日弁連新聞 第608号
第66回
人権擁護大会開催
10月3日・4日 名古屋市
第66回人権擁護大会を名古屋市で開催した。10月3日の3つの分科会によるシンポジウム、翌4日の大会は、いずれも会場とオンライン配信を合わせて多数の参加を得た。次回大会は2025年12月に長崎市で開催される。
決議を採択
「生活保障法」の制定等により、すべての人の生存権が保障され、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議
憲法25条は生存権を保障し、この具体化のために生活保護制度が存在する。しかし、現行制度は「すべての人」に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するセーフティネットとして機能しているとは言い難い状況にある。
そこで、国に対して、現行の生活保護法を、権利性を強化する内実を持つ「生活保障法」に改正することおよび法改正を待たず速やかに厚生労働省通知等を改正することを求め、地方自治体に対して、一部の自治体の先進的な取り組みを自治体間で広げ、「生活保障法」の趣旨を実質的に実現していくことを求めた。
日弁連は、その実現に向けて全力を尽くすものである。
刑事法廷内における入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄を使用することは、自尊心を傷つけ、羞恥心を抱かせるだけでなく、周囲に有罪の印象を与え、人格権や無罪推定の権利を侵害し、憲法および国際人権法に違反する重大な人権侵害である。
そこで、裁判官に対して漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめることなどを求めるとともに、国に対して入退廷時にも身体不拘束原則が及ぶことを明記する刑事訴訟法改正を行うことなどを求めた。
日弁連として、弁護士・弁護士会も手錠・腰縄問題に対して十分に自覚的でなかったことを深く反省し、被告人等の人権保障に資する弁護活動に努める。
人権保護として再生可能エネルギーを選択し、地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指す決議
気候危機は人類によってもたらされた人災であり、人々の生命・健康等を侵害し、生存基盤を破壊する重大な人権問題である。
そこで、地球環境の保全と地域社会の持続的発展に資する再生可能エネルギーの普及・拡大を目指して、国や地方公共団体に対して、再生可能エネルギーの一層の拡大のための法制度整備や地域の実情に配慮した上での各種施策の早急な導入などを提言した。
日弁連は、再生可能エネルギーが地域の持続的な発展に資するものとして受け入れられるよう、今後も全力を挙げて取り組む。
特別報告
①憲法問題に関する取り組みの件、②空襲等被害者の救済の件、③袴田事件の判決を受けた再審法改正に関する取り組みの件、④「人権のための行動宣言2024」の策定に関する件が報告された。
坂口唯彦副会長は、新たな時代を切り開くために果たすべき役割を示した行動宣言に基づき、日弁連は各種の人権問題に取り組むと決意を語った。
特別講演
「沖縄からみた平和的生存権の現在」をテーマとした講演で、前泊博盛教授(沖縄国際大学)は、日本の本年度防衛関係費が7兆7385億円に上ることを「異次元の軍拡」と評した。これが南西諸島の防衛力強化に用いられているとして沖縄有事の懸念などを示し、平和的生存権が脅かされることに警鐘を鳴らした。
袴田事件 再審無罪
捜査機関による「三つのねつ造」を認定
本年9月26日、静岡地方裁判所は、袴田事件の再審公判において袴田巖さんに対する無罪判決を言い渡した。さらに、死刑判決の基礎とされた証拠には捜査機関による「三つのねつ造」があったと言明した。検察官が上訴権を放棄したことにより、10月9日に無罪が確定した。
事件の概要
袴田事件は、1966年6月に静岡県清水市(当時)の味噌製造販売会社専務宅で一家4人が殺害された住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、同年8月に従業員の袴田巖さんが逮捕された。
袴田さんは無実を主張したが、連日平均12時間に及ぶ拷問のような取調べにより、逮捕から20日目に自白させられ、合計45通もの「自白調書」が作られた。
