新司法試験の在り方に関する報告書

2003年5月19日


 

日本弁護士連合会
会長 本林 徹 殿


法科大学院設立・運営協力センター
委員長 飯田 隆


日弁連は、2002年3月15日付で、「『新司法試験の在り方について(意見の整理)(案)』に対する意見」を述べています。その後法曹養成検討会の取りまとめ、司法試験法の改正を経て、2003年より司法試験管理委員会の下に「新司法試験の実施に関する研究調査会」が設置され、8月を目途に中間報告の準備が進められています。


当センターは新司法試験の在り方に関し、プロジェクトチームを作り検討を進めてきましたが、現段階で意見を表明する必要がある部分に関し、以下のとおりとりまとめましたので報告します。


第1 新司法試験に対する基本姿勢


1 プロセスとしての教育の重視


司法制度改革審議会意見書の求める法曹養成制度改革の基本理念は、現行司法試験の「点」による選抜から法科大学院における「プロセス」としての法曹養成への転換をはかるという点にある。法曹としての資質と能力は、法科大学院におけるカリキュラムの履修と厳格な単位認定によって育成され判定されるべきであり、その「プロセス」が適正かつ厳正に行われていることを担保するために、第三者評価機関による法科大学院の厳格な評価が予定されているのである。


したがって、こうした制度の下では、新司法試験は、基本的には法科大学院における成果を確認する試験であり、それは司法修習において修習効果をあげることが可能なレベルに到達しているかを試すという役割をも有している。改正司法試験法が、1条1項で「司法試験は、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。」としつつ、3項で、「司法試験は、第4条第1項第1号に規定する法科大学院課程における教育及び司法修習生の修習との有機的連携の下に行うものとする。」と規定しているのは、そのようなプロセスと司法試験の関係を規定したものと解することができる。


この基本的な考え方は、当初から貫かれるべきである。すなわち、法科大学院が軌道に乗るまでの間は、法科大学院の履修を確認する意義にとどまらず司法試験に独自の重い意義を与えようとの考え方も一部に唱えられているが、このような考え方は改正司法試験法の上記趣旨に反するのみならず、法曹養成課程の中核として位置づけられた法科大学院の多様で豊かな発展を阻害する結果をもたらしかねないことに留意すべきである。


2 新司法試験で試されるべき資質


法科大学院では、具体的な事実の中から法的問題を抽出し、解決を与えるような教育が予定されている。また、新司法試験法第1条3項は、「司法修習生の修習との有機的連携の下に」と規定しているが、修習期間の短縮により、従来の前期修習がなくなることを考えれば、実務修習にすぐに出せる程度の基礎的な能力をもっていることが試されるべきことになる。したがって、司法試験では、このような法科大学院での教育課程を反映するために、相当程度複雑な事実を与えこれを分析する能力を試す必要があるし、新たな司法修習との関係では、従来の修習の前期における問題研究程度をこなしうる能力と論理的な文章作成能力を試す必要がある。


もちろんこれは司法試験が法科大学院の教育を指導するという趣旨ではなく、あるべき法科大学院教育においては、実務法曹を育成する教育に特化しているため、このような融合問題を解く能力、事実の中から重要な事実を拾い出す能力が特に重視されることを司法試験に反映しているにすぎない。


第2 短答式試験について


1 短答式試験の目的


新司法試験法3条1項は、


短答式による筆記試験は、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な法律知識及び法的な推論の能力を有するかどうかを判定することを目的とし、次に掲げる科目について行う。


  1. 公法系科目(憲法及び行政法に関する分野の科目をいう。次項において同じ。)
  2. 民事系科目(民法、商法及び民事訴訟法に関する分野の科目をいう。次項において同じ。)
  3. 刑事系科目(刑法及び刑事訴訟法に関する分野の科目をいう。次項において同じ。)

と定める。


法曹養成検討会の「意見の整理(平成14年7月19日付)」では、「短答式試験は、基本的知識の有無を幅広くかつ客観的に問うには最も適した試験であるとの意見があったものの、従来の短答式試験の弊害(知識の丸暗記等)を指摘する意見もあったことから、新司法試験における短答式試験については、従来と同様のものとはせず、その在り方を工夫することとする。」とされている。


