誰もが改姓するかどうかを自ら決定して婚姻できるよう、選択的夫婦別姓制度の導入を求める決議


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毎年、新たに婚姻する約50万組の夫婦のいずれかが、それまで使ってきた姓を改めている。その中には、希望しないのに様々な事情からやむなく改姓を受け入れる人、改姓により仕事などの社会生活に不便を来している人がいる。また、婚姻を望みながら、改姓が制約となり法律上の婚姻を断念する人もいる。


民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めて夫婦同姓を義務付けており、婚姻後もそれぞれが婚姻前の姓を称することを希望する夫婦の婚姻を認めていない。


しかし、夫婦が同姓にならなければ婚姻できない、とすることは、憲法第13条の自己決定権として保障される「婚姻の自由」を不当に制限するものである。また、氏名は「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成する」(1988年2月16日最高裁判決)から、「氏名の変更を強制されない自由」もまた、人格権の重要な一内容として憲法第13条によって保障される。民法第750条は、婚姻に際し姓を変更したくない人の氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであり、憲法第13条に反する。


また、同姓・別姓いずれの夫婦となるかは個人の生き方に関わる問題である。現行法上、夫婦別姓を希望する人は信条に反し夫婦同姓を選択しない限り婚姻できず、婚姻の法的効果も享受できない。このような差別的取扱いは合理的根拠に基づくものとは言えず、民法第750条は、憲法第14条の「法の下の平等」にも反する。


加えて、憲法第24条第1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する」と定め、同条第2項は「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」として、憲法第13条及び第14条第1項の趣旨を反映した、婚姻における人格的自律権の尊重と両性の平等を定めている。これに対し、民法第750条は、婚姻に「両性の合意」以外の要件を不当に加重し、当事者の自律的な意思決定に不合理な制約を課すものである。そして、家父長的な家族観・婚姻観や男女の固定的な性別役割分担意識等がいまだに無言の圧力として働き、新たに婚姻する夫婦のうち約95%で女性が改姓している実態がある。民法第750条は、事実上、多くの女性に改姓を強制し、その姓の選択の機会を奪うものであり、憲法第24条にも反する。


国際的には、日本が批准する女性差別撤廃条約や市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)でも、各配偶者には婚姻前の姓の使用を保持する権利があるとされている。国連女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し、2003年7月、2009年8月及び2016年3月の三度にわたり、女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を勧告している。国際人権(自由権)規約委員会は、2022年11月の総括所見で、民法第750条が実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いている、との懸念を表明した。世界各国の婚姻制度を見ても、夫婦同姓を法律で義務付けている国は、日本のほかには見当たらない。


1996年には、法制審議会が選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したが、実現されないまま既に四半世紀以上が経過している。最高裁判所は、2015年12月16日の判決や2021年6月23日の決定で民法第750条を合憲としたが、これらの判断は、同制度の導入を否定したものではなく、夫婦の姓に関する制度の在り方は「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない」として、国会での議論を促したものである。


近時の世論や情勢に目を向ければ、官民の各種調査において選択的夫婦別姓制度の導入に賛同する意見が高い割合を占め、多くの地方議会でも同制度の導入を求める意見書が採択されている。また、経済団体等からも、現行制度は個人の活躍を阻害し、様々な不利益をもたらすとして、同様の要望が出されている。私たちの社会で多様性(ダイバーシティ)の尊重や女性活躍推進に向けた取組の重要性が語られる中で、多くの既婚女性が婚姻により改姓を事実上強制され、アイデンティティの喪失に直面したり、仕事や研究等で築いた信用や評価を損なったりしている。旧姓を通称使用しても、金融機関等との取引や海外渡航の際の本人確認、公的機関・企業とのやり取り等に困難を抱え、通称使用による精神的苦痛も受けている現実があることは決して看過できない。


国は、この問題が「婚姻の自由」や「氏名の変更を強制されない自由」に関わる人権問題であることを真摯に受け止め、人権侵害を速やかに是正すべきである。それは同時に、婚姻を望む人の選択肢を増やすことであり、多様性が尊重される社会、男女共同参画社会の実現につながり、私たちの社会に活力をもたらすものでもある。


当連合会は、1993年10月29日付け「→ 選択的夫婦別氏制導入及び離婚給付制度見直しに関する決議 」以来、選択的夫婦別姓制度の導入を繰り返し求めてきたが、今、改めて国に対し、夫婦同姓を義務付ける民法第750条を改正し、同制度を導入するよう求める。そして、その早期実現のため、全力を挙げて取り組む決意である。


