2023年度会務執行方針

はじめに

いま、世界と日本には、私ども弁護士・弁護士会、そして日弁連が向き合わなければならないいくつもの重要課題があります。


世界では「戦争と平和」です。2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、いまだに解決の兆しも見えず多くの市民が犠牲になっています。第二次世界大戦後の教訓から5か国を常任理事国とした国際連合(国連)の枠組みは、世界の平和に責務を負うロシアの責任を放棄する暴挙により危機に瀕しており、日弁連はこの軍事侵攻を強く非難します。独善的な権威主義者による、国連憲章と国際法に違反する武力による主権と領土の侵害を止めるためにも、自由・民主主義・人権の尊重・法の支配という普遍的価値を世界で共有して、一日も早く新たな秩序を創ることが望まれます。


他方、日本では安倍元総理大臣への銃撃事件を契機として改めて明らかになった旧統一教会を始めとする霊感商法等の問題において、「家族と信仰」の有り様が問われています。本来宗教により、人は心の癒しと平穏を維持し、豊かな社会生活を送れるはずです。しかし、宗教の名を借りた反社会的活動と寄附の強制により家族の分断と崩壊が進んでいる実態が明らかになっています。日弁連は2022年9月5日から2023年2月28日まで霊感商法等の被害に関する無料の全国統一ダイヤルを設置して全国各地から相談を受け付けてきました。日本司法支援センター(法テラス)に霊感商法等対応ダイヤルが設置され、また、日弁連が全面バックアップして設立された全国統一教会被害対策弁護団でも、旧統一教会に関する被害の実態を全国各地で聞き取り、統一交渉と法的手続をとるべく活動しています。弁護団には、全国の弁護士会から弁護士が団員として参加しており、日弁連は引き続き、各地の弁護士会とともに弁護団を全面支援して活動を展開していきます。さらに、被害救済と新たに制定された不当寄附勧誘防止法の2年後見直しに向けた取組を行う必要があります。


また、法務省、法テラス、日弁連の三者で開催してきた民事法律扶助に関する勉強会で得られた一定の成果を前進させ、更なる法テラスとの連携強化とともに、民事・刑事を始めとする社会の法的ニーズに的確に応えるための改革・改善を継続していかなければなりません。


第1 立憲主義・平和主義と基本的人権の擁護~コロナ禍での市民社会の期待に応える


近年、立憲主義や恒久平和主義を形骸化させかねない動きが見られ、一方で、経済の低迷や新型コロナウイルス感染症の蔓延により社会生活が大きな変化を余儀なくされ、社会の格差がますます拡大・固定化しつつあります。そのような中、貧困問題やいわれなき偏見・差別に基づく様々な人権侵害問題が生じており、特に、女性・子ども・高齢者・障がい者など社会的に脆弱な立場にある人々に、より深刻な影響が出ています。


日弁連は、憲法的価値を守り、基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を全うするため、市民社会の期待に応え、全ての人の人権が尊重される公平・公正な社会の実現を目指します。また、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻なども含め、世界各地で自由、民主主義、人権の尊重、法の支配という普遍的価値が無視され侵害されています。日弁連は、日本最大の人権NGOとして、今後も平和と人権が尊重される社会を目指して努力します。


第2 弁護士自治を基盤とする弁護士会の組織力と弁護士の一体感の向上

弁護士自治は、弁護士が少数者の人権を擁護し、個々の市民の権利の守り手としての役割を果たすために不可欠のものであり、法の支配を支える重要な制度です。しかしながら、弁護士の活動領域が拡大し、大都市圏と地方の司法需要・業務形態の相違や所得の格差等も生じていることにより、弁護士自治や弁護士のアイデンティティについて共通の意識を持つことが難しくなりつつあります。


日弁連は、今後も弁護士自治や弁護士のアイデンティティについての議論を深める努力を継続し、並行して、弁護士会の組織力と弁護士の一体感を高めるために、弁護士の多様性や地域性を踏まえた施策を提言・推進していきます。


魅力ある弁護士と魅力ある日弁連を実現するには、全国の弁護士会が一体となって大きな力を発揮することが必要です。日弁連業務のIT化や各弁護士会の便宜に資するデジタル化を進め、小規模弁護士会を含む全国各地の弁護士会の議論が日弁連に適切に反映されるよう、熟議に基づく丁寧な会内合意形成を目指します。


また、弁護士会の組織としての力の向上のためには、法曹それぞれの業務の魅力を高め、必要な情報を発信して法曹志望者が増加するよう努めなければなりません。法科大学院を中核とする法曹養成制度についても、法曹コースや在学中受験制度の帰趨を見極めつつ、現状を的確に把握し、必要な提言を行っていきます。


第3 若手・女性弁護士等の多様な会員の活躍の推進

弁護士数は約4万5000人となり、そのうちの半数以上が弁護士経験15年未満の会員です。若手会員に対する業務上・経済上の支援、貸与制世代の救済策をより充実させる必要があり、若手会員の声を日弁連に届ける仕組みにも更なる工夫が必要です。また、女性弁護士の就業上の障害、経済上の格差を解消することも含めて、一層の男女共同参画推進の取組が必要です。


さらに、男女共同参画やジェンダー平等のみならず、価値観、働き方等の多様性を互いに尊重し、認め合い、活かしていくというダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に関する取組を日弁連でも2022年度から開始しましたが、これを更に進めます。


私たちは、若手会員、女性会員の活躍機会を更に拡充するとともに、ワーク・ライフ・バランスの実現を含め、多様な会員が現に直面している諸問題を解決できるよう、具体的な施策を提案し、これを実現していくよう努めます。


第4 会員の業務・経済的基盤の拡充と民事司法改革

弁護士数が大幅に増え、業務内容が多様化する中で、弁護士が安定した業務上・経済上の基盤に基づき、基本的人権の擁護と社会正義の実現に取り組める環境を整備することで、個々の会員が、弁護士のアイデンティティを共有しつつ、弁護士として誇りと責任を持って業務に邁進できるよう取組を進めます。