2 短答式試験の在り方


短答式試験は、体系的で関連づけられた基礎的な知識を、幅広く正確に習得し、応用することができるかを試すことを目的とする。「法的な推論の能力」とは、事実から法準則を導き出したり(帰納)、法準則から必然的に認めざるを得ない結論を考えたり(演繹)する能力、つまり法的な知識の応用能力を指していると考えられる。そのことは、現在の一部の問題にみられるようなパズル的な設問を出さなければならないということではない。設問数が増加し出題範囲が広がることから、素直な問題とすべきであり、そのようにしても、法的推論能力を試すことは十分に可能である。


採点の負担を考慮して択一式(マークシート式)とする。


3 設問の数、試験時間と科目間の割り振り


必修とされる単位数に科目間でかなりの差があることから、設問数・試験時間を各系同一にする必要はない。例えば以下のような割り振りが考えられる。


  1. 民事系50問
  2. 刑事系30問
  3. 公法系30問

4 合否の判定方法


「短答式による筆記試験の合格に必要な成績」(2条2項)の定め方としては、三つの考えがありうる。第1は、系科目毎に合格点を定め、一系科目でもその点に達しない場合は、論文式の答案を採点しないという方法である。第2は、総合点での合格点を定めるという方法である。第3は、総合点での合格点を定めるが、それとともに系科目毎に最低点を定めるという二重の基準を設定する方法である。


第1の方法は、系科目毎にミニマムスタンダードを定め、それに達しないものは不合格とするのであり、第2の方法は、多様な法曹を確保するという観点から総合的に判定しようとするもので、ある系科目で優れた成績を取ったものには他の系科目の失敗を補うことを認めても良いとする。第3の考えは、両者の考えの折衷である。これは、各系科目の最低必要点(例えば4割)の他に期待点(例えば6割)を設け、合格点は期待点の合計点(全体合計の6割)としつつ、各系科目の最低必要点に満たないものは不合格とするものである。


センターの中では第1もしくは第3の方法を採る考え方が有力であるが、いずれにしても資格試験としての在り方を考えると、合格点は慎重に設定されなければならない。そして、その設定は、原則としてあらかじめ行うべきである。


第3 論文式試験について


1 論文式試験の目的


新司法試験法は、3条2項で、


論文式による筆記試験は、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析、構成及び論述の能力を有するかどうかを判定することを目的とし、次に掲げる科目について行う。


  1. 公法系科目
  2. 民事系科目
  3. 刑事系科目
  4. 専門的な法律の分野に関する科目として法務省令で定める科目のうち受験者のあらかじめ選択する一科目」と規定する。

また、同4項は、「司法試験においては、その受験者が裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を備えているかどうかを適確に評価するため、知識を有するかどうかの判定に偏することなく、法律に関する理論的かつ実践的な理解力、思考力、判断力等の判定に意を用いなければならない。」と定める。


法曹養成検討会の「意見の整理」は、「長時間をかけて、これまでの科目割りには必ずしもとらわれずに、多種多様で複合的な事実関係による設例をもとに、問題解決・紛争予防の在り方、企画立案の在り方等を論述させることなどにより、事例解析能力、論理的思考力、法解釈・適用能力等を十分に見る試験を中心とする」としている。


2 論文式試験の在り方


法科大学院教育は実務法律家養成のためのプロフェッショナル・スクールであり、新司法試験は、そこでの教育の成果を試すものである。論文式試験においては、現実に生起する多様で複雑な事象を分析し法的に意味のある事柄を取り出し(事例解析能力、分析力)、構成し(論理的思考力、法解釈・適用能力)、それを表現して(論述能力、表現力)、解決策を示していく(問題解決・紛争予防、企画立案)という能力を判定することが求められている。


3 具体的な問題


2で述べたところからして、事例分析を要する問題を中心とすべきである。そして、融合問題の工夫がなされるべきである。


また、事例分析能力を試すため、系科目のいずれかにおいて、パフォーマンス・テスト(例えば、仮設事例について、上司弁護士が部下の弁護士に法的判断文書の作成を求める。事例に関するファイル、事例を判断するための法令・判決・その他の資料を与える。)を採用することが検討に値する。アメリカにその例がある。このような試験方法は、法科大学院で十分に実務的に考える訓練をしてきた人でなければ通れない試験となり、「知識を有するかどうかの判定に偏することなく」とされている新司法試験法の趣旨にも添うものである。


