「即決裁判手続」についての意見書

2003年11月21日
日本弁護士連合会


本意見書について

意見の骨子

1.提案されている「即決裁判手続」については、後述する前提条件が満たされるならば、(1)争いがない事件で、被疑者・被告人の身体拘束を受けている場合において、早期の釈放を実現できる条件を広げるものであること、(2)争いのない事件が、争いのある事件と区別され、簡易な証拠調べ等異なる方式で審理される結果、公判審理がメリハリのあるものとなり、争いのある事件や裁判員裁判における充実した審理をもたらしうること等の意義を認めることができる。


2.しかし、即決裁判手続については、捜査官が、この制度を利用して自白を強要する危険性があることを指摘する必要がある。特に、執行猶予科刑制限の導入により、被疑者が争っている事案において「執行猶予になるのだから自白したらどうか」などという取調べ方法が現在より広がるおそれが否定できない。


そこで、「即決裁判手続」は、(1)取調べの可視化が実現され、かつ、(2)少なくとも「必要的弁護事件(刑訴法289条)」を対象とした公的弁護制度が実施された時点で施行されるべきである。


3.また、「たたき台」の手続案については、次の修正が必要である。


  1. 「即決裁判手続」の申立は一定期間内に行われるべきものとされること。(遅くとも10日の勾留期間以内に申立がなされる制度とすること。)
  2. 即決裁判手続が不相当を理由に取り消された場合にすでに取り調べた書証を刑事訴訟法326条の同意があったとみなすと案は撤回されること。

意見の理由

第1. 争いのない事件に新しい制度を導入することの意義

1. 日弁連の従来の主張

日弁連は、かねてより、争いのない事件と争いのある事件を区別し、争いのない事件について制度改革が必要であることを主張してきた。司法制度改革審議会第26回会議におけるプレゼンテーションでは、争いのない事件と争いのある事件とが同じ方式で同じ裁判体で審理される弊害(被告人に不利な予断を形成しやすいこと、有罪を認める事件で不必要な審理をする結果として運用面において手続の形骸化が進んだこと、これが争いのある事件の審理にも影響を及ぼしていること)を指摘し、アレインメント制度の導入にも言及した(別紙1参照)。


このように、「争いのない事件についての新たな制度の導入」という方向性自体は、日弁連の制度改革の主張に沿うものである。


2. 司法制度改革審議会意見書

審議会意見書は、「刑事裁判の充実・迅速化」の一項目として、「捜査・公判手続の合理化、効率化ないし重点化のために考えられる方策」を挙げ、そこで、「争いのある事件とない事件を区別し、捜査・公判手続の合理化・効率化を図ることは、公判の充実・迅速化(メリハリの効いた審理)の点で意義が認められる。その具体的方策として、英米において採用されているような有罪答弁制度(アレインメント)を導入することには、被告人本人に事件を処分させることの当否や量刑手続の在り方との関係等の問題点があるとの指摘もあり、現行制度(略式請求手続、簡易公判手続)の見直しをも視野に入れつつ、更に検討すべきである。」と述べている。


3. 即決裁判手続の提案と修正経緯

(1)司法制度改革推進本部事務局は、第22回検討会において、即決裁判手続を提案した。この手続は、「争いのない事件について、公訴提起後できる限り速やかに公判期日を開き、簡易公判手続同様の簡易な手続によって審理し、原則として即日判決を言い渡すこととする手続であり、手続の合理化・効率化を図ろうとするものである。」と説明された。ここで提案された制度の骨子は、次のとおりである。


  1. 検察官は、捜査の結果、即決裁判手続によることが相当と考える事件について、被疑者の同意(弁護人が選任されている場合は被疑者及び弁護人の同意)を得て、公訴提起と同時に即決裁判手続の申立を行う。
  2. 裁判所は、国選弁護人を選任するときはできる限り速やかに行い、検察官は、取調請求予定証拠を速やかに開示する。裁判所は、即決裁判手続申立後選任された国選弁護人に対し、即決裁判手続によることの確認を行う。
  3. 裁判所は、できるだけ速やかに公判期日を開催し、改めて被告人及び弁護人の意思を確認する。裁判所は、即決裁判手続決定を行い、簡易公判手続と同様の手続で審理し、原則即日判決を行う。
  4. 上訴制限を設けることを検討すべきである。

