第4章 権利条約の完全実施に向けて何をするべきか 第1節 各分野の問題点と課題の解決に向けて T 差別の解消 1 差別概念について (1)権利条約の規定 権利条約における「障害に基づく差別」の定義は,「障害に基づくあらゆる区別,排除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のあらゆる分野において,他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し,享有し,又は行使することを害し,又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には,あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」とされている(2条)。 この規定の「あらゆる形態の差別」には,障がいを理由とする区別,排除,制限等の異なる取扱い(いわゆる「直接差別」)だけではなく,外形的に中立的な規定,基準,又は慣行が,特定の障がいのある人に他の人と比較して特定の不利をもたらすであろう場合に生じる間接差別,及び,障がいのある人の障がいに関連する事柄を理由とする関連差別など,直接的には障がいそのものを理由としない場合を含むあらゆる形態の差別が含まれる。 (2)差別解消法の問題点 ところが,差別解消法は,不当な差別的取扱いや合理的配慮を提供しないことを差別と位置づけているにすぎない。しかも,それぞれの定義を欠くだけでなく,不当な差別的取扱いの中に「間接差別と関連差別」が含まれるかについては,「現時点で一律に判断することが難しい」としたまま,その具体的な内容については,法律ではなく包括的に各省庁が策定する対応要領や対応指針と呼ばれるガイドラインに委ねている。 そもそも,ガイドラインは,法律が定める差別の定義を受けて,さらにこれを具体化・例示化するものとして機能すべきである。行政が恣意的にガイドラインを策定することが許容されることで差別禁止の実効性が失われる結果になるとも限らない。 したがって,差別解消法を改正し,間接差別や関連差別など,直接的には障がいそのものを理由としない場合を含むあらゆる形態の差別を対象とした差別の具体的な定義規定を設けるべきである。 2 合理的配慮義務について (1)権利条約の規定 権利条約において,「合理的配慮」の定義は,「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」とされている(2条)。 これらの規定は,障がいの概念について,障がいを個人の問題としてのみ捉えるのではなく,障がいを,個人の外部に存在する種々の社会的障壁によってもたらされるものとして捉えるものである。社会的な障壁の除去・改変によって障がいの解消を目指すことが可能であって,障壁の解消に向けての取組の責任は障がいのある人個人にではなく社会の側にあるとする社会モデルの考え方である。 このような障がいの捉え方から,個々の障がいに応じた合理的配慮の提供が法的義務として導かれることになり,権利条約は,合理的配慮が提供されないことも含め,あらゆる分野において,障がいに基づくいかなる差別も禁止している。 (2)差別解消法の問題点 ところが,差別解消法では合理的配慮の提供が行政機関等は法的義務となっているのに対し,民間事業者は努力義務にとどまっている。しかし,商品購入や交通・建物の利用など日常生活や社会生活において,民間事業者との関わりは広範であり,この場面で努力義務にとどまれば,差別解消の趣旨は全うされないことになる。 この点に関し,差別解消法は附則で,2016年4月の施行から3年経過時に,民間事業者の合理的配慮のあり方を含めて,本法律についての所要の見直しを行うこととしているが,施行後3年を待たず,可及的速やかに本法律を見直し,民間事業者の合理的配慮の提供を法的義務とすべきである。 3 ガイドラインについて 本来であれば,法律の定義規定に従って,ガイドラインが定められるべきであるが,差別解消法では,不当な差別的取扱い及び合理的配慮の定義規定を欠いており,ガイドライン,が政府が定める障がいを理由とする差別の解消の推進に関する基本方針に即して,策定されることになる。 今後,政府が「基本方針」を示して,差別の具体的な内容について方向性を示し,これに基づいて,行政機関等について「対応要領」,事業者について「対応指針」と呼ばれるガイドラインが定められ,差別の具体的な内容や,合理的配慮の好事例などが示されることになる。教育,交通,商品,サービス,情報保障など各則ごとにガイドラインが定められることが予定されている。 各国の立法例を見ると,日本よりも具体的に,法律に差別や合理的配慮義務の内容が書き込まれているものが多いが,その場合にも解釈指針やガイドラインといったものが定められ,これらが具体的な行為規範となっており,かつ解釈指針やガイドラインの定めが実際の裁判においても一定の基準とされていることが多い。 したがってこれらガイドラインの内容は,差別解消法の実効性を確保する上で,極めて重要な意義を有するものといえる。 日本でも今後は,差別解消法の実効性を上げるべく,基本方針,対応要領,対応指針の内容がどのように定められるかに注目していかなければならない。 4 救済機関について (1)権利条約の規定 権利条約33条2項は,他の人権諸条約と異なる新たな規定として,条約上の権利の実施を促進,保護,監視する機関を設けることを締約国の義務としており,国内においてそのための枠組みや機関を設置することを求めている。また,その際には,国連決議であるパリ原則を考慮に入れるべきこととしている。 (2)差別解消法の問題点 a ところが,政府は,促進,保護,監視の三つの機能のうち,監視の機能を障害者基本法によって内閣府に設置された障害者政策委員会に担わせることで足りるとするのみである。 しかし,障害者政策委員会は,独立性がなく,しかも,権利条約の実施に関する監視はあくまで障害者基本計画の監視を通じた間接的なものでしかなく,権利条約の促進を常時追求する独自の機関は存在せず,政府は,簡易迅速に権利救済を行う機関を設ける予定もない。 権利条約を国内で完全実施するためには,実体法規の整備だけではなく,実施のための国内における仕組みが不可欠であり,パリ原則に則った政府から独立した国内人権機関の創設が急務である。 b また,差別解消法17条が規定する障害者差別解消支援地域協議会は,国及び地方公共団体の機関であって,医療,介護,教育その他の障害者の自立と社会参加に関連する分野の事務に従事するものが,当該地方公共団体の区域において関係機関が行う障がいを理由とする差別に関する相談及び当該相談に係る事例を踏まえた障がいを理由とする差別を解消するための取組を効果的かつ円滑に行うため,関係機関により構成するものである(同条1項)。 この地域協議会の担う役割について,国会答弁で,相談を受ける機能を付与することもできるとされるが,相談機能を有しない形が原則型であり,たらい回しが起きないように,構成機関が受けた相談等について情報交換・情報共有をし,役割分担を調整するといった機能を有するにすぎず,救済機関としてそもそも想定されていないといえる。またその設置は努力義務とされるにとどまる。かかる地域協議会に権限及び組織,予算などの独立性はなく,個別事案の救済そのものを担うものではないから,権利条約33条2項の「保護」を担う機関とはいえない。 c 他方,障がいを理由とする差別をなくしていこうとするとき,パリ原則に則った国内人権機関による「保護」,すなわち調停や勧告といった形の救済だけでなく,地域に根ざした身近な相談機関による相談と調整といったソフトな紛争解決システムも重要である。 すでに紹介した各地の差別禁止条例に基づく紛争解決プロセスを見ると,粘り強い交渉による関係調整という紛争解決プロセスが実効性を上げているところもあり,市民にとって地域の身近な相談窓口から,調整的な紛争解決へ導かれるプロセスの重要性を改めて認識させられるものである。 しかし差別解消法は,こうしたソフトな解決プロセスについても,何ら具体的な制度を持っていない。 求められる紛争解決の仕組みとして,大きくは,よりソフトな@相談及び調整の機能と,準司法的な手続としてのA調停,斡旋,仲裁,裁定の機能があると考えられる。このうちAについては,パリ原則に則った国内人権機関が担うべきものであるが,@については,差別解消法の今後の改正議論の中で,しっかりと位置付けられていくべき機能であるといえる。 相談及び調整の機能は,障がいのある人が身近なところで,安心して相談できるものでなければならない。 差別によって精神的にも被害を受けている状況の中で,このような痛みを理解できるピア・カウンセリング的手法を用いた相談,あるいは,コミュニケーション支援や意思決定支援を伴う相談であることが重要である。そしてかかる機能を担当できるような障がいのある人,家族,障がい及び障がいに基づく差別問題に理解のある専門家等の社会資源を相談担当者にあてることが必要である。 障がいを巡る紛争は,障がいに関する理解不足や思い込み,あるいは双方のコミュニケーション不全に起因して発生する場合もある。このような場合には相手方の誤解をなくし,相手方の理解が深まることで解決可能な場合もあることから,地域の身近なところに配置された相談担当者が相手方に出向き,相談で問題となった事柄,障がいのある人の置かれた状況等について説明し,相手方との関係を調整することが求められる。 このような相談と調整の一つ一つの積み重ねが,社会全体に障がい理解を広める結果をもたらすことも期待される。 個々の相談担当者の力量に格差が生じないよう,十分な研修の実施やスーパーバイズの保障も必要である。 5 事前的改善措置 合理的配慮は,特定の場面で障がいのある人が配慮を必要とする場合にその提供が問題となる。 他方,障がいのある人からの個別の要求がない場合であっても,予め物理的設備を障がいのある人が利用可能な形態にすることや障がいのある人についての理解を深める研修を行ったりすることが,合理的配慮とは別途,事前的改善措置として必要となる。 この事前的改善措置は,差別解消法5条で規定されており,合理的配慮と並んで,障がいのある人の日常生活及び社会生活にとって極めて重要であるが,努力義務とされているため,今後,実施状況を見ながら,法的義務化されるよう注視していく必要がある。 U 雇用 1 労働分野における権利条約の完全実施のために (1)日本における構造的差別の撤廃 権利条約27条は、障がいのある人に対し「他の者との平等を基礎として労働についての権利」の保障し,雇用の条件,雇用の継続も含め,あらゆる形態の雇用に係る全ての事項に関し,障がいに基づく差別を禁止し,合理的配慮に関する措置や他の者との平等を基礎として,均等な機会及び同一労働についての同一報酬の保障を求めている。 そして,権利条約4条1項(b)は,国に対して,障がいのある人に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し,又は廃止するための全ての適当な措置(立法を含む。)をとることを求めている。 ところが,日本においては,厚生労働省を中心とする国の制度政策により構造的差別が生じているにもかかわらず,政府はこれを撤廃しようとしていない。 例えば,厚生労働省は雇用促進法により障がい者雇用が義務化された当初(旧労働省時代)から同法43条1項の「常時雇用する労働者」を意図的に歪曲して解釈し,「常時雇用する労働者」には日々雇用する者であれ,数か月〜1年単位であれ,1年を超えて雇用する前提で契約するものは全て含まれるとし,「障害者雇用ガイドブック」で事業主に説明してきた。現に非正規雇用も全て障がい者雇用率算定の上で実雇用率にカウントしてきた。その結果,事業主は障がいのある人との契約形態において圧倒的割合で非正規雇用を選択し,多くの障がいのある人は低賃金で,雇用継続が保障されず,当然退職金もない極めて不利益な雇用条件のもとで働かされている。 障がいのある労働者は「他の者」と平等を基礎とする権利どころか終生差別された別のトラックの中を走り続けることになる。日本におけるこうした構造的差別については,国が第一に着手すべきは締約国の義務(権利条約4条1項(b):差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し,又は廃止)を履行することであり,これを抜きにして障害者権利条約の完全実施はあり得ないところである。 (2)雇用促進法改正と構造的差別 以下述べるように,雇用促進法は改正され,差別が禁止されるようになった。 ただ,この構造的差別の問題を棚上げした上で,個別の差別事案だけを救済するだけでは,限界があることも明らかである。したがって,構造的差別を撤廃するという視点から改正雇用促進法が位置づけられて運用されるべきであり,以下に述べるガイドラインも策定されるべきである。 2 雇用促進法の改正,及び同法改正に伴うガイドラインの策定 (1)雇用促進法の改正 日本では,権利条約を批准するための国内法整備の一環として,差別解消法が制定された。ただ,雇用関係における差別の禁止ついては,雇用促進法に委ねられることとされたため(差別解消法13条),これを受け,雇用促進法に「第二章の二 障害者に対する差別の禁止等」の一章が設けられる改正がなされ,34条〜36条までの障がい者に対する差別禁止に関する規定と,36条の2〜36条の6までの均等な機会の確保等を図るための措置(合理的配慮の提供)に関する規定が新設されることとなった。さらに,紛争の解決の仕組みとして第3章の2(74条の4から85条の3)が新設されている。もっとも,改正された雇用促進法(以下,「改正法」という。)においても「障害者」の範囲や,「差別」の定義規定の欠缺などの残された課題は多い。 (2)指針研究会報告書の策定 改正法36条及び36条の5は,差別の禁止及び均等な機会の確保等(合理的配慮の提供)に関して,それぞれ指針を定めるよう規定している。これを受けて,2013年9月30日から2014年5月27日までの間,厚生労働省において「改正雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会」(以下,「指針研究会」という。)が開催され,11回にわたり検討が行われた。この指針研究会においては,2014年6月6日,報告書(以下「指針研究会報告書」という。)が公表されているが,この指針研究会報告書については,今後同省の労働政策審議会障害者雇用分科会で議論されることになっている。 指針研究会報告書は,「差別の禁止に関する指針の在り方について」,「合理的配慮の提供に関する指針の在り方について」の2本柱により構成されているが,内容については,課題も多い。これは,雇用促進法における差別の禁止,合理的配慮の提供が法的義務として定められたことから,事業主側に慎重な態度が広がったことが大きな要因となっている。 今後は,雇用促進法におけるさらなる改正,また,ガイドラインについても,指針報告書の内容をさらに前進させることにより,障がいある労働者の雇用にとってよりよいものとなるよう働きかけていくことが必要である。 以下では,「障害者」の範囲,不当な差別的取扱い,合理的配慮のそれぞれについて,問題点を指摘した上で,提言を述べる。 3 「障害者」の範囲に関する問題点と提言 (1)問題点 雇用促進法2条1号は,「障害者」の定義として「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。第六号において同じ。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため,長期にわたり,職業生活に相当の制限を受け,又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう。」と定める。これは,障害者基本法における定義と「障害」の部分で表現を合わせてはいるが,依然として医学モデルに立脚するだけでなく,「長期にわたり」,「相当な制限」,「著しく困難」など,判断が不明確な概念が用いられており,一定の障がい者がこの定義から漏れ落ちてしまうことが懸念される。また,この規定では,職業生活に一定の「制限」又は「困難」が伴っていなければ,本法における「障害者」とは認められないことから,HIV感染者ではあるが現在症状の出ていない者など,将来「障害者」に該当するであろう者が「障害者」とされない点も課題である。 (2)提言 「障害者」の定義規定の解釈については,差別解消法における定義規定と形式的には文言が異なるものの,実質的には同義であるというのが厚生労働省の立場である。しかし,依然として,医学モデルに立脚していることは明らかであり,しかも,雇用率制度の対象は,雇用促進法の「障害者」の定義よりさらに狭い「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」という従来の枠を一歩も出ないものである。 権利条約批准に向けた障がい者制度改革において議論された障害者基本法,総合支援法,差別解消法の各定義規定については,「谷間のない定義規定の制定」が強く求められており,その趣旨に沿うような文言として定められることが望ましい。 4 不当な差別的取扱い (1)定義規定の不存在 雇用促進法は、35条において障がいを理由にした不当な差別的取扱いを禁止しているが、その定義規定はない。そこで、不当な差別的取扱いが何を意味するのか問題となるが,その内容を検討した指針研究会報告書は, 「間接差別については,意見書において『@どのようなものが間接差別に該当するのか明確でないこと,A直接差別に当たらない事案についても合理的配慮の提供で対応が図られると考えられることから,現段階では間接差別の禁止規定を設けることは困難である。…』」 として,禁止される差別は障がいを理由とする差別(直接差別)に限定され,間接差別は含まれないものとしている。 (2)提言 しかし,間接差別を排除することは,第2章で述べたとおり,間接差別も含むとされる権利条約2条の差別の定義に抵触するものであり,しかも,実際にも間接差別類型の差別事例は多い。 例えば,公務員試験の募集要項においては,「介助なしで職務遂行できなければならない」としているところが87%,「自力(単独)で通勤できなければならない」としているところが72%などとの調査結果もあり,このような記載が間接差別として「差別」に該当する可能性を看過できない。 前記報告書では,間接差別を禁止する規定については困難としながらも,「募集に当たって,業務遂行上特に必要でないにもかかわらず,障害者を排除するために条件を付していると判断されるときは,障害を理由とする差別に当たることから,その旨を指針に記載することが適当である。」との記載をしているが,これは,間接差別の事例とも重なるものであり,これらの差別形態の存在を否定できないことを示すものである。 したがって,募集要項における「介助なしで職務遂行できること」,「電話対応が可能なこと」,「活字印刷物を読めること」などの条件が,果たして公務員の業務遂行上必要なものであるか否かについては,十分に検討されるべきである。そして,この検討に際しては,補助機器の使用や,パーソナルアシスタントの利用など,合理的配慮が提供されれば,障がいのある人が自らの障がいを補いつつ十分に業務を遂行できる事例も多いことが重視されなければならない。 雇用促進法においても,間接差別類型が含まれるような具体的な差別の定義規定が盛り込まれるようさらなる改正が行われるべきである。その上で,より詳細な間接差別に関する事例をガイドラインに盛り込むべきである。 5 合理的配慮の提供に関する問題点と提言 (1)合理的配慮の不提供の位置づけ 権利条約は,合理的配慮の否定を含む障がいに基づくあらゆる形態の差別(権利条約2条)を禁止している(権利条約5条2項)。これを受け,障害者基本法も差別解消法も合理的配慮を提供しないことが差別であるとの前提のもとに具体的な規定を置いている。このことについては,政府としての解釈においても異論がないところである。 一方,雇用促進法は「障害者に対する差別の禁止」との見出しのもとに34条が募集及び採用における均等な機会の付与,35条が採用後における不当な差別的取扱いの禁止を命じているが,合理的配慮に関しては,「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置」との見出しのもとに,36条の2において募集及び採用における合理的配慮の提供を,36条の3において採用後の合理的配慮の提供を命じている。 このような書きぶりのもとで,合意的配慮の不提供が差別に当たるのか,当たらないのか,政府の明確な説明はない。仮に,合理的配慮を「差別の禁止」とは異なる見出しのもとに置いていることが,合理的配慮の不提供は行政法規違反ではあっても,差別に該当するものではないことを意味するのであれば,権利条約に抵触することは明白である。 したがって,雇用促進法においても,合理的配慮を提供しないことは差別に当たることを前提にした法の解釈運用が行われなければならない。 (2)合理的配慮の実現に向けた手続について a 問題点 指針研究会報告書においては,「合理的配慮の手続」という項目が立てられ, @ 募集採用時においては,障がい者からの合理的配慮の申出,採用後においては,事業主からの職場における支障となっている事情の有無の確認 A 合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い B 合理的配慮の確定 というプロセスをとることが予定されている。そして,指針研究会における厚生労働省の説明によれば,合理的配慮の提供の可否や,その内容について,事業主と障がい者の間で協議が整わない場合には,都道府県労働局長の助言,指導又は勧告(改正法74条の6)又は紛争調整委員会による調停(改正法74条の7)により解決すべきものとの説明がなされた。 しかし,このような手続は,障がいのある労働者が事業主を公に紛争の相手方として位置づけることを意味し,障がいのある労働者にとって重い決断を強いることになる。障がいのある労働者が事業主とのあからさまな争いを避けるため,改正法が予定する紛争解決手続をとらず,事業主の主張に従うことが容易に予想される制度となっている。 b 提言 権利条約27条1項(b)は,苦情に対する救済についての障害のある人の権利を保護する措置を締約国に義務づけている。そこで,障がいのある人が求める配慮と,事業主が提供可能とする配慮とが相違し,両者間で協議が整わない場合には,直ちに改正雇用促進法が定める都道府県労働局長による助言・指導・勧告や,紛争調整委員会による調停手続などにより解決をはかるのではなく,障がい特性を理解した第三者機関とも連携して,さらに,当事者間における協議・調整をはかることが適当である。 そこで,ガイドライン改訂の際には,「合理的配慮の手続」に,以下のような内容を記載すべきである。 ・ 障がいのある労働者が求める配慮と,事業主が提供し得るとする配慮とが相違し,両者間における協議が整わない場合には,当該障がいのある労働者の障がい特性を理解した第三者機関(ハローワーク,ジョブコーチなど)に協力を求める。 ・ 協力を求められた第三者機関は,当該障がいのある労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要と考えられる「合理的配慮」の内容を検討し,当該障がいのある労働者及び事業主に提示する。 ・ 事業主は,提示された「合理的配慮」の実施を検討し,その実施が「過重な負担」を伴うと判断した場合には,当該障がいのある労働者及び第三者機関に対して,その旨の説明を行う。 なお,この説明の際には,事業主は,@提示された「合理的配慮」の実施に際して,利用可能な納付金制度や公的支援の利用を検討したこと,Aこれらの支援を得ても,なお事業主に「過重な負担」が伴うこと,の説明を行う。 このような手続を定めることが,「苦情処理機関・・に対し当該苦情の処理を委ねる等その自主的な解決を図るように努めなければならない。」(改正法74条の4)とした法の趣旨を実質化し,また権利条約の実現にも適うものである。 なお,合理的配慮の手続,相談体制,紛争解決の流れに関しては,事業主にもわかりやすいように,フローチャート等を行政が作成すべきである。 (3)中途障がいと合理的配慮の関係について a 問題点 また,指針研究会報告書には,雇用の中途で障がいを持つこととなった労働者(いわゆる「中途障がい者」)と合理的配慮の関係について,以下のような記載がなされた。 「・中途障害により,配慮をしても重要な職務遂行に支障を来すことが合理的配慮の手続の中で判断される場合に,当該職務を継続させること(※)などが合理的配慮として事業主に求められるものではない。 ※ 当該職務を継続させることができない場合には,別の職務に就かせることなど,個々の職場の状況に応じた他の合理的配慮を検討することとなる。」 しかし,上記ガイドラインの記載では,合理的配慮を実際に提供しなくても,事業主が職務遂行に支障をきたすと事前に判断してしまうことを許容するような規定ぶりとなっており,特に中小企業の場合では,十分な合理的配慮の検討・実施なく当該障がいのある労働者を解雇することにつながる危険がある。また,この記載だと職務の継続自体が合理的配慮の内容そのものであると誤解され,合理的配慮概念の理解を妨げるおそれがある。 b 提言 大前提として,まずは,合理的配慮を受けることによって,中途障がい者が従前果たしていたその職務遂行の本質的部分を果たすことが継続的に可能であるのであれば,当該労働者の配置転換は不要であるし,解雇,雇い止めなどは論外である。言い換えれば,中途障がい者は,障がいを持つ前は職務遂行が可能であったことが担保されているから,かかる配置転換,解雇等は障がいを理由とするものであり差別に該当する。中途障がい者であっても,障がいのある労働者に変わりはないのであるから,合理的配慮を提供しないことは,それ自体が差別である。そのことは,権利条約2条の差別の定義で明らかにされているだけではく,「労働についての障害者(雇用の過程で障害を有することとなった者を含む。)」と定めた権利条約27条1項(b)にも抵触するものである。 したがって,事業主は中途障がい者に対して,職務の本質的機能を遂行することが継続可能なように,ただちに考えられる合理的配慮措置を実施すべきである。その上で,重要な職務遂行に実際の支障が来されたかどうか(配置転換等の必要性の検討等)を検討することになる。 以上より,ガイドラインの改訂にあたっては,当該記載を撤廃し,中途障がい者に対し,合理的配慮の措置を検討,実施した上で職務を継続してもらい,その上で職務の本質的部分が遂行可能かどうかを判断すべきである旨の記載に改めるべきである。 (4)別表の記載について a 問題点 指針研究会報告書においては,「合理的配慮の内容に関する理解を促進する観点から,多くの事業主が対応できると考えられる措置を事例として指針に記載することが適当である」として,同報告書別表に指針に記載すべき合理的配慮の内容が障がい種別ごとに記載されている。しかし,合理的配慮は,本来事業主が対応できるかどうかという観点よりも,多くの障がいある労働者がその業務遂行にあたって役割を果たすために必要な措置が何かという観点で検討すべきであるはずである。少なくとも,事業主が対応可能かどうかという観点は,合理的配慮の内容で論ずるのではなく,過重な負担の有無で論ずべき問題である。 b 提言 以上の見地から見ると,上記報告書別表は,全体として,合理的配慮として人的サポートを必要とする場合が多々あるにもかかわらず,その記載がないという大きな問題点がある。殊に,聴覚障がいにおいては,採用面接時に,意思疎通支援者(手話通訳者,要約筆記者)等の同席を認めることが面接時における情報保障を確保するものとして必要不可欠の配慮であるが,別表にはその記載がないという重大な問題を抱えている。指針研究会に先立つ労働政策審議会障害者雇用分科会の意見書では,合理的配慮の枠組みとして「人的支援」という項目が立てられており,その趣旨にも反するものである。 したがって,ガイドラインには,人的支援としての内容を具体的に盛り込むべきである。 その他,別表には,各種別の障がいのある人が必要としている合理的配慮の内容が十分に記載なされておらず,改訂時には下記の各配慮も追加すべきである。 ・視覚障がい 拡大文字による試験,面接の実施 ・聴覚障がい 手話通訳・要約筆記の提供 社内外の会議における情報保障 ・肢体不自由 介助者の同行を認めること 職場のエレベーター,トイレに関する受入体制を整えること ・知的障がい 筆記によらない口頭の試験を認めること 就労支援機関,ジョブコーチを活用すること 上司,同僚の人事異動や業務の引継ぎについては特に配慮すること ・精神障がい 心理的負担を考慮した面接会場の選定や休憩場所の確保 症状が悪化した場合,勤務時間の変更や有給休暇の取得が容易にできるようにすること ・発達障がい 面接においてTV電話会議システムを用いる,試験において個別の受験室の使用を認めること 電話対応をしない,来客対応をしない等の配慮を認めること ・難病に起因する障がい 疾患の特性に応じて,休憩時間にトイレや食事などが十分にとれる職場への配置や職務内容とすること ・高次脳機能障がい 採用時,記憶を補う機器の使用を認めることや,筆記試験重視ではなく面接を重視すること 今後のガイドラインの改訂にあたっては,あくまでも障がいある人にとって,その業務の本質的機能を果たすために必要な合理的配慮は何かという観点から別表を見直すべきである。また,指針研究会第8回で配布された資料の別表2「都道府県労働局が把握した障害者を雇用する上での配慮事例」では,実際に企業で実施された詳細な配慮事例が多く掲載されている。 例えば「サービス管理者及び主な職員は,手話講習会を受講し,簡単な手話を習得する(聴覚障がい,採用後)」「面接当日の駐車スペースを確保する(肢体不自由・採用時)」「区切りのいいところで適宜休憩を入れる(知的障がい・採用後)」「採用当初に体力,性格,特性等把握するため,簡単な業務を2人のペアでやってもらい,できる仕事,不得意な仕事を把握する。必要に応じ本人向けに業務を新しく作って対応する」「薬の効いている時間が4〜5時間のため,勤務時間もそれに合わせる(難病に起因する障がい・採用後)」などであり,今後の改訂ではこれらも参酌して事例の追加を積極的に図るべきである。 一方で,事業主にとっても,ガイドラインが合理的配慮を提供するための良い手がかりとなるように,具体例をさらにわかりやすく記述し,事業主に対し合理的配慮の理解促進を図るように改訂すべきである。 (5)過重な負担について a 問題点 次に,指針研究会報告書においては,「過重な負担」の判断要素として以下のものが挙げられている。 「ア 事業活動への影響の程度 イ 実現困難度 ウ 費用・負担の程度 エ 企業の規模 オ 企業の財務状況 カ 公的支援の有無」 そして,このような判断要素を「総合的に勘案する」としている。 しかし,単に総合的に勘案するというだけでは,基準としては曖昧といわざるを得ず,不十分な検討の下において過重の負担を認めてしまうことが懸念される。 b 提言 したがって,少なくとも,ガイドラインの運用にあたっては,以下のような厳格な運用を行うべきである。 ア 上記アについては,当該合理的配慮が,事業活動を根本から変えてしまうような影響を与えるものに限って考慮すべき要素とする。 イ 上記イについても,バリアフリーの整備が物理的に困難な場合等に限定して考慮すべきである。また,バリアフリーの整備に時間がかかるという場合においては,将来的には合理的配慮が達成できるのであるから,実現が困難であると判断すべきではない。 ウ 上記エ,オについては,当該企業のみで判断すべきではなく,当該企業の親会社,系列グループ会社,フランチャイザー等財源が提供可能な会社の規模等もあわせて把握すべきである。 エ 上記カについては,国だけでなく,地方公共団体の支援など,当該企業が利用可能なあらゆる支援を検討することが求められる。 (6)相談体制 a 問題点 合理的配慮は,多くの場合,労使の労働契約関係が存続したまま,自主的な協議によって解決されていく。その意味で,相談体制の充実は合理的配慮の実現にとって重要な課題である。 この点について,指針研究会報告書においては,「相談体制の整備等」という項目が設けられ,改正雇用促進法36条の4の具体化が図られている。しかし,指針研究会における議論では,相談体制の充実のための具体策を求めようとすると,事業主側に負担が重くなることに対する懸念が広がったため,ガイドラインには踏み込んだ内容は盛り込まれなかった。 b 提言 そこで,今後のガイドラインの改訂にあたっては,少なくとも,以下の点を盛り込むべきである。 ア 上記1で述べた,障がい特性を理解した第三者機関の連絡先を相談窓口に備えおくこと イ 人事担当者の理解を深めるため,事業主が相談に関するマニュアルを整備すること (7)通勤等の移動支援について a 問題点 労働者にとって,継続して安全に通勤することのできる環境の確保は,労務提供にとって不可欠の前提である。このことは障がいのある人にとっても変わりがなく確保されるべきであり,それは平等を基礎として公正かつ良好な労働条件の確保を定める権利条約の要請でもある(権利条約27条1項(b))。 しかしながら,指針研究会報告書においては,「障害者の就労の支援にあたっては,…移動支援の在り方等,様々な課題があることから,行政において真摯に対応していくことが必要である」との記載があるにとどまる。 b 提言 通勤は大多数の労働者にとって,労務を提供するためには一定時間,一定経路の通勤を必然的に伴わざるを得ないという意味では,労務の提供と密接な関連をもった行為である。そして,毎日所定時間に,一定の経路を往復するという目的,態様において極めて定型化された行為であって純然たる私生活上の行為とは異なる。 このような通勤の特殊性から,大多数の企業においては,就業規則上,「通勤手当」等の名目で交通費を労働者に支給することが規定されており,これらの通勤に関する手当は労基法上の賃金として扱われている(昭和22年9月13日発基17号)。また,通勤時における災害は労災保険法における給付対象とされ,労働者の保護が図られているのである。 一方,労働者たる障がいのある人にとっては,公共交通機関の利用には様々な障壁があり,このことによって働く機会を得ることができないことも多い。 このような,通勤に関する労働法の取扱い及び障がいのある人にとっての社会的障壁を考えれば,合理的配慮の一内容として,自動車通勤の許可及び駐車場の確保,通勤時における介助者の同行等,通勤における移動支援を含めるべきである。改正雇用促進法においても,文言上,合理的配慮の措置は労務時間中の業務に関するものに限定されるわけではないから(改正法36条の3),通勤に関する合理的配慮は雇用促進法上の法的義務であるということができよう。したがって,今後のガイドライン改訂にあたっては,通勤に関する合理的配慮も雇用促進法上の義務に含まれることを明定するべきである。 その上で,通勤等移動支援の問題が事業主の過重な負担とならぬよう,公的な支援の充実が求められる。 現行法においても,「重度障害者等通勤対策助成金制度」(以下「通勤助成制度」という。)