新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令(案)に対する会長声明

本年2月18日、政府は、新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令(案)の概要(以下「施行令案」という。)を発表した。



新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)について、当連合会は、2012年3月22日、科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も極めて曖昧なまま、各種人権に対する過剰な制限がなされるおそれを含むものであるとして、成立に反対する会長声明を発している。特措法は第180回国会において可決成立したが、参議院において、「本法の規定に基づく私権の制限に係る措置の運用に当たっては、その制限を必要最小限のものとするよう、十分に留意すること。」、「新型インフルエンザ等緊急事態宣言を行うに当たっては、科学的根拠を明確にし、恣意的に行うことのないようにすること。」との附帯決議がなされており、人権の制限が過度にわたることのないよう厳格な運用が求められる。ことに、特措法は、人権制限の具体的要件の定めを大幅に政令に委任していることから、政令は、人権を制限する権力行使を適切にコントロールしうるものとすることが重要である。


しかるに、施行令案は、特措法において多くの人権制限の前提となっている新型インフルエンザ等緊急事態の具体的要件を定めているが、その内容は極めて緩やかであり、かつ曖昧不明確であって、過度の人権制限を招来する危険性が高い。



まず、特措法の定める、新型インフルエンザ等が「国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるもの」であるという要件について、施行令案は、その具体的要件を、当該新型インフルエンザ等にかかった場合における肺炎、多臓器不全又は脳症その他厚生労働大臣が定める重篤である症例の発生頻度がいわゆる季節性インフルエンザにかかった場合に比して「相当程度高いと認められること」としているが、「相当程度高い」との要件は極めて緩やかかつ曖昧に過ぎる。また、「認められる」との要件についても、どの程度情報の蓄積が得られた段階で、どの程度の確度を要求するのか明らかでない。新型インフルエンザについては病原性を早期の段階で判断することは不可能であることが専門家により指摘されているところであり、国内発生初期の情報の不十分な時点で、明確な科学的根拠のないまま本要件に該当するとの判断がなされるおそれがある。特措法の上記要件は、極めて病原性の強い新型インフルエンザが発生した場合に限定する趣旨と考えられるが、施行令案の定める具体的要件はそのような場合に限定する機能を果たしていない。



また、特措法の定める、当該新型インフルエンザ等が「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがある」との要件については、施行令案は、①確認された新型インフルエンザ等の感染者(症状等から感染が疑われる者も含む。)に対し新型インフルエンザ等を感染させた原因が特定できない場合、または②新型インフルエンザ等の感染者が不特定の者に対して新型インフルエンザ等を感染させる行動をとっていた場合その他の新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由のある場合、のいずれかに該当することで足りるとしている。すなわち、感染原因を特定できない感染者が1人でもいたり、感染後に人混みを歩いたり混雑した電車に乗ったりした感染者が1人でもいれば要件を充たすことになるが、新型インフルエンザ等の発生時にかかる事態が発生しない方が稀と考えられるのであり、これでは、特措法が新型インフルエンザ等緊急事態を限定するために前記のような要件を課した意味が全くない。



以上のとおり、施行令案の要件が緩やかかつ不明確であることにより、特措法の定める上記要件を逸脱する場合にまで新型インフルエンザ等緊急事態の成立が認められかねないものとなっている。これは、前記の参議院附帯決議の趣旨にも反する。



施行令における新型インフルエンザ等緊急事態の具体的要件については、極めて病原性の高い新型インフルエンザ等の感染が大規模に発生する差し迫った危険が生じた場合に適切に限定されるよう、より厳格かつ明確な要件を定めるべきである。


2013年(平成25年)3月22日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司