障害者差別禁止法制の見直しを求める意見書 2019年(令和元年)11月21日 日本弁護士連合会 第1 意見の趣旨 当連合会は,政府及び国会に対し,2016年(平成28年)4月1日に施行された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」を中心とする障害者差別禁止法制について,障がいのある人もない人も「共に生きる社会」の実現に真に寄与し,より実効性を有するものとなるよう,同法を含めた関連法の改正を求めるとともに,あるべき差別禁止法制の内容として,以下の事項を提言する。 1 「障害者」の定義に,次の事項を明記すること(同法2条1号関連)。 (1) 過去に障がいを有した者及び将来障がいを有する蓋然性のある者が含まれること。 (2) 断続的又は周期的に日常生活又は社会生活に制限を受ける状態にある者が含まれること。 2 新たに「差別」の定義規定を設け,次の内容を定めること(同法2条関連)。 (1) 「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」が差別の2類型であることを明確にすること。 (2) 「不当な差別的取扱い」に間接差別と関連差別が含まれることを明確にすること。 (3) 「合理的配慮」の定義規定を設けること。 3 「不当な差別的取扱い」及び合理的配慮義務の分野ごとの具体的内容を定める新たな規定を設けること。 4 合理的配慮に関し,新たに次の規定を設けること(同法5条,7条2項及び8条2項関連)。 (1) 事業者の合理的配慮を法的義務とすること。 (2) 「意思の表明」要件を削除して,障がいのある人の意向を十分に尊重しなければならないとすること。 (3) 合理的配慮を求める者に対する不利益取扱いを禁止すること。 (4) 合理的配慮の内容を確定する手続を定めること。 (5) 合理的配慮の「実施に伴う負担が過重で」あることの立証責任を,提供主体が負うことを明らかにすること。 (6) 社会的障壁の除去を必要としている障がいのある人が現に存する場合,合理的配慮の提供が可能か否かをまず検討すべきこと,及び環境整備(努力義務)に該当することを理由に合理的配慮の提供を拒絶してはならないこと。 (7) 合理的配慮の提供としては「過重な負担」に該当すると判断される場合であっても,環境の整備として検討すべきこと。 (8) 事業者による合理的配慮の提供の実効性を担保するため,合理的配慮の提供のための公的な助成制度を創設すること。 5 国及び地方公共団体による,国内外における障がいを理由とする差別及びその解消に関する調査研究義務を追加し,調査研究に際し障がいのある人等の意見を尊重すべき旨を明記すること(同法16条関連)。 6 相談対応や紛争解決に係る国及び地方公共団体の権限並びに当該権限を持つ機関を明記し,必要な人材の確保や資質の向上のための施策内容を定める等,実効的な体制整備に関する規定を設けること(同法14条関連)。 7 国会,裁判所についても差別的取扱いが禁止され,合理的配慮義務(司法手続上は配慮義務)を負うべきことを明示的に規定すること(同法2条3号関連)。 第2 意見の理由 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(以下「差別解消法」という。)は,第61回国連総会(2006年(平成18年)12月13日開催)において採択された「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」という。)を日本が批准するための国内法整備の一環として,2013年(平成25年)6月19日に成立し,2016年(平成28年)4月1日に施行された。ただ,その内容は障害者権利条約の求める権利水準には到達していない(注1…日本弁護士連合会「障害者権利条約の完全実施を求める宣言」2014年(平成26年)10月3日。)。 差別解消法の附則7条では,「政府は,この法律の施行後三年を経過した場合において,第八条第二項に規定する社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮の在り方その他この法律の施行の状況について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に応じて所要の見直しを行うものとする。」と定められていることから,法の施行日から3年を経過した現在,法の見直し論が本格化している。 ところで,差別解消法は,日本においては,これまで障がいのある人が様々な生活場面で深刻な差別などの人権侵害を受け,個人として尊重されてこなかったという現状を解消することを目的として制定されたものであるが,差別解消法の施行後3年を経過した現在においても,障がいに対する無理解や偏見のため,障がいのある人を排除しようとする風潮に歯止めがかからない状況にある。2015年(平成27年)9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」において「誰一人取り残さない持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現」が世界共通の目標として掲げられていることからも,障がいのある人に対する差別解消は喫緊の課題である。 このような現状を踏まえ,当連合会は,障がいを理由とする差別の解消について,社会の関心と理解を深め,差別解消法を中心とする障害者差別禁止法制が,障がいのある人もない人も「共に生きる社会」の実現に真に寄与するもの,より実効性を有するものとなるよう,以下の各事項に関する改正を求めるものである。 第3 改正の内容 1 差別解消法2条1号の「障害者」の定義に,過去に障がいを有した者及び将来障がいを有する蓋然性のある者が含まれることを明記すること (1) 現行法下の問題点 差別解消法は,「障害者」とは,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者」であって,「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」をいうと定義している(2条1号)。 この定義規定は,障害者基本法における定義規定と同一であり,障がいの「社会モデル」を採用したとされている。 この規定における「障害者」に,過去に障がいを有した者,あるいは,将来障がいを有する蓋然性のある者が含まれるのか不明確である。