被疑者に対する社会内処遇制度案に関する会長声明


国会で審議中の刑法等の一部を改正する法律案において、更生保護法を改正し、検察官が罪を犯したと認めた被疑者に対し、その円滑な社会復帰のために必要と認められるときは、その者の同意を得て、勾留中から保護観察所の長による生活環境の調整を行うことを可能とし、かつ、釈放後には、起訴猶予処分がなされていなくとも更生緊急保護を可能とする制度(以下「本制度」という。)の創設が提案されている。


被疑者、とりわけ、高齢や障がいなどによる困難に直面した被疑者について、その人らしい生活を取り戻すことができるような支援をすることは重要であり、そのために本制度を創設することには意義がある。


しかし、本制度は、その運用によっては、かつて当連合会が反対した制度と類似したものとなる可能性があり、注意が必要である。


2017年の法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において、検察官が被疑者に対し改善更生に向けた働き掛けを行う制度の構想について議論されたが、当連合会は反対意見を表明した(2018年3月15日付け「→検察官による『起訴猶予に伴う再犯防止措置』の法制化に反対する意見書」)。その理由の核心は、同制度構想は、検察官の判断により一種の刑罰の性格を帯びる処遇を強要しかねないものであり、検察官の役割を逸脱するのみならず、無罪推定の原則にも反するというものであった。


本制度は、保護観察所の長を実施主体とし、対象者本人の同意を得て行うものであり、かつての制度構想とは異なるものではある。しかし、更生緊急保護の対象者を「検察官が直ちに訴追を必要としないと認めた者」としており、最終的に起訴猶予処分とされるのかどうかが判然としない。また、被疑者の刑事手続を担当する検察官が捜査に支障を生ずるおそれがあり相当でない旨の意見を述べたときは、生活環境の調整はできないとされており、手続上、検察官が主要な役割を果たすことが予定されている。そもそも更生緊急保護の内容は、対象者を社会生活に適応させるために必要な生活指導等、保護観察における補導援護の方法と共通する要素が多い。そのため、検察官が被疑者を処分保留とする場合に、保護観察所の長に対し、被疑者への生活指導等の具体的内容を指定するなどし、その後の被疑者の態度がその内容に従わないものである場合には、最終的に起訴処分とするという運用が行われるおそれもある。とりわけ、被疑者に弁護人が選任されていない事案においては、検察官が、円滑な社会復帰のために働き掛けが必要と認めた被疑者から、形式的に同意を得て、生活環境調整や生活指導等の対象とする仕組みともなりかねない。すなわち、検察官が被疑者に対し改善更生に向けた働き掛けを行う制度構想と極めて類似した運用となる危険性があると言える。


よって、本制度を被疑者の円滑な社会復帰に真に資するものとするためには、被疑者の同意が真意によってなされることを確保した上で、本制度の適正な運用を不断に図っていくことが必要である。


あわせて、当連合会は、被疑者の円滑な社会復帰の実現のために、福祉的支援と連携した弁護士の活動を支える仕組みの実現に向けて取り組んでいく所存である。  



 2022年(令和4年)5月26日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治