袴田さんは公判において公訴事実を否認し、以後一貫して無実を訴え続けた。しかし、事件から1年2か月後に現場近くの味噌タンクの底部から「5点の衣類」が発見され、それが犯行着衣とされた。その上、5点の衣類のうちのズボンと切断面が一致する「端布」が袴田さんの実家から押収されて5点の衣類は袴田さんの物だと認定され、死刑判決が言い渡された。1980年12月、死刑判決が確定した。
逮捕から58年後の無罪
2014年3月27日、第2次再審請求審である静岡地方裁判所は再審開始と同時に死刑および拘置の執行停止を決定し、袴田さんは逮捕から47年7か月を経て釈放された。しかし、無実の身で死刑執行の恐怖と闘い続けていた袴田さんは重度の拘禁症状による強固な妄想にとらわれていた。
釈放後も、検察官の即時抗告により2023年3月の再審開始の確定までにさらに9年が経過し、再審無罪判決とその確定までには事件発生から実に58年超を要した。現在、袴田さんは88歳である。拘禁症状はいまだ回復しておらず、心神喪失状態だとして再審公判期日への出頭は免除され、無罪判決を自ら聞くこともかなわなかった。
今回の判決は、有罪の主要な証拠とされていた3点について、①「自白調書」は黙秘権を侵害した非人道的な取調べにより獲得された、②「5点の衣類」は捜査機関によって血痕を付着させる等の加工がされ発見場所に隠匿された、③「端布」は捜索前に捜査関係者が袴田さんの実家に持ち込んで発見させた、と明示して「ねつ造証拠」と認定した。この限りでは画期的なものであった。
しかし、誤った捜査と裁判、さらには再審制度の不備によって失われた袴田さんの58年は取り返しがつかないものである。このことを刑事司法に関わるすべての者は忘れてはいけない。
(袴田事件弁護団 伊豆田悦義)
人権擁護大会シンポジウム
第1分科会
今こそ、「生活保障法」の制定を!
〜地域から創る、すべての人の“生存権”が保障される社会〜
日本の生活保護制度は、貧困とされる人の1割しかその利用にたどり着けないなど、機能不全に陥っている。日弁連は、生活保護制度を改善し、権利性を強化する「生活保障法」の制定を提唱している。現行制度の問題点を共有し、改善策について議論した。
基調講演
暉峻淑子名誉教授(埼玉大学)は、貧困からの脱却には衣食住が満たされるとともに、文化に接することが不可欠で、それらが保障されて初めて社会に参加し、その一員として生きることができると説いた。弱い立場に置かれた人を排除するのではなく、互いの人格を承認し合う社会を目指さなければならないと語った。
当事者の声
大学進学のために生活保護受給世帯から世帯分離した女性は、生活保護家庭に生まれた子どもは、受給のために大学進学を諦めるか、大学進学のために生活保護による支援を受けることを諦めるかという選択を強いられてしまい、家庭という環境的要因で教育の機会が制限されることは不合理だと訴えた。夫のDVから逃れ生活保護制度を利用して就労自立した女性は、制度や受給者の正しい情報が社会に伝わり、必要な人が利用できる環境になるよう強く願うと述べた。
報告
ドイツなどの海外視察や国内調査を行った会員らからの報告において、西山貞義会員(富山県)は、日本の生活保護制度は他国と比べて利用要件が厳格な自己責任・選別主義型であることや、文化的な生活を営むための制度として機能していないことを指摘した。太田伸二会員(仙台)は、オンラインを活用した相談や事務手続、生活保護に関する情報の提供など、利用の心理的ハードルを下げるための先進的な取り組みを実施している地方自治体を紹介し、その広がりが求められると述べた。
パネルディスカッション
作家・活動家の雨宮処凛氏は、世間の偏見やバッシング、侮辱的、圧迫的な面接やプライベートな事柄の過度の聴取といった行政の対応によって尊厳を傷つけられ、制度の利用をためらう人が多いと指摘し、必要な人が利用できていない現状の改善を求めた。
吉永純教授(花園大学)は、現行制度は膨大な数の通達によって制限的な運用がなされて機能不全に陥っているとし、国からの通知や告示の改正による速やかな改善への着手を提言した。布川日佐史教授(法政大学)は、制度利用のハードルを下げるべく、収入が一時的に減少した際の生活再建のための猶予措置として、一定の財産を保有したまま受給できる仕組みの導入を提案した。
