日弁連新聞 第604号
2024年度予算などを可決
第75回定期総会
6月14日 弁護士会館
2024年度予算が議決されたほか、選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議などが可決された。
また、第76回定期総会は愛知県で開催することを決定した。
決算報告承認・予算議決
2023年度の一般会計決算は、収入53億3737万円および前年度からの繰越金64億6268万円に対し、54億9440万円を支出し、次年度への繰越金は63億565万円となったことが報告され、賛成多数で承認された。
2024年度の一般会計予算は、事業活動収入53億9160万円に対し、事業活動支出67億3110万円、予備費1億円などを計上し、単年度では14億5950万円の赤字予算とした。引き続きウェブ会議の活用が見込まれることや、新設された刑事再審弁護活動援助費などを踏まえた予算編成となる。質疑・討論を経た採決の結果、賛成多数で可決された。
選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議
民法750条は夫婦同姓を義務付け、婚姻後もそれぞれが婚姻前の姓を称することを希望する夫婦の婚姻を認めていない。1996年に法制審議会が選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したが、四半世紀以上経過した現在も実現はしていない。同条を合憲とした最高裁判所の2015年判決および2021年決定は選択的夫婦別姓制度の導入を否定したのではなく、夫婦の姓に関する制度の在り方は「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない」として国会での議論を促したものである。近時の官民の各種調査では同制度の導入に賛同する意見が高い割合を占め、多くの地方議会や複数の経済団体等も、その導入を求める意見を公表している。
「誰もが改姓するかどうかを自ら決定して婚姻できるよう、選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議」は、この問題による人権侵害を是正し、多様性が尊重される社会や男女共同参画社会の実現につなげるため、今こそ民法750条を改正し、同制度を導入するよう国に対して改めて求め、その早期実現のため、全力を挙げて取り組むとするものである。事実婚を選択せざるを得なかった会員から、次の世代に同じ苦痛を感じてほしくないなどの意見が出され、賛成多数で可決された。
取調べの在り方の抜本的な見直し等を求める決議
2019年に取調べの録音・録画制度が導入された後も、違法・不当な取調べは後を絶たない。録音・録画がされない取調べのみならず、録音・録画の下ですら、罪を犯していない市民の人生を破壊するような深刻な人権侵害が繰り返されている。
「取調べの在り方を抜本的に見直し、全ての事件における全過程の録音・録画を実現するとともに、弁護人を立ち会わせる権利を確立することを求める決議」は、国に対し、長時間の留め置きで捜査機関の心証に合致する供述を獲得するような取調べの在り方を抜本的に見直すことに加え、①改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会において、取調べの録音・録画制度の見直しを進め、早急に、すべての被疑者および参考人の取調べについて全過程の録音・録画を義務付ける法改正を行うこと、②自己に不利益な供述を強要されない権利の実質的な保障のため、供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きを規制するとともに、被疑者が取調べを受けるに際しての弁護人立会権を確立することを求め、これらの実現のため、全力を挙げて取り組むとするものである。取調べの全面可視化や弁護人立会いは当然の制度となるべきなどの意見が出され、賛成多数で可決された。
賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の撤廃を求める意見書
日弁連は、本年5月10日付けで「賃金請求権の消滅時効等に関する経過措置の撤廃を求める意見書」を取りまとめ、厚生労働大臣に提出した。
背景と視点
2017年債権法改正に伴い、2020年改正労働基準法(以下「労基法」)において、賃金請求権の消滅時効期間や付加金請求期間、使用者による重要な労働関係書類の保存期間が5年に改められた。同時に、激変緩和の趣旨で、労基法附則143条により、これらの期間を当分の間3年とする経過措置が定められている。