以上のとおり決議する。

 

2024年(令和6年)6月14日


日本弁護士連合会

 

 

提案理由

第1 はじめに

民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めて、全ての夫婦に対し婚姻に際していずれか一方が姓を変更して夫婦同姓となることを義務付けており、それぞれが婚姻前の姓を維持したまま婚姻することを一切認めていない(夫婦同姓制度)。これは、婚姻しようとする人に対して、婚姻するために夫婦のいずれか一方が姓を変更するか、双方が姓を維持するために法律上の婚姻を諦めるかの過酷な二者択一を迫るものである。


これに対し、当連合会は、1993年10月29日付け「→ 選択的夫婦別氏制導入及び離婚給付制度見直しに関する決議」以来、希望する人が婚姻前の姓を保持したまま婚姻することができる選択的夫婦別姓制度の実現を繰り返し求めてきた。そして、1996年には法制審議会がこれを導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申したが、実現されないまま既に四半世紀以上が経過している。この間の国内外の議論状況、世論や社会状況等に鑑みても、夫婦同姓を義務付ける民法第750条を改正し、同制度を速やかに導入すべきである。


第2 民法第750条は憲法に反する

1 人格権侵害(憲法第13条)


民法第750条は、前述のとおり、婚姻しようとする人に対して、婚姻するために夫婦のいずれか一方が姓を変更するか、双方が姓を維持するために婚姻を諦めるかの過酷な二者択一を迫るものである。しかし、婚姻は、人生を共にする配偶者を選択するものであり、婚姻するかしないか等を決定することは、個人が自律的に生存するために最も重要で本質的な権利の一つである。したがって、「婚姻の自由」すなわち婚姻するかしないか等を決定する自由は、憲法第13条の自己決定権として保障されるものであり、民法第750条が定めるように「夫婦が同姓にならなければ婚姻できない」とすることは、この「婚姻の自由」を不当に制限するものである。


また、氏名は、「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であつて、人格権の一内容を構成する」ものである(1988年2月16日最高裁判決)。したがって、その重要性に鑑みれば、意に反して「氏名の変更を強制されない自由」もまた、人格権の重要な一内容として憲法第13条によって保障される。夫婦同姓を義務付ける民法第750条は、婚姻に際して姓を変更したくない人の意に反して改姓を強制し、氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであり、憲法第13条に反する。そして、意に反して改姓を強いられた人は、慣れ親しんだ生来の姓を失い、それを名乗って生活できないことによる精神的苦痛を受け続けることになり、この点において人格権侵害が継続することになる。


2 法の下の平等(憲法第14条)


憲法第14条は、法の下の平等を定めており、事柄の性質に応じた合理的根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止している(1964年5月27日最高裁判決等)。


婚姻に際して配偶者と同姓の夫婦となるか別姓の夫婦となるかについては、夫婦の在り方を含む個人の生き方に関わる問題であり、憲法第14条第1項後段の「信条」に当たる。民法第750条及び戸籍法(昭和22年法律第224号)第74条(以下「本件各規定」という。)により、婚姻の際には夫婦が称する姓を定めない限り婚姻届が受理されない。双方ともに婚姻前の姓を維持したまま夫婦となろうとする人は、その生き方や信条に反し夫婦同姓を選択しない限り、法律上の婚姻ができず、その結果、婚姻の持つ公証機能や種々の法的効果も享受できない。この点において、配偶者と別姓の夫婦となろうとする人と、同姓の夫婦となろうとする人との間には差別的取扱いがあり、合理的な根拠があるとは言えず、夫婦同姓を義務付ける民法第750条は、憲法第14条に反する。


3 婚姻の自由及び個人の尊厳と両性の本質的平等(憲法第24条)


憲法第24条第1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」と定め、同条第2項は「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」として、憲法第13条及び第14条第1項の趣旨を反映した、婚姻における人格的自律権の尊重と両性の本質的平等を定めている。


2021年6月23日の最高裁決定(以下「2021年最高裁決定」という。)は、「民法750条の規定が憲法24条に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところ」であるとして2015年12月16日の最高裁判決(以下「2015年最高裁判決」という。)を引用し、同判決以降に見られる女性の有業率の上昇等の諸事情を踏まえても、同判決の判断を変更すべきものとは認められないとした。


