る。揺り戻しがあって,1384号法の進歩した部分を無視している。 ル イス なぜアポヨ制度が守られていないのか,間違ったのか?判事は判決を読むと混乱 しているのがわかる。代理制度との関係で混乱している。代理はどんな制度にもある。 現在判事は,アポヨ制度では,支援者となる人に権限を与える傾向にある。その権限が 本人の意思に反する権限になっている。支援制度の意図が守られていない。アポヨに権 限を与える場合もあるが,基本的に本人の意向尊重のはずだ。意思が伝えられない場合 例外的にアポヨに任命して代理権の内容を判事が決められる。いまだに変更の理解が薄 いので,アポヨに長期かつ一般的代理権を与えてしまう。従前の後見をアポヨ制度に再 現しているだけだ。今までそれは強制入院と関係が強かった。 グ ラシエラ 2018年に精神保健のスーパーバイズを行った。600人が長期入院だった。多 くが法的措置による入院だった。後見人が入院させたのだ。保安で入院(犯罪)させら れた。入院に関しては,責任能力のない人の入院である。 池 原 従前は,後見入院と緊急入院があったと聞いている。その他に責任能力のない人の 入院があったのか? グ ラシエラ 実はほかにもある。女性に対する暴力の法では,加害者に対して制限をもう ける保護措置の中で判事が被害者に精神障害があると被害者を入院させてしまう。障害 者の被害者が多いからだ。判事の裁量,特に家裁でそれをやってしまう。 池原 さっきの 600人にそういう人が含まれているということか? グ ラシエラ 2018年のスーパービジョンでは,被害者で入院させられた人は見つからな かった。2017年ころに DV被害者収容が始まった。女性暴力法があったからだ。    30334号法で判事の権限が与えられた。裁量で被害者を保護措置できる。具体的に入 院命令はないが,判事には裁量で決める権限があるので,入院が保護だと解釈してい る。2018年にある地方でそういうケースを見た。判事は,この措置を求めるのは検察 側だ,と言っていた。検察の問題ということか。   また,責任能力ない人の刑事的入院がある。保安処分だ。 マ リア 緊急入院ではクライシス状態だが,その状態が終われば退院だ。精神保健法だ。 精神保健法では緊急のみ入院だが,しかし民法では能力がないときの入院(薬物),家 庭内暴力の法の入院,それから未成年の入院がある。大人と同じような状況で犯罪によ ― 368― W ペルー視察 り入院になる。    精神的問題で犯罪を犯した場合,特別な手続になる。特別刑事手続になる。刑事訴訟 の保安特別手続,保安措置決定による。しかし,その手続では精神障害が原因かどうか を確認するだけだ。保安処置の前にも診断のための予防的入院がある。刑罰と同期間の 入院になる。刑事訴訟法に規定されている。 セ サ スパーヴィジョンで見たのは,入院させられている福祉病院で,身内がないとか路 上生活者で,福祉機関が持っている場所だが,そこに入院させられている。確認したの は,同意があったのか?ということだが,サインなどはないことがわかった。同じよう に病院でも緊急で入った人たちに情報を与えてサインをもらったかと聞くと,「ハイ」 とはいうが,実際にはそれが家族のものであるなどする。医者は本人に確認する努力を したのか調べると「いいえ」だった。家族同意だけでいいと考えていた。このようにす べての権利が侵害されていることがわかった。そして入院がどのようにされているかと いう問題,長期入院の問題,これらは我々としては重要な問題だと考えている。脱施設 化が必要だ。精神病院でこのまま生活するのはよくないことだ。    そのためには会議や働きかけが必要だ。地域精神医療政策に予算がついて整備される ことが必要だ。各州にセンターとユニットが必要で,一つのネットワークで動く仕組み が必要だ。入院者のすべてを出しましょうというのでなく,必要なサービスを整備して から解放することだと思う。 ロ サ 国家計画,地域医療国家計画に関しては,計画通りの整備はされていないと分かっ ている。計画が始まったとき,2018年,6つの保護ホームが作られた。身内のない人 が行けるように。2019年の時点では9つしかない。これは国が約束した予算が与えら れていないということ。精神保健の予算にはそのようなホームの予算が入っていない。 