第2章 権利条約による障がいのある人の人権保障 第1節 権利条約の基本的コンセプト T 権利条約が障がいのある人の人権を確認したことの意義 1 認識されなかった障がいのある人の人権 日本国憲法が成立した1946年当時,障がいのある人は保護や福祉,治療,慈悲の「客体」であり,障がいのある人を「主体」と位置付けて障がい問題を人権課題として取り上げるという認識はなかった。そのため,日本国憲法上に,障がいについての言及は見られない。 これは,国際人権規範においても同様で,障がいが人権課題として国際法で取り上げられるのは,1971年の知的障害者の権利宣言が初めてであり,それまで,世界人権宣言(1948年),国際人権規約(1966年)などを通して障がいについての言及は見られなかった。社会権規約委員会一般的意見5号においても,国際人権規約に障がい関連の規定が明示されていないことについて「4半世紀以上前の規約の草案時,この問題に明示的に言及する重要性に対する認識を欠いていた」との指摘がされている。このように,権利条約は,それまで見落とされてきた障がいのある人の人権課題を発掘し,明示的に認識できるようにしたものであるといえる。 2 他の者との平等を基礎とする人権の享有 権利条約は「他の者との平等を基礎とした(on an equal basis with others)」人権の保障を締約国に求めている。権利条約にしばしば用いられているこの言葉は,第1に,この条約が「障がいのある人の特権を創設するものではなく,障がいのある人も形式的には他の人と同様の権利を有しているが,現実には権利を享有できない」という認識を前提としている。 すなわち,権利条約は,ことさら一般には存在しない特別の権利を創作するものではなく,障がいのない人が当たり前に享有している人権が障がいのある人には当たり前に享有できない実態に目を向け,その阻害するものを取り除くことによって格差をなくし,障がいのある人が他の者と平等に権利が享有できるようにするためのものであることを示している。 第2に,これまで障がいのある人は,アメリカ合衆国の差別禁止法であるADAの言葉を借りるならば,いわば二流市民として社会の低い地位(inferior status)に置かれてきた。しかし,権利条約では,障がいのある人に対して,他の者との平等を基礎とすることで,障がいのない人以下の待遇を否定したのである。障がいのある人も権利の主体として,障がいのない人の水準を担保しようとしているのである。 これらが権利条約において障がいのある人の人権が確認されたことの意義といえよう。 U 障がいとは何か―「医学モデル」と「社会モデル」 1 権利条約の規定 権利条約は,障がい及び障がいのある人については明確な定義を置いていない。しかし,権利条約は,前文eにおいて「障害が,機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって,これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め」とし,また,目的を定めた1条において「障害者には,長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む」と規定することで,障がいについての考え方をいわゆる従来の医学モデルから,社会モデルへと大きく転換させている。 2 「医学モデル」 障がいの「医学モデル」とは,心身の機能・構造上の「損傷」(インペアメント)と社会生活における不利や困難としての「障がい」(ディスアビリティ)とを同一視し,損傷が必然的に障がいをもたらすものとらえて,障がいへの対処において個人への医学的な働きかけ(治療,訓練等)を優先する考え方である。 そして,障がいを個人に内在する属性としてとらえ,同時にその状態の克服のための取組は,もっぱら個人の適応努力によるものととらえるものであり,障がいの「個人モデル」とも呼ばれる。このような「医学モデル」の考え方に基づくと,障がいのある人の社会参加への取組は,もっぱら障がいを「治癒」することを目的として行われる。障がいの状態を少しでも障がいのない人の状態に近づけることで,ようやく障がいのない人と同じ土俵で社会参加することが可能になる。 そのような認識を前提とした時代には,「障害」を理由として異なる取扱いをすることは,対象者の能力を理由とする合理的な区別であり,人種や身分といった本人の能力とは無関係な属性に基づく差別とは一線を画するものと認識されていた。 3 「社会モデル」 しかし,このような考え方を障がいのある人本人の視点から再構成すると,本人には何ら帰責性のない「障がい」という事情により,治癒するまでの間は社会から隔絶されることを余儀なくされる。治癒しなければ,およそ障がいのない人とともに社会を構成することができない。 これに対して,障がいを個人の問題としてのみ捉えることを否定する「社会モデル」の考え方が提案されてきた。障がいの「社会モデル」とは,損傷(インペアメント)と障がい(ディスアビリティ)とを明確に区別し,障がいを,個人の外部に存在する種々の社会的障壁によってもたらされるものとしてとらえる。これは,障がいを損傷と同一視する「医学モデル」の考え方を転換させるものであり,社会的な障壁の除去・改変によって障がいの解消を目指すことが可能であって,障壁の解消にむけての取組の責任を障がいのある人個人にではなく社会の側に見いだす考え方である。 4 「社会的障壁の可視化」 このように,障がいは個人に帰属するものではなく,社会環境との相互作用の中で作り出されるものであるという社会モデルの視点に立つことにより,障がいのある人に立ちはだかる社会的障壁が障がいのある人の人権享有を阻害しているという現実が可視化されることになった。 ここでいう社会的障壁には道路・建物等の物理的なものだけではなく,情報や文化,法律や制度,さらには市民の意識上の障壁等も含まれている。これらの社会的障壁により,障がいのある人が様々な機会から排除され差別が生まれる実態が明らかとなったのである。 こうした実態を踏まえ,合理的配慮の提供による社会的障壁の除去をはじめとして,実質的に人権が享有できるようにすることが,障がいのある人にとっての人権課題であることが認識されたのである。 権利条約は,かかる社会モデルに基礎を置くものであり,逆にいえば,社会モデルなくして,権利条約はなかったともいえる。 したがって,個々の条文の解釈に当たっても,社会モデルの視点から考察することが不可欠である。 V 一般原則 1 権利条約3条は「この条約の原則は,次のとおりとする。」として以下の原則を示している。 (a) 固有の尊厳,個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重 (b) 無差別 (c) 社会への完全かつ効果的な参加及び包容 (d) 差異の尊重並びに人間の多様性の一部及び人類の一員としての障がい者の受入れ (e) 機会の均等 (f) 施設及びサービス等の利用の容易さ (g) 男女の平等 (h) 障害のある児童の発達しつつある能力の尊重及び障害のある児童がその同一性を保持する権利の尊重 この一般原則の規定は,権利条約が依って立つ,もっとも基本的な価値を表したものであり,個々の条文の解釈や締約国が行うべき施策の方向性や指針たるべきものである。 2 「固有の尊厳」 このうち「固有の尊厳」は,人権の究極の価値を示すものであり,障がいの有無を問わず,人そのものに備わる,若しくは誰しも冒してはならない普遍的な価値である。ただ,障がいのある人は,その尊厳さえ冒されてきた歴史に鑑みれば,権利条約で再確認された意味は大きい。 3 「個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重」 この原則が「固有の尊厳」と並びで記載されているのは,個人の尊厳は「個人の自律(自ら選択する自由を含む。)及び個人の自立の尊重」なくしてあり得ないからである。ここにいう「自律」と「自立」が異なる意味を有しているのか,重なり合うのか,議論が必要なところではある。 ただ,とりわけ権利条約19条の「他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有する」や「居住地を選択し,及びどこで誰と生活するかを選択する機会」において使用されている「選択」は自己決定に基づく「選択」であらねばならないが,この自己決定は全く独力での自己決定を意味するものではなく,支援を受けながらの自己決定を意味するとされる。 