日本弁護士連合会

弁護人の役割


弁護人の役割とは?

弁護人は、罪を犯したと疑われている人の権利を守る役割を果たします。弁護人の最大の使命は、えん罪の防止です。そのため、たとえ多くの人は被告人が犯罪を行ったに違いないと思っているような状況でも、被告人の権利を守るために最善を尽くします。

どうして「悪い人」の弁護をするのでしょうか?

罪を犯したと疑われている被疑者や被告人は、弁護人をつけることができます。弁護士費用を自分で用意できない場合は、国選弁護人をつけるよう求めることができます。
弁護人になると、「何であんな悪い人の味方をするんだ」と言われることがあります。しかし、被疑者や被告人は、捜査機関から犯罪の疑いをかけられているにすぎません。「犯人」「悪い人」と決めつけてはなりません。そのような被疑者や被告人が犯人ではないのに間違って刑罰が科せられることがないようにするため、刑事訴訟法という法律が厳格な手続を定めています。そして、法律のことをよく知らない被疑者や被告人のために手続がきちんと守られているかをチェックし、さらに、被疑者や被告人が自らの権利を十分に活用することができるようにするため、弁護人の援助が必要です。
このように、弁護人は、刑事手続の中で被疑者や被告人の権利を守ることによってえん罪を防止する役割を担っているのです。
これから、実際の刑事事件の流れにそって、「元被告人の日記」を見ながら、弁護人の役割を考えてみましょう。この元被告人は、全く身に覚えのない犯罪の疑いをかけられ、裁判を受けることになりましたが、最終的には無罪となりました。この日記は、彼が逮捕されてから、無罪判決を受けるまでの間の「獄中日記」です。
なお、これは、弁護人の役割を説明するために作られた架空の話で、実在の事件、人物等とは一切関係ありません。

自己紹介

ある日、私は、全く身に覚えのないことで逮捕されました。その後、何日も勾留され、挙句の果て、起訴されて「被告人」となりました。でも、私の弁護を引き受けてくれた弁護士さんのおかげで、私は、間違って刑罰を科されずにすみました。
私は、逮捕されてから留置場の中で日記を書き始めました。その日記を読み返しながら、その時何が起こったか、お話ししたいと思います。

私が突然「被疑者」になった!?

私の趣味は読書です。会社の帰りにブックセンターに立ち寄って、いろいろな本を探している時が、一番幸せな時間でした。

あの日も、いつものようにブックセンターに立ち寄りました。そろそろ帰ろうと思い、出口に向かって歩いていると、私の目の前に、1冊の本が落ちていました。その少し前を女性が歩いていたので、その女性が落とした本だと思いました。私は、その本を拾い上げ、早足でその女性を追いかけました。

何歩か歩くと、いきなり、後ろから誰かが私の左肩をたたきました。私は、一瞬振り返りましたが、その女性が店を出て行ってしまうので、肩を叩いた人のことは無視して、その女性を追いかけました。

すると、突然、私の後ろから叫び声が聞こえました。振り返ると、先ほど私の肩を叩いたと思われる人(それは男の人でした)が転んで倒れていました。とても苦しそうだったので、私は、その男の人に駆け寄りました。
そこから先は、予想もしない展開でした。男の人は、私に向かってこう叫びました。「万引だ。誰か、こいつを捕まえてください!」

その後のことは、よく覚えていません。ただ、しばらくすると制服の警察官がやってきて、強盗致傷の現行犯として逮捕されてしまいました。

私は何も悪いことはしてないんですが...

私は、警察署に連行されました。私は、何も悪いことはしていません。逮捕されたのは何かの間違いです。事実をそのまま話せばすぐに帰れると思っていました。
ところが、それは甘い考えでした。私は、「本を万引きして、警備員に捕まりそうになったので、その警備員を突き飛ばしてけがをさせた」という疑いをかけられていました。ブックセンターで私の肩を叩いたのは、店の警備員でした。その警備員は、勝手に転んだのですが、警察は、私が警備員を突き飛ばしたと考えていたのです。警備員は、転んで、右足を骨折したそうです。
私は、本を万引きしていません。前を歩いていた人が落とした本を拾っただけなのです。
しかし、警察は、私の言うことを全然信用してくれませんでした。検察官も信用してくれませんでした。そして、私は長い間勾留されることになりました。

弁護士が面会に来た!