一方、2017年債権法改正前の民法170条、172条1項、173条および174条は、請負契約や有償委任契約に基づく報酬といった、労働契約と同じく労務の提供を内容とする債権について、それぞれ短期消滅時効を定めていたが、2017年債権法改正により、消滅時効期間は権利を行使することができることを知った時から5年に統一された。憲法27条2項に基づき労働者保護のために労働条件の最低基準を定める労基法が、最も重要な労働条件の一つである賃金請求権についてのみ、消滅時効期間を一般原則の5年から短縮することに合理的理由を見い出すことはできない。
2020年改正時の附則では、政府は、法律の施行後5年を経過した場合において、施行状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとすると定められている。使用者側の対応のための準備期間としては、この5年で十分であると言える。
意見の趣旨
本意見書では、憲法27条2項に基づいて最低基準を定める労基法の本来の趣旨に従って、賃金請求権の消滅時効期間を5年と定める労基法115条、付加金請求ができる期間を違反のあった時から5年以内と定める労基法114条および労働関係に関する重要書類の保存期間を5年と定める労基法109条について、当分の間、いずれも5年を3年とする経過措置(労基法附則143条)を、2025年3月末の経過後速やかに撤廃することを求めている。
(貧困問題対策本部 事務局員 塩見卓也)
全国すべての弁護士会で再審法改正を求める総会決議を採択
日弁連は、本年5月29日付けで「 全国全ての弁護士会による総会決議が採択されたことを受け、改めてえん罪被害者救済のための再審法改正を一刻も早く実現することを求める会長声明」を公表した。
再審法(刑事訴訟法第四編「再審」)の改正の必要性を広く社会に対して訴える中で、えん罪被害の実情を知る弁護士の役割は大きい。日弁連は、全国各地の弁護士会に対して、再審法改正を求める総会決議の採択を呼び掛けてきた。本年5月29日、全国52のすべての弁護士会の総会決議が出そろったことを受けて、同日付けで会長声明を公表した。
全国すべての弁護士会が一致して再審法改正を求める意見を表明したことは重く、再審法改正の実現を大きく後押しするものである。この間の各地の弁護士会での取り組みもあって、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が結成されたほか、地方議会で再審法改正を求める意見書が採択され、地方自治体首長、関連団体からの再審法改正への賛同も相次いでいる。再審法改正の実現に向けた機運は、確実に高まりつつある。
袴田事件は、本年5月22日に再審公判の審理が終結し、判決言い渡し期日が9月26日に指定された。死刑判決の確定から経過した歳月は40年以上に及び、失われた時間はあまりにも長い。袴田巖氏の救済が著しく遅延している原因は、再審法の不備にある。この悲劇を繰り返さないよう、今こそ何としても法改正を実現しなければならない。
(再審法改正実現本部 事務局長 上地大三郎)
水俣病被害者の早期かつ全面的な救済を求める会長声明
水俣病問題についての各地での判決を受けて
水俣病問題についての各地での判決を受けて、水俣病被害者の早期かつ全面的な救済を求める会長声明
日弁連は、本年5月9日付けで「水俣病問題についての各地での判決を受けて、水俣病被害者の早期かつ全面的な救済を求める会長声明」を公表した。
2023年9月の大阪地裁判決は、原告全員を水俣病と認定して国、熊本県および原因企業の連帯責任(ただし一部の原告に対しては原因企業の責任のみ)を認めた原告全面勝訴とも言えるものであった。本年4月の新潟地裁判決は、一部の原告を水俣病と認定して原因企業の責任を認めた。本年3月の熊本地裁判決は、原告全員の請求を棄却したが、一部の原告については、除斥期間経過を理由に請求は認容しなかったものの水俣病の罹患自体は認定した。いずれの判決も、何らの補償を受けられていない者の中にも水俣病と認定されるべき者が多数存在することを示している。
日弁連は、2023年12月14日付けで「 水俣病認定審査業務に関する環境省の審査基準の改定並びに不知火海沿岸及び阿賀野川流域の住民を対象とした健康調査を求める意見書」を取りまとめ、環境省の2014年3月7日付け「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく水俣病の認定における総合的検討について」と題する通知に基づく認定基準が過度に厳格であるために、水俣病の認定がほとんどなされない実情等を指摘し、同通知の撤回を求めている。
