株式会社東日本大震災事業者再生支援機構発足に当たっての会長声明

株式会社東日本大震災事業者再生支援機構(以下「再生支援機構」という。)が2012年2月22日に設立され、3月5日から業務を開始する。この再生支援機構に対する被災地の期待も大きなものとなりつつある。被災事業者の支援対策として新たな立法の必要性を訴えてきた当連合会としても、待ち望まれた再生支援機構の活動開始を歓迎したい。



しかし、再生支援機構の道のりは決して平坦ではない。大地震と大津波は被災事業者の営業用資産に甚大な被害をもたらし、鉄道・道路・架橋・港湾施設・鉄塔等の社会インフラを徹底的に破壊した。さらに、原発事故による放射能汚染とその風評被害が、追い討ちをかけるように被災事業者を苦境に追い詰めている。このような尋常ならざる環境下で通常の経済環境の事業再生の常識に縛られていては、再生支援機構の成功はおぼつかない。再生支援機構が活用され、一人でも多くの被災事業者がその支援の下に再生するためには、多くの課題を乗り越えていかなければならない。当連合会はその中でも、以下のような点が特に重要であると考える。



第一に、再生支援機構の体制が適切に構築されるべきである。



再生支援機構の支援対象となる被災事業者は4万社に及ぶといわれ、津波被害の大きかった沿岸部に所在する。したがって、正に「被災地」である沿岸部に設けられる相談窓口の多数の設置と、被災事業者が相談しやすい体制の確保重要である。窓口となる復興相談センターの設置数と、経験を有する相談員の人数の早期の拡充が強く望まれる。特に、相談に乗れる専門家の確保は支援決定前も後も重要であろう。沿岸部で活動する弁護士、公認会計士、税理士、中小企業診断士等の専門家を正社員や契約社員といった常勤雇用にこだわらず、委託や嘱託を含めた非常勤形態で沿岸地域での被災事業者支援のために広く動員できるよう、体制を継続して整えるべきである。



第二に、すでに、当連合会が、2012年2月21日の「株式会社東日本大震災事業者再生支援機構支援基準案についての意見」で指摘したように、支援基準とその権限の適切な運用が必要である。



前述した尋常ではない状況の中で支援基準を杓子定規に適用すれば、支援対象事業者が絞り込まれてしまう可能性を否定しきれない。株式会社東日本大震災事業者再生支援機構法(以下「機構法」という。)では、再生支援機構の目的は、「東日本大震災の被災地域からの産業及び人口の被災地域以外の地域への流出を防止することにより被災地域における経済活動の維持を図り、もって被災地域の復興に資するようにするため」「金融機関等が有する債権の買取りその他の業務を通じて債務の負担を軽減しつつその再生を支援する」(第1条)とされ、また、支援基準を定めるに当たっては、「被災地域において多数の事業者が自己の責めに帰することができない事由によりその事業の用に供する資産に甚大な被害を受けたことを踏まえ、できる限り多くの事業者に再生の機会を与えることとなるよう適切に配慮しなければならない。」とされている(第18条第3項)。



この趣旨を踏まえれば、十分な検討を行う時間的ゆとりがないままに定められた支援基準は弾力的に運用されるべきであるし、また、支援基準そのものについても適時の見直しを実行することも恐れるべきではない。支援基準による再生支援機構の権限行使の自己抑制が過剰で支援対象が広がらないならば、再生支援機構の存在意義を問われることになる。そのような本末転倒な結果とならないように、関係者による思い切った運用を行うことと支援基準を適時に見直す努力を怠らないことを強く望む。



第三に、金融機関は再生支援機構の債権買取りに協力し、また、被災事業者にニューマネーを適切に供給すべきであるという点である。



金融機関のモラルハザードを防ぐため、機構法は買取価格は適正な時価を上回ってはならないとしている。しかし、金融機関が高い金額での債権買取りを主張するという事態は、岩手県の産業復興機構設立の際の議論にも現れており、機構法の下でも同じことが起こる可能性がある。



被災金融機関に対しては、金融機能の強化のための特別措置に関する法律により、3つの地方銀行と、6つの信用金庫、2つの信用協同組合に合計2154億円の公的資金による資本注入が実行されている。この目的は、金融システムを守ることだけでなく、被災地域の金融仲介機能を回復し、金融機関がリスクを適切にとって貸出しを積極的に行い、被災事業者の再生支援を行っていくことにより、被災地域の雇用と生活を守り、復興を支援していくということにある。金融機関は他の事業者に比較して公的資金による資本注入により特別に支援されているということを自覚し、その特別扱いの目的は金融機能の発揮にあるということを忘れてはならない。殊更に買取価格の値上げを求めて支援決定を不可能にしたり、被災事業者に対する新規融資を躊躇するといった行動をとらないことを国民は期待している。このことを金融機関の全ての従業員が心すべきである。特に被災地にある金融機関には、被災地復興の要を握るものとして、高い自覚と、買取要請応諾や新規融資実行を通じた地域経済社会への貢献を希望する。



当連合会は再生支援機構については立法段階から積極的に評価し、その体制の確立と運営について支援をしてきた。今後も再生支援機構が成功し、多くの被災事業者が再生できるように、当連合会は再生支援機構に対する協力及び支援を継続して行う決意である。
 

2012年(平成24年)3月3日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児