第3章 韓国 T はじめに−視察の目的 1 概要 第57回人権擁護大会シンポジウムの第2分科会のテーマが「障害者権利条約の完全実施を求めて」に決定したことから,当該シンポジウムの準備として2014年6月1日から4日まで,大韓民国(以下「韓国」という)の調査を実施した。 2 韓国における調査の必要性 (1)権利条約の政府報告書審査への対応についての調査 権利条約の批准に伴って,日本も数年以内に,韓国同様に障害者権利委員会による政府報告書の審査を受けることとなる。権利条約を日本に先行して批准した韓国において政府報告書審査に政府機関,国家人権委員会やNGOがどのような準備を行っているか,またどのような観点からの審査が行われる可能性があるかなどを,政府機関,国家人権員会,NGOなどからヒアリングをおこなう意義は大きい。 (2)「障害者差別禁止及び権利救済に関する法律」の実態調査 権利条約の国内実施のため2013年に日本で制定された差別解消法を実効的に施行・運用するために有益な情報を取得することができる。韓国は,2001年に国家人権委員会を設立し,2007年には日本に先立ち,「障害者差別禁止及び権利救済に関する法律」(以下「差別禁止法」という。)を成立させた。その後, 2014年3月には 国家人権委員会による社会福祉法人の障がいのある人に対する虐待事例報告がされ,人権委員会によって理事が刑事告発されたり,裁判所に障がいに関する研究会が設立され裁判所主導の下,障がいのある人に対する司法アクセスガイドラインが作成されるなど,着実な実績をあげている。差別禁止法が先行して制定・実施された韓国において,その実施・運用のためにガイドラインの策定などどのような施策が実施されているのか,また,現在どのような困難があるのか等について調査することは,日本における差別解消法の実施段階において有効な情報を得ることになる。 (3)法曹の活動についての実態調査 私たちは,本年3月29日にスイスのジュネーブを視察し,障害者権利委員会の委員と個別に面談を行った。その中で,条約締結後実績をあげている国の一つとして,韓国は,障がい者団体と法律家ないしは法曹団体が緊密に連携して活動がされている良い例であるとの指摘がなされた。 韓国の公益事務所の弁護士からの情報によると,韓国では,法曹がNPOと連携して,障害者権利委員会へレポートを出している。障がいの分野では,「Nothing about us, without us」(私たち抜きに私たちのことを決めないで)がスローガンとされており,権利擁護活動にあたっては当事者団体との連携・当事者の声の反映が最も重要な課題とされている。日本においては,障がい者団体,NPOとのネットワークは個々の会員の人脈に頼っているのが実体であり,この点についても韓国でどのような取組がされているかが参考になる。 3 視察先 今回の調査において,訪問した団体等は次のとおりである。 6月1日 国連障害者権利条約NGO報告書連帯(報告書連帯) 2日 保健福祉部 障害者政策局 3日 障害者差別禁止推進連帯(障推連),国家人権委員会, 障害者法研究会 4日 ソウル市障害者人権センター  なお,視察団にはコーディネート兼通訳として崔栄繁(さいたかのり)氏(DPI日本会議,独立行政法人アジア経済研究所客員研究員)が随行し,多大な貢献をしていただいた。 U 韓国における権利条約の実施状況 1 権利条約の批准  韓国では,2006年12月に権利条約が発効した後,2008年12月に条約批准政府案が国会を通過し,12月11日に韓国政府は批准書を国連に提出した。権利条約は2009年1月10日に韓国内で発効した。なお,韓国は,生命保険加入に関して国内法(商法732条)と抵触するため25条(e)を留保している。また,選択議定書は批准していない。  韓国では,国際条約は憲法60条に基づき,国会の同意を経て国際機関に批准書を寄託することで加入国としての資格を獲得することとされている。法的効力は国内法と同等であるが,法的強制力又は拘束力は伴わない。 2 権利条約の実施状況 (1)韓国国内での障がいのある人に対する施策の状況 a 法律について 韓国で障がいのある人に対する政策と関連ある主要な法律は次のとおりである。 「障害者福祉法」(1990年制定) 1981年の国際障害者年を機に成立した心身障害者福祉法が1990年に現行法に改正された。障がい認定(登録)制度に関する規定や,各種福祉サービス等に関する規定,障がいのある人に対する政策推進に関する規定などを定めた総合的な法律である。 「障害者差別禁止及び救済等に関する法律」(2007年制定,2012年10月22日一部改正) 日常生活,社会生活分野における障がいを理由とする直接差別や間接差別,正当な便宜(合理的配慮)の不提供,広告による差別を禁止し,被害者救済等について規定する。同法に基づく救済機関は国家人権委員会である。 「障害者雇用促進及び職業リハビリテーション法」(1999年制定) 1988年のパラリンピックを機に同年12月,割当雇用制度を盛り込んだ障害者雇用促進等に関する法律が制定された。1999年に現行法に改正。障害者雇用開発院の設置や運営,法定雇用率等を定めている。 「障害者等に対する特殊教育法」(2007年制定) 1977年に制定された「特殊教育振興法」が2007年に同法に変わる形で制定され,2009年から全面施行された。特殊教育対象者の選定,就学先決定のしくみ,特殊教育支援サービスの内容等を規定している。 「障害者・高齢者・妊婦等の便宜増進の保障に関する法」(1997年制定) 公共の建物,公衆の利用施設,共同住宅,通信施設,公園等におけるバリアフリーを推進する法律である。保健福祉部所管である。 「交通弱者の移動便宜増進法 」(2005年制定) 鉄道や船舶,航空等,交通分野のバリアフリーを推進する法律である。国土交通部所管である。 b 総合計画  韓国では,以前は政府各部庁別に障がい者福祉施策を進めていたが,関連する施策全体をまとめた「障害者政策総合計画」が1998年から5年毎に策定・実施されており,現在は第4次総合計画の対象期間である。  また,この総合計画とは別に,公共施設等のバリアフリー化等を進める「便宜増進国家総合5か年計画」が策定されている。2010年に第3次便宜増進国家総合5か年計画を策定し,公共施設,住居環境,作業環境,文化施設,近隣生活施設での便宜施設(障がいのある人向けに配慮した施設)の拡充を推進している。 c 法規制及び政策総合計画の推移と権利条約の実施について 韓国においては,権利条約批准以前から関連法規の制定及び政策総合計画が策定されて,カバーされる障がい福祉分野の範囲は拡大拡張されてきた。最新の第4次障害者政策総合計画は,権利条約が対象とする広範な領域をカバーするものとなっている。韓国は,権利条約との整合性も考慮しつつ ,総合計画の対象領域を拡大拡張してきたと考えられる。 (2)権利条約実施の機関とその役割について a 保健福祉部障害者政策局 韓国の障がい者政策の中核は,保健福祉部障害者政策局である。障害者政策局は,障害者政策基本計画をとりまとめる他,差別禁止法の公共部門及び民間部門での遵守状況を監視している。 権利条約33条1項前段における中央連絡先(Focal Point)にも指定されている。 障がい者政策と関連する業務は,保健福祉部,女性家族部,雇用労働部等,担当する12の政府機関が行っている。 b 国家人権委員会 国家人権委員会は,国家人権委員会法に基づき,2001年11月に発足した。国家人権委員会法は,委員会の国家機関としての位置づけや,業務遂行の独立性を定めている。権利条約33条2項で求められている独立した仕組みには,国家人権委員会が指定されている。 委員会の独立性と多様性を確保するため,国家人権委員会の委員構成は,国会選出委員4名,大統領指名4名,大法院(日本の最高裁判所)長指名3名の計11名となっている。 国家人権委員会には,常任委員会の他に4つの委員会が設置されているが,その一つとして,障害者差別是正委員会が設置されている。 国家人権委員会は,障がいのある人への差別に関する独自調査や救済を行う権限,個別の障がいのある人に対する差別に関する申立を受け付け,処理する権限を有している。また,救済の勧告,調整,法的救済の要請等を行うことができる。 c 障害者政策調整委員会 韓国政府は,国務総理直属の非常設機関である障害者政策調整委員会を設置し運営している。