一連の地裁判決により、同通知に基づく補償制度が不十分であることが示された。日弁連は引き続き、水俣病患者の早期かつ全面的な救済の実現を強く求めていく。
(人権擁護委員会水俣病問題検討プロジェクトチーム 副座長 松尾康利)
重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律が成立
会長声明を公表
重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の成立に対する会長声明
本年5月10日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」が成立した。これを受けて、日弁連は同日付けで「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律の成立に対する会長声明」を公表した。
本法は、経済安全保障に関わる情報である「重要経済安保情報」について、取り扱う者に対する罰則や適性評価等によって漏洩の防止を図ろうとするものである。
日弁連は、本法の国会での審議に先立って本年1月18日に「経済安全保障分野にセキュリティ・クリアランス制度を導入し、厳罰を伴う秘密保護法制を拡大することに反対する意見書」を取りまとめるなど、従前から問題点を指摘してきた。3月13日に公表した会長声明では、①処罰の対象となる重要経済安保情報の範囲が法文上不明確であること、②恣意的な秘密指定が抑止されず、知る権利等に悪影響を及ぼす可能性があること、③適性評価のための調査はほぼ一元的に内閣総理大臣が実施する仕組みとされており、適性評価の対象とされる多くの官民の技術者・研究者について、内閣総理大臣の下に設けられる新たな情報機関が、機微な個人情報について調査を行うこととされているため、当該情報機関に適性評価対象者の膨大な個人情報が蓄積されること、④適性評価は本人の同意を得て実施するとされているが、事実上同意が強いられることが懸念され、適性評価のための調査の行き過ぎを抑止するための仕組みも想定されていないようであり、プライバシー保障の観点から疑問があること等を指摘した。
しかし、成立した本法では、これらの問題点はほとんど解消されていない。また、国会審議において、海外主要国の情勢も踏まえて本法制定の必要性に多くの疑問が提示されたが、それらに十分応える審議がなされたとは言えない。日弁連は、重要経済安保情報が合理的で最小の範囲で指定されるようにする具体的基準や手続の策定、および適性評価において対象者のプライバシー等を十分に保護し人権侵害を未然に防止する仕組みの構築など、市民の知る権利やプライバシー等が不当に侵害されないための対策を講じるよう、引き続き政府に対し求めていく。
(秘密保護法・共謀罪法対策本部 副本部長 齋藤 裕)
日弁連短信
若手チャレンジ基金制度4年目の支援拡充
「若手会員の公益的活動等に対する支援制度」(若手チャレンジ基金制度)は、本年度で4年目を迎えた。本制度は、日弁連が若手会員の①「公益的活動」、②「研修・学習」、③「先進的な取組等」について一定額の援助等をすることで、各活動を活性化させ、弁護士業務の一層の深化を図ることを目的としている。
2023年度は支給件数(527件)と支給額(4525万円)のいずれも過去最大となり、特に②「研修・学習」の支給件数(400件)と支給額(3240万円)の伸びが顕著であった。また、③「先進的な取組等」については7つの取り組みを表彰し、うち2つを金賞(副賞30万円)としたほか、今後期待される取り組みに助成金を支給した。若手会員が弁護士活動の幅を広げていくためのさまざまな取り組みを支援・推進するという本制度の意義が次第に会員に認知されてきた中で、2023年度は、理事会での周知要請や弁護士会への周知依頼のほか、会員専用サイト、メールマガジン、日弁連新聞等の各種広報媒体での案内の強化を行ったことが功を奏したと考えられる。一方で、本制度を知らない会員も多く、申請数に地域的な偏りも見られるという状況である。引き続き本制度の周知にも努めていく。
支援の拡充
4年目を迎え、本制度をさらに利用いただくべく、本年度は支援の範囲(対象会員と支援金額)を拡充した。対象会員は、初年度の新65期から70期までを毎年1期ずつ広げ、2023年度は新65期から72期までとしたが、本年度は一挙に3期広げて新65期から75期までとした。
