取調べの在り方を抜本的に見直し、全ての事件における全過程の録音・録画を実現するとともに、弁護人を立ち会わせる権利を確立することを求める決議
決議全文 (PDFファイル;336KB)
我が国では、かねてより捜査機関が嫌疑を向けた市民を長時間取調室に留め置き、捜査機関の心証に合致する供述を獲得する取調べが行われてきた。ときに、その手段として、不利益を告知し、不安を覚えさせ、精神的苦痛を与える言動が用いられてきた。そのような違法・不当な取調べによって作られた供述証拠は、刑事裁判の事実認定を誤らせ、多くのえん罪を生み出してきた。2009年に公判中心主義への転換を掲げて裁判員制度が施行された後も、その実態は本質的には変わっていない。2011年には、志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件、郵便不正・厚生労働省元局長事件等のえん罪事件の発覚を受け、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直し」を掲げて、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)が設置された。そして、2016年には、その取りまとめに基づく刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号。以下「改正刑訴法」という。)により取調べの録音・録画制度が創設され、裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件について逮捕又は勾留された被疑者の取調べの録音・録画が義務付けられた。
しかし、2019年6月に同制度が施行された後も、違法・不当な取調べは後を絶たない。録音・録画されていない取調べのみならず、録音・録画の下ですら違法・不当な取調べが行われていることが明らかとなっている。いわゆるプレサンス事件や大川原化工機事件は、その代表的なものであり、違法・不当な取調べによって、罪を犯していない市民の人生を破壊するような深刻な人権侵害が繰り返されている。
改正刑訴法において、取調べの録音・録画制度の対象事件が上記のように定められたのは、特別部会において、全過程の録音・録画(取調べの可視化)を段階的に拡大すべきとする一般有識者委員の一致した意見を受け、施行後一定期間経過後に実施状況を検証し、見直しを図ることを条件として、全会一致で取りまとめに至ったという経緯によるものである。2022年7月、その実施状況の検討のために、改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会が設置された。しかし、同協議会において、法務省は、録音・録画記録媒体により明らかになる違法・不当な取調べの具体的事例を検討対象にすることすら拒んでおり、その実態が広く認識されることを避けようとする姿勢が顕著であって、上記の経緯を踏まえた検討が進展しているとは言い難い。
他方で、取調べの録音・録画制度の施行後も違法・不当な取調べが繰り返されていることは、公知の事実となっている。特に、黙秘権を行使している被疑者を長時間取調室に拘束し続け、人格を否定する言動や威圧的な言動を繰り返し、重い精神的苦痛を与える取調べや、捜査機関の心証に合致しない供述をしている被疑者に不利益を告知し、不安を覚えさせて供述の変更を強要する取調べが行われている事実は、捜査機関による録音・録画記録媒体や被疑者による録音記録媒体に記録されており、否定する余地のないものとなっている。
このような取調べの在り方は、抜本的に見直されなければならない。取調べは、本来的に、捜査機関の心証に合致する供述証拠を作るためのものではなく、任意の供述を求め、その供述を聴取・保存する手続である。
そして、違法・不当な取調べを抑止するためには、取調べの状況を客観的に記録する必要があり、これは、あらゆる事件に妥当する。録音・録画の範囲を捜査機関に委ねることによって、違法・不当な取調べを抑止できないことは、もはや明らかである。したがって、取調べの録音・録画制度の対象を拡大し、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者に限らず、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付けるべきである。
さらに、改正刑訴法による取調べの録音・録画制度の施行後も、重い精神的苦痛を与える取調べや供述の変更を強要する取調べが後を絶たない実態を踏まえ、違法・不当な取調べを抑止し、供述の自由を確保して、憲法第38条第1項の自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障しなければならない。そのためには、供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きについて、明確な規制を設けるとともに、被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利を確立する必要がある。