井手英策教授(慶應義塾大学)は、誰もが必要とするサービスを無償で受けられ、安心して生活できる権利を保障する制度を構築することが必要だと語った。
第2分科会
これでいいの?法廷内の手錠・腰縄
〜憲法・国際人権法から考える〜
現在、勾留されている被疑者・被告人(以下「被告人等」)は原則として手錠・腰縄姿で入退廷し、その姿を裁判官や傍聴人が目にする。弁護士にとっても見慣れてしまったこの光景は、被告人等の品位を傷つけ、人格権、無罪推定の権利を侵害するものである。憲法・国際人権法の観点から手錠・腰縄使用について議論した。
基調講演
山元一教授(慶應義塾大学大学院)は、人権の普遍性を指摘した上で、人権保障の基準を国内だけで完結することはできず、国家の枠組みを超えた国際社会の一員としての視点が不可欠だとした。国際人権法の各種規定やその趣旨は国内の法秩序に取り込まれて一角を構成し、憲法による人権保障を補完するものだと強調した。
辻本典央教授(近畿大学)は、手錠・腰縄措置は被告人等の人格権と衝突する人権問題だとし、比例性原則を遵守する必要があると説いた。刑事施設の戒護権も法廷内では裁判所の訴訟指揮権および法廷警察権による制限を受けるとし、刑事訴訟法287条が定める身体不拘束原則が、法廷への入退場時にも及ぶことを同法に明記することを提言した。
北村泰三名誉教授(中央大学)は、国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)や自由権規約、欧州人権条約においても品位を傷つける取り扱いは禁止されていると解説した。自由権規約委員会への個人通報事件の事例を紹介した上で、諸外国の実践例から学ぶことが要求されていると論じた。
海外調査報告
田中俊会員(大阪)は、オーストラリア・ニューサウスウェルズ州等では入退廷時に手錠・腰縄は使用されていないと説明した上で、現地の学者からは、収容施設内で使われている服装のまま出廷させることでさえ、無罪推定が及んでいる被告人等の地位を脅かすものであるとの意見が出されたと報告した。
パネルディスカッション
本年、日弁連が警察署、拘置所等に対して行った「手錠腰縄その他拘束具の使用状況に関するアンケート調査」によると、過去6年6か月の間に法廷で発生した逃走事例は1件、その他暴行・器物損壊等の事例は30件であった。北村名誉教授は、一律に手錠・腰縄を施すのではなく、個々の事案ごとに、逃走・自傷他害防止の観点から具体的に判断すべきであると述べた。
元裁判官の伊藤納会員(愛知県)は、現場の裁判官が適正な判断を行える法制化が望まれるとして、公正な裁判の実現のため、関係各所による立場を超えた協働を求めた。
第3分科会
人権保護としての再生可能エネルギー選択
〜地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指して〜
世界規模で異常気象が頻発し、日本でも生命や健康等を脅かす甚大な被害が生じている。人権問題である現在の気候危機を乗り越えるためには、太陽光、風力などの再生可能エネルギー(以下「再エネ」)への拡大・転換が必要である。地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指しながらいかに再エネを選択していくかを議論した。
気候危機の現状と見通し
江守正多教授(東京大学未来ビジョン研究センター)は、2021年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書によれば、産業革命後の平均気温上昇が人間の活動に起因することを疑う余地はなく、対策を打たなければ将来の人類に対する人権侵害にもなり得ると警鐘を鳴らした。パリ協定での温室効果ガス削減目標を達成するために必要な資金や技術は既に存在しているとし、社会の利害調整を加速させることが重要であると強調した。
農地を活用した再エネ促進
農地に太陽光設備を設置して農業と発電を同時に実現するソーラーシェアリングを導入した福島県二本松市、千葉県匝瑳市の事例が報告された。その取り組みは、再エネの推進と同時に、農業・地域経済活性化の可能性を含むことにも言及された。
再エネの拡大可能性
