「職業安定法及び労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律の一部を改正する法律案」に対する意見書

2003年3月14日
日本弁護士連合会


本意見書について

厚生労働省労働政策審議会建議(2002年12月26日)及び同審議会答申(2003年2月21日)に基づき策定され、3月7日の閣議を経て、今通常国会に上程された標記法律案(以下「法案」という。)に対し、当連合会は、以下のとおり意見を述べる。


意見

  1. 現行の原則1年の派遣期間制限を見直すべきではない。
  2. 派遣先に対して、継続して1年以上同一業務に従事させた場合、派遣労働者が希望すれば直接雇用することを義務付けるべきである。
  3. 「物の製造」業務を派遣対象業務にすべきではない。
  4. 紹介予定派遣における派遣就業開始前の事前面接、履歴書の送付は認めるべきではない。

理由

1 派遣労働の実態

厚生労働省が発表した「労働者派遣事業の平成12年度事業報告の集計結果について」によれば、2000年度の派遣労働者数は約139万人であり、対前年度比29.8%増となっている。1996年度の集計結果によれば、派遣労働者数は約72万人であったので、4年でほぼ倍増している。


この集計結果を派遣事業所数で見てみると、主として登録型の労働者を派遣する事業である一般労働者派遣事業の場合、1996年度に2354事業所であったのが、2000年度には4023事業所に増加しており、派遣労働者が常用雇用労働者のみである特定労働者派遣事業の場合、1996年度に7165事業所であったのが、2000年度には6307事業所に逆に減少している。


さらに派遣先の件数で見てみると、特定労働者派遣事業は4年間で2万3688件から2万3896件へと横ばいであるのに、一般労働者派遣事業は19万8197件から26万9321件と約36%の増加になっている。派遣労働者のなかでも、常用でない雇用の不安定な登録型の派遣労働者が増加しているのである。登録型派遣労働者の女性の割合は1997年の労働省調査で88.6%、1998年の東京都調査で85.9%と圧倒的多数は女性で占められている。


2 派遣による常用雇用代替と女性差別の拡大

建議は、このような派遣労働の増加につき、「派遣労働は、労働者自身のライフスタイルに合わせた働き方を可能にするものとして一定の評価も定着しつつある」、「仕事と生活のバランスのとれたライフスタイルを選択する傾向が若年層を中心に見られ、このような働き方に対応していく必要性が高まっている」と述べ、派遣労働に関する規制をさらに緩和する方向を打ち出し、法案もこれを踏襲している。 


しかし、現在の派遣労働者の急増は労働者側の希望ではなく、高い失業率の下、正社員になれず、やむなく派遣労働やパートタイム、契約社員などいわゆる非正規雇用に流れているといわざるを得ない。


そもそも、パート労働者の増加の根本的な理由は、建議のいうような労働者の意識によるものよりも、常用労働者を削減し、パート・派遣等の非正規・不安定雇用労働者に置き換えていくという経済界の労働政策に基づくものである。実際に、企業再編やリストラの名の下に正規労働者を減らす一方で、他方で特に不安定な登録型派遣に切り替える常用雇用の代替が行われてきた結果というべきである。


しかもこの動きは、女性労働者に顕著であり、特に上記のとおり登録型派遣労働者の圧倒的多数は女性である。例えば、従来女性中心に配置してきた事務職部門を閉鎖して派遣労働に切り替え、一気に常用代替を促進した企業も少なくない。旧均等法が制定され、約10年を経てようやく募集・採用、配置・昇進を含めて差別禁止が規定され、法制上は男女平等に向けて前進したが、派遣労働者は、雇用形態が異なることを理由に格差は容認されてきた。パート・派遣等の女性労働者の不安定労働の増大は、男女の賃金格差をますます拡大させるものである。


一般労働者派遣事業の急増の下で、違法派遣も後を絶たず、突然の雇い止めによる雇用不安などの派遣労働者の権利侵害も増えている。また、事業所間の競争が激しくなり、派遣元が派遣先の要求を飲まざるを得ず、派遣労働者の賃金が下落し続け、正規労働者との賃金をはじめとする労働条件の格差は拡大している。派遣労働者の労働条件の向上と正規雇用の代替を許さないための法的規制の強化こそ必要といわなければならない。このような状況下で、労働者派遣の規制をさらに緩和することは、労働者保護を犠牲にして、企業の安くて使い勝手のよい派遣に切り替えるというニーズに応えるものといわざるを得ない。


ILO181号条約(民間職業仲介事業所条約)においても、後述するように派遣事業の運営については、労働者の権利を保護するために国家の適正な規制におかれることを前提としている。不況下でますます急増する派遣労働者に対して、低賃金や雇用不安を解消し、正規労働者との均等待遇確保のための規制など、差別是正のための法整備こそ必要であるのに、逆に緩和しようとする法案の内容は、大きな問題を含むものである。


3 派遣期間制限の変更

建議は、派遣期間を原則1年とする限定を見直し、3年までの期間で臨時的・一時的と判断できる期間については、派遣を受け入れることができることとするのが適当とし、法案もこれを受けて上限を3年としている。ただし、1年を越える期間を定める場合は、労働者の過半数代表の意見を聴くことを条件としている。


しかし、この労働者代表からの意見聴取は、単なる実情把握のための参考意見でしかなく、これでは、何の歯止めにもならず、事実上これまでの派遣期間1年を無条件に3年に延長するにすぎない。


そもそも労働者派遣事業は、臨時的・一時的な労働力の需給調整に関する対策として位置付けられており、現行法が期間を1年に限定した理由は、派遣労働による常用雇用の代替を防止することにあった。従って、期間の限定は厳格にすべきであり、安易に1年を3年に延ばすのは本来の趣旨に反する。