当連合会は、国に対し、被疑者を長時間取調室に留め置いて捜査機関の心証に合致する供述を獲得するような取調べの在り方を抜本的に見直すことに加えて、以下の事項を求める。
1 改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会において、取調べの録音・録画制度の見直しを進め、早急に、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者に限らず、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付ける法改正をすること。
2 自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するため、供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きを規制するとともに、被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利を確立すること。
当連合会は、これらの実現のため、全力を挙げて取り組む決意である。
以上のとおり決議する。
2024年(令和6年)6月14日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 我が国における取調べの実態と取調べの録音・録画制度
1 我が国では、かねてより捜査機関が嫌疑を向けた市民を長時間取調室に留め置き、自白を始めとする捜査機関の心証に合致する供述を獲得する捜査が行われてきた。ときに、その手段として、不利益を告知し、不安を覚えさせ、精神的苦痛を与える言動が用いられてきた。そのような違法・不当な取調べによって作られた供述証拠は、刑事裁判の事実認定を誤らせ、多くのえん罪を生み出している。
2 被疑者弁護を充実させることにより、自白偏重の調書裁判という悪しき伝統を打破することを目指して、1992年、当番弁護士制度が全国で実施された。それを契機とし、司法制度改革の一環として被疑者国選弁護制度が創設され、2006年にその一部が施行された。2009年には、同じく司法制度改革の一環として、裁判員制度が施行された。裁判員制度は、市民の司法参加を実現するものであるとともに、公判中心主義への転換を目指したものであった。しかし、このような歴史的な制度改革にもかかわらず、実務の現場においては、違法・不当な取調べが繰り返され、そこで捜査機関の心証に合致する供述証拠が作られるという実態は、本質的には変わることがなかった。
2011年には、志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件、郵便不正・厚生労働省元局長事件等のえん罪事件の発覚を受けて、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会(以下「特別部会」という。)が設置された。これらのえん罪事件は、いずれも取調べを通じて作られた虚偽の供述によって生じたものであり、違法・不当な取調べと、それによって作られた供述証拠に依存した刑事裁判が深刻な人権侵害を引き起こしていることが、改めて浮き彫りになった。取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しを掲げた特別部会において、弁護士委員や5名の一般有識者委員は、違法・不当な取調べを防止するために全事件・全過程の取調べ録音・録画(取調べの可視化)制度の導入を求めたが、捜査機関の委員は抵抗し続けた。3年に及ぶ議論の末、5名の一般有識者委員から、取調べの可視化を段階的に拡大すべきとする意見が表明され、これを受けて、施行後一定期間経過後に実施状況を検証し、見直しを図ることを条件として、裁判員制度対象事件及び検察官独自捜査事件について逮捕又は勾留された被疑者の取調べの録音・録画を義務付ける案が示された。このようにして、特別部会は、全会一致で取りまとめに至ったものであるが、「検察等における実務上の運用としての取組方針等をも併せ考慮した上で、制度としては、取調べの録音・録画の必要性が最も高いと考えられる類型の事件を対象とする」こととして上記の法整備を行うべきとの結論に達したものであり、そのため、制度の対象とされていない取調べであっても「実務上の運用において、可能な限り、幅広い範囲で録音・録画がなされ、かつ、その記録媒体によって供述の任意性・信用性が明らかにされていくことを強く期待する」ことが附帯事項として明記された。
3 2016年には、前記取りまとめに基づく刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号。以下「改正刑訴法」という。)により、取調べの録音・録画制度が創設された。改正刑訴法附則第9条第1項には、「政府は、取調べの録音・録画等(取調べにおける被疑者の供述及びその状況を録音及び録画の方法により記録媒体に記録し、並びにこれを立証の用に供することをいう。以下この条において同じ。)が、被疑者の供述の任意性その他の事項についての的確な立証を担保するものであるとともに、取調べの適正な実施に資することを踏まえ、この法律の施行後三年を経過した場合において、取調べの録音・録画等の実施状況を勘案し、取調べの録音・録画等に伴って捜査上の支障その他の弊害が生じる場合があること等に留意しつつ、取調べの録音・録画等に関する制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」と定められた。