しかし、2015年最高裁判決が指摘するように、人の氏名は「人格権の一内容を構成する」のであるから、個人の尊厳に直結したものであると言える。また、憲法は、第14条において性別による差別を禁止し、重ねて第24条第1項で夫婦が同等の権利を有することを確認し、性別による差別を厳格に禁止している。その上で第24条第2項は、家族に関する事項の法律が個人の尊厳と両性の平等に立脚することを要請している。


民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定め、夫又は妻のいずれの姓も選択し得るとしていることから、形式的には男女平等に反しないとする考え方もあるが、実際には新たに婚姻する夫婦の約95%で女性が改姓している(2021年厚生労働省人口動態調査)。このような実態は、女性は男性の家に嫁ぎ、その家の姓を称するものであるという家父長的な家族観や婚姻観、夫は外で働き妻は家を守るという固定的な性別役割分担意識等がいまだに無言の圧力として働き、事実上、多くの女性が改姓を強制されている結果と考えられる。夫婦同姓を義務付ける民法第750条は、多くの女性から実質的に姓の選択の機会を奪うものであるから、憲法第24条にも反する。


2021年最高裁決定においても、4人の裁判官が民法第750条は憲法第24条第1項及び第2項に反するとした。中でもある裁判官は、「婚姻という個人の幸福追求に関し重要な意義を有する意思決定について、二人のうち一人が、重要な人格的利益を放棄することを要件として、その例外を許さないことは、個人の尊厳の要請に照らし、自由な意思決定に対し実質的な制約を課すものといわざるを得ない」とし、「夫婦同氏制は、現実の問題として、明らかに女性に不利益を与える効果を伴っており、両性の実質的平等という点で著しい不均衡が生じている。婚姻の際に氏の変更を望まない女性にとって、婚姻の自由の制約は、より強制に近い負担になっているといわざるを得ない」と指摘している。


これに対し、選択的夫婦別姓制度は、家族の絆や一体感を損ねるものであるとして、その導入に反対する意見もある。しかし、同制度の導入はそれらを不要とする考えに基づくものではない。そして、個人の価値観が多様化し、家族の在り方も大きく変化している現在、家族の絆や一体感を強めるものは何かという問いは、正に個人の思想や生き方に深く関わるものであり、一律の答えを見いだせるものではない。また、同制度は、婚姻に際して同姓になりたいと希望する夫婦に何ら影響を及ぼすものでもない。そういった夫婦は、それぞれの希望に従って、一つの姓を選択すればよいのである。前述の指摘は、同制度の導入を否定する論拠にはなり得ない。


第3 民法第750条は女性差別撤廃条約及び自由権規約にも反する

1 女性差別撤廃条約


女性差別撤廃条約は、基本的人権の尊重及び男女平等の実現を基本理念とし、締約国に対し、女性に対するあらゆる差別を撤廃するために必要な措置を採ることを求めている。第16条第1項では、婚姻及び家族関係における全ての差別を撤廃するための必要な措置を採ることを締約国に義務付け、特に男女平等のために確保すべき権利として、「婚姻をする同一の権利」(同項(a))、「自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利」(同項(b))のほか、「夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)」(同項(g))を明記している。


国連女性差別撤廃委員会は、1994年に採択した一般勧告21において、「各パートナーは、共同体における個性及びアイデンティティを保持し、社会の他の構成員と自己を区別するために、自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により、婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には、女性はこれらの権利を否定されている」と述べている。


さらに、同委員会は日本政府に対し、2003年7月、2009年8月及び2016年3月の三度にわたり、夫婦同姓を義務付ける現行制度についての勧告を発出している。2016年3月の勧告では、「当委員会は、既存の差別的規定に関する従前の勧告が対応されていないことを残念に思う。特に以下の点を懸念する」とし、2015年最高裁判決について、「婚姻した夫婦が同一の氏を使用することを義務付ける民法750条の合憲性を支持したこと、これによって、しばしば女性が夫の姓を名のるよう事実上強いられること」になるとして、遺憾の意を示した。そして、「当委員会は、従来の勧告を繰り返し、締約国が遅滞なく以下の措置を採るよう促す」として「女性が婚姻前の姓を使用し続けられるよう婚姻したカップルの氏の選択に関する規定を改定すること」を勧告した。


民法第750条は、各配偶者に婚姻前の姓を選択する権利を確保すべきであるとする女性差別撤廃条約に反することは明白であり、このような勧告が繰り返されていることからも、これを直ちに是正する措置が求められている。


