差別解消法の見直しを求める意見書 ―障がいのある人に対する差別をなくすためにわたしたちが求めること― 2021年(令和3年)1月20日 日本弁護士連合会 目次 第1 なぜ,わたしたちがこの意見書をつくったのか 2 第2 わたしたちが求めること 2 1 過去に障がいがあった人や,これから障がいが出るかもしれない病気にかかっている人も守られるべきだ 2 2 いつぐあいがわるくなってもきちんと守られるべきだ 2 3 どんなことが「差別」に当たるのかをはっきり決めるべきだ 3 4 「民間事業者」も「合理的配慮」をしなければならないようにすべきだ 3 5 気持ちを伝えることができなくても,「合理的配慮」を受けられるようにすべきだ,そして,「合理的配慮」をする場合には障がいのある人の気持ちを大切にすべきだ 4 6 「合理的配慮」が求められているときに「環境の整備」の問題にすり替えないようにすべきだ 4 7 どんな「差別」が起きているか,どうすれば「差別」をなくすことができるかをしっかり調べるべきだ,そして,調べるときの方法は,障がいのある人の意見を聴いて考えるべきだ 5 8 国,都道府県や市町村の中で,「差別」の相談やトラブル解決をできるようにするためのいろいろな決まりをつくるべきだ 5 9 国会や裁判所の中でも,「差別」をしてはいけないこと,「合理的配慮」をしなければならないことをはっきりと法律に書くべきだ 6 第3 この意見書で使われている言葉の説明 7 第1 なぜ,わたしたちがこの意見書をつくったのか  「差別解消法」は,「障害者権利条約」に書かれた約束ごとを守るため,障がいのある人を「差別」から守るためにつくられました。  けれども,「差別解消法」がつくられた後も,障がいのある人が「差別」されたり,いやなことをされたりすることは,まだたくさんあります。  わたしたち,日本弁護士連合会は,障がいのある人を「差別」からきちんと守るために,今の「差別解消法」をどのようなルールに変えればよいのか,考えました。  この意見書には,わたしたちが考えた,障がいのある人を「差別」から守るためのルールが書かれています。 ※この意見書は,2019年11月21日に日本弁護士連合会のホームページで発表された「障害者差別禁止法制の見直しを求める意見書」の内容をより多くの人に知ってもらうために,特に大事なポイントを9つぬき出し,わかりやすく書き直したものです。 ※この意見書には,難しい言葉がいくつも出てきます。わからない言葉が出てきたときは「第3 この意見書で使われている言葉の説明」も読んでみてください。 第2 わたしたちが求めること 1 過去に障がいがあった人や,これから障がいが出るかもしれない病気にかかっている人も守られるべきだ  たとえば,過去に精神科病院に入院していたけれど,今はふつうに生活できている人が,過去に精神科病院に入院していたことを理由に「差別」されることもあります。  また,ある人は,あるウイルスに感染していることがわかりました。まだ体が弱ることはなく,ふつうに生活していたし,働くこともできたけれど,ウイルスに感染していて,これから障がいが出るかもしれないという理由で仕事をやめさせられてしまいました。  けれども,今の「差別解消法」は,過去に障がいがあった人や,これから障がいが出るかもしれない病気にかかっている人も守られるのかどうか,はっきり書いていません。  過去に障がいがあった人やこれから障がいが出るかもしれない病気にかかっている人も同じように守られるべきです。そこで,「差別解消法」にはそうした人たちへの「差別」もなくすように,はっきり書くべきです。   2 いつぐあいがわるくなってもきちんと守られるべきだ  たとえば,いつもはふつうに生活していても,ときどき体を動かす筋肉が弱くなって生活しづらくなり,そのことを理由に「差別」される人もいます。このように,いつもぐあいがわるいわけではないけれど,ぐあいのよいときとわるいときがあり,わるいときには生活をしづらい人も「差別」されることがあります。  けれども,今の「差別解消法」には,このような人のことも「差別」から守られるのかどうか,はっきり書いていません。  いつぐあいがわるくなっても,安心して生活ができるような社会になるべきです。そこで,「差別解消法」にはそうした人たちへの「差別」もなくすように,はっきり書くべきです。 3 どんなことが「差別」に当たるのかをはっきり決めるべきだ  たとえば,「うちの会社では,自分ひとりで通える人しか働けません。」と言われたらどうでしょうか。