支援を受けることと自ら決定することは相反するのではないかといった考え方もあるであろうが,いかなる人間も何らの社会的体験もなく,何らの知識もなく独力で意思決定することはできない。誰しも,社会が用意する社会的体験の機会や知識を学ぶ機会の提供を受け,その機会に学び得たことを通して意思を決定している。 したがって,支援を受けながらの自己決定は,これまた,障がいの有無にかかわらず,普遍的な人間の姿に他ならない。ただ,障がいのある人は,障がいがある故に無力ではなく,そうした社会的体験の機会や知識を学ぶ機会から排除されることによって無力化されていることを考えると,自己決定における支援が単なる小手先のアドバイスを意味するものではなく,奪われた社会的体験の機会の保障を含めて,その支援の内容とあり方が検討されなければならない。 4 「無差別」「機会の均等」「社会への完全かつ効果的な参加及び包容」「施設及びサービス等の利用の容易さ」 障がいの社会モデルからすると,社会的障壁を許容する社会そのものが,差別を産み出し,誰しも均等に与えられるべき様々な機会を奪い,その社会参加を阻害し,情報や社会基盤へのアクセスを遠ざける社会構造を有していることが認識される。そうした社会自体のありかたを変える上で,これらの原則は,あるべき社会規範を提示するものとなっている。 5 「差異の尊重並びに人間の多様性の一部及び人類の一員としての障害者の受入れ」 特に日本においては社会の構成員の同質化が求められ,異質な存在は社会からはじかれ,周辺化されてきた。これに対し,この原則は,障がいに基づく違いがあっても,ありのままでいることを尊重し,その違いは人間全般が有する多様性の一部であるから,人類の一員として受け入れることを求めている。同質化を求められる社会において,障がいのある人は,自己の障がい故に,自らを卑下し,自信を喪失し,或いはプライドを捨て,自己の存在に誇りを持つことを許されなかった。そうした意味で,これらの原則は,障がいのある人にとって自己のアイデンティティー,さらには「固有の尊厳」を取り戻す上で不可欠の原則であり,また,締約国に対しては,差異があることで一般的制度や仕組みから障がいのある人を排除することなく,それぞれの違いを尊重した個別の対応を義務づけることを導く原則となっている。 6 「男女の平等」 この原則を主たるテーマとした「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」が存在するにも関わらず,障がいのある人の権利条約に「男女の平等」を原則のひとつに掲げ,かつ「障害のある女子」として独立条項(6条)を設けたのは,障がいがあることに加え女性であることによる複合差別の問題を看過し得ないからである。障がいのある人が抱える全般的な課題の前に,障がいのある女性への複合差別の問題は,まだまだ可視化されていないが,これに光を当てることが締約国に求められている。 7 「障害のある児童の発達しつつある能力の尊重及び障害のある児童がその同一性を保持する権利の尊重」 子どもの人権に関しては,「児童の権利に関する条約」がすでに存在し,しかも,「心身障害」を含むいかなる差別もなしに同条約に定める権利を尊重し,及び確保する旨の規定(2条)や「障害を有する児童が可能な限り社会への統合及び個人の発達(文化的及び精神的な発達を含む。)を達成することに資する方法で当該児童が教育,訓練,保健サービス,リハビリテーション・サービス,雇用のための準備及びレクリエーションの機会を実質的に利用し及び享受することができるように行われるものとする。」といった規定(23条)がある。 にもかかわらず,この原則を掲げたのは,権利条約を貫く「他の者との平等」といった観点からすると,子どもの意見表明権や一般教育制度から障がいのある子どもが排除されない具体的な規定(7条,24条)が求められたが,これを設ける前提として,障がいのある子どもに関する原則を設ける必要性があったからであろう。 そのような観点からすると,まず前段の「障害のある児童の発達しつつある能力の尊重」というのは,障がいのある子どもも他の子ども同様に能力や可能性を秘めた人格ある主体であり,そうした発達の可能性を尊重し受け止めることを求めたものである。また,次に続く後段の「同一性の保持」は英語正文では preserve their identities であり,自己のアイデンティティーの保持を意味する。差異の尊重のところでも触れたが,自己のアイデンティティーの保持は,特に自己と異なるものとの関係性において,自己をあるがままに尊重され,同化を強制されないということである。前段だけでは,発達を保障するということがともすれば,障がいのない人のレベルに近づくことと受け取られ,その反面で自己の障がいを否定することにつながりがちであるが,それでは自己のアイデンティティーは保持できない。あくまでも,障がいのない子どもたちと分離された環境ではなく,普段の人間関係が存在する中で,あるがままの障がいのある個人として正当な自己認識を保持する権利を冒してはならいといったことを意味する。 W 自由権と社会権の不可分性 以上のように,権利条約の一般原則による人権規定の解釈運用が重要である他に,権利条約上の人権の性格付けにも留意する必要がある。 社会権規約は,その前文で「自由な人間は市民的及び政治的自由並びに恐怖及び欠乏からの自由を享受するものであるとの理想は,すべての者がその経済的,社会的及び文化的権利とともに市民的及び政治的権利を享有することのできる条件が作り出される場合に初めて達成されることになることを認め」としているが,実際においては,経済的,社会的及び文化的権利(社会権)と市民的及び政治的権利(自由権)はその性格を異にするものであり,その実現においてもいわゆる二分論がとられていた。 しかし,権利条約では,この点につき,前文(c)においては,「全ての人権及び基本的自由が普遍的であり,不可分のものであり,相互に依存し,かつ,相互に関連を有すること」として,自由権と社会権の関係性が再確認されている。 このことは,障がいの有無にかかわらず,全ての人の人権に共通することではあるが,とりわけ,障がいのある人にとっての意味は大きい。障がいのある人は,重度であればあるほど,政府が用意した社会保障の一環である医療・福祉・教育の制度に依拠してその人生を送らざるを得ない。しかし,その制度が自由権を無視した制度であれば,事実上その人の自由権は剥奪されることになる。 このように,自由権と社会権はそれ単独で機能するものではなく,両者は不可分のものであり,相互に依存し,かつ,相互に関連を有しているのである。 例えば,19条の地域社会で生活する平等の権利は,a項においては自由権,b項においては社会権といった内容で構成されているが,a項で示されている「特定の生活施設で生活する義務を負わない」という自由権は,福祉サービスとして施設入所以外の選択肢がない状態では,絵に描いた餅に過ぎないことになる。また,b項で示されている「地域社会支援サービス」も他方で自由権が障がいのある人にも明確に保障されていてこそ,そのサービスに求められている内容と質が確定されることになる。このように自由権と社会権は密接に関係し合っていることをこの前文は示している。 したがって,両者はそれぞれが単独の権利として解釈され,実施されるのではなく,不可分の関係にあるとの認識を持って実施されていく必要がある。 このことは,自由権については即時的な実施,社会権については漸進的実施という従来の二分論をそのまま維持するのではなく,社会権についても,「ただし,この条約に定める義務であって,国際法に従って直ちに適用されるものに影響を及ぼすものではない。」(4条2項)としていることにも反映されていることに留意する必要がある。 X 障がいに基づく差別の禁止 権利条約は前文に引き続き1条から9条までが総則,10条から30条までが権利の各則,31条から50条までが権利条約を実施するための施策や仕組みを規定するが,障がいに基づく差別の禁止は,一般原則の無差別(Non-discrimination)や機会の均等(Equality of opportunity)などの基本価値を実現するものとして,権利条約全体の屋台骨となっている。 権利条約は,これまで国際人権規範において差別事由として認識されてこなかった「障がい」を,明確に差別事由と位置づけた点で重要な意義を有する。 