過去に障がいを有していたが現在は寛解している者(例えば,過去に精神疾患に罹患していたが現在は寛解した者)や,まだ症状が発症しておらず生活上の制限を受けていないが将来発症して制限を受ける蓋然性のある者(例えば,HIVや肝炎等,感染してから長い潜伏期間を経て将来的に発症する蓋然性の高いウイルス保持者,網膜色素変性症やALS等,進行性の疾患を有する者)であっても,疾患や症状等についての無理解や偏見により,深刻な差別を受けることがある。例えば,警察官任用後,無断でHIV抗体検査を行われ,その検査結果が陽性であったために事実上辞職を強要された原告が国家賠償法等に基づき損害賠償を求めた事案(注2…東京地判2003年(平成15年)5月28日労働判例852号11頁。)や,金融公庫の採用選考過程において健康診断の一つとして本来検査の必要性のないB型肝炎ウイルス感染の検査を本人の同意なく実施した事案(注3…東京地判2003年(平成15年)6月20日労働判例854号5頁。)などの裁判例がある。これらの例からも,日本社会には,特定の疾患や症状等についての無理解や偏見があり,現在のみならず過去及び将来における障がいを理由とする差別を招来する素地があることは否定できない。 そのため,過去に障がいを有した者や将来障がいを有する蓋然性のある者に対する差別も明示的に禁止することにより,障がいを理由とする差別の解消を図る必要がある。 (2) 提言の内容 過去に障がいを有していた者であって,日常生活又は社会生活において制限を受ける状態にあった者,及び将来障がいを有し,日常生活又は社会生活において制限を受ける状態になる蓋然性がある者も「障害者」に含まれることを「障害者」の定義規定において明示すべきである。 2 差別解消法2条1号の「障害者」の定義に,断続的又は周期的に日常生活又は社会生活に制限を受ける状態にある者が含まれることを明記すること (1) 現行法下の問題点 差別解消法は,「障害者」を,障害及び社会的障壁により「継続的に」日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものと定義する。「継続的に」とは,「前からの状態が途切れずに続くこと」(「大辞林」三省堂)という意味であるため,断続的に(切れたり続いたりする)又は周期的に(一定期間を置いて繰り返される)生活上の制限を受ける者は,差別解消法の対象から除外されてしまうおそれがある。 しかし,例えば,指定難病115の「遺伝性周期性四肢麻痺」(一時的に筋力が低下する等の症状を呈する。)に罹患している者のように,断続的又は周期的に生活上の制限を受ける者に対する差別も問題となり得る。 障害者権利条約1条は,障がいのある人には「長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害(中略)を有する者」が含まれると規定するが,ここには断続的なものや周期的なものも含まれると解されている。 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)の障害支援区分認定についても,移動や動作,行動障がいに関して断続的又は周期的なものが考慮されているが,これは,障がいには,断続的又は周期的なものが含まれることを前提としている。 また,差別解消法の国会審議において,政府参考人も,「継続的に」ということの意味について,断続的又は周期的なものも含めて幅広くとらえるものと考えていると答弁している(注4…第177回国会 内閣委員会(2011年(平成23年)6月15日)(第14号)。○山崎誠委員「(略)さらにその先に「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態」というような記述もございます。例えば,細かいお話ですが,この「継続的」というような意味も,これはとり方によっては断続的であったり周期的であったり,いろいろな症状の出方もあると思います。そういったものも含めて,この定義をどのように解釈されているのか,もう一回重ねてお聞きをしたいと思います。」○村木政府参考人「(略)また,今,「継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける」という条文も引用くださいましたが,この「継続的に」ということの意味の中には,断続的なもの,周期的なものも含んで,幅広くとらえるものというふうに考えているところでございます。」)。 (2) 提言の内容 断続的又は周期的に日常生活又は社会生活に制限を受ける状態にある者も「障害者」に含まれることを「障害者」の定義規定において明示すべきである。 3 新たに「差別」の定義規定を設け,差別の類型が明確となるような内容とすること (1) 現行法下の問題点 @ 障害者権利条約2条は,「障害に基づく差別」を定義し,直接差別のみならず,合理的配慮の否定を含むあらゆる差別を禁止することを締約国に求めている。 しかるに,現行の差別解消法においては,2条(定義)に「差別」の定義規定は置かれておらず,また,「不当な差別的取扱い」「合理的配慮の不提供」の定義規定も置かれていない(7条,8条)。 何が差別であるかを明確に示さなければ,差別をなくしていくことはできないのであるから,差別解消法において,「差別」の明確な定義規定を設けるべきである。 A また,現行法では,「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」を差別として禁じているが,「不当な差別的取扱い」の中に「直接差別」(障がいを理由とする区別,排除,制限等の異なる取扱いがなされる場合)のみならず,「間接差別」(外形的には中立の基準,規則,慣行ではあっても,それが適用されることにより,結果的に他者に比較し不利益が生じる場合),「関連差別」(障がいに関連する事由を理由とする区別,排除,制限等の異なる取扱いがなされる場合)も含まれるのかについては明確でない。 障がいのある人に対して異なる取扱いをする目的がある場合のみならず,かかる目的はなくとも結果的に障がいのある人に対して不利益な効果が及ぶ場合も,本来は「不当な差別的取扱い」として禁じられるべき事象であるにもかかわらず,「差別」であるとの認識がされにくいという問題が生じている。 例えば,2013年度(平成25年度)の地方公共団体の公務員採用試験の受験資格について,全国の地方公共団体における合計207の試験のうち,89%は介助なしで職務遂行できる人であることを,71% が自力(単独)で通勤できる人であることを,51%が活字印刷文による出題に対応できる人であることを,13%が口頭(音声)による面接に対応できる人であることを,受験資格としていた。