東京電力福島第一原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び滞在者への損害賠償の継続を求める会長声明

1 原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)は、現在、政府による避難指示等がなされていない地域における避難及び滞在に関する損害賠償の基準について、昨年12月6日に取りまとめられた「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る損害について)」(以下「中間指針追補」という。)において、福島原発事故当時に自主的避難等対象区域に生活の本拠を有していた者に対して、避難したか滞在を継続したかを問わず、子ども及び妊婦について昨年12月末までの分として一人40万円、その他の者について事故発生当初の時期の分として一人8万円を賠償するものとした。


現在、審査会は、中間指針追補において今後検討するとされた子ども及び妊婦の本年1月以降の賠償の範囲を検討している。



2 審査会の議論においては、本年1月以降の賠償に反対する意見も表明されている。しかしながら、下記のとおり、自主的避難等対象区域やその周辺区域の放射線被ばくに関する状況及び自主的避難者の状況は、昨年12月からほとんど変わっておらず、中間指針追補で認められた賠償を本年1月以降打ち切る合理的理由は存在しない。



(1) 中間指針追補によれば、自主的避難者等への賠償は、放射線被ばくへの不安・恐怖に合理的な理由があることがその根拠とされている。したがって、賠償の継続を検討するに当たっては、まずは放射線被ばくの状況の変化に着目する必要がある。



福島第一原発からは、いまだに毎時1000万から数千万ベクレルの放射性物質が大気中に放出されており、新たな放射性物質の拡散はいまだに続いている。また、福島第一原発から放出された放射性セシウムのうち、半減期が約30年と長いセシウム137が大量に環境中に残存しており、自然崩壊による放射線の減少はなだらかになってきている。さらに、除染作業についても、多くの自治体でようやく除染基本計画が定められた段階であって、実際の除染作業はようやく着手されたところであり、その効果も未知の部分が大きい。



これらの背景から、昨年12月以降の空間線量の減少はわずかであり、また今後も大幅な減少を期待することはできない。この点は、第24回審査会において配布された「自主的避難等対象区域等の放射線量データ」からも明らかである。



(2) また、区域外避難者(自主的避難者)の状況を見ても、放射線量が下がったことを理由に元住居への帰還を選択する避難者は決して多くなく、むしろ現在でも放射線の影響から逃れるために避難を検討している世帯が多数存在しており、特に学年末である3月を利用して避難を行う世帯が相当数存在することが見込まれる。



(3) さらに、区域外避難者(自主的避難者)等への賠償の範囲を検討するに当たっては、昨年10月20日の審査会において、避難の状況について、実際の避難者等からの聞き取りを行い、中間指針追補が定められたところである。したがって、本年1月以降について、賠償の範囲を変更するのであれば、審査会において、避難の状況等について、改めて聞き取りなどの調査が行われるべきところ、かかる現状把握は一切行われていない。



3 したがって、区域外避難(自主的避難)等に関する状況は、昨年12月以降ほとんど変化がないのであるから、本年1月以降賠償を打ち切る合理的理由は存在せず、少なくとも、本年1月以降についても、当面の間は、最低限、中間指針追補と同様の賠償を継続すべきである。



4 なお、自主的避難に関しては、少なくとも3月当たり1.3mSv(年間5.2mSv、毎時約0.6μSv)を超える放射線が検出された地域では、全ての者を損害賠償の対象とすべきであり、また追加線量が年間1mSvを超える放射線量が検出されている地域でも、少なくとも子ども・妊婦とその家族を損害賠償の対象とすべきであることについては、2011年(平成23年)11月24日付け当連合会「東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び居住者に対する損害賠償に関する指針についての意見書」等において繰り返し述べてきたところである。また、中間指針追補は、区域設定や賠償額等多くの問題を含んでいることも、同年12月16日付け当連合会「東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び居住者に対する損害賠償に関する中間指針追補についての意見書」において指摘したところである。



審査会は、これらの意見書の趣旨を踏まえ、区域外避難(自主的避難)等に関する賠償の範囲について、より包括的な検討を行うべきである。

 

2012年(平成24年)3月8日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児