人種差別撤廃条約に関する第1・2回日本政府報告書に対する日弁連レポート

2001年 1月19日
日本弁護士連合


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(注) このレポートの本文中は、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の国名の 略称を下記のように統一して使用しております。ただし、日本政府報告書の記述の抜粋、日本政府が行政上使用している呼称の引用、その他個人の 発言の引用等にあたってはこの限りではございませんのでご了承下さい。


大韓民国 → 韓 国  朝鮮民主主義人民共和国 → 北朝鮮


第1部 総論

1.人種差別禁止のための国内法制度

(1)差別禁止法の不存在


A.結論と提言


 人種差別を禁止するための法律が日本に存在せず、また、法律を補うような体系的な人種差別禁止政策が存在しない日本の現状は、条約2条1項に違反する。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、総論「我が国憲法における基本的人権の尊重」において、憲法の諸規定を引用し、また第2条の記述において差別禁止に関する関係法令に言及するが、人種差別を禁止するための法律や体系的な人種差別禁止政策については述べていない。同報告書第6条「司法機関による救済」は、人種差別行為が民法の諸規定に違反する場合には同法によって救済される場合があり、また、「犯罪を構成する場合には」刑事法上の訴追手続が取られる場合のあることを述べているが、人種差別行為それ自体に対して救済を与える法律については何も述べていない。


C.日弁連の意見


1) 憲法その他の法律で差別の禁止はうたっているが、差別行為に対する処罰、救済、 撤廃義務などを具体的に規定した法令は存在しない。


2) 条約は国内法的効力が認められているが、日本政府はしばしば裁判などで条約の規 定の直接適用可能性について異議を述べるため、条約の直接適用による差別行為に対する処罰、救済、撤廃措置は、不確実な状況にある。


(2)「合理的差別」論による差別禁止の潜脱


A.結論と提言


 憲法の差別禁止に対して、裁判所や日本政府は「合理的差別」は禁止されていないとの解釈論を持っているが、内容や基準の不明確な「合理的差別」論を条約における人種差別禁止に適用することは、条約1条1項、2条1項、5条及び6条に違反する。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、憲法の差別禁止規定について、日本政府の解釈及び裁判所の判 例法において、「合理的差別」を禁止の対象から除外している事実、ならびに原告が条約1条1項の意味での人種差別の存在を主張する多数の訴訟において原告の請求が 「合理的差別」を理由に斥けられている事実について、何ら記載していない。


C.日弁連の意見


1) 憲法の差別禁止に対して、裁判所や日本政府は「合理的差別」は禁止されていない との解釈論を適用し、その結果、本来差別として許されない行為が合法化されている。


2) 自由権規約の差別禁止に対しても、日本の裁判所は「合理的差別」論を適用するため、規約人権委員会はそのような取り扱いはあらためるようにと勧告している。


3) 条約の適用解釈において、合理的差別が許されるかどうかという問題が判断された 裁判例はまだないが、そのような解釈により条約上の義務を免れることができないことを明らかにすべきである。


(3)私人間差別の効果的救済措置の不存在


A.結論と提言


 私人間の差別行為に対しては、そのような差別行為を捜査し、処罰し、被害者を救済するための法律を整備すべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第2条「私人間における差別の禁止」及び第6条「司法機関による救済」において、人種差別行為が民法の諸規定に違反する場合には同法によって救済される場合があり、また、「犯罪を構成する場合には」刑事法上の訴追手続が取られる場合のあることを述べているが、人種差別行為それ自体に対して救済を与える法律については何も述べていない。


C.日弁連の意見


1) 私人間の差別について、被害者は、現行法上、民法の公序良俗違反や不法行為規定 といった一般規定により、民事上の救済を受ける可能性があるにとどまる。


2) しかも、人種差別行為にそのような民法の一般規定が、さほどの困難もなく適用さ れるかについては、裁判例も少なく安定した解釈は形成されていない。


3) さらに、私人間の差別行為に対しては、条約は差別行為の捜査、処罰、民事的手段 に限られない救済の実施を保証しているが、日本の国内法制度には存在しない。


2.人種差別禁止条約の保護対象となる集団

(1)被差別部落


A.結論と提言


 日本に存在する「部落出身者」に対する差別は、条約1条1項に言う「世系」に基づく差別であり、かかる差別に関する日本政府の条約上の義務の履行条項が審査されるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、「部落出身者」に対する差別について、何も報告していない。


C.日弁連の意見


 日本に存在する「部落出身者」に対する差別は、日本政府及び地方自治体において長年にわたり差別を撤廃するための「同和行政」が実施されてきた深刻な差別問題である。この差別は、日本の封建時代の身分階層制度に端を発し、被差別者は日本社会の中で不可賤民として取り扱われてきた。近代化後においても、被差別者が比較的多く従事してきた皮革・食肉産業という職業への関わりや、被差別者が多数居住する地域の出身者であることによる代々の世系を理由に、就職や結婚などさまざまな分野で差別が現存している。それゆえ、この「部落出身者」に対する差別は、まさに条約1条1項に言う「世系」に基づく差別として、差別の状況やその差別解消のために取られている措置が、条約の義務との関係で審査されるべきである。


(2)その他の報告されていない少数者に対する差別


A.結論と提言


 日本政府報告書において報告されていない、在日台湾人、中国からの帰国者、 中南米から帰国した日系外国人などの少数者に対する差別に関する日本政府の条約上の義務の履行条項が審査されるべきである。


B.日本政府報告書の記述


日本政府報告書は、報告書に記載した以外の、在日台湾人、中国からの帰国者、中南米から帰国した日系外国人などの少数者に対する差別について、何も報告していな い。


C.日弁連の意見


 日本には、日本政府報告書が報告する少数者以外に、さまざまな民族的・文化的由 来を持つ少数者が存在する。


 在日台湾人は来日を余儀なくされた者の子孫であり、戦後は中華民国の国籍を回復 しながら日本に永住権をもって居住している。このような在日台湾人が大半を占めると思われる、中国国籍の特別永住者は、1999年において4,252人であり、また、一般永住者も含む中国国籍の永住者は、42,212人である。在日台湾人も、旧日本軍の軍人または軍属として徴集されたにもかかわらず戦後恩給や遺族補償を受 けられないなどの公的差別を受けているほか、旧植民地出身者に対する日本社会の差別視にさらされている。


 中国からの帰国者は、第2次世界大戦直後に中国に日本人が取り残され、その後日 中の国交が1972年まで断絶する中で、中国での生活を余儀なくされた日本国民及び中国国籍のその家族である。彼らは、日中国交回復後日本への帰国が認められるようになったが、日本社会に統合されるに際し、言葉や文化の違いから、就職や教育の場における差別などに直面している。


 中南米から帰国した日系外国人は、かつて中南米大陸に移住した日本国民の子孫で あるが、1980年代後半の日本の労働力不足と日本政府の誘致政策から大量に来日するようになった。しかし彼らが、日本人とは異なる言葉や生活習慣をもつことから、就職や教育の場における差別などに加えて、入居や入店など生活の場において拒否されるなど差別行為に遭遇している


3.人種差別的表現、煽動、暴力の規制

(1)人種差別的暴力行為に対する処罰の必要性


A.結論と提言


 日本政府は、条約第4条の留保のもとでも、憲法の保障する表現の自由及 び集会・結社の自由を侵害しない限度で、人種差別的暴力行為を処罰するための立法を行うなど、条約4条の義務を履行するべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第4条の記述において、「人種差別的な表現類型を一般的に処罰 の対象とはしていない」こと、他方で関連する刑事法規で一定の行為が処罰される場合があること、を報告しているが、憲法やそれに基づく留保にも関わらず、処罰可能な人種差別的暴力行為に対しその人種差別的な性格に基づいて処罰する法令や政策については述べていない。


C.日弁連の意見


 日本政府報告書が指摘するように、憲法の保障する表現の自由のもとで、条約4条 (a)に該当する行為であっても、それが表現にとどまる限り表現それ自体を処罰の対象とすることは許されず、また憲法の保障する集会・結社の自由のもとで、条約4 条(b)に該当する団体及びその活動であっても、集会・結社の自由に含まれる行為を禁止することは許されていない。そのため、日本政府は、条約の批准に際して、「日本国は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第4条(a)及び(b)の規定の適用に当たり、同条に『世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って』と規定してあることに留意し、日本国憲法の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これ らの規定に基づく義務を履行する。」との留保をつけている。


 しかしながら、日本政府の留保が、「日本国憲法の下における集会、結社及び表現の 自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する。」と述べているように、日本政府は、憲法の保障の範囲外にある行為について は、なお、条約4条(a)及び(b)のもとで要求される措置を効果的に実施する義 務を負っている。


 例えば、条約4条(a)にいう「いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の煽動」など、他者に物理的な危害を与え、または物理的な危害を与えることを煽動する行為は、もはや憲法の保障のもとにある行為ではない。日本国内においては、日本政府報告書が指摘するように実際に朝鮮人学校生徒を標的にした暴力行為が頻発し ている。


 このような人種差別的意図に基づく暴力行為を効果的に禁止し、抑止するためには、そのような意図をもたない暴力行為をも禁止する一般の刑事法に委ねるだけではなく、人種差別的意図に基づく暴力行為を特定的に禁止し、処罰するための法律が必要とさ れる。


(2)公務員の差別的表現への規制や処罰制度の不存在


A.結論と提言


 条約2条1(a)及び4条の義務を履行するため、日本政府は、公務員が その職務に関連してまたは公務員たる資格において行う、人種差別的表現、人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布、人種差別の煽動、その他 あらゆる人種差別行為を禁止し、処罰するための法律の必要性につき、今後検討が必要である。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第2条「国及び地方の公の当局及び機関による差別の禁止」に おいて、公務員等に対する「周知徹底」や「要請」を行ったことを報告するが、公務員に差別禁止の義務を課す具体的法令については報告していない。また、同報告書は、 第4条「流布、扇動、暴力の処罰化」において「公務員の平等取扱の原則違反」に言 及しているが、公務員による、人種差別的表現、人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布、人種差別の煽動、その他あらゆる人種差別行為に適用される法令や政策については何ら言及していない。


C.日弁連の意見


 憲法のもとで、公務員も表現の自由や集会・結社の自由を含む、基本的人権を享有 主体であるが、公務員関係の存立とその自律性を確保するために合理的にして必要最小限度の規制により、公務員の基本的人権が制限されることも認められている。他方で、条約2条に定める人種差別撤廃義務のもとで、締約国は、公務員が職務に関し、人種差別撤廃行為を行わせないようにする義務を負っている。


 それゆえ、公務員がその職務に関連してまたは公務員たる資格において行う行為は、 もはや憲法の保護を受ける行為ではないことから、そのような行為に対して条約4条(a)及び(b)によって求められる規制を加えることは、日本の憲法に抵触するも のではなく、日本政府の留保にかかわらず日本政府が実施義務を負っている。


 以上の状況のもとで、国家公務員法27条及び地方公務員法13条は、「すべて国民 は、この法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性別、社会的身分、門地(中略)政治的意見若しくは政治的所属関係によって、差別されてはならない。」と定め、それに違反して差別した公務員を1年以下の懲役又は2万円以下の罰金に処する(国家公務員法109条及び地方公務員法60条)として、公務員の任免行為な ど限られた分野における差別を禁止している。しかし、公務員がその職務に関連してまたは公務員たる資格において行う他の差別行為や差別的表現行為を、一般的に規制 し、処罰する法律は存在しない。


 このようなもとで、例えば、2000年4月9日、東京都知事石原慎太郎は、陸上 自衛隊の記念行事に参加して、陸上自衛隊に対し、次のような演説を行った。「先程、師団長の言葉にありましたが、この9月3日に陸海空の3軍を使ってのこの東京を防 衛する、災害を防止する災害を救急する大演習をやって頂きます。今日の東京をみますと、不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り返している。もはや東京の犯罪の形は過去と違ってきた。こういう状況で、すごく大きな災害が起きたときには大きな大きな騒擾事件すらですね、想定される、そういう現状であります。 こういうことに対処するためには我々の警察の力をもっても限りがある。だからこそ、そういうときに皆さんに出動願って、災害の救急だけではなしに、やはり治安の維持 も一つ皆さんの大きな目的として遂行していただきたいということを期待しております。」


 なお、「三国人」という表現は、第2次世界大戦後、戦敗国の枢軸国と戦勝国の連合国と区別する形で、日本の旧植民地である朝鮮半島出身、中国や台湾出身の外国人を呼称した言葉である。この発言は、条約の意味における人種によって区別される特定 の外国人集団を、「凶悪犯罪を繰り返す」者として非難するとともに、そのような集団の「騒擾事件」に対処するために警察のみならず軍隊の出動による鎮圧を要請するも のであり、人種的憎悪に基づく煽動の発言であった。それにも関わらず石原都知事は、刑罰法規をはじめとする何らの法違反も問われることなく、捜査もないまま処罰や処分を受けずにいる。


 このような事態が繰り返されることを防止するためには、公務員がその職務に関連してまたは公務員たる資格において行う人種差別行為や差別的表現行為を規制し、処罰するための法律の必要性につき、今後の検討が必要である。


4.人権侵害の救済措置

(1)司法機関における救済措置


A.結論と提言


 私人間における人種差別の被害者が、司法機関を通じて効果的かつ確実に 救済を受けることを可能にするために、あらゆる人種差別行為は無効なものとして排除されること、ならびに人種差別行為は不法行為に該当し損害賠償 の対象となることを確認する立法措置を取るべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第6条「司法機関による救済」において、人種差別行為が民法 の諸規定に違反する場合には同法によって救済される場合があり、また、「犯罪を構成する場合には」刑事法上の訴追手続が取られる場合のあることを述べているが、これらの民事・刑事法令のもとで、人種差別の被害者がどのように効果的に救済されているのか、ならびに人種差別行為それ自体の防止と救済を目的とした法令の存在については何も述べていない。


C.日弁連の意見


 日本政府報告書が報告するように、人種差別行為は、民法の条項によって「その効力が否定される場合がある(民法第1条、第90条)ほか、人種差別行為によって他 人に損害を与えた場合には、一定の要件の下にその損害を賠償する不法行為責任を負う(民法709条)」とされる。しかし、これらの民法の諸条項は、きわめて一般的なもので、人種差別行為に適用されるかどうかは極めて不安定なものである。


第1条 私権ハ公共ノ福祉ニ遵フ


 (2)権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス


 (3)権利ノ濫用ハ之ヲ許サス


第90条 公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス


第709条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損 害ヲ賠償スル責ニ任ス


 これらの民法の諸条項を人種差別に適用して救済した裁判所の判決例は極めて少ない。日本政府報告書が紹介する民族差別に関する2つの判決例は、ほとんどすべてであるが、このように判決例が極めて少ないこと自体がまず、民族差別や人種差別に対 して、司法的救済を受けることの困難さを物語っている。加えて、これらの判決は、日本が条約を批准する以前の民族差別に関する判決例であり、日本の裁判所が条約の 下で人種差別の被害を効果的かつ確実に救済していくかどうかは明確ではない。大阪地方裁判所1993年6月18日判決は、家主が申込者が在日韓国人であることを理 由に契約締結を拒否した行為自体を不法行為としたものではなく、不動産仲介業者がいったん申込者の入居に合意していた点をとらえて、信義誠実原則違反としたと解釈 する余地もある。その場合、民族差別の意図で一切の合意もすることなく契約を拒否した場合、救済が行われるかは明確ではなかった。


 なお、日本の条約批准後、人種差別行為に対して損害賠償の支払を命じた判決は、 今日まで1件ある。これは、宝石店の店主が店頭に「外国人お断り」と表示をして外国人の入店を拒否していたところ、ブラジル人の女性客が店内に入った際に、店主が その客に国籍を尋ねた上で退去を求め、そのために警察官を呼んだ事件について、人種差別による不法行為に該当するとして150万円の損害賠償を命じた判決である (静岡地方裁判所浜松支部1999年10月12日判決)。


 しかしながら、後に外国人に対する項で述べるように、外国人の入店、入浴、入居 を拒否する人種差別的慣行は日本社会に広範に存在しながら、それが訴訟によって救済された例は、上記の1件を除き存在しない。そのことは、差別を受けた外国人にと って、訴訟における救済が法律上確実ではない、訴訟に長期の期間が要求される、認められる賠償額が低いなどの理由もあり、訴訟による救済が効果的な救済手段とはなっていない実態を示している。


 それゆえ、人種差別に対する訴訟上の救済をより確実なものとし、かつそれによって私人間の人種差別の防止を図るために、あらゆる人種差別行為は無効なものとして排除されること、ならびに人種差別行為は不法行為に該当し損害賠償の対象となることを確認する立法措置を取るべきである。