建議においては、「原則1年に制限されていることにより、結果的に派遣労働者の雇用が不安定となる面がある」としていた。しかし、現実には雇用期間はますます短期化しており、3カ月未満が71.8%、6カ月未満が90.5%(厚労省「労働者派遣事業報告」)に達している。にもかかわらず、期間を延長するということは、派遣先は都合がよければ臨時的・一時的でなく長く働いてもらい、不要な派遣はいつでも打ち切ることができるようにするということである。つまり派遣期間延長は、派遣労働者の雇用安定に結びつくものではなく、逆に派遣先にとって派遣労働者がますます使い勝手のよい労働力ということになり、常用雇用の代替を促進することにつながるものである。


1年では短いという派遣先の事情があれば、それはすでに臨時的・一時的ではないのであるから、派遣労働者が希望すれば派遣先が常用労働者として雇用すればよいはずである。


以上により、当連合会が従来から述べているように、期間は厳格に1年とし、派遣先に対して、継続して1年以上同一業務に従事させた場合、派遣労働者が希望すれば直接雇用することを義務付けるべきである。


また、1年の派遣期間制限の対象外になっているいわゆる26業務のうち、専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務については、継続して3年を超えて行うことのないよう取り扱われているが、建議は、この取扱いを廃止すべきとしている。しかし、従来から当連合会が意見を述べてきたとおり、これらも臨時的・一時的需給調整という位置付けは同様なのであるから、規制を緩める方向の改正はすべきではない。


4  「物の製造」業務への拡大

これまで派遣対象から除かれていた「物の製造」につき、製造業における臨時的・一時的な労働力需給を迅速に調整し、円滑な事業運営が可能になるよう、適用対象業務とすることが適当であるとする建議を受け、法案は、物の製造業務について派遣事業を行うことができるとしている。但し、施行後3年を経過するまでは派遣期間を1年としている。


当連合会は、派遣事業が原則自由化になって以降、派遣労働者は急増したもののその保護は十分ではなく、劣悪な労働条件や身分の不安にさらされており、さらに常用雇用の代替の問題からも派遣事業の原則自由化に反対してきた。今後、派遣労働の飛躍的な増加につながる製造業務への派遣労働を解禁するというのであれば、例えば労働監督の強化や労働安全衛生法規の適用の見直し等、その弊害を除去するための施策が十分になされることが不可欠である。現に製造業においては、生産ライン全体の下請けの形を取った違法派遣が横行していることを見れば、派遣労働者の劣悪な労働条件の解消なしに解禁することは、違法状態を合法化するものである。建議・法案は、こうした労働者保護の視点が欠けており、企業の競争力強調ばかりが目につくといわざるを得ない。現状のままでの「物の製造」業務への拡大は反対である。


5  紹介予定派遣における派遣労働者の事前面接等

建議が、「紹介予定派遣については、派遣就業開始前の面接、履歴書の送付等」を可能にするとし、法案は、紹介予定派遣については、「派遣労働者を特定することを目的とする行為をしないように努めなければならない」とする規定を適用しないものとしている。


しかし、就業開始前の派遣先における面接や派遣先への履歴書送付は、そもそも労働者派遣が、派遣先が労働者を選定するものではないという大前提を崩すものである。現行法は、派遣先が事前面接や履歴書の送付によって、派遣労働者を選別・特定し、年齢や容姿などを理由とする受け入れ拒否を許さないため、それらを禁止したものである。


実際には、派遣事業所の増加にともない、各社の競争も激しい中で、派遣先が事前面接を実施する例は後を絶たず、派遣元に対して「容姿優先」、「若い人優先」などの違法な発注が行われている。従って、法案のような緩和をすればますます、派遣先の差別的派遣決定を助長するおそれがある。このことは、将来、正規雇用者として雇用される可能性があるとされる紹介予定派遣においても、何ら変わりがないといわざるを得ない。


以上により、紹介予定派遣においても事前面接等、派遣労働者を特定することを目的とする行為を制限するべきである。


6  派遣労働者の保護のための措置の必要性

当連合会は、労働者派遣法が制定される過程から今日まで、一貫して、派遣労働者の人権保護の見地から法規制に関する数々の具体的な提言を行ってきたが、前述のとおり、派遣労働者がおかれている不安定な地位や差別的で劣悪な労働条件の実態を改善するには至っていない。さらに、本意見書においても、今回の法案に対する上記意見に加えて、下記のとおり1998年11月20日付同法改正に対する当連合会意見書と同趣旨の提言をする。


ILO181号条約は、主に(1)結社の自由・団体交渉権の確保(4条)、(2)労働者からの手数料・経費徴収の禁止(7条)、(3)苦情処理体制の確保(10条)、(4)派遣労働者について、最低賃金、労働時間などの労働条件、社会保障給付、訓練の機会、職業上の安全衛生、職業上の災害、疾病の補償などの保護に関する保護措置(11条)などのきめ細かい手厚い保護を要求している。


前述のような実態を改善し、派遣労働者が労働条件や待遇において、不合理な差別を受けないためには、ILO181号条約の基準を踏まえ、次のような法的措置を定めることが検討されるべきである。


  1. 派遣労働者と正規労働者との均等待遇を確立すること。
  2. 派遣先は、正当な事由がなければ派遣契約を解除できないものとし、正当な事由がある場合でも、労働者の責に帰すべき事由がなければ、派遣契約期間の賃金補償について、派遣元に義務付けること。
  3. 派遣労働者の福祉増進のため、派遣元に各種社会保険の適用を促進する努力義務を課すとともに、各種社会保険法等関連法規の整備・拡充を図ること。
  4. 派遣労働者の福祉増進のため、派遣元に各種社会保険の適用を促進する努力義務を課すとともに、各種社会保険法等関連法規の整備・拡充を図ること。