「松橋事件」再審開始決定に関する会長声明


本日、熊本地方裁判所は、いわゆる「松橋事件」に関する再審請求事件につき、再審を開始する決定をした。当連合会は、本決定を高く評価するものである。

本件は、1985年(昭和60年)1月6日、申立人が、熊本県下益城郡松橋町(現在の熊本県宇城市)所在の被害者宅において、切出小刀の柄と刃の接合部分に古いシャツを巻き付け、さらに軍手2枚を重ねて着用した上、午前1時30分ころ、切出小刀で被害者を殺害したとして、逮捕・起訴されたものである。

本件において、申立人と犯行を結びつける証拠は、自白しかない。

申立人は、任意の長時間にわたる取調べ段階において、当初は否認していたが、同月18日のポリグラフ検査で陽性反応が出たと捜査官から告げられた後、同月20日に自白に転じ、逮捕された。

確定審の熊本地方裁判所第5回公判における被告人質問の際には、明確に否認に転じ、その後は一貫して無罪を主張した。

しかし、確定審は、1986年(昭和61年)12月22日、被告人の捜査段階における自白の任意性・信用性を認め、争いのない銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反被告事件を含めて懲役13年の有罪判決を言い渡した。その後、控訴及び上告がなされ、1990年(平成2年)1月26日、有罪判決が確定した。

これに対し、申立人は有罪判決後も無実を訴え、服役後の2012年(平成24年)3月12日、熊本地方裁判所に再審請求を行った。当連合会は2011年(平成23年)8月18日、再審請求の支援の決定を行い、支援を続けてきた。

弁護団は、新証拠として、①申立人が被害者を刺した切出小刀に巻き付けて犯行後に焼却していたと自白していたシャツの切れ端が存在することに関する証拠、②被害者の創傷は確定判決で凶器とされていた切出小刀では成傷できないものであることに関する鑑定書、③申立人の自白によれば、致命傷となった頸部の傷は、皮膚を直接突き刺したことになっているが、その傷はセーターの上から刺されていることに関する鑑定書、④申立人の自白によれば、被害者が倒れてから被害者を刺した事実はないことになっているが、被害者は倒れてから頸部を複数箇所刺されていることに関する証拠等を提出し、申立人の自白に任意性・信用性がないことを明らかにしてきた。また、検察官の手持ち資料を開示するように求めた弁護団の証拠開示命令申立てに対し、裁判所は証拠開示等の勧告等を行い、その結果、検察官が任意に開示するなどした。その開示された証拠の中には、申立人が自白した侵入経路とは大きく外れる場所に血痕が存在したことを示す書面や、実況見分時のビデオテープ等があり、申立人が取調官の誘導のままに供述・行動していることが判明した。これは、捜査機関が申立人に有利な証拠を隠していたものといわざるを得ない。

本日の開始決定は、申立人と犯行を結び付ける決め手となる証拠は自白以外に存在しないと認めたうえで、弁護人が提出した多くの新証拠に新規性を認め、明白性について要旨、次のとおり判断した。

①本件凶器に関する新証拠によると、犯行に用いたとされている切出小刀では被害者の創傷は成傷し得ないのではないかという疑義が生じている。②巻き付け布に関する新証拠によると、同切出小刀に血液が付着しないように布を巻いたとの申立人の自白は事実ではないのではないかとの疑義が生じている。③これらのことに、同切出小刀に血痕が付着していないことを併せ考慮すると、同切出小刀が本件犯行の凶器であることについて合理的な疑問が生じていて、その点に疑義が生じていることは申立人の自白全体の信用性を動揺させる。④申立人の自白の中に、その他にも客観的事実と明らかに異なるか、客観的事実と異なる可能性が高いと考えられる内容が含まれている。⑤秘密の暴露については、申立人の自白には真犯人なければ供述し得ない内容が含まれておらず、秘密の暴露があると見ることは適切でない。⑥申立人の自白に、これのみをもって確定判決の有罪認定を維持し得るほどの信用性を認めることはできなくなったといわざるを得ず、確定判決の事実認定には合理的疑いが生じているから、再審を開始すべきである。

申立人は、今年83歳の高齢であり、申立人が生きているうちにえん罪であることを明らかにして、救済をなすことが急務である。

当連合会は、検察官に対し、即時抗告を行うことなく、本件を速やかに再審公判に移行させるよう強く求める。

また、当連合会は、これからも申立人が無罪となるための支援を続けるとともに、取調べ全過程の可視化、再審請求事件における全面的証拠開示をはじめとするえん罪を防止するための制度改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。


 
  

 2016年(平成28年)6月30日

日本弁護士連合会
  会長 中本 和洋