日弁連新聞 第606号
キャッシュレス決済における決済代行業者等の加盟店調査措置義務等の整備を求める意見書
キャッシュレス決済における決済代行業者等の加盟店調査措置義務等の整備を求める意見書
日弁連は、本年7月19日付けで「キャッシュレス決済における決済代行業者等の加盟店調査措置義務等の整備を求める意見書」を取りまとめ、経済産業大臣、金融庁長官および消費者庁長官に提出した。
本意見書では、キャッシュレス決済の利用に伴う消費者被害を防止するため、割賦販売法(以下「割販法」)および資金決済に関する法律の改正を含む次の措置を講じることを求めている。
①決済代行業者等の加盟店調査措置義務等の規定や登録制の導入
従前は、カード発行会社、販売業者および消費者の三者型取引(オンアス取引)が主であったが、最近ではカード発行会社と、加盟店の開拓や管理を担う加盟店契約会社とが分化・専門化したオフアス取引が大半で、そこに決済代行業者が介在する形が登場している。2016年割販法改正により、加盟店契約会社等の登録制や加盟店調査措置義務が導入されたものの、無登録決済代行業者等が横行し、不適正取引やセキュリティ対策に関する加盟店調査措置義務が機能しない案件が多い。ECモール運営事業者(取引DPF)、コード決済事業者等が介在するインターネット取引が急増しており、加盟店契約会社が販売業者を直接調査指導できない事態の解消を含めた悪質加盟店排除のための対応が必要である。
②翌月一括払い取引を行うカード発行会社における苦情の適切処理・伝達の義務化
2016年割販法改正では、カード発行会社の苦情伝達義務等と加盟店契約会社の調査措置義務を連動させることで悪質加盟店排除を企図したが、カード決済の9割を占める「翌月一括払い」のカード発行会社にこれらの義務は課されず、苦情相談件数が激増している。かかる事態への対策が必要である。
③キャッシュレス決済全般における不適正販売行為の防止およびセキュリティ対策強化に関する横断的な法整備に向けた課題検討・施策の実施
日弁連が本年実施した弁護士および消費生活相談員へのアンケート結果によれば、クレジット決済以外のキャッシュレス決済では、提供事業者に、苦情の適切かつ迅速な処理体制整備を求める声が多数であった。さまざまなキャッシュレス決済手段を包括的に取りまとめて提供するプラットフォーマー等の決済取次業者についても、規制の穴を狙う悪質業者に利用されないように、横断的な規制を検討すべきである。
(消費者問題対策委員会 副委員長 金 昌宏)
第17回高校生模擬裁判選手権
8月3日 東京・大阪・福井・松山・オンライン
第17回を迎えた高校生模擬裁判選手権が、全国4会場およびオンラインで開催された。全42校が参加し、白熱した刑事模擬裁判を展開した。本稿では、関東大会の模様をお伝えする。
(共催:最高裁判所、法務省ほか)
模擬裁判の実践
事案は、被告人が交際相手を殺害した疑いがあるというものである。被告人にはアリバイがあり、被害者との関係は良好で動機もないと主張する。争点は犯人性である。
模擬裁判は、東京地裁の法廷および弁護士会館内の模擬法廷を利用し、実際の刑事裁判と同様の流れで実施された。高校生は検察官役、弁護人役に分かれ、各校2試合ずつ(検察官役・弁護人役各1試合)を行った。現役の裁判官・検察官・弁護士のほか、学者やジャーナリストなどが審査員を務めた。
現場から立ち去る被告人を見たとする証人への尋問および被告人質問では、目撃証言の信用性、被告人のアリバイや動機について、工夫を凝らし、さまざまな角度からの質問がなされた。論告・弁論では、模造紙などを使用して争点についての主張を視覚化し、分かりやすく伝えようとする姿勢が見られた。
講評・表彰
審査員による講評では、「堂々と落ち着いて尋問をしている様子に驚いた」、「反対尋問で対戦相手に突かれそうな点も意識されていた」、「具体的な事実を摘示しながら目撃証言を弾劾しようとしており分かりやすかった」、「弁論や論告を意識した証人尋問、被告人質問が行われていた」、「高校生ならではの視点や事実の捉え方には気付かされることもあった」などと、入念な準備に加えて、臨機応変に対応する様子に称賛の声が集まった。
参加した高校生は、2か月近く共に準備を重ねた仲間や教員、支援弁護士への感謝の言葉を述べたほか、次回の選手権を見据えた意気込みも語った。準備期間を含め充実した時間を振り返るとともに、互いの健闘をたたえ合った。
各会場の表彰校
【関東大会(東京)】
優 勝:静岡県立浜松北高等学校(静岡)
準優勝:群馬県立前橋高等学校(群馬)
【関西大会(大阪)】
■午前の部
優 勝:立命館宇治高等学校(京都)
準優勝:立命館高等学校(京都)
準優勝:兵庫県立神戸高等学校(兵庫)
4 位:和歌山信愛高等学校(和歌山)
■午後の部
