名古屋刑務所刑務官による受刑者暴行事件に関する会長声明


本年12月9日、法務大臣は、名古屋刑務所において3名の受刑者が、総勢22名の刑務官から、暴行及び暴言を繰り返し受けていた疑いがあることを発表した。顔や手を叩いたり、アルコールスプレーを顔に噴射したり、臀部をサンダルで叩いたりする等の暴行は、2021年11月上旬から本年8月下旬にまで及んでいたといい、被害受刑者の1名が左目付近にけがをしているのを職員が見付けて確認し、暴行事件が発覚したとされる。


被収容者の人権を尊重し、適切な処遇を行うこと(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事被収容者処遇法」という。)第1条)が求められる刑事施設において、刑務官を含む職員が被収容者に暴力を振るうことは決して許されず、最大限の非難に値する。さらにその後、法務大臣は、12月13日の閣議後記者会見において、刑事施設視察委員会(弁護士や医師らによる、刑事施設を視察し、運営に関して意見を述べる機関)が、本年3月に職員の対応について受刑者の不満が見られると指摘していたことを明かし、「名古屋刑務所視察委員会から貴重な意見を頂きながらも、施設運営に適切に反映できていなかった」ことを認めた。この点だけをみても、刑事施設視察委員会の意見や役割を軽視していたとの批判を免れない。また、名古屋刑務所として、本年8月に暴行の事実を把握しながら、12月まで公表が大幅に遅れたことも重大な問題である。


過去には、名古屋刑務所において、複数の刑務官が受刑者への暴行陵虐を行い死傷させる事件が少なくとも3件あったことが明るみになり、一連の事件発覚が、その後の監獄法改正への契機となった経緯がある。当連合会は、当該事件を契機として発した2003年12月22日付け「arrow_blue_1.gif「行刑改革会議提言」についての会長声明」において、行刑改革会議の提言は、受刑者の人間性の尊重、自発的で自律的改善更生の意欲を持たせる処遇を求めるものであるとともに、刑事施設視察委員会の創設、情報公開、地域住民との連携の強化等を求めるものであり、高く評価できるとした。その上で、当連合会として「21世紀にふさわしい国際的な人権水準に合致した真の行刑改革の実現をめざす」と述べていた。さらに、2005年3月18日付け「arrow_blue_1.gif「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案」についての日弁連の意見」において、職員の人権意識の改革や受刑者の人間としての尊厳を傷つける取扱いをしてはならない旨の基本的使命を規定で定める必要性を提言するとともに、刑事施設視察委員会の独立した調査権限、資料提出を求める権利等を含めた情報開示、行刑運営の透明性を確保するための制度整備等を求めていた。


その後も当連合会は、刑事被収容者処遇法の施行日から5年以内の見直しを求める同法附則の規定を受け、残された改革課題や法の施行状況から判明したarrow_blue_1.gif改善すべき事項をまとめ、法務大臣及び警察庁長官に提出するなど、更なる法改正による改革の実現に向けて努力を続けてきた。しかしながら、5年が経過した後も、当連合会の提言を受けた法改正作業は行われず、刑事施設職員による被収容者への暴行事案が根絶されることはなかった。


本年6月には、刑法等の改正により、「懲らしめ」のために罰として刑務作業の義務を課す「懲役」を廃止し、受刑者の改善更生、社会復帰を志向する「拘禁刑」が導入された。その施行を間近に控えた現在、20年前と同じ名古屋刑務所において、またしても受刑者に対する大規模かつ長期にわたる暴行が繰り返されていたという事実はあまりに深刻である。行刑改革会議提言にうたわれた受刑者の人権を尊重し、改善更生や社会復帰を図るという行刑改革の理念が浸透していないことが露呈したと言わざるを得ない。


法務大臣は今回の事件を受け、「全国の刑務所で同様の事態が生じていないかについても調査するように指示したほか、(矯正当局以外の)他局についても同様の事態が生じていないか確認するよう、指示」するとともに、「本件事案の背景事情を含めた全体像の解明と再発防止策等を公正中立な第三者の目で点検・整理する必要があると認め」、「外部有識者による検討会を立ち上げるように指示した」と明言した。


当連合会は、独立性が確保された検討会により、今回の一連の事件並びに全国の刑事施設内におかれた受刑者への暴行・暴言等の実情について徹底的な調査が実施され、その調査結果が詳細に公表されることとともに、政府に対し、調査結果を踏まえた上で具体的かつ実効的な再発防止措置を講じることを求める。同時に、行刑改革会議提言から約20年経過し、刑罰改革が進められようとしている中で今回の事件が発生したことを踏まえ、改めて刑事被収容者処遇法等の法改正を含む、国際的な人権水準に合致した抜本的な行刑制度の改革を推し進めることを強く要望するとともに、当連合会もそのために尽力することを誓うものである。



2022年(令和4年)12月21日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治