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第5回 2017年8月号 事業承継の円滑な進め方

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Q.当社(A社)は、関東近郊の食品メーカーで、私の祖父が創業した会社です。現在、私の父(70歳)が代表取締役社長で、母が取締役副社長、私(40歳)は代表権のない専務取締役で、主に営業を担当しています。最近、父の体調が芳しくなく、そろそろ私が代表取締役社長となって会社の運営をしたいと考えていますが、なかなか父が前向きに対応してくれません。取引先や金融機関も社長の体調や当社の先行きを気にしているようですし、私としても父に何かある前に対応しておきたいのですが、どうしたらよいかわかりません。  なお、株式は全株を父が保有しています。また、私には既に嫁いでいる姉と公務員になっている弟がいます。姉も弟も私がそのまま会社を継ぐことについては一応了解しています。2代目社長として会社を経営している同級生から「事業承継」という言葉を聞きましたが、「事業承継」はどのように進めたらよいのでしょうか。

A.息子さんなどが事業を引き継ぐ「親族内承継」の場合は、一般的に、①事業承継に向けた準備の必要性の認識、②経営状況・経営課題等の把握(見える化)、③事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)、④事業承継計画の策定、⑤事業承継の実行、の5つのステップで進めるとよいと言われています。  御社の場合には特に①のステップに踏み込めないで止まってしまっているという状況のようですので、そこから始めるということになると思われます。日本の事業承継の主流は今でも御社のような「親族内承継」が約4割を占めているようですが、実は御社のように、そもそものスタートを切ることができないという会社も多いようです。その理由は「事業承継」が「社長の死」を想起させるものであるからと言われたり、社長が社内・社外・身内に対しても現在の地位を維持したいからとも言われてますが、まずは上記①のステップを踏み、進めてゆくことが大切です。 

事業承継に向けた5ステップ

円滑な事業承継の実現のためには、5つのステップを経ることが重要

1 事業承継に向けた準備の必要性の認識 

後継者の方がいきなり「事業承継」の話を持ち出すと、先ほどの「死の想起」や「地位の維持」からトラブルになる場合があります。まずは、事業承継をしないとどのような問題が生じるかをお父様に理解してもらうことが重要です。

男性は60歳を超えるあたりから、生存率が下がるというデータがあるようですが、病気による突然の入院などの可能性も高くなります。お父様は既に70歳ということで、残念ながらこの可能性も高くなってきていると思われます。 

お父様が突然の入院で意識もなくなったような状況では、御社の場合にはお母様が取締役とのことで、すぐにお母様とあなたの2名で取締役会を開き、あなたを代表取締役に選任するという方法が考えられます。また、お父様の体調が既に芳しくないということでしたら、あなたが早めに代表取締役に就任することをお勧めします。ただ、このような状況で株主総会を開く必要が生じたときは、御社の場合、お父様が全株を保有されているということでは株主総会で決議をするための定足数すら満たすことができません。株式についても、できる限り早期に、過半数以上を譲り受けておくことをお勧めします。

問題は、事業承継の重要性に気づいてもらうきっかけをどうやって作るかですが、中小企業庁が作成した「事業承継診断票」というものがあります。一般に60歳を超えた経営者の方にこの診断が勧められています。後継者の方からは言いだしにくいと思いますので、金融機関の方や顧問弁護士・顧問税理士と話す機会がありましたら、以下のURL(中小企業庁HP)から出力したものを利用して,診断を促してもらえないか相談されてはいかがでしょうか。 
http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/shokibo/2017/170414izoku28.pdf

2 経営状況・経営課題等の把握(見える化)

また、お父様が財務関係も一人でやっていたような場合、上記の状況のようなときや、急に亡くなったようなときには、残りの者が多額の借入に驚くというようなことも、ままあります。会社の財務内容や重要な契約なども早めに教えておいてもらい、後継者としても、現在自分が担当している分野以外のことも把握しておくことが大切です。

さらに、その機会に自社の商品力・開発力の有無など強みと弱みを改めて把握することも重要です。いつ何時何があるかわかりません。お父様である社長の頭の中にある事業の仕組みやノウハウや人脈などについても社内全体で共有できるものは共有し、会社として持続可能な体制を目に見える形で残しておくことが大切です。それにより新たな発見があり、売上の増加や経費の削減につながり、会社の発展につながることもあります。

