民事裁判手続のIT化に関する障がい当事者等団体アンケート結果 分析と評価 2021年(令和3年)4月14日 日本弁護士連合会人権擁護委員会 前提として  障がいのある人がIT化された裁判手続を利用するに当たって直面する課題は,次の6つに分類することができる。 類型1 裁判手続一般の課題(障がい特性によるものではない課題)  例 裁判手続は日頃なじみがなく,用語や制度が難しい。 類型2 裁判手続上障がい特性ゆえに起こる課題  例 視覚障がいのため,訴状が読めない。 類型3 裁判手続一般の課題ではあるが,障がい特性ゆえにその課題がより深まる問題  例 知的障がいのために訴状の内容や裁判制度がより理解できない。 手話を言語としているため,日本語で書かれた書面の理解がより難しい。 類型4 裁判手続のIT化一般の課題(障がい特性によるものではない課題)  例 パソコンが苦手である,オンライン手続になじみがない。 類型5 裁判手続のIT化によって障がい特性ゆえに起こる課題  例 視覚障がいがあり音声読み上げソフトが利用できないため,PDF書面が読めない。 類型6 裁判手続のIT化一般の課題ではあるが,障がい特性ゆえにその課題がより深まる問題 例 知的障がいや発達障がいがあるため,オンライン手続やパソコンの操作が  より苦手である。  裁判手続のIT化は,障がい特性ゆえにIT機器へのアクセスに困難を抱える障がい者の裁判を受ける権利を侵害する危険を有する反面,導入される事件管理システム等に十分なアクセシビリティが確保されれば,裁判手続のIT化に伴い障がい者に生じるであろう問題のみならず,これまでに障がい者に生じていた裁判手続上の様々な問題をも解消する可能性を有する。  したがって,裁判手続のIT化を進めるに当たり,障がいのある人に生じるであろう問題は類型5と類型6であるが,類型5と類型6の問題への対応により障がいがある人が使いやすい制度となることが,類型1〜4の問題をも解消することにもつながる(あるいは類型1〜4の問題への対応により類型5と類型6の問題が解消される場合もある。)ことが重視されるべきである(例:バリアフリーがユニバーサルデザインにつながる。)。  なお,類型化に当たっては,各設問においても述べるが,類型6の問題を類型4の問題であると矮小化しないことが重要である。IT化の課題を検討するに当たっては「障がいの有無にかかわらず,このような作業が苦手な人と得意な人がいる。」という視点がどうしても付いてくる。これと障がいの問題を整理することが重要である。一見して障がいの有無は関係ないと思われる課題であっても,その背景に障がい特性が深く関わっていることは多々ある。この点については,当事者がこれまで感じてきた困難や社会背景を十分に汲み取る必要がある。    なお,今回の回答においては,類型2,類型3の課題についても多くの示唆がある。この点は,民事訴訟手続改正の検討において活用していただきたい。  また,上記視点とは別に,今回見えてきた課題は,司法アクセス・情報保障の拡充※1のため T 民訴法・規則の改正が必要となる事項 U IT化の環境整備として検討・対応すべき事項 V 制度構築に際し,個別案件において当事者の障がい特性に応じた配慮ができるようにすべき事項 に分類する視点も有用である。  裁判手続のIT化の障がいのある人への影響・制度構築を検討するに当たっては,Uを抽出することが主眼となると思われるが,そもそも,障がいに対する合理的配慮は,個別具体的な対応を要求するものであるから,TとUを検討するに当たってVの個別配慮を排除するような制度設計とすることはあってはならない。 ※1 障害者差別解消法が求める合理的配慮の提供は,行政や事業者に対し「過重な負担の抗弁」が認められる(「その実施に伴う負担が過重でないとき」に行うことが求められる)のに対し,司法については,過重な負担の抗弁が認められていないことに注意を要する。  すなわち,司法については,障害者差別解消法の適用はなく,障害者権利条約第13条1項に従うこととなるところ,同条は,「障害者がすべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)において直接及び間接の参加者(証人を含む。)として効果的な役割を果たすことを容易にするため,手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により,障害者が他の者と平等に司法手続を効果的に利用することを確保する(第13条1項)」ことを締約国に求めている。障害者権利条約が求める司法アクセスへの「手続上の配慮」は,合理的配慮が司法分野に特化された概念であると考えられるところ,障害者権利条約が司法分野に特化した表現をとったのは,適正手続の要請が特に強い司法分野においては,原則として過度な負担の抗弁を認めるべきではないという判断があったからである。 環境整備(U)  不特定多数の障がい者を主な対象として行われる事前的改善措置(いわゆるバリアフリー法に基づく公共施設や交通機関におけるバリアフリー化,意思表示やコミュニケーションを支援するためのサービス・介助者等の人的支援,障害者による円滑な情報の取得・利用・発信のための情報アクセシビリティの向上等)。  環境の整備には,ハード面のみならず,職員に対する研修等のソフト面の対応も含まれる。  個別の場面において,個々の障害者に対して行われる合理的配慮を的確に行うための前提として,環境の整備として実施が求められる。 合理的配慮(V)  個々の場面において,当該障がい者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において,社会的障壁の除去の実施について,必要かつ合理的な配慮を行うこと。当該障がい者のニーズに応じて個別具体的な調整を行う必要がある。   以上の前提をもって,回答を見ていただきたい。 第1 訴え提起の段階について  1 オンライン申立てについて(設問@〜設問D) (1) 訴状のPDF化に当たっては,サポートを受けたいという回答が12,サポートがなくてもよいという回答が3であった。  サポートがなくてもよいという回答は,精神障がい者の当事者及び支援者の団体,自立生活センター(障がい者の自立生活について支援を行う団体),一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会からである。他の回答なども参照するに,団体として,普段からオンラインやパソコンの使用に慣れているため,十分に対応できるということのようである。このような回答をクローズアップすると,PDF化は,類型4の課題と捉えられる可能性がある。しかし,この後にも現れるように,障がい特性ゆえにPDF化が困難であるという例は多分にあるのでその点に留意すべきである。  