また,権利条約は,同様に社会モデルの視点にたって,社会参加を阻害する社会的障壁を除去することなしには機会の均等がはかれないとして,その障壁をもたらした社会の側にそれを除去するための合理的配慮を義務づけ,この違反を差別に当たるとしている点で,国際権利規範における「差別」概念を新たにする画期的なものであるといえる。 これらの新しい認識への転換は,すでに,アメリカ合衆国では1970年代から始まり,特にアメリカ合衆国のADA法が制定された1990年以降は,世界の主要な国や地域に広がっていった。権利条約はこれらの動きを受け,国際法レベルで,障がいのある人に対する差別が何であるのかを改めて確認し,概念として明確化したものであって,これまで存在しなかった新しい概念を創設したものではない。 したがって,権利条約の批准以前には差別でなかったものが,批准後は突如として差別となるといったものではない。権利条約はあくまでこれまで見落とされてきた差別を明示したに過ぎず,障がいを理由とするあらゆる区別,排除又は制限や合理的配慮の不提供は,権利条約批准前も差別であり,違法であった。 日本においても知的障がいのある人に対して職場が安全配慮義務を怠ったことを認め4000万円以上の損害賠償請求を認めたAサプライ事件(東京地裁八王子判決2003年12月10日),傷病に応じて職務内容を変更するなどの配慮を行うべきであったのにこれを怠ったとして退職扱いを無効としたエール・フランス事件(東京地裁判決1984年1月27日労判423号23頁),東海旅客鉄道事件(大阪地裁判決1999年10月4日労判771号25頁)などで,障がいのある人に対する配慮違反の違法性が判例上認められている。 1 差別の定義 権利条約は,無差別(3条d)を原則として,差別禁止を明確に打ち出している(5条2項参照)。差別の定義については「障害に基づくあらゆる区別,排除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする目的又は効果を有するもの」とした上で「障害に基づく差別には,あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」と規定し,合理的配慮義務の不提供も差別に含まれることを明らかにしている(2条)。 2 あらゆる形態の差別 権利条約は,「あらゆる形態の差別」を禁止している。このあらゆる形態の差別には,合理的配慮の不提供のほか,障がいのみを理由とする区別,排除又は制限などの異なる取扱い(いわゆる直接差別)だけでなく,いわゆる間接差別も含まれる。本来,間接差別については,定義規定が条約に盛り込まれる予定であったが(2008年8月に開かれた第8回目の特別委員会では,その文言を差別の定義規定に残す旨の合意がいったん成立した),日本政府が,間接差別があらゆる形態の差別に含まれることや,いまだ不明確な概念であることを理由に明文化することに反対し,明文化されるまでには至らなかった。なお,2012年9月14日付け障害者政策委員会差別禁止部会の意見書によれば,直接差別とは障がいを理由とする区別,排除,制限等の異なる取扱いがなされる場合を,間接差別とは,外形的には中立の基準,規則,慣行ではあってもそれが適用されることにより結果的には他者に比較し不利益が生じる場合をいうとされている。 また,間接差別のほかに,イギリスにおいては,障がいに関連する事由を理由とする関連差別(1995年障害者差別禁止法)やそれを発展させた障がいに起因する事由を理由とする起因差別(2010年平等法)といった類型が法定化されており,直接差別や間接差別の概念だけでは,障がいのある人に対するする全ての差別事案に対処できない現実を示している。このうち,少なくとも関連差別については,条約が審議される以前から法定化され,運用されていたものであり,かかる概念の存在をことさら否定する議論があったわけでもないことから見て,あらゆる差別に含まれていることは明らかである。 3 合理的配慮 権利条約は,人権条約として初めて合理的配慮に関する定義を設け,「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」(2条)としている。 合理的配慮を提供しないことがなぜ差別となるのかは,障がいを社会モデルで把握することではじめて理解される。すなわち,これまでの社会,特に資本主義を基盤とする現代社会においては,生産性を上げることを社会の第一命題とし,効率性・合理性の観点から「標準的な一般人」にとって暮らしやすい社会が用意されてきた。そして,そうした社会では,いつの時代いかなる場所においても必然的に存在する「障がいのある人」は弱者として保護されることはあっても,他と同等な存在として認識されることなく,障がいのある人には利用できない,或いは障がいのある人を排除する様々な社会的仕組みが形成され,それらが,障がいのある人に対して社会的障壁となって立ちはだかることになったのである。このため,障がいのある人は,障がいのない人が享有している機会の均等さえ保障されず,様々な機会や社会参加から排除されてきたのである。 このような,障がいのある人を他と平等な存在として想定しないままに構築されてきた社会やその仕組みを前提とするとき,「障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」という権利条約の目的を達成するためには,単に「異なる取扱い」を禁止するだけでなく,社会の側で機会の均等を保障するための「合理的配慮」を提供することが求められるのである。 このように,合理的配慮という概念は,直接差別などに見られる「異なる扱い」(作為)によってだけではなく,「機会の均等を担保する手段を講じない」という不作為によっても,障がいのある人への差別が生まれることを確認したものといえる。 さらに,そうしたことの重要性を踏まえ,本条約は「締約国は,平等を促進し,及び差別を撤廃することを目的として,合理的配慮が提供されることを確保するための全ての適当な措置をとる。」(5条3項)と規定し,社会全体があらゆる場面で合理的配慮を提供するために必要な措置を取るよう締約国に義務づけている。 <参考資料> 1 松井亮輔,川島聡編『概説障害者権利条約』(法律文化社,2010年) 2 長瀬修,東俊裕,川島聡編『増補改訂障害者の権利条約と日本−概要と展望』(生活書院,2012年) 3 日本弁護士連合会『国際人権規約と日本の司法・市民の権利―法廷に活かそう国際人権規約』(こうち書房,1997年) 4 松井芳郎,坂本茂樹,徳川信治,薬師寺公夫,小畑郁『国際人権条約・宣言集(第3版)』(東信堂,2005年) 5 障害者政策委員会差別禁止部会「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」(内閣府,2012年) http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/pdf/bukai_iken1-1.pdf 第2節 権利条約の履行確保のための諸制度 T 総説 1 履行確保のための諸制度の必要性 権利条約の批准に伴って,権利条約の内容が締約国内で履行されなければならない。 そのためには,単に批准という行為だけではなく,履行確保のための諸制度が設けられなければならない。 権利条約は,そのために次のような諸制度を設けることを締約国に求めている。 2 履行確保のための諸制度の種類 実施のための諸制度には,締約国が国内において設置する実施システムと国際的な実施システムに大別することが可能であるので,以下,各々説明する。 (1)国内の実施システム a 中央連絡先(フォーカルポイント)の設置(33条1項1文) 権利条約は,実施に関連する事項を取り扱う1又は2以上の中央連絡先の指定を義務付けている。 b 調整の仕組みの設置(33条1項2文) また権利条約は,異なる部門及び段階におけるこの条約の実施に関連する活動を容易にするため,政府内に調整のための仕組みを設置し又は指定することについて,義務ではないものの十分な考慮をすべきこととする。 c モニタリング(実施の促進・保護・監視)の枠組みとパリ原則(33条2項) 33条2項は,他の人権諸条約とは異なり,条約上の権利の実施を促進,保護及び監視する機関の設置を締約国の義務としており,締約国の国内において,そのための枠組みの構築や機関の設置を求めている。 ア 権利条約33条2項1文は,「この条約の実施を促進し,保護し及び監視するための枠組み(適切な場合には,1又は2以上の独立した仕組みを含む。)」