2 自由権規約


市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)は、第3条において規約上の権利の享有に関する男女の同等の権利を規定し、第23条第4項において婚姻中及び婚姻の解消の際における配偶者の権利の平等について規定している。そして、国際人権(自由権)規約委員会は、1990年に第23条に関する一般的意見19において、「7 婚姻に係る平等に関し、(中略)各配偶者が自己の婚姻前の姓の使用を保持する権利又は平等の基礎において新しい姓の選択に参加する権利は、保障されるべきである」と述べた。また、2000年にも第3条に関する一般的意見28において、「第23条4項の義務を果たすために、締約国は(中略)夫妻の婚姻前の氏の使用を保持し、又新しい氏を選択する場合に対等の立場で決定する配偶者各自の権利に関して性別の違いに基づく差別が起きないことを確実にしなければならない」と同様の指摘をした。


さらに、同委員会は2022年11月の総括所見において、日本政府に対し、「民法内の規定が引き続き男女間の不平等を助長する可能性があること、特に、結婚した夫婦が同じ姓を持つことを求める第750条が、実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いていることを懸念している」と指摘し、「社会における女性と男性の役割に関する固定観念が、法の下での平等に対する女性の権利の侵害を正当化するために使用されないよう、民法第733条と第750条の改正を含めて、闘い続けていかなければならない」と勧告した。


以上のとおり、民法第750条は、自由権規約にも反する。


第4 今こそ選択的夫婦別姓制度を導入すべきである

1 法制審議会の答申から28年が経過したこと


前述のとおり、法制審議会は、1996年に選択的夫婦別姓制度を導入する「民法の一部を改正する法律案要綱」を法務大臣に対して答申した。この当時、既に本件各規定が主として女性に不利益・不都合をもたらしていること、また、日本において個人の尊厳に対する自覚がますます高まりを見せていることなどを考慮した結果、本件各規定が憲法上保障される人格権を侵害し、憲法第14条や第24条にも反するものであり所要の立法措置が必要不可欠となっていたことは明白である。


しかし、その後国会への法案提出は断念され、選択的夫婦別姓制度導入の是非について質疑がなされたことはあっても、現在に至るまで、本件各規定の改正に係る具体的な検討は行われてこなかった。国会による立法裁量権の行使については、憲法の趣旨に反して行使してはならないという消極的制約が課せられているのみならず、憲法が裁量権を与えた趣旨に沿って適切に行使されなければならないという義務もまた付随している。


それにもかかわらず、国は、1996年の法制審議会による答申以降28年にもわたって立法措置を採ることなく、それどころか具体的な検討さえも行っていないのであるから、正当な理由なく長期にわたって本件各規定の改廃等の立法措置を怠っていたものと言える。


2 最高裁判所は国会における議論を促していること


最高裁判所は、2015年最高裁判決及び2021年最高裁決定において、民法第750条を合憲とする判断を示している。2015年最高裁判決の多数意見は、民法第750条が合憲であるとする理由の一つとして、「夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている」ことを挙げ、2021年最高裁決定もこれを是認した。


しかし、新たに婚姻する夫婦のうち約95%において女性が改姓している実態を見れば、それが夫婦の自由で対等な話合いによる合意に基づく結果であるとの評価は適切とは言い難い。当連合会の2021年8月19日付け「→ 選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見書 」において指摘したように、女性は男性の家に嫁ぎその家の姓を称するものだという家父長的な家族観や婚姻観、夫は外で働き妻は家を守るものだという固定的な性別役割分担意識等がいまだに無言の圧力として働き、民法第750条が、事実上、多くの女性に改姓を強制する結果をもたらしていることは否定できない。


近時、私たちの社会において多様性(ダイバーシティ)の尊重や女性活躍推進に向けた取組の重要性が語られているにもかかわらず、多くの既婚女性が婚姻により改姓を事実上強制され、アイデンティティの喪失に直面したり、改姓に伴う様々な不利益を受けたりしている現実は決して看過できない。氏名が有する個人識別機能や自己同定機能(人格の象徴としての意義)の重要性は一層増しており、後述のように、国内外の状況、世論や社会状況は大きく変化している。


2021年最高裁決定は、「この種の法制度の合理性に関わる事情の変化いかんによっては、本件各規定が上記立法裁量の範囲を超えて憲法24条に違反すると評価されるに至ることもあり得る」、「国会において、この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待するものである」との補足意見があったように、夫婦の姓に関する制度の在り方は「国会で論ぜられ、判断されるべき事項にほかならない」として、国会での議論を促したものである。最高裁判所として民法第750条の合憲性を揺るぎないものとし、選択的夫婦別姓制度の導入を否定したものではない。