支援金額は以下のとおり拡充した。①「公益的活動」は、最大10万円から最大20万円に、②「研修・学習」は、上限10万円とする実費合計額の3割から、実費合計額に応じて7万円または10万円に、③「先進的な取組等」についての表彰は、副賞を最大30万円から最大50万円に、それぞれ増額した。
活動等の対象期間や申請受付期間・方法等の本制度の詳細については、日弁連会員専用サイトに掲載している案内をご確認いただきたい。また、支給対象に該当する活動を行っている会員に心当たりがある場合には、ぜひ当該会員に本制度をご案内いただきたい。なお、③「先進的な取組等」の表彰については、他薦も受け付けている。支援内容を拡充した本年度は、さらに多くの会員に申請いただくことを期待している。
(事務次長 籔内正樹)
第4回 被疑者取調べに対する苦情申入れ経験交流会
5月16日 オンライン開催
取調べの録音・録画制度に関しては、2022年7月から施行3年後見直しの議論が行われている。日弁連は、取調べの全事件・全過程の録音・録画の実現に向け、取調べに対する弁護人による苦情申入れの件数や内容を集積して立法事実とすべく、会員からの事例提供を求めてきた。実践事例を共有し、苦情申入れを活用した弁護活動について意見交換した。
取調べの可視化本部の端将一郎事務局次長(福井)は、近年、警察の取調べに対する苦情申出件数は全国で年間約400件に上るにもかかわらず、監督対象行為(被疑者取調べ適正化のための監督に関する規則3条2号)として警察が処理した件数は多い年でも20件程度にとどまっており、違法・不当な取調べに対する警察の自浄作用が機能していないと批判した。他方、結果として監督対象行為に該当しないと取り扱われても、苦情申入れは違法・不当な取調べの抑止につながるとし、その活用を促した。
複数の苦情申入れ事例が報告される中、出口聡一郎会員(佐賀県)は、佐賀県警察の違法取調べについての苦情申入れから国賠訴訟に至るまでの経緯を説明した。国賠訴訟では苦情申入れの事実が、違法な取調べがあったことを推認させる方向に働き、重要な意義があったと述べた。
意見交換では、苦情申出書の送付方法が都道府県警察ごとに異なることや、送付先が明らかでないために警察の問い合わせフォームからの送付となったことなど、実務上の問題も挙げられた。また、苦情申入れ後についても、書面での回答がなされない、何の応答もない地域があるなど、警察の対応が定まっていない実態が明らかになった。
イベント
地方の知財創出・産業振興の活性化に関する取組
5月24日 帯広市
近時、地方自治体や地域の特色を踏まえた産業を振興し、技術、デザイン、ブランドなどの知的財産を戦略的に保護・活用する重要性が高まっている。本イベントでは、北海道の道東地域における取り組みを紹介し、地方の活性化について議論した。
知財創出・産業振興の取り組み
嘉屋元博氏(国立大学法人北海道国立大学機構帯広畜産大学産学連携センターマネージャー(知財担当))は、敷島製パン株式会社との産学連携により、大学が品種改良を行った小麦を活用した新商品開発事例を紹介した。
帯広市出身の柏尾哲哉会員(東京、十勝シティデザイン株式会社創業者)は、地元で起業した経験を報告した。リノベーションホテル、夜の帯広の街を巡る「馬車BAR」ツアーの運営のほか、2022年には「食べ歩きまち」を商標登録したことを紹介し、官民一体となって、地域の市街地を中心に活性化していきたいと語った。
パネルディスカッション
各取り組みを紹介した登壇者らに、日弁連知的財産センターの委員らが加わって議論した。葛西大介氏(公益財団法人とかち財団ものづくり支援部部長)は、中小企業には優れた技術やアイデアがあるものの、これを活用するノウハウや経験に乏しいことが多いと指摘した。産学民が一体となり、中小企業を支援し、その知財活動を活性化することによって、事業活動の強化や収益に結び付けることが、地域の活性化や日本の産業競争力の発展にとって極めて重要だと語った。
法教育セミナーin東京
課題解決能力育成に資する法教育
5月18日 弁護士会館
価値観が多様化し、複雑化する現代社会では、法的なものの見方や考え方を身に付けるための法教育の役割がますます重要になっている。学習指導要領も法教育の観点を取り入れながら、課題解決能力の育成を求めている。
法教育の意義を共有し、教育現場での実践につなげるべく開催した本セミナーは、教育関係者等の多くの参加を得た。
講演