また,同じく地方公共団体の公務員採用試験の受験申込書における合理的配慮を想定した記載については,手話通訳配置49%,点字受験44%,拡大文字試験42%,音声パソコン6%,筆記通訳1%にとどまっていた(注5…「地方公共団体の障害者職員採用試験 受験資格と合理的配慮の想定について 全都道府県・指定都市・中核市2013年度夏秋期試験の調査報告書」(2014年4月 障害者欠格条項をなくす会)。)。 差別解消法施行後においても,都道府県のうち少なくとも28都県や財務省など複数の中央省庁で,障がいのある職員を募集する際に「自力で通勤できる」などの条件を課していたとの報道がされた(注6…2018年(平成30年)10月27日 朝日新聞デジタル。)。また,47都道府県の職員採用要項を調査したところ,別表のとおり,2018年度(平成30年度)の都道府県における障がいのある人を対象とした職員採用試験について,受験資格に関し,「介助なしで職務を遂行できる人」(業務遂行に際して職員以外の者が関与できない旨の記載を含む。)との要件を定める都道府県が47都道府県中26府県(55.3%),「自力で通勤できる人」との要件を定める都道府県が47都道府県中20都県(42.5%)に及ぶ。 資格要件の存在や合理的配慮の想定不足という,一見,障がいとは無関係な基準等があることにより,事実上,障がいのある人の受験が阻まれる効果が生じる状態は,「間接差別」として禁止されなければならないが,差別解消法施行後の現在もなお公然と継続されている。 また「関連差別」の具体例としては,車椅子の利用を理由とする入店拒否の事例がある。これは,外形上,下肢に障がいがあることを直接の理由として入店拒否をしているわけではないが,車椅子という障がいに関連する事由を理由にしている点で問題がある。他に,盲導犬同伴を理由とするタクシー乗車拒否の事例が発生しており,この事例も,視覚障がいを直接の理由として乗車拒否をしているわけではないが,盲導犬同伴という障がいに関連する事由を理由とする拒否である。 これらの事例でも,事実上,障がいのある人が社会生活又は日常生活における一定の場面で排除される効果が生じている以上,「関連差別」として禁止されなければならないが,差別解消法施行後もこのような認識が浸透しているとは言えない。 よって,以上のような事例も「不当な差別的取扱い」に該当することが明らかにされるべきである。なお,「直接差別」,「間接差別」及び「関連差別」は必ずしも互いに排他的な概念ではなく,重なり合う部分も多いため,これらの概念を全て包摂する定義規定を置く必要がある。 (2) 提言の内容 @ まず,差別解消法に,「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」が差別の2類型であることを明らかにするような「差別」の定義規定を置くべきである。そして,「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮」につき,それぞれ定義規定を設けるべきである。 A 「不当な差別的取扱い」については,これに間接差別及び関連差別が含まれることが明確となるよう定義すべきである。 B 「合理的配慮」については,「社会的障壁の除去の実施のために必要かつ合理的な現状の変更及び調整で,過重な負担を伴わないもの」と定義することが考えられる(障害者権利条約2条,当連合会2015年(平成27年)7月16日付け「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律のガイドラインについての意見書」1頁参照)。 4 「不当な差別的取扱い」及び合理的配慮義務の分野ごとの具体的内容を定める新たな規定を設けること (1) 現行法下の問題点 障害者権利条約においては,「施設及びサービス等の利用の容易さ(緊急事態に係るサービスを含む。)」(9条),「司法手続の利用の機会(なお,捜査機関や保護観察所等の行政機関における手続も含まれる。)」(13条),「個人の移動を容易にすること」(20条),「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」(21条),「教育」(24条),「健康」(25条),「労働及び雇用」(27条),「政治的及び公的活動への参加」(29条),「文化的な生活,レクリエーション,余暇及びスポーツへの参加」(30条)等の各分野について,差別的取扱い及び合理的配慮義務の具体的内容が,各分野固有の留意事項を踏まえて定められている。これに対し,現行法制度上,労働の分野に関する障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)を除き,このような分野ごとの規定は存在しない。そのため,分野ごとに留意すべき事項が明らかでなく,差別的取扱いや合理的配慮の内容に関し,行政機関等や事業者の恣意が働く余地は広範にわたる。 現行の差別解消法の下では,分野別に留意すべき点については,各省庁の対応指針において言及されている。しかし,これらは法的拘束力を有しないため実効性は極めて弱い。また,各省庁の対応指針では,差別的取扱いや合理的配慮義務の内容について必ずしも適切とは言えない内容が示されており,かかる対応指針に委ねていては差別解消という法目的を達し得ない。 例えば,国土交通省所管事業における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針の「一般乗合旅客自動車運送業関係」において,「障害を理由としない,又は,正当な理由があるため,不当な差別的取扱いにあたらないと考えられる例」として,「車内が混雑していて車いすスペースが確保できない場合,車いす使用者に説明した上で,次の便への乗車をお願いする。」等の事例が列挙されている。しかし,不当な差別的取扱いに該当するか否かは個別具体的事情によって様々であり,特に,不当な差別的取扱いに該当しないと判断する場合には,差別解消法の趣旨目的に照らし慎重な検討を要する。上記のような事例を列挙し「不当な差別的取扱いにあたらないと考えられる」との指針を示すことにより,類似の事例について事業者が「不当な差別的取扱い」にあたらないと安易に判断し,結局,法の趣旨が没却されることにもなりかねない。 条例により分野別の規定を設ける地方公共団体もあるが,各分野における留意事項は,地域の独自性に左右されるものとは言い難く,むしろ,共通の理解を得られなければならないものであるから,法律によって規定されるべきである。 (2) 提言の内容 差別解消法において,差別的取扱い及び合理的配慮義務の具体的内容を,教育,建築物の利用,交通機関の利用,情報,サービス,災害対策,医療,不動産,参政権,司法その他の各分野(左記の分野に限られるものではない。)について,それぞれ規定すべきである(当連合会2007年(平成19年)3月15日付け「『障がいを理由とする差別を禁止する法律』日弁連法案概要」3頁以下参照)。 5 事業者の合理的配慮を法的義務とすること (1) 現行法下の問題点 差別解消法7条2項が,「行政機関等は(中略)社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」と定め,「行政機関等」の合理的配慮を法的義務として規定しているのに対し,同法8条2項は,「事業者は(中略)社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。」と定め,事業者の合理的配慮を努力義務として規定している。 しかし,障害者権利条約は,合理的配慮を,公的機関と民間事業者の区別なく,法的義務として定めているものであり,現行法は権利条約に違反している。また,同じ内容のサービス(例えば,教育や医療)の場合,設立主体が「公」か「民」かで,区別すること自体極めて不合理である。 差別解消法施行後,地方公共団体が,相談窓口として,障がいのある人と事業者との間で調整を試みるも,事業者の合理的配慮が努力義務にとどまっているがゆえに,相談員による対話の働き掛けが困難になる等の事例が散見される。 他方,いくつかの地方公共団体においては,条例により事業者の合理的配慮を法的義務として規定し,積極的な差別解消を図っている(注7…内閣府・平成29年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h29kokusai/h2_02_b.html「2.b.(3)論点の整理」から以下抜粋。「以上に報告したヒアリングの内容からは,事業者の合理的配慮については,それが「合理的」であることが担保されるならば,できれば義務化される方が差別に関する事案の解決においては望ましいと感じている様子がうかがわれた。なお,47都道府県のうち,4分の1に近い11の地方公共団体で既に事業者の合理的配慮は義務化されている。しかしながら,全国的に見ても,本調査におけるヒアリングにおいても,義務化による大きな混乱や課題は報告されていない。」)。 (2) 提言の内容 事業者の合理的配慮を法的義務とすべきである。 6 差別解消法7条2項及び8条2項の「意思の表明」要件を削除して,障がいのある人の意向を十分に尊重しなければならないとの条項を設けること (1) 現行法下の問題点 差別解消法上,合理的配慮は,「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において,(中略)必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」(あるいは「配慮をするように努めなければならない。」)と定められており(7条2項,8条2項),当事者による「意思の表明」がなければ,合理的配慮義務が発生しないかのような文言になっている。 しかし,障害者権利条約及び障害者基本法において,「意思の表明」のような要件を課す条文はない。 実際,「意思の表明」が困難な障がいのある人は多く存在する。また,必要な合理的配慮が明白であるような場合であっても,意思の表明がないから合理的配慮をしなくてもよいとの解釈になるのは不合理である。 合理的配慮義務が発生するのは,当該提供主体が,当該障がいのある人にとって合理的配慮が必要であることを認識し得るときであるから,「意思の表明」を削除したとしても,合理的配慮の提供主体に不当な不利益を課すことはない。 他方,意思の表明なく合理的配慮を行う場合,合理的配慮の提供主体が,当事者の意向を離れて一方的に合理的配慮を行うことがあってはならない。障がいや合理的配慮には個別性があるため,必ず,当事者本人の意思やニーズを丁寧に確認して,合理的配慮の内容を決定するプロセスが採られなければならない。また,本人の意向確認に際しては,本人に対する情報保障(筆談,分かりやすい言葉による説明等,障がい特性に応じたコミュニケーションの保障)が講じられなければならない。 (2) 提言の内容 「意思の表明」要件は削除すべきである。 その上で,障害者基本法の文言に倣って,「社会的障壁の除去を必要としている障害者が現に存する場合において,(中略)社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」と規定すべきである。 そして本人意思の尊重を規定するために,採用後の雇用関係における合理的配慮に関する障害者雇用促進法36条の4の規定に倣って,「合理的配慮を行うに当たっては,情報保障を講じた上で,障害者の意向を十分に尊重しなければならない。」との条文を設けるべきである。 7 合理的配慮を求める者に対する不利益取扱いの禁止を明文化すること (1) 現行法下の問題点 差別解消法に,障がいのある人が差別的取扱いの是正や合理的配慮の申出を行った場合に,その申出等を行ったことを理由とする,不利益取扱いの禁止を定める規定(例えば,合理的配慮提供の申出を行ったことを理由として,継続的契約を解除することを禁止する等。)は存在しない。障害者雇用促進法においては,事業主は,紛争解決援助や調停を障がいのある労働者が求めたことを理由として,当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(74条の6第2項)との規定があるにとどまる。また,障害者雇用促進法に基づき定められた合理的配慮指針においては,「相談をしたことを理由とする不利益取扱いの禁止」として「障害者である労働者が採用後における合理的配慮に関し相談をしたことを理由として,解雇その他の不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め,労働者にその周知・啓発をすること。」という相談体制の整備を事業者に求めているが(第6,4),法的拘束力を有さず,実効性は乏しい。 しかしながら,上記の差別的取扱いの是正や,合理的配慮の申出をしたことによって報復的な不利益取扱いが行われることになれば,差別や合理的配慮不提供の事案がなくならないばかりか,その基本的前提となる権利関係まで奪われるという大きな不利益が生じ得る。また,そのことを懸念して是正や配慮の申出を躊躇する場合がある。 (2) 提言の内容 合理的配慮を求める者に対する不利益取扱いの禁止を明文化すべきである。 