を「維持し,強化し,又は設置する。」と規定する。 ここで,実施の「促進(promote)」とは教育・広報を通じた条約の普及を意味し,「保護(protect)」とは個人による苦情申立ての検討や裁判への参加等を意味し,「監視(monitor)」とは立法の見直しや国内実施状況の検討活動であるとされる。 イ 同項2文は,「当該仕組みを指定し又は設置する場合には,人権の保護及び促進のための国内機関の地位及び機能に関する原則を考慮に入れる」としている。 この原則は,1993年12月20日国連総会決議48の「国内機構の地位に関する原則」(いわゆる「パリ原則」)を指す。 ウ 同原則は,各国が設置すべき国内人権機関の備えるべき責務,構成などの原則を内容とするもので,国内人権機関の責務として,当該国家が締約国となっている国際人権条約と国内の法律,規則及び実務との調和並びに条約の効果的な実施を促進し確保すること(3項b),情報提供と教育を通じて人権とあらゆる形態の差別と闘う努力を宣伝すること(3項f,g),個別の申立てを受けて調停や拘束力のある決定によって解決を追求することなどの権限を負っている。 また,パリ原則は,国内人権機関に,財政面,組織面,構成員の地位などの観点から政府から独立したものとなるべきことを求めている(パリ原則「構成並びに独立性の及び多様性の保障」2項及び3項)。 さらに,パリ原則は,国内人権機関の組織の多元性として「人権の促進及び擁護にかかわる市民社会の社会的諸勢力からの多元的な代表を確保する」ことを求めている(パリ原則「構成並びに独立性の及び多様性の保障」1項)。 エ 33条2項1文が「枠組み」とし「適切な場合には,1又は2以上の独立した仕組みを含む。」としていることは,既存の組織・機関等に促進,保護,監視の機能を担わせるという「枠組み」も想定しつつ,適切な場合にはこれらの機能を担うことを目的とした組織・機関等を設立して「独立した仕組み」を作ることを求めていることを意味する。ただし,続く2文が「当該仕組みを指定し又は設置する場合には,人権の保護及び促進のための国内機関の地位及び機能に関する原則を考慮に入れる」とあるとおり,これらの権能を行使することを目的とする独立した仕組みを作る場合には,パリ原則に準拠した仕組みであることが最も目的達成に適合的であるとしていると考えられている。 上記の趣旨からすれば,モニタリングを行う枠組みは,必ず国内人権機関によらなければならないとしているものではないが,モニタリングのためにどのような枠組みが定められるとしても,パリ原則を「考慮に入れる」こととしていることからすれば,パリ原則が国内人権機関に求める,政府からの独立性,多元性などの趣旨が求められることとなる。とすれば,権利条約33条2項の求めるモニタリングを行う機関としては,パリ原則に則った国内人権機関が,最も相応しい形態の一つであることも論を俟たない。 d 実施にあたっての一般原則 −当事者の参画−(4条3項,33条3項) 条約を実施するための法令及び政策を策定し及び実施するに当たり,並びに障がいのある人と関連する問題についての他の意思決定過程において,障がいのある人(障がいのある子どもを含む。)を代表する団体を通じて,障がいのある人と緊密に協議し,かつ,障がいのある人を関与させることとし(4条3項),実施におけるあらゆる過程において,障がいのある人との緊密な協議と障がいのある人の参画を確保することを求めている。 モニタリング(33条2項)の過程においては,市民社会,特に,障がいのある人は,監視の過程に完全に関与し,かつ参加するとし(33条3項),特に,障がいのある人の参加を求めている。 e 各国のモニタリング機関 第12回障害者政策委員会(2014年4月28日)で配布された「権利条約の国内モニタリングに関する国際調査」には,イギリス,ドイツ,韓国,オーストラリア,アメリカ合衆国の5か国の国内モニタリング状況の調査結果が報告されている(障害者政策委員会のウェブサイトに掲載)。 同報告によると,いずれの国においても,モニタリングのための独立した仕組みが設けられており,イギリスにおいては平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission : EHRC),ドイツにおいてはドイツ人権機関(Deutsches Institut fur Menschenrechte),韓国においては国家人権委員会,オーストラリアにおいてはオーストラリア人権委員会(Australian Human Rights Commission : AHRC,アメリカ合衆国においては全米障害者評議会(National Council on Disability : NCD)が挙げられている。このように,いずれも独立した機関によってモニタリングが担われていることに留意すべきである。 (2)国際的な実施のシステム a 障害者権利委員会の設置 権利条約の国際的実施措置のため,障害者権利委員会(Committee on the Rights of Persons with Disabilities :CRPD)が設置される(34条以下)。各締約国から選出された18名の委員で構成され,政府報告の審査,一般的意見の作成,個人通報申立の受理などを行う。詳細については後述Uの「障害者権利委員会」を参照。 b 政府報告の審査 権利条約は,締約国に対し,条約に基づく義務履行がなされているかどうかの定期的な報告を委員会に提出することを義務づけている(35条,36条)。この政府報告に基づき,障害者権利委員会は締約国の条約実施状況を審査する。詳細については後述Uの「障害者権利委員会」を参照。 c 個人通報制度 個人通報制度とは,条約上の権利を侵害されたと考える個人又は団体が,権利条約により設置された国際機関である障害者権利委員会に直接,通報をして,その判断を求めることができる仕組みである。この制度は,権利条約の選択議定書に定められた制度である。詳細については後述Wの「個人通報制度及び選択議定書の批准」を参照。 d 調査制度 調査制度とは,障害者権利委員会が,締約国によって,権利条約に定める権利の重大又は系統的な侵害がなされたことを示す信頼できる情報を受けた場合に,障害者権利委員会が,当該締約国の協力の下に調査を行い,その結果と意見及び勧告を送付する制度である。この調査制度は,権利条約の選択議定書6条から8条に定められた制度である。 e 締約国会議 権利条約40条1項に基づき,同条約の実施に関する事項を検討するための締約国会議が毎年開催されている。具体的には,障害者権利委員会選挙(2年に1度),基本的施策の決定,「ラウンドテーブル」と呼ばれるパネルディスカッション,そして締約国・署名国の実施状況が報告される(各年度の実施内容については後述Vの「締約国会議」参照。) U 障害者権利委員会 1 概要 権利条約の国際的実施措置のため,権利条約は,国連に障害者権利委員会(Committee on the Rights of Persons with Disabilities :CRPD,以下「委員会」という。)を設置することを定める(34条以下)。委員会は,権利条約発効時は12名の専門家で構成され,条約を批准した国が,効力発生時より60か国増えた場合は,委員の数を6名増加させ,18名まで増加することとしている(34条2項)。委員会の委員は,個人の資格で職務を遂行するものとし,徳望が高く,かつ,この条約が対象とする分野において能力と経験を認められた者が選ばれる。なお,委員の選任にあたっても,当事者参画の理念(4条3項)に十分に考慮を払うことが求められている(34条3項)。委員は,締約国会議(40条)において,締約国の国民から選出され,原則として任期は4年である(ただし,初回の選挙では,抽選により6人の専門家の任期は2年とされた。)。 2008年11月3日,国連総会の下で,障害者権利条約の締約国会議が開かれ,最初の12名の委員が選任され,委員会が設置された。 以後,委員会は2014年4月までに11会期開催されており,第1回会期から第4回会期については,役員選挙,一般的意見に関する討議,報告ガイドライン,手続規則(34条10項)の制定などが行われた。第5回会期ではチュニジアに対する建設的対話が実施され,これを皮切りに第11会期に至るまで計13か国の建設的対話が実施されている。 2014年現在,選出されている18名の委員の内訳は,男性11名,女性7名である。