日弁連新聞 第607号

第23回 弁護士業務改革シンポジウム
杜の都から発信!変革の時代を生き抜くための弁護士業務〜AIにできること、弁護士にしかできないこと〜
9月7日 東北学院大学五橋キャンパス

arrow_blue_1.gif 第23回 弁護士業務改革シンポジウム

挨拶する渕上玲子会長

第23回弁護士業務改革シンポジウムが仙台市で開催された。ウェブ配信も実施され、全国から多数の参加を得た。


全10分科会では、社会の急速な発展に伴う弁護士業務における課題の検討や、新たな時代を見据えた業務分野の開拓などを議論した。本紙面では4つの分科会の様子を報告する。



第1分科会 リーガルテクノロジーは弁護士業務をどう変えるか

生成AIなどの革新的な情報技術を法律事務処理に応用するリーガルテクノロジーの開発が加速している。本分科会では、弁護士業務におけるリーガルテクノロジーの活用方法や各種サービス等についての調査研究結果を報告した。


生成AIにできること・できないこと

岡崎直観教授(東京工業大学情報理工学院)は、ChatGPTなどの大規模言語モデルが対話方式で問い掛けに応答する仕組みと、その構築の流れを概説した。東京工業大学らが公開した日本語に強い大規模言語モデル「Swallow」の開発について紹介し、AI開発における事前学習のノウハウが汎用型・分野特化型を問わず重要であるとした。


篠島正幸会員(第二東京)は、生成AIは学習したデータに基づき統計的予測の結果を返すもので、思考はしておらず、洞察や新規のアイデアの創造、倫理的判断はできないほか、アウトプットが著作権やプライバシーを侵害する恐れや、ハルシネーション(幻覚)と呼ばれる誤情報の生成を完全には排除できないと指摘した。実際にChatGPT4oに法的文書の起案や判例調査などの法律事務を行わせたところ、適切な指示(プロンプト)を与えれば一定の水準の文書が作成されるものの、用語選択の正確さや法律要件の充足性を欠くことがあったと報告した。現在の生成AIは「助手」としての活用が適切であり、生成AIによるアウトプットに対する弁護士自身の法的分析・検討が不可欠であるとし、生成AIの特性をよく理解し、リテラシーを持って利活用することが業務の効率化において重要であると述べた。


各種サービスの登場

リーガルテクノロジー開発の加速により、AIによる契約書レビューサービスや文書・顧客情報等を一元的に管理する法律事務所の業務支援サービス、進化したリーガルリサーチサービスなどが次々に登場している。これらの特徴や使用感等の調査結果が報告された。


総括

法律事務所職員の伊藤次彦氏は、スキルの底上げのための事務職員向け研修の充実が、弁護士業務の効率化の鍵になると述べた。野田泰彦会員(埼玉)は、リーガルテクノロジーの発展は弁護士業務をより本質的で創造的なものに変えていくだろうと総括した。



第3分科会 多様化する【創業】支援
〜クライアントと共に事業に変革をもたらす〜

弁護士が創業段階から創業者と共に経営課題に取り組む姿勢で支援することは、継続的な伴走支援につながり、企業との関わりを深化させる。本分科会では、弁護士による創業支援の事例、伴走支援の在り方、創業の経験者や支援弁護士の声を取り上げ、多様化する創業支援について検討した。


創業支援に関する政府の取り組み

南知果氏

南知果氏(経済産業省スタートアップ推進室総括企画調整官・元会員)は、2022年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画」の策定背景や投資額拡大に向けて実施されている税制改正、支援プログラムなどを報告した。創業期における法的支援は会社設立の手続、各種規制・契約のチェック、知的財産分野の対応など重要であるが、事業拡大期と比較して十分に浸透していない現状があると指摘し、創業支援が弁護士の業務分野として確立されるべきだとした。



創業支援の事例

竹井智宏氏(株式会社MAKOTO Prime代表取締役)とその創業時から伴走支援を行ってきた日弁連中小企業法律支援センターの木坂尚文事務局員(仙台)が対談し、支援に至ったきっかけや定款・規約の作成など実際に行ってきた支援の内容を紹介しながら、創業時に弁護士が支援する意義、弁護士の収益化の可能性等を語った。竹井氏は、創業者は事業そのものに没頭するため、困ったことがあっても弁護士への相談に時間を割くことを後回しにしてしまいがちであるが、身近に頼れる弁護士がいればスムーズな相談・依頼ができるとして、創業者等が集まるコミュニティに積極的に足を運んでほしいと会員に呼び掛けた。


