民事訴訟手続における障がいのある当事者に対する合理的配慮についての意見書 2013年(平成25年)2月15日 日本弁護士連合会 第1 意見の趣旨 民事訴訟手続(行政事件訴訟手続を含む。以下同じ。)における障がいのある当事者の訴訟活動を十全なものとするため,関係各機関に対し,以下の各事項を行うよう求める。 1 国会 (1) 民事訴訟法に,「裁判所の合理的配慮義務」を定める規定を設ける。 (2) 障がいのある訴訟当事者が訴訟手続に関与できないまま判決が確定した場合の救済方法として,かかる場合は民事訴訟法第338条の再審の事由に該当する旨を明記する。 (3) 民事訴訟法に,障がいのある訴訟当事者に対する民事訴訟手続における合理的配慮にかかる費用は国の負担とする旨の規定を設ける(民事訴訟法第61条の訴訟費用に含めないものとする。)。 2 最高裁判所 (1) 最高裁判所規則に,裁判所が行うべき具体的な合理的配慮の規定を設ける。 (2) 裁判官は,個別事件において,訴訟当事者の障がいの特性に応じた合理的配慮を行う。 (3) 最高裁判所は,障がいのある訴訟当事者に対する合理的配慮の内容,実施方法等について,裁判官及び書記官に対する職員研修を充実させる。 3 国及び地方公共団体 国及び地方公共団体は,障がいのある訴訟当事者に対する,点訳サービス,手話通訳者派遣サービス等の情報保障の公的サービスを充実させる。 なお,民事訴訟手続における障がいのある訴訟当事者に対する合理的配慮の具体例としては,「第2 意見の理由」の「3 求められる合理的配慮の例」(本意見書12頁)に記載するとおりであるが,関係各機関がとるべき合理的配慮の内容は記載事項に限られるとの趣旨ではなく,民事訴訟手続に関与する関係各機関(特に裁判所職員)は,個別の裁判手続において,当該障がいのある訴訟当事者の個別事情を考慮した適切な対応を臨機応変に行うことが求められる。 第2 意見の理由 1 問題の所在 (1) 現行民事訴訟手続の審理方式では,障がいのある人の参加が困難であること 我が国の現行の民事訴訟手続は,障がいのない,いわゆる健常者を想定してその仕組みが作られている。民事訴訟手続に関する諸法令の中で,障がいのある人が当事者となって訴訟追行をすることを想定した規定はほとんどなく,わずかに,民事訴訟法第154条第1項が,「口頭弁論に関与する者が日本語に通じないとき,又は耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは,通訳人を立ち会わせる。ただし,耳が聞こえない者又は口がきけない者には,文字で問い,又は陳述をさせることができる。」と規定するのみである。 民事訴訟手続は,健常者にとっても決して敷居の低いものではないが,関係諸法令の中に,障がいのある訴訟当事者に配慮すべきことを定めた規定が存在しないことにより,視覚障がい,聴覚障がい,知的障がい等の障がいのある人にとって,民事訴訟手続の敷居は,その障がいゆえに,健常者のそれとは比べものにならないほど高いものとなって立ちはだかり,結果的に,障がいのある人は民事訴訟手続から締め出される状態に陥っている。 例えば,現行制度では,訴状をはじめとする当事者の主張に関する書類,判決等の裁判所の判断を記載した書類,書証等の証拠,証人申請書などの手続関係書類等,一連の手続のほとんどが書字情報のやり取りによって行われるため,書字情報を自由に読み書きすることができない視覚障がいのある人や,難解な訴訟関係書類の内容を理解することが難しい知的障がいのある人が民事訴訟手続を利用することは非常に困難である。 特に,視覚障がいのある人や知的障がいのある人が被告となった場合,そもそも,訴状の送達を受けても,それが訴状であることすら認識できないまま,現行法上,送達の効力が発生し,欠席判決が下され,さらに,送達された書類が判決文であることを知らないまま,判決送達の効力が発生し,控訴期間が経過することで,訴訟手続に関与することなく当該判決が確定してしまうという深刻な事態が生じ得る。 また,現行制度は,口頭弁論期日や弁論準備期日でのやり取り,本人尋問や証人尋問等は,限られた時間内に口頭で会話ができることを当然の前提としており,聴覚障がいのある人や,難解な言葉を直ちに理解することが難しい知的障がいのある人が裁判手続に関与することを困難にしている。 (2) 障がいのある人が当事者となった民事訴訟の現状 @ 前述したように,現在,我が国では,障がいのある人が民事訴訟手続を利用することは,健常者に比べて極めて困難な状態であるが,それでもなお,障がいのある人たちの中には,現行制度上の問題点に直面しながらも,民事訴訟を提起し,民事訴訟手続に参加する道を切り開こうとしてきた者がいる。ここでは,そのうちの代表的な事例を紹介する。 ア 水戸地方裁判所(1996年〜2004年) 本件は,知的障がいのある原告らが,身体的,性的,精神的虐待を受けたとして勤務先の会社の社長に対し損害賠償を求めた訴訟である。 この訴訟の中で,裁判所は,原告ら弁護団からの要望を受け,威圧的でなくリラックスした雰囲気の中で尋問を行うために,原告ら本人の尋問を非公開のラウンドテーブル法廷で行い,また,原告らの非言語的な表現も含めて尋問を証拠化することができるよう,原告ら本人の尋問をビデオで録画し,当該ビデオテープの証拠提出を認めるなどの配慮を行った。 イ 名古屋地方裁判所(2010年〜2012年) 本件は,視覚障がいのある原告が,名古屋市に対し,名古屋市が行った障害者自立支援法に基づくサービス支給量を減少させる決定に不服があるとして,同決定の取消しを求めた訴訟である。