第5章 結語 1 本報告書は,日本弁護士連合会第57回人権擁護大会において「障害者権利条約の完全実施を求めて−自分らしく,ともに生きる」をテーマに掲げた第2分科会の実行委員会が取りまとめたものである。 障がいのある人の人権に焦点を当てた本報告書の目的は,新たなステージの起点となる権利条約の批准時点において,批准までに行われた障がい者制度改革の成果を踏まえつつも,未だ人権保障の枠外に置かれているともいえる障がいのある人の人権状況を明らかにするとともに,そこから浮かび上がる人権課題に対してなすべき人権政策の内容や方向性を示すことにあった。 2 従来,障がい者問題といえば,ほぼ,福祉問題として位置付けられ,人権としての課題が提起されることは少なかった。しかし,2001年12月メキシコ政府による「障害者の権利及び尊厳を保護・促進するための包括的総合的な国際条約」策定の提案が契機となり,これを検討する「アドホック委員会」が設置されることになった。 これ以後,各国政府代表団の議論に各国の障がい者団体もNothing About Us, Without Us(私たち抜きで,私たちのことを決めないで) のスローガンを掲げて積極的に加わり,8回にわたるアドホック委員会の会合を経て,第61回国連総会において権利条約が採択された。 この権利条約の策定過程において限りなく貢献した各国障がい者団体は,権利条約の採択により,自らの存在を哀れみではなく人権に依拠できる世界の扉を開けることになった。しかしながら,人権は,黙っていても与えられる保護とは異なり,障がい当事者や障がいのある人の人権の確立を求める人々の不断の努力によって,これを保持しなければならないとされる。 3 私たちとしても,弁護士として果たすべき不断の努力の一環として,権利条約という鏡に照らして障がいのある人の人権の現状や課題を明らかにし,それぞれの分野で必要となる施策の提言を行った。 検討した分野は,差別の解消,雇用,欠格条項,教育,障がいのある子ども,家族,障がいのある女性,アクセシビリティ(移動,施設利用,情報保障),地域生活,商品・サービス・不動産,所得保障,医療・健康,司法,参政権,法的能力,虐待,国内実施と監視(モニタリング)などに及んでいる。これらの各分野において明らかにされた課題はいずれも重要である。 さらに,これに加え,下記のように時期的に早急にその対応が迫られている喫緊の課題が存することも改めて指摘しなければならない。 (1)権利条約の批准に関しては,この権利条約が国内的に発効してから2年内(2016年)に最初の政府報告書を出すことになるが,この政府報告書の作成に障がい者団体の意見がどの程度反映されるのか,また,政府報告書に対する障がい者団体や当連合会のパラレルレポートをどう準備するのかが問われることになる。 (2)障害者基本法においては,2014年に見直しの時期を迎えるが,とくに,権利条約の批准後の見直しとして,権利条約の実施に関する監視を政策委員会の所掌事務として正面から規定することが求められる。 (3)障害者虐待防止法に関しては,2015年に見直しの時期を迎えるが,とくに,学校,保育所等,医療機関,官公署等における虐待も「障害者虐待」の定義に盛り込み,同法が用意する救済の仕組みの対象とするだけでなく,独立した監視機関を創設すべきである。 (4)総合支援法に関しては,2016年に見直しの時期を迎えるが,総合福祉部会の骨格提言が示した課題について,その附則に基づき早急に検討が開始されるべきである。 (5)差別解消法においては,2016年の施行に向け,差別に関する基本方針とそれに即したガイドラインが早急に策定されるべきであり,なおかつ,あらゆる差別類型を網羅する差別の定義規定を創設することや事業者が行う合理的配慮の提供を法的義務化することについては,見直しの時期を待たずに前倒しで行うことが求められる。 (6)雇用促進法における差別禁止にかかる規定においても,2016年の施行に向け,差別的取扱いと合理的配慮に関するガイドラインの策定が急がれるべきであり,差別解消法と同様にあらゆる差別の類型を網羅する差別の定義規定を創設すべきである。 4 これらの検討により見えてきたのは,権利条約の完全実施の前に横たわる幾多の困難な道である。しかし,課題も見えず,解決への方向性も見えないまま,ただただ現実に呻吟していた時代とは遙かに異なり,私たちは今,権利条約という法的武器を携えている。権利条約が指し示す規範の内容とその基準は,障がいのある人が置かれた現状と人々の障がいのある人へのまなざしを変革する大きな力となるものであることを確信している。 歴史の一断面を切り取り,新たな人権保障の地平を切り拓こうとした本報告書の試みがどの程度その目的を果たし得たのか,それは,障がいのある人の人権課題に向き合ってきた弁護士総体の力量が問われるものであるが,私たち弁護士は,この報告書を新たなスタートラインとして,また,障がいのある当事者をはじめとする障がいのある人の人権確立を求める多くの人々とともに,弁護士に与えられた職責を全うしたいと考えている。 2014年10月2日 第57回人権擁護大会シンポジウム 第2分科会実行委員会委員一同