安田陽氏(ストラスクライド大学アカデミックビジター)は、2023年の国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、2030年までに再エネの発電容量を3倍にすることが合意され、複数の国際機関が急速に再エネ設備に推移する見通しを公表していると報告した。しかし、日本の目標は1・7倍と低く、再エネは供給が不安定である等の誤解のもとで国際的な動向から大幅に遅れており、再エネ受容のための経済政策および法制度の整備を早急に進めることが必要であると指摘した。
地域と再エネの共生
パネルディスカッションでは、再エネ施設の社会的受容を醸成するには何が必要なのかを議論した。
丸山康司教授(名古屋大学大学院)は、再エネの導入で懸念される環境や生活への影響等の課題は地域によってさまざまであるため、地域にもたらされる利益と削減できる被害について、住民、事業者、地方自治体とすべての関係者が参加して議論を重ねることが大切だと述べた。
ホルヘ・フェルナンデス・ゴメス氏(オルケストラ・バスク競争力研究所エネルギー分野上級研究員)は、再エネ事業に対する住民の「心理的な所有権」を確立することが社会的受容を高める決定的な要素であるとし、事業者に対して、自らが創出する価値を住民と分かち合う姿勢を求めた。
IBA年次大会
9月15日~20日 メキシコ・メキシコ市
世界最大の国際法曹団体である国際法曹協会(IBA)の年次大会が開催され、130を超える法域から5千人以上が参加した。日弁連からは代表団として日下部真治副会長らが出席した。
理事会では、本年9月にEUと米英ら9か国によって署名されたばかりの欧州評議会のAI国際条約をIBAが承認することや、近時メキシコで導入が決まった判事公選制と法の支配との関係などが議論された。大会では、気候変動、国際取引、ESG(環境・社会・ガバナンス)、ビジネス法務の実務的な課題など、法曹が直面する現代の問題について数多くのセッションが実施されるとともに、弁護士会や法律事務所主催のレセプションが開催され、参加者の研さんや活発な交流が行われた。
日弁連の代表団は、セッション、理事会、レセプションに参加したほか、オーストラリア弁護士連合会、ドイツ連邦弁護士連合会(BRAK)、ドイツ法曹協会(DAV)それぞれと二者間会合を行い、AI規制の状況、マネー・ローンダリング規制の弁護士業務への影響、死刑制度の廃止、司法権の独立などの課題について意見交換を行った。
また、日弁連が主催したレセプションは、諸外国の弁護士会や国際法曹団体の関係者を含む多くのゲストの参加を得て、盛況を博した。
次回の年次大会は、2025年11月2日から7日までカナダのトロントで開催される。
(国際室副室長 尾家康介 同嘱託 塩川真紀)
市民集会
司法に翻弄された58年間
〜袴田事件判決と今なお続くえん罪被害
9月28日 弁護士会館
本年9月26日、袴田巖さんに再審無罪判決が言い渡された(10月9日確定)。しかし、死刑判決確定から約44年を要し、身体拘束は47年7か月にも及んだ。えん罪被害の救済にあまりにも時間がかかる原因は再審法(刑事訴訟法第4編「再審」)の不備にあり、今なお全国各地でえん罪との闘いが続いている。各地の被害者らがえん罪被害の実情や再審法改正の必要性を訴えた。
袴田ひで子さんからのメッセージ
袴田巖さんの姉ひで子さんは、「長い裁判でやっと決着がつきました」と語った。一方で、「47年7か月、巖は収容されていた。これを何かの形にしないと私も思い残すことになる」と話し、各地で続くえん罪被害の救済のために「皆さんのお力で再審法の改正を実現していただきたい」と訴えた。
再審無罪判決の概要等を報告した袴田事件弁護団事務局長の小川秀世会員(静岡県)は、袴田事件において「裁かれるべきは、わが国の刑事司法制度そのものだ」と語った。
各地からの報告~えん罪事件の現場から
袴田事件は、日弁連が支援し2010年以降に無罪が確定した7件目のえん罪事件となった。しかし、無罪が確定していない11の日弁連支援事件を含め、現在も多くの再審事件が続く。
再審開始に向けて闘いを続けている当事者や弁護団員らは、事案の概要や進捗状況などを報告し、再審法の不備を訴えた。今回報告された事件は、日野町事件、福井女子中学生殺人事件、狭山事件、特急あずさ事件、恵庭殺人事件、北陵クリニック事件、飯塚事件、名張事件、マルヨ無線事件および大崎事件である。