求めるサポートの内容(@−2)としては,訴状のPDF化を担当者に行ってほしいが12,訴状のPDF化のためのパソコンの操作を担当者に教えてほしいが7であり,前者のサポートを求める団体の方が多い。  視覚障がい・盲ろう等の障がい特性から,そもそもPDFデータへのアクセスが困難であるという回答があることが重要である。  PDF化については,視覚に関する障がい特性ゆえに対応が困難であるという課題(類型5)と,PDF化という作業の難易性・複雑性ゆえに,発達障がいや知的障がいのある人には対応が困難であるという課題(類型6)がある。  サポートを受けたい場所としては,司法書士会以外の選択肢について有意な差はない。これは,サポートを受ける場所が複数あった方がよいという意味合いもあると思われるが,そもそも市区町村の役所以外の選択肢についての違いが分からない,裁判手続自体のイメージがわかないため,どこに相談したらよいかの検討がつかないということが考え得る。  「PDF化」の問題と「裁判手続」の問題が混同されているとも思われる。  市区町村の役所を選んだ回答が最も多いのは,障がい者にとって普段から身近な相談先として機能しているためと思料される。裁判手続においては,行政機関が紛争の相手方となる場合もあることから,市区町村の役所の窓口だけが相談先となることはふさわしくないと思われるが,障がいのある人にとって,市区町村の役所以外の選択肢は身近ではないということが現れている以上,裁判手続のIT化の相談先として市区町村の窓口以外の相談先を設ける場合には,広報・啓発活動が重要となろう。  サポートを受けたい場所としては,他に,精神障がい者の当事者団体から,「入院中に病院内でサポートを受けたい」という指摘があることも重要である。障がいのある人は,その障がいの内容によっては入院が多いこともよくある。その場合の支援についても検討する必要がある。IT化によって入院中の人が司法手続を利用できるようになることは,全ての人の司法アクセスが容易になることにもつながるものであるから,ぜひこの機会に検討していただきたい。 (2) 本人確認の方法については,郵送が12,窓口への持参が9であり,オンライン以外の方法での本人確認方法を希望する団体が多い。  社会福祉法人全国盲ろう者協会からの「いずれの方法についても,自力では困難であるため,通訳・介助員のサポートが必要である」との指摘については,IT化に当たっては,制度整備の際に,いずれの方法であっても支援者のサポートを受ける方法を予定する必要があることを示唆する重要な回答である。 (3) IDとパスワードを用いて裁判所の管理するシステムにアクセスする際のサポートについては,サポートが必要が13,不要が3であり,不要とした団体は,設問@と同様であった。  そもそも,IDとパスワードを入力する形式での本人確認方法を採用すること自体の困難さがあることが重要である(設問B−2)。IDとパスワードという概念を理解して利用することが難しい,物理的に入力が難しい,IDやパスワードを管理することが難しい(忘れてしまう,他人が管理することは個人情報等の観点から問題がある。)という障がい特性に起因する困難が多く指摘されており(類型5),これについては十分に検討する必要がある。  また,一般社団法人日本自閉症協会からは,どのように利用されるのか不安であるという指摘がある。これは一見すると誰もが不安に感じることであるとも思われる(類型4)が,自閉症等の障がい特性によってはこのような不安感をより強く感じる場合もあることに留意すべきである(類型6)。制度上このような不安感に対する対応が十分になされる必要があろう。  サポートの内容としては,入力に当たりサポートが必要であるという回答がほとんどであるが,視覚的な障がいがあるために入力そのものに支援者や音声読み上げソフトが必要であるという回答(類型5)と,入力をするための方法や手続についてサポートを受けたい(類型6)という回答に分けられる。後者については,聴覚障がい者の当事者団体・手話通訳者の団体からは,手話での問合せができるようにする必要があるという指摘がある。  パソコンやスマートフォンを持っていない場合にシステムにアクセスできないという指摘もある。これは,類型4の課題のようにも思われるが,障がい特性ゆえに日常生活にはパソコンやスマートフォン等オンライン機器を使用していないことは往々にしてある。そのような人の存在を排除することは,障がい特性ゆえに裁判手続へのアクセスをより困難にしたものと見るべきであり(類型6),十分な対応が必要である。 (4) システムの利用についてのサポートについては,サポートを受けたいが13,なくてもよいが2であった。  サポートを受けたい場所,受けたいサポートの内容としては,設問@と同様の回答傾向である。サポートを受けたい場所として,裁判所が最も多いことは注目すべきポイントである(裁判手続が係属している以上,裁判所の関与を強く求めたいということであろう。)。  また,支援者・通訳者・手話通訳等が利用できる必要があるという点についても十分に検討すべきである(類型6の課題)。IT化に当たっては,制度整備の際に,相談先を設置するだけでなく,支援者のサポートを受けて実質的な相談をする方法を予定する必要があることを示唆する重要な回答である。 (5) 従来どおりの郵送又は持参での書面提出方法を残してほしいかという質問に対しては,残してほしいが14,残さなくて良いが1であった。  残してほしい理由としては, ・パソコン等を利用したオンラインでの操作が難しい(身体障がい,視覚障がい,盲ろう)  ・新しいことや情報を覚えることが不得意・不安(精神障がい)  ・障がいのある人のアクセシビリティが確保されるか不安(JD)  ・支援が行き届かなくなるのではないか不安(知的障がい,発達障がい) といった指摘が重要と思われる。  1つめの指摘は類型5の課題である。オンライン手続そのもの利用が困難であるという指摘であるから,従前どおりの手続を併存で残す,又は現状予定しているオンライン手続以外の当該障がいのある人が利用できる手続の導入を検討する必要があるという示唆である。  2つめの指摘は類型6の課題である,オンライン手続の導入には十分な移行期間(併存の期間を設ける)と丁寧な説明が必要であり,この点は障がいのある人にとっては特に重要という示唆である。  3つめの指摘と4つめの指摘は方向性としては同じであり類型5とも6ともとれる課題であるが,現在示されているIT化手続が,障がいのある人のアクセスを十分に保障した制度になっていないと捉えられている(あるいは不安に思われている)ことの現れであり,回答全体に通じる重要な指摘である。