人権保護として再生可能エネルギーを選択し、地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指す決議
気候危機による人権侵害は、既に現実化している。2011年から2020年までの10年間の世界全体の平均気温は、産業革命前(1850年から1900年の平均気温)と比べて1.1℃上昇した。2022年夏にはヨーロッパにおける熱関連死亡者数が6万1000人を超えたと推定されており、2023年夏には、日本で、熱中症により救急搬送された人が9万人を超えた。また、WMO(世界気象機関)は、2023年の世界の平均気温が観測史上最も高くなったと発表した。森林火災や豪雨による被害も深刻化し、水資源や農業、漁業にも深刻な影響が生じている。その結果、現在及び将来世代の生存基盤が脅かされ、生命・健康及び財産に対する権利(憲法第13条・第25条・第29条、自由権規約第6条、世界人権宣言前文、同宣言第3条、環境基本法第3条)、居住・社会経済生活及び文化的生活を営む権利(憲法第22条・第25条、環境基本法第3条)に対する侵害の危機が現実化し、日増しに増大している。国連人権理事会も2017年6月に「人権と気候変動に関する決議」を採択し、気候変動が各種人権の十分な享受に対して様々な負の影響を与えていることを明記した。
この気候危機は、産業革命後の温室効果ガスの人為的排出により大気中の温室効果ガス濃度が増加し、それに伴い地球が温暖化したことが原因である。今後気温上昇が続けば気候危機による被害がより甚大化する。この被害を可能な限り抑制し、地球環境を保全するため、2018年に国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書において、世界の気温上昇を1.5℃以内に抑える必要があることが指摘され、世界の共通認識となっている。この「1.5℃目標」を達成するため、温室効果ガスの中でも温暖化に最も影響を与えているCO2の排出を早急に削減し、2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにしなければならない。
そのために、エネルギー消費の削減・効率化と並んで、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が急務となっている。2023年12月にドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では、2030年までに温室効果ガスを2019年比で43%削減すること、そのために世界全体で再生可能エネルギーの設備容量を2030年までに3倍にし、世界平均でのエネルギー効率改善率を従来の2倍にすること等が合意された。今まさに、人権保護として、再生可能エネルギーを選択する必要がある。
しかし、日本の第6次エネルギー基本計画及びそれに基づくエネルギー需給見通しは、2030年までの電力消費量の大幅な削減を目指すものではなく、また、再生可能エネルギーの設備容量についても1.6から1.7倍程度に増加させる前提でしか電源構成割合を検討しておらず、脱炭素(CO2排出量を実質的にゼロにすること)に向けた日本の取組は極めて不十分である。日本においても、再生可能エネルギーのポテンシャルを十分に生かすために、農地をめぐる法規制や電力需給システムにおける必要な制度等を整備し、再生可能エネルギーを早期に拡大していくことが必要である。
一方で、現在全国各地において、大規模な太陽光発電所及び風力発電所の建設に伴い、自然環境や生活環境、景観の破壊等の被害が発生している。また、再生可能エネルギーによる利益が地域に還元されず、その開発をめぐり紛争が生じる例も多い。太陽光発電や風力発電を中心とした再生可能エネルギーへの転換を一層推進するためにも、まず、地域の環境保全に必要な法制度を整備する必要があり、また、再生可能エネルギーの開発・利用は、地域社会の持続的な発展に資するようにすべきである。
よって、当連合会は、以下のとおり提言する。
1 国・地方公共団体・事業者・市民は、現在の地球温暖化が人類の生命・健康・財産・暮らしに極めて深刻な被害をもたらす人権問題であると認識し、「1.5℃目標」の実現と整合する方法で温室効果ガスの排出を削減し、2050年より前のできるだけ早い時期に、温室効果ガスの排出を実質的にゼロにすべきである。
2 国及び地方公共団体は、「1.5℃目標」を実現するために、炭素税の大幅な拡大等を含むカーボンプライシング(炭素の価格付け)の推進や、建築物の高断熱・高気密化の推進等によるエネルギー使用量の削減に取り組むべきである。
3 国及び地方公共団体は、
(1)発電電力量に占める再生可能エネルギー電気の割合を2030年までに50%以上とするとともに、2050年までに電気を含む全ての使用エネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うよう、取り組むべきである。
(2)再生可能エネルギーの一層の拡大のために、地域の環境保全を図る法制度及び発電事業者が責任を持って事業を遂行することを担保する法制度を整備するとともに、その開発及び利用に当たっては、地域経済循環に資するようにし、地域住民及び地域事業者の早期段階からの参加、徹底した情報開示を制度的に実現すべきである。
(3)地球環境保全に資する、持続可能な再生可能エネルギー供給を推進するために、地域の実情に配慮しつつ、特に、以下の方策を早急に導入すべきである。
① 太陽光発電所及び風力発電所については、住民の生活や自然環境・景観への影響が小さい適地を選択し、そこで事業を進めることを可能とする制度を早急に導入すること
② 太陽光発電については、建物の屋根上等に太陽光発電設備の設置を促進する法制度を早急に整備するとともに、農業の維持・再生に配慮しつつ耕作放棄地を活用する又は営農型太陽光発電を推進するために、農地利用に関する法制度を改善すること
③ 再生可能エネルギー拡大に適した柔軟性の高い電力需給システムの構築と再生可能エネルギー電気の地産地消を促進させる制度の整備等を積極的に推進すること
国・地方公共団体・事業者・市民は、それぞれが気候危機が深刻な人権問題であることを深く認識し、人権保護として再生可能エネルギーを推進していくことを選択し、地球環境の保全と地域社会の持続的発展を目指すべきである。当連合会は、本決議の実現のために、今後も全力を挙げて取り組む決意である。
以上のとおり決議する。
2024年(令和6年)10月4日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 気候危機による人権侵害