本集会では、再審無罪判決が確定した足利事件と布川事件についても報告され、それぞれの事件の当事者である菅家利和さんと故櫻井昌司さんの妻櫻井恵子さんも駆け付けた。
櫻井恵子さんは、昌司さんの逮捕から再審無罪判決まで44年もの年月を要したと語り、再審法の不備を是正すべきと力を込めた。
菅家さんは、自らのえん罪被害経験を踏まえて、取調べの録音・録画や、弁護人の立会いの必要性を指摘するとともに、「えん罪で今も苦しんでいる人がいる。警察や検察が集めた証拠を弁護側に開示させる手続や検察の不服申し立てを禁止する制度を作ってほしい」と語り、再審法改正の実現を呼び掛けた。
第81回 市民会議
9月25日 弁護士会館
本年度第2回の市民会議では、取調べの可視化および弁護人立会権の確立を求める取り組み、公益通報者保護制度の充実に向けた取り組みについて議論した。
取調べの可視化・弁護人立会権の確立を求めて
坂口唯彦副会長は、三重県鳥羽警察署事件の取調べ音声を再生し、近年も違法・不当な取調べが横行しており、これを予防・検証するためには、録音・録画を義務付ける対象を全事件・全過程に拡大することが不可欠であると説明した。また、取調べ担当検察官について本年8月に大阪高等裁判所で付審判決定が出たプレサンス事件を例に挙げ、録画下でもなお違法・不当な取調べを防ぎきれておらず、適正な取調べの実現には弁護人立会権の確立も必要であるとして、国会議員への働き掛け等の取り組みを報告した。
委員からは、再生された取調べ音声は衝撃的であり、取調べにおいて人権侵害が現実に起こっていることや、それがひとごとではないことを市民にもっと届けてほしいなどの声が上がった。抑止力を高めるためには、問題ある取調べをした捜査官の責任追及の仕組みも整備すべきとの指摘や、捜査官の自覚につながる取り組みも検討してほしいなどの意見が出された。
公益通報者保護制度の充実に向けて
大神昌憲副会長は、2020年改正の公益通報者保護法附則5条に基づき、消費者庁公益通報者保護制度検討会において、公益通報者に対する不利益取り扱いの是正に関する措置の在り方等について検討が開始されていること、日弁連は、行政措置や刑事罰の創設、立証責任の緩和など通報者保護を強化する具体的方策を提案していることを報告した。
委員からは、知事のパワハラ等の疑いに関する告発文書を県が公益通報と扱わなかったとされている事例への言及とともに、市民には、社会を良くしようと公益通報をしても不利益を被るという認識があるとの指摘がなされた。公益通報に関する自治体や企業の対応に当たって、勤務する弁護士が積極的に関わって公益通報者保護を図っていくなど、法の運用面における弁護士の活躍に期待する声もあった。
市民会議委員(2024年9月現在)五十音順・敬称略
井田香奈子 (朝日新聞論説委員)
伊藤 明子 (公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター顧問、元消費者庁長官)
太田 昌克 (共同通信編集委員、早稲田大学客員教授、長崎大学客員教授、博士(政策研究))
北川 正恭 (議長・早稲田大学名誉教授)
吉柳さおり (株式会社プラチナム代表取締役、株式会社ベクトル取締役副社長)
河野 康子 (副議長・一般財団法人日本消費者協会理事、NPO法人消費者スマイル基金理事長)
清水 秀行 (日本労働組合総連合会事務局長)
浜野 京 (信州大学理事(ダイバーシティ推進担当)、元日本貿易振興機構理事)
林 香里 (東京大学理事・副学長)
福澤 克雄 (株式会社TBSテレビ ドラマ・映画監督)
湯浅 誠 (社会活動家、東京大学先端科学技術研究センター特任教授)
シンポジウム
キャッシュレス決済に関する横断的法整備の実現に向けて
9月5日 オンライン開催
キャッシュレス決済の急速な拡大に伴い、それを利用した悪質業者による消費者被害が発生している。日弁連が本年7月19日付けで取りまとめた「キャッシュレス決済における決済代行業者等の加盟店調査措置義務等の整備を求める意見書」の内容を紹介し、近年増加する消費者被害の防止・救済について議論した。
事例報告