さらに、改正刑訴法の成立に当たっては、その国会審議の中で「本法が度重なるえん罪事件への反省を踏まえて重ねられた議論に基づくものであることに鑑み」、「刑事訴訟法第三百一条の二第四項の規定により被疑者の供述及びその状況を記録しておかなければならない場合以外の場合(別件逮捕による起訴後における取調べ等逮捕又は勾留されている被疑者以外の者の取調べに係る場合を含む。)であっても、取調べ等の録音・録画を、人的・物的負担、関係者のプライバシー等にも留意しつつ、できる限り行うように努めること」について格段の配慮を求める附帯決議もなされた。
4 取調べの録音・録画制度は2019年6月に施行され、3年が経過した2022年7月、改正刑訴法附則第9条による検討に資するため、改正後の規定の施行状況を始めとする実務の運用状況を共有しながら、意見交換を行い、制度・運用における検討すべき課題を整理する会議として、法務省に改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会(以下「在り方協議会」という。)が設置された。しかし、在り方協議会は、法務省刑事局参事官が議事を進行し、同局刑事法制管理官及び検察官が構成員となる一方、特別部会において重要な役割を果たした一般有識者は1名しか選任されず、会議も報道機関に公開されていない。そして、法務省は、弁護士構成員及び一般有識者構成員の要請にもかかわらず、録音・録画記録媒体により明らかになる違法・不当な取調べの具体的事例を検討対象にすることすら拒んでおり、違法・不当な取調べの実態が広く認識されることを避けようとする姿勢が顕著であって、在り方協議会において、上記の経緯を踏まえた検討が進展しているとは言い難い。
第2 取調べの録音・録画制度創設後の取調べの実態
1 上記のような法務省の姿勢にもかかわらず、取調べの録音・録画制度創設後も違法・不当な取調べが繰り返されていることは、公知の事実となっている。
2 当連合会には、録音・録画を実施することなく行われた、違法・不当な取調べの事例が多数報告されている。その中には、被疑者が秘密録音に成功したことにより、違法・不当な取調べの実態が、争いの余地なく明らかにされたものもある。
例えば、2022年3月10日、津地方裁判所が三重県に対して損害賠償を命じる判決を言い渡した事案では、三重県警察の警察官が窃盗の容疑を否認していた在宅被疑者に対し、「泥棒に黙秘権があるか」という発言をしたほか、被害者に対する謝罪を求め、繰り返し犯人であると断定し、被疑者のこれまでの人生を否定する趣旨の発言をし、逮捕する、刑務所に入れるなどといった恫喝的な発言を繰り返し、人に迷惑かけてどれだけ根性が腐っているのかと申し向けたことが、録音データにより明らかになっている。
また、2023年8月31日、奈良地方裁判所が奈良県に対して損害賠償を命じる判決を言い渡した事案では、後に事件性がなかったことが明らかになったが、奈良県警察の警察官が、窃盗の容疑を否認する在宅被疑者に対し、どちらにしてもお前のせいになる、犯人はお前しかいない、うそを言うな、いろいろな罪を掘り下げて何度でも逮捕すると申し向けている状況が、録音データに記録されている。
さらに、2019年に実施された参議院議員選挙に関する公職選挙法違反事件(いわゆる参院選大規模買収事件)においては、東京地方検察庁の検察官が、買収の趣旨の認識を否認する被疑者に対し、「できたら議員を続けていただきたいと思っているわけで、そのレールに乗ってもらいたい」と不起訴を示唆したり、「強制とかになりだすとね、今と比べものにならない、要するに、朝、家にパッと来て、令状持って入ってくるわけですから、家中、ひっくり返されてっていう話」と強制捜査を示唆するなどして、供述の変更を強要する状況が録音されている。そして、この事件においては、被疑者が直前に検察官調書の記載内容を否認する供述をしたにもかかわらず、そのことを糊塗して、供述したとおりに調書を作成した旨を認めさせる一部録音・録画を実施した状況まで、録音データにより明らかになっている。
このほか、公訴の取消しにより2021年8月2日付けで公訴棄却決定がされた、いわゆる大川原化工機事件について、2023年12月27日、東京地方裁判所は、警視庁の警察官による被疑者への取調べにおいて、偽計が用いられていた上に、自由な意思決定を阻害することが明らかな態様によって供述調書が作成されたと認定し、国家賠償法上違法であるとの判断を示している。
以上のような事例は、録音・録画のない取調べにおいて、捜査機関の心証に合致する供述を獲得するために、長時間取調室に拘束し、不利益を告知し、不安を覚えさせ、精神的苦痛を与えるなどの行為が繰り返されていることを示している。
3 それにとどまらず、違法・不当な取調べは、録音・録画の下でも行われていることが判明している。