1 気候危機の現状
気候危機による人権侵害は、既に現実化している。2011年から2020年までの10年間の世界全体の平均気温が産業革命前(1850年から1900年の平均気温)と比べて1.1℃上昇したことにより、森林火災や豪雨がもたらされるなど、世界各地で気候災害が日常化し、人々の生命・健康、生活環境及び産業にも甚大な被害が生じている。また、気候変動により、居住する土地が侵食され、移住を余儀なくされている人々も存在する。
特に、近年の夏は、世界中の誰もが、国連のグテーレス事務総長の言う「地球沸騰の時代の到来」を認めざるを得ない暑さであった。2022年夏にはヨーロッパにおける熱関連死亡者数が6万1000人を超えたと推定されている。WMO(世界気象機関)は、2024年3月、2023年の世界の平均気温が産業革命前に比べて1.45℃上昇し、観測史上最も高くなったと発表した。世界の平均気温は、2024年の上半期においても、前年同月を上回り続けている。
日本でも、災害級の猛暑による熱中症で、救急搬送者数や死亡者数は増加傾向にある。2023年の6月から8月までを通して、日本の平均気温は1898年以降、夏の気温としては最も高くなった。熱中症警戒アラートの発令回数も、2023年は過去最多の1232回に及んだ。同年5月から9月までに9万1467人が熱中症により救急搬送されたが、この数字は2018年の9万5137人に次ぐ二番目の多さである。
また、線状降水帯による豪雨災害が各地で頻発するようになったり、台風の巨大化による被害が激甚化したりしている。河川の氾濫や崖崩れ等によって、多くの人々の生命や住居等に甚大な被害がもたらされている。さらに、気候変動は、農業や漁業等、様々な産業にも甚大な影響を及ぼしている。このように、気候変動の影響は、現代に生きる私たちが、既に生じている被害として実感するものとなっている。
2021年8月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)は、地球温暖化は人間活動に起因し、大気、海洋、雪氷圏及び生物圏に、広範囲かつ急速な変化をもたらしていると断定した。2022年2月の同第2作業部会報告書(影響・適応・脆弱性)は、気温上昇が1.5℃を超えると生態系が回復不能なほどに失われ、手遅れにならないためには今後10年の取組が重要であるとした。同年4月の同第3作業部会報告書(気候変動の緩和)は、既存及び計画中の火力発電所等からのCO2排出量は、気温上昇を1.5℃以内に抑えるための総排出量を上回るとし、2020年代末までに対策を強化しなければ今世紀末までに3.2℃の気温上昇をもたらすと警告した。
2 気候危機による人権侵害
このように、気候危機が私たちの生命、健康及び生活基盤に及ぼす深刻な影響は、決して将来の不確実な事象ではなく、既に生じている人権侵害であり、かつ、直ちに適切な対策を取らなければ確実にその影響は激化するものである。現在世代がその脅威に直接さらされることはもちろん、現在世代が今行うべき対策を怠れば、将来世代に対して、生存の危機に至る甚大な被害を負わせることになる。
日本でも、2020年11月、衆議院及び参議院の両院において、もはや地球温暖化問題は気候変動の域を超えて気候危機の状況に至っているとの認識を世界と共有するとして、気候非常事態が宣言された。
気候危機により、現在及び将来世代の生存基盤が脅かされ、生命・健康及び財産に対する権利(憲法第13条・第25条・第29条、自由権規約第6条、世界人権宣言前文、同宣言第3条、環境基本法第3条)、居住・社会経済生活及び文化的生活を営む権利(憲法第22条・第25条、環境基本法第3条)に対する侵害の危機が現実化している。
国連人権理事会も2017年6月に「人権と気候変動に関する決議」を採択し、気候変動が生命への権利、十分な食糧を得る権利、健康への権利、居住の権利及び安全な水と衛生に対する権利等、各種人権の十分な享受に対して様々な負の影響を与えていることを明記した。さらに国際人権(自由権)規約委員会は2019年7月、自由権規約一般的意見第36条第26項において、締約国が自由権規約第6条にて認められる権利を保障する義務として、「生命に対する権利を享受することに悪影響を及ぼしかねない自然災害や人災」に対し、「準備を加速させるとともに真剣に取り組むように設計された危機管理計画や災害管理計画を開発しなければならない」と指摘している。
世界の裁判所における判決(2019年12月20日オランダ最高裁判所、2021年3月24日ドイツ連邦憲法裁判所、2022年6月30日ブラジル最高裁判所、2024年4月9日欧州人権裁判所等)も、気候変動による被害が個人の人権に対する侵害であることを真正面から認めている。今や気候危機は、将来世代を含む重大な人権問題である。
他方で、気候変動対策としての再生可能エネルギー開発が地域住民の人権及び地域環境を侵害するものであってはならず、仮に人権侵害等が生じた場合には実効的な救済が確保されなければならない。また、エネルギーを脱炭素に移行する過程で悪影響を受ける地域及び産業分野(化石燃料に依存する地域・産業)に属する人々の人権等に配慮し、公平・持続可能・包括的な方法による脱炭素社会への公正な移行(Just Transition)をサポートすることも重要である。すなわち気候変動対策にも人権保護の観点が必要不可欠である。
3 日本の気候変動政策の現状
日本は、2020年10月に、「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、2021年5月に改正された「地球温暖化対策の推進に関する法律」第2条の2(基本理念)において、2050年までの脱炭素社会の実現を旨として地球温暖化対策を推進することを明記し、2021年10月22日に閣議決定された地球温暖化対策計画において、2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%の削減を目指すことを表明したが、2021年度の温室効果ガス排出量は、2013年度比20.3%の削減にとどまっている。
また、日本は、第6次エネルギー基本計画において、2030年度の電源構成に占める原子力の割合を20%としており、依然として原子力発電に依存したままである。また、石炭火力の割合を19%とし、火力発電における水素・アンモニア混焼及びCCS(発生したCO2を回収し地中に貯留する仕組み)の利用を火力発電からのCO2排出削減対策として位置付け、石炭火力の早期廃止に消極的である。