勾留されることが決まる前に、裁判所で、私には弁護人をつける権利があると聞かされました。でも、私には、知っている弁護士などいませんでした。会社の顧問弁護士は、有名な弁護士らしいのですが、私のような一従業員がお願いしても来てくれるはずはありませんし、第一、私には弁護料を払うこともできません。国選弁護人の制度があるということなので、それをお願いしました。次の日には、その弁護士さんが早速面会に来てくれました。これは、その日の日記です。

【日記】5月16日
早速、弁護士が面会に来た。50歳くらいだろうか。何となくしょぼくて、頼りない感じだ。でも、「国選」だから仕方ないのだ。本当は、会社の顧問の先生にお願いしたい。でも、カミさんは、そんなお金は出してくれないだろうな。

今から考えると、とても失礼なことを書いてしまったと思います。後からわかったのですが、私の弁護士さんは、本当は40歳なのでした。それに、「しょぼくて、頼りない」なんて・・・。

【日記】5月31日
弁護士に全部説明した。万引きなどやってない。前を歩いていた人が落とした本を拾っただけだ。警備員がけがをしたというけど、あれは、勝手に転んだのだ。
弁護士は、「警察は信用しないだろうけど、私は信用しますよ。疑うのが警察の仕事なら、信じるのが我々弁護士の仕事です」と言った。私の言うことを信用してくれる人に会えた。何となく頼りない感じだが、今はこの人を頼るしかない。

家族はどう思っている?

私は、勾留されただけでなく、「接見禁止」とされていました。弁護士以外の人とは面会もできないし、手紙のやり取りもできないのです。家族は、私のことを信じてくれるのだろうか。それがとても心配でした。

【日記】5月17日
カミさんや子どもたちは、どう思っているのだろう。私のことを信じてくれているのだろうか。弁護士は、「奥さんはあなたのことを信じている」と言っていたけど。直接話すことができないからわからない。本当だろうか。ユウたちは、学校でいじめられていないだろうか。

仕事はどうなる?

私は、ごく普通の会社員です。逮捕、勾留されてしまって、仕事はどうなるのだろう。それがとても心配でした。

【日記】5月18日
私は、無実だ。何も悪いことはしていない。でも、会社はクビだろうか。部長や同僚たちはどう思っているのだろうか。
会社には、自分が無実であることを説明したい。わかってくれるはずだ。でも、接見禁止だ。誰にも会えない。

これが取調べというものか

逮捕以来、連日、警察や検察の取調べが行われました。とても厳しい取調べでした。

【日記】5月27日
今日も警察の取調べだった。
私は、万引きなどしていないし、警備員の人を突き飛ばしたこともない。どう聞かれようと、そう答えるしかない。でも、警察は、私の言うことを信用してくれない。「そんな都合のいい話、誰が信じるか。バカかお前は」と怒鳴られた。つらい。

【日記】5月28日
今日も警察の取調べ。
警察の話によると、目撃者がいるらしい。私が警備員を突き飛ばしたのを見た人がいるというのだ。そんな馬鹿な。私は、突き飛ばしたりしていない。でも、本当に目撃者がいるのだろうか?私の記憶がまちがっているのか?だんだん自信がなくなってきた。
それから、私が犯人だという「動かぬ証拠」があるのだという。でも、それがどんな証拠かは教えてくれない。「客観的な証機」らしい。ウソだろう。そんなはずはない。でも、警察によると、これが「動かぬ証拠」らしいのだ。

【日記】5月29日
今日は、検事の取調べだった。
検事によると、やっぱり、目撃者がいるし客観的な証拠もあるのだという。「間違いなく、有罪は立証できる」と言っていた。「否認して争ったら、裁判で判決が出るまで時間がかかる。それから懲役だ。早く認めれば早く出られる。」とも言っていた。
検事の言うとおりかもしれない。もう、検事の言うとおり認めてしまった方がいいかな。