葛山弘輝会員(第二東京)は、デジタルネットワークの進展に伴う新たな被害類型を報告した。その一つに本人確認の規制が及ばない少額の電子マネーの残高譲渡を多数回用いて資金移転させる手法が見られるとし、加害者を特定できず被害回復が極めて困難となっていると述べた。小野仁司会員(神奈川県)は、コンビニ収納代行業者を介した事例を報告した。コンビニと請求業者の間に収納代行業者が介在する取引構造においては、悪質な請求業者に対して加盟店調査等の規制が及ばないと指摘した。
決済代行業者等の法的責任の追及に関し、明石順平会員(埼玉)は、ノウハウ等を商品とする情報商材の詐欺被害が発生したウェブサイトを運営する決済代行業者の賠償責任を肯定した裁判例を紹介した。同代行業者がサイト内の売上高ランキングにて情報商材を推奨していたことや、その利益に情報商材の売り上げが反映される仕組みであったことなどから共同不法行為(幇助)を認めた事例である。他方、坂勇一郎会員(第二東京)は、無登録で投資勧誘が行われた事例について、海外送金時に介在した収納代行業者の投資詐欺の共謀を認めず、収納代行業者の責任を否定した裁判例を報告した。
パネルディスカッション
大澤彩教授(法政大学)は、現在の多様な決済手段には特徴に応じた取引上のリスクがあり、複数の手段や取引業者が関わることでそのリスクが複雑化していると指摘し、消費者にとって身近な決済手段ほど安全性を高める必要があると説いた。
小野会員は、決済代行業者等の責任について、法令やガイドライン等の規定があれば、その違反を基に注意義務違反を主張立証し得ると述べた。また、決済代行業者等の責任追及が可能になることで、決済代行業者等による加盟店調査措置義務の履行の実効性を担保することにもつながるとし、各種決済手段への横断的規制を訴えた。
シンポジウム
日弁連のD&I推進宣言
〜私たちが目指す未来に向けての指針
9月3日 弁護士会館
日弁連が本年2月に取りまとめた「日本弁護士連合会ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」の概要等を報告するとともに、ダイバーシティ&インクルージョン(以下「D&I」)を巡る大学や企業の取り組みを踏まえ、今後の課題などについて議論した。
基調講演
林香里氏(東京大学理事・副学長、東京大学大学院教授)は、2022年6月に東京大学が制定したD&I宣言を紹介した。同宣言は、すべての構成員が性別等の事由によって差別されないことや大学のあらゆる活動において参画の機会を有することの保障などを内容とする。林氏は、大学内で合意を得るまでのプロセスに触れつつ、D&Iに対する関心が低い人にも納得して行動してもらえるように取り組みを進めたいと語った。
ジャーナリストの浜田敬子氏は、企業における男女間格差は長年続く問題で自然に解消されることはないとし、女性管理職比率の向上などは数値目標を掲げて意識的に取り組むことでしか実現しないと強調した。
鼎談
林氏は、東京大学がD&I宣言を制定した効果として、内部でさまざまな施策を検討する際、D&Iが考慮されているかを問う意識が醸成されてきたことを挙げた。浜田氏は、企業がD&Iに関する発信をすることで、社会におけるD&Iの必要性について納得感を得られる人が増えるなど、組織的な取り組みの意義を語った。
渕上会長は、日弁連は基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として男女共同参画についても多くの提言や意見を発信してきた一方、これを日弁連自体や弁護士自身の問題として受け止めて解決するための活動についてはまだ十分とは言えないと指摘した。より一層の説得力をもって社会への発信を続けていくためにも、先達が築いてきた女性活躍の基礎の上に、全国各地で弁護士の女性比率をさらに向上させ、多様な意見が日弁連の会務に反映されるよう、意思決定過程への女性弁護士の関与を増やしていきたいと述べた。
D&Iはさまざまな立場の人の人権を尊重し包摂する社会をつくり上げることであり、そうした社会の実現は日弁連が目指すところであるとし、日弁連内外でのD&Iの推進に向けて取り組んでいきたいと締めくくった。
JFBA PRESS -ジャフバプレス- Vol.196
仕事体験テーマパーク「カンドゥー」
無実の人の疑いを晴らそう!