我々は,この問題でも意見を出している。   法的能力に関し 1384号法は民法を改正し,1417号法で改正された。1310号法。   簡単な後見人を認めていた。特別なケースで,高齢者で年金を受けたい場合だ。    後見からアポヨに代わったが,しかし能力問題では矛盾している。なぜなら,実際に はアポヨというのは後見人が指名できる。精神科の医者の証明書が必要であって,事実 上後見制度と同じになってしまう。 セ サ 我々はこのアポヨ制度が正しく運用されることを監視している。判事が理解して, 本人意思を尊重できるようにだ。我々は,障害者組織団体の参加は重要だと考える。人 権問題と同じように多くの NGOが影響を与えてきたが,障害者自身が主体者となるべ きだと思い,だからこれからやるべきことを作成している。アジェンダをリマだけでな く全国に作りたい。地方公共団体強化を目指したい。意見を聞いて能力強化し,参加ス ペースを作ること。 ルイス ペルーでは刑事的入院の問題もあるが聞きたいか? 池 原 聞きたいが時間があれば伺いたいということ。実は日本では 2002年に入院歴のあ る人が子供を多数人殺傷した事件があって,特別な保安入院が作られてしまった。た だ,一般的に障害者が危険ということでなく,事件の被害者は家族が多い。しかし,世 の中では精神障害者は危険だと思っている。 マ リア 法律の改正もあったし,捉え方の変化もあった。精神の場合には初期段階から関 ― 369― 巻末資料2 海外視察報告 わるべきだという考えに変わってきた。初期からの関わりだ。ファーストレヴェルサー ヴィス。早期入院は最大で 69日間だ。それから外来に戻って治療する。家族がいない 場合には,まだ支援者がいなければ,保護されたホームに行くことになる。地域の精神 センターがある。心理士,医師やワーカーがいる。治療はしないが家庭を訪問したりす る。地域の精神問題を把握する。最近進歩が始まった。地域センターは 100か所ででき た。保護ホームはまだだが,病院のユニットは進んでいない。しかし,我々がスーパー ビジョンに行ったときに発見したのは,他の州に移送しなければいけないことがあるな どだ。 セ サ 危険性を判断するが,刑事面では人を対象に判断する。犯罪を起こす可能性がある か?ということだ。刑事法と民事法の(危険性)というパラダイムを変えていきたい が,いまだに議論されていない。一般人は,精神障害者は危険だから入院すべきとい う。そのような態度・考えを変えなければならない。    人を対象に考えるのではなく,行為を対象に考えるように変えたい。危険性は精神状 態に関連しているのではなく,危険性は精神障害者の状態とは別々に扱うべきだ。人で はなく行為を中心にすべきだ。一般手続と特別手続,COMMONと SPECIALだ。    よくあるケースでは,責任能力がないとなると事実認定もしないことがある。例え ば,障害者がカバンを盗むと,警察が鑑定請求し,障害があると事実認定しない。つま り障害があると能力の有無だけが焦点で,どれくらい入院できるかに焦点が移ってしま う。健常者が同じ犯罪をした刑期と同じ入院期間になる。ペルーでは,責任能力がない と言われた場合,施設に送られると,医者が6か月ごと判事に報告書をあげる。しか し,その評価は一切されていない。医者から言われるのは,「自分たちが診断して報告 していて,判事は確認しない。そうだとすると,何のための入院かわからない。ほとん どの場合は病院という名の刑務所となっている。」ということだ。彼らの病棟は施錠さ れ,その上,警備員がついている。それは刑務所の警備員だ。 池 原 日本でも成年後見廃止反対の意見では,意識不明の人などをあげて保護の必要をい うが,そこはペルーでは,どのように克服したのか? セ サ 確かに反対があった。行政権が司法省を通じて行ったこと。意識のない人,重度の 障害ある人にアポヨを任命し,判事が代理権を決める。人権とその執行のために代理権 を与えるかどうかは判事が決める。支援者が最もいいと思った決断をするのではなく, 本人がどう思うかで実現する。どのように本人の意思を把握するのか?という問題に移 行している。権利濫用のセーフガードもついている。 マ リア 国会の議論は進まなかった。行政権が自分たちで法律を出す権限を与えてもらう ことにして,本件では大統領が権限を求めた。