8 合理的配慮の内容を確定する手続を定めること (1) 現行法下の問題点 差別解消法6条1項に基づき,国が示した「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」(以下「基本方針」という。)では,合理的配慮の内容を確定するための手続について,「代替措置の選択も含め,双方の建設的対話による相互理解を通じて,必要かつ合理的な範囲で,柔軟に対応がなされるものである。」との記載があるが,現行法上は,明文の定めがない。そのため,合理的配慮の提供主体と障がいのある人との間で,合理的配慮の内容についての認識に齟齬がある場合,障がいのある人が本来的に必要な配慮が提供されず不利益を被ることがある。例えば,差別解消法施行前の事案ではあるが,発声障がいのある市議会議員の議会での発言の機会が奪われたことが議会での発言の権利・自由を侵害するとして市の損害賠償責任が認められた事例(注8…第一審:岐阜地判2010年(平成22年)9月22日判例時報2099号81頁,控訴審:名古屋高判2012年(平成24年)5月11日判例時報2163号10頁。)では,議員が議会に対し,補助者による代読を認めるよう求めたのに対し,議会はこれを認めず,パソコンの音声変換ソフトの使用のみを認めた。議員はパソコンの操作に不慣れであったため,音声変換ソフトを利用した発言は事実上不可能であった。 合理的配慮の提供主体と障がいのある人との間で,合理的配慮の内容についての認識に齟齬が生じている場合,提供主体の義務の内容や範囲を画定するため,合理的配慮の内容を確定することが重要となる。そして,合理的配慮の内容は,当該障がいのある人の障がいの内容や環境の整備状況等によって個別性が高い事項であるから,提供主体と障がいのある人との間で協議を行い,それぞれの認識を理解しながら,代替措置も含めて相互に検討するプロセスが欠かせない。これは,基本方針ではなく法律上明記されるべき重要事項である。 (2) 提言の内容 合理的配慮の内容を確定するために,「代替措置の選択も含め,双方の建設的対話による相互理解を通じて,必要かつ合理的な範囲で,柔軟に対応がなされなければならない。」旨を明文化すべきである。 9 合理的配慮の「実施に伴う負担が過重で」あることの立証責任を,提供主体が負うことを明らかにすること (1) 現行法下の問題点 差別解消法7条2項,8条2項は,合理的配慮の提供義務の発生要件として,「その実施に伴う負担が過重でないとき」を挙げる。 合理的配慮の提供は,社会的障壁のある状態に置かれている障がいのある人の立場をそのような社会的障壁のない他者と同等の地位に引き上げるためのものであり,障がいのある人にとって他者との平等を実現し,本来あるべき状態を回復するために必要不可欠なものである。 そうすると,合理的配慮の提供は原則であり,過重な負担に当たるために提供しなくてよい場面は例外である。立証責任の分配として,原則に対して例外を主張する側に負わせるのが当事者の公平,正義に適うから,過重な負担に当たることの立証責任は合理的配慮の提供主体が負うべきである。 また,立証責任は当事者間の公平上,証拠の収集が可能な側が負うべきである。過重な負担に当たるかどうかは,基本方針によれば,その適否は別として,「@事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か),A実現可能性の程度(物理的・技術的制約,人的・体制上の制約),B費用・負担の程度,C事務・事業規模,D財政・財務状況」を考慮して,総合的・客観的に判断することが必要とされている。 このような総合的・客観的判断のための証拠は,合理的配慮の提供主体側に偏在していることから,障がいのある人本人が当該判断を行うことは著しく困難であるか不可能である。障がいのある人本人にとっては,提供主体の内部事情に通じていないのが一般だからである。 このような観点からも,立証の負担は,あくまでも障がいのある人側ではなく,上記@からDまでについての情報を有する行政機関等や事業者に負わせるべきである。 しかるに,差別解消法は,立証責任を提供主体に負わせることを明示していない。 (2) 提言の内容 差別解消法7条2項,8条2項の「その実施に伴う負担が過重でないときは,」との文言を削除し,「ただし,合理的配慮の提供が過重な負担に当たるときはこの限りでない」とのただし書を加えて,合理的配慮の提供主体が「(合理的配慮の提供の)実施に伴う負担が過重であること」の立証責任を負うことを明確にすべきである。 10 社会的障壁の除去を必要としている障がいのある人が現に存する場合,合理的配慮の提供が可能か否かをまず検討すべきこと,及び環境整備(努力義務)に該当することを理由に合理的配慮の提供を拒絶してはならないことを明記すること (1) 現行法下の問題点 差別解消法では,環境の整備(5条(注9…差別解消法5条「行政機関等及び事業者は,社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため,自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備,関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。」)。基本方針では「不特定多数の障害者を主な対象として行われる事前的改善措置」と説明されている。)は努力義務として定められ,合理的配慮の提供義務(7条2項は法的義務,8条2項は努力義務。基本方針では「障害者が個々の場面において必要としている社会的障壁を除去するための必要かつ合理的な取組」と説明されている。)が定められているが,環境の整備義務と合理的配慮の提供義務との関係が明らかでない。 そのため,本来であれば行政機関等に法的義務として課せられている合理的配慮の提供の範疇で検討されるべき事例であるにもかかわらず,努力義務として定められている環境整備の範疇で取り扱われてしまい,対応が不十分になるという事態が生じている。 例えば,内閣府による合理的配慮の提供等事例集(注10…「障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】」平成29年11月内閣府障害者施策担当。他にも,多数,合理的配慮の提供の事例として検討されるべき事例が環境整備の事例として挙げられている。例えば,2-(1)-6「所属クラスをはじめ音楽室や美術室など様々な教室を利用することになるが,教室を移動するときに迷ってしまうことがある。」