しかし、世界でも類を見ない地震大国である日本で原子力発電を続けることは、福島第一原発事故で明らかになったように、地域や故郷を喪失させるほどの事故のリスクを抱えることになる上、いまだに処理のめどが立たない使用済み核燃料(高レベル放射性廃棄物)を増やしていくことになり、持続性がない。また、石炭火力発電所からのCO2排出量は莫大であり、早急な削減が必要であるところ、CCSは日本国内に適地がなく、非常に高価となる上、それだけの量を海上輸送することも現実的ではない。水素・アンモニア混焼も高コストになるため、持続性がない。
よって、原子力発電及び火力発電から再生可能エネルギーへの転換を促進していくことが必要であり、そのためには、電力供給システムの抜本的改革が必要である。さらに、化石燃料依存から脱却するためには、炭素税や排出量取引制度等のカーボンプライシングの導入が必須である。
また、日本では、2023年5月に成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX型経済移行推進法)において、火力発電所における水素・アンモニア混焼及びCCSや小型原子炉の開発等、民間投資が期待できない分野について先行投資として脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債:温室効果ガスの排出量実質ゼロを実現するために発行される国債)をもって支援することとし、成長志向型カーボンプライシングと称して、2028年度から化石燃料輸入事業者等に化石燃料賦課金を課すとしているが、その徴収の開始時期は遅く、徴収金額も低い。2024年には、自主参加型の排出量取引制度が開始したが、CO2排出枠の有償割当は、2033年から発電事業者に対して、一部のみ予定されているに過ぎない。
以上のように、日本は、石炭火力発電の維持を続ける方針であるが、他方、ヨーロッパでは、ベルギー・スウェーデン・ポルトガル等は既に廃止が完了している。また、2022年7月時点において、イタリア・アイルランド等は2025年までに、オランダ・スペイン等は2030年までに廃止する目標を設定しており、日本における脱炭素に向けた政策は、極めて不十分である。
さらに、2024年5月に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」(CCS事業法)が成立した。これらは、高コストの水素・アンモニア製造に係る資金を提供し、海外からの輸送及び貯蔵の施設の整備費用を15年間にわたって支援する法律であり、第6次エネルギー基本計画の方針が強化された。他方で、第6次エネルギー基本計画では、2030年度の電源構成として、再生可能エネルギー(太陽光・風力・地熱・水力・バイオマス)の割合を36~38%にすることを目指すとしている。
しかし、この目標は、再生可能エネルギーの設備容量を現在から1.6~1.7倍増加させる程度である。この点も、ヨーロッパでは、2021年時点で、スペイン・イギリス・ドイツが発電量の40%以上を、スカンジナビア諸国・アイスランド等は発電量の80%以上を再生可能エネルギーとしており、ヨーロッパ全体でも2030年までに発電量の65%以上を再生可能エネルギーとすることを目指していることと比べて、不十分と言わざるを得ない。
特に化石燃料資源に乏しく、毎年、化石燃料の輸入に多額のコストをかけてきた日本にとって、国内のエネルギー源である再生可能エネルギーを拡大することは、化石燃料の輸入コストの削減と日本のエネルギー安全保障の確立のためにも重要である。
他方で、送電網への接続において、いまだ先着優先ルールが適用されるため既存の発電設備に劣後し、過大な接続負担金を課せられること等が再生可能エネルギー発電事業の普及の障壁となっている。また、再生可能エネルギー発電所に対する出力抑制・出力制御も増加している。他方で、森林や原野等では、その環境を保全する制度が不十分又は欠落しているため乱開発が進められ、地域住民との紛争も増加している。
このように、再生可能エネルギーの拡大には多くの障壁が立ちはだかっているのが現状であり、地域社会の持続可能な発展と整合しながら、積極的に推進するためには、多くの制度整備の課題に取り組まなければならない。
4 当連合会の取組
当連合会は、1997年8月付け「地球温暖化防止のための日弁連提言」、2009年5月8日付け「気候変動/地球温暖化対策法(仮称)の制定及び基本的内容についての提言」、2009年11月の第52回人権擁護大会における「地球温暖化の危険から将来世代を守る宣言」、2021年6月18日付け「原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意見書」、同年10月の第63回人権擁護大会における「気候危機を回避して持続可能な社会の実現を目指す宣言」及び2022年9月の第64回人権擁護大会における「高レベル放射性廃棄物の地層処分方針を見直し、将来世代に対し責任を持てる持続可能な社会の実現を求める決議」等において、気候危機は重大な人権問題であると指摘してきた。
その上で、2050年までに脱炭素を実現するための道筋として、2030年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で50%(2013年比55%)以上削減し、電力供給における再生可能エネルギーの割合を50%以上とする目標を設定すること、建築物の高断熱・高気密化等、あらゆる需要部門でのエネルギー消費の削減、発電時に排出される熱を回収して、給湯や暖房等に利用する熱電併給システム(コージェネレーション)等のエネルギー利用の高効率化を推進する施策を強化し、エネルギー消費量を大幅に削減すること、2050年までに電力供給における再生可能エネルギーの割合を100%とすることを目指すこと等、繰り返し気候変動対策について、再生可能エネルギーを拡大し、気候変動による気候危機を回避するよう提言し続けてきた。
本決議は、これまでの提言に続き、気候危機による深刻な人権侵害を防ぐために、地球環境の保全と地域社会の持続的発展に資する再生可能エネルギーの普及・拡大を目指すものである。
第2 温室効果ガスの排出実質ゼロに向けた取組
1 炭素税の大幅拡大等を含むカーボンプライシングの推進
温室効果ガスの排出削減のためには、炭素税・排出量取引制度等のカーボンプライシングを一層進めることが重要である。カーボンプライシングとは、CO2に価格を付け、企業や個人がCO2の排出にコストを負うことで、CO2の排出削減を促す施策を指し、主な施策としては化石燃料の使用に伴うCO2排出量に応じて課税する「環境税(炭素税)」、大規模排出事業者やその事業所ごとにCO2の排出量に上限を設け、超過分及び不足分を取引する「国内排出量取引制度」がある。このようなカーボンプライシングの導入・強化は、脱炭素とエネルギー消費の高効率化のための経済的インセンティブとして有効である。カーボンプライシングを積極的に導入してきた国では、炭素生産性(CO2の排出量当たりのGDP)を高め、脱炭素経済へと移行させる役割が確認されている。さらに、脱炭素に向かう投資を活性化させる役割もある。
