南相馬市民130人による集団申立事件に関する原子力損害賠償紛争解決センターの和解案についての会長談話

本年4月16日、原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)は、南相馬市民34世帯130人が集団で申し立てた和解仲介申立事件に関して、申立人ら及び東京電力株式会社に対し和解案を提示し、原発被災者弁護団がその内容を発表した。



本件申立人らの居住地域は、福島第一原子力発電所から20kmから30km圏内にあったことから、2011年3月14日、政府により屋内待避区域に指定され、同年4月22日、その指定が解除された上、新たに緊急時避難準備区域として指定され、同年9月30日に指定が解除されたものである。本件申立人らの多くは、緊急時避難準備区域内から避難せずにそのまま自宅にとどまった住民及び一旦は避難したが帰宅した住民(以下合わせて「滞在者」という。)である。



原子力損害賠償紛争審査会の策定したいわゆる中間指針では、2011年4月22日までの屋内待避者の精神的損害に対する慰謝料は1人10万円とし、さらにその後に策定された中間指針第二次追補では、事故後1年以内に帰宅した滞在者については「個別具体的な事情に応じて賠償の対象となり得る」としているが、その金額について基準を明確にしていなかった。



これについて、東京電力株式会社は、中間指針等に基準が明記されていないことを理由として、2011年4月22日までの屋内退避について1人10万円しか認めず、その後帰宅した滞在者に対しては慰謝料を支払わないという立場を取っていたのに対し、本件申立人らは、滞在者は、家族や仕事等の理由により、避難をしたくても避難できず、又は一旦は避難しても自宅に戻らざるを得ない事情を抱えており、自宅で生活しているといっても、人口の大幅な減少、医療、学校等の生活インフラの崩壊及び地域経済の停滞等の生活基盤の喪失によって不便や不安を強いられたのであり、このような滞在者の精神的苦痛は、避難者の精神的苦痛と同程度であって、慰謝料の面で、滞在者と避難者との間に差を認めるべきではないと主張し、この点が本件申立事件の一つの大きな争点になっていた。



今回、センターが示した和解案では、事故後1年の間に帰宅した滞在者の慰謝料について、本件事故以降2011年9月30日まで月額10万円、同年10月1日から2012年2月29日まで月額8万円とするものとした。その理由として、「本件地域における本件事故後の生活は、非常に不便であり、日常生活が著しく阻害されていたものと認められる。警戒区域の住民は、自宅と生活基盤を根こそぎ奪われ、収入の回復も困難であったが、避難先において商店や医療介護施設の不足に苦しめられる状況ではなかった。本件地域の住民は、自宅は奪われなかったものの、地域の経済的基盤の重要な部分を毀損され、商店や医療介護施設の不足に苦しめられ、これを補充するような措置も講じられなかった。また、物流の悪化・物資の入手困難に伴う物価上昇にも苦しめられた。そうすると、本件地域の日常生活は、避難生活に匹敵する程度に不自由なものであったというべきである。そのような不自由さを補てんするための慰謝料額は、月額10万円が相当である。なお、緊急時避難準備区域の指定が解除された後は、直ちに帰還が可能となったり、生活の不便さが解消したものではないが、復興のための計画の策定も可能となり、それまでよりも日常生活の不便さがやや解消したものというべきであるから、慰謝料額は、月額8万円が相当である。」としている。



そもそも中間指針における避難者の慰謝料の目安である月額10万円が低額にすぎるなどの問題点はあるものの、本和解案については、滞在者についても、その精神的苦痛を避難者のそれに匹敵すると評価した上でおおむね同等の慰謝料を認めた点は画期的であり、高く評価できる。



精神的損害以外の損害については、生活費の増加分について、自家消費ができなくなったことによる食費の増加やミネラルウオーター購入費を慰謝料とは別個の損害と認めて標準賠償額を提示し、家財道具、衣類、日用品等について領収書等による立証ができない場合にも一定額の賠償をすべきとするなど、被害者の立証負担の軽減を図った。さらに、一時立入りについては回数制限を設けないで一定額を賠償すべきとし、親戚知人宅宿泊謝礼の賠償を認め金額の基準を示したことなどについても、評価できるものである。



したがって、当連合会は、本和解案を踏まえ、東京電力株式会社に対し、以下の点を強く求める。



(1) 特別事業計画において和解案の尊重をうたっている以上、本和解案を真摯に受け止め、これを拒否するなどして、いたずらに審理を長引かせ、本件申立人らにこれ以上の苦痛を与えることのないよう、速やかに本和解案を受け入れ、本件申立人らに対する損害賠償を行うこと。



(2) 被害者による直接請求の対応においても、少なくともセンターが示した総括基準と和解の実例に自発的に従い、迅速かつ十分な賠償の実現に努めること。
 

 

2012年(平成24年)4月20日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児