という事例に対し,「教室の用途が分かるように,各教室のドアのところに点字ラベルで教室名や教室番号を表記するようにした。」2-(2)-6「補聴器を使っているが,授業で聞き取りにくいことがある。」という事例に対し,「携帯できるFM音声送信機を導入し,話し手はそれを装着して授業を行うこととした。また,本人から申出があれば,ノートテイカーを配置できるようにした。」という対応例が挙げられているなど。)において,環境の整備の事例として,「試験や受験の当日には合理的配慮の提供を受けられるが, 日常の勉強で使える障害に対応した練習問題が少ない。」(事例集2―(1)―4)という障がいのある人の困った状況において,「過去問などを電子テキスト化し,パソコンの読み上げ機能で使える問題集を作成した。」という対応が対応例として挙げられている。 しかし,この対応例は,生徒から日常の勉強で使える練習問題がないため勉強ができないという個別の申出がされたことに対し,教師が合理的配慮の提供として問題集の作成を行ったというものであり,本来は,環境の整備事例として挙げられるべきではない。当連合会では,行政機関等及び事業者の合理的配慮の提供義務を,共に法的義務とすべきことを求めているが(前記5参照),上記事例のような誤った考え方が流布されれば,法的義務とされている合理的配慮の提供が必要であるにもかかわらず,努力義務とされている環境整備の問題として処理され,必要な配慮を受けられないという実務が定着するおそれがある。 同じ行為が場面によっては環境整備とも合理的配慮の提供とも捉えることができるため,具体的場面における適用関係について誤解が生じないように条文上明記すべきである。 (2) 提言の内容 社会的障壁の除去を必要としている障がいのある人が現に存する場合,まずは合理的配慮の提供が可能か否かを判断すべきこと,及び環境整備に該当することを理由に合理的配慮の提供を拒絶してはならないことを明文化するべきである。 11 合理的配慮の提供としては「過重な負担」に該当すると判断される場合であっても,環境の整備として検討すべきことを明記すること (1) 現行法下の問題点 合理的配慮として個別的に提供する場合には過重の負担であると判断される場合であっても,不特定多数人に向けた環境の整備として同様の措置を講ずることが可能であるような事例もあり得る。 しかし,このような事例では,個別的な合理的配慮の提供が過重な負担に当たるとの判断がされた時点で,環境の整備としての措置が可能か否かの検討が行われず,結果的に,何らの対応もなされないまま放置される事態も生じる。例えば,車椅子利用者が市庁舎に出向く際にエレベータの設置を合理的配慮として求めたが財政的理由から当該市がこれを拒否した場合であっても,今後不特定多数人への環境整備としてエレベータの設置を検討する余地はあるはずである。 (2) 提言の内容 合理的配慮の提供の可否を検討した結果,過重な負担があると判断した場合,社会的障壁の除去の実施について必要な措置を環境の整備として行うことが可能かどうか,検討すべきことを明文化すべきである。 12 事業者による合理的配慮の提供の実効性を担保するため,合理的配慮の提供のための公的な助成制度を創設すること (1) 現行法下の問題点 差別解消法では,事業者の合理的配慮の提供について,何ら事業者に対する助成制度を定めていない。本来は必要とされる合理的配慮の提供が,経済的な理由で,安易に「過重な負担」と判断されて実行されていない場合もある(注11…例えば,平成28年度産業経済研究委託事業「障害者差別解消法の施行に伴う経済産業省所管事業分野の事業者における取組等に関する調査研究」においては,調査対象企業のうち36.8%が「障害者用設備の整備に係る助成」を要望している。)。 実際に,いくつかの地方公共団体では,合理的配慮の提供の実効性を高めるために,助成制度を設けている。最初に助成制度を制定した兵庫県明石市のほかに,北海道苫小牧市,茨城県つくば市,栃木県日光市,大阪府茨木市,兵庫県丹波市,加古川市,播磨町,山口県山口市などが,合理的配慮の提供のための助成制度を設けている。 他方,地方公共団体に対し助成制度の創設を求めた際,法律が助成制度について定めていないことを理由として制度創設に至らない地方公共団体もあり,地域間格差が生じている。 (2) 提言の内容 事業者による合理的配慮の提供の実効性を担保するため,合理的配慮の提供のための公的な助成制度を創設すべきである。 13 国及び地方公共団体による,国内外における障がいを理由とする差別及びその解消に関する調査研究義務を追加し,調査研究に際し障がいのある人等の意見を尊重すべき旨を明記すること (1) 現行法下の問題点 @ 障害者権利条約31条1項では,「締約国は,この条約を実効的なものとするための政策を立案し,及び実施することを可能とするための適当な情報(統計資料及び研究資料を含む。)を収集することを約束する。」と定められている。 しかし,差別解消法16条では,国が「国内外における障害を理由とする差別及びその解消のための取組に関する情報の収集,整理及び提供を行う」旨定められているにとどまり,この「情報の収集,整理及び提供」という文言には,積極的な事例分析や,調査及び研究を行うことが含まれているか否かが明確ではない。 A 単なる情報収集にとどまらない事例分析,調査及び研究が積極的な政策立案に資することは自明である。障害者虐待防止法において国及び地方公共団体の調査研究業務が規定されている(同法42条)ことと平仄を合わせるためにも,差別解消法において,調査研究義務を明記すべきである。 B また,差別解消法16条では,「国」のみが情報収集,整理及び提供を行うとされており,地方公共団体はその主体として定められていないが,地方公共団体も施策の策定・実施主体とされていること(3条),差別解消に関する施策が地方公共団体を主体として実施されている現状に鑑みると,地方公共団体レベルでの調査・研究が有用な場面も多いと思われることから,「国」のみならず,地方公共団体も,調査研究義務の主体とすべきである。 C 国及び地方公共団体による事例分析,調査及び研究が有用なものとなるためには,調査項目の設定や調査の実施方法が実効的なものであることが重要である。 調査項目の設定や調査の実施方法が実効的なものとなるためには,かかる事項を検討するに当たり,障がい当事者や支援者,関係者が十分に関与して決定する必要がある。 障害者権利条約4条3項が,「締約国は,この条約を実施するための法令及び政策の作成及び実施において,並びに障害者に関する問題についての他の意思決定過程において,障害者(障害のある児童を含む。)