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言 1 訴状のPDF化については,サポートを求める回答が多数を占める。したがって,本人サポートの内容として,「書面のPDF化をサポートすること」を想定する必要がある。また,視覚障がい・盲ろう等の障がい特性から,そもそもPDFデータへのアクセスが困難であるという回答は重要である。今後,民事訴訟手続がIT化される場合には,訴状,準備書面,書証等がPDFファイルで提供されることが想定されるところ,可能な限り,アクセシブルなデータ形式による提供が行われる方策の検討が必要である。具体的には,法138条,法161条の他,民事訴訟規則において書証に関する規定を整備し,アクセシブルなファイル形式のデータ提供に関する規定を置くことについての検討が求められる。  2 サポートを受けたい場所について,市区町村の役所とする回答は,最も身近な相談先として認識されていることを示すものである。したがって,本人サポートを担う場所の1つとして,市役所,町村役場等を検討する必要がある。  精神障がい者の当事者団体から,「入院中に病院内」におけるサポートを求める意見が出されており,本人サポートの在り方についての検討課題である。一例としては,情報通信機器を活用したオンライン相談や,入院先への出張相談も検討し得ると考えられる。  3 本人確認手続については,本人確認書類の郵送の方法を希望する団体が多いことから,データ送付のみならず,幅広い方法が用意されることが望ましい。  事件管理システムの利用登録に必要なID・パスワードの入力手続や,ログインした後の画面表示に従った操作等について,サポートが必要であるとの回答が多数である。したがって,本人サポートの内容として,「情報通信機器を操作する際の人的サポート(手話通訳者等の利用を含む。)」,「事件管理システムがスクリーンリーダーで対応可能なものであるという物的サポート」の両面を考える必要がある。  IDとパスワードの発行については,複数の団体から不安が提示されており,この不安感を解消するためには,信頼できる第三者がサポートに入ることが望ましい。このことは,事件管理システムの登録手続だけにとどまらず,裁判手続全体を通して妥当する要請と考えられる。したがって,補佐人(法60条),付添(法203条の2)の活用に加え,意思疎通を円滑に行うための支援者(法154条の2として検討)を付す等の方策を検討し,安心感につなげることが必要である。  パソコンやスマートフォンを持っていない場合へのサポートについては,障がい分野の問題だけにとどまらない問題であり,別途本人サポートの在り方として考える必要がある。   2 受付可能なデータの種類について(設問E〜F) (1) 相手方が裁判所に対して提出するファイル形式としては,障がい特性に応じて希望する形式が異なる。  視覚障がい者の当事者団体においては,音声読み上げ可能なファイルとして具体的にはワードとテキスト,点字(盲ろう)を希望している。また,視覚障がい者の当事者団体から,訴訟資料は文字量が多いため,目的の場所を探しやすくする方策として見出し設定(HTML,マークダウン等を利用)を付けてほしいという指摘があったことも検討すべき点である。公益財団法人日本障がい者リハビリテーション協会からは,デジタル図書化(デイジー化)をしてほしいとの指摘もあった。  全国「精神病」者集団(精神障がい),一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会(知的障がい),公益社団法人全国精神保健福祉会連合会(精神障がい)は,ルビ付きを希望している。テキストファイルを併せて希望しているところもある。  加工可能なデータ形式を希望する団体も多く,難解な内容を分かりやすくしたり(知的障がい,発達障がい,精神障がい等),読みやすい形式にしたりする(公益社団法人全国脊髄損傷者連合会)ことを想定していると思われる。  視覚障がいがあり読み上げソフトを利用したいという場合以外にも,データの方が活用しやすい障がい特性があるという点は,重要である。  読み上げソフトに対応した形式にする必要がある,難解な内容を分かりやすくする必要があるというのは,類型2又は類型3の課題である(場合によっては,類型1の課題でもあろう。)が,IT化によって課題解消につながる可能性があることから,IT化に合わせて検討すべきと思われる。なお,分かりやすく加工することについては誰がどのような方法で行うのか(支援が必要か)についても検討が必要と思料されるが,これについてはIT化に特化した課題ではないため,ここでは触れないこととする。もっとも,この指摘は,IT化では解消されない裁判手続における情報保障の問題が残ることを示唆しており,この点においては重要である。  手話通訳者の団体からは,聴覚障がい者の言語である手話での通訳が必要であるとの指摘もあるがこれについても類型2の問題であるため,ここでは触れない。もっとも,この指摘は,IT化では解消されない裁判手続における情報保障の問題が残ることを示唆しており,この点においては重要である。 (2) テキストファイルの提出を義務化してほしいかという質問に対しては,義務化してほしいが11,しなくてよいが4であった。  義務化してほしい理由の一つとして,裁判書類をテキスト化しなければ読めないという点が挙げられている。これは類型2の課題であるが,IT化によってテキスト化が容易になることで解消できる課題であるとも言えよう。  なお,読み上げについてはPDFでも文字上書き型であれば問題ないという意見もあるので,技術的な検討も必要であろう。  また,聴覚障がい者の当事者団体からは,いずれにしても手話での情報取得が難しいという指摘もある。この点については類型2の課題であることは(1)と同様である。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  IT化に伴い提出されるファイル形式については,多数の団体からテキストファイルの他,アクセシブルなファイル形式の利用を求める意見が出されている。これらの意見を尊重しつつ,民事裁判手続全体の中でバランスのとれた制度とするためには,障がい者が自らの障壁を疎明した上で,具体的配慮事項を申し出た場合には,裁判所から相手方当事者に対してアクセシブルなファイル形式のデータを保有しているか否かの確認と,保有している場合には提供を求めること等の方策の検討が必要である。この点については,前述したとおり,法138条,法161条の他,民事訴訟規則において書証に関する規定を整備し,アクセシブルなファイル形式のデータ提供に関する規定を置くことについての検討が求められる。    