原告は弁護士に訴訟委任せず,自ら訴訟追行した。 この訴訟の中で,名古屋地方裁判所は,原告自らが点字を用いて作成した訴状を有効なものとして受理したうえ,被告に対し訴状を仮名文字訳した書面を送達した。また,同裁判所は,被告に対して答弁書の点字訳を求めたほか,被告提出にかかる書証の一部を裁判所の費用負担によって点字に翻訳し,法廷でのやりとりを録音して原告に提供する等の配慮を行った。判決言渡期日には裁判所が点訳した判決要旨が原告に渡され,判決全文を点訳したものも後日,原告へ送付されることとなった。 ウ 高松地方裁判所(2012年〜現在係属中) 本件は,聴覚障がいのある原告が,高松市に対し,手話通訳者の県外派遣を求めたところ,同市がこれを拒否したことを不服として,同市の処分の取消し等を求めた訴訟である。本件では,原告弁護団が裁判所に対して,(ア)裁判の適正手続の確保及び原告が裁判を受ける権利を円滑に行使するために,裁判所が公費で手話通訳者を手配し,通訳費用を訴訟費用に含めないこと,(イ)傍聴人の傍聴する権利を保障するため,裁判所が配慮をするべき内容として,(1)手話通訳者は抽選対象としないこと,(2)手話通訳者の手配と適切な場所で起立した状態での通訳を認めること,(3)要約筆記体制を準備すること,(4)磁気誘導ループを設置すること(同ループについては,本意見書17頁参照),(5)盲ろう者のための個別通訳者の傍聴席の入場及び適切な位置での通訳を認めることを求める「聴覚障害のある当事者傍聴人の情報保障及び裁判所の適正手続保障に関する意見書」を提出し,現在協議が進められているところである。 A 前述した事例のように,必ずしも具体的な明文規定がなくとも,裁判所が障がいのある当事者の訴訟活動について,具体的な配慮を行った先例は存在する。2012年(平成24年)9月25日付けの当連合会による照会(日弁連人1第721号)に対する最高裁判所事務総局民事局長の平成24年10月24日付け回答(最高裁民二第008640号)(以下「最高裁回答」という。)も,民事訴訟手続において裁判所で行われている配慮に関して,事件を担当する裁判体の判断により,障がいの内容や程度,要望,事案の内容等に応じて,知的障がいのある当事者等については裁判長の訴訟指揮(民事訴訟法第148条第1項)のもと,配慮がなされているとしている。 しかしながら,これらは,個々の裁判体が,その裁量によって行った措置であって,裁判所がその責務として,障がいのある当事者に対する配慮を行うべきである,との意識が全ての裁判体において共有されているわけではない。そのため,障がいのある人が当事者となる場合,当該裁判体の裁量によっては,当該当事者が十分な訴訟活動を行うことができない事態が生じてしまう。 かかる現状を打破するためには,裁判所をはじめとする国及び地方公共団体の機関が,障がいのある訴訟当事者の民事訴訟手続に参加する権利を実質的に保障すべき責務を負うことを,改めて認識すべきである。そして,このことを明文の規定で確認するため,民事訴訟手続に関する関係諸法令において,当該責務の内容を明記する等の対応をすることが必要不可欠である。加えて,時として,行政機関の公的サービスの不在又は不足により,障がいのある訴訟当事者の訴訟手続への参加が阻まれるとの結果を招来することがあるので,情報保障等の公的サービスを充実させることも重要である。 (3) 小括 以上のように,本項では,現行の民事訴訟手続に,障がいのある人が訴訟当事者となった場合を想定した規定がほとんど存在しないために,障がいのある人が十分な訴訟活動を行うことが不可能又は困難であるとの現状を明らかにした。 次項においては,障がいのある人が民事訴訟手続において裁判を受ける権利を実質的に保障するため,裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関が,障がいのある訴訟当事者へ配慮すべき責務を負う根拠を明らかにする。 2 障がいのある人の裁判を受ける権利の実質的保障 (1) はじめに 裁判を受ける権利は,障がいの有無に関わらず,万人に等しく保障されなければならないことは言うまでもない。訴訟手続は,権利救済又は権利回復のための言わば最後の砦であり,訴訟手続への関与を否定されてしまえば,権利救済又は権利回復の道を断たれてしまうからである。 しかしながら,前述1で問題提起したとおり,我が国においては,障がいのある人は訴訟活動を十分に行うことが不可能又は困難であり,障がいのある人の裁判を受ける権利が実質的に保障されているとは言えない現状にある。 そこで,本項では,障がいのある人の裁判を受ける権利を実質的に保障することが,裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関の責務であることを確認するため,その法的根拠を明らかにする。 (2) 日本国憲法 @ 日本国憲法第32条 日本国憲法第32条は,「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と定める。ここに言う「裁判」とは,単に裁判所による裁判を意味するだけではなく,紛争を公正に解決するにふさわしい手続によってなされる裁判を意味するものであり,特に,公開・対審の訴訟手続による裁判を受ける権利を保障している。この「対審」とは,相対立する当事者がそれぞれの主張を闘わせ,そうした当事者の主張・立証に基づいて審理が行われることを意味する。 