「いわゆる『出会い系サイト』の法的規制の在り方について(中間検討案)」に対する意見

2003年1月18日
日本弁護士連合会


本意見書について

1. 「 I 『出会い系サイト』の問題状況」について

少年有害環境対策研究会の中間検討案(以下「検討案」という。) I では、「第1 『出会い系サイト』を利用した児童犯罪被害の現状」、「第2 『出会い系サイト』を利用した児童買春事件の状況」、「第3 携帯電話からの『出会い系サイト』利用による犯罪被害状況」について、詳細な統計をもとに問題状況を報告している。


この状況を看過できないものとする見方には、異論はない。


日本政府は、1996年、第1回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議に参加し、ストックホルム宣言ならびに行動綱領に賛同し、1999年に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童買春禁止法」という。)を施行した。さらに2001年に国内行動計画を策定し、同年12月、第2回世界会議を横浜において主催している。


これらの宣言や綱領、法律や計画は、子ども買春が子どもの人権侵害として許されないものであり、子どもの性を買う大人の側の意識を変革することによって、その根絶が早急にはかられなければならないという理念に基づき、買春者処罰の強化とともに、子どもの非処罰化、被害者としての保護制度の創設、調査・教育・啓発活動の充実、関連業界の努力などを謳っている。しかし日本においては、これらの重要な課題が、所轄省庁である総務省、厚生労働省、文部科学省、経済産業省などによって未だ本腰をいれて実施されていない状態であり、十分な世論形成も、大人の側の意識改革もできていない。そのために、検討案が報告するような問題状況が、現出しているのである。


こうした状況を深刻に受け止め、事態の改善に真剣に取り組み、「出会い系サイト」を利用した子どもの売買春の勧誘行為をしない、させないという意識を、社会の中に醸成していく必要があることは否めない。しかしその手段として、検討案が提案するような法的規制を用いるとすることには、以下のとおり、子どもの人権擁護の視点から、重大な問題があるといわざるを得ない。


またそもそも検討案は、「出会い系サイト」を、「インターネットを利用して面識のない異性間の『出会い』をとりもつもの」としてしか特定していない。そこでは常に必ず売買春の勧誘が行われているわけではなく、異性とのコミュニケーションを取ることが苦手な子どもが、携帯電話、インターネットを通じてメル友を見つけるために利用する例も多い。


「出会い系サイト」利用者、またはサイト側の一律な規制は、売買春の勧誘とは異なるこうした行為まで規制の対象にしようとするものであり、プライバシーの権利を不当に侵害し、表現の自由、通信の秘密の保障に反するおそれがあるという視点からも、慎重に検討する必要がある。


2.「 II 『出会い系サイト』の法的規制についての在り方」について

検討案

「出会い系サイト」を利用した次の行為(不正勧誘行為)を児童(18歳未満の者)によるものを含めて禁止してはどうか。


  1. 児童との性交等を伴う交際を勧誘すること
  2. 金銭等を渡したり、もらったりすることを条件に児童との交際を勧誘すること

意見

大人も子どもも、「出会い系サイト」を利用して、金銭等の授受を伴う性交等を勧誘してはならないという社会通念の醸成は、法規制以前に、まずインターネット業界による自主規制、学校教育、家庭教育での子どもへの働きかけ、マスコミ等を利用したキャンペーンなどを通して行われるべきものである。そのためには、行政が強力なリーダーシップをとる責任がある。また表現の自由の保障の視点からも、子どもの保護という目的のために、より制限的でない他に選びうる手段がない場合に、はじめて法的規制を検討することが許されるということになる。


他の手段を用いたが成果があがらないという場合に、大人が「出会い系サイト」を利用し、18歳未満の子どもに対し金銭等の授受を伴う性交等の勧誘行為をなすことについて、法的規制を検討する余地はあろう。しかしその場合でも、検討案が提起する「不正勧誘行為」を禁止するという方法によることには、次の理由で反対である。


「1. 児童との性交等を伴う交際を勧誘すること」において、検討案では「性交等」についての定義が設けられておらず、どのような行為を含むのかが明らかになっていない。禁止する行為は、一義的に明確でなければならない。また金銭等の授受を伴わない子どもとの交際の勧誘まで禁止することは、売買春に発展する危険があることのみをもって、禁止行為の範囲をいたずらに広くすることとなり、プライバシーへの不当な介入となる。


「2. 金銭等を渡したり、もらったりすることを条件に児童との交際を勧誘すること」にいたっては、売買春の目的である性交という要件も設けずに子どもとの交際を一切禁止しようとするものであって、あまりに広範に過ぎ、賛成できない。


検討案

2 児童について、携帯電話から「出会い系サイト」を利用することを禁止(罰則なし)してはどうか。


意見

子どものみならず、大人も、携帯電話から「出会い系サイト」を利用して、子どもの売買春、つまり金銭等の授受を伴う子どもとの性交等の勧誘を行ってはならないという社会通念の確立は、必要である。しかしこれも、前項に述べたとおり、法規制以前になすべき方策をとってから、法による禁止を検討すべき課題である。


しかしその場合でも、子どもに対し、一律に「出会い系サイト」そのものへのアクセスを禁止するということには、反対である。「出会い系サイト」は、前述したとおり、そこで常に売買春の勧誘が行われているわけではない。子どもがメル友を見つけ、メールのやりとりをすることで、孤独感や劣等感からいくらかでも解放されるという例は、現実にいくらでも存在する。