社会環境やそこで起こる法律紛争が大きく変化している中にあって、司法制度改革の重要な一角を占める民事司法制度の改革はこれからの課題です。市民にとって、利用しやすく頼りがいのある民事司法を実現するためには、司法アクセスの拡充(IT化での提訴手数料の低・定額化を含む。)、訴訟手続のIT化の適切な推進、権利救済の実効化(2022年度に提言した情報・証拠収集の充実、損害賠償制度改革提言の実現)、裁判所等の基盤整備、家事事件手続や行政訴訟手続の更なる改革、民事司法の国際化への対応など、多角的・総合的な民事司法改革を一層推し進めることが不可欠です。民事司法改革の実現はすなわち、市民や企業に法的紛争解決・予防へのアクセスを容易にするものであるとともに、会員の活躍機会を拡充することにもつながります。そして、これからの司法の担い手となる若手弁護士が魅力と活力をもって活躍するためにも、必須の課題と言えます。


第5 刑事司法制度の改革

ここ15年余りで進められた被疑者国選弁護制度、裁判員制度、部分的な証拠開示制度や取調べの録音・録画制度の一部導入等は刑事司法改革の成果と言えます。しかし、取調べへの弁護人の立会い、全面的証拠開示制度の実現、取調べの録音・録画の全件・全過程への拡大、いわゆる人質司法の打破等、数多くの課題はいまだ道半ばです。


また、裁判所の裁量に委ねられて、その扉を開くことが不合理なほどに困難な現行の再審制度について、判断の公正や適正手続を担保するための刑事訴訟法(第4編再審。以下「再審法」といいます。)の改正が不可欠と言えます。日弁連は2022年度に設置した再審法改正実現本部の活動を更に前進させていきます。


さらに、被疑者国選、被告人国選弁護報酬の不合理事案を見直すため、法務省、法テラスと連携して協議を進めていきます。


これら刑事司法の諸課題が具体的に改善されるよう、取組を進めます。


以上の基本的方針に基づく具体的取組については、以下のとおりです。


第1 立憲主義・平和主義と基本的人権の擁護~コロナ禍での市民社会の期待に応える

1 立憲主義・平和主義の堅持

2022年5月、日本国憲法の施行から75周年を迎えました。我々は、国民主権、基本的人権の尊重及び平和主義をうたう憲法の下、これまで自由と平和を享受してきました。


ところが、政府は、2015年9月、従前の憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を可能とした安全保障法制を成立させ、さらに、2022年12月、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を明記した国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画(いわゆる安全保障関連三文書の改定)を閣議決定しました。これに対して、日弁連は、一貫して安全保障法制の違憲性を指摘してきた経緯等を踏まえ、反撃能力の保有は憲法9条に違反するとの立場から、「→「敵基地攻撃能力」ないし「反撃能力」の保有に反対する意見書」を取りまとめ、公表しました。


さらに、自衛隊の存在の明文化や、大規模災害や新型コロナウイルス感染症対応の名目での緊急事態条項の創設など、憲法改正に向けての動きも引き続き進められており、予断を許さない状況にあります。


また、2022年2月からのロシアによるウクライナへの軍事侵攻は終息の目処が立たず、世界中の非難の声にもかかわらず、ロシアは、核戦力による威嚇を含め、戦闘を拡大し、市民の生命・財産を奪っています。このような軍事侵攻には引き続き強く抗議していく必要があります。


法の支配の担い手である私たち弁護士は、平和主義という憲法の基本理念を改めて確認し、基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命を全うしなければなりません。


安全保障法制の廃止・改正を求める取組を今後も推し進め、憲法改正に関する議論についても、立憲主義や平和主義といった憲法の基本的価値を変容させる可能性のある動きについて、主権者たる国民に問題点を指摘し、これら憲法の基本的価値を堅持すべく毅然たる態度で臨んでいきます。


2 基本的人権の擁護

(1)災害対策・復興支援・新型コロナウイルス

東日本大震災・原子力発電所事故、熊本地震、西日本豪雨、令和元年台風、令和2年7月豪雨、令和4年台風第15号等への対応を経て、弁護士・弁護士会による被災者支援活動の有用性が広く知られるようになってきています。被災者はその生存権・財産権等を侵害された状態にあり、被災者を支援することは人権擁護活動の一環と言えます。これまでの活動のノウハウを更に充実させ、どこで災害が起きても、被災地弁護士会と日弁連、弁護士会、弁護士会連合会、そして自治体が連携して対応できるように、平時からの災害対応体制の強化を検討し、情報の収集・共有に努めます。


また、日弁連は、新型コロナウイルス感染症の蔓延も災害と位置付け、その支援に取り組んでいます。


経済の低迷や新型コロナウイルス感染症の蔓延により社会生活が大きな変化を余儀なくされ、貧困問題やいわれなき偏見・差別に基づく様々な人権侵害問題が生じ、特に、女性・子ども・高齢者・障がい者など社会的に脆弱な立場にある人々に、深刻な影響が続いています。日弁連として各地の弁護士会と連携した法律相談を実施するなど社会的弱者に寄り添う施策を引き続き実施していきます。


(2)環境問題・SDGs・ESG

世界的に喫緊の課題である気候危機問題について、日弁連は、2021年の人権擁護大会で「→気候危機を回避して持続可能な社会の実現を目指す宣言」を採択し、脱原発と2050年までの脱炭素を訴えています。さらに2022年の人権擁護大会では、「→高レベル放射性廃棄物の地層処分方針を見直し、将来世代に対し責任を持てる持続可能な社会の実現を求める決議」を採択しました。


また、2015年の国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、人権救済、ジェンダー平等、環境、貧困の問題等、いずれも日弁連が行ってきた取組と深く関わるものであり、国際目標に照らし合わせて、より一層の取組を進めていく必要があります。


国連の提唱を機に関心が高まったESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した投資等の活動に関しても、日弁連は2018年に「→ESG関連リスク対応におけるガイダンス(手引)」を公表しており、今後も弁護士の役割の拡大に向けての活動を続けていきます。


日弁連自身も、環境方針を定め、環境マネジメント活動を推進しています。


(3)貧困・労働問題への取組

新型コロナウイルス感染症の蔓延は、経済的格差を拡大・固定化させています。生活保護基準引下げに対する取組や2019年2月に公表した「→生活保護法改正要綱案(改訂版)」に基づいた法改正を求める取組など、セーフティネットの改善や再構築に向けた活動を継続します。また、全国一斉「暮らしとこころの相談会」の実施を含む自殺対策に引き続き取り組みます。