小貫篤准教授(埼玉大学)は、高校生を対象として自身が実施した法意識調査(2023年)によると、自己利益の実現よりも争いを回避する傾向が見られたことを紹介した。自己主張や意見の対立自体は悪いものではないと指摘し、衝突の回避ではなく、課題解決スキルを習得することが重要だという認識を生徒らが持てるようにする必要があると説いた。
また、課題解決能力の育成に向けた学習プロセスを、課題の発見・把握・分析・話し合い・提案に分類して各段階における重点事項を解説するとともに、学習プロセスを通じ、教師などの授業者が自らの意見を表明することが、他者を尊重する姿勢や多角的視点の習得のために重要だと述べた。日頃から授業者への反論が許容される環境や雰囲気を形成することの必要性にも言及した。
模擬立法授業の報告
大畑方人教諭(ドルトン東京学園中等部・高等部)と岩元惠会員(第二東京)は、高校生を対象とした模擬立法授業について報告した。「「歩きスマホ」をなくすための方策検討」をテーマに、架空の法律案を検討するものである。岩元会員は、立法によって実現する利益と制限される権利を把握した上で、法律案に具体的な想定事例を当てはめることを通じて、生徒たちが、規制手段の相当性を含めた多角的な検討を行ったと述べた。
学齢期に応じた実践例の共有
小学生向けの遊具の使用制限を契機としたルールづくりと問題解決の授業や、中学生向けの刑事模擬事件を題材とした模擬裁判授業、高校生がSNSの書き込みをめぐるトラブルを題材に、当事者の立場で問題を分析し規制方法を検討する授業の取り組みが報告された。
橋本尭博教諭(新宿区立牛込第三中学校)は、子どもたちの課題解決能力の育成に当たって法の専門家が関与する意義や効果を強調し、より多くの弁護士の協力を呼び掛けた。
事業再生シンポジウム
中小企業の事業再生等のガイドラインの事例と実務
5月21日 弁護士会館
事業再生シンポジウム「中小企業の事業再生等のガイドラインの事例と実務」
中小企業の倒産が増える中、事業再生や廃業支援による経営者への再生支援を行うため、中小企業の事業再生等に関するガイドライン(以下「中小ガイドライン」)の活用が求められている。
本シンポジウムでは、粟田照久金融庁長官、須藤治中小企業庁長官を来賓に迎え、中小企業の経営支援・再生支援に向けた各庁の取り組みや中小ガイドラインを活用した事例を共有し、その課題等について意見交換した。
各庁の施策紹介
金融庁監督局総務課監督調査室の慶野吉則室長は、コロナ禍で膨らんだ債務の現状を踏まえて一部改正した「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」について解説した。改正では、資金繰り支援から事業者の実情に応じた経営改善・事業再生支援への転換、一歩先を見据えた早めの対応の促進、金融機関の外部専門家との連携によるコンサルティング機能の強化が柱となったと説明した。また、経営者の再チャレンジ支援として、「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の改定など、経営者保証に依存しない融資慣行を確立するための取り組みについて、支援を担う弁護士らへの周知と協力を求めた。
中小企業庁事業環境部金融課の神﨑忠彦課長は、資金繰り支援について、本年7月以降、コロナ禍前の水準に戻しつつ、経営改善・再生支援に重点を置くとする方向性を示した。支援強化策として小規模事業者注力型再生ファンドや関係省庁間の情報共有のための「事業再生情報ネットワーク」の創設、経営者の再チャレンジ支援として求償権放棄等の条例整備に向けた地方自治体への要請等の施策を紹介した。支援人材の地域偏在にも言及し、中小企業活性化協議会については本年度中に弁護士不在の協議会を解消する見通しであると報告した。
事例報告・意見交換
福岡銀行とみなと銀行の担当者に加え、金山伸宏会員(東京)と小幡朋弘会員(第二東京)が登壇し、金融機関と弁護士それぞれの立場から中小ガイドラインの再生・廃業型の事例を報告した。手続選択における考慮要素や進行上の留意点、課題等についての議論が行われ、メインバンクとの平時からの関係構築や情報共有が重要であるとの声のほか、弁護士には、企業が有事に対応するために必要な知識を経営者に助言する役割も期待されるとの指摘があった。
行政不服審査法シンポジウム
審理の迅速化に向けた実務上の運用
5月27日 オンライン開催
行政不服審査法シンポジウム-審理の迅速化に向けた実務上の運用-
2016年に全面改正された行政不服審査法の施行後5年間の状況や課題・改善の方向性等に関する検討を経て、2022年6月に「行政不服審査法事務取扱ガイドライン」(以下「ガイドライン」)が公表された。