この場合は障がいがあることをはっきりとした理由とはしていませんが,一人で会社に通えない障がいのある人は働けないことになります。また,「車いすを利用している方はうちの店には入れません。」と言われたら,どうでしょうか。この場合も障がいがあることをはっきりとした理由とはしていません。ですが,どちらの場合も,障がいのない人と比べて,障がいのある人だけ損をすることになります。ですから,これは「差別」です。  けれども,今の「差別解消法」では,このような場合が「差別」に当たるということはきちんと書かれていません。このままでは,あれこれと他の理由をつけて障がいのある人が「差別」されてしまうことが続くかもしれません。  そこで,障がいがあることをはっきりとした理由にしていなくても,障がいのある人だけが損をする場合には差別に当たることを,「差別解消法」にもきちんと書くべきです。 4 「民間事業者」も「合理的配慮」をしなければならないようにすべきだ  たとえば,病院で同じようなサービスを受けたいとき,公立の病院に通う人は「合理的配慮」(障がいのある人の一つ一つの困りごとに合わせた工夫)が受けられるのに,私立の病院に通う人は「合理的配慮」が受けられない,ということがあったら,困りますね。  今の「差別解消法」によると,「行政機関」では「合理的配慮」は必ず守らなくてはならないことです。  ところが「民間事業者」の「合理的配慮」は,できるだけがんばるということなので,「合理的配慮」をしなくてもルール違反になりません。  ちなみに,「障害者権利条約」は,「行政機関」でも「民間事業者」でも,「合理的配慮」を「法的義務」としています。ですから,今の「差別解消法」は,「障害者権利条約」で約束したとおりのルールになっていないのです。  そこで,「差別解消法」の中で,「民間事業者」の「合理的配慮」も「法的義務」だと決めるべきです。 5 気持ちを伝えることができなくても,「合理的配慮」を受けられるようにすべきだ,そして,「合理的配慮」をする場合には障がいのある人の気持ちを大切にすべきだ  障がいがあるために,気持ちを伝えることが難しい人はたくさんいます。また,どんな「合理的配慮」をしたらよいか,障がいのある人を見ればわかるような場合もあります。  けれども,今の「差別解消法」では,「こうしてほしい」とはっきり伝えられる人だけが「合理的配慮」を受けることができ,伝えられない人は「合理的配慮」を受けられないという問題があります。本人がうまく伝えられなくても「合理的配慮」は提供されるべきです。  そのようなときでも,「合理的配慮」の中身は,周りの人が勝手に決めてはいけません。障がいのある人が,どんな手助けをしてほしいかは,人によって違います。「合理的配慮」をする人は,必ず,障がいのある人の気持ちや希望をていねいに確認しなければなりません。そして言葉を話すことができない人や苦手な人もいますから,手話や筆談で伝えたり,わかりやすい言葉でゆっくり話したりして,その人その人に合ったやり方で話合いをしてもらう必要があります。  そこで,「差別解消法」の中で,気持ちを伝えることができなくても,「合理的配慮」を受けられるように決めるべきです。  そして,本人の気持ちや希望を大切にしてもらいたいので,「合理的配慮をするときは,相手にわかる伝え方をした上で,障がいのある人の気持ちや希望を大切にしなければならない。」というルールも加えるべきです。 6 「合理的配慮」が求められているときに「環境の整備」の問題にすり替えないようにすべきだ  たとえば,目の見えない生徒が,教科書を読めずに困っている場合を考えてみましょう。この生徒は,学校に,教科書をパソコンで読み上げるという工夫を求めたいと思っています。これは,学校に「合理的配慮」を求めていることになります。  公立の学校では,「合理的配慮」は「法的義務」ですから,この生徒に対し,教科書をパソコンで読み上げられるような工夫をしなければなりません。  しかし,学校が,このような工夫をすることを「環境の整備」だと,まちがって考えてしまうことがあります。「環境の整備」をすることは,「努力義務」です。つまり,義務ではなく,努力すればいいとされています。  そこで,「差別解消法」の中で,「合理的配慮」(法的義務)として工夫しなければならないときに,「環境の整備」(努力義務)の問題にすり替えてはならないと,はっきり書くべきです。 