したがって、子どもの「出会い系サイト」の利用を、法律をもってすべて禁止することには、反対である。


検討案

3 携帯電話から利用できる「出会い系サイト」について、「出会い系サイト」の側で、児童が利用しにくくなるような措置を講じなければならないこととしてはどうか。


意見

「出会い系サイト」側が、子どもが買春の被害者となるおそれがあることを認識しながら、漫然と子どもからの利用を許していることは、子ども買春を助長していることにほかならない。業界の自主規制、教育啓発活動を通じて、「出会い系サイト」を子どもが利用しにくくなるような措置を設ける必要性を、社会全体に浸透させる必要はある。


しかし携帯電話から利用できる「出会い系サイト」について一律に、子どもが利用しにくくなるような措置を講じるべきとすることを、法的に義務づけることには反対である。その理由は前述したように、売買春を目的としない子どもの、「出会い系サイト」の利用が十分に想定されるからである。


もし売買春の勧誘が行われている「出会い系サイト」であることを特定することが可能であるとするなら、そうした「出会い系サイト」の側に、子どもが利用しにくくなる措置をとるべきとすることには、検討の余地があろう。


検討案

4 1の禁止行為について、一定の罰則を設けることとしてはどうか。児童については家庭裁判所で保護処分等の適切な処遇をすることとしてはどうか。


意見
  1. 処罰を設けるには、禁止行為が一義的に明らかとなっていなければならない。前記1で述べたとおり、検討案にいう「不正勧誘行為」の定義は、必要以上に広範にわたっており、不当である。


    処罰対象が大人であっても、検討案が提起するような構成要件による罰則の制定には、反対である。

  2. 子どもの処罰についてであるが、検討案においてその目的は、「児童が現実の児童買春等の犯罪の被害者となることを防止する」ためとされている。子どもが被害者になることを予防するために、当の本人を処罰するということは、論理矛盾である。子どもが被害者にならないような措置を講じる必要はあるが、それを子どもの処罰によるべきという結論は、あり得ない。

  3. 子どもの処罰化は、児童買春禁止法の趣旨に反し、また子どもの商業的性的搾取反対の国際潮流にも、逆行する。


    従来売買春問題が論じられるときには、常に性風俗を紊乱させるものとして、売春者を問題とし、売春者の矯正をはかり、売春を生み出す背景を解消させる必要があるとされてきた。子どもの売買春についても、同様であった。問題は売春する子どもの貧困、家族問題、金銭感覚等にあり、これを処罰や隔離により解決することによって、子どもの売買春問題は解消するという考え方である。


    しかし、ストックホルム宣言に象徴される子どもの商業的性的搾取反対の国際的運動は、その発想を根底から逆転させるところから、始まっている。子ども買春は子どもの人権侵害である、子どもは人権侵害の被害者とみなされなければならない、問題は買う側の大人にある、買う側の大人を処罰し、問題を調査し、解決しなければ、子ども買春はなくならないという、視点の転換である。児童買春禁止法も、この理念に則って、子どもの非処罰化を貫いた。


    現実に売買春を行っても、子どもを処罰しないにもかかわらず、売買春の成立に至るかどうかもわからない段階で、子どもを処罰するという制度は不合理である。

  4. 検討案は、「法定刑が罰金刑以下の犯罪を犯した児童については、少年法により、家庭裁判所で手続きが行われることとされており、検察官に送致されて、刑事処分を受けることはありません」として、子どもが刑事処分を受けなければ、不利益の程度は大きくないとの考え方をしているようである。


    しかしたとえ逆送がなくても、少年法のもとで、犯罪少年として、鑑別所での観護措置、少年院送致などの身体拘束を伴う不利益処分があり得る。また不処分、保護観察等の在宅処遇がなされたとしても、これは犯罪少年として処遇された前歴として残り、子どもの負担になる。子どもにこのような負担を課しておきながら、子ども買春の被害者となることから保護したという理屈は成り立たない。

  5. 現実に買春の被害者になった子どもはもちろん、被害者となる危険のある子どもたちを、放置しておいてよいということではない。


    本来、買春の被害者となった子ども、あるいはその危険のある子どもの保護のためには、警察や裁判所による司法的な措置によらない、福祉的な措置が必要である。しかし日本には、こうした子どもたちに対し、福祉的な視点から、心身のケアをして、教育や職業訓練などを提供して、社会復帰を支援する制度は、ハード面においても、ソフト面においても、用意されていない。日本政府は、「児童の権利に関する条約第2回政府報告」、あるいは上述の国内行動計画において、児童相談所が指導、カウンセリング等を施しているとの報告をしているが、現実にどれだけの子どもが被害から回復しているのかとなると、これを裏付ける実証的データには乏しい。


    検討案は、売春を行うおそれのある子どもを、すべて非行少年として、少年法の手続きにのせるという提案である。その根底には、子どもを善良な風俗を乱す加害者・犯罪者とする旧来の、責任転嫁的な見方が垣間見える。そうなれば、せっかく形成されつつある、子ども買春は子どもの人権侵害である、問題は買う大人の側にあるという意識を後退させ、本末転倒の結果を導くことになるだろう。


3. 真に必要な施策は何か

今、真に必要なことは、児童買春禁止法による買春者処罰の徹底である。そして「出会い系サイト」問題を含む子ども買春の被害の現実を深く認識し、この被害の拡大を少しでも食い止めるために、インターネット、通信、観光、出版業界等は自主規制に努力し、政府、特に総務省、厚生労働省、文部科学省、経済産業省等においては、業界の自主規制を促しつつ、虐待や搾取の被害者となった子どものための医療的、福祉的、法的総合支援センターの創設、学校教育における子ども買春根絶のための教育プログラムの開発と実施、マスコミと連携した大規模なキャンペーンの展開などの課題に、全力を挙げて取り組むことである。


以上