同条の趣旨は,何人でも公開・対審の訴訟手続に参加できることを保障することにより,かかる手続を通じた権利救済・権利回復を可能にし,ひいては,日本国憲法に規定された人権の保障を全うする点にある。そして,かかる趣旨を全うするためには,形式的に裁判所や訴訟手続が存在するだけでは不十分であることから,同条は,実質的にも誰もが訴訟手続に参加し訴訟活動を行うことができることをも求めているものと解さざるを得ない。同条の「何人」には障がいのある人が含まれることは言うまでもなく,障がいのある人の訴訟活動を実質的に可能とするためには,前述1のような具体的な配慮が必要となる以上,同条は,障がいのある人の訴訟活動を担保するため,裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関が,前述1のような具体的配慮をするべきことをも要請するものである。 A 日本国憲法第21条 日本国憲法第21条は,「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」と規定する。同条が保障するいわゆる表現の自由は「情報をコミュニケイトする自由」であり(芦部信喜「憲法(第4版)」166頁(岩波書店)),同条はあらゆるコミュニケーションを保障するものであることは明らかである。表現の自由の価値には,自己実現の価値と自己統治の価値という2つの価値があり,このような重要な価値があるからこそ,表現の自由には「優越的地位」が認められている。この2つの価値が成り立つためには,情報を十分に受けられることも必要であるから,同条が保障する表現の自由には,情報を受ける権利,いわゆる「知る権利」も当然に含まれる。 そして,この理は訴訟手続においても妥当する。当事者は,訴訟手続における書面及び口頭でのコミュニケーションを保障されることにより初めて訴訟手続において実質的に攻撃防御することができる以上,訴訟手続におけるコミュニケーションは「知る権利」の一環として,当然に同条の保障の対象となる。 そのため,裁判所をはじめとする国又は地方公共団体の機関が,障がいのある人が訴訟手続において十分にコミュニケーションをとることができるような具体的配慮を行うことは,日本国憲法第21条の要請でもある。 (3) 国際人権(自由権)規約 国際人権(自由権)規約第14条第1項は次のように規定する。 「すべての者は,裁判所の前に平等とする。すべての者は,その刑事上の罪の決定又は民事上の権利及び義務の争いについての決定のため,法律で設置された,権限のある,独立の,かつ,公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。(以下略)」 同規定は,日本国憲法第32条の趣旨と同じく,万人に対し,裁判を受ける権利を実質的に保障する趣旨の規定であり,「すべての者」には障がいのある人が含まれる以上,障がいのある人の裁判を受ける権利を実質的に保障するために,裁判所をはじめとする国の機関が具体的配慮を行うべきことを要請するものである。 (4) 障がいのある人の権利条約 2006年(平成18年)12月13日に国連総会にて障害者の権利に関する条約(以下,「障がいのある人の権利条約」という。)が採択された。我が国は,2007年(平成19年)9月28日,同条約に署名した。 同条約第13条は,民事訴訟手続を含む司法手続に関して次のように規定する。 第13条 司法手続の利用 1 締約国は,障害者がすべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)において直接及び間接の参加者(証人を含む。)として効果的な役割を果たすことを容易にするため,手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により,障害者が他の者と平等に司法手続を効果的に利用することを確保する。 2 締約国は,障害者が司法手続を効果的に利用することに役立てるため,司法に係る分野に携わる者(警察官及び刑務官を含む。)に対する適当な研修を促進する。 また,同条約第21条は,知る権利に関して次のように規定する。 第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用 締約国は,障害者が,第2条に定めるあらゆる形態の意思疎通であって自ら選択するものにより,表現及び意見の自由(他の者と平等に情報及び考えを求め,受け,及び伝える自由を含む。)についての権利を行使することができることを確保するためのすべての適当な措置をとる。この措置には,次のことによるものを含む。 (a) 障害者に対し,様々な種類の障害に相応した利用可能な様式及び技術により,適時に,かつ,追加の費用を伴わず,一般公衆向けの情報を提供すること。 (b) 公的な活動において,手話,点字,補助的及び代替的な意思疎通並びに障害者が自ら選択する他のすべての利用可能な意思疎通の手段,形態及び様式を用いることを受け入れ,及び容易にすること。 (c) 一般公衆に対してサービス(インターネットによるものを含む。)を提供する民間の団体が情報及びサービスを障害者にとって利用可能又は使用可能な様式で提供するよう要請すること。 (d) マスメディア(インターネットを通じて情報を提供する者を含む。)がそのサービスを障害者にとって利用可能なものとするよう奨励すること。 (e) 手話の使用を認め,及び促進すること。 さらに,同条約第19条は,障害のある人の地域社会における自立生活に関して次のように規定する。 