4 合否の判定方法


短期間で採点することから負担を軽減する必要がある。また試験が資格試験であることを原則とすれば、各科目について、原則として優・良・可・不可の4段階程度の判定とし、一科目でも不合格の場合は、不合格とすべきである。不可の判定は絶対評価である。合格点以上については、採点者間にばらつきが生じないよう、優・良・可の割合を決めておく。これは系科目毎にミニマムスタンダードを定め、それに達しないものを不合格とする考えであり、採点方法とあいまって、資格試験に適合的である。評価の客観性を担保するためには、採点マニュアルの作成、採点者を集めた会議の開催など、二回試験の口述試験で採用されている方法を用いることができる。


この点についても第2、4で検討した3つの考え方がありうる。また、後述する異議申立てを認めるなどの手続き規制も考えられる。


なお、評価の客観性を担保するためには、細かな点数化を検討せざるを得ないとの意見もあるが、その場合でも従来の予備校教育を招いた細かな採点と論点積み上げ型の採点以外の方法を工夫すべきである。


第4 短答式試験と論文式試験の総合評価の在り方


1 法律の定め


新司法試験法は、「司法試験の合格者の判定は、短答式による筆記試験の合格に必要な成績を得た者につき、短答式による筆記試験及び論文式による筆記試験の成績を総合して行う」(2条2項)と定めている。


法曹養成検討会の「意見の整理」では、「受験者全員に短答式試験と論文式試験を受験させることとし、それぞれ異なる能力を判定するものであることから、そのいずれかについて一定の成績に達しなかった者は、最終的に不合格とする。この場合、短答式試験の不合格者については、論文式試験の答案を採点しないことができるものとする。」としている。


2 総合評価の方法


例えば、短答1、論文4(4科目)の比重で、短答式試験の成績も優、良、可に直して全てを合計し、可が4つ以上は不合格(したがって、1科目の優で4科目の可をカバーすることは許されない)とする方法が考えられる。あるいは、優・良・可を3点・2点・1点に換算し、短答1、論文4.5(民事系2・刑事系1・公法系1・選択0.5)の比重で合計するなどの方法が考えられる。この場合でも順位をつけることに重点を置くのではなく、資格試験であることを考慮して、合格点はあらかじめ設定する方法により合否判定が行われるべきである。


成績は全員に通知する。


第5 選択科目について


1 法律の規定


前述したように、論文式による筆記試験は、「専門的な法律の分野に関する科目として法務省令で定める科目のうち受験者のあらかじめ選択する一科目」についても行われる。これら「試験科目については、法務省令により、その全部又は一部について範囲を定めることができる。」(新司法試験法3条3項)


2 選択科目についての考え方


司法試験は法曹として共通に保持するべきミニマムスタンダードを問うものである。それ以上の専門分野の修得はまさに法科大学院で各自の興味関心と進路にあわせて自由に選択し、厳格な単位認定を通じて履修の証明がなされればたりるものである。選択科目は各法科大学院がその創意工夫で自由に展開するべきものであるから、試験科目にする場合でも、その内容を試験によって規制することにより、法科大学院における選択科目の発展を阻害することがないよう留意しなければならない。


ごく少数の科目を試験科目とすることは、それらの科目を必置科目化することにつながりかねないので、法科大学院において設置される専門分野の科目をある程度幅広く選択対象とし、そのうち1科目を選択する方式とすべきである。もっとも教科書が存在することなど科目の概要がある程度標準化されていることは必要であろうし、試験委員の確保など試験の実施上の問題も考慮しなければならない。


採点に不平等が生じないような配慮も必要である。


第6 新・旧司法試験の合格者の割合


過渡期においては、新・旧司法試験の合格者の数をどうするかが問題である。新しい法曹養成が法科大学院を中核とすることを原則とすることから、旧司法試験の合格者は旧司法試験実施の終了時に向けて毎年確実に減少させていくべきである。


過渡期は複線的な修習を行わざるを得ず、人数についても重複が生じる可能性があるので、司法修習制度の円滑な運用につき緊急に検討する必要がある。


第7 その他


1 出題委員以外の採点委員の確保


当面新旧の試験が併存するなど、試験の負担が大きい。現在、二回試験の口述試験で採用されているように、出題担当者以外に実務家等を採点委員に委嘱するなどの工夫が必要となろう。


2 情報公開と異議申立制度


当センターは2001年10月に公表した討議資料「プロフェッショナル・スクールとしての法科大学院」で述べているが、新司法試験の制度に対する信頼を確保・向上させるため、試験に開する各種統計資料の情報公開と試験結果に対する異議申立制度の採用が検討されるべきである。


以上