これは,権利条約33条1項後段が定める「調整のための仕組み」とされている。 障害者政策調整委員会は,障害者福祉法11条を設置根拠とし,国務総理以下,政府委員15名,民間委員14名で構成されている。民間委員の中には,韓国の主な障がい者団体又はその連合体の幹部が含まれている。 障害者政策調整委員会が審議・調整する事項は,@障がい者福祉政策の基本方向に関する事項,A障がい者福祉向上のため制度改善と予算支援に関する事項,B重要な特殊教育政策の調整に関する事項,C障がい者雇用促進政策の重要な調整に関する事項,D障がい者移動保障政策調整に関する事項,E障がい者政策推進と関連する財源調達に関する事項,F障がい者福祉に関する関連部庁の協調に関する事項等である。 d 当事者団体,障がい当事者 韓国では数多くの障がい者団体が活動しており,韓国政府は,障がいのある人に関する政策の検討やモニタリングに,障がいのある人及び障がい者団体が参画する仕組みを作っている。 障害者政策調整委員会には,民間委員として主要な障がい者団体の幹部が加わっている。また,保健福祉部と国家人権委員会では,差別禁止法に関わる国内モニタリングにおいて,障がいのある人及び障がい者団体を積極的に参加させている。 3 国内モニタリングの状況  韓国は,2011年6月に,包括的な最初の報告(Initial Report)を障害者権利委員会に提出した。 これは,保健福祉部障害者政策局が作成したものであるが,障害者政策調整委員会が草案の審議を行っている。国家人権委員会は独立した仕組みとして,報告書の草案を事前に検討し意見を表明した。保健福祉部はまた,報告書草案を障がい者団体等に示して意見を募った。 これに対し,障害者権利委員会からは,2014年5月12日付けで,質問事項が発表された。  質問事項の内容は,「A.目的と一般的義務」(1条〜4条),「B.個別の権利」(5条〜29条)「C.個別の義務」(31条〜33条)の3つの部分における計34項目にわたる。これに対して,韓国政府は2014年7月,質問事項への回答を権利委員会に提出している(韓国政府や同国NGOの質問事項についての関連文書は,国連人権高等弁務官事務所URLを参照されたい。 http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/SessionDetails1.aspx?SessionID=911&Lang=en)。  また,韓国政府に対する審査(建設的対話)は2014年9月から始まる障害者権利委員会第12回会期(9月15日〜10月3日)で予定されている。 V 視察先団体報告 1 報告書連帯(The Korean DPO And NGO Coalition For UN CRPD Parallel Report) 日 時:2014年6月1日 午後3時から 場 所:ソウル市内Mホテル 参加者:報告書連帯メンバー ・障害者人権フォーラム イ・ソック氏(報告書連帯の副運営委員長) ・国連人権政策センター(コクン)(報告書連帯の幹事団体) キム・ギウォン氏 ・イ・チャンウ氏(脊髄損傷委員会委員長) ・クォン・オヨン弁護士(WNSP韓国団体(精神病者関係)の理事) (1)パラレルレポート作成経緯 韓国にも多くの障がい者団体があり,多様な活動を行っている。従来,韓国DPIが権利条約策定・批准・監視モニタリングの中心的活動を行ってきた。 昨年末までにNGO報告書を完成させるという予定に基づいて,当初韓国DPIが中心になってほぼ完成に至った。しかし,国連人権政策センターのシン教授より,2013年初めに「多数の団体のメンバーを交えて一つの報告書を作ってはどうか」という提案が出たため,一旦,DPIが作成した報告書は保留にして,報告書連帯が2013年3月に正式に設立された。報告書連帯において,今まさにパラレルレポート作成中である。 報告書連帯は,報告書を作る目的に基づき,27の障がい者団体(後援団体を含む)から構成されている。報告書連帯内で,6つの作業実務チームを編成して,報告書作成を進めてきた。さらに,委員長を含めた12人のメンバーによって組織される運営委員会が作られた。運営委員会では,「報告書連帯として,何をするか」等の組織的決定事項等の事務的なことを討議し,報告書の中身については議論しない。 報告書は,それぞれの27団体の代表者会議で承認を受けて完成となる。 (2)ワーキンググループ等の説明 障がいのある女性,障がいのある子ども,自由権,社会権,自立生活,総論(権利条約一般規定,韓国は1〜8条までを総論と捉えている。8条までというのは,報告書作成のために人為的に分けた意味も含まれている。)の6グループに分けて作業を行っている。 ワーキンググループには,加盟団体が推薦した人が構成員として入る。27団体中には,加盟(参加)団体と後援団体とがあるが,それぞれに弁護士が関係している団体があり,法律面の諮問の役割を担ってもらっている。韓国で非常に大きい「太平洋」という法律事務所で作った公益団体=「東天(トンチョン)」が後援団体に含まれている。参加団体には,障害者法研究会(KDLA)も入っている。 当初,ワーキンググループは2週間に1回のペースで開かれてきた。議論が固まってくるにつれて,勉強中心になり,IDAなどから出ているガイドラインの勉強会を行ってきた。勉強会を行いながら,ワーキンググループごとに問題点を焦点化していく作業をすることになった。ワーキンググループでは,どういった問題があるかを出していく中で,各団体の抱える問題や意見を出してもらって,まとめていった。例えば,発達障がい,脊髄損傷など,団体それぞれに問題化してもらい,課題に取り組んでいく作業で,たくさんの問題点を出してもらって,(パラレルレポートにも量的限界があるので)重要なものを核心問題として出すことにした。 2014年4月14日,質問事項が公開される前に,国連でプレセッショナル・ワーキング・グループが開催された。その4月の権利委員会の前に,報告書連帯が冊子の報告書を完成させて提出した(国連ホームページにも掲載されている)。パラレルレポートの正式なものではなく,核心部分だけを取り出して作った報告であるが,プレセッショナル・ワーキング・グループに質問を出して,文章で正式に残していくということを意識した。 現在は,条文ごとにレポート化の作業をしている。7月中旬には完成できる予定である。最終的な承認手続きに入り,それが纏まれば,地域で説明会を開いていく予定である。 こうした国内の活動以外に,国連人権委員会を傍聴したり,ポスターを作って広報活動,ロビー活動等を行ったりしてきた。 (3)各論説明 a 報告書作成関連 報告書連帯が報告書を出す時期としては,早すぎると効果が薄れるので,当初から「政府の報告書の2か月前に出そう」と決めていた。その際はプレセッショナル・ワーキング・グループの日程は決まっていなかったが,その後,プレセッショナル・ワーキング・グループの時期に報告を出すことになったため,核心部分のピックアップにとどめた。全体の報告書を出すよりは,核心的な問題を出したほうが効果的とも考えた。 今年の4月17日に審議され,同月20日ころに質問事項が公開されたので,政府は,6月20日までにリストオブイシューに回答しなければならない。 パラレルレポート作成においては,弁護士も関わっている。弁護士には,具体的な文案を書いてもらうのではなく,報告書の内容を考えてもらった。例えば,成年後見制度について,当事者団体は完全廃止を求めているのに対して,弁護士は,その理念には共感するが,知的障がい・精神障がいの個別事情に応じて,適当な水準にすべきとアドバイスしてくれている。 また,例えば,障がいのある子どものワーキンググループには弁護士もいて,報告書の中身に関っている。障害児童福祉支援法が成立したことに関して,その弁護士は,法律の問題点・課題を指摘して,NGO報告書の中にも反映された。法の目的には「普遍的に支援する」とあるが,実施規定の部分にはこれと矛盾するものがあり,弁護士の指摘によって報告書に残すことができた。 なお,そうした弁護士や団体は,どうしても活動の場はソウルが中心となっている。意図的に限定したわけではないし,全国へ呼びかけたが,活動がソウルのため交通費等の事情や,権利条約に関心があまりないという事情がある。NGO報告書ができた暁には,全国を回って告知したいと思っている。 