が定められているが(雇用促進法49条1項5号,同法施行規則20条の4),その内容は十分なものとはいえない。特に,通勤援助者の委嘱助成金(同法施行規則20条の4,1号ヘ)は,要員一人に対し1回2000円,交通費3万円と低額であり,その助成期間はわずか1か月にすぎない。かかる公的支援の脆弱さが,障がいある人の雇用の促進を著しく妨げる大きな要因となっている。 従前より,通勤等移動支援の問題は「福祉と労働の谷間」といわれてきた。権利条約が批准された今日においては,国は,ただちに,通勤等移動支援の継続的かつ充実した公的支援を実施すべきである。 (8)派遣労働者への合理的配慮の提供 派遣労働においては,障がいのある派遣労働者に対する合理的配慮の提供義務を負う事業主は,派遣元企業だとされている(第183回国会参議院厚生労働委員会2013年5月28日)。 しかしながら,本来,合理的配慮の不提供を含む差別の禁止は,契約上の義務に導かれるものではなく,差別という事実行為に対して,個人の尊厳の確保の観点から公序として求められるものである。 権利条約上も契約関係の存在しない分野を含むあらゆる分野を念頭に置いて,これを禁止しているところから見てもこのことは明白である。 もちろん合理的配慮の義務が,継続的な信頼関係のもとで発生する信義則を通して契約の内容に転化することがあり得るにしても,労働契約を結んでいるのが派遣元の企業だからという理由だけで派遣先の企業に合理的配慮の提供義務がないとはいえない。派遣労働者の場合,業務上の指揮命令は派遣契約の範囲内で,派遣先の事業主が行うことが予定されており,派遣契約の枠内で,いかなる環境で,いかなるやり方で,いかなる労働に従事させるかを決めるのは,派遣先の事業主である。 したがって,それらの内容を支配するのは,派遣先の事業主である以上,その労働を果たす上で必要な合理的配慮についても,派遣先の事業主の義務であると考えるべきである。 実際にも,派遣元の事業主が派遣先の具体的な労働条件の変更調整を行うことは不可能に近く,合理的配慮を派遣先には義務付けず,派遣元に義務付けてもそれを実現することは困難である。そうでなければ,「あらゆる形態の雇用」における権利を保障した権利条約に反することとなる。また,男女雇用機会均等法上のセクシュアルハラスメントに関する雇用主の義務が,派遣元及び派遣先の双方に課せられていること(派遣労働法47条の2)とも整合しない。 したがって,派遣労働の場合,合理的配慮を提供する義務を負うのは,第1次的には派遣先であることを原則として,派遣元としては,派遣先において合理的配慮が実現するよう派遣先に働きかける義務を負うと解すべきである。現行法においても,派遣先企業が派遣労働者に対して負う適正な派遣就業のために一定の措置を講ずる義務(派遣労働法40条2項)において,合理的配慮義務が同条に含まれていると解釈すべきであろう。 6 雇用率制度に関する提言 (1)はじめに 第3章で述べたとおり,権利条約27条1項(g),(h)においては公的部門における障がい者雇用や積極的差別是正措置を含めた施策を通じて民間部門における障がい者雇用の促進が求められている。 これまでの障害者権利委員会の総括所見を見ると,スペインに対しては,障がいのある人の実雇用率が全体として低いことに懸念が示されているし,中国に対しては,雇用率制度が障がいのある人の慢性的な失業問題若しくは,雇用における差別の根の深い原因に効果的に対処できていないことが憂慮され,名目的な価値しかない雇用が提供されていることや企業や政府機関が障がいのある人を雇用するよりも納付金を支払う選択を行っていることに懸念が示されていた。 積極的差別是正措置は,あくまで過渡的なものでなければならず,それゆえ,比較的短期間に効果が得られるよう,以下の点について改善が必要である。 (2)雇用率の引き上げ 雇用率制度については,現在50人以上の民間企業について,2.0%の雇用率が設定されているが,この水準は欧州各国の定める雇用率よりも低い水準にあり,今後,引き続き上昇させていくことが検討されなければならない。 (3)非正規雇用からの脱却 また,障がいある労働者の雇用は,そのほとんどがいわゆる非正規雇用であるという実態があるが,このような非正規雇用の労働者であっても,「常時雇用する労働者」(雇用促進法43条1項)であると解釈され,障がい者雇用率算定のための基礎としてカウントされることが認められている。このような運用が,障がいある労働者の正規雇用を阻害する構造的な差別を容認する要因のひとつとなっていると考えられる。権利条約は,他の者との平等を基礎として,公正かつ良好な労働条件を確保する権利の保護を定めており(27条1項(b)),雇用の量だけではなく,雇用の質の確保も義務づけられているというべきである。 そこで,障がい者雇用率を上昇させるとともに,障がいある労働者の正規雇用のみを雇用率算定の基礎とするべきである。 (4)特例子会社制度の改善 第3章でも述べたとおり,現行制度下における特例子会社制度(雇用促進法44条以下)については,特に,知的障がいのある労働者の雇用の機会を拡大してきたという功績も認められるものの,障がいのある人を子会社に雇用させることで,親会社とは賃金体系など労働条件も異なり格差を生む構造を作出しているとか,親会社から障がいのある人を排除・分離しているのではないかとの批判もなされている。また障がいのある人だけを集めた労働環境は,権利条約が障がいのある人にインクルーシブな労働環境で働く権利を保障していることに反しているといわざるを得ない。 特例子会社と親会社との人事交流をはかることや,特例子会社で培われた障がいのある人に対する合理的配慮の具体的事例を社会で共有するなどの方策をとるとともに,親会社での就労に移行するための期限付きの暫定措置として位置づけるといった制度改正が求められるところである。 (5)教育委員会における法定雇用率達成への要求 第3章で述べたとおり,国や地方公共団体の実雇用率は,平均すれば,法定雇用率を上回っているところの方が多いようであるが,教育委員会の実雇用率は,都道府県も市町村も,法定雇用率を満たしていないところが多い。公的機関であるが故に率先して取り組むべきであるというだけでなく,教育機関であるが故に児童・生徒への教育効果という点から見ても,率先して取り組むべきである。 そのためには,大学等の教員養成課程に障がいのある学生が学べる環境を用意し,教職を志願する障がいのある学生を育成するなどして,雇用率の向上に本格的に取り組むことが必要である。 (6)精神障がいのある人などの雇用義務化 雇用義務の対象は,身体障がいのある人から知的障がいのある人へと拡大されてきたが,2013年の雇用促進法改正により,法定雇用率の算定基礎に精神障がいのある人を加えることとされている(精神障がいある人の雇用義務化)。しかし,前にも述べたとおり,この改正法は,日本経済団体連合会の反対により施行日が2018年4月1日となり,その施行が大幅に遅れるとともに,さらにその施行日から5年間は激変緩和という名目のもとに法定雇用率を低く設定するとされた(改正法附則4条)。しかし,明らかにこれらの措置は,あまりにも事業者側にシフトしたものといわざるを得ない。精神障がいのある人の雇用の促進のためにも,改正された法の趣旨を前倒しした取組が求められる。 また,現状では,難病患者,発達障がいのある人,身体,知的,精神のそれぞれの障がいのある人であっても手帳を取得していない人については,法定雇用率制度に基づく義務雇用の対象とはされていない。しかしながら,権利条約では「障害者には,長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。」(1条)とされ,これらの人たちが手帳のある身体障がい・知的障がい・精神障がいのある人たちと区別されていない以上,義務雇用の対象に組み込むべきである。 7 公務員に関する問題 (1)法律の適用関係 障がいのある人が公務員として働く場合,雇用促進法との適用関係を整理すると,以下のようになる。 a 国家公務員 国家公務員の場合,改正法の差別禁止に関する規定及び合理的配慮の提供に関する規定の適用はない(改正法85条の3)。除外される理由として,政府見解では,国家公務員に対する差別禁止に関しては国家公務員法27条(平等取扱の原則)により,合理的配慮の提供に関しては同法71条(能率の根本基準)の各規定により既に定められているとの解釈が明らかにされている。しかし,そうであるとするならば,それらの規定が具体的に何を意味するのか,それらの規定だけでは不明であるので,この分野にかかる指針としてのガイドラインが明らかにされるべきである。 b 地方公務員 地方公務員の場合,改正法の差別禁止に関する規定の適用はないが,合理的配慮の提供に関する規定は直接適用される(改正法85条の3)。除外される理由として,政府見解では,地方公務員に対する差別禁止に関しては,地方公務員法13条(平等取扱の原則)により,既に規定されているとの解釈が明らかにされている。しかし,そうであるならば,国家公務員同様,ガイドラインが策定されるべきである。 c 公務員採用時の間接差別 公務員について,差別禁止との関係で問題となる点は,前述したように,公務員の募集要項において,「介助なしで職務遂行できなければならない」などの条件が付されている点である。これらは,間接差別の事例の典型例として紹介されることが多い。前述のとおり,指針研究会の報告では,現段階では間接差別の定義を設けることは困難とされているが,一方で,職務遂行上必要な条件ではないにも関わらず,これを募集条件とすることは「差別」とされており,間接差別の定義の問題を棚上げしたままではあるが,現状における上記募集要項の記載は,障がいのある人の公務員への就任の機会を奪う差別として禁止されなければならない。 8 紛争解決機関についての提言 (1)行政による専門的な紛争解決機関の設置 第3章で述べたとおり,雇用促進法においては,都道府県労働局に置かれる紛争調整委員会による調停を紛争解決の手段として規定している(雇用促進法74条の5以下)。しかしながら,この手続には,採用段階での紛争においては利用できないという根本的な問題のほか,当事者への強制的拘束力がないことから,実効性の点で問題がある。また,当事者の審問手続や物件提出命令等が規定されておらず,その調査権限についても十分でなく,賃金差別の事例や,過重な負担についての審理は事実上困難となる。 立法論としては,紛争調整委員会に対して,調停が整わない場合は,調査審問手続に移行し,証人の出頭命令,物件提出命令等の強い調査権限を持たせ(労組法27条の7参照),行政処分としての救済命令を発する権限を持たせるべきである。救済命令の内容は,雇用促進法の趣旨・目的に反しない限り,委員会の裁量により幅広い内容のものを発することが可能と解すべきである(例えば,具体的な合理的配慮の作為命令など)。事業主が救済命令に従わない場合は,罰則や公表などの制裁ができるような権限をもたせるべきである。 (2)地方公共団体における紛争解決機関の設置 現在,地方公共団体においては,個別労働関係紛争において,都道府県の労政部門による相談事業,若しくは都道府県労働委員会による個別労働紛争に関するあっせんが行われている。 これらの相談あっせん事業は,その専門性から都道府県労働局内の紛争調整委員会によるあっせんと並ぶ紛争解決機関として実績を有している。 現在,いくつかの都道府県単位においても障がい者差別禁止に関する条例が制定され,紛争解決機関として調整委員会等を置く旨の規定が置かれているが,個別労働関係紛争においては,当該調整委員会等に,都道府県労政部門や都道府県労働委員会から専門的識見を有する委員を派遣するなどして,紛争解決の実効性を高めるべきである。 (3)司法機関による紛争解決 解雇や不当配転など,障がいのある労働者の重大な権利侵害を伴う事案については,行政による紛争解決のみならず,司法における手続を利用することが考えられ,現行法の下では,労働審判,保全手続(仮の地位を定める仮処分の申立て),訴訟によることが考えられる。 しかしながら,これら手続の審判体である裁判官や民間の労働審判員が,権利条約,差別解消法,雇用促進法,促進法ガイドラインについて理解していなければ,権利条約27条に定められた障がいのある人の権利が十分に守られない。裁判所において,裁判官,労働審判員に対し権利条約,法令,ガイドラインの理解を徹底させることが大前提である。更に推し進めれば,労働審判において,障がい者団体から労働審判員を選任する,訴訟においては障がいのある人の権利に関し学識経験等を有する者を専門委員(民事訴訟法92条の2)として積極的に関与させる運用も行うべきである。 司法手続,殊に訴訟においては,審理が長期化しやすいことが最大のデメリットである。 これに対しては,司法手続における迅速な救済が得られやすいように,EUの一般雇用機会均等指令や韓国の障害者差別禁止法が定める立証責任の転換規定や韓国の障害者差別禁止法が定める損害額の推定規定の創設を検討すべきである。また,訴訟が上記行政による紛争解決機関の事後審的役割を果たす場合や,労働審判における異議による訴訟移行の場合は,実質的証拠法則(独禁法80条参照)や新証拠の提出制限(独禁法81条参照),緊急命令制度(労組法27条の20参照)などの創設を検討すべきである。 (4)権利条約に基づく国内人権機関の設置 現行の行政機関,地方公共団体,司法機関が権利条約33条2項に規定される「条約実施を促進し,保護し及び監視するための枠組み」といえるかについては,すでに第3章第18節 国内実施と監視(モニタリング)で述べたとおりであるが,障がいのある労働者に関する紛争解決機関としても,現状では権利条約33条2項に規定される「条約実施を促進し,保護し及び監視するための枠組み」とはいい難い。特に,現行の紛争解決機関は,33条2項後段において考慮すべきとされるパリ原則が定める人権政策機能,人権教育機能等は備えておらず,独立性も担保されていいない。権利条約の完全実施に向けて,労働分野のみならず,全ての障がいある人の権利に関し,パリ原則に則った国内人権機関の設置は急務である。 9 福祉的就労 (1)労働法規の不適用,最賃減額特例による問題 総合支援法に基づくいわゆる福祉的就労においては,雇用契約に基づかない就労継続支援B型事業については,最低賃金法を含む労働法規は適用されない。 また,雇用契約を原則とする就労継続支援A型事業においてさえ,最低賃金法7条1号において「精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者」については,都道府県労働局長の許可を条件として,最低賃金の減額を許容する最低賃金法の減額特例が適用される例がほとんどである。 その結果,2012年度の月額の平均工賃(賃金)は,就労継続支援A型事業が6万8691円,就労継続支援B型事業が1万4190円と非常に低いものとなっている。 就労継続支援B型事業においては労災保険法も適用されず,作業中に労働災害と同様の事故があっても,その障がいのある働く人は,労災保険給付さえ受け取ることができない。 (2)実態に見合った,賃金を含む公正かつ良好な労働条件の確保 しかし,その実態をみれば,例えば,就労継続支援B型事業の利用者(知的障がい)18名が,パン工房で,@4:30〜13:30,A8:30〜17:00,B9:30〜18:00の時間差で働き,大量受注やイベントの場合には休日出勤や残業も行われ,タイムカードを導入して早朝手当や皆勤手当が支給される事例まであるなど,「働く場」と化しているところが多く見られる。 障がいのある人も障がいのない人も,「働く」ということは生活の糧を得るだけではなく,自らの生きがいを感じる重要な要素であるとともに,社会の一員として参加しているという意識を持つことができる契機となる。そこで,権利条約27条1項(b)が,障がいのある働く人に「公正かつ良好な労働条件(均等な機会及び同一価値の労働についての同一報酬を含む。)」を確保する義務を締約国に課していることに照らせば,障がいのある人が障がい特性に応じた適切な合理的配慮の提供を受けた上で,労働の結果を適正に評価されることにより,妥当な賃金が支払われなければならない。 (3)利用期間制限の撤廃,利用料徴収の撤廃 第3章でも述べたとおり,一般就労への架け橋となるべき就労移行支援事業は,利用期間が原則2年と定められており,長期の就労移行支援を受けることができない。 また,就労移行支援,就労継続支援の各事業ともに,原則として福祉サービス利用料が徴収されており,「働く人」としての位置づけは希薄である。 現行法における利用期間と利用料徴収の存在は,福祉と労働との融合の妨げとなってきた。「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言−新法の制定を目指して−」により提案された「障害者就労センター」「デイアクティビティセンター(作業活動支援部門)」は利用期間は設けず,利用料は徴収しない仕組みであり,今後上記提言を参考として利用期間と利用料徴収の撤廃を行うべきである。 (4)小括 権利条約27条1項(a)の「あらゆる形態の雇用」には代替雇用(保護雇用)も含まれる。賃金をはじめとする労働条件について障がいのない人と差別されないことは福祉的就労の分野においても実現されるべきであり,労働保険法(労災や失業のリスクをカバーする法律)を速やかに適用して十分な補償を確保するとともに,労働基準法や最低賃金法等の一般労働法規をできる限り適用することや賃金補填の制度など,一般就労との格差を埋める方向での法制度を検討すべきである。 (5)就労継続支援A型事業所に関する問題 なお,第3章でも述べたとおり,就労継続支援A型事業所において,例えば,4時間就労を行わせ,賃金を月額6万円程度に抑える一方,特定求職者雇用開発助成金(6か月以上の障害者を雇用している事業主に給付される)の給付を受けることで利益を得ようとする事業所の存在が問題となってきている。 就労継続支援A型事業は,就労機会の提供を通じ,生産活動にかかる知識及び能力の向上を図るものである以上,かかる実態のない助成金目当ての事業については,今後,A型事業所としての認可を行う際,就労場所の設備の状況や,賃金の支払い実態などの諸要素を勘案し,A型事業所の認可を与えることや,認可後も定期的に実態調査を行うなどの適正な運用が望まれる。 <参考資料> 1 労働政策審議会障害者雇用分科会「今後の障害者雇用施策の充実強化について(意見書)」(2002年) 2 障害者欠格条項をなくす会「障害者欠格条項をなくす会ニュースレター60」(2014年4月) 3 長瀬修「障害者の権利委員会第6回会期 スペインへの総括所見(下)」DPIわれら自身の声vol.28−2,32頁〜33頁(2012年9月) 4 長瀬修「障害者の権利委員会第8回会期 中国への総括所見(3)」DPIわれら自身の声vol.29−1,36頁〜38頁(2013年4月) 5 厚生労働省「障害者の就労支援対策の状況」 http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/shurou.html 6 松井亮輔,岩田克彦「障害者の福祉的就労の現状と展望−働く権利の機会の拡大に向けて」(中央法規,2011年) V 欠格条項 1 政府による検討について 欠格事由に関して,政府による検討の対象とされた63の制度についても,第3章で述べたとおり,多くは相対的欠格事由という形で残っており,障がいを表す規定から障がいを特定しない規定に変更されたとしても,「心身の故障」などという曖昧な表現になっているため,恣意的な運用の危険が残っている。 また,仕事に直結する資格免許を規定する法令で,障がいや病名を条文に明記していて,しかも,資格免許の取得時に制限を受けるもののみが対象となっていたため,学校教育法のように教育を受ける権利に制限を付けるもの,国家公務員法や警備業法など成年被後見人や被保佐人であることを欠格事由とするもの,「心身の故障により職務に堪えないものを免職できる」など資格免許取得後に制限を付けるものはそもそも対象とすらされていない。 さらに,銃砲刀剣類所持等取締法のように,絶対的欠格事由として残されたものさえある。 以上のように,政府による検討は,対象及び内容のいずれにおいても全く不十分なものといわざるをえないが,さらなる検討に向けた具体的な動きは見受けられない。 2 最近の立法について むしろ,最近の立法においては,第3章で述べたとおり,改正道路交通法や自動車運転死傷行為処罰法など病名に着目して不利益を課す法令が新たに成立する状況が続いている。 運転免許の取得・更新の際の統合失調症などの虚偽申告に刑事罰を科し,医師にも届出を可能とした道路交通法について日弁連は,2013年3月6日付けで,統合失調症などの病気を持つ者は事故の病気を隠して運転免許を取得・更新する危険な存在であるいう偏見に基づくものであり,医師に届出を認めたことも患者との信頼関係を壊すなどの問題点を孕むものであるなどとして,反対の意見書を提出した。 自動車運転死傷行為処罰法についても,日弁連は,統合失調症などの患者が他人と比べて交通事故を引き起こす確率が高いなどの統計的・客観的データが存在せず,しかも,そこで挙げられている病気以外にも心筋梗塞などを原因とする交通事故が相当数存在することが法医解剖を行っている研究者らの報告によって指摘されているにもかかわらず,数ある病気の中から統合失調症,てんかん,そううつ病などのみを取り上げて不利益を課すことは,偏見・差別であり,権利条約や差別解消法に違反する旨の意見書を,2013年5月9日付け及び2014年3月26日付けの2度にわたって提出した。 それらが無視され,特定の病名に着目して不利益を課す法令が新たに成立したことは誠に遺憾である。 3 提言 例えば,資格の取得についてみると,相対的欠格条項であっても,障がいのない人に比べて資格が得られない可能性があるという直接的な不利益を受けることはもちろんであるが,これから一生懸命勉強しても資格を取得でないかもしれないという不安のもとで勉強しなければならないことから,結局,資格取得を希望する人自体が減ってしまうという事態が容易に想定されるし,それが定着すると,資格取得に係る教育機関の側も障がいのある学生の受け入れに消極的になるなどの悪循環に陥る可能性もあり,その影響ははかりしれない。 第3章でも述べたとおり,権利条約4条1項(b)は,締約国が障がいのある人に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し,又は廃止するための全ての適当な措置(立法を含む。)をとることを約束するものとしているが,欠格条項は,障がいに着目して,障がいのある人とない人を法制度においても差別するものである。 政府の検討は全く不十分なものであり,欠格条項は原則許されないという認識のもとで再検討がなされることが急務である。 W 教育 日本の障がいのある子どもに対する教育の実態,差別の実態から,現行の法制度には以下の問題点があることは明らかである。 1 分離別学体制が維持され,増強される要因 特別支援教育は日本におけるインクルーシブ教育制度であるとの文部科学省の主張にもかかわらず,実態として分離別学体制が維持強化されている要因として,以下のことが挙げられる。 (1)当初,当時の文部省は特殊教育の必要性について,障がいのない子どもの教育にとって,障がいのある子どもの存在が弊害をもたらすという点に求めていたが,この本音ともとれる思想は,未だに教育界や保護者の間に根強く残っていると思われること。 (2)文部省がかような考え方のもとに養護学校体制を整備しつつ,法制度としても分離を強制する養護学校義務化制度を整え,長らくこの制度のもとで,教育行政が行われたこと。 (3)重度の障がいのある子どもの成長は,専門的な知識を有する教員による支援が不可欠であることにそれほど異論はないと思われるが,そのための教育の場として普通学校から分離された場が選択され,その重要性が教育理論として広まっていったこと。 (4)障がいの重度化に加え,発達障がいについての医学的知見の高まりに対応した障がいのある子どもに対する取組について,一般の教職員の対応能力を向上させる対策や普通学校に受け入れる体制の整備が少数の地方自治体で行われることはあっても,国全体として行うことを国が怠ってきたこと。 (5)早期発見,早期療育が地域の子どもたちから分離される方向での専門的な支援に結びつき,それが特別支援教育へ連動することになったこと。 (6)そのような状況でも地域の普通学校への入学を強く願う保護者の働きかけにより,地域によっては統合教育の実践も見られたが,全体としては,何も支援のない普通学校よりも,手厚い専門的な配慮があるとされる養護学校を選択せざるを得ないという如何ともし難い状況が広まっていったこと。  しかしながら,共に学ぶことは,障がいのない子どもにとっても,将来大人になっても必要となる支え合いの精神を育む契機となり,また,自分とは異なる状況に置かれている人とともに集団を形成し,同じ仲間として働く関係を築く上でかけがえのない体験を得る機会ともなる。異文化を前提とするグローバルな社会になればなるほど,自己とは異なる状況に置かれている人と自然に接することができる資質が求められる。 そうした意味で,障がいのない子どもの教育を阻害するといった偏狭な考え方は,人と人との絆を重んじる日本の伝統的文化にも,グローバル化された現代の要請にも反し,国家100年の計を誤らせるものである。 もちろん,障がいのある子どもが何の支援もなく普通学校に放置される状態はその子の発達を阻害し,大きな苦痛を与えるものでしかないため,かかる事態は避けなければならない。 しかしだからといって,教育の場を分けた専門的支援は,その反面において,障がいのある子どもと障がいのない子どもとの接触を日常的に遮断し,相互に刺激を受けながら成長する機会や障がいのある子どもに保障される様々な社会的体験の機会を奪うといった重大な弊害を産んでしまうことになる。 しかも,教育の場を分けることにより,障がいのない子どもにとっても,大人になるまでの間,障がいのある人が存在しない世界が広がることになり,これでは,いくら障がいについての理解を求めようとしても,単なる知識だけで終わってしまい,結果としてグループホームの建設反対運動に見られるように,大人の頭の中に固定化した無知,無理解,偏見に基づく障がいのある人へのまなざしを変えることは至難の業となる。このように場を分ける教育は,共生社会の実現に多大な困難を与える原因となっていることを忘れてはならない。 また,現場の教職員にとっても,みずからが障がいのある子どもと接した経験を持たなければ,学級受け入れに消極的になることも多い。担当教職員の個人的力量に委ねるには限界があるにもかかわらず,研修の取組や加配等の行政側の支援体制なくしては,教育現場における排除的傾向をなくすことはできない。 さらに,早期発見,早期療育が地域の子どもたちから分離されない方向で行われるための積極的な施策がないかぎり,保護者が専門的な支援に依存せざるを得なくなるのは目に見えていることである。身近なところでの相談から始まって,地域での子どもたちとの結びつきを遮断しない形での施策が求められる。 かかる状況を人権保障の観点から変革しようとしたのが,権利条約が示したインクルーシブ教育に他ならない。そこで,権利条約の観点から,教育分野の法制度の問題点を指摘する。 2 教育分野における差別の定義の欠如 差別解消法は,不当な差別的取扱い及び合理的配慮の定義規定を持たない。したがって,他の分野も同様であるが,教育における差別とは何かが明確に定義されていない。 ところで,第2章で詳しく述べたように,権利条約は,差別禁止の一般規定(2条,5条)において,教育の分野を含むあらゆる分野における「障がいに基づく差別を禁止」するだけでなく,それぞれの分野において,差別をなくして実質的にも機会の均等を図るため,その分野における重要な事項について様々な規定をおいている。教育の分野において特に重要な点だけ挙げると,権利条約24条は,全ての障がいのある人に,障がいのない人と比べ等しく教育の機会が与えられるために,第1に,「障がいに基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障がいのある児童が障がいに基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと」を掲げており,これを実現するために第2に,「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること」を掲げている。 したがって,教育の分野においては,上記第1で述べたことが,権利条約が差別の一般的な定義において掲げてある「区別・排除・制限」の重要な内容となることは明らかである。そこで,この条約を実施するには,本来国内法で,「障がいに基づく一般的な教育制度からの排除」が差別である旨を規定し,これを禁止するのが筋であった。 ところが,上述したように,差別解消法はそうした定義規定を持たないので,これを改正し,一般的な教育制度からの排除を差別とする規定を設けるべきである。 しかし,現状においては,以上を制度的に保障するインクルーシブ教育制度を確立しないまま,全てを基本方針とガイドラインに委ねてしまっている。 そこで,ガイドラインには,権利条約が差別の行為類型としている「区別・排除・制限」といった異なる取扱いの重要な例として,本人・保護者が求めているにもかかわらず特別支援学校(学級)に措置され,あるいは授業等への参加が障がいを理由に拒まれてしまうといった事例を挙げるべきである。 他方で,これから策定されるガイドラインにおいては,専門家が判断した場合は差別ではないなどとされるおそれが多分にある。すなわち,従来教育委員会が行ってきたことは差別的取扱いではないということが明記されたガイドラインが作られてしまうおそれが存在する。このような事態を避けるために,まずは本人・保護者の意に反して特別支援学校を強制することは分離の強制であり差別であるということの基本認識を持たなければならない。 その上で,例外的に本人・保護者の意に反して特別支援学校を措置することが許される場合があるのか,あるとしたらどのような場合かを,謙抑的に定めたガイドラインが必要である。本人・保護者の意に反して分離別学を強制できないこと,教育委員会,学校は,共に学ぶための合理的配慮を尽くす義務があること,これを前提とし,合理的配慮を尽くしてもなお共に学ぶことができないということを,分離別学を強制する教育委員会が主張立証しえた場合にしか分離の強制は許されない,というガイドラインが必要である。 そうでなければ,障がいの有無によって分け隔てられることのない共生社会の実現を目的とした障害者基本法や,差別解消法に規定されている「不当な差別的取扱い」は,直接差別を指しているとした政府答弁にも反することになるのである。 3 学校教育法施行令の改正(分離別学体制から総合的判断へ) 改正障害者基本法が,法の目的として共生社会の構築を挙げ,共に学ぶ教育を施策上位置づけ,分離別学教育の制度的支柱であった学校教育法施行令は改正されたが,就学決定の仕組みに関するこれらの改正は分離でもなく統合でもない総合的判断に委ねる曖昧な制度に改正されたにとどまる。 すなわち,上記改正によっても,地域の子どもたちは全て地域の小中学校に学籍を有し,本人・保護者が求めた場合には特別支援学校に就学することができるようにする,学籍一元化の制度は採用されなかった。先述したように,本人・保護者の意向が最大限尊重されることにはなったが,専門家等による総合的判断によって就学先が決定される仕組みとしかならなかったのである。インクルーシブ教育システムとは,障がいのある子どももない子どもも,選択するまでもなく当然に共に学ぶことが保障されたシステムのことである。まずは共に学ぶことが保障され,別学を選択できるということでなければインクルーシブ教育システムとはいえない。これは男女共学が保障されて初めて女子高や男子校の別学が差別にはならないということと同じである。 しかも今回の施行令改正は,従来の法形式を維持しようとしたためか,地域の小中学校に就学すべき子どもは,特別支援学校に行くべきと認定された子どもを除いた子ども,と表記され,認定された障がいのある子どもを認定特別支援就学児などと呼称することになった。要するに施行令の形式において,特別支援学校に行くべき子どもと認定された子どもは地域の小学校から除外されるという形が維持され,結局は地域の小中学校から排除された子どもという形になっているのである。この限界は大きく,さらなる改正を求め続けなければならない。 4 学校教育法と合理的配慮 教育分野における合理的配慮の有無は,教育の機会の均等を担保するきわめて重要な事柄である以上,学校教育法において,しかるべき位置づけがなされなければならないところである。障害者基本法及び差別解消法に明記された合理的配慮であるが,教育における合理的配慮の内容は何ら例示されず,全てが基本指針とガイドラインに委ねられている。 日本は教育の経緯で明らかにしたように,特別支援教育(特殊教育)の歴史が長く,また,先述したように,未だ学校教育制度もインクルーシブ教育制度になっていない。よって,教育現場において教育の機会均等を保障するための合理的配慮も,共に学ぶための合理的配慮も甚だ不十分である。一方学校教育法は,障がいのある人に特別支援教育を施すとされたままである。この状況で差別解消法に総論として合理的配慮を明記しただけでは,合理的配慮と特別支援が混同されかねない状況にある。例えば障がいのある子どももない子どもも共に学ぶためにはどのような配慮が学校・教室で必要なのか,高校進学率が98%を超え,準義務教育化している中で,障がいのある子どもの高校進学を保障するためにはどのような配慮が必要なのか,これらについて共通の理解が得られるよう,学校教育法に普通教育への機会均等と共に学び続けるための合理的配慮の提供義務を明記するべきである。 5 普通学級における支援の不足 権利条約は,有効な教育を促すための必要な支援を一般教育制度内で保障すること,個別支援措置はフルインクルーシブ(障がいのある人をクラスの一員として完全に受け入れること)を目標とすることを規定している。日本ではこの「有効な教育を促すための必要な支援」が特別支援教育として特別支援学校・学級で施されてきた。普通学級内での支援は2007年以降学校教育法上も認められてきたのであるが,これは多くの場合,従来は学校教育法施行令22条の3の表に該当せず,特別支援の対象ではなかった結果通常学級に在籍している発達障がいのある子どもを支援することを目的とした。このこと自体,従来は全く支援されていなかった発達障がいのある子どもを支援することができるようになったのであり,一歩前進ではあるが,同施行令22条の3の表に該当する障がいのある子どもについては,相変わらず,個別支援は特別支援学校・学級でされるものとの前提を変えることはできなかった。 近時,国際的にはインクルーシブ教育の流れが定着し,権利条約が批准されたにもかかわらず,特別支援学校・学級への希望者が増え続けているのは,普通学級の中での支援があまりにも少なく,支援が特別支援学校・学級に偏在している結果である。 「個別支援措置」は特別支援学校・学級への措置のこととなるが,これもフルインクルーシブを目指したものとはいえず,通常学校・学級への転校・転級も難しく,また居住地校との交流教育も限られている。 