7 どんな「差別」が起きているか,どうすれば「差別」をなくすことができるかをしっかり調べるべきだ,そして,調べるときの方法は,障がいのある人の意見を聴いて考えるべきだ  「差別」をなくすためには,今の日本や外国にはどんな「差別」があるのか調べたり,みんなが「差別」をなくすためにどんな取組をしているのかを調べ,その「差別」をなくすためにはどうすればよいかを考えることが大切です。  また,社会に「差別」があることで困っているのは,障がいのある人,障がいのある人の家族や,学校やしごとなどで障がいのある人と一緒に過ごしている人たちなのですから,この困っている人達の意見を聴いて一緒に考えることが大切です。  そして,「差別解消法」も「障害者権利条約」と同じように,「私たちのことは,私たち抜きに決めないでほしい」という言葉を大事な約束ごとにするべきです。  そこで,「差別解消法」には,国,都道府県や市町村は,日本や外国ではどんな「差別」が起きているのか,その「差別」をなくすためにどのような工夫や努力がされているかを調べ,「差別」をなくすためにはどうすればよいかを考えなければならない,と書くべきです。  そして,障がいのある人,障がいのある人の家族や,学校やしごとなどで障がいのある人と一緒にすごしている人などの意見を聴いて一緒に考えなければなりません。このことも「差別解消法」にきちんと書くべきです。 8 国,都道府県や市町村の中で,「差別」の相談やトラブル解決をできるようにするためのいろいろな決まりをつくるべきだ  もしもあなたが障がいを理由に「差別」を受けたとしたら,そのことを役所に相談するのは大切なことです。  けれども,今の「差別解消法」では相談窓口がきちんと決まっていないので,役所の中のどこに相談したらよいかわからず,結局うまく相談できないかもしれません。役所では相談にのってくれないかもしれません。  また,役所で相談できたとしても,その窓口で何をしてもらえるのか,今の「差別解消法」では,はっきりと決められていません。  たとえば,窓口の相談員は,「差別」を受けたあなたと,「差別」をした人の両方から話を聞いたり,アドバイスをしたりできると,今回のトラブルを解決することができるかもしれませんが,今の法律には,相談員がこのようなことをできるとは書いていないのです。  さらに,「差別」を受けたあなたは,窓口の相談だけでは足りず,きちんと「差別」をした人と話合いをしてあやまってほしい,二度と同じことをしないよう約束してほしいと思うかもしれません。けれども,今の「差別解消法」は,このような話合いをするところをきちんと決めていません。そのため,「差別」を受けたあなたは,「差別」をした人からあやまってもらったり,二度と同じことをしないよう約束してもらったりすることができないかもしれません。  そこで,障がいのある人が安心して生活できるように,困ったときにかんたんに相談できる窓口として,都道府県や市町村に,相談のためのセンターをつくるべきです。  また,都道府県や市町村の中で,障がいのある人が相手と話合いをできるようなしくみをつくるべきです。  そして,センターの相談員や話合いをとりもってくれる人が,障がいや「差別」をなくすための方法をしっかりと勉強できるようにするべきです。      9 国会や裁判所の中でも,「差別」をしてはいけないこと,「合理的配慮」をしなければならないことをはっきりと法律に書くべきだ  「差別解消法」がつくられた後,2016年にこんなことがありました。全身に障がいがあって,話をすることに時間のかかる人が,国会で発表することになっていたのですが,話に時間がかかるという理由で,発表させてもらえませんでした。  国会は,いろいろ人が意見を発表したり,話合いを見に行ったりする場所なので,障がいがある人もない人も,国会で意見を発表したり,話合いを見に行ったりすることがあります。ですから,「差別」や「合理的配慮」についての国会のルールがなければならないのですが,今の日本にこのようなルールはありません。 裁判所でも,国会と同じような問題が起こっています。  たとえば,裁判で訴えられた人には,裁判が行われることや,その日づけなどを書いた紙が郵便で送られてくるのですが,障がいがあって,紙に書かれた文字が読めない人や,書かれている意味を理解するのが難しい人などは,裁判があることに気づかないまま,負けてしまうことがあります。今の法律では,そんなふうに負けてしまったとしても,裁判をやり直さなければいけないことにはなっていません。  また,知的障がいのある人が裁判所で話をすることになったとき,知らない人ばかりのところで,難しい言葉で質問をされると,うまく答えることができないときもあるでしょう。