本シンポジウムでは、ガイドラインの解説とともに、審理の迅速化に向けた取り組みに関する意見交換を実施した。
ガイドラインの概要
ガイドラインは、不服申し立ての事務について、審査庁の職員や審理員として法の規定およびその趣旨にのっとって適切に処理できるよう、①法令に基づき遵守すべき事項、②法の趣旨を踏まえ、当然に対応が必要と考えられる事項または可能な限り対応することが望ましい事項、③そのほか事務処理の参考例について示すことを主眼として作成されたものである。
行政不服審査制度を所管する総務省行政管理局調査法制課の調査官は、ガイドラインについて、迅速な救済、制度活用の促進、審理の公正性・透明性の向上に向けた見直しをしたものであると説明した。
パネルディスカッション
曽和俊文名誉教授(関西学院大学、元大阪府行政不服審査会会長)のほか、日弁連行政問題対応センターの木村夏美副委員長(三重)、水野泰孝事務局長(東京)、和田浩委員(京都)ら行政不服審査の実務経験が豊富な弁護士が中心となり、審査の迅速化に関して意見交換を行った。
石川美津子委員(東京)は、答申・裁決手続の期間に関する分析結果として、審査請求から諮問までに1000日以上要した事案があることなどを報告し、審理の迅速化に向けた取り組みが必要であると語った。曽和名誉教授は、大阪府行政不服審査会の運用や審理の進め方を紹介するとともに、迅速かつ公正透明な審理を実現するためには、審査人の報酬引き上げを含めた人的体制の整備の観点も重要となると述べた。
また、審理の迅速化のための標準処理期間の設定については、多岐にわたる行政分野で一律に定めることの難しさが指摘された一方、生活保護の不支給事案など典型事例の集積がある分野においては、過去の事案の分析によってこれを設定できるのではないかとの意見が出されるなど、建設的な議論が交わされた。
オンラインシンポジウム
第10回法化社会における条例づくり
若者参画政策のための条例
5月24日 オンライン開催
第10回法化社会における条例づくり オンラインシンポジウム「若者参画政策のための条例」
条例は地方自治体における各種政策の実現のための重要な手段であり、その策定に弁護士が関与する意義は大きい。
本シンポジウムでは、地方自治体の政策形成や地域づくりへの若者の積極的な参画を推進するための条例の制定や、弁護士の関わり方について検討した。
若者参画のための政策立案
松下啓一氏(地方自治研究者・政策起業家、元相模女子大学教授)は、若者が住民自治に主体として参画することについては、政策課題として認識されにくいが、若者の自立や地域の活性化、持続可能な地域づくりのために取り組まなければならない課題であると指摘した。自らの人格形成や成長につなげたいとして意欲的に地域づくりに参加した若者の声を紹介し、若者参画のための政策立案に当たっては、若者の自信や自己肯定感の向上に結び付くように内容を検討していくことが重要であると述べた。
若者参画政策条例の現状
愛知県新城市が2014年に制定した若者条例・若者議会条例が紹介された。同市の職員から、予算提案権を付与された若者で構成される議会が、市長の諮問に応じて、公共施設の学生向けリノベーション事業、地元企業の魅力を紹介する情報誌の制作などを提案し、市の政策として実現してきたことが報告された。
津軽石昭彦教授(関東学院大学)は、各地で近年、若者や女性の活躍を総合的に推進することを目的とした条例や、学生から一定の年代までを対象とする切れ目のない支援を基本理念とした条例の制定が見られることを指摘した。その目的や理念は地域の実情に基づいており、条例によって若者の定義もさまざまであるとした。また、制定後も、人口減少などの環境変化に対応して進化する政策の検討や、見直しを重ねていくことが重要であると語った。
パネルディスカッション
地方自治体の意思決定過程に若者の声を反映させることの重要性や、条例として若者参画政策を制定することの意義と効果、条例を運用する上での課題などを議論した。
大杉覚教授(東京都立大学)は、条例の目的達成のためには、制定後の継続的な取り組みが不可欠だとし、弁護士には、条例制定のサポートだけではなく、制定後の条例の運用面にも積極的に関与し、若者参画の実現に資する活動を期待していると締めくくった。
JFBA PRESS -ジャフバプレス- Vol.192
女性法曹養成の歩み
明治大学専門部女子部と法学部