3 システム送達(訴え提起時)について(設問G〜H) (1) 被告として裁判所からメール通知やその他の連絡を受ける場合,どのようなサポートがあると良いかという質問に対しては,「メールの件名・本文に分かりやすい記載をしてほしい」,「メールの送信に加え,電話による連絡もしてほしい」,「メールの送信に加え,同内容の文書を郵送で送ってほしい」との回答がいずれも12〜15とほぼ同数かつ多くの団体から支持を集めている。  かかる質問と回答からのみでは,障がい特性との関係は明確ではない。「メールの送信に加え,同内容の文書を郵送で送ってほしい」との選択肢において文書の郵送の際に求める配慮を問うているので,これを参照することになるかと思われるが,ここでの回答を見ると,分かりやすい表現,手話,触手話等の通訳など,裁判書類一般に対し求める配慮(類型1の課題)を記載したものが大半である(かかる回答の内容からは,現行の裁判手続の問題はよく伝わるが,IT化とは少しずれるものと思料される。)。  IT化との関係で参考になる回答としては,「なりすましと区別できない。」,「詐欺メールと区別できない」という一般社団法人日本自閉症協会やNPO法人日本障害者協議会の回答は,発達障がいのある人の特性から見ると重要であろう(類型6)。特に,メールはなりすましが容易であることからしても十分な対策が必要である。  また,「メールを送った日付,送ったアドレスを文書にかいてほしい」という八王子精神障害者ピアサポートセンターの回答も,支援につなげるためには重要な情報である。  NPO法人日本障害者協議会の,「PCや携帯等を所持しない障がいのある人もいる」という指摘については,類型4の課題ではなく類型6の課題として把握することが重要であることは前述のとおりである。  「メールの送信に加え,同内容の文書をFAXで送ってほしい」という回答は6であった。もっとも,最もFAXを利用していると思われる聴覚障がい者の当事者団体から,「近頃は,メールの普及により,聴者と同様,FAXの利用者は減少(特に若者),利用頻度・量も著しく低下している状況である。したがって,聴覚障がい者に対しても,FAXより,郵送が一番確実な方法となると思われる。」との指摘があることは重要である。   (2) メール読み飛ばしの経験については,15の団体が,読み飛ばしの経験があると回答している。     迷惑メールフォルダに入る,サーバの容量を超過した等の技術的な問題もあるが,病状や服薬の影響で認識力が低下する(精神障がい),メールを開いても配慮がなければ内容が理解できないため読み飛ばしたと同じ状態になる(知的障がい),迷惑メールと勘違いする,見落とす(視覚障がい),(日本語を言語としてないため)内容を理解できずそのままにする(聴覚障がい)など,メールが届いても障がい特性によってメールを看過する場合が多々あることとその具体的な状況が現れている。 (3) 従前の裁判手続において,被告が訴状の送達に気付かないまま敗訴判決が出てしまった例があるかとの質問については,あったが1(精神障がい),全くなかったが1,分からないが13である。  この点については,障がい者の当事者団体や支援者団体においては把握できていないものと思われる。  原因については,複数の回答が寄せられているが,「あった」の回答は1であるため,原因を想像して回答していると思料される。もっとも,その他の回答にある,発達障がいや視覚障がいのある人の場合,郵便物に気付かないことはよくあることだという指摘は意識する必要がある。  裁判手続の相談先としては,弁護士・弁護士会が合わせて10,法テラスが4,次いでこれまで相談したことはないが3,市区町村の役所が2,裁判所が1である。実際の裁判手続の相談先としては,やはり弁護士が多く想定されていると伺えるが,役所・社会福祉協議会・相談支援専門員などが挙げられていることも参考になる。  弁護士会・弁護士以外を選択した理由としては,弁護士の敷居の高さ,費用負担が挙げられる。  裁判手続を利用した件数については省略する。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言 1 この質問に対する回答は,訴え提起時だけでなく,事件管理システムの利用登録をした場合の通知アドレスに対する裁判所からの通知について,どのような配慮を求めるのかという意味として捉えることができる。アンケート回答からは,各障がい特性に応じて,様々な配慮事項が挙げられており,これに対応するためには,事件管理システムへの登録の際に,障がい特性に応じた配慮事項を裁判所に伝える方策が必要である。具体的には,登録フォームに,「要配慮事項欄」を設ける等して,個々の障がい特性に応じて必要な手続上の配慮を求めることを可能とする運用が求められる。 2 事件管理システムへの利用登録を行わない場合には,従前どおり,書面による送達が行われることになる。そして,障がい特性のゆえに郵便物に気付かない場合があることは,それが訴状である場合には,障がい者に手続関与の機会が与えられないことになる。この問題は,民事裁判手続一般の問題として,送達制度の検討,救済手段としての再審制度の検討が求められる。  具体的には,送達受領者が視覚障がい等により書字情報を認識できないことが予め認識されている場合の送達方法(法101条の2として検討),手続関与の機会が与えられなかった場合の再審事由(法338条1項3号の2及び3として検討)の検討が求められる。 3 裁判手続の相談先についての回答は,本人サポートの場所についての示唆を与えるものとして理解できる。裁判手続を利用する場合であるから,相談先として弁護士・弁護士会が多いことはもちろんであるが,費用面の観点から,役所・社会福祉協議会・相談支援専門員等が相談先として挙げられている。これらの相談先は,自らが信頼する場所を相談先に選択したと考えられるが,法律の専門家ではないため,法的なサポートは困難である。したがって,本人サポート体制を考える上では,形式サポートと実質サポートを分け,形式サポートについては,例えば「本人サポートセンター」のような公的機関を市役所・町村役場内に設置する等して,これにあたることが考えられる。 4 みなし送達について(設問I)  準備書面,判決書等の送達に関する裁判所からのメールでの通知にどのようなサポートが必要かという質問に対しては,「メールの件名・本文に分かりやすい記載をしてほしい」,「メールの送信に加え,同内容の文書を郵送で送ってほしい」,「メールの送信に加え,電話による連絡もしてほしい」をほぼ全ての団体が希望している。  かかる設問の回答についての分析は設問Gとほぼ同様である。この課題については,基本的には裁判手続における情報保障の問題として捉えるべきであろう(類型2の課題)が,メールであることで郵送よりも,より気付きにくく見逃しやすくなる,入院中にはメールの送受信が難しいという性質があることも重視すべき(類型3の課題)である。