優 勝:大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎(大阪)
準優勝:京都府立嵯峨野高等学校(京都)
準優勝:常翔学園高等学校(大阪)
4 位:同志社香里高等学校(大阪)
【北陸大会(福井)】
優 勝:福井県立敦賀高等学校(福井)
準優勝:福井県立福井商業高等学校(福井)
【四国大会(松山)】
優 勝:高松第一高等学校(香川)
準優勝:愛光高等学校(愛媛)
【オンライン大会】
優 勝:創志学園高等学校(岡山)
準優勝:福島県立福島高等学校(福島)
第80回 市民会議
選択的夫婦別姓制度の実現に向けた取り組み等について
7月22日 弁護士会館
本年度第1回の市民会議では、選択的夫婦別姓制度の実現に向けた取り組み等について議論した。
田下佳代副会長は、本年6月の定期総会で採択された「誰もが改姓するかどうかを自ら決定して婚姻できるよう、選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議」について報告した。国際的にも、各配偶者が婚姻前の姓を保持する権利が、女性差別撤廃条約や自由権規約において規定されている。田下副会長は、国連女性差別撤廃委員会が日本政府に対し、女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を3度にわたって勧告しており、本年10月にも日本政府報告書審査が予定されていることなどを説明した。選択的夫婦別姓制度について、日本経済団体連合会(経団連)が早期導入を求める提言を行ったことや、地方議会における意見書の採択が相次いでいる状況にも言及し、議論をさらに進めて同制度の導入を実現していく決意を示した。
委員からは、1996年に法制審議会が同制度を導入する法律案要綱を答申してから四半世紀以上も法改正がなされないままの現状は看過できない、次の世代に課題を残すことのないよう早期に変革しなければならないなどの意見が述べられた。家族の在り方が多様化している状況からも法改正は必須であるとの声も上がった。また、同制度は、結婚する人が改姓するかどうかを自分で決められるよう選択肢を増やすものであり、その実現は、女性をはじめとする特定の人々だけでなく社会全体の課題だとして、関心のない層の共感につながるような取り組みへの期待が寄せられた。
会議では、選択的夫婦別姓制度の導入とともに日弁連が取り組んでいる、再審法(刑事訴訟法第四編「再審」)の改正についても意見が交わされた。 委員からは、えん罪は死刑事件に限らず発生しており、誰にでも起こり得る身近な問題であるとして、一人一人が自分事として考えなければならないことをさらに社会に浸透させていく必要があるとの指摘があった。
市民会議委員(2024年7月現在)五十音順・敬称略
井田香奈子 (朝日新聞論説委員)
伊藤 明子 (公益財団法人住宅リフォーム・紛争処理支援センター顧問、元消費者庁長官)
太田 昌克 (共同通信編集委員、早稲田大学客員教授、長崎大学客員教授、博士(政策研究))
北川 正恭 (議長・早稲田大学名誉教授)
吉柳さおり (株式会社プラチナム代表取締役、株式会社ベクトル取締役副社長)
河野 康子 (副議長・一般財団法人日本消費者協会理事、NPO法人消費者スマイル基金理事長)
清水 秀行 (日本労働組合総連合会事務局長)
浜野 京 (信州大学理事(ダイバーシティ推進担当)、元日本貿易振興機構理事)
林 香里 (東京大学理事・副学長)
湯浅 誠 (社会活動家、東京大学先端科学技術研究センター特任教授)
最高検監察指導部に対して調査等を求める会長談話
最高検察庁監察指導部に対し申立ての取下げをめぐる事実関係の調査及び結果の公表を求める会長談話
日弁連は本年7月23日付けで、最高検察庁監察指導部(以下「監察指導部」)に対し、いわゆる東京五輪・パラリンピックに関する独占禁止法違反事件(以下「本件」)の担当検察官の対応に関する調査等を求める会長談話を公表した。
問題となった検察官の対応
大手広告代理店とそのグループ会社の前社長を被告人とする、本件の公判期日における前社長の最終意見陳述によって、検察官の不適切な対応が明らかとなった。前社長によれば、在宅捜査の段階で、自身が供述していない内容の供述調書を取調べ担当検察官が作成し、その訂正にも応じなかったため、弁護人を通じて監察指導部に申し立てをしたところ、検察官は、広告代理店の代表取締役に前社長の逮捕を示唆し、申し立ての取り下げを求め、「詫び状」の提出を要求した。広告代理店側は、前社長の逮捕を避けるため、これらの要求に応じざるを得なかったとのことであった。
会長談話の内容