2020年2月に公表した「→全国一律最低賃金制度の実施を求める意見書」を踏まえた最低賃金引上げの取組などを進め、低賃金・不安定労働を解消し、貧困の再生産に歯止めをかけることを目指します。その他、労働時間や労働環境を含めた労働条件を適正に確保すること、様々な形態のハラスメントを予防し、あるいはこれに適切に対処することは労働者の人権の問題であるとの観点から、これらの取組を積極的に進めます。


(4)外国人の権利

外国人との共生に向けた取組が始まる中で、日弁連では、2018年の人権擁護大会及び2019年の定期総会における宣言に従い、健全な共生社会の実現を目指します。具体的には、多文化共生総合窓口との連携による外国人住民に対する司法アクセスの拡充、特定技能等の在留資格による外国人労働者を受け入れる中小企業等の態勢支援などに取り組むとともに、引き続き外国人の人権救済申立事件を通じた救済にも取り組みます。


出入国管理及び難民認定法については、収容について司法審査がないこと、難民認定手続が出入国在留管理庁の内部のみで審査されること、在留資格に関する手続が不透明で基準も不明確であることなど多くの問題が残されています。入管収容・難民保護・在留特別許可に関する諸制度を、国際人権法・難民条約を遵守するものとするため、活動を続けます。


当連合会が在留資格のない外国人への法的支援や入管手続の代理等を対象として実施している法律援助事業については、人権救済の観点から国費・公費化を求めていきます。


(5)ヘイトスピーチやSNS上の誹謗中傷への対応

人種差別行為としてのヘイトスピーチが公然と行われ、現に傷つけられている被害者がいます。また、SNS上の表現には、即時性と拡散性という特性があります。匿名のまま不特定多数に向けて特定個人の誹謗中傷を書き込んだり、特定個人に対して一方的に誹謗中傷のメッセージ等を発信されたりすると、情報が即時に拡散し、完全に削除することが難しいことから、深刻な社会問題となっています。


表現の自由の保障と規制の濫用の危険性に十分配慮しつつ、適切な法整備等に尽力するとともに、被害者の迅速な救済に努めます。


(6)性の平等と多様性を尊重する社会の実現

全ての個人が互いを尊重し、性別に関わりなく個性と能力を十分に発揮できるようにすることは、社会の多様性と活力を高める極めて重要な課題です。


今なお根強く残る女性差別を解消する取組については、雇用の分野における均等待遇・同一価値労働同一賃金の原則の確立、セクシュアル・ハラスメントの根絶、ワーク・ライフ・バランスの実現、DV問題への対策などを含め、更に推進していきます。選択的夫婦別姓の早期実現に向けて、市民への啓発活動や政治に対する働き掛けを積極的に行います。


また、性的指向や性自認による偏見や差別をなくすための法律相談を充実させるとともに、各種制度の改善と法制度の整備を求めていきます。


(7)子どもの権利

2022年4月の改正民法の施行(成年年齢の引下げ)とともに、2022年6月にはこども基本法及びこども家庭庁設置法が成立し、2023年4月にはこども家庭庁が活動を開始するなど、2022年から2023年にかけては、子どもと家庭を取り巻く法的環境が大きく変わるタイミングとなります。


日弁連は、子どもの権利の主体性を実質化するため、子どもに関わる全ての場面において、子どもの意見表明権を保障する仕組みを構築することを目指します。


子どものアドボケイト(代弁者・擁護者)制度の構築検討、全面的国選付添人制度の実現、子どもの手続代理人制度促進のための取組(日弁連法律援助事業の国費・公費化)、児童相談所への弁護士配置などによる児童虐待防止のための取組、子どものいじめ問題、自殺問題、貧困問題への取組等を更に進めます。また、2023年4月1日に設置されたこども家庭庁を通して子どもの権利の実現が一層促進されるよう、同庁との協議等を行うとともに、独立した子どもの権利擁護委員会の設置を働きかけていきます。


改正少年法についても、逆送範囲の拡大、推知報道の一部解禁等の課題があり、少年の立ち直りの観点から、適切な運用がなされるよう取組を進めていきます。


(8)高齢者・障がい者の権利

高齢者や障がい者が自分らしい生き方を選択できる社会を実現するために、各種の制度構築と運用改善に引き続き積極的に取り組みます。


具体的には、成年後見制度については、2022年4月から開始された第二期成年後見制度利用促進基本計画を踏まえ、本人の意思決定支援や地域連携ネットワークを中心とした権利擁護支援を実現するため、関係機関・関係団体と協議を重ねつつ、成年後見制度の見直しに向けた検討及び運用改善に努めていきます。あわせて、更なる→ホームロイヤーの活用や任意後見契約、死後事務委任契約等の促進、不祥事対策などに引き続き取り組みます。


また、2021年10月の人権擁護大会における「→精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を受け、日弁連高齢者・障害者権利支援センター内に「精神障害のある人の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部」を設置し、2023年2月には「→精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書~強制入院廃止に向けた短期工程の提言~」を公表しました。この提言に従い強制入院制度の廃止に向けた第一段階として、2025年(短期工程)までに具体的提言に基づく取組を進めていきます。


(9)消費者の権利

消費者市民社会においては、消費者が自らの消費生活に関する行動が社会に与える影響を自覚するとともに、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画することが求められています。日弁連は、この消費者市民社会の実現及び多様な消費者被害の予防、救済に向けた取組を進めていきます。


2022年7月には「→特定商取引法平成28年改正における5年後見直し規定に基づく同法の抜本的改正を求める意見書」を公表しており、関係団体と連携して改正実現に向けた活動を行っていきます。


また、我が国においては、超高齢社会を迎え消費者被害に遭いやすい高齢者の保護が強く求められています。一方、2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられたことに伴い、若年成人が消費者被害に遭う危険性も指摘されています。日弁連は、引き続き、消費者の被害の防止及び救済を図り、消費者の権利の確立のために力を尽くしていきます。