その意味で,「障がい等を理由とする期限の延長の申出を認めるべき。送達方法の変更を柔軟に認めてほしい(判決書は書面で送達,など)」という全国「精神病」者集団からの指摘は検討に値するものと思われる。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  この回答からも,通知アドレスに対する通知について,様々な障がい特性に対応するためには,事件管理システムへの登録の際に,障がい特性に応じた配慮事項を裁判所に伝える方策が必要である。具体的には,登録フォームに,「要配慮事項欄」を設ける等して,個々の障がい特性に応じて必要な手続上の配慮を求めることを可能とする運用が求められる。  「障がい等を理由とする期限の延長の申出を認めるべき。送達方法の変更を柔軟に認めてほしい(判決書は書面で送達,など)」という全国「精神病」者集団からの指摘については,制度面で可能な限り検討が求められる。 第2 争点整理の段階  1 裁判所の期日におけるウェブ会議等の利用について (1) 聴覚障がいのある当事者への配慮−手話通訳(設問J) ア 手話通訳者を同席させる場合,裁判所に求めたい配慮としては,手話通訳の費用を公費で負担してほしいという要望,手話通訳するための技術的な要望(進行速度をゆっくりにする,資料を事前に通訳者へ情報提供する等)等が挙げられた。これはいずれも主として類型2の課題であるが,手話通訳者がウェブ画面に映るようにする,画像が小さくならないようにするといったIT化における技術的な要望も挙げられている(類型6の課題)。  また,一般社団法人日本発達障害福祉ネットワークからの回答では,複合的な障がい(視覚障がいと発達障がいを併せ持つ等)への理解が求められている点も十分に理解する必要がある。 イ 手話通訳者の派遣に当たって求めたい配慮としては,手話通訳者の技能についての要望が多く寄せられた。求める技能としては,司法制度についての理解(類型2又は3の課題),ウェブ会議についての理解(類型5又は6の課題)のほか,利用する当事者の障がい特性についての理解や地域的・属人的な手話表現の違いに対する配慮を求める要望もある。  また,この質問に対しても公費での手話通訳派遣を求める意見が複数見られる。 ウ 以上のとおり,設問Jの回答については,裁判手続一般の課題(類型2又は3)が主であるが,これに加えてウェブ会議において手話通訳を利用する場合の課題も浮き彫りになっており,十分に検討すべき課題である。  なお,IT化に関する議論ではないが,類型2の課題について,個別案件において当事者の障がい特性に応じた配慮をできるようにすることが重要であることが強く現れている点も注目すべきである。裁判手続全般において,利用する当事者に応じた個別具体的な配慮を調整するための方法を規定する(制度上は配慮の内容を例示するにとどめ,「・・その他必要な配慮を行う。」など)ことが必要となることをより強く示唆している。  また,手話通訳派遣費用の負担の問題については,裁判手続一般の課題(類型2)であり,民訴法・規則の改正において検討が必要となる課題である。 (2) 聴覚障がいのある当事者への配慮−文字による通訳や字幕等他の情報手段(設問K)  文字による通訳や字幕等他の情報手段を利用する場合に裁判所に求めたい配慮としては,利用する当事者の障がい特性に応じた配慮を求める意見が散見された(類型2の課題)。これは求める配慮が手話通訳よりも更に人により異なるという特性によるものである。この点については上記(1)ウと同様の整理となろう。用意してほしい補助具等が多岐にわたることにも注目すべきであるが,これについては一方的に準備すれば足りるというものではなく,当事者のニーズに応じた利用が必要であることに留意すべきである。  また,この設問においても,手話通訳と同様,要約筆記者の技能への要望や費用の公費負担の要望が見られる。 (3) 聴覚障がいのある当事者への配慮−遠隔で手話通訳や文字による通訳や字幕の利用を希望する場合(設問L) ア 一般財団法人全日本ろうあ連盟の指摘は,類型5を検討するに当たり,特に注目すべきである。「資料等を確認しようとして,少し目を離すと,今どんな話をしているのかわからなくなることがある。そのため,文字は,すぐ消えるのではなく,少しの間は見れるような状態にしてほしい。」,「長期間パソコン画面やモニターを見つめるのは,目に負担がかかる。例えば,少なくとも1時間毎に休憩を入れる等の配慮が欲しい。」,「遠隔だと,質問のタイミングを逃しがち。質問にすぐ気づく工夫(例:質問カードを作り,挙げる等)が求められる。」といった指摘は,遠隔から手話通訳等の情報保障をする際に重要な視点である。  裁判所に求めたい配慮の内容,補助具等は,設問J,設問Kと同様に障がい特性に応じた配慮を求めるものが多く見られ,この点については,設問J,設問Kの分析と同様に整理できる。  そのほか,第三者に聞かれないようにするという要望もある。これは類型4の課題とも思われるが,精神障がいや発達障がいの特性によっては,手続が適正であることや手続そのものに強いこだわりを持つこともあり,ここが不十分であると裁判手続自体を利用できなくなってしまうことがある。この点についても十分に留意して制度構築をする必要がある。 イ なお,設問を離れ,手話通訳者と聴覚障がい者が遠隔でウェブ会議を行った経験について尋ねた(設問L−2)ところ,@通信の問題(途切れる,乱れるなど),Aコミュニケーションの問題(目の前にいないのでコミュニケーションが取りにくい,カメラに映っていない空間で起こっていることを把握できない),B進行の問題(進行が早くて通訳を受けている聴覚障がい者が参加しにくい,目を離すと内容が分からなくなる)等の課題があるとの指摘があった。このような課題に対する解決法としては,ネット環境の整備・事前確認,発言の前に名乗る・ゆっくり進行する,こまめに状況確認をする,などの方法が有用とのことである。  また,遠隔で要約筆記を行うウェブ会議の経験についても尋ねた(設問L−3)ところ,@通信の問題(途切れる,乱れるなど),Aコミュニケーションの問題(同時に発言されたり,議論が錯綜したりすると誰が話しているのか分からない,カメラに映っていない空間で起こっていることを把握できない),B進行の問題(進行が早くて通訳を受けている聴覚障がい者が参加しにくい,目を離すと内容が分からなくなる)などの課題があるとの指摘があった。このような課題に対する解決法としては,発言の前に名乗る・ゆっくり進行する,こまめに状況確認をする,などの方法が有用とのことである。  これらの経験は,遠隔オンラインでの情報保障の課題が明らかになったものであり,IT化の課題を検討するに当たり,大変参考になるものである。 