当連合会も、カーボンプライシングの導入、強化が必要であることを、2016年4月5日付け「「地球温暖化対策計画(案)」に対する意見書 」、2018年6月15日付け「パリ協定と整合したエネルギー基本計画の策定を求める意見書 」及び2019年1月18日付け「長期低排出発展戦略の策定に関する意見書 」等で重ねて指摘してきた。
日本は、「地球温暖化対策のための税」を2012年に導入したが、税率がCO2排出量1トン当たり289円にとどまっている。他方、スウェーデンでは、CO2排出量1トン当たり約1万9000円、スイスでは約1万6000円、フィンランドでは約8000円、フランスでは約6000円、イギリスでは約3000円、その他のヨーロッパ諸国では1000円を上回るところがほとんどで、2030年までに1万円前後までにする予定とされている。
それと比較すると日本の税率は、60分の1から10分の1ほどであって、発電コストとして0.3円/kWhにしかならず、CO2の排出について有効な価格付けとなっていない。したがって、日本においても、地球温暖化対策税について、CO2を排出する石炭火力発電事業者等に対して、税率をCO2排出量1トン当たり3000円以上とし、2030年までに1万円以上とすること等を検討すべきである。
排出量取引制度については、既に韓国や中国でも導入されている制度であるが、日本では導入に至っていない。日本においても、自主参加型ではなく、義務参加型の国内排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード方式:発電所や一定規模の排出量を有する大規模工場等には、直接排出による総量での排出上限枠を設定して行う排出量取引制度)を速やかに導入した上で、排出上限枠を経年的に縮小して排出削減を確保すべきである。
そして、以上のようなカーボンプライシングが電力料金に与える影響については、電力が自由化された状況では、CO2を排出する石炭火力発電事業者等が発電するコスト(炭素税含む)が増加しても、燃料費のかからない再生可能エネルギーの利用が促進されるので、電力料金の上昇には必ずしも結びつかないと考えられる。もっとも、万が一、価格上昇が起きた場合には、経済的弱者に対し十分な救済措置が採られるべきである。
2 建築物の高断熱・高気密化推進等によるエネルギー使用量の削減
2021年度の環境省の統計によれば、エネルギー起源のCO2の排出量を「産業」「業務」「家庭」「運輸」「エネルギー転換」の5つの部門別に見ると、家庭部門は電力配分後で全体の約16%、業務(事務所等)部門は約19%を占めている。そして、家庭と業務(事務所等)で使うエネルギーの大半を占めるのが冷暖房と給湯である。
2021年10月の地球温暖化対策計画では、2030年のCO2排出目標を、2013年比で家庭部門は66%削減、業務部門は51%削減とされ、2016年に定められた同計画と比べ目標が引き上げられている。これは、逆に言えば、家庭部門と業務部門の削減の余地が極めて大きいこと、そして、その削減をするだけの技術的な背景が既にあり、かつ、削減が容易であることを示している。
その核となるものが、ZEH(ゼッチ:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)である。これは、「外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギー等を導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロとすることを目指した住宅」と定義されている。また、これを実現したビル等の建築物が、ZEB(ゼブ:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)である。新築の住宅やビルにおいて、既に、ネット・ゼロ・エネルギーは実現可能であり、家庭部門及び業務(事務所等)部門における主たるエネルギー使用量は大幅な削減が可能である。
これを実現するために最も重要な法制度の一つが、「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(以下「省エネ法」という。)である。省エネ法は、2度のオイルショックを経て1979年に制定・施行され、数度の改正を経て、建築物の省エネルギー性能(高断熱・高気密)は、徐々に強化が図られてきた。しかし、これらの基準は、長い間、建築基準において義務化までされたものではなかった。その後、2017年に大型の建物から徐々に義務化が進み、戸建住宅においても、ようやく2025年に義務化されることになったものの、その水準は欧米に比べて相当に低い。
しかも、前述の省エネルギー性能は、全て設計における性能であるところ、実際の省エネルギー性能は、施工の良し悪しによって大きく左右される。建物は、1棟1棟、現場で建築されるものであり、建築の品質確保は、施工の精度に大きく依存するためである。また、気密性能が高まらないと実際の断熱性能も高くならない。
また、既設の学校・体育館・公民館等の公共用建築物の断熱化は遅れており、早急に高断熱・高気密化を進めることが重要である。エネルギー使用量を大幅に削減するためには、設計における省エネルギー性能確保の義務化に加えて、それを確実に実現するための竣工時の気密検査や気密性能についての基準制定も必要である。
以上のような建築物の高断熱・高気密化は、電気の使用量等を減少させるとともに、居住者を熱中症やヒートショックから守る点でも効果が高く、健康に居住するという人権の保護にもつながる。
第3 再生可能エネルギーの拡大に向けた方策
1 再生可能エネルギー100%の実現
(1) 再生可能エネルギー拡大の必要性
第1の3で指摘したように、これまで日本はエネルギーを化石燃料や原子力に大きく依存してきた。しかし、CO2の大きな排出源である化石燃料の使用を急減させることは気候危機対策の主要な柱であり、世界の潮流からしても避けられない。また、世界でも類を見ない地震大国である日本で原子力発電を続けることは、福島第一原発事故で明らかになったように、地域や故郷を喪失させるほどの事故のリスクを抱えることになる。再生可能エネルギー発電という環境負荷の極めて低い発電方法が存在する中で、原子力発電に頼った電力の供給確保を減らしていくことが重要である。
