原子力発電所について独立性の高い規制組織の設置と新たな安全基準を既存原発に適用することを求める会長声明

原子力規制庁の発足などを内容とするいわゆる原子力規制改革2法案の国会審議が本年5月29日から開始された。これに先立つ5月17日に、経済産業省原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)が2006年4月、原子力安全委員会(以下「安全委」という。)に対し、旧耐震設計審査指針(以下「旧指針」という。)に基づき建設された原子力発電所について、安全性に問題がないと表明するよう要求していたことが判明している。



最新の地震学の知見などを盛り込んだ新指針が定められたのは2006年9月のことである。金沢地方裁判所(井戸謙一裁判長)は、2006年3月24日に、志賀原子力発電所2号炉の運転差し止めを認める判決を下した。判決は、旧指針の下で、北陸電力が基準地震動を定めるに当たって考慮した地震の選定や原発耐震設計上の方法は予測を大幅に超える地震動を生じさせた地震が現に発生したのであるから、現時点においてはその妥当性を首肯し難いとし、旧指針による安全審査に合格しているからといって、耐震設計に妥当性に欠けるところがないとは即断できないとして、原告の勝訴としている。



保安院名義の文書は「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』改訂に向けて注意すべき点」と題するもので、上記判決による影響が全国の原発に広がることが問題とされていた時期に当たる2006年4月に安全委に提出されたものである。文書は旧指針がいわゆる原子炉等規制法の許可の審査基準として不合理になったことを意味するものではないことを明示する必要があると安全委に要求するものである。このような表明がないと「現在の知見に照らせば、4号要件(設置許可の要件のこと)を満たしていないものであるとの批判が立地自治体やマスコミ等においても厳しくなり、これへの確たる反論ができない既設原子炉は、事実上運転停止を余儀なくされる」、原発訴訟では「特段の立証活動なしには到底敗訴を免れない」としている。また、安全委の有識者は「たびたび証人として出廷を強いられる事態」も発生し得るなどと、安全委の委員を威迫するような内容となっている。



安全委は同年9月19日に「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「新指針」という。)を決定し、併せて「『耐震設計審査指針』の改訂を機に実施を要望する既設の発電用原子炉施設等に関する耐震安全性の確認について」と題する委員会決定を行った。この決定は、「今般改訂等がなされた(中略)安全審査指針類については、今後の安全審査等に用いることを第一義的な目的としており、指針類の改訂等がなされたからといって、既設の原子力施設の耐震設計方針に関する安全審査のやり直しを必要とするものでもなければ、個別の原子炉施設の設置許可又は各種の事業許可等を無効とするものでもない。」との見解を示した。安全委は、結果として上記の保安院からの意見に従ったものと評価できる。



この一連の経過は、新たに設立されようとしている原子力規制機関の在り方と福島原発事故を受け停止中の原発の再稼働について考える上で重要な示唆を与えている。



今国会には、政府から環境省に原子力規制庁を置く法案が提案され、自民党からはいわゆる3条委員会による規制委員会を設置し、委員の身分を保障し、職権の独立性を強化することを骨子とする対案が提出され、与野党の協議が継続されている。



当連合会は、政府案が運転開始から40年で原則廃炉とすることを示したことは一定の評価をし、また、福島原発事故のような過酷事故対策はこれまで事業者の自主的取組に委ねられ、法的な規制がされていなかったところ、これを法的に義務付け、最新の安全技術や知識を反映させるよう事業者に義務付ける(バックフィット制度)こととし、これを満たせない場合には運転停止命令が出せるようにしたことも、当然の措置と評価している(本年1月13日付け会長声明)。また、原子力発電の運転期間は設計時の想定された30年を限度とし、例外を認めるべきではないこと、原子力規制庁は権限、予算、人事においてその独立性を法的に担保するなど、真に実効性ある安全規制機関として創設すべきであることを求めた(本年3月15日付け原子力組織制度改革法案に関する意見書)。



今回明らかになった事態は、第1に、保安院と安全委の対応は、新指針の意義の自己否定であり、到底独立した規制行政としてはあり得ないものであって、新たに設置される原子力規制のための組織は経済産業省から完全に独立し、これと明確に分離されたものとする必要があり、その実現なくして原発の再稼働の適否の判断など到底不可能であることを明らかにしたものといえる。



第2に、前述したバックフィット制度の重要性を明らかにしたものといえる。我が国も批准している原子力安全条約でも、第14条1項において原子力施設については、供用期間中、安全に関する包括的かつ体系的な評価が実施され、重要かつ新たな安全に関する情報に照らして更新され、規制機関の権限の下で検討を受けると定めている。バックフィット制度はこのような条約の要求にも合致し、保安院の不当な圧力によって法的な位置付けを不明確にされていた新指針類が既存原発の運転許可基準の一部をなすものであることを明確化するものである。新指針に基づくバックチェック制度が、旧指針による設置許可を無効としないという非徹底さを残していたことが、新指針による原発の耐震安全性の再審査を緊張感の欠けた不十分なものとし、福島原発事故の一つの要因を作ったといえる。このことを深刻に反省し、不十分なバックチェックの轍を二度と踏まないためにも、与野党の協議の過程で、政府案に盛り込まれていた「バックフィット制度」と「過酷事故対策の法規制化」及び「原発寿命制限」の規定を確実に残すことを強く求める。



第3に、与野党間で、原発事故の際の指揮の最終的な責任が、規制機関と内閣総理大臣等の政治責任を負う者のどちらに帰属すべきかが鋭く争われている。平常時は規制機関の独立性を尊重すべきであるが、今回の事故対策において、東京電力社長から官邸に現地からの撤退が打診された際、規制機関のトップがこれを止めるために適切な措置を講じた形跡は見られず、内閣総理大臣・経済産業大臣・官房長官の判断によって撤退させない方針が確保されたものと見受けられる。我が国において、国民の生命・安全を託せる公正な原子力技術者を得ることができるのかという観点も併せ考えれば、緊急時には内閣総理大臣の指示監督の権限を残し、規制機関との連携の手続を法律であらかじめ定めておく仕組みが最も現実的なものと考える。



以上のとおり、当連合会は、国会における与野党の協議により、経済産業行政から真に独立した規制機関を速やかに設立し、新たな審査基準を既設原子炉にも適用することを確保するバックフィット制度や緊急時の内閣総理大臣による指示監督権などを法案に規定することを求めるものである。

 

2012年(平成24年)6月1日

日本弁護士連合会
 会長 山岸 憲司