ウ さらに,法廷での手話通訳及び要約筆記について,困った経験があるかを尋ねた(設問L−4)ところ,通訳に対する理解不足(手話通訳が傍聴者の一人とみなされ,本来であれば立って行う通訳が認められなかった,通訳者は聞こえたこと全てを通訳する者であるにもかかわらず「これは通訳をしないでください」と言われた,早すぎて聞き取れなかった)の他,法廷で使われる言葉が理解できない(類型1の課題)という問題があるとのことであった。  裁判手続をユニバーサルデザインにするためには,制度整備も重要であるが,同時に司法関係者の障がいへの理解促進が不可欠であることを示唆するものである。この点を抜きにしては,どのような制度も画餅に帰す。 (4) 視覚障がいがある当事者への配慮(設問M)  裁判手続のIT化において,当事者が視覚障がい者である場合に裁判所に求める配慮については,データの音声読み上げやシステム操作についての音声ガイドに限らず,視覚に訴える情報(図や指示語)を利用しない,資料のページや小見出しを読み上げる(該当箇所へ誘導する)など,より具体的な配慮についての重要な示唆があるので十分に検討する必要がある。また,視覚障がいがある人は,資料の確認や機器の操作に時間を要するので時間的配慮も必要であるという指摘も重要であろう。なお,これらの点は類型2の課題ではあるが,IT化においてより問題が深まる側面があるので,類型5としても検討を要すると思われる。  また,聴覚障がい同様,発達障がい等他の障がいとの複合障がいについても留意すべきとの指摘も参考とすべきである。  裁判所に用意してほしい補助具については,類型2の課題についての指摘ではあるが参考していただきたい。拡大読書機や音声ガイダンスといった物的支援も重要であるが,「代読」が必要となる場合もあり,公正中立な「代読者」をどのように準備するかという課題については,検討の必要性が高いと思われる。また,普段支援を行っている人や機器を利用したいという意見もあり,この点については,制度構築に際し,個別案件において当事者の障がい特性に応じた配慮ができるようにすべきである。 (5) 聴覚・視覚障がい以外の障がいがある当事者への配慮(設問N)  障がい特性に応じた様々な配慮の必要性,補助具等について指摘がされている。類型2及び類型3の課題への指摘が主であるが,IT化においても妥当するものであり,いずれも十分に検討すべき内容である。  当事者に応じた個別具体的な配慮の調整が不可欠であることも強く現れている。  加えて,司法関係者の障がいへの理解促進が不可欠であることを示唆するものもある。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言 1 聴覚障がい者の当事者団体からの公費による手話通訳者・要約筆記者派遣を求める回答は,障害者権利条約13条が定める私法手続における手続上の配慮の内容をなすものである。手話通訳だけでなく,障がい特性からコミュニケーションに障壁を抱える障がい者が裁判手続を利用する場合には,この障壁の除去のための補助者の配置が必要となる。これらの点については,障がいに伴い必要となる手続上の配慮に関する費用を公費で負担すること(法61条2項として検討),障壁の除去のための意思疎通支援者の配置(法154条の2として検討)等の制度の検討が求められる。  また,訴訟手続の各場面において求められる手続上の配慮は,障がい特性ごとに様々であるから,法レベルでは「・・その他必要な配慮を行う。」等とし,規則により具体的事項を定めることは十分に検討されるべきである。  ウェブ会議を利用する場合の進行速度,手話通訳者の画面表示への要望は,運用において対応する事項の具体例として留意されるべきである。 2 また,回答には,ウェブ会議を開催する場合に,運用において対応する事項の具体例が多数示されている。これらの事項は,聴覚障がい者だけにとどまらず,その他コミュニケーションに障壁を抱える障がい者にも妥当する事項と考えられるので,障がい者が訴訟関係者として裁判手続に関わる場合には,運用において留意することが求められる。 3 通訳に対する理解不足や法廷での言葉が理解できないといった問題は,IT化特有の問題ではないが,司法関係者の障がいへの理解を深めるための研修等の取組は,障害者権利条約13条2項においても明記されているところである。IT化に際しては,運用面において対応する事項も多数考えられることから,司法関係者の障がいに関する理解を図る方策が求められる。 4 視覚障がいのある当事者への配慮,聴覚・視覚障がい以外の障がいがある当事者への配慮についての設問においても,運用において対応する具体的事項が示されており,検討が求められる。また,公正中立な代読者,普段支援を行っている人のサポートを求めるとの意見については,制度上の検討が必要である。補佐人(法60条)の活用に加え,障がい特性に応じた意思疎通支援者の配置(法154条の2として検討)が改めて求められる。    司法関係者の障がいに対する理解促進は前述のとおりである。  2 書証について(設問O〜Q) (1) 書証のPDF化に当たっては,サポートを受けたいという回答が9,サポートがなくてもよいが3,分からないが2であった。サポートがなくてもよいという回答は,設問@と同じ団体からである。現状での団体としてのPDF化作業についての慣れ・抵抗感のなさが回答に現れたものと思われる。この点については設問@の分析を参照されたい。  サポートを受けたい場所の傾向も設問@と同様,市区町村の役所が最も多いが,次いで裁判所,サポートセンターが挙げられている。これは,係属中の事件については,裁判所にサポートしてほしいという意識の現れと思われる。  弁護士会,司法書士会,法テラスについては,選択肢が多い方がよいという意向(その他に多く見られる)の現れではなかろうか。  ここでも,「どのようなサポートがどこでできるのか分かりにくい」という意見があることに注目すべきである。  また,書証は内容や意味合いを十分に把握することが重要であることから,手話で説明を受けることができる体制が必要(東京手話通訳等派遣センター),本人のことをよく知っている人による支援が必要(一般社団法人全国手をつなぐ育成会連合会,知的障がい)という指摘についても十分に検討すべきである。 (2) 読み上げられない形式のPDFや写真の内容を把握するためのサポートの希望の有無については,サポートを受けたいが11,サポートがなくてもよいが2,分からないが1である。  サポートを受けたい場所については,裁判所,市区町村の役所と法テラスが最も多く7,次いでサポートセンター,弁護士会が6,司法書士会が3である。