大統領は法律発出後もう一度国会に戻す が,国会はなにも反応しなかった。行政権は同時に他の法律も提出したので,国会の注 意がそれたのだ。 セサ いまだに 1384号法に反対する学者などもいる。 池原 ペルーに人権機関あるのがうらやましい。 セ サ 24年間くらいの間だ。ここのトップは国会が任命する。5年任期だ。国会の指名 がないときは代理人が付く。我々は精神科病院に入って行けるが,少し抵抗する者もい る。スーパービジョンに行った時,重度病棟に入る際に抵抗はあった。刑務所の中も大 ― 370― W ペルー視察 丈夫だ。こちらでも刑務所に知的障害者や精神障害者が入っていて,医者は少ない。ど んな障壁に直面しているのか報告する。割と裁判官は研修に参加してくる。支援者任命 は新しい制度だからだ。検察官の参加は難しい。危険性という概念が強いので。 グ ラシエラ 司法のアクセス委員会というのがある。その委員会の委員長は最高裁判事 だ。他の判事への影響力が強いと思う。 池 原 個別の入院者の退院の要求などの訴えを,このオンブズマン(人民擁護官)では受 けているのか? マ リア いろんなケースがあるが,1階の受付や出先機関から申し出があれば受ける。電 話でも受ける。ファースト LINEアテンションという。小さいチームなので,より深刻 でシンボリックな問題を扱うようにしている。全国レヴェルで苦情や,要求,相談を受 けている。ファースト LINEで受けている。民間企業の差別問題なども扱うが,行政へ のクレームが中心だ。 ル イス 新しい支援システムが誤解されている場合がある。女性がある会社の株主で資産 も持っていたが,女性の支援者に管理の権限を与えた。株主総会出席の権限も与えた。 女性は認知症だったが,自分の意思は表せる状態だった。ほとんど後見と同じ運用をし てしまっている。なぜなら本当は,障害者の意図をよりよく拾える人物が支援者となる べきなのだ。しかし判事はそれを無視し,その人の決断能力を無視したのだ。 グ ラシエラ 法改正を皆に周知する機会がなかったのがよくなかった。後見人は長い間続 いてきた制度だったので,新法のことを知らない人も多い。 ル イス べハール判事の力は強かった。改革には司法関係の人に働きかける必要がある。 池 原 2019年5月の精神保健法の細則はこれからだと聞いているが,オンブズマン(人 民擁護官)では何か意見を出すのか? セサ この細則をフォローしている人がいて,我々からの意見は提出している。 ルイス オンブズマン(人民擁護官)の参加より,当事者の直接参加が重要だと思う。 池 原 来年(2020年)夏にジュネーブで条約の審査の予定がある。権利条約委員会から 日本に対し後見廃止の意見が出るだろう。 マ リア ペルーも今年設定されると思う。市民社会からもレポートを送っていると思う。 2012年に評価がなされた。委員会が後見廃止を勧告された。 セサ 委員会にレポートを送ることは重要です。 池原 我々はシャドウレポートを提出した。 杉浦 新制度が覆らないように祈っています。 第6 ペルーダウン症協会(Sociedad Peruana de Sindrome Down)訪問   日時 2020年2月 28日 15:00〜16:30   場所 Av Tomas Marsano 1440 Miraflores.Lima-Paru   訪問先:    パトリシア・アンドラーデ(Patricia Andrade)Coordinadora de Ciudadnia y Derechos(公民権及び権利コーディネーター) パトリシア 我々は,インクルージョンインターナショナルのメンバーだ。 ― 371― 巻末資料2 海外視察報告    25年前にできたが,ダウン症を持った子供の親が始めた。その時,遺伝学の先生と 家族親せきと組織を作ることにした。25年前には携帯などもなく,状況把握手段は, 書籍を貸し合うなどしていた。他のダウン症の家族支援などもしていた。親同士の相互 支援もした。創立者の子供達は学習するうえで学校のバリアを感じた。ダウン症は障害 そのものよりもバリアに問題があることが分かった。2006年に自分たちで障害のある 人の声によって権利保護をしようとした。以前は親の会中心だったが,本人の声を中心 にするようになった。プライバシーの権利などについて話すと,いろいろな権利を本人 たちも主張できるようになった。