(10)霊感商法等の被害の救済・防止

日弁連は、2022年に社会的に様々な指摘がなされた旧統一教会の問題を受け、同年8月に「→霊感商法及びその他反社会的な宗教的活動による被害実態の把握と被害者救済についての会長声明」を公表し、同年9月5日から霊感商法等の被害に関する無料法律相談のフリーダイヤルによる受付を開始し、各弁護士会の協力を得て2023年2月末までに1400件以上の相談申込を受けました。2022年10月には、霊感商法等の被害の救済・防止に関するワーキンググループを設置し、同年11月にicon_pdf.gif霊感商法等の被害に関する法律相談事例収集(第1次集計報告)を、2023年3月には、icon_pdf.gif同(第2次集計報告)をそれぞれ公表しています。引き続き、同ワーキンググループを中心に、相談事例の分析や宗教二世の問題、カルト問題の研究・議論を深め、宗教活動に端を発した被害の救済及び防止に向けて必要な政策、法律の見直しや立法提言の検討を行っていきます。


(11)犯罪被害者の権利

犯罪被害者は、「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」のであり、犯罪被害者が被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援を途切れることなく受けることができるよう、犯罪被害者のための施策が講ぜられるべきとされています(犯罪被害者等基本法)。


日弁連は、弁護士による犯罪被害者への支援のため、法テラスに委託して犯罪被害者法律援助事業を実施していますが、その国費・公費化に向けた取組を一層強める必要があります。現在、法務省の下で進められている「犯罪被害者支援弁護士制度・実務者協議会」の取りまとめの制度化に向けて、日弁連としても積極的に連携、支援していきます。また、全ての自治体において犯罪被害者支援条例が制定されるよう働き掛けるとともに、警察・検察その他支援機関との連携構築を更に進めていきます。


(12)死刑制度廃止と刑罰制度改革の実現に向けた取組

死刑は国家が人の生命を奪う究極の人権侵害です。えん罪・誤判の可能性、世界的に多くの人権尊重国家において死刑制度が廃止されていること、国際的人権機関から我が国が複数回にわたり死刑廃止の勧告を受けていること、死刑制度を有することから外交上の制約が生じていること等からも、死刑のない社会を展望するべきです。そのために、全国の弁護士会における死刑制度廃止決議、超党派の議員連盟「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」や関係諸団体との連携が重要であり、国に対して引き続き死刑制度の廃止を訴え続けていきます。


他方、被害者遺族の心情や精神的苦痛に寄り添うことも、人権擁護を使命とする弁護士の役割であり、死刑という刑罰の意味を様々な立場から検討する必要があります。


日弁連は、2022年11月の理事会で、「→死刑制度の廃止に伴う代替刑の制度設計に関する提言」を取りまとめました。この提言に沿って、国会議員や関係各所への更なる働き掛けに取り組みます。あわせて、その検討中は死刑の執行を停止するよう、必要な法的手続の整備を求めていきます。


(13)ビジネスと人権

2011年に国連人権理事会で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」を具体化した「「ビジネスと人権」に関する行動計画」(NAP)が、2020年10月、日本政府によって策定されています。日弁連は、NAPの実施及び見直し作業におけるフォローアップ、情報提供、推進状況の確認に引き続き関与するとともに、中小企業を含む企業やステークホルダーと連携等しながらビジネスと人権に関わる諸問題に積極的に取り組みます。


また、2015年の国連総会で定められた持続可能な開発目標(SDGs)の達成に当たって人権の保護・促進が重要な要素と位置付けられたり、企業が取り組むべきESG課題としてビジネスが人権に及ぼす負の影響の問題が挙げられたりしており、企業活動における人権の問題はますます重要性を増しています。これらのテーマについても引き続き情報提供や課題解決に向けた取組を進めます。


(14)国内人権機関の設置と個人通報制度の導入

日本政府はパリ原則に則った国内人権機関の設置と国際人権条約に基づく条約機関への個人通報制度の導入を国連から勧告されていますが、いまだ応じていません。


日弁連は、2019年10月の人権擁護大会で「→個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議」を採択しました。国内人権機関の設置の早期実現に向けて、国内人権機関の必要性・重要性の広報等の積極的な運動を粘り強く続けるとともに、個人通報制度については、市民の関心を高めるための活動、各省庁との協議や国会議員への働き掛け等を更に進め、導入に向けた取組に邁進します。


(15)法教育の充実

法教育の活動目的は、自由で公正な民主主義の維持発展にあり、個別の法律知識ではなく法的価値や考え方を教育することにより達成されます。そのためには、早い年齢のうちから基礎的な法教育を行うことが重要です。そして、2022年4月1日から成年年齢が18歳に引き下げられたことから、法教育の重要性が更に増しています。今後も、法教育に関する具体的な施策を国に対して求めていくとともに、教員等に向けたセミナーなどの実施、高校生模擬裁判選手権の企画運営、会員による法教育授業の支援、カリキュラムや教材開発への関与など具体的な取組を進めていきます。


(16)情報社会化・デジタル化に伴う諸問題への取組

公的部門のみならず、デジタルプラットフォーマーをはじめとする民間部門においてもデジタル化やAIの利活用が進み、個人の各種情報が収集されプライバシーや人格権が侵害されたり、フィルターバブル等により個人に提供される情報に偏りが生じ適切な自己決定が難しくなったりする危険性が高まっています。情報社会化・デジタル化の進展は急ピッチで進んでおり、引き続きこれらの問題点の指摘や市民への啓発活動に力を注ぎます。


第2 弁護士自治を基盤とする弁護士会の組織力と弁護士の一体感の向上

1 弁護士自治について会員の関心・理解を高める

弁護士自治は、法の支配を支え、弁護士の人権擁護活動に不可欠なものであり、これを堅持する必要があります。弁護士自治について会員の関心・理解を高めるため、新人研修の充実、弁護士自治に関連する弁護士会活動の会員への情報発信などの取組を更に充実していきます。


2 FATF対応(マネー・ローンダリング対策)

2019年にFATF(金融活動作業部会)により実施された第4次対日相互審査の報告書が2021年8月に公表され、日本は重点フォローアップ国に指定されて5年間に3回程度の法令整備状況のフォローアップ報告を求められるという厳しい結果となりました。これを受け、政府は行動計画を策定して対応を進めており、対策強化を図るために関連法(犯罪収益移転防止法を含む。)改正が2022年12月に成立しています。


日弁連では、2022年6月に従前のFATF第4次対日相互審査対応に関するワーキンググループを「日弁連マネー・ローンダリング対策推進協議会」に改組し対策強化を進める一方で、上記の犯罪収益移転防止法の改正に伴い、弁護士業務に関して依頼者の本人特定事項の確認が必要な事案について、新たに取引時確認(依頼目的、職業・業務内容、実質的支配者の確認)を要することを受けて、2023年3月の臨時総会で「依頼者の本人特定事項の確認及び記録保存等に関する規程」を改正し、その後の理事会で関連規則を改正しました。