創業支援の魅力

創業支援に取り組む会員らが登壇したパネルディスカッションでは、創業支援に必要な知識や経験、社会的ニーズを掘り起こすための弁護士会による活動等を議論した。登壇者は、創業支援は紛争案件と異なり対立相手がいないことを特徴に挙げ、計画を実現する前向きな業務であると魅力を語った。また、連携する他士業や関連機関から別件の依頼を受けるなど、業務拡大への副次的効果があるとの声も上がった。



公益通報者保護法の更なる改正と制度の充実を求める意見書

arrow_blue_1.gif 公益通報者保護法の更なる改正と制度の充実を求める意見書


日弁連は、本年8月22日付けで「公益通報者保護法の更なる改正と制度の充実を求める意見書」を取りまとめ、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)、厚生労働大臣および消費者庁長官等に提出した。


公益通報者保護法は、製品偽装など企業の不祥事が相次いだ中で、通報者の不利益取り扱いの防止や国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の遵守を図る目的で2004年に成立した。施行後、内部通報体制の整備・運用や通報者の保護等が課題とされ、2020年の法改正で、内部通報対応体制整備義務等が明記されたほか、その指針および指針の解説が公表された。


しかし、その後も企業や自治体の不祥事が続き、同法の実効性が課題とされた。昨今の事案でも、公益通報者に対する不利益取り扱いや通報者の探索等が問題とされている。本年5月から消費者庁で開催されている公益通報者保護制度検討会では、近年の公益通報者保護制度を巡る国内外の環境の変化や2020年改正法の施行状況を踏まえた課題等についての検討が進められている。


本意見書の中心となるのは不利益取り扱いからの公益通報者の保護である。不利益取り扱いは解雇のみならず、配置転換や降格など一見明らかに不当と評価できないものも多い。そこで、公益通報をしたことを理由として行った不利益な取り扱いについて因果関係の立証責任の転換や刑事罰を導入すること、公益通報のための内部資料等の収集行為を一定要件下で保護することを改めて求めている。また、公益通報に対してインセンティブを与えることによって制度の利用を促進する観点から、新たに報奨金等の制度導入も求めている。

不利益取り扱いから公益通報者を真に保護する制度が構築されなければならない。


(消費者問題対策委員会  委員 藤田 裕)



袴田巖さんに再審無罪判決
会長声明を公表

arrow_blue_1.gif 「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、検察官に対して速やかな上訴権放棄を求めるとともに、政府及び国会に対して改めて死刑制度の廃止と再審法の速やかな改正を求める会長声明


静岡地方裁判所は、本年9月26日、袴田事件について無罪判決を言い渡した。1966年の事件発生と袴田巖さんの逮捕から58年もの歳月を経て、確定すれば死刑事件で5件目となる再審無罪判決である。判決は、袴田さんが犯行を自白した検察官調書・5点の衣類・鉄紺色ズボンの共布についての捜査機関による「三つのねつ造」を認定した上で、袴田さんの犯人性を否定したものである。


日弁連は、判決を受けて会長声明を即日公表した。袴田さんが受けた被害の深刻さや死刑えん罪の残酷さに触れ、検察官に対し、速やかに上訴権を放棄し判決を確定させるよう求めた。


併せて、誤判の可能性を踏まえた死刑制度の危険性、証拠開示の遅滞や2014年の再審開始決定から再審公判に至る経過などで浮き彫りにされた再審法の不備を指摘した。悲劇を繰り返さないためにも、政府および国会に対して、死刑制度の廃止、再審請求手続における証拠開示の制度化・再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止・再審請求審における手続規定の整備を含む再審法改正が急務であると改めて訴えた。



第4分科会 なってみっちゃ!自治体内弁護士
―被災自治体の経験などを通じて

自治体における弁護士・法曹有資格者の職員採用は次第に広がり、全国121自治体で計170名超が常勤し、採用形態や活動分野も多様化している。本分科会では、東日本大震災の被災地における自治体内弁護士の活動や弁護士会との連携事例などを報告し、弁護士が自治体職員として勤務する意義について議論した。