本件における検察官の対応は、取調べ状況に関する被疑者の申し立ての真偽を客観的に検証できない状況を殊更に作り出している。正当な弁護活動に対する不当な介入であることに加え、不適正な取調べによって罪を犯していない市民を罪に陥れようとした不祥事を受けた検察改革の一環として創設された監察指導部に対する情報提供制度の存在意義自体を否定するもので、問題は極めて深刻である。本会長談話は、監察指導部に対し、不適切な対応がなされるに至った事実関係を明らかにする公平な調査およびその結果の公表を求めるとともに、改めて、在宅被疑者および参考人を含む全事件・全過程における取調べの録音・録画の義務付けが必要不可欠であることを訴えるものである。
(刑事調査室 嘱託 虫本良和)
日弁連短信
弁護士職務の適正化に向けた取り組み
最近の状況
2022年ごろから、弁護士の不祥事に関する報道が再び目立つようになった。弁護士による多額の横領事件は後を絶たない。非弁提携の問題も相変わらずである。債務整理やいわゆる国際ロマンス詐欺に関する不祥事も社会問題化している。当然、報道機関の論調も厳しく、弁護士会・日弁連としても早急に対策を講じなければならない状況である。弁護士への信頼回復は、弁護士会・日弁連に課された責務である。
過去の対策
弁護士不祥事は今に始まったことではない。古くからの問題であり、これまでにも一定の対策が講じられてきた。しかし、対策により弁護士不祥事の抑制が図られたかに見えても、やがて再発し、それによって従前の対策の不十分性が明らかとなり、さらなる対策の必要性が議論される。このような歴史が繰り返されてきた。繰り返しの中で、可能な対策は既に相当程度講じられているようにも思われる。
検討の視点
弁護士不祥事への対策を検討する際、取り上げられる視点がいくつかある。
実効性はあるのか、弁護士会・日弁連で実施可能か、過重な負担とならないか、不祥事などおよそ関わりのない多くの一般の弁護士にとって過度の規制とならないか、守秘義務に抵触したり、弁護士の職務の独立性に対する侵害となったりしないかといった点である。
各視点を踏まえた総合的な考慮の結果、これまでの弁護士不祥事対策が策定されてきた。
今後の課題
これらの検討の視点は依然として重要なものである。他方、過去の対策をもってしても、弁護士不祥事の根絶に至っていないこともまた事実である。このことを踏まえ、真に実効的な対策を講じるためには、ある視点から実施困難とされてきた対策が本当に困難なのか、困難とされる理由を回避する手法がないのかといった点を、さらに一歩踏み込んで検討することが必要になるかもしれない。
日弁連では、既存の委員会や新たに設置したワーキンググループにおいて、業務広告の在り方の問題を含め、弁護士不祥事に対する新たな対策を検討している。真摯な議論を通して早急に対策を立案し、実行に移す必要がある。弁護士への信頼回復に残された時間は長くはない。
(事務次長 菊池 秀)
食品表示基準の一部を改正する内閣府令(案)に対する意見書
消費者庁において、「食品表示基準の一部を改正する内閣府令(案)」が取りまとめられ、本年6月27日に意見募集(パブリックコメント)に付された。これに対し、日弁連は7月25日付けで意見書を取りまとめ、消費者庁に提出した。
本年3月に明らかになった機能性表示食品による健康被害事例を踏まえ、消費者庁は、機能性表示食品制度について定めている食品表示基準の一部改正を検討し、現行の届出制の維持を前提に、届出後の遵守事項の新設、販売前の届出資料の提出期限の特例などを盛り込んだ改正案をパブリックコメントに付した。
日弁連は、同制度に関して、1月18日付け意見書や4月11日付け会長声明など、複数回にわたって問題点を指摘してきた。
意見の内容
本意見書では、機能性表示食品制度について、①国の監督機能を確保するため、現行の届出制を登録制に変更し、安全性や機能性の要件を満たさないことが明らかになった場合には国による登録の取り消しが可能な制度とすること、②食品表示基準に依拠した制度とするのではなく、法律に直接の根拠を置くものとすること、③健康被害が確認された場合にはその情報を公表することも事業者の遵守事項とすべきことを改めて求めた。
届出制を維持したまま実効的な監視を行うとする制度設計には無理が生じていると言わざるを得ず、登録制とすることで登録後の事情の変動にも機動的に対処できる。また、食品表示基準はあくまで「表示」の仕方を定める下位規範であって、機能性表示食品制度における安全性確保のための規制など表示方法に直接関わりのない義務を定めるには限界がある。さらに、健康被害と疑われる情報を事業者が把握した場合に、行政への情報提供を義務とするだけでは安全性を確保するための対策としては不十分である。
(消費者問題対策委員会 副委員長 西野大輔)
ひまわりほっと法律相談会
中小企業を弁護士が応援します!