そのため、再生可能エネルギーを主力電源として推進していく必要がある。また、それと並行して、全体の消費エネルギーを抑えること及びエネルギー消費の効率化が重要である。
一方で、再生可能エネルギーの無秩序な開発は、地域との軋轢をもたらしている。その開発をめぐって、地域で深刻な対立が生じるケースも存在し、地域社会に恩恵をもたらすべき再生可能エネルギー施設が「害悪」となってしまう事態も生じている。
再生可能エネルギーの拡大と地域環境保護は二者択一の問題ではなく、そのどちらも等しく重要である。再生可能エネルギーの一層の推進を図るためにも、地域の環境保全を図る法制度を整備するとともに、住民参加・情報開示を徹底し、再生可能エネルギーの開発・利用に当たっては、地域社会の持続的な発展に資するものとして各地域に受け入れられるようにすべきである。
(2) 発電部門におけるCO2排出量の削減
IPCC第6次統合報告書によれば、パリ協定の定めた1.5℃目標に整合させるには、2030年までに、CO2排出量を2019年と比べて48%削減する必要がある。
日本国内で排出されるCO2全体の約4割(年間約4億トン)が、電力部門からの排出であり、その大部分を火力発電による排出が占めている。そこで、CO2排出量が著しく少ない再生可能エネルギーへの転換を実現することにより、電力部門は2030年までにCO2排出量を産業部門よりも多く削減することが可能となる。
削減目標達成のためには、発電電力量に占める再生可能エネルギー電気の割合を2030年までに50%以上とすることが急務である。
そして、脱炭素社会実現のためにも、また、日本のエネルギー自給率を高めていくためにも、国内で必要なエネルギーを全て再生可能エネルギーで賄うことが望ましい。
したがって、まず火力発電は廃止を前提に減らし、再生可能エネルギーに転換を図っていくことが重要である。
(3) 再生可能エネルギー100%の実現可能性と発電コスト
環境省が公表している、「我が国の再生可能エネルギー導入ポテンシャル」の試算では、日本には現在の電力供給量の最大2倍という十分なポテンシャルが存在するとしている。
そして、近年、世界においては再生可能エネルギーの発電コストが劇的に低下してきている。再生可能エネルギーの普及と持続可能な利用を促進することを目的とした国際機関である国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が公表した「Renewable Power Generation Costs in 2022」によれば、現状では、世界の多くの地域では太陽光及び風力といった再生可能エネルギーが最もコストの低い発電技術とされている。
このような再生可能エネルギーの劇的なコスト低下の動きを受けて、日本の電力部門における再生可能エネルギーの拡大とコストの低下に関して、ローレンス・バークレー国立研究所(米エネルギー省の研究機関)が2023年3月に公表した研究報告、「レポート2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ」(未来のためのエネルギー転換研究グループ)、「脱炭素の日本への自然エネルギー100%戦略」(公益財団法人自然エネルギー財団)(以下「自然エネルギー財団報告」という。)、「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」(公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFJ)(以下「WWF報告」という。)等、複数の研究報告が公表され、電力需要を再生可能エネルギーで100%賄うことが可能であることが十分な科学的根拠をもって示されている。
これらの研究報告では、太陽光発電や風力発電、蓄電池のコスト低下等によって、LNG(液化天然ガス)火力発電所の新設や石炭火力発電所の稼働を想定せずとも、電力コストを低減できる上、化石燃料の輸入費用を減少させることができ、エネルギー安全保障を強化できること等が示されている。
また、石炭火力発電や原子力発電は、太陽光発電や風力発電に対するコスト上の優位性を持たないことが明らかとなっている。再生可能エネルギー発電の低コスト化が進むことで、電力全体のコストが下がり、運輸・産業等での電化を一層促進する原動力となっていくと考えられる。
さらに、前記の自然エネルギー財団報告及びWWF報告では、全てのエネルギー消費を再生可能エネルギーで賄うことについても、実現可能であることが示されている。国はその方策について積極的に示すべきである。
(4) 「柔軟性の高い電力需給システム」の構築
他方で、再生可能エネルギーの拡大に関しては、太陽光発電や風力発電の発電量の変動性から、電力需給がひっ迫し安定供給に支障が生じるとの懸念が指摘されることがある。しかし、再生可能エネルギー拡大に適した「柔軟性の高い電力需給システム」の構築を推進することで、変動性再生可能エネルギー発電(以下「VRE発電」という。)が全発電量の40%~50%となっても、安定供給に問題が生じないことは、国際エネルギー機関(IEA)の「Status of Power System Transformation 2018 Advanced Power Plant Flexibility」で検証されている上、2023年のスペイン及びドイツの例でも実証されている。
米国では2035年に発電の脱炭素化を、ドイツでは2030年に電力消費量の80%以上を再生可能エネルギーとし、2035年に100%再生可能エネルギーとすることを目指しており、実際に早期に電力部門の再生可能エネルギー100%を目指している国も存在する。
2 環境保全制度の整備、地域経済循環、住民参加と情報開示の実現
(1) 環境保全制度の整備
太陽光や風力等の再生可能エネルギーは、地形、気候を始めとする自然的な諸条件により生み出されるという性質上、属地的であり、地域の財産である。水や温泉、鉱石、農林水産等の自然由来の資源と同様に、生み出されたエネルギーは、その地域で暮らす住民の生活、産業等諸活動に優先的に利用されるべきである。また、法制度上、地域の在り方は地域住民が決めるという仕組みは、憲法の地方自治の観点からも当然である。
しかし、森林や湿地、身近な里地里山等の自然環境・生活環境を保全する制度が極めて不十分又は欠落している。そのため、山地を含む森林や湿地、身近な里地里山等において、土砂災害を誘発しかねないような土地の改変や地域景観の破壊をもたらすような形での大規模な再生可能エネルギー発電事業が、外部の事業者によって行われ、紛争が生じる事例が各地で頻発している。山林の斜面を削って設置される大規模な太陽光発電設備は、森林を破壊し、動植物の生息環境に影響を与え、土砂崩れや洪水の拡大という問題も生じている。