また,国家人権委員会は独立機関であるので,国家人権委員会は政府報告書作成には関与していない。政府報告書作成後,政府の履行状況については障がい者団体からも「監視機関であるはずなのに批准後取り立てて監視活動をあまりしていない。」と批判があった。4月14日のプレセッショナル・ワーキング・グループの際,障がい者団体としては,「国家人権委員会の独立性に疑問がある。」と指摘した。 b 政府報告書に関して 権利条約によると,当事者団体の意見を聞くことが政府報告書作成の条件とされているが,韓国政府は,政府レポート作成に当たって,保健福祉部管轄団体に委託したので,諮問委員として何人か障がい当事者が入り,「当事者団体の意見を聞いた。」体裁となった。公聴会も開いたこともあったが,十分な資料が配られず,失敗に終わったといえる。再度公聴会が開かれる予定があったが,結局実現されずに政府報告書が提出された。 c 障害者権利委員会の関わり 韓国の場合,タイのモンティアン・ブンタン氏が報告委員であった。 障害者権利委員会の委員は,現地での調査活動はしないことになっているので,直接ブンタン氏が訪問調査として正式に来られてはいない。ただ,ブンタン氏が就任するという話を聞いて,韓国へ招待したことがあり,ヒアリングをしていただく機会があった。ブンタン氏は視覚障がい当事者としてもともとはNGOに所属されており,NGO活動に対して理解があった。前障害者権利委員会代表のロン・マッカラム氏も4度ほど韓国にいらしている。来韓のたびにミーティングの機会を頂き,問題点を報告した。精神障がい関係で,2013年12月にケニアからエダ・マイナー氏を呼んだこともある。 d 個別テーマごとの質疑応答内容 【聴覚障がいのある人の権利擁護について】 Q 韓国の場合,聾教育の中で手話はかなり以前から用いられてきたのか。 A 韓国の場合,昔の日本みたいに手話を禁止することはなかったが,報告書では,実際には,聾学校のうち手話ができる先生が非常に少ない点を指摘した。  韓国の場合,聴覚障がいの学校に2つの流れがある(口話教育の徹底と手話の徹底)。難聴の人が人工内耳を入れる場合などもあるが,そういうときは口話で対応しようという考えが多い。「手話は言語」という主張は権利条約批准後強力に主張されるようになってきている。韓国では,ここ4〜5年ほど,手話言語法が国会で提案されており,それほど遠くない時期に法律が制定されると思われる。 【ワーキンググループについて】 Q 6つのワーキンググループが,プレセッションで核心部分を挙げたとのこと。分野ごとにトピックを教えていただきたい。 A @総論では,「障害」の概念,12条(法の前の平等),欠格条項など。12条は特に大きな議論になった。 A女性では,生涯教育,性暴力について。 B子どもでは,インクルーシブ教育について,障がいのある子どもの自己表明権(意見表明権)。 C社会権では,教育,手話,アクセシビリティ。 D自由権では,搾取・暴力(虐待),施設内暴力,精神病院・療養院への強制入院,強制治療(それでも一部)。 E自立生活では,地域生活への転換,29条関連で政治や公職についての問題。 【雇用・所得補償】 Q 雇用率が低いことに対して,所得保障はどのようになされているのか。 A 非常に重要で,日本と同じように工賃が非常に低い。労働者性を認めず,最低賃金適用からも除外されているという問題がある。所得補償としては,年金制度があるけれども,額が少なく生活には不十分。また家族問題として,家族に所得があれば,本人に所得がなくても年金が受けられなくなるという問題もある。 【精神障がい関連】 Q 虐待や自殺の問題はどうか。 A 施設は保健福祉部の管轄であり,施設内での虐待が,保健福祉部によって見つけられたこともある。また,2年前,精神病院内で,暴力や自殺で3名の死者が出たことが明らかになり,刑事事件にもなった。  精神障がいの問題は,韓国の数ある問題の中で非常に重要な問題でもある。韓国精神保健法(日本の精神保健福祉法に相当する法律)があり,強制入院の条項がある。約8から10万人が入院させられており,うち約80%が非自発的入院である。この点は国家人権委員会の報告にも出ている。韓国精神保健法は,日本の法律をもとに1995年に制定された。当時,精神病院や療養院に約2万人入院していたが,今では約8万人が精神病院,約2万人が療養院に入院している。平均入院日数は,精神病院約200日(日本よりは短い),療養院約3000日で,療養院の中には入院期間が数十年になる人もいる。  韓国精神保健法について,「12条の法的能力に反している。14条,16条,17条にも反している。25条の医療,インフォームドコンセント,最も高い水準の医療提供に反している。」というレポートを出した。  今年になり,多くの法律家が,韓国精神保健法は違憲であると提訴したところ,訴訟要件を満たしていないとして却下された。  他方,ある精神障がいがあり入院させられた人(50代の女性,躁鬱病)が,病院を相手に提訴した事件について,ソウル地方裁判所は,2014年5月に,強制入院条項が「違憲のおそれあり」として憲法裁判所での審査を求める決定を出した。その女性には,子どもが4人(うち養子2人)いて,その子どもらが母親を病院へ入院させ,財産権を行使できない状態になった。韓国精神保健法では,入院についての異議申立として,行政審判委員会(日本でいうところの精神医療審査会)への申立と,人身保護法に基づく訴えと2種類あり,後者によって訴えを起こしていた。この事件は,公益弁護士が組織する精神保健法廃止連帯が支援している。  憲法では,「全ての人が自由」という保障がされているのに,明らかに差別処遇が行われてきたことを示している。 【総論】 Q 総論部分ではどのような部分がポイントになるか。 A 「障害」の概念。韓国では,医者の機能障がいの判定が障がい等級・サービスの前提とされている。その考えは権利条約に合致しないのではないかという問題がある。また,12条や欠格条項の問題もある。 Q 成年後見に関して,どのような点が問題になっているのか。 A 2013年に韓国でも成年後見制度が導入された。それまでは日本の制度と同様,禁治産制度だった。任意,限定,特定,成年後見とパターン化されており,日本の制度と似ている。  韓国の成年後見制度は,障がいのある人に対して差別的なことがある。プライバシーが守られず,結婚等にも後見人の同意が必要とされている。  2014年4月に12条に対する一般的意見が出された。「代理決定制度自体は条約に反する,支援付き意思決定制度に変えていくべき」という意見で,やはり現行制度は趣旨自体が12条に違反しているとして,NGOは廃止運動をしている。 Q 公費を使える,という議論があったようだが,お金のない人も後見人を付けられるようになっているのか。 A 公共後見人制度を作っている。被後見人に財産がないときは,国が捻出するシステムになっている。 【合理的配慮とアクセシビリティ】 Q 合理的配慮は(個別性があると思うが)職場で実施されているか。実際に施行されて事業者が合理的配慮の実施をしなければならなくなっていると思うが,意見を聴かせていただきたい。 A 差別禁止法には,「合理的配慮を求めることができる」とある。保健福祉部の傘下の研究機関があり,毎年モニタリング調査も実施している。  このように,一応,法律ではできるようになっているが細かい規定がなく,法律は抽象的すぎる。障がい当事者自身が何を求められるか等についてイメージがわかない様子が窺われる。  2014年4月,IDAのワークショップで,アクセシビリティと合理的配慮の概念整理に参加した。韓国政府自体が,概念を明確にできていない様子である。政府は,合理的配慮といっても,スロープ,エレベーター程度のイメージしかない。概念整理の一つとしては,アクセシビリティは漸進的に,合理的配慮は即時的に実施していかなければならない。  また申立てできない場合は訴訟を起こす方法がある。最近では公益目的での訴訟も起こされているが,慰謝料は10万円程度で,是正もできない。強制条項をつけていくことが必要と思われる。 Q 合理的配慮は具体的請求権として位置づけられるのか。日本では,政府見解としては難しい,といわれている。 A 法律には,正当な便宜を提供しないことが差別に当たる,とあるので,請求権はある,と解釈されている。ただ,過度の負担がどの程度か,という問題は残っている。 Q 裁判で,「合理的配慮を提供せよ」と判断したものがあるか。 