第19条 自立した生活及び地域社会に受け入れられること この条約の締約国は,すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認めるものとし,障害者が,この権利を完全に享受し,並びに地域社会に完全に受け入れられ,及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる。この措置には,次のことを確保することによるものを含む。 (a)障害者が,他の者と平等に,居住地を選択し,及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有すること並びに特定の居住施設で生活する義務を負わないこと。 (b)地域社会における生活及び地域社会への受入れを支援し,並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス,居住サービスその他の地域社会支援サービス(人的支援を含む。)を障害者が利用することができること。 (c)一般住民向けの地域社会サービス及び施設が,障害者にとって他の者と平等に利用可能であり,かつ,障害者のニーズに対応していること。 障がいのある人の権利条約第13条は,裁判を受ける権利の保障を定めた日本国憲法第32条及び国際人権(自由権)規約第14条第1項と同趣旨であり,障がいのある人の裁判を受ける権利が保障されることを明文化したものである。そして,同第21条は,日本国憲法第21条と同じく,障がいのある人のコミュニケーションを保障するものであり,国が取るべき具体的配慮を明文化したものである。 加えて,同第19条は,国が,障がいのある人の地域社会における自立生活を実現するうえで,種々の支援サービスを充実させる責務を負うことを明らかにしている。 (5) 障害者基本法 2011年(平成23年)8月5日に公布・施行された改正障害者基本法は,次のように規定する。 (地域社会における共生等) 第3条 第1条に規定する社会の実現は,全ての障害者が,障害者でない者と等しく,基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを前提としつつ,次に掲げる事項を旨として図られなければならない。 一 全て障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること。 二 全て障害者は,可能な限り,どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され,地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと。 三 全て障害者は,可能な限り,言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに,情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。 (差別の禁止) 第4条 何人も,障害者に対して,障害を理由として,差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。 2 社会的障壁の除去は,それを必要としている障害者が現に存し,かつ,その実施に伴う負担が過重でないときは,それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう,その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。 3 国は,第一項の規定に違反する行為の防止に関する啓発及び知識の普及を図るため,当該行為の防止を図るために必要となる情報の収集,整理及び提供を行うものとする。 (司法手続における配慮等) 第29条 国又は地方公共団体は,障害者が,刑事事件若しくは少年の保護事件に関する手続その他これに準ずる手続の対象となつた場合又は裁判所における民事事件,家事事件若しくは行政事件に関する手続の当事者その他の関係人となつた場合において,障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため,個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮するとともに,関係職員に対する研修その他必要な施策を講じなければならない。 障害者基本法第29条は,裁判を受ける権利の保障を定めた日本国憲法第32条,国際人権(自由権)規約第14条第1項,障がいのある人の権利条約第13条の趣旨を一層具体化し,障がいのある人にも裁判を受ける権利が保障されること,手続上の合理的配慮が保障されることを明文で規定した。障害者基本法第29条及び障がいのある人の権利条約第13条は,職員に対する研修を定めているが,研修の内容に,障がいのある訴訟当事者に対する合理的配慮の提供が含まれることは言うまでもない。 また,同法第3条第3号は,障がいのある人の「知る権利」を保障する日本国憲法第21条,障がいのある人の権利条約第21条の趣旨を一層具体化したものである。 さらに同法第3条第2号は,地域で自立した生活を営む権利を定めているが,これは,障がいのある人の権利条約第19条の趣旨を受け,国または地方公共団体の機関が障がいのある人の情報保障のサービスを充実させる責務を負うことを裏付けるものである。 (6) 民事訴訟法 現行民事訴訟法第2条は,「裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」と規定する。