今こそ、直ちに国会での議論を開始すべきである。


3 いわゆる「通称使用」には限界があること


国が民法第750条を改正しない間に広がりつつあるのが、旧姓を通称として使用する、いわゆる「通称使用」である。婚姻により戸籍上は配偶者の姓に変更していても、姓を変更することで生じる日常生活や社会生活上の不都合・不利益を解消するために、旧姓を通称として公的な文書(住民票、印鑑登録証明書、マイナンバーカード、運転免許証、パスポート等)に併記するなどの対応が徐々に広がっている。2015年最高裁判決も、「氏の選択に関し、夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば、妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できる」とした上で、かかる不利益は「氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである」と述べている。


しかし、民法第750条による夫婦同姓の義務付けは、姓の変更による日常生活・社会生活上の不都合・不利益を解消し、対症療法的な対応をすれば足りる問題ではない。通称使用によって幾ら不都合・不利益を減らしても、民法第750条が婚姻に際し夫婦の一方のみに姓を変更することを義務付けている事実とその背景にある家父長的な家族観や婚姻観等は残されたままであって、夫婦別姓を希望してもかなわない人や婚姻により姓の変更を強制される多数の女性が現に被っている人権侵害が解消されるわけでもない。


また、2015年最高裁判決で示された個別意見が的確に指摘するように、「通称は便宜的なもので、使用の許否、許される範囲等が定まっているわけではなく、現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上、通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる」という問題もある。すなわち、通称使用は、通称名と戸籍名との同一性の証明を要する上に、その二つの名前の使い分けは、本人にとっても他者から見ても煩雑であり、むしろ混乱を招くことにつながっている。


それだけでなく、その同一性の証明には、住民票や戸籍謄本、複数の証明書等の提出を求められるなど、本来であれば不要な個人情報の開示を余儀なくされ、それ自体が精神的苦痛を伴うものである。また、通称使用の姓は自身の生来の姓であり「本来の姓」であるのに、戸籍姓に準じるものとして扱われるにすぎず、本来の姓を堂々と名乗って活動ができないという精神的苦痛も、通称使用をしている限り継続する。


さらに、その同一性の証明の困難や使い分けの煩雑さといった不都合と、通称使用による精神的苦痛は、結局のところ夫婦の一方のみが負うものであり、通称使用の拡大は両性の本質的平等から遠のく結果にもなっている。


2021年最高裁決定で示された個別意見が指摘するように、このような通称使用の広がり自体、夫婦が同姓であることの意義とされる家族の呼称としての姓の対外的な公示識別機能等に、もはや意味がないことを図らずも示す結果となっている。旧姓の通称使用を必要とするということは、夫婦同姓の義務付け自体の不合理性を認めることにほかならない。


4 日本のほかに夫婦同姓を義務付けている国は見当たらないこと


諸外国では、男女平等や個人の尊重の観点から、夫婦が別姓か同姓かを選べる国や、別姓が原則の国などがある。また、ドイツ、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン等、かつて夫婦同姓が義務付けられていた国も、姓を選択できる制度へ転換している。


日本政府も、内閣総理大臣が参議院議員からの質問主意書に対する2015年10月6日付け答弁書において「現在把握している限りにおいては、お尋ねの「法律で夫婦の姓を同姓とするように義務付けている国」は、我が国のほかには承知していない」と答え、内閣府特命担当大臣(男女共同参画)も2021年3月1日の衆議院予算委員会において同様の答弁をしているところであり、夫婦同姓を義務付けている国は、今や、日本のほかには見当たらない。


5 世論や社会状況等も選択的夫婦別姓制度の導入を求めていること


官民の各種世論調査においても、選択的夫婦別姓制度の導入に賛同する意見が高い割合を占め、反対の意見の割合を上回っている。例えば、2023年の国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査第7回全国家庭動向調査」では、60歳未満の回答者における「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合が、単身女性(未婚)で85.3%、離別女性で78.5%、有配偶女性で71.4%、単身男性(未婚)でも61.0%となっている。また、日本労働組合総連合会(連合)が2022年7月に実施した「夫婦別姓と職場の制度に関する調査2022」では、64%が同制度を容認すると回答し、東京大学と朝日新聞社が2023年2月から4月までの間に実施した「東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査(有権者調査)」でも、60%が同制度に賛成すると回答している。