なかなか自社のことを整理して「見える化」することは自力では難しいでしょうから、以下のURL(経済産業省HP)の「知的資産経営報告書」作成マニュアルなどを参考に一度ざっと自社のことを把握しておくことをお勧めします。 
http://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/guideline/list13.html

3 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)

かつては「事業承継」というと、相続税対策での株価の引き下げや株式の分散などが主流でした。しかし、株価の引き下げは会社の価値の引き下げと同じですし、株式の分散は後継者の方の経営をやりづらくするものであり、本末転倒です。本来は早期に後継者に株式を集中し、会社を発展させる道を取るべきです。

相続税対策も切実な問題であることは当然ですが、事業承継税制などを活用して負担を抑えつつ、会社の事業の競争力を高めたり、事業承継の機会に経営体制の総点検などを行い、企業自体を強める「磨き上げ」に注力したいところです。 

実際、事業は時代とともに移り変わることが多いものです。特に現代のインターネット社会ではITを利用して自社の売上を伸ばすことなども求められることが多いです。後継者であるあなたとしては、事業承継の機会を利用して現在及び将来を見据えて事業計画を練ってみることも良いでしょう。また、会社の経営は自分だけでできるものではありません。この機会に自分の右腕になるであろう社員と将来のことを話してみるのもいいかもしれません。金融機関や顧問弁護士・顧問税理士も相談に乗ってくれるかもしれません。 

なお、事業承継税制につきましては、以下のURL(国税庁HP)をご参照ください。
https://www.nta.go.jp/shiraberu/ippanjoho/pamph/sozoku/hijojo_aramashi/pdf/all.pdf

4 事業承継計画の策定と実行

事業承継計画の内容は、①経営の承継、②経営権の承継、③事業用資産の承継の3つに分類されることが多いですが、それぞれ対策に時間がかかるものです。後継者であるあなたとしてもこの3つの分類は意識しておくことが重要です。

① は「経営問題」と呼び換えてもいいですが、後継者教育(後継者から見ると学び)、社内・社外の環境整備、経営内容の改善などが含まれます。いずれも一朝一夕にできないことは理解いただけると思います。 

② は主に株式の承継のことですが、法律問題と税務問題が絡んできます。前3で事業承継は税金対策ではないとお伝えしましたが、やはり事業承継税制を上手に活用するには、一定の期間の法務対策や税務対策が必要です。 

③ は株式以外の事業関係の資産の承継のことですが、株式と同様に法務対策・税務対策に一定の時間がかかる場合があります。

お父様の財産を後継者であるあなたに集中させようとした場合、民法の「遺留分」という制限にかかることがあります。「遺留分」は「相続人の最後の砦」とも言われますが、基本的に相続財産の半分は、遺言などでも自由にできません。事業承継の場合には特別にこの「遺留分」の特例が認められており、この「民法特例」を利用することにより、遺留分を制限されることなく後継者であるあなたに株式や事業用資産を集中させることができる場合があります(以下のURLは中小企業庁HP)。 詳しくは弁護士にお問い合わせください。 
http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/pamphlet/2012/download/1003Shoukei-3.pdf

5 まとめ

以上、「事業承継の円滑な進め方」というテーマで解説させていただきました。 私自身、「親族内承継」の案件や「M&A」による事業承継案件をお手伝いさせていただいておりますが、いずれも簡単なものではなく、時間をかけて税理士さん等の士業の方や他の弁護士とも協働して取り組んでいます。

冒頭にも記載しましたが、あなたの場合にはまずは「事業承継に向けた準備の必要性」をお父様に理解してもらうことが必要です。「事業承継診断」を金融機関などに依頼するのでも良いですし、顧問弁護士、顧問税理士に相談するのもよいので、まずは第一歩を踏み始めることが大切です。 

日本弁護士連合会及び弁護士会では、中小企業向けの相談窓口として「ひまわりほっとダイヤル」を開設しています。そこに電話をかけることから始めるのも良いのではないでしょうか。

事業承継は会社のバトンタッチのようなものです。お父様がおじい様から受け継いだバトンを、あなたが受け継ぎ、あなたはバトンを更に次の世代に渡せるように頑張って頂くことを期待しております 

≪執筆者紹介≫ 弁護士 幸村 俊哉(第二東京弁護士会)
日本弁護士連合会ひまわり中小企業センター事務局員

 

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