当事者が十分に訴訟活動を行う機会が与えられなければ「公正」な民事訴訟を行うことはできないことから,同条は,障がいのある訴訟当事者が実質的な訴訟活動を行うことができるよう,裁判所が具体的配慮を行うべきことを要請するものである。なお,行政事件訴訟法第7条は,「行政事件訴訟に関し,この法律に定めがない事項については,民事訴訟の例による。」と規定し,行政事件訴訟にも民事訴訟法第2条の規律が及ぶことを明確にしているから,行政事件訴訟においても前述の要請が働くことを付言する。 このことは,日本国憲法第32条,国際人権(自由権)規約第14条第1項,障がいのある人の権利条約第13条,障害者基本法第29条の各規定において,障がいのある人にも裁判の受ける権利が保障されるべきこと,手続上の合理的配慮が保障されるべきことが確認されていることからも明らかである。 (7) 小括 以上のとおり,日本国憲法,国際人権(自由権)規約,障がいのある人の権利条約,障害者基本法,民事訴訟法の各規定は,裁判所,行政機関及び地方公共団体が,障がいのある人に対し,訴訟活動を十分に行うことができるような具体的配慮を行う責務を負うことを確認している。 (8) 国や地方公共団体の機関が行うべき具体的配慮の内容〜合理的配慮〜 裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関が行うべき具体的配慮の内容を検討するにあたっては,障がいのある人の権利条約第2条が規定する「合理的配慮(reasonable accommodation)」の考え方を敷衍することが有用であるが,訴訟手続における合理的配慮の内容については,注意すべき点がある。 同条は,「合理的配慮」を次のように定義づける。 「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」 ここにいう「合理的」には,障がいのある人に対する「配慮」が,@障がいのある人にとって,必要かつ適当なものであるということと,A過度の負担を課さないこと,の2つの意味が含まれる。 他方,「司法手続の利用」を定める障がいのある人の権利条約第13条は,「法的手続…において直接及び間接の参加者…として効果的な役割を果たすことを容易にするため,手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること」と規定しており,「合理的」との文言を付していない。これは,司法手続の利用の可否は,障がいのある人の権利救済又は権利の回復に重大な影響を及ぼすものであるから,過度の負担の有無にかかわらず,当該障がいのある当事者にとって真に必要な配慮をすべき,との趣旨を反映したものと解される。 従って,本意見書においては,裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関が行うべき具体的配慮を便宜上「合理的配慮」と表現するが,これは,決して,国や地方公共団体の機関に対し,過度の負担の抗弁を許す趣旨ではないことを注意的に付言する。 3 求められる合理的配慮の例 (1) はじめに 本項では,前項までの議論を踏まえ,視覚障がいのある人,聴覚障がいのある人又は知的障がいのある人が訴訟当事者となった場合に求められる合理的配慮の例を挙げる。 (2) 総論 @ 合理的配慮義務を負う主体は裁判所に限定されないこと 訴訟手続を司る裁判所や個々の裁判体が,障がいのある訴訟当事者に対して合理的配慮を行う責務を負うことは言うまでもないが,例えば,訴状送達段階では,裁判所が訴訟当事者に障がいのあることを認識し得ない場合もあるため,障がいのある人の訴訟活動を十全なものとするためには,裁判所に合理的配慮義務を負わせるだけでは不十分である。そのような場合には,地方公共団体が郵便物の代読サービスなどを充実させる等の配慮が必要となる。 従って,障がいのある人の訴訟活動を実質的に保障するためには,裁判所のみならず,裁判所以外の国及び地方公共団体の機関が情報保障等の公的サービスを充実させなければならない。 A 個別事情に応じた合理的配慮が必要であること 前項でも述べたとおり,障がいのある人が訴訟当事者となった場合,当該障がいのある人の個別具体的な状況に応じた合理的配慮が必要不可欠である。この点は,障害者基本法第29条においても「個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮(中略)しなければならない。」と明示的に確認されている。 従って,当該障がいの特性に応じて合理的配慮が実施されなければならないことはもちろんのこと,同じ障がいのある人についても,障がいの程度,内容やコミュニケーション方法は千差万別であることから,裁判所をはじめとする国及び地方公共団体の機関は,この点について十分認識,理解した上で,本人の希望を最大限尊重し,個別事情に応じた合理的配慮を実施しなければならない。 B 合理的配慮に要する費用を障がいのある人に負担させないこと 例えば,聴覚に障がいのある人は,民事訴訟法第154条第1項本文により通訳人を立ち会わせることができるが,従来,通訳人に関して生じた費用は,民事訴訟費用等に関する法律第18条を根拠として訴訟費用に含まれ,敗訴当事者が負担するとの取扱いがなされてきた。また,視覚に障がいのある人は,裁判所に対し,訴訟資料について点訳文の作成を求めることができるとしても,同法第2条第8号を根拠として訴訟費用に含まれるとの運用がなされかねない。 