投票の機会の保障を求める意見書

2003年2月21日
日本弁護士連合会


本意見書について

1.選挙権は、憲法の最も基本的な原理である国民主権に基礎をおくものであって、憲法上国民の有する権利のうち、最も基本的な権利である。憲法は、成年に達したすべての国民に等しく選挙権を保障しており、かつ、選挙権行使としての投票の機会もまた、成年に達したすべての国民に対して平等に保障している。


2.然るところ、憲法の下位規範である公職選挙法等の現行の具体的選挙制度によって規制される結果、選挙人資格がありながら投票できない状況におかれている人が多数生み出されている。
  現行の投票制度では、選挙人が、選挙の当日、自ら投票所に行き、候補者の氏名ないし記号等を自ら記載することにより投票することが原則とされている。その例外として、不在者投票制度と代理投票制度があるが、不在者投票制度としての郵便投票は利用できる選挙人の範囲が一定の身体障害者手帳、戦傷病者手帳の被交付者に限られている結果、高齢や障害等で寝たきり状態になった人や自閉症等で引きこもり症状をもつ人は投票することができない。更に、郵便投票にあっては事前手続に自署が必要とされているため、寝たきり状態にある点字使用者やALS患者のうち自書できない患者は投票することができない。また、代理投票においては、補助者が投票管理者により定められるため、手話でコミュニケーションをする人等は代理投票を十分に活用できず、棄権を誘発している。


3.このような多数の者を投票機会の保障の埒外に置くことが、憲法の保障する選挙権の平等原則に著しく抵触し、わが国の民主主義の発展を著しく阻害していることは明白である。しかも、議会制民主主義が適正に機能するためには、国会の構成員たる議員が選挙権を有するすべての国民から等しく選挙されたものであることが絶対不可欠の要件である。ところが、選挙人資格があるにもかかわらず投票できない人がいるということは、それらの人の意見・利益を代表する人が国会での議論に参加できないことを意味し、それらの人の意見・利益は、立法過程に公正に反映されないことを意味する。


4.現行制度のもと投票の機会を奪われたALS患者や引きこもり症状をもつ人が、投票機会の保障を求めて訴訟を提起していたところ、今般、相次いで判決が言い渡された。前者の訴訟において東京地方裁判所は「公職選挙法にALS患者らのような状態の者が選挙権を行使できるような投票制度が設けられていなかったことについては,憲法15条1項,同条3項,14条1項及び44条ただし書に違反する状態であったといわざるを得ない」旨を、後者の訴訟において大阪地方裁判所は「現行の在宅投票制度は、憲法の趣旨に照らして必ずしも完全なものとは認められず、その対象の拡大や投票方法の簡略化などの方向での改善が図られて然るべきものである」旨を判示した。
選挙権の行使すなわち投票の機会を現実に保障する立法的手当をなすべきことは、もはや一刻の猶予も許されないのである。


5.よって、当会は、国会及び内閣が「公職選挙法」及び「同施行令」を改正し、高齢や障害等で投票所に行くことができない人、さらには、自署できない人が選挙権を行使できるよう、郵便投票における選挙人の範囲を拡大するとともに代理投票や点字投票を認め、巡回投票を創設して在宅代理投票ができるものとするほか、代理投票にあたっては当該選挙人が定める補助者をして投票できるようにすべきことを求めるものである。ことに、違憲状態が指摘されている筋萎縮性側策硬化症(ALS)患者の投票を保障するために、巡回投票による在宅代理投票、郵便による代理投票の制度を速やかに創設すべきである(意見の趣旨第1項)。


6.2001(平成13)年に制定された「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方式等の特例に関する法律」(以下「特例法」という)に基づき、電子投票が2002(平成14)年6月に岡山県新見市で初めて実施された。電子投票は、同年9月には全国で448市町村が導入予定を検討しているほか、国政選挙へ導入することも検討されている。総務省に設置された研究会の報告書によれば、選挙人の投票の仕方は、投票所において投票する第1段階(現行)から、指定された投票所以外の投票所においても投票できる第2段階、更には投票所での投票を義務づけず個人の所有するコンピュータ端末を用いて投票する第3段階へと伸展することを視野に据えている。国政選挙、地方公共団体の選挙において、第2段階では巡回投票も可能になると想定されるし、第3段階ではALS患者や引きこもり症状をもつ人の投票権の行使が在宅で可能となるものである。
それだけに、電子投票システムは高齢者や障害のある人にとって実際に使える、使いやすいシステムとして開発されなければならない。ところが、現行の特例法では、電子投票機の具備すべき条件にバリアフリーを充たした技術標準を有するものであること、という条件がないなど、不十分な点が多い。IT化はバリアフリーを可能とする。しかし他方、バリアフリーの視点が欠如ないし不足した場合は、デジタルデバイド(情報格差)はもはや回復不能になってしまう。


7.よって、当会は、国会が特例法を改正し、高齢や障害等があっても容易に利用できる電子投票システムを確立すべきことを求めるものである(意見の趣旨第2項)


以上