経済安全保障法について政府に対して、法の実施過程において説明責任を尽くし慎重な運用を求める会長談話


2022年2月25日閣議決定された、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案(以下成立した法を「経済安全保障法」という。)が国会に提出され、同年5月11日に参議院本会議で賛成多数で成立した。官民協働で先端技術を保護・育成することや外国からのサイバー攻撃を防ぐこと、サプライチェーンを強化すること等が目的とされている。しかし、経済安全保障法の最大の特徴は、法の根幹に関わる「経済安全保障」そのものに定義がないことと、多くの重要概念が政令と省令と政府の決める「基本方針」に委ねられ、規制される内容が法律だけを見ても分からないことである。政省令等への委任箇所は約130箇所を数え、法の適用過程について予測可能性が保障されておらず、法の実施過程において説明責任を尽くし、慎重な運用を行う必要がある。


経済安全保障法は、(1)特定重要物資の安定的な供給(サプライチェーン)の強化、(2)外部からの攻撃に備えた基幹インフラ役務の重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査、(3)先端的な重要技術の研究開発の官民協力、(4)特許出願の非公開の4本柱で構成されている。これらの柱について、運用の範囲が曖昧になると次のような問題が生じ得る。


まず、(1)サプライチェーンの強化では、政令で指定された重要物資が日本への輸出を止められる事態も想定されているところ、今後、経済安全保障法の実施の過程において、我が国の重要インフラ企業から特定の外国に依存したITシステムの排除などを進めるならば、運用次第では、重要物資の調達についての自由競争を阻害し、政府の補助を得た一部企業の寡占化を進めて、結果的にコストの高騰化と調達困難につながる可能性もある。


次に、(2)基幹インフラの事前審査では、14分野の事業者が重要な設備やデータの保全を「我が国の外部」に依存しないよう事前に審査をすることとされ、その審査のために企業には導入等計画書の提出を義務付け、違反した場合は2年以下の懲役か100万円以下の罰金を科しているが、審査に関しては、その対象となる具体的な事業者が「省令で定める基準に該当する者」とあるだけで、さらにここに言われる「我が国の外部」には法律上の定義がない。そして、「我が国の外部」がどのような基準の下に選ばれて具体的にどこの国を指すのか、国会審議においても政府は答弁しなかった。また、書面でどのような審査を行うのかも不透明なままである。事業者にとって不透明な中での経済活動を迫られる法規制であり、政府による恣意的な審査が、設備投資などの経営判断に影響を与えかねず、民間企業の自由な経済活動が制約される可能性がある。


(3)先端的な重要技術の研究開発の官民協力については、官民パートナーシップとして、特定重要技術の研究開発等を代表する者と研究開発大臣により構成される「協議会」を設置するとされるが、このような「協議会」の設置は、軍事技術につながる特定重要技術の研究開発について、予算を通じて国家が一元的に管理・統制するシステムとなるおそれがある。また、経済安全保障法には、企業には規制違反への罰則、研究協議会参加者には罰則付き守秘義務など多くの罰則が定められた上に、秘密特許の制度までが盛り込まれており、研究者を軍事技術分野の研究に囲い込み、守秘義務を課して転職を困難にしてしまうおそれがある。加えて、特定秘密の保護に関する法律とあいまって研究環境が監視の目にさらされることが危惧される。しかも、次の法制化では民間の研究者にセキュリティクリアランス制度(秘密取扱者適格性確認制度)を導入することが検討されており、特定秘密の保護に関する法律における適合事業者の適性評価制度を批判する立場からは、更に研究者の活動への制約が危惧される。


(4)特許出願の非公開は、我が国の特許制度を国際的な水準に調和させる積極的な側面を有する。他方、これまでの我が国の特許制度の下では、特許権者による特許発明の独占を認めると同時に、出願公開制度を採用することで産業促進が図られてきたものであるから、特許出願の非公開制度については、国家及び国民の安全に加えて、特許出願人が被る不利益や、産業に与える影響等も踏まえた多角的な視点からの慎重な運用が求められる。具体的には、以下の事項に留意する必要がある。

  ①  保全審査の対象として政令で定められる特定技術分野の範囲は、必要最小限度に留めること。特にデュアルユース技術については、産業への影響が大きいことから、より慎重にその範囲を定めること。

  ②  特許出願人の法的地位を安定させ、外国出願禁止の制限を早期に解除するべく、特定技術分野に属する発明に関する明細書等を送付するか否かの判断について、法定の送付期限を待つのではなく、可及的速やかにこれを判断し、必要な対応を取ること。

  ③  保全審査において、発明に係る情報の保全をすることが適当と認められるかどうかについて判断する際には、客観的かつ実質的な検討がなされ、かつ、これを現実に可能とする人的・組織的体制を構築するようにされること。なお、保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響その他の事情として、特許出願人に与える影響も十分に考慮されること。

  ④  保全審査を可及的速やかに実施するとともに、保全指定が必要ないと認められる場合、その旨を可及的速やかに特許出願人及び特許庁に通知すること。

  ⑤  保全指定の際にその期間を定めるに際しては、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明に関する情報の保全をするために必要かつ相当な期間に留め、かつその延長は真に必要な場合に限り行うこと。また、保全指定を継続する必要がないと認める場合には、速やかにこれを解除すること。

  ⑥  我が国の特許法上、特許登録がなされていない発明の実施は原則として自由であることから、特許出願人による保全対象発明の実施許可の申請がある場合には、可能な限りその実施を許可し、かつ許可の条件を付さざるを得ない場合であっても、その条件を情報保全のために真に必要な範囲に限定すること。

  ⑦  保全対象発明の適正管理措置の違反は命令又は勧告の対象となり、かつ命令違反は刑事罰の対象になり得ることから、内閣府令で定められる保全対象発明の適正管理措置の内容は、情報保全のために必要かつ合理的なものとすること。

  ⑧  新たな発明共同事業者の追加に係る承認手続は、指定特許出願人に不合理な負担を課さないものとすること。また、同人が適正管理措置を適切に講じさせるであろうことが認められる場合には、承認が不合理に留保されないこと。

  ⑨  保全対象発明に関し、特許出願人が特許出願を維持するか否かを早期に判断可能とし、かつ客観的に適正な補償がなされることを担保するべく、国は、通常生ずべき損失を補償する基準をあらかじめ明確にし公表すること。

  ⑩  我が国の国内でした発明であって公になっていないものが保全対象発明である場合、原則として外国出願が禁止されるところ、国外に所在する者が発明に関与する場合、当該規制の適用の基準が特に重要になり得るため、いかなる場合が「国内でした発明」に該当するかについて、明確な判断基準を設けること。


以上の問題を踏まえ、当連合会は、政府に対し、経済安全保障法の実施過程において、事業者及び市民各層の意見を幅広く聞き、説明責任を尽くし、慎重に運用することを求める。



 2022年(令和4年)7月25日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治