このように連日厳しい取調べが行われて、私は、罪を認めてしまおうかと思いました。でも、そんなときに、弁護士さんが面会に来てくれました。

【日記】5月30日
弁護士が面会に来てくれた。もう、罪を認めて、早く終わらせたいと言った。弁護士は、「これまであなたが私に話してくれたことはウソだったのですか」と聞いてきたので、私はとんでもないと答えた。すると弁護士は、「では、それを貫きましょう。それで何か問題がありますか」と言うので、「目撃者もいるし、客観的な「動かぬ証拠」もあるようだ。争っても勝ち目はない。どうせ有罪になるなら、早く終わらせたい」と言った。弁護士は、「あなたが万引きをしていないなら、客観的な証拠などないはず。目撃者と言っても、どこの誰だかわからないし、信用できるかどうかわからない。強盗致傷はとても重い犯罪で、有罪なら、おそらく実刑になる。そうなると、あなたは、仕事も家庭も失うかもしれない。それでいいのですか。奥さんや会社の同僚は、あなたの無実を信じていますよ。」
涙が出てきた。みんな、私のことを信じてくれているのだ。それに、警察は「証拠がある」というけど、そんな証拠はあるはずはない。助かった。もう少しで認めてしまうところだった。
とにかく、がんばろう。

このときの弁護士さんのアドバイスのおかげで、それ以降の取調べでも否認を貫くことができました。もし、弁護士さんがついていなければ、私は、検事の言うとおりに認めてしまっていたと思います。今から考えるとゾッとします。

【日記】5月31日
今日は警察官の取調べだった。
否認を貫いた。
前の取調べでは、もう少しで自白しそうだったのに、今日は、断固、否認を貫いたから、警察もイライラしているようだ。弁護士の悪口を言い始めた。弁護士の言ったとおりだ。弁護士は、私が否認を貫けば、警察はそのうち自分の悪口を言うと言っていた。例えば、「何百万円も弁護士費用を請求されるぞ!」とか、「あいつの言うとおりにしたおかげで、裁判でひどい目にあったやつがいる」とか。警察がそのように言ってきたら、あせっている証拠だと。そうだ、警察は、あせっているんだ。

裁判員制度って何だ?

20日間の勾留の後、私は、強盗致傷罪で起訴されました。

【日記】6月4日
今日、起訴された。否認していても起訴されるということは、弁護士からも聞いていた。これからが、こちらからの反撃だ。がんばるぞ。

起訴の翌日、弁護士さんが面会に来ました。 もう一人の弁護士を連れて。

【日記】6月5日
弁護士が面会に来た。
私の事件は、裁判員裁判になると言う。だから、もう一人国選弁護人がついたらしい。これからは二人で担当するとのこと。 そうだ、会社でも、裁判員に選ばれたらどうする、というのが話題になっていた。でも、まさか、自分が、裁判員裁判を受ける側になるとは。素人に裁判なんかできるわけない。有罪だ。何とか、プロの裁判官にやってもらえないだろうか。

私は、裁判員裁判のことが気になりました。

【日記】6月8日
弁護士面会。
裁判員裁判のことを聞いた。自分の事件は、プロの裁判官にやってもらいたいと思っていた。
でも、弁護士が言うには、裁判員は法律については素人かもしれないが、裁判に出てきた証拠を見て、裁判官とは異なる知識や経験などから考えて、私が犯人かどうかチェックしてくれると。
なるほどそうかもしれない。プロだけではなく、私と同じようにごく普通に社会の中で生活している人たちにも加わってもらった方がいい。納得。

公判を前に

裁判が始まる前に、「公判前整理手続」が行われました。検察側がもっている多くの証拠を見ることができるようになりました。

【日記】6月25日
弁護士によると、検察官が出してきた証拠の中には、客観的な「動かぬ証拠」などないという。当たり前だ。万引きなどしていないのだから。でも、取調べのときには、警察から「動かぬ証拠」があると言われて、それを信じてしまいそうになったのだ。今考えてもおそろしい。

弁護士さんたちとは何度も何度も打ち合わせをしました。弁護士さんも大変だったと思いますが、私も、正直なところ大変でした。

【日記】7月30日
また、今日も弁護士が来た。これで4日連続。他の仕事してないのかな?
検事の取調べも厳しかったが、弁護士との打ち合わせも大変だ。2人とも妥協しない。私が少しでもいい加減なことを言うと、すぐ、突っ込んでくる。弁護士との打ち合わせは、とても疲れる。でも、無罪を勝ち取るためだ。弁護士もがんばってくれている。私もがんばろう。

ようやく公判前整理手続は終わりました。私は、手続の期日には出頭しませんでした。最後の公判前整理手続期日が終わったときに、弁護士さんから整理結果の報告がありました。

【日記】8月10日
弁護士によると、この裁判の争点は、
私が本を万引きしたかどうか
私が警備員を突き飛ばしたかどうか
の2点。
証人は、警備員と目撃者。
警備員は、私が本を万引きしていたのを見ていたのだという。弁護士に差し入れしてもらった供述調書のコピーを見ると、確かに、そう書いてある。それから、私に突き飛ばされたとも書いてある。うそつくな!