係属中の事件であるので裁判所がサポートすべきという指摘と,公的な場所で支援を受けたいという指摘の双方が現れたと見るべきか。  その他に現れている回答は,これまでの設問と同様である。 (3) 設問から離れて,これまで音声読み上げソフトで対応できないPDFや写真などをどのように把握していたかを尋ねた(設問P)ところ,概ね身近な支援者に内容説明してもらうという回答であった。これは現状の障がいのある人への情報保障の脆弱さの現れであると同時に,日頃から身近にいる支援者だからこそ当事者の特性を十分に考慮してその人が理解しやすい説明ができるという側面もある。IT化における情報保障を検討するに当たってはこの点をどう制度的に保障するかが重要となろう(UかつVの必要性)。 (4) 視覚障がい以外の障がいのある当事者がPDFや写真を確認する際に求めるサポートを尋ねた(設問Q)ところ,様々な回答が挙げられたが,質問の意図をつかみ切れていない回答も多く見られる。  有意な回答としては,やはり,その人にとって身近な支援者が説明をするという回答が多いように思う。また,ファイルを開くアプリケーションや加工可能なPDF形式を求める回答も複数見られる。これは,支援者がファイルやデータを加工した上で当事者に説明するということを前提にしていると思われ,これについても身近な支援者が説明をすることを意味しているのではなかろうか。  この点については,視覚障がいのある人と同様に制度的な保障の在り方を検討する必要がある。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言 1 本人サポートの内容として「書証のPDF化と提出」が求められている。また,サポートを受けたい場所については,裁判所の他,信頼できる公的機関の要望を汲み取れる。例えば「本人サポートセンター」のような公的機関を市役所・町村役場内に設置することも検討に値すると考えられる。  手話通訳者による書証の説明,本人のことをよく知る人の支援が必要との意見については,通訳人(法154条)の活用,意思疎通支援者の配置(法154条の2として検討)の検討が求められる。 2 本人サポートの内容として「書証の内容を説明すること」を挙げることができる。  また,サポートの場所についても,裁判所の他,公的機関におけるサポートが要望されている。実質サポートは弁護士が行うことになるが,形式サポートについては「本人サポートセンター」等の公的機関を障がい者のアクセスが容易な場所に設置することについての検討が求められる。 3 視覚障がいを含め複数の障がい特性の立場から,身近な支援者によるサポートを求める意見が出されており,この点は,手続上の配慮として重視されなければならない。補佐人(法60条)の活用の他,意思疎通支援者(法154条の2として検討)の必要性が示されている。  また,アクセシブルなファイル形式の提供を求める意見も多い。書証の場合,写真・図面など,その形式は多岐にわたるため,常にアクセシブルなファイル形式を準備することは困難であるが,相手方当事者に対してアクセシブルなファイル形式のデータを保有しているかどうかの確認などは制度として検討されてよいと考える(民事訴訟規則として検討)。  また,相手方当事者が保有していない場合には,裁判所の手続上の配慮としての対応(法2条の2として検討),あるいは,補佐人・意思疎通支援者の配置による支援などの対応が考えられる。  さらに,運用面における対応については,原データとしてテキストファイル,ワードファイル等,文字情報データが存在する場合には,これらの原データに基づき作製されるPDFファイルは,文字情報が埋め込まれたアクセシブルな形式のPDFファイルとすること裁判所から訴訟関係者に求めることなどが考えられよう。 3 訴訟記録の電子化について(設問R)  訴訟記録原本のデータ化が正確に行われたことを確認する方法に対する配慮としては,データ化への立ち会い,公平中立な第三者による説明,通訳者の支援を受けながらの確認,手話を交えたテレビ電話など,障がい特性に応じて様々な方法が提案されている。  障がい特性のため直接裁判所へ出向いて確認することが困難である(類型2),視覚障がいによる同一性を目視で確認することが困難である(類型2),知的障がいや発達障がい,精神障がいのために同一性を理解することが難しい(類型3)など,障がい特性によって配慮が必要な点は異なるところ,当事者の障がい特性に応じた第三者による確認のサポートを制度化する必要性があるように思われる。第三者が公的な者がよいか,当事者の支援者がよいかは,更に検討が必要である。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  裁判所が全面的に訴訟記録を電子化した場合の,原本との同一性の確認については,補佐人(法60条)あるいは意思疎通支援者(法154条の2として検討)により,障がい者が信頼できる第三者の支援を受けながら確認する方向が示されている。障がい者本人が支援者の支援を受けながら確認する場合と,障がい者から確認を委ねられた支援者が確認する場合とが想定されるが,現実的には,後者の場合が多いであろう。いずれにしても,データ化された後の書面の保管期間については,障がい者からの申し出がある場合には,延長する運用が求められる(法96条1項を活用する運用,又は,当該事件が終了するまで保管する運用等)。 第3 証人尋問の段階(設問S)  コミュニケーションに困難のある障がい当事者に対する尋問における理解・注意・配慮を問う設問である。設問自体がIT化を想定した聞き方ではないため,類型2や類型3の課題についての指摘がほとんどである。  もっとも,ウェブ会議での尋問は,その場の雰囲気や当事者の様子が対面での尋問よりも伝わりにくいため,より問題が深化する面があると思われる。障がい特性によっては,ウェブ会議での尋問が適さない事案もあるのではなかろうか。他方,裁判所まで行くことが困難な人や慣れない場所での対話が難しい人については,ウェブ会議での尋問の方が適する場合もあろう。この点については更なる分析が必要と思われる。  いずれにしても,障がい特性についての法曹関係者の理解促進が求められていることがここでもよく現れている。 第4 その他  1 口頭弁論の公開(設問21)  法廷における裁判の様子がインターネットで公開されるとした場合,求めたいことを問う設問である。  インターネット公開そのものに対する不安や意見が多く,概ね類型4の課題についての回答と思われるが,障がいという個人のセンシティブ情報がインターネットで広く公開されることに対する懸念を示す回答も複数見られる。この点については十分に留意すべきと思料される。  類型5の課題としては,情報保障の観点からの指摘がいくつかある。