A 「……という合理的配慮をせよ」という判断はまだないが,駅に移動のためのリフトがないことについて訴えたものがあり,裁判では慰謝料が認められた。すぐには改善できないが,その必要性が認められた。 Q アクセシビリティは「漸進的」にというが,「漸進的」とはどの程度か。 A 例えば,「10年」などのスパンでも漸進とも考えうるし,何がというのは難しく,整理しておかなければならない。  いずれにしても,施策を進めていく,即時的な合理的配慮を使って実現していくことが重要で,IDAでも指摘されていた。  ソウル市のノンステップバス(cf;韓国では,ノンステップバスとは「地面から30cm以下」の定義。これに対して,日本の定義では「60cm以下」である)について,2015年までにノンステップにすると明言していたにもかかわらず,進展率は低い。便宜増進法上の「低床バス」の定義として,普及率を上げるために「ワンステップ」でも認めるべきだといわれている。また,最近よくいわれているのが,中距離長距離バスにおけるアクセシビリティやインターネットなどのウェブアクセシビリティ問題もある。 【過度の負担について】 Q 過度の負担について,どのような議論がされているか。 A 具体的な基準はないし,作成するのも困難である。店でも大小,特性によって違う。負担部分について,何ができて何ができないか,整理して行くことが必要である。解決の方法論としては,交渉,裁判,国家人権委員会への申立などがあるが,国家人権委員会では,合意終了,棄却,却下という結果が多い。懲罰的制度の導入も検討されたが,実現に至らなかった。 【教育】 Q 特別支援学級だけではなく,特別支援学校が増えているのはなぜか。特殊教育を受ける人はどのような人か。 A 韓国では,施設廃止運動はされているが,特別支援学校を廃止しよう,という動きはなかなか難しい。一部の親は予算等の都合などから,障がい種別や特性に応じた配慮を受けられないため不満を抱いていることもあり,親の中でも意見が分かれている。同じ土俵での議論が難しい。  また,今は韓国の制度としては,地域の学校へ通うことが原則である。希望する人は特殊学級へ行くことができるけれども,籍は普通学級にあるというかたちで,特別支援学級へ,1日の半分や3分の1を通級する。計画的に振り分けてられている。視覚障がいや聴覚障がい,重度脳性麻痺,知的障がい,発達障がいの児童は,特別支援学級に通級することが多い。 (4)報告書連帯の紹介文(崔栄繁氏仮訳) a 連帯の発足の背景 ・権利条約に対する国内障がい者団体の認識の向上及び対国民理解増進が必要であること ・2014年に予定されている障害者権利委員会の第一次韓国政府報告書の審議の際に重要なものとして参考となるNGO報告書作成のため,障がい者団体及び市民社会団体の統合が必要であること ・障がい当事者の声として,国内の障がいのある人の人権保障の現実について正確な情報を国連に提出する必要があること ・留保条項の撤回と選択議定書の批准の要求及び今後の権利条約のモニタリングのための国内外のネットワークを構築する必要があること b 連帯の活動目的 ・権利条約のNGO報告書作成 ・NGO報告書の国連への提出 ・障害者権利委員会の韓国の政府報告書の審議と関連して韓国のNGOの意見を提示 ・その他,障がいのある人の人権の増進のための必要な条約関連の活動 c 連帯の構成 ・参画団体(21団体) 身ぶりと声,社会福祉法人ヘドゥン,セイブ・ザ・チルドレン,開かれたネットワーク,障害物のない生活環境市民団体,障害女性ネットワーク,障害友権益問題研究所,障害者人権センター,韓国聾唖者協会,韓国発達障害者家族研究所,韓国視覚障碍者女性連絡会,韓国視覚障害者連合会,韓国身体障害者福祉会,韓国女性障害者連合,韓国障害者人権フォーラム,韓国障害者自立生活センター総連合会,韓国精神障害連帯,韓国知的障害者福祉協会,韓国脊髄障害者協会,韓国DPI,韓国ハンセン総連合会 ・幹事団体(1団体) 国連人権政策センター (KOCUN) ・後援団体(5団体) 国連障害者権利条約モニタリング連帯,障害者法研究会(KDLA),財団法人東天,韓国障害者団体総連盟,韓国障害者団体総連合会 d 連帯の主な活動経過 2013年 2〜3月 第1回〜3回準備委員会:連帯名称の決定,構成,ワーキンググループ(以下「WG」という。)構成等を論議 4月 ・第1回代表者会議:会則の採択,運営委員長の選出,幹事団体決定 ・オリエンテーション:正確な報告書の形式と内容,WGスタディ活動の準備 ・連帯発足式:連帯の公式発足 5〜6月 ・第2回代表者会議(署名決議):新規団体承認(ヘドゥン),追加で参加要請 ・効果的なNGO報告書の作成に関連した集中ワークショップ:IDAのヴィクトリア・リー氏を招待し,効果的に報告書を作成するための技術的,戦略的トレーニングを提供 7月 ・第1回国際人権専門家招請諮問会議:民主社会のための弁護士の会イ・ドンファ氏が幹事。韓国女性団体連合のチョ・ヨンスク氏センター長を招請。UPR(国連人権理事会による普遍的・定期的審査(レビュー)),特別手続,女性差別撤廃条約の国連人権メカニズムの活用に関する情報提供 ・第1回〜2回議長団ワークショップ:WG別優先順位の議論 8月 ・第3回〜4回議長団ワークショップ:WG別の優先順位の議論(継続) ・第2回国際人権専門家招請諮問会議:公益人権法財団「共感」ファン・ピルギュ弁護士,国連人権政策センターのイ・ガウォン事務局長招請。国際人権審議の現状から,市民社会団体の人権擁護活動に関する情報提供 9月 ・第10回障害者権利委員会審議傍聴:オーストリア,オーストラリアの審議を傍聴。オーストリア,オーストラリアのNGO代表団と懇談会。国連人権高等弁務官事務所,IDA等,国際人権機関と懇談。権利委員会モンティアン・ブンタン委員と懇談会。 10月 ・第10回障害者権利委員会NGO傍聴団(参観団)帰国報告大会:審議の傍聴内容についての共有 ・第3回代表者会議(署名決議):副運営委員長,WG議長団コーディネーターの承認 11月 ・障害者権利委員会ロン・マッカラム委員と懇談会:第1回韓国政府報告書審議に備え,協力方策を論議 12月 ・選択議定書の批准及び留保条項の撤回に関する国会(院内)懇談会:国会議員,障がい者団体代表,政府部署関係者,国家人権委員会の関係者等が参席 ・障害者権利委員会委員の招請と特別講演会:モンティアン・ブンタン委員とエダ・マイナ委員を招請。委員会審議過程とNGOの役割,障がいのある人の法的権限,国内の人権の実態及びNGO報告書の作成の現状についての講演 ・第1回権利条約韓国政府報告書の審議に備えた内部懇談会:連帯のWG別主要障がいイシューの発表,現権利委員会の委員と韓国の状況について議論 2014年 1〜2月 ・国家人権委員会と懇談会:国家人権委員会報告書草案の論議,常設の意見交換体制の必要性を提起 ・第1回〜3回定期議長団会議:質問事項採択対応報告書の内容の検討 3月 ・質問事項採択対応報告書の提出:連帯のWG別内容を集約した報告書を権利委員会に提出 ・第1回〜3回の審議傍聴(参加)団事前ワーキンググループ(Pre-sessional Working Group):日程やプログラム,事前準備の内容等の議論,発表文の検討 4月 ・第4回障害者権利委員会審議参加団事前WG:最終の役割分担,発表文のチェック等 ・第1回障害者権利委員会質問事項採択審議に参加:障害者権利委員会委員と面談,公式ブリーフィング参加,IDAワークショップへの参加等 5月 ・第1回権利条約の質問事項説明会及び現地活動報告大会:障害者権利委員会を対象とした活動報告,IDAワークショップの内容の共有,質問事項の主要内容の紹介及び活動方法の共有 e 連帯の活動計画 ・NGO報告書最終版を国連に提出:2014年7月 ・第1回障害者権利委員会韓国政府報告書審査に参加:2014年9月 ・障害者権利委員会総括所見の履行の方策についての討論会開催:2014年10月 (5)感想 報告書連帯は,国連報告書作成のために集結したという意味でも,非常に効率的に活動されていると感じた。メンバーが,それぞれ当事者団体の構成員でもあり,当事者団体の承認を受けて報告書が作成されるという手順であるため,報告書連帯には当事者の意見反映が担保されている。また,テーマごとに班分けして勉強会や分析が定期的に実施され,当事者や法律家が事例を通して意見交換することにより,より実践的な活動になっている。 