弁護士自治を脅かしかねない法規制を回避し、弁護士自治を堅持するためには、全ての会員がマネー・ローンダリングのリスクを把握し、依頼者の本人特定事項の確認及び記録保存等に関する規程・規則に定めた義務(本人特定事項の確認・記録の保存・年次報告書の提出)を履行すること、そして弁護士会が会員に対する監督者としての役割を実効的に果たすことが必要です。引き続き会員による上記義務の履行徹底を要請していくとともに、弁護士会が上記役割を果たすための支援を行っていきます。


3 業際・非弁・非弁提携問題対策

弁護士法第72条が厳格な資格要件の下で弁護士に法律事務の独占を認めた趣旨に則り、同条の解釈適用に関する事例の収集と調査研究を踏まえた議論を更に深め、隣接士業の権限逸脱行為や無資格者による他人の法律事件への介入に対して厳正に対処します。そのために、全国レベルでの非弁情報の共有や、都道府県境をまたぐ業者に対処するための各弁護士会の連携をより進めます。


新たな形態の非弁行為が疑われるケースの情報を集約し、弁護士法上の問題を迅速に検討して対応します。非弁取締りの重要性について会員の関心を高めるための広報や、会員や一般市民が非弁業者を発見した場合の通報窓口の広報など、この問題に関する広報の一層の充実に取り組みます。また、ITや、AIを活用した契約書レビューサービスと弁護士法第72条との関係など、新たな課題も生じてきており、情報収集と検討に努めます。


4 弁護士職務適正化・不祥事対策

弁護士の預り金に関する業務上横領・詐欺事案は、当該依頼者のみならず、社会の弁護士に対する信頼を揺るがす背信的行為であり、ひいては弁護士自治に深刻な打撃を与えかねない重大な問題です。


不祥事を防止するため、預り金等の適正管理を更に進めるとともに、万が一不祥事が発生した場合には依頼者見舞金制度が適切に運用されるよう努めます。倫理研修を更に充実したものとし、会員の倫理意識の向上に努めます。また、弁護士会の市民窓口及び紛議調停の機能強化、懲戒制度の運用面での工夫(会請求や事前公表等)など、実務面の対策を推進するとともに、会員への支援策(メンタルヘルスカウンセリングや会員サポート窓口等)の充実を図ります。


5 濫用的懲戒請求への対応

懲戒制度は、弁護士自治の根幹をなすものですが、濫用的な懲戒請求は、対象とされる会員、さらには弁護士会に多大な負担を生じさせます。濫用的な懲戒請求から会員を守り、弁護士会の負担を軽減するため、通知費用を削減するための運用改善や懲戒請求者に対する一定額の事務費負担等を求める取扱いの可能性等についての検討を行います。


6 地域の実情を踏まえた弁護士会運営(中小規模弁護士会への更なる支援を含む。)

各弁護士会の会員が地域の法的ニーズに対応するための財政的な負担の軽減、及び、各地の弁護士会が日弁連の事務を支援補助することによる負担への支援を検討していきます。また、新人弁護士登録者数が少ない弁護士会会員の今後の負担軽減と新人弁護士登録のインセンティブを高めるため、よりよい支援の在り方を検討していきます。


地域の実情を踏まえた弁護士会運営とするため、弁護士会への意見照会の方法の見直し、IT化の推進等による各種事務の軽減や効率化、理事会の審議に多様な意見が反映されるような工夫、日弁連の情報発信力の強化等に取り組みます。


魅力ある日弁連を実現するため、全国の会員と弁護士会職員の理解支援を得ながら、各弁護士会と一体となって大きな力につなげることができるよう努めます。


7 法曹養成と法曹志望者増加の取組

法曹養成制度については様々な課題がありますが、中でも法曹志望者を増やすことは喫緊の課題です。法曹志望者増加のためには、弁護士業務の将来に魅力を感じることができるような業務・経済基盤の拡充やワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組を更に進めるとともに、弁護士の魅力を初等・中等教育の場で伝える取組も必要です。


2020年度より法学部に法曹コースが設置され、2023年から法科大学院在学中の司法試験受験が可能となります。この改革は、法学部と法科大学院との連携を強化し、法曹志望者の時間的・経済的負担を軽減して、有為な人材が早い時期に法曹実務に就くことを可能とし、ひいては法曹志望者を増加させることを狙いとしていますが、法科大学院の理念を損なうことなく適切に運用されていくか注視し、必要に応じて意見を述べ、提言を行っていきます。


法科大学院の理念の一つでもある多様な人材育成という観点から、未修者教育の充実にも積極的に関与していきます。


8 組織内弁護士

組織内弁護士の人数は約3000名に達しており、組織の内部から法の支配を完徹する役割が期待されています。しかし、弁護士会内において組織内弁護士の意義や役割といった基本的な諸問題に関する議論がまだまだ深まっていません。組織内弁護士の公益活動や研修受講の在り方、職務上の課題、及びそれらの対応策について検討を進めていきます。


9 広報の充実

弁護士・弁護士会の活動についての理解を得るため、市民や社会が弁護士に期待しているものは何か、必要としている情報は何かを的確に捉えた広報を行います。また、会員の利益に資する広報や法曹の魅力を発信する広報にも引き続き取り組みます。


定例記者会見のみならず、臨時の記者会見をタイムリーに設定するなどして情報発信の機会を更に充実させ、マスコミ各社との懇談会も引き続き実施して日弁連の重要政策の理解と広報に努めます。


情報が「伝わる」広報を目指し、情報の受け手のニーズに合致したコンテンツや媒体を作成・活用します。他方で、これまでに実施した広報活動の成果を検証し、より効果的・効率的な広報を推進します。


10 日弁連のIT化

日弁連では、各種アンケート等におけるウェブ回答システムの活用や、弁護士費用保険制度の運用システムの弁護士会や協定保険会社との共同運用等、可能なものからIT化を進めてきました。弁護士会照会制度についても、申出、審査及び回答等についてオンライン手続のためのシステム開発を進めます。


