法務省による性犯罪前科情報の大阪府への提供に関する会長声明

法務省は、大阪府の「子どもを性犯罪から守る条例」(以下「本条例」という。)が本年10月1日から施行されるのに伴い、大阪府からの照会に対して、18歳未満の子どもに対する性犯罪等で服役後出所して府内に住所を定める者(以下「対象者」という。)の性犯罪前科情報(罪名及び刑期満了日)を提供することを決め、本年9月26日、大阪府と同省の間で覚書が結ばれたと報じられている。


法務省によると、まず刑務所などの刑事施設が、対象となり得る受刑者に本条例の趣旨を説明し、受刑者は刑期を終えた時点で大阪府に7項目を届け出るとともに、大阪府が刑務所側に照会することへの同意書を提出するという流れになるという。そもそも、本条例12条は、子ども(18歳未満の者)に対して、強制わいせつ、同未遂及び同致死傷、強姦、同未遂及び同致死傷、集団強姦、同未遂及び同致死傷、強盗強姦、同致死及び同未遂並びに常習強盗強姦、営利目的等略取及び誘拐のうちわいせつ目的のもの及び同未遂、児童ポルノの製造のほか、「自己の性的好奇心を満たす目的で犯した罪」という極めて広い罪を犯した者で、これらの罪に係る刑期の満了の日から5年を経過しない者で府内に住所を定めたものについて、氏名、住所、性別、生年月日、連絡先、届出に係る罪名及び刑期の満了した日の7項目を大阪府知事に届け出る義務を定め、その項目の変更があれば届け出る義務を課し、それらの義務違反には過料(5万円以下)の制裁を規定している。


既に刑を受け終えた者に対して、上記性犯罪前科情報等を届け出るという新たな義務を課すことは、出所者の更生にとって大きな障害となりうるものである。罪を犯した人に対して、法律に定められた刑以上の不利益を課したり、現実の危険が不明であるにもかかわらず行動を規制するといった人権侵害を伴う犯罪防止手段を講ずることは、現行法上許されない保安処分に発展しかねず、許されない。また、罪を犯した人の社会復帰援助よりも監視機能を強化し、社会防衛を目指す方向は、罪を犯した人を社会から排除することはあっても、円滑な社会復帰を促進することにはならない。罪を犯した人が社会内で自立して生活することを支援する政策こそが重要である。


しかるに、本条例13条は、届け出をした者に対して、社会復帰に関する相談その他必要な支援を行うとするが、その内容は具体的に明らかになっていないし、本条例1条が掲げる「目的」にも出所者の社会復帰に対する言及はない。そもそも、受給権的性格を有する支援を届出義務と結び付けること自体が支援の趣旨に疑問を抱かせるものであり、加えて、本条例14条がその社会復帰に関して警察本部長に対して協力を求めることができると規定していることを併せて考慮すれば、本条例がいう「社会復帰に関する支援」とは、結局、対象者の監視でしかないということになろう。
したがって、本条例による出所者に対する届出義務は、出所者の更生を妨げ、社会復帰支援とも結びつかないおそれのあるものであり、しかも、単に一地方自治体がそのような義務を課すことについては法の下の平等にも反するおそれがある。


しかるに、今回、法務省は、本条例に対応して出所者の前科情報を提供することを決めたが、これは出所者の更生を妨げるおそれがある本条例の届出義務の運用を補完するものであり、到底容認することができない。


また、そもそも、前科情報は高度にプライバシー性の高い情報であり、性犯罪を行った者もその前科情報をみだりに公表されない法的保護に値する利益を有する(最判平成6年2月8日「ノンフィクション『逆転』事件」参照)。


この点、法務省は、大阪府に対する対象者の前科情報の提供は、対象者からの同意書を条件とするというが、前述した流れからすると、対象者は、受刑中に刑務所等の刑事施設で本条例について説明を受け、刑期を終えた時点で、刑事施設に対し、大阪府に対する7項目の届出書を提出するとともに、大阪府が刑務所側に照会することへの同意書も提出するという流れになっていることからすると、対象者は刑事施設から義務であると説明されて、7項目の届出書と一緒に、同意書を半ば強制されて提出させられることになると考えられるから、同意書の提出も任意のものとは言い難い。


しかも、前科情報がひとたび漏えいされてしまうと、対象者やその家族がその地域社会で平穏に生活を営むことができなくなり、社会復帰支援という目的に逆行する。個人情報の漏えい・流出は、宇治市住民基本台帳データ大量漏えい事件など過去の多くの例からも明らかなとおり、どのような管理を行うにしてもそのリスクはなくならない。


以上のとおり、本条例が出所者に対して届出義務を課すこと自体に疑問がある上に、提供される前科情報のプライバシー情報が漏えい・流出のおそれがあること及び前述のとおり違法な保安処分に発展しかねないことを考えると、本条例の届出義務の運用を補完するために行われる前科情報の提供を容認することはできない。そして、上記のような問題について考慮すれば、国会の開かれた場で慎重な議論を重ねるべきであり、一地方自治体に過ぎない大阪府が条例で定め、法務省と独自に覚書を交わしたという事実それ自身こそが、由々しき事態であり、到底許されることではない。よって、当連合会は、そもそも多くの問題を有する本条例に反対するとともに、法務省と大阪府との間で締結された性犯罪前科情報の提供にも強く反対する。


2012年(平成24年)10月11日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司