しかし,前項で述べたとおり,障がいのある人への司法手続における合理的配慮は,裁判所をはじめとする国及び地方公共団体の機関にとって,日本国憲法,国際人権(自由権)規約,障害者基本法及び民事訴訟法の趣旨ないし精神からしても重要な法的責務であって,とりわけ障がいのある人の権利条約においてはそのことは明確な義務として規定されているのであり,かかる法的責務に関する費用について,障がいのある当事者に負担させることが不当であることは言うまでもない。 現に,米国において,障害のあるアメリカ人に関する法(ADA)第2編は,障がいのある当事者が,州裁判所や地方裁判所を含むあらゆる州政府及び地方政府の機関の提供するプログラムや活動への参加を否定されることを禁止しており,その一環として,州裁判所や地方裁判所がその費用によって配慮を行うべき旨を規律し,1978年法廷通訳法は連邦裁判所が,一定の要件のもとで,聴覚障がいのある訴訟当事者や証人等のための手話通訳等の費用を公費で負担しなければならないことを規定している。また,韓国で2007年3月に制定された障害者差別禁止法によると,第26条(司法・行政手続及びサービス提供における差別禁止)において司法機関の義務を定めているが,民事訴訟手続における訴訟当事者及び証人のための手話通訳等の費用は公費で負担すべきことが規定されている。このように,世界的な潮流においても,合理的配慮に要する費用を当該障がいのある人に負担させることは不合理であることが常識として定着しつつある。 裁判所をはじめとする国及び地方公共団体の機関は,公費により,障がいのある当事者への訴訟手続における合理的配慮を実施しなければならない。 C 訴訟代理人の存在は合理的配慮の例外とならないこと 障がいのある訴訟当事者に弁護士が代理人としてついていたとしても,当該当事者本人が,書面の内容を確認し,裁判所における口頭でのやり取りを把握することは,司法手続において権利救済を求める上で重要である以上,裁判所,国及び地方公共団体が合理的配慮を実施する責務を免れるわけではない。 (3) 立法・施策レベルでの合理的配慮の例 @ 再審事由の追加 現行制度の下では,前記「第2 意見の理由」「1 問題の所在」の「(1)現行民事訴訟手続の審理方式では,障がいのある人の参加が困難であること」(本意見書2頁)で指摘したとおり,障がいのある被告が訴状送達の事実を認識しえないまま,訴状送達の効力が発生し,欠席判決が言い渡され,さらに,送達された判決を認識しないまま送達の効力が発生して,控訴期間が満了し,判決が確定してしまう危険性がある。これは,まさしく,現行制度が障がいのある人の存在を看過したために生じる間接差別というほかなく,到底この結果を是認することは許されない。 この場合の救済方法として,民事訴訟法第97条に基づく訴訟行為の追完によることが考えられるが,同条の「当事者がその責めに帰することができない事由」の解釈は裁判体によって区々となる恐れがあり不確実性が残る。 また,民事訴訟法第338条各号に基づき再審を申し立てることも考えられるが,再審事由の解釈も裁判体によって区々となる恐れがありやはり不確実である。 そこで,障がいのある被告が訴状や判決の送達を認識できない等の理由により訴訟手続に関与できなかった場合は,民事訴訟法の再審事由に該当する旨の規定を民事訴訟法に追加することが必要不可欠である。追加すべき再審事由の例としては,「障がいのある訴訟当事者が,訴訟手続に関与できなかったこと」との文言が考えられる。 A 裁判所職員に対する研修 障がいのある訴訟当事者に対する立法措置が講じられたとしても,裁判官や裁判所職員の障がいのある人に対する無理解により,合理的配慮が実施されないことは避けなくてはならない。そのため,障がいの特性や障がいのある人のための合理的配慮の内容・実施方法等に関し,裁判官や裁判所職員に対する研修を充実させるべきである。 かかる研修の現状についての最高裁回答は,次のとおりである。 ア 裁判所職員に対する研修の実施の有無及びその具体的内容 裁判所職員総合研修所では,来庁する障がい者に対する裁判所職員の対応を充実させる観点から,裁判所書記官を対象とした研修において,来庁者として多く予想される裁判員候補者を主として念頭に置きつつ,障がい者への配慮の在り方を共同討議のテーマとして取り上げて議論するなどしており,下級裁判所においても,同様の観点から,研修を実施するなどしている。 なお,家庭裁判所調査官に関しては,裁判所職員総合研修所で実施する養成課程研修等において,教育学,心理学,社会福祉学等の見地を含め,様々な角度から障がい者に関するカリキュラムを実施している。 イ 研修用のテキスト・資料等 裁判所職員総合研修所においては,研修用のテキストとして特段のものはなく,教官や外部講師等が作成した資料を基に講義や演習を実施している。下級裁判所における研修についても,庁ごとに工夫していると認識している。 ウ 近年の実施状況(場所・頻度等) 裁判所職員総合研修所では,裁判所書記官を対象にした上記のような研修をほぼ毎年実施しており,下級裁判所においても,庁によって異なるが,適宜実施している。 なお,家庭裁判所調査官の養成課程研修は,全家庭裁判所調査官が経るものであり,各研修には多数のカリキュラムが組み込まれている。 上記のとおり,裁判所では,障がいのある人への配慮について一応の研修の取組がされているとは言え,障がいのある人の権利条約第13条第2項,障害者基本法第29条の趣旨に沿う研修が実施されているとは言い難い。より効果的な研修制度を整備することが是非とも必要である。 (4) 各障がい特性に応じた合理的配慮 次に,各障がい特性に応じて必要とされる合理的配慮の一例を,以下述べる。