社会福祉法人全国盲ろう者協会からは,裁判の当事者としても傍聴の立場でも,通訳・介助員のサポート確保が必要であるから,公開される日時を余裕をもってしらせてほしいという指摘がある。この点に配慮しなければ,盲ろう者に対する裁判の公開が他の者と平等に保障されているとは言えない。  また,東京手話通訳等派遣センターからは,当事者向け手話通訳(当事者の障がい特性に応じた手話を使用)と公開用の手話通訳を分けるべきという指摘があり,これについても有用な指摘である。   2 訴訟記録の閲覧・謄写等について(設問22〜23) (1) 裁判所に設置されたパソコンを用いた訴訟記録の閲覧・謄写の際に求める備品の整備やサポートの内容を尋ねる設問である。  これまでの設問と同様,障がい特性に応じた様々な配慮について要望がある。物的支援については,音声読み上げソフトや拡大・ルビ,点字プリンター等システム上のサポートが挙げられている。人的支援については,操作について裁判所の職員による支援を求める回答がある一方,自身が同席させる支援者によるサポートを求める回答もある。どちらが適するというものではなく,事案や障がい特性によると思われるため,いずれの方法も選択できるようにすることが望ましいのではないか。  IT化された場合の訴訟記録の閲覧・謄写については,裁判所への専用パソコンの整備や裁判所職員によるサポートは類型4の課題への対応ではあるが,訴訟記録のデータ形式が音声読上げソフトに対応しない場合は類型5の問題として捉えられるほか,内容の理解に支援者のサポートが必要な場合は,類型6の問題としても捉えることができる。したがって,この場面では障がい特性に応じた幅広い検討が必要となる。 (2) 訴訟記録をデータのままで入手することを望むかという設問に対しては,望むが9,望まないが3であった。  質問の意図を把握し切れていないと思われる回答も複数あったが,データでの入手を望む理由として,音声読み上げソフトを利用したいという回答や,拡大閲覧や引用(コピー・アンド・ペースト)がやりやすくなるという回答があり,これまでの設問と同様,障がい特性によっては紙媒体よりもデータの方がアクセスしやすいことがあることが明らかとなっている(前述のとおり,視覚障がいに限らない,という点も重要であろう。)。  この訴訟記録のデータによる入手を可能とすることについては,障がい者特有のニーズというわけではないので,類型4の問題への対応として捉えられよう。  望まない理由としては,紙媒体がよいという指摘の他,デジタルデータそのものへの不安を指摘するものがあるが,これについては類型4の課題といえよう。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  訴訟記録の閲覧の場面では,本人サポートの内容として,「裁判所職員による支援」を挙げることができる。また,「裁判所が設置する情報機器は音声支援ソフトが利用可能なシステムが導入されていること」も挙げることができよう。  また,謄写については,アクセシブルなデータ形式による資料の交付,点字化された資料の交付等が必要となる。  そこで,この点については,法91条において,障がい者からの要望に対応できるよう,規定を整備することが求められる(法91条6項として検討,詳細は最高裁判所規則で定める。)。 第5 テレワーク,ウェブ会議の実施状況について(設問24〜26) 1 ウェブ会議を行う際に,障がい特性との関係で配慮していることがあるか尋ねる設問である。配慮していることがあるが14,特にないが1である。  障がい特性との関係での配慮の内容としては,様々な配慮が挙げられているがいずれも裁判手続をIT化し,審理をウェブ会議で行う場合にも配慮すべき観点である。  「疲れやすさへの配慮」(精神障がい),「情報量を制限する(障がいの特性として視覚・聴覚の刺激が多いと混乱しやすい)」(発達障がい),「進行役による適切な説明や整理」(視覚障がい),「うまくしゃべれない人の気持ちをどう拾うか検討する(これまでは支援者が本人の顔色や仕草などから促していたがリモートではできないのではないかと懸念)」(知的障がい)などは,当事者ならではの視点であり,参考にすべきである。 2 テレワークでの配慮については,配慮していることがあるが6,特に配慮していることはないが4である。  障がい特性との関係での配慮の内容としては,障がい特性に応じたデータ形式でのデータ送付という回答が多く見られる。  なお,通信技術の問題を指摘する回答も多く見られたが,これについては障がい特性とは直接関係しない配慮と整理すべきと思われる。 3 テレワーク・ウェブ会議を行う際,不便を感じた点・改善すべきだと感じた点については,2と同様技術的な問題や,対面ではないことの問題を指摘するものも見られたが,チャット機能まで読み上げてしまい音声が聞こえない(視覚障がい),ログインや設定が操作しにくい(視覚障がい),手話通訳の手配があるため急な会議開催が難しい(聴覚障がい),パソコンに不具合が発生したときにすぐにサポートが受けられない(盲ろう)など,障がい特性ゆえにテレワークやウェブ会議へのアクセスが制限される例があることも見受けられた。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  新型コロナウイルス感染拡大により,各団体ともウェブ会議の利用経験が積み重ねられている。ウェブ会議を開催する際における運用面のノウハウが蓄積されることとなっているため,運用において対応する事項として参考になるものである。 第6 障がい者にとってアクセシブルな制度とするために(設問27) 1 裁判手続のIT化とは別途,整備してほしい制度や配慮してほしい事項について尋ねる設問である。  日頃の問題意識から様々な指摘がなされている。概ね,@障がい当事者が障がい特性に応じた支援(物的・人的)を得て裁判手続にアクセスできるようにすることと,A法曹関係者の障がいへの理解促進を求めるものに大別できると思われる。 2 裁判手続を利用するに当たっての従来の問題点を尋ねる設問に対しては,@費用負担と,A障がい特性への不理解・支援不足についての指摘がなされている。 3 いずれも共通する問題意識であり,またこのアンケート全体を通じて現れている問題意識である。 法・規則改正,本人サポートに向けた提言  これまで民事裁判手続が障がい者に対する手続上の配慮を欠くものであったことは否めない。これらの回答を通して,改めて,障害者権利条約の締約国としての対応として,手続上の配慮に関する総則規定の制定(法2条の2として検討),障がいに伴い必要となる費用の公費負担(法61条2項として検討),様々な障がい特性に対応するための意思疎通支援者制度の創設など,IT化を契機として,民事訴訟法全般の検討が求められていると言えよう。 以上