「所得連動返還型奨学金制度」に対する会長声明

独立行政法人日本学生支援機構の学資金の貸与制度につき、国は、返済に対する不安及び負担の軽減を図るとして、所得連動返還型奨学金制度(以下「新制度」という。)の導入を目指し、「所得連動返還型奨学金制度有識者会議」を設置して議論を続け、2016年2月10日に「新たな所得連動返還型奨学金制度の創設について」(第一次まとめ)(素案)(以下「素案」という。)が示された。現在、2017年度の予約採用から新制度を適用することを目指して、急ピッチで議論が進められている。


いわゆる所得連動返還型奨学金制度は、設計と運用次第では利用者の負担を大きく軽減する効果を生む一方で、それを誤れば、逆に、利用者に大きな負担を強いる結果となる危険がある。


当連合会は、2015年3月19日付け「給付型奨学金制度の早急な導入と拡充、貸与型奨学金における適切な所得連動型返済制度の創設及び返済困難者に対する柔軟な対応を求める意見書」において、貸与型奨学金につき、所得連動型返済制度の創設を求め、同制度を利用者負担の少ない適切な制度にするため、現実の返済額は、返済者の返済余力を適切に判断するという視点に立って算定しなければならず、奨学金事業の採算が優先されてはならないこと、所得が一定額未満の者に返済を求めない閾値を設定すること、返済開始から一定期間を経過した後は残額を免除する返済終了期限を設けることなどの提言を行った。


しかし、素案では、年収0円からでも月額2,000~3,000円の支払いを開始することが適当であるとされている。一方、年収300万円以下の者には申請により返還を猶予することが検討されているものの、申請による猶予制度は、現在、運用等も含めて様々な利用制限がなされている。このことからも明らかなように、今回の素案の制度は、あり方次第で、返済困難な者までもが返済を強いられるかなりの危険を有している。実際、素案では、本来、制限すべきではない猶予の申請可能期間を、奨学金申請時の家計支持者の年収が300万円以下の者を除いては、通算10年又は15年とすることが適当であるとされるなど、既にその危険が具体化している。


返済期間についても、返還完了まで又は本人が死亡若しくは障害等により返還不能となるまでとすることが適当とされているが、学業を支えるための奨学金について、生涯にわたって返済の負担をさせるべきではない。


また、新制度では、被扶養者には、扶養者のマイナンバーの提出を求め、提出がありかつ両者の収入の合計が一定額以下の場合にのみ新制度の利用を認め、収入の合計額で返済額を定めることが適当であるとされている。しかし、契約当事者でなく返済義務のない扶養者に事実上の支払いを強いることになり不適当である。また、マイナンバー制度の利用については、プライバシーの保護など、マイナンバー制度の抱えるリスクについて慎重に検討すべきである。


当連合会は、返済者の返済余力に応じた真に利用者負担の少ない所得連動返済制度の創設を求めてきた。他方、新制度は、公的奨学金制度の今後のあり方にも大きな影響を与えることが予想されることから、上記のように多くの問題点を抱えたままで導入を急げば、逆に、今後に大きな禍根を残すことにもなる。


よって、当連合会は、新制度の導入に当たっては、拙速な議論を避け、上記の問題点について、十分に議論を尽くした上で、真に利用者負担の少ない制度とするよう求めるものである。



2016年(平成28年)2月26日

日本弁護士連合会

会長 村 越   進