会員サービスの向上と、日弁連・弁護士会の更なる業務の合理化・効率化を図るため、一層のIT化を推進します。まずは、①登録事項変更届出に関する事務、②登録等証明書発行申請に関する事務、及び③弁護士法人の社員となる資格証明書発行申請に関する事務等のIT化について検討を進めます。


また、総会については2021年3月の臨時総会から、会員が傍聴できるように弁護士会にライブ中継を行っていますが、その視聴者数の推移等の運用状況も見ながら、総会のオンライン化の検討を進めていきます。


11 日弁連の財務

2022年4月から会費及び特別会費が減額され、日弁連の収入が減少しました。2020年度以降、新型コロナ禍の影響、特に各種会議等へのオンライン出席が増加したことによる出張旅費等の減少により、支出の減少が続いておりましたが、今年度は、その影響も弱まり、支出が増加することが予想されます。日弁連の財務について、収入減少を踏まえた上で、将来的にどのような姿を目指すのか、継続的なチェック体制の在り方も含めた中長期的な計画を検討し、予算の適正な配分の実現に取り組みます。また、財務の適正は会員にとっての重要関心事であり、情報提供の工夫にも取り組みます。


第3 若手・女性弁護士等の多様な会員の活躍の推進

1 弁護士の活動領域の拡大

これまで弁護士が必要と考えられていなかった分野、司法救済が十分及んでいなかった分野などに弁護士の活動領域を拡大し、特に若手弁護士や女性弁護士の活躍の機会を広げながら、公平・公正な社会を実現することを目指します。中小企業への支援(第4・8)、国際化等への対応(第4・7)、自治体との連携(第4・9)、弁護士費用保険の拡大(第4・2)などの活動を更に進めるとともに、公益団体、経済団体等との連携や、各弁護士会の取組を把握して全国的な連携につなげる活動などに取り組みます。


2 若手弁護士の支援

弁護士の活動領域拡大により若手弁護士に多様な活躍の場を提供するとともに、2021年度より開始した若手チャレンジ基金制度を引き続き活用して、若手弁護士が担っている公益活動や業務に必要となる研修・学習への取組を支援していきます。また、ひまわり求人求職ナビなどの就業・転職支援、弁護士業務支援ホットライン等のほか、ワーク・ライフ・バランスの実現等のため、保育サービス利用料の補助等の個別支援など会員の様々なニーズに対応できる支援メニューの一層の整備と諸施策の利用を促進するための広報活動にも注力をしていきます。


3 貸与制世代への支援

2018年5月の定期総会において、「→安心して修習に専念するための環境整備を更に進め、いわゆる谷間世代に対する施策を早期に実現することに力を尽くす決議」を行っています。当該決議に従い、貸与制世代の経済的負担の問題を、司法制度を適切に維持するという観点から捉え、貸与制世代への支援が、多くの公益活動を担うこの世代の法曹に対する更なる後押しとなることを訴えていきます。また、現在なお修習生給付金と貸与金というハイブリッドが続く中、貸与金相当額を給付金に加えて一本化を図る施策の実現を求めることを含め、必要な施策の実施を国に対し求める運動を、社会全体の理解を得ながら進めていきます。


4 男女共同参画・ダイバーシティ&インクルージョンの推進

2018年度から「→第三次日本弁護士連合会男女共同参画推進基本計画」が推進され、2018年度から女性副会長クオータ制が、2021年度から女性理事クオータ制が実施され、副会長及び理事に占める女性会員の割合を高めることに資する成果が得られました。


2023年度からは、5か年にわたる「→第四次日本弁護士連合会男女共同参画推進基本計画」がスタートします。


女性弁護士の活躍の場を広げ経済基盤を強化するとともに、時間と場所に拘束されない働き方を可能とする基盤整備、ワーク・ライフ・バランスの実現、セクシュアル・ハラスメントの根絶、意思決定過程への女性会員の参画を容易にする方策、女性法曹増加のための支援・広報などについて更なる取組が必要であり、積極的に施策を推進します。


男女共同参画にとどまらず、誰もが生きやすい社会を実現するため、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方を踏まえ、2022年度に「ダイバーシティ&インクルージョンの推進に関するワーキンググループ」を設置しました。日弁連におけるダイバーシティ&インクルージョンを実現するため、2022年度に行った調査・研究やキックオフシンポジウムを踏まえ、日弁連としてのD&I提言(宣言)やその実現のための各種施策を進めていきます。


5 研修の支援

多様化する社会のニーズに応えていくためには、弁護士自身の研鑽が求められる一方、弁護士会による研修プログラムを充実させることが必要です。弁護士登録後に弁護士会が継続的な研修の機会を提供することは、弁護士のプロフェッション性(専門性・公益性・倫理性)を向上させ、市民の信頼獲得・維持につながるものと言えます。また、研修の充実は、若手会員への業務支援という観点からも重要であり、今後一層の取組を進めていきます。


第4 会員の業務・経済的基盤の拡充と民事司法改革

1 法テラスの利用者負担の軽減・対象事件の拡大・報酬の改善

民事法律扶助は、社会のセーフティネットとして重要な役割を有しており、一層の利用の促進を図って、法の光を社会の隅々にまであまねく届ける必要があり、利用促進の障壁は、早期に解消していくことが必要です。現状の民事法律扶助における弁護士報酬(扶助報酬)等の費用は立替制となっており、利用者に償還が求められますが、これが利用促進の障害となっており改善が必要です。また、現行の民事法律扶助制度では対象とされていない分野について、現在は日弁連が法律援助事業を行い対応していますが、その国費・公費化を実現するとともに、民事法律扶助制度の対象事件の拡大を図ることも重要です。さらに、法テラス基準での扶助報酬は低廉な額に抑えられており、弁護士の労力に見合わない場合が多いことから、この点を改善するなど、民事法律扶助の担い手を安定的に確保する方策の検討も求められています。


以上の観点を踏まえ、民事法律扶助制度は、応能負担の原則給付制に移行させるとともに、利用者負担の在り方等を検討し、利用者の負担を軽減しつつ持続可能な制度とすることを目指し、さらにその対象事件の拡大も検討すべきです。特に児童虐待・DV・ストーカーに関する事件について早急に支援を拡充する必要があります。さらに、弁護士の費用については弁護士による適正な法的サービスの提供を確保し得る水準とすることが望まれるとともに、公正な基準が設定される手続及び国民各層の代表者、有識者、弁護士など、そのような検討を行うにふさわしいメンバーで構成される機関についても議論されるべきです。