特筆すべきは委員18名のうち17名が障がいのある人であり,当事者参画(4条3項)の趣旨が反映されている。委員の国籍はオーストラリア,韓国,タイ,トルコ,ヨルダン,ウガンダ,ケニア,チュニジア,エクアドル,グアテマラ,チリ,メキシコ,イギリス,デンマーク,スペイン,セルビア,ドイツ,ハンガリーである。 2 委員会の活動内容 委員会の活動は,おもに以下の3つである。 (1)締約国の報告の検討(35条,36条) 権利条約は,締約国に対し,条約に基づく義務履行がなされているかどうか,定期的に政府報告を委員会に提出する義務を課す。この報告に基づき,委員会は締約国の条約実施状況について,審査を行う。委員会の主たる活動である。詳細は後述する。 (2)一般的意見の作成 委員会は,条約履行の実現を促進し,締約国の報告義務の履行を助けるために,権利条約における特定の各条項に関し,一般的意見(General comments)として委員会の解釈を示すことができる。 委員会は,第2回会期より,12条(法の前の平等)と9条(アクセシビリティ)に関して一般的意見の作成に取り組み,3回にわたる一般的討議(General discussion)の上で,上記2つの条項につき一般的意見の草案を公開し,当事者団体のヒアリングを行うとともに,2014年4月の第11回会期において,これら草案について議論し(Public reading),同年4月11日に,委員会としての解釈を示す一般的意見を採択した(その内容は巻末資料1−4を参照)。なお,2015年春に行われる第13会期では,19条(地域生活)と24条(教育)に関して,一般的討論を行うことが決定されている。 (3)選択議定書における個人通報の受理・検討 委員会は,選択議定書を批准した締約国により条約規定侵害にあたる行為をされたとする個人若しくは集団からの通報,又はこれらの個人・集団のために提出される通報(個人通報)を受理・検討する権限を有する(選択議定書1条1項)。 なお,選択議定書の未締約国についての通報を受理することはできない(選択議定書1条2項)。日本は選択議定書については批准を行っていない。 3 締約国の報告,及びそれに対する検討 (1)概要 政府報告制度(35条,36条)は,締約国に対し,条約に基づく義務履行がなされているかどうかの定期的な報告を委員会に提出させ,この報告に基づき,委員会が締約国の条約実施状況を審査するというものである。締約国からの報告が提出された後は,後述(2)のような審査のサイクルに乗って締約国の条約実施状況が定期的に「診断」されることになる。 (2)審査のサイクル @ 締約国における条約の批准 A 批准から2年以内に最初の報告書提出(Initial State report) B 委員会による質問事項の作成(Committee’s List of issues) C 質問事項に対する締約国の回答(Replies to List of issues) D 建設的対話(Constructive dialogue) E 総括所見(Concluding observations) F 締約国による総括所見の実施 G 最初の報告書提出後,4年ごとに次の報告書(Periodic report)の提出 H 以後,Bからの手続きが順次繰り返される (3)報告 締約国は,権利条約を批准すると,条約が国内で効力を生じてから,2年以内には最初の報告を,その後は少なくとも4年ごとに報告を行わなければならない(35条1項,2項)。最初の報告では,批准後から報告を行うまでに,権利条約に基づく義務を履行するためにとった措置及びこの措置によりもたらされた進捗に関する包括的な報告を明らかにしなければならない(35条1項)。 報告に関するルールは,委員会が作成した報告ガイドラインによるものとされ,締約国における各人権の擁護に関する総論的な状況に関する報告とあわせて,権利条約1条から33条の各条項に関し,法的にも事実的にも履行がなされているかどうかの詳細な分析ついての報告が締約国に求められている。締約国による報告書の作成は,公開され,かつ透明性のある過程でなければならず,締約国の報告書を作成する際には,障がいのある子どもを含む障がい者団体を通じて彼らと協議し,その積極的参加を得なければならない(35条4項)。ここでも当事者参画の趣旨が表れており,締約国は,国内の障がい者団体との協議を実施しなければいけない。 また,提出された締約国の報告は,委員会のウェブサイトに公開され,国連の公用語に翻訳される。 (4)質問事項 締約国から報告が提出された後,委員会委員の一人が締約国の担当者として任命され,その委員が中心となって報告の事前審査を行う。その上で,委員会内において,質問事項を採択する。質問事項を作成する目的は,締約国の報告を補完するできる限りの情報を得て,締約国と委員会による対話が建設的に,かつ十分な情報を得た上で行われるようにすることにある。 (5)質問事項に対する政府の回答 この質問事項は締約国に送付され,締約国は,2か月以内に,当該質問事項に対する回答を準備する。なお,この回答も,委員会ウェブサイトに事前にアップされる。 (6)建設的対話 質問事項に対する回答がなされたのち,ジュネーブの国連オフィスにおいて,委員会委員と当該締約国の政府の代表とが直接対話を行うセッションが開催される(建設的対話)。建設的対話は公開会議の形式であり,当該締約国の障がい者団体(DPO)などが多く傍聴に訪れる。建設的対話は,締約国政府がその提出した報告について15分から20分間ほど発表を行うことにから始まる。 その後,委員会の担当者委員が,事前審査の所見を伝える。 そして,各条項に関する質問と回答が行われる。権利条約の複数の条項(例えば1条から10条)に関するものを1セットとして,質問と回答がまとめて行われる。 委員会の質問は,担当者委員のみならず,随時他の委員も質問を追加する。通常,これに対し回答準備のために短い休憩がとられ,締約国政府から回答がなされる。その後,次のセット(例えば,11条から20条の条項群)についての質問,回答が順次行われる。 (7)総括所見 委員会は建設的対話の後,非公開の会議で総括所見を作成し,これを採択する。総括所見は,委員会が締約国政府に対し,4年後に行われる報告までに変更を求める点に焦点を絞って,作成される。 総括所見は,導入部(Introduction),委員会が締約国の施策を評価する積極的側面(Positive aspects)と,改善を求めるべき主要な懸念事項・勧告の分野(Principal areas of concern and recommendations)の3パートに分かれている。現在,総括所見が出されているのは,チュニジア,スペイン,ペルー,中国,アルゼンチン,ハンガリー,パラグアイ,オーストラリア,オーストリア,エルサルバドルの10か国である(このうち,チュニジア,スペイン,中国については巻末資料1−5を参照)。 (8)総括所見の実施と定期報告の提出  締約国政府は,委員会からの総括所見を受け,4年の間に,総括所見に記載された勧告を実施していくことが求められる。その上で,勧告の実施に向けた行動と取組に関する定期報告を委員会に提出する。定期報告提出後は委員会の質問事項の作成が行われ,再度報告審査のサイクルを繰り返すこととなる。 (9)報告サイクルの実態 以上のような審査のサイクルに従い,各締約国が委員会とのやりとりを進めていくことになる。 2014年7月現在,条約を批准した141の国,地域のうち,最初の報告が提出されている締約国は60か国,質問事項が採択されている締約国は19か国,総括所見が採択されている締約国は13か国となっている。 (http://www.internationaldisabilityalliance.org/en/crpd-reports-0) 締約国が最初の報告を期限どおりに提出しない場合も多く,2014年7月1日現在,54か国が最初の報告の提出期限を徒過している。委員会は締約国に書簡を送って提出を促すこともある。それでも提出がない場合は,報告がない段階で建設的対話を始める可能性もある。障がい者団体がパラレルレポートを先に提出してしまい,政府報告の提出が促されたというケースもあった。 なお,質問事項の送付及び建設的対話を実施する締約国の順序については,最初の報告が提出された順に実施されているとのことである。 2014年3月の時点では,総括所見が出されているのはまだ10か国であり,情報のフィードバックの不十分な点も影響して,報告審査による締約国の条約実施の改善についてまだ情報は少ないが,下記のような情報がある。 