日弁連は、弁護士という職業を知ってもらう活動の一環として、「親子三世代で楽しむ仕事体験」をコンセプトとする仕事体験テーマパーク「カンドゥー」(対象年齢は3歳から15歳まで)に協賛しています。2019年3月から千葉県のイオンモール幕張新都心にある「カンドゥー幕張」で提供している、弁護士の仕事を体験できるアクティビティなどを紹介します。
(広報室嘱託 枝廣恭子)
刑事弁護活動に挑戦
本アクティビティでは、子どもたちが弁護人に扮して、器物損壊事件の刑事弁護活動を体験します。
ある日、カンドゥーの街で壁の落書きが発見されます。研究所の助手として働くジョッシュは、犯人と疑われ、逮捕・起訴されてしまいます。無実を訴えるジョッシュ。子どもたちはジョッシュの疑いを晴らすべく、弁護人として活動します。現場を調査したり、ジョッシュの無罪につながる証拠を集めたりして、公判に臨みます。公判は、アニメーションを取り入れて分かりやすさを重視しながらも、実際の刑事裁判手続に沿って進行します。子どもたちはジョッシュの無罪を訴えます。
現在のアクティビティは、2023年12月にリニューアルされたものです。観察・分析できる要素を増やし、検察官の主張立証への反論を選ぶ形式を取り入れるなど、子どもたちが自ら考えて取り組めるよう、内容を充実させました。幼い子どもでも楽しめるよう、視覚的な工夫やゲーム的な要素も盛り込んでいます。
新旧両方のアクティビティを体験してくれた子どもたちからは「さらにリアルになっていて、とても楽しめました」といった声が寄せられています。弁護士バッジを模したワッペンが付いた青いブレザー衣装のほか、参加者に配られる弁護士手帳などのグッズも好評です。
親子で学べるように
カンドゥー幕張では、学校団体等による校外学習での利用も多くなっています。コロナ禍で落ち込んでいた来場者数は次第に回復し、月によってはコロナ禍前を上回る体験者数になっています。
また、本アクティビティでは、パーク内を歩き回ったり法廷に立つ子どもたちの様子を、保護者が直接見ることができます。「最後までできるかなと不安でしたが、しっかりと壇上に立っていて感動しました」、「(裁判の)本番はこういうやり取りをするんだと大人も学ぶことが多かったです」などの感想が寄せられています。子どもたちの奮闘を通じ、法廷はもとより、その準備などの普段目にすることのない弁護活動にも触れてもらい、親子で弁護士の仕事や意義を知ってもらう機会を提供しています。
カンドゥー国内2号店がオープン
本年7月19日、カンドゥーの国内2号店となる「カンドゥー新利府」が宮城県のイオンモール新利府南館にオープンし、同所でも本アクティビティの提供を開始しました。2号店では、16歳以上を対象とした「大人カンドゥー」も試験的に行われています。
このほか、全国のイオンモールで「出張カンドゥー」が実施されています。全国各地でさまざまな仕事に触れることができるこの取り組みは1年を通して不定期で開催され、弁護士に関するクイズに挑戦してもらう企画も用意されています。出張カンドゥーの予定は、日弁連ウェブサイトの広報ページにも随時掲載しています。お近くで開催される際はぜひのぞいてみてください。
弁護士という職業を身近に
カンドゥー幕張を運営するイオンモールキッズドリーム合同会社の織本真紀氏は、「私たちは、子どもたちが世の中のさまざまな仕事に接し、その中での小さな気付きが将来の夢へつながってくれればという思いでカンドゥーを運営しています」と話します。「本アクティビティは、弁護士の仕事を楽しくもリアルに体験できるとして、特に保護者からの人気が高くなっています。保護者が子どもたちに、社会のためになる仕事だから体験してみたらと促したり、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」を見た祖父母がぜひにと勧めたりする場面も見られます。体験した子どもたちからは『弁護士という仕事に憧れて絶対にやろうと思っていました』、『無罪を勝ち取れて嬉しかった。弁護士になってみたくなった』という感想も多く、弁護士のやりがいを知り、憧れの職業の一つとして考えるきっかけになっていると感じます」と語ってくれました。