2022年3月7日に東京地方裁判所に国家賠償請求訴訟が提起された事案では、横浜地方検察庁の検察官が、弁護士であった被疑者を黙秘権行使にもかかわらず、21日間で合計56時間取調室に拘束し、「着眼点がトロいな」、「稚拙な主張、なんだこれ」、「下手クソなんだよ」、「うっとうしいだけなんですよ。イライラさせる、人をね」、「あなたの中学校の成績見てたら、あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですね。なんかちょっとさ、論理性がズレてるんだよなあ」などと侮辱し続ける状況が、録音・録画記録媒体に記録されている。
2021年12月20日に札幌地方裁判所に国家賠償請求訴訟が提起された事案では、北海道警察の警察官が、実子をクローゼットに閉じ込めたとして監禁の疑いで逮捕・勾留され、後に不起訴とされた被疑者を黙秘権行使にもかかわらず合計28時間以上取調室に拘束し、「いらない子だったの?」、「じゃあ産まなきゃよかったんじゃないの?」などと侮辱し、「黙っていても何もいいことないし、ただただ時間が過ぎて行って、表面立ったことが真実になっちゃうよ」などと申し向けて、供述を強要しようとした事実が、録音・録画記録媒体に記録されている。
さらに、いわゆるプレサンス事件においても、録音・録画の下で、大阪地方検察庁の検察官が被疑者に対し、机に右手を振り下ろして叩き、大きな音を出し、約50分間にわたりほぼ一方的に責め立て続け、このうちの約15分間は大声を上げて一方的に怒鳴り続け、証拠は十分で責任は逃れられないなどと述べ、「反省しろよ」、「ふざけるな」、「なめんなよ」などの威圧的な言葉を交え、被疑者の説明をうそと決めつけ、被疑者がうそをついて謝らない人間であるとか、金を賭けた者らと命を懸けている検察官とは違うとか、幼稚園児でも分かるなどと、被疑者の人間性に問題がある、あるいは、その人格を貶める趣旨の侮辱的な発言を行うなどした。大阪地方裁判所は、付審判請求について2023年3月31日付けでした決定において、検察官の言動は特別公務員暴行陵虐罪にいう陵虐の行為に該当する旨の判断を示している。
4 特別部会の取りまとめや国会の附帯決議にもかかわらず、捜査機関は、義務付けられていないことに乗じて、録音・録画をすることなく、その心証に合致する供述の獲得を企図して、違法・不当な取調べを繰り返している。また、そのような違法・不当な取調べは録音・録画の下ですら行われていることが判明している。
そうした取調べは、プレサンス事件や大川原化工機事件に代表される、明らかなえん罪事件を数多く生み出している。これ以上、罪を犯していない市民の人生を破壊するような深刻な人権侵害が繰り返されることは、決してあってはならない。
第3 取調べの在り方を抜本的に見直す必要性
1 我が国における取調べの在り方は、抜本的に見直されなければならない。憲法第36条は「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」として、拷問を絶対的に禁止している。拷問等禁止条約(拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は、刑罰に関する条約)は、「身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって、本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること、本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること、本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によって、かつ、公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるもの」を「拷問」と定義し(第1条第1項)、「締約国は、自国の管轄の下にある領域内において拷問に当たる行為が行われることを防止するため、立法上、行政上、司法上その他の効果的な措置をとる」ものとしている(第2条第1項)。自白を始めとする捜査機関の心証に合致する供述を得ることを目的として、人を長時間取調室に拘束し、不利益を告知するなどして重い精神的苦痛を与える行為を防止するため効果的な措置を採ることは、憲法及び国際人権法が要請するものである。
2 そして、我が国の取調べの在り方は、現に国際機関から見直しを求められている。国連拷問禁止委員会は、我が国に対する2013年6月29日付け総括所見(第2回報告書審査)において、「締約国の司法制度が、実務上、自白に強く依存しており、自白はしばしば弁護士がいない状態で代用監獄での拘禁中に獲得される。委員会は、叩く、脅す、眠らせない、休憩なしの長時間の取調べといった虐待について報告を受けている」、「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」、「警察拘禁中の被拘禁者の取調べが適切な行為であることを証明するための手段が欠けていること、特に、連続的な取調べの持続に対して厳格な時間制限がないこと」等について、「深刻な懸念を抱いている」と表明し、「取調べ時間の長さについて規程を設け、その不遵守に対しては適切な制裁を設けること」、「刑事訴追における立証の第一次的かつ中心的な要素として自白に依拠する実務を終わらせるために、犯罪捜査手法を改善すること」、「取調べの全過程の電子的記録といった保護措置を実施し、その記録が法廷で利用可能とされることを確実にすること」等を勧告している。国連自由権規約委員会も、我が国に対する2022年11月30日付け総括所見(第7回報告書審査)において、「実務上、取調べの実施に関する厳しい規制がないこと、取調べのビデオ録画が義務付けられる範囲が限定的であるとの報告について懸念する」と表明している。