ペルーでは,質問事項の採択段階で障がい者団体が知的障がいのある人の選挙権剥奪を指摘したところ,建設的対話に至る前に選挙権が回復した。ペルーに対する勧告の一つに,強制入院に関する法律の撤廃の勧告があり,その結果,その法律は撤廃されたという情報があるとのことであった。 チュニジアは,審査がアラブの春の革命直後であったところ,新しい憲法の制定や選挙の手順を決めるにあたり,障がいのある人の観点から様々な勧告をした結果,実際の選挙でアクセシビリティについての配慮がなされたという成果があった。新憲法の条文にも障がいのある人は差別から保護されなければならないとの規定が設けられた。 4 障がい者団体(Disabled People's Organisations : DPO)の役割 (1)概要 上記委員会における報告審査のサイクルにおいて,単に締約国と委員会のみがその審査に関わるだけではない。報告の審査を受ける締約国の障がい者団体(DPO)が審査の各段階で,公式,非公式に関与し,当該締約国の条約の実現に関する活動を行っている。締約国としても,障がい者団体をこの審査のプロセスに関与させることが求められいる(35条4項)。 現在まで,審査が行われた各締約国の障がい者団体の代表は,チュニジア,中国,ハンガリーを除き,ジュネーブで開催された会議に参加し概要説明を行っている。 なお,障がい者団体が委員会と関わる場合,国際障害同盟(International Disability Alliance:IDA)という団体の存在が重要である。IDAは,障がい種別ごとの国際的な障がい者団体のネットワークとして,条約に定められた障がい者の権利実現のため,国連,とりわけ障害者権利委員会における報告審査における障がい者団体の関与に際して,重要な役割を果たしている。 (2)報告及びその検討に対する障がい者団体の関わり a NGO/DPOによる代替報告(パラレルレポート)の作成 締約国政府は,最初の報告を提出するにあたり,権利条約に関して講じた措置や,法律を制定したことによって,権利条約の各条項に求められた義務を履行していると強調する傾向がある。バランスのとれた客観的意見を委員が得るためには,締約国が直面している課題について,障がい者団体若しくはその連合体の作成したパラレルレポートが必要となる。効果的なパラレルレポートが作成されるように,IDAがレポートガイダンスを作成している。 (http://www.internationaldisabilityalliance.org/en/guidance-document-parallel-report) パラレルレポートによって,委員は条約の義務履行に関する問題が締約国のどこに存在するのか,明確な構図を得ることが可能となり,これらの問題を,建設的対話の中で確実に締約国に伝えることができる。 このパラレルレポートは,各障がい者団体が各自に提出することが可能であるが,それぞれのレポートの意見が食い違うような場合には委員に対して実情がよく伝わらない可能性もある。そのため,できるだけ,各団体が協調し,障がいのある人全てが含まれるような連合体を形成し,統一したパラレルレポートを出すことが望ましいとされている。 また,統計資料に基づく意見が出せることや,委員会が出すべき質問事項や,建設的対話を踏まえての総括所見について,具体的な文案まで提案できることが望ましい。 パラレルレポート作成にあたり,障がい者団体のみならず,NGOの連携も要請されており,日本の場合には,法律家団体たる日弁連の連携もありうるところである。なお,権利条約に基づき,既に総括所見が終了した10か国について,各締約国弁護士会からのパラレルレポートの提出はなかった。 b 質問事項に対するDPO/NGOの関わり 委員会が質問事項を作成する際に,締約国における障がいのある人の生活に関する必要な情報を委員会に対して提供するという活動を行うことが考えられる。具体的には,質問事項の編集会議の際に,障がい者団体はジュネーブを訪問して,担当委員に対して,質問事項に含めるべき課題を提案することが考えられる。 例えば,質問事項編集の時期には,IDAがサイドイベントを開催することがあり,このイベントの機会に上記課題を直接委員に提案する機会がある。 なお,審査のサイクル全般を通じていえることだが,障がい者団体やNGOが,当該締約国の審査を担当する委員に対して,連絡をとったり,締約国の実情を実際に診てもらうため,自国への訪問を要請したりすることも行われている。 c 質問事項に対する独自の回答 また,質問事項が作成された後も,障がい者団体は政府の回答とは別の回答を作成し,それを委員に提供する機会も与えられている。 d 建設的対話の前のブリーフィング 委員会の会期初日に行われるオープニングの最後に,政府代表が加わらない席で,DPO/NGOが直接委員会委員に情報発信をする時間が通例持たれている。これをプライベート・フォーマル・ブリーフィングという。 また,委員会は,締約国政府との建設的対話を開始する前に,当該締約国の障がい者団体の意見を直接聞くために非公式の会合(ランチ・タイム・ブリーフィング:1時間程度)を開催している。通常,この会合は国連の正式な通訳を伴う公式の会議として行われている。これは,最新の状況を障がい者団体から把握し,委員が締約国政府との建設的対話に備えるためである。 なお,建設的対話の最中には,障がい者団体は発言をすることはできないけれども,休憩中に委員が障がい者団体に情報提供を求めることもある。 e 総括所見の実施確保 委員会による総括所見の採択を受け,障がい者団体は,国内においてこれらの総括所見の実施を確保するという重要な役割を担う。総括所見をメディア等を通じて国内で広く公開し,その勧告の実現を政府や市民社会に対して求めていくことになる。 V 締約国会議 1 はじめに 権利条約40条1項は,同条約の実施に関する事項を検討するための締約国会議を定期的に開催する事を規定している。障害者権利委員会では,2年に1回の委員の選挙基本的施策の決定,「ラウンドテーブル」と呼ばれるパネルディスカッションの開催,締約国・署名国の実施状況の報告などがなされる。日本は,当初より署名国として準備状況をほぼ毎年発表していたが,2014年の批准により,締約国の仲間入りを果たし,その役割がより一層期待されるところではある。 2 各締約国会議で行われた事項(概要) (1)第1回締約国会議(2008年10月31日〜11月3日) 第1回目の障害者権利委員会選挙が行われ,23名の候補者から12名の専門家が選出された(うち障がいのある人は9名)。 (2)第2回締約国会議(2009年9月2日〜4日) 国連機関等とのディスカッションが行われた。本締約国会議終了に伴い,国連システム当局が権利条約実施戦略及び行動計画を明らかにした。一例を挙げると,障害者権利委員会(Committee on the Rights of Peoples with Disabilities)の事務局として活動している国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は,例えば国内体制への同条約の導入方法に関するガイダンスのための研究を行い,非差別,アクセシビリティ,法的能力,自由及び安全確保,自立生活,教育及び雇用などの実質的な法的課題について,カウンセリングを行う等,各国政府が条約の義務を果たせるように,いくつかの手段を開発している,との報告があった。 (3)第3回締約国会議(2010年9月1日〜3日) 第2回選挙が行われ,「インクルージョンと教育の権利」「地域生活」の2つのラウンドテーブルが開かれ,3日目に国連システムとしてどのような取組が条約の実施に向けてなされているかの報告が国連の各機関からあった。例えば,人権高等弁務官事務所からは,条約の国内実施に関する仕組みの構造と役割に関する研究の報告があり,パリ原則に則る独立した監視機関の重要性が指摘された。 なお,会議では,署名国も発言の機会があったが,日本政府からの発言は無かった。 (4)第4回締約国会議(2011年9月7日〜9日) 「可能性を引き出す環境」を大テーマとして掲げ,「参加と雇用,国際協力を通じた障害者の権利条約の実現」を副題とした。全部で500名以上の参加者があり,半数近くがNGO(非政府団体)の代表であった。35という多数のサイドイベントが催され,政府や障がい者組織の関心の高さが顕れていた。