日弁連は、中小企業による弁護士の積極的な活用を促進すべく、各地の弁護士会との共催により、また、中小企業庁をはじめとする中小企業支援機関や商工団体等の後援を得て、中小企業に関する全国一斉無料法律相談会およびセミナー等を毎年開催している。
中小企業庁が中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としたことを受け、昨年に続いて本年も同日を中心として、全国各地の弁護士会で無料法律相談会やセミナー、シンポジウムなどが開催された。
コロナ禍を経て、セミナー、シンポジウムなどは対面とオンラインを併用して実施される地域が増えている。経営者のためのインターネットトラブル対応(京都)、パワーハラスメントの事例紹介や著作権侵害によるトラブル予防(三重)、台湾の半導体メーカーの進出に合わせた人材採用・育成(熊本)などがテーマとして取り上げられた。いずれも近時、中小企業において問題となることが多いテーマである。また、金沢弁護士会は令和6年能登半島地震を受けて中小企業の災害復興に関するセミナーを実施するなど、当地の実情に合わせ、工夫を凝らした実施となった。
日弁連は今後も、中小企業分野での弁護士業務の一層の拡充を図るとともに、中小企業関係者の暮らしと権利が守られる社会の実現を目指し、法律相談会やイベントなどを開催し、中小企業関係者と会員を支援していく。
(日弁連中小企業法律支援センター 事務局次長 東健一郎)
シンポジウム
「お金」と向き合うための消費者教育とは?金融経済教育の転換期に考える
8月2日 オンライン開催
シンポジウム「お金」と向き合うための消費者教育とは?~金融経済教育の転換期に考える~
金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律に基づき、本年4月に金融経済教育推進機構(以下「J-FLEC」)が創設されるなど、金融経済教育は転換期を迎えている。
本シンポジウムでは、消費者市民社会と結び付いた金融経済教育の理念を再確認し、あるべき消費者教育について議論した。
報告
あんびるえつこ氏(「子供のお金教育を考える会」代表)は、アフィリエイト広告を巡る詐欺被害など、お金に関する相談が若年層から多く寄せられていることを報告した。家計を黒字化させる家計管理が消費生活の出発点であり、資産形成までの道筋を順を追って考える必要性を強調した。また、消費者教育には、被害に遭わないための適切な対応の教育に加え、エシカル消費やESG投資など多様な価値観と自由な意思決定を尊重する姿勢が求められると述べた。
桑田尚氏(J-FLEC経営戦略部長)は、経済的に自立し豊かな生活を送るためには金融リテラシーの向上が必須であるが、金融経済教育を受けた自覚がある人はわずかであると指摘した。家計管理、生活設計、資産形成について助言するJ-FLEC認定アドバイザーについて、信頼性担保の観点から行為基準の策定や認定の更新制を採用したことを紹介し、教育現場への出張授業や事業者等を対象とするセミナーの開催など今後の事業の展望を報告した。
パネルディスカッション
池垣陽子氏(埼玉県立蓮田松韻高等学校教諭)と消費者問題対策委員会の島幸明委員(第二東京)を交えた議論で、池垣氏は、成年年齢引き下げに伴い教育現場に大きな期待が寄せられているとした。また、生徒の家庭経済環境の違いを踏まえた消費者教育の工夫が必要であると語った。島委員は、SNSを契機とする投資詐欺による被害が近時急増していると述べ、被害拡大を食い止めるための実効的な教育が求められていると訴えた。
桑田氏は、講師や地域ごとの取り組みなど、各所での実践を取り入れて教材等の改良に取り組んでいきたいとし、子どもだけでなく大人も含めて、誰一人取り残さない金融経済教育を提供するため、弁護士や消費生活相談員をはじめとする専門家の理解と協力を求めた。
2024年度ESG基礎講座第1回
ビジネスと人権
変化する環境下での弁護士の役割
7月31日 弁護士会館
日弁連ESGセミナーシリーズ「2024年度ESG(環境・社会・ガバナンス)基礎講座第1回 「ビジネスと人権 変化する環境下での弁護士の役割」」