陸上風力発電の適地とされている山の尾根筋等は、森林の中でも特に保護が重要視され、林道開通のための伐採に伴う森林破壊や災害の危険、バードストライクや景観問題を指摘する反対運動により、計画された事業が頓挫している例も見られる。
また、洋上風力発電においても、一般海域において離岸距離数キロメートル以内と極めて地域住民の生活圏に近い距離に着床式による大量の風力発電機を設置する計画は、地域住民の低周波騒音等の健康被害や漁業への影響が懸念されている。
このような状況の改善は急務であり、まずもって、森林や湿地、身近な里地里山等、自然環境・生活環境を保全するための法制度を整備する必要がある。また、現時点ではほとんど存在しない、住民参加と徹底した情報開示を保障する制度を構築する必要がある。
さらに、発電事業者が事業を放置して原状回復しない事例もあることから、発電事業者に資力要件を課したり、原状回復費用の積立て等の措置を取らせるなど、発電事業者が責任を持って事業を遂行することを担保する制度を整備する必要がある。
(2) 地域経済循環、住民参加、情報開示
前述のとおり、再生可能エネルギーは地域の財産であり、エネルギーを地産地消することで、地域の経済循環及び地域活性化にも貢献する。
そこで、地域の諸活動において主導的な役割を果たすべき地方公共団体は、再生可能エネルギーの利用が地球温暖化対策や地域の自立に資することを認識し、地域住民の早期参加を軸に、環境省が推進する「地域脱炭素事業」等の再生可能エネルギー発電事業に関する施策を実施すべきである。その際、必要な情報を積極的に収集し、地域住民にその情報を開示すべきである。
また、国も、地域住民や地域事業者が地域における再生可能エネルギーによる発電事業等に関与できるよう、地方公共団体による事業に対する住民及び地域事業者の早期参加を確保できる制度を整備し、十分な情報提供支援を行うべきである。
住民参加制度の設計に当たっては、制度が形骸化しないよう、十分なコミュニケーションを確保すべく、参加住民への情報開示が必要不可欠であり、その情報開示に際しては、自然的条件や地域に及ぼす影響等に関する十分な調査や、既存事業者からの情報開示を始め、国による情報収集が必要である。国はそのような情報収集、情報開示の制度についても、適切に整備すべきである。
3 太陽光発電及び風力発電の増設の重要性
(1) 水力発電、地熱発電、バイオマス発電等について
再生可能エネルギーには、水力、太陽光、風力、地熱、バイオマス等が存在し、それぞれを進めることが重要である。
しかし、まず、水力について見ると、大規模な水力発電開発は環境への影響が大きく今後の新規開発は困難であり、他方、中小規模の水力発電は、水利権問題等の調整を要する課題が多い上、開発コスト・時間に比べ、得られる電力が少ない。また、地熱発電は、安定した出力が得られる点がメリットだが、開発コストが高い上、開発対象地が自然公園として保護されている場所が多いといった問題点がある。さらに、バイオマス発電は、必要とされる資源量の確保が容易でなく、一部では木質資源を得るための乱開発が問題となっている事例もある。畜産バイオマス発電は、点在している資源の集約と発生させたガスの供給手段の確保の問題がある。
また、環境省「令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」(以下「環境省令和元年度ポテンシャル報告」という。)では、中小規模の水力発電及び地熱発電のポテンシャルは、いずれも、設備容量で8GW強、発電量にして500億kWh強である。
もちろん、中小規模の水力発電・地熱発電・バイオマス発電等の再生可能エネルギーも、一定の役割を果たすことが期待されることから、更なる普及・拡大を図っていくことが必要である。また、潮流発電等を始め、新たな技術の開発によって、再生可能エネルギーを拡大していくことも考えなければならない。
(2) 太陽光発電及び風力発電について
他方、屋根置きの太陽光発電は、法規制上の問題が生じる可能性は少なく、設置も短期ででき、早期に増設させることが可能である。現に、ウクライナ危機以降、エネルギー価格が高騰したドイツでは、2023年の1年間で、10GWの設備容量の屋根置きの太陽光発電を増設した。
また、再生利用が困難な荒廃した耕作放棄地等の農地における、野立ての太陽光発電も、設置コストが安く、設置時間が短いので、早期に再生可能エネルギー発電を増やすためには効果的である。
環境省の「令和3年度再エネ導入ポテンシャルに係る情報活用及び提供方策検討等調査委託業務報告書」(以下「環境省令和3年度ポテンシャル報告」という。)によれば、太陽光発電全体のポテンシャルは、設備容量にして、1467GW、発電量にして1兆8759億kWhと大きい。
風力発電は、設置コストも設置期間もそれなりに要するが、得られる電力量が多く、安く電力を供給できる可能性があり、有力な候補である。太陽光発電がされない夜間や発電量が低くなる冬場において発電できるという利点も大きい。ポテンシャルも大きく、前記の環境省令和3年度ポテンシャル報告(陸上風力)及び環境省令和元年度ポテンシャル報告(洋上風力)によれば、ポテンシャルは、設備容量にして、1604GW、発電量にして3兆9916億kWhと大きい。
(3) 小括
そこで、2030年までの短期でみると、太陽光発電が重要であり、その先を考えると、洋上等の生活圏から遠く離れた場所(沿岸から10キロメートル以上離れた場所等)での浮体式洋上風力等の拡大が重要である。
4 太陽光及び風力発電所の適地を選択する制度の導入
(1) 区域指定の制度(ゾーニング)の必要性
太陽光及び風力は地域の資源であり、地方公共団体が主体的にその活用を図るべきものであるが、現行制度の下では、施設の設置場所の選定が事業者に委ねられている。そのため、事業者は、農地等の法規制が存在する場所を回避し、山地や森林や湿地、身近な里地里山等の保全制度が不十分又は欠落している場所を選択し、紛争が生じる事例が各地で頻発している。
保存すべき地域での開発を抑制し、無用な紛争を防ぎ、他方、必要な再生可能エネルギーの導入を進めるため、地方公共団体により太陽光発電及び風力発電が導入できる場所(促進区域)と導入すべきでない場所(保全地区)を明確にするための区域指定の制度(ゾーニング)が必要である。
こうした制度は、事業者にとっても事業の見通しを確保することになり、参画促進にもつながる。