ノックなしで部屋を開けるなどのクレームも出てき た。自分たちに権利があるという認識が深まった。語れる場所があることが分かった。 2011年国民 IDカードの更新について,投票欄があり,新しい IDに投票欄がなく,な ぜかと聞いたら,投票に行かなくてよいと説明された。投票権は障害者にないと言われ た。国は良いことをしたと考えていた。本人は自分の権利について学んでいたので,い つも投票に行っていたので,ヒューマンライツウォッチという国際的人権保護団体がい て,本人を呼んで国連に招待し,国連で本人がスピーチをした。多くの関心を呼び,報 道は良い味方になった。法的権利について報道機関が味方になった。彼女はインタビュ ーに他の人と同じように投票したいと答えた。    2008年に条約批准。2012年障害者一般法を作った。条約の方針にあっていた。その 中に,法的権利の平等性を定めていた。しかし,民法改正が必要で,改正法のために委 員会を作ることになっていた。委員会は市民社会の代表もメンバーになるとされてい た。我々も知的障害団体として参加した。    1年間委員会で作業し,国会に法案提出して民法改正を目指した。しかし,法案に条 約の精神を反映させる試みをした。    数人の議員に条約の意味を理解させ味方にして,こちらの考えを実現するための考え 方を議員に伝えていった。しかし,政治的に優先順位が低く,2019年に別の議員が, ソーシャルインクルージョン委員会と司法委員会で,法案提出した。一致していない部 分もあった。私たちは一方に同意していた。しかし,審議がされないままになってしま った。    政治的な動きが大変だった。改革の意味がわかる議員を引き入れた。2012年に一人 の国会議員が法律案を提出した。しかし,国会の動きがあって議論されなかった。    もう一つには SODISなどの組織は行政にコネがあって,いろいろなドラフトなど手 に入れられたり,議員の考えを知ることができたりしたので,戦略的に動くことができ た。   2017年〜18年,行政の方が法律提案の権限も得て,改革が実現した。   我々は実際に法律ができたときは信じられなかった。   もし国会の方で承認する状況であれば,もっと票を得るのが大変だっただろう。    法案成立は大統領令だった。どちらかというと静かな改革だったと思う,しかし,海 外では大きな反響があったらしい。そのおかげでまだ課題があるが頑張ることができ る。    2種類のInterdiccion(禁治産)がある。一つはフォーマルのもの。判事が決めるも の。第三者が代理人となる。 ― 372― W ペルー視察    インフォーマルのものは,日常的に家庭内で起きている。親が勝手に決めたりすると きだ。親が子に,なにが欲しいのか何も聞かない。障害を持っている人はそれが自然だ と思ってしまっている。実は,大人でダウン症を持っている人に何か聞くと,親の方を 向いてしまう。これからの課題でもこの面が大きい。家庭内の問題だ。それがいま我々 のやっている作業だ。 池 原 日本の知的障害者親の会は,後見制度をやめることに反対する。親が死んだらどう する?困るじゃないか?ということで。 パトリシア その場合,ペルーでは親が集合していない。幸い組織化されていない。    障害者のエンパワーメントをやっている。やっぱりみんなやりたいと思っている。彼 らにはこの場所は中立的な場所になっている。「あそこに行けば私に権利があると言っ ているよ」といえる。親にする質問は,「あなた達がいなくなると子供はどうなります か?」ということだ。自分たちはいつまでも生きると思っている親もいる。これはダウ ン症の人は長生きしないという話があって,自分たちの方が長生きすると信じている。 しかし,今はそうではないので,将来を考えるべきだと言っている。どんな支援の資源 があるのか。自立するべきだ。そこで我々はパイロット的な方法を採るのだが,親に支 援ネットワークを作ることを提案する。彼らも一人で生活できるようにすべきだし,彼 らにとってもいいことだと思う。親たちも安心する。親と多くの話し合いを持ったが, いかに過保護か?どうやって支援を得るか?支援ネットワークを作れないという人もい た。【同じことを子供たちに聞きますよ。】ということで,【周りにどんな人がいるの か?】