個別支援を分離教育とせずに通常学級の中で保障し,特別支援学校・学級が措置された場合も地域の学校・学級との関係を密にし,いつでも特別支援学校からの転校・転級が可能なように,制度上の保障をするべきである。 6 本人・保護者の選択権と「意向尊重」 本人・保護者の教育選択権が明確に認められるためには,本人・保護者が普通学校の入学を希望した場合には,原則として普通学校への就学を決定する仕組みが用意されなければならないが,今回の施行令の改正を受けた文部科学省は,保護者の意思を尊重すべきといった通知を出したにとどまっている。しかし,現場においては,それさえ,単なる意向聴取で終わっている実態がある。 就学先の決定等の教育の重要場面において本人・保護者の意向が尊重されなければならないことは,本人の自己決定権及び保護者にあっては教育選択権若しくは教育に第一義的に責任を有することを根拠とする当然の権利であるが,このことが明確になっていない。 学校教育法施行令の改正によっても,保護者の意向は専門家の見解等と並ぶ総合的判断の一要素に過ぎないこととされ,かろうじて同時に文科省から出された通知文によって,総合的判断においては保護者の意向は尊重されるべきことが周知されたはずなのであるが,それさえも末端の市町村教育委員会まで周知されているとはいい難い。 そもそも保護者の意向を聴取することすら2006年学校教育法施行令の改正までは明文規定が存せず,ようやく手続的に位置づけられたのであるが,しかしこれによっても保護者の意向は「聞き置く」だけにとどまり何ら保護者の権利を高めることにはならなかった。施行令上の「聴取」を「尊重」に改めるだけではなく,原則として,保護者の意向にしたがって就学先を決定する仕組みを導入すべきである。 7 就学先と合理的配慮についての意見調整 就学先に関して本人・保護者の意向と教育委員会の見解が異なる場合や必要とされる合理的配慮の内容に関して意見が対立する場合の調整機関が現行法上存在していない。 就学先決定と合理的配慮については本人・保護者と教育委員会が合意して決めることが求められているが,最終的には教育委員会が決定する,ということが強調され,合意できなかった場合,どこでどのように調整が図られるかということについて,何ら具体的な施策が提起されていない。 これについては,中教審の段階では,市町村教育委員会と合意できない場合なのであるから,都道府県教育委員会が調整に当たるとの構想が示された。しかし,特別支援学校の多くは都道府県立であることから,現行制度上,市町村教育委員会が特別支援学校に就学すべき子であると認定すると,市町村教育委員会は都道府県教育委員会にその子どもの学齢簿を送付することになっている。そうすると,都道府県教育委員会はその子どもが就学するかもしれない特別支援学校の設置者として,まさに当該事案の当事者にあたることになり,第三者性は期待できない。そもそも,市町村教育委員会の判断に不満がある場合に同じ「教育委員会」が調整するということは,決して調整機関に第三者性を保障しようというのではなく,より権限の強い機関からの説得を求めているにすぎない。したがって,仮に市町村立の特別支援学校だとしても問題性は同じである。都道府県教育委員会に公平な調整機関としての役割を期待することは到底できず,調整機関として適切とはいえない。 したがって,本人・保護者と教育委員会の意見調整の機関としては,教育委員会から独立した調整機関の設置が必要である。 X 障がいのある子ども 1 課題と問題点 第3章でみてきたとおり,障がいのある子どもの支援を取り巻く現状は,各種サービスの利用者数や関連予算は増加している一方,未ださまざまな課題が残されている。 現在の障がいのある子どもの支援をめぐる課題については,以下のとおり整理できよう。 (1)障がいのある子どもの社会への参加・包容(インクルージョン)〜地域の子どもとしての育ちの断絶 第3章でみたとおり,現状の母子保健法,児童福祉法等関連法規による障がいのある子どもの出生から乳幼児期の支援体制では,早期発見が早期分離につながりやすい傾向にあり,地域社会の身近な場所での療育その他これに関する支援が保障されているとはいえない。障がいのある子どもの,地域の子どもとしての育ちが閉ざされる例も未だに多く見られる。新生児集中治療室(NICU)から施設入所へとつながり,一度も親に抱かれたことのない子がいることもまた事実である。 また,保育園・幼稚園・子ども園等の就学前の障がいのある子どもの居場所の保障についても,決して十分とはいえない。 (2)支援の質の改善 これまで,障がいのある子どもに対する支援として,様々な施策が拡充され,その利用についても拡大されては来ているが,個々の支援の内容については,サービスの質の向上など改善が望まれる部分も未だ残されている。 (3)家族支援の必要性 第3章でみたとおり,障がいのある子どもは,家族との分断,家族からの偏見や差別といった,家族との関係性に関する課題も多く残されている。 (4)障がいのある子どもの権利擁護システムの不存在 一般に,成人に比べて子どもの人権は侵害されやすいものであるが,さらに侵害されやすい障がいのある子どもの人権に対し,障がいのある子どもの立場に立って最善の利益を保障できる権利擁護システムが存在しないことは重大な問題点である。 特に,施設入所などの場面では,保護者が契約当事者となり,障がいのある子ども本人の意思ではなく,保護者の意思で施設入所が決定される。障がいのある子ども本人の意思と,保護者の意思が相反する場合には,保護者によって権利侵害がなされる場合もある。このような場合において,障がいのある子どもの権利擁護のシステムはほとんど存在しない。 2 提言 権利条約は,障がいのある子どもについて,独立の項目を設け,障がいに基づくあらゆる差別を禁止し,また,障がいのある人の社会への参加・包容(インクルージョン)の促進等を求めるものである。障がいのある子どもへの支援は,障がいのある子どもの個々のニーズに応じた丁寧な支援が必要であるという視点に立った上で,障がいのある子どもが地域社会において一人の子どもとして尊重され,育ちが保障されるような法整備がなされなければならない。 このような視点及びTで整理した課題を踏まえ,今後の障がいのある子どもに対する支援の進むべき方向性について,次のとおり提言する。 (1)障がいのある子どもの社会への参加・包容(インクルージョン)の促進 障がいのある子どもの,地域の子どもとしての育ち,社会への参加・包容を促進すべく,次のような支援を行うべきである。 a 子育て一般施策の利用 障がいのある子どもが,地域の中で育つためには,何よりも,保育所や放課後児童クラブ等といった当該地域の子育て一般施策を障がいのある子どもが利用できるようにした上で,その中で障がいに応じた支援が利用できるようにすべきである。そのためには,地域社会において,障がいのある子どもの地域生活を可能にするための社会資源を充実させていく必要がある。 b 地域の子どもとしての育ちに向けた支援の連携 障がいのある子どもに対する支援では,入学や進学,卒業など,ライフステージによって支援を中心的に行う者が変わるため,支援の一貫性が途切れてしまうことがある。 そこで,障がいのある子どもが,生まれた地域で,一貫して支援を受けられる体制をつくるため,地域において,時系列に沿って連続して支援を受けられるための体制を整えるべきである。 具体的には,以下のような体制づくりが望まれる ア 乳幼児期,小学校入学前,学齢期,卒業後といった,ライフステージごとの支援とその連携 イ 保護者の「気づき」の段階からの支援,保育所等での丁寧なフォローと,障害児等療育支援事業等の専門的な支援の活用 また,障がいの有無にかかわらず,およそ子どもは,ライフステージに応じて,生まれ育った地域において,保健,医療,福祉,保育,教育,就労支援等様々な関係者の支援を受けることになる。 障がいのある子どもの支援においても,そのような,地域の関係者の横の連携体制を構築することが,障がいのある子どものニーズに応じた,地域での支援体制の構築につながる。 c 自立支援計画の策定の義務付け 障がいのある子どもが入所施設に入所した場合には,児童養護施設等には義務付けられている「自立支援計画」を障がいのある子どもの入所施設においても策定するように義務付け,これによって地域生活への移行を実効的に可能となるようにすべきである。 d 障害児相談支援の役割の拡充 障害児相談支援は,地域における支援の連携の要として,今後さらに体制整備を図っていくべきである。特に,障害児相談支援に当たっては,障がいのある子ども本人だけでなく,保護者・家族にも寄り添うことが重要である。 (2)家族に対する支援の充実 障がいのある子どもの支援に当たっては,障がいのある子どもを育てる家族に対する支援も重要である。このような家族に対する支援は,家族自身に対するサポートとなるだけでなく,子どもの発達の各段階に応じて,育ちや暮らしを安定させるべく家族に対して丁寧な支援を行うことにより,障がいのある子ども自身にも良い影響を与えることが期待できる。また,生後一度も親と生活をしたことない子どもの在宅での家庭生活を可能にするためには,在宅支援,家族支援を推進することが不可欠である。 家族に対する支援としては,次のようなものが期待される。 a 保護者の「子どもの成長を支援する力」を向上させることを目的とした,トレーニング等の支援 b 家族の精神面でのケア・カウンセリング等の支援 c 保護者等の行うケアを一時的に代行する支援(短期入所等) d 保護者の就労のための支援 e 家族の活動の活性化と障がいのある子どもの「きょうだい」支援 (3)支援の質の向上 a 専門職の育成・確保 上記に述べたような支援を行う上で重要なのが,このような支援について,適切に対応できる専門職の育成・確保である。 関係者による事例検討や具体的な業務に即した養成研修制度と,計画的なOff-JT(オフザジョブトレーニング)及びON-JT(オンザジョブトレーニング)の実施により,現場で適切な支援を行うことができる専門職を養成し,確保していくことが必要である。 b 支援のガイドラインの策定 保育所,幼稚園,子ども園では,障がいのある子どもの支援に関するガイドラインが存在していない。平成24年度に創設した放課後等デイサービスも,支援の内容が多種多様であり,支援の質にもばらつきがあるにもかかわらず,支援の在り方についてのガイドラインは存在しない。 障がいのある子どもに対する支援の一定の質を担保するためにも,支援の基本事項や職員の専門性確保のための全国共通のガイドラインの策定が望まれる。 c 入所施設の在り方の改善 障害児入所施設については,「子どもが育つ環境を整える子どもの施設」,「子ども本人が望む暮らしを保障する施設」といった幼児期からの子どもの育ち,発達に係る基本的な観点から,より家庭に近い環境,少人数の生活の場,普通の暮らしの環境,個々に配慮した生活環境とすべきである。具体的には,小規模グループケアを推進するとともに,専門職里親等の活用など,より家庭に近い暮らしの場を提供するべきである。 なお,この点に関しては,児童養護施設等について,施設の小規模化,機能の地域分散化等の方向性が示され,順次対応が進められていることが参考になろう。 (4)子どもの立場に立った権利擁護制度の創設 日本には一般的な人権侵害に対する政府から独立した救済機関が存在せず,特に侵害されやすい子どもの人権に対し,誰がどのように責任をもって救済するかについて,全くの無策である。一部の自治体で子どもオンブズパーソンを立ち上げている例もあるが,ごく一部に留まる。障がいのある子どもの権利擁護のためには,上述の支援の体制において,障がいのある子どもの意思が尊重され,障がいのある子どもの立場に立って最善の利益を保障できる権利擁護システムの存在が不可欠である。 そこで,既に一部の自治体で取組まれている子どもオンブズパーソン等の権利機関を制度化すべきである。また,国連子どもの権利委員会は,日本に,再三にわたり,子どもの権利を包括的に守る子ども人権法を制定し,子どもに寄り添い子どもの立場に立った権利擁護の制度を設けるべきであることを勧告している。これは全ての子どもにとって必要なことであるが,特に障がいのある子どもは虐待と差別にさらされやすく,その権利擁護の必要性は高い。 近時,子どもへの虐待やいじめの問題が急増し,これに対する対策としてようやく意識され始めてきたが,本来は子どもの権利条約批准時に国内法整備として設けられなければならなかったものであり,さらに1998年の子どもの権利委員会からの第1回勧告から勧告されているのであるから,早急に法整備がされるべきである。 この点について,日本弁護士連合会としては,権利条約との関係において,権利条約の実施を促進し,保護し,監視するための仕組みとして,パリ原則に則った,政府から独立した国内人権機関を直ちに創設することを求めるものであるが,当該国内人権機関においても子どもに関する専門部会を設けるなど,障がいのある子どもの権利の観点から制度作りを行うことが重要である。 Y 家族 1 障がいのある人が結婚や出産を含む家族形成で差別される場面 (1)結婚 a 婚姻の自由 現在においては,障がいのある人の結婚の禁止を直接の目的として結婚すること自体を阻む法令は存在しない(ただし,障がいのあることを理由とする離婚については後記d参照)。 しかし,現実には,婚姻の当事者がいくら自由意思で合意しても,周囲が反対したために結婚や結婚生活が妨げられるケースがみられる。差別事例にみるように,交際相手ないし自分の家族から結婚を認められなかったり,結婚していても離婚させられたりした事例は枚挙にいとまがない。 障がいのある人の結婚に反対する者は,当事者の家族,親族にとどまらず,職場の上司や施設従事者などであることもある。施設内の結婚についても周囲の理解を得られないことがある。 また,結婚相手を探すいわゆる「婚活」の場面でも,結婚相談所から入会を拒否された事例がある。障がいのある人にとって,結婚というライフスタイルは障がいのない人に比べて選択の余地が狭いのが実情である。 b 結婚に対する差別の禁止 障がいのある人にとっても,自由に恋愛し,結婚することは人間の尊厳,人格的生存に直結することであって,まさに当事者の自由意思にゆだねられるべきである。日本国憲法はもちろん権利条約も同様のことを定めている。 障がいのある人にとって,結婚は決してタブーではない。障がいのある人が,結婚相手を探し,恋愛し,結婚し,結婚生活を営む場面で,差別があってはならない。 先にみた事例では,例えば,婚活の場面では,結婚相談所の入会申し込みやパーティーへの参加をただちに拒絶すべきではない。それぞれの障がいの特性に応じて,筆談や点字等も活用して十分に情報を提供し,障がいのある人も障がいのない人と同様に自由に相手を探す機会が得られるよう配慮すべきであろう。 結婚するという場面では,周囲は,本人の自由意思を尊重すべきである。施設内での結婚もできるかぎり広く認め,夫婦で共同生活が営めるよう配慮すべきである。結婚生活においても,どのような結婚生活を営むか,離婚するかどうかはやはり本人の自由意思にゆだねるべきである。 c 制度の整備 以上のことを実現するために,法制度が十分整備されているとはいい難い。究極的には周囲の家族や親族,関係者の差別感情,偏見等の内心の問題にとどまり,そこに法が立ち入ることは非常に困難なことが多いからである。 考えられる法的対応として,家族からの反対が精神的虐待を伴う場合であれば,障害者虐待防止法の対象になることがあり得る。よほど悪質な事例であれば損害賠償請求等も可能となり得る。 個人個人が持つ障がいに対する偏見,知識の不足,誤解が,社会全体において解消しないことには,差別は容易には解消されないと思われる。社会における差別意識,偏見の解消に向けての啓発活動,教育,情報提供も法制度化することが望まれる。 d 精神障がいを理由とする離婚 離婚の場面では,民法770条1項4号が,回復の見込みのない強度の精神障がいに限定しているものの,障がいのあることを離婚原因に挙げており,実際に本号を適用して妻の精神障がいを理由とする離婚請求が認容された裁判例もある(東京高裁昭和58年1月18日)。また,妻のアルツハイマー罹患を理由とする離婚請求につき,本号に該当するか疑問が残るが,5号の婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該当するとして,実質的に精神障がいを原因とする離婚が認容された裁判例もある(長野地判平成2年9月17日)。このような条文や裁判例の存在は,精神障がいに対し差別的な条文,判例であり,精神に障がいがあれば,あるいは,結婚後に精神障がいを有するに至れば,離婚してもよいという発想に安易につながるおそれがある。 e 性同一性障がい 結婚や家族形成にあたっては自己の性別が極めて重要な要素であるが,性別について,自己の肉体上の性別と精神上の性別が異なるいわゆる性同一性障がいについては,差別解消法上の障がい者に該当するかといった観点から第4章第2節で取り上げてはいるが,性差別のひとつとして取り上げるべきテーマでもあり,また,究極的には結婚や家族形成に結びつく問題であるので便宜上ここで取り上げる。 昨今,性同一性障がいについての社会的認知,法整備が進んでいる。例えば,2003年には性同一性障がいのある人の性別の取扱いの特例に関する法律が成立し,一定の要件の下で,家庭裁判所の審判で性別の取扱いの変更を行うことができるようになった(戸籍にもその旨反映され,変更後の性別に基づいて異性との婚姻も可能となる)。ただ,同法の要件を満たす場合とそうでない場合で,大きな制度間の格差を生む結果も生じており,この点についての見直しが求められるところである。 また,文部科学省が,2014年6月13日,学校における性同一性障がいのある児童を対象とする調査を行ったところ,約6割の児童が学校側から服装等で配慮を受けていることが分かった。文科省は,これをもとに,配慮に関する事例集を作成して教育委員会等に配布するとのことである。 他方で,上記法3条1項の規定に基づき性別を女性から変更した男性が,第三者から提供された精子で妻との間にもうけた子について非嫡出子とし父親欄を空欄とされたという事例があった。男性は,他にもAID(人工授精)を使って子どもを妊娠,出産している家族は多くおり,そのような場合には普通に嫡出子として,戸籍上の父と認められているのに,性同一性障がいにより性別変更した場合にだけ嫡出推定を認めないのは障がいを理由とする差別だと主張し,最高裁2013年12月10日判決は「妻が婚姻中に懐胎した子については,民法772条の規定により夫の子と推定されるのであり,夫が妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないことを理由に実質的に同条の推定を受けないということはできない」と性同一性障がいに対する差別には触れないまま,民法の規定によれば当然嫡出推定が及び戸籍上の父とされると判示した。 (2)妊娠・出産 a 障がいのある人が子どもをもうける場面 差別事例の中には,施設で子宮を摘出された事例があった。これは 生理時の介護が大変だという介護者本位の理由に基づくものだった。しかし,母となること,子を産む能力を維持することは,障がいのある人も当然に持っている人間としての権利,自由である。 本人の意思によらない子宮摘出を含む優生手術は,優生保護法が改正され,母体保護法が施行されている現在,許されることではない。差別以前に犯罪に問われる可能性がある。 また,出産についても,障がいのある人が子どもを設けるにあたって家族が反対する等事実上の妊娠の断念,中絶の強制はなおも存在している。差別事例の中には,本人の障がいや子どもに障がいが生じる可能性を理由に出産を禁止したり人工妊娠中絶をさせたりした例や,子どもができたとき「産みますか」と聞かれた例もあった。 これは,差別であると同時に,障がいのある人が子どもを生む,生まないというリプロダクティブ・ライツを制約するものである。権利条約がリプロダクティブ・ライツを定めていることを確認し,国内法でも障がいのある人に対してもこのような権利があることを明記すべきである。それと同時に,社会内における差別意識,偏見の解消も必要である。 b 新型出生前診断 医学の進歩により,出生前診断により,胎児が障がいを持つ可能性の有無が相当の確率で分かるようになってきている。以前から実施されている妊婦の腹部に針を刺す羊水検査等に加え,2013年4月より,妊婦の血液検査のみの簡易な方法により,胎児の3種類の染色体異常(ダウン症等)の有無を高い精度で判別できる新型出生前診断の実施が始まったことから,普及率が高まり,議論の重要性,必要性が高まっている。 出生前診断をしている37病院グループの報告によると,2013年4月から1年間で,妊婦7740人が受診し,142人が「陽性」と判定され,羊水検査などの確定診断を受けたのが126人(2人は確定診断を受けずに中絶),異常が確定したのは113人,そのうち97%にあたる110人が中絶を選択した(残り3人のうち,2人は流産,1人は出産を決め妊娠継続)とのことである。妊婦の平均年齢は38.3歳,検査を受けた理由は高齢妊娠が95%を占めた。(日本経済新聞2014年6月28日,時事通信2014年6月27日)。このデータは,もし陽性であったら中絶しようと考えて出生前診断を受ける場合が多いことも考えられるが,出生前診断で胎児が将来障がいを持つ可能性があることが分かった場合,中絶を選択する親が圧倒的に多数であることを示している。 刑法上は堕胎罪の規定がある一方で,母体保護法は,@妊娠又は分娩が母体の生命に危険を及ぼすおそれがある場合,A現に数人の子を有し,かつ,分娩ごとに母体の健康度を著しく低下するおそれのある場合のみに中絶を認めている。その拡大解釈として,胎児の障がいを理由とする中絶が行われているのが現状である。 c リプロダクティブ・ライツ 産むか産まないかの選択は究極的には(母)親の選択であり,(母)親にとっては,自己決定権やリプロダクティブ・ライツの行使場面でもある。法律で規律するのは難しい問題である。胎児である子どもの将来人として生まれる権利,人として生きる権利について議論が熟しているわけでもない。胎児に障がいがあることを理由に「産まない」という選択には,様々な理由や背景,人生観があり,また,生命倫理の問題でもあり,社会内でコンセンサスを得るのは非常に難しい問題である。 ただ,障がいのある人及びその家族を支える社会福祉制度の少なさが出産をしたいという考え,気持ちを妨げるようであってはならない。本来は,誰もが障がいのある子どもを育てやすい,必要な支援を受けられる社会を作り,広めることが必要である。障がいのある人が「世に生まれてはならない存在」「障がいをもって生きるのはかわいそうだ」と当然に見られるようであれば,障がいのある人に対する差別,偏見を助長するおそれがある。 函館地裁2014年6月5日判決は,医師が,両親に対し,羊水検査で陽性(ダウン症)であった胎児の出生前診断の結果を誤って陰性と伝えたが,生まれた子はダウン症と診断され3か月半後に合併症で亡くなった事案について,「結果を正確に告知していれば,中絶を選択するか,中絶しないことを選択した場合には心の準備や養育環境の準備もできたはず。誤報告により機会を奪われた」と判示し,1000万円の支払いを命じた。この裁判例は,「中絶を行うか出産するかの判断は極めて高度に個人的な事情や価値観を踏まえた決断に関わるもの」である等とし,誤報告がなければ中絶がなされて子が出生することはなかったと評価することはできないとしたが,羊水検査で染色体異常があると判断された場合,「母体保護法所定の人工妊娠中絶許容要件を弾力的に解釈することにより,少なからず人工妊娠中絶が行われている社会的実態」を追認するものであり,その点で議論が必要である。胎児に障がいがある場合に「弾力的な解釈」が一層拡大されるようなことがあってはならない。 d 情報の提供と自己決定 ダウン症等の出生前診断の対象となる障がいがありつつも,自分らしく充実した人生を生きている人,障がいのある子どもを産んでよかったと考えている親は多数存在する。そのような姿を社会に広め,障がいのある人自身や障がいのある子どもの育児を経験した親の意見等も聞いて議論する必要がある。 日本産婦人科学会の指針は,一人ひとりを診断する際,必ず遺伝カウンセリングを実施するように定めている。その内容は,染色体の障がいのある子どもの具体的な症状や成長後の生活状況などであるが,現実には障がいに対しネガティブな情報が多いとの声である。「産まない」という判断は,そもそも障がいのある子どもの育児への支援,成長,将来についての情報が乏しい状況において,極めて短期間で決断を迫られている現状の中でなされていることを無視できない。そもそも,このような情報提供なしに,出生前診断によって子どもに障がいがあると分かった場合に産むか産まないかについて判断することはできない。 ドイツでは,妊娠葛藤相談所と呼ばれる公的な相談機関が全国1500箇所に設置されており,専門の相談員のカウンセリングを何度でも無料で受けられる制度があり,胎児に障がいがあるとわかった場合,医師は妊婦に相談所を紹介することが法律上義務付けられている。そこでは,ダウン症等障がいのある人たちの生活を支える団体や障がいのある子どもを育てる家族への補助金,税負担の軽減を行う窓口の紹介,中絶を体験した女性を支援する団体の紹介も受けられる。相談所の紹介でダウン症の子どもを持つ家族と出会い,障がいのある子どもを育てていくことがどういうことなのか実感でき,出産を選択した親のケースもある。(NHKクローズアップ現代・2014年4月28日放送)。日本でも導入が望ましい。さらに,情報提供やカウンセリングの充実に加え,障がいのある子どもの育児支援の充実,障がいのある人がより生きやすい社会への施策と並行して行われる必要がある。 母体保護法はじめ,今後の出産に関する法の制定改正にあたっても,障がいのある子どもが生まれないようにするという優生学的な発想が安易に取り込まれることのないように議論を尽くす必要がある(民法734条は近親婚を禁じるが,家族内の倫理のほか優生学的発想をも根拠としているとされる)。また,胎児に障がいがあると分かった場合に親が熟考の末に納得して選択ができるようにすべく,障がいに対する正しい知識や情報の提供,偏見・差別意識の解消も制度化する必要があると思われる。 (3)子育て a 障がいのある人の子育て支援 障がいのある人の子育てについても,障がいのある人は,子を産んだ後,医療従事者や保健師が障がいのある人は子を育てられないものと判断して,母子保健サービス等につき適切な情報提供をしないということがある。子に対する予防接種でも親の障がいに対して配慮がなされないこともある。また,子が病気になったとき,親が障がいがあるためにコミュニケーションに支障があって,十分に情報を提供されない場面もある。総合支援法では,障がいのある人本人が病気になった場合については規定があるが,障がいのある人の子が病気になったという場面を想定した規定はなされていない。 以上からは,障がいのある人の子育て支援は不十分である。障がいのある人に対しても,障がいのない人と同様に子育てについてどのような支援があるか,どのような制度があるかにつき十分に情報提供し,これらの支援や制度を利用できるよう配慮すべきである。情報提供や支援の利用にあたっては,障がいのある人それぞれの障がいの特性をも踏まえて個別具体的に配慮すべきである。 また,障がいのある子どもを持つ親に対しても同様に支援が必要であり,そのような支援制度についての情報提供を十分にすべきである。これについては,児童福祉法の改正によって,2012年4月から,「障害児が身近な地域で専門的な支援を受けることができるよう,障害種別で分かれていた施設体系について一本化するなど」支援の強化が図られているところである。これによって,障がいのある子どもに対する日常生活の基本動作の指導や集団生活適応のための児童発達支援,保育所等訪問支援などが実施されているほか,従来から引き続き,親等が休息できるよう障がいのある子どもを預かる日中一時支援なども実施されている。これらの支援を一層進め,保育所での受け入れもさらに進めていくべきである。 障がいのある人及びその子ども(子に障がいがある場合も含む)が,社会から孤立することなく,地域で充実した生活をしていけるように,国,地方公共団体,学校等,社会が広く支援を行うべきである。 また,児童手当に関する情報提供等を十分に行うなど,障がいのある人で子のある世帯の所得保障を進める必要もある。 障がいのある人の子育て支援について訴訟となったものには高松手話通訳派遣拒否訴訟がある。これは,聴覚障がいがあり,手話を言語とする母親が,当時高校3年生であった子どもが進学を希望する専門学校の保護者説明会への参加を希望し,市の公費による手話通訳派遣を申請したところ却下された事案である(2014年7月現在,市の派遣要綱が改正され,和解協議中。)。障がいのある人の子育ての支援は,その子どもの福祉に大きく関わるものであり,非常に重要であり,障がいのある人のリプロダクティブ・ライツと共に保障する必要がある。 b 親の障がいを理由とする親子分離,親権剥奪 この他,親の障がいを理由に,親権を剥奪したり,親と子どもを分離してよいかという問題もある。法務省委託の「児童虐待防止のための親権制度研究会報告書」によれば,親権者に精神障がい等の障がいがあるような事案をテーマに,親権喪失の原因に該当するかどうか必ずしもいえないような事案の検討もなされていた。権利条約でいえば23条4項が念頭においている場面のひとつと思われる。 これについて,権利条約でも「子どもの最善の利益のために必要」である場合は親子の分離もありうる旨規定されており,子の福祉のためには,障がいのある親と子どもが分離される場合のあることは予定されている。 しかし,親子の分離は,他の考えられる手段,制度の活用を尽くしても,子の福祉の観点からもはやそうするほかないという最終的な決断であるべきである。「障がいのある人は子育てができない」との誤った偏見・差別感情から親子の分離が容易になされた場合は,差別にあたる。運用上も,このようなことのないよう,慎重さが求められる。障がいのある人のリプロダクティブ・ライツと子どもの福祉は対立するものではなく,双方を保障することが必要である。 c 子どもの障がいを理由とする親子分離,育児放棄 他方で,子どもに障がいがある場合も検討する必要がある。上記の親子分離については,障がいのある親と障がいのない子どもが分離される場合のほか,障がいのない親と障がいのある子どもの場合も含む。障がいのある子どもの場合,特別支援学校に通うことがあるが,特別支援学校は,全ての地域にくまなく設置されているわけではない。子が親から遠く離れて特別支援学校の寄宿舎に滞在しながら学校教育を受けることになる場合が生じることになる。これは見方を変えれば一種の事実上の強制的な親子分離だといえる。このような分離が「子どもの最善の利益のために必要」でないことがあるのは当然である。障がいのあるなしで分け隔てることなく地域の身近な学校でともに学べるインクルーシブ教育制度を整備することが求められる。 また,親が生んだ子どもに障がいがあることを理由に,赤ちゃんポストに預ける事例が実際に報告されている。熊本県では赤ちゃんポストに納められていた子の81人中8人に障がいがあったということである。約10人にひとりに近いこの数字は,厚労省の統計上,障がいのある人の割合は16〜17人にひとりであり,その中には中途障がいの人や高齢による障がいの人も含まれていることからすれば,非常に高い数字であることを指摘しなければならない。また,中国の広東省広州市では,2014年1月に開設された「赤ちゃんポスト」に約2か月の間に男児148人,女児114人の計262人が預けられたが,知的障がい,脳性まひやダウン症,先天的な心臓病などの重篤な疾患を含め,全員が何らかの疾病を抱えた乳児だったと報道されている(共同通信2014年3月17日,時事通信2014年6月15日)。親が障がいがある子はいらないと直ちに考えたのであれば,障がいのあることを理由とする差別であり,それが社会の姿の反映である。社会全体で,障がいのある子どもの子育てに対する支援や障がいについて誤解を生まないような情報提供が必要である。 2 障がいのある人本人が家庭で差別される場面 a 親などからの差別的待遇 差別事例の中には,親からの差別的な待遇を受ける事例もある。例えば,障がいのある人には,自ら望む進路さえ,親の過保護な態度や自立なんてできるはずはないといった思い込みから,親の反対を受け,断念せざるを得なかった人も多い。そうした親の態度は,障がいのある子どもの目から見ると自立や様々な社会的体験の機会を奪い,又は,他のきょうだいと異なる扱いをするものであり,抑圧的で差別的である。冠婚葬祭に障がいのある人を出席させないというようなこともある。ただ,これらは私的な事柄であり,直ちには法的規制になじまない面がある。しかし,こうした事例でも,差別を受けた障がいのある人の精神的苦痛は決して小さなものとはいえない。障がいに対する差別意識や偏見を解消するよう啓発を進める必要がある。 b 親などからの虐待 また,身体的虐待,精神的虐待,経済的虐待と思われるものもあった。これらは虐待の態様によっては,障害者虐待防止法で対応が可能なケースと思われる。しかし,虐待が家庭内にとどまり外部の目に触れない場合は,第三者の通報や調査を期待することができない。障がいのある人本人にとって同法が利用しやすくなるよう,本人に対して情報提供をしたり本人からの相談を受けやすくするようにしたり,第三者が虐待に気づきやすくなるよう制度や運用を整備する必要がある。 さらに,障がいのある人を自分で決定できない存在として扱い,障害者年金を含む金銭管理をさせなかったり,本人の自由な意思による行動を認めなかったり,家族内での話し合いに加えなかったりする事例もあった。障がいのある人の財産管理は,社会福祉協議会の財産管理サービスや後見制度等の活用も考えられるが,家庭内で親やきょうだいが事実上管理していることもあると思われる。その管理が経済的虐待に当たる場合は,上記のように障害者虐待防止法による対応も考えられるが,それに至らない場合も多くあると思われる。 家族内で,障がいのある人も自分で意思決定できる一個の存在として認めること,財産も本人の生活を脅かさない限りできるだけ自由に任せることが浸透するよう,障がいのある人に対する偏見,差別感情を解消することも必要である。 そして,そのためには,社会における障がいのある人への差別,偏見を解消することのみならず,下記3で述べるとおり,障がいのある人の家族への差別,偏見の解消及び支援が必要である。 3 障がいのある人の家族自身が差別される場面 (1)障がいのある人の家族に対する差別を禁止する法規制の必要性 障がいのある人本人だけでなく,その家族である親やきょうだい,子ども等が,地域,学校などで差別にさらされる事例も多く存在する。きょうだいや子どもの場合,結婚の際に支障が出たりする場合も存在する。 個人間の差別的言動に止まるような場合は,障がいのある人に対する場合と同様に個人の内心の問題であり法的対応になじまないと思われるが,そうでない場合には,法的規制が求められる事例も多いと思われる。 