地方議会においても、国に対して選択的夫婦別姓制度の導入や議論の促進を求める意見書が次々と採択されており、その数は2024年3月21日時点において確認されているものだけでも389件に上る(「一般社団法人あすには」の調査による。)。


また、近時は、複数の経済団体等からも、現行制度は個人の活躍を阻害し、様々な不利益をもたらすとして、選択的夫婦別姓制度の導入の要望が出されている。日本経済団体連合会(経団連)会長は、2024年2月13日の記者会見において、同制度の導入に賛成であると明言し、女性活躍や多様な働き方を推進する方策の最優先事項として、同制度の導入の検討を政府に求めた。経済同友会は、同年3月8日付けで「選択的夫婦別姓制度の早期実現に向けた要望」を公表し、「個人の尊重と両性の実質的平等、多様な家族形態を認める社会を実現するためには、選択的夫婦別姓制度を早期に導入することが必要」であるとして、同制度の導入に向けたロードマップの策定・公表等を政府に求めた。また、これら2団体を含む複数の経済団体等が、同日、関係省庁や首相官邸等に対し、同制度の早期実現を求める要望書や経営者らによる1000筆超の署名を提出している。


第5 導入されるべき選択的夫婦別姓制度の具体的内容

1 夫婦の姓の在り方


選択的夫婦別姓制度の導入に当たり、夫婦の姓については、同姓・別姓のいずれかを原則とするのではなく、同姓・別姓いずれの選択も自由かつ同等であることを明示すべきである。


そもそも、婚姻に際し夫婦の一方に改姓を義務付けることが個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた憲法に反するとして、民法第750条を改正して婚姻の際における姓の選択を認めるのであれば、いずれかを原則にする必要もなく、同姓夫婦になるか別姓夫婦になるかについては、それぞれの夫婦の選択に任せ、いずれを選択したとしても同じ夫婦として尊重すべきである。


2 別姓夫婦の子の姓の定め方


前述の1996年の法制審議会による法律案要綱では、子の姓を統一することとし、婚姻の際に夫又は妻の姓を子の姓として定めなければならないとしているが、子をもうけるかどうかはそれぞれの夫婦の生き方や選択によるものであり、子をもうけることを前提にあらかじめ子の姓を定めるような制度を採用すべきではない。また、子の姓も必ずしも統一する必要はない。


別姓夫婦の子の姓の定め方については、子の出生の時点における状況や当該子の将来などを考慮して、夫婦の協議によって父又は母の姓をその都度選択すれば足り、それが子一人ひとりの福祉に資することになり、それぞれの家族の多様性を認めることにもつながる。


なお、選択的夫婦別姓制度を導入した場合、両親の一方と子の姓が異なることになり、子が混乱して不利益を被るとの意見もある。しかし、両親が改姓を避けるべく事実婚を選んだため親の一方と子の姓が異なる親子、あるいは、両親が離婚したため親の一方と子の姓が異なる親子であっても、良好な関係を築いている人たちは数多くいるのである。良好な親子関係が形成され子の利益が図られるか否かは、親子の十分なコミュニケーションに負うところが大きいのであり、決して姓の同一だけに左右されるものではない。


第6 結論

以上のとおり、民法第750条は、婚姻に際し夫婦の一方に改姓を義務付け、結果として多くの女性が改姓を事実上強制され、様々な場面で改姓による不利益を被っている現実がある。また、婚姻前の姓を維持したまま婚姻しようとする人に対して、婚姻するために夫婦のいずれか一方が姓を変更するか、双方が姓を維持するために法律上の婚姻を諦めるかの過酷な二者択一を迫るものでもある。


これらは、「婚姻の自由」や「氏名の変更を強制されない自由」を全ての個人が享有すべきであるという人権問題にほかならず、速やかに是正すべきである。また、それは同時に、婚姻を望む人の選択肢を増やすことであり、多様性が尊重される社会、男女共同参画社会の実現につながり、私たちの社会に活力をもたらすものでもある。


国は、憲法並びに女性差別撤廃条約及び自由権規約に反する状態が継続していることを真摯に受け止め、民法第750条を改正し、誰もが改姓するかどうかを自ら決定して婚姻できるよう、選択的夫婦別姓制度を導入すべきである。


当連合会は、今後も同制度の早期実現のため、全力を挙げて取り組む決意である。