国内外で人権デュー・ディリジェンスに関するルールが急速に進展している。国際法曹協会(IBA)は2023年11月に「更新版IBAビジネスと人権ガイダンスノート」(以下「ガイダンスノート」)を公表し、ビジネスと人権がさまざまな弁護士業務分野と関係することを明確にした。「ビジネスと人権」に最前線で取り組む実務家が実践や弁護士の役割について議論した。
ガイダンスノートの紹介
ラーラ・ドゥヴァルツィディス氏(IBAビジネスと人権委員会オフィサー)はビデオメッセージで、ガイダンスノートは、IBAが2016年に発行した「ビジネスと人権に関する実践ガイド」を基に、その主要なポイントを確認し、気候変動を含む新たなトレンドに焦点を当てた、変化する状況における弁護士の役割についての最新の手引きであるとし、その活用によってビジネスと人権に関する理解が深まることへの期待を示した。
弁護士業務改革委員会CSRプロジェクトチームの高橋大祐副座長(第一東京)は、企業には企業活動の人権への負の影響(人権リスク)を評価・対処する継続的なプロセスの対応と実効的な苦情処理メカニズム策定の取り組みが求められるとした。近年は人権指導原則が法規制にも反映されてさまざまな法律実務の分野に及ぶとともに、弁護士の責務にも影響していることを指摘した。
法律実務での実践
齊藤誠座長(東京)は、企業の社会的責任への取り組みはまさに弁護士が活躍すべき場であり、人権を抽象的な言葉でなく、企業が具体的にイメージできるように伝えていくことが企業のあるべき行動につながると述べた。
国際人権問題委員会の大村恵実元委員長(東京)は、弁護士は社外取締役等として企業に関わることを通じて、企業が国際的規範と国内法とのギャップや人権主体への理解を深めることに貢献できるとした。
国際活動・国際戦略に関する協議会の梅津英明委員(第二東京)は、企業には保身的な態度を取る傾向があると指摘した。企業法務に関わる弁護士は、企業に近いことで、企業の行動が見えやすい反面、言うべきことを言えないリスクを抱えるとし、何のための取り組みなのかという視点に常に立ち戻って、企業と共に考えていく姿勢が大切であると語った。
セミナー
AIに関する法的課題と既存法分野の交錯
7月26日 弁護士会館
近年のAI技術の進化・深化は目覚ましい。特に2022年11月のChatGPT公開以降、生成AI技術によって社会や経済の在り方が大きく変わろうとしており、日本を含む世界各国でAIに対する規制の検討や導入が急速に進められている。
本セミナーでは、国際法曹協会(IBA)からパネリストを招き、AIに関する法的課題などについて、諸外国の動向を踏まえながら考察した。
AIに関する法規制について
日本では、本年4月に経済産業省から「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」が発表されたが、AIの包括的規制に関する法整備には至っていない。他方、EUでは5月21日に、生成AIを含む包括的なAI規制法が制定された。
同法を概説したアストリッド・ワーグナー弁護士(IBAのAI・ロボット小委員会副議長、ルクセンブルク)は、EUで特に強調されているAI関連リスクとして、①安全とセキュリティ、②偏見と差別、③透明性と説明責任の確保、④人権と倫理的使用、⑤雇用と経済への影響、⑥ディープフェイクと誤情報の懸念を挙げた。
ライフサイエンス・金融分野でのAIの活用と課題
ライフサイエンスの分野では、医薬品の研究開発のプロセスにAIを活用するAI創薬の導入が進む。これまでの新薬開発には10年以上の期間や数百から数千億円のコストを要していたが、AIは大量のデータ分析を高速で行い、スクリーニングや開発を効率化できるため、開発期間の大幅な短縮やコストの削減が期待されている。
金融分野では、融資や投資の場面におけるリスク・信用審査、金融市場分析・調査、顧客とのコミュニケーションツールとしてのチャットボットなどでAI利用が進んでいる。
その一方で、AIを活用できる人材の確保や、AIが学習する大量のデータ内に個人情報が含まれる懸念、著作権等の知的財産権の侵害が生じ得ることなどの法的問題への対応といった課題が指摘された。