なお,本意見書では,主に,視覚障がい,聴覚障がい,盲ろう及び知的障がいのある人を想定しているが,あらゆる障がいのある人について,合理的配慮が実施されなければならないことは言うまでもない。 @ 視覚障がいのある人について ア 問題点 訴状や準備書面等の当事者の主張に関する書類,判決や決定等の裁判所の判断に関する書類,書証等の証拠,証人申請書等の手続関係書類を含め,民事訴訟手続におけるあらゆる書類は書字情報によるが,書字情報を読み書きすることができない視覚障がいのある人にとって,民事訴訟を追行することは非常に困難である。 イ 求められる合理的配慮の例 (ア) 国又は地方公共団体は,訴訟上のあらゆる書類に関する文章読み上げサービスや点訳サービス等を整備すべきである。 (イ) 裁判所は,点字の読み書きを自由に行える人について,訴訟上の書類を点訳して提供することとし,また,当該当事者が点字の書面等を提出することを認めるべきである。 (ウ) 裁判所は,点字の読み書きを自由に行えない人について,訴訟上の書類を音声として提供することとし,また,当該当事者が音声情報を書面の代わりに提出することを認めるべきである。 (エ) 裁判所は,弱視であって文字を拡大すれば読み書きをできる人について,訴訟上の書類の文字を当該当事者に合わせて拡大したものを提供すべきである。 A 聴覚障がいのある人について ア 問題点 民事訴訟手続においては,証人(本人)尋問,準備書面等の陳述,裁判所や相手方による求釈明等,口頭による訴訟行為が多々行われるが,音声を聞き取り又は発することが困難である聴覚障がいのある人にとって,民事訴訟を追行することは非常に困難である。 イ 求められる合理的配慮の例 (ア) 国及び地方公共団体は,裁判所への手話通訳者等の派遣サービスを整備すべきである。 (イ) 裁判所は,手話を解する聴覚障がいのある人について,手話通訳者を手配すべきである。 なお,手話通訳は集中力を必要とする労働であることから,2名体制を基本とすべきである。また,手話には地域によって違いがあることについても考慮すべきである。 (ウ) 裁判所は,手話を解さない聴覚障がいのある人について,要約筆記体制を準備すべきである。 なお,要約筆記とは,会話者の発言をパソコン等で打ち込み,これをスクリーン等に表示し,可視化する手段である。 要約筆記体制は,内閣府障がい者制度改革推進会議の会議等においても標準装備されており,聴覚障がいのある人に対する情報保障の手段として有効であり,かつ一般的なものである。 (エ) 裁判所は,聴覚障がいのある人のうち,補聴器の使用により音声の内容を理解できる人について,磁気誘導ループを設置すべきである。 なお,磁気誘導ループとは,補聴器を補助する放送設備である。ワイヤーを地面に這わせて,当該難聴者を囲み,その中に磁界を発生させることで補聴器に直接音声を送り込むことができる装置である。 磁気誘導ループについても,内閣府障がい者制度改革推進会議の会議等において標準装備されているものであり,難聴者の情報保障にとっては有用なものである。 B 盲ろう者について ア 問題点 視覚にも聴覚にも障がいのある盲ろう者は,いずれか単独の障がいのある人より一層コミュニケーションを取ることが難しく,また,コミュニケーション方法も多様であるため(触手話,指点字,手書き文字など),民事訴訟を追行することが困難である。 イ 求められる合理的配慮の例 (ア) 国及び地方公共団体は,裁判所や自宅への通訳介助者派遣サービスを整備すべきである。 (イ) 裁判所は,当該盲ろう者のコミュニケーション方法に応じて適切な通訳介助者を手配すべきである。 なお,触手話とは,相手が行う手話を手で触って認識するものである。また,指点字とは,両手の人差し指,中指,薬指の合計6本の指を点字のタイプライターの6つのキーに見立て,かかる6本の指で相手の手の甲に点字を打つことで会話を伝えるものである。 また,かかる触手話,指点字についても,原則として,2名の通訳者が必要であることは,手話と同様である。 C 知的障がいのある人について ア 問題点 民事訴訟手続においては,難解な言い回しや抽象的な概念が用いられるのが常であるが,難解な表現や抽象的な事項を理解することが困難な知的障がいのある人にとって,自力で民事訴訟を追行することは非常に困難である。また,知的障がいのある人は,一般に暗示や誘導に乗りやすいため,視覚障がいや聴覚障がいのある人のような情報保障的な配慮とは異なる別の観点からの配慮も必要となる。 イ 求められる合理的配慮 (ア) 国及び地方公共団体は,裁判上の資料や裁判手続について分かりやすく説明する者を派遣するサービスを整備すべきである。 (イ) 裁判所が訴訟手続の流れ等について,絵や図を用いて平易な表現で記載したパンフレット等を用意すべきである。 (ウ) 裁判所は,訴訟当事者に知的障がいがあることを把握した場合,極力,分かりやすい言葉を使用し,必要に応じて絵や図を用いるべきである。 (エ) 裁判所は,知的障がいのある当事者のための補佐人制度(民事訴訟法第60条)を積極的に活用すべきである。 (オ) 裁判所は,証人(本人)尋問において,知的障がいのある人を尋問する場合,複雑な質問や威圧的な質問は避け,また,知的障がい者は質問に対して追随的な回答を行いがちであるという特徴を理解した上で,誘導に結びつかないように配慮をすべきである。また,相手方当事者が複雑な質問や威圧的な態様で質問する場合には,直ちに変更を指示すべきである。 (カ) 裁判所は,証人(本人)尋問において,知的障がいのある人を尋問する場合,その非言語的表現を記録化するため,ビデオ録画を許可すべきである。 