を代表する団体を通じ,障害者と緊密に協議し,及び障害者を積極的に関与させる。」とあること及び“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを,私たち抜きに決めないで)が障害者権利条約制定における基本的な理念とされたことに鑑みても,当事者の十分な関与を法文上明記する必要がある。 (2) 提言の内容 @ 国及び地方公共団体に,国内外における障がいを理由とする差別及びその解消に関する調査研究義務を課すべきである。 A 事例分析,調査及び研究に当たっては,国及び地方公共団体は,障がいのある人その他の関係者の意見を聴き,その意見を尊重するよう努めるべきである旨,法文上明記すべきである。 14 相談対応や紛争解決に係る国及び地方公共団体の権限並びに当該権限を持つ機関を明記し,必要な人材の確保や資質の向上のための施策内容を定める等,実効的な体制整備に関する規定を置くこと (1) 現行法下の問題点 @ 差別解消法14条は,国及び地方公共団体は「相談に的確に応ずる」と定めるが,現状,相談窓口が一本化されていないため,実効的な相談を期待することはできない。相談を受けた国や地方公共団体の具体的な権限についても不明確であり,市町村と都道府県の関係や役割(第一次的な相談窓口はどこか,都道府県に市町村に対する指導・助言権限があるか等)も明らかではない。例えば,地方公共団体の相談員としては,相談段階においても,相談内容によっては,相談者と相手方との間の「調整」に入る役割があると考えられるが,現行法には規定がないため,とりわけ障害者差別解消条例を持たない地方公共団体では,相談段階での調整機能が十分果たされない(調整に入るのを躊躇し,傾聴案件として話を聴くだけで終わってしまう,など。)(注12…「『障害を理由とする差別』と自治体の責務」(判例地方自治432号91頁),「自治体は人権保障の最前線〜障害者差別解消法で果たすべき自治体の役割」(実践成年後見bU6 33頁)。日本障害フォーラム(JDF)が2018年(平成30年)1月30日〜同年3月30日に実施した障害者差別解消法に関する障害当事者調査では,相談窓口に相談した者の約7割が問題は解決していないと回答している。)。 A また,差別解消法14条は,国及び地方公共団体に対し差別に関する紛争解決に係る「体制整備」を求めるものの,あっせんや勧告等の具体的な権限を付与する内容となっていないため,現行法のみでは個別紛争の実効的な解決が困難である。この点,障害者権利条約33条2項は,条約の実施について保護(救済),監視するための枠組みの設置等を求めているが,国レベルにおいても,「国内人権機関の地位に関する原則」(パリ原則)(注13…人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の設置を求めた国連総会決議1993年12月20日48/134附属文書。)が求める,政府からの独立性が担保された救済機関が存在しない。 B 差別解消法14条は,国及び地方公共団体は「相談に的確に応ずる」等と定めるだけで,具体的な施策の定めがない。そのため政府は,相談対応マニュアルの整備,相談対応スキルを上げる研修,弁護士と福祉職からなる専門職チーム派遣等の具体的施策を何ら行わず,こうした紛争解決の実効化のための予算を組んでいない。障害者虐待防止施策では,こうした具体的施策に予算が付けられていることとの不均衡は著しい。予算措置の根拠とすべく,相談対応及び紛争解決についての国及び地方公共団体の施策内容をより具体的に定める必要がある。 (2) 提言の内容 @ 障がいのある人及び事業者からの差別に関する相談を受け付け,助言,調整及び指導の権限を持つ機関として,市町村に「市町村障害者差別解消支援センター」を,市町村相互間の連絡調整,市町村に対する情報の提供,助言その他必要な援助を行う機関として,都道府県に「都道府県障害者差別解消支援センター」を設置すべきである。 A 紛争解決に係る体制整備として,国に政府から独立した紛争解決機関を設置すること,各地方公共団体が「あっせん委員会」を設置すること並びに同委員会があっせん,勧告及び公表の権限を持つことを明記すべきである。 B 国及び地方公共団体が,障がいを理由とする差別事案への相談対応,関係調整及び紛争解決を,専門的知識に基づき適切に行えるよう,これらの職務に携わる専門的知識及び技術を有する人材その他必要な人材の確保及び資質の向上を図るため,マニュアルの整備,専門職チーム派遣,関係機関の職員の研修等必要な措置を講ずべきことを定めるべきである。 15 国会,裁判所についても差別的取扱いが禁止され,合理的配慮義務(司法手続上は配慮義務)を負うべきことを明示的に規定すること (1) 現行法下の問題点 障害者権利条約は,行政機関のみならず,立法機関及び司法機関を含む全ての国家機関に対し,無差別や完全かつ効果的な参加及び包容等の一般原則に従って行動することを求めている(4条1(d))。特に裁判所は,障害者権利条約13条により,「手続上の配慮義務」を課せられている。 しかるに,差別解消法においては,2条(定義)3号の「行政機関等」の定義として,「国の行政機関,独立行政法人等,地方公共団体(地方公営企業法(昭和二十七年法律第二百九十二号)第三章の規定の適用を受ける地方公共団体の経営する企業を除く。第七号,第十条及び附則第四条第一項において同じ。)及び地方独立行政法人をいう。」と規定されているが,この中には,国会及び裁判所は含まれていない(注14…内閣府の説明では,「立法府である国会,司法府である裁判所については,国の機関としての一般的な責務の対象から排除されるものではないが,第3章に規定する差別の禁止等に係る具体的な措置については,三権分立の観点からそれぞれ実態に即して自律的に必要な措置を講じることとすることが適当であるため,これらの規定の対象機関には含めていない。」とされている(「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律Q&A集」問9−6)。)。そのため,国会及び裁判所について,差別解消法7条の障がいのある人に対する不当な差別的取扱い禁止や合理的配慮義務の規定は直接には適用されない。 @ 国会が含まれないことの問題点 衆参両議院事務局及び国会図書館において,差別解消法施行に伴い, 障害者差別解消に関する職員向け対応要領が策定されているが(2016年(平成28年)4月1日),議院の自律権から,これらは国会(国会議員及び国会の運営)には適用されない。