(2)人種差別に対する調査、救済、教育を行う国内人権機関の必要性


A.結論と提言


 人種差別に対する調査、救済、教育を通じて、人種差別に対する効果的な 防止と救済とを実施するための国内人権機関が設置されるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第6条「行政機関による救済」以下で、行政機関による救済、行政不服審査法及び出入国管理及び難民認定法の手続を通じての、人種差別行為に対する救済について記述し、「人権擁護機関の仕組み」以下で人権擁護局と人権擁護委員の制度を報告している。


C.日弁連の意見


 日本政府報告書は、行政機関による救済、行政不服審査法及び出入国管理及び難民 認定法の手続を通じての、人種差別行為に対する救済について報告しているが、これらは行政機関がその処分において人種差別的処分を行った場合の救済でしかなく、処分以外の行政機関の行為や私人間における人種差別行為の防止や救済を行うものではない。


 日本政府報告書が報告する法務省人権擁護局と人権擁委員による救済制度は以下に 述べる理由で、効果的な防止と救済を行っていない。すなわち、日本には、法務省人権擁護局とその下部機関である法務局及び地方法務局・支局を中心として人権擁護行 政が存在し、また、これを補完するものとして人権擁護委員の制度が存在する。しかし、法務省のもとにある人権擁護行政は法務省の職員によって実施されており、行政からの独立性は何ら与えられていない。また、人権擁護委員は、民間のボランティアで、市町村長の推薦した者の中から法務大臣が弁護士会の意見を聴いた上で委嘱 することになっている。しかし、その人選は、名誉職的色彩が強く、必ずしも人権に関する専門的知識が要求されるわけではなく、委員の平均年齢も60歳を超えている など、人権侵害に対する効果的な機能は期待できないものである。1993年度に日本政府(総務庁)が行った被差別部落民に関する「同和地区全国実態把握等調査」によると、人権侵害への対応として、「法務局又は人権擁護委員に相談した」割合は、わずか0.6%であり、法務局又は人権擁護委員の制度が人権侵害事犯に対して、ほと んど機能していないことは明らかである。


 それゆえ、日本においては、人種差別に対する調査、救済、教育を通じて、人種差 別に対する効果的な防止と救済とを実施するため、国際人権基準を含む人権に対する知識や経験を持つ有給の委員によって構成され、独立性と人権侵害の審査と救済につ いて一定の権限が与えられている国内人権機関の設置が必要とされている。


5.人権教育

(1)学校教育


A.結論と提言


 日本政府は、人権教育を系統だったやり方で学校カリキュラムに導入するための迅速かつ効果的な措置をとっていない。これは、条約第7条に違反する。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、108項において学校教育における人権教育について触れているが、その記述は、条約第7条が規定している「迅速かつ効果的な措置」を説明しているものとはなっていない。


C.日弁連の意見


1) 条約第7条は、「締約国は、・・・国際連合憲章、世界人権宣言、あらゆる形態の人 種差別の撤廃に関する国際連合宣言及びこの条約の目的及び原則を普及させるため特に教授、教育・・・の分野において、迅速かつ効果的な措置をとることを約束する。」と規定している。また、人種差別撤廃委員会が採択した一般的勧告Ⅴでは、政府報告書においては、「教授、教育」の分野における「迅速かつ効果的な措置」に関 する情報を提供することが要求されている。


2) しかしながら、日本政府報告書の記載は、具体性に欠け、「迅速かつ効果的な措置」を記載したものとはなっていない。実際、日本の小学校・中学校・高等学校における人権教育は、その質量ともに、到底「迅速かつ効果的な措置」とはなっておらず、 系統だったカリキュラムが組まれているわけではない。


3) 子どもの権利委員会は、1998年6月、第1回日本政府報告書に対する最終見解 23項において、「日本が、(子どもの権利)条約第29条に従い、人権教育を系統だったやり方で学校カリキュラムに導入するために充分な措置をとっていないことを懸念する。」と指摘している。この最終見解は、子どもの権利条約の実施状況に関連して出されたものではあるが、その内容は、条約第7条の履行状況にもあてはま るものである。


(2)特定職業従事者に対する人権教育


A.結論と提言


1) 日本政府は、人権の実現に影響を与える特別な地位にある人々(特定職業 従事者)、特に、裁判官、検察官、行政官及び法執行官に対する人権教育を実施していない。これは、条約第7条及び一般的勧告XIIIに違反する。


2) 日本政府は、条約第7条及び一般的勧告XIIIのもとでの義務を果たすた め、国連人権高等弁務官事務所が作成した「プロフェッショナル・トレーニング・マニュアル」の使用等、利用可能な手段を最大限に用いて、特定 職業従事者に対する人権教育の「迅速かつ効果的な」実施のための行動を とるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、この問題について何も記述していない。


C.日弁連の意見


1) 条約第7条は、締約国の人権教育の義務を具体的に明記しており、かつ人種差別撤 廃委員会が採択した一般的勧告XIIIは、特に法執行官に対する集中的トレーニングの必要性を指摘している。また、「人権教育のための国連10年行動計画」も、その 24項において、「人権の実現に影響を与える特別な地位にあるその他の人々に対する研修について、特別な注意が払われる。」と規定して、特定職業従事者に対する 人権教育の重要性について明記している。


2) しかしながら、日本においては、一般的勧告XIIIが指摘している法執行官に対する 集中的トレーニングは勿論、その他の特定職業従事者に対する人権教育も、単発の講義や講演を除きほとんどなされていない状況にある。


3) 国際人権(自由権)規約に関する規約委員会も、1998年11月、第4回日本政 府報告書に対する最終見解32項において、裁判官・検察官・行政官に対する人権教育の必要性を指摘し、特に、「裁判官に関しては、規約の規定に習熟させるため、 裁判官協議会及びセミナーが開催されるべきである。委員会の「一般的意見」及び第一選択議定書による個人通報に対して委員会が表明した「見解」が、裁判官に配 付されるべきである。」と具体的に勧告している。この最終見解は、国際人権(自由権)規約の実施状況に関連して出されたものではあるが、その内容は、条約第7条 の履行状況にもあてはまるものである。


4) 国連人権高等弁務官事務所は、人権教育に関する教材として、人権に深く係わる特 定職業従事者を対象とする「プロフェッショナル・トレーニング・マニュアル」を刊行している。具体的には、法執行官、監獄職員、裁判官等に対するトレーニング・ マニュアルが作成されており、日本においても充分に利用価値のあるものである。


(3)人権教育に関する「国内行動計画」と「人権擁護推進審議会」の答申


A.結論と提言


 国連の「人権教育のための国連10年行動計画」に基づき日本政府が発表 した「国内行動計画」や人権擁護推進審議会の「答申」においては、条約第7条を具現する「迅速かつ効果的な措置」が具体的に規定されていない。日 本政府は、学校カリキュラムや特定職業従事者に対する研修をはじめとする人権教育のプログラムの策定及び実施の措置を早急に取るべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、この問題について、42項、109項及び110項で触れてい るが、その記述は一般的で具体性に欠け、条約第7条及び一般的勧告Vに規定された「迅速かつ効果的な措置」を説明するものとはなっていない。


C.日弁連の意見


①人権教育のための国連10年


 1993年のウィーンにおける世界人権会議において人権教育の必要性が指摘され、 国連総会は、1994年に「人権教育のための国連10年」の計画を決定し、国連は1995年から2004年までを「人権教育のための国連10年」として詳細な「国 連行動計画」を発表した。これに基づき、日本政府は、内閣に「人権教育のための国連10年推進本部」(内閣推進本部)を設置し、1997年に「国内行動計画」を発表 している。しかし、この「国内行動計画」は極めて抽象的なものであり、条約第7条に規定される「迅速かつ効果的な措置」を規定したものではない。また、「国内行動計 画」の実施にあたっては、「人権擁護推進法審議会」の検討結果(答申)を反映させるとされているが、以下に述べるとおり、「人権擁護推進審議会」の答申は、検討対象を 私人間の人権問題に限定しており、答申を「国内行動計画」の実施に反映させることは不可能である。


②人権擁護施策推進法と審議会の経過


 1996年12月、①人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育 と啓発に関する施策(第1諮問)と、②人権が侵害された場合の被害者の救済に関す る施策(第2諮問)、を推進することを国の責務とする「人権擁護施策推進法」が制定 され、同法に基づき「人権擁護推進審議会」が設置された。その後、審議会は、第1諮問について1997年5月の第1回審議会以降29回の審議を重ね、1999年7 月29日に答申を出した。しかし、この答申は、答申の対象を私人間の人権問題に限定しているうえ、人権条約については、国際人権(自由権)規約に関する第4回日本 政府報告書の審査(1998年11月)の最終見解と子どもの権利条約に関する第1回日本政府報告書の審査(1998年6月)の最終見解の存在のみを、注のわずか4 行で触れているのみであり、人種差別撤廃条約に関する言及は全くない。


第2部 定住外国人に関する諸問題

1.在日韓国・朝鮮人の外国人登録上の国籍欄の表示

A.結論と提言


 日本政府は、在日韓国・朝鮮人の外国人登録上の国籍欄の表示を、現在の 「韓国」と「朝鮮」に分けて記載することを廃止し、統一表示にすべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、23項において、「在日韓国・朝鮮人は、朝鮮半島が韓国と北朝 鮮に分かれている現状から、彼らの自由意思に基づき韓国籍を取得している者及びこれを取得していない者に大別される」と記述するが、日本政府は、在日韓国・朝鮮人 (日本の朝鮮半島及び台湾に対する植民地支配の結果、日本に居住することを余儀なくされた者とその子孫で、その多くが特別永住資格をもつ者をいう)にかかる外国人 登録上の国籍欄の表示を「韓国」と「朝鮮」の2種類に分けていることに言及していない。


C.日弁連の意見


 戦後、在日韓国・朝鮮人は、1947年5月2日に交付施行された外国人登録令に よって、外国人登録を義務付けられた。その際、在日韓国・朝鮮人の外国人登録上の国籍欄の表示は、「朝鮮」の表示で統一され、1948年に朝鮮半島が「朝鮮民主主義 人民共和国」と「大韓民国」に分断した後も、表示は「朝鮮」表示で統一されていた。 ところが、日本政府は、その後、大韓民国官憲発給の国籍証明等の資料を添えて国 籍の表示を「韓国」と記載して届出をした場合は、国籍欄の表示を「韓国」とするという取扱をし(1966年(昭和41年)9月30日民事甲第2594号民事局長通達)現在に至っている。


 しかし、日本政府は、他の分断国家国民の外国人登録について、かかる外国人登録 上の国籍欄の表示上の区別は行ったことはなく、現在も行っていない。


 事実、在日中国人について、中華人民共和国出身者及び中華民国(台湾)出身者い ずれについても、外国人登録上の国籍欄の表示は「中国」1つであり、ドイツ統一前の在日ドイツ人について、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)出身者、東ドイツ(ドイツ 民主共和国)出身者いずれも、日本の外国人登録上の国籍欄の表示は「ドイツ」であった。


 日本政府は在日韓国・朝鮮人についてのみ外国人登録上の国籍欄の表示を「韓国」 と「朝鮮」の2種類に分けている。


 在日韓国・朝鮮人の外国人登録において、かかる国籍欄の表示上の区別がなされて いることを利用し、日本政府は、過去には「韓国」表示の者には永住資格を与え、「朝鮮」表示には与えないという取扱を行った。


 最近においても、146回臨時国会において、与党の一部は、「韓国」表示の在日韓 国・朝鮮人には地方選挙権を与え、「朝鮮」表示の在日韓国・朝鮮人にはこれを与えない結果となる法案を衆議院に提出している。


 これは、在日韓国・朝鮮人について外国人登録上の国籍欄の表示が「韓国」と「朝 鮮」に区別されていることを利用してなされており、単に表示上の問題を超えた実体的取扱いの区別をもたらしている。


 これは、明らかに中国やドイツ等の他の分断国家の民族には行われない人種・民族 を理由とした差別的取扱であり、国及び地方のすべての公の当局及び機関による差別を禁じた第2条1項(a)に反する。


 したがって、在日韓国・朝鮮人にかかる外国人登録上の国籍欄の表示における区別 を廃止し、統一表示を直ちに実施すべきである。


2.国及び地方の公の当局及び機関による差別の禁止

A.結論と提言


 条約第2条1項(a)及び4条(c)の義務を履行するため、日本政府は、 公務員による、人種差別的表現、人種的優越または憎悪に基づくあらゆる思想の流布、人種差別の扇動、その他あらゆる人種差別行為を禁止し、処罰するための法律を制定すべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第2条の記述において、憲法及び地方自治法の諸規定を引用し、 国民が国及び地方公共団体から人種等を理由に差別されないことが保障されており、人権の尊重は公務員にとって最も基本的な原則であると述べている。しかしながら、 現実には、東京都知事によって人種差別の助長または扇動に該当する発言がなされ、放置されているという問題が起きている。


C.日弁連の意見


(1)石原慎太郎東京都知事は、2000年4月9日、陸上自衛隊第1師団創設記念式典 において、「今日の東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪をですね、繰り返している。もはや東京における犯罪の形は過去と違ってきた。こう いう状況を見まして、もし大きな災害が起こった時には大きな大きな騒擾事件すらですね、想定される。そういう状況であります。こういうものに対処するためには、な かなか警察の力をもっても限りとする。ならばですね、そういう時に皆さんに出動願って、都民のですね災害の救助だけでなしに、やはり治安の維持も、一つ皆さんの大 きな目的として遂行していただきたいということを期待しております。」(以下、「石原発言」と言う。)と発言した。


 石原発言は、自衛隊法81条1項により内閣総理大臣に対して部隊の出動要請を為 す権限を有する都道府県知事が、自衛隊に対し、定住外国人をはじめ在日外国人への軍事的圧迫を呼びかけたに等しい。これは、1923年の関東大震災時際に数千名の 朝鮮人が虐殺された事実を想起させる、日本社会の民族排外的要素の現れである。


(2)この石原発言は、2000年8月31日付日弁連「要望書」において、「人種差別 撤廃条約第1条に規定する『人種差別』行為に該当するとともに、同条約第4条(c)の趣旨から地方自治体の長に求められる人種差別の助長や扇動の防止義務に違反する おそれを有」し、「在日中国人、在日韓国・朝鮮人の平和の裡に差別されず幸福に生きる基本的人権(日本国憲法前文、第14条1項及び第13条)を侵害する」ものと認 定された。


 同要望書の趣旨は、「貴殿が東京都知事として出席し挨拶した2000年4月9日 の陸上自衛隊第1師団創設記念式典において『三国人』という発言『不法入国した多くの三国人、外国人が大災害時には大騒擾事件を起こすので、その際には自衛隊の治 安出動をお願いする。』との趣旨の発言をした件につき、人権救済の申立を受けて調査した結果、貴殿がこのような人種差別的発言を今後再びすることがないよう」というものである。


(3)しかし、同要望書が石原知事宛に送付される直前に発売された「週刊現代」(20 00年9月2日号)誌上で、石原知事は、「東京にはやらなければいけないことが、山ほどある。治安も考えなければならない。新宿や池袋にいる不法入国の外国人がその うち災害などのドサクサにまぎれて何をやりだすかわからない。いま府中刑務所には2犯以上の重複犯が服役している。その定員2000人のうち、四百数十人が三国人、 外国人です。ちなみに三国人というのは差別用語じゃありませんからね。それが使えないと外務省も困るよ。で、こないだ閣議了解したそうだね。」と発言している。石原 知事は、同年4月19日に、都議会民主党に宛てて交付した文書においては、「不法入国した外国人のことを不法入国した三国人と表現しました。」「一般の外国人の皆さん の心を傷つけるつもりは全くないので、今後は誤解を招きやすい不適切な言葉を使わぬように致します。」と述べているが、上記週刊誌の記事はかかる石原知事の釈明が信 用に値しないことを物語っている。


 また、石原知事は、1973年に出版された著書「機密報告」(学芸書林)の中で、 在日韓国・朝鮮人の密集居住地域を「第三国人部落」と、在日韓国・朝鮮人の民族団体を「三国人同盟」「第三国人連盟」と、各々表現しているのであるから、上記の釈明 はそもそも虚偽である。


 さらに、石原知事は同月16日のテレビ朝日の番組「サンデープロジェクト」にお いても「北鮮」なる差別用語を用いて、「兵庫県在日韓国朝鮮人教育を考える会」から謝罪を求められたが、回答すらしないでいる。


(4)上記の各事実と石原知事の年齢・経歴からすれば、石原知事が「三国人」なる言葉 を、それが旧植民地出身者及びその子孫である在日中国人及び在日韓国・朝鮮人を対象とした差別用語であることを十分に認識しつつ用いたのであって、同知事は確信的 な人種差別行為を行ったことは明らかであるし、かつ、日弁連の要望に反して今後も行う可能性が高いことが明らかである。