弁護士の仕事に触れたり、それを分かりやすく説明するのは大人でも意外と難しいのではないでしょうか。カンドゥーでの体験を通じて、子どもたち、さらには保護者や教員などの周りの大人にも、弁護士という職業を身近に感じてもらい、将来、子どもたちが弁護士になりたいと思うきっかけになれば幸いです。
日弁連委員会めぐり131
日弁連中小企業法律支援センター
今回の委員会めぐりは、日弁連中小企業法律支援センター(以下「センター」)です。金山卓晴センター長(第一東京)、土森俊秀副本部長(東京)、藤岡亮事務局長(大阪)、髭野淳平事務局次長(大阪)、柳楽久司事務局員(第二東京)にお話を伺いました。
(広報室嘱託 長瀬恵利子)
中小企業と弁護士をつなぐ
センターでは、中小企業・小規模事業者の法的支援へのニーズに応えるべく、相談窓口の運営・広報や弁護士業務の理解促進に向けた活動を行っています。基幹事業である「ひまわりほっとダイヤル」には年間約9千件の相談が寄せられます。
しかし、日弁連が過去2回実施した中小企業の弁護士ニーズ全国調査によれば、弁護士による法的支援が訴訟等の手続に限られないことは十分に理解されていません。弁護士が提供する幅広い法的サービスを認識し、利用してもらえるように、中小企業支援機関等に対する弁護士の活用方法の周知や、中小企業庁との定期的な協議・共同コミュニケの取りまとめ等に取り組んでいます。各地の弁護士・弁護士会と中小企業支援団体との連携強化に向けた全国キャラバンも実施しています。
伴走支援の促進
2023年の定期総会で採択された「地域の多様性を支える中小企業・小規模事業者の伴走支援に積極的に取り組む宣言」に基づき、センターでは事例収集やeラーニング講座の制作等に取り組んできました。
弁護士による伴走支援は、これまで受け身になりがちだった中小企業支援をより積極的に企業に寄り添って進めようというものです。伴走支援については、弁護士が担うべき役割がイメージしにくいとの声があります。センターでは伴走支援を推進していくために、支援内容の見える化に力を入れています。
『自由と正義』本年8月号の特集では、センターの委員が、テーマごとに事例を交えて伴走支援を具体的に紹介しています。このほか、「ゼロから始める創業支援ハンドブック」などの実務ツールを日弁連ウェブサイトで公開しています。会員の業務に役立つ内容ですので、ご活用ください。
支援を行き渡らせるために
センターが設置されてから15年が経ちました。大都市圏では弁護士が日常的な経営課題の解決にも役立つ身近なパートナーであるという理解が徐々に浸透してきたように感じますが、全国的には依然として裁判という、いわば有事での利用のイメージが根強いままです。弁護士会が地域の支援機関等と連携し、地域の実情に応じた支援体制を確立できるような方策の検討を進めていきます。
ブックセンターベストセラー(2024年9月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター
順位 | 書名 | 著者名・編者名 | 出版社名 |
---|---|---|---|
1 | 子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究 | 司法研修所/編 | 法曹会 |
2 | 事例解説 離婚と財産分与―裁判実務における判断基準と考慮要素 | 松本哲泓/著 | 青林書院 |
3 | 家庭の法と裁判〈51号〉2024 AUG. | 家庭の法と裁判研究会/編 | 日本加除出版 |
有斐閣コンメンタール 新注釈民法(10)債権(3) | 山田誠一/編集 大村敦志、道垣内弘人、山本敬三/編集代表 | 有斐閣 | |
5 | 破産管財の手引〔第3版〕 | 中吉徹郎、岩崎 慎/編 | 金融財政事情研究会 |
6 | 弁護士職務便覧 令和6年度版 | 東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会/編 | 日本加除出版 |
7 | 景品表示法〔第7版〕 | 高居良平/編著 | 商事法務 |
8 | 企業法務ハンドブック―チェックリストで実践する予防法務と戦略法務 | 小里佳嵩、富田 裕/編著 小林佑輔、野崎智己/著 | 中央経済社 |
9 | 書式と就業規則はこう使え!〔改訂2版〕 | 向井 蘭/著 | 労働調査会 |