また,議院運営委員会の決議に基づき「障害を持つ国会議員に対するバリアフリーの対応状況について」が策定され,当選した障がいのある国会議員に合わせた改訂が行われているが,差別解消法が規定する合理的配慮の要件や提供のプロセスは規定されておらず,合理的配慮の提供は保障されていない。 2016年(平成28年)5月10日の衆議院厚生労働委員会において,参考人として意見陳述することが予定されていたALS(筋萎縮性側索硬化症)当事者の出席が,コミュニケーションに時間を要するという理由により取り消された事件があるが,障がいのある人が証人,参考人及び傍聴者となることがあるにもかかわらず,これに対する差別を禁止する自主的なルールは存在しない。 障がいのある国会議員に対する差別,障がいのある証人又は参考人に対する差別,障がいのある人の国会の傍聴等に関する差別が考えられるが,現行法ではいずれについても解決を図ることはできず,差別禁止の義務主体に国会が含まれないことには大きな問題がある。今般の参議院議員選挙で重度障がいのある国会議員が当選したことからも,より一層,早期に問題解消のための策を講じることが求められる。 A 裁判所が含まれないことの問題点 障害者権利条約は,13条において,刑事,民事を問わず,障がいのある人の司法手続の利用が確保されるべきことを規定し,締約国に手続上の配慮を義務付けている。ここにいう「司法手続」の意味は,かなり広範なもので,例えば刑事手続の場合,捜査段階その他予備的な段階から,刑の処遇の段階まで,司法手続の全ての段階をカバーしており,直接の当事者のみならず,証人等の間接の参加者の立場までも含むものである。また,「手続上の配慮」は,適正手続を求められる司法手続の性質上,合理的配慮のように「過重な負担」の有無は基本的には考慮されないし,現行の差別解消法上の「意思の表明」も同様である。 しかし,現行法制において,障害者基本法29条は,あらゆる司法手続について,障がいのある人がその権利を円滑に行使することができるように,個々の障がい特性に応じて意思疎通の手段が確保されなければならないと規定するものの,同条は,手続上の配慮のうち意思疎通の手段について規定するのみであり,しかも,同条を具体化する法律はない。わずかに民事訴訟法154条,刑事訴訟法37条及び176条が,聴覚や発話に障がいのある人のための通訳等の措置や弁護人の職権による選任を規定するに過ぎず,かかる規定は家事事件手続法には存在しない。 また,手続上の配慮が行われなかった場合の事後的救済について,例えば,障がいのある被告が訴状や判決の送達を認識できない等の理由により訴訟手続に関与できなかった場合,民事訴訟法の再審事由に該当する旨の規定はない。刑事訴訟法においても,取調べの際に情報保障がなされずに録取された供述調書の証拠能力を認めないなどの規定はない。 このように,現行の訴訟手続は,障がいのない人による訴訟への関与を前提としており,障がいのある人に配慮すべきことを定める規定がないことによって,障がいのある人の裁判を受ける権利(憲法32条)や傍聴する権利は実質的に制限されている。 差別解消法施行に伴い,裁判所における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応要領が作成されたが(平成28年4月1日),その対象範囲は裁判所職員の行う事務に限定されている。 個々のケースにおいて,裁判所が障がいのある人の訴訟活動に対して配慮を行う場合はある。例えば,知的障がいのある原告らがリラックスした雰囲気の中で証言することができるように,非公開のラウンドテーブル法廷で尋問するなどの配慮がなされた事例がある。また,障がいのある人の傍聴の権利を保障するため,手話通訳の配置を認めたり,傍聴席を取り外して車椅子のスペースを確保したりするなどの配慮がなされた事例がある。しかし,こうした配慮をするか否かは,事件を担当する個々の裁判体の判断に基づく訴訟指揮に左右され,裁判所がその責務として,障がいのある人に対する配慮を行うべきであるとの意識が共有されているわけではない。裁判体の訴訟指揮によっては,障がいのある当事者や傍聴人の権利が保障されない事例も多々ある。 このように,現行法制の下では,障害者権利条約13条の求める司法手続における障がいに応じた手続上の配慮が義務付けられておらず,障がいのある人が司法手続を利用することは困難になっており,訴訟手続に関与できなかった場合の事後的な救済も不十分である。 (2) 提言の内容 国会における差別的取扱いの禁止及び合理的配慮義務を明示するため,国会法等の法令を改正するべきである。 また,裁判所における差別的取扱いの禁止,合理的配慮義務及び司法手続における手続上の配慮義務を明示するため,裁判所法,刑事訴訟法,民事訴訟法,家事事件手続法等の法令を改正するべきである。 本提言については,当連合会「国会における障害を理由とする差別の解消を求める意見書」(2018年(平成30年)7月12日)及び当連合会「民事訴訟手続における障がいのある当事者に対する合理的配慮についての意見書」(2013年(平成25年)2月15日)も併せ参照されたい。 別表 47都道府県の平成30年採用試験案内と受験申込み※日本弁護士連合会人権擁護委員会調べ。 「自力で通勤できる人」との要件を定める都道府県…20(43%) 「自力で通勤できる人」との要件を定めない都道府県…27(57%) 「介助なしで業務を遂行できる人」との要件を定める都道府県…26(55%) 「介助なしで業務を遂行できる人」との要件を定めない都道府県…21(45%) 以下では,「自力で通勤できる人」との要件を定める都道府県名を列記します。 岩手,秋田,宮城,栃木,埼玉,東京,石川,福井,長野,岐阜,山梨,静岡,奈良,和歌山,島根,香川,徳島,宮崎,熊本,鹿児島。 以下では,「自力で通勤できる人」との要件を定めない都道府県名を列記します。 北海道,青森,山形,福島,茨城,群馬,千葉,神奈川,新潟,富山,愛知,滋賀,京都,兵庫,三重,大阪,鳥取,岡山,広島,山口,愛媛,高知,福岡,大分,佐賀,長崎,沖縄。 以下では,「介助なしで業務を遂行できる人」との要件を定める都道府県名を列記します。 岩手,秋田,宮城,福島,栃木,群馬,埼玉,石川,福井,長野,岐阜,山梨,静岡,三重,大阪,奈良,和歌山,島根,香川,徳島,福岡,大分,佐賀,宮崎,熊本,鹿児島 以下では,「介助なしで業務を遂行できる人」との要件を定めない都道府県名を列記します。 北海道,青森,山形,茨城,千葉,東京,神奈川,新潟,富山,愛知,滋賀,京都,兵庫,鳥取,岡山,広島,山口,愛媛,高知,長崎,沖縄