なお,この時点で,権利条約の締約国又は地域の数は100超となっている。 本会においては,2012年にブラジルで開催されたリオプラス20(地球環境・持続的発展に関する会議),また,ミレニアム開発目標(MDGS)という世界の貧困や教育に関する取組の次の目標など国際的に大きな課題との関連で,いかに障がいの問題を位置づけるかが国際社会の課題となっていることが明らかにされた。その関連で,2012年開催のポストMDGSの世界の開発目標と障がいのリンクをどのように行うのかなどを議論する,障がいと開発に関するハイレベル会合(HLM)が行われるなど,開発全般と障がいへの関心がさらに高まっている。 ラウンドテーブルとしては,前述の障がいと開発というテーマを意識して「国際協力を通じた障害者の権利条約の実施」が開かれた。もう一つ「政治的及び公的活動への実効的で完全な参加への確保」も開かれ,ペルーのマリア・アレハンドラ・ヴィラヌーヴァ氏(ペルーダウン症協会,ダウン症者)がダウン症者として投票する権利を奪われ,裁判で選挙権を取り戻した経緯を述べ,「私はこうした事態を,自分と他の障がいのある人のために変えるために戦います。他の人と同じように市民になりたいのです。」と述べた。 締約国会議の前日に,非公式のNGOと障がい者団体(DPO)のディスカッションと市民社会フォーラムが開催されたほか,9日・10日に機会均等基準の専門家パネル,11日にはIDAの会合など,締約国会議を軸として多くの動きがあった。日本については後述する。 (5)第5回締約国会議(2012年9月12日〜14日) 大テーマを「障害のある女性と子ども」として行われた。ラウンドテーブルは「アクセシビリティと技術」「障害のある子ども」の二つ行われ,非公式に障がいのある女性のセッションが行われた。障害者権利委員会の選挙も行われた。ここでは,ラウンドテーブルでの「アクセシビリティと技術」についてその一部を紹介する。講演者は,河村宏氏(DAISYコンソーシアム),フランシス・ウェスト氏(IBM),インマクラーダ・プラセンシア‐ポレロ氏(欧州委員会)及びショーン・クルーズ氏(国連グローバル・コンパクト)であった。 河村氏は,DAISY(アクセシブルな情報システム)の技術(フォントサイズの拡大,読み上げ速度の調整,スクリーンリーダーによる読み上げとテキストのハイライトの同時進行,理解しやすいテキストなど)を解説する2件の発表を行った。 (6)第6回締約国会議(2013年7月17日〜19日) 大テーマを「適切な生活水準の確保(エンパワーメント及び障害者権利条約のもとでの障害者の参加)」と設定し,小テーマを@社会保障及び貧困削減戦略を通しての経済面でのエンパワーメント,A世界,国家,地域の中でのインクルーシブの発展と設定して行われた。 (7)第7回締約国会議(2014年6月10日〜12日) テーマとして@2015年以降の開発課題に対する権利条約規定の取り込み,A若年の障がいのある人」が取り上げられた。 また,障害者権利委員会の選挙が行われた。 なお,本会は日本が条約を批准してから初めての会議である。これを受けて,吉川元偉大使がコメントを残している(コメントについては後述)。また,JDF(日本障害フォーラム)が「市民社会の参加と障害者権利条約の実施」というサイドイベントを主催した。 2 日本政府のコメント 履行確保制度という本文の趣旨から少し外れるが,日本も各回において発言を行ってきた。そのコメントにつき,一部を下記紹介する。 (1)第4回(日本政府国連代表部 木村徹也公使)コメント抜粋 今日,この機会に,日本がこの数年において実施してきた積極的な施策について皆様と共有したいと存じます。 第1に,2009年12月に内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置いたしました。総理大臣が本部長を務め,全閣僚がメンバーです。この推進本部は,権利条約を締結し,実施するために必要な関連国内法整備をはじめとする,集中的な制度改革を行う目的で設置されました。条約交渉に政府のみならず,障がいのある人が参加したことを認識するとともに,国内的な要求に応じるためにも,障がいのある人の声が国内政策に反映される仕組みを確立することが重要であると感じました。そのために,過半数が障がいのある人と家族が占める「障がい者制度改革推進会議」を推進本部の下に設置したのです。 第2に,改正障害者基本法が2011年7月29日に成立しました。同法は全ての国民が,障がいの有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現することが目的です。この新法の二つの特徴は指摘するに価します。一つは,障がいのある人のための現実の施策の実施とモニタリングを監督する障害者政策委員会の設置です。もう一つは,必要で適切な配慮の提供を確保できないことを障がいに基づく差別として含んでいる点です。これは,「合理的配慮」という法的概念が日本の法体系に位置づけられる最初の例です。こうした規定は障害者権利条約に則ったものです。 最後になりますが,条約の32条が規定している国際協力に私どもは取り組んでまいりました。日本政府は政府開発援助(ODA)を通じて,この国際協力に貢献してきました。具体的には,バリアフリーな鉄道設備,大学キャンパスを推進すると共に,障がいのある人のリハビリテーション・職業訓練機関を設置してきました。 (2)第5回(国際連合日本政府代表部 久島直人公使)コメント抜粋 日本は権利条約の草案を作成する話し合いに積極的に参加し,2007年に署名しました。以来,日本は条約締結の完了に向けて,準備を進めております。今日はこの機会を利用し,過去数年間に渡り日本が講じてきた積極的な措置を,皆様にご紹介したいと思います。 まず,障害者基本法改正の下,「障害者政策委員会」が2012年5月に設立されましたが,その役割には,国内政策の実施状況の監視も含まれています。障がいのある人々も,この委員会に委員として参加しています。 2012年6月には,障がいのある人々に関連のある国内制度の改善に貢献する,いくつかの具体的な施策が発表されました。例えば,民間企業における障がいのある人々の法定雇用率は,2013年4月以降,1.8%から新たに2.0%に引き上げられ,障がいのある人々を1人以上雇用することを義務付けられる事業主は,「従業員56人以上」の事業主から「従業員50人以上」の事業主へと改正されました。また,今回の改正により,国及び地方公共団体における障がいのある人々の法定雇用率も,2.1%から2.3%へと引き上げられることになっています。 この会議のラウンドテーブルで取り上げられるテーマの1つは,「障がいのある子ども」ですが,教育面では,条約24条の規定にある「インクルーシブ教育システム」の概念に基づく報告書が,2012年7月に文部科学省諮問委員会から提出されました。報告書には,生徒の就学先選択を支援するプロセスや,障がいのある生徒に対する「合理的配慮」の改善など,障がいのある子どもの教育を促進するための施策が盛り込まれています。政府は今後,この報告書に基づき,障がいのある子どもの教育を促進する施策を検討していきます。 最後になりますが,2012年4月には,情報通信技術(ICT)に関する国連専門家会議が,国連広報センター及び日本財団との共同で,国連経済社会局(UNDESA)により,日本で開催されました。この会議では,2011年の東日本大震災の時に,障がいのある人々が情報から隔絶されていたことが報告されました。これを受けて,防災対策におけるICTアクセシビリティの開発の重要性が重く認識されました。 (3)第6回(第5回同様,国際連合日本政府代表部久島直人公使)コメント抜粋 日本は,開発途上国における障がいのある人々のエンパワメント促進と社会へのインクルージョンに向けた国際協力の役割を,大いに重視しております。日本政府は政府開発援助(ODA)を通じて,さまざまな協力の取組を続けてきました。例えば2009年には,マレーシアにおいて,「障害者の社会参加支援サービスプロジェクト(フェーズ2)」と称する技術協力プロジェクトが開始されました。このプロジェクトの目標は,障がいのある人々への支援を通じて,このような人々が仕事と職場に適応できるようにする,雇用増加を目的とした「ジョブコーチシステム」の設立による,障がいのある人々の社会参加の促進です。 日本はまた,人間の安全保障を基本とした,アジア太平洋地域の障がいのある人々のための政策開発に,大いに貢献してきました。