また、上記制度改善を実現するまでの間も、未成年者本人による扶助利用が制限されている問題など緊急に対応すべき課題については、法務省、法テラス等と協議を行い、速やかな解決に力を尽くします。


2 弁護士費用保険の拡大

弁護士費用保険は、従来の交通事故民事紛争についての弁護士費用を対象とする保険に加え、一般民事・家事事件を対象とする保険、業務妨害対応費用保険、中小企業向け保険に拡大し、さらにインターネットトラブルに関する保険も開発されるなど、大きく発展しています。司法アクセス改善の観点から、全ての保険会社に日弁連LAC協定への参加を働き掛けるとともに、適正な報酬が支払われる等運用面の改善を進め、利用者・弁護士の双方にとって利用しやすい適切な制度となるよう取り組みます。


3 証拠及び情報収集の拡充・損害賠償制度の改革

日本の民事訴訟を適正かつ実効的なものとするためには、紛争にかかる情報及び証拠をより広く収集するための手続の拡充が必要です。既に日弁連が提言している文書提出命令及び当事者照会制度の実効化の実現に加え、2022年には「→早期開示命令制度新設の立法提案」を取りまとめました。これら制度の導入などを実現するために活動します。


また、損害賠償制度については、2022年に、裁判上一般的に低く抑えられているとされる精神的苦痛に対する慰謝料などの増額のために「→慰謝料額算定の適正化を求める立法提言」及び、加害者に利得が生じる一定の類型の契約違反や不法行為について違法収益の移転を内容とする「→違法収益移転制度の創設を求める立法提言」を取りまとめました。これら立法提言の実現を目指して取り組みます。


4 裁判手続のIT化・本人サポートの充実

裁判手続のIT化は、法律が改正され、ウェブ会議や民事裁判書類電子提出システム(mints)の導入も徐々に進み、近々、訴状等のオンライン提出が義務化される弁護士にとっても身近なものとなりつつあります。今後の運用改善、規則改正、制度設計などに関与し、実行していきます。


また、本人訴訟は、オンライン提出は義務化されませんでしたが、IT技術の利用についてサポートを希望される方がおられます。


当事者の裁判を受ける権利が十分に保障されるよう、裁判所等の公的機関によるサポート体制の構築や支援を求めるとともに、日弁連も弁護士会とともに必要なサポートに積極的に取り組みます。


5 裁判所等の司法基盤の整備

司法分野でIT化が進んだとしても、地域において裁判所という司法サービス拠点が存在することの重要性は変わりません。家事事件及び民事執行事件など身近な紛争類型に対応できる支部の確保、労働審判実施支部の拡大、地域の実情に応じた大規模支部(立川、小倉など)の本庁化、出張所の支部化、裁判官の常駐化や填補回数の増加などを検討し、各地域のニーズをきめ細かに汲み取って、その必要性を訴え続けていきます。特に、事件数が増えている家事事件に関しては、裁判官、調査官などの増員や調停室、待合室の増設など、喫緊の課題である家庭裁判所の人的物的基盤整備に取り組みます。


6 ADR・ODR

ADRは、合意による柔軟な解決、簡易・迅速な解決という裁判にはない特徴・メリットがあり、裁判と並ぶ紛争解決の魅力的な選択肢として積極的に活用されるべきです。その中でも、弁護士会が主宰するADRは、災害、医療、金融、学校、フリーランスなど、独自性を維持しつつ専門性を活かして多様な展開を見せています。現在、法務大臣認証ADRについて、家事紛争の養育費等の和解合意に執行力が付与される法改正が進んでいますが、この分野の紛争は専門性が高く、日弁連としてもこれに対応するため、各地の弁護士会とも連携するなどADRの更なる充実を検討します。


ODR(オンライン紛争解決手続)は、これまで距離的、コスト的、更には心理的ハードルから埋もれていた紛争について法的紛争解決手続へのアクセス改善の可能性を秘めた仕組みです。政府においてもODRを推進する取組が加速しており、日弁連としても、ODRの健全な制度構築のために、政府の取組にしっかりコミットして問題点を分析し、積極的に意見を述べていく必要があります。


7 国際化等への対応

2019年7月、グローバル化する社会において求められる弁護士の活動を拡充するために策定された「→国際戦略グランドデザイン」を踏まえ、中小企業の国際業務支援、在外邦人・在日外国人への法的支援、国際公務、国際交流への取組を進めるとともに、それに携わる弁護士の育成にも積極的に取り組みます。


国際仲裁・調停に関して、日本国際紛争解決センター(JIDRC)の審問施設が2018年に大阪、2020年に東京にそれぞれ開設され、2023年通常国会においては、仲裁法をUNCITRAL国際商事仲裁モデル法と見合うものに改正することを内容とする仲裁法の改正案と、シンガポール条約の批准に向けて国際調停による和解合意に執行力を付与する制度の導入を内容に含む調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約の実施に関する法律案が審議されています。重要課題として国際仲裁・調停の拡充活性化に取り組むとともに、国際仲裁・調停で活躍できる弁護士の育成・支援の活動も進めていきます。


8 中小企業支援

中小企業は我が国の企業の99%以上を占め、まさに国と地域の経済の根幹を支えています。多くの中小企業が法的問題を抱えているにもかかわらず、弁護士による法的サービスを、量的にも質的にも十分に受けているとは言えない状況にあります。日弁連ではこれまで、中小企業者向け相談受付専用ダイヤル「→ひまわりほっとダイヤル」の普及活動や、各地の中小企業団体、支援団体と弁護士会との交流、JETROなどと連携しての日弁連中小企業国際業務支援弁護士紹介制度などを行ってきましたが、更に中小企業の法的ニーズを掘り起こし、弁護士へのアクセスを容易にする仕組みづくりに取り組みます。


また、中小企業経営者の高齢化等に伴う事業承継問題への対応として中小企業のM&Aが課題となっています。2021年6月、日弁連は中小企業庁と共同コミュニケ「pdf中小企業の事業承継・引継ぎ支援に向けた中小企業庁と日本弁護士連合会の連携の拡充について」を公表しました。また、各弁護士会に事業承継・引継ぎ支援センターと弁護士会の連携体制を構築するための意見交換会等の開催を依頼するとともに、同年8月からは、中小企業のM&Aなどを担える若手弁護士を増やすためのパイロット事業を8弁護士会で実施し、2022年度は14弁護士会で実施しました。2023年度もパイロット事業を拡大して継続し、また事業承継・引継ぎ支援への弁護士活用を促進するための広報施策を進めるなど、中小企業のM&Aへの弁護士の関与を拡大するための施策に取り組みます。


