電気通信事業における個人情報保護に関するガイドラインの再改正と法律による規制を求める会長声明


総務省は、昨年6月24日、電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)第26条第3項を改正し、捜査機関の要請により電気通信事業者が移動体端末を所持する者の位置を示す情報(以下「位置情報」という。)を取得する場合について、「当該位置情報が取得されていることを利用者が知ることができたときであって」との要件を削除した。これにより、電気通信事業者は、利用者に通知することなく、裁判官の発付する検証許可状に従って位置情報を取得し、これを捜査機関に提供できることとなった。

これを受けて、大手携帯電話会社が、今年5月以降、新たに販売を開始したスマートフォンから、これまで画面表示や鳴動等により位置情報が提供されることを認識できるようにしていたのを止め、所持者に非通知で位置情報を取得し、捜査機関に提供できるようにした。そして、今後さらに、同社の旧来の利用者のスマートフォンや他社のスマートフォンについても同様の対応がなされることが予想される。

現在のGPSを利用したスマートフォンの位置情報は、地図上に点として正確な位置を示すものになっており、スマートフォンの所持者の移動に沿って、誰がいつどこへ移動し、その場所にどれ位の時間滞在し、その後どこへ移動したか等が正確に把握できる。この結果、これらの情報を分析することによって、スマートフォンの所持者の趣味、思考、思想、信条、更には疾病の有無や種類等を推知される可能性があるため、重大なプライバシーの侵害となり得る。

今回のガイドラインの改正により、スマートフォンの所持者は、本人の知らないうちに、捜査機関に一方的に位置情報を取得されてしまい、事後にも知らされないため、取得の違法性を事後に争うことも困難になる。裁判官の検証許可状による取得だとしても、裁判官は、事前にどのような位置情報が取得されるかは認識できないため、捜査の必要性とプライバシー保護の必要性のバランスを具体的に考慮することは困難であり、事後に裁判官が過剰な位置情報の抹消を命じる権限を有するわけでもないから、スマートフォンの所持者のプライバシーが適正に保護される保障はない。しかも、検証の対象は、事件に関係ない者の位置情報も広く対象になる可能性があるから、捜査機関との関係で、誰もが位置情報というプライバシーを失うことになりかねない。

当連合会は、上記のような問題状況の重大性を踏まえて、捜査機関への位置情報提供は、一省庁の裁量判断で作成するガイドラインではなく、国会における慎重審議に基づく刑事訴訟法の改正による制度化が必要であるとの意見(2011年8月26日付け「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン及び解説の改正案に対する意見書」)を公表し、さらに、位置情報取得にあたっての利用者への通知を不要とすることは、市民のプライバシーを侵害するおそれを一層強くするものであるとして、ガイドラインの改正に反対する意見(2015年5月22日付け「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン及び解説の改正案に対する意見書」)を公表してきた。ここで危惧した事態が、今般の携帯電話会社の対応により現実化し、更に他の携帯電話会社でも急速に広がろうとしている。

このような状況において、当連合会は、改めて、GPSによる位置情報取得の捜査手法の必要性がある場合には、ガイドラインによる曖昧な対応ではなく、国会での慎重な審議を尽くした上で、対象犯罪を限定すること、対象者を被疑者に限定すること、位置情報の不可欠性(補充性)を要件とすること、実施後の対象者への通知を定めること等を含む刑事訴訟法の改正または特別法の制定による厳格な対応をすることを求める。総務省に対しては、上記法改正がなされるまでの当面の対応として、ガイドライン第26条第3項について、「当該位置情報が取得されていることを利用者が知ることができたときであって」との要件を復活させることを求める。 
  

 
  

 2016年(平成28年)8月5日

日本弁護士連合会
 会長 中本 和洋