しかし,今の法律には,知的障がいのある人が話をするとき,家族や支援してくれる人がそばに付きそってよいというルールはありません。裁判官がわかりやすい言葉で質問しなければならないというルールもありません。  「障害者権利条約」には,「国は,障がいのある人が裁判の手続をきちんと利用できるように工夫しなさい。」と書いてあります。そして,もし,工夫するためにお金や手間がかかるとしても,必要な工夫をしなければいけません。また,障がいのある人が工夫してほしいと言ってこなかったとしても,工夫しなければならないということになっています。    けれども,このようなルールが日本の「法律」にはないのです。  そこで,国会と裁判所の中でも「差別」をしてはいけないこと,「合理的配慮」をしなければならないことをはっきりと「法律」で決めるべきです。 第3 この意見書で使われている言葉の説明 ・権利(けんり) …したいことをできる自由,したくないことをしない自由,他の人からいやなことをされない自由,してもらいたいことを他の人に求めることができる自由,その他いろいろな自由を「権利」といいます。 ・障がいにもとづく差別(しょうがいにもとづくさべつ) …障がいを理由に,他の人と違う扱いをすること,他の人と差をつけることを「障がいにもとづく差別」といいます。 ・法律(ほうりつ) …国がつくるルールを「法律」といいます。 ・障害者権利条約(しょうがいしゃけんりじょうやく) …障がいのある人の「権利」を守るための国どうしの約束です。障がいがあるからといって「差別」してはいけないこと,障がいのある人は自分で決めた場所で生きる「権利」があること,国は障がいのある人を手助けするための方法を考えなければならないことなど,いろいろな約束ごとが書かれています。日本は,2014年から,この「障害者権利条約」に書かれた約束ごとを守らなければならなくなりました。 ・障害者差別解消法(しょうがいしゃさべつかいしょうほう) …日本は,「障害者権利条約」に書かれた約束ごとを守るために,障がいのある人を「差別」から守るための「法律」をつくりました。この法律は「障害者差別解消法」とよばれています。この意見書では「差別解消法」とよんでいます。「差別解消法」は,2016年からスタートしました。 ・社会的障壁(しゃかいてきしょうへき) …「障壁(しょうへき)」とは「かべ」や「じゃまをするもの」のことです。「社会的障壁(しゃかいてきしょうへき)」とは,障がいのある人を困らせる,生きにくくする,世の中にあるじゃまなものをいいます。たとえば,車いすを使う人にとっての階段,目が見えない人にとっての紙に書かれた文字,知的障がいがあると地域の小学校へ行けないという教育のしくみなどは「社会的障壁」に当たります。 ・合理的配慮(ごうりてきはいりょ) …障がいのある人の一つ一つの困りごとに合わせ,「社会的障壁」をなくすための工夫を,「合理的配慮(ごうりてきはいりょ)」といいます。たとえば,車いすで階段をのぼるときに持ち上げる手助けをすること,目が見えない人のために紙に書かれた文字を声に出して読むこと,知的障がいのある子どもが地域の小学校へ行けるように手助けをする先生を増やすことなどは「合理的配慮」に当たります。   なお,「合理的配慮」をしようとすると,お金や手間がたくさんかかりすぎてしまうことを「過重な負担」といいます。「過重な負担」となるときには,「合理的配慮」をしなくてもよいことになります。 ・環境の整備(かんきょうのせいび) …障がいのある人の一つ一つの困りごとに合わせるのではなく,障がいのあるたくさんの人のために役に立つ工夫を「環境の整備」といいます。たとえば,車いすを使うたくさんの人たちの役に立つように,駅にエレベーターをつくることは,「環境の整備」に当たります。 ・行政機関(ぎょうせいきかん) …国,都道府県,市町村のしごとをする人たちです。市町村などの窓口はもちろん,市民病院などの公立病院,県立学校などの公立高校,公立の大学なども「行政機関」に当たります。 ・民間事業者(みんかんじぎょうしゃ) …「行政機関」ではない会社,お店などのしごとをする人たちです。私立の病院,私立の学校,タクシー会社,レストランなども「民間事業者」に当たります。 ・法的義務(ほうてきぎむ) …「法的義務(ほうてきぎむ)」とは,必ずしなければならないということです。 ・努力義務(どりょくぎむ) …「努力義務(どりょくぎむ)」とは,できるだけそうするようにがんばろうということで,しなくてもルール違反にはならないということです。