報告

元岩手県職員の菊池優太会員(岩手)は、庁内唯一の法曹として、被災地における復興事業用地確保のための特例法の制定に向けて弁護士会と共に検討したことに触れ、県と弁護士会との協働を円滑に実現することができたと報告した。


石巻市職員の鏑木祐人氏(元会員)は、自治体業務では公益実現のために多角的視点が要求されるとし、さまざまな権利・利益の調整等の知見を持つ弁護士や法曹有資格者が自治体内で活動する意義を強調した。


元加賀市職員の中田千香会員(金沢)は、任期終了後も市の行政法律相談に対応していることを報告した。令和6年能登半島地震発生後は相談内容が一変し、道路・公共施設の補修や二次避難所の開設・運営に関する相談などが寄せられていることを説明した。


阿部金也氏(石巻市総務部長)は、法律の専門家が庁内に在職していることは業務上の有用性に加えて、被災自治体に安心感をもたらしているとし、受け入れ自治体の立場から自治体内弁護士の意義や価値を語った。


弁護士会との連携事例や業務実態等の紹介

宇都彰浩会員(仙台)は、弁護士会と自治体の連携事例として、災害援護資金貸付制度に関する仙台弁護士会と自治体との意見交換について紹介した。石巻市の自治体内弁護士による提案をきっかけに始まり、現在に至るまで、償還免除に関する基準等の運用について、有益な意見交換が続いていると述べた。


渋谷区副区長の松澤香会員(第二東京)と金沢市非常勤職員の三澤正大会員(金沢)は、任用に至る経緯と業務実態等を紹介した。三澤会員は、金沢市の養育費確保サポート事業に携わる業務を説明し、非常勤の自治体内弁護士としての職務と法律事務所での業務の両立や、それぞれのやりがいにも言及した。



第7分科会 企業コンプライアンスの実効性確保のための企業内弁護士の役割

企業内弁護士は企業の意思決定に影響を及ぼし、実効的なコンプライアンスの確保という結果を獲得する使命を負う。現実に企業が法令を遵守していくために、企業内弁護士がどのように影響力を持ち、それを適切に行使できるかについて議論した。


基調報告

弁護士業務改革委員会の藤本和也幹事(第一東京・Chubb損害保険株式会社)は、ルールの範囲内で組織の構成員に行動してもらうためには、その組織の行動力学を理解する必要があるとした。企業内弁護士は組織内の情報を豊富に有する点で、社外から支援する弁護士とは異なる固有の役割を果たし得ると指摘した。さまざまな専門性を有する社員の中にあって、企業内弁護士はビジネスに伴う法的課題を解決し、事業を推進する策を提示することを通じて一目置かれる存在になるとし、その行動によってルールを遵守するよう社員を動かしていくことができると述べた。



パネルディスカッション

稲田博志会員

稲田博志会員(東京・株式会社あおぞら銀行)は、企業の中で法律の専門家は少数であり、役割を果たすためには正しい主張を行うだけでは足りず、ビジネスの進行や展望を踏まえながら法的課題を解消するという発想が重要であると指摘した。


渡部兼尚会員(第一東京・伊藤忠商事株式会社)は、ブラジル駐在の経験において、組織への貢献に対して感謝の気持ちを伝えたり、コンプライアンス意識の高い企業に所属しているという誇りを持てるようにしたりといった動機付けが有用であったと紹介した。


上野陽子会員(第一東京・JNTLコンシューマーヘルス株式会社)は、ビジネスの展望を見据えながら課題の解決に取り組むことや、担当部署が置かれた状況において何がボトルネックになっているのかを考え、当事者意識を持って関係者と対話する姿勢を大事にしていると語った。


吹屋響子会員

田中努会員(東京・株式会社ローソン銀行)は、新規ビジネスの構築に関与した事案を例に、法務部門が他部署と連携して、事実を法令に適合させる、あるいは事実から新しい法的評価を発見することが、法務部門に対する信頼向上につながると述べた。


吹屋響子会員(第二東京・JFEエンジニアリング株式会社)は、リスクを伝えるだけでは評論家に過ぎず、ビジネスを止めるだけの法務は企業にとって有益とはいえないとし、企業内弁護士にはビジネスを先に進めるための解決策を提供することこそが求められると強調した。



