東京電力の原発点検記録虚偽記載問題に関する会長声明

当連合会は、かねてより、基本的人権の擁護と地球環境の保全の立場から原子力施設の安全性に深い関心を持ち、最近においては、2000年10月6日の人権擁護大会において、次のような提言を行なった。


すなわち、エネルギー消費削減に積極的に取り組み、自然エネルギー促進法を制定すること、原子力安全規制行政をアメリカの原子力規制委員会にならって、推進官庁からの独立を確保するような制度とすること、使用済燃料の再処理を中止し、直接処分のための研究と法制度の整備を推進すること、高レベル放射性廃棄物の地層処分政策を凍結すること、原発の新増設を停止し、既存の原発については段階的に廃止することなどである。


東京電力の福島第1・第2、新潟の柏崎刈羽の原発13基で、1980年代後半から90年代半ばにかけて自主点検記録に虚偽記載の不正がなされていたことが本年8月29日原子力安全保安院(以下、保安院と略称)の報道発表によって明らかとなった。原子炉の炉心内の重要機器であるシュラウド(炉心隔壁)やその周囲のジェットポンプなどに発見されたひび割れなどを、国に報告せず、あるいは記録を虚偽記載したものであり、疑惑は29件にも及んでいる。さらに最近の報道では95年以降も隠蔽が続いていた疑いも出ている。


保安院は、原子炉の炉心シュラウドを含む機器に報告されていない、もしくは報告を上まわる損傷が発生していることを知った場合には、原子炉を停止させ、損傷の程度を確認し、必要な補修をするか、すくなくとも損傷程度の具体的な把握にもとづく安全評価を行うべきであった。2年前に通産省(当時)が内部告発を受けながら、公表しないでプルサーマル計画を推進していたこと、東京電力が今年7月に国に提出した定期安全報告書に対して、既にひび割れ情報を知っていた保安院が妥当と評価していたことについては福島県も厳しく批判している。


保安院は自ら本件に関して、「外部の専門家等による評価委員会を設け、本件に係る当院の調査方法等についても評価を得る」としているが、この評価委員会が、保安院から真に独立した構成のものとなるべきは当然の前提であろう。関係する地方自治体である新潟県知事と福島県知事の推薦する者、独立の立場で原子力の安全性について継続して意見を提言している当連合会会長の推薦する者などをそのメンバーに加えるべきである。


東京電力はシュラウドのひび割れの疑いのある5基の原発を点検のため停止したものの、ジェットポンプの異常が疑われる3基の原発については運転を継続させている。今回の報道発表には隠匿されたデータをもとに亀裂などの損傷の成長を推定し、安全限界内であるとする安全評価が添付されているが、評価方法にも疑問があり、推定値にもとづく評価がなされているだけであって、現状の亀裂の具体的な把握にもとづく解析評価ではなく、その信頼性には疑問がある。平山新潟県知事が柏崎・刈羽原発3基の停止と安全確認を求めているのも当然である。今回の情報隠匿に関連して疑惑のある全原発について直ちに停止したうえで総点検が不可欠である。


また、保安院は、他の電力会社、原子力事業者の保有する原子力発電所についても、「同様の問題が発生していないか総点検を行うよう指示する」としている。しかし、東京電力のほぼすべての原発でシュラウドをはじめとする主要な原子力機器の損傷が発生した状況では、他の電力会社、原子力事業者に同様の問題が発生しているものと考えるべきである。そして、まさに東京電力の自主点検の虚偽報告が問題となっているなかで、他の電力会社等に自主点検を行うように指示しただけで真相が明らかになるという考えはとうてい合理的な判断とは思われない。保安院が自ら問題となっている箇所を検査するか独立検査機関に検査させることが絶対に必要である。


今回の事件を受けて、保安院が不正の内容・原因・安全性への影響・事実関係発覚の経過・責任を明らかにすべきは当然として、それを前提として、当連合会は、今回の事件の重大性に鑑み、脱原発政策への転換をより一層強力に求める立場から、冒頭に掲げた最近の提言に加えて、緊急に以下の対応を求めるものである。


(1) 告発に対して保安院の執った措置の妥当性を独立の立場から検査する評価委員会に関係自治体や当連合会から推薦された専門家を加えること


(2) 他の電力会社の保有する原子炉を含め、今回の情報隠匿に関連して疑惑のある全原発を直ちに停止し、保安院自らが責任をもって、虚偽記載が判明した箇所と同様の箇所すべてを再検査すること


2002年9月12日


日本弁護士連合会
会長 本林 徹