(5)なお、上記(1)記載の日弁連「要望書」は、4名の在日韓国・朝鮮人弁護士を申 立人とする、2000年4月13日付の日弁連人権擁護委員会への人権救済申立に応えて出されたものであるが、同弁護士らは同日付で東京法務局に対しても人権救済申 立を行っている。この申立に対して東京法務局は、申立人らに一切の調査・聴取も行わないまま、同年10月20日付で処理結果が伝えてきた。


 当該処理結果「申立てに係る石原慎太郎東京都知事の発言は、我が国に不法に入国 した外国人の中には凶悪な犯罪を犯す者が少なくなく、大災害時には大騒擾事件の発生すら予想されるとして、治安維持の遂行についても自衛隊に期待したいとの同知事 の政治的信条を述べたものであり、『三国人』という言葉も、このような文脈や、同知事自身が外国人の意味で用いた旨釈明していることなどに照らすと、在日韓国・朝鮮 人や在日中国人に対する蔑称として、これらの人々を殊更差別する意図で用いられたものとは認められませんでした。従って、『三国人』という言葉の使用によって、直ち に在日韓国・朝鮮人や在日中国人について何らかの人権が侵害されたとは認められず、 また、都知事発言によって、大災害時の自衛隊の治安出動により、これらの人々の生 命・身体が危険に晒される可能性が発生したものとも認めることができません。」(全文)というものである。当該処理結果は、上記(2)の日弁連の要望書中の認定とも 乖離し、同(3)(4)記載の事実も何ら考慮に入れられていないものにすぎない。


(6)以上、石原東京都知事の発言は国又は地方の公の当局又は公の機関が人種差別を助 長し又は扇動することを許さない条約第4条(c)に反し、かかる言動について何ら措置を講じない国は、人種差別を非難しあらゆる形態の人種差別を撤廃する政策を遅 滞なく遂行することを定めた条約第2条1項に反するものである。


3.朝鮮人学校女子学生に対する差別言辞・言動・暴行

 「第9部 女性に対する複合差別の問題」において、言及する。


 


4.参政権

A.結論と提言


 日本政府は、在日韓国・朝鮮人に対して、その地域住民としての実体から、 少なくとも地方参政権(地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権並びに被選挙権)を行使するための地位を付与すべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、24項において、在日韓国・朝鮮人の参政権について、日本国 籍を有していないことから参政権等通常外国人には与えられていない権利は与えられておらず、国内法上他の外国人と基本的に同等の取扱となっている旨記述し、同報告 書(67項)において、地方自治体の中には、外国人施策など審議し意見具申を行うことのできる「外国人市民代表者会議」を設置したり、審議会等に外国人に対し一定 枠を確保しているところもあるとことに言及しているにとどまる。


  理 由


 戦前、在日韓国・朝鮮人は「帝国臣民」であり、日本に在住していた男子の朝鮮人・ 台湾人は、衆議院の選挙権も被選挙権もともに有していた。


 1945年12月、日本政府は、朝鮮人および台湾人に選挙権を行使させない措置 をとり、1947年5月、外国人登録令を施行し、彼らを「当分の間、これを外国人とみなす」ものとし、外国人登録を義務付けた。


 日本政府は、対日平和条約(サンフランシスコ講和条約)の発効(1952年4月 28日)を機に、平和条約発効によって、在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者は日本に在住する者も含めてすべて「日本国籍」を喪失し、したがって「外国人」になっ たとの見解を打ち出した。これは、法務府(現在の法務省)の「民事局長通達」(1952年4月19日民事甲438)によって示された。


 しかし平和条約には、国籍が変わることを直接に定めた規定はなく、右の措置は、 日本政府の独自の見解によったものである。


 このように日本政府は、戦後一方的に在日韓国・朝鮮人の日本国籍からの離脱を宣 言し、在日韓国・朝鮮人にそれまで与えていた衆議院の選挙権・被選挙権等の参政権を剥奪した。他方、在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配の結果、日本に居住する ことを余儀なくされたものとその子孫でありながら、納税の義務を課され、日本の政治的意思決定に全面的に服従せざるを得ない地位におかれている。


 社会的実体としても、在日韓国・朝鮮人はすでに5世、6世の世代が存在し、日本 において永住権を取得し、平穏に日本の地域社会に定着している。


 日本政府は、かかる政治的無権利状態にある在日韓国・朝鮮人に、日本の政治に参 加するための諸権利を与える措置を何ら講じていない(なお、地方自治体が設ける外国人市民代表者会議等は、単に地方自治体に外国人が意見具申するに過ぎず、あくま で諮問的なものに過ぎない)。


 在日韓国・朝鮮人が、日本の植民地支配の結果、日本において居住を余儀なくされ た経緯及び永住資格を有し、日本の地域社会の構成員として生活している実態からすれば、少なくとも地方政治レベルにおいて在日韓国・朝鮮人の意思を地方政治に反映 させる手段である地方参政権を付与すべきである。


 最高裁判所も「憲法第8章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方 自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づき、その区域の地方公共団体が処理するとして、政治形態を憲法 上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから我が国に在留する外国人の内でも永住者であってその区域の地方公共団体と特段に密接な関係を持つに至 ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関係を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって地方公共団体の長、その議 会の議員などに対する選挙権を付与する措置を講ずることは憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。」と判示して(1995年2月18日・民集49 巻639頁)、永住外国人に地方公共団体に関する選挙権を与えることは合憲と判断している。


 また、被選挙権についても、大阪地方裁判所1997年5月28日判決は、永住外 国人につき地方公共団体の被選挙権を与えるか否かは議会の裁量である旨判示しており、永住外国人に地方参政権を付与することについての憲法上の疑義はない。


 これらの在日韓国・朝鮮人が日本に居住を余儀なくされた経緯、日本の地域社会の 定着した構成員として生活している実態、戦後一方的に日本国籍並びにそれに付随して参政権を剥奪された経緯、永住外国人に対し地方公共団体の選挙権・被選挙権を与 えることに憲法上の問題はない旨の裁判所の判断等に鑑みれば、すべての段階における政治に参与する権利の享有にあたって人種または民族的出身による差別なしに権利 の保障を締約国に命じた第5条(C)の趣旨に照らし、少なくとも、地域社会の住民としての実体を有する在日韓国・朝鮮人に対して、地方参政権を行使するための地位 が付与されるべきである。


C.日弁連の意見


5.公務就業権

A.結論と提言


 日本政府は、公務員の任用につき、当該公務が公権力の行使又は公の意思 の形成への参画に携わるものかどうかという曖昧な基準によって在日韓国・朝鮮人の公務就任を排斥する取扱いを直ちに廃止する措置をとるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、第5条「公務就業権」(68項)において、「我が国では、公権 力の行使または公の意思の形成への参画に携わる公務員となるためには、日本国籍を必要とする」と言及し、日本政府も、在日韓国・朝鮮人は外国人として、公務員に就 任するについてかかる制約に服するという取扱いを行っている。


C.日弁連の意見


 外務公務員法は明文で「国籍を有しない者又は外国の国籍を有する者」を排除して いるが(7条1項)、国家公務員法及び地方公務員法は公務員の資格を日本国民に限定してはいない。


 しかし、日本政府は、「公権力の行使又公の意思の形成への参画にたずさわる公務員 となるためには、日本国籍を必要とする」とし、単なる技術的な職務についてのみ外国人を任用できるという立場をとってきた。その結果、競争試験により採用される一 般職国家公務員については、人事院規則8-18により、公務員採用試験の受験資格を外国人には認めていない。したがって、一般職公務員について在日韓国・朝鮮人そ の他の外国人を採用した実績はない。


 また地方公務員については、採用試験の受験資格として日本国籍の保有が必要であ る旨を一方的に記載し、外国人の受付を拒否するという手法で受験資格を外国人に限定している地方公共団体が多く存在する(1997年4月1日時点で、職員採用にか かる国籍条項を条件付で撤廃している地方自治体は、川崎市、横浜市、大阪市、神戸市、神奈川県及び高知県の2県4市に過ぎない)。


 在日韓国・朝鮮人等の定住外国人が公務員の職に就く権利は、少なくとも職業選択 の自由によって保障された基本的人権である。議会の意思に基づかない行政庁の見解によって、外国人の基本的人権を制限するような重大な差別的取扱いをすることは許 されない。


 また、「公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成への参画にたずさわ」る職とい うだけでは具体的にいかなる職を指すのか不明確である。日本政府は、外国人の地方公務員への採用について、「公権力の行使、または地方公共団体の意思の形成への参画 にたずさわる職につくことが将来予想される職員の採用試験において、外国人にも一般的に受験資格を認めることは適当でない。」(1973 自治省)とし、現実には、 日本政府は、地方自治体に対して一貫して、外国人を一般事務職や一般技術職等の地方公務員に採用することは基本的に認められないと指導している。


 しかし、日本国籍の有無をもって在日韓国・朝鮮人の公務就任をこのように一般的 に制限することは、旧植民地時代、日本国家が在日韓国・朝鮮人に対して、日本国籍を与え、戦後在日韓国・朝鮮人の意思を問うことなく一方的に日本国籍を喪失せしめ たことや、在日韓国・朝鮮人が植民地支配終了後も日本に居住を余儀なくされ、法的にも永住権を取得し、日本の国家権力の全面的な支配を受けている事実からすれば、 合理的な根拠をもたない。


 仮に、国民主権原理を根拠に形式的に国籍をもっていることを任用の要件とする場 合であっても、その場合の公務員とは、国家の意思の形成に直接関与し、かつ、その決定に重大な影響を及ぼす裁量を伴なう職務を行うものに限定すべきである。


 東京高裁1997年11月26日判決は、東京都の管理職選考試験の受験を外国人 であることを理由に拒否された在日韓国・朝鮮人2世の管理職受験資格確認訴訟において、国家公務員にも地方公務員にも在日外国人が就任できる職種があり、憲法の保 障が及ぶと判断している。特に地方公務員は国家公務員と比べ、就任し得る職務の種類は広く、外国人を任用することが許される管理職もあるとの判断を示し、一律に外 国人の管理職への任用を認めないのは相当でなく、受験の機会を奪うことは管理職への昇任の道を閉ざし、憲法に違反するものと結論づけた。


 さらに、憲法8章(地方自治)の規定の趣旨から、日本に住む外国人のうち、地域 に根付き、自治体とも密接な関係をもっている在日韓国・朝鮮人が自分達の意思を自治体の事務処理に反映させ、さらに自らこれに参加していくことを「望ましい」と評 価している。


 以上から、当該公務が公権力の行使又は公の意思の形成への参画に携わるものかど うかという曖昧な基準によって在日韓国・朝鮮人の公務就任を排斥することは、労働、職業の自由な選択についての権利を定めた第5条、同(e)(ⅰ)に反する差別的な取 扱であり、直ちに是正すべきである。


6.外国人登録証の常時携帯義務

A.結論と提言


 永住外国人である在日韓国・朝鮮人に対して外国人登録証明書の常時携帯 を義務づけること及びこの違反に行政罰を科すことは、第5条(d)(ⅰ)(移 動の自由)に反する。日本政府は直ちにこの制度を廃止すべきである。


B.日本政府報告書の記述


日本政府報告書は、第5条「移動と居住の自由」の項(69項)において、永住外 国人である在日韓国・朝鮮人について外国人登録証の常時携帯義務が課されていること及びこの違反者について行政罰が科されていることについて言及がない。


C.日弁連の意見


 日本政府は、在日韓国・朝鮮人に対して、外国人登録証の常時携帯を義務付けてお り、その違反は行政罰の対象となっている。現在、在日韓国・朝鮮人の95%以上が日本で生まれた2世以後の者であり、在日韓国・朝鮮人は日本において平穏に居住し、 身分関係・居住関係の明確性において日本国民と異なるところはない。日本国民には身分登録証等の携帯義務は課されていない。


 国連規約人権委員会は、第4回日本政府報告書審査に対する最終見解において、永 住外国人が外国人登録法を常時携帯していないことを刑罰の対象とし、刑事差別を課していた差別的な法律を廃止するよう再度勧告をしたが、日本政府は、1999年に 外国人登録法を改正して刑事罰のみ廃止したが、依然常時携帯義務違反は行政罰の対象となっており、差別は完全には解消されていない。


 


7.再入国許可制度の問題点(第5条(d)(ⅱ))

A.結論と提言


 出入国管理及び難民認定法26条による再入国許可制度の運用にあたり、 永住資格を持つ在日韓国・朝鮮人の出国の自由及び自国に戻る権利を侵害してはならない。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、再入国許可の有効期間の特例について言及するのみである(2 8項)。


C.日弁連の意見


 第5条(d)(ⅱ)は、「いずれの国(自国を含む。)からも離れ、及び、自国に戻る 権利」を平等に享有することを保障している。


 日本の出入国管理及び難民認定法は、事前に再入国の許可を受けて出国した外国人 に限って、当該外国人の有していた在留資格を失うことなく、再び日本に入国することを認めている(入管法26条)。そして再入国を許可するか否かは、法務大臣の自由 裁量に委ねられている。外国人にとっては、再入国の許可を受けずに出国すれば、それまで有していた在留資格を失うことになり、再び日本に入国できる保障はなくなる ので、日本に生活の本拠を有している外国人にとっては、再入国の許可が得られるか否かは、日本国外に一時旅行することができるか否かを事実上左右する事項となって いる。


 在日韓国・朝鮮人の大多数は、永住資格をもち、日本で生まれ、日本で育ち、終生 日本で生活することを予定している人々である。こうした永住者に対して、再入国の許否を法務大臣の自由裁量にかからしめる取扱いは、実質的にこれら永住者の出国及 び入国の自由を著しく阻害する。永住者の生活の本拠は日本社会に存在しているのであり、第5条(d)(ⅱ)にいう「自国に戻る権利」には、「永住国に戻る権利」が含 まれると解せられるのであるから、永住者には自由に出国し、再入国する権利があるというべきである。再入国の許可を法務大臣の自由裁量にかからしめることは、かか る「自国に戻る権利」に対する侵害となる。


 特に、日本に生まれ、日本で育ち、終生日本を生活の本拠とすることを事実上予定 している大多数の在日韓国・朝鮮人にとっては、日本は国籍国以上に第5条(d)(ⅱ)にいう「自国」であり、「自国に戻る権利」について、日本国籍を有する者と別異の取 扱いをすべき合理的な理由はない。


 ところが、ごく最近であるが、こうした日本生まれで日本育ちの永住権を有する韓 国人に対して、同人が指紋押捺拒否をしたことを理由に再入国許可申請に対する不許可処分がなされた事例につき、最高裁判所は、再入国を許可するか否かは法務大臣の 広範な裁量権に属するとした上で、同人に対する再入国不許可処分は未だ裁量権の範囲を越え、またはその濫用があったものとして違法であるとはいえないと判示してい る(最高裁1998年4月10日判決)。


 在日韓国・朝鮮人らの永住者に対して、かかる取扱いをする日本政府及び裁判所の 対応は第5条(d)(ⅱ)に反する行為であり、直ちに是正されるべきである。


 なお、この問題について国連規約人権委員会は、1998年に採択された第4回日 本政府報告書審査に対する最終見解において、在日韓国・朝鮮人らのような永住者については、再入国の許可を取得する必要性を廃止することを、日本政府に対し強く要 請すると勧告したが、それ以後も日本政府は何ら改善措置をとっていない。


8.国籍についての権利

A.結論と提言


 在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者は、サンフランシスコ講和条約の発 効と同時に日本国籍を喪失した扱いとなっているが、日本政府は、彼らについて日本国籍選択の機会を与えることは検討すべき課題である。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書には、在日韓国・朝鮮人等日本の旧植民地出身者が日本国籍を離脱 した扱いとなった経緯やその後に日本国籍を有しないことを理由とする差別的取扱いについて何ら言及はない。


C.日弁連の意見


 在日韓国・朝鮮人等の日本の植民地支配下にあった朝鮮半島、台湾出身者及びその 子孫は、日本の国法上、日本国民(当時は臣民)とされていた。  戦後日本政府は、まず1945年12月衆議院選挙法の改正を行い、これらの者に選挙権を行使させない措置をとった。


 続いて、日本政府は、1947年5月2日、「外国人登録令」(勅令207)によっ て、「台湾人及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」と定め、これによって新たに外国人登録が義務付けられた。


 しかし、サンフランシスコ講和条約には、旧植民地出身者の国籍について定めた規 定はなく、また日本政府のかかる取扱いは行政府の通達によりなされ、これは国籍の得喪を議会の定める法律によるとする日本国憲法10条にも反する取扱いであった。


