浅井国賠事件・若松国賠事件上告棄却判決について

最高裁第三小法廷は、本年5月10日、浅井国賠事件について国の上告を、同第二小法廷は、同31日、若松国賠事件についての若松弁護士の上告を、それぞれ棄却した。


浅井国賠事件は名古屋弁護士会の浅井正弁護士が、若松国賠事件は京都弁護士会の若松芳也弁護士が、それぞれ検察官・警察官から接見妨害を受けたことを理由として損害賠償を求めたものである。


1.

今次の両判決は、ともに1978年7月10日言渡しのいわゆる杉山事件判決を踏襲し、接見交通権が憲法に由来する重要な権利である以上、捜査機関は原則として、いつでも接見等の機会を与えなければならず、捜査機関による制限のための指定が例外的措置であることを再確認している。


のみならず、指定の要件についても、国側が一審以来強く主張してきた罪証隠滅の虞れ等をも含むとするいわゆる捜査全般説の立場に立っていないことは明らかである。


したがって、法務省および個別事件の捜査官は、これまでの捜査全般説に立つ指定の実務運用を直ちに改め、実質的な被疑者の弁護を受ける権利を現実に保障すべきである。


2.

問題は、両判決が指定の要件たる「捜査のための必要」な場合に関して、現に取調べ中ばかりでなく、「取調べ予定」をも含むとした新判断についてである。この見解は、法理論上「間近かで確実な」という限定を付さなければならないことからも明らかなように、物理的限定説と相容れず、また捜査機関が長年にわたって「取調べ中」とともに「その予定」に藉口して接見拒否と先延ばしをはかり、自白の強要の手段としてきた実態に目を蔽うものであってきわめて不当なものである。


両判決は、この意味において、運用如何によっては杉山判決を画餅に帰せしめる危険性をもち、現場にトラブルをもたらすものである。むしろ、捜査機関は接見制限の濫用に歯止めをかけた第三小法廷の補足意見をこそ運用の基準とすべきものである。


3.

日弁連はこれまで、接見拒否ないし制限が、結局自白の強要、虚偽自白による誤起訴、誤判に繋がることに鑑み、その運用改善を求めてあらゆる努力を払い、1988年からは、法務省との間に協議をもち、接見実務の現状が憲法体系上、あるべきそれとは著しく乖離していることを指摘してきた。


この間、法務当局は一般的指定書を廃止し、具体的指定書の持参要求を取止める等の指導を行い、ある程度の制限緩和の姿勢を示したけれども、それすら全国的には周知徹底したとはいえず、なお捜査の現場では、「取調べ中」と「取調べ予定」を理由とする接見拒否ないし妨害が続いている現状にある。また接見時間の著しい制限は一向に改められていない。


4.

このような接見指定の実状は、国内的には憲法上の被疑者の人権侵害の問題であるとともに、国際的には国際人権規約その他の国際人権法にも明らかに違反するものであって、放置を許されない。


以上の見地からみても今次の最高裁判決は厳しい批判と検討を要するものである。


日弁連はこの機会に、今次判決の不当な部分を克服し、さらに接見の自由確立のために、国際的な面を含むあらゆる活動をねばり強く推進する決意である。


1991年(平成3年)6月7日


日本弁護士連合会
会長 中坊公平