「倒産犯罪」の改正についての意見書

2003(平成15)年6月21日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

法制審議会倒産法部会において法務省事務当局から提案された倒産犯罪の改正案「破産法等の見直しに関する要綱案(第二次案)」(以下,事務当局案)について,当連合会は重大な懸念をもっている。


1 事務当局案は,破産財団を構成する財産の価値を侵害する行為及びその収集を困難にする行為(詐欺破産罪)について,現行法の採用する破産宣告の確定を客観的処罰条件とすることを廃止する一方で,行為の時期について「破産宣告ノ前後ヲ問ハス」としていたものを「債務者の危機的状況が発生した後において」に限定しようとするものである。


しかしながら,詐欺破産において破産宣告の確定を客観的処罰条件とする現行法の枠組みは,強制執行免脱罪の全体財産に関する特別法としてより重い刑罰を課すためのものとして十分な合理性があると考える。


まず,危機的状況が発生した後に隠匿等の行為をしたがその後に危機的状況が解消した場合を,詐欺破産行為として処罰すべきではない。ちなみに,現行法では,破産宣告の確定を客観的処罰条件とし,その行為と破産宣告の確定との間に事実上の牽連関係が存することが必要であると解されているので,このような事案が詐欺破産罪とされることはない。


そもそも,破産宣告の確定等を客観的処罰条件としないのであれば,その刑罰規定を破産法におく理由がない。危機的状況が発生した後の隠匿等の行為の後に,破産等の法的手続がとられることもあろうが,その多くは私的整理すら行われない場合である。その場合も可罰性は同じであるという趣旨であるならば,破産法等に規定を置くべきものではなく,新たな刑事立法として刑法典あるいは独立の単行法で規定すべきものとして正面から議論すべきものである。


また,行為の時期に関する「危機的状況の発生」という概念も,構成要件としてあいまいであり,処罰範囲が不明確になりかねない。「危機的状況の発生」が,破産原因の発生を示すのか,あるいは破産原因が生じるおそれで足りるかによって,その処罰範囲は大いに変わる。破産原因の発生に限定するとしても,破産原因には支払不能のみならず,債務超過も含まれていることからすると,可罰性の高い行為類型を画するものとしては,適当なものか疑問が残る。


2 不利益な債務負担を詐欺破産行為として処罰の対象とすることには疑問がある。


不利益な債務負担は,現行法375条2号(過怠破産罪)に規定されており「破産宣告を遅延させる目的」が必要とされているが,これが詐欺破産罪となれば(法定刑が上がるだけでなく)「図利加害目的」で足りることとなる。


不利益処分の解釈について,最高裁昭和45年7月1日大法廷判決刑集24巻7号399頁(偏頗行為は含まず,本旨弁済は,詐欺破産にも過怠破産にもならない。総債権者に絶対的な不利益を及ぼす行為をいう。)に従うと,不利益条件の債務負担で総債権者に絶対的な不利益を及ぼす行為に該当するものは何があるのか,疑問が残る。債務引受をしても求償権が発生するし,代物弁済予約であれば清算を要することが法定されている。代物弁済そのものが消滅する債務と権衡を失するものであれば,前記大法廷判決の判示のとおり,それを不利益処分として検討すれば足りる。


結局,目的要件を緩和してまでこれを詐欺破産罪に取り込む必要性はない。


3 非義務行為その他の偏頗行為を処罰するという考えについても,疑問がある。


偏頗行為は,弁済・担保提供を内容とするものであるが,現行法は,非義務行為(非本旨弁済)だけを過怠破産罪(375条3号)としている。破産法の否認対象行為としては,本旨弁済は,故意否認の要件を満たす場合だけ否認の対象となり得るものと解されており,非本旨弁済は,危機否認の対象とされている。本旨弁済は,詐欺破産罪の不利益処分に該当せず,過怠破産罪にも該当しないというのが,上記最高裁判決である。


特定の債権者が十分な満足を得てもそれが本旨弁済であれば処罰されず,非本旨弁済であれば,処罰されるというのは不均衡であり,否認権行使によって民事的救済が図られることで足りる。


4 財産の隠匿等を行い,その結果として危機的状況を生じさせることを処罰することも疑問である。


「危機的状況」の定義の難しさは前述のとおりであるが,ここでは,隠匿等と危機的状況の発生の因果関係が構成要件となる。「危機的状況」が破産原因そのものに限定されるとしても,それとの因果関係は,不明確な概念とならざるを得ないし,それが原因となって危機的状況が生じたと立証することは非常に困難である。もともと,強制執行妨害罪にしても,詐欺破産罪にしても,強制執行ないし倒産手続の網を潜る行為が対象であり,強制執行を受ける原因となった行為,倒産する原因となった行為が対象ではない。その根底には,倒産原因罪を設けようという考え方があるようであるが,現行法の倒産犯罪とは異質のものである。


以上