 植民地の独立に伴なう国籍処理については、ヨーロッパ諸国においては旧宗主国に 居住する旧植民地人に対して二重国籍もしくは国籍の選択を認めるなど旧植民地出身者の意思を尊重する方法がとられた。例えば、旧西ドイツでは、1956年国籍問題 規正法を制定し、併合によりオーストリア人に付与されたドイツ国籍は、オーストリア独立の前日にすべて消滅すると定めると共に、一方でドイツ国内に居住するオース トリア人については意思表示によりドイツ国籍を回復する権利すなわち国籍選択権が認められた。


 これに対して日本は一方的に日本に居住する在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者 の日本国籍を喪失させる取扱いを行った。


 その結果、在日韓国・朝鮮人等の旧植民地出身者は外国人の地位におかれ、一般外 国人と同様の規制を受けることとなった。


 現在、在日韓国・朝鮮人については、本報告書において指摘するように様々な制度 的差別が存在するが、そのほとんどは、在日韓国・朝鮮人が日本国籍をもたない外国人であることを根拠とするものである。しかも今日居住している在日韓国・朝鮮人は、 そのほとんどが日本で生まれ日本で永住資格を有する者たちであり、国籍国との実質的なつながりは薄れてきている面もある。


 かかる日本国籍喪失の経緯及び実態並びに喪失後の在日韓国・朝鮮人が受けている 制度的差別の実態からすれば、在日韓国・朝鮮人について国籍選択の権利を認めないことは、国籍についての権利を定めた第5条(d)(ⅲ)に反する差別的取扱いという べきである。


 なお、現行の国籍取得の制度である「帰化」は、対象者について独立生計能力等を 要求し、かつその許否は日本政府の裁量であるので、かかる帰化制度があることを理由に日本政府の在日韓国・朝鮮人に対する国籍取得にかかる差別的取扱いを合理化す ることはできない。


 


9.朝鮮人学校の資格問題(第5条(e)(ⅴ))

A.結論と提言


 日本政府は、朝鮮人学校の在学生・卒業生に対し、これに相応する日本の  小中高校、大学の在学・卒業資格を認めていないが、これは条約5条(e)(ⅴ)に違反する差別であり、かかる差別的取扱いは直ちに是正されるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書31項には、「在日韓国・朝鮮人が日本の学校教育を受けることを希 望しない場合は、その多くが韓国・朝鮮人学校に通学している。韓国・朝鮮人学校については、その殆んどが各種学校として都道府県知事の認可を受けているところであ る。


 各種学校の教育内容については法令上特段の定めがなく、その修了者については一 般的に高等学校卒業者と同様以上の学力があると認定することが困難であることから、大学への入学資格は与えられていない。


 なお、国内の外国人学校で学ぶ外国人生徒について、大学への進学の道を制度的に 開くため、1999年9月に大学入学資格検定の受験資格の弾力化を図ることとしている。また、大学を卒業していない者についても大学院において個々人の能力を審査 することにより、大学院に進学できる道を開くため、同様に1999年8月に大学院入学の弾力化を図ることとしている」との記述がある。


C.日弁連の意見


 日本の各地には、民族の文化・歴史・言語等民族教育を承継発展させる目的で学校 法人として設立されている朝鮮人学校がある。これらの学校の中には、日本の小中高校及び大学教育と同等の内容をもってその教育を実施しているにもかかわらず、日本 政府は、一律に学校教育法第1条の規定に該当しない学校であるとして、これら朝鮮人学校の在学生と卒業生にその相応する小中高校及び大学と同等の在学及び卒業資格 を認めず、法律に根拠をもつ公的資格を認定する試験を受験させない。


 大学を例にとると、朝鮮人学校の高校を卒業した者に対して、日本の多くの大学は 入学受験資格を認めていない。国立大学は95校中受験資格を認めるものはゼロ、公立大学の場合は57校中30校、私立大学の場合は431校中220校が、受験資格 を認めているが、国立大学、その他受験資格を認めていない公立・私立の大学を目指す朝鮮人学校の生徒は、その受験資格を得るために、大学入学資格検定(大検)を取 得することを余儀なくされている。近時、朝鮮人学校などの小中高校生を対象とした通学定期券の平等取扱いや高校体育祭参加が認められるなど一定の改善も認められる が、朝鮮人学校の在学生・卒業生に対して、実質的には日本の学校と差異がないにも拘わらず形式的理由により、相応する資格を認めないことは、第5条(e)(ⅴ)に反 する差別である。


 日弁連では、1997年に人権擁護委員会による調査報告書を採択し、これ に基づき1998年日本政府に対し、かかる事態を速やかに解消するよう勧告書を出したが、未だ改善の動きは見られない。


 また、1998年6月国連の子どもの権利委員会は、日本政府の第1回報告書の審 査後に採択した最終見解の中で、在日韓国・朝鮮人の子ども達が高等教育機関へのアクセスにおいて不平等な取り扱いを受けていることに懸念を表明し、彼らを含む少数 民族の子ども達に対するあらゆる差別的取り扱いを除去するよう勧告したほか、同年11月、国連規約人権委員会は、第4回日本政府報告書審査に対する最終所見の中で、 朝鮮人学校が承認されないことについての懸念を表明したが、日本政府はその後も、この問題を解決するための措置を講じていない。


10.朝鮮人学校に対する財政援助の問題

A.結論と提言


 日本政府は、民族教育を実施する朝鮮人学校に対しても財政的援助を行う  措置をとるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書には、朝鮮人学校に対する財政的援助については言及がない。


C.日弁連の意見


 私立学校振興助成法においては、助成の対象を学校教育法第1条に定める私立学校 としているので(第2条)、朝鮮人学校は、同法の主要な補助である同法第4条(大学及び高等専門学校に対する研究・教育に関する経常経費の2分の1以内の補助)、第8 条(学校法人が行うその学生生徒の学費に関する貸与の援助)、第9条(都道府県が行う小中高校に対する補助の一部国庫負担)に定める私立学校助成資金の交付の対象に されていない。


 同法では、第18条により、準学校としてわずかに私立学校法の第64条4項の各 種学校としての補助金の対象となっているにすぎない。


 私立学校振興助成法が私立学校として認められて適用される小中高校に対しては、 都道府県が毎会計年度の予算から同法に基づく助成金を支出し、国はこれに対して、日本私学振興財団法の定めるところにより同財団を通じてその一部を負担することに なっており、私立学校に交付される助成金の金額は都道府県により決定されるので一律ではないが、朝鮮各級学校が各種学校として受けている補助金は、およそ学校教育 法第1条に準拠する学校の10パーセント程度である。


 大学校についても、朝鮮大学校その他外国人の大学校については、私立大学の助成 に関する法律の適用はないので、私立大学に対する助成金に相当する国庫助成金は全く支給されない。


 その結果、保護者負担が増大するとともに、児童生徒の教育施設が日本国民である 児童生徒が通学する一般の学校に比較して劣化せざるを得ない状況を招来し、さらに教職員等学校関係者の給与も低額となり、民族文化の維持・承継・発展とその子ども らに愛情と使命感を持つ教職員らの犠牲の下に教育が維持されている現状である。


 以上のとおり、朝鮮各級学校及び朝鮮大学校とのその児童・生徒・学生及びその保 護者、学校の教職員など関係者は、いずれも私立小中高及び私立大学の助成に比較して、国及び都道府県ともに著しい不利益、かつ不平等な扱いをうけていることは明ら かである。


 これは明らかに朝鮮人学校に通う在日韓国・朝鮮人及びその保護者に対する差別的 取扱であり、教育を受ける権利について差別的取扱いを禁じた条約5条(e)(ⅴ)に反する。


 


11.公立学校における民族学級の制度的・組織的取組

A.結論と提言


 日本政府は、在日韓国・朝鮮人を対象とした公立学校における民族学級の 設置・維持について制度的・組織的に取組み、かつ民族教育を施す教師の身分保障を明確にする措置を講ずるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書(30項)には、日本政府は、地方自治体の判断により学校の課外 で行われている韓国語や韓国文化等の学習が今後も支障なく行われるよう、地方自治体に対して指導を行っており、実際にいくつかの地方公共団体においてそのような学 習機会が提供されているとの記述がある。


C.日弁連の意見


 公立小中学校においては、韓国・朝鮮の歴史、文化、言葉などを教授しないことか ら、大阪府、京都府、兵庫県、東京都及び神奈川県などの在日韓国・朝鮮人の多住地域の公立小中学校で民族学級が設けられている学校がわずかに存在する。民族学級に ついては、学校が自主的に運営するものが大半であり、その取組は必ずしも制度的・組織的に位置付けられていない。


 また、同じ地域に住みながらも、ある学校には民族学級があり、道を隔てた隣の学 校には民族学級がないなど、その格差が著しい。また民族学級設置校においても、民族学級を学校教育の一環として捉えるのか、民族学級で子供達を教える民族講師を学 校職員として捉えるのかなどの点をめぐって、地方自治体の見解は明確ではない。


 条約5条(e)(ⅴ)の教育を受ける権利における平等的取扱い及び文化的分野に置 いて特定の人種的集団又は個人の十分な発展・保護のための保護、措置を定めた2条2項の観点から、民族学級の制度的・組織的な位置付けを行うと共に、民族講師への 身分保障を明確に行うことが必要である。


 


12.国民年金制度

A.結論と提言


 在日韓国・朝鮮人高齢者(1926年1月1日以前に生まれた人達)及び 同障害者(1982年1月1日時点で障害のあった20歳以上の人達)が国民年金に加入できず、老齢福祉年金・障害基礎年金(の障害福祉年金引継ぎ 給付分)支給対象とならないことは、条約第5条(e)(ⅳ)に反し憲法にも抵触するおそれがあるので、日本政府は上記の者にも上記年金が支給され るよう、国民年金法に関する昭和56年法律第86号附則5項及び昭和60年法律第34号附則25条1項、32条1項等の改正等を実施する措置をと るべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、21項において、社会保障制度について内外平等の原則にたって適用されており、国民年金の支給に当り国籍要件は撤廃されていると記述している。


C.日弁連の意見


 国民年金制度は、1959年の制度発足当初、その加入者は日本国民に限られていた。 その後、日本は1981年に「難民の地位に関する条約」を批准し、これは翌1982年の1月1日から発効し、それに伴ない国民年金法における国籍要件も撤廃され、 在日外国人も国民年金に加入できるようになった。


 しかし、これはすべての在日外国人を対象とするものではなく、現時点においても、 国民年金制度上、以下のとおり在日外国人と日本人の間に差別的な取り扱いが行われている。すなわち、


1) 1986年4月1日時点で60才を超えている在日外国人(1926年4月1日以 前に生まれた在日外国人)は、老齢福祉年金の支給対象となっていない。しかし、同じ年齢にある日本人のうち、1961年4月1日時点で50才を超えていた人は 老齢福祉年金の対象となり、50歳未満の人は制度発足時に国民年金に加入し、老齢年金の支給対象となっている。


2) 1982年1月1日時点で20才を超えている在日外国人障害者には、基礎年金或 いは福祉年金は支給されない。しかし、制度発足時に同様の状態にあった日本人には、その事由発生の時期により障害・遺族基礎年金が支給されている。国民年金等 の社会保障制度は社会の構成員が社会的弱者を集団で経済的に支えようとする制度である。在日韓国・朝鮮人は、永住権にもとづき、日本に平穏に定着し、日本社会 の実質的な構成員である。しかも彼らは納税の義務を履行している。


 在日韓国・朝鮮人について、老齢福祉年金、障害基礎年金(の障害福祉年金引継 ぎ給付分)の支給対象としていない国民年金法の関連規定は、在日韓国・朝鮮人を日本国民と差別して扱うものであり、そうした差別には合理的理由は存在せず条約 5条(e)(ⅳ)に反し、憲法25条、14条、98条に抵触するおそれがある。


 よって、日本政府は、速やかに関連法規を改正し、救済措置を講ずるべきである。


13.私人間における差別の禁止

A.結論と提言


 私人間の差別行為に対しては、その差別行為を捜査し、処罰し、被害者を 救済するための法律を整備すべきである。具体的には、条約の規定に沿ってあらゆる私的差別行為を法律で禁止するとともに、違反者に対しては、是正 勧告、命令、罰金などの制裁措置を適用し、また、アファーマティブアクションの必要性を認めた条約2条2項にならって、結果としての平等を実現す るための積極的措置を設けることも必要である。


B.日弁連の意見


(1)婚姻並びに配偶者の選択


1) 1997年において、日本に在留する韓国・朝鮮人の婚姻の状況をみると、「夫が日本国籍・妻が韓国朝鮮籍」の婚姻件数が4504件、「夫が韓国・朝鮮人、妻が日本国籍」の婚姻件数が2674件である(在日韓国・朝鮮人同士の婚姻件数につい て統計見あたらず)。


 しかし、この数字は在日韓国・朝鮮人に限らず、ニューカマーを含めたものであり、在日韓国・朝鮮人の日本人との婚姻状況を官庁統計から正確に把握するのは困難である。ちなみに、「在日韓国・朝鮮人」(福岡安則)では、1990年における 在日韓国・朝鮮人と日本人の婚姻件数について「七対二で『日本人との婚姻』のほうが多数を占める」と推測されている。


2) このように在日韓国・朝鮮人の圧倒的多数が日本人と婚姻している中で、その際の 差別の実態を窺わせる裁判例がある(大阪地裁昭和53年(ワ)第7452号)。当該裁判例は、日本国籍を有する男性(被告)が、在日韓国・朝鮮人女性(原告)と 婚約したものの、その後民族差別意識に起因する一方的な婚約破棄を行ったことにつき、不法行為の成立を認めたものである。この裁判例については「婚約破棄の原因は、被告の差別意識にあるというよりも、むしろ、わが国の社会全体にみられる『感情』からみて被告が将来直面すると考えた不利益にあるように思われる。しか し、裁判所が本件に置いて慰謝料などの支払いを命じたことを考えれば、婚約破棄の原因が被告の差別意識そのものに基づく場合にも同様の判断がなされるものと考 えられる。」と評されている。


 このような論評がありうるとしても、在日韓国・朝鮮人への差別意識に起因する 婚約破棄等の差別事例が訴訟として顕在化すること自体、極めて稀なケースと考えられる。婚姻に関する差別事例は、就職差別等他の差別類型に比しても、その事柄 の性質上、大多数が「泣き寝入り」に終わっているものと推測される。


3) 「婚姻並びに配偶者の選択についての権利」(条約5条(d)(ⅳ))は、両性間の 個人的感情に深く関係するものであり、当該権利によって「特定の人物との交際が保障され、又は強制される性質のものではないであろう」(上記村上論文)。従って、 在日韓国・朝鮮人に対する婚姻を巡る差別については、「差別の結果被ったあらゆる損害に対する正当かつ十分な補償又は賠償を求める権利」(条約6条)の保障並びに 日本政府が締約国として「婚姻並びに配偶者の選択」についての差別を解消するため「授業、教育、文化及び情報の分野において即時かつ効果的な措置をとる」こと が求められる。


(2)民間企業への就職


1) 定住外国人の就職についての差別は解消されず、実態としては巧妙化し、潜在化し ているのが現状である。企業側が「契約の自由」を隠れ蓑にしている側面や、政府と自治体の「公務員採用の国籍条項」が民間企業の就職差別を合理化、正当化して いる面もある。


 憲法22条1項や労働法(労基法3条・職安法3条)の国籍差別の禁止、均等待遇 原則は、謂わば理念の域に止まっている。具体的な雇用差別企業に対する規制と差別を受けた労働者への保護措置(調査を実施し、告発などの窓口となる機関など) も不十分であり、現実は反差別運動を担う市民団体が当該企業への批判と啓蒙の主体となっている。


2) 在日高麗労働者連盟で実施した調査(1991年1月~4月「在日朝鮮人の就労実 態調査ー大阪を中心にー」)によれば、在日韓国・朝鮮人のうち「就職差別をうけた経験がある」と回答した人が40,0パーセントもいた。具体的な差別事例として は、「門前払い」「巧妙な採用拒否」「通名強要」などを挙げることができる。同調査から判明した就職ルートとしては、学校紹介(14,9パーセント)、職安(2,2 パーセント)など、公的機関を通じた就職は17,1パーセントにすぎず、縁故就職が55,6パーセント(親、親族による紹介13,8パーセント及び友人、知人 の紹介41,8パーセント)と過半数を占めている。


 次に、就職先は同胞企業(53,5パーセント)が、日本の企業(36,2パーセ ント)よりかなり多く、この点からも日本企業の就職の門戸が閉ざされていることが分かる。


 また、大阪府教育委員会が1995年から1998年に、高校卒業時の就職に関 して在日韓国・朝鮮人を対象に実施した調査によれば、就職活動中に差別を経験した割合は9,9パーセント、具体的には「『帰化』を就職の条件にされた」「韓国籍 と分かると、面接がうち切られた」などが挙げられている。また、本名で就職した者は13,8パーセントにしかすぎない。