アジア太平洋障害者の10年(2013‐2022)の行動計画であるインチョン戦略は,アジア太平洋地域と,実に世界に対して,地域で合意の得られた障がいインクルーシブな一連の開発目標を,初めて提供しています。また,これには,日本の外交政策における重大な関心分野である,障がいインクルーシブな災害リスクの軽減と管理の促進という視点が含まれています。日本代表団は,この分野における経験と知識をもって,インチョン戦略の実施に貢献できると信じております。 (4)第7回(国際連合吉川元偉大使)コメント要旨 障害者権利条約締約国会議において,初めて締約国として発言することを光栄に思う。 今次会議には,2名の日本の市民社会からの代表が政府代表団に加わり,本日この場に出席している。お一人は,13の日本の障がい者団体から構成される日本障害フォーラムの藤井克徳氏。もう一人は,日本の障害者基本計画の政策や実施状況について政府に提言する障害者政策委員会の前委員長である石川准氏。 1月20日に批准書を寄託したことは喜びであり,これにより日本はこの条約を締結した。本日,締約国として初めてのステートメントにおいて,私は三つの点を発信したい。市民社会の役割,国際協力の重要性,障がいと災害である。 (市民社会の役割) 障害者権利条約が国連加盟国のみならず市民社会の参加も得て作られたこと,条約の実施が市民社会と共に進められていることを思い起こしたい。日本の市民社会も,国連の交渉に参加し,また国内の条約の実施にも取り組んでいる。 この条約を締結し,最大限実施するために,日本は関連国内法を改正し,国・地方公共団体・民間事業者に,障がいに基づく差別に対する具体的な行動をとることを法的に要求する新たな法律を策定した。 日本は,教育や雇用等の特定の政策分野において,条約実施のための意見交換を市民社会と共に引き続き行っていく。多様な障がいのある人々が一緒に議論する必要があり,それがインクルーシブな社会を促進する。本日,日本が,日本障害フォーラムやポーランドと共に開催したサイドイベントでも,多様な障がいをもつ人々が特定の分野について議論するという点が主要な論点であった。 (国際協力の重要性) 2点目は,国際協力の重要性である。世界の人口のおよそ15%,およそ10億人が障がい者であり,その80%が途上国で暮らしている。 日本はこれらの途上国に対する国際協力において,人材育成,技能訓練,意識啓発など,地域に根ざしたリハビリテーションという広い分野に重点的に取り組んできた。 1つの例として,タイのバンコクに設立された「アジア太平洋障害者センター」を挙げたい。2002年に日本が同センターへの支援を開始して以来,アジア太平洋地域の30か国以上の国から1600名以上(その半数以上が障がい者)が研修を受け,研修後,彼らの多くは自身のイニシアティブを展開した。 例えば,知的障がい者自身が知的障がい者の問題やその解決策を議論するワークショップを開催し,このような活動により,後にタイの知的障がい者による初めての知的障がい本人のグループが立ち上がった。この後,同グループの活動はミャンマーやカンボジアに広まった。 (障がいと災害) 3点目は,障がいと防災である。災害における障がい者のニーズに応えることは重要である。特に,障がい者は災害に対して脆弱である。自然災害による障がい者の死亡率は,被災地全体の死亡率に比してはるかに高いことが知られている。これは,2011年3月の東日本大震災にも当てはまる。 日本は,東日本大震災後,災害対策基本法を改正した。その中では,障がい者を含め避難に支援を要する人々の名簿を作成することを義務づけている。 明日,国連経済社会局(DESA)と日本や市民社会は,障がいの視点から防災を考えるイベント・DESAフォーラムを共催するので,お越しいただきたい。 日本は,この締約国会議を重視しており,他の国連加盟国及び市民社会と協力していくことを誓う。日本は,国際協力,また障害者権利委員会に将来参加することを通じて,積極的にこの条約に貢献していく考えである。 W 個人通報制度及び選択議定書の批准 個人通報制度とは,条約上の権利を侵害されたと考える個人又は団体が,権利条約により設置された国際機関である障害者権利委員会に直接,通報をして,その判断を求めることができる仕組みである。 1 個人通報は,障害者権利条約に保障された人権が侵害され,国内での救済手段(行政手続・裁判)を尽くしてもなお救済されない場合,被害者個人若しくは集団などがその人権条約上の委員会に通報し,通報を受理した委員会が調査を行い,通報事案についての意見(Views)や勧告を出し,締約国政府や国会がこれを受けて国内での立法,行政措置などを実施することにより,個人の権利の救済を図ろうとする制度である。 2 個人通報制度が導入された場合,第一に,国内の裁判で救済されなかったケースについて,個別の救済が可能となる。日本の裁判所は,人権条約の適用について消極的であるため,個別事件に関する救済の意義は大きくなる。また,救済は,条約上の委員会の意見を経たのち,行政的な措置あるいは新たな立法などでなされることが予想されるため,当該ケースのみならずその後の同種事例においても国内での救済が前進することとなる。 さらに,裁判所は国内での裁判の後に条約機関で異なる意見があり得ることを前提として判決を下すこととなるため,裁判官に権利条約を意識させ,緊張感を与えることができ,条約機関の見解を念頭において裁判せざるを得ないこととなる。このことは,国内の裁判において,結果的に日本の人権水準を国際標準に近づけることとなる。 3 個人通報制度を導入するには,日本が選択議定書を批准する必要がある。 2014年6月現在,障害者権利条約を批准している国は147か国・地域,うち選択議定書を批准している国は83か国にのぼり,権利条約を批准した国のうち56%を超える国が選択議定書を批准している。 選択議定書の批准を求める運動も今後の重要課題となっている。 <参考資料> 【T 総説】に関して 1 山崎公士「障害者権利条約の国内的実施・監視―障害者権利条約の批准と障害者差別禁止法の制定を控えて」神奈川法学45巻1号8頁,96頁(2012年) 2 キャサリン・ブランソン「オーストラリアの人権保障における人権委員会の役割」自由と正義61巻11号(2010年11月) 【U 障害者権利委員会】に関して 1 障害者権利委員会 http://www.ohchr.org/en/hrbodies/crpd/pages/crpdindex.aspx 2 国際障害同盟 http://www.internationaldisabilityalliance.org/en 3 ヴィクトリア・リー基調講演「障害者権利条約の批准と締約国の責務について」(JDF全国フォーラム基調講演,2013年12月4日) http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/131204_JDF/vlee/vlee.html 4 山崎公士「実施措置」(長瀬修,東俊裕,川島聡編『増補改訂障害者の権利条約と日本−概要と展望』235頁以下(生活書院,2012年) 【V 締約国会議】に関して 1 長瀬修「障害者の権利条約第4回締約国会議−日本政府のステートメント」月刊ノーマライゼーション31巻通巻365号45頁から46頁(2011年12月) 2 国連ホームページ http://www.un.org/disabilities/default.asp?id=1535 3 DINFホームページ http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/090994_press_release.html (第4回締約国会議) http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/statement110907.html (第5回締約国会議) http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/statement120914.html (第6回締約国会議) http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/statement130719.html (第7回締約国会議) http://www.un.org/disabilities/default.asp?navid=15&pid=1615