確かに,権利条約は,障がいのある人の人権に焦点を宛てることが目的であったが故に,障がいのある人の家族に対する差別の禁止について直接定めた明文はない。 しかしながら,障がいのある人のみならず,その家族も,「障がいを理由とする差別」をされることは,その個人の尊厳が傷つけられることに変わりはないのであるから,家族に対する差別も法律により明確に禁止されるべきである。障がいのある人の家族に対する差別は,それ自体,障がいのある人本人に対する不利益をもたらすことが多いと思われることからも,これを差別解消法の対象とするべきであるといえる。 米国のADA§102(Americans with Disabilities Act of 1990,42 U.S. Code § 12112 - Discrimination)は,応募や雇用,昇進等で労働者を障がいのあることを理由に差別してはならないことを定める。本テーマと関係がある同条の(4)は「有資格者(特定の職業における本質的機能を遂行することができる者)が障害者と関係又は交際があるために,平等な雇用又は給付を排除すること,又は与えないこと」をも差別と言い切っている。同法の施行規則1630.8条は,「障害者との関係又は交際」について,「ある有資格者が障害者と家族であること,事業上の関係,社会的な関係若しくはその他の関係があること又は交際していることを知っているとの理由で,適用対象事業体が当該有資格者に対して均等な職務・便益の拒否又はその他の差別をすることは違法である」と定めている。要するに,会社等は,従業員の家族に障がいのある人がいるとか,従業員が障がいのある人と交際しているとかを理由に差別的待遇を与えてはならないということになるのである。これは日本でも参考にすることが必要である。 欧州司法裁判所のコールマン事件判決の事案は,英国の法律秘書として働いていた女性が,障がいのある子どもの介護者であったことを理由にリストラを受けたというものである。判決は,女性が障がいのある子どもを持つことで差別やハラスメントを受けたと事実認定した。そして,EUの雇用指令の解釈につき,障がいのある人に対する差別禁止だけでなく,障がいのある人の家族や介護者も差別が禁止される対象に含まれると判断した。 (2)障がいのある人のきょうだい(兄弟姉妹)や子ども支援の必要性 障がいのある人の家族に対する支援としては,その「親」に対する子育て支援だけでなく,障がいのある人の「きょうだい(兄弟姉妹)」や「子ども」に対する支援についても,関心と配慮を広げていくことが重要である。特に未成年のきょうだいや子どもは,周囲から家族の障がいを理由とする差別を受けた場合に非常に脆弱かつ無力であり,親や周囲からの過度の期待に対しても敏感である。きょうだいや子ども自身に障がいがない場合,問題が見えにくく,家族に障がいのある人がいることを周囲に伝えられていなかったり,自分から声を上げたり,助けを求めたりすることができない場合も多い。障がいのある人のきょうだいや子どもの心身が健全に育成されるように,親,教師等による配慮が強く求められる。 また,きょうだいや子どもが家庭内で障がいのある人の介助や通訳などのケアを担う場合もあり,そのような未成年者をヤングケアラーという。ヤングケアラーについては,特に,ケアを担い始めた時の年齢が低く,ケアが長期(2年以上)にわたる時,そして,そのケア責任が,その子の年齢や成長の度合いに不釣り合いなものである時,自分自身の心身の発達,人間関係,学業や課外活動,将来の進路に大きな影響を与える場合も存在する。このように,ケアが過度な負担になっている時には,生活状況,要望を確認したり,負担を軽くできるよう,さまざまなサービスにつなげることが必要になってくる。なお,親が,障がいのある子どもの介助等,ケアの中心を担っている場合,そのきょうだいには,親亡き後という問題も存在する。 各地域に,障がいのある人の支援だけでなく,その家族(特に,きょうだいや子ども)に対する支援もできる公的な相談機関を設けるべきである。また,きょうだい,ヤングケアラーの当事者団体,支援団体が,相談,支援活動を行いやすくなるように,公的な助成等も行うべきである。 (3)小括 障がいのある人が,まずは自分のホームベースとなる家族の中で自分らしく充実した人生を生きていくためには,その家族も自分らしく充実した人生を生きていくことが必要である。したがって,障がいのある人のみならず,その家族に対する支援は,非常に重要である。障がいを理由として差別をしたり,障がいによる負担を本人に負わせることはもちろん,家族に負わせてもならない。障がいのある人及びその家族が,家族内及び社会において,自分らしくともに生きることができるように社会で支えていくことが重要である。 障がいのある人を家族に持つ者に対する支援を若干取り入れている総合支援法や障害者虐待防止法等の法令は存在しているが,いまだ十分とはいえない。広く社会で障がいのある人の家族が孤立することのないように支援する制度の整備が望まれる。これは権利条約23条3項,5項が要請しているところでもある。 4 まとめ 障がいのある人及びその家族に対する結婚や出産を含む家族形成,家族生活の場面における差別解消のための法制度の確立,運用にあたっては,障がいのある人もない人も,全て同じ人間であり,その自由な意思で家族を持ち,家族の中で普通に暮らすのが当たり前であるということが出発点でなければならない。 決して,法制度の確立,運用にあたって,障がいのある人及びその家族に対する偏見,差別意識が入り込むことのないようにすべきである。 <参考資料> 1 松井亮輔・川島聡編『概説障害者権利条約』(法律文化社,2010年) 2 齋藤有紀子編『母体保護法とわたしたち』(明石書店,2002年) 3 末広敏昭『優生保護法』(蜻蛉社,1981年) 4 障害者政策委員会差別禁止部会『「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見』(2012年) http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/pdf/bukai_iken1-1.pdf 5 内閣府『平成25年版少子化社会対策白書』(2013年) Z 障がいのある女性 1 複合差別の問題 障がいのある女性は,@障がいがあることと,A女性であることによって複合差別の問題から,多くの困難を抱えているが,障がいのある人に対する差別を検討する中で「女性」(又は「性別」)というファクターに着目した検討は極めて不十分であるといわざるを得ない。第3章でも既に述べたとおり,現段階においても,「障がい」と「女性」であることの複合差別を可視化する公的な統計データすらほとんど存在しないのが現状である。 しかしながら,少なくとも障がいのある女性についての貧困の問題は,2009年9月26日障害学会第6回大会シンポジウム「障害と貧困−ジェンダーの視点からみえてくるもの」瀬山紀子氏の報告原稿から明らかに読み取ることができる。 また,性的被害についても深刻な事例が複数報告されているところである。内閣府が委託した財団法人日本障害者リハビリテーション協会による障がいのある人に対する障がいを理由とする差別事例等の調査,DPI女性障害者ネットワークが行った障がいのある女性についての被害差別調査(2011年),千葉県や京都府などの自治体による調査などの結果から,障がいのある女性は,家庭内暴力,職場でのセクシャルハラスメント,施設その他での性的被害など,様々な場面において性的被害にさらされている実態が明らかとなっている。DPI女性障害者ネットワークの調査では,回答者のうち35%が性的被害を経験している。また,性的被害と類似するものとして,施設等における異性介助が,障がいのある女性にとって苦痛が大きいことも,これらの調査結果から明らかとなっている。 しかし,障がいのある女性に対する性的被害等が表面化することは極めてまれである。 前記第3章で述べた差別事例についても,事例調査結果の母数に対し「女性」に関する差別事例は非常に少ない結果となっている。具体的には,北海道障がい者条例に関する調査回答では全体1482に及ぶ数の意見に対し性別に関する意見はわずかに2つ,京都府条例に関する調査回答は全体479の回答のうち性別に関するものは1つ,茨城県条例に関する調査回答は全体211の回答のうち性別に関するものは1つ,さいたま市条例に関する調査回答は全体521の回答のうち性別に関するものは8つに過ぎないのである。 DPI女性障害者ネットワークによる「複合差別実態調査 報告書」によれば,回答票への記入と聞き取りによる調査を行った結果,87名から合計227件の差別事例の回答を得ているが,それを加えたとしても障がいのある女性に関する差別事例については,表面化しているものは氷山の一角であり,潜在的には障がいのある女性の困難は極めて深刻であると考えられる。 しかしながら,未だ障がいのある女性の困難に対する社会の意識が非常に希薄であるという現状が残念ながら存在しているのである。 2 課題解決へ向けた取組み 以上のとおり,障がいのある女性の抱える複合差別の問題は,極めて深刻であるにもかかわらず,これまで社会において強く意識されないままとなってきた。何よりもまず,かかる複合差別の問題を意識することが課題解決の第一歩である。 そして,障がいのある人全般に対する施策や,女性全般に対する施策と区別された,障がいのある女性に対する施策,例えば,就労支援,起業支援,子育て支援,所得保障などが必要である。そのためには,あらゆる障がい施策や女性施策を,障がいのある女性という観点から点検し,足りない施策を洗い出す作業が必要である。 さらに,深刻な実態があると思われる性被害やDV被害に対する施策としては,被害の認識や相談先を周知するプロセスにおける情報保障,相談体制における情報保障その他の合理的配慮,一時保護や自立支援の過程における意思決定支援,人的支援,情報保障及び物理的バリアフリーその他の合理的配慮が必要である。 こうした施策を実態に合ったものとするためには,権利条約31条にも明記されているとおり,各種統計及び資料の収集を行う中で,特に「性別」の視点を入れた統計資料の整備は直ちに行われなければならない。また,既に多数の報告がなされている異性介助の問題などは速やかに改善するよう対処すると同時に,実際に性的被害が生じてしまった場合には厳正な対処を行って,今後の再発防止を徹底しなければならないことは明らかである。 障がいのある女性に対する調査結果の中には「障がい者の問題に男女の視点が入らないこと自体が『差別』だと思う」(DPI女性障害者ネットワーク)という率直な声もあるが,早急に障がいのある女性の複合差別の問題が深刻であることを意識して,障がいのある女性の視点を入れた公的統計データの整備,障がいのある女性の実態を踏まえた各種施策の実施が強く望まれる。 [ アクセシビリティ:移動,施設利用 1 アクセス権が保障されない現状 第3章で述べたとおり,2006年12月より施行された,バリアフリー新法において,建物の利用に関しては,基本的に床面積2000u以上の規模の建築物の建替え等を規制の対象としている。もっとも,床面積2000u以上の規模の建築物は多くはない。そのため,バリアフリー新法が施行されていても,社会のバリアフリー化の進行は非常に遅いといわざるを得ない。 なお,建物の利用に際して補助犬を使うことについては補助犬法があるにもかかわらず,補助犬を同伴して入店することを拒否する事例が後を絶たない。しかも,違反に対しての罰則もなく,実効性は低い。 鉄道等の利用に関しては,東京等のいわゆる大都市と地方とでは,バリアフリー化の程度が著しく異なっている。すなわち,いわゆる大都市では長年にわたる取組により比較的バリフアリー化が進んでいるのに対し,地方では重点となる施策の対象となる大規模な施設等が少ないことなどによりバリアフリー化が大きく遅れている。 このため,例えば階段しかないにも関わらず,何らの代替的な手段を用意されないまま,事実上障がいのある人の利用ができないような駅舎等も存在している。しかし,これを放置することは,合理的配慮の不提供であり,アクセス権を否定するものといわざるを得ない。 飛行機の利用については,国際運送約款や国内旅客運送約款に基づく社内規定の自力避難などを想定した規定により,障がいのある人が,搭乗できない場合がある。搭乗拒否等に対しても,障がいのある人のアクセス権がバリアフリー新法で規定されておらず,権利行使や権利実現による打開を図ることは困難である。訴訟提起に至っても,裁判等で,権利擁護が実現する事例は極めて少ない。 さらに,これらの利用にかかる費用については,障がいの種別により,交通費の割引や補助に差が顕著である。それにより,特定の障がいのある人が,他の障がいのある人に比べ,例えば,継続的に通院が必要な場合など,地域で暮らしながら生活することがより困難となっている。 2 権利条約との関係 以上のような差別事例については,締約国に対して,障がいのある人が生活のあらゆる側面に完全に参加できるよう「都市及び農村の双方において」建物や交通機関さらには情報のアクセスを確保するよう求めた権利条約9条,障がいのある人の移動の自由を認めた権利条約18条,締約国に対して,障がいのある人自身が容易に移動することの確保の措置を求めた権利条約20条,障がいのある人の文化的生活に参加する権利を認めた権利条約30条に抵触しており,問題が大きい。 かかる事態に対して,現行のいわゆるバリアフリー新法は,地域間の格差を解消する仕組みが不十分であるだけでなく,障がいのある人のアクセス権が定められておらず,上記事態を解決するには依然として不十分であるといわざるを得ない。 このような状態では,交通機関や公共施設内で,エレベーター等がなく,階段しかない場合には,障がいのある人の立場に立てば,「利用するな」と言われているに等しく,人権侵害も甚だしい。また,駅のホームに柵がなければ,視覚に障がいのある人が転落して命を落としかねない。かかる状況下では,事実上,移動や施設利用をすることができず,文化的な参加もできないために,障がいのある人は障がいのない人と同等な地域社会生活を営むことはできない。 3 求められる法整備 これらの事態に対しては,権利条約の趣旨に図り,バリアフリー新法を改正し,アクセス権を明定し,しかも地域間格差をなくすための仕組みを盛り込むことや補助犬法に入店拒否等に対する実効性のある救済の仕組みを設けるなど,障がいのある人が全国どこでも建物や公共交通機関等を利用できるようにすべきである。 また,差別解消法は,この分野もカバーするものであるが,この分野における差別についての明確な定義規定がない状況において,この分野において,何が不当な差別的取扱いであるのか,何が合理的配慮であるのか,法の趣旨に沿ったガイドラインを具体的かつ明確にして,解釈の指針を提示すべきである。 2020年のオリンピック開催も決まり,国内移動だけでなく,海外からも,多数の障がいのある人が観光や旅行に来ることが見込まれるため,これを機に,早急な法整備が切望される。 \ アクセシビリティ:情報保障 \−1 情報保障 1 情報は,全ての人が日常生活及び社会生活を送る上で不可欠なもので,情報が提供されない,あるいは提供されても理解できない等の場合には,生活が大きく制約されることになる。 ところが,社会に溢れている様々な情報の多くは,障がいのある人がアクセスすることを想定していない。そのため,視覚障がいのある人にとっては点字文書や音声データ,聴覚障がいのある人にとっては手話通訳や要約筆記,知的障がいや発達障がいのある人にとっては情報を受け取る上で必要な支援者による伝達支援や振り仮名の付与又はイラストや絵記号等の構造化された形での情報提供など,障がい特性に配慮した形の情報提供を受けることはほとんどないために,他の市民が得ることのできる情報を障がいのある人は得ることができないということも少なくない。 さらに,情報や意見等のやり取りを行うコミュニケーションについても,その手段を利用できなかったり,手話通訳等の手段を使うことを拒否されれば,生活に不可欠な人とのつながりに困難を生じるということも少なくない。 2 権利条約は,その前文(v)において,情報及び通信についての機会が提供されることの重要性に触れた上で,情報,通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。) へのアクセスに関して,その「利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ,公表し,及び監視すること」等を含む措置をとることを締約国に求める(9条)とともに,コミュニケーション(意思疎通)の手段等に関しては,それは自ら選択すべきものであって,他から強制されるべきものではないということを前提に様々な手段や態様があることを示している。これは,情報が利用できず,又はコミュニケーションが制約されるならば,障がいのある人の日常生活や社会生活は極めて困難に陥るからである。 障害者基本法が改正され,情報アクセスに係る必要な施策を求める規定が設けられたが,同法は施策の基本方向を指し示すにとどまっており,衆議院において,さらなる法制の整備その他の必要な措置が必要との付帯決議がなされている。 これらの点を踏まえ,障がいのある人に対して情報を提供する制度・施設の整備等を具体的に進めるため,より実効性のある基本法としての情報・コミュニケーション法を制定し,そのなかに権利条約が作成を求める情報アクセスに関する最低基準及び指針を盛り込む必要がある。 また,著作権法の権利制限など,情報保障の制約を生じさせる既存の法令についても見直し適切な法改正を行うべきである。 3 手話が情報・コミュニケーションの手段であるだけでなく,言語そのものであることは,権利条約2条及び障害者基本法3条によりすでに確認されたところである。社会において手話に対する正しい理解を広め手話を普及し,教育の場面において手話教育を認め,手話通訳者を増加させるなどの積極的な取組が求められる。 こうした点をふまえて,国内でも複数の地方自治体(鳥取県,北海道石狩市,新得町,三重県松阪市,及び佐賀県嬉野市)において手話言語条例が制定され,また新たな制定の動きがあることは注目すべきことである。 司法手続や行政サービスにおける,手続利用者の費用負担によらない手話の提供も急務であり,これらは本来,新たな立法措置がなくとも実現されるべきものである。 国は,手話の使用を保障し,またさらに普及させるため,手話言語法を制定すべきである。 \−2 災害時の情報保障 1 2011年3月11日の東日本大震災の悲惨な経験への反省から,災害法制全体が広く見直されるようになったが,その動きの中で,災害弱者である障がいのある人への災害対策として,情報保障についても見直しの機運が高まっている。 政府は,東日本大震災後,災害対策全般に関する国と地方自治体の役割分担を明らかにし 防災及び災害時の応急対策等について定める法律である,災害対策基本法を2012年,2013年にそれぞれ改正し,大規模広域災害への即応力強化,大規模広域災害被災者対応の改善,住民の円滑かつ安全な避難の確保,被災者保護対策の改善等を図った。 政府の中央防災会議は,2014年1月17日,国の防災行政の基本になる防災基本計画を改定し,災害時要援護者について,安否確認や避難誘導の態勢を自治体が整備することを義務づけた。 同計画では,高齢者や障がいのある人ら要援護者の居住状況だけでなく,必要な支援内容などを具体的に記した名簿を作り,定期的に更新すること等が求められ,また,避難所生活が困難な要援護者のために,福祉施設を避難所にすることの検討が求められた。 2 地方自治体においても,こうした災害法制の改正を受けて,あるいは独自に,防災マニュアルや避難計画を立案するに際して,障がいのある人への避難支援等が盛り込まれつつある。 例えば,山形県は,2014年2月,「災害時要配慮者支援指針」を8年ぶりに全面改定した。 冒頭には,障がいの特性に応じて,情報保障上配慮すべき事項が盛り込まれている。具体的には, (1)視覚障がいのある人については,声等による情報提供や状況説明を的確に行うことや避難支援者の必要のあること等, (2)聴覚・言語障がいのある人については,緊急時の情報提供がサイレンや広報車など音声による伝達が多いため,電子メールやFAX等による情報伝達をすることが必要であること,災害発生時にこうした手段を利用できない状況を想定すべきこと,手話や筆談等で意思確認する必要もあること等 (3)視聴覚重複障がいのある人(盲ろう者)については,障がいの発生時期や程度により意思疎通の手段が多様であることから,普段の意思疎通手段の把握,情報伝達から避難誘導までの一連の支援が必要であること等 (4)肢体不自由者や災害による傷病者については,避難行動に通常より多くの時間を要することを考慮する必要があること,避難支援者の確保やバリアフリー化の推進の必要等 (5)内部障がいのある人(ペースメーカーや人工透析等を装着している人)や難病の人については,医療行為,人工呼吸器等の医療機器,医薬品,電源等の必要があることから,医療機関等と日頃から連絡調整を図り,連携して対応すること,内部障がいのある人は外部から障がいの有無を判別できない場合が多いことに留意すること等 (6)知的障がい,精神障がい,発達障がいのある人については,災害時の環境の変化に適応できなかったり,コミュニケーションが困難になる場合もあること,安心するよう言葉を掛けて避難誘導すべきこと,避難所における心理的な孤立などを防ぐため,精神状態に配慮し,話を聞いてくれる人を配置すること等 (7)妊産婦,乳幼児児童,外国人等についても,避難誘導等の配慮の必要性が記載されている。 そして,避難行動時と避難生活のそれぞれの場面について,平時に行っておくべき備えと災害時に配慮して対応すべき事項が記載されており,情報共有の重要性にも触れられている。 3 また,各地の福祉関係者や障がい者団体なども,独自に防災マニュアルや避難計画の作成に際して,視覚や聴覚に障がいのある人が災害時にどのような点が困るのか,どのような支援方法が適切か,具体的に提案ないし要望しており,そうした視点から作られ,公表された防災マニュアルも増加している(例えば,一例として, NPO法人兵庫障害者センター報告書「南海トラフ巨大地震・大津波に備える〜障害者はどう生きのびるのか〜」,社会福祉法人大阪市淀川区社会福祉協議会「聴覚障がい者災害時の困ることS・O・S」など。大規模災害を体験した地域では特に意識が高い。)。 JDF等の障がい者団体や東京都立図書館等では,被災報告や防災マニュアルをとりまとめてインターネット上で公表しており,災害時の情報保障を含めた防災対策の啓発に有益である。 4 個人情報の取扱いについても,要支援者名簿情報の共有のあり方について,平時から地域の関係団体(福祉事業者,障がい者団体,自主防災組織等)と緊密に連携している地域は少ないが,徐々に協定締結が進みつつある。 三重県(三重県聴覚障害者支援センター)と伊勢市は,2013年4月12日,災害時に伊勢市の災害時要援護聴覚障がい者への情報提供や支援を可能とするため,個人情報の共有について協定を締結した。災害時に自治体が聴覚障がい者情報提供施設へ災害時要援護者登録台帳を提供する協定を締結したのは全国初である。 5 このように,法整備や防災対策が進みつつあるものの,避難行動のきっかけとなる,テレビ等の緊急放送,テロップ情報,防災無線等について,障がいのない人が受け手であることを前提にした情報伝達のみがなされていることについては,まだ法整備が進んでいない。そして,この点については,前記山形県の指針等に記載された事項について意識改革が進んでも,それのみでは改善に限界があり,特に,IT技術の普及を進めたり設備投資等一定の経済的負担を伴う方法を,地方自治体やマスメディアに求めるには,立法対応が必要である。 災害はいつ生じるか予測困難であるのだから,これは緊急の課題であり,政府は,法整備を速やかに進めなければならない。 同時に,政府は,災害時における障がいのある人への情報保障の意義とその方法についての周知をさらに強力にすすめる必要がある。災害予防の観点からは,初動における公的支援活動(公助)には限界があることからも,障がいのある人に対する支援活動が,地域の特性を活かして的確かつ迅速に実施できるよう,自力避難が困難な方の安否確認や避難支援などについて,あらかじめ,地域が主体となった態勢づくりを進める必要がある。 そしてそのことは,テレビ放送の技術的設備改良等とは異なり,必ずしも財政負担を伴わず,大きな負担も伴わず,すぐできることである。 その結果,障がいの特性が一般市民に周知され,適切な情報保障ができるようになった地域は,同時に,平時においても,障がいのある人がともに生きる,暮らしやすい地域でもあるといえる。 ] 地域生活 1 権利条約に沿った地域生活実現のため尊重するべき基礎文書 政府は障害者自立支援法を巡る集団訴訟において,障害者自立支援法違憲訴訟団と2010年1月7日,基本合意文書を締結している。 同文書は全国14の地方裁判所において政府が訴訟上の和解調書において確認した文書であり,その重要性と尊重が確認されている。 基本合意文書は権利条約とともに障がい者制度改革の基本文書と位置づけられ,その2つの基礎文書に基づき障がい者制度改革推進会議総合福祉部会が作成した2011年8月30日「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」(以下「骨格提言」という。)とともに,この3つの基礎文書の内容を具体化する法制度の実現こそが障がいのある人の地域生活実現の近道である。 日弁連も次のような決議・会長声明において,基本合意文書・権利条約・骨格提言の尊重の必要性を政府に求めている。 ・2011年10月7日付第54回人権擁護大会「障害者自立支援法を確実に廃止し,障がいのある当事者の意見を最大限尊重し,その権利を保障する総合的な福祉法の制定を求める決議」 ・2012年2月15日付「障害者自立支援法の確実な廃止を求める会長声明」 ・2012年6月20日付「『障害者総合支援法』成立に際して,改めて障がいのある当事者の権利を保障する総合的な福祉法の実現を求める会長声明」 2 障がいのある人の労働基本権実現の視点に立った制度へ変革すること 総合支援法における就労継続B型施策での低い工賃,労働法規の不適用等の現状を見直し,賃金填補の制度化も含め,最低賃金を確保し,労働法規が適用され,障がいのある人の労働基本権を実現する制度に変革するべきである。 職場内での公的介護,通勤介護,充実した職場内ジョブコーチを総合支援法において規定するべきである。 3 総合支援法を障がいのある人の権利法へ変革するべきこと 骨格提言では障害者総合福祉法(総合支援法)には次の条項が不可欠であるとしている。 「地域で自立した生活を営む権利として,以下の諸権利を障害者総合福祉法において確認すべきである。 1. 障害ゆえに命の危険にさらされない権利を有し,そのための支援を受ける権利が保障される旨の規定。 2. 障害者は,必要とする支援を受けながら,意思(自己)決定を行う権利が保障される旨の規定。 3. 障害者は,自らの意思に基づきどこで誰と住むかを決める権利,どのように暮らしていくかを決める権利,特定の様式での生活を強制されない権利を有し,そのための支援を受ける権利が保障される旨の規定。 4. 障害者は,自ら選択する言語(手話等の非音声言語を含む)及び自ら選択するコミュニケーション手段を使用して,市民として平等に生活を営む権利を有し,そのための情報・コミュニケーション支援を受ける権利が保障される旨の規定。 5. 障害者は,自らの意思で移動する権利を有し,そのための外出介助,ガイドヘルパー等の支援を受ける権利が保障される旨の規定。 6. 以上の支援を受ける権利は,障害者の個別の事情に最も相応しい内容でなければならない旨の規定。 7. 国及び地方公共団体は,これらの施策実施の義務を負う旨の規定。」 総合支援法にこれらの規定を盛り込み,権利法体系に生まれ変わるべきである。 現行の総合支援法の手直しでは無理ならば,日弁連が2011年10月7日第54回人権擁護大会にて全会一致で採択した「障害者自立支援法を確実に廃止し,障がいのある当事者の意見を最大限尊重し,その権利を保障する総合的な福祉法の制定を求める決議」のとおり,総合支援法(平成17年法律123号旧障害者自立支援法)は廃止して,障がいのある人の権利保障法体系に変革するべきである。 4 制度の谷間解消のためになすべきこと (1)一人ひとりの支援ニーズをアセスメントする 「制度の谷間」の解消は,長く克服すべき課題として認識されてきた。 この点については,基本合意文書の3条の中でも,今後の検討事項Cに,「制度の谷間のない『障害』の範囲」が含まれている。 基本合意文書を受け,国は,2012年に障害者自立支援法を改正し,総合支援法を成立させた際に,サービス提供の対象となる「障害者」の範囲に,従来の「三障害」に加え,政令で指定する130の疾患に罹患した患者を加え,これをもって「制度の谷間を埋めた」と説明する。しかし,制度の谷間の解消は,障がいの定義の問題だけではなく,必要な人に必要な支援が行き届くような制度を構築することを意味する。総合支援法の「障害」の定義の改正は,対象者を若干広げただけであり,制度の谷間の解消という論点との関係ではまったく前進していない。真の制度の谷間の解消のためには,骨格提言「T−3 選択と決定(支給決定)」で示されたように,支援を求める障がいのある人の個別事情とニーズアセスメントに基づいて,支援が提供されなければならない。 (2)手帳制度の抜本的見直し 仮に総合支援法が骨格提言にそった支給決定システムになったとしても,同法が提供する福祉サービス以外の障がいのある人に対する支援(法定雇用率,各種交通費優待など)は,ほとんどが各種の障害者手帳を取得していることを要件にしている。 そして,身体障害者手帳の受給要件は,「(障がいの状態が)永続していること(身体障害者福祉法別表参照)」であり,この要件のために,日によって症状が変動する多くの難病者は,相当重症化するまで身体障害者手帳の取得が認められなかった。制度の谷間を作出している大きな要因として,この手帳制度があげられる。 このため,現在の手帳制度は抜本的に見直さなければならない。全ての支援を求める者が,骨格提言に沿ったニーズアセスメントを受け,その結果としてなんらかの支援を受けることになった場合は,その権利を徴表するためになんらかの利用証が発行されることはありえようが,現在のように,ニーズアセスメントを受けるための要件としての手帳制度は廃止されるべきである。 5 在宅生活支援制度の不備の解消のためになすべきこと (1)総合支援法の下では,調査項目の聴き取りを基にコンピュータ判定と審査会による判定で決められる障害支援区分が重視され,障害支援区分によって使えるサービスの内容や支給量が大きく左右される事態が生じている。 個人のニーズというよりは,障害支援区分によって支給量が決められることにより,地域生活を送るのに必要なサービスや十分な支給量が確保されないケースが多く生じている。 (2)しかし,障がいのある人はどこで誰とどのような生活を送るかを自ら決める権利を有しているのであり,そのために必要な支援を得る権利が保障されなければならない。 そのためには,現行の,個別事情が必ずしも支給量に反映されない,障害支援区分に基づく支給決定のあり方を根本的に改め,障がいのある人の個別事情を踏まえ,一人ひとりのニーズを積み重ねて支給量を決定する仕組みを採用すべきである。 (3)総合支援法の下では,市町村に対して国や都道府県が負担する金額〈国庫負担基準〉が障害支援区分に応じて限定される仕組みが採用されていることから,多くの市町村で,国庫負担基準を支給量の上限とする取扱いがなされている。中でも,最重度である障害支援区分6の場合の国庫負担基準が低く抑えられていることから,1日24時間等,長時間の介護が必要な重度障がいのある人に必要な支給量が認められにくい状態が生じている。 また,在宅の重度障がいのある人に対する長時間見守り介護を対象とするサービス類型である重度訪問介護は,障害支援区分が4以上の人しか利用できない。そのため,障害支援区分が3以下であるが,見守り支援が必要な障がいのある人のニーズが満たされない事態が生じている。 更に,知的障がいや精神障がいのある人の場合は,行動障がいのある者に利用対象が限定されている。 (4)しかし長時間の見守り支援が必要な人は,重度の障がいのある人や行動障がいのある人に限られるわけではない。 したがって,障がいの重さや行動障がいの有無に関わりなく,見守り支援が必要な者は重度訪問介護等,見守り支援を内容とするサービスを利用できるようにすべきである。 また,1日24時間等,長時間の見守り支援が必要な人にはそのような支給量が保障されるよう,国は支給決定のあり方を根本的に改めると共に,市町村への財政支援を講じる等,十分な財政措置を採るべきである。 6 移動支援の問題解消のためなすべきこと (1)障がいのある人が障がいのない人と同じように日常生活及び社会生活を営むためには,外出時の移動支援が必要不可欠である。 ところが,総合支援法の下では,重度訪問介護,行動援護,同行援護など比較的重度の障がいのある人向けの一部の類型を除き,移動支援が全国共通の障がいのある人への個別給付ではなく,市町村による地域生活支援事業に分類されている。その結果,市町村が裁量的に実施する事業という位置付けになっている。 そのため,財政力に乏しい市町村では移動支援の支給量が低く,例えば月10時間程度などに抑えられ,障がいのある人の日常生活や社会参加への障壁となっている。また市町村格差も大きい。 更に,多くの市町村で,通勤や通学などの通年かつ長期に及ぶ外出や,経済活動のための外出には移動支援が利用できない仕組みとなっており,障がいのある人の社会参加が妨げられている。 (2)移動支援の重要性に鑑みれば,移動支援を市町村事業ではなく,個別給付とし,個別事情に即した十分な支給量が確保される仕組みにすべきである。 また,障がいのある人も他の市民との平等を基礎として外出する権利を有しているのであるから,移動支援を通勤,通学や経済的活動のためにも利用できるようにすべきである。 7 介護保険優先原則の問題点の解消のためになすべきこと 基本合意文書はその3条において,「新たな福祉制度の構築にあたっては,現行の介護保険制度との統合を前提とはせずに障害者自立支援法の問題点を踏まえ,…対応していく。」とされ,そこで掲げられた「問題点C」では「介護保険優先原則(障害者自立支援法7条)を廃止し,障害の特性を配慮した選択制等の導入をはかること。」とされている。 したがって,当連合会としても,65歳以上又は特定の疾病を有する障がいのある人に対する差別を産み出す総合支援法7条の介護保険優先原則を廃止し,障がいの特性に配慮した,障がい福祉と介護保険を当事者が任意に選択する制度の導入を強く求る。 8 グループホーム等の地域生活に対する反対運動等に対してなすべきこと 障がいのあるなしに関わらず広くインクルーシブな共生社会をめざす権利条約は,「障害に基づくいかなる差別も」否定しており,障がいのある人の地域生活を排除するグループホーム反対運動のような社会的な排除を許容するものではない。 「知的障害者や精神障害者は危険であるのでここに暮らすな」などという偏見に基づく差別的言説・憎悪表現は憲法の保障する表現の自由を逸脱し,権利条約の禁止する障がい者差別に該当する違法行為であることの認識を,国民一般に周知する必要がある。 