3) 在日韓国・朝鮮人に対する就職差別については、1974年の日立製作所を被告と する内定取消無効確認訴訟の判決があり、使用者の留保解雇権に基づく解雇措置の決定的理由が国籍にあったものとし、当該解雇は労働基準法3条に抵触し、民法9 0条の公序良俗違反として、無効とされている(横浜地裁昭和49年(ワ)第2118号)。


 しかし、最近の例からしても、上記判決の趣旨が日本の企業において活かされて いるとはいえない。例えば、1998年5月、フジパン(株)を本名で就職した在日韓国・朝鮮人短大生に対し、面接時に日本名強要が行われ、これに応じなかった 同短大生を不採用にした例(フジパン(株)側は民族差別であったことを認めたが、大阪府労働部、大学就職部及び市民団体との交渉を拒否し、大阪府労働部の指導も 無視する対応をとっている。)、及び、1997年、(株)銭高組への学内推薦を得た朝鮮籍の大学生が、国籍を理由に受験機会さえ与えられないまま不採用となった例 (銭高組側は未だ差別であることすら認めなていない。)などがある。


 かかる実態例からしても、在日韓国・朝鮮人への就職差別は、依然として抜本的な 解消に至っていないことは明白である。


(3)住居


1) 民間住宅については定住外国人についても、野放し状態ー契約に際して住民表を要 求するなどーにあるニューカマーと同様の状態にある。


2) 在日韓国・朝鮮人に対する入居差別に関し、1993年6月18日、大阪地裁は、 申込人が在日韓国人であることを主たる理由とした合理的理由のない契約締結の拒絶につき、仲介業者を賃貸人の履行補助者に準ずる者とした上で、その信義則上の 義務違反を構成するものとした(平成元年(ワ)第3122号)。


 しかし、上記判例の趣旨が不動産賃貸の現状に活かされているとは言い難い。入 居拒絶に直面しても「泣き寝入り」のケースが多く、縁故を頼って入居できる住居を探すか、日本人の知人に名義貸しを受けるなどの手段を講じる例が多いものと推 測される。


3) さらに悪質な例としては、1997年5月に大阪市内で発生した、生和建設入居差 別事件がある。これは、大阪市内の賃貸マンションにおいて、在日韓国・朝鮮人の入居者に立ち退きを迫るため、露骨な民族差別の看板を掲示した事件であり、大阪 地裁は「明らかに正当な表現を逸脱した違法行為」と認定した。


(4)以上、配偶者の選択、民間企業への就職及び住居の各分野において、在日韓国・朝 鮮人が受ける差別は事案の性格から潜在化せざるを得ないが、その差別の実態と件数は顕在化していないものも含めれば未だに根強く、深刻な状態にある。


 このような状態は、条約第5条(d)(ⅳ)、同(e)(ⅰ)(ⅲ)に反するものであ る。かかる差別行為については、事後的かつ民事上の救済では足りず、その差別行為を捜査し、処罰し、被害者を救済するための法律を整備すべきである。具体的には、 条約の規定に沿ってあらゆる私的差別行為を法律で禁止するとともに、違反者に対しては、是正勧告、命令、罰金などの制裁措置を適用し、また、アファーマティブアク ションの必要性を認めた条約2条2項にならって、結果としての平等を実現するための積極的措置を設けることも必要である。


14.在日台湾人問題

A.結論と提言


 日本政府報告書の外国人登録者数の推移の項の「中国27万人」(1998 年)の中には日本の旧植民地であった台湾出身者およそ13万人が従前から在留しており、 これらの人達は、在日韓国・朝鮮人と同じ問題状況下にある。


B.日本政府報告書の記述


日本政府は、在日台湾人についてまったく報告していない。


C.日弁連の意見


(1)外国人登録上の国籍欄の表示に問題がある。


 現在、在日台湾人の外国人登録上の国籍の表示は、単に「中国」と表示している。


 しかしながら、在日台湾人は、自尊心及び中国大陸の人達(中国人)と同様に思わ れたくないとの理由から「台湾」と表示されることを強く望んでいる。


(2)中華学校問題


 中華学校は、日本国内の3ヵ所(東京、横浜、大阪)に設けられており、その生徒 数は約900名である。  しかしながら、朝鮮人学校と同様、卒業生の資格について制限されており、一部の私立大学のみが大学受験資格を認めているに過ぎない。


(3)公務就任権、参政権問題


 在日韓国・朝鮮人と同じ問題状況にある。


(4)帰化許可の実際の運用状況について


 日本人女性と婚姻した在日台湾人男性の帰化審査の実情は、日本人男性と婚姻した 在日台湾人女性の帰化許可と比較して一段と厳しいものとなっており、国際化の時代に適合していないとの指摘がなされている。


(5)取り残された戦後補償問題


 台湾人は、太平洋戦争で旧日本軍人・旧日本軍属(旧植民地出身者)として従軍し たにもかかわらず、最高でも200万円の弔慰金のみを支給されたにすぎなく、旧日本人軍人・軍属と比較して著しい差別を現に受けている。


(6)差別の原因について


 これらの差別の最大の原因は、旧植民地出身者である在日台湾人に対する日本人の 支配者意識が現在も残っているものと考えられる。


第3部 来日外国人(New Comer)問題

1.総論‐日本における異民族と外国人の意識

 日本の多数民族である和人の多くは、日本は長期間、和人の単一民族国家であるとい う意識を有している。それゆえ、和人の多くの意識の中では、異国籍と異民族・異人種の概念が未分化のままである。


 日本語には「外人」と言う言葉があり、この言葉で、異国籍・異民族・異人種を未分 化のまま表現している。


 それゆえ法形式上は国籍による別扱いであっても、実質的には異民族・異人種である ことによる別扱いであることが生じている。


 また、いわゆる「外人」に対する多くの和人の感情としては、「外人」を敵視する感情 は一般的とはいえないが、社会の一員として受けとめる意識は希薄である。それゆえ、ひとたび「外人」による犯罪が増加している旨の宣伝などの契機があると、排斥感情が 容易に広まる土壌がある。そして、この場合人種・民族的な社会的差別が「外人」という、一見すると国籍差別と区別がつかないことが生じる。


 それゆえ、日本における人種差別撤廃条約履行状況の評価のためには、形式上国籍を 理由とする別扱いについても注目する必要がある。


 


2.在日外国人一般

(1)2条


 国および地方の公の当局および機関による差別の禁止(2条1項a)


1) 在日外国人の人権総論


A.結論と提言


 外国人の基本的人権を原則として保障すべきであり、日本政府は、外国人 に対して、人権の行使と認められる行為を理由にした不利益を、課してはならない。


B.日弁連の意見


 外国人・異民族・異人種を社会の一員として平等に扱わない国家の姿勢は、外国人の基本的人権に関する一般論にも現れている。


 日本の出入国管理および難民認定法では、日本に在留する外国人は在留資格を有することを要するとされ、在留資格は、永住者をのぞき、3年以下の期限が付されている。在留を継続する者は、在留期間更新申請をして法務大臣から許可を受ける必要がある。


 アメリカ国籍のロナルド・マクリーンは、英語教師として在留資格を得て日本に在 留していたが、勤務先無断変更と政治活動を理由として、在留期間更新を拒否する処分を受けた。同人は提訴したが、最高裁は昭和53年10月4日、同人の訴えを斥け た。同判決は、政治活動の自由について、原則として外国人にその保障が及ぶとしながら、「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度の枠内で与えられ ているにすぎない」「在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当不当の面から日本国にとって好ましいものとはいえないと評価することは、何 ら妨げられるものではない」として、基本的人権として保障されている政治活動を行ったことをもって、在留期間更新を拒否することを、是認した。


 同判決は、外国人に政治活動の自由などの基本的人権があるとしながら、政治的活 動を行ったことによって、在留期間更新が認められないという重大な不利益を日本政府が当該外国人に被らせることを、正当化していることは、妥当でない。


2) 刑事手続き上の差別


A.結論と提言


 刑事手続上、在日米軍関係者とその他の異民族とを差別せず、被疑者の母 語で記載した調書を作成することを認めるべきである。仮に通訳の確保等の理由により被疑者の母語による調書の作成ができない場合は、被疑者が「誤りがない」と確認した内容を録音その他で残すべきである。


B.日弁連の意見


 現在、日本の警察官・検察官は、日本語以外を母語として日本語に通じない被疑者 の刑事手続き上の取り調べにあたり、当該被疑者の母語で記載した調書を作成せず、日本語のみによる調書を作成する。また日本の刑事訴訟法198条では、この調書を 被疑者に閲覧させ、あるいは読み聞かせ、誤りがないかどうかを確認しなければならず、確認した内容は調書として残されるのである。被疑者の母語で調書を作成しない 場合は、通訳が口頭で翻訳して確認することが多く、被疑者が確認した口頭の通訳内容は残されず、日本語で作成された調書と相違があっても、後日公判において検証す る手段がない。


 このような一般的扱いと異なり、在日米軍関係者が被疑者となった場合などは、法 務省が「容疑者が外国語調書にしか署名しない場合には、外国語調書が当然必要」と指導することなどから、英語で記載した調書を作成している。この場合は、被疑者が 閲覧ないし読み聞かせによって確認した内容そのものが調書として残る。


 日本では捜査段階において作成された被疑者の調書のうち不利益な事実を認めた調 書は原則として証拠能力を有するとされる。従って読み聞かせの際の誤訳によって、認めていないはずのものが認めたとされる場合の不利益は極めて大きい。現在の扱い は在日米軍関係者など英語を母国語とするものとそれ以外のもので差別扱いをすることになるので、英語以外の国語を母語とするものについても同様、その母語によって 調書を作成すべきである。仮に通訳の確保や時間的問題などで母語によって調書を作成できない場合であっても、翻訳文によって確認させてこれを残すか、通訳によって 口頭で確認した場合はこれを録音によって残すなどの措置を講ずるべきである。


(2)私人間における差別の禁止(2条1項d)


A.結論と提言


 子どもの教育について、児童の父母、児童の文化的同一性、言語および価 値観、児童の居住国および出身国の国民的価値ならびに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること、またすべての人民の間の、種族間、国民 的および宗教的集団の間の並びに先住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等および友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のた めに児童に準備させ、母語、民族的価値観の尊重など外国人のアイデンティティを教育の場において保障し、少数者と多数者の共存のための教育を保障 するべきである。


 日本政府は、民間不動産仲介業者に対し、入居差別の禁止について業者および業者団体に対し指導教育を行うべきである。また日本政府・地方公共団体は、公社が外国人入居者の保証人となる制度を主とする、入居支援制度を設けるべきである。


 その他、日本政府・地方公共団体は、和人による外国人排斥感情および入店差別・入居差別・学校でのいじめなどの差別を撤廃して人種間の理解を促進する政策を、あらゆる適切な手段により遂行するべきである。


B.日弁連の意見


 私人間における差別については、多数の事例があり、和人による外国人排斥感情は 一般的であるといっても過言ではない。特にアジア人に対する蔑視感情が広く存在する。


1) 入居差別


 民間賃貸住宅の入居申し込みに対して、住宅所有者ないし不動産仲介業者が、申 込者が外国人であることを理由として契約締結を拒否することは日常的に行われている。


 「友人の中国人男性が部屋を探していますが、どこか紹介してくれますが、とい う電話での問い合わせに対して、不動産仲介業者282業者のうち、248業者(87.9パーセント)が「外人はだめ」と回答しているという調査結果がある。回答 の中には欧米人なら可とするものもあった。


 外国人であること、異民族、異人種であることを理由に入居を拒否することは、 明らかに人種差別による入居拒否である。


 さらに、欧米人については入居を可とし、アジア人に対しては拒否することは、 和人のアジア人差別感情を大きな理由とするものである。


2) 入店差別


 静岡県浜松市在住のブラジル国籍の男性が同市内の宝石店に入店したところ、経 営者から出身地を訪ねられ、答えたところ立入禁止を言われ、「外国人の入店をお断りします」と書かれた張り紙を示されるなどして店を追い出された。同男性は提訴 し、静岡地裁浜松支部は宝石店経営者に150万円の慰謝料など支払いを命じた。このような入店拒否は、外国人に対する危険視が背景にあり、事例は多い。


 北海道小樽市において、一部民間入浴施設(3施設)が、1999年外国人の利 用を拒否した。これは「浴室に飲食物をもちこむ、酔って騒ぐ、湯船に飛び込む」などの日本人からの苦情に応じたものであるとの説明をしたが、このようなマナー ないし利用方法の問題を、外国人という包括的な対象に対する拒否に結びつけることは、人種差別行為に他ならない。小樽市の働きかけや市民団体の抗議などで2施 設はこれを撤回するに至ったが、2000年9月現在未だ1施設が拒否を継続している。


3) 蔑視感情


 1993年から1994年に多様な学生グループを対象としてグループインタビ ュー法によって日本の国際化・メディアの国際化について行った調査の結果では、アジア人留学生の感じた日本人のアジア人への偏見・誤解として「外人さんと外国 人という二つに分かれている。欧米人は外人。不法就労をするのは外国人」「タイの女性はみんな売春しているというイメージで扱われている。『タイの人はセックス 上手ですか』と友達に聞かれる」「友達に自分がタイ人だとはあまり言いたくない。タイ人の女性は売春すると勝手に判断する」などの発言がある。


4) 子どもの間のいじめ


 また教育の場でも、異民族・異人種であることを契機としていじめの対象とされ ることがままある。日本語を使いこなすことができず文化や習慣も違う子供は、いじめの格好のターゲットとなる。


5) 国の政策


 このように、外国人・異民族・異人種排斥的行為や、特にアジア人蔑視の言動が 和人によって日常的に行われている。


 このような社会の実状に照らすと、人種差別を撤廃して人種間の理解を促進する 政策が、あらゆる適切な手段により遂行されていると評価することはできない。


 子どもの教育について、子どもの権利条約29条は、児童の父母、児童の文化的 同一性、言語および価値観、児童の居住国および出身国の国民的価値ならびに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること、またすべての人民の間の、種族 間、国民的および宗教的集団の間の並びに先住民である者の間の理解、平和、寛容、両性の平等および友好の精神に従い、自由な社会における責任ある生活のために児 童に準備させることを定め、母語、民族的価値観の尊重など外国人のアイデンティティを教育の場において保障し、少数者と多数者の共存のための教育を求めている が、日本の学校ではこのような教育を保障する体制はない。


 民間不動産仲介業者の入居差別は日常的であるが、日本政府は業者および業者団 体に対しなんらの指導教育も行ってない。


 (神奈川県)川崎市は、条例で設置された市長の諮問機関である川崎市外国人市 民代表者会議という機関を設けたが、同会議は1997年および1998年報告書において、外国人・高齢者・障害者の入居差別をなくす市条例を作ってほしいとの 要請をした。同市は、市住宅基本条例を改正し、2000年4月から高齢者、外国人、障害者などのための入居支援制度を設けた。これは公社が入居者の保証人とな る制度を主とする。同制度を利用して2000年10月1日までに136件の入居があったが、うち20件は外国人であった。


 川崎の施策は評価できるものの、施策の必要は全国にあるにもかかわらず、全国 的な施策は未だない。建設省は同様の制度の導入を検討しているが、当面は障害者のみを対象とする方向であり、早急に外国人も対象とすることが望まれる。


(3)4条


 国または地方の公権力または公益団体による人種差別の助長の禁止(4条c)


A.結論と提言


 警察庁などの政府機関、東京都知事・小樽市他の地方公共団体機関は、外 国人による犯罪の急増やその凶悪性を強調し、日本人が外国人を危険視する意識を不必要に煽り、人種差別を助長しまたは扇動する発表をやめるべきで ある。


B.日弁連の意見


1) 外国人が犯罪を行う危険が高いとの意識を助長しまた外国人危険視を扇動する警 察庁発表


 1990年代前半から、外国人による、あるいは外国人によると当局が疑ってい る犯罪についての報道が増加した。それらの多くは、外国人による犯罪の急増やその凶悪性を強調し、日本人が外国人を危険視する意識を不必要に煽っている。


 1991年11月7日新聞各紙は一斉に外国人犯罪急増の報道を行った。その際 見出しとして「街で相次ぐ外国人犯罪」といった文言が使われた。この報道は警察庁刑事局国際刑事課発表「外国人犯罪の急増について」というレポートに基づいて いた。


 1993年4月18日、新聞各紙は「外国人凶悪犯罪、5年で5倍」といった見 出しとともに、その内容では日本人をねらった犯罪の増加を強調するという記事を掲載した。これは警察庁外国人問題対策委員会作成「来日外国人にかかる犯罪の概 要」に基づいていた。