4 当連合会の取組 当連合会は,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現する源泉」(日本弁護士連合会会則第2条)として,人権擁護に関する様々な活動,各種法律改正に関する調査研究・意見提出,市民に開かれた司法とするための司法改革運動などにも積極的に取り組み,障がいのある人々の権利擁護にも深く関わってきている。このような当連合会の役割・活動に照らし,また,裁判を通して障がいのある人の人権を擁護することの重要性に鑑み,障がいのある人が訴訟に関与する場合に関しても,次のように意見を述べてきたところである。 (1) 「障がいを理由とする差別を禁止する法律」日弁連法案概要の決定と発表 当連合会は,2001年(平成13年)11月の第44回人権擁護大会で,障がいを理由とする差別を禁止する法律を制定するべきことを宣言し,以来,国内外における調査研究を経て,2007年(平成19年)3月,「障がいを理由とする差別を禁止する法律」の法案概要を提案した。この法案概要の中で,次のように規定している。 第11 司法 1 裁判を受ける権利等(略) 2 合理的配慮義務 (1) 裁判所,検察庁,警察署並びに裁判官,裁判所書記官,裁判所調査官,裁判所事務官その他の裁判所職員(以下「裁判官等」という)(中略)は,次に掲げる行為を行う義務を負う。 @ 障がいのある人が裁判の内容を理解することを容易にするため,適切な情報伝達方法を使用して,裁判の言渡し,裁判に関する事務,(中略)その他の手続を行うこと。 A 適切な情報伝達方法を使用しても障がいのある人が当該裁判手続の意味又は内容を十分に理解することができない場合において,当該障がいのある人に対して弁護人その他適切な補助者を付すること。 B 裁判の運用,方針又は手続が障がいのある人に対して相当の不利益を及ぼしている場合において,その不利益を除去するための施策を講じること。 C その他,障がいのある人の司法関係手続に参加する権利を実質的に保障するために必要な合理的配慮を行うこと。 (中略) 3 差別の定義(略) 4 差別の推定(略) 5 裁判の傍聴(略) 6 裁判所等の人的設備充実義務 (1) 裁判所は,障がいのある人が司法関係手続を利用することを容易にするために,障がいに関する専門的な知識及び技術を有する専門職員を養成し,職務に従事させなければならない。 (2) 裁判所,検察庁,警察署,刑事施設等,弁護士会及び司法書士会は,裁判官等,検察官等,警察官等,法務事務官等,弁護士等及び司法書士等に対し,障がいに関する理解を深めるために必要な研修を行わなければならない。 (2) 「民事司法改革グランドデザイン」の策定 当連合会は,2011年(平成23年)5月27日の第62回定期総会において,「民事司法改革と司法基盤整備の推進に関する決議」を採択し,同決議に基づき,同年7月に民事司法改革推進本部を設置し,その最初の重要な取組として,2012年(平成24年)2月,「民事司法改革グランドデザイン」を策定した。 本グランドデザインの「第7 民事司法改革グランドデザイン各論(その他)」においては,次のような提言がなされている。 1 人権擁護委員会関連 (1) 既に日弁連意見書が公表されている課題 @ あらゆる場における適切な情報伝達方法の保障(手話,点字等) A 障がいを理由とする差別を受けずに裁判を受け,裁判外紛争手続を利用し,これらを含む司法関係手続に参加する権利とその機会の保障 B 裁判の傍聴(障がいを理由とする傍聴拒否の禁止,障がいのある人のための情報伝達方法の保障) C 裁判所等の人的設備充実義務(専門職員の配置と関係者の研修) (2) 委員会で検討中であるが日弁連意見となっていない課題 @ 適切な情報伝達のための補助的器具を利用した権利保障 A 本人,代理人以外の支援者等による権利保障 B 計画的実施 障がい者や関係団体からの意見聴取を通じて,法曹三者(裁判所,検察庁,法務局,日弁連)が障がいのある方々の司法への完全参加をすすめる計画を立案し,その実施状況を点検する。 (中略) 2 日弁連リーガル・アクセス・センター関連(略) 3 高齢者・障害者の権利に関する委員会関連 判断能力が十分でない場合の訴訟手続への対応にかかわり,一律に訴訟能力を否定せず当事者能力を認めるような見直しや,後見人の選任をしなくとも,訴訟手続に対応をするための個別の支援制度の導入などがある。 (3) 小括 当連合会による上記活動によっても,なお,民事訴訟手続における障がいのある当事者に対する配慮は,今日においても十分になされていない現状がある。そこで,裁判所をはじめとする国の機関が取るべき民事訴訟手続における障害のある当事者のための合理的配慮の具体的内容を示し,一刻も早く現状が改善されるべく,改めて本意見を提言するものである。 5 総括 以上述べてきたとおり,現在,障がいのある人は民事訴訟手続に関与することが不可能又は困難な状況にあり,それゆえ,不安定な法的立場に立たされている。このような現状を改善し,障がいのある人の権利保障を真の意味で全うするためには,裁判所をはじめとする国や地方公共団体の機関が障がいのある当事者に対する合理的配慮義務を負うことを自覚し,その旨の明文規定を設けるとともに,合理的配慮の内容を具体化する法令や公的サービスを整備することが,喫緊の課題である。 これらの課題を提示して関係諸機関の検討を促し,障がいのある人の訴訟活動を十全なものとするため,本意見の趣旨のとおり意見を申し述べる。 以上