と聞いた。【先生,セラピスト,友達の親】,など。【どのくらい近い人か?】聞 いた。【お金の疑問や健康の疑問を誰に聞くか?】聞いた。【法的効果のない決定を誰に 聞くのか?】【日常生活の決定を誰に聞くのか?】最後に【将来,何をしたいのか?】 と。そして,彼らにとって重要な人を呼ぶように言った。我々は障害者のことを詳しく 説明した。そして自分の人生で何をしたいか説明し,【どの時点で関わりたいか?】聞 いた。やっと,【家族以外にも障害者に興味を持つ人がいることがわかった。】。そこか ら一つの支援ネットワークが作られた。いろんな形で支援ネットワークができるという ことが確認された。    ペルーの場合,改革に知的障害者の年金を扱う組織が介入する。その組織が家族に圧 力をかけていた。というのは,障害を持っている人も家族も国からの援助を受けない。 だから,障害を持っている人で収入になるのは,親が死んだときに親の年金を受けるこ とが唯一の方法だ。働いている人の未亡人は年金をもらえる。18歳以下の子,18以上 でも就職不可能な子供ももらえる。年金の組織が,【引き続き年金を受け取るには成年 後見をつけるべき】といっていた。多くの場合にその話があったので,親たちはよく理 解しないでそのプロセスを始めていた。それが「市民としての死」を意味することを意 識しないで。家族もその権利がわからないので,動きがなかった。    私は妹がダウン症だった。だから私の親もそういわれた。親の年金を妹が受けられる と。手続きをしないと受けられないとしか言われない。いまだに多くの人が,新制度は 名前が変わっただけだと思っている。 池原 この団体の構成員は,兄弟とか,親とか,本人か? パ トリシア そうだ。ダウン症の人達と兄弟だ。条約の問題を始めたころから,本人たち ― 373― 巻末資料2 海外視察報告 を中心にした。自己アドヴォカシーをやっている。    彼らがいま,権利について語っている。時間はかかるが,自分には権利があるという 認識,及び,他の人はそれを守るべきだという認識ができてきた。 池原 ファミリーグループカンファレンスとの共通性が面白い。 パ トリシア アメリカでは 18歳になると家を出る。多くのコミュニティーがある。しか し,我々においては家族の重要性は高い。そして,家族がある子もない子も家族のきず なは強い。面白い現象は,家族とかグループで一緒に作業していくと,共通の問題点が あると気が付いて,他の家族も手伝えるようになる。    ある一人のお母さんがけがをしたとき,セッションに連れていけないと言ったら,他 のお母さんが話し合って,当番で連れていくことになった。我々の知らないところで繋 がりができる。    ある例では,周りの知っている人のリストを出す際に,隣の人を書いた。本人は知っ ていても,お母さんは隣を知らなかったということもある。計画を立てるときに,母親 同士の関係もできた。だから,外から見ると,ネットワークができると思うが,重要な のは彼ら自身がネットワークのメンバーを探し当てることだ。 池原 フォーマルなアポヨと,インフォーマルな関係性とどっちがいいか? パ トリシア ケースバイケースだ。場合によっては,支援が必要な時もあるが必ずしも文 書化する必要はない。重要なのは家族でなく,本人が選任することだ。日本もそうだと 思うが,みんなフォーマル化したいと思っている。このプロセスは時間がかかると思 う。経験から言うと,ダウン症の人は一人でリマの道を歩けるかというと,難しいと思 われていた。一昔前は,絶対無理だと言われていた。しかし今はできる。2018年に改 革があったが,実際の変化には時間がかかるだろう。    ある一人の女性が就職したが,契約書にサインするのにお母さんを呼ぶように言われ た。彼女は成人であるのに。【私が仕事をするのになぜあなたがサインするのか?】と いった。本人は自分の権利を制限されていることに気がつく。 佐々木 行政等が責任主体をはっきりさせたいという要望があるのか? パ トリシア 新法適用したい人は,これがベストなやり方だと思っていない。支援者が後 見人の代わりになっていると思っている。改革はもっと大きいもの。自分の人生に関 し,他の人に任せていたことを,本人さえ認識していなかった。支援者の役割は,アシ ストするだけ,行為の意味を理解させるだけの役割だ。