 このように、警察庁は、繰り返し、外国人犯罪の増加および外国人の日本人と比 べての犯罪率の高さを発表し、マスコミを通じて報道をさせている。 しかし、平成10年(1998年)犯罪白書の統計をみると、刑法犯被擬事件終 局処理人員のうち外国人の数を見ると、1995年7920人、1996年7707人、1997年7789人であり、単純増加をしていないし、1996年199 7年はいずれも、1995年よりも少ない。また、外国人被擬事件総数から入管法違反被擬事件数を引いた数を見ても、1995年11672人(総数17990人、 入管法違反6318人)、1996年11301人(総数18716人、入管法違反7415人)、1997年11405人(総数21351人、入管法違反9946人) であり、やはり単純増加ではなく、また1996,1997年とも1995年を下回っている。


来日外国人に限定すると


  刑法犯被疑者数  入管法違反以外の被疑者総数 1995年   3965      6248 1996年   3915      5999  1997年   3979      6287 となり、やはり単純増加をしていない。


 また犯罪率についても、平成8年(1996年)犯罪白書では「日本の総人口に しめる来日外国人人口の構成比は約0.9パーセントであると見られるが、1995年の刑法犯検挙人員全体における来日外国人検挙人員の構成費は2.2パーセン トである」と発表されている。しかし上記の刑法犯被擬事件終局処理人員数を見た場合は、総数における来日外国人の構成比は1995年で1.57パーセントに落 ちる。また日本人の総人口における来日外国人の構成比を算出する場合の来日外国人数の推定の根拠は判然としたものでない。


 このような事実をふまえると、警察庁発表は、外国人による犯罪の急増やその凶 悪性を強調し、日本人が外国人を危険視する意識を不必要に煽るものであり、国が人種差別を助長しまたは扇動するものとして許されない。


2) 小樽市


 北海道小樽市が開設している市のホームページに、2000年6月1日から「外 国人の不法滞在・不法就労防止に協力を」と題して「不法滞在者の中には集団で殺人、強盗、売春、麻薬密売などの凶悪犯罪を起こすなど我が国の治安を脅かす大き な社会問題となっています」などの内容が掲載された。これは小樽警察署からの要請を受けて同市が掲載したものであった。市民団体の抗議によって、7月25日ま でに同市が記載を削除した。


 これは、外国人を危険視する意識を不必要に煽るものであり、地方公共団体が人 種差別を助長しまたは扇動するものとして許されない。


3) 東京都知事


 石原慎太郎東京都知事は、2000年4月9日、陸上自衛隊第1師団創設記念式 典において、「今日の東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪をですね、繰り返している。もはや東京における犯罪の形は過去と違ってきた。 こういう状況を見まして、もし大きな災害が起こったときには大きな大きな騒擾事件すらですね、想定される。そういう状況であります。こういうものに対処するた めには、なかなか警察の力をもっても限りとする。ならばですね、そういうときにみなさんに出動願って、都民のですね、災害の救助だけでなしに、やはり治安の維 持も、一つみなさんの大きな目的として遂行していただきたいということを期待しております。」と発言した。


 また週刊現代(2000年9月2日号)誌上で、「新宿や池袋にいる不法入国の外 国人がそのうち災害などのどさくさに紛れて何をやり出すかわからない。今府中刑務所には2犯以上の重複犯が服役している。その定員2000人のうち、4百数十 人が三国人、外国人です。」と発言している。


 これら発言のうち不法入国した外国人が凶悪犯罪を反復しているとの発言、府中 刑務所の重複犯服役者中にしめる外国人の割合を根拠として不法入国外国人が危険であると主張する部分は、警察庁発表について前述したとおり、根拠がないもので ある。特に府中刑務所における服役者構成の点は、現在府中刑務所は設備・処遇面で異文化服役者に対応することが可能なので、外国人服役者を集中させているので あって、この背景を説明しない都知事発言は誤解を招くものである。前記都知事発言は、外国人による犯罪の急増やその凶悪性を強調し、日本人が外国人を危険視す る意識を不必要に煽るものであり、地方公共団体の機関が人種差別を助長しまたは扇動するものとして許されない。


 また不法入国した外国人が大災害時に騒擾を起こすことが想定されるとする発言 は、根拠がない。かえって、関東大震災において、和人による朝鮮民族虐殺が行われた事実に鑑みれば、都知事のいうような事態は想定されない。前記都知事発言は。 外国人による騒擾の危険を主張し、日本人が外国人を危険視する意識を不必要に煽るものであり、地方公共団体の機関が人種差別を助長しまたは扇動するものとして 許されない。


(4)5条


 法廷その他すべての司法機関における平等な取り扱いを受ける権利(5条a)


1) 法律扶助


A.結論と提言


 法律援助法に基づく国庫支出による法律扶助の対象を、定住性に関わらず 外国人を含むよう広げるべきである。


B.日弁連の意見


 民事法律扶助制度の拡充のための国庫負担を定めた法律援助法が成立し、2000 年施行となった。しかし同法は、国庫支出による援助の対象を定め、日本国籍を有する者のほか定住性のある在留資格を有する外国人に対象を限定した。よって在留資格 のない外国人・短期の在留資格の外国人が援助対象外とされた。法律扶助業務を行う法律扶助協会が、独自財源に基づいて援助をする余地はあるものの、法律扶助の充実 から多くの外国人が置き去りにされるおそれがある。


2) 刑事手続の通訳保障


A.結論と提言


 国選弁護制度の通訳費用の減額を元に戻し、刑事弁護通訳の保障を後退さ せてはならない。


B.日弁連の意見


 国選弁護制度の通訳費用は、当該刑事裁判を担当した裁判所が国庫負担の可否を決 めるが、1999年10月から、全国一律に、接見の際の通訳費用が減額され、接見通訳費用が公判通訳費用の7割とされた。


 控訴審で接見をして取り下げたケースではいっさい費用を出さないとされた。


 接見の場合身柄のある拘置所や警察署は遠隔地にあることが少なくなく、この場合 往復の時間も多くかかることになる。また法廷通訳の場合には、法廷は通常時間通り始まる。しかし接見の場合接見室使用中などの理由で長時間待たされることも少なく ない。このように接見の場合は通訳にとって接見時間以外に時間的負担も大きくなる。接見通訳費用の減額は通訳の実質的保障の後退といわざるを得ない。


3) 行政不服審査手続


A.結論と提言


 行政庁は、国籍に関わらず、行政不服審査法に基づく不服申し立て資格が あることを認め、それに沿った運用をするべきである。


B.日弁連の意見


 ある不法滞在外国人が1994年4月、交通事故により頭蓋骨骨折などの重傷を負 って入院加療を受けた件で、医療費が払えないとして(東京都)中野区に生活保護申請をしたが却下された。当該外国人は同処分について、東京都知事に対し行政不服審 査法に基づく審査請求をしたが、東京都知事は1995年2月、外国人には不服申立て資格がないとして却下した。


 なお東京地方裁判所平成8年(1996年)5月29日判決は、同処分を争った当 該外国人の訴えを退けたものの、外国人にも不服申立て資格があることを認めた。


4) 住宅についての権利(5条(e)(ⅲ))


A.結論と提言


 住宅金融公庫は、国籍による制限を撤廃するべきである。


B.日弁連の意見


 住宅金融公庫融資には、国籍・在留資格による対象制限があり、定住性を認めない 限り対象とされない。


5) 社会保障についての権利(5条(e)(ⅳ))


A.結論と提言


 日本政府・地方公共団体は、社会保障について、国籍に関わらず享受を認 めるべきである。


B.日弁連の意見


1年以上の期間の在留資格のない外国人については、日本はほとんどの社会保障を 拒否している。


(a)生活保護


 生活保護法は、明確な国籍要件はないが、その1条、2条において「すべての 国民・・・」「すべて国民は・・・」と定めている。厚生省は生活保護法を外国人に直接適用することを認めず、準用するという扱いをした。しかし外国人に対す る支給は次第に抑制傾向をとり、1990年10月15日厚生省社会局保護課企画法令係長口頭指示により「非定住外国人については、生活保護の準用を行わな い」こととされた。


 ある不法滞在外国人が1994年4月、交通事故により頭蓋骨骨折などの重傷 を負って入院加療を受けた件で、医療費が払えないとして(東京都)中野区に生活保護申請をしたが却下された。当該外国人は同処分を争ったが東京地方裁判所 平成8年(1996年)5月29日判決は当該外国人の訴えを退けた。


 このように、生活保護一般はもちろん、緊急医療を必要とする事案についてす ら、非定住外国人は享受を拒否されている。


(b)国民健康保険


 1992年3月31日付け厚生省国民健康保険課通達は、入国段階で1年以上 の在留資格を有している者及び入国目的、入国後の生活実態を勘案し、1年以上我が国に滞在すると認められる者のみを対象とすることにした。各地方公共団体 のほとんどはこの通達に従っている。


 不法入国の外国籍女性が日本人男性と結婚して長女をもうけたが夫と死別した 後、東京都足立区に対し国民健康保険被保険者証交付申請をしたが、同区はこれを交付しない旨の処分をした。当該外国人はこれを提訴したが、東京地方裁判所 は1995年9月27日、適法に日本に入国し在留できる地位を有していない者は国民健康保険法5条の「住所を有する」ということはできないとして、当該外 国人の訴えを退けた。


 オーバーステイの中国国籍女性が、日本国籍男性と婚姻したのち、(東京都)武 蔵野市に対し国民健康保険被保険者証の交付を申請したところ、上記判決と同じ理由で被保険者証を交付しない旨の処分を受けた。当該外国人は提訴し、東京地 方裁判所は1998年7月16日、当該外国人が武蔵野市に住所を有していることを認め、武蔵野市の処分を取り消した。


6) 災害時の安全


A.結論と提言


 地方公共団体特に東京都は、災害時の救助・保護活動において、不法滞在 ・不法入国外国人も含めて、人種・民族・国籍による差別をしてはならない。


B.日弁連の意見


 石原慎太郎東京都知事は、2000年4月9日、陸上自衛隊第1師団創設記念式典 において、「今日の東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪をですね、繰り返している。もはや東京における犯罪の形は過去と違ってきた。こう いう状況を見まして、もし大きな災害が起こったときには大きな大きな騒擾事件すらですね、想定される。そういう状況であります。こういうものに対処するためには、 なかなか警察の力をもっても限りとする。ならばですね、そういうときにみなさんに出動願って、都民のですね、災害の救助だけでなしに、やはり治安の維持も、一つみ なさんの大きな目的として遂行していただきたいということを期待しております。」と発言した。


 災害時において保護・救助の対象とされるべきことについては、国籍・人種・民族 を問うべきでない。不法入国をしたとしても外国人についてこの点を別に扱うべき理由はない。また騒擾を起こす危険を都知事は主張するが、関東大震災に際して和人に よる朝鮮民族虐殺が行われた歴史に鑑みるならば、外国人による騒擾の危険はほとんどなくそれよりも、外国人による騒擾の危険をことさらに主張することが、災害時に おける外国人に対する差別・迫害を助長・扇動することの危険が大きい。


 東京都の行政の長が、災害時において外国人を治安を乱す要因として認識し、災害 時の体制を定めていることは、災害時における外国人の生命・身体の安全を保護されるべき地位が保障されない危険を生じている。


第4部 難民問題

1.2条

(1)出身国によって、難民の認定において差別を行っている疑い


A.結論と提言


 難民について、出身国による差別なく、公正に認定を行うべきであり、認 定過程の公正さを担保するために、認定処分および認定をしない処分について、判断理由の詳細な開示をするべきである。


B.日弁連の意見


 入管職員を対象とした法務総合研究所作成の研修教材において、友好国出身者と非 友好国出身者との違いを、難民の認定をするかしないかの判断に際して考慮する旨記載されていた。現在の教材では記載が抹消されているが、従来の記載が誤りであった ことおよび難民の差別禁止について再教育が徹底されたとの情報はない。


 実際、中国・トルコといった、諸外国では多数の難民認定者がある出身国について、 認定された事例が確認されていない。


 しかも、不認定とする場合の決定の通知書には、判断理由の記載欄があるにもかか わらず、判断理由として記載される文言は、申請期限を経過した後の申請であるから不認定とするという、実質的判断について何ら記載がないものであるか、あるいは認 定するに足る証拠がないという、具体的事実認定について全く説明を付さないものの二通りがほとんどであり、判断過程の公正さが保障されない。


 日本の難民認定数は、欧米諸国に比べて著しく少ないが、出身国による差別がその 一因であると推測される。


(2)出身国による、定住促進施策上の差別


A.結論と提言


 難民について、出身国の如何に関わらず、日本がインドシナ難民に対して 行っているのと同水準の定住促進策を施すべきである。


B.日弁連の意見


日本政府は、インドシナ難民については、各種定住促進施策をとった。1979年日本政府はインドシナ難民定住促進のための事業を財団法人アジア福祉教育財団に委託し、1979年から1983年にかけて、インドシナ難民の定住促進のために日本に3カ所の定住促進センターが開設され、また長期滞留者の施設として東京都品川区に国際救援センターが開設された。


 しかし、そのほかの国からの難民については、日本が認定した場合ですら、インド シナ難民と同じ水準の定住促進施策はとられていない。


 日本は1998年16人、1999年16人を難民と認定したが、他方で上記の定 住促進センターを1998年3月までにすべて閉所し、インドシナ以外の出身国の難民に入所をさせることはなかった。


 また、現存する国際救援センターは、難民を入居させ、日本語教育・日本の生活習 慣に対する社会的指導・健康管理・食事・生活費援助・職業紹介などを行っており、現在、難民に対するこのような支援施設は他に存在しない。しかるに、同センターは インドシナ出身の難民に対象を限っており、他の国の出身の難民は、原則としてここに入所することはできない。今日まで、ごく例外的に、イラン、ミャンマー国籍のお のおの1家族ずつだけが入所を許可されただけである。


 これは、難民の出身国による差別である。


 国際救援センター入所を含め、従来インドシナ難民について提供してきた定住促進 措置を、今後は出身国に関わらず難民に提供するべきである。


(3)入居差別など


A.結論と提言


 日本政府・地方公共団体は、和人による、難民を含む外国人排斥感情およ  び入店差別・入居差別・学校でのいじめなどの差別を撤廃して人種間の理解を促進する政策を、あらゆる適切な手段により遂行するべきである。


B.日弁連の意見


(2)に前述の通り、認定された難民についてすら、日本政府による住居提供の施 策がない。それゆえ、在日外国人一般について前述した、外国人の入居差別を、難民認定を受けた者ですら直面している。


 また、難民認定申請をして審査を受けている者について、居住施設などなんらの暫 定的保護措置もないので、これらの者も、入居差別に直面している。


第5部 部落問題

A.結論と提言


 日本における部落問題は、我が国における典型的、深刻なマイノリティに 対する差別問題であり、放置することはできない。部落出身者に対する差別問題が依然解消しているとは言えない現状に照らし、日本政府は、差別解消 のための努力に引続き取組むべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、日本における部落問題について何ら報告していない。


C.日弁連の意見


1) 部落の実情


 日本政府の1993年の調査(同和地区実態把握等調査-対象4603地区)に よれば、全国に部落は、4442地区(回答数)、部落人口は、89万2751人(回答地区内関係者の人数)とされている。


2) 部落差別の実態及び日本政府の部落対策


 これまで日本政府は、同和対策事業特別措置法、地域改善対策特別措置法などを もって部落問題に対処してきた。その結果、部落差別の実態は一定程度改善されてきている。しかしながら、依然として部落出身者に対する差別が解消されたとは言 えない。


 したがって、日本政府としては、今後とも差別の解消を目指し、そのための努力 を継続すべきである。


第6部 アイヌ問題

A.結論と提言


 アイヌ民族は、日本における先住民族であり、日本における民族的マイノリティであるので、日本政府は、明確にアイヌ民族の先住権を認めたうえで、その権利保護のために必要かつ適切な措置を講ずるべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書は、「総論、アイヌの人々の現状」、第2条の「差別法の改廃」及び 第7条の「文化」の各項で、アイヌ問題を取り上げている。


 しかしながら、アイヌ問題の歴史的認識が非常に甘く、アイヌ民族の現状認識につ いても十分でないものがあり、日本におけるアイヌ民族の先住権を認めていない。


C.日弁連の意見


1) アイヌ民族の歴史


 アイヌ民族は、まぎれもない日本における先住民族であり、明らかに日本の民族的 マイノリティに属するものである。


 すなわちアイヌ民族は、カラフト・千島列島、日本の北辺に位置する地方に住んで いた先住民とその子孫であり、アイヌ語を母国語とし、自然を相手にして、自然の恵みを受けて、地上にあるものは動物であってもすべて平等だと考える独特の習俗・文 化を守り、伝承してきたものである。


 彼らは、その土地を「アイヌモシリ」(人間の住む大地の意味)と呼んでいた。


 しかし、日本政府は、1869年に「アイヌモシリ」の一部を「北海道」と命名し た。その後、「和人」(日本人の意味)が入植・開拓するようになり、このためアイヌ民族の生活は180度急変するようになった。


