東日本大震災から1年を迎えての課題に関する会長声明

本年3月11日で東日本大震災から1年を迎える。



1年が過ぎようとしても遅々として復興の進まない被災地の状況、あるいは原子力発電所事故による放射性物質で汚染された地に目を向けると、東日本大震災及び原子力発電所事故の甚大さと被害の深刻さに、改めて心の痛みを禁じ得ない。



弁護士及び弁護士会は、東日本大震災に際して、一人ひとりの基本的人権の回復を求める「人間の復興」を基本的な視点に据え、3万7000件以上に及ぶ法律相談、個人版私的整理ガイドライン等を活用した被災債務への対応、震災ADRや原発ADRの実施、原子力発電所事故被害者の救済、東京電力への賠償請求、広域避難者への支援等の活動を通じて、一人ひとりの被災者・被害者の生の声に接してきた。



被災者・被害者から寄せられる声は、「先が見えない苦しさが続く。」、「心身の疲弊は限界に達している。」、「震災対応・復旧・復興が遅かったため、人々が地域から離れてしまった。」、「速やかに復興施策を進めてほしい。」、「生業への支援がない。」、「債務の負担が重くのしかかっている。」、「働きたいのに雇用がない。」、「高台移転を巡って意見が対立している。」、「高齢者や障がい者に情報も支援も届かない。」、「除染が進まない。」、「がれき処理を何とかしてほしい。」、「食品検査や診断の体制から健康不安が払拭されない。」、「遠く離れた避難先で孤立をしている。」、「帰りたいけれども帰れない。」、「子どもに深刻な影響が出ている。」、「家族の絆に亀裂が生じている。」、「コミュニティを失った。」、「原子力発電所事故の損害賠償内容があまりにも不当だ。」、「情報開示、事故収束等の東京電力の対応に不信を感じる。」、「原子力発電は直ちに廃止すべきだ。」、「国策として原子力発電を推進してきた国に責任を問うべきだ。」など、実に切実な訴えばかりである。



当連合会は、こうした声に真摯に耳を傾け、解決への支援を行い、102本に及ぶ声明・意見等を発して、法制度の改善に力を尽くしてきた。しかし、被災者・被害者の声のとおり、1年経った今も課題は山積している。



被災地が抱える課題の原因は様々考えられるが、うち5点を挙げる。



第1の原因は、一人ひとりの基本的人権が尊重されていないところにある。個人の尊厳を軽視する社会に真の復興はない。第2に、国の原子力推進政策を抜本的に見直していないところにある。原子力発電と核燃料サイクル政策から撤退する姿勢を明確にしない限り、あらゆる施策は中途半端に終わる。第3に、地方自治体の行政力の低下にある。市町村合併による人員整理や、地方分権による権限と財源の移譲の不徹底の影の部分が、震災対応力を低下させている。第4に、復興の具体策よりも財源論が先行しているところにある。財源の制約は避けられないとはいえ、被災地の現状にそぐわない平時の発想に基づく制約が悪影響を及ぼしている。第5に、災害及び復興に関する法制度とその運用の不備にある。現実の災害の状況に適合した被災者支援、復興支援を支える制度に建て直さなければならない。



当連合会は、これまで遂行してきた被災者支援活動を今後も継続していく所存であるが、この震災から1年の節目に、上記の原因を踏まえて、次の点に全力で取り組むことを明確にしておきたい。



第1に、「人間の復興」の理念をより明確にし、普遍的な災害対応の原則を打ち立てることに力を尽くしたい。近時、世界中で起きた大災害の後に惨事便乗型資本主義が台頭することが指摘されているが、他方で、「自然災害時における人々の保護に関するIASC活動ガイドライン」のように人権保障を前面に押し出すことが世界の潮流となっている。世界有数の災害大国であるとともに、復興の基本理念を含んだ日本国憲法を持つ我が国にこそ、模範となる指針を示す国際的責務があると考えられる。原子力発電についても、将来の世代への責任と人権保障の観点から、速やかに廃止すべきである。また、復興特区制度の活用の場面では、規制緩和が強調され、被災者の権利が侵害されることがないよう、十分配慮する必要がある。



第2に、多様な民意の反映を図る社会を被災地で実現させたい。復興の在り方は、被災者が自ら決める被災者主権の理念を果たすことが重要で、自立性を支援する仕組作りが重要である。復興・再生計画やまちづくりのプロセスに被災者が主体的に参加することはもとより、男女共同参画の実現に向けて重要な意思決定機関に女性の参加を求め、さらに、高齢者、障がい者、子ども、セクシュアルマイノリティ等の少数者の意見を積極的に反映させていくべきである。



第3に、今こそ地方自治の本旨に基づく地方分権を推進させたい。災害に強い防災も、被災地主導の復旧・復興の施策も、一人ひとりの被災者へのきめ細やかな支援も、地方自治体の行政力にかかっているが、それらが困難な現状にある。国は、社会保障等のナショナル・ミニマムを保持・拡充する責任を果たしつつ、地方自治体に権限と財源を適切に移譲するなどして、地方自治体を力強く支えるべきである。他方、被災地の地方自治体は、自らの役割と責務を自覚して、災害対応の第一の担い手として能動的に活動を行うべきである。そして、被災地以外の自治体は、被災地への応援を行い、相互支援の在り方を模索するべきである。



第4に、原子力発電所事故の被害者に対して、あらゆる面で手厚い援護措置を求めていきたい。原子力発電所事故の被害に遭った人々は故郷を離れ、放射線の恐怖におびえ、風評被害を含む様々な形で事業損害を受けながら日々を過ごしている。基本的な生活支援、居住支援、医療・教育・福祉の支援はもとより、健康被害の未然防止等のための長期にわたる検診の強化、結果の保管、食品の全品検査等の体制等の整備等は、国の責務であり、速やかに実現するべきである。除染とモニタリングも一人ひとりの住民の安全確保の見地から実施するべきである。当連合会は、原子力発電所事故損害賠償について、加害責任に基づく完全賠償の実現に向けて取り組む所存であるが、国と東京電力に対し、原子力発電所事故前の原状回復を目標にして、少しでもそれに近づけるよう責任を全うすることを求めていきたい。



第5に、法制度の改善に尽力したい。災害救助法の運用の改善、被災者生活再建支援法の改正、個人版私的整理ガイドラインの更なる運用改善、東日本大震災事業者再生支援機構法の効果的な適用、復興特区制度の改善、原子力発電所事故被害者援護法・被災者総合支援法・広域避難者支援法の創設など、取り組むべき課題は数多い。とりわけ、被災者が自らの権利の回復を求めるために弁護士に依頼をしたくても、民事扶助の要件等の制約があって、それが大きな障害となっていることから、阪神・淡路大震災の先例を参考にして、総合法律支援法の特別措置を講じる必要がある。こうした様々な立法措置を強力に推進していきたい。

 

2012年(平成24年)3月9日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児