視察時,報告書連帯作成の報告書冊子(国連に提出したもの)は,主要な問題点について非常に分かりやすく述べられており,こうしたわかりやすさは,非常に有効と思われる。 日本においても,報告書作成のために当事者団体が集結することは非常に有益であると感じた。 2 保健福祉部障害者政策局 日 時:2014年6月2日 午後2時〜3時 参加者:障害者権益支援課 課長 チャ・ヒュンミ氏 (1)はじめに(チャ氏より) 韓国でも差別禁止法制定に弁護士が参加した。2008年に施行,今6年目。合理的配慮はまだ満足できる域ではない。 (2)生活の向上に関する政策 a 人々のための政策枠組(Policy Framework for Persons) ア 政策概要 「5か年計画」を作成している。1998年から始めたため,昨年から第4次が開始している。 「生活の質の向上」を目的としている。「質」とは,経済的参加と社会的参加である。 4つの分野,19主要課題,71の細部条項を設定している。 <4つの分野> 福祉サービスと健康サービスの拡大 障がいのある人の生涯教育の強化 経済的自立基盤の強化 障がいのある人の社会参画と権益の増進 イ 障害者政策調整委員会(PCCDP) 権利条約33条1項後段の調整のための仕組みの役割を担っている。 障害者福祉法に基づいて設置され,保健福祉部が管轄している。国務総理が議長となっている。障がいに関わる事項につき,予算・審議が必要な場合,それらの審議の役割を担っている。 10以上の部署が置かれ,福祉施策の基本方針を決める。14の行政機関以外に民間からも参加している。 障がいに関して一つの省庁で対応できないものを対応している。例えば雇用労働部の業務内容でも,障がい種別・軽重の判断が必要な場合は,ここで調整する。 b 障害者登録制度 自発的に障がいのある人が申請するという申請主義を採用。1988年より制度は開始している。 手続の流れとしては,まず,障がいのある人が自治体の窓口に行く。医者の診断書をもらい,自治体に審査の要求をする。審査の結果について通知される。居住地の自治体に登録される。 種別は15種。内部障がいや精神・知的障がいも含まれている。等級が1〜6級に分けられている。数字が小さくなればなるほど,重度になる。 等級認定について,医学的な検査に頼っているのでは,というところで批判が多い。 そこで,国は医学的な基準も必要だが,社会的活動や,本人のニーズも必要だと考え,民間とともに,判定制度を見直している。 c 差別禁止法について 2007年制定ということに意義がある。2006年の国連における権利条約批准の翌年ということから,権利条約履行のための法律という位置づけであり,差別(直接差別・間接差別)を禁止したところに意義がある 差別を受けた場合,人権委員会に申し立てることができる(電話でもよい)。 是正勧告後勧告を履行しない場合は,法務省が是正命令を発令する。それでも従わない場合3000万ウォンの科料が科されることになる。 訴訟による解決も可能(刑事も)。 差別行為に悪意がある場合(例えばビルに障がいのある人が来るのをわざと防ぐためにエレベーターをなくしてしまう),懲役を科すことができるかもしれない。 (3)具体的施策 a リハビリテーションセンター 医療・リハビリサービスを総合的に取り扱っている病院である。埼玉県にある国立リハビリテーションセンターを参考にして設立された。 保健福祉部で基本的な政策を打ち出して,国立リハビリテーション委員によって,運営・管理し,それを地域ごとにあるリハビリテーションに連絡する。 b 医療費支援 ・障がいのある子ども…医療費,リハビリ支援(一か月2万円まで) ・障がいのある子どもの親に,言語の治療方法を教える。バウチャー(券)によってそのようなサービスを提供している。 ・補助機器を提供(車いす,拡大文字器) ・障がいのある女性の出産費支援(出産ごとに100万ウォン) c 就労について ・日本にも法定雇用率制度があるが,韓国の法定雇用制度は1990年に施行。 ・職業リハビリサービスセンター(知的障がい・発達障がい)を設置して運営している。 ・重度の障がいのある人が制作した製品について,国が優先的に調達している。 d バリアフリー ・障がいのある人の社会参加には,バリアフリーの施設が必要。 ・第3次の便宜増進計画(上記5か年計画とは別の計画)が進行している。バリアフリーの社会を作ることが目的。国土交通部・海洋水産相とともに行っているが,実務レベルは大韓住宅公社や障害者開発院に委託している。 ・バリアフリー化しているか否かの認証の方法は予備認証と最終認証の二段階ある。この間に中間確認という作業もある。 ・「便宜増進法」という法律(日本でいうバリアフリー法)があるが,法は最低限の基準であり,認証制度は法よりももっと積極的な基準を設けている。 e その他の施策 ・障害者割引(電話料金,ネット料金) ・税金の減免制度もある。 f 質疑応答内容 【権利条約関係】 Q 権利条約の関係で33条1項の中央連絡先(フォーカルポイント)及び2項の監視・救済機関の担当はどこか A フォーカルポイントは保健福祉部の障害者政策局。障害者政策調整委員会というものがあり,他の省庁も入っているので,そこが調整機関。 2項の監視・救済機関は国家人権委員会である。 Q 調整委員は常設か,常勤の職員はいるのか A 常設機関ではない。上半期・下半期に一度ずつ定期的に行っている。あとは何かあったら開かれる。事務局はない。行政機関でもない。 Q 調整委員会の委員は何名か。 A 30名程度である。 Q 障害者権利委員会の審査の対象となる韓国の政府レポートについて作成経緯等をうかがいたい。 A 2010年にレポート作成。 保健福祉部から各省庁に依頼した。集約したものを,外務省を通じて提出した。35条1項に従い,批准してから2年以内に提出となっている。 Q 質問事項について出ていると思うが,返答については現在作業中ということでよいか。 A 関係部署で会議を行っている。細かい内容まではいえないが,関係部署に対して,投げて,その答えを整理している。 臨時の会議を開き,調整委員会の方で,質問事項を整理している。国務総理も審査があるということは知っている。 調整委員会は意思決定ができる人が集まるところ。審査の関心が高まっている。 Q 政府レポートが作成する段階で障がい者団体の参加が規定されている。障がい者団体はどのように関与したか。 A 政府報告書は政府報告書として作っていた。民間の人は参加させていない。NGOは別に作る。 民間団体のことについては,確認ができない。DPIの方が知っているのではないか。 Q 質問事項の回答を作成するにあたり,国家人権委員会は関与しているか。 A 人権委員会も独自にレポートを作る予定。 【障がい当事者】 Q 保健福祉部障害者政策局が所管する障害者政策調整委員会委員29人には障がい当事者はいるか。 A 政策調整委員会の中には,聴覚障がい者団体の長が入っている。民間の委嘱委員が14名であり,委嘱委員の2分の1以上は障がいのある人である。その他にも大学の先生で入っていると思われる。 障害者政策局には4つの課がある。政策調整委員会は「政策局」の仕事である。私たちは自立や,リハビリ等を担当している。 【アクセシビリティ】 Q アクセシビリティについて。どのような形で忠告しているか。 A 5年に1回,実態調査。法律上義務がある。 2年に1回,標本調査がある。 これらの調査を通して,バリアフリーが守られていない場合は,勧告をすることがある。学校も調査の対象である。 Q 勧告がされた例はあるか。 A 建物が「バリアフリーの対象」となっていることを知らない者が多く,調査の際に少しアドバイスをすれば,その場で改善されることが多い。 なお,具体的なケースは公開していないので,教えられない。 Q 情報アクセスに関して,実態調査は行われているか。 A 権利条約上に情報アクセシビリティの条項があるが,未来創造科学省が掌握していることになる。 【インクルーシブ教育】 Q インクルーシブ教育については,どうか。 A それは教育省の方で,支援員を増減するという形で調整している。 【障害者登録制度と年金】 Q @ 障害者登録制度と年金とはリンクしているのか。 A 医療の援助があると聞いているが,介護については自己負担があるのか否か A @ 年金とはリンクしている。