第23回弁護士業務改革シンポジウム 分科会一覧

第1分科会 リーガルテクノロジーは弁護士業務をどう変えるか
第2分科会 スポーツ事故補償のあり方について
第3分科会 多様化する【創業】支援
~クライアントと共に事業に変革をもたらす~
第4分科会 なってみっちゃ!自治体内弁護士
―被災自治体の経験などを通じて
第5分科会 我が国の司法アクセス推進のために弁護士費用保険と法律扶助との関係を考える―北欧調査を踏まえて
第6分科会 法律事務所のポテンシャル最大化!
~小規模・地方・スタートアップにおける法律事務職員との協働による弁護士の能力最大化~
第7分科会 企業コンプライアンスの実効性確保のための企業内弁護士の役割
第8分科会 民事信託を普段使いに
―民事信託の実践と注意点―(会員限定)
第9分科会 弁護士増員時代、小規模法律事務所の明るい展望を得るために(会員限定)
第10分科会 中小企業の伴走者としての国際業務支援
―今から始める!国際業務をセールスポイントとするためのアプローチ―(会員限定)



勉強会
日本における死刑廃止への道筋~刑法学者の立場から~
8月8日 弁護士会館

日弁連は、2016年の人権擁護大会で「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、活動を進めている。

本勉強会では、刑法学者の髙山佳奈子教授(京都大学大学院)が、国際的な視点を踏まえて日本の死刑制度について講演した。


死刑の犯罪抑止力等の観点から

髙山教授は、国際状況や犯罪抑止力、刑の残虐性、死刑が外交関係に及ぼす影響などを踏まえ、死刑は廃止すべきであると語った。


日本における死刑の犯罪抑止力に関して、法務総合研究所による2013年の「無差別殺傷事犯に関する研究」では、無差別殺傷事件を起こした犯人の約12%の犯行動機が死刑願望であると報告されている。髙山教授は、日本では死刑制度によって「死刑になりたい」という動機が生まれ、無差別殺傷事件という重大犯罪が発生している現実があるとし、日本においては、死刑より無期刑の方が犯罪抑止力があると語った。その上で、無期刑は30年を超えないと仮釈放が許可されない運用が続いており、その過酷さについても指摘した。


死刑の執行方法である絞首刑についても、最高裁は合憲と判断するがその実態からすれば憲法36条が禁止する「残虐な刑罰」に当たり得ると懸念を示した。


死刑廃止に向けて

髙山教授は、死刑廃止の議論を進めるために、無期刑の運用実態などの客観的データに基づく科学的知見を発信することが重要だと述べた。また、犯罪が減少している現状や、裁判員裁判の経験者の体験なども踏まえながら、罪を犯した人を単に死刑にすれば問題が解決するものではなく、若年層へのアプローチを中心とした重大犯罪抑止のための政策の重要性を、社会に丁寧に伝えていく必要があると語った。


国連やEUからの勧告など死刑廃止を巡る国際的動向や、死刑を廃止した各国において凶悪犯罪の増加が見られない現状にも言及し、死刑を廃止すると犯罪の増加につながると懸念する人々に対して死刑廃止国の状況を周知することの重要性も説いた。



新事務次長紹介

菊池秀事務次長(東京)が退任し、後任には、10月1日付けで小林剛事務次長(第二東京)が就任した。


小林 剛(第二東京・51期)〈こばやし つよし〉

小林剛

社会情勢が目まぐるしく動く中、弁護士を取り巻く環境も刻々と変化しています。日弁連が取り組む課題も多岐にわたりますが、会員の皆さまの声を聴きながら、関係各所と調整して日弁連の施策が実現できるよう、力を尽くしてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。



シンポジウム
旧優生保護法被害の全面解決と差別のない社会を目指して
〜旧優生保護法最高裁大法廷判決を受けて〜
8月9日 弁護士会館

arrow_blue_1.gifシンポジウム「旧優生保護法被害の全面解決と差別のない社会を目指して~旧優生保護法最高裁大法廷判決を受けて~」


本年7月3日、最高裁大法廷は、旧優生保護法下の強制不妊手術に関する国家賠償請求訴訟の上告審において、国による除斥期間(改正前民法724条後段)の主張は信義則違反または権利濫用により許されないとの判断を示し、国に対して被害者への損害賠償の支払いを命じた。
歴史的に重要な意義を持つ本判決を検証するとともに、裁判の原告らも参加し、被害の回復および社会に根付く差別の解消に向けた取り組みについて議論した。