3 国内においても、2010年に国家公安委員会委員長が主催する研究会として発足した「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」、同年に法務大臣の私的諮問機関として設立された「検察の在り方検討会議」、そして特別部会等において、一般有識者を交えた検討がなされ、そこでは取調べの在り方を見直す必要性が指摘されてきた。しかし、捜査機関は我が国独自の取調べの機能があるとする立場に固執し、その結果、今日まで違法・不当な取調べが繰り返されている。我が国における違法・不当な取調べは、しばしば「真実を語らせる」ことや、「反省を促す」ことを口実として、あるいは取調官の主観においてはそれらを目的として行われている。しかし、そのような口実あるいは取調官の主観的目的は、長時間の拘束、不利益の告知、不安や精神的苦痛を与える行為を正当化し得るものではない。それは、憲法第38条に違反する供述の強要であり、刑事裁判の事実認定を誤らせる虚偽の証拠の作出にほかならない。
4 取調べは、本来的に、捜査機関の心証に合致する供述証拠を作るためのものではなく、任意の供述を求め、その供述を聴取・保存する手続である。我が国の取調べは、その基本に立ち返るべきである。
第4 全ての事件における全過程の取調べの録音・録画の必要性
1 違法・不当な取調べを防止する必要性のあるのが、現行制度の対象である裁判員裁判対象事件及び検察官独自捜査事件について逮捕又は勾留された被疑者の取調べに限られないことは、もとより明らかである。そうであるからこそ、改正刑訴法附則第9条第1項は、録音・録画が「取調べの適正な実施に資することを踏まえ」て見直しの検討を行うものとしているのであり、特別部会の取りまとめ及び国会の附帯決議は、制度の対象以外の取調べについても、できる限り録音・録画することを求めているのである。
2 しかし、そのような立法者の意思に反して、捜査機関は、制度の対象以外の取調べの録音・録画を適切に実施していない。在り方協議会でも明らかになっているように、警察は、裁判員制度対象事件という極めて限られた制度対象の取調べのほかは、精神に障害を有する被疑者に係る取調べを除き、ほぼ全く録音・録画を行っていない。検察も、郵便不正・厚生労働省元局長事件において違法・不当が指摘され、国会の附帯決議においても録音・録画を求められていた在宅被疑者の取調べについて、ほぼ全く録音・録画を実施していない。その一方で、検察は、参院選大規模買収事件で明るみに出たように、否認供述を糊塗する恣意的な一部録音・録画を行っている。しかも、検察は、改正刑訴法附則第9条第1項で改正刑訴法施行後の検証が規定されているにもかかわらず、在宅被疑者の取調べの録音・録画の実施状況について、統計すら取っていないことが判明している。
このように、捜査機関は、制度の対象以外の取調べの録音・録画を適切に行っておらず、録音・録画することなく前記のような違法・不当な取調べを繰り返している事実は、録音・録画を捜査機関の運用に委ねることによっては適正な取調べを確保することができず、これを義務付けることが必要不可欠であることを示している。
また、違法・不当な取調べは、録音・録画の下でも行われていることが判明しているが、その状況が客観的に記録されていることは、録音・録画の意義と評価することができる。他方、録音・録画の義務付けの対象が限定されている現行法の下では、捜査機関が録音・録画を行っていない部分において、どのような違法・不当な取調べがどの程度繰り返されているのか、その実態すら不明である。この点からも、全ての事件における全過程の録音・録画の義務付けは、必須であるというべきである。
3 前記国連自由権規約委員会の総括所見(第7回報告書審査)は「取調べにおいて、正式な逮捕前も含めて全て録音録画されること、及び全ての刑事事件で取調べの録音録画が適用されることを確保するべきである」と勧告し、前記国連拷問禁止委員会の総括所見(第2回報告書審査)も「取調べの全過程の電子的記録といった保護措置を実施し、その記録が法廷で利用可能とされることを確実にすること」を勧告している。
違法・不当な取調べは、それ自体が重大な人権侵害であることに加え、刑事裁判における事実認定を誤らせ、罪を犯していない市民の人生を破壊するような取り返しのつかない深刻な事態を生み出しているのであるから、全ての事件における全過程の録音・録画を義務付けることは、喫緊の最重要課題である。また、参考人取調べについても、被疑者取調べと同様、その状況を客観的に記録することには意義があり、被疑者取調べの録音・録画義務の潜脱を防止するためにも、録音・録画を義務付けるべきである。
