ウクライナ退避者保護を名目とする政府による入管法改正案の再提出に反対する会長声明


本年2月に始まったロシア連邦によるウクライナ侵攻により、ウクライナ市民に多数の犠牲者や退避者が発生している。こうした情勢を受け、日本政府は、ウクライナからの退避者保護に向けて、十分とは言えないまでも迅速な対応に着手した。当連合会としても、こうした動きを歓迎しつつ、基本的人権が蹂躙され続ける現状を深く憂慮し、更に進んだ受入れ施策が採られることを強く期待するところである。


他方、岸田内閣総理大臣は、本年4月13日の参議院本会議において、ウクライナからの退避者を想定し、法務省で難民に準じて保護する仕組みの検討を進めている旨答弁した。そして、古川法務大臣は、同月19日の記者会見において、ウクライナからの退避者を保護するため、収容送還制度との一体的見直しが必要不可欠であるとし、昨年の通常国会に提出され廃案となった出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)改正の政府法案(以下「政府法案」という。)について、その一部のみを取り出すのではなく、現行法下の課題を一体的に解決する法整備を進めるとして同法案の再提出に意欲を示した。


しかしながら、政府法案は収容期間の上限や司法審査の見送り、支援者や弁護士にその立場とは相容れない役割を強いる監理措置制度、ノン・ルフールマン原則に反するおそれのある難民申請者に対する送還停止効の一部解除、刑罰をもって強制する必要性を欠いた退去命令制度等、多くの問題点を有しており、当連合会は重ねて反対を表明するとともに(2021年2月26日付け「→出入国管理及び難民認定法改正案(政府提出)に対する会長声明」、同年5月14日付け「→入管法改正案(政府提出)に改めて反対する会長声明」)、同年3月18日付けで「→出入国管理及び難民認定法改正案に関する意見書」を公表してきた。


そもそも、ウクライナ人居住地域の包囲作戦やライフライン途絶など住民の生命が危機に瀕する武力攻撃がなされ、また米国大統領が言及しているようにジェノサイドが疑われる状況では、ウクライナからの退避者の多くが難民と認められ得るはずである。また、政府も、難民と認められない場合も現行入管法の規定に基づく人道配慮措置(61条の2の2第2項等)によって、退避者の保護は可能であるとしている(本年3月15日の法務大臣会見における説明など)。したがって、ウクライナからの退避者を保護するのに、政府法案の補完的保護制度(報道等では「準難民」とも称される。)は元来不要であると言える。他方、難民申請者が迫害主体から殊更に標的にされたのでなければ迫害のおそれがないとする出入国在留管理庁の解釈を前提とする限り、ウクライナからの退避者の多くが、同じく迫害のおそれを要件とする補完的保護の対象にならないものと懸念される。


これらの事情からすると、庇護希望者を状況に応じて適切に救済するためにふさわしい制度は補完的保護制度であるという政府の説明は誤解を招きかねないものであり、ウクライナからの退避者保護に藉口して、多くの問題点を有する政府法案を正当化するのであれば、それは許されない。


当連合会は、ウクライナからの退避者の保護実現のためにあたかも政府法案が必要であるかのように説明して議論を進めようとする動きに警鐘を鳴らし、改めて政府法案の再提出に反対する。 



 2022年(令和4年)6月1日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治