「矯正施設の医療の在り方に関する報告書」に関する会長声明

「矯正医療の在り方に関する有識者検討会」(以下「同検討会」という。)は、昨年7月の設置後4回の会合を経て、本年1月21日、「矯正施設の医療の在り方に関する報告書~国民に理解され、地域社会と共生可能な矯正医療を目指して~」(以下「同報告書」という。)を法務大臣に提出した。


同報告書は、現在の刑事施設における医療(以下「刑事施設医療」という。)が「崩壊・存亡の危機」にあるとの現状認識に立ち、「医師不足の解消策を中心に、その解決策について、具体的な提言を行」うとしている。


当連合会は、刑事施設医療が「崩壊・存亡の危機」にあるとの現状認識を共有するとともに、同報告書が、刑事施設医療の「充実強化」のために、医療関係者及び国民の理解を得る努力を求めていること、「矯正医官」(矯正施設に勤務する医師)確保のために、給与水準の改善、勤務時間の見直し、研修制度の運用改善及び兼業許可の弾力的運用等の方策を提起していること、並びに地域医療機関や厚生労働省との連携強化を掲げていることを積極的に評価する。当連合会は、法務省等と連携を強め、これらの施策実現のために努力を傾注することをまず表明する。


しかしながら、同報告書は、「矯正医療が抱える諸問題(中略)を確認した上で、医師不足の解消策を中心に、その解決策について、具体的な提言を行」うとしながら、事実上、刑事施設医療の崩壊危機の象徴である「医師不足」のみに焦点を当てたものとなっており、刑事施設医療が刑事施設に抱え込まれる閉鎖的なものとなっていること、被収容者の患者としての権利が十分に保障されていないこと、刑事施設医療が処遇のためのものと位置付けられており、医療の独立性が確保されていないこと等の刑事施設医療が抱える深刻な問題について、具体的な検討はなされなかった。


また、同報告書は、「(矯正医療の)理念を確認した上で」としながら、被収容者に対する医療は、被収容者の健康の保持・回復により、適切な処遇を実現する基盤となるとともに、健全な社会復帰を可能にし、それが再犯の防止にもつながるという、刑事施設医療が持つ社会的意義についてはその内容にわたる言及はほとんどなされておらず、国民の理解を得ることを目指した報告書としては不十分であるとの感を否めない。


さらに、同報告書は、「常勤の国家公務員としての矯正医官」が刑事施設医療を担うという現在の枠組みをそのまま維持し、医療提供について職員の介在を必要とすること等問題のある現行制度を前提として、「医師不足」の解消策についても上記諸改善を提示するにとどまり、刑事施設医療の厚生労働省への移管、外部医療機関への大胆な外部委託、刑事施設医療の処遇からの独立性の確保といった抜本的改革は検討されなかった。当連合会は、同報告書が持つこれらの問題点を率直に指摘せざるを得ない。


旧監獄法が全面的に改正され現行の「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が制定される基礎となった、「行刑改革会議提言」(2003年12月22日公表)から10年を経過しても、同提言で提起された刑事施設医療改革の方向性について、その後法務省によって真剣に検討された形跡はなく、当連合会がつとに求めてきた刑事施設医療の抜本的改革のための数々の提案も検討されてこなかった。これらの放置が現在の刑事施設医療崩壊の危機をもたらしたと言っても過言ではない。同報告書の提言が「医師不足解消策」にとどまったことから、またしても、刑事施設医療の抜本的改革は見送られかねない事態となっている。行刑改革会議提言が生かされてこなかったというこの「失われた10年」が繰り返されてはならない。同報告書は、「改革へのみちすじ」として引き続き改革への努力が必要であることを強調している。また、同報告書は、当連合会が2013年9月4日に法務大臣等に提出した「刑事施設医療の抜本的改革のための提言」(以下「当連合会提言」という。)について、矯正医療体制の充実強化のために、同検討会の提言のみならず、当連合会提言をも参考にすることを求めている。当連合会は、今後の刑事施設医療の抜本的改革に当たって、当連合会提言が真剣に検討されることを求める。少なくとも、行刑改革会議提言が求め、当連合会も当連合会提言で設置を強く求めた、「刑事施設医療協議会(仮称)」を設置し、刑事施設医療の抜本的な改革に向けた制度的足がかりをつくることが必要である。


当連合会は、国及び関係機関が、崩壊の危機に瀕した刑事施設医療の危機を打開し、被収容者の患者としての権利を実現し、刑事施設医療に携わる関係者が医療専門家としての誇りを持って職務に当たることができる体制を実現することを目指し、その抜本的改革に取り組むことを、今一度強く求める。

 

 2014年(平成26年)1月21日

  日本弁護士連合会
  会長 山岸 憲司