(2)これに対し、日弁連は、「司法制度改革推進本部たたき台「刑事裁判の充実・迅速化について」に対する意見書」を提出し、たたき台のままの即決裁判手続には賛成できないこと、公的弁護体制の充実等に鑑みつつアレインメント制度の導入を検討すべきであると主張した(別紙2参照)。具体的に、修正すべき事項として指摘したのは、次の3点である。


  1. 「捜査の結果」の部分を一定の短期間(短時間)に設定すること(たとえば、逮捕後72時間)が必要である。
  2. 即決裁判手続の申立てをした場合に、弁護人がついていない場合には速やかに弁護人を選任すべきである(必要的とすべきである)。
  3. 量刑において、罰金・執行猶予・懲役3年以下など短期の実刑等科刑制限を設けるべきである。

(3)事務局の提案は、第23回検討会で議論されたが、簡易公判手続と大差ないとして捜査の合理化や当事者の利用可能性を危惧する意見が多数出され、科刑制限、上訴制限、被告人の意思決定の前提としての弁護人選任権の保障の必要性等が主張された。


事務局は、この議論を受け、第26回検討会においてその修正案を提示した(別紙2参照)。修正案の基本的枠組は、次のとおりである。


  1. 即決裁判手続の申立手続、公判手続の在り方について、基本的な変化はない。
  2. 被疑者段階で、被疑者の手続選択の意思決定に先立ち、国費による被疑者弁護制度による弁護人選任権を保障する。
  3. 即決裁判手続の申立があった場合には、国費による弁護制度による弁護人の選任を必要的なものとする。
  4. 罰金以下の刑を除き、実刑を科すことはできないものとする。
  5. 再審事由がある場合を除き上訴制限を設けるか否かはなお検討する。

第2. 「即決裁判手続」案についての評価

1. 即決裁判手続導入の意義

(1)即決裁判手続は、後述する前提条件が満たされるならば、被疑者・被告人にとって次のようなメリットをもたらしうる。


第1に、即決裁判手続による審理を行うにあたっては、被疑者・被告人の同意が必要とされており、被告人の意思決定が手続に反映される仕組みとなりうる。


第2に、捜査時間が短縮され、起訴前勾留も短縮される可能性がある。また、国選弁護人の速やかな選任、証拠開示、第1回公判期日の早期開催及び原則即日判決により、起訴後判決までの期間が短縮される。これらを通じて、争いがない事件で、被疑者・被告人の身体拘束を受けている場合において、早期の釈放を実現できる条件が拡大する。


第3に、執行猶予の科刑制限が設けられるので、科刑に対する予測が可能となる。


(2)また、即決裁判手続の導入により、争いのない事件が、争いのある事件と区別され、簡易な証拠調べ等異なる方式で審理される結果、公判審理がメリハリのあるものとなり、争いのある事件や裁判員裁判における充実した審理が可能となりうる。また、その前提としての人的・物的資源の適正配分が可能となる。


2. 「即決裁判手続」の問題点と実施のための条件

即決裁判手続については、前記のとおり、被疑者側においてメリットをもたらしうるが、他面において、捜査官が、この制度を利用して自白を強要する危険性があることを指摘する必要がある。特に、執行猶予科刑制限の導入は、被疑者の科刑についての予測を可能とする一方で、被疑者が争っている事案において「執行猶予になるのだから自白したらどうか」などという取調べ方法が現在より広がるおそれが否定できない。


こうした危険性を防止するためには、「即決裁判手続」は、(1)取調べの可視化が実現され、かつ、(2)少なくとも「必要的弁護事件(刑訴法289条)」を対象とした公的弁護制度が実施された時点で施行されるべきである。