そしてそれを本人が理解できな くても,その人のために考える人がいるということ。多くの場合には偏見から動いてい る。その偏見は,その本人は意見を出すべきではないというもの。社会モデルは,障害 者意思を尊重することだ。障害者に意思があるのか?と疑問とする人もいるが,意思を 把握しようと努力もせずに,支援者を信用してしまう。しかしどんな状況でも,人の考 えを押し付けるべきではない。例えば,私は機械のことを知らないが,修理の時は修理 工の言うことを信用する。しかし,自分の意見も言いたい。だから求めているのは,本 人たちも決定に参加すると言うことだ。 池原 この団体で弁護士と協力関係はあるのか? パ トリシア あるが,組織の中にはいない。私は心理学の専門だ。このテーマに入ってし まったので,法律も勉強した。裁判の手続なども勉強した。私の方が改定の内容を知っ ― 374― W ペルー視察 ているので,弁護士の方から聞いてくる。彼らは従前の考え方を持っているので。重要 なのはセーフガードがあるので信用できることだ。プロセスも新しくなっているので, ある判決の判事は,定期的にレビューを行うこと,お金を管理することを裁判所がする ことを決めている。 井 上 2017年に来ました。最近ダンスを見せていただいた。今回弁護士たちは最終日だ。 理想的法律だが,実行は難しそうだ。私は自立生活を推進している。12条と 19条に関 係がある。SODISやオンブズマンとも話した。 パトリシア そうだ。アポヨは国家が支払いをしない。    我々のメンタリティーを変えるのには時間がかかるだろう。障害者はある面制限され ているが,反面生活の良い面もある。 ― 375― 巻末資料2 海外視察報告 1OBSERVATORIO NACIONAL DE LA DISCAPACIDAD『Ultimas normativas publicadas』 https://www.conadisperu.gob.pe/observatorio/normativa/?tipo=conadis(2021年9月6日参照) ― 376― 日本弁護士連合会第 63回人権擁護大会 シンポジウム第1分科会実行委員会 ◆委員長 池原 毅和 (第二東京)  八尋 光秀 (福岡県) ◆副委員長 青木 佳史 (大阪)福島 健太 (兵庫県) 原田 直子 (福岡県) ◆事務局長 高橋 智美 (札幌) ◆事務局次長 柳原 由以 (東京)佐藤 暁子 (東京) 東 奈央 (大阪) ◆委員(バックアップ委員含む) 鹿野 真美 (東京)大川 秀史 (東京) 長谷川 敬祐 (東京)奥田 真帆 (東京) 幡野 博基 (東京)宮野 絢子 (東京) 前原 潤 (東京)黒田 昌宏 (第一東京) 亀井 真紀 (第二東京)鈴木 芳乃 (第二東京) 中田 雅久 (第二東京)採澤 友香 (第二東京) 小島 啓 (第二東京)徳田 暁 (神奈川県) 佐々木 信夫 (神奈川県)高宮 大輔 (埼玉) 栗木 淳 (埼玉)田中 知華 (千葉県) 黒岩 海映 (新潟県)加藤 高志 (大阪) 辻川 圭乃 (大阪)小山 操子 (大阪) 中田 政義 (京都)山口 亮 (京都) 矢野 和雄 (愛知県)田中 伸明 (愛知県) 小貫 陽介 (三重)粟田 真人 (金沢) 鈴木 智之 (広島)山口 正之 (山口県) 西尾 史恵 (岡山)竹田 航 (岡山) 江口 秀計 (岡山)森 豊 (福岡県) 稲森 幸一 (福岡県)田瀬 憲夫 (福岡県) 林 宏嗣 (鹿児島県)伊藤 俊介 (鹿児島県) 大久保 秀俊 (沖縄)中田 孝司 (仙台) 長岡 克典 (山形県)小笠原 基也 (岩手) 末長 宏章 (札幌)田頭 理 (札幌) 阿部 泰 (札幌)酒井 将平 (旭川) 櫻井 彰 (徳島)福元 温子 (高知) ※本基調報告書は,本実行委員会の意見にとどまり,日弁連の意見ではない点も含まれて おります。 第 63回人権擁護大会シンポジウム 第1分科会基調報告書 精神障害のある人の尊厳の確立をめざして 〜地域生活の実現と弁護士の役割〜 2021年10月14日 編 集  日本弁護士連合会      第 63回人権擁護大会シンポジウム第 1分科会実行委員会      〒100-0013 東京都千代田区霞が関1−1−3      電話 03−3580−9841(代) 印 刷  星野精版印刷株式会社 製 本      電話 03−3893−4611