ゾーニングの前提として、地域のエネルギー自立を実現する観点とともに、気候危機による深刻な人権侵害を防ぐため、再生可能エネルギーのポテンシャルを踏まえ、導入目標及び導入量を明確にする必要がある。そのために必要な情報は、地方公共団体が主体的に収集すべきであり、国も必要な情報を地方公共団体に提供すべきである。
その上で、地方公共団体が主体となって、地域住民の参画の下、地域での生活や自然環境に対する悪影響を最小限に抑えつつ、発電設備を設置することができる適地を選定することが求められる。
(2) 放置されたままの農地及び生活圏から遠く離れた場所について
また、現在、放置されたままの農地が増加している。地方公共団体が発電所の適地を選別し、放置された土地を太陽光発電及び風力発電事業に生かし、同時に、その土地の保全維持及び将来の原状回復を事業者に課すことは、農地をめぐる問題を解決し、日本の農業を維持・再生していくという観点からも重要である。
さらに、国は、沿岸から離れた遠洋での浮体式による洋上風力発電等、生活圏から遠く離れた場所での発電事業については、少なくとも健康影響はないと考えられるため、環境影響評価を適切に実施することを前提に前向きに検討すべきである。
5 太陽光発電のための農地利用の法制度の改善
(1) 農地における太陽光発電の導入ポテンシャル
公益財団法人自然エネルギー財団の調査結果によると、太陽光発電については、森林や原野等での開発を中止しても、耕作放棄地のうち15%を活用した太陽光発電や住宅・建築物の屋根置きの太陽光発電のほか、使用されなくなった又は今後使用されなくなるゴルフ場を活用した太陽光発電を着実に増やしていけば、2030年までに、太陽光発電の設備容量を3倍以上に増やすことが可能であるとされている。
耕作放棄地とは、農家等への耕作意思の調査の結果、「以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を作付け(栽培)せず、この数年の間に再び作付けする意思のない土地」である。耕作放棄地は、日本中に数多く存在し、その面積は、2015年時点において、42万3千ヘクタールとされている。そのうち、荒廃農地(現に耕作されておらず、耕作の放棄により荒廃し、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能となっている農地)かつ、再生利用が困難と見込まれるものが19万2千ヘクタールである。
前記環境省令和3年度ポテンシャル報告によれば、太陽光発電の導入ポテンシャル(設備容量)は、建物の屋根置きのもので約455GW、荒廃農地のうちの再生利用が困難と見込まれる荒廃農地の活用だけで約212GWあり、ほかに営農型太陽光発電(農地の上部空間に太陽光パネルを設置し、農業を継続しながら発電を行うこと)の可能性も約800GWあるとされている。なお、日本全体の2022年度の電力設備容量は、約318GWであり、これを大幅に上回っている。
公益財団法人自然エネルギー財団は、耕作放棄地のうち15%(6万3千ヘクタール)とその他荒廃農地1万2千ヘクタールの合計7万5千ヘクタールにおいて太陽光発電を整備することで、62.9GWの設備容量を増やすことが可能であると試算している。全農地は約440万ヘクタールであり、7万5千ヘクタールに太陽光発電を整備しても、全農地の1.7%に過ぎない。
(2) 農地転用規制についての制度改革の必要性
ところが、再生利用が困難な荒廃した耕作放棄地についても、農業振興地域に当たる場合には、非農地判断を経ない限り、法制度上転用が認められないとされている上、非農地判断が必ずしも適切にされず、そうでない場合でも、各地域の農業委員会の判断により、農地の保護を理由として、農地転用が認められにくい現状がある。
しかし、再生利用が困難な荒廃した耕作放棄地は、手入れが困難になっており、背の高い雑草や灌木等が生い茂ったり、害虫が繁殖したりしている状態である。灌木が生い茂ると水田としての復帰が困難となる上、雑草の繁茂や害虫の繁殖は、周辺農地での農業活動に有害な影響を与える。
そうした状態となっている土地を太陽光発電用地や営農型太陽光発電用地として利用し、維持管理することは、周辺農地の保護にも資するものである。太陽光パネルの下部の土地を適切に維持管理すること及び廃止時の農地利用可能な状態への回復を義務付ければ、農地を荒廃した状態のままにしている場合と比べ、後に耕作を再開することも容易にすると考えられる。
また、耕作放棄地を上記のような形で太陽光発電の用地として活用できれば、農業従事者の収入の下支えにもなり、農業の再生・維持にも貢献するものとなる。
したがって、農地転用規制やその運用等を見直し、耕作放棄地である農地の転用許可について、非農地判断の迅速化や農用地区域からの除外、転用許可手続が円滑に行われるよう制度を改革し、また、農地法の柔軟かつ適切な運用に向けてその周知徹底を図っていく必要がある。
(3) 営農型太陽光発電について
また、営農型太陽光発電は太陽光発電による収入によって、農家の収入の下支えをしつつ、農業振興を図ることができる制度であり、その設備容量は着実に増加傾向にある。
しかし、そのポテンシャル及び利点に比して、現状での導入量は極めて少ない。その背景には、営農型太陽光発電を積極的に導入・活用できるだけの制度上の整備がなされていない点がある。
営農型太陽光発電設備の設置に係る農地の一時転用許可の条件は厳しく、単収要件(単位面積当たりの収穫高)の充足が求められる場合には、これを毎年充足するだけの収量を確保しなければならない上、その要件充足性も農業委員会による判断にばらつきがある。
一時転用許可の期間も3年ないし10年と、太陽光発電の事業期間に比して短く設定されている。また、農地法上の申請における農業委員会の判断も画一的とは言い難く、事前相談等に時間もかかるのが現状である。
よって、営農型太陽光発電を積極的に進めるための制度を創設する必要がある。
(4) 小括
このように地域に分散するエネルギー資源として、荒廃した耕作放棄地の活用や営農型太陽光発電を促進するため、地方公共団体が地域の実情に応じた土地の活用を図ることを可能とすべきであり、その取組を推進していくことで、住民による地域作りや地域資源の有効活用につながる。
6 建物の屋根置きの太陽光発電の促進
前記環境省令和3年度ポテンシャル報告によれば、太陽光発電の導入ポテンシャルは、建物の屋根置きのもので、設備容量は約455GW、年間発電量は5985億3200万kWhである。また、屋根置きの太陽光パネルは短期に設置が可能であり、エネルギーの主な消費地である都市部において、エネルギーの自給を進めるためにも、屋根置きの太陽光発電の促進が必要である。