18歳以上の重度の障がいのある人が支給されている。軽度の障がいのある人には「手当」が支給される。これは,医学的にどれだけ困難さを持っているかにリンクしているといえるからである。私が日本に行ったときは,重度の障がいのある人に8万円支給されてびっくりしていた。障害者年金は始まって2,3年である。 A 1級・2級について,本人の負担がある。 Q 年金は国か地方か A 国である。ただ,窓口は自治体。 (4)感想 権利条約33条1項のフォーカルポイントである保健福祉部障害者政策局の実務を担当する障害者権益支援課長のチャ氏自身も障がい当事者(車椅子使用者)で,かつ女性であった。バリアフリーなど,国として,障がいのある人に対するバックアップを強化するという熱意が見られた。障害者施策調整委員会が調整のための仕組みとしての機能を有しているところ,常設ではないことに若干の物足りなさを感じた。もっとも,当該局が現地調査を行うことそのものや調査を行うと即座に各施設が改善等の措置を講ずることなど,障がいに対する理解が進んでいる部分も存在した。 一方,知的障がいのある人や精神障がいのある人に対して,権利条約の実施のためにどのような政策を持っているのかは不透明なところがあった。 3 障害者差別禁止推進連帯(Disability Discrimination Act of Solidarity in Korea) 日 時:2014年6月3日 午前10時 参加者:パク・ヨンフィ氏 (1)団体の概要と活動内容 差別禁止法を作るときの団体が,差別禁止法成立後,その実施を求めるための団体として名前を変えて活動している。 活動内容としては,@相談対応(電話相談を含む),A権利擁護活動,B差別禁止法の教育活動などをしている。 Aの内容としては,国や地方自治体が,法律で義務付けられた支援や配慮をしているかという監視をしている。さらに,具体的なケースについて,人権委員会に申立てを行い,是正勧告を行わせたり,裁判を起こすという活動を行っている。 (2)実際の取組 a 金融与信業法の改正運動 金融与信業法は,通帳を作るときに,実質本人のサインを要求していた。そのため,自分でサインをすることができない人や,意思表示が困難な障がいのある人は通帳がつくれないといった状況が生じていた。このことについて,差別禁止法に反しているとして,法律家と連携して法改正に取組み,同法を改正した。現在は,自署が困難な人も必要な配慮のもとで通帳を作成することができるようになった。 b 刑事事件 身体障がいと知的障がいの重複障がいのある女性が,放火で逮捕された事件で,意思疎通助力人(以下「助力人」とする)という差別禁止法26条に基づく制度を初めて利用した。本来は,助力人は裁判所側で用意すべきであるが,本人と信頼関係を作れている点が重要であることもあって,人権団体から選任された。  裁判の意味や,どういった内容の話がされているのかを助力人が被告人に伝える役割を果たした。 今後も,助力人の活動を充実させるように活動を行っていく。 c 性暴力事件(民事) 自閉症の女性に対する性暴力の案件について,弁護士と協力して提訴し,勝訴した。 d 搾取労働事件(民事) 知的障がいのある夫婦が,18年間農場で搾取労働させられていた事件で,裁判を起こし(本件は最低賃金法の適用除外に該当しないという主張をしている),これとともに,最低賃金法の障がいのある人の適用除外条文の廃止運動をしている。 e 公的施設における合理的配慮要求事件(民事) 現在までに,差別禁止訴訟で勝訴した事例はない。しかし,体育館において,視覚障がいのある人が利用するために人的サポートを要求した事例で,勝訴的な和解が成立し,施設側で人的使用を提供するようになった。 f 保険加入における障がい者差別事件(民事) 知的障がいのある人や精神障がいのある人は保険に入りにくい現状があり,精神障がいのある人について,服薬を理由に保険加入を拒否されたとの相談があったことから,差別であるとして訴訟を提起した。 一審は,勝訴したが慰謝料請求が認められただけであった。差別であることが認められないと,救済命令は出ない。 現在,控訴審係属中である。 (写真挿入) 障害や差別推進連帯の事務所にて、視察団のメンバーが、同連帯のパク・ヨンファ氏(女性、車いすユーザー)と記念撮影をしている様子を写した写真が挿入されている。 (3)感想   まず,刑事手続における助力人制度の存在は,日本より進んだ取組であり,これ自体を中心とした視察も今後有益であるといえる。   その他,労働搾取や公共サービスにおける差別事例などは,日韓で共通している問題であると感じた。韓国においては,救済命令が出された事案がないということであるが,慰謝料のみでの解決が,どの程度権利の救済につながったかを検証することは,日本の裁判実務でどのような権利救済手段が効果的かを考える上で,問題意識を共有できるのではないだろうか。   いずれにせよ,韓国においては,当事者団体と弁護士との連携の中で,複数の事例が積み重なっており,今後日本がぶつかるであろう課題にすでに取り組んでいるという印象を受けた。 4 国家人権委員会 日 時:2014年6月3日 午後2時から 参加者:チャン・ミョンスク氏(国家人権委員会の常任委員) キム・ウォニョン氏(国家人権委員会在籍の弁護士) ハン・ピルン氏(チャン氏の秘書) (1)国家人権委員会の差別禁止に関する関わり チャンさんは,小児麻痺ポリオで,女性障がい当事者でもある(常任委員のなかで,障がい当事者はチャンさんのみである。)。常任委員就任前は,NGOである韓国女性障害者連合の事務総長,性暴力センター所長等を歴任してこられた。その観点から,差別禁止法については非常に関心があるが,国家人権委員会委員就任後は,組織内で対応するには様々に大変な側面があることがわかってきたとのことであった。 チャンさんからの説明は以下のとおりである。 国家人権委員会として勧告を行う場合,韓国社会では,その勧告を基本的には受け入れることが多いが,受け入れない場合は法務大臣が是正命令を出せるシステムになっている。これまで,2件の是正命令を出してきた。1件は,障がいのある女性が解雇されたことに対する復職命令,もう1件は水原市という都市の駅にエレベーターを設置する件であった。 差別禁止法は,今年で施行後6年目になる。施行後の期間経過とともに,見直すと,改正すべき点が多いと思っている。 差別禁止法の目的からすれば,障がいのある人とない人がコミュニケーションをとりながら調整していく法律であると思っていて,衝突するような形ではなく,納得・理解できるかが重要であると考えている。その点で,勧告も受け入れなければならないことを前提にしてもらっている,と思う。 国家人権委員会には,障害者差別是正委員会を置いて,是正等を勧告しているが,自分自身が当事者として話すとすると,障がいを持つことが本人を苦しめている現実は否めない。障がいのある人と障がいのない人は,契機がないと一緒に考えたり考えを共有したりする機会は少ないし,そうできない人が多い。差別禁止法を知らない当事者もたくさんいるように思う。 (2)国家人権委員会の組織 国家人権委員会内には,人権委員会人権教育課と差別調査課がある。 人権教育課では,差別禁止に関する教材を作り,広報活動をするなどしている。この点,韓国精神保健法では病院関係者に人権教育をする規定があるが,検事や裁判官に対してはその義務に関する規定がない。検事や裁判官にも人権教育を実施したいが,現実的には法律上実施困難で,重要な課題である。警察官に対する人権教育も重要である。 差別調査課では,モニタリング団を構成して,全国へ調査に行ったりしている。モニタリング団のメンバーは,約70%が家族や当事者で組織している。重度脳性麻痺の人もいる。モニタリング団のバッジをつけて全国に調査しに行くのだが,当事者同士がエンパワメントされている様子が窺われる。なお,政府も実態調査を3年に1度実施している(政府の実態調査入札を経て大学機関等が実態調査をすることもある。各NGOも実施していると思われる。)。例えば,精神病院や入所施設の中にいる人がきちんと参政権を行使できているか等の個別の課題に対する調査は実施されている。 差別調査課は,1課と2課に分かれており,1課は申立を受けて聴取り調査し,2課は病院や施設に収容されている人からの人権救済申立に対応し,調査課職員が施設等に出向いて調査権をもって調査を行っている。 (3)権利条約報告書関連について 2011年,韓国政府は障害者権利委員会へ政府報告書を提出したが,国家人権委員会は,保険福祉部障害者政策局(韓国政府の政府報告書作成部署)に対して勧告書を提出した。保健福祉部としては,受け入れるものは受け入れた上で,最終報告書を国連に送ったようである。考え方の相違のある部分もあるが,形式上,政府報告書は,国家人権委員会の意見を聞いたという扱いである。また,保健福祉部は,現在質問事項に対する報告書を作成中である。 また,国家人権委員会としては,障害者権利委員会に対しても,政府報告書に対して人権委員会独自の報告書を提出している。 また,質問事項の発表に先立って4月に行われた事前ワーキンググループに合わせる形で,同年3月には国家人権委員会は報告書を提出した。 (写真挿入) 国家人権委員会の事務所前の看板を背に、視察団と同委員会のチャン委員長及びキム委員(車いすユーザー・男性)が記念撮影をしている様子を写した写真が挿入されている。 (4)国家人権委員会への申立てと判断について 2002年から2013年の間で,約7000件の申立てがあった。差別禁止法制定以前からも申立てがあるのは,人権委員会法という法律があるので,差別禁止法成立前から差別禁止に関する救済手段として存在したためである。申立自体は,今も増えている。 判断に際して,棄却,却下の場合は,法律等によって決まっている。取り下げや「事実不存在」として判断に至らなかったケースも多い。また,裁判中に国家人権委員会に申立てがなされた場合,判断ができないので,自動的に却下の扱いとなる。他方,人権侵害が著しく,告発が必要なときは職権で裁判所へ移送することもある。事例によって使い分けされているといえる。 申立ての方法は簡明で,形式は問わない。また,国家人権委員会の中に調停手続きもあり,差別是正委員会の中で,常任委員,弁護士等が調整することになっている。 また,「差別禁止法に違反している」と指摘すると相手方が是正して解決されるケースが結構ある。そのため,勧告までいかずに合意終了で棄却ないし却下となるケースがかなり大多数を占めている。例えば,国家人権委員会に申し立てられる雇用の差別は,採用,配置転換の事例が多い。申立てがなされると,国家人権委員会が介入して改善されていく。 これまで,約7000件の申立てについて,内約6500件は棄却ないし却下で,その他約500件が解決という結果であった。特に,調停による合意で終了するものが多い。 なお,差別禁止法の構造では,合理的配慮の提供義務を負うのは「事業者」であり,国側の支援は必要だけれど,実施責任は事業者が負う。事業者側としては,過度の負担に関してどこまでが過度の負担となるか,また著しい困難の判断は容易ではなく,事業者たる企業側から過度の負担であると主張されると,判断には困難を伴う。最終的には人権委員会が判断する。 合理的配慮に関する具体的な事例を紹介すると,最近,ある消防士が障がいを負って解雇(免職)されたという事案があった。このケースでは,消防署側は,消防官は消火活動を業務としているので,障がいのためにその活動が不可能となった場合は業務遂行できないと主張していた。現在は裁判になっている。国家人権委員会は裁判に対して意見を提出することもでき,合理的配慮として配置を換える等の意見を出している。 (5)感想 日本でも,長年,国家人権委員会の設置が求められてきた中,いまだ実現される見通しが立っていない。これに対して,韓国には,人権問題を全般に取扱う国家人権委員会が設置されている。韓国では,当事者グループによる事例分析・相談,司法的救済等に並行して,このように国家機関として人権救済組織が設置され活動していることが,有機的に関連し合っているようである。 国家人権委員会の障がいのある人に対する差別事例に関する介入内容については,当事者団体から不満が出されている部分も否めないようである(もう少し踏み込んだ意見を述べるべきである等)が,とはいえ,国家機関として,人権侵害事例に介入しうるシステムは,人権問題解決においてインパクトとしても非常に大きい。 さらに,差別事例の調査・分析,韓国全土における実態調査や教育活動も実施されていた。こうした,組織としての差別解消に向けられた取組みは,日本においてもぜひ採用されるべきと感じた。 5 障害者法研究会(Korea Disability Law Association :KDLA) 日 時:2014年6月3日 午後7時 場 所:ソウル市内レストラン 障害者法研究会(KDLA)に所属している弁護士や学識経験者,障がい当事者等と,食事会を兼ねて意見交換会を行った。 KDLAに関する説明は以下のとおりである。 (1)KDLAの設立目的 障害者法研究会は,国内外の障害者法を研究し,障がいのある人の権利に関心を持つ法律家又は専門家を教育し,障がいのある人の権利擁護,差別禁止等のための活動を通じて,究極的には障害者法を発展させ,障がいのある人の権利の増進に寄与することを目的に設立されたものである。所属する会員弁護士の事務所に事務局が設置されている。 (2)主な事業 セミナー及び定期的なフォーラムの運営,障害者法の学習,研究,関連教育及び講座の運営,障がいのある人の人権関連の公益訴訟の企画,遂行及び支援,国際活動,報告書,学習誌,その他,研究結果物の刊行等の事業を行っている。 (3)メンバーについて 正会員,準会員,協力会員で構成されており,正会員は障害者法の研究及び実務に関心がある法律家又は専門家,準会員は法学,社会福祉学等,関連領域を専攻する大学院生,協力会員は障がい者団体の活動家,実務家である。 (4)沿革及び経過報告 2010年12月,キム・ヒョンシク障害者権利委員会委員をお招きし,「国連障害者権利条約に関するセミナー準備委員会」として始まる。 2011年1月21日の「障害者と法律」というテーマでの第1回月例セミナーをはじめ,脱施設訴訟,差別禁止法の改正の経過と主要内容及び今後の課題,障がい者権利救済の手続き,精神障がいと法,アメリカ障害者法の現況と課題等の主題で,3年5か月の間,障がいのある人の人権と法等の懸案と関連した主題で,34回の定期セミナーを開催した。 これと共に,2011年9月1日にオーストラリアのシドニー大ロー・スクール教授のロン・マッカラム障害者権利委員会委員長(当時)を招請,国際障がい者ワークショップを開催した 2012年11月23日,アメリカのカンザス大学特殊教育学科ラード・タンベル教授とアン・タンベル教授夫妻を招請し,「アメリカ障害者法の現況,発達障がい者の教育と家族政策」という主題でセミナーを開催した。 2012年11月16日,アメリカの国務長官直属の国際障害権利特別顧問のジュディ―・ヒューマン氏と国務省担当部局,そして,アメリカの法律家とともに,「アメリカ障害者法と権利擁護,そして障がい者に対する司法サービスへのアクセス権」等の主題で国際コール・カンファレンスを開催した。 2013年7月には,11名の運営委員がアメリカ国務省の招請で,ワシントンDCの国際リーダーシップ交流研修に参加。当時,ニューヨークの国連本部で開催されていた第6回権利条約締約国会議と多様な障がい関連NGOのワークショップに参加するなど,国際活動に活発に参加した。 研究事業:2011年11月,法院行政処(裁判所の事務局)の「障害者のための司法支援に関する政策研究」の委託を皮切りに,障害者法と人権に関する研究,2013年3月,法院(裁判所)国際人権法学会と「障害者の人権と司法手続き」共同セミナーを開催した。 国内障がい者団体との協力事業:2012年2月,権利条約韓国政府報告書に対するNGO報告書の作成のための教育プログラムの運営企画,運営(財団法人東天の支援,国連人権政策センターとの共同開催)を皮切りに,今年9月,ジュネーブの第12回障害者権利委員会の韓国政府審査の準備のためのNGO報告書作成過程において,法律的な支援を行っている。 公益訴訟支援:2012年10月,障がいのある人の選挙権等の多様な課題の人権擁護のための公益訴訟に,本研究会の会員が参画している。 (5)2014年主要事業 ・毎月定期月例セミナーの開催(1月から) ・差別禁止法の解説書作成作業 ・マラケシュ条約に関する共同セミナー開催(6月13日,国会) ・権利条約NGO報告書への法律諮問(7月まで) ・権利委員会の韓国政府報告書審査に傍聴(9月,ジュネーブ) ・韓米日国際障害者差別禁止法カンファレンスの開催(11月予定) 6 ソウル市障害者人権センター(SEOUL center for the rights of persons with disabilities) 日 時:2014年6月4日 午前10時 参加者:センター常勤 キム・イェヨン弁護士(Kim, Ye won) (1)ソウル市障害者人権センターとは ソウル特別市障害者人権増進に関する条例(2011年施行)8条に基づき,障害者人権増進事業活性化の為に設立された施設である。業務としては@障がいのある人の人権侵害についての相談,A障がいのある人の人権差別関連調査及び救済,B障がいのある人の人権増進のための教育プログラムの開発を行う(同施行規則3条1項)。同センターには常勤の者が4名(うち1名は弁護士)及び非常勤のセンター長により構成されている。 (2)特色 センターの規模自体はさほど大きいとはいえないものの,市が設立した施設であるため,市の関係各機関と連携をとることが可能である。したがって,裁判における救済よりもより広く,よりバリエーションに富んだ解決法を提供することが可能である。 すなわち,センターは障がいに関わる人たちにとっての「ワンストップサービス」となっている。 (3)救済について a 相談事業 基本的には,電話・FAX・メールで相談を受け,深刻な相談内容であれば現地に赴いて調査を行う(受付時間は基本的には午前9時〜午後6時)。なお,常勤弁護士が抱える件数は,1か月で50〜60件ほどである。 また,定期的に,ソウル市の4地点において無料法理相談会を開催している。 b 調査 相談を受け,調査が必要と判断した場合は,常勤弁護士が調査に行く。なお,条例施行規則上,センターにも調査権限が与えられている(同規則3条2項)。 もっとも,法律上の抵触のリスク回避の為,強制調査の際には市の職員を同行して行う。 c 救済 まずは,常勤弁護士等が人権侵害等を行っている者に対し交渉を行う。場合によっては,訴訟に発展することもある。その場合,人権侵害事件等に関しては基本的に無料で行う。 また,人的・物的な支援が不十分という侵害状態の場合,市と連携してできるだけ多くのサービスを提供するように調整を図っている。 (4)教育事業 公の機関の公務員や,会社の新入社員等に対し,人権侵害予防教育を行っているほか,施設従業者への教育も行っている。「脱施設」に関しての教育も行っている。 (5)その他 センターの資金は全てソウル市から支出されている。 常勤弁護士の任期は3年。報酬は300万ウォン/月程度(キム氏によれば一般的な弁護士は500万ウォン程度)。 常勤弁護士以外のスタッフ(2014年6月時点)は,一人は国家人権委員会で調査に携わった人,もう一人は障がい者新聞の元記者である。各人が専門的知識や経験を有しており、連携して活動している。 (6)最後に キム氏には日本語のレジュメを作成いただき,これに沿ってご説明いただいた。キム氏によれば,韓国にはソウル市以外(杭州など8か所)にもこうした施設はあるが,まだまだ不充足であるとのことである。 日本では事実上任意団体が障がいに関するワンストップサービスを提供している部分があるが,公的なワンストップサービスを取り入れるべきである。 なお,障がいのある人たちが作った工芸品・石鹸等が販売されており,土産としてこれらを購入した。 W 結び 韓国は2001年に国家人権委員会を設立させ,2007年に差別禁止法を制定し,2008年に権利条約を批准(2009年に発効)して,権利条約35条1項に従い2011年に国連の障害者権利委員会に対し政府レポートを提出した。 日本での差別禁止法制定を求める活動を続けてきた日弁連は,2008年に,韓国での差別禁止法の制定経緯を調査するため,韓国を視察した。韓国の障がい者団体の差別禁止法制定に向けての運動におけるすさまじいともいうべきエネルギーに圧倒されたことを,今なお鮮明に覚えている。また,国家人権委員会も訪れたが,障がいのある人の人権救済に向けての積極的な姿勢に接して,日本でも一日も早くこのような監視・救済機関を設立する必要があることを実感した記憶が残っている。 韓国の障がい者団体のすさまじいエネルギーは,今回の視察でも健在であった。国家人権委員会は,前回の視察後のイ・ミョンバク政権への交代により,人員や予算が削減され,政府からの独立性に疑念を抱かせるに至ったが,今回の視察で,韓国の障がい者団体からの国家人権委員会に対する評価は決して高いものとはいえなかった。 韓国では,差別禁止法や権利条約に関して,弁護士会の組織的な活動はないとのことであるが,任意の法律家団体が活発に活動していることや個々の弁護士が障害者権利委員会に対する報告書連帯のパラレルレポート作成に関与していることを知った。ことに,公設事務所の弁護士が,精神科病院に強制入院させられている人の訴訟代理人として人身保護請求の訴訟を起こし,ソウル中央地方裁判所で,強制入院は違憲の疑いありとして憲法裁判所に違憲審査を請求する決定を得るなど,個々の弁護士の活動には目を見張るものがあった。 今回の視察のタイミングは,韓国政府が2011年に障害者権利委員会に提出した政府レポートに対する2014年9月に予定される同委員会の韓国審査を控え,同委員会から示された質問事項に対する回答作成中という,正に,国際モニタリングの最中のタイミングとなった。その時期に,政府レポートや質問事項に対する回答作成を担う保健福祉部障害者政策局(権利条約33条1項前段のフォーカルポイント)や,政府レポートとは別途に独自のレポートを提出した国家人権委員会(権利条約33条2項の促進・保護・監視のための独立した仕組み),そしてパラレルレポートを作成する障がい者団体(報告書連帯)を訪問することができたことは,大変有意義であった。 政府レポート作成にあたっては,障がい者団体の関与が求められる(権利条約35条4項,4条3項)が,保健福祉部障害者政策局での手続きは十分とは評価し得ないものであった。国家人権委員会は政府レポート提出にあたっての勧告書や,障害者権利委員会への独自のレポート提出などの役割を担っていたが,韓国の障がい者団体からの評価は高いものとはいえなかった。もっとも,私達が面会した保健福祉部障害者政策局の実務を担当する課長や国家人権委員会の常任委員は,いずれも障がい当事者であり,障がいのある人の参画を実感した。 私達が最も感心したのは,4月に障害者権利委員会が韓国に対する質問事項採択のために開催したプレセッショナル・ワーキング・グループに対する障がい者団体の対応である。報告書連帯は,そのためにパラレルレポートの要約版ともいうべき冊子形態の報告書を作成し,障害者権利委員会に提出した。その内容は,事例を適切に引用しながら,極めてコンパクトに分かりやすく韓国の障がいのある人の人権状況を訴えるものであった。その内容の充実もさることながら,障害者権利委員会による問題点の指摘ともいうべき質問事項の採択の直前の時期をねらって,この冊子の報告書を提出した報告書連帯の戦略眼である。私達は,本年3月にジュネーブでの障害者権利委員会の第11回会期を視察したが,この時,障害者権利委員会の委員や国際障害者同盟(IDA)のスタッフから,質問事項作成に際し,障がい者団体が障害者権利委員会に働きかけることの重要性や有効性について指摘を受けたことを,まざまざと思い出した。 また,今回の視察で,障害者権利委員会の委員であるキム・ヒョンシク氏にお会いすることができた。同氏自身,片手が義手という障がい当事者であるが,同氏はモンゴルと中国に対する審査において,報告者として質問事項の案を作成するなど,中心となって活動した。もし,同氏の任期中に,障害者権利委員会の日本に対する審査が行われる場合,同氏が報告者となる可能性もある。 同氏は,日本の障がい者団体の活動を高く評価すると共に,日弁連の活動を大変高く評価していた。同氏はまた,権利条約の実施について,発展途上国の貧困問題の克服を重視すべきと強調していた。同氏は日本政府や障がい者団体・日弁連等のNGOに対し,日本が権利条約の実施において,国際社会を牽引し,発展途上国の障がいのある人の権利向上に向けて力を発揮してほしい旨を熱く語った。 日本における権利条約の完全実施は,日本の障がいのある人の問題にとどまらず,例えば,合理的配慮のために開発したハード・ソフトの技術やノウハウの発展途上国への提供等の国際協力(権利条約32条)につなげるという意味においても,重要な意義を有するというべきである。