 そしてアイヌ民族は、戸籍法によって日本人(平民)とされ、従来から居住してい た土地は官有地とされ、アイヌ民族の独特の習俗・文化は否定されるようになった。


2) アイヌ民族に対する過去の政策


 アイヌ民族は、1878年には「旧土人」(未開地の蛮族)と呼称されるようになり、 「和人」と同様の日本風の姓名をつけられ、一層、その特有の文化は否定され、アイヌ民族は貧民化していった。


 このため日本政府は、アイヌ民族のため1899年に北海道旧土人保護法を制定し た。しかしながら、アイヌ民族の人々は、「同化政策」のため滅び行く民族として扱われきた。


3) 北海道旧土人保護法による保護の失敗


 この法律は、「和人」が北海道に入植後、30年後に制定されたものであり、アイヌ 民族に対し、土地(給与地)を与えて、農業で安定した生活を目指すものであったが、北海道には適した良い土地はすでになく、与えられた土地は、山、谷、湿地帯、急傾 斜地ばかりであったため農業による安定した生活はできなかった。


しかもその土地は、15年間耕作しなければ没収されることになっていた。


 同法第10条は、アイヌ民族の共有財産の管理を北海道庁長官(知事)がすること を定めていたが、これはアイヌ民族に財産の管理能力がないとするものあり、アイヌ民族にとって侮辱的な規定であった。


 しかも、後記のとおりこの法律が廃止された1997年当時、北海道知事が管理し ていた共有財産は、わずか18件、金額にして129万3000円であった。


 その他、この法律は、医療とか学校教育を保障するとしていたが、その名称のとお りアイヌ民族を差別する前提のものであり、アイヌ民族は貧乏のどん底に陥れられた結果、この法律による保護は成功しなかったと評価されている。


 アイヌ民族は、この法律は悪法であるとしてその廃止を求めてきた。


 日本政府報告書は、これらの点についても触れていない。


4) 日本におけるアイヌ民族に対する差別の原因


 最も大きな差別の原因は、人種的に「和人」である日本人と異なる点にある。


 日本において「アイヌ」という言葉は、異人種の人間を意味している。


 したがって、アイヌ民族の血統を有する人達のなかには意識的にこのことを隠そう とする人が多くいる。


5) 今日のアイヌ民族の実態


 日本では1974年にようやく第1次7ヵ年ウタリ対策、1981年に第2次7ヵ 年ウタリ対策が日本政府・北海道庁の手で実施されるに至った。


 北海道庁は、1986年に初めてウタリ対策の結果の実態調査を開始したが、未だ に「和人」と比較しても生活保護の適用状況、高校進学率、就職や結婚の差別が現に存在していることは日本政府報告書のとおりである。


 そして1986年の「日本は単一民族である」という当時の中曾根首相の発言から も明らかなとおり日本が、単一民族国家であるとし、先住民族を否定する人々が多く存在している。


6) 1997年5月14日に公布されたアイヌ新法の問題点について


 これまでアイヌ民族の人達は、差別を受け、人権を侵害されていることの解消を目 指し「アイヌ新法」の制定を求める運動を展開してきた。


 アイヌ民族最大の組織である北海道ウタリ協会は、1984年の総会で北海道旧土 人保護法に代わる「アイヌ民族に関する法律(案)」を公表した。


 そして、同協会は、①旧法の撤廃、②民族の損失を回復するためアイヌ民族に関す る法律の制定、③新法の制定は旧法の撤廃と同時とすることを求める声明を出し、さらに、これらの要求は、固有の文化を持ったアイヌ民族の存在と誇りが尊重され、民 族の権利を保障されることを目的とし、差別の絶滅、アイヌ民族だけの選挙権、被選挙権を揺する「特別議席」の要求、アイヌ文化の振興、経済的自立の促進するための 条件の整備、民族自立化基金の創設、常設の審議機関の設置を求めるものとなっていた。


 これを受けて北海道知事は、ウタリ問題懇話会を検討を諮問した。懇話会は、3年 後に特別議席を除いて協会案を概ね承認し、国に対し、新法制定の要望をした。


 しかし、国レベルの検討は遅々として進まず、1995年3月1日、「ウタリ対策の あり方に関する有識者懇談会」が設置され、1996年に報告書が提出された。


 この報告書は、アイヌ民族の先住性と民族性を承認したが、自決権に関する先住権 を持つ先住民族であるかについては明確な判断を示していない。


 そして、1997年5月14日、「アイヌ文化の振興並びに伝統等に関する知識の普 及及び啓発に関する法律」が制定・公布され、その後、前記の旧法は廃止された。


 この法律は、アイヌ民族の先住性は事実として承認しているが、法的な意味におけ る「先住権」を認めていないためアイヌの土地の返還請求や損害賠償請求権の発生は否定されており、単なるアイヌ民族の文化振興を目的とするものにすぎない。


7) 日本の裁判所におけるアイヌ民族の理解について


 札幌地方裁判所は、1997年3月27日、二風谷(にぶたに)ダム判決の中で「ア イヌ民族は、文化の独自性を保持した少数民族としてその文化を享有する権利を国際人権規約B規約第27条で保障されているのであって、我が国は憲法98条2項の規 定に照らしてこれを誠実に遵守する義務がある」としたが、「土地、資源及び政治等についての自治権であるいわゆる先住権までを認めるかどうかはともかく」と述べ、先 住権を当然に享有するかどうかについての判断は留保している。


第7部 アメラジアン問題

1.沖縄におけるアメラジアンの問題

 沖縄県には、米軍基地の存在を背景として米軍人・軍属と日本人女性(または現地のアジア人女性、ただしそのほとんどが日本人女性)の間に生まれた子ども(「アメラジアン」と呼ばれる)が約3,000~4,000名いる。我が国に居住する両親の一方または双方が 外国人である子どもの場合、外国人親の国籍及び来日の理由も様々であるのに対し、アメラジアンの子どもたちは、父親が軍人・軍属として来日したアメリカ人で、母親が日 本人もしくは現地で生活するアジア人という特定の組合せの両親の間に生まれた子どもという意味で特定のグループを形成している。したがって、アメラジアンの子どもたち は、外国人親を有する子どもと比べて、その抱える問題・困難も以下のとおり、このグループに属する子どもに共通している。しかも、アメラジアンの子どもが沖縄県に集中 して存在し、共通の困難を抱えている構造的な背景・要因は、日米安全保障条約に基づ いて日本に駐留する米軍の専用施設の74.8%が、日本の国土の0.6%の面積しかない沖縄 県に集中し(特に基地の集中している沖縄本島では、その面積の18.9%が米軍基地である)、広大な基地が民間地域に隣接し、米軍人・軍属と地元住民の接する機会を多く生み 出していることにあるのは明らかである。したがって、このような基地政策を採ってきた日本政府としては、アメラジアンの子どもたちが抱える問題の解決・克服に積極的に 取組み、必要な措置を講ずるべきである。


 なお、日本政府報告書には、アメラジアンの問題は全く取り上げられていない。


 


2.国籍取得の問題

A.結論と提言


 アメラジアンの子らの日本国籍取得手続の運用を改め、国籍法に定める国 籍留保届出期間経過後の救済措置の運用にあたっては、親権者一方の届出による国籍取得を認めるべきである。


B.日弁連の意見


 アメラジアンの子の中には、米国で出生し、その後日本で居住しているが、日本国籍 を確保するために必要とされる国籍留保の届出を怠ったために、母親が日本人であるのに日本国籍を有しない子どもがいる。このような場合にも、国籍法上、法務大臣への届 出により日本国籍を再取得する救済措置が設けられているが、その要件として15歳未満の子の場合に必要とされる親権者による届出について、アメラジアンの子の場合には、 父親の本国法である米国法では離婚後も共同親権が原則であり、かつ日本民法では共同親権は共同行使が原則であることから、日本人母の単独届出では足りず、米国人父の同 意の証明として父親の法務局への出頭、もしくは同意を得ることが不可能であることの証明として父親が子を遺棄している状態にあるとの証明を要求する運用がなされている。


 しかしながら、アメラジアンの子の両親が離婚し、もしくは既に婚姻関係が破綻して いる場合においては、米国人父の協力及び遺棄の立証も実際上極めて困難であり、上記のとおりの手続の厳格な運用が、子の日本国籍取得の障害となっている。このように、 国籍取得手続の厳格な運用によって、日本人母が届け出ても国籍の取得が認められないという問題は、父親の国籍がアメリカであるアメラジアンの子どもについて共通するも のであって、人種差別撤廃条約5条(d)(iii)に定める「国籍についての権利」の享有についての差別にあたる可能性がある。しかも、アメラジアンの子どもにとって、日本国籍 が取得できないことは、義務教育についても当然には入学資格が得られないなど、社会権の保障を十分に受けられないなどの問題に波及することがあり、深刻で放置すること のできない問題である。


 そもそも日本国籍取得手続は、成人後の国籍選択を保障するためのものであり、子の 福祉の観点から何ら手続を制約する必要はないものである。従って、アメラジアンの子が日本人母の国籍に基づき、母からの単独の届出によって日本国籍を取得できるよう、 法務局の前記運用を改め、一方の親権者のみからの申請であったとしても原則として受理する扱いとすべきである。


 


3.子の養育費の問題

A.結論と提言


 日本政府は、扶養義務を負う米国人父が本国に在住しているアメラジアン の子の養育費の取立てを容易にするため、米国との間で二国間協定を締結すべきである。


B.日弁連の意見


 沖縄に居住するアメラジアンの子の中には、米国人父が本国に帰国し、日本人母と共 に事実上遺棄され、経済的に困窮している場合が少なからず見られる。このような場合においても、日本の家庭裁判所に、アメリカにいる父親を相手に養育費請求の審判を申 立てることは可能ではあるが、審判に基づきアメリカで執行を行い、父親から養育費を実際に取り立てることは、事実上不可能である。しかしながら、アメラジアンの子の父 親の本国アメリカでは、連邦法に基づき設置されたチャイルドサポートオフィス(Office of Child Support Enforcement)が、養育費の取立手続をほぼ無償で行っており、この取立 手続は、二国間協定が締結されている場合には、その締結国に在住する子らのためにも行われる。ところが、日本政府は、同協定を締結していないので、日本に在住するアメ ラジアンの子について、米国人父から養育費を取立てる手続きを同オフィスに請求することは法的には認められていない。その結果、アメラジアンの子は、親から扶養を受け る権利を行使することが実質的には不可能な状態にあり、かかる事態は、人種差別撤廃条約5条(e)に抵触するおそれがある。このような、特にアメラジアンの子に共通して生 ずる米国人父からの養育費取立ての困難は、日本政府が米国との間で養育費取立てに関する二国間協定を締結することにより、少なくとも制度的には解消することのできる問題であるから、日本政府は、早急に米国との間で二国間協定を締結すべきである。


 


4.教育を受ける権利の問題

A.結論と提言


 日本政府は、アメラジアンの子どもたちに対して、自己の両親いずれの文化をも享有できるような多文化教育を、学校教育の中で保障する措置をとるべきである。


B.日弁連の意見


 アメラジアンの子どもたちは、そのほとんどが父親が米国人、母親が日本人であるこ とから、子どもたち及び親の多くは、両親それぞれの国、すなわち日本と米国の文化、言語等の教育を受ける機会を持てることを望んでいる。しかしながら、現在の日本の義 務教育を含む学校教育においては、このような多文化教育がなされていないのみならず、アメラジアンの子の場合、途中まで英語教育を受けてきたために日本語能力が十分でな いことから、日本の学校教育についていけず、また、アメラジアンという理由で差別、いじめを受けるケースも少なくない。そこで、アメラジアンの子どもたちの中には、インターナショナルスクールで教育を受けることを選択する子もいるが、このような選択肢については、母子家庭の多いアメラジアンの家庭は往々にして高額の授業料による経 済的負担に耐えられないこと、これらのスクールの教育内容が、短期滞在ののちに米国 に帰国する子どもたちを対象にしていることなどの問題がある。


 このような事情から、アメラジアンの母親たちが、1998年6月、沖縄県宜野湾市 に、自ら多文化教育の実現のため「アメラジアン・スクール・イン・オキナワ」を開設し、現在数十名の義務教育課程の子どもたちを受け入れている。だが、これが学校教育 法上の学校にあたらないことを理由に、行政による助成は受けられず、経済的に極めて困難な状態に置かれるとともに、一部の自治体を除き原則として義務教育の卒業認定が 得られないという問題点が残っている。


 かかる状況は、日本人を両親に持つ子の場合は、当然に学校教育において親と同一の 言語及び文化について教育を受けることができるのに対し、アメラジアンの子どもたちは、学校教育において、両親が属する日本・米国二つの言語・文化について教育を受け る機会が実質的に保障されていないという意味において、人種差別撤廃条約5条(e)(v)に定める「教育及び訓練についての権利」の享有についての差別にあたるおそれがある。


 しかも、アメラジアンの子の場合、同様の問題を抱えている両親の一方または双方が 外国人である子どもたち一般と異なり、その居住地域が沖縄県に特に集中しており人数も多いこと、多文化教育といっても具体的にはほとんど日本とアメリカの二国に限定さ れるのであるから、日本政府が制度的に措置を講ずることが必要であり、かつ、困難ではないはずである。よって、日本政府は、アメラジアンの多文化教育を学校教育の中で 保障すべくアメラジアン・スクールに対する財政的援助等の制度的対応策を講ずるべきである。


第8部 刑事施設等における問題

A.結論と提言


 施設職員と外国人受刑者の意思疎通が困難な状況下においては、相互誤解 から感情的対立、相互不信、人種的偏見が表に出やすい状態である。にもかかわらず、刑事施設の職員に対する人種差別撤廃条約第7条による教育は組 織的には一切行われておらず、また人種差別的言動を行った職員に対する行政処分、行政罰、刑事罰を課した事例は全く知られておらず、全く処分が行 われていない可能性が大である。これらの状況は、条約第7条に違反し、又同第4条(c)に違反しているおそれがある。


B.日弁連の意見


1.我が国における外国人受刑者の状況


 刑事被拘禁者は未決と既決に分けられるが、未決被拘禁者は外国人の場合も全国の拘 置所に分散留置されるが、既決の場合は、日本人と同様の処遇可能な者と、日本人とは異なる取り扱いを受ける者(F級)に分類され、F級の者は、男性は府中刑務所、女性 は栃木刑務所に集中的に収容されている。  我が国の刑事施設における収容人員は、平成10年末日で52,713人(男49、905人、女2、808人)、平成11年末日で56,133人(男53、141人、女 2、992人)であり、このうち外国人被収容者は平成10年末日で3,433人(男3,142人、女291人)、平成11年末日で4、053人(男3、660人、女39 3人)であり、全体のそれぞれ6.5%、7.2%を占める。国籍により見ると、韓国・朝鮮籍の者が39.5%、中国籍の者が25.6%を占め、他に国籍のはっきりした者 の国籍は20ヶ国に及んでいる。  さらに、定住者以外の外国人(来日外国人)の割合が、平成10年末では65%、平成11年末では68.4%と、過半数を占めている。これらの来日外国人は、日本語理 解能力が充分でない者が多い。


2.処遇上の問題点


1) 我が国の法制度では、外国人被収容者の外部への発・受信等は、日本語によるもの以 外全て翻訳を必要とされ、また外部の者(一般の者)との面会についても日本語以外を使用する場合、施設側に当該言語を解する職員がいない場合は面会が認められない。 そのため、例えば府中刑務所においても、英語、中国語、スペイン語、ペルシャ語の通訳、翻訳担当者をおいて、信書の翻訳にあたっており、1995年においては、2 1ヶ国15、893件のうち12,878件については内部で翻訳、処理されたと報告されているが、職員で処理できない言語については各国大使館外部協力者に翻訳を 依頼しているという。このため、信書の翻訳をした上での検閲は著しく遅延する場合のあることが指摘されている。また、面会についても、上記のような理由で事実上日 本語を使用した面会に制限されている。このため被収容者と面会者同士では外国語で支障なく会話ができる場合であっても、面会のため日本語との通訳をいれなければならず、この通訳を探さねばならず、またその費用も大きな負担となる。


2) さらに、施設側職員と被収容者のコミュニケーションについても問題が多い。上記府 中刑務所においても、通訳、翻訳のできる職員は英語、中国語、スペイン語、ペルシャ語各2名にすぎない。このため刑事施設当局と外国人被収容者の間では意思疎通が 困難な場合が多く、収容開始の際の権利義務の告知、重要な規則の告知、規則違反を理由とする懲罰手続等の重要な不利益処分等について、外国人被収容者の充分な理解 が得られていないことが少なくなく、実態として通訳が全く存在しなかったり、極めて不十分な通訳しか行われなかったりする場合が多い。このような結果は、刑事施設 当局の行刑成績の評価にも現れている。法務省の法務総合研究所の府中刑務所における調査によっても「行刑成績と日本語の会話能力及び読書能力間には、正の相関関係 があり、日本語能力が低い者ほど行刑成績も低い傾向を示している」とする。


