「総合特別事業計画」認定に当たっての会長声明

本年5月9日、野田内閣総理大臣及び枝野経済産業大臣は、原子力損害賠償支援機構及び東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が4月27日に提出していた「総合特別事業計画」(以下「本計画」という。)を認定した。本計画によって、東京電力に対しては更に1兆円の公的資金が投入され、株式の過半を国が保有することとなり、事実上国有化されることとなった。公的な支援総額は3兆5000億円に達する見通しである。政府が主導する形で損害賠償義務の履行と廃炉が進められ、経営の見直しが図られることとなる。



当連合会は、福島原子力発電所事故を踏まえ、東京電力と国に対し、事故被害者の完全賠償と原発事故の再発を防ぎ、新たなエネルギー供給体制に適合した東京電力の体制見直しを求めてきた。当連合会は本計画に対して、このような観点に照らして、損害賠償と被害者の支援、原発の再稼働、発送電の分離、電気料金の値上げの4点について、以下のとおり意見を述べることとする。



まず第1に、事故の被害者に対する完全賠償に関しては、原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)の手続迅速化の障害となっていた早期の認否や和解案の尊重、部分和解を含めた速やかな回答等が約されていることは当然のことであり、東京電力はこれを確実に履行すべきである。さて、東京電力は、昨年12月28日に南相馬市民34世帯130人が行った集団申立てについて、センターが提示した和解案に対する回答期限を守らず、和解案に対する検討が今なお未了であるとして回答期限の延期を要請し、センターはやむなく回答期限を延期したとのことである。東京電力が回答期限の延期を要請した理由は定かではないが、回答期限を遵守することは原則であることはいうまでもなく、東京電力には本計画に記載されているとおり「和解案の尊重と迅速かつ柔軟な対応」に努めるよう求めたい。



当連合会等が強く求めてきた総括基準等の直接請求への適用については、本計画は、「十分考慮の上、公平・公正な扱いとする必要がある」とし、「紛争解決センターにおける和解仲介案、総括基準その他の情報を速やかに共有し、本賠償における実務、相対による協議及び賠償基準検討に役立てていく」としている。このような言明は、なお明確に総括基準等を直接請求に適用することを認めたものとは認められない。どのような手続を選択したかによって被害者が不公平に扱われてはならないことはもちろん、扱いを公平にしなければ相対交渉の進行が停滞し、損害賠償全体が円滑に進まない可能性がある。東京電力はより明確な形で、総括基準等を直接請求にも適用することを宣明するべきである。



また、本年4月27日付け当連合会の「東京電力株式会社が公表した『避難指示区域の見直しに伴う賠償の検討状況について』に関する意見書」において示したように、財物賠償については、帰還が可能とされている地域についても被害者が求める場合は全損扱いを認めるべきこと、事故以前の時価を基準とするのではなく、事故以前の生活状態を取り戻すためには再取得価格を基準とする賠償基準を明確にするよう求めるものである。



さらに、国は大規模な経営支援を行う以上、このような賠償義務が確実に履行されるように監視することはもとより、国自身が前面に出て、原発事故被害者の生活と健康を守るという前提での生活支援のための諸施策を早急に立案し、立法措置を含めて、これを速やかに実行に移すべきである。



第2に、原発の運転再稼働に関して、本計画は原発の再稼働そのものを内容とはしていないが、本計画中に「柏崎刈羽原子力発電所については、今後、安全・安心を確保しつつ、地元の御理解をいただくことが大前提ではあるが、今回の申請における3年間の原価算定期間においては、2013年4月から順次再起動がなされるものと仮定して原価を算定することとしている」と明記されているとおり、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働を見込んだ上で、今後の電気料金を算定していることは明らかである。しかし、当連合会が繰り返し述べてきたように、運転再稼働の可否を検討するに当たっては、事故原因の究明、事故対策のための審査基準の見直し、規制機関の全面的な再編、新たな規制体制の下で、新たな審査基準に基づく設置許可の見直しという手続が踏まれることが前提である。さらに、福島原子力発電所事故を引き起こした東京電力が再稼働について立地周辺自治体の理解と同意を得ることは新潟県、福島県の現状をみても、極めて困難だといわざるを得ない。したがって、以下第4に述べる電気料金の値上げの問題も含め、今後の経営計画の立案に当たっては、再稼働ができない場合を念頭に置いて検討を行うことが合理的である。



第3に、今後の経営体制については「送配電部門の中立化・透明化」の方向性が打ち出され、「自社の発電部門や小売り部門のみならず、送配電ネットワークにアクセスする全ての者を公平に扱い、系統安定性に配慮しつつ、これらの者が持てる能力を最大限に発揮できる環境を整備することが必要である。」とされている。このような考え方そのものは正当なものであり、まず社内において発送電の事業分離を図ろうとする趣旨と理解できる。しかし、一つの会社内での事業分離を図るだけでは、コストの完全な透明化は実現できない。当連合会は、2011年6月17日付けで「福島第一原子力発電所事故による損害賠償の枠組みについての意見書」を取りまとめて以来、繰り返し東京電力の損害賠償に当たっては、現有資産の売却を基本とし、そのためにも送配電部門を別会社化し、これを国が買い取るなどの方式を提案してきた。この方法は、現在国が反対給付なしに提供している公的資金の法的性格を明確にし、送電部門の経営によってもたらされる利益を損害賠償に充填していくためにも有効であり、資金の流れを透明化することができる優れた方式である。このような方式をとることが困難である説得的な理由も示されていない。東京電力においても、新会長の下で、このような方向性が真剣に模索されるよう求めるものである。



第4に電気料金の値上げの問題が指摘されている。本計画では、大幅な電気料金の値上げが計画されているが、新規事業者の参入を自由化すれば、電気料金を下げられる可能性もある。新規参入事業者と比較して東京電力の発電原価が高すぎることが明確となれば、これまでの原子力開発の投資コストが正当なものであったかどうかについても、事実に基づいた討議が可能となる。さらに、企業経営上のコスト削減の努力の進展、需要予測の適正さ、東京電力の金融機関に対する債務や株主責任の在り方などの説明について厳密に審査がなされる必要がある。このような手続抜きに電気料金の大幅値上げを提案されても、事業者・市民の理解は到底得られないであろう。



最後に、本計画が冒頭で認めているように、原発事故をめぐる諸課題が「世代にまたがる国家的難題」であるという認識は誤っていない。このような覚悟を持ってこの問題に臨むのであれば、以上に述べた諸課題について、東京電力と国の関係機関は真正面から取り組み、将来に禍根を残すことのないような対応を取るべきである。

 

 

2012年(平成24年)5月18日

日本弁護士連合会
 会長 山岸 憲司