憲法学の視点から

小山剛教授(慶應義塾大学)は、本判決について、個人の尊厳と人格の尊重を宣言した憲法13条を丁寧に検討し、旧優生保護法の不妊手術に関する規定の目的を立法当初から違憲であるとした点が画期的であると評価した。また、国家賠償請求権の行使を除斥期間経過をもって制限することは著しく正義・公平の理念に反するとしたことは、国家賠償法の解釈・適用における憲法17条の理念の表れであるとして、公権力に起因する不法行為と私人間の不法行為との差異を分析していくことが憲法学の発展に向けた課題であると指摘した。


民法学の視点から

吉村良一名誉教授

吉村良一名誉教授(立命館大学)は、本判決は、憲法違反である法規に基づく国の施策によって生じた重大な人権侵害に対する判断ではあるが、正義・公平という憲法上の理念を用いて除斥期間の適用を否定した点で、民法学上も大きな意義があると評価した。また、本判決が原告らの個々の権利行使可能性等を考慮した判断をしていないことにも注目すべきとし、今後は、さまざまな事情から声を上げられていない被害者も含めた救済の仕組みの検討を進めることが重要であると強調した。





パネルディスカッション

自らも原告として国に損害賠償を求めてきた北三郎氏(優生手術被害者・家族の会共同代表)は、本判決を勝ち取ったことを契機に、まだ声を上げていない多くの被害者も全面的解決に向けて一緒に闘ってほしいと呼び掛けた。


新里宏二会員(仙台)は、被害者救済を具体的に進める上で、手術痕が残っていない場合や長期間の経過により診断書を取得できない場合など、被害者であることを客観的に示すことが困難なケースも想定されると指摘した。その上で、本人や家族等の供述を丹念に積み上げて立証していくなど、全面解決に向けて、引き続き弁護士が担うべき役割は大きいと力を込めた。



取調べの可視化フォーラム2024
大川原化工機事件に学ぶ〜全ての取調べに録音録画を
9月4日 弁護士会館

arrow_blue_1.gif取調べの可視化フォーラム2024「大川原化工機事件に学ぶ~全ての取調べに録音録画を」


大川原化工機株式会社は、液体を粉末に加工する噴霧乾燥器の製造等を行う中小企業である。この企業が突如えん罪に巻き込まれた。なぜ存在しない犯罪の証拠が作り出されたのか。密室の取調室で何が起きたのか。当事者が取調べの実態を報告し、取調べの可視化を進めるべく議論した。


事件の概要

2018年10月3日、警視庁公安部は、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥器を許可なく輸出したとして、大川原化工機株式会社などに捜索差し押さえを実施した。同社の役職員ら47人に対して合計291回、1年以上にわたる任意取調べを行った後、大川原正明氏(代表取締役社長)、島田順司氏(取締役(当時))らを逮捕・送検し、東京地検は外国為替及び外国貿易法違反(不正輸出)で起訴した。

しかし、捜索から約3年、事件は起訴取り消しによって突然に終わる。そもそも犯罪は存在しなかったのである。


言ってもいない「供述」調書

合計13通の供述調書への署名を強いられた島田氏は、供述調書はすべてあらかじめ作成されており、話した内容が反映されなかったと語った。


捜査機関に訂正を求めても「ここは修正してやるから、この点は認めろ」などと交換条件を出された、訂正すべき箇所があまりに多いため細部まで確認しきれず、後日見返すと自白したかのような内容になっていたと述べた。供述調書の誤りを自ら一つずつ訂正するためにペンを貸してほしいと訴えても拒否されたとし、ペン入れもできずに多岐にわたる誤りを正すことは不可能であったと振り返った。弁護人の髙田剛会員(第二東京)によると、島田氏が自らの身を守るために録音した取調べの音声データには「なんで私が言ったことを書いてくれないんですか」などの悲痛な言葉が残されているという。


ジャーナリストの粟野仁雄氏は、言ったことが書かれず言ってもいないことが書かれる供述調書は捜査機関による創作であると厳しく批判した。


違法な取調べをさせないために

大川原正明氏

大川原氏は、捜査機関は信頼できる存在だと漠然と考えていたが、えん罪被害に遭って初めて、「都合の良いことをつなぎ合わせて供述調書を作るのが当たり前」な取調べを行うのだと実感したと語った。密室の取調室で身を守るためには、録音・録画によって取調べ状況の客観的・事後的な検証を可能にする必要があると訴えた。