3) さらに、外国語の新聞、雑誌、書籍などは、英語のもの以外ほとんどない。英語によ るものも大きな刑務所・拘置所に限られているし、その量も限られている。外部からの差し入れは、英語のものであっても検閲のための翻訳費を負担しなければならない ため不可能である。さらに、外国語によるテレビ、ラジオの聴取などは一切許されていないので、外国人被収容者は日本語のよくできる者以外、自国の文化から全く切り 離された状態に置かれている。食事、特にイスラム教徒等のように豚肉は食べないなどという習慣や宗教行為の習慣も、以前には大きな問題となったが、次第に拘置所に おけるハラルフードの差し入れを認めるなど、徐々に改善されている。


3.人種差別的処遇発生の危険性の例


 上記のような環境のもとに、施設職員と外国人受刑者の意思疎通が困難な状況の下に おいては、相互誤解から感情的対立、相互不信、人種的偏見が表に出やすい状態である。


現に、人種差別的な処遇ではないかと考えられる事例が報告されている。


1) 1993年~1994年東京拘置所内で、看守から連続的にひどい暴行を受けたと訴 えているエジプト人は、看守から「この乞食野郎」等とののしられたばかりでなく、暴行を受ける直前、「日本人の恐ろしさを見せてやる。日本人をなめるなよ」等と言わ れたという。


2) 1994年東京拘置所で、数回にわたるひどい暴行を受けたというナイジェリア人の ケースでは、看守から「ゴリラ」と呼ばれ、看守は明らかに黒人であることを理由に人種差別的言辞を使用したという。  このような状況にあるにもかかわらず、刑事施設の職員に対する人種差別撤廃条約第 7条による教育は組織的には一切行われておらず、又人種差別的言動を行った刑事施設職員に対する行政処分、行政罰、刑事罰を課した事例は全く知られておらず、全く処分 が行われていない可能性が大である(なお、日本の監獄における懸念すべき状態は、自由権規約委員会報告書〔CCPR/79/Add.102〕の勧告27に具体的指摘がある)。


第9部 女性に対する複合差別の問題

1.朝鮮人学校女子生徒に対する差別

A.結論と提言


 朝鮮人学校生徒に対する嫌がらせ事件の例が示すように、わが国において は、ともすると民族差別意識に女性に対する差別意識が複合的に付加され、とりわけ女性が差別意識に基づく攻撃・人権侵害の対象となりやすい。日本 政府は、このような点に格別の配慮を払い、日頃から、民族差別をなくすための啓発・教育活動に取組むとともに、併せて、男女差別意識をなくすため の啓発・教育活動にも重点的に取組むべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書57項には、1994年春から夏にかけて全国各地で続発した在日朝 鮮人生徒に対する嫌がらせや暴行等の事件、及び、1998年8月の北朝鮮によるミサイル発射を契機として起きた同種の被害事件についての報告がなされ、また、警察や法 務省の人権擁護機関による事実関係の調査、検挙、並びに同種事象の発生防止のための対策が報告されている。しかしながら、日本政府報告書の記述及び関係機関の対応には、 朝鮮人学校生徒に対する嫌がらせ事件は、朝鮮人差別に加えて女性差別の要素を含んでおり、実際、被害が女子生徒に集中していることの理解並びにそのような視点を踏まえ た再発防止の取組みの努力が欠けている。


C.日弁連の意見


 1994年及び1998年に頻発した在日朝鮮人生徒に対する嫌がらせや暴行等は、 女子生徒及び男子生徒の双方に対して発生したが、中でも1994年に頻発した嫌がらせ・暴行事件の被害は特に女子生徒に集中して発生した。また、1998年の嫌がらせ・ 暴行事件の頻発の際も女子生徒が多く被害に遭った。女子生徒に向けられた嫌がらせ・暴行事件の被害形態は、登下校中にチマ・チョゴリ(民族衣装)を切り裂かれる、侮蔑 的言辞や罵声を浴びせられるといったものが多かった。このように、特に女子生徒が朝鮮人生徒に対する嫌がらせや暴行の標的とされたのは、女子生徒が制服として着用する チマ・チョゴリが、朝鮮人差別意識に基づく攻撃の象徴とされたという理由のほかに、わが国の社会一般に蔓延する女性に対する差別意識が複合的に付加され、結果として女 子生徒に人権侵害の被害が集中したものと考えられる。


 日本政府報告書第57段落には、1994年に連続発生した女子生徒がチマ・チョゴ リを刃物で切られる事件の検挙事例が報告されているが、1994年1月から7月までの間に出された朝鮮人学校女子生徒がチマ・チョゴリを刃物で切られた被害届けは11 件に及んだにもかかわらず、この種の事案で容疑者が検挙されたのは、そのうち1件に過ぎない。また、日本政府報告書に報告されているとおり、法務省の人権擁護機関によ る再発防止のための取組みも、外国人差別という観点に問題を集約しており、被害が女子生徒に集中したことの背景として、わが国における女性に対する差別意識が複合的に 混在しているとの視点が欠け、同種事案の再発防止の取組みとしては不十分である。今後は、朝鮮人学校生徒に対するいやがらせ事件の発生防止のための取組みにおいては、 外国人差別の根絶の観点に、女性差別の根絶の観点を組み合わせて行っていく必要がある。


2.国際結婚の外国人配偶者女性

A.結論と提言


 日本政府及び地方公共団体は、斡旋の主体が行政であるか民間であるかを 問わず、日本人男性と主にアジア人女性との間の国際結婚が、「人身売買」に等しいとの批判にもかかわらず、わが国における一つの結婚の形態として定 着し、現にこのような結婚による外国人配偶者女性がわが国で多数生活している実態を踏まえ、既に日本人と結婚して来日し、日本で生活している外国 人配偶者女性に対し、山形県最上地域が実践しているような支援のための活動、 とりわけ日本語教育、異文化の相互理解のための活動、外国人配偶者女性の  法的地位・権利に関する情報提供活動を推進すべきである。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書17項には、在日外国人のうち、「日本人の配偶者等」の在留資格で滞 在する外国人の割合は、外国人登録者数全体の17.5%(1998年末現在)を占めるとの記述があるのみで、特に日本人男性と婚姻して日本で生活する主としてアジア人 女性が置かれている現状の問題点についての記述はない。


  理 由


 我が国では、1990年代から、国際結婚の件数、とりわけ日本人男性と外国人女性 の組み合わせによる結婚の件数が急増し、現在も年々増加の傾向にある。 1999年度の国際結婚の総件数は3万1,900件で、そのうち日本人男性と外国 人女性の結婚は、2万4,272件、総件数の76.1%を占める。日本人男性と結婚する外国人女性の国籍は、中国(32.2%)、フィリピン(26.4%)、韓国・北朝 鮮(23.9%)、タイ(8.3%)が上位を占め、これらアジアの女性が合計で90.8%を占めている。


 このように日本人男性とアジア人女性の組合せによる国際結婚が急増した背景の一つ として、1980年代半ば頃から、特に東北地方の農村地域を中心に、行政が「嫁」不足の解決策として、アジア女性との国際結婚を推進し、また業者による斡旋も活発に行 われてきたという事情がある。


 アジア人女性との国際結婚の斡旋、特に、短期間の集団見合や写真見合による斡旋に 対しては、経済的優位を利用して「家」制度を維持するために、貧しいアジアの国から「嫁」を連れてくる「人身売買」に等しいとの批判が国の内外で起きた。このような批 判を受けて、近年行政による斡旋は減少傾向にあるが、民間業者による斡旋は増加している。民間業者による国際結婚の斡旋については、何らの法的規制もなく、1980年 代の事例であるが、スリランカ女性を研修目的と騙して来日させて日本人男性と強制的に婚姻させ、更に、同女性の署名を偽造した離婚届を作成提出し強制的に事実上離婚さ せた国際結婚斡旋業者が被害女性に対し慰謝料1200万円の支払を命じられたという事件も起きた(京都地裁平成5年11月25日判決)。また、民間団体の斡旋で結婚した 中国人女性の夫が精神病であることを秘匿していたことが結婚後に判り、女性からの調 停申立により離婚するに至ったという事例も報告されている。これらのケースは、詐欺 または詐欺的な手段によりアジア人女性が日本人男性と結婚させられた極端な事例であるが、斡旋の手続きにおいて、夫の候補者である日本人男性や日本での生活に関する情 報が十分に提供されないまま安易に結婚が進められる場合には、外国人配偶者女性について、人種差別撤廃条約5条(d)(ⅳ)に定める「婚姻及び配偶者の選択についての権 利」の享有に関する人種または民族による差別にもなりかねない。


 行政または民間の斡旋によって国際結婚した夫婦の中には、結婚生活が破綻したり、 妻が本国に帰国してしまうなどして離婚に至ったケースも少なくない。また、外国人配偶者女性がストレスなどからノイローゼその他の精神疾患的症状を呈するに至ったケー スも報告されている。こうした結婚生活の破綻や「外国人花嫁」に現れる精神的疾患の一般的な原因として、そもそも夫婦が互いにそれぞれの言葉をほとんど理解せずコミュ ニケーションが成り立たないこと、互いの生活習慣・文化・価値観の違いについての理解が不足していること、結婚のため来日した「外国人花嫁」が母国語で交流できる友人・ 知人が地域に少ないか皆無であること、「外国人花嫁」が日本名の使用を夫や夫の家族から求められ、生活習慣を日本風にすることが求められ、母国語の使用を禁じられ、自分 の子どもたちに母国語で話しかけたり、母国の子守歌を歌い聞かせることを禁じられるなど日本人化を強要されアイデンティティーを喪失し孤立する、などの要因が指摘され ている。


 さらに、日本人の夫と結婚した外国人配偶者女性の中には、夫からの暴力や夫と他の 女性との交際問題に悩むケースも少なくない。特に、日本人の配偶者の在留資格で日本に滞在する外国人女性配偶者の場合、夫から暴力を受けたり、夫が他の女性と交際して も、暴力を警察に訴え出たり、離婚手続きをとろうとすれば、夫が在留資格の更新に協力しないといって脅かし、あるいは離婚により在留資格を失うことを恐れて泣き寝入り してしまう場合が多い。「外国人花嫁」が多数存在する地域の中には、山形県最上地域のように、行政が設置した国際交流センターが中心となって、地域内の市町村や保健所、 民間支援団体等と連携をとりながら、情報提供活動、日本語・識字教育、健康問題への対応、子どもの問題への対応、家族問題への取組み、異文化理解を深めるための取組み、 「外国人花嫁」同士の交流、ネットワークの形成など、外国人配偶者女性に対する幅広いケアを実施しているところもある。しかしながら、このような先進的な例は稀であり、 他の自治体においては、このような外国人配偶者女性を支援するための組織的な取組みは遅れており、日本政府としても特別な措置を講じてはいない。元々地方自治体が関与 して推進した歴史を有するアジア人女性との国際結婚の配偶者女性が置かれた前述の実態に対して、日本政府及び地方自治体が何ら措置を講じず問題を放置することは、これ ら外国人配偶者女性に対する、人種差別撤廃条約5条(e)(ⅴ)教育及び訓練についての権利、(ⅵ)文化的な活動への平等な参加についての権利の享有についての人種または 民族による差別になる恐れがある。


 以上のとおりの、日本人男性と結婚して我が国に在住する主としてアジア人女性の置 かれた現状の問題点に鑑みると、日本政府及び特にそのような外国人配偶者女性が多数生活している地方公共団体においては、冒頭結論と提言の箇所で述べたとおりの対策を 講ずる必要がある。


3.国際的人身売買の外国人女性被害者の問題

A.結論と提言


 日本政府は、国際的人身売買の外国人女性被害者の置かれた実態に照らし、 早急に以下のとおりの措置を取るべきである。


1) 国内関係官庁(警察、入国管理局、厚生省、都道府県)は人身売買、売買 春、強姦等の人権侵害を受ける可能性のある外国人女性のために、十分な緊急避難施設を設け、その国の自国語で、その施設の連絡先を知らせること。


2) 警察、入国管理局等の摘発官庁は背景の暴力団やブローカー等の組織の解 明・摘発に力を注ぐこと。


3) NGOとの協力を行い、これに対する財政援助をすること。


4) 国際的人身売買の被害者を含む非定住外国人の緊急医療について生活保護 法に基づく医療費の支給扶助を実現すること。


B.日本政府報告書の記述


 日本政府報告書には、この問題に関する記述はない。すなわち、日本政府報告書18、 19項には、不法就労者及び不法残留者に関する報告があるが、国際的人身売買・売買春の被害者は、我が国においては、こうした不法就労者ないしは不法残留者としてその 一部が把握されることがあるのみで、日本政府として、国際的人身売買・売買春の被害者の数や実態について調査・対応を行っていないのが現状である。


  理 由


 人身売買・売買春の被害者に対する救援活動を行うNGOからの来日アジア人出稼ぎ 女性の人権救済申立により、第二東京弁護士会が行った調査研究の結果、リクルーターないし売買を仕切る組織が、タイを初めとして主にアジア人女性達を高額な利潤を生む 性的な商品として売買の対象としており、日本国内の風俗営業店で、人身売買の被害女性を管理して「借金」ないし「借金返済」を名目に、売春を強要している実態が報告さ れた。被害女性の数は正確には把握できていないが、1994年頃で、タイ人女性だけでも2万ないし2万数千人にのぼったと推測される。また、特にタイ人女性被害者の被 害実態については、同報告書のほか、国際人権NGOであるHuman Rights Watchの報告 書も本年発表された。


 国際的人身売買の被害者女性は、逃亡阻止のためパスポートや身分証明書を取上げら れ、外部との連絡を絶たれ、監禁されたり、風俗営業店の店主や女性の管理を行っている者から暴行や脅迫、強姦等の手段によって逃亡を阻止された状況の中で、売春を強制 されている。被害者女性は、意識を鈍らせ売春させるために、睡眠薬、ブロン(かぜ薬の一種)を飲ませたり、麻薬を無理に注射される例も多い。また、被害女性は、売春に よる利潤の獲得を目的に売買されるが、実際にはスナック等で売春だけでなくホステスとして稼動させられるケースがほとんどであるにもかかわらず、賃金が支払われなかっ たり、長時間拘束して働かされたり、生理の日まで売春を強要されることすら多く見られる。


 被害女性たちは、警察や労働基準監督署等の公的機関に訴えたり、逃亡しようにも、 言葉がわからなかったり、日本に到着後すぐにエージェントの手で売られてその後監禁され、あるいはさらに転売されたりしているため、地理がわからなかったりする状況が 逃亡や公的機関への申告を困難にしている。さらに、被害女性たちは、不法入国または不法滞在者であることから、退去強制手続になることを恐れて公的機関に被害を申告しない場合も多い。


 こうした国際的人身売買の実態が、第二東京弁護士会やNGOの調査報告によって明らかにされているにもかかわらず、日本政府は、外国人女性被害者に対して、不法在留者として出入国管理法違反ないし、売春防止法によって場当たり的に検挙する以上の対 策をとっておらず、人身売買による売買春被害者の人権擁護の視点に立った被害の防止及び被害者の救済のための措置が欠けている。被害女性の中には、劣悪な労働・生活環 境が原因となって、身体的又は精神的疾患に罹患し、医療や公的扶助を緊急に必要としている者がいるにもかかわらず、厚生省は、不法残留者であることを理由に、一切の緊 急医療扶助さえも否定している。日本弁護士連合会は、1995年に、厚生大臣に対し、非定住外国人の緊急医療に関する要望を行ったほか、1999年に、タイ国出身者で国 際的人身売買の被害者に関する人権救済申立事件の調査報告を行ったのを契機に、再度、厚生大臣に対し、同様の要望書を提出したが、未だに厚生省の方針は改善されていない。


 その結果、これらの国際的人身売買の外国人女性被害者の置かれた状況は、被害女性 に対する、人種差別撤廃条約5条(b)暴力又は傷害に対する身体の安全及び国家による保護についての権利、(d)(ⅱ)いずれの国からも離れ及び自国に戻る権利、(e) (ⅰ)労働、職業の自由な選択、公正かつ良好な労働条件、失業に対する保護、同一の労働についての同一報酬及び公正かつ良好な報酬についての権利、公衆の健康、医療、 社会保障及び社会的サービスについての権利の享受についての人種または民族による差別にあたる可能性がある。


 日本政府は、既に1958年に人身売買禁止条約に加入しており、同条約上の義務とし て被害者の保護に努めなければならないことからしても、国際的人身売買・売買春の外国人被害者の平等な人権の享受のために、早急に冒頭結論と提言で述べたとおりの措置を講ずることが必要である。