現在放送されているNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主人公・猪爪寅子のモデルは、明治大学専門部女子部・法学部出身で、日本初の女性弁護士の一人である三淵嘉子さんです。今回は、明治大学史資料センター所長で、「虎に翼」の法律考証を担当する村上一博教授から、女性法曹養成の黎明期を担った女子部・法学部と当時の時代背景についてお話を伺いました。
(広報室嘱託 荒谷真由美)
妻は「無能力者」とされた時代の女性と学問
戦前の旧制大学下では、大学で学ぶことができるのは、原則として男性に限られ、女性が高等教育機関で学ぶ機会や内容に制限がありました。
高等女学校で学んだ女性の多くは、卒業すると花嫁修業に専念し、結婚に備えるのが常でした。明治民法では、結婚すれば妻は「無能力者」とされ、日常の家事の範囲を除く法律行為をするには夫の許可が必要でした。それが当然であると受け止められていたのです。「虎に翼」では、寅子の母親が「頭の良い女が確実に幸せになるには頭の悪い女のふりをするしかないの」と寅子に結婚するよう説得する場面がありましたが、女性に高等教育は不要であるとする当時の世情を示しています。
女子部の設立と理念
こうした時代にあって、明治大学(以下「本学」)では女性にも学問研究の機会が平等に与えられるべきとの考えが早くからありました。1933年(昭和8年)の改正弁護士法によって、女性が弁護士になることが認められましたが、弁護士法の改正に先立ち、1929年(昭和4年)4月、専門部の一部門として女子部を設置し、法学を志す女性の受け入れを開始しました。
当時の横田秀雄学長が、女子部の開校式で述べた設立の趣旨を紹介します。「女子をして学問上に於てその天分を大いに発揮せしむるを得せしめんがために、学問の(中略)均等の機会を与える」、「女子の人格を尊重し男尊女卑の旧習を廃して、法律上、社会上の地位を改善して其の地位を向上させる」。その理念は、当時からすれば極めて先駆的です。
女子部創設に続く1931年(昭和6年)には、女子部の卒業生に対し、本学が設置する学部への入学も認めました。当時の司法試験制度では、本試験から受験するためには旧制大学の学部在学や卒業が必要でしたが、女性に門戸を開いていた大学はごくわずかでした。本学の女子部は、卒業生に本学法学部への編入を認めていた唯一の高等教育機関で、女性が弁護士を目指して法学を学ぶことができる学校でした。
世間の目と闘いながら
女性が大学で法学を学び、弁護士になる道が開かれてからも、女子学生に対して、世間は冷ややかな目を向けていたようです。
「虎に翼」に登場する明律大学では、男子学生は学生服を着ている一方で、寅子たち女子学生は着物や袴姿で学ぶ様子が描かれています。これは史実のとおりです。女子部には開校当時から女子学生用の学生服が用意されていましたが、女子学生が着用して通学すると周囲から奇異の目を向けられ、その多くは着用しなかったそうです。女子学生が学生服を着て通学することが当たり前になったのは、戦後だと言われています。
女子部の制服(明治大学史資料センター所蔵)
女子部卒業生たちの活躍
このような時代において、さまざまな苦難に屈することなく、1938年(昭和13年)、女子部と法学部で学んだ女子学生の中から、久米愛さん、中田正子さん、三淵嘉子さんの3名の日本初の女性弁護士が誕生しました。その後も女子部と法学部は、日本初となる女性の裁判官、高等裁判所長官、司法研修所教官・地方裁判所長など、法曹界で「女性初」となる卒業生を輩出しました。
もっとも、彼女たちは、法曹となってからも、女性であることを理由に仕事に恵まれなかったり、直後に始まった太平洋戦争の影響を受けたりと、決して平たんな道のりではなかったようです。本学は、女子部・法学部を卒業した法曹を女子部の講師などに積極的に登用し、後進の指導に当たってもらうなど、法曹資格取得後の支援も続けました。
結びに代えて
女子部が掲げた、学問研究の機会の平等、男尊女卑の打破、女性の人格の尊重と社会的な地位の改善などの理念は、現代にも通じる、普遍的な価値を持つものです。女性法曹の礎を築いた先達たちは、「虎に翼」の寅子と同じく、さまざまな不合理に「はて?」と疑問を感じ、諦めることなく道を切り開き、歩んでいったのだと思います。
日本における女性法曹養成の先駆けとなった本学の女子部と法学部、その卒業生の活躍について広く知っていただき、これからも多くの前途有為な人が先達に続くことを期待しています。
第66回人権擁護大会・シンポジウム(於:名古屋市)のご案内
シンポジウム
2024年10月3日(木)12時30分~18時00分
第1分科会
今こそ、「生活保障法」の制定を!