4 よって、在り方協議会において、取調べの録音・録画制度の見直しを進め、早急に、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限らず、参考人の取調べも含めた、全過程の録音・録画(取調べの可視化)を義務付ける法改正をすべきである。
第5 取調室への留め置きを規制し、弁護人を立ち会わせる権利を確立する必要性
1 取調べの録音・録画制度の創設・施行にもかかわらず、違法・不当な取調べは後を絶たず、これを防止するためには、録音・録画をするだけでは十分でないことが明らかになりつつある。物理的な暴行を加えるような取調べは録音・録画の下では見られなくなった一方で、前記のように、黙秘権を行使する被疑者を長時間取調室に拘束し、人格を否定する言動を繰り返すなどして、精神的苦痛を与える類型の取調べが行われている事実が次々と判明している。当連合会が会員から報告を受け、在り方協議会にも資料が提出されている取調べの問題事例においても、黙秘権を行使する被疑者に対する取調べの事例が多数を占めている。そして、録音・録画されている取調べにおいては、被疑者が黙秘権行使の意思を表示した状況、その後、取調室に留め置き続ける状況や、その間の取調官の言動が客観的に記録されている。
2 取調べに関する規制が不十分であることについては、前記のとおり、国連自由権規約委員会及び国連拷問禁止委員会からも懸念が表明されているが、黙秘権行使の意思を明らかにした被疑者の取調室への留め置きの限界についても、従来、明確にされてこなかった。しかし、黙秘権を保障する憲法第38条第1項が、監禁を手段とする供述の強要を禁止していることは明らかである。また、そこで重い精神的苦痛を与える行為を防止するための効果的な措置としても、規制が必要である。したがって、黙秘権を行使して、供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きについて、明確な規制を設け、もって、憲法第38条第1項の自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障すべきである。
3 そして、被疑者が取調べを受けるに際しては、弁護人を立ち会わせる権利を確立すべきである。黙秘権を有している以上、供述しない意思を明らかにした被疑者を無制限に留め置いて取り調べることは許されない。そうであれば、被疑者が取調べに応ずる条件として弁護人の立会いを求めることができるのは当然である。それに加えて、被疑者には、弁護人の援助を受ける権利(憲法第34条及び第37条第3項)が保障されているところ、弁護人の援助を最も必要とするのは、取調べの場面である。違法・不当な取調べをその場で抑止するとともに、供述の自由を確保し、自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するためには、弁護人を立ち会わせることが必要である。
捜査機関が弁護人を立ち会わせることについて裁量を有するものと解し、弁護人が立ち会うことのできないときに取調べを行うことができるものとすることは、弁護人の援助を受ける権利を有名無実化するものである。
したがって、被疑者が取調べを受けるに際しては、弁護人を立ち会わせる権利があることを明確にすべきである。
4 今日、アメリカ、EU諸国、韓国、台湾など多くの国・地域では、一般的に弁護人の取調べへの立会いが認められており、我が国の後進性は明らかなものとなっている。前記国連拷問禁止委員会の総括所見(第2回報告書審査)でも「すべての取調べの間、弁護人を立ち会わせることが義務的とされていないこと」について「深刻な懸念」が表明されている。
5 これまで述べてきたとおり、取調べを通じて、捜査機関の心証に合致する供述証拠が作られ、それが刑事裁判の事実認定を誤らせ、えん罪を生み出すことを防止するためには、我が国の取調べを、任意の供述を求め、その供述を聴取・保存するという基本に立ち返らせる必要がある。そのためにも、黙秘権を行使して供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きについて、明確な規制を設けるとともに、被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利があることを明確にすべきである。
第6 結語
当連合会は、以上の理由から、国に対し、被疑者を長時間取調室に留め置いて捜査機関の心証に合致する供述を獲得するような取調べの在り方を抜本的に見直すことに加えて、①在り方協議会において、取調べの録音・録画制度の見直しを進め、早急に、全ての事件において、逮捕又は勾留されている被疑者に限らず、全ての被疑者及び参考人の取調べについて、全過程の録音・録画を義務付ける法改正をすること及び②自己に不利益な供述を強要されない権利を実質的に保障するため、供述しない意思を明らかにしている被疑者の取調室への留め置きを規制するとともに、被疑者が取調べを受けるに際しては弁護人を立ち会わせる権利を確立することを求め、これらの実現のため、全力を挙げて取り組む決意である。