差別解消法成立の際の衆議院及び参議院の内閣委員会における付帯決議においては「国及び地方公共団体において,グループホームやケアホーム等を含む,障害者関連施設の認可等に際して周辺住民の同意を求めないことを徹底するとともに,住民の理解を得るために積極的な啓発活動を行うこと。」とされている。 現在,法律上,周辺住民の同意は要件とされていないが,かつては当然のごとく周辺住民の同意を行政が事業者や障がい当事者らに求めていた時代があり,その影響が行政を含めた関係者や市民の意識に色濃く残っている。 そのため,この付帯決議で確認されたことを行政も意識的に徹底し,地域住民の理解のための積極的な啓発活動の展開が行政の義務として行われるべきである。 権利条約8条の規定する,国,自治体による国民・住民への意識向上のための施策,人権教育を積極的に推進する必要がある。 また,このような露骨な差別行為に対する人権救済機関が機能していない現状においては,差別解消法において,権利条約の求める人権救済機関を設けるべきである。また,地域住民によるグループホーム反対運動のような差別的言動が明確に憲法・条約・法律に違反する違法行為であることを法制度上明確にするべきである。 そのためには「障がいのある人に対する住居差別を禁止し,居住の権利を保障するための法律」等の導入を積極的に推進するべきである。 ]T 商品・サービス・不動産 1 商品・サービス分野の課題の解決に向けて 第3章第11節で述べたとおり,商品・サービスの分野における差別については,これまで補助犬法や旅館業法などの個別法により,一応の法規制がなされていたが,ほとんど実効性がなかった。 ようやく差別解消法ができたが,この分野の事業者の多くが民間事業者であるため,差別的取扱いの事例は禁止されるが,合理的配慮の不提供の事例は,努力義務にとどまることから実効性が疑問視される。 また商品・サービスの分野は,零細な商店から大規模百貨店まで,またインターネットを通した各種サービスなど極めて広い範囲を対象とするので,個々の差別的取扱いや合理的配慮の不提供について,事業者が自分の問題として考えられるような広報が必要となる。 そこで,後記第2節で述べる差別解消法ガイドラインが,事業者の行為規範となるよう具体的にわかりやすく作成されることが極めて重要であり,作成後はその周知徹底が必要である。 そのためには,これらの分野を行政指導する経済産業省がリーダーシップを取り,商品販売やサービス業務に関わる業界団体や企業,団体に属さない事業者等に,好事例の周知,促進や禁止事例の周知・徹底等を行うべきである。 従来,障がいのある人の問題は福祉や教育等の分野と認識されてきたが,障がいのある人が日常生活・社会生活を円滑に行うためには,日々の買い物等で遭遇する差別など,身近な生活上の不利益や差別が解消されることが重要であり,全ての社会生活分野に関わる人,団体(公共団体も含む)が差別解消に向けて主体的に取り組む体制作りが急務である。 2 不動産の課題の解決に向けて (1)公営住宅の課題の解決 そもそも公営住宅法の目的は「住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸」することであり,住宅に困窮する多くの障がいのある人にこそ公営住宅は供給されるべきであるにも関わらず,理不尽な入居資格制限により排除されることがあってはならない。 むしろ,住宅に困窮する障がいのある人が優先的に柔軟に賃借りできるように同法,同法施行令等を整備するべきである。 また,特に障がいのある人に関しては,単身入居枠を十分に設けること,「常時介護が必要な者」を除外しないこと,身体障がい,知的障がい,精神障がい,その他の障がいのある人全てに対し,門戸が開かれること,「同居親族要件」や「自活要件(一人で食事やトイレができること)」を課さないこと,といった施策が徹底されなければならない。 殊に,地方自治体に権限が移譲された公営住宅の入居資格等について,障がいのある人が応募しても,従来以上の厳しい要件が課されている現状は早急に解消されなければならない。 (2)民間不動産の課題の解決 障がいのある人が地域生活を実現しようとして民間アパートを借りようとしても,「一人で暮らして火事でも出されては困る」などとして賃貸を拒否されることは依然として多い。 2016年4月施行の差別解消法において,それらの事態に対してどこまで有効に改善が図られるかが注目される。 確かに,同法により障がいがあるということを明示的な理由とする露骨極まる直接的な契約拒否は抑止されると思われる。 しかしながら,貸主が内心の理由は明かさずに断ることは容易であり,少なくとも借主を募集する申し込みの誘引行為を行った貸主に対して,障がいのあるなしに関わらず,賃貸することを拒否するためには,暮らしの基盤となる不動産分野の重要性からすれば,貸主に拒否の正当理由を明示する義務を課すなどの対策も必要である。今後の差別解消法改正において,制定時には見送られた各則の規定が設けられる場合にこうした対策がとられるべきであり,あるいは,不動産業関連法規において,かかる規制を設けることも議論される必要がある。 ]U 所得保障 1 障害年金制度の課題の解決に向けて 所得の保障は地域で障がいのある人が生活するための基盤であることはいうまでもない。 しかしながら,上記のとおり,現行障害年金制度には,様々な不公平や格差や不合理な実務慣行が横行し,その支給水準も,障がいのある人の最低生活を保障するに満たない低水準である。 政府は,年金生活者支援給付金の支給に関する法律(2012年法律第102号)のような既に年金を受給している人への補足給付金制度を近時創設している。その意義を一概に否定するものではないが,障害年金受給要件が厳しく制限されており,そもそも年金さえ受けることのできない困窮した障がいのある人が多数存在していることを直視し,その人たちへの所得保障が万遍なくいきわたる制度の構築に本気で取り組むべきである。 そのため,そのような事態を解消することを目的に,無年金の障がいのある人をできるだけ産まない,受給資格をできる限り広くした,障がいのある人,病気になった人,失業者等であれば無差別平等に受給が保障される,不可抗力により所得上の保障が必要になった市民のセーフティーネットとしての無拠出による「最低保障年金」制度の構築を検討するべきである。 この点について,日弁連は,2013年11月21日付けで「社会保障制度改革国民会議報告書に基づき進められる社会保障制度改革の基本的な考え方に反対する意見書」を発表し,その中で「高齢・障害・死亡による稼得能力の減少,喪失により,働いて十分な所得が得られなくなった者やその遺族に対する所得保障として,税方式(無拠出)の最低保障年金制度を創設する必要がある。」としているとおりである。 また,年金制度の教示義務・周知義務の徹底も重要である。 行政窓口では,意図的かと疑わざるを得ないような,年金受給要件に関する説明過誤が少なくない(障害基礎年金水際作戦国賠訴訟事件の東京高裁2010年2月18日判決(「賃金と社会保障」1524号39頁)参照)。 日弁連も2007年6月19日,特別障害者手当支給に関し,視覚障がいとじん臓障がいの重複障がいのある人が,2001年10月時点で同手当の受給資格を有していたにもかかわらず,2003年10月までの間,同手当の支給を受けることができなかったことについて,亀山市及び京田辺市における同手当制度の周知徹底の方法が不十分であったことによる人権侵害であると認定し,これらの周知義務の徹底を当該自治体に勧告し,厚生労働大臣に対しても,周知徹底を求める要望書を発している。 このように,受給制度の存在や仕組みを知らないために年金や手当等の社会保障給付を受給できなかったり,失効する不合理は無くすべきである。少なくとも障害者手帳を保持する者には,20歳到達時点はもちろん,それ以前から定期的に年金制度の周知を義務付けるべきであり,その義務を怠った場合は,申請者の障がいの程度等の証明責任が免除される等の仕組みとするべきである。 2 生活保護制度の課題の解決に向けて 生活保護は,いうまでもなく,憲法25条1項が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するための法律である。生存権保障は,原則として障がいのない人を基準として,最低限度の生活と評価しうる各種扶助を現金で支給する形で提供される。 このため,障がいのない人の場合もしばしば「最低限度の生活」といえるか否かをめぐり,稼働能力が活用されているといえるか,転居費用支出の可否,自動車,パソコンなどの所有の可否などが問題となる。 しかし,障がいのある人の場合,生存権として具体的に保障されるべき内容は自ずから障がいのない人と異なる事が少なくない。例えば,障がいのない人と同様の自立した生活を保障するため,車椅子ユーザーであれば移動の自由の確保のために自動車は必須となろうし,バリアフリーの確保のため,障がいのない人よりも広い住居を借りなければならないこともあろう。視覚障がいのある人であれば音声読上げソフトつきパソコンが必須のものとなろう。資産の保有が不可欠となる場合がある。 こうした,障がいに由来する別異のニーズを考慮せず,障がいのない人と同じ基準で対応すれば,障がいのない人であれば当然享受しうる自由や権利を奪う結果にもなりかねない。そうした影響を憂慮して,障がいのある人が生活保護申請をためらうことになれば,障がいのある人に対する生存権が実質的には生活保護制度では保障されないことになる。 障がいのない人と障がいのある人とでは,生存権,すなわち「健康で文化的な最低限度の生活」のために必要な資産の内容は自ずから異なる。障がいのある人については,自立生活に必要なものか否かを十分に考慮した,より一層柔軟な生活保護行政が求められる。 ]V 医療・健康 1 精神障がいのある人に対する医療のあり方 精神科医呉秀三は,今から96年前にその著書「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」で,日本の精神病患者は「此病ヲ受ケタルノ不幸」のほかに,「此邦ニ生レタルノ不幸」が重ねられていると述べたが,その「不幸」はいまだ解消されていないといってよい。すなわち,日本の精神科医療は,収容医療を前提に構築され,1960年代から大阪の大和川病院事件・栗岡病院事件など病院内不審死・虐待等が明らかになり,1984年に発覚した宇都宮病院事件においては国際的にも強い非難を浴びたが,その後も病院の不祥事はなくならず,不必要な長期入院を避けるべきであることは明らかである。世界的にも突出している精神病床の多さや社会的入院患者の多さがクローズアップされて15年以上経とうとしている今なお,脱施設化に踏み切れていない。日本の精神障がいのある人は,心身がそのままの状態で尊重されながら(権利条約17条),自立した生活を営み地域社会に包容されること(権利条約19条)が保障されていないのである。 (1)精神保健福祉法の強制入院制度 精神保健福祉法には強制入院制度が認められているが,医療と保護が必要な人は「精神障害者」に限らず,しかも自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれのある人は,自殺する人など,なにも「精神障害者」に限らないのであるから,「精神障害者」にのみ強制入院を認める精神保健福祉法は,自由の?奪が障がいの存在によって正当化されないとした権利条約14条1項(b)に抵触しているといわざるを得ない。仮に強制入院制度を残すとしても,とくに現行の医療保護入院の要件は「医療及び保護のため入院の必要がある」という抽象的かつ緩やかな要件となっているが,精神障がいのある人の意思に反して強制的に入院させる以上は,通院治療により地域で生活できる状態まで病状の回復を図ることを制度の目的に置いて強制入院を必要最小限の厳格なものにすべきである。また,2013年の改正を機に医療保護入院者退院支援委員会が設けられたものの,強制入院期間に上限がない点は現在においても変わりなく,この点からも必要最小限度の強制入院にとどめられているとはいえず,精神障がいのある人の人権の侵害状況は変わっていない。 さらに,強制入院には強制医療が当然のように付随しており,行動制限などの処遇についても,民間の医師が行うことが許容されている。強制入院や処遇については,退院請求や処遇改善請求を行うことができるが,これを審査する精神医療審査会における手続には国費による代理人の選任が保障されておらず,医療保護入院については精神医療審査会の決定に対して不服申立てを行う機会が保障されていない。また,医療保護入院及び応急入院は,本人が望んでいないだけでなく,入院先を選択できないにもかかわらず,通常の医療費(自立支援医療の対象にもなっていない)や差額ベッド代などまでも,本人負担とされている。 仮に,自ら医療の必要性を判断できない場合に限るなど限定的であるにせよ強制入院制度を残すのであれば,強制的に自由を制限される者への最低限の適正手続保障として,権利条約14条2項を踏まえて入院時から退院に至るまで全ての過程で弁護士に依頼する権利を保障すべきであり,また,司法審査を受ける機会も保障すべきである。また,入院者の意思に反して自由を制限する以上,その入院や処遇には国家が責任を持つべきであり,費用についても他の強制収容と同じく全て国費負担とすべきである。 (2)社会的な理由による入院者の退院に向けた制度 現在の精神病床入院患者の中に,厚生労働省が認めるだけでも受入れ条件が整えば退院可能な入院者が約5万人(そのうち1年以上の入院者は3万人以上)いるが,同省の設置した長期入院精神障がい者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会は,精神病床を居住系施設に転換させて活用することを可能とする方針をとった(2014年7月5日現在)。これによって形式的には精神病床数が減少することが予想されるが,実質的には病院の敷地内でリフォームされた病室に暮らすことと大差なく,収容医療の実態に本質的な変化はないといわざるを得ない。本人が居住地を選択し,どこで誰と生活するかを選択する機会が保障されなければ,「退院」と呼ばれようと,特定の生活施設で生活することを強いられることになり,地域社会へのインクルージョンを定めた権利条約19条に反する。 また,2003年に成立した医療観察法に基づく入院者の入院期間も,当初18か月が標準的モデルとされていたにもかかわらず,2012年には平均912日(30か月以上)となっており,その長期化が問題となっている。 日本の精神障がいのある人にとっては,安易な強制入院に導く体制に加え,地域で暮らすための住宅環境や福祉サービスの整備が極めて不十分であることが退院や脱施設化をさらに困難ならしめている原因である。長期入院・長期収容は,それ自体が入院者の地域で生活する意欲や希望を萎えさせ,自立して生活する能力を奪うのであって,精神病床の居住系施設への転換が仮に一時的中間的な目的であってもこれ以上国費を投じて収容施設を強固にする施策を採るべきではなく,速やかにかつ端的に地域で暮らすために有用な制度を拡充させるべきである。 (3)地域生活に必要な医療に向けた制度 精神障がいのある人の中には,自己の病を認めようとしなかったり,受診を拒否して治療が遅れるケースもあることから,精神疾患に関する普及啓発を進めて社会全体の中での差別感を解消することも必要である。これは同時に精神障害者手帳取得への心理的ハードルを下げることにつながり,通院医療を続けるのにも有効である。 障がいのない人同様に精神障がいのある人が地域社会で生活を送るには,病状が悪化した際に迅速に対応できる救急体制を今以上に整備するとともに,任意入院も自立支援医療の対象としたり訪問診療もしやすくするなど,経済的にも距離的にも任意に気軽に受診・休息できる体制を作るべきである。 また,医師との信頼関係がないと,単に通院が滞るだけでなく,服薬についての相談ができないことから怠薬に至ることもあり,極端な医療不信に至った場合には他のあらゆる精神科の受診拒否をも招くことから,医師には時間をかけた丁寧な診察が求められるが,そのためには十分な人員配置が法的に保障されなければならない。 残念ながら,現在の日本の法制度上は,以上の経済的,物理的,心理的な面における課題が多いことから,最初の治療導入の段階で躓くと,長期的な治療中断や病状悪化を招き,その段階では強制入院しかないといった状態になり,強制入院に至る経過や入院中の体験によって更に傷ついて,退院しても通院が継続されにくい事態になるなど,悪循環になりかねない構造となっている。 今回,我々が視察したイタリアにおいては,精神科病院は廃止され,精神病床は総合病院の一画にのみ残すという方針の下,基本的には地域医療で支える体制がとられていた。そこでは,体調が悪くなった精神障がいのある人は,地域の精神保健センターに来て好きなだけ休み,自宅で病状が悪化した時には精神保健センターの職員が駆けつけるなどして,主治医や精神保健センターや家族が連携して精神障がいのある人の在宅生活を支えていた。精神科病院がなくても地域生活は可能なのである。日本も,早期治療・通院継続につながるための制度設計を積極的に行うべきである。 (4)差別的な特例の廃止 前述の医師の人員配置も含め,第3章で述べた精神科のみ他の診療科と異なる扱いを認めた法制度は全て精神科医療の質の低下や精神科入院患者の差別的な権利侵害を招いているから,このような差別的な特例は廃止されるべきである。 2 難病医療法(2014年5月成立)とその課題 (1)難病対策要綱が抱えてきた構造的課題 難病対策要綱ができた当初は,主にスモンの治療方法の研究を目指していたものの,その時代に応じて対象疾患を拡大してきた結果,以下のような構造的な課題が生じるようになった。 a 治療方法不明で長期療養を必要とする全ての疾患が指定されているわけではなく,患者に深刻な不公平感を与えている。 b 「治療方法の研究開発」と「療養生活の質の維持向上(経済的負担軽減)」という,方向性の異なる目的を1つの制度で実現しようとしていることから,対象疾患を選定する際に「研究開発の必要性」の視点が強く働いてしまう。 c 根拠法がない制度であるため医療費助成への国庫助成が不十分なものとなり,結果,都道府県の超過負担が常態化してしまう。 このような課題を解決し,恒久的な難病対策を実現するため,2014年5月23日,「難病患者の医療等に関する法律(以下,「難病医療法」という。)」及び改正児童福祉法(小児慢性特定疾患について)が成立した。 (2)難病医療法(2014年5月成立)とその課題 本稿執筆時は同法が成立したのみであり,政省令はいまだ制定されていない。厚生労働省厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会によると,2015年1月1日の同法の施行時に,まず110疾患へ拡大される。その後,2015年夏ごろをめどにさらに対象疾患を検討し,最終的には全部で約300疾患になる予定である。これにより,対象患者数は,現行制度での約78万人から約150万人になると予想されている。また,小児慢性特定疾病も,705疾患へ拡大する予定である。 このように,法的根拠が確立し,恒久的な対策制度がようやくできたことにより,制度の財政基盤が盤石なものとなることが期待される。しかし,難病対策要綱が抱えてきた課題の多くを解決することなく法制化しているために,なお以下のような課題が残る。 a 対象疾患が患者のニーズに則したものになりにくい 難病医療法の目的は,「難病の患者に対する良質かつ適切な医療の確保」と「難病の患者の療養生活の質の維持向上」である(1条)。結局「治療法の研究開発」と「患者の療養生活の質の維持向上」という,方向性の異なる目的を一つの法律で実現する制度の構造は,法制化によっても変わらなかった。このため,対象疾患を選定する際,「治療法の研究開発の必要性」すなわち,症例数が少なく,市場原理に委ねると研究開発が進まない疾患や,ある程度診断基準が確立しており研究対象を特定できる疾患を指定することになる。 しかし,難病者の深刻な経済的負担による生活の困難と,症例数の多寡や診断基準が確立しているか否かは関係ない。さらに,医療費が支払えないために,「到達可能な最高水準の健康を享受する」ための医療を断念し,健康を損ねる者も少なくない。難病者の視点で難病医療法に基づく医療費助成制度を見たとき,自らの身体の機能障がいや,それに伴う「生きづらさ」と無関係な指標である「希少性」や「確立した診断基準」を理由に,助成の対象から外れることは,納得がいくものではない。 b 小児から成人への支援の移行 子どもが,小児がんや治療方法のない疾患にかかった際,その多くが生涯にわたる障がいを残す。このため,難病の子どもに対する支援は,就学,就職,結婚,高齢化というように,長期的視点をもって臨む必要がある。また年齢を重ねると共に,小児科から成人内科へ,医療体制のシームレスな移行がなされる必要がある。 特に深刻なのが,子どもと成人とで難病として指定されている疾患数に歴然とした差が生じていることから,成人を機に指定難病から外れ,医療費助成がなくなってしまうケースが多いことである。そうすると,日常的にかかる医療費(定期受診の診察料,検査料,投薬料など)の全てが,風邪などと同様3割の自己負担を生じることになる。ときにこの医療費が年間100万円を超えるほどの莫大なものとなるため,この莫大な負担が難病の子どもが成人する際の自立を大きく阻害する要因にもなる。 c 重症度分類基準 難病医療法によって,新たに全ての指定難病に「重症度分類基準」という数値が設定される予定である。対象疾患のそれぞれにつき,「重症」か否かを判定するための基準が設けられ,この基準を満たさない患者は,指定難病に罹患していたとしても医療費の助成を原則として受けられない。 いうまでもなく難病は,発病初期の手当によって,その後の予後が大きく異なる。 軽症の段階で適切な医療を受けることができるか否かが,発症後の社会生活の質に大きく関わる。他方,病気によっては,軽症に対する治療も,重症に対する治療も,経済的負担に大差ないこともある。すると,発症初期では重症度分類基準を満たさず,莫大な経済的負担のために受診を抑制する結果,重症化することが容易に想定される。「重症度分類基準」が,いかなる観点からどのような基準が設けられるか,現段階ではまだ不明である。しかし,難病者を,「到達可能な最高水準の健康」から遠ざける効果が生じる危険が非常に高いため,可及的速やかに廃止されるべきである。 d 低所得者(市県民税非課税世帯)への配慮 従来の難病対策要綱に基づく医療費助成制度では,低所得者の難病に関する医療費は,全額公費負担であった。しかし,難病医療法,改正児童福祉法に基づく負担案では,生活保護世帯以外には全て何らかの負担が発生することが予定されている。これは,総合支援法に基づく自立支援医療制度を参考にしたためである。 しかし,難病者の場合は,障害年金を申請しても認められることがまれであることや,就労に際しても雇用促進法の法定雇用率に参入されず,企業には採用のインセンティブが働かないなど,自立支援医療制度を利用できる障がいのある人に比して,収入面での手当が非常に希薄である。税金を納めることが困難な収入の中では,数千円とはいえ毎月,生涯支払うことがどれほどの困難を伴うかはいうまでもない。こうした事情を軽視し,自立支援医療との均衡を理由として機械的に低所得者への負担を導入することは,低所得の難病者の生命を即座に危機に陥れる可能性があることから,自立支援医療も含め全額公費負担とすべきである。 (3)難病者の「到達可能な最高水準の医療を受ける権利」を保障するために (2)で挙げたような難病医療法が抱える課題の大半は,「治療方法の調査研究」という疾病対策としての趣旨と,「経済的負担軽減」という生活支援としての趣旨という,方向性の異なる目的を同一の法律で達成しようとしたことに原因がある。そこで,心身の機能障がいや,それとの社会的障壁によって支援を必要とする全ての人を対象にするという趣旨である権利条約の前文(e)項や同1条の精神を実現し,同25条が保障する,「障害に基づく差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利」を実現するためには,疾病対策法としての難病医療法とは別個の立法的解決が図られる必要がある。 そうすることで,医療費が高騰し,助成なくして治療継続ができない病気の支援策を考えるにあたり,支援の必要性とは関係のない「希少性」「診断基準の確立」などといった要素を考慮する必要がなくなる。 国は,小児期に支援の対象であった疾患についても,成人して自立した生活を送るために必要であることを確認し,引き続き助成対象とすべきである。 <参考資料> 1 秋元波留夫「精神障害者は20世紀をどう生きたか」月刊ノーマライゼーション障害者の福祉20巻通巻228号(2000年7月) 2 藤井克徳「障害者権利条約と自立生活」法律時報81巻4号(2009年3月) 3 井上英夫「健康権と医療保障」(朝倉新太郎,野村拓,偽我壮一郎,西岡幸泰,日野秀逸『講座日本の保健・医療』)(労働旬報社,1991年) 4 吉住昭「今後の精神科医療改革と非自発的入院医療」,伊藤哲寛「障害者権利条約と精神医療」,太田順一郎「多職種チームによるアウトリーチ地域活動」精神医学第54巻2号(2012年2月) 5 山本眞理「強制医療・強制収容」(長瀬修,東俊裕,川島聡編『増補改訂障害者の権利条約と日本−概要と展望』生活書院,2012年) 6 松井亮輔,川島聡編『概説障害者権利条約』(法律文化社,2010年) 7 谷清,竹内一,植田晃『障害者の健康と医療保障』(法律文化社,2010年) 8 池原毅和「患者分断の壁を撤去すべき」,山本眞理「障害者権利条約にふさわしい精神障害者政策および全障害者施策を」部落解放625号(2010年2月) 9 「障害をもつ人と保健・医療保障の政策課題」河野正輝,大熊由紀子,北野誠一『講座障害をもつ人の人権3』(有斐閣,2000年) 10 蒔田備憲「難病カルテ−患者たちはいま−」(生活書院,2014年) 11 泉眞樹子「難病対策の概要と立法化への経緯―医療費助成と検討経緯を中心に−」国立国会図書館調査と情報−ISSUEBRIEF−No823(2014年4月) 12 中尾久子「難病患者の医療・ケア−看護職の観点から−」(大林雅之・徳永哲也編『シリーズ生命倫理学8巻高齢者・難病患者・障害者の医療福祉』丸善出版,2012年) ]W 司法 1 現行法上の問題点 (1)訴訟法 日本における司法手続は,障がいのない人を想定してその仕組みが作られている。 したがって,訴訟手続に関する諸法令の中で,障がいのある人が当事者となって訴訟追行をすることを想定した規定はほとんどないといってよい。わずかに,民事訴訟法154条1項が,「口頭弁論に関与する者が日本語に通じないとき,又は耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは,通訳人を立ち会わせる。ただし,耳が聞こえない者又は口がきけない者には,文字で問い,又は陳述をさせることができる。」と規定し,刑事訴訟法176条で,「耳の聞えない者又は口のきけない者に陳述をさせる場合には,通訳人に通訳をさせることができる。」と規定しているくらいである。 しかし,手続保障が必要なのは聴覚障がいのある人だけではないし,適用場面についても口頭弁論や公判における陳述に限られるものでもない。また,上記規定は「できる。」とされているのみで,必要的とはされていないことから手続保障としては不十分である。 真に,障がいのある人が,障がいのない人と同様に司法手続を利用するためには,単に障がいのない人と同じ規定があるだけでは足りない。むしろ,手続保障の規定がないことで,結果として,障がいのある人が司法手続を利用できないこととなっている。 更に,権利条約13条2項が定めている,障がいのある人が司法手続を効果的に利用することに役立てるための,司法に係る分野に携わる者(警察官及び刑務官を含む。)に対する研修については,適切になされているとは,到底いい難い。 (2)障害者基本法 権利条約の批准にあたっての国内法整備の一環として,2012年8月,障害者基本法が改正され,次の29条(司法手続における配慮等)が新設された。 「国又は地方公共団体は,障害者が,刑事事件若しくは少年の保護事件に関する手続その他これに準ずる手続の対象となった場合又は裁判所における民事事件,家事事件若しくは行政事件に関する手続の当事者その他の関係人となった場合において,障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため,個々の障害者の特性に応じた意思疎通の手段を確保するよう配慮するとともに,関係職員に対する研修その他必要な施策を講じなければならない。」 ただ,対象として,権利条約のように司法手続の全ての段階をカバーしているのか,必ずしも明確とはいえない。特に刑事施設等(刑事施設,少年院又は少年鑑別所)における処遇に関する手続について明文では規定されていない。しかし,民事事件などにおける手続については,「裁判所における」という限定が付されているものの,刑事事件などの場合はそういった限定はなく,しかも,改正された障害者基本法に基づいて策定された「障害者基本計画(第3次計画 2013年度〜2017年度)」には矯正施設に入所する累犯障がい者等に対する施策が盛り込まれていることからすれば,刑事施設等における処遇に関する手続も同法29条に含まれていると解釈すべきである。 また,権利条約が「直接及び間接の参加者(証人を含む)」として,証人をわざわざ例示しているのに,同法29条では,民事事件等の手続には当事者その他の関係人として証人も含んでいるが,刑事事件等の手続については「障害者が,刑事事件」等の「手続の対象となった場合」としか規定されていないため,必ずしも障がいのある人が刑事事件の証人となった場合も含むのか,明文では明らかにされていない。 しかし,刑事事件を捜査から矯正施設までの広い範囲を対象とした場合には,民事事件のように当事者その他の関係者といった表現は取りえない。そこで,「刑事事件」などの「手続の対象」が何を意味するのかが問題となるが,刑事事件の証人も刑事訴訟法の規定によって尋問手続を受けるわけであるので,やはり,刑事手続の対象といわざるをえない。したがって,刑事事件における証人の場合も含むものと解すべきである。 また,差別解消法とは異なり,司法府も対象となっている点に留意する必要がある。 (3)差別解消法 2013年6月,差別解消法が成立したが,同法には各論としての司法手続に関する規定は置かれなかった。また,同法では,施行までの間に政府が基本方針を定め,その内容に則して主務大臣が対応指針を定めること等が規定されており,障がいのある人に対する差別の内容や合理的配慮に関する具体例を示し,事業者等が適切に対応するための指針が示される予定であるが,司法機関に関しては対象外である。 (4)総合法律支援法 2004年に総合法律支援法が成立し,2006年にその中核となる日本司法支援センター(法テラス)が業務を開始したが,障がいのある人については,自ら法的問題を抱えていることを認識することが困難であるなどの理由で積極的に法的支援を求めることが困難な例が少なからず潜在しているにもかかわらず,障がいのある人が適切な法的支援が受けられるよう配慮する規定が存しない。 法的問題を抱える障がいのある人を発見・把握する方策として,法律相談に来るのを待つのではなく,出張相談等の手法を利用して,福祉関係機関等と連携するなど,弁護士等の側から積極的にアウトリーチして,弁護士等が法的問題を,福祉機関等が福祉的問題を取り上げ,全体として総合的な生活支援を継続的に行っていく手法,いわゆる「司法ソーシャルワーク」が取り上げられている。 具体的には,法的問題を抱える障がいのある人を早期に発見・把握できるような相談体制を構築することが必要である。また,現在の民事法律扶助制度で対象とされていない,生活保護その他各種行政機関への申請行為・不服申立てに関する代理行為,精神保健福祉法上の退院請求や処遇改善請求,病院等の施設から退院等した際の住居調整,虐待行為への対応など「民事裁判等手続の準備及び追行」といえない生活環境等の調整に係る法律サービスについて,代理援助・書類作成援助等の対象とするべきである。さらに,障がいのある人に対する法律サービスにあたっては,福祉機関等自身が法的課題に気が付くことが重要であるので,福祉機関等職員への法律相談・法的助言を行える仕組みを構築すべきである。 2 民事訴訟法上の課題 (1)立法府の課題 民事訴訟法2条は,「裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」と規定する。当事者が十分に訴訟活動を行う機会が与えられなければ「公正」な民事訴訟を行うことはできない。よって同条は,障がいのある訴訟当事者が実質的な訴訟活動を行うことができるように,裁判所が具体的配慮を行うべきことを要請するものである。 しかし,権利条約を批准したのであるから,民事訴訟法を改正して,「裁判所が合理的配慮をしなければならない」との明文の規定を置くべきである。 なお,こういった明文の合理的配慮規定がないために,障がいのある訴訟当事者が訴訟手続に関与できないまま判決が確定しまうことも考えられるが,その場合の不利益は計り知れない。したがって,その場合は民事訴訟法338条の再審の事由に該当する旨を明記すべきである。 また,障がいのある訴訟当事者に対する民事訴訟手続における合理的配慮にかかる費用,例えば,判決文の点訳や証人尋問における手話通訳・要約筆記などにかかる費用は,障がいのある訴訟当事者に負担させるべきではなく,国の負担とするべきである。したがって,民事訴訟法61条の訴訟費用に含めないものとすることを明文で規定すべきである。 (2)司法府の課題 実際に障がいのある人が民事訴訟手続を行う場合,それぞれの人の個別事情に応じた合理的配慮が必要である。したがって,上記の民事訴訟法の規定が実質的に機能するように,最高裁判所は,最高裁判所規則に,裁判所が行うべき具体的な合理的配慮の規定を設ける必要がある。 また,裁判官は,個別事件において,訴訟当事者の障がいの特性に応じたきめ細やかな合理的配慮を行うべきである。 そして,最高裁判所は,障がいのある訴訟当事者に対する合理的配慮の内容,実施方法等について,裁判官及び書記官に対する職員研修を充実させることが重要である。 (3)行政府の課題 裁判所が合理的配慮を十分に行えるように,国及び地方公共団体は,障がいのある訴訟当事者に対する,点訳サービス,手話通訳者派遣サービス等の情報保障の公的サービスを充実させる必要がある。 3 刑事訴訟法上の問題点 (1)はじめに 裁判所における司法手続及び検察庁並びに警察署における刑事司法手続,刑事施設等(刑事施設,少年院又は少年鑑別所)における処遇又はこれらに関連する行為(以下「司法手続等」という)に関与する者は,次に掲げる配慮を行うべきであり,これらを実現する積極的な規定を設けるべきである。 