法曹三者共催企画
法曹という仕事
8月16日 オンライン開催

arrow_blue_1.gif法曹という仕事(法曹三者共催企画)


主に高校生を対象に、社会における法曹の役割、仕事のやりがいや魅力を紹介するイベントを開催し、約230名が参加した。

(共催:最高裁判所、法務省・最高検察庁)


法曹三者からのメッセージ

渕上玲子会長は、弁護士の仕事の魅力として多様な働き方やフィールドの広さを挙げ、次世代の法曹が多方面で活躍することに期待を寄せた。鈴木眞理子最高検察庁公判部長(当時)は、真相解明に対する情熱を語り、検察官の資質の一つとして人に関心を寄せ続けられることを挙げた。尾島明最高裁判所判事は、裁判官の独立に触れ、職責の重さとともにやりがいを伝え、法曹を目指す参加者にエールを送った。


「昔話法廷・白雪姫」〜法曹三者の視点から

好評であった前回までに続きNHK・Eテレの「昔話法廷」を題材に、法曹三者がそれぞれの立場から刑事裁判の仕組み、登場人物の役割や活動等を解説した。


今回の題材である「白雪姫」は、被害者白雪姫の殺人未遂事件で、毒リンゴを食べさせて殺害しようとした犯人は王妃かどうかが争点である。「疑わしきは被告人の利益に」の原則や証拠に基づく判断について説明がなされ、参加者は証人尋問、被告人質問の手続を注視した。


被害者白雪姫の証人尋問の場面では、検察官が「日頃から王妃にいじめられていた」と王妃には殺害の動機があることを示す証言を引き出す一方で、弁護人は白雪姫には王妃を陥れようとする動機があることを指摘した。法廷での具体的な攻防の意図や意味について法曹三者が分かりやすくコメントした。


法曹三者それぞれの魅力

弁護士は4名が登壇し、一般民事や刑事弁護のほか、企業法務、社外役員、先進的なビジネスのサポートなど多様な業務を紹介した。依頼者の利益を守ることができることを誇りに思う、社会的意義のある職業だと実感するなどと弁護士の魅力を語った。


検察官は、被害者の平穏な生活を取り戻す手助けができることにやりがいを感じると述べ、組織での仕事ならではの経験や法務省をはじめ各所ある活躍の場を紹介した。


裁判官は、終局的な判断によって紛争を解決することの醍醐味を語り、裁判所書記官との協働や明るく活気ある裁判官室の様子を紹介し、働きやすい環境も魅力だとした。

会員が弁護士の仕事を紹介した



シンポジウム
子どもの権利条約 30年目のスタートライン
8月17日 弁護士会館

arrow_blue_1.gifシンポジウム「子どもの権利条約 30年目のスタートライン」


本年、日本が子どもの権利条約を批准して30年を迎えた。こども基本法の施行、こども家庭庁の設置と、子どもの権利保障に向けた進展はあるものの、まだ十分とは言えない。弁護士、行政、学校教諭や子どもを支援する団体のほか、当事者である高校生らも参加して、これまでの到達点を共有し、今後の課題と展望について考えるシンポジウムを開催した。


条約批准30年を迎えて

国連子どもの権利委員会委員である大谷美紀子会員(東京)は、直接には子どもに関係しないように見える法律や政策の検討でも、必ず子どもの権利の視点からも考えるという姿勢が浸透して初めて、子どもの権利条約が真に遵守されていると言えるようになると指摘した。


中原茂仁氏(こども家庭庁長官官房参事官(総合政策担当))は、こども基本法にも明記された、子どもの意見を聞いて政策に反映させるための施策の一環として設置したプラットフォーム「こども若者☆いけんぷらす」を紹介した。こども大綱の策定に当たってはこれを活用するなどし、子ども・若者から聴取した意見を反映させたことを報告した。


子どもの権利が保障される社会の実現に向けて

宇地原栄斗氏(認定NPO法人Learning for All子ども支援事業部エリアマネージャー)は、生育環境をはじめさまざまな要因によって、自分を肯定できず、自分の権利や希望を口にできない子どもがいる現状を強調した。子どもの意見を聞こうとするだけでなく、子どもが自分の思いを声にできる社会を築く必要があると語った。