パネリストらは、AIによるさまざまな社会課題の解決が期待される一方で、権利利益が侵害される深刻なリスクも想定されるとし、健全かつ責任のあるAIの研究・開発・実装が望まれると語った。
シンポジウム
特商法の抜本的改正に向けて
~法改正運動の現状と今後の展望~(第2回)
7月5日 弁護士会館
シンポジウム「特商法の抜本的改正に向けて~法改正運動の現状と今後の展望~(第2回)」
2016年改正特定商取引法(以下「特商法」)には、その附則6条において施行5年後見直しが規定されているが、いまだに大きな動きはない。高齢化の進行や成年年齢の引き下げ、デジタル化の進展などに伴い深刻化する消費者被害に対して、特商法が機能不全に陥っている現状を踏まえ、抜本的な法改正の必要性を確認し、今後の展望を議論した。
消費者被害の実情
出会い系・SNSサイト被害対策弁護団の松苗弘幸会員(埼玉)は、SNSを利用した副業サイト被害の実例や問題点について報告した。SNSやウェブサイト、電話などを複合的に用いるなどして複雑化する近年の勧誘形態に対しては特商法の適用に困難が生じているとし、こうした勧誘にも同法を明確に適用できるような法整備が必要であると述べた。
消費者問題対策委員会の委員らは、近時の消費者被害の傾向等を報告した。訪問販売・電話勧誘販売の相談件数は減少しているものの、修理サービスや屋根工事などの高額被害や、高齢者層の被害の増加が目立ち、消費者被害は減少傾向にはないと強調した。インターネット通信販売ではSNS関連の相談件数が増加し、特にSNS型投資詐欺・ロマンス詐欺での被害額の増加が顕著であるとした。また、マルチ商法についてはマルチと認識させない悪質な商法が横行する実情や、暗号資産・アフィリエイト広告などの巨額被害のあった詐欺事件の検挙事例から現行法制の抑止力の欠如を指摘し、悪質マルチ商法の全面排除のために登録制の導入や重罰化などの法整備が急務であるとした。
勧誘規制の強化
特商法は訪問販売・電話勧誘販売にオプト・アウト方式(原則として勧誘を許容し、拒否がある場合について勧誘できないとする方式)を採用している。山﨑省吾委員(兵庫県)は、海外で導入が進む勧誘規制の例として、いわゆる「お断り」ステッカーに法的効力を認める制度(Do-Not-Knock)や電話勧誘拒否登録制度(Do-Not-Call)を紹介した。同意がある場合にのみ勧誘を許容するオプト・イン方式の導入を含めて、勧誘規制の強化を訴えた。
参加した各団体からは、消費者被害の救済と抜本的な法改正を求める力強いメッセージが寄せられた。
JFBA PRESS -ジャフバプレス- Vol.194
宮川美津子最高裁判事を訪ねて
2023年11月6日付けで弁護士(第一東京)から最高裁判事に就任した宮川美津子氏を訪ね、現在の執務状況や今後の抱負などを伺いました。
(広報室嘱託 長瀬恵利子)
新しいことへの挑戦
大学入学当時は男女雇用機会均等法が制定される前で、4年制大学を卒業した女性の就職先は限られていました。その中で、仕事や働き方を自ら選択できる点が性に合っていると思い、弁護士を志しました。弁護士登録後は、企業法務や渉外法務、裁判実務を中心に、特に知的財産分野に注力してきました。先輩や同僚にも恵まれ、事務所の創立メンバーとして事務所経営も担い、充実した弁護士生活を過ごしてきました。
最高裁判事就任の話が出たのは、これから事務所にどのような貢献ができるだろうかと考え始めていた時期でした。そのようなタイミングで事務所を離れることになり、後輩弁護士の育成などに取り組めなくなることには心残りがありましたが、新しい世界に踏み出すことに大きな魅力を感じ、判事という仕事に挑戦することにしました。
最高裁判事としての生活
執務日は9時半ごろに登庁し16時半ごろに退庁します。裁判所では多数の事件について、膨大な記録の検討、判断、合議などの予定が詰まっており、濃密な時間を過ごしています。帰宅して夕食を済ませた後は、ジムで身体を動かし、就寝までは事件の資料を読み込むなど翌日以降の仕事の準備をするのがルーティンとなっています。
弁護士時代は職場内外で多くの人と会うことが当然のような日々でした。それと比べると外部の方との交流は減っていますが、人との会話から学ぶことは多く、判事としての公正さを保ちながら少しずつ交流の機会を増やしていければと思っています。