a 障がいのある人が司法手続等の内容を理解することを容易にするための適切な情報伝達方法の使用 b 適切な情報伝達方法を使用しても,障がいのある人が司法手続等の意味又は内容を十分に理解することができない場合における適切な補助者の付与 c 司法手続等の提供に関する運用,方針,手続における不利益除去対策 d 障がいのある人に対する,その障がいの種類・程度に応じた処遇 e その他,障がいのある人の適正な司法手続及び処遇を受ける権利を実質的に保障するために必要な合理的配慮を行うこと また,司法に係る分野に携わる全ての者に対して,適切な研修を義務付ける積極的な規定を設けるべきである。 (2)取調段階における課題 逮捕の際の黙秘権を告知するときや逮捕状を示すときにも,適切な情報伝達がなされなければならない。その後の手続全てにおいて同様である。 取調時においても,聴覚障がいのある人に対して手話通訳など個々の事情に応じた通訳を必要的に保障するべきである。また,知的障がいや発達障がいなどのコミュニケーション障がいがある人に対しては,取調べの発問等の意味をよく理解させることのできる者を立会わせる必要がある。 なお,上記権利保障を担保するために,取調べにおける全過程の録音・録画がなされることは不可欠であるから,それについても,明文で規定されなければならない。 また,権利条約が13条2項で,司法に係る分野に携わる者に特に警察官を例示した趣旨から,警察官に対して適切な研修を行うことを義務付ける必要が存する。 (3)公判段階における課題 公判段階においても,刑事訴訟法や最高裁判所規則に合理的配慮に関する明文規定を置くべきことなど,民事訴訟法の問題点で述べたのと同様である。 なお,知的や発達障がいのある被告人に対して,障がい特性が正しく理解されず,あるいは配慮されないことで,動機や反省などの情状酌量が正しくなされないことによる厳罰化の傾向が指摘されている。障がいのある人に対する,その障がいの種類・程度に応じた量刑がなされるべきである。 (4)処遇段階における課題  処遇段階においても,それぞれの障がいの種類・程度に応じた合理的配慮が提供できるよう,これまでの仕組みを見直す必要がある(権利条約14条2項)。  また,権利条約13条2項が,司法に係る分野に携わる者に特に警察官と並んで刑務官を例示した趣旨から,刑務官に対して適切な研修を行うことを義務付けるべきである。 (5)被害者に関する課題  障がいのある人が被害者となったときに,適切にかつ迅速に法的救済が行われるよう,手続上の配慮規定を設けるべきである。 また,被害者の申告を最初に受ける者がいち早く被害に気づいて迅速に救済手続を行えるよう,特に,警察官や行政機関の窓口,相談員等に対して適切な研修を行うことを義務付けるべきである。 <参考資料> 1 関東弁護士会連合会編『障害者の人権−障害者の裁判を受ける権利/成年後見制度の研究』(明石書店,1995年) 2 大阪弁護士会編『知的障害者刑事弁護マニュアル−障害者の特性を理解した弁護活動のために』(Sプランニング,2006年) 3 山本譲司『累犯障害者−獄の中の不条理』(新潮社,2006年) 4 東俊裕「司法へのアクセス」(長瀬修,東俊裕,川島聡編『増補改訂障害者の権利条約と日本−概要と展望』生活書院,2012年) ]X 参政権 1 情報保障 権利条約は投票の手続や資料がアクセシブルであること並びに理解しやすいことなどを求めているが(29条(a)(i)),現状の選挙公報や政見放送,公開討論会などでの点字化,手話や字幕を入れること,わかりやすくすることなどの情報保障が十分になされているものとはいい難い。 選挙公報,政見放送における情報保障の法定化,わかりやすい情報提供に対する配慮を義務付けるなどの対応が必要とされるところである。 政見放送における手話通訳・字幕の提供については,放送局の人的・物的整備,通訳に係る人材の確保等の体制整備が必要であり,また,公職選挙法に関わる事項も存在するため,合理的配慮の実施には一定の期間を要すると思われるが,政府及び国会での早急な対応が求められる。国会中継等における手話通訳・字幕の提供も政治参加において同様に重要であり,放送局の体制整備が求められる。 なお,選挙演説や日頃の政党主催の講演会等における手話通訳者や要約筆記者の配置,政党機関誌等による情報提供における点字又は利用可能な電子データの提供については,政党の政治活動の自由や公職選挙法の制約が存在するが,この点についても真摯な議論や法改正に向けた議論が求められる。 2 投票機会の保障 第3章で述べたとおり,日本では自書式投票が原則とされているが,その理由としては,候補者数や名簿届出政党等の数が多数になると選挙人が候補者名や政党名等を探すことが難しくなること,選挙の管理執行面において自署式投票の方が容易であるとの意見が多いことなどが理由とされている。しかしながら,日本のように自署式投票を採用している国は少なく,多くの国は記名式投票を採用している。例えば,選挙制度に関する62か国の調査によれば,その77%の国はあらかじめ投票用紙に候補者の氏名等を印刷しておき,これに順位や○・×などを記入するオーストラリア方式を採用していることが明らかにされている。すなわち,多くの国は,記名式投票を採用することにより,全ての国民が享有する選挙権を一人でも多くの国民が行使できるよう,実質的に保障しているところ,日本の投票制度は投票機会の確保を求める権利条約の規定から見直しが求められるべきである。 これとあわせて,在宅での投票を可能とするための制度として,郵便投票制度の更なる拡充や,電子投票の導入の検討など,実質的な投票の機会を確保するための法整備が検討されるべきである。 また,障がいに関連する理由で入院・入所している人が,投票の際の介助体制がないことや外出できないこと等により投票できないことがある。上記のとおり在宅の重度の障がいのある人を対象とする郵便による不在者投票の制度も代理記載による投票も可能となっているが,投票に至るまでの手続が煩雑で,実際には適切な支援者がいない場合には利用できないこともある。このような場合の介助体制について,障がいのある人に対する公的サービスの仕組みとの関連も含め,政府において検討されることが求められる。 3 投票現場における配慮 権利条約は投票の施設,設備がアクセシブルであり,利用しやすいこと等を求めているところ(29条(a)(i)),投票所によっては段差等により投票に行くことが困難であったり,盲導犬の同伴を断られるなど,権利条約に基づくアクセスの保障が求められる。 投票所により,点字投票用紙や点字器,拡大鏡が用意されていないことがあり,また,手話通訳が必要な投票人がいることを踏まえ,全国で等しくこれらが準備され,具体的な配慮が行われることが必要である。 権利条約が要請する「障害者自身により選ばれた者が投票の際に援助することを認めること」(29条(a)(B))については,知的障がいのある人が介助者を付けることを認めるべきである。 また,代理投票の現場における運用についても,投票所ごとに方法等が異なることが指摘されているところであり,全国で統一された配慮ある運用が求められる。 4 政治参加における配慮 権利条約は,選挙の機会の確保とともに,障害のある人が国の公的及び政治的活動に関係のある非政府機関及び非政府団体に参加し,並びに政党の活動及び運営に参加することができる環境の整備を求めている(29条(b))。 したがって,政治的活動に関係する団体や政党への参加等に関する障がいのある人への必要な配慮について,真摯な議論が求められる。なお,言語障がいのある人等が言語に代わる文書による選挙活動等をすることができるよう,障がいのある人自身の政治活動についても,同様の議論が求められる。 5 差別の禁止 権利条約2条及び5条は,政治的分野を含むあらゆる分野において障がいに基づく差別を禁止し,2016年4月に施行される差別解消法も障がいを理由とする差別を禁止している。差別はあらゆる分野で禁止されなければならないが,参政権は民主制の根幹をなすものである以上,第2節で述べるようこの分野で不当な差別的取扱いがなされたり,合理的配慮を欠くといった事態が生じないよう,事前の対策が十分に準備されるとともに,仮にかかる事態が発生した場合には,早急に法的救済がなされなければならい。 ]Y 法的能力 1 12条に照らした日本の成年後見制度の問題点 日本の成年後見制度は,2000年4月の改正から14年余りが経過しているが,その運用の中で種々の問題点も出てきており,関係団体等からその改善が提案されてきたところである。権利条約12条の趣旨をふまえた問題点を整理すると以下のとおりである。 (1)法定後見制度の問題点 a 本人意思の尊重の形骸化 成年後見制度は,自己決定の尊重を重要な趣旨とし,本人意思の尊重義務が規定されるとともに,本人保護の理念との調和が要請されている。 ただ,自己決定の尊重と保護との調和をいかに図るかについては,法は何らの規定も基準もおいておらず,法定後見人の裁量に委ねられている。 このため,「保護」は自己決定の尊重を制限する正当化根拠となり,往々にしてパターナリスティックな保護に陥る危険性を有している。 現在の法定後見の利用状況のうち後見類型が8割以上を占めている実情は,包括的権限がある方が「財産管理がしやすい」という風潮があると考えられ,その権限行使のあり方によっては,自己決定の尊重は看板だけになってしまうおそれがある。実際に,成年後見人が,本人の財産を保護することに主眼をおき,本人の生活歴や意思等を無視して,浪費を一切許さない等,本人の真摯な意図や意向に反している場合や,自己決定の尊重・本人意思の尊重が本人の意向を聞いてみる程度の付け足し的なものとして運用されている場合も少なくない。 法律上も,本人の意思は,成年後見人等がその職務執行にあたって考慮すべき要素のひとつに過ぎず,特に優越的な地位が与えられているわけではない。そのため,保護の名のもとに,成年後見人等の主観的価値観に基づく決定や客観的に合理的な判断が押し付けられる危険性もある。 b 家庭裁判所における判断能力の判断の不十分さ 法定後見制度における3類型を区別する基準は,精神上の障がいによる財産管理能力の点から審査されている。ただし,基本的には医師の診断書や鑑定書に基づき判断がなされているのが現状であり,本人の周りにどのような支援者がおり,いかなる支援が行われているのか,その支援等によって本人の判断能力にどのような影響を及ぼしているかなど本人の環境因子について詳細に調査する運用はとられていない。 c 家庭裁判所の監督機能の限界 本来,成年後見人等が本人の意思を尊重し適切に職務を行っているかについては選任者である家庭裁判所が監督をすることになっている。しかし,家庭裁判所の監督は,主に財産管理の適正についての監督であり,後見人等がいかに本人意思を尊重しているか,身上監護面に配慮しているかということについては十分な監督がなされていない。 さらに,成年後見類型では,成年後見人に広範な権限が与えられていることにより,これを濫用して成年後見人が本人の財産を着服する事案が増加している。このため裁判所の監督は,ますます財産管理面での監督が重視されることになるが,年間3万件の新規事件が申し立てられる状況で,これに家庭裁判所の人的・物的拡充が伴わず,もはや家庭裁判所による監督機能は,限界に達していると考えられる。 d 行為能力の一律制限 法定後見制度における3類型のうち,成年後見類型の場合には,日常生活上の行為を除き,原則として本人の行為能力は剥奪される。保佐類型の場合には,民法13条1項各号の法律行為については,当然に保佐人に同意権・取消権が留保される。 しかし,判断能力は,本人の状況と個々の法律行為の内容によってその有無が異なるものであり,その吟味なくして一定の機能障がいの事実をもって本人の行為能力を一律に制限する制度は,明らかに権利条約12条の趣旨に反する。 また,何よりも,判断能力の評価においては,それに優先して本人が意思決定をするための支援が具体的にどのようになされているかを十分に考慮しなければならない。 e 過大な権限 成年後見人及び保佐人の権限については,画一的な制度設計がとられている。成年後見人には,本人の全ての財産について包括的な管理権が与えられ,全ての法律行為について代理権が付与され,本人が行なった法律行為について取消権が認められる。また,保佐人には,民法13条1項各号の法律行為について,当然に同意を与える権限が付与される。 特に,成年後見人の権限は極めて広範に及び,硬直性が強く,本人の実際の判断能力やニーズに応じた調整は一切できない構造になっている。成年後見人による権限濫用等の不祥事は,この成年後見人の過大な権限と密に関連している。 他者に法定代理権を付与するには,本人に対するあらゆる支援がなされた上でなければならず(「補充性の原則」後記注参照),本人の実際の判断能力やニーズに応じて,必要最小限に留めるべきである(「必要性の原則」後記注参照)。 f 期間的無制限 成年後見等開始審判は,その効力について期間限定はなく,全ての法定後見が無期限のものとして開始する。 制度上は,本人の判断能力の低下の度合いに変更があった場合には,取消や異なる類型への変更の申立手続は存在する(民法10条,14条1項,18条1項)が,補助から保佐や後見,保佐から後見などのより制限の大きい類型への変更はあり得ても,制限の小さい類型への変更や取消は極めて少ない。 そのため,一度,成年後見等開始の審判がなされると,それは本人が亡くなるまで何ら見直しをされることなく継続するのが一般である。 権利条約では,法的支援・保護の必要性等について定期的な再審査を行うことを明確に要求しているのであり,一旦判断すれば申立てがなされない限り亡くなるまで再審査がなされないというような制度はこれに反する。 (2)任意後見制度の問題点 a 意思決定支援優先の欠如 任意後見制度においても,判断能力の評価に優先する本人が意思決定をするための支援を顧みていない点は,法定後見制度と同様に問題である。 b 代理権の一律発効 任意後見制度においては,本人の判断能力が低下したとき(補助レベル相当)に,申立てにより家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから,契約で定めた代理権全てが期間的無制限に発効する。 本人が自らの意思により定めたものであるからその意思は尊重されなければならないが,そもそも本人の状況等に応じて個別にあるいは段階的に代理権を発効させることはできない制度となっている。 任意後見人自身が,本人の状況等に応じて個別に代理権を行使するよう努めればよいが,ここでもパターナリスティックな保護に陥り,本人の意思の尊重の運用の危険性は残る。 2 今後の課題 権利条約12条は,障がいのある人の法的能力の完全なる行使を保障するため,行為能力の制限や代理・代行決定による支援から「支援付き意思決定」の仕組みへの転換を求めている。障がいがあることによって「行為能力」が制限されることを原則として認めず,締約国にその法的能力を行使するために必要な支援を受けられるようにする措置を採ることを求めている。 ところが,以上に見てきたように,日本の成年後見制度は,精神上の障がいによる判断能力の低下に応じ後見・保佐・補助の3類型に分け,自己決定の尊重を後見人等の善管注意義務の内容とするものの,それに優先的価値や制度的保障は設けられておらず,保護的対応のもとで形骸化のおそれがあり,また,制度利用にあたっての判断能力の審査も医学的判断により,本人の意思決定支援環境や必要性につき吟味がなされず,家庭裁判所によるこの点に関する監督も期待できない状況にある。 また,制度としては,後見類型では画一的な行為能力制限と包括的な代理権が付与され,保佐類型でも民法13条所定の行為につき画一的に行為能力制限がなされている点,また制度利用につき必要性や補充性が吟味されない点,あるいは取消事由がない限り終身・無期限に適用がなされる点等において,権利条約に抵触するものといわざるを得ない。 権利条約12条各項の要請,解釈について,十分な検討を行うとともに,日本においても,まずは障がいのある人個々人に応じ自己決定をし得る支援と環境整備を原則とし,代理権の付与や行為能力の制限は,個々の事情に応じて有期・必要最小限のものとする等制度の抜本的な見直しが必要である。 <注> 「補充性の原則」:任意後見やその他の支援によって本人を世話によるのと同程度に適切に支援できる場合には,世話を開始することができないというドイツ世話法の原則。 「必要性の原則」:本人に対する法的干渉は,常に必要最小限の範囲に留めるべきであるというドイツ世話法の基本原理。 ]Z 虐待の防止 1 独立した機関による継続的な監視機関の不在 障害者虐待防止法の予定する虐待防止のスキームは,広く通報義務を課すことによる早期発見に基づき,当該行政機関による対応により虐待を救済しようとするものであるが,その端緒が通報・届出に委ねられており,虐待に関する行政機関等による継続的な監視制度が設けられていない。 権利条約16条3項が,締結国に,独立した当局による効果的な監視(モニター)を義務付けているのは,虐待が家庭や施設等の閉ざされた空間で支配・被支配の関係性の中で行われるため,発見が遅れ,重大な被害が生じてから事後的に発見されるという特性に鑑み,早期発見,早期対応のためには,虐待発見を目的とした監視機関の存在が必要であるとの趣旨である。ところが,障害者虐待防止法は,6条1項で公的機関に早期発見の第一次的責務を負わせているが,具体的には地域住民や虐待対応協力者との連携協力の中で早期発見を行うことのみを想定している。それ自体は,虐待対応を地域福祉の中で行うものとして非常に重要であるが,一方で,専門的知見と手法をもった監視機関が障害者施設等を定期的に巡回して評価することにより,虐待の発見のみならず虐待の要因となる構造などにつき早期に指導助言をすることで効果的な監視を行うことが求められている(大阪府が3年間実施した事業ではその効果が評価されている。)。 2 虐待対応スキームの対象拡大 障害者虐待防止法成立時の最大の争点であった学校,保育所等,医療機関も行政による虐待対応体制の対象に含めることについては,見送られたが,附則2条に,この法律の施行後3年を目途として,この法律の施行状況等を勘案して検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとするとされている。 すでに障害者虐待防止法施行後に,市町村や都道府県に,学校や医療機関における虐待の相談・通報も寄せられてきており,マスコミ報道でもいくつかの事案が明らかになっている状況であるが,自主的な対応策だけで,適切な対応や本人の被害回復等が行われているか明らかでない。学校や精神科病院における虐待の実態は,家庭や施設,使用者以上に深刻なものがあるのは,これまでの実態から明らかであり,これに対する監視と通報義務による行政機関の対応が必要なことは明らかである。 国において,これらの現場における虐待の発見・通報や対応について,全国的な実態調査を行った上で,3年後の見直しに向けて,市町村等による対応体制の必要性について明らかにすべきである。 3 障害者虐待防止に係る広報・啓発(早期発見・早期対応)の地域ネットワークの強化 施行後は,一定の相談・通報件数が上がっているとはいえ,自治体毎の格差が大きく,まだまだ障害者虐待防止法の存在や通報義務,通報窓口の周知なども十分でない地域が多いところである。 最初に発見する可能性のある地域住民や福祉事業者,医療機関等に対し虐待の見方を明確にするとともに,特に,施設従事者や協力団体などが第一発見者として積極的に発見する姿勢と信頼関係の連携ネットワークを地域ごとに形成し,早期発見・早期対応の地域作りを行うことが重要である。 4 障がいのある人の虐待防止等に携わる人材育成・予算措置 障害者虐待防止法では,市町村に障害者虐待防止センター,都道府県に障害者権利擁護センターの機能を持たせることとし,専門的対応を図るものとしているが,必要な人材の配置とその予算措置がなされていないため,従来の障がい福祉担当職員で対応せざるを得ず,専門性のある機関への委託も進んではいない状況であり,虐待の事実調査から具体的な対応まで迅速に,また多面的な要因分析や対応をスキームに従って行うことが十分ではないため,その抜本的強化が求められる。特に,2年目以降,市町村虐待防止センターを民間に委託する傾向も見られるが,適切な専門性をもった人材の確保されたところへの委託にならなければ,適切な早期発見や対応につながらないため,人材等の養成が重要である。 それとともに,民間の福祉事業所等の職員が,早期発見から対応への協力まで,地域のネットワークにおいて,行政担当者とともに協働することが重要である。特に,各地の相談支援事業所が,権利擁護を担う機関として,虐待対応においても中心的な役割を担うことができるための人材確保と研修などが不可欠である。 5 障がいのある人に対する虐待の要因分析・予防策の検討 福祉施設従事者等による虐待において顕著なように,虐待防止のための改善策と予防のための必要な専門的研修が重要であり,そのために虐待の要因分析と対応につき,国や都道府県においてしっかりとした計画と措置をとることが求められている。 第3章で述べた障害者虐待防止法施行から半年間の各地の虐待通報と対応の状況調査においても,都道府県の格差が激しく,また,相談・通報と虐待認定の差が激しく,特に施設従事者虐待についての認定率が,高齢者虐待に比べても極めて低い。また,本人による届出が障がいのある人の場合には割合が高いが,それに対して認定率が低い傾向もある。その場合に,事実調査の方法について,市町村担当者が直接面談などの事実確認を行っていない割合も高く,どの程度の事実調査が行われているかに不安が残る結果もあった。 こうした通報と事実確認の方法,虐待の認定との一連の関係については,集約したデータからクロス集計などによって詳細な分析検討を加えることによって,各虐待対応の課題が,都道府県ごとに浮かび上がるはずである。 また,障がいのある人に対する虐待対応において,緊急性に基づき入所施設等に分離した後,そのまま入所施設における生活が固定化してしまうことが,特に社会資源の乏しい地域において危惧されているところである。また,逆に,一時保護を行う入所施設等の確保が困難なために,十分な保護措置をとれないまま,見守り以上の対応がなされないということも危惧されている。こうした状況についても,各市町村の調査項目に入れて,明確な目的意識をもった調査を実施することで,法の課題と運用の実情について十分な分析を行うことが求められている。 6 使用者虐待の対応体制の検討 障害者虐待防止法により,使用者虐待についても,都道府県労働局を中心に労働行政機関が,都道府県や市町村と連携の上で,対応スキームを確立して対応することとされたが,具体的なスキームが明文化されておらず,発見・通報から,事実調査,虐待認定,労働機関による権限行使,都道府県や市町村の障がい福祉機関との情報共有や役割分担などにつき,虐待救済の観点から,適切な対応態勢が確立しておらず,各地での対応や労働行政と福祉行政間の齟齬などの実践上の課題が出てきている。 これまでの対応実績の分析等を通じ,効果的で実効性のある対応スキームを確立して,各地で具体化するための取組が求められる。 第2節 差別解消法の基本方針とガイドラインの方向性について 本節では,差別解消法に基づいて2015年3月末までに策定することが予定されている国等職員対応要領(9条),地方公共団体等職員対応要領(10条)及び事業者のための対応指針(11条)について,あるべき方向性を示すものである。これらをまとめてここでは「ガイドライン」と呼ぶ。上記3つのうち,地方公共団体等職員対応要領は規定することが努力義務となっているが,他の二つは法的義務である。 本来,ガイドラインは,2014年3月末までに策定されることになっていた基本方針(6条)に即して定められることになっているが,2014年7月現在,基本方針が何ら定められていないため,あるべき基本方針についてもここで言及する。 なお,次に述べる総則や教育以下の各分野における基本的な事項については,基本方針に盛り込むべき内容であることを前提に,ガイドラインでは,基本方針を踏まえた各分野における基本的な事項を記載するとともに,その具体例が記載されるべきである。雇用については,改正雇用促進法の差別禁止規定のガイドライン作成作業がすでに進んでいるため,本節ではなく第4章第1節にて論じている。 T 障がいを理由とする差別についての総則 1 障がいの定義 差別解消法では,「障害者」の定義を障害者基本法にならい,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって,障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」としている(2条1号)。 「障害」に発達障がいを含むことを明記しつつ,これまでの障がい3分類にとどまらず,「その他の心身の機能の障害」と広く機能障がいを含むこと明らかにし,「障害者」の定義を社会的障壁との関係を入れ込んだ社会モデル的定義に改めた点は評価されるべきである。 しかしこの定義によってもいまだ,障がいに含まれるか否かが議論となりうる事項が多く存在する。これらを検討するに当たっては「障害」又は「障害者」の定義を広く解釈して,いわば入り口を広げても,本法における「差別」に該当しない場合は,何らの法的効果も発生しないため,救済対象は「差別」の定義の解釈の中で適正な範囲に絞られると考えられることから,本法の適用範囲を不必要に広げることにはならないと考えられる。 したがって,基本方針やガイドラインにおいては,できる限り広く「障害」や「障害者」を解釈する方向性を示すとともに,それらの定義に含まれる内容を具体的に示すことが必要である。 (1)難病 難病者は,国から指定されている病気に限らず,治療方法が確立せず,長期の療養を必要とするのであるから,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害」を有することは明らかである。しかし,難病の中には,病状に波があり,「日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける」状態が恒常的ではなく断続的である者が多く存在することから,難病者は長く障がいのある人ではないとされてきた。しかし,2011年に障害者基本法が改正され前述の定義が採用された際,国会の審議の中で,「継続的に」という語は,難病の特性である「断続的・周期的」といった性質も含む表現であり,同法が対象とする「障害者」には,難病者も含むことが確認されている。また,急性期を脱したがんや,肝炎などのように,中長期的に周期的に変化する病状をコントロールしながら生活することを迫られる全ての難治性疾患につき,上記と同様の趣旨があてはまる。 基本方針やガイドラインにおいては,こうした経緯をより明確にすべく,病状に波のある全ての難治性疾患の人も,差別解消法の保護を受けうる「障害者」にあたることを明確に指摘すべきである。 (2)ハンセン病 ハンセン病は末梢神経がおかされる疾患であり,手指や顔などに変形が生じ,外見上の特徴がみられる場合が多く,感染力の有無にかかわらず,ハンセン病の人が社会で生活しようとすると,その容貌と偏見に基づく差別にさらされてきたといえる。 このように,ハンセン病は,末梢神経に機能障がいがあることは明らかであるから,差別解消法の「障害」の定義に当てはまることは論じるまでもない。 (3)HIV感染者 HIVは,感染から発症までに長期間かかる例が多い。発症による機能障がいが現にある場合に本法の「障害」又は「障害者」に該当することに異論はないであろう。また,感染後発症前にあっても,具体的な機能障がいがあるとはいえないが,将来発生しうるといった身体の状況が一種の機能障がいであるともいえなくはない。ただ,そうした解釈は,感染や病気の罹患そのものと「障害」との境を曖昧にするものであるので,その状態においては「障害」はないといわざるを得ない。そこで,問題は現状においては存在しないが,将来発生するであろう機能障がいを「障害」に含めることができるかであるが,これについては,「(6)過去の障がい,将来の障がい及び誤認された障がい」の項で扱う。 (4)性同一性障がい 性同一性障がいについて,厚生労働省は,「生物学的性別(sex)と性別に対する自己意識あるいは自己認知(gender identity)が一致しない状態である」と説明しているが,これと異なる見解も存在する。 また,国際疾病分類(ICD-10)は,性同一性障がいを「精神および行動の障害」に位置づけている。社会モデルの視点からいえば,性同一性障がいを精神疾患に位置付けることに強い違和感があると思われる。 しかし,性同一性障がいの機能障がいを何に求めるにせよ,差別を禁止する法律の入り口の問題として,性同一性障がいを差別解消法の「障害」から排除する理由はない。 性同一性障がいのある人は,自己の認識した性と異なる性として生きていくことでは,自己同一性を確立することに困難を生じ,社会的・身体的に,自己の認識と一致する性で生きていくことを望む。しかしながら,社会は,学校行事・トイレ・制服など様々な場面で身体的性別に基づいた男女を基準としており,性同一性障がいを持った人が自己の認識に基づく性で生きることが困難となっている。 さらに現代の日本社会は,いまだに,学校,就労,家庭など多くの場面で生物学的性に基づいた男性・女性の性役割が存在している。性同一性障がいのある人が,そのような社会において,生物学的性とは異なる自認する性で生きることを望んだ場合には,社会における不理解から,偏見や差別にさらされることとなる。 性同一性障がいのある人にとっては,自らに素直な生き方を選択しようとするとき,社会における「人は生物学的性に従った性役割を果たすのが自然である」という意識が社会的障壁となる。日本に未だ根深く残る性別役割分担意識,そしてこれに基づく制度,慣習などを速やかに解消することこそが必要であるが,現状においては,これらが社会的障壁となることから,日常生活において,「ありのままの自分」,自己の認識に沿った性別としての自分で生活することに相当な制約を受けていることに鑑みると,性同一性障がいのある人も差別禁止法の対象とする「障害者」に含ませるべきことは明らかである。 (5)容貌や形態 独特のあるいは特徴的な顔かたちや,顔などよく見えるところにある痣など,容貌や形態を理由にしたいわれなき差別も多い。この点については,国際生活機能分類(ICF)においても,機能障がいは,構造障がいを含むとされ,著しい変異や喪失などといった,心身機能又は身体構造上の問題であるとされている。したがって,少なくとも,容貌や形態が「著しい変異や喪失」と言えるものであれば,差別解消法の「障害」に該当するというべきである。 したがって,ユニークフェイスの場合も「障害」に含まれることになる。 (6)過去の障がい,将来の障がい及び誤認された障がい 障がいを理由とする差別は,障がい又は障がいのある人についての無理解や偏見又は固定化した概念やイメージに基づく差別の禁止が目的の一つでもあることから,過去に存在した障がい(統合失調症に罹患したものの症状が落ち着き寛解している等),又は将来発生する障がい(進行性の先天性疾患や,まだ発症していないHIV等),さらには,偏見などにより障がいがないのに障がいがあると誤認され,実際にはない障がいを理由とする差別も,これに含まれるものと解すべきである。 これらについては,「差別」の定義の問題として,「障がいに関連する事由を理由とする差別」として本法の対象とすることも可能であるが,もっと端的に,過去の障がいや将来の障がいを,差別解消法の「障害」に含めることが妥当である。なぜなら,差別解消法は,「障害」を現存する「障害」に限定しているわけではなく,しかも,過去の障がいも将来発生する障がいも誤認された障がいも,障がいに違いはないからである。 (7)容貌や形態による差別,過去,将来及び誤認による差別の例 例えば,ハンセン病に罹患した人は,日本の隔離政策によりらい予防法(廃止)に基づいて国立療養所に収容されてきた。ハンセン病は元々感染力の強い疾患ではなく,栄養不良により免疫力が極度に落ちた状態の人が多かった時代に一定の感染があったものの療養所の医療従事者が感染した例がないことからも,現代の日本で隔離しなければならない医学的根拠がないことは確認されている。加えて,療養所で生活してきた人々は,治療によりすっかり感染力がなくなったハンセン病「元」患者であったから,なおさら隔離の必要性はなかった。 にもかかわらず,ハンセン病元患者に対する差別は,感染力がないのに感染するとの誤解に基づく差別と,容貌に対する差別がありうると思われる。さらに,感染力と容貌にかかわらず,過去にハンセン病であったことそのものが,差別の理由とされる場合もあると考えられる。 これらはそれぞれ,前記のとおり誤認に基づく差別,容貌に基づく差別,過去の障がいを理由にした差別に該当し,差別解消法で禁止する差別とすべきである。 HIVについては,特定の感染経路でしか感染しないため,通常の社会生活の中で感染することはまずないにもかかわらず,HIVという疾患そのものに対する誤解や偏見が強く,差別の対象とされることが多い。また,HIVは,感染から発症までに長期間かかる例が多く,発症に至らない段階で,差別を受けることも多い。しかし,その状態では具体的な機能障がいがないので,障がいを理由にした差別に当たらないとしたのでは,HIV患者に対する差別はなくせない。このような場合には,前に述べたように将来の障がいを理由にした差別に該当するものと考えて,差別解消法で禁止することが必要である。 なお,いずれの場合も,偏見がその背景にあるが,偏見そのものについては,「障がいに関連する事由」を理由とする差別のところで触れることにする。 (8)一時的な機能障がい 風邪,骨折や妊娠など,一時的に生じる機能障がいは,「障害」の定義にはあてはまるが,継続性がないため,本法の保護対象たる「障害者」には含まれないものと解される。 2 差別の定義 差別解消法の総則の基本方針やガイドラインにおいては,同法が定義を示していない差別概念について,定義や解釈指針を具体的に示すべきである。すなわち,不当な差別的取扱いの定義と解釈指針や,合理的配慮の内容,意思の表明や過重な負担についての解釈指針が具体的に示されることが重要である。 (1)差別概念 これまで述べてきたとおり,国際的な法制化や議論の中で,差別には,直接差別,間接差別,関連差別,合理的配慮の不提供といった類型がありうるところである。 障害者政策委員会差別禁止部会では,差別類型について緻密な議論が行われた末,「不均等待遇」と「合理的配慮の不提供」の2類型にまとめている。この「不均等待遇」には,直接差別,間接差別及び関連差別が含まれている。 しかし差別解消法では,「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」の二つの差別類型が定められた。政府解釈としては,「不当な差別的取扱い」に関連差別や間接差別を含むか否かは,今後の裁判例等の集積に待つものとされているが,差別解消法は,差別事例を広く救済することを法の目的としていることから,差別禁止部会意見にならい,「不当な差別的取扱い」には間接差別及び関連差別を含ませるべきである。 これを前提に,差別解消法の基本方針やガイドラインにおいては,総則的に「不当な差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」の中身を定義することが求められる。 (2)不当な差別的取扱い a 定義 不当な差別的取扱いには,直接差別のみならず関連差別が含まれることがわかるよう定義する必要がある。なお差別禁止部会意見で述べられているように,間接差別は,関連差別の概念に包含されるものとして扱うことを前提とする。 また,区別,排除又は制限その他の異なる取扱いを差別とするべきである。 そこで,「不当な差別的取扱い」とは,「障害又は障害に関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いであって,正当化されないもの」と定義すべきである。 b 関連する事由 ア 「関連する事由」とは,機能障がいそのものではなく機能障がいに関連する事由のことであり,例えば,能力障がいや社会的不利そのもの,能力障がいを補う車いす等の補装具,補助犬,その他の支援器具等の利用や携行,介助者の付添や同行,利用できる公共交通機関がないといった社会的不利を補う代替的移動手段の利用,等が挙げられる。 障がいという属性がその種別,程度又は態様において多様性に富むため,それに関連する事由もまた多様性に富むことになる。したがって関連する事由を予め類型化することは困難である。 そこで,問題とされている事由が客観的に障がいに関連すると認定されれば,関連差別に該当するとすることが必要である。 イ また,ここで検討しなければならないのは,偏見そのものについてである。差別の理由となるもののうち,個々の機能障がい(例えば,歩けない,聞こえない,見えない,判断ができないなど)を理由にする場合には,これらの機能障がいは,すなわち「障害」であるから,「障害」を理由とする差別といえる。 しかし,障がいのある人への差別の中には,個々の機能障がいの存否や程度を問題にするというよりも,障がいのある人の存在そのものに対する偏見による場合も多々存在する。例えば,グループホーム建設等に見られる住民の反対は,そこに通う個々の障がいのある人の個別的な機能障がいを問題にしているというより,障がいのある人が近所に来ること自体に反対しており,ヘイトスピーチ同様,障がいのある人の存在や障がいという属性そのものに対する理不尽な嫌悪感や誤解に基づく不安感といったものが反対の理由となっている。 そもそも,障がいのある人に対する差別が禁止されるのは,障がい又は障がいのある人についての無理解や偏見又は固定化した概念やイメージに基づく差別をなくすことに大きな目的があるはずであるので,こうした偏見に基づく差別を禁止することに,異論を挟む者はいないであろう。 しかし,問題なのは,差別解消法に定める「障害者」の定義では「障害」と「社会的障壁」を別の概念として規定した上で,偏見が「社会的障壁」の例示として示されている「観念」に含まれることについても異論のないという点である。 そうなると,この規定に従うかぎり,「障害」に「偏見」を読み込むことはできないのであるから,かかる偏見を理由にした差別を禁止するには,障がいを直接の理由とする直接差別以外に,障がいに関連する事由を理由とする関連差別を「不当な差別的取扱い」のひとつの類型として盛り込む必要があるのである。したがって,障がいに関連する事由には,偏見そのもののが含まれることになる。 c 異なる取扱い 区別,排除又は制限その他の異なる取扱いの具体的な内容としては,例えば,公共施設の利用を例に取ると,そもそも障がいのある人の利用を排除する(「障害者はお断り」等),障がいのある人の利用については制限を設ける(通常は利用時間が自由なのに,障がいのある人だけ利用時間を何時から何時までと定める等),障がいのある人には障がいのない人とは異なる形態での利用しか認めない(障がいのある人だけ,別室での利用を求められる等),障がいのある人の利用にあたっては,障がいのない人には付されない条件を付す(利用料を2割増しにする等),等が挙げられる。 障がいのある人に対し障がいのない人と異なる取扱いをすること自体が,障がいのある人に対する不利益な取扱いであり,個人の尊厳若しくは幸福追求権を侵害するものであるから,これを差別として法の対象にすべきである。 d 主観的要素 「不当な差別的取扱い」の要件として,行為者が障がい又は障がいに関連する事由を理由として区別,排除又は制限その他の異なる取扱いを行っていることを認識していれば(あるいは認識すべきであれば)足り,積極的に相手に害を加えようとする意図までは必要とされないと解すべきである。 なぜなら,社会で起きる差別は,行為者に,相手に対する害意まではなく,行為の認識はあってもそれが相手に及ぼす効果について無意識である場合がむしろ多い。差別の要件として害意まで要求するとなると,多くの差別がこれに当てはまらないことになって,差別解消という法の目的を達成することができない。 他方,行為の認識又は認識可能性があれば,その行為について責任を問うことに問題はないといえるし,差別予防の観点からも,対象に含めていく必要が高い。 なお,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いが行われた場合,それ以外にも異なる取扱いの理由が存在したとしても,なお不当な差別的取扱いにあたるものとすべきである。 e 正当化事由 「不当な」差別的取扱いといえるためには,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いに該当するだけなく,その異なる取扱いが正当化されることがないことが必要である。 相手方にも正当に保護すべき利益がある場合もあり得るからである。 他方,差別を禁止する法の目的からすれば,異なる取扱いが正当化される範囲は可能な限り狭く解されるべきである。 そこで当該取扱いが客観的に見て,正当な目的の下に行われたものであり,かつ,その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないといえる場合に正当化されるものと解すべきである。 また,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする異なる取扱いは原則として差別であり,行為者の目的ややむを得ない事情は行為者の側しか立証できないことから,正当化事由の立証責任は,行為者の側にあると解される。 f 対象範囲 不当な差別的取扱いの禁止の効力が及ぶ対象は,原則として全ての人,場面であって,私人間の関係にも及ぶものである。 ただし,差別解消法の対象は,公的機関及び事業者であって,事業者ではない一般私人は対象にならない。個人の自由な意思に委ねられ,異なる取扱いをすることが社会的に容認されている私的な領域においては,法律で差別とすることはできないと解される。個人の思想や言論についても,法の規制になじまないと考えられるため,対象にならない。 g 積極的差別是正措置等との関係 障がいのある人全体を念頭に置いた事前の制度であるいわゆる積極的差別是正措置や,障がいのある人に対する各種優遇措置については,形式的には「障害を理由とする異なる取扱い」として差別にあたりうる。 しかし,社会全体で障がいのある人の権利利益に対する制限が多く存在しており,完全参加と平等までほど遠いといえる現状を前提とする限り,上記積極的差別是正措置等は,必要性が認められるものである。 したがって,基本方針やガイドラインにおいては,積極的差別是正措置等が差別にあたらないことを明確にすべきである。 (3)合理的配慮 a 定義 差別解消法は合理的配慮概念を定義していない。 社会的障壁を,障害者基本法にならって「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物,制度,慣行,観念その他一切のもの」と定義しながら(2条2号),7条において,「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において,その実施に伴う負担が過重でないときは,障害者の権利利益を侵害することとならないよう,当該障害者の性別,年齢及び障害の状態に応じて,社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と規定しているのみである。 同法が想定する合理的配慮の定義は,「行政機関等(又は事業者)が行うべき,社会的障壁の除去の実施のための必要かつ合理的な現状の変更及び調整で,過重な負担を伴わないもの」ということになろう。 b 合理的配慮の内容 合理的配慮の内容に関する基本方針においては,以下の場合分けを踏まえて,ガイドラインにおける個別の事例が示されるよう記載されるべきである。, 合理的配慮の内容としては,諸外国の例を参考にすると,一般に,ア)基準・手順の変更,イ)物理的形状の変更,ウ)補助器具・サービスの提供の3つが挙げられる。それぞれの具体例を挙げる。 ア 基準・手順の変更 うつ病の労働者の出勤時間を遅らせる労働時間の調整,待つことが難しい発達障がいの子どものために娯楽施設で通常とは別のゲートからの入園を認めること,コミュニケーション特性に応じた会話や利用案内を行うことなどがある。 イ 物理的形状の変更 段差解消のためのスロープをつけること,職場の机を車いすに合わせて高さ変更することなどがある。 ウ 補助器具・サービスの提供 視覚障がいのある労働者のパソコンに音声読み上げソフトを導入すること,発達障がいのある子どもが周囲から受ける刺激を減らすために,パーテーションを設けること,知的障がいのある労働者にジョブコーチを付けること,聴覚障がいのある人のために手話通訳者を付けることなどがある。 c 意思の表明 上記のとおり合理的配慮については,「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合に」との規定(差別解消法7条2項,8条2項)がある。 権利条約では,合理的配慮は,「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合に必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されている。ここでは,「障害者の意思の表明」は発生要件とされていない。そこで,差別解消法は,権利条約より合理的配慮の要件を加重しているといえるのかが問題となるが,差別解消法がかかる規定をおいたのは,相手方において障がいの有無や一見しただけではどういった配慮が必要かわからないといった事情を考慮したものであって,合理的配慮の義務が発生するための要件と考えるべきではなく,合理的配慮の実現に向けたプロセス開始の要件を例示したものに過ぎないと考えるべきである。 そうすると,障がいのある本人による意思表明のほか,支援者の意思表明がある場合,さらには,黙示の意思の表明でもよく,仮に何らの意思の表明がない場合でも相手方において障がいの存在や合理的配慮の必要性を認識し得たであろう場合には,合理的配慮に向けた手続に入ることになるものと解釈すべきである。後に「f 合理的配慮の実現に向けたプロセス」で述べるように,合理的配慮は,その義務の発生を前提に,その実現の過程が想定されており,義務が発生すると同時に合理的配慮の内容まで確定されるということにはならないので,このように解しても何ら不都合はない。 具体的な場面に即していえば,そもそも,障がいのある人と周囲の間の社会関係には,雇用や教育の場のように継続的な関係性が生まれる場合と,遠隔地のレストランに立ち寄った場合のように1回限りのものと様々ある。 差別解消法は,基本的に,障がいのある人が合理的配慮を求める相手が,障がいのある人から意思の表明を受けなければ,障がいのある人が合理的配慮を必要としていること及び求められる合理的配慮の内容がわからないという関係性を前提として,障がいのある人の「意思の表明」を要求していると思われる。 しかしこのような要件は,既述のとおり権利条約では定められていない。差別解消法が対象とする生活分野には,継続的な関係性を前提としたものも含まれており,必要な合理的配慮が提供されない事態を広い範囲で是認することになりかねないため,これを,合理的配慮義務の発生要件と位置付けるべきではない。 例えば,商店に入った車いすの人が高い陳列棚の商品を見ることができず困っている様子は一見してわかる場合が多い。このような場合は,店員が近寄って,「商品をお取りしましょうか」と申し出るのがあるべき合理的配慮の形であると思われる。しかし意思の表明が合理的配慮義務の発生要件であるとすると,このような場合でも,店員は「意思の表明」があるまで,見て見ぬふりをすることも許されることになる。 また,「意思の表明」は黙示のものでもよいと解されるべきである。黙示の意思の表明とは,上記の例でいうと,はっきりと言葉で「高い所にある商品が見えないので取ってください」と言わずとも,困った顔をして店員を探し,指をさすとか,表情で示すといった場合にも,「意思の表明」として認められるべきである。言い換えると,相手方において,「意思の表明」を認識しうる状況があれば,黙示の意思の表明があると解されるべきである。 さらに言語障がいや発語障がいがある場合,相手方には「あーあー」といった声にしか聞こえない場合がありうるが,そうであっても,身振り手振りや表情及び周囲の状況から,何を言いたいか認識しうる場合が多いと考えられる。このような場合にも意思の表明があると解釈されるべきである。 政府の解釈としても,筆談,実物や身振りサイン等による合図,触覚による意思伝達等を含むことが示されている。 また,「意思の表明」は,本人からの意思の表明だけでなく,家族や支援者等が本人を補佐して意思の表明をする場合にも認められることが政府解釈でも示されている。ただし,商店の店員などが,本人に意思を確認すべきところ,本人が自分で受け答えできるにもかかわらず,そばにいる家族や付添者に意向を尋ねるという場面がままある。このような対応の仕方は,障がいのある人を,一人の人格を持ち判断力も有する独立の顧客ないし取引相手として扱わない劣等処遇であるといえ,慎まれなければならない。そして,家族や付添者の代弁が本人の真意に沿っているかどうかについても,十分に注意する必要がある。 このように「意思の表明」は合理的配慮の実現プロセスの要件であるとともに,その解釈はできるだけ柔軟に行われるべきだが,他方で障がいのある人本人の真意から離れたところで意思解釈がなされることがないように注意しなければならないものといえる。 d 過重な負担 「過重な負担」になるかどうかの判断にあたっては,諸外国における立法例・運用等を踏まえると,経済的財政的なコストの他に,業務遂行に及ぼす影響等を考慮する必要がある。 まず,経済的財政的コストの面では,相手方の性格(個人か,団体か,公的機関か),業務の内容,業務の公共性,不特定性,事業規模,その規模から見た負担の割合,技術的困難の度合い等が,判断の要素として考慮されるべきである。 次に業務遂行に及ぼす影響の面では,合理的配慮の提供により,業務遂行に著しい支障が生じるのか,提供される機会やサービス等の本質が損なわれるかどうかが判断されなければならない。 また,これらの要素はいずれも,合理的配慮の不提供を主張する障がいのある人の側から資料を収集して立証するのは困難であり,相手方の側に証拠資料が集中していると思われることから,「過重な負担」についての立証責任は,相手方が負うべきである。 さらに,障がいを理由とする差別を解消するという本法の目的からすると,「過重な負担」の抗弁が,拡大解釈されることがあっては絶対にならない。「過重な負担」の抗弁が認められるには,単に抽象的に「困難である」「負担が大きい」といった主張では足りず,技術やコスト等に関する具体的な根拠資料を示して,負担が実際に「過重」といえることを示さなければならないことを,基本方針やガイドラインで明確にすべきである。 e 対象範囲 不当な差別的取扱いの項で述べたと同様,合理的配慮についても,差別解消法の対象は,公的機関及び事業者であって,事業者ではない一般私人は対象にならない。人と人がどのような人間関係を築くのかについて,一般的に個人の自由な意思に委ねられていると認められる私的な領域においては,合理的配慮の提供が義務付けられることはない。 f 合理的配慮の実現に向けたプロセス 障がいのある人が求める合理的配慮の内容は,障がいの種別・態様や状況によって変わるものであるから,提供されるべき合理的配慮の内容は,障がいのある人と相手方の間で協議し,障がいのある人の意向を可能な限り尊重した上で確定されることが望ましい。 上記のとおり明示又は黙示の「意思の表明」は,合理的配慮に向けた実現プロセスの内容の一つである。 合理的配慮として行いうるものが複数存在する場合は,原則として,障がいのある人の希望に沿ったものとすることが必要だが,相手方が負う負担との関係で,双方の利益と負担を考慮して決定されていくこととなる。 こうした話し合いに,障がいのある人が支援者を同席させて補佐を受けたい場合は,これが認められる必要がある。 相手方が過重な負担を主張する場合は,過重な負担の内容や根拠について,資料を示して,障がいのある人に十分に説明する必要がある。 双方でどうしても合意ができない場合は,調停等の合意形成をベースとした解決の仕組みや最終的には司法の場における判断によることになるだろう。 U 教育 権利条約は,障がいのある人に,等しく教育の機会を与えられ,その持てる能力を十全に伸ばしうることを保障している。そのための教育システムとして障がいのある人もない人も共に学ぶインクルーシブ教育システムを構築するべきであるとしているのであるが,未だそのシステムが構築されていないときにでも,個々人の教育がインクルーシブな環境のもとで保障されなければならないことはいうまでもない。しかし,日本では分離別学を基本とする特殊教育(2007年からは特別支援教育)の歴史が長く,分離別学を強制することが差別であるとの認識が希薄である。よって,教育における差別においては,何よりも,分離や排除が差別であるとの視点から,ガイドラインを作成するべきである。 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)差別が禁止されるべき事項や場面 a 入学の許否,条件の付与 教育の分野においては,子どもに障がいがあるため地域の小学校への入学が認められずきょうだい(兄弟姉妹)とは異なる学校に通うことになるといった事例,保護者が一日中教室に付き添わなければ入学を認めないとされた事例,他の児童生徒に介助を求めない等の確認書に捺印しなければ就学通知を出さないとされた事例等,障がいのある子どもの入学を巡る事案は多数存在する。 b 授業や学校行事への参加制限 地域の学校に入学はできたものの,障がいを理由として,例えば,希望しない特別支援学級に籍を置かれたり,プールに他の児童,生徒と一緒に入れなかったり,調理実習,運動会は見学するだけであったりと,特定の授業に参加できないとされた事例,遠足に保護者が同行しないと参加できなかったり,参加できたとしても見学コースに一緒に行けずにバスで待機しなければならないといった事例,さらには保護者の同行なしには修学旅行には連れていってもらえないといった事例もある。したがって,教育の分野において差別が禁止されるべき事項は,入学,学級編成,転学,除籍,復学,卒業に加え,授業,課外授業,学校行事への参加等,教育に関する全ての事項である。 (2)差別をしてはならないとされる相手方の範囲 教育分野において,差別をしてはならないとされる相手方としては,学校教育法1条に定められている学校,すなわち,幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,大学及び高等専門学校及びその設置者(同法2条)である。また,同世代の子どもたちを対象としたこども園及びその設置者も本節における相手方となる。なお,教育機関ではあるが上記に該当しない設置者により設置された専修学校,各種学校,職業訓練校,予備校,私塾,又は教育機関には位置付けられないが,同世代の子どもたちを対象とした児童館について,本法における「教育」の分野の対象とするべきである。 2 禁止が求められる差別的取扱い (1)不当な差別的取扱いの禁止 先に述べたとおり,教育の分野においては,全ての教育段階において,入学,学級編成,転学,除籍,復学,卒業に加え,授業,課外授業,学校行事への参加に関して,障がい又は障がいに関連した事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いは,不当な差別的取扱いとして禁止されるべきである。 ただ,人生の岐路にあってその選択に責任を持てるのは,本人若しくは本人に最も身近な関係者であるので,特に入学,転学においては,本人や保護者がそれを望む場合は不当な差別的取扱いとすべきではない。 (2)ガイドラインに盛り込まれるべき具体例  (入学の拒否・条件の付与) ・本人若しくは保護者が地域の小中学校への就学を希望しているのに,認めないこと。 ・本人若しくは保護者が希望していないのに,特別支援学校・学級に措置されること。 ・保護者が付き添わなければ,入学を認めないこと。 (授業や学校行事への参加制限) ・プールに入れないこと。 ・調理実習,運動会は見学するだけ。 ・遠足や修学旅行は保護者の付き添いがないと連れていってもらえないこと。 (3)差別的取扱いを正当化する事由 総則で述べたとおり,当該取扱いが客観的に見て,正当な目的の下に行われたものであり,かつ,その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる場合には,不当な差別的取扱いを正当化する事由があるとして,差別の例外となる。 もっとも,教育の分野において,当該取扱いがやむを得ないといえるためには,学校及び学校設置者等が合理的配慮を尽くしても障がいのある人の教育目的を達成し得ない場合でなければならない。 それは,先に述べたアメリカの「障害をもつ個人の教育法」にあるように「追加される援助やサービスの利用をもってしても,子どものその障がいの性質や程度によって,教育目的を達成し得ない場合」,あるいは,サラマンカ宣言にあるように「通常の学級内での教育では子どもの教育的ニーズや社会的ニーズに応ずることができない,若しくは,子どもの福祉や他の子どもたちの福祉にとってそれが必要であることが明白に示されている」場合だけに限定されている趣旨と同じである。この正当化事由をどのようにガイドラインに盛り込むかであるが,以上の判断要素を明示し,具体例の例示は避けるべきである。なぜなら,消極的事例の例示は,それだけが一人歩きし,正当化事由が増幅する傾向を生むおそれがあるからである。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮の具体的内容 合理的配慮は,その状況に応じて個別的に判断されるものではあるが,教育の分野に求められる合理的配慮としては,障がいのある人が授業や課外活動等の教育活動に完全に参加するために教育方法や内容を変更したり,調整したりすることが求められる。 (2)ガイドラインに盛り込まれるべき具体例 (通学や授業等に関して) ・移動が困難な児童・生徒には,日々の通学を保障し得るよう人的配置等の移動支援をすること。 ・校内移動を容易にするバリアフリー等の施設整備をすること。 ・点字や拡大文字による教科書及びデジタル教科書等の個々の障がいに応じた教科書や教材を提供すること。 ・手話での教授や手話通訳者又は要約筆記者の配置。 ・知的障がいや発達障がいのある児童,生徒及び学生について,授業の内容をわかりやすく構造化して示すことや使いやすい教材の工夫すること。 ・補助教員を配置すること。 ・少人数学級に編成すること。 ・クラスメイトからの刺激や騒音など環境に由来する苦痛を生じることを避けるために場所的な環境を提供すること。 (入学試験・定期試験に関して) 高校,大学又は大学院等への入学は,試験により入学者が決定されることになるが,試験においては,試験の方法等が障がいの特性に配慮されていないことにより,学力自体の適正な判定ができない場合もある。また,これらは,定期試験においても同様である。 そこで以下の内容をガイドラインに盛り込むべきである。 ・点字試験,試験時間の延長,筆記が難しい場合には解答欄を大きくすること,パソコンで試験を受けられるようにすることなど,障がいの特性に応じて配慮すること。 (保護者への合理的配慮) なお,教育における合理的配慮は,障がいのある人本人に提供されるだけではなく,保護者に障がいがある場合も含むべきである。とりわけ,子どもの授業参観や学校行事に参加できないことがあれば,その子どもに対して教育的な影響があるからである。 (3)合理的配慮の不提供と正当化する事由 合理的配慮を提供することが過重な負担であると認められる場合,これを提供しないことに正当化事由があることになり,差別の例外に当たることになる。 しかし,特に義務教育においては,そもそも,その条件整備はこれを提供する側の責務であること,合理的配慮がなければ,誰でも保障される義務教育の機会が十分に保障されないことに鑑みると,その例外は極めて限定的である必要がある。 また,義務教育に関して,私立学校については私学助成として公的な助成が行われており,過重な負担であるかどうかについての判断は,これを踏まえたものであるべきである。 この過重の負担についても差別的取扱いについての正当化事由と同じく,ガイドラインとして具体的に例示することを避けるべきである。 V アクセシビリティ:移動,施設利用 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)差別が禁止されるべき事項や場面 a 公共的施設の利用 まず,公共的施設の利用において差別禁止の対象となる事項は,施設利用契約の締結,施設利用の許諾,利用に必要な手続・条件の付加,付加的料金の改定,敷地内の移動,設備等の利用,施設の利用等に関する情報の提供,関連サービスの提供等に関する事項である。 b 交通機関の利用 次に,交通機関の利用において差別禁止の対象となる事項は,運送契約の締結,運送に必要な手続や条件の付加,交通施設への経路,敷地内の移動,券売機,改札,及びトイレ等の設備等の利用,運行に伴う情報の提供,及び,関連サービスの提供等に関する事項である。 (2)相手方の範囲 この分野において差別をしてはならないとされる相手方としては,公共的施設又は交通機関をその目的・用途の下に管理・運営する事業者であり,所有権の有無や主体の官民を問わない。 (3)国のバリアフリー施策との関係 差別を防止するには,差別解消法により本分野における差別を禁止することが求められる。そうした場合,最低基準を規律する国のバリアフリー施策と差別解消法による差別禁止とは,障がいのある人の社会参加を確保するための両輪であり,国のバリアフリー施策がカバーしない部分であっても,差別解消法を適用して差別の解消を図るべきである。 そのため,差別解消法においては,対象物の規模の大小等は経営規模に関わり差別的取扱いや合理的配慮の不提供における正当化事由として考慮される要素にはなるとしても,差別解消法の適用対象自体としては,既存か否か,規模の大小等は問うべきでない。 2 禁止が求められる差別的取扱い (1)不当な差別的取扱いの禁止 障がいのある人が他の者との平等に基づき社会参加できるようになるという観点から,障がいのある人が利用する上で構造上の障壁があることや補助的サービスが提供されていないことも含め,障がいそのもの又は障がいに関連する事由を理由とする利用の拒否,制限,条件付加,その他の異なる取扱いをすることを「差別的取扱い」とし,これを禁止するべきである。 (2)差別的取扱いを正当化する事由 当該分野における差別的取扱いにおける正当化事由については,建物又は交通に供される車両等の構造上,安全上やむを得ないと認められる場合等の理由がある場合は,差別に当たらない場合もある。 ただし,可能な限り,安全性は誰に対しても保障されなければならないものであり,障がいのある人が交通機関を利用する場合も他の利用者と同等の安全性が確保されるための合理的配慮がなされなければならない。にもかかわらず,交通事業者が安全確保のための合理的配慮を提供することなく,障がいのある人自身の独力では安全性を確保できないといった理由で利用が拒否される場合もある。そういった点に鑑みると,安全性は,個別具体的な状況を踏まえ,必要な合理的配慮がなされることを前提にして判断されるべきである。 (3)ガイドラインに盛り込むべき具体例 (公共的施設の利用) ・知的障がいがあるというだけで,公営プールを利用できないこと。 ・精神障がいがあるというだけで,議会の傍聴を禁止されること。 ・障がいを理由として宿泊を断られること。 ・他人の同伴を条件に施設の利用を許可されること。 ・盲導犬を連れて飲食店に入店しようとしたら盲導犬同伴の入店を拒否されること。 ・インターネットカフェの会員になるために精神福祉手帳を見せたら,「障がい者お断り」と言われて入店を拒否されること。 ・車いす,オストメイトなどを理由に,公衆浴場の利用を拒否されること。 ・金融機関で,ATMがタッチパネル式であるため,視覚障がいのある人が使うことができず,窓口で振込を行うと手数料を払わなければならないこと。 ・施設に段差や階段があるために,車椅子での利用ができないこと。 ・エレベーターの使用時間に規制があるために,当該時間外での車椅子での利用ができないこと。 ・ 障がいのある人用の座席しか利用できないために,座席選択の自由がないこと。 ・ホテルに,他の客室と比べ,高額なバリアフリーの部屋しかなく,安価な部屋が提供されないこと。 (交通機関の利用) ・車椅子利用者であることあるいは盲導犬を連れていることを理由に,タクシー乗車を断られること。 ・「通勤時は混み合うので無理」という理由で,車いすでのバスの乗車を断られること。 ・ハンドル型電動車椅子は安全ではないという理由で鉄道利用を断られること。 ・利用申込みにおいて,一般よりも早い事前の利用申込みを要求されること。 ・利用申込みにおいて,医師の診断書の添付を求められること。 ・隣接ビルのエレベーターを経由しなければならない構造であるために,隣接ビルの営業時間による利用制限を受けること。 ・プラットホームと電車のステップとの間隔が広いために,車椅子利用者が1人で電車を利用することができないこと。 ・障がいのある人が使用できるように配慮された座席が指定席のみであり,自由席を選択できないこと。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮の具体的内容 合理的配慮の具体的な内容としては,例えば,移動においては物理的障壁を除去すること,又は人的支援を提供すること,接遇においては障がい特性に配慮した対応をすること,設置してある設備の利用においては障がいのある人にも可能となるような手段を提供すること,危険を回避し安全に利用できるよう対策を講じること,当該施設の利用に必要な情報においては容易に理解したり,受け取れるようにするための手段を提供することなどが考えられる。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 (公共的施設の利用) ・ 車椅子に対応した設備が完全ではないとしても,多少の段差に対しては,予め,簡易式のスロープを用意しておくこと。 ・エレベーターの使用時間の制限を緩和すること,及び,障がいがある人の場合には例外的にエレベーターの使用を認めること。 ・知的障がい等があり,案内表示板の内容が理解できない人に対し平易な説明を付けたり,係員が,わかりやすい言葉で個別に案内・説明すること。 ・ 美術館や博物館などで,視覚障がいのある人が展示物を触ることを認めること。ただし,展示物の性質上これが認められない場合もあると考えられる。 ・金融機関で視覚障がいのある人のサインについて,代筆を認めること。複数の職員の立ち会いや,契約状況のビデオ撮影など,代筆の信頼性を担保する手当が考えられるところであり,一律に代筆を認めない扱いは,差別にあたりうる。 ・車いす対応トイレを設置すること。 ・アナウンス情報を聴覚障がいのある人のために掲示すること。 ・案内表示板に点字表示を付けること。 ・長く待つことができない発達障がいのある子どものために,娯楽施設の入園時やアトラクション利用時に,待たなくとも入園あるいは利用ができる特別枠を設けること。 ・時々大声を上げてしまう障がい特性がある人のために,コンサート会場などでブースを設けて利用を認めること。(子連れの人の鑑賞にも利用できる手法である。) ・コンサート会場などで,車いすの人がよくステージを見ることができるよう,車いす席の位置や高さを適切なものとすること。 ・飲食店で,点字メニューを置くこと,又は視覚障がいのある人のためにメニューを読み上げて説明すること。なおメニューを点字化するのは点字図書館に問い合わせるなどすれば可能である。 ・ホテルで聴覚障がいのある人のために,緊急時に点灯する非常灯のある部屋を用意すること。 ・講演会,研修会等を主催する事業者や公的機関が,視覚障がいのある人が音声変換できるように,案内や資料をテキストデータで提供すること。 ・講演会,研修会等を主催する事業者や公的機関が,聴覚障がいのある人のために,手話通訳や要約筆記を付けること。 ・大ホール,大型娯楽施設やホテル等で,聴覚障がいのある人のために,手話通訳者を配備すること。 (交通機関の利用) ・利用申込みにおいて,口頭以外にも,電話,FAX,メール等による多様な方法を認めること。 ・運行状況に関する駅のアナウンスが聞こえない聴覚障がいのある人が認識することができるように,掲示板に運行状況を記載すること。 ・視覚障がいのある人のために,時刻表の内容などを口頭説明すること。 ・車いすの人がバスやタクシーに乗る際に,手助けをすること。 ・駅のホームに転落防止の柵を設置すること,点字ブロックを設置すること。 ・列車内に車いす用トイレを設置すること。 W アクセシビリティ:情報保障 1 差別の禁止が求められる対象範囲 情報・コミュニケーションの分野において,不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供として差別が禁止される対象範囲については,情報に関しては,その取得や伝達及び情報の利用に関する事項であり,コミュニケーションに関しては,それを確保するための手段の選択やその使用に関する事項である。 このような合理的配慮については,情報提供の形態や性格によって様々なものがあるので,どのような手段が技術上可能か,どのような手段が適切であるのかなど様々な違いがある。そこで,提供が可能な合理的配慮としてどのような手段や方法があるのかを含め,政府においては,障がいのある人々,専門家,事業主の参画を得て,ガイドラインを作成することが必要である。 次に,情報のやり取りは個人と個人のやり取りからインターネットの利用に至るまで多様な過程や形態があることから,相手方として想定すべき範囲は広範なものとなる。相手方に応じて差別が禁止されるべき内容について分説する。 2 相手方が一般公衆へ情報を提供する主体である場合 報道機関や出版社のように情報の提供自体を主たる目的とする事業者,情報を添えた商品を一般消費者に販売する事業者,国民に情報を提供又は開示する国又は地方公共団体がこれにあたる。 その上で,現状においても技術や体制の整備ができるにもかかわらず,これを提供しない場合については,合理的配慮の不提供として差別に該当することを明記すべきである。 