子どもの権利委員会の間宮静香副委員長(愛知県・名古屋市子どもの権利擁護委員)は、子どもの相談への対応、権利侵害の救済の申し立てなどがあったときの調査、その結果を踏まえた勧告・要請とその公表、子どもの権利に関する普及啓発を担う独立した権利擁護機関の設置が必要であると説いた。一方で、そうした機関はいまだ一部の地方自治体が設置するにとどまり、国による制度はないと報告した。


登壇した高校生らからは、子どもの権利が保障されるためには、意見表明の機会を与えるだけでなく、意見を表明するスキルの習得や、意見を実現させるために必要なプロセスを理解することへの支援もしてほしいとの声が上がった。



JFBA PRESS-ジャフバプレス- Vol.195

障害によって分け隔てられることのない社会へ
東京都発達障害者支援センター(TOSCA)

発達障害者支援センターは、発達障害のある人とその家族らが安心して暮らしを営むことができるよう、相談・情報提供・助言などの総合的支援を行う都道府県知事による指定機関です。

東京都の発達障害者支援センターとして指定されている、公益財団法人神経研究所の加藤進昌理事長、桑野大輔氏、加納ゆかり氏と、社会福祉法人嬉泉の坂田由紀子氏に、支援の状況などのお話を伺いました。

(広報室嘱託 李 桂香)


事業の概要

桑野大輔氏、加藤進昌理事長、加納ゆかり氏

(坂田)東京都発達障害者支援センター(TOSCA)は、2003年1月に東京都自閉症・発達障害支援センターとして開設され、社会福祉法人嬉泉が相談業務等を担ってきました。2023年1月からは対象者の年齢に応じた2部門体制に再編し、社会福祉法人嬉泉で「こどもTOSCA」(18歳未満が対象)を、公益財団法人神経研究所で「おとなTOSCA」(18歳以上が対象)を運営しています。こどもTOSCAには、2023年度は計504件の相談が寄せられ、近年、その件数は増加傾向にあります。体制の拡充によって、より多くの人がアクセスできるようになったと考えています。


(桑野)2023年度のおとなTOSCAへの相談件数は計2403件でした。本人のほか、配偶者を含む家族や就労先(従業員数50人以下の中小企業等)からも相談が寄せられます。

TOSCAでは、自治体や事業所等のバックアップといった地域支援機能の強化や研修・講師派遣等の普及啓発も事業の大きな柱です。また、本年5月から多摩地区の方を対象に月1回の出張相談を実施しています。


寄せられる相談の内容

(加納)おとなTOSCAでも、こどもTOSCAと同様に、相談者の約6割は医療機関を受診していない、または発達障害であると明確に診断されていません。医療機関や支援機関の紹介を求める相談は多くを占めます。おとなTOSCAでは、転職や障害者枠での就業検討など、就労に関する相談もあります。近時、発達障害の専門外来をうたう医療機関が、科学的根拠の乏しい治療に誘導し、治療費支払いのローンを組ませるなどの憂慮すべき事例の相談も寄せられています。


(坂田)こどもTOSCAにおいても、法的または医学的知見が必要となる相談が一定程度あります。おとなTOSCA・こどもTOSCAのいずれにも、スーパーバイザーとして弁護士や医師等の専門家を配置しています。障害特性に理解のある弁護士は、本人の中の違和感を察知し、相談に至るまでの背景事情をくみながら対応することに長けていると思います。


障害特性を踏まえた対応

坂田由紀子氏

(加藤)発達障害とは、先天的な脳の機能障害が原因となるものです。自閉症スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症(SLD)など、さまざまに異なる特徴が含まれ、同じ障害とは思われないほどの多様さがあります。発達障害は生まれつきのもので、「心の病気」ではありません。本人の障害特性を周囲が正しく理解し、受容するよう努めることが重要です。


(加納)コミュニケーションが困難なことを理由に、家族や就労先が悩み、疲弊している場合があります。例えば、ASDの人は曖昧な表現の理解を苦手とする傾向が見られます。数値を使って具体的に説明する(「今から5分間話してもよいか」など)、指示語を避けた表現にする(「あなたの右隣にある書類」など)といったコミュニケーション上のコツを周りの人に助言することもあります。


(坂田)発達障害という言葉は社会的に認知されつつありますが、障害特性の具体的な内容や対応の機微についての理解までには至っていないように感じます。特性の表れ方は人によって異なるため対応方法に正解はありません。薄い紙を1枚1枚重ねるように言葉や思いを交わし、関係を構築していくことを心掛けていくことが重要です。