(1) 取調べの可視化


この点では、特に、テープ録音・ビデオ録画による取調べの可視化の実現が決定的に重要である。取調べの可視化によって、上記のような自白強要の危険性は基本的に解消しうるといえるからである。


(2) 公的弁護制度の整備


また、即決裁判手続の適正な運用のためには、身体拘束の初期の段階から弁護人の援助を受ける機会を保障することが重要である。「たたき台」修正版では、被疑者・被告人の同意の真摯性を担保するために、被疑者段階では国費による被疑者弁護人の選任請求権が、公訴提起後は国選弁護人の選任が必要的とされている。


しかし、起訴前にあっては、検察官が即決裁判手続の申立てをするにあたって被疑者に同意を求める際、一般的には、その時期は起訴の直前であることが想定され、また、被疑者が同意をするか否を判断するためだけに、この時点で弁護人の請求をすることが事実上期待できるか疑問がある。したがって、この制度を利用した捜査官による被疑者に対する自白の強要等を防止し、かつ、同意することの適否につき的確な判断を確保するためには、逮捕勾留時点から国費による弁護人選任制度が整備されている必要がある。


すなわち、現在検討されている被疑者段階からの公的弁護制度について、被疑者に請求権を認める範囲(「対象事件」)をできる限り広げることが必要である。但し、この点については、弁護士対応態勢の限界から、日弁連は、制度実施時点では「短期一年以上の罪にあたる事件」及び「少年の事件」を対象事件とし、その後段階的に対象事件を広げる提案をしている。この提案では、当初の時点では、重大事件等に限定されるため、即決裁判事件の対象として想定される比較的法定刑の軽い事件については、国選弁護人の選任請求権が与えられないことになる。そこで、「即決裁判手続」は、少なくも「必要的弁護事件(刑訴法289条)」を対象とした公的弁護制度が実施された時点で施行するとすべきである。


3. 「たたき台」の手続案について修正されるべき点

さらに、「たたき台」の手続案についても、次の点が修正されるべきである。


(1)「捜査の結果」について一定の期間を設定すること。


たたき台の案では、「検察官は、捜査の結果、被疑者が被疑事実を認めており、かつ、事案の性質、公判において取調べを必要とする証拠の内容・量等にかんがみ、当該事件の審理につき、即決裁判手続によることが相当と思料するときは、被疑者に対し、当該手続によることについて異議がないかどうかを確かめるものとする。弁護人がいるときは、当該弁護人にも異議がないかどうかを確かめるものとする」とされている。ここでは、「捜査の結果」については制限がない。しかし、現行の運用である20日間の勾留を前提とするかぎりは、何ら現在の捜査の手法に変化をもたらさない虞がある。どの程度の期間とするかは検討の余地があるが、長くとも原則である10日間の勾留期間での処分を前提とした制度設計をするべきである。


(2)即決裁判手続が不相当を理由に取り消された場合にすでに取り調べた書証を刑事訴訟法326条の同意があったとみなすと案は撤回されるべきであること。


たたき台の案では、「即決裁判手続の決定が不相当を理由に取り消された場合には、既に取り調べられた書証については、刑事訴訟法第326条の同意があるものとみなすものとする」としている。


しかし、弁護人としては、罰金あるいは執行猶予が付される事案であることを前提に、被疑者・被告人と協議の上、即決裁判手続で審理することの同意をしているのであるから、その前提が裁判所の判断で覆されるのであれば、書証に対する同意・不同意の意見を改めて言うことができる制度設計とすべきである。そうでなければ、弁護人・被告人の立場から、この制度を利用するに躊躇せざるを得ない事態が生ずる。


第3. さらなる制度改革へ向けた検討課題

即決裁判手続は、被疑者・被告人の主体性が尊重され、公判手続の合理化、さらには捜査の合理化をもたらす可能性を有する。しかし、従来の事実認定手続を維持しながら手続を合理化するものである以上、この手続には限界があるといわざるを得ない。


即決裁判手続の実施後、その運用実績をふまえ、さらにアレインメント導入について検討が継続されるべきである(別紙2参照)。