公判

いよいよ公判が始まります。

【日記】9月11日
明日から公判だ。私は本を拾っただけだ。警備員は、勝手に転んだだけだ。突き飛ばしてなんかいない。
でも、裁判官や裁判員は、私の言うことを信用してくれるだろうか。警備員や目撃者が言っていることはデタラメだ。だけど、裁判官や裁判員は、あいつらの証言を信用してしまわないだろうか。
でも、今あれこれ考えても仕方ない。弁護士も気合い十分だ。本当のことを言うのみ。

公判は、3日間続けて行われました。もちろん、裁判を受けるのは初めての経験で、とても疲れたのを覚えています。1日目の公判が終わった後の日記はこうです。

【日記】9月12日
長かった。疲れた。
ずっと座っているだけなのに、こんなに疲れるとは。
やっぱり、あの目撃者はうそつきだ。証人尋問でよくわかった。
事件の数日前、私は、左手にけがをして、しばらく包帯を巻いていた。あの日もまだ包帯を巻いていた。あの目撃者の供述調書によると、「犯人が、両方の手をじゃんけんのパーのような形にして、警備員の人を突き飛ばすのをはっきり見ました」となっている。だけど、私が左手に包帯をしていたとはどこにも書いてない。じゃんけんのバーのような形まで見えたなら、包帯をしていたのも見えたはずだ。本当に、私が警備員を突き飛ばしたのを見たのならば、包帯のことも話すはずだし、供述調書も書かれてあるはずだ。それが書いてないということは、あいつは、そんなことは話していない。つまり、本当は見ていないのだ。
なのに、法廷では、「左手に包帯をしているのを見た」なんて、平気でうそをついていた。でも、弁護士が突っ込んでくれた。供述調書に包帯のことが書かれていないということを弁護士が指摘したら、見るからに動揺した表情をしていた。さすがに、あの目撃者の言うことは、裁判員も信用しないだろう。

明日は、被告人質問だ。弁護士が最後の打ち合わせに来た。それにしても、この弁護士たちは、面会のときと法廷のときとでは全く別人だ。法廷では、テレビドラマみたいだった。今さらながら見直した。いい弁護士についてもらった。
明日もがんばろう。

公判2日目以降は、本当に疲れ切ってしまい、日記を書く気力もありませんでした。でも、裁判員の人たちが、最初から最後まで本当に真剣に聞いてくれていたのをよく覚えています。

【日記】9月18日
明日はいよいよ判決だ。やるだけのことはやった。弁護士もがんばってくれた。でも、やはり、不安はある。もう、どうせ眠れない。このまま起きていて、明日裁判所へ行こう。

私の日記はここで終わっています。なぜならば、これは「獄中日記」だから。

この元被告人には無罪判決が言い渡され、長い勾留生活は終わりました。

もし、この元被告人に弁護人がついていなかったら、どうなったでしょうか。元被告人には、接見禁止がついており、家族と面会したり、手紙のやり取りをすることもできませんでした。そのような中で、連日、厳しい取調べを受けていました。元被告人は、そのような苦しい状況から逃れようと思い、身に覚えのない罪を認めてしまおうと考えたときがありました。そのようなときに、弁護人が面会に来ました。弁護人は、その時点での状況を冷静に分析し、その後の見通しを丁寧に説明し、元被告人を励ましました。そのおかげで、元被告人は、身に覚えのない罪を認めるようなことはせず、がんばりました。もし、ここで罪を認めてしまっていたら、「元被告人」は、「受刑者」となり、家族や仕事を失っていたかもしれません。

また、弁護人は、証拠を緻密に分析し、目撃者とされる証人に対して的確な反対尋問を行ったようです。この証人が意図的に嘘をついたのかどうかは分かりませんが、このような的確な反対尋問がなければ、検察官が主張するとおりの事実が認められてしまい、「元被告人」は、身に覚えのない罪によって「受刑者」となっていたかもしれません。

弁護人は、このように被疑者、被告人の権利を守るため、その知識と経験を生かし、最善の努力をします。これが、弁護人の役割です。