周囲や社会が変わっていくために

(桑野)共生社会を実現するためには、本人が持つ障害特性を変容させようとするのではなく、社会が変容していく必要があるのではないでしょうか。弁護士として法律サービスを提供する際にも、合理的配慮の心掛けを改めて意識してもらえればと思います。


(加藤)親亡き後の問題や8050問題は避けては通れません。発達障害のある人が自立した生活をなし得るよう、法的側面からもさらなる支援や対策をお願いできればと思います。



日弁連委員会めぐり130 犯罪被害者支援委員会

今回の委員会めぐりは、犯罪被害者支援委員会(以下「委員会」)です。高橋みどり委員長(京都)、有田佳秀副委員長(和歌山)、合間利副委員長(千葉県)に活動内容等についてお話を伺いました。

(広報室嘱託 花井ゆう子)


活動の概要

委員会は委員78名、幹事5名で構成されています。2017年の人権擁護大会決議にもあるように、犯罪被害者への経済的支援施策の拡充、公費による被害者支援弁護士制度の創設、ワンストップ支援センターの設置の促進、全国での被害者支援条例の制定など、犯罪被害者が充実した支援を受けられる社会の実現を目指して活動しています。


取り組みの現在地

本年4月に成立した総合法律支援法の一部を改正する法律により、犯罪被害者等支援弁護士制度における費用負担の国費化が実現しました。同制度について、運用開始に向けた関係機関・団体との協議を進めるとともに、弁護士だけでなく、被害者と早い段階で接する警察や被害者支援センター等にも周知し、利用を促進していきます。


犯罪被害者への適正な補償のためには、社会の連帯共助を旨とする犯罪被害者給付金の引き上げという発想では限界があります。債務名義を取得しても損害賠償金の回収率が極めて低く被害回復の実現は困難です。その現状を踏まえ、公費での立て替え払い方式による、現実の給付を実現する補償法の制定が必要です。


委員の地道な活動によって各地で性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの設置が進み、被害者支援条例の制定も46の都道府県で実現しました。支援弁護士制度の創設も、制度に係る検討を行う各種会議に日弁連から派遣した委員の尽力や議員への働き掛け等の活動を抜きにしては語れません。目に見える成果が着実に出てはいますが、犯罪被害者支援としてはまだ十分ではありません。委員会では、犯罪被害者支援を一元的に統括する犯罪被害者庁の創設に向けた議論も行っています。あるべき支援の実現に向けて、なお一層取り組みを進めていきます。


おわりに

犯罪被害者が個人の尊厳を保持し、その尊厳にふさわしい生活を営むことは、憲法上保障された権利です。このことが委員会の活動の基礎になります。犯罪被害者支援はもとより、刑事弁護に携わる際にも、犯罪被害者の人権擁護という観点について、ぜひ意識してください。委員会の活動への協力、支援をお願いします。



ブックセンターベストセラー(2024年8月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター

順位 書名 著者名 出版社名
1

子の監護・引渡しをめぐる紛争の審理及び判断に関する研究

司法研修所/編 法曹会
2

民事訴訟 裁判官からの質問に答える技術

中村雅人、城石 惣/共著 学陽書房
3

個人情報保護法

岡田 淳、北山 昇、小川智史、松本亮孝/著 宍戸常寿/監修 商事法務
4 事例解説 離婚と財産分与―裁判実務における判断基準と考慮要素 松本哲泓/著 青林書院
5

実務 共有不動産関係訴訟―共有不動産に係る民事訴訟実務マニュアル

田村洋三、山田知司/編著 浅香紀久雄、金子順一、齊木敏文、阿部正幸、山本剛史/著 日本加除出版
6

弁護士職務便覧 令和6年度版

東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会/編 日本加除出版
7

量刑調査報告集Ⅴ

第一東京弁護士会刑事弁護委員会/編 第一東京弁護士会
8 有斐閣コンメンタール 新注釈民法(10)債権(3) 山田誠一/編集 大村敦志、道垣内弘人、山本敬三/編集代表 有斐閣
株式会社法〔第9版〕 江頭憲治郎/著 有斐閣
実務担当者のための景表法ガイドマップ 古川昌平/著 商事法務
家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務〔第4版〕 片岡 武、管野眞一/編著 日本加除出版
インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式〔第2版〕 神田知宏/著 日本加除出版