9 自治体連携

人権救済や公正・公平な社会の実現のために、市民に身近な存在である自治体と、弁護士・弁護士会が連携することは有用です。自治体行政への法の支配の浸透、公平性・透明性の確保も重要な課題です。国や地方公共団体における弁護士任用の促進、公金債権の管理・回収や包括外部監査人の就任促進、条例制定支援等、行政との連携の取組を一層推進します。


また、弁護士による権利擁護活動を持続可能なものとするためには、財政的裏付けの下、権利擁護活動をボランティア的な活動から業務としての取組へと転換していく必要があります。そのためには、公益的業務について、国や自治体による活動との連携を強化し、適切な予算措置を求める取組を推進します。さらに、子ども、高齢者・障がい者、生活困窮者等の福祉分野における法的支援を継続的・安定的に行うことができるよう事業化を推進し、弁護士による持続可能な権利擁護活動ができる取組を進めます。


10 法的サービスにおける新技術の活用

法的サービスの提供に関する様々な局面で、弁護士業務のIT化、人工知能(AI)の実用化が進展し、AIを含め最新の技術を利用したリーガルテックが、契約書チェック、買収監査、訴訟関係文書の検索、ODRなどのサービスを本格的に提供しています。これら新技術は、弁護士業務の在り方を今後大きく変えていくものと予想され、日弁連としても研究に着手します。そして、これら新技術を利用した法的サービスが、市民や企業などの利用者、弁護士にとって、司法アクセスを拡充するという意味で、利用しやすくまた適正なものとなるよう、制度や運用を検証し、その改善を提言する等の取組を行います。


第5 刑事司法制度の改革

1 えん罪防止のための刑事訴訟法改正等

2016年に改正された刑事訴訟法附則第9条に基づく3年後見直しのため、2022年7月から改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会が始まりました。日弁連は、2022年1月、「→刑事訴訟法附則第9条に基づく3年後見直しに関する意見書」を公表し、取調べの全件・全過程の録音・録画、取調べへの弁護人の立会い、保釈の裁判で否認や黙秘を不利益考慮することの禁止、被疑者国選弁護制度の逮捕段階への拡大、公判前整理手続請求権の強化、証拠開示義務の拡大等を提言しました。いずれもえん罪を生まない刑事司法制度の確立のために必要な制度であり、今後の法改正に向けての活動が重要になります。


2 再審法の改正

誤判によるえん罪被害は重大な人権侵害であり、えん罪被害者の一刻も早い救済が必要です。2023年2月の日野町事件・同年3月の袴田事件の再審開始を認める両決定を通じ、このことが改めて確認されています。日弁連は、2019年10月の人権擁護大会で①再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官による不服申立て禁止を含む再審法の改正を速やかに行うよう求める→決議を採択し、法改正に向けた取組を行ってきました。2022年6月には会長を本部長とし、全国弁護士会会長をメンバーとする再審法改正実現本部を立ち上げ、全国自治体での請願活動、国会議員への働き掛け、マスコミへの広報活動等を精力的に展開しています。また、2023年2月に公表した「→刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」に基づいた再審法の改正を速やかに実現するため、引き続き粘り強く取り組みます。


3 弁護活動の充実

2022年7月、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会が始まりました。日弁連は、被疑者・被告人の権利・利益の保護実現のために情報通信技術を活用することを求めています。


特に、ビデオリンク方式による接見交通を被疑者・被告人の権利と位置付けた上で、明確な法制度化と実効的な環境整備をすることは刑事弁護活動の拡充のために必要不可欠であり、そのための取組を行っていきます。一方、手続の便宜の名の下に被疑者・被告人の権利が不当に制約されないように留意する必要があり、また、証拠開示のオンライン化も、弁護人の権利が不当に制限されないことを前提とした上で早急に実現させていく必要があります。そのため、書類の電子データ化に関し、今後の政府における制度設計に備えて、刑事手続における書類の電子データ化等に伴う諸課題に関する検討ワーキンググループを設置しており、引き続き、法務省及びその他関係機関との協議、刑事弁護活動の観点からの課題の整理及び検討を行っていく予定です。


4 国選弁護報酬の見直し

会員が充実した国選弁護活動を行い、また質の高い担い手を確保していくためには、労力に見合った適正な報酬が支払われることが必要です。


日弁連は、これまでも→国選弁護報酬改善の基本方針(2007年8月23日)に基づき法務省や法テラスに対し改善要求を行ってきましたが、今なお存在する不合理な報酬基準の見直しのほか、報酬基準全体の引上げに向けた取組を引き続き行っていきます。


また、2023年3月の臨時総会で、国選弁護人等が行う罪に問われた高齢者・障がい者等の刑事弁護に伴う福祉的な支援活動について日弁連が弁護士会に援助する制度を創設しましたが、引き続き他の援助制度の在り方について検討していきます。あわせて、これらの公費支出を実現させるための運動、さらに逮捕段階の国選弁護制度の創設に向けた取組を行っていきます。


5 更生支援・再犯防止の取組

罪に問われた者が裁判や受刑の後に円滑な社会復帰を実現するためには、刑事手続段階での支援(入口支援)だけでなく、刑事施設収容中及び出所後の支援(出口支援)まで、途切れることのない支援が必要です。既に一部の地域・弁護士会では、刑の言い渡し後に刑事施設及び保護観察所において、更生支援計画書を弁護人から受領して活用するシステムや受刑者の社会復帰を支援する「よりそい弁護士」制度などの福祉的支援制度を運用しており、これらは全国的な広がりを見せています。


日弁連は、今年度から、罪に問われた障がい者等に対する福祉的支援のために、弁護士会への補助金支給制度を開始し、これらの活動をサポートしていきます。そして今後は、公費化・国費化することを求めて活動をしていきます。


これと並行して引き続き、法務省や地域生活定着支援センターを管轄する厚生労働省と連携し、各地における福祉と連携した支援の取組の拡大による再犯防止推進を目指していきます。