とりわけ,国及び地方公共団体による情報提供の場合,国民や住民を対象とするものである以上,原則として過重な負担について問題とすることはできないことを明確にすべきである。 3 相手方が,少数を対象とするが不特定の者への情報を提供する主体である場合 演劇の公演,スポーツ観戦等の情報を提供する事業者,各種の公開講座等における情報を提供する事業者又は主催者がこれにあたる。 障がい又は障がいに関連する事由を理由として観劇を拒んだり,受講を断るなどの異なる取扱いをすることは不当な差別的取扱いとなる。 合理的配慮に関しては,適切な代替手段は上記2の場合に比較し限られたものとなる可能性があるにしても,少なくとも有償でかかる情報を提供する事業者が,合理的配慮として実施できる手段があるにもかかわらず,これを提供しない場合は差別とすることを明らかにすべきである。 4 相手方が特定の者に情報を提供する主体である場合 職場,学校,その他の団体若しくは会議体等が構成員に情報を提供する場合の事業者がこれにあたる。 この場合,障がいのある人はその事業の構成員となっている場合であるので,情報の提供において合理的配慮がなければ,構成員としての役割を果たすことは極めて困難となる。したがって,例えば,手話通訳,要約筆記,ノートテイク,筆談,知的障がいや発達障がいの特性を配慮した通訳者の立ち会いなどを含む対応,ゆっくり話すなど理解力に配慮した十分な時間の確保,点字文書,振り仮名付きの文書等,様々な手段を検討して障がいの特性に応じた情報提供及びコミュニケーションのための合理的配慮を提供しない場合は,差別となることを明らかにすべきである。 5 相手方がその事業活動において一般公衆とのコミュニケーションが必要となる事業者である場合 例えば,レストランでは,客の注文を聞いて食事を提供することになるが,そのようなサービスを提供する事業者の場合,コミュニケーションなしには,サービスの提供とはいえない,又は不十分であることがある。 この場合,コミュニケーションが取れないことを理由としてサービスの提供自体を断るなどの異なる取扱いをすることは差別的取扱いとなることを明らかにすべきである。 また,合理的配慮に関しては,上記例示の手段の提供や障がいのある人の発することが間違って受け取られることがないようにすること等を含め,障がいに配慮した方法,手段等の提供が求められる。 6 立法的措置の必要 差別解消法は個別的な紛争解決を図ろうとするものであるが,上記のとおり,権利条約は,情報へのアクセスに関して,その利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ,公表し,及び監視すること等を含む措置をとることを求めており,情報におけるバリアフリー化に向けた施策がなければ,情報における障壁を全般的になくしていくことは困難である。 したがって,政府は,権利条約を踏まえて,差別解消法とは別に,情報・コミュニケーション法や手話言語法を制定して,情報における障壁を全般的になくしていく必要がある。 X 商品・サービス・不動産 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)差別が禁止されるべき事項や場面 この分野において,不当な差別的取扱いと合理的配慮の不提供として差別が禁止される事項は,特に,商品においては売買,サービスにおいては提供,不動産においては居住用及び事業用の不動産の利用に関する事項である。サービスについては,多くの部分が本節Vの「公共的施設利用」の項で対象となり,公共的施設において提供されるものではないサービスについて本項の対象とする。 a 商品の売買 スーパーや商店など商品を売買する場面で,障がいのある人が差別を受けることは多い。例えば,知的障がいのある人が1人で買い物に行った場合に,「親を連れてこないと売れません」といった拒否をされたり,聴覚障がいのある人が商品説明を受けたくても,筆談を拒否されたり,車いすの人が高い位置の陳列棚にある商品を見ることができなかったり,商店内の通路に荷物が置かれていて奥まで入ることができないなどの事例がある。こうした商品に関わる情報の提供のあり方や売買に伴う契約やその履行に関わる事項等が対象となる。 b サービスの提供 サービスの提供は,飲食店業,美容・理容業,旅館・ホテル業,娯楽施設,金融機関,医療・福祉事業などの商業サービスと,自治体の健康診断,図書館,自治体実施の避難訓練,保険相談,税務相談などの公的サービスを広く含む分野である。こうした分野で,障がいを理由にサービス提供を断られたり,障がい特性に配慮したコミュニケーションが行われないといった差別が多く存在する。 サービス提供に関わる契約やその履行に関わる事項が対象となる。 c 不動産の利用 障がいのある人が居住用又は事業用の不動産を賃借しようとしても,視覚障がいのある人は火事を起こすから貸さないといった賃貸そのものの拒否や,通常より多額の敷金を求められるといった不利な条件を課される差別や,賃貸借契約の内容を知的障がいのある人にもわかるように説明してくれないといった事例がある。 また公営住宅は,障がいのある人が地域生活を送る上で重要な社会資源であるが,十分な供給がなされていない。 こうした民間の不動産賃貸借や公営住宅への入居に関わる事項が対象となる。 (2)相手方の範囲 この分野において,差別をしてはならないとされる相手方は,@不特定又は多数の者に対して商品を販売し,又はサービスを提供し,若しくは不動産を賃貸する事業者,及びA公共サービスを提供する国又は地方公共団体,ということになる。 2 禁止が求められる差別的取扱い (1)不当な差別的取扱い この分野における「不当な差別的取扱い」とは,商品の売買,サービスの提供,不動産の利用に関して,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いをすることと定義すべきである。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 (商品の売買) ・知的障がいのある人が一人で買い物に行った場合に,「親を連れてこないと売れません」と販売を拒否されること。 ・聴覚障がいのある人が商品説明を受けたくても,筆談を拒否され,商品を購入できないこと。 ・車いすの人が高い位置の陳列棚にある商品を見ることができず,商品購入できないこと。 ・商店内の通路に荷物が置かれていて,車いすの人が奥まで入ることができないこと。 (サービスの提供) ・障がいを理由にピアノ教室,家庭教師などの利用を断られること。 ・旅行会社に旅行を申し込んだが,障がいを理由に断られること。 ・クレジットカード申込みにあたり,自署を要求されるため視覚障がいのある人が加入できないこと。 (不動産の利用) ・精神障がい,知的障がい,視覚障がい,聴覚障がい,肢体不自由などを理由に,アパートの賃貸を拒否されること。 ・障がいを理由に,アパートの敷金を増額されること。 ・障がいを理由に保証人を要求されること。ただし,誰に対しても要求される保証人であれば,差別にあたらない。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮の具体的内容 この分野における合理的配慮は,商品,サービスの内容や,障がい種別や程度によって極めて多様なものとなる。どのような場合が「過重な負担」となるかもケースバイケースである。 したがって,ガイドラインにおいては,具体例を多数盛り込み,適宜,過重な負担にあたる場合にも言及することが望まれる。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 (商品の売買) ・商店で,知的障がいのある人に対し,平易な言葉でわかりやすい商品説明を行うこと。 ・聴覚障がいのある人に対し,本人の希望に応じて,手話又は筆談により商品説明などのコミュニケーションを行うこと。 ・視覚障がいのある人に対し,店内の商品配列をわかりやすく説明し,商品を手に取ることを認め,言葉によるわかりやすい商品説明等を行うこと。ただし,触ってはならない性質の商品の場合は,必ず手に取ることを認めなければならないものではない。 ・商店でクレジットカードを使用する際,視覚障がいのある人について代筆を認めること。その際,複数の者の立ち会いや本人確認などの補完的手段をとることが考えられる。 ・車いすの人に対し,高い位置の陳列棚の商品を下に降ろして見えるようにすること。 ・通路をふさぐ荷物をどかして,車いすの人が商店の奥まで入ることができるようにすること。 (サービスの提供) ・インターネットで旅行や宿泊やチケットを予約する際,説明文書や申込みフォームをテキストデータにして,視覚障がいのある人が利用できるようにすること。 ・訪問介護や訪問看護の際,聴覚障がいのある人のために筆談等によりコミュニケーションを取ること。 (不動産の利用) ・知的障がいや精神障がいがある人のために,契約内容を優しくわかりやすく説明すること。 ・視覚障がいのある人のために,契約書を点訳するか,契約内容を読み上げ,署名の代筆を認めること。 Y 医療・健康 医師は正当な事由がなければ診療を拒否してはならないと定められているが(医師法19条1項),これに対する罰則規定はなく,前記のとおり,現実には障がいのある人に対する治療や入院の支障となったり拒否する事例が多数生じており,これらを解消するためには,医療機関に対して何が差別であるかを具体的に示したガイドラインの作成が求められる。 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)差別が禁止されるべき事項や場面 医療は,生命・健康の維持に必須であり,とくに障がいのある人の受療率は非常に高いというデータもあることから(金沢市障害者計画アンケートでは,治療中は身体障がいのある人で63.5%,知的障がいのある人で54.8%である。平成19年厚労科研「精神医療の質的実体把握と最適化に関する総合研究」分担研究によれば,精神病床に入院中の患者における身体合併症がある者は47%であった。),他の者と同質・平等な医療を保障するためには,医療機関へのアクセスや医療提供の受付段階から,徹底して差別が禁止されなければならない。 したがって,医療の分野で差別が禁止されるべきものとしては,医療の提供に伴う受付手続,診療,医療行為,施薬,入通院管理,治療後の訓練,それらに必要な情報の提供等に関わる事項である。 (2)相手方の範囲 差別をしてはならないとされる相手方につき,生活の中で医療に関わる場面は多いが,すでに述べた地域生活におけるサービスの場面で賄いきれず,特に生命・健康に関わる相手方として,ここでは医療の独占が許されている医療機関(病院,診療所,薬局)に限定する。 2 禁止が求められる差別的取扱い (1)不当な差別的取扱い 医療の分野における「不当な差別的取扱い」とは,施薬やリハビリを含む治療や入院に関して,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いをすることと定義すべきである。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 ・介助が必要な身体障がいがあることや,精神障がいがあることを理由に,診察又は入院を拒むこと(他の医療機関を勧めることを含む)。 ・治療に集中するのが困難な発達障がいのある子どもの歯科診療を拒否すること。 ・介助者や家族が一緒でなければならないなど,診療や入院にあたって条件を付すこと,条件を満たさないことを理由に医療の提供を拒むこと。 ・医療機関関係者が,障がいのあることについて,卑下した言動をすること。 ・医療機関関係者が,障がいと関係がないにもかかわらず,障がいのない人とは異なる言動,態度をとること。 ・速やかに医療を提供するなどの目的があったとしても,罵声を浴びせて心理的に急かしたり,過度な拘束をすること。 ・障がいがあることや障がいの内容を理由に,個室の利用を強制し,その費用を負担させること。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮の具体的内容 医療の分野における合理的配慮は,その不提供により実質的な医療提供の拒否にもなり,生命の危険に直結するおそれがあることから,合理的配慮は必要不可欠である。 医学的に専門知識を有する医師はもちろん,医療に関わる者は全て,障がいについて無知無理解であってはならない。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 ・医療者が,障がいについて正しい知識を習得した上で,当該患者の反応について正当に評価すること。 ・医療機関における予約方法について,電話のみでなく,聴覚障がいのある人も可能な手段(FAX,メール等)を用意すること。 ・医療機関内で患者を呼ぶ際,聴覚障がいのある人については声だけに頼らず,プライバシーにも配慮しつつ,本人が気付くように連絡をとること。 ・本人の希望するコミュニケーション手段を尊重し,説明に必要な時間を十分にかけ,自己決定に必要な情報を障がいのある人本人に伝えること。 ・障がいの程度を考慮して本人が意思決定できるよう支援した上で,本人の意思を尊重すること。 ・患者の病室に入る際には,本人が気付く方法を用いて本人の了解を得て入室すること。 ・治療や入浴に際し衣服の着脱に支援を必要とする場合には,同性の職員によるべきこと。 Z 司法 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)対象となる手続 司法手続において,手続上の配慮が求められる対象となる手続は,全ての法的手続である。民事訴訟法,行政事件訴訟法,人事訴訟法,民事調停法,家事事件手続法,刑事訴訟法,少年法,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律,その他の法律に基づいて,裁判所が関与する司法手続全般が対象となる。 また,刑事手続に関しては,裁判所が関与する前の捜査段階だけでなく,関与した後の,矯正施設における処遇等が終了するまでが全て対象範囲となる。 (2)相手方の範囲 差別をしてはならないとされる相手方には,司法手続に関わる職責を有する機関や個人も全て含まれる。ただ,ガイドラインは行政機関及び事業者に対するものであるので,裁判所は含まない。したがって,検察庁,警察署,拘置所,刑務所や,検察官,警察官,刑務官などのほか,弁護士会や弁護士も,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならないとされる範囲に含まれる。 (3)法的保護の対象 司法手続の直接の当事者である,原告,被告,被疑者,被告人,受刑者のみならず,証人及び刑事事件の被害者も含まれる。 2 禁止が求められる差別的取扱い (1)不当な差別的取扱い 司法手続においても,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いを,「不当な差別的取扱い」として禁止するべきである。 なお,司法手続に関わる職責を有する機関や個人に障がい特性への正しい理解がないと,それと気づかないまま,結果として不当な差別的取扱いをしていることになることに注意すべきである。 (2)ガイドラインに盛り込むべき具体例 ・知的障がいがあるために,被害をうまく申告できない場合に,何を訴えているのかわからないと言って,被害届の受理を拒否すること。 ・障がいへの理解がないことで混乱してパニックになっている発達障がいのある人を,いきなり押さえつけること。 ・障がいのある人の家族や支援者に対して,「こんな人間を外に出すな。」「ちゃんと見張っておけ。」などと言うこと。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮が求められる場面とガイドラインに盛り込むべき具体例 a 刑事手続(捜査段階) ア 逮捕理由,弁護人選任権,黙秘権等の告知 防御権の保障のために,逮捕理由や弁護人選任権,黙秘権等の告知は,障がいの有無にかかわらず正確に伝わらなければならない。したがって,障がい特性に応じた意思伝達に係る合理的配慮が必要である。 よって,以下のような具体例を盛り込むべきである。 ・視覚障がいのある人を逮捕する場合は,点訳された逮捕状を示すこと。 ・ 聴覚障がいのある人に逮捕状を執行する場合は,手話通訳者を同行すること。 ・知的障がいのある人に逮捕状を執行する場合は,告知内容を平易な言葉へ言い換えること。 イ 取調べ 取調べにおいては,障がい特性に応じたコミュニケーションに係る合理的配慮が必要である。また,供述内容が,正確に調書に記載されることも担保されなければならない。 したがって,以下のような具体例を盛り込むべきである。 ・障がい特性に理解のある人の立会による通訳支援を義務づけること。 ・取調べの可視化を義務づけること。 b 刑事手続に準じる行政手続 行政機関における審問等,公判手続に準じる場面では,手続の間を通じて,コミュニケーションに関する手続保障がなされなければならない。 したがって,以下のような具体例を盛り込むべきである。 ・聴覚障がいのある人に対して,手話通訳,要約筆記など,その人のコミュニケーションに適した通訳をつけること。 ・視覚障がいのある人に図面などを示す場合は,触ってわかるような凹凸をつけること。 ・知的障がいのある人には,問われている内容がわかるように支援する者をつけること。 c 受刑又は身体拘束中の処遇 ・知的障がいや発達障がいなどの様々な障がい特性に配慮した介助や医療を提供すること。 ・知的障がいや発達障がいなどの様々な障がい特性に配慮した日課や刑務作業等の処遇,更生プログラムを導入すること。 ・受刑することの意味を発達障がいのある人が真に理解し,内省を深めるための障がい特性に合ったコミュニケーションの方法や心理的アプローチを行うこと。    ・面会時の手話による会話若しくは手話通訳者による通訳を許可すること。 d 行政不服審査等 ・相手方から出された書面や証拠を点訳すること。 ・調停等において,手話通訳者の同席をみとめること。 4 関係者への障がい特性等に関する研修等 司法手続において,障がいのある人が,差別されることなく,効果的に適正手続の保障を受けるためには,一連の司法手続に携わる関係者が障がい特性を理解することが不可欠である。 したがって,以下のような【具体例】を盛り込むべきである。 ・障がい特性等に対する無知が差別を生むので,司法手続の対象となる全ての関係者に対して,障がいの理解に効果的な研修を義務付けること。 ・司法関係者養成において,専門的なプログラムを組み,福祉施設等における実習を行うこと。 [ 参政権 1 差別の禁止が求められる対象範囲 (1)差別が禁止されるべき事項や場面 この分野では,特に選挙に関して,選挙権や被選挙権に関わる資格,選挙に関する公的機関による情報の提供,政見放送,投票方法,投票所における人的・物的支援等が問題とされる。 (2)相手方の範囲 選挙を含む政治参加に関しては,中央選挙管理委員会,都道府県選挙管理委員会,市町村選挙管理委員会等の選挙管理委員会,政治団体,メディアその他関係機関が,差別をしてはならないとされる相手方となる。 2 禁止が求められる差別的取扱い 政治参加においても,障がい又は障がいに関連する事由を理由とする区別,排除又は制限その他の異なる取扱いを,「不当な差別的取扱い」として禁止するべきである。 選挙権等の資格に関しては,公職選挙法11条1項1号が成年被後見人の選挙権等を制限していたが,2013年5月27日,公職選挙法11条1項1号を削除する法改正が行われその資格は回復している。 また,今回の国内実態調査において,盲導犬同伴での投票所への入場が断られたという事例が存在したが,これは少なくとも障がいに関連する事由を理由とする差別的取扱いであり,差別に該当すると考えられる。 3 求められる合理的配慮とその不提供 (1)合理的配慮が求められる場面とガイドラインに盛り込むべき具体例 a 投票の機会 ア 政見放送等における手話通訳・字幕の付与 ・全ての選挙における政見放送への手話通訳・字幕の付与。 ・国会中継等における手話通訳・字幕の提供も政治参加において重要であるため,放送局の体制整備が求められる。 ・選挙演説や日頃の政党主催の講演会等における手話通訳者や要約筆記者の配置,政党機関誌等による情報提供における点字又は利用可能な電子データの提供については,政党の政治活動の自由や公職選挙法の制約があると思われるが,法改正を含めた検討が必要である。 イ 選挙情報の提供 ・選挙公報等における視覚障がいのある人が必要とする配慮(点字版,テキスト版,音声テープ版等の整備等)。 ・知的障がいや発達障がいのある人が必要とする配慮(分かりやすい表現を用いたもの,振り仮名を付したもの等)。 ・投票所における知的障がいや発達障がいのある人のための視覚による情報伝達支援(投票用紙の記入ブースに貼ってある候補者名に顔写真を付けるなど)。 ・街頭演説において要約筆記を付けることは現行法では公職選挙法で禁止されている文書図画違反に該当するため,これを見直す改正が必要である。 ウ 投票所のバリアフリー ・投票所における段差の解消。 ・知的障がいや発達障がいのある人等に分かりやすい案内表示の設置。 ・車いす利用者が記入できる机の設置。 ・視覚障がいのある人のための点字投票用紙,拡大文字投票用紙,点字及び拡大文字による案内表示,拡大鏡,照明具等の設置。 ・投票所における手話通訳者の配置。 ・その他,投票所における障がいのある人の負担を軽減するために利用可能な物理的環境の提供,投票所における手助けや案内等の人的配慮。 ・障がいのある人自身が選んだ介助者の付添いを認めること。  エ 投票方法 ・ 知的障がいや発達障がいのある人等に分かりやすい投票用紙の様式(例えば,あらかじめ投票用紙に候補者の氏名等を印刷しておき,これに順位や○・×などを記入する様式)。 ・知的障がいや発達障がいのある人等に投票の手順を説明するためのコミュニケーションボードの作成・設置。 ・代理による投票や自宅での投票(郵便による投票を含む。)等障がい特性に応じた適切な投票方法の整備及びそれを利用するための手続の簡易化等の配慮。 ・代理による投票の際のプライバシーへの配慮。 ・最高裁裁判官の国民審査投票において,視覚障がいのある人のみに負担となることのない投票方法の実施。 ・上記に関連し,電子投票の導入も検討されるべきである。 b 入院・入所中の投票の機会 ・投票所への移動の支援,出張による投票,その他投票の機会を確保するための配慮。 c 政策決定過程への参画の機会 ・国や地方公共団体が実施しているパブリックコメントをアクセスしやすいものにする,また政策に関する公聴会での情報保障を行う等の配慮。 (2)合理的配慮の不提供を正当化する事由 一般的に合理的配慮の提供が過重な負担を生じる場合は,これを提供しないことが差別には当たらないとされるが,民主制の根幹をなすこの分野に安易に適用すべきではない。 第3節 モニタリングと国内人権機関 T 権利条約33条2項の規定 権利条約33条2項は,他の人権諸条約とは異なり,条約上の権利の実施を促進,保護及び監視する機関の設置を締約国の義務としており,締約国の国内において,そのための枠組みの構築や機関の設置を求めている。 そして,同項は,上記の機関の設置にあたっては,国連決議である,人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)を考慮に入れるべきことを求めている。 U 国内人権機関とパリ原則 1 国内人権機関とは (1)国連は,数々の国際人権基準を設定し,それを国際的に実現するため機構,システムを作り,発展させてきた。 そうして,国際的な人権基準を国内で実施するため,1993年12月20日,国連総会は,国連加盟国に対し,パリ原則に基づく国内人権機関の設置を求める決議を採択した。 現在では,国連加盟国のうち,既に120か国以上において国内人権機関が設置されている。 (2)国内人権機関には3つの機能があるとされる。 第1に,刑事施設,入管施設などにおける人権侵害,官民を問わず性別や障がい,民族などを理由とした差別など様々な人権侵害に対して,調停,勧告などにより,簡易,迅速に人権救済し,またその予防を目的とする機能がある。 第2に,人権政策の提言である。人権保障のための法律案の提言,国際人権条約との調和,その実効的な履行を促進し,確保するための方策の提言,国連及び条約機関との協力など,人権保障を制度的に推し進めるための活動である。 第3に,人権保障の推進のための人権に関する教育及び研究プログラムの作成を支援し,公的機関や学校などにおけるプログラムの実施に参画すること。情報伝達及び教育を通じて,世論の関心を高め,人権促進の宣伝をすることである。 2 パリ原則とは 国内人権機関には,上記のような各種機能を果たすことが期待されているところ,このような機能を十分に果たしゆくためには,国内人権機関につき,その独立性等に対し特別の配慮がなされなければならない。 そこで,パリ原則では,国内人権機関の在り方につき,以下のような規定を定めている。 (1)権限と責任を通じての独立性 a 国内人権機関が人権を伸長及び保護する権限を付与される。 b できる限り広範な職務を与えられ,その構成と権限の範囲は憲法又は法律で定める。 c 人権の伸長,保護に関するあらゆる事柄について,自らの権限で政府,議会その他関連当局に対し,意見,勧告,提案及び報告を提出すること。 (2)構成の多元性の保障 国内人権機関の構成と構成員の任命は,人権にかかわる社会集団の多元的な代表を確保できる手続により行われる。 (3)財政上の自立を通じた独立性 その活動を円滑に行える基盤,特に財源を持ち,政府の財政統制の下に置かれず,自らの職員と建物を持つことを可能とすること。 (4)任命及び解任手続を通じての独立性 真の独立の前提である構成員の安定した権限を確保するため,一定の期間を定めた公的な決定によって任命されること。 (5)活動の方法 さらにパリ原則においては,国内人権機関の活動方法につき,以下のように規定している。 a 問題につき自由に検討,調査,協議し,司法その他の機関と協議し,広報し,NGOとの関係を発展させること。 b 人権救済の申立てを審理し,調停を通じての解決を図ること。 c 法律,規則,行政慣行の改正や改革を勧告すること。 V 日本における国内人権機関設置をめぐる経緯 1 1998年,国際人権(自由権)規約委員会が日本政府に対して,「人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設立することを強く勧告する。」という総括所見を出し,2001年5月,人権擁護推進審議会が「人権救済制度の在り方について」を答申した。これを受けて,2002年,人権擁護法案が国会に提出された。しかしこの法案は,差別,虐待以外の人権侵害が特別救済の対象とならないなど救済の範囲が限られる反面,言論表現の自由に対する侵害のおそれがあり,当連合会はじめ各方面からの反対が強く,廃案となった。 2 その後も,国連人権条約機関の勧告が続き,2008年,国連人権理事会が国内人権機関の創設を勧告するに至って,日本政府は,「勧告をフォローアップする」と表明した。 3 日本政府は,民主党政権下,2012年9月,人権委員会設置法案を閣議決定した。さらに同年11月,法案は再度閣議決定され,国会に提出されたが,衆議院解散により審議に入る前に廃案となった。 Y 結語 第3章第17節で述べたとおり,国内モニタリングの制度が日本では未整備であるから,権利条約の完全実施に向けて,パリ原則に則った国内人権機関の設置は必要不可欠であるといえる。 したがって,日本弁護士連合会は,権利条約の実施を促進し,保護し,監視するための仕組みとして,パリ原則に則った,政府から独立した国内人権機関を直ちに創設することを求める次第であるが,日本が批准した権利条約33条2項が,権利条約上の権利の実施を促進,保護及び監視する機関の設置を締約国の義務としている以上,少なくとも,権利条約に特化した国内人権機関については,早急に,創設するべきである。 第4節 選択議定書の批准に向けて T 権利条約選択議定書の規定 1 権利条約選択議定書は,その1条1項において,議定書の締約国は,障害者権利委員会が,当該締約国による条約規定の侵害の被害者であると主張する当該締約国の管轄下にある個人若しくは集団により提出される通報又はこれらの個人若しくは集団のために提出される通報を受理し,検討する権限を有することを認めると定めている。 2 そして,通報を受理した障害者権利委員会は,関係締約国への照会(選択議定書3条),通報を行った被害者に生じうる回復不能な損害を回避するための暫定的な措置の要請(選択議定書4条),通報の審査(選択議定書5条)及び調査(選択議定書6条)をなしうる。 U 個人通報制度の意義 1 個人通報制度とは,条約上の権利を侵害されたと考える個人又は団体が,権利条約により設置された国際機関である障害者権利委員会に直接,通報をして,その判断を求めることができる仕組みである。 2 とりわけ,権利条約の選択議定書については,権利条約に保障された人権が侵害され,国内でも救済手段(行政手続・裁判)を尽くしてもなお救済されない場合に,被害者個人若しくは集団などが障害者権利委員会に通報し,通報を受理した委員会が調査を行い,通報事案についての意見(Views)や勧告を出し,締約国政府や国会がこれを受けて国内での立法,行政措置などを実施することにより,個人の権利の救済を図ろうとする制度であり,具体的には,下記のような機能を有するものとして,権利条約に規定された権利を保障する上で,重要な機能を果たすものである。 3 まず,個人通報制度が導入された場合,第一に,国内の裁判で救済されなかったケースについて,個別の救済が可能となる。日本の裁判所は,人権条約の適用について積極的ではないため,個別事件に関する救済の意義は大きい。又は,救済は,権利条約上の委員会の意見を経たのち,行政的な措置あるいは新たな立法などでなされることが予想されるため,当該ケースのみならずその後の同種事例においても国内での救済が前進することとなる。 さらに,裁判所は国内での裁判の後に条約機関での意見があり得ることを前提として判決を下すこととなるため,裁判官に権利条約を意識させることができ,条約機関の見解を念頭において裁判せざるを得ないこととなる。このことは,国内の裁判において,結果的に日本の人権水準を国際標準に近づけることとなる。 V 選択議定書の批准の状況 1 権利条約を批准している国のうち,過半数の国が選択議定書を批准している。 2 ところが,日本政府は,今日現在,まだ権利条約の選択議定書を批准しておらず,日本管轄下の個人及び集団は,個人通報制度を利用できない状況である。なお,日本政府は,権利条約以外の,自由権規約等の選択議定書についても批准しておらず,現在日本において,人権諸条約上の個人通報制度を利用することは,全くできない。 W 結語 以上のように,権利条約に認められた権利を実効的に保障するためには,個人通報制度の導入が不可欠である。とりわけ,国内人権機関の設置がなされていない日本においては,個人通報制度の導入の必要性は極めて高い。 日弁連は,日本政府に対し,権利条約の選択議定書を速やかに批准することを求めるものである。 第5節 権利委員会への報告とモニタリング 権利条約の批准後の報告及び審査サイクル,これに対する障がい者団体の役割については,第2章第2節で詳述したとおりである。 ここでは,当該サイクルにおいて日弁連として考えられるかかわりについて,以下のとおり提案したい。 T 批准後の報告に関するかかわり まず,政府報告は権利条約の実施主体である中央連絡先(フォーカルポイント:33条1項前段)がその準備をするとされているが,国会答弁によれば日本における中央連絡先は,@外務省総合外交政策局人権人道課及びA内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付参事官障害者施策担当とされている。日弁連としては,実質的にはどの機関ないし会議体が中心となって報告を準備するかを注視しなければならない。当該機関に日弁連としての意見をどのように反映させていくかが課題である。 また,当該機関ないし会議体に,障がい当事者の委員が多数参加するように監視することも日弁連の役割として期待されるところである。 今回のジュネーブ視察でも度々権利委員会から指摘されていたように,各分野の統計を取り分析することは,現状認識と課題の抽出にとって重要な作業である。なるべく早い段階で,必要な統計調査について政府に要請をすることや,日弁連・障がい者団体等としての統計調査を行うことが望まれる。 また,現在批准国の4割強が政府報告を提出しないと言われている。当然ながら,日本政府が期限内に報告を提出するよう監視していかなければならない。 U パラレルレポートの作成 パラレルレポートについては,今回のジュネーブ視察において,障がい者団体等が連携して意見の集約を図り,一本化したレポートを提出することが効果的であるとの意見を聞くことができた。 その意味では,JDF等のまとまった組織が作成するパラレルレポートに関して,日弁連として協力できることを最大限協力し,国内障がい者団体としての意見の作成に寄与することは当然に実施することが必要である。 一方で,パラレルレポートは誰でも提出することが可能であり,今回の視察においても,日本における日弁連の積極的関与については評価する声が聞かれたところである。子どもの権利条約などの他の条約の報告においても,日弁連が独自のレポートを提出してきた経緯のとおり,法律家集団である日弁連が独自の意見表明を行うことには重要な意義があると考えられる。 そのため,日弁連は,2年後のパラレルレポート提出の時期に合わせ,日弁連としてその作成に向けた継続的議論を重ねていくことが重要である。 V 質問事項への回答の作成 政府報告の提出から建設的対話の実施までの時間は,現状では5年以上かかるものが,権利委員会の会期日数を延長するなどの改善措置を図ることで,日本の建設的対話は政府報告から2〜3年後と言われている。 とすれば,質問事項の採択と回答の提出時期は,政府報告から1〜2年後と予測される。 質問事項に対し2か月以内に政府が提出する回答とあわせて,日弁連としても回答の提出を行うことが求められる。 W 建設的対話のモニタリング 今回,日弁連としてジュネーブに視察し,スウェーデンとの建設的対話を通じて権利委員会の認識を共有したことや,権利委員会の複数の委員やIDAとの交流を図り意見交換をしたことは非常に有益な機会であった。 建設的対話の場にも日弁連として出席し,権利委員会が日本に対してどのような点に問題意識を有しているかを共有し,日本政府の対応を監視するとともに,休憩時間や終了後の意見交換を通じて,日弁連としての問題意識を伝え,今後の権利条約の実施に向けた課題を共有することが重要である。 X 継続的なモニタリング 総括所見を踏まえ,4年後の報告に向けて,日弁連としても継続的に国内の権利条約実施状況をモニタリングすることが必要である。これは,批准2年後の報告に対して行う日弁連としてのかかわりと同様のかかわりが要請される。 日弁連は,1つの国内監視機関として,継続的な監視機能を持つことが期待される。