第23回定期総会・自動車保険士制度の立法化反対に関する決議

(決議)

交通事件の迅速・適正な解決は弁護士の重要な責務であり、われわれは被害者救済のため常に尽力しているところである。近時交通事故の多発と自動車保険制度の普及にともない、各種の私的団体が自動車保険士、損害保険士等の名称を付与し、あたかも公的資格を有するかのような印象を与え、その名称のもとに多数の者が保険金請求手続の代行その他事件解決を業とし、さらに進んでこれを公認の制度として立法化しようとしている。これは交通事故の正しい法的処理および解決の観点よりしてはなはだ危険であるとともに違法である。


われわれは、今後一層被害者救済の実を挙げるよう努力するとともに、かかる自動車保険士等の名称のもとに弁護士でない者が交通事故の処理等を業とすることを排除し、自動車保険士制度の立法化に断固反対する。


右決議する。


1972年(昭和47年)5月20日
第23回定期総会


理由

1.近時、交通事故の多発にともなう損害賠償事件の多量化と被害者の早期救済の必要性という大義名分のもとに、保険金の請求手続に関し、自動車保険士等の名称のもとで損害額の算定、手続の代行、法律相談等を業とする者を公認する制度を創設しようとする動きが活発化している。


しかも、これら自動車保険士等を公認化し立法化しようとする人達は、各種私的団体の名のもとに、あたかも国家的承認を得たかのごとき認定を講習会その他にかこつけて有料で行い、法制化に先立って、保険金請求手続の代行、損害額の算定、法律相談等を業として行う者を相当多数社会に送り込んでいるのである。


しかし、いかに社会的需要があるとはいえ、このように世人をあざむくような方法で、右の制度が創設されたときは、自動車保険士等の示談介入を実際上防止しえず、結局、損害賠償事件の示談交渉権を認めたことと実質上差異がないこととなり、その結果、自動車保険士等に市民の権利紛争を適正・公平に処理しうる十分な法律的知識、能力が保障されていないために、市民の権利の適正な保護という点からはかり知れない危険の発生が予想される。これは、被害者の救済、損害の公平な負担という市民法の理念に逆行することとなるばかりか、ひいては司法制度の根本を乱すことになるものと確信する。


すなわち、第一に、本制度の立案者らは、保険金請求手続の代行はするが、示談介入はしない旨宣言しているが、現在の保険制度の下では、保険金請求手続の代行は、損害賠償請求権の有無、範囲、賠償義務者の確定が前提とされ、そのためには相手方との示談成立が法的(任意保険)にも、慣例的(強制保険)にも要求されているところであって、保険金請求手続は事故調査、損害額の算定、示談という前提活動が予定されており、これらは密接不可分の関係にある一連の業務であり、それぞれを分離することは事実上不可能に近い。保険金請求手続の代行を業とすることを認め、示談交渉を禁止することが立法技術上可能だとしても、この禁止規定が空文化することは火を見るより明らかである。


第二に、現在立案されようとしている法制にあっては、自動車保険士等についての資格要件に厳格性がなく、法的紛争を適正・迅速・公平に処理しうるだけの十分な法律知識、能力の保障が存在しない。私人間の権利・義務に関する法律事務の処理については、一方、これを弁護士に独占せしめるとともに、他方弁護士資格を厳格にし、弁護士が絶えず深い教養と高い品性とを具え、かつ、法令等に精通することを要請しているのである。交通事故に基づく損害賠償問題については、過失相殺というとりわけ困難な問題をともなう場合が多く、裁判上にあってもこの点の認定が難問の一つとされ高度な法律知識が要求される分野である。このような紛争処理の法律知識について実質的保障の不十分な自動車保険士等が介入し、示談を成立せしめることを禁じえないとすれば、公平な紛争処理を通しての社会秩序の維持という法の理想は著しく阻害されることは明らかである。


2.しかし、われわれは、かような自動車保険士等の制度化運動は、一つの社会的需要に根拠づけられたものと思慮し、弁護士による保険金請求手続の代行を組織的に行わしめるべく、従来にも増して努力をはらっているものであり、各地において「自動車保険請求相談センター」を設置して市民の需要に応じつつあるものである。


3.以上の次第により、われわれは、かかる自動車保険士等の名称を使用して交通事故の紛争処理を行うことを排斥するとともに、その制度化によって却って社会不安と危険を惹起せしめるおそれがあるので、右立法化に断固反対するものである。


昭和47年5月20日
日本弁護士連合会