~地域から創る、すべての人の“生存権”が保障される社会~
会場:名古屋国際会議場センチュリーホール
第2分科会
これでいいの?法廷内の手錠・腰縄
~憲法・国際人権法から考える~
会場:名古屋国際会議場白鳥ホール
第3分科会
人権保護としての再生可能エネルギー選択
~地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指して~
会場:名古屋国際会議場イベントホール
大 会
2024年10月4日(金)10時00分~17時00分
会場:名古屋国際会議場センチュリーホール
本年10月3日・4日に、第66回人権擁護大会・シンポジウムが愛知県で開催されます。当地での開催は1975年以来のことです。シンポジウムでは、3年ぶりに3つの分科会が開催され、すべて名古屋国際会議場が会場となっています。上記のとおり、各テーマはいずれも基本的人権の擁護と社会正義の実現のために重要かつ喫緊のものです。詳細は日弁連会員専用サイトまたはパンフレットをご覧ください。大会は、各分科会の報告および決議案の審議を十分に行っていただくべく、午前10時からの開始です。
本年も、大会・シンポジウムともウェブ配信を併用しますが、会場において全国の弁護士が顔を合わせて親交を深めることも醍醐味の一つであると考えています。会場である名古屋国際会議場は、緑豊かな白鳥公園内に位置し、熱田神宮も徒歩圏内であって、シンポジウムでフル回転した頭脳を癒やすのにも最適な環境です。ぜひ現地でご参加いただけると幸いです。
また、大会後の懇親会では、コロナ禍で見送られてきた立食パーティー方式を復活させ、“なごやめし”とともに、えりすぐりの愛知の地酒をご用意しますので、ご堪能ください。公式観光は“人権を考える”コースのほか、ジブリパーク、トヨタ博物館、戦国時代三英傑ゆかりの国宝犬山城など当地ならではの名所を巡るコースをご用意しています。当会主催の記念ゴルフは、2010年に日本オープンゴルフ選手権を開催した愛知カンツリー倶楽部東山コースにてプレーしていただきます。
愛知県弁護士会一同、皆さまのご参加を心よりお待ちしています。
(愛知県弁護士会 第66回日弁連人権擁護大会実行委員会 事務局長 水野泰二)
ブックセンターベストセラー (2024年5月・手帳は除く)
協力:弁護士会館ブックセンター
順位 | 書名 | 著者名・編者名 | 出版社名 |
---|---|---|---|
1 |
事例解説 離婚と財産分与―裁判実務における判断基準と考慮要素 |
松本哲泓/著 | 青林書院 |
2 |
株式会社法〔第9版〕 |
江頭憲治郎/著 | 有斐閣 |
3 |
令和5年度重要判例解説 |
有斐閣 | |
4 |
「裁判官の良心」とはなにか |
竹内浩史/著 | LABO |
5 |
法律文章読本 |
白石忠志/著 | 弘文堂 |
6 |
労働法〔第13版〕 |
菅野和夫、山川隆一/著 | 弘文堂 |
7 |
民事訴訟 裁判官からの質問に答える技術 |
中村雅人、城石 惣/共著 | 学陽書房 |
8 |
企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務 |
幅野直人/著 | 中央経済社 |
一問一答 新しい民事訴訟制度(デジタル化等)―令和4年民事訴訟法等改正の解説 |
脇村真治/編著 | 商事法務 | |
10 |
民事執行マニュアル〈下巻〉債権執行・その他の執行編 |
岡口基一/著 | ぎょうせい |
日本弁護士連合会 総合研修サイト
eラーニング人気講座ランキング(家事) 2024年5月~6月
日弁連会員専用サイトからアクセス
順位 | 講座名 | 時間 |
---|---|---|
1 | 公訴事実に争いのない事件の弁護活動レベルアップ研修~傍聴して見えたこと~ | 152分 |
2 | 令和4年民法改正説明会 | 58分 |
3 | 2023年度ツアー研修 第4回 デジタル証拠の取扱説明書 | 145分 |
4 | これで分かる!民事裁判のIT化の現状と将来像 | 165分 |
5 | よく分かる!弁護士情報セキュリティ規程と実践的対応 | 170分 |
6 | 奨学金に関する法律問題への対応 | 22分 |
7 | 相続分野に関する連続講座2022(第4回)遺言執行 | 109分 |
8 | 民事訴訟IT化で変わる事務職員の実務(その2) | 104分 |
9 | 債務整理事件処理における留意事項~多重債務者の生活再建のために~ | 87分 |
10 | LAC制度の概要 | 12分 |
お問い合わせ先:日弁連業務部業務第三課(TEL:03-3580-9826)