日弁連総第193号2012年(平成24年)3月14日 原子力損害賠償紛争解決センター原子力損害賠償紛争和解仲介室室長 野山宏 殿 日本弁護士連合会会長 宇都宮健児    原子力損害賠償請求における障がいを有する被害者に関する要望書  第1 要望の趣旨 貴団体は,福島第一,第二原子力発電所事故による被害者において,当該被害者が障がいを有することが判明した場合には,次に掲げるような方法を含めた,障がい特性に応じた情報提供及び権利行使支援を行うべきである。 1 原子力損害賠償紛争解決センターのパンフレット等の広報資料について,常時,ルビ版,点字版,音声版,電子データ版を用意し,ホームページ上においてはテキストデータの配信が可能なようにテキスト形式による電子データ,ルビ版,音声データによる電子データを用意すること。 2 和解仲介手続においては,ルビ版,点字版,音声版,電子データ等の申立書を用意するなど,それぞれの障がい特性に応じた情報伝達方法による手続利用を提供し,必要な場合には人的支援(聴覚障がい者に対する手話通訳派遣を含む。)を行うこと。 3 和解仲介手続において,東京電力株式会社に対し,以下の方法をはじめとした情報保障を徹底するよう提言又は意見すること。 (1) 損害賠償請求に関する各書式に,ルビ版,点字反訳版,音声反訳版,電子データ版等,障がいを有する被害者にとって必要な解読方法を付すること。 (2) 請求手続においては,視覚障がい者に対し点字反訳版,音声反訳版,電子データ版等の説明書を付す等それぞれの障がい特性に応じた情報伝達方法による情報を提供し,必要な場合には訪問等による人的支援(聴覚障がい者に対する手話通訳派遣を含む。)や窓口での対応を東京電力株式会社の負担において行うこと。 第2 要望の理由 はじめに 福島第一,第二原子力発電所事故により,福島県民を始め多くの人に甚大な被害をもたらされたが,その中には数多くの障がい者も含まれている。東京電力株式会社においては,福島第一,第二原子力発電所事故の被害者に対して損害賠償請求書式を発送するなどの賠償手続を進めているが,それらの請求書式は資料の分量も多く,手続も難解であると批判されているところである。 例えば,視覚障がい者は,活字情報を処理することが困難であるから,それら請求書式に記載された文字も図も理解できず,難解な賠償請求手続において不測の損害を被る可能性がある。また,一般人にすら容易には理解し難い請求手続であるから,知的・精神障がい者にとっては更に理解し難く,十分な権利行使を逸する危険もある。 この点,障害者基本法は,障がい者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるようなもの一切が「社会的障壁」であることを前提に,社会的障壁を除去するような必要かつ合理的な配慮を怠ることは障がいを理由にした差別に当たるとしている(同法第4条及び第2条)。また,同法第22条は,国又は地方公共団体に対して,障がい者が円滑に情報を取得・利用するために,それぞれの障がい特性に応じた情報伝達方法を提供するよう求めており,同法第27条は,事業者(東京電力株式会社を含む。)に対し,消費者たる障がい者の利益擁護・増進を図る趣旨から,適切な方法による情報の提供等の義務を規定している。つまり,情報アクセスが阻害されている障がい者のために社会的障壁の除去のための合理的配慮を尽くさない国又は企業の行為は,障害者基本法に反するものである。また,和解仲介を行う公的機関である貴団体が,障がい特性に応じた合理的配慮を行うことも,同法の求めるところである。 実質的にも,損害賠償請求書式という権利にかかる重要な意味を持つ文書について,それぞれの障がい特性に対応した十分な情報保障を与えるのは加害者である東京電力株式会社の当然の義務である。 そこで,それぞれの障がい特性に応じた情報伝達を徹底するため,貴団体に対して要望の趣旨1及び2に掲げた事項を実施するよう求める。また,実際の紛争和解手続においては,東京電力株式会社がその負担において要望の趣旨3の支援を行うよう,貴団体が東京電力に提言又は意見するべきである。 1 要望の趣旨1について 知的・精神障がい者にとって,漢字文字の羅列された書面は一見して解読困難であるから,原子力損害賠償紛争解決センターの利用に関するパンフレット等の広報資料についてはルビ版の提供が必要である。 視覚障がい者のうち,点字文書の解読能力のある障がい者は,パンフレット等の広報資料の点字反訳文書により,その和解仲介手続の利用方法,内容を相当程度理解することが可能である。もっとも,点字文書を解読できる視覚障がい者は,視覚障がい者全体のうちでも少数であり,それらの視覚障がい者には音声反訳を提供する必要がある。また,テキスト形式による電子データの提供も必要である。音声反訳機能を有する電子支援システムを日常的に利用している視覚障がい者も多く,それらの者にはテキスト形式による電子データの提供が最も有効だからである。点字文書や音声反訳によっては膨大かつ複雑な請求書式の理解を促すことに一定の限界があり,重要な箇所については繰り返し聞くなどの必要もあることから,テキスト形式による電子データの提供は必要性が高い。 さらに,ホームページは極めて有効な広報媒体であるため,ホームページ上においてテキスト形式による電子データの配信が可能なようにテキスト版,ルビ版を用意する必要もある。 2 要望の趣旨2について 和解仲介申立手続は,個人の権利に関わる重要な手続であるが,一般にはなじみの薄いものである。そこで,障がい者に対しても広くその利用機会を与えるよう,申立書のルビ版,点字版,音声版,音声データ版を交付することが必要である。また,手続方法,内容の理解を促すため,被害者の求めに応じて,居宅への訪問を含む人的支援(聴覚障がい者に対する手話通訳の派遣を含む。)を行い,説明等を実施するべきである。 さらに,視覚障がい者本人による申立ての機会を保障するため,点字印字版による申立書類提出についても認めるべきである。 3 要望の趣旨3について 請求書に記載する内容,被害金額算出等は,一般の被害者にとっても理解困難なものが多く,被害者が障がい者である場合は,より一層困難を伴うことは必至である。そのため,被害者である障がい者に対して,十分な理解を促すための説明が必要不可欠である。 例えば,活字情報を処理することが困難な視覚障がい者には,その求めに応じて,点字,音声,テキスト形式による電子データ等の情報による説明書類を付するべきであり,必要な場合には居宅訪問等による代読支援も行うべきである。また,損害賠償請求書式は,被害者による文字の記入を前提としているが,視覚障がい者は必要な箇所に文字を記入することが極めて困難であり,当該方法のみを前提とするのは,視覚障がい者の賠償請求に不可能を強いるものである。被害者の求めに応じて居宅訪問等による代筆支援等も行うべきである。 また,知的・精神障がい者には,当事者及びその家族に対して,その請求内容及び方法の十分な説明と理解を促す手続が必要不可欠であり,窓口での対応,居宅訪問等による説明支援,代筆等の支援も必要である。 聴覚障がい者についても,十分な情報提供が必要であることは同様であり,窓口での対応や居宅訪問(手話通訳派遣等を含む。)による情報提供支援が必要である。 これらの支援が東京電力株式会社の負担において実施されるべきことは上記のとおりであり,和解仲介手続において,東京電力株式会社は,申立人が視覚障がい者の場合には,その求めに応じて点字訳や音声データ等を付するなど,障がい特性に応じた情報保障を徹底するべきである。しかし,実際の和解仲介手続において,東京電力株式会社の実施状況が不十分であることが判明した場合には,貴団体としては,東京電力株式会社に対しその情報保障の徹底を提言又は意見するべきである。 以 上