趣味の面では弁護士時代と変わらず、伝統芸能や音楽・映画・テレビドラマ鑑賞などを楽しんでいます。先日はKing Gnu札幌ドーム公演のライブビューイングに参加しました。エンターテインメント業界におけるIT技術の進化のおかげで遠隔地から公演を堪能できました。本年6月まで放送されていたテレビドラマ「アンチヒーロー」では法曹三者の描き方に考えさせられましたし、NHK連続テレビ小説「虎に翼」は、困難な時代に弁護士を経て裁判官になった主人公の歩みをハラハラしながら見ています。
弁護士経験を生かして
事件の審議では異なるバックグラウンドを持つ判事が、それぞれの経験や知識を持ち寄って多面的な検討を行うことで、事件への理解を深めていくことができます。お互いの知見を共有し、議論を重ねて結論に至る過程は、大変刺激的です。
依頼者から直接「生」の声を聞いたり、社外取締役あるいは法律事務所のパートナーとして実社会で獲得した経験が、弁護士を経た私の一つの強みだと思っています。これからも、現場で身に付けた感覚を大切に、判事としての執務に生かしていきたいです。判事には、あらゆる種類の事件が平等に配てんされるため日々勉強が必要ですが、さまざまな分野の裁判を同僚弁護士やスタッフとチームを組んで対応してきた経験が、現在の執務にも役立っています。
裁判所から見た弁護士活動
記録を検討していると、なぜ原審でこの事実の主張・立証がなされなかったのかと疑問を感じることがあります。最高裁は事実認定に踏み込めないので、事実審である一審、二審での訴訟活動の重要性を改めて実感しています。
また、弁護士は依頼者の言い分を適切に伝えていくとともに、裁判官がどのように判断しようとしているのかを見極めながら、多面的に主張を組み立てていくことが大切だと考えています。裁判官の視点を意識し、依頼者とより良い方針を協議・選択していくことは、弁護士ならではの活動だと思います。
「大丈夫、何とかなる」
これまで「大丈夫、何とかなる」を信条に、挑戦を重ねてきました。何事も、チャンスがあれば失敗を恐れずに挑戦することを大切にしています。挑戦した結果、思ったようにはいかなかったとしても、そこから軌道修正を図ればいいのです。今も、同じ気持ちで仕事に取り組んでいます。
性別などを問わず、仕事での困難や、子育て・介護などとの両立に悩むことがあるかもしれません。そんな時は、日弁連や弁護士会の各種サポート制度を活用したり、早めに先輩や同僚など周囲の人に助けを求めて、一人で抱え込まないことも大事です。私自身、たくさんの人の助けを借りながら生きてきました。失敗をしても焦らず次の手を考えれば大丈夫です。そうした経験のすべてが、きっとその先の糧になります。
宮川最高裁判事のプロフィール
1984年 | 東京大学法学部卒業 |
---|---|
1986年 | 弁護士登録(第一東京弁護士会) |
1993年 | ハーバードロースクール修了(LL.M.) |
2002年 | 経済産業省産業構造審議会臨時委員・同知的財産政策部会(現 知的財産分科会)委員 |
2005年 | 慶應義塾大学法科大学院講師 |
2007年 | 文部科学省文化審議会著作権分科会委員 |
2013年 | 内閣府知的財産戦略本部有識者本部員 |
2017年 | 財務省関税等不服審査会関税・知的財産分科会委員 |
2018年 | 公益社団法人日本仲裁人協会理事 |
2019年 | 内閣官房サイバーセキュリティ戦略本部普及啓発・人材育成専門調査会サイバーセキュリティ関係法令の調査検討等を目的としたサブワーキンググループ委員 |
2020年 | 一般社団法人日本国際紛争解決センター理事 |
2022年 | 経済産業省産業構造審議会知的財産分科会商標制度小委員会委員 |
2023年 | 最高裁判所判事 |
日弁連委員会めぐり129
貧困問題対策本部
貧困問題対策本部(以下「本部」)は、セーフティネット部会、ワーキングプア部会、女性と子どもの貧困部会、自殺対策プロジェクトチームなどを設置し、貧困と格差が拡大する現状を改善すべく活動しています。
本部の辻泰弘本部長代行(佐賀県)、狩野節子副本部長(秋田)、吉田雄大事務局長(京都)、阿部広美事務局次長(熊本県)にお話を伺いました。
