子どもの権利条約締結承認案件の国会審議にあたって

子ども(児童)の権利に関する条約の締結承認案件が国会に上程された。


当連合会は、右条約の国連総会採択直後から、子どもを権利行使の主体と認め子どもの社会参加を重視するこの条約が、日本における深刻な子どもの権利侵害の現状を転換させる契機となることを歓迎し、繰り返し政府に対して条約の早期・完全批准と法改正・運用の見直しを求めてきた。


その意味で当連合会は右案件の国会上程を積極的に評価するものであるが、PKO法案などのしわ寄せで審議入りができないような事態になっていることは遺憾である。


しかも右案件には条約の完全批准・実施の視点から多くの問題点があり、見逃すことはできない。


そこで以下にその要点を指摘してその改善・克服を要求し、批准が条約の完全な実施への第一歩となることを期待するものである。


第一は、37条(c)に関して留保を付し、9条1項、10条1項について解釈宣言をしたことである。これは当連合会のみならず多くの国民が一致して求めてきた完全批准に反するものである。


第二は、政府訳で、最高裁判決で定着している「子ども」をあえて「児童」とするなど子どもや市民にも理解できる用語とする努力を怠り、「原住民」、「養家」など不適切な訳語を用い、「アイデンティティ」を「身元関係事項」、「プライバシー」を「私生活」などと恣意的に訳して条約の趣旨を狭めていることである。このような政府訳は法改正・運用の見直しを妨げる事態につながるものである。


第三は、新たな立法措置も予算措置も不要としたことである。これでは当連合会が求めてきた条約実施に必要な体制づくり、すなわち「子どもの権利条約推進本部」(仮称)を発足させ、国内法制の整備・運用(通達を含む)の見直しと子どもの権利確立のための具体的行動計画を策定し、条約の内容を子どもを含む全国民に徹底させ、「子どもの権利オンブズマン」(仮称)を設置して子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組むことは不可能で、子どもの新しい人権保障のあり方を提起した条約の精神を没却するものといわざるを得ない。


当連合会は、政府に対し直ちに留保・解釈宣言を撤回し、訳文を是正し、必要な立法措置や予算措置を講ずること、また国会に対し各方面から指摘されている問題点を、公聴会、連合審査など充実した審議のなかで克服したうえですみやかに承認することを、それぞれ強く要求し、子どもを含む国民各層と共に、今後とも条約の完全実施に向けて必要な提起と要求を続ける所存である。


1992年(平成4年)5月22日


日本弁護士連合会
会長 阿部三郎