屋根置きの太陽光発電の促進のためには、東京都が行っているように、大規模建築物設置者に対しては、高い省エネルギー性能や太陽光発電設置を求め、さらに、戸建住宅を含む中小規模建築物についても、多数の住宅を供給する事業者に対し、新築住宅等への太陽光パネル設置を義務付ける制度等がある。この制度は、日照条件の悪い住宅等については柔軟な対応を認め、供給する建物全体で基準を満たせばいいとし、さらに、補助金等を活用して、個人の消費者の負担を減らすことができる仕組みとしている。同様の制度は、京都府、京都市、群馬県、川崎市等でも導入されている。しかしながら、2023年の新設住宅着工戸数は約82万戸に過ぎないため、既存の建物への太陽光発電の設置も考えるべきである。その取組を進めるためには、まず既存の公共用建築物への設置を地方自治体が主体となって進めることが必要である。
7 柔軟性の高い電力需給システムの構築と地産地消を促進させる制度の整備
(1) 柔軟性の高い電力需給システムの構築による電力供給の安定
再生可能エネルギーを拡大する方向性に反し、送電網への接続拒否によって再生可能エネルギー電気の受入れが拒まれたり、接続が認められても新規の電力系統(電力供給システム)接続の際に多額の費用負担が求められたり、あるいは、出力抑制することで再生可能エネルギーによって電気として発電されたものの相当量が売却できず、再生可能エネルギーによる電気の発電が進まない現状がある。
その背景として、太陽光発電や風力発電等のVRE発電が一定量以上増えると、電力供給が不安定化するとして、再生可能エネルギー発電の発電容量を一定限度に抑えようとする議論がある。
しかし、VRE発電も広域でみれば決して不安定なものではない。電力系統の柔軟性が確保されれば、VRE発電だけで、総電力需要の40~50%までを賄うこと(現状の約3倍強)は十分に可能であるとされている。
そのためには、変動する電気需要と変動する再生可能エネルギー発電に対応できる電力供給システムを増加させること(電力系統の柔軟性を増加させること)が重要である。電力系統の柔軟性を増加させるためには、①貯水池式水力発電、ガスタービン等を活用した熱電併給(コージェネレーション)、天然ガス発電等の調整可能な電源の整備、②給湯器等を活用した熱貯蔵、揚水発電、電気自動車の活用を含む蓄電池の増強及び活用等のエネルギー貯蔵、③連系線の整備、④節電した需要家に経済的インセンティブを与える仕組み(ネガワット取引等)を含むデマンドレスポンス(需要変動に応じた需要の調整を需要家への経済的インセンティブを用いて図る仕組み)等の市場を利用した需要調整の推進が必要である。
日本においては、太陽光発電を増強すると、夏場の一番暑い時でも昼間は電力が余るため、それを蓄電する蓄電池(②蓄エネルギー)が必要となる。また、風力発電については、資源の所在が、北海道と東北に偏っているので、北海道と本州等とで異なる電力システム間を結ぶ送電設備の強化(③連系線の整備)が必要である。
また、夏場・冬場の急激な高温・低温への対応については、建築物の高断熱・高気密化の推進による需要抑制によってピークカットをし、さらに、④で挙げたデマンドレスポンスによって、効率的に対処できる。
(2) 既存送電網への再生可能エネルギーの優先接続の確保、送配電網の整備、出力制御
また、電力系統への接続ルールを、従来の先着優先ルールからメリットオーダールール(追加の1kWhを発電するために係る費用(限界費用)や環境価値、電力系統安定コストも含めて社会的コストを低い順に並べるルール)に転換して、既存送電網への再生可能エネルギーの優先接続を確保する必要がある。
それと同時に、送配電網は社会のインフラというべきものであり、道路や鉄道と同様に、地域分散型電源である再生可能エネルギーの特性に対応した長期的な整備計画を立て、その費用を社会全体が負担して拡大・整備をしていくこととし、新規の電力系統接続の際の増強費用を、電力系統接続を希望する事業者の負担とさせないことが必要である。
出力制御については、発電の際の限界費用が少ないVRE発電については、優先的に販売が認められるべきである。他方、下方への瞬時の出力調整が困難で、かつ、急激な需要対応も困難な発電(原子力発電・石炭火力発電)は廃止を前提に減らしていくべきである。
(3) 再生可能エネルギーの地産地消に資する電力システム
さらに、再生可能エネルギー電気の地産地消を促進するに際し、遠方から消費地に電気を送る場合と同じ額の送配電費用を徴収され、地産地消のメリットが生じにくくなっている。これに対して、距離に応じた送配電費用を設定する等、地域社会で創出した再生可能エネルギーを地域社会で消費する場合には安くなる仕組みを作る等、地方での再生可能エネルギー発電をその地域の利益につなげる仕組みを構築すべきである。
第4 結語
気候危機は、人類によってもたらされた人災であり、人々の生命・健康を侵害し、生存基盤を破壊する重大な人権問題である。気候危機による人権侵害は、世界各地で既に現実化しており、現在世代がその危険性に直接さらされることはもちろん、現在世代が放置するならば将来世代に対して生存の危機に至る甚大な被害を負わせることになる。そのような危険な気候変動による深刻な人権侵害を防ぐためには、温室効果ガス、とりわけ温暖化に最も影響を与えているCO2の排出を大幅に削減し、再生可能エネルギーに転換していくことが不可欠である。
その点、日本における取組は、ヨーロッパ等における取組に比較し、石炭火力発電の廃止や再生可能エネルギーの拡大、建築物の断熱化推進、電力システムの改革等、様々な点で遅れている。加えて、日本の一人当たりのCO2排出量は、世界平均の倍程度のままである。
したがって、日本において、社会全体が人権保護として再生可能エネルギーを選択し、飛躍的に拡大することが必要であり、制度的障壁を除去するとともに、地域社会の再生可能エネルギーの導入ポテンシャルを生かし、これらが地域社会にとって付加価値をもたらすという認識を広げ、世界において責任ある役割を果たしていくことが必要である。国及び地方公共団体は、将来世代の人権に配慮した気候変動政策として、再生可能エネルギーの拡大と地域環境の保護が両立する社会を目指すべきである。また、市民も建物の高断熱・高気密化や屋根置きの太陽光発電の導入等に取り組む必要がある。
当連合会は、気候危機による深刻な人権侵害を防ぎ、再生可能エネルギーの一層の推進を図るためにも、再生可能エネルギーが地域の持続的な発展に資するものとして各地域に受け入れられるよう、本決議の実現のために、今後も全力を挙げて取り組む決意である。