(広報室嘱託 荒谷真由美)
貧困問題対策の周知、定着
全国の弁護士会で「貧困問題全国キャラバン」を実施し、これまでに各地での市民集会等を合計111回開催しました。貧困問題に精通した弁護士が、生活保護受給者の自動車保有や奨学金問題など、最新の実務的問題と対策を伝えつつ、各地の取り組みや課題について意見交換を行っています。弁護士会からの実施依頼もお待ちしています。
最低賃金引き上げに向けて
近年、最低賃金の引き上げは見られるものの、日本の水準はまだまだ低い状況です。本部では本年1月にパンフレット「最低賃金を引き上げよう!」を改訂しました。最低賃金について分かりやすく解説するとともにその課題を明らかにし、最低賃金引き上げの必要性をコンパクトにまとめた内容です。ぜひ各地での取り組みなどでご活用ください。
奨学金に関する法律問題
近時、日本学生支援機構の貸与奨学金の返済に苦しむ若者が急増しており、奨学金制度の現状把握やその改善に向けた意見表明を行っています。奨学金を含む債務整理では、奨学金の返還免除や返還猶予、減額といった各種救済制度の利用を検討するなど、通常の債務整理とは異なる対応が必要となります。本部では、eラーニング「奨学金に関する法律問題への対応」を作成・公開しています。
自殺対策への取り組み
自殺の背景には、しばしば貧困と格差が拡大した社会構造があります。これに生活や家庭などの悩みが重なって心理的に追い込まれることで、生きる権利そのものが侵害されています。
本部では、全国一斉「暮らしとこころの相談会」を実施するほか、「弁護士業務のための自殺予防・自死遺族支援ハンドブック」の改訂版を近日公表予定です。自殺対策のほか、弁護士のメンタルヘルスにも言及した内容になっていますので、ぜひご覧ください。
終わりに
本部は、貧困をなくし未来に希望を抱ける社会を実現するために活動しています。すべての人が人間らしく生活する権利を守るために、貧困問題対策に一緒に取り組む仲間が増えることを期待しています。
ブックセンターベストセラー (2024年7月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター
順位 | 書名 | 著者名・編者名 | 出版社名 |
---|---|---|---|
1 |
事業承継・M&Aの実務と考え方 |
西本隆文/著 | 日本能率協会マネジメントセンター |
2 |
事例解説 離婚と財産分与―裁判実務における判断基準と考慮要素 |
松本哲泓/著 | 青林書院 |
3 |
民事訴訟 裁判官からの質問に答える技術 |
中村雅人、城石 惣/共著 | 学陽書房 |
4 | 株式会社法〔第9版〕 | 江頭憲治郎/著 | 有斐閣 |
5 | 有斐閣コンメンタール 新注釈民法(13)Ⅰ 債権(6) | 森田宏樹/編集 大村敦志、道垣内弘人、山本敬三/編集代表 | 有斐閣 |
弁護士職務便覧 令和6年度版 | 東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会/編 | 日本加除出版 | |
7 |
刑事法廷弁護技術〔第2版〕 |
高野 隆、河津博史/著 | 日本評論社 |
8 |
実務担当者のための景表法ガイドマップ |
古川昌平/著 | 商事法務 |
9 |
「裁判官の良心」とはなにか |
竹内浩史/著 | LABO |
海外情報紹介コーナー㉓
Japan Federation of Bar Associations
法律事務所に対するマネー・ローンダリング防止規制の執行強化(英国)
2022年以降、英国ソリシター規制局(SRA)がマネー・ローンダリング防止規制として英国内法律事務所に課すことができる罰金が2千ポンドから2万5千ポンドに引き上げられ、年間国内売上高の5%を上限に罰金額を計算できるオプションも導入された。 これを受け、SRAが課した罰金は、2023年9月以前の6か月間は計6件で最高額は5250ポンド(約100万円)であったのに対し、同年10月以降の6か月間は計19